無限円環花火恋噺
無限円環花火恋噺


●回想キネマ
 ――繰り返し、繰り返し。既に端がぼやけたフィルムは、擦り切れるまであの日の光景を彼女に見せつける。
 月の綺麗な夜、幼馴染のあいつとはにかみながら手を握って。ゆっくりと土手を歩く、その見上げた夜空に打ち上げられた花火が眩しかった。
『あのさ、俺……』
 じりじりとノイズが走り、上手く声が聞き取れない。ああ、あいつはどんな顔をしていただろう。その表情が見えなくなってしまったことが、何故だか酷く哀しかった。
『……、……』
 此方を見下ろして、何かを告げようとしたあいつの表情が、その時不意に歪められた。こぽりと唇から血を吐き出して、あいつはずるずると地面に崩れ落ちる。
 びくりと身を竦めた彼女が見たのは、爛々と目を光らせた異形の妖で。それからはもう、無我夢中だった。泣き叫びながら力を振るい、それから目を覚まさないあいつの顔を覗き込んで――ありったけの悲鳴をあげた。
 かたん、と其処でセピア色の光景は終わる。けれど微かな瞬きをする間もなく、頭の中では再びフィルムが回り出し――あの日の光景が繰り返されるのだ。
(わからない、もうわからないけれど)
 力が欲しい、もっともっと。そうして倒さなくちゃと、彼女は虚ろな表情で笑いかけた。あいつを殺した奴を、探し出して――そうだ、邪魔する奴も、みんな敵なんだから倒さなくちゃ。
(倒さなきゃ、だってそうしないと)
 ――この脳裏に繰り返される、あの日の光景は何時まで経っても終わらないのだから。

●追憶の果て
 破綻者が、ひとを襲うのだと久方 真由美(nCL2000003)は憂いを帯びたまなざしで語った。破綻者とは自らの力に飲まれ、暴れる修羅となった覚者の成れの果てのこと。今回の対象は深度2――力の制御が出来ず、力に飲み込まれつつあり自我を失いかけている状態のものだ。
「破綻者の名前は、四条アヤネさん。覚者であること以外はごく普通の高校生でしたが、花火大会の夜に妖と遭遇してしまい、幼馴染の少年を殺されています」
 そう説明しつつテーブルの上に、真由美が一枚の写真を置いた。其処では青い空の下、肩を組んで楽しそうに笑い合う一組の男女の姿がある。
「……かろうじてアヤネさんは、覚者の力を使い妖を退けました。でも、目の前で亡くなった幼馴染の死を受け入れられず、やり場のない憎しみを募らせて」
 ――そうして力に呑まれてしまったのだと、真由美は吐息を零した。今のアヤネは妖を倒すことのみに囚われており、自分の邪魔をするもの――目の前に立つひとならば誰であれ、排除しようと動くらしい。
「彼女は、幼馴染を喪った土手を……仇を探して彷徨っています。ですから、どうか彼女が関係のないひとをその手に掛けてしまう前に、止めてください」
 仇である妖の行方は分からない。もしかしたら混乱するアヤネが、既に倒した後なのかもしれない。もしそうだとしたら哀しすぎる――彼女は既に存在しない仇を追い求めて、何処までも落ちていくしかないのだから。
「それでも、今ならまだ間に合います。彼女を救うことも出来ます。痛みを伴うかもしれませんが、それでも」
 彼女の心の奥底に眠る思い出を、幼馴染への想いを切っ掛けにして、自我を取り戻させることも不可能ではない筈だ。
「……大切なひとを喪うという経験は、遠からず誰にも訪れることですが」
 けれど、それに引きずられるようにして不幸になってゆくのは、大切な誰かも望んではいないだろう。どうかお願いしますと真由美は言って、写真の中で笑うふたりを寂しげに見やった。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:柚烏
■成功条件
1.破綻者・四条アヤネの討伐
2.なし
3.なし
 柚烏と申します。今回の依頼は破綻者絡み、心情に比重を置いたお話になりそうです。是非皆さんの想いをぶつけて下されば嬉しいです。

