空飛ぶトラフグ、いただきます!
●
フグ料理屋の板前サカキが店の座敷で目にしたのは、宙を舞う3匹のトラフグだった。
「こ、これは一体」
サカキは呆気にとられた表情で、目の前の光景を眺めた。
(生け簀から消えたフグがこんなことになるとは。まさか、これが「妖化」というやつなのか……?)
「ギュキィ」
「ギュキキィ」
奇妙な鳴き声をあげながら、白い腹をぷーっと膨らせ、ゆらゆらと宙を飛ぶトラフグたち。仕入れた時には網で掬えた彼らの体は、今や軽トラックと見紛うサイズにまで巨大化していた。
(このままでは店が壊される。早くAAAかF.i.V.E.に連絡しないと――)
そう思って襖に手をかけたサカキの周囲が、ふいに影で暗くなった。はっと上を見ると、彼の頭上を3匹が取り囲み、粘つく視線をサカキへと注いでくるではないか。
「ひっ!!」
腰を抜かして畳にへたりこむサカキ。
そんな彼を見下ろすフグたちの目が、ぎらりと殺意で妖しく光った。
「ギュキィ?」
「ギュキギュキ」
「や、やめろ……」
そして――
「「「ギュキキイイイイイイイイイイイ!」」」
「あんぎゃああああああああああ!!」
こうしてフグに押し潰され、サカキは死んだ。
●
「……と言うのが、おおよその経緯だ」
夢見の久方 相馬(nCL2000004)は、集まった覚者達に事件のあらましを告げた。
「このままでは妖と化したフグにサカキさんは潰し殺され、店もスタッフもぺしゃんこにされてしまう。そうなる前に奴らを撃破し、悲劇を防いでくれ!」
事件の発生時刻は正午。営業時間外ということもあり、店には数名のスタッフがいるのみだ。
依頼は、サカキが座敷でトラフグ3匹を目撃したところからスタート。依頼に参加したメンバーの誰かが一声かければ、サカキはすぐに店の奥へと退散する。
「店側への対応はF.i.V.E.がやっておく。スタッフと妖が鉢合わせすることはないから、皆は戦闘に集中してくれていいぜ」
敵の巨大トラフグ(天然)は全部で3匹。いずれも座敷の天井をふわふわと浮遊したり、膨らんだ腹で飛び跳ねたりしながら、獲物めがけての体当たりや痺れを付与する噛みつきで攻撃してくる。そこそこタフで攻撃力もそれなりだが、防御力は非常に低いとのことだ。
「さて。問題は撃破した後なんだけど」
説明を終えた相馬が、咳払いをした。
どうやらこの依頼、妖を倒して終わりではないらしい。
「実は、予約を取っていた団体客が全員風邪でダウンしちゃってね。元に戻したフグはそのまま廃棄処分になってしまうらしい。……俺が何を言いたいか、分かるよな?」
話を聞いた何人かが、大仰な表情でうむうむと頷いた。店側としても、妖化したフグを売り物には出来ないだろう。食ってやるのも供養と思って、最後まできっちりアフターケアを。つまりは、そういうことだ。
料理・食材等の持込は可。調味料の持ち込みも可。ふぐ刺し、皮刺し、てっちり、から揚げ、白子造りに炭火焼に雑炊……食べたい料理を注文すれば、免許を持ったスタッフが特別に捌いてくれる。ただし飲酒喫煙は遠慮してほしいとのことだ。
「そういうわけだ。頑張れよ! ……ああ腹減ったなあちくしょう」
そう言って相馬は話を締めくくった。
フグ料理屋の板前サカキが店の座敷で目にしたのは、宙を舞う3匹のトラフグだった。
「こ、これは一体」
サカキは呆気にとられた表情で、目の前の光景を眺めた。
(生け簀から消えたフグがこんなことになるとは。まさか、これが「妖化」というやつなのか……?)
「ギュキィ」
「ギュキキィ」
奇妙な鳴き声をあげながら、白い腹をぷーっと膨らせ、ゆらゆらと宙を飛ぶトラフグたち。仕入れた時には網で掬えた彼らの体は、今や軽トラックと見紛うサイズにまで巨大化していた。
(このままでは店が壊される。早くAAAかF.i.V.E.に連絡しないと――)
そう思って襖に手をかけたサカキの周囲が、ふいに影で暗くなった。はっと上を見ると、彼の頭上を3匹が取り囲み、粘つく視線をサカキへと注いでくるではないか。
「ひっ!!」
腰を抜かして畳にへたりこむサカキ。
そんな彼を見下ろすフグたちの目が、ぎらりと殺意で妖しく光った。
「ギュキィ?」
「ギュキギュキ」
「や、やめろ……」
そして――
「「「ギュキキイイイイイイイイイイイ!」」」
「あんぎゃああああああああああ!!」
こうしてフグに押し潰され、サカキは死んだ。
●
「……と言うのが、おおよその経緯だ」
夢見の久方 相馬(nCL2000004)は、集まった覚者達に事件のあらましを告げた。
「このままでは妖と化したフグにサカキさんは潰し殺され、店もスタッフもぺしゃんこにされてしまう。そうなる前に奴らを撃破し、悲劇を防いでくれ!」
事件の発生時刻は正午。営業時間外ということもあり、店には数名のスタッフがいるのみだ。
依頼は、サカキが座敷でトラフグ3匹を目撃したところからスタート。依頼に参加したメンバーの誰かが一声かければ、サカキはすぐに店の奥へと退散する。
「店側への対応はF.i.V.E.がやっておく。スタッフと妖が鉢合わせすることはないから、皆は戦闘に集中してくれていいぜ」
敵の巨大トラフグ(天然)は全部で3匹。いずれも座敷の天井をふわふわと浮遊したり、膨らんだ腹で飛び跳ねたりしながら、獲物めがけての体当たりや痺れを付与する噛みつきで攻撃してくる。そこそこタフで攻撃力もそれなりだが、防御力は非常に低いとのことだ。
「さて。問題は撃破した後なんだけど」
説明を終えた相馬が、咳払いをした。
どうやらこの依頼、妖を倒して終わりではないらしい。
「実は、予約を取っていた団体客が全員風邪でダウンしちゃってね。元に戻したフグはそのまま廃棄処分になってしまうらしい。……俺が何を言いたいか、分かるよな?」
話を聞いた何人かが、大仰な表情でうむうむと頷いた。店側としても、妖化したフグを売り物には出来ないだろう。食ってやるのも供養と思って、最後まできっちりアフターケアを。つまりは、そういうことだ。
