<ヒノマル戦争>若狭湾防衛戦・第一区
●若狭湾攻防戦
11月某日。中 恭介(nCL2000002)が、ファイヴ会議室に覚者たちを集めていた。
「皆、早速ヒノマル陸軍が戦闘を挑んできた。場所は若狭湾。
ここでの戦闘に敗北すると湾の海路や港を彼らに押さえられることになる。
京都への、ひいては五麟市への侵略が容易なものとなってしまうだろう。
そんな事態をさけるため、皆にはこの勝負に勝って貰いたい」
『FH協定』
戦闘に関係の無い民間人に被害を出したくないファイヴ。
兵器製造など戦争の準備を邪魔されたくないヒノマル陸軍。
双方の条件を満たすものとして、戦争におけるルール、つまり協定を結んでいる。
双方『ほぼ同格』の総合戦闘力を持ったチームを編成し、民間人に直接的被害の出ない場所で戦闘を行なうこと。
またファイヴが所属覚者を長期拘束できないため、ヒノマル側・ファイヴ側双方どちらが敗北した場合でも捕虜獲得や兵器鹵獲をせず、撤退を許すこと。
こうしたチーム戦で互いに要所を制圧・もしくは奪還し、来たるべき決戦の日に両者同時に拠点を襲撃・及び防衛し合うものである。
互いにルールの曲解や、逆手に取った悪用はしないことで合意している。
「秩序ある戦争を望むとのことだが、それはこちらも望むところだ。皆、頼んだぞ!」
●
若狭湾海上。
『第一覚醒隊隊長』忍日シノブは腕組みをして立っていた。
狐だか犬だかはっきりしない仮面の奥で目を細める。
「このまま、敵がこないで不戦勝にでもなれば楽なのになァ」
「隊長、準備部隊から伝言です。周辺の人払いは完了。接近する船もないそうです」
「ご苦労ォ」
遠くを眺めたままぼうっと立っている忍日に、双眼鏡を覗いていた部下が怪訝そうに振り返った。
「隊長はご納得されているんですか、こんなスポーツのような戦争を」
「と言うとォ」
「戦争ってこう、殺したり殺されたり、爆弾がドカーンってなるやつじゃないんですか」
「愚か者ォ。そんな戦争は何十年も前に終わったぞォ」
仮面の上から頬をかく忍日。
「戦争の最終形態はガン○ムファイトだ。それでお互い納得できれば、スポーツだっていいんよォ」
「は? 冗談でしょう」
「……」
無言で見つめる忍日に、部下は慌てて敬礼した。
「代表同士の一騎打ちで勝負が付けば、それが一番いいんだよなァ。ヒノマルの代表は暴力坂サンさが……ファイヴに代表はいるのかねェ。いれば、それがしなんかが出張ってくることもないかァ。はてはて……」
のんびりとあくびをする忍日。
彼は、ボートから突き立った細いアンテナの上につま先立ちしていた。
ボートは波の高まる海をゆく。
揺れるボートの上で、忍日は再びあくびをした。
11月某日。中 恭介(nCL2000002)が、ファイヴ会議室に覚者たちを集めていた。
「皆、早速ヒノマル陸軍が戦闘を挑んできた。場所は若狭湾。
ここでの戦闘に敗北すると湾の海路や港を彼らに押さえられることになる。
京都への、ひいては五麟市への侵略が容易なものとなってしまうだろう。
そんな事態をさけるため、皆にはこの勝負に勝って貰いたい」
『FH協定』
戦闘に関係の無い民間人に被害を出したくないファイヴ。
兵器製造など戦争の準備を邪魔されたくないヒノマル陸軍。
双方の条件を満たすものとして、戦争におけるルール、つまり協定を結んでいる。
双方『ほぼ同格』の総合戦闘力を持ったチームを編成し、民間人に直接的被害の出ない場所で戦闘を行なうこと。
またファイヴが所属覚者を長期拘束できないため、ヒノマル側・ファイヴ側双方どちらが敗北した場合でも捕虜獲得や兵器鹵獲をせず、撤退を許すこと。
こうしたチーム戦で互いに要所を制圧・もしくは奪還し、来たるべき決戦の日に両者同時に拠点を襲撃・及び防衛し合うものである。
互いにルールの曲解や、逆手に取った悪用はしないことで合意している。
