<ヒノマル戦争>南丹PA制圧作戦
●亀岡ルート
中 恭介(nCL2000002)は集まった覚者たちを前に、資料を貼り付けたボードで説明していた。
「現在、ファイヴはヒノマル陸軍との戦争状態に入っている。こちらは民間人に被害を出さないため、あちらは非戦闘員や工場に被害を出さないため、それぞれの条件の一致という形でFH協定が結ばれている。これはチーム戦で各重要拠点の制圧是非を決めるというものだ。
今回こちらは守りを固めるため、京都西側の南丹パーキングエリアを制圧することにした。
これは前回の京都作戦でヒノマル陸軍の一部が使っていた移動ルートで、途中に兵士の集合地点と思しき施設があった。
このルートを潰すことで効率的に進軍を押さえることができると思われる。
勿論その是非は皆にかかっている。頼んだぞ!」
●偽カカシキ妖刀『ラバーズドリーム』
「戦いがおこる。あの人は来るのかしら。愛しいあの人。あのひと……あのひと、あの顔あのひとの目あのひとの口あのひとの鼻あのひとの睫あのひとの中指あのひとの額あのひとの顎あのひとの歯あのひとの臍あのひとの踝あのひとの胸あのひとの膝あのひとの肘あのひとの踵あのひとの腎臓あのひとの耳あのひとの腰あのひとの肺あのひとの眉あのひとのあのひとのあのひとのあのひとのあのひとのあのひとの……」
南丹パーキングエリア駐車場。
むき出しの刀を抱いて何も無い虚空をうっとりと見つめる女がいた。
ただ一人に恋い焦がれ、その恋を成就するためと偽り偽カカシキ妖刀の苗床とされた女。『ラバーズドリーム』天吹アマネ。
彼女は滅亡した明石組の地下残党をかき集め、自分の軍隊を作っていた。軍隊といっても、ほんの十人程度のものだが。
故にさらなる力のよりどころを欲し、『決して果たされぬ巡り会いへの渇望』に焦がされながら、ヒノマル陸軍に協力していた。
一方で、ヒノマル陸軍の『第四覚醒隊隊長』建御ケンゴは鼻白んでいた。
「強靱な兵だと言うから預かってみれば、ただの狂人ではないか。
だが……戦闘力は折り紙付き。運用次第ではよい戦力となる、か」
さて、そのまた一方。
ファイヴの覚者たちが現場へ到着する少し前に、二人の男女が現場入りしていた。
カカシキ妖刀の製法を伝えられた最後の女。九条蓮華。
妖刀を巡る争いの中で偽物の苗床とされた男、絹笠サチオ。
蓮華は絹笠の顔を見るなり露骨に顔をしかめた。
「なんでアンタがいるのよ。敵に寝返った上に元いた組織の残党狩りなんて、嫌にならないの?」
「幸いにも、私に感情はないもので」
絹笠は眼鏡を手の付け根で押し上げ、無表情に言った。
「しかし、感情で動くあなた方は信じられる」
「……」
「天吹アマネは過去、明石組から逃亡した偽カカシキ妖刀の保持者です。元は彼女を含めて『明石四天王』と呼ばれておりまして」
「つまり、アンタや依吹たちと同等の戦闘力ってワケね。いいわ、ぶっ殺しましょ」
「殺さないように。そういう協定でしょう」
「フン……」
蓮華は自分でうったばかりの刀を鞘に収め、顎を上げた。
「なんでもいいわ。アタシはダーリンの組織に協力する。アンタは?」
「無論。ファイヴに協力します」
「じゃ、仲間ね」
蓮華がぶっきらぼうに出した手を、絹笠は黙って握った。
中 恭介(nCL2000002)は集まった覚者たちを前に、資料を貼り付けたボードで説明していた。
「現在、ファイヴはヒノマル陸軍との戦争状態に入っている。こちらは民間人に被害を出さないため、あちらは非戦闘員や工場に被害を出さないため、それぞれの条件の一致という形でFH協定が結ばれている。これはチーム戦で各重要拠点の制圧是非を決めるというものだ。
今回こちらは守りを固めるため、京都西側の南丹パーキングエリアを制圧することにした。
これは前回の京都作戦でヒノマル陸軍の一部が使っていた移動ルートで、途中に兵士の集合地点と思しき施設があった。
このルートを潰すことで効率的に進軍を押さえることができると思われる。
勿論その是非は皆にかかっている。頼んだぞ!」
●偽カカシキ妖刀『ラバーズドリーム』
「戦いがおこる。あの人は来るのかしら。愛しいあの人。あのひと……あのひと、あの顔あのひとの目あのひとの口あのひとの鼻あのひとの睫あのひとの中指あのひとの額あのひとの顎あのひとの歯あのひとの臍あのひとの踝あのひとの胸あのひとの膝あのひとの肘あのひとの踵あのひとの腎臓あのひとの耳あのひとの腰あのひとの肺あのひとの眉あのひとのあのひとのあのひとのあのひとのあのひとのあのひとの……」
南丹パーキングエリア駐車場。
むき出しの刀を抱いて何も無い虚空をうっとりと見つめる女がいた。
ただ一人に恋い焦がれ、その恋を成就するためと偽り偽カカシキ妖刀の苗床とされた女。『ラバーズドリーム』天吹アマネ。
彼女は滅亡した明石組の地下残党をかき集め、自分の軍隊を作っていた。軍隊といっても、ほんの十人程度のものだが。
故にさらなる力のよりどころを欲し、『決して果たされぬ巡り会いへの渇望』に焦がされながら、ヒノマル陸軍に協力していた。
一方で、ヒノマル陸軍の『第四覚醒隊隊長』建御ケンゴは鼻白んでいた。