料理・食材等の持込は可。調味料の持ち込みも可。ふぐ刺し、皮刺し、てっちり、から揚げ、白子造りに炭火焼に雑炊……食べたい料理を注文すれば、免許を持ったスタッフが特別に捌いてくれる。ただし飲酒喫煙は遠慮してほしいとのことだ。
「そういうわけだ。頑張れよ! ……ああ腹減ったなあちくしょう」
そう言って相馬は話を締めくくった。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖3匹の撃破
2.お店のアフターケア(フグ料理を食べる)
3.なし
2.お店のアフターケア(フグ料理を食べる)
3.なし
以下、簡単な説明と補足を。
●ロケーション
畳張りの宴会用座敷。障害物のない広く開けた場所で、天井の高さは8メートルほど。
足場や閉所などの地形ペナルティはありません。
また、依頼開始時刻は正午で営業時間外のため、店内に客はいません。
●敵
巨大天然トラフグ(♂)×3匹
ランク2の生物系妖です。
空中を浮遊したり膨らんだ腹で飛び跳ねたりしながら、物理系の攻撃をくり出してきます。
そこそこタフで攻撃力もそれなりですが、防御力はペラ紙です。
油断しなければ手こずる相手ではないでしょう。
・攻撃
1.かみつき(物近単・痺れ)
2.体当たり(物近列)
3.ボディプレス(物全)
●アフターケアについて
元に戻ったフグは、お店のスタッフ(ふぐ調理師免許所持)が料理してくれます。
料理・食材・調味料等の持込、並びに料理のリクエストを希望される方は、プレイングにてご指定下さい。なお飲酒喫煙、お持ち帰りは不可とさせていただきます。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2016年11月27日
2016年11月27日
■メイン参加者 6人■

●
板前サカキは混乱の極みにあった。
なにせ生簀にいたはずのトラフグが、巨大化してヘンな鳴き声で座敷を飛んでいるのだ。
しかも、そのフグたちがサカキに気づき、彼を取り囲もうとした直後――
「そこまでや、妖ども!」
聞きなれぬ声とともに、タンッと開かれた襖から――
関西弁を話すライダースーツのたわわな少女がひとり。
パーカーのフードの切れ間から、獲物を狙う目でフグを見つめる、無表情な少女がひとり。
白金髪ショートの、青い翼を腰から生やした、中性的なビジュアルの少女がひとり。
笑顔がまぶしい金髪碧眼の、機械甲冑を身にまとった外人がひとり。
浅黒い肌の精悍な顔つきの、膝から下が機械の青年がひとり。
黒いシャツにジーンズの、すごく普通の恰好をした高校生くらいの少年がひとり。
こんな面子が何の前触れもなく現われたのだ。
しかもよく見れば、刀やら盾やらで武装しているではないか!
ひょっとして予約の客だろうか? サカキはすぐさま否定した。営業時間外に来る客などいない。
サカキは訳が分からず腰を抜かし、6人を指差して取り乱した。
「い……一体何者だ、あんた達。なにがどうなってるんだあああ!!」
「あたしらはFiVEの者や。罪なき人に害をなす、美味そ……もとい不届きな妖を成敗に来たで!」
そう言って愛刀「朱焔」を抜いたのは、関西弁の少女、『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)。
真面目な顔で応えるも、凛は宙を浮かぶフグに目をやり、堪えきれずに腹を抱えて笑い出した。
「くっそwww想像以上やなwwwまさか『リアルづ○らや』見られるとは思わんかったわwww」
目尻を拭って真顔に戻り、ビシッとフグを指差す凛。
「口紅を引いとらんちゅうことは、みんな雄やな! 自分らの白子は全部いただくから覚悟せえ!」
某ふぐ料理チェーン店のローカルネタをはさみつつ、刀を構える彼女の言葉を、
「美味しそうですね。空飛ぶフグ、どんな味かとても気になります!」
無表情なパーカーの少女、『悪食娘「グラトニー」』獅子神・玲(CL2001261)が継いだ。
玲は術符を手に覚醒、大人の女性の姿へと変わる。戦いも食事も準備万全の様子だ。
「――にしても大きいね、フグ……ちょっと育ち過ぎじゃない?」
青い翼の少女『彼誰行灯』麻弓 紡(CL2000623)が玲の隣で目を凝らし、フグを眺めて嘆息した。
覚醒し、人ひとりは抱えられそうな翼を広げる彼女の姿は、玲と同じく女性のそれだ。
「殿、前衛よろしくねー」
「ぜーんぶ余に任せるといいよ! 大船に乗った気分でね!」
紡に殿と呼ばれたのは、プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)。笑顔から覗く白い歯がキラリと光る金髪碧眼の青年だ。手に握る巨大なハンマー、インフレブリンガーのヘッドには、彼の笑顔をバストアップした刻印が施されている。
「全力をもって戦おう。戦いも、その後も、だ」
浅黒い肌の青年、斎 義弘(CL2001487)が、強い決意を秘めた声で言った。
スパイクの生えた足裏でいたわるように畳を踏みながら、盾とメイスを構える。
「しっかし、そこらへん歩いてりゃ妖にぶつかるご時世だな。……しかも、河豚」
黒いシャツの少年、香月 凜音(CL2000495)が武器となる経典を手に取りつつ、やれやれといった表情で肩をすくめた。
「ってわけで、サカキさん……だったか? 悪りぃけど奥でじっとしててくんねーかな」
「わ、分かった!」
凜音の言葉に背中を押され、持ってきた桶を置いたまま、サカキは奥へと退散した。
「せっかちだなあ、マイスターサカキ。余、フグの弱点を知りたかったのに」
プリンスは嘆息して天を仰ぐも、すぐさま考えを切り替えたようだ。
「ま、いいや。叩き潰せば一緒だもんね! さっさと倒してゴチになるよ!」
かくして張り詰めた空気の中、武器を手に対峙する6人と3匹。
卓と座布団は仕舞われ、床の間は裸という寂しさだが、暴れるにはむしろ好都合だ。
覚者と妖の視線が絡み合い、殺風景な座敷が即席の戦場へと変わる。
いざ、戦闘開始だ!