●四条アヤネ
16歳の女子高生。因子は翼人、火行の術式を使う破綻者です。深度は2で自我は半ば失っている反面、強力な力を得ています。手に入れた力で仇を倒すことのみに執着し、邪魔をするものは誰であれ排除しようと動きます。ですが彼女の心情に訴えかけることが出来れば、正気を取り戻せます(正気を取り戻すことに失敗しても、倒せた時点で依頼は成功になりますが、後味はかなり悪くなります)。

●戦場
ひと気のない夜の土手です。そこを通りかかったものをアヤネは見境なく襲おうとしますので、逆に彼女を止めてください。

●アヤネの境遇
大切な幼馴染の少年がいて、互いに少なからず思いを寄せていたようです。花火大会の夜、妖に襲われ目の前で彼を喪いました。哀しみと怒りと、その裏では誰かに縋りたい、助けてほしいと言う想いもあるでしょう。けれど錯乱した彼女は、溺れるものが助けを乞うように、加減を知らずにぶつかってくる筈です。

 もしかしたら、大切なものを喪った誰かが辿ったかもしれない道。自分との境遇を重ねてみてもいいかもしれません。それではよろしくお願いします。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(3モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2015年09月19日

■メイン参加者 8人■

『花守人』
三島 柾(CL2001148)
『嘘吐きビター』
雛見 玻璃(CL2000865)
『五行の橋渡し』
四条・理央(CL2000070)

●あの夏の日を繰り返す
 目の前で大切なひとを喪い、力に呑みこまれた者がいた。その引き金になったのは、哀しみか憎しみか――それとも、力無き自分への怒りだったのか。
 いずれにせよ彼女――四条アヤネは破綻者となり果て、制御出来なくなった力を振るい誰かを傷つけようとしている。
(まいったな、自分とアヤネを重ねちまう)
 やるせない吐息を零して、三島 柾(CL2001148)は己の黒髪をくしゃりとかき上げた。彼もまた、大切な人々を喪った経験があり――喪うと言う事への恐怖も、人一倍分かっているつもりだ。
「……苦しいよね。しんどいよね。わかるよ」
 だってアタシも同じだから、と『嘘吐きビター』雛見 玻璃(CL2000865)の紡ぐ声は儚くも強い。大切だったヒト、大好きだったヒトがいなくなってしまった、あの時の想いは今も忘れる事は出来ない。
(やり場のない怒りも、悲しみも、寂しさも)
 ――そして、埋めてくれるものが他に何もない冷たい現実も。それでも玻璃は、精一杯背伸びをしてこの世界で生き続ける。
「大事な人を目の前で失う……体験した事が無いから、その気持ちは完全に分かるとは言わない」
 眼鏡を押し上げて、怜悧な声を響かせるのは四条・理央(CL2000070)だった。安易に同情しないのは、きっと彼女なりの優しさなのだろう。その想いを裏付けるように、理央は仲間たちへと頷いてみせる。
「けど、彼女は止めないといけないよね」
「……うん。前には進まなきゃ。思い出の為に、何より彼の為にも」
 玻璃も改めて己の意志を確かめ、目の前に広がる土手を見渡した。ここはアヤネの思い出の場所であり、悲劇のはじまりの場所でもある。懐中電灯を『Mignon d’or』明石 ミュエル(CL2000172)に貸し出しつつ、自身は暗視によって周囲を把握する『狗吠』時任・千陽(CL2000014)。その指先が、懐に仕舞われたナイフの形を確かめるように踊る。
(大切な人を失うか。だが……彼女のような、恋い焦がれる熱い想いとはまた違うのだろう)
「やー。遅れてすいません」
 と、其処で百千万億 康孝(CL2001150)が、へらりと笑って皆に合流した。彼女は時間のある限り、ギリギリまで四条アヤネの情報を調べていたのだ。しかし、若干疲れた表情を見るに、それは徒労に終わった様子だった。
「……でも、他人事で済ませられる相手じゃない。覚者としてじゃなくて、オレ個人の事として」
『幻想下限』六道 瑠璃(CL2000092)は、その名に相応しき瑠璃色の瞳を瞬かせ、美しき細工の如き手を握りしめて呟いた。
 ――彼もまた、アヤネに自分の姿を重ねて心を痛めているひとりだったから。いつか、大切な人達を失った自分――あんな想いを、他の誰かにさせたくないから。
「あいつは、誰かが支えてやらなくちゃ」
 そんな瑠璃の姿に、ミュエルは大丈夫と言うようにふわりと微笑んで――精一杯、自分の気持ちを言葉にして伝えていく。
「もし、自分が、同じ目に遭ったら……アタシも、同じように……なってたかも、しれない……」
 ミュエルの脳裏に過ぎるのは、大切なひとの姿だった。ずっと続くと思っていた日常がふいに断ち切られた時のことを思えば、彼女の胸は張り裂けそうになる。
「でも……だからこそ、ほっとけないし、アヤネさんが、誰かの大切な人、傷つける前に……止めたい……」
 それでも、彼女はこの場所へやって来る。目の前に居るもの全てを敵と見做して、荒ぶるままにその力を振るうのだろう。
「復讐は熱く身を焦がす情熱、だよね」
 豊かに波打つ金の髪を揺らし、夢見るように『願望器』ファル・ラリス(CL2000151)は甘い声で囁く。それが心の底からの願いなのか、一時の勢いに任せた衝動なのかは知らないけれど――そう言ったファルの瞳が、夜の土手に現れた人影を認めてゆっくりと細められた。
「見極めないと、ね。燃えるようなその願望を」
 ゆらり、と幽鬼のような佇まいで近づいて来るのは、変わり果てた姿の四条アヤネ。深紅の翼を広げて、終わらない悪夢に苛まれるような虚ろな顔をして――けれどその瞳だけが狂気を帯びて、爛々と昏い光を宿していた。