「強靱な兵だと言うから預かってみれば、ただの狂人ではないか。
だが……戦闘力は折り紙付き。運用次第ではよい戦力となる、か」
さて、そのまた一方。
ファイヴの覚者たちが現場へ到着する少し前に、二人の男女が現場入りしていた。
カカシキ妖刀の製法を伝えられた最後の女。九条蓮華。
妖刀を巡る争いの中で偽物の苗床とされた男、絹笠サチオ。
蓮華は絹笠の顔を見るなり露骨に顔をしかめた。
「なんでアンタがいるのよ。敵に寝返った上に元いた組織の残党狩りなんて、嫌にならないの?」
「幸いにも、私に感情はないもので」
絹笠は眼鏡を手の付け根で押し上げ、無表情に言った。
「しかし、感情で動くあなた方は信じられる」
「……」
「天吹アマネは過去、明石組から逃亡した偽カカシキ妖刀の保持者です。元は彼女を含めて『明石四天王』と呼ばれておりまして」
「つまり、アンタや依吹たちと同等の戦闘力ってワケね。いいわ、ぶっ殺しましょ」
「殺さないように。そういう協定でしょう」
「フン……」
蓮華は自分でうったばかりの刀を鞘に収め、顎を上げた。
「なんでもいいわ。アタシはダーリンの組織に協力する。アンタは?」
「無論。ファイヴに協力します」
「じゃ、仲間ね」
蓮華がぶっきらぼうに出した手を、絹笠は黙って握った。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.戦闘に勝利する
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
人払いもすませております。
建物はトイレと倉庫くらいなので、周辺被害もあまりありません。
戦闘に集中できるでしょう。
●敵戦力
・『ラバーズドリーム』天吹アマネ:火行暦
※絹笠による資料提供によりスペックの大半が把握できています
→スキル構成は主に錬覇法、豪炎撃、双撃、火焔連弾。攻撃特化型前衛アタッカー。
・『天吹組』一等兵隊×10:覚者。戦闘力は低め。簡易偽カカシキ妖刀で武装。
・『天吹組』二等兵体×10:非覚者。戦闘力はきわめて低い。拳銃で武装。
・『第四覚醒隊隊長』建御ケンゴ:土行械、詳細不明
敵戦力の大半が判明しているため、建御のスペックがネックになるでしょう。
大半は決め打ちでもいいですが、建御対策だけやや広めに戦術を練る必要があります。
●協力団体
・『カカシキ刀鍛冶』九条蓮華:水行暦
→体術専門のアタッカー。回復は苦手。戦闘力はちょい低め。
・『リスクマネジメント』絹笠サチオ:天行械
→スペックバランスのいいサポーター。バフ・デバフが得意。
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・補足ルール1
EXプレイングにてこちらからの攻撃アクションを投票できます。
ヒノマル陸軍のもっている施設や侵攻に必要なルートの中で、『攻撃したい場所』をEXプレイングに書いて送ってください。
対象は『現在判明しているが制圧できていない拠点』か『まだ見つけていない捜索中の拠点』となります。捜索中の拠点を指定した場合、発見し次第攻撃可能となります。
『3票以上』ある対象を票が多い順に中恭介が採用していきます。
票が固まらなかった場合全て無効扱いとなり、中恭介が適当に選びます。
投票は本戦争期間中ずっと有効です。
また、対象拠点はシナリオの成果に応じて発見できることがあります。
・補足ルール2
ヒノマル陸軍に所属する主要覚者の能力は殆どが未解明です。
しかし戦闘の中で能力を探り出すことで今後の依頼にその情報を反映することができます。
・補足ルール3
性質上『FH協定』をこちらから一方的に破棄することが可能です。
ただしそのためには『依頼参加者全員』の承認を必要とします。
協定を破棄した場合、互いに無秩序状態になり、捕虜の獲得や兵器の鹵獲、リンチによる完全殺害が可能になる反面、民間人や協力団体にも多大な被害が出ます。
※エネミースキャンについての追加ルール(当依頼限定)
ターンを消費してスキャンに集中したり、敵の能力を深く推察したり、調査する部分を限定したり、数人で分担したりといったプレイングがあるとスキャンの判定にボーナスをかけます。
・FH協定
ファイヴとヒノマル陸軍の間に交わされた戦争上の協定です。
戦闘に関係の無い民間人に被害を出したくないファイヴ。
兵器製造など戦争の準備を邪魔されたくないヒノマル陸軍。
双方の条件を満たすものとして、戦争におけるルール、つまり協定を結んでいます。
双方『ほぼ同格』の総合戦闘力を持ったチームを編成し、民間人に直接的被害の出ない場所で戦闘を行なうこと。
またファイヴが所属覚者を長期拘束できないため、ヒノマル側・ファイヴ側双方どちらが敗北した場合でも捕虜獲得や兵器鹵獲をせず、撤退を許すこと。
こうしたチーム戦で互いに要所を制圧・もしくは奪還し、来たるべき決戦の日に両者同時に拠点を襲撃・及び防衛し合うものである。
互いにルールの曲解や、逆手に取った悪用はしないことで合意しています。
==============================