●
「ギュキィ!」「ギュキィ!」「ギュキィ!」
トラフグ3匹はV字の陣形を組んで襲いかかって来た。
対する6人は義弘と凛、プリンスを前に、紡と凜音、玲が後ろでこれを迎え撃つ。
「どこからでも来い!」
「ギュキイィーッ!!」
義弘が言い終えるや、先頭の1匹が腹を膨らせて地面に着地。弾みをつけて体当たりを見舞う。
対する義弘は盾でこれをガードし、足裏のスパイクで衝撃を畳へと逃がして踏みとどまった。
「逃がさん!」
フグが飛び下がるのを見て、すかさず義弘は盾を構えてタックル。
体勢を崩して転倒するフグの腹を義弘は盾で地面に挟み込み、前衛2人の攻撃へと繋げる。
「今だ、二人とも!」
フグの体当たりを回避した凛とプリンスが、フグの両脇から挟み込むように跳躍。
先に仕掛けたプリンスが、振りかぶった大槌を勢いよく振り下ろした。
「受けたまえ! これが資本主義の権化、インフレブリンガーだ!」
「ギュキィ!」
大槌のヘッドがフグの眉間にめり込み、フグは引っくり返って悶絶した。
実はフグ最大の急所こそ、この眉間だ。活けの状態で捌く時、職人はまず包丁で眉間を叩き気絶させるという。妖化したフグに気絶までは期待できなかったが、与えたダメージは大きいようだ。
「これで終いや。あたしの刀で三枚におろしたるで! 焔陰流、『煌焔』!」
活殺打で止めといきたいが、使えないなら此方で行くまでだ。
鷹の目で体を強化した凛が刀を構え、白い腹を天井に晒したフグ目掛けて跳躍。
朱焔の刃紋が炎の舌めいた軌跡を描き、フグの体を舐め上げてゆく。
一閃、二閃、三閃。
「ギッ、ギッ、ギュキイィィィ!!」
断末魔の絶叫とともにフグが爆発し、元のサイズへと縮む。
凛はすかさずフグを捕まえ、サカキが置いていった桶に放り込んだ。
「まず一丁あがり、やな!」
「はーっはっはっは! では残る2匹は、余が美味しく――」
「気をつけて皆、上!」
笑うプリンスの視界が、ふいに影で暗くなる。
紡の声が飛んだと同時に、その場の全員が左右に跳躍。
1秒前まで彼らが立っていた場所を、フグの巨体が押し潰した。
「後ろの3人、大丈夫か!?」
店が大きく縦に揺れ、座敷の外からスタッフと思しき者達の悲鳴が聞こえてくるのを聞いて、義弘は後列の安否を確認しようとした。
その一瞬の隙をつき、別の一匹が彼の腰にかみつく。
「ぐ……っ!」
体が痺れ、畳に膝をつく義弘。
好機とみたもう1匹のフグが、再び押し潰しの態勢に入る。
そこへ――
「『チャンスだギュキィ』とか思った? 残念! 飛んでる敵って攻撃がよく通るんだよねぇ!」
愛用の杖クーンシルッピをスリング代わりに、紡がエアブリットを飛ばす。
射出した圧縮空気が不可視の弾丸となり、フグの腹にめり込んだ。
「ギュ……」
「オマケだ、こいつも持ってけよ」
後列の凜音が経典を詠み、水礫を発動させる。
凝縮した空気中の水分が弾丸となって次々発射され、命中したフグの体が宙を踊った。
紡と凜音の妨害によってフグの狙いが義弘から逸れる、その一瞬を玲は見逃さない。
「動かないで下さいね。今、僕が治しますから」
「すまん……助かる」
玲の演舞・舞依で痺れを回復した義弘は、再び立ち上がった。
盾とメイスを握り締め、感覚が戻った事を確かめる。
前線に視線を戻すと、プリンスと凛が地上のフグを防戦に追い込んでいた。
「ギュキィ!」
このままでは的になると判断したのか、空を飛んでいたもう片方のフグが地面に降りた。
それを見た紡が、プリンスに促す。
「チャンスだよ、殿!」
「そのようだね、ツム姫!」
プリンスが仕掛けた。インフレブリンガーを振りかぶってのなぎ払い攻撃、地烈だ。
横殴りの一撃を受けた2匹はビリヤード玉のごとく壁に弾かれ、畳の上を転がった。
「ギュキイ!」「ギュキイ!」
「よしチャンスだ、一気にケリをつける!」
気迫とともに義弘が踏み込んだ。
傷は塞がりきっていなかったが、回復は後でいい。今は攻める時だ。
「さあ、大人しくしてもらおうか! そして俺たちに美味しく頂かれてくれ!」
メイスを握りしめ、義弘は跳んだ。狙いは、先ほど彼に噛み付いたフグだ。
「吹き飛べ――爆裂天掌!」
「ギュキイィィィ!!」
義弘の全体重を乗せたメイスの一撃を受け、フグは爆発。
サカキの桶に2匹目が放り込まれる。
「串刺しで串焼きや! 焔陰流、『穿光』!」
ここまで来れば、勝負は決まったも同然だ。
凛の刀から光が走り、最後の1匹の胴を貫く。
執念で耐えたフグは、ボディプレスを見舞おうとヒレを羽ばたかせるも――それが、最後だった。
「フィナーレだ、ポイゾナスフィッシュ! 美味しく頂かれるといいよ!」