●炎の翼は泣き叫ぶ
「アヤネちゃん。帰ろう? こんな暗い所に独りでいないで」
 時の流れを変化させ、大人の姿となった玻璃がアヤネに呼びかけた。しかし彼女は自我を失いかけており、此方の言葉が確りと届いているのか怪しい。
「大切なヒトを奪われて、何もかも壊したくなる気持ち、わかるよ。悲しくて泣くことが、痛くて叫ぶことが、許せなくて怒ることが悪いことなんじゃないけど」
 そんな玻璃の言葉を聞きながら、理央は周囲に耳を澄ませていた。交霊術を用いれば、此処で殺されたアヤネの幼馴染の少年の声が聞こえるかもしれない――しかし彼の残留思念は漂っていなかったのか、聞こえるのはただもの悲しい風の音のみだ。
(あー……駄目ですかねー)
 と、一方で康孝は、アヤネと幼馴染の写真を元に念写を行おうとしていたのだが、投影を行う物質が付近に存在しない事に気付いて頭を掻いた。嘗ての思い出をきっかけにして、正気を取り戻せたらと思ったのに――そんな康孝の想いを無駄にしない為にも、理央は真っ直ぐに説得の言葉を重ねていく。
「大切な人を失った気持ち、敵を討ちたい気持ち、少なからず理解は出来るよ。けど、その為だけに全てを捨てるような今の行動は間違ってる」
 毅然とした態度で向き合う理央は、アヤネに問いかけた。そんな事をして、貴女の大切な人は喜ぶと思うの、と。
「ふぅん……あなたも、ジャマするんだ……?」
 けれど、アヤネの瞳には紛れもない殺意が浮かんでいて。例え正しいことを告げようと、それだけで彼女が思いとどまる事は無いのだと――もう簡単に後戻り出来ない場所まで来たのだと、彼らははっきりと思い知らされたのだった。
「俺たちは、貴方を。『四条アヤネ』嬢を助けにきました」
 それでも、背筋を正して千陽は告げる。ゆっくりと一歩を踏み出して、彼女の元へと向かいながら。
「終わりのないキネマにピリオドをつけましょう。同じところを何度繰り返していても、結果は変わりません。だから前に一歩、勇気を出してください!」
 その千陽の言葉に、アヤネは微かに反応する素振りを見せた。しかし破綻者と成り果てた彼女は、泣き叫ぶような悲鳴を上げて――破壊の衝動に任せて此方に襲い掛かる。
「ああああああぁぁぁぁぁ!!」
 深紅の翼を羽ばたかせ、アヤネは燃え盛る火柱を生み出して辺りを焼き払った。抵抗するのであれば対処すると決めていたファルが素早く動き、一方で焼け付く痛みに耐えるようにして、瑠璃が英霊の力を引き出し戦いに備える。
「……っ、悪い……」
 常人離れした動きで迫るアヤネを牽制すべく、玻璃がライフルを撃ち、無頼を発動させた千陽がその動きを減速させる中――柾は悲しい目で、ただアヤネを見つめていた。攻撃をしなければと思うものの、どうにも出来なくて。柾はひたすら守りに専念して、どうにか自分たちの話を聞いてくれないかと機をうかがう。
「戦闘不能で気絶させる事は出来るでしょうか。暴走してる現状から戻るには、一旦リセットが手っ取り早そうなんですけどね」
 次々と放たれる火炎弾を凌ぎながら、炎を纏った康孝の一撃が接近したアヤネに叩き込まれた。勿論殺すつもりはないものの、その意見にミュエルは残念そうに首を振る。
「多分……無理、だと思う……。適切な処置が、必要だって……聞いているから……」
 手荒な手段を取れば、益々破綻者は力に呑まれる恐れがありリスクが大きすぎる。甘い考えかもしれないけれど、傷つけるのは嫌だとミュエルは思ったから――今回彼女が用いるのは、威力の弱い武器にとどめた。
「あまり長引くとこっちが不利なんだけど、今回は手早くとかは言えないね」
 きらきらと暗闇の中輝くのは、理央の生成した癒しの滴だ。ファルとミュエルも協力して、火傷を負った仲間たちを癒していき、異常回復を促進させる玻璃の舞衣もそれに加わった。
「はぁ……はぁ……たお、す……!」
 ――やがて、加減を知らずに只々攻撃を行ってきたアヤネに疲れが見え始める。其処へ、リスクを覚悟で近付いたのは康孝だった。大丈夫、と告げるように彼女は強くアヤネを抱きしめて――彼女が暴れ、炎を操って逃れようとしても尚、康孝は力の限りアヤネを離さなかった。
「なぁ、聞いてくれ。オレは家族を目の前で食われた。父さん、母さん、ふたりの妹……みんな、頭から食われて、骨の一本も残さずに貪られた……!」
 錯乱するアヤネがもがき続ける中、震える声を張り上げて瑠璃は己の凄惨な過去を語る。その傷は今も彼を苛んでおり、食べ物を口にすることさえ満足に出来ていないのだ。咀嚼の感触のおぞましさに、何度吐き出しては苦しんだ事だろう。
「今のお前は、もしかしたら、オレが、なっていたかもしれない道だ。オレがそうならなかったのは、目の前でその妖は始末されたからだ」
 ふと、瑠璃は遠くを見つめる目をして、ゆっくりと一呼吸おいてから続きの言葉を発した。
「……オレには、復讐の機会すら与えられなかったんだ」
 ――けれどそれが、自分の幸運だったのだろうと瑠璃は言って。柾もアヤネの腕を掴み視線を合わせて、己の過去に起きた出来事をゆっくりと語り出した。