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2016年11月25日
2016年11月25日
■メイン参加者 6人■

●
南丹PAは元々あまり人の集まらない場所だ。
京都に近い主要パーキングエリアとはいっても下り側。巨大な駐車場があるだけで、あとはトイレと自動販売機がひっそりと建っている。
鞘に収めた紫色の刀を抱きしめ、天吹アマネはぶつぶつと独り言を述べている。
戦闘のために集まった組員たちは黙ってその周りを固め、その兵力を預かっている立場らしい建御は腕組みをして戦いが始まるのを待っていた。
一方こちらはファイヴ側。車から降りた望月・夢(CL2001307)は、人払いが済んだ駐車場を見渡して小さく息をついた。
「世間に被害が出ない戦争は、少しばかり気が楽になりますね」
「俺にとっちゃめんどくせーよ。ぶっとばしゃあ済む話なら楽なんだがよ……」
運転席から身を乗り出す『ゴシップ探偵』風祭・誘輔(CL2001092)。
別の車からは『ベストピクチャー』蘇我島 恭司(CL2001015)と『スピードスター』柳 燐花(CL2000695)がそれぞれ下りてくる。
「こうして見ると、敵の頭数が圧倒的だねえ。これを何とかしないと危ないかな。数の暴力って割とシャレにならないからね、本当」
「個々のダメージが微々たるものでも、十人あつまれば十倍……ですからね」
隊列の予測はあまりしていないが、順当に考えて偽カカシキ妖刀で武装した一等兵を前~中衛に。拳銃で武装した二等兵を後衛に配置するのが順当なところだろう。
建御の動きが分かりづらいとはいえ、天吹は明確すぎるほど前衛アタッカーだ。一番まずいのは一等兵の処理をおろそかにして対抗ブロックで押さえ込まれ、後衛や回復の要への集中攻撃を仕掛けられることだ。これは以前に恭司がくらった手口でもある。
敵は強さも弱さも有効利用する狡猾な戦士たちだ。敵の立場から見た予測が物を言う……と、恭司は早々にこの戦争の本質を理解しはじめていた。
後部座席から下りる『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002)と『天使の卵』栗落花 渚(CL2001360)。
刀嗣の懐には鞘だけの刀、妖刀失恋慕の種がしまわれている。
「天吹……アイツも明石に騙されたクチか。ああなっちまうと哀れなもんだな。それくらい……ソイツのことが好きだったのかよ」
「偽のカカシキ妖刀。明石組をやっつけてもまだ立ちはだかるんだね」
「遅かったじゃない、あんたたち」
白いベスパのシートに腰掛け、腕組みする九条蓮華。
「久しぶりね。見ない顔も居るけど、お仲間?」
「そんなとこだ。作戦は前に連絡した通りだ、足引っ張るんじゃねえぞ」
「善処します」
絹笠は名刺ケースを取り出した。
彼にとってはこれが戦闘態勢である。
フンと鼻を鳴らして刀を手に取る蓮華。
刀嗣と渚もそれぞれ武器をとった。
「準備はできたようだな」
健御がちらりと天吹を見た。
天吹は周囲を見回して、激高しているようである。
「あのひとが居ない。居ない居ない居ないいなあああああああああ! どこよ! あのひとをどこっ……にっ、かくした! クズどもがああああああああああああああ!」
言うまでも無いか。そんな顔で、健御は覚醒を始める。
●
「まずは相手の数を減らします」
燐花は棒手裏剣を大量に取り出すと、自動車を踏み台にして高く跳躍。
彼女を狙い撃ちにしようと銃を抜く二等兵たち――の手首に向けて一斉に手裏剣を発射した。
あまりの速度で連射されたためにたちまち銃を取り落とす二等兵たち。
かろうじて無事だった二等兵が射撃にかかるが、恭司が即座に対応する。
「悪いけど、先手は取らせて貰うよ」
手製の手榴弾を大量に投擲。
敵集団を覆うように炸裂し、二等兵たちがたちまち戦意を喪っていく。
「敵目標、――来ます」
夢がスキャンを反応速度に絞って開始。手元の占術棒をがらがらと捻って即座に割り出すと、筆で木簡に書き記していく。
エネミースキャンのルールはマニュアルや過去のQ&Aを参照していただくとして。
百のズレがあるとしても大まかな行動順が分かっていれば戦術が立てやすい。特に天吹と健御、そして一等兵の素早さを把握しておく必要があった。
敵の中で最も素早く動きそうなのは……。
「天吹、来ます! 迎撃を!」
夢のアナウンスに応えてか、誘輔が蔵王で腕のランチャーを装甲で包み、ぶつかりに行く。
「どきなさいよ! クズはどいて! 死んでよ! 死ね!」
殺意の籠もった刀が紫色に燃え、誘輔へと繰り出される。
ランチャーの腕で受け止めるが、そのまま腕と胴体を持って行かれそうになるような斬撃だった。
なによりつらいのは……。
「次、一等兵が来ます。ウェーブに備えてください!」
夢のアナウンス通り、偽カカシキ妖刀(きわめて程度の低いもの)を装備した黒服の兵隊たちが斬りかかってくる。
狙いは前衛で戦う誘輔や刀嗣たちだが、それはごく一部。実際の狙いはブロック対抗で可能な限り前~中衛を押さえ込み、渚や燐花、蓮華や絹笠たちをスルーし、比較的耐久力の低い可能性がある恭司や夢を集中攻撃することである。