プリンスが全力で振り下ろしたインフレブリンガーが、フグの頭にめり込んで――
「ギュ……ギュキキキーッ!!」
断末魔の悲鳴とともに、最後の1匹が爆発した。
●
戦いが終わって程なくすると、サカキが店のスタッフを連れて戻ってきた。
「皆さん、ありがとうございます。FiVEからお話は伺いました」
改まった口調で礼を述べるサカキの後ろでは、スタッフが総出となって食事の席を整えている。
座敷は戦いで汚れていたが、そこは彼らもプロだ。瞬く間に元の綺麗な状態に戻してしまった。
「微力ながら、腕を奮わせていただきます。どうぞごゆっくり」
サカキが一礼してフグを運んでいくのを見送ると、一同は座布団についた。
卓の上には品書きが置かれ、空調も程よく効いている。
出された緑茶を手にすれば、冷えた手が心地よく感じる熱さだ。
「ああ……いいなあ……どれにしようかなあ……」
紡はほっこりした笑顔で座布団に正座しながら、品書きに目を落とした。
てっちり(ちり鍋)、てっさ(刺身)、白子ポン酢、皮刺し、唐揚げ、雑炊……
小さな手でページを手繰りながら、何を頼むか嬉しそうに迷う紡。
「毎回こんな風にご褒美にありつける仕事だと有難いんだがなー」
一方凜音は、熱いおしぼりで手を拭いて、くつろぎの溜息をついた。
その隣でメモを手にした玲が、仲間に声をかける。
「注文をまとめましょう。何から頼みましょうか」
「まずはてっちりとてっさだな。それから炭火焼。〆の雑炊も欠かせないだろう」
「あたしは白子豆腐と焼き白子。それとジュースな」
「ちっちりに、てっさに……と。白子ですか、美味しそうですね」
今のフグは旬の走りだ。盛りを間近に控えた白子も、ぷるんと大きく張っている。
まして天然ものとなれば――考えただけで顔が綻んでしまう。
ふたりの注文を玲が書き終えると、紡が目を輝かせながら手を挙げた。
「ボクは骨煎餅とお澄ましに、皮の煮凝り。それから、ヒレ――」
「な、なんだってええええええええええええええええっ!!」
紡の言葉を遮るプリンスの絶叫に、一同が思わず彼の方を振り返る。
「お酒はダメなの? 余、すごくショック」
「申し訳ございません。いま店にある酒類は、すべて予約のものばかりで……」
落胆の表情を浮かべるプリンスに、店のスタッフが恐縮そうに頭を下げた。
「余、しょんぼり。でもこんな事もあろうかと! 般若湯という名のシークレットブッダドリンクを――」
プリンスが懐に手を入れたところへ、メモを手にした別のスタッフが顔をのぞかせる。
「失礼します。プリンス・オブ・グレイブル様、FiVE様からお言伝が」
「おや、なんだろう。読んでくれたまえ」
「『グレイブル君。分かってるね』と」
「おお、なんてことだ。アレも政治的にダメ。コレも政治的にアウト。ニポンにも溢れかえるポリコレの波に王家も遺憾を禁じ得ないよ……よよよよよ……」
卓に突っ伏すプリンスを見て、紡も肩を落とした。
「お酒がダメならヒレ酒も無理かなー。ボク、殿と一緒にヒレ酒嗜みたかったんだけどねぇー」
「ヒレだったら、こんなメニューもあるようだぞ?」
未練そうに緑茶をすする紡に、義弘がメニューを開いて差し出した。
そこには、アルコール0.00%の清涼飲料を使った、ヒレドリンクという文字がある。
もとは子供や運転手など飲酒できない客のためのメニューだったが、今では本物のヒレ酒と並ぶ人気を得ているようだ。
「じゃあ、それを頼もうかな」
「分かった。他に頼む人はいないか?」
仲間達を見回して、注文がないのを確認すると、義弘は店のスタッフを呼んだ。
●
程なくして、てっちりとてっさが運ばれてきた。
「来たで来たで!」
「やー、待ってました。やっぱ寒い時期はてっちりだろ」
凛と凜音がフグの白身と野菜を鍋に泳がせ、煮えたものから順によそっていく。
「はいよ、白身たっぷりめ」
「ありがと♪」
凜音にてっちりをよそってもらい、王家スマイルでご満悦の紡。
全員に食事が行き渡ると、一同は手を合わせた。
「じゃ、食べよっか♪」
「「いただきまーす」」
鍋をつつく6人の間には、ほとんど会話がない。
みな言葉を忘れ、フグの味に言葉を失っているようだ。
「余、大感激……」
「(もぐもぐ)」
プリンスは感激の涙を流しながら、てっちりに舌鼓を打っている。
玲もまた目の色を変え、昆布の旨味が染みこんだフグの身を、無言でかみしめていた。
「トラフグ……ええな……」
「いい……」
菊盛りのてっさに箸を伸ばしつつ、凛と義弘はぽつりぽつりと言葉を交し合った。
皿が透けて見えそうなフグの身からは、噛んでも噛んでも旨味が染み出てくる。
いっぽう義弘の隣では、紡が運ばれてきた骨煎餅と煮凝りを眺めていた。