●君が本当に望むこと
「実はさ、俺も婚約者を妖に殺されてな。お前と同じように今もあいつを殺した奴、さがしてんだ」
 痛ましい過去を語る柾の姿は、何故だかひどく穏やかで――アヤネに対する慈しみを感じさせるものだった。その想いが伝わっていったのか、アヤネの動きが次第に大人しくなる。
「辛いよな、辛かったな。楽しい思い出がたくさんある分、余計辛いんだよな。……余計、憎いんだよな」
 柾の婚約者の名は、百合と言った。きっとその花の名のように可憐な女性だったのだろう。その事を思えば知らずミュエルの瞳は潤み、彼女もそっと震えるアヤネに向かって声を掛けた。
「辛い気持ち、すごく……分かるよ……。アタシにも……大切な人、いるから……。気持ち、伝えられなかったの……きっと、悔やんでも、悔やみきれないよね……」
 けれど、だからこそ彼女の過ちを正さねばならなかった。金の髪を揺らしてミュエルは必死に、アヤネの本当の心に届くようにと声を震わせる。
「でも、このままだと……アヤネさんも、あの妖と同じように……誰かの、大切な人の、命を奪う……怪物に、なっちゃう、よ……?」
「復讐を望んで戦うならそれでもいい。でも、お前が戦いたいのはオレ達人間か? 妖か?」
 復讐を止める意志は、瑠璃にはなかった。必要ならば手も貸そう。でもそれは――彼女の意志でやるべきことだ。微かに汚れたアヤネのワンピースを掴み、瑠璃は息が触れ合うほどの近さで彼女を見つめ、そして一気に言い放った。
「今のお前は、妖とどう違う!? オレ達にだって、大切に想ってくれている人がいる! 家族も、特別に想っている人もいるんだ!」
 どくん、とアヤネの確かな鼓動が聞こえた気がしたのはまぼろしだろうか。康孝はただ黙ってアヤネを抱きしめ続けていた。アヤネの記憶の引き出しの取っ手を、手当たり次第取り付けようと思うものの――やっぱり思い浮かぶのは花火大会の夜のことしかなくて。
(私は人の心に届くような言葉を持ってない)
 自嘲気味に康孝が笑う間にも、瑠璃の説得は続いていた。
「特別な人がいてこうなったなら、戻ってこられるはずだ! オレ達も、お前も、何も違わないからだ! 誰かを想って流す涙の熱さに! 人を想う心の温かさに、違いなんて無いはずだろ!!」
 ああ、とアヤネの両の目から零れるのは、透き通るような涙のしずく。そんな彼女を此方の世界へと連れ戻すべく、理央と玻璃も必死に声を張り上げる。
「死んだ子だって、今の貴女のやり方を望んでなんかいない!」
「……他の誰かを同じ目に遭わせては、ダメ。これ以上何を壊しても誰かを傷つけても、妖を殺めても……彼は、戻ってこない」
 ――だから一緒に帰ろうと、玻璃は迷子をあやすように笑いかけた。あなたがこんな所でずっと独りでいたら、彼だってきっと心配する。悲しんでしまうだろうから。
「大好きな彼の為にも、帰ろう」
「でも、でもでもでも!」
 アヤネの心はひどく揺れて、血を流しながら苦しんでいる。自分でもどうしたらいいのか分からない気持ちが痛いほど分かって、柾はアヤネと視線を合わせながら優しく彼女の頭を撫でた。
「皆も言ってるけど俺もさ、お前の大切な奴はきっとこんな事は望まないとは思うんだ。でもさ、そううまく割り切れないよな」