別に後衛だからもろいとは限らないのだが、この辺りは一般的な傾向と対策である。
四方八方から取り囲み、夢へ襲いかかる一等兵たち。
そこへ割り込んだのは刀嗣である。
「チョーシこいてんじゃねーぞ雑魚がぁ!」
刀一閃。夢の背後をとっていた一等兵たちを一斉に蹴散らす。
一方で夢は占術板を翳して前方の一等兵たちの攻撃をしのいでいた。
「長く持ちません。早く一等兵の撃退を――!」
「させん」
一等兵たちの間を縫うように現われた健御。
指ぬきグローブを嵌めた、黒いライダースーツの男である。戦闘状態では頭にフルフェイスのヘルメットを被っている。
彼は夢の首をがしりと掴むと腕を硬質化。一気に絞め殺しにかかる。
「夢さん!」
一方で、こういうときのために備えていたのが渚である。
一等兵たちを蹴倒し、自動車を踏み台にジャンプ。メタルケースかた取り出した注射器を夢めがけて放つと、内部に込めた自らの生命エネルギー凝縮液を高速注入する。
放たれた注射器を攻撃と感じた健御は夢を手放してバックスウェー。
「天吹。貴様が後衛攻撃を仕掛ける手はずであろう」
「黙りなさいよ。私に命令していいのはあのひとだけ。あのひとを出しなさいよ! はやく!」
「……狂人が」
吐き捨てるよに呟く健御。どうやら敵は連携が整っていないようだ。
これも狙い目だろうか。ふとそう考えた渚だが、それを活かす余裕はなさそうだ。ゆっくり考える時間が欲しいが、それは次に活かすほかない。
●
ファイヴ覚者の平均戦闘力を大きく下回る兵隊ばかりで構成されている天吹組。
戦線を維持する回復担当も敵を弱らせるバフ担当もいない彼らにとっては、とにかく勢いで相手を組み伏せて弱いところを叩く作戦が全てである。
バーリトゥードでいうマウントをとってからの顔殴りという必勝戦術だ。
ゆえに最初の滑り出しが全てとも言える。
恭司や燐花が分析した、一等兵と二等兵をいち早く潰すという戦術はきわめて当を得た、もしくは的と射るものであった。
惜しむらくはその思想が味方にほぼ伝わっていなかったことだろうか。
刀嗣や誘輔にとって一番の関心事は天吹と健御であったし、前衛から中衛までを埋める一等兵の処理はあくまで『ついで』である。
むろん彼らの方が圧倒的に強いので列攻撃で巻き込んでやれば勝手に倒れていくのだが、それだけに天吹への味方ガードやブロック対抗に活用されることは予想していなかったようだ。
「クソザコどもが! いちいち邪魔くせえんだよ!」
刀を振り回して一等兵たちを蹴散らす刀嗣。
一見して怪物が常人をひねり潰している図だが、一等兵側はそれを覚悟して彼を前後から挟むようにただただ戦力の押さえ込みにだけ集中していた。
「テメェら、戦争ならもっと本腰入れてこい! ちまちました戦い方しやがって……!」
一方の誘輔は所々にとめてある車を盾にしてグレネードランチャーによる攪乱を狙うが、対する一等兵や二等兵も同じように車を盾にして銃撃や回り込みを仕掛けてくる。誘輔をまともに傷付けることもできない文字通りの雑魚だが、処理にいちいち手間取るという状態なのだ。
そんな二等兵の背後に回り、ジグザグに駆け抜けていく燐花。
小太刀を逆手に握り、振り抜いた姿勢でターン。
彼女の通った後では二等兵たちが次々に首から血を吹き、ばたばたと倒れていく。
そうしているうちに、夢を庇った絹笠が戦闘不能。同じく彼女を庇うように一等兵と戦っていた蓮華が健御に殴り飛ばされ、ワゴン車に激突、戦闘不能になっていた。
「敵を軽んじすぎましたか……」
天吹は、ハッキリ言って『短絡的な馬鹿』だ。居るはずの無い想い人を探してかんしゃくを起こし続けている。
下についている部下たちは何を思ってついてくるのかはわからないが……ともかく、彼らを有効に運用しているのは第四覚醒隊隊長、健御であるようだ。
「でも、そろそろ終わりにしないとね」
恭司はワゴン車の上に登って敵の攻撃を逃れると、周囲に手榴弾を投擲。
二等兵や一等兵たちを一掃しにかかる。
そんな恭司へ飛びかかる天吹。
「目があのひとに似てる……死ね!」
「……っ!」
サバイバルナイフでガードしようと試みるが、高熱を纏った天吹の刀によってナイフが破壊され、恭司の胸が盛大に切り裂かれる。
だがそんな状態にありながら、恭司は自分ではなく燐花に注目していた。
唇を噛む燐花。
切り倒した兵隊の額を踏み台に跳躍。
天吹と恭司の間に割り込むと、繰り出された刀を小太刀で受け止めた。
「あのひとに耳が似てる……死ね!」
刀の熱が燐花の頬を焼く。
恭司は自分の怪我などどうでもいいかのように、燐花のことをいたわった。
「大丈夫? 燐ちゃ――」
「私のことより」
燐花の声が、大人びた色を帯びた。
「ごめん、自分のこと、だったね」
苦笑する恭司。
これだから。
燐花は胸の中で燃え上がるものを感じて、より強く歯噛みした。
「憎い……!」
天吹が燐花を蹴りつけてくる。
燐花は『それでいい』とばかりに、相手の胸ぐらを掴んでワゴン車を共に転げ落ちた。
おおよそのスキャンを終えた夢は味方の補助にかかっていた。