「まずは目で味わってからだよねぇ」
皿に盛られたのは、尾ビレの付け根の骨「ウグイス」と、カマ骨「カエル」の骨煎餅。
上質のゼラチン質にフグの身皮がちりばめられた、飴色の煮凝り。
「どっちにしようかなあ……どれがいいかなあ……」
じっくり炙ったフグヒレの味を楽しみながら、迷う時間はまさに至福だ。
かたや凛はといえば、白子豆腐とレモンを絞った焼き白子を並べ、交互に箸を伸ばしていた。
「やっぱ白子はこの濃厚さがたまらんわ♪」
熱い白子が、口の中で優しく溶ける。中までしっかりと火が通った、丁寧な仕事だ。
(よく羊の脳みそと味わいが似てるって言うけど、あたしはコレで充分やわ)
そんなことを考えながら、凛はマイクに手を伸ばす。
「よおし、歌うで! こんなに気分のいい時に、歌わんでどうする!」
さすがガールズバンドのヴォーカルといったところか、凛の歌声は素晴らしかった。店のスタッフが聞き惚れて、思わず注文を取り忘れたと書けば、その凄さがお分かりいただけるだろうか。
(こういうのも悪くないねぇ、うん)
凛の歌に聞き入りながら、仲間たちの笑顔をしみじみと見つめる紡。
骨煎餅も煮凝りも、これがあってこその味わいだ。
いっぽう玲は、歌に拍子を合わせつつ、ふたたびメニューをめくり出した。
「これは迷うのです。片っぱしから頼んでしまいましょうか」
「かなりの量だぞ。食べきれるか?」
「もちろん。僕、美味しそうな料理は全部食べたくなってしまうのです」
疑問を口にする義弘に、玲は当然といった表情で頷く。
実際、彼女は先ほどからかなりの量を食べているにも関わらず、中学生サイズのその体型は、まったく変わる様子がない。食べきれるという台詞は、あながち嘘でもなさそうだ。
「唐揚げと孔雀盛り、手毬寿司と白子の軍艦巻きを追加でお願いします」
どうやら本気で食べ尽くす気らしい。
サカキの方も心得たもので、料理の皿が空になるタイミングを見計らいつつ、注文を受けては新しい料理を次々と運んできてくれる。
「あ、サカキさん。これ」
凜音は空になった皿をまとめてサカキの盆に載せた。
食べ終わった皿を卓に残したくないという、凜音の気遣いである。
「新しい皿は俺が並べよう」
そこへ義弘が空けた卓をさっと拭き、サカキから受け取った料理をぱっと並べ終えた。
甘味処の店員ゆえか、配膳の動きにもベテランの風格がある。
「食うのも供養とは、よく言ったものだ」
じりじりと音を立てる炭火焼をつつきながら、義弘は顔をほころばせた。
こんな旨い魚を捨てるなど、確かに罰当たりもいいところだ。
「お待たせしました。雑炊でございます」
そうこうして料理の皿がひとしきり空になった頃、サカキが鍋雑炊を運んできた。
「待ってました。やっぱ締めはこれだろ」
一同の気持ちを代弁するかのように、凜音が目を輝かせた。
立ち上る湯気を息で冷ましつつ、雑炊をゆっくりと口に運ぶと、出てくるのは満足の溜息ばかり。
「ごちそうさまでした」
雑炊を食べ終え、ふと義弘は窓を見た。街の喧騒がずいぶん遠いと思ったら、外では小さな雪が降っている。年の瀬はもう、すぐそこだ。
「では、僕達もそろそろおいとましましょうか」
「殿、美味しかったねー」
「ああ、ポイゾナスフィッシュ。貴公の味、余はネバーフォーゴットだよ」
座敷の方へと目をやれば、仲間達も帰り支度を始めていた。
凛と凜音は支度を済ませ、サカキに礼を言っている。
「ごちそうさん。美味かったで」
「次はこういう騒動なしに飯を食いに来るよ。じゃーな」
惨劇は未然に防がれ、店も無事。ふぐ料理も存分に楽しんだ。文句なしに成功といえる成果だ。
こうして6人の覚者たちは、依頼を果たして帰還したのだった。
板前サカキは混乱の極みにあった。
なにせ生簀にいたはずのトラフグが、巨大化してヘンな鳴き声で座敷を飛んでいるのだ。
しかも、そのフグたちがサカキに気づき、彼を取り囲もうとした直後――
「そこまでや、妖ども!」
聞きなれぬ声とともに、タンッと開かれた襖から――
関西弁を話すライダースーツのたわわな少女がひとり。
パーカーのフードの切れ間から、獲物を狙う目でフグを見つめる、無表情な少女がひとり。
白金髪ショートの、青い翼を腰から生やした、中性的なビジュアルの少女がひとり。
笑顔がまぶしい金髪碧眼の、機械甲冑を身にまとった外人がひとり。
浅黒い肌の精悍な顔つきの、膝から下が機械の青年がひとり。
黒いシャツにジーンズの、すごく普通の恰好をした高校生くらいの少年がひとり。
こんな面子が何の前触れもなく現われたのだ。
しかもよく見れば、刀やら盾やらで武装しているではないか!