 そう言って柾が思うのは、婚約者のことだ。自分がそうだったように、あいつも自分のことを大切に思ってたから、そういう奴だったから――自分に幸せになってほしいと思っているのが、分かっている。分かっているけれど。
「俺はかたき捜しを未だにやめられない。だからお前に、かたき捜しをやめるなとは言わない。……たださ」
 ぎゅっと、柾も共にアヤネを抱きしめ、震える声でそっとその耳元に囁く。
「独りで背負うなよ。……独りで辛いもの背負って、こんなにぼろぼろになるなよ」
 俺も背負う、そう言って柾は抱きしめる手に力をこめた。今日会ったばかりだけど、自分と似ているせいだろうか――お前の事を、ほっとけないんだと言って。柾はアヤネに、一緒に手伝わせてくれと頼み込む。
「あなたの望みは何? 復讐? それとも救済?」
 其処へ、優雅に一歩を踏み出して問うのはファルだった。わたしは四条アヤネの本当の望みが知りたい、そう言って小首を傾げるファルの姿は、愛らしくも超然としており――善も悪もひっくるめて受け入れる、豊かさとあやうさを併せ持っていた。
「怒りに任せての無茶じゃなくて。本当にあなた自身が望むものは何かな?」
 本当の望みなら、わたしが許すとファルは言う。だから、よく考えて思い出して――あなたの望みは何、と彼女はもう一度繰り返した。
「元に戻りたい、助かりたいなら。復讐を諦めて元に戻るなら許すよ。抱きしめてあげる」
 死にたいならそれも許す、ファルはそうも言う。念入りに蘇らないようにとどめを刺してあげる、と。
「わたしはとにかく、アヤネの望みを聞いて尊重し、叶えるよ」
 その声に、アヤネはか細く――けれど確かな答えを発した。助けて、と。大切なひとが居なくなったのが辛い、守れなくて、自分だけ生き残って、あいつがいない世界でどうやって生きていけばいいのかわからなくて。
 ――誰かに縋りたくて。
「助けて、助けて……このままじゃあたし、何もかも失くしてしまう……!」
(お願い、帰ってきて)
 すすり泣くアヤネへ玻璃が差し出したのは、預かって来たアヤネと幼馴染の写真だった。其処で笑っている自分と幼馴染の姿を認めて、嗚呼あいつはこんな顔をしていたんだと、アヤネの顔がくしゃりと歪む。
「君はまだ戻ることができる。あの時幼馴染が言っていた言葉は、きっと復讐じゃない。きっと君を幸せにしたい想いの言葉だったはずだ。君はそれを忘れちゃいけない。……大切なそれを忘れちゃいけない」
 千陽の言葉が降り注ぐ中、柾はそっとアヤネに問いかけた。
「なぁ、お前の大切な奴の名前なんて言うんだ?」
「ヒ、ヒロ……ト。ヒロト……!」
 ああ、大切な誰かの名前を未だ覚えているなら、彼女はきっと大丈夫だ。千陽は小さく息を吸い込んで、アヤネを救い出すべく更に言葉を紡ぐ。
「もう一度いいます。貴方を助けにきました。縋り付いていい。頼ってもいい、信じてください。いくらでも受け止めますから」
 そう言って彼は、アヤネに向けて手を差し伸べる。それは不器用ながらもあたたかな、誰かを救うことが出来るかもしれない手だ。
「だから、もう、そんな迷子のような泣き顔はやめてください」
 ――そして、差し出されたその手をアヤネは握り返して――その瞳には確りと、理性の光が戻っていた。