一等兵と二等兵の排除を目的としたバフの展開は既に終えている。というより、彼らは既に戦場に残っていない。残らず退却していた。
夢のバフとデバフに特化したスタイルはこうした『格下の群れ』相手に絶大な効果を発揮する。ただでさえ開いた戦力差をより決定的に開くからだ。
味方の初動が遅れたのは悔やまれるが、それで敗北が確定しなかったのは夢のサポートのたまものといっても過言では無かった。
「ともあれ、敵の主要戦力は把握できました。押し切りましょう」
「うん……いくよ、インブレスっ!」
渚は生命エネルギーの限りを注射器に込めた。
「私に力を貸して。他人の傷を奪うために!」
一方、誘輔は健御とぶつかり合っていた。
「テメエなんでそのアマネって女やヒノマルに協力してる。あの女に惚れてんのか? 組みの再興でも企んでやがんのか? だったら極道の鑑 大した忠犬だ――ぐっ!?」
誘輔の顔面に硬化した拳がめりこんだ。
へし折れる眼鏡。血を吹いて吹き飛び、建物の壁に激突する誘輔。
「素晴らしい挑発だ。見当違いで、きわめて乱雑であるという点を除けばな」
拳を慣らして歩いてくる健御。
「ぜひ続けてくれ。我々をそのレベルの挑発で動かせる程度の馬鹿だとタカをくくって、侮り続けてくれ。そうすれば楽に勝てる。楽に騙せる」
「……ワンチャンでボロを出せねえか試しただけだ、クソッ」
「当然だ。そうでなくてはならない。そうでなくては、協定など結ぶ意味が無い」
挑発は記者の十八番のようなものだ。ゆえに対応のしかたで相手の性質を計ることができる。
たとえば麻薬売春をやる組織の女衒に『お前はこの売春婦に惚れているんだろう?』と挑発して、ファックファック言いながら殴りかかってくればそいつは組織の末端も末端。情報も一切持たされず来月には消えているような雑魚だ。
襟首を掴んで壁に叩き付けてくるようなら末端ではあるが仕事ができる。追っていけば組織をたどれるだろう。
ただし笑顔で肩を叩き、普通に会話を継続してくる奴は要注意だ。
気づけば自分の泊まっているホテルや帰りの飛行機の便まで知られている可能性が高い。フリー記者がこのパターンで何百人『行方不明』になったか知れない。
ちなみにこの手法で日本にいる勇敢なフリーライターたちが北朝鮮の『偽りの情報公開ツアー』から世情を暴いていったという実績もある。
というわけで。
「大体分かったぜ。天吹組なんてたいそうなモンはただの飾り看板だ。黒服どもは実質テメェの私兵で、天吹はそこで飼ってる猛獣ってところだろ」
「ご明察だゴシップ記者。新宿テロの記事に勝るとも劣らぬ見事な推理力。続けるかね?」
「……」
思った通りだ。こいつはヤバイ。
「クソッ……!」
誘輔は身構えた。体力もそろそろヤバい。頼みの綱は、腕と一体化したグレネードランチャ一本だけだ。
戦況は思わしくない。いや、よくあることだ。気にしない。
刀嗣にとって、この世の全ては『思わしくないこと』なのだ。
「クソが……」
全身からだくだくと血を流した天吹が、よろめきながらもこちらを見ている。
「あのひとに、にてる」
「……『あのひと』とやらは、もういねえんじゃねえのか」
「……う、嘘よ。いるわ、あのひとは、いる。あんたの目、あのひとに似てるもの、知ってるもの、わた、わたしは……」
「矛盾してるぜ。お前はもう、『あのひと』の顔も名前も思い出せねえんじゃねえのか」
「ちがう! 嘘よ! しね!」
斬りかかってくる。
打ち払う気にはなれなかった。
腕がばっさりと切断されるが、それでいい気がした。
天吹の刀の名前を、先程絹笠に聞いたからだ。
「わかるぜ。初めての気分で、わかんねえんだよな。自分がつりあうかどうかもわかんねえ。黙って放って置いたほうがいいのかもしれねえ。それが賢い選択とやらなんだろーよ、そうだろ! 誰に聞いてもそういうに決まってんだ……決まってんだよ!」
天吹の顔面を掴む。
刀の刀身に『初恋慕』と刻まれていた。
「けど、それでいい。いい……!」
蹴り飛ばす。
ブレーキをかけ、再び切りつけてくる天吹。
刀で防御しようとしたが、ゆるんだ手元から自分の刀が撥ね飛んでいった。遠いワゴン車の突き刺さる。
「俺はあいつに惚れてんだ! それだけでいい! それだけで、いい!」
胸の中で炎が燃えた。身を焼くような炎だ。
鷲づかみにして、引っこ抜く。
柄しかない刀から、荒くれた炎が剣のように燃え上がっていた。
「遅ぇんだよ、『失恋慕』」
「しねええええええええええええええええ!」
斬りかかる天吹を、横一文字に切り裂き、背を向ける。
相手は血の一滴も流さなかったが、しかし膝から崩れ落ち、白目を剥いて気絶した。
●
倒れた仲間を介抱する渚。
健御は天吹の戦闘不能をうけて即座に降参。撤退していった。
メイン戦力である彼女を失えば勝ち目が無いと考えたのだろう。
「ありがとう、インブレス。また守ってくれたね」
メタルケースを撫で、渚はふと地面を見た。
鉄板が放置されている。健御が置いていったものだ。
天吹組の事務所。もとい、旧明石組事務所の地図だ。
「決着を……つけよう」
――拠点『南丹PA』の制圧に成功しました!
――新しい敵拠点『天吹組事務所』を発見しました!