ひょっとして予約の客だろうか? サカキはすぐさま否定した。営業時間外に来る客などいない。
サカキは訳が分からず腰を抜かし、6人を指差して取り乱した。
「い……一体何者だ、あんた達。なにがどうなってるんだあああ!!」
「あたしらはFiVEの者や。罪なき人に害をなす、美味そ……もとい不届きな妖を成敗に来たで!」
そう言って愛刀「朱焔」を抜いたのは、関西弁の少女、『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)。
真面目な顔で応えるも、凛は宙を浮かぶフグに目をやり、堪えきれずに腹を抱えて笑い出した。
「くっそwww想像以上やなwwwまさか『リアルづ○らや』見られるとは思わんかったわwww」
目尻を拭って真顔に戻り、ビシッとフグを指差す凛。
「口紅を引いとらんちゅうことは、みんな雄やな! 自分らの白子は全部いただくから覚悟せえ!」
某ふぐ料理チェーン店のローカルネタをはさみつつ、刀を構える彼女の言葉を、
「美味しそうですね。空飛ぶフグ、どんな味かとても気になります!」
無表情なパーカーの少女、『悪食娘「グラトニー」』獅子神・玲(CL2001261)が継いだ。
玲は術符を手に覚醒、大人の女性の姿へと変わる。戦いも食事も準備万全の様子だ。
「――にしても大きいね、フグ……ちょっと育ち過ぎじゃない?」
青い翼の少女『彼誰行灯』麻弓 紡(CL2000623)が玲の隣で目を凝らし、フグを眺めて嘆息した。
覚醒し、人ひとりは抱えられそうな翼を広げる彼女の姿は、玲と同じく女性のそれだ。
「殿、前衛よろしくねー」
「ぜーんぶ余に任せるといいよ! 大船に乗った気分でね!」
紡に殿と呼ばれたのは、プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)。笑顔から覗く白い歯がキラリと光る金髪碧眼の青年だ。手に握る巨大なハンマー、インフレブリンガーのヘッドには、彼の笑顔をバストアップした刻印が施されている。
「全力をもって戦おう。戦いも、その後も、だ」
浅黒い肌の青年、斎 義弘(CL2001487)が、強い決意を秘めた声で言った。
スパイクの生えた足裏でいたわるように畳を踏みながら、盾とメイスを構える。
「しっかし、そこらへん歩いてりゃ妖にぶつかるご時世だな。……しかも、河豚」
黒いシャツの少年、香月 凜音(CL2000495)が武器となる経典を手に取りつつ、やれやれといった表情で肩をすくめた。
「ってわけで、サカキさん……だったか? 悪りぃけど奥でじっとしててくんねーかな」
「わ、分かった!」
凜音の言葉に背中を押され、持ってきた桶を置いたまま、サカキは奥へと退散した。
「せっかちだなあ、マイスターサカキ。余、フグの弱点を知りたかったのに」
プリンスは嘆息して天を仰ぐも、すぐさま考えを切り替えたようだ。
「ま、いいや。叩き潰せば一緒だもんね! さっさと倒してゴチになるよ!」
かくして張り詰めた空気の中、武器を手に対峙する6人と3匹。
卓と座布団は仕舞われ、床の間は裸という寂しさだが、暴れるにはむしろ好都合だ。
覚者と妖の視線が絡み合い、殺風景な座敷が即席の戦場へと変わる。
いざ、戦闘開始だ!
●
「ギュキィ!」「ギュキィ!」「ギュキィ!」
トラフグ3匹はV字の陣形を組んで襲いかかって来た。
対する6人は義弘と凛、プリンスを前に、紡と凜音、玲が後ろでこれを迎え撃つ。
「どこからでも来い!」
「ギュキイィーッ!!」
義弘が言い終えるや、先頭の1匹が腹を膨らせて地面に着地。弾みをつけて体当たりを見舞う。
対する義弘は盾でこれをガードし、足裏のスパイクで衝撃を畳へと逃がして踏みとどまった。
「逃がさん!」
フグが飛び下がるのを見て、すかさず義弘は盾を構えてタックル。
体勢を崩して転倒するフグの腹を義弘は盾で地面に挟み込み、前衛2人の攻撃へと繋げる。
「今だ、二人とも!」
フグの体当たりを回避した凛とプリンスが、フグの両脇から挟み込むように跳躍。
先に仕掛けたプリンスが、振りかぶった大槌を勢いよく振り下ろした。
「受けたまえ! これが資本主義の権化、インフレブリンガーだ!」
「ギュキィ!」
大槌のヘッドがフグの眉間にめり込み、フグは引っくり返って悶絶した。
実はフグ最大の急所こそ、この眉間だ。活けの状態で捌く時、職人はまず包丁で眉間を叩き気絶させるという。妖化したフグに気絶までは期待できなかったが、与えたダメージは大きいようだ。
「これで終いや。あたしの刀で三枚におろしたるで! 焔陰流、『煌焔』!」
活殺打で止めといきたいが、使えないなら此方で行くまでだ。
鷹の目で体を強化した凛が刀を構え、白い腹を天井に晒したフグ目掛けて跳躍。
朱焔の刃紋が炎の舌めいた軌跡を描き、フグの体を舐め上げてゆく。
一閃、二閃、三閃。
「ギッ、ギッ、ギュキイィィィ!!」
断末魔の絶叫とともにフグが爆発し、元のサイズへと縮む。
凛はすかさずフグを捕まえ、サカキが置いていった桶に放り込んだ。
「まず一丁あがり、やな!」
「はーっはっはっは! では残る2匹は、余が美味しく――」
「気をつけて皆、上!」
笑うプリンスの視界が、ふいに影で暗くなる。
紡の声が飛んだと同時に、その場の全員が左右に跳躍。
1秒前まで彼らが立っていた場所を、フグの巨体が押し潰した。
「後ろの3人、大丈夫か!?」
店が大きく縦に揺れ、座敷の外からスタッフと思しき者達の悲鳴が聞こえてくるのを聞いて、義弘は後列の安否を確認しようとした。