●円環は解ける
「大丈夫。怖くなーい怖くなーい」
 こうしてアヤネは救われたが、皆を傷つけてしまった自分を彼女はひどく責めた。そんな彼女をあやすように、康孝が背中をぽんぽんと叩いている。
(ただ自分に似すぎて、ほっとけなかっただけなんだよな)
 そんなふたりを柾たちが見守り、一方で千陽は組織のことを伝えるべきか悩んでいる様子だった。しかしアヤネはそれを察したのだろう、自分は元の生活を続けながら皆のことを応援すると言って笑った。
「過去が辛くて、現在が辛くて、こんな事になってしまって。それでも……いつか笑える日を迎えさせてやりたい」
 ずっと先になるかもしれないけど、笑えるようになれたら素敵な事じゃないか――そう言った瑠璃へ頷き、千陽は月明りの空を見上げた。
「喪失は痕が残り続けてもいつか癒える。それを待たない道理がない」
 こうして無限に繰り返す悪夢の夜は明ける。見上げる空に打ち上げられた花火も、いつかは思い出に変わっていくことだろう。
 ――それは、切なくも愛しい恋の噺。

■シナリオ結果■

大成功

■詳細■

MVP
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『百合の追憶』
取得者:三島 柾(CL2001148)
『笑顔の約束』
取得者:六道 瑠璃(CL2000092)
特殊成果
なし




 
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