南丹PAは元々あまり人の集まらない場所だ。
京都に近い主要パーキングエリアとはいっても下り側。巨大な駐車場があるだけで、あとはトイレと自動販売機がひっそりと建っている。
鞘に収めた紫色の刀を抱きしめ、天吹アマネはぶつぶつと独り言を述べている。
戦闘のために集まった組員たちは黙ってその周りを固め、その兵力を預かっている立場らしい建御は腕組みをして戦いが始まるのを待っていた。
一方こちらはファイヴ側。車から降りた望月・夢(CL2001307)は、人払いが済んだ駐車場を見渡して小さく息をついた。
「世間に被害が出ない戦争は、少しばかり気が楽になりますね」
「俺にとっちゃめんどくせーよ。ぶっとばしゃあ済む話なら楽なんだがよ……」
運転席から身を乗り出す『ゴシップ探偵』風祭・誘輔(CL2001092)。
別の車からは『ベストピクチャー』蘇我島 恭司(CL2001015)と『スピードスター』柳 燐花(CL2000695)がそれぞれ下りてくる。
「こうして見ると、敵の頭数が圧倒的だねえ。これを何とかしないと危ないかな。数の暴力って割とシャレにならないからね、本当」
「個々のダメージが微々たるものでも、十人あつまれば十倍……ですからね」
隊列の予測はあまりしていないが、順当に考えて偽カカシキ妖刀で武装した一等兵を前~中衛に。拳銃で武装した二等兵を後衛に配置するのが順当なところだろう。
建御の動きが分かりづらいとはいえ、天吹は明確すぎるほど前衛アタッカーだ。一番まずいのは一等兵の処理をおろそかにして対抗ブロックで押さえ込まれ、後衛や回復の要への集中攻撃を仕掛けられることだ。これは以前に恭司がくらった手口でもある。
敵は強さも弱さも有効利用する狡猾な戦士たちだ。敵の立場から見た予測が物を言う……と、恭司は早々にこの戦争の本質を理解しはじめていた。
後部座席から下りる『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002)と『天使の卵』栗落花 渚(CL2001360)。
刀嗣の懐には鞘だけの刀、妖刀失恋慕の種がしまわれている。
「天吹……アイツも明石に騙されたクチか。ああなっちまうと哀れなもんだな。それくらい……ソイツのことが好きだったのかよ」
「偽のカカシキ妖刀。明石組をやっつけてもまだ立ちはだかるんだね」
「遅かったじゃない、あんたたち」
白いベスパのシートに腰掛け、腕組みする九条蓮華。
「久しぶりね。見ない顔も居るけど、お仲間?」
「そんなとこだ。作戦は前に連絡した通りだ、足引っ張るんじゃねえぞ」
「善処します」
絹笠は名刺ケースを取り出した。
彼にとってはこれが戦闘態勢である。
フンと鼻を鳴らして刀を手に取る蓮華。
刀嗣と渚もそれぞれ武器をとった。
「準備はできたようだな」
健御がちらりと天吹を見た。
天吹は周囲を見回して、激高しているようである。
「あのひとが居ない。居ない居ない居ないいなあああああああああ! どこよ! あのひとをどこっ……にっ、かくした! クズどもがああああああああああああああ!」
言うまでも無いか。そんな顔で、健御は覚醒を始める。
●
「まずは相手の数を減らします」
燐花は棒手裏剣を大量に取り出すと、自動車を踏み台にして高く跳躍。
彼女を狙い撃ちにしようと銃を抜く二等兵たち――の手首に向けて一斉に手裏剣を発射した。
あまりの速度で連射されたためにたちまち銃を取り落とす二等兵たち。
かろうじて無事だった二等兵が射撃にかかるが、恭司が即座に対応する。
「悪いけど、先手は取らせて貰うよ」
手製の手榴弾を大量に投擲。
敵集団を覆うように炸裂し、二等兵たちがたちまち戦意を喪っていく。
「敵目標、――来ます」
夢がスキャンを反応速度に絞って開始。手元の占術棒をがらがらと捻って即座に割り出すと、筆で木簡に書き記していく。
エネミースキャンのルールはマニュアルや過去のQ&Aを参照していただくとして。
百のズレがあるとしても大まかな行動順が分かっていれば戦術が立てやすい。特に天吹と健御、そして一等兵の素早さを把握しておく必要があった。
敵の中で最も素早く動きそうなのは……。
「天吹、来ます! 迎撃を!」
夢のアナウンスに応えてか、誘輔が蔵王で腕のランチャーを装甲で包み、ぶつかりに行く。
「どきなさいよ! クズはどいて! 死んでよ! 死ね!」
殺意の籠もった刀が紫色に燃え、誘輔へと繰り出される。
ランチャーの腕で受け止めるが、そのまま腕と胴体を持って行かれそうになるような斬撃だった。
なによりつらいのは……。
「次、一等兵が来ます。ウェーブに備えてください!」
夢のアナウンス通り、偽カカシキ妖刀(きわめて程度の低いもの)を装備した黒服の兵隊たちが斬りかかってくる。
狙いは前衛で戦う誘輔や刀嗣たちだが、それはごく一部。実際の狙いはブロック対抗で可能な限り前~中衛を押さえ込み、渚や燐花、蓮華や絹笠たちをスルーし、比較的耐久力の低い可能性がある恭司や夢を集中攻撃することである。
別に後衛だからもろいとは限らないのだが、この辺りは一般的な傾向と対策である。
四方八方から取り囲み、夢へ襲いかかる一等兵たち。
そこへ割り込んだのは刀嗣である。
「チョーシこいてんじゃねーぞ雑魚がぁ!」
刀一閃。夢の背後をとっていた一等兵たちを一斉に蹴散らす。