その一瞬の隙をつき、別の一匹が彼の腰にかみつく。
「ぐ……っ!」
体が痺れ、畳に膝をつく義弘。
好機とみたもう1匹のフグが、再び押し潰しの態勢に入る。
そこへ――
「『チャンスだギュキィ』とか思った? 残念! 飛んでる敵って攻撃がよく通るんだよねぇ!」
愛用の杖クーンシルッピをスリング代わりに、紡がエアブリットを飛ばす。
射出した圧縮空気が不可視の弾丸となり、フグの腹にめり込んだ。
「ギュ……」
「オマケだ、こいつも持ってけよ」
後列の凜音が経典を詠み、水礫を発動させる。
凝縮した空気中の水分が弾丸となって次々発射され、命中したフグの体が宙を踊った。
紡と凜音の妨害によってフグの狙いが義弘から逸れる、その一瞬を玲は見逃さない。
「動かないで下さいね。今、僕が治しますから」
「すまん……助かる」
玲の演舞・舞依で痺れを回復した義弘は、再び立ち上がった。
盾とメイスを握り締め、感覚が戻った事を確かめる。
前線に視線を戻すと、プリンスと凛が地上のフグを防戦に追い込んでいた。
「ギュキィ!」
このままでは的になると判断したのか、空を飛んでいたもう片方のフグが地面に降りた。
それを見た紡が、プリンスに促す。
「チャンスだよ、殿!」
「そのようだね、ツム姫!」
プリンスが仕掛けた。インフレブリンガーを振りかぶってのなぎ払い攻撃、地烈だ。
横殴りの一撃を受けた2匹はビリヤード玉のごとく壁に弾かれ、畳の上を転がった。
「ギュキイ!」「ギュキイ!」
「よしチャンスだ、一気にケリをつける!」
気迫とともに義弘が踏み込んだ。
傷は塞がりきっていなかったが、回復は後でいい。今は攻める時だ。
「さあ、大人しくしてもらおうか! そして俺たちに美味しく頂かれてくれ!」
メイスを握りしめ、義弘は跳んだ。狙いは、先ほど彼に噛み付いたフグだ。
「吹き飛べ――爆裂天掌!」
「ギュキイィィィ!!」
義弘の全体重を乗せたメイスの一撃を受け、フグは爆発。
サカキの桶に2匹目が放り込まれる。
「串刺しで串焼きや! 焔陰流、『穿光』!」
ここまで来れば、勝負は決まったも同然だ。
凛の刀から光が走り、最後の1匹の胴を貫く。
執念で耐えたフグは、ボディプレスを見舞おうとヒレを羽ばたかせるも――それが、最後だった。
「フィナーレだ、ポイゾナスフィッシュ! 美味しく頂かれるといいよ!」
プリンスが全力で振り下ろしたインフレブリンガーが、フグの頭にめり込んで――
「ギュ……ギュキキキーッ!!」
断末魔の悲鳴とともに、最後の1匹が爆発した。
●
戦いが終わって程なくすると、サカキが店のスタッフを連れて戻ってきた。
「皆さん、ありがとうございます。FiVEからお話は伺いました」
改まった口調で礼を述べるサカキの後ろでは、スタッフが総出となって食事の席を整えている。
座敷は戦いで汚れていたが、そこは彼らもプロだ。瞬く間に元の綺麗な状態に戻してしまった。
「微力ながら、腕を奮わせていただきます。どうぞごゆっくり」
サカキが一礼してフグを運んでいくのを見送ると、一同は座布団についた。
卓の上には品書きが置かれ、空調も程よく効いている。
出された緑茶を手にすれば、冷えた手が心地よく感じる熱さだ。
「ああ……いいなあ……どれにしようかなあ……」
紡はほっこりした笑顔で座布団に正座しながら、品書きに目を落とした。
てっちり(ちり鍋)、てっさ(刺身)、白子ポン酢、皮刺し、唐揚げ、雑炊……
小さな手でページを手繰りながら、何を頼むか嬉しそうに迷う紡。
「毎回こんな風にご褒美にありつける仕事だと有難いんだがなー」
一方凜音は、熱いおしぼりで手を拭いて、くつろぎの溜息をついた。
その隣でメモを手にした玲が、仲間に声をかける。
「注文をまとめましょう。何から頼みましょうか」
「まずはてっちりとてっさだな。それから炭火焼。〆の雑炊も欠かせないだろう」
「あたしは白子豆腐と焼き白子。それとジュースな」
「ちっちりに、てっさに……と。白子ですか、美味しそうですね」
今のフグは旬の走りだ。盛りを間近に控えた白子も、ぷるんと大きく張っている。
まして天然ものとなれば――考えただけで顔が綻んでしまう。
ふたりの注文を玲が書き終えると、紡が目を輝かせながら手を挙げた。
「ボクは骨煎餅とお澄ましに、皮の煮凝り。それから、ヒレ――」
「な、なんだってええええええええええええええええっ!!」
紡の言葉を遮るプリンスの絶叫に、一同が思わず彼の方を振り返る。
「お酒はダメなの? 余、すごくショック」
「申し訳ございません。いま店にある酒類は、すべて予約のものばかりで……」
落胆の表情を浮かべるプリンスに、店のスタッフが恐縮そうに頭を下げた。
「余、しょんぼり。でもこんな事もあろうかと! 般若湯という名のシークレットブッダドリンクを――」
プリンスが懐に手を入れたところへ、メモを手にした別のスタッフが顔をのぞかせる。
「失礼します。プリンス・オブ・グレイブル様、FiVE様からお言伝が」
「おや、なんだろう。読んでくれたまえ」
「『グレイブル君。分かってるね』と」
「おお、なんてことだ。アレも政治的にダメ。コレも政治的にアウト。ニポンにも溢れかえるポリコレの波に王家も遺憾を禁じ得ないよ……よよよよよ……」
卓に突っ伏すプリンスを見て、紡も肩を落とした。
「お酒がダメならヒレ酒も無理かなー。ボク、殿と一緒にヒレ酒嗜みたかったんだけどねぇー」