一方で夢は占術板を翳して前方の一等兵たちの攻撃をしのいでいた。
「長く持ちません。早く一等兵の撃退を――!」
「させん」
一等兵たちの間を縫うように現われた健御。
指ぬきグローブを嵌めた、黒いライダースーツの男である。戦闘状態では頭にフルフェイスのヘルメットを被っている。
彼は夢の首をがしりと掴むと腕を硬質化。一気に絞め殺しにかかる。
「夢さん!」
一方で、こういうときのために備えていたのが渚である。
一等兵たちを蹴倒し、自動車を踏み台にジャンプ。メタルケースかた取り出した注射器を夢めがけて放つと、内部に込めた自らの生命エネルギー凝縮液を高速注入する。
放たれた注射器を攻撃と感じた健御は夢を手放してバックスウェー。
「天吹。貴様が後衛攻撃を仕掛ける手はずであろう」
「黙りなさいよ。私に命令していいのはあのひとだけ。あのひとを出しなさいよ! はやく!」
「……狂人が」
吐き捨てるよに呟く健御。どうやら敵は連携が整っていないようだ。
これも狙い目だろうか。ふとそう考えた渚だが、それを活かす余裕はなさそうだ。ゆっくり考える時間が欲しいが、それは次に活かすほかない。
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ファイヴ覚者の平均戦闘力を大きく下回る兵隊ばかりで構成されている天吹組。
戦線を維持する回復担当も敵を弱らせるバフ担当もいない彼らにとっては、とにかく勢いで相手を組み伏せて弱いところを叩く作戦が全てである。
バーリトゥードでいうマウントをとってからの顔殴りという必勝戦術だ。
ゆえに最初の滑り出しが全てとも言える。
恭司や燐花が分析した、一等兵と二等兵をいち早く潰すという戦術はきわめて当を得た、もしくは的と射るものであった。
惜しむらくはその思想が味方にほぼ伝わっていなかったことだろうか。
刀嗣や誘輔にとって一番の関心事は天吹と健御であったし、前衛から中衛までを埋める一等兵の処理はあくまで『ついで』である。
むろん彼らの方が圧倒的に強いので列攻撃で巻き込んでやれば勝手に倒れていくのだが、それだけに天吹への味方ガードやブロック対抗に活用されることは予想していなかったようだ。
「クソザコどもが! いちいち邪魔くせえんだよ!」
刀を振り回して一等兵たちを蹴散らす刀嗣。
一見して怪物が常人をひねり潰している図だが、一等兵側はそれを覚悟して彼を前後から挟むようにただただ戦力の押さえ込みにだけ集中していた。
「テメェら、戦争ならもっと本腰入れてこい! ちまちました戦い方しやがって……!」
一方の誘輔は所々にとめてある車を盾にしてグレネードランチャーによる攪乱を狙うが、対する一等兵や二等兵も同じように車を盾にして銃撃や回り込みを仕掛けてくる。誘輔をまともに傷付けることもできない文字通りの雑魚だが、処理にいちいち手間取るという状態なのだ。
そんな二等兵の背後に回り、ジグザグに駆け抜けていく燐花。
小太刀を逆手に握り、振り抜いた姿勢でターン。
彼女の通った後では二等兵たちが次々に首から血を吹き、ばたばたと倒れていく。
そうしているうちに、夢を庇った絹笠が戦闘不能。同じく彼女を庇うように一等兵と戦っていた蓮華が健御に殴り飛ばされ、ワゴン車に激突、戦闘不能になっていた。
「敵を軽んじすぎましたか……」
天吹は、ハッキリ言って『短絡的な馬鹿』だ。居るはずの無い想い人を探してかんしゃくを起こし続けている。
下についている部下たちは何を思ってついてくるのかはわからないが……ともかく、彼らを有効に運用しているのは第四覚醒隊隊長、健御であるようだ。
「でも、そろそろ終わりにしないとね」
恭司はワゴン車の上に登って敵の攻撃を逃れると、周囲に手榴弾を投擲。
二等兵や一等兵たちを一掃しにかかる。
そんな恭司へ飛びかかる天吹。
「目があのひとに似てる……死ね!」
「……っ!」
サバイバルナイフでガードしようと試みるが、高熱を纏った天吹の刀によってナイフが破壊され、恭司の胸が盛大に切り裂かれる。
だがそんな状態にありながら、恭司は自分ではなく燐花に注目していた。
唇を噛む燐花。
切り倒した兵隊の額を踏み台に跳躍。
天吹と恭司の間に割り込むと、繰り出された刀を小太刀で受け止めた。
「あのひとに耳が似てる……死ね!」
刀の熱が燐花の頬を焼く。
恭司は自分の怪我などどうでもいいかのように、燐花のことをいたわった。
「大丈夫? 燐ちゃ――」
「私のことより」
燐花の声が、大人びた色を帯びた。
「ごめん、自分のこと、だったね」
苦笑する恭司。
これだから。
燐花は胸の中で燃え上がるものを感じて、より強く歯噛みした。
「憎い……!」
天吹が燐花を蹴りつけてくる。
燐花は『それでいい』とばかりに、相手の胸ぐらを掴んでワゴン車を共に転げ落ちた。
おおよそのスキャンを終えた夢は味方の補助にかかっていた。
一等兵と二等兵の排除を目的としたバフの展開は既に終えている。というより、彼らは既に戦場に残っていない。残らず退却していた。
夢のバフとデバフに特化したスタイルはこうした『格下の群れ』相手に絶大な効果を発揮する。ただでさえ開いた戦力差をより決定的に開くからだ。
味方の初動が遅れたのは悔やまれるが、それで敗北が確定しなかったのは夢のサポートのたまものといっても過言では無かった。