「ヒレだったら、こんなメニューもあるようだぞ?」
未練そうに緑茶をすする紡に、義弘がメニューを開いて差し出した。
そこには、アルコール0.00%の清涼飲料を使った、ヒレドリンクという文字がある。
もとは子供や運転手など飲酒できない客のためのメニューだったが、今では本物のヒレ酒と並ぶ人気を得ているようだ。
「じゃあ、それを頼もうかな」
「分かった。他に頼む人はいないか?」
仲間達を見回して、注文がないのを確認すると、義弘は店のスタッフを呼んだ。
●
程なくして、てっちりとてっさが運ばれてきた。
「来たで来たで!」
「やー、待ってました。やっぱ寒い時期はてっちりだろ」
凛と凜音がフグの白身と野菜を鍋に泳がせ、煮えたものから順によそっていく。
「はいよ、白身たっぷりめ」
「ありがと♪」
凜音にてっちりをよそってもらい、王家スマイルでご満悦の紡。
全員に食事が行き渡ると、一同は手を合わせた。
「じゃ、食べよっか♪」
「「いただきまーす」」
鍋をつつく6人の間には、ほとんど会話がない。
みな言葉を忘れ、フグの味に言葉を失っているようだ。
「余、大感激……」
「(もぐもぐ)」
プリンスは感激の涙を流しながら、てっちりに舌鼓を打っている。
玲もまた目の色を変え、昆布の旨味が染みこんだフグの身を、無言でかみしめていた。
「トラフグ……ええな……」
「いい……」
菊盛りのてっさに箸を伸ばしつつ、凛と義弘はぽつりぽつりと言葉を交し合った。
皿が透けて見えそうなフグの身からは、噛んでも噛んでも旨味が染み出てくる。
いっぽう義弘の隣では、紡が運ばれてきた骨煎餅と煮凝りを眺めていた。
「まずは目で味わってからだよねぇ」
皿に盛られたのは、尾ビレの付け根の骨「ウグイス」と、カマ骨「カエル」の骨煎餅。
上質のゼラチン質にフグの身皮がちりばめられた、飴色の煮凝り。
「どっちにしようかなあ……どれがいいかなあ……」
じっくり炙ったフグヒレの味を楽しみながら、迷う時間はまさに至福だ。
かたや凛はといえば、白子豆腐とレモンを絞った焼き白子を並べ、交互に箸を伸ばしていた。
「やっぱ白子はこの濃厚さがたまらんわ♪」
熱い白子が、口の中で優しく溶ける。中までしっかりと火が通った、丁寧な仕事だ。
(よく羊の脳みそと味わいが似てるって言うけど、あたしはコレで充分やわ)
そんなことを考えながら、凛はマイクに手を伸ばす。
「よおし、歌うで! こんなに気分のいい時に、歌わんでどうする!」
さすがガールズバンドのヴォーカルといったところか、凛の歌声は素晴らしかった。店のスタッフが聞き惚れて、思わず注文を取り忘れたと書けば、その凄さがお分かりいただけるだろうか。
(こういうのも悪くないねぇ、うん)
凛の歌に聞き入りながら、仲間たちの笑顔をしみじみと見つめる紡。
骨煎餅も煮凝りも、これがあってこその味わいだ。
いっぽう玲は、歌に拍子を合わせつつ、ふたたびメニューをめくり出した。
「これは迷うのです。片っぱしから頼んでしまいましょうか」
「かなりの量だぞ。食べきれるか?」
「もちろん。僕、美味しそうな料理は全部食べたくなってしまうのです」
疑問を口にする義弘に、玲は当然といった表情で頷く。
実際、彼女は先ほどからかなりの量を食べているにも関わらず、中学生サイズのその体型は、まったく変わる様子がない。食べきれるという台詞は、あながち嘘でもなさそうだ。
「唐揚げと孔雀盛り、手毬寿司と白子の軍艦巻きを追加でお願いします」
どうやら本気で食べ尽くす気らしい。
サカキの方も心得たもので、料理の皿が空になるタイミングを見計らいつつ、注文を受けては新しい料理を次々と運んできてくれる。
「あ、サカキさん。これ」
凜音は空になった皿をまとめてサカキの盆に載せた。
食べ終わった皿を卓に残したくないという、凜音の気遣いである。
「新しい皿は俺が並べよう」
そこへ義弘が空けた卓をさっと拭き、サカキから受け取った料理をぱっと並べ終えた。
甘味処の店員ゆえか、配膳の動きにもベテランの風格がある。
「食うのも供養とは、よく言ったものだ」
じりじりと音を立てる炭火焼をつつきながら、義弘は顔をほころばせた。
こんな旨い魚を捨てるなど、確かに罰当たりもいいところだ。
「お待たせしました。雑炊でございます」
そうこうして料理の皿がひとしきり空になった頃、サカキが鍋雑炊を運んできた。
「待ってました。やっぱ締めはこれだろ」
一同の気持ちを代弁するかのように、凜音が目を輝かせた。
立ち上る湯気を息で冷ましつつ、雑炊をゆっくりと口に運ぶと、出てくるのは満足の溜息ばかり。
「ごちそうさまでした」
雑炊を食べ終え、ふと義弘は窓を見た。街の喧騒がずいぶん遠いと思ったら、外では小さな雪が降っている。年の瀬はもう、すぐそこだ。
「では、僕達もそろそろおいとましましょうか」
「殿、美味しかったねー」
「ああ、ポイゾナスフィッシュ。貴公の味、余はネバーフォーゴットだよ」
座敷の方へと目をやれば、仲間達も帰り支度を始めていた。
凛と凜音は支度を済ませ、サカキに礼を言っている。
「ごちそうさん。美味かったで」
「次はこういう騒動なしに飯を食いに来るよ。じゃーな」
惨劇は未然に防がれ、店も無事。ふぐ料理も存分に楽しんだ。文句なしに成功といえる成果だ。
こうして6人の覚者たちは、依頼を果たして帰還したのだった。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