「ともあれ、敵の主要戦力は把握できました。押し切りましょう」
「うん……いくよ、インブレスっ!」
渚は生命エネルギーの限りを注射器に込めた。
「私に力を貸して。他人の傷を奪うために!」
一方、誘輔は健御とぶつかり合っていた。
「テメエなんでそのアマネって女やヒノマルに協力してる。あの女に惚れてんのか? 組みの再興でも企んでやがんのか? だったら極道の鑑 大した忠犬だ――ぐっ!?」
誘輔の顔面に硬化した拳がめりこんだ。
へし折れる眼鏡。血を吹いて吹き飛び、建物の壁に激突する誘輔。
「素晴らしい挑発だ。見当違いで、きわめて乱雑であるという点を除けばな」
拳を慣らして歩いてくる健御。
「ぜひ続けてくれ。我々をそのレベルの挑発で動かせる程度の馬鹿だとタカをくくって、侮り続けてくれ。そうすれば楽に勝てる。楽に騙せる」
「……ワンチャンでボロを出せねえか試しただけだ、クソッ」
「当然だ。そうでなくてはならない。そうでなくては、協定など結ぶ意味が無い」
挑発は記者の十八番のようなものだ。ゆえに対応のしかたで相手の性質を計ることができる。
たとえば麻薬売春をやる組織の女衒に『お前はこの売春婦に惚れているんだろう?』と挑発して、ファックファック言いながら殴りかかってくればそいつは組織の末端も末端。情報も一切持たされず来月には消えているような雑魚だ。
襟首を掴んで壁に叩き付けてくるようなら末端ではあるが仕事ができる。追っていけば組織をたどれるだろう。
ただし笑顔で肩を叩き、普通に会話を継続してくる奴は要注意だ。
気づけば自分の泊まっているホテルや帰りの飛行機の便まで知られている可能性が高い。フリー記者がこのパターンで何百人『行方不明』になったか知れない。
ちなみにこの手法で日本にいる勇敢なフリーライターたちが北朝鮮の『偽りの情報公開ツアー』から世情を暴いていったという実績もある。
というわけで。
「大体分かったぜ。天吹組なんてたいそうなモンはただの飾り看板だ。黒服どもは実質テメェの私兵で、天吹はそこで飼ってる猛獣ってところだろ」
「ご明察だゴシップ記者。新宿テロの記事に勝るとも劣らぬ見事な推理力。続けるかね?」
「……」
思った通りだ。こいつはヤバイ。
「クソッ……!」
誘輔は身構えた。体力もそろそろヤバい。頼みの綱は、腕と一体化したグレネードランチャ一本だけだ。
戦況は思わしくない。いや、よくあることだ。気にしない。
刀嗣にとって、この世の全ては『思わしくないこと』なのだ。
「クソが……」
全身からだくだくと血を流した天吹が、よろめきながらもこちらを見ている。
「あのひとに、にてる」
「……『あのひと』とやらは、もういねえんじゃねえのか」
「……う、嘘よ。いるわ、あのひとは、いる。あんたの目、あのひとに似てるもの、知ってるもの、わた、わたしは……」
「矛盾してるぜ。お前はもう、『あのひと』の顔も名前も思い出せねえんじゃねえのか」
「ちがう! 嘘よ! しね!」
斬りかかってくる。
打ち払う気にはなれなかった。
腕がばっさりと切断されるが、それでいい気がした。
天吹の刀の名前を、先程絹笠に聞いたからだ。
「わかるぜ。初めての気分で、わかんねえんだよな。自分がつりあうかどうかもわかんねえ。黙って放って置いたほうがいいのかもしれねえ。それが賢い選択とやらなんだろーよ、そうだろ! 誰に聞いてもそういうに決まってんだ……決まってんだよ!」
天吹の顔面を掴む。
刀の刀身に『初恋慕』と刻まれていた。
「けど、それでいい。いい……!」
蹴り飛ばす。
ブレーキをかけ、再び切りつけてくる天吹。
刀で防御しようとしたが、ゆるんだ手元から自分の刀が撥ね飛んでいった。遠いワゴン車の突き刺さる。
「俺はあいつに惚れてんだ! それだけでいい! それだけで、いい!」
胸の中で炎が燃えた。身を焼くような炎だ。
鷲づかみにして、引っこ抜く。
柄しかない刀から、荒くれた炎が剣のように燃え上がっていた。
「遅ぇんだよ、『失恋慕』」
「しねええええええええええええええええ!」
斬りかかる天吹を、横一文字に切り裂き、背を向ける。
相手は血の一滴も流さなかったが、しかし膝から崩れ落ち、白目を剥いて気絶した。
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倒れた仲間を介抱する渚。
健御は天吹の戦闘不能をうけて即座に降参。撤退していった。
メイン戦力である彼女を失えば勝ち目が無いと考えたのだろう。
「ありがとう、インブレス。また守ってくれたね」
メタルケースを撫で、渚はふと地面を見た。
鉄板が放置されている。健御が置いていったものだ。
天吹組の事務所。もとい、旧明石組事務所の地図だ。
「決着を……つけよう」
――拠点『南丹PA』の制圧に成功しました!
――新しい敵拠点『天吹組事務所』を発見しました!

■あとがき■
レアドロップ!
取得キャラクター:『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002)
取得アイテム:妖刀・失恋慕
取得キャラクター:『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002)
取得アイテム:妖刀・失恋慕