「秩序ある戦争を望むとのことだが、それはこちらも望むところだ。皆、頼んだぞ!」
●
若狭湾海上。
『第一覚醒隊隊長』忍日シノブは腕組みをして立っていた。
狐だか犬だかはっきりしない仮面の奥で目を細める。
「このまま、敵がこないで不戦勝にでもなれば楽なのになァ」
「隊長、準備部隊から伝言です。周辺の人払いは完了。接近する船もないそうです」
「ご苦労ォ」
遠くを眺めたままぼうっと立っている忍日に、双眼鏡を覗いていた部下が怪訝そうに振り返った。
「隊長はご納得されているんですか、こんなスポーツのような戦争を」
「と言うとォ」
「戦争ってこう、殺したり殺されたり、爆弾がドカーンってなるやつじゃないんですか」
「愚か者ォ。そんな戦争は何十年も前に終わったぞォ」
仮面の上から頬をかく忍日。
「戦争の最終形態はガン○ムファイトだ。それでお互い納得できれば、スポーツだっていいんよォ」
「は? 冗談でしょう」
「……」
無言で見つめる忍日に、部下は慌てて敬礼した。
「代表同士の一騎打ちで勝負が付けば、それが一番いいんだよなァ。ヒノマルの代表は暴力坂サンさが……ファイヴに代表はいるのかねェ。いれば、それがしなんかが出張ってくることもないかァ。はてはて……」
のんびりとあくびをする忍日。
彼は、ボートから突き立った細いアンテナの上につま先立ちしていた。
ボートは波の高まる海をゆく。
揺れるボートの上で、忍日は再びあくびをした。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.戦闘に勝利する
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
敵戦力は以下の通り。
・『第一覚醒隊隊長』忍日シノブ:詳細不明。リーダー。特に強力とみられる。
・『第一覚醒隊』十六夜:詳細不明
・『第一覚醒隊』朧月:詳細不明
・『第一覚醒隊』夜霧:詳細不明
・『船幽霊』柄杓オボロ:協力団体の古妖。船の操縦担当とみられる
船はボート一隻限り。
敵の能力はかなりわかっていないため、調査の深さや対応の広さが問われています。
敵を分析し、味方の連携を高めることで勝利が見えてくるはずです。
==============================
・補足ルール1
EXプレイングにてこちらからの攻撃アクションを投票できます。
ヒノマル陸軍のもっている施設や侵攻に必要なルートの中で、『攻撃したい場所』をEXプレイングに書いて送ってください。
『3票以上』ある選択肢を票が多い順に中恭介が採用していきます。
票が固まらなかった場合全て無効扱いとなり、中恭介が適当に選びます。
投票は本戦争期間中ずっと有効です。
・補足ルール2
ヒノマル陸軍に所属する主要覚者の能力は殆どが未解明です。
しかし戦闘の中で能力を探り出すことで今後の依頼にその情報を反映することができます。
・補足ルール3
性質上『FH協定』をこちらから一方的に破棄することが可能です。
ただしそのためには『依頼参加者全員』の承認を必要とします。
協定を破棄した場合、互いに無秩序状態になり、捕虜の獲得や兵器の鹵獲、リンチによる完全殺害が可能になる反面、民間人や協力団体にも多大な被害が出ます。
※エネミースキャンについての追加ルール(当依頼限定)
ターンを消費してスキャンに集中したり、敵の能力を深く推察したり、調査する部分を限定したり、数人で分担したりといったプレイングがあるとスキャンの判定にボーナスをかけます。
==============================
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2016年11月17日
2016年11月17日
■メイン参加者 6人■

●若狭湾第一区、第一覚醒隊
潮の香り。潮の風。
陽光の乱れた水面の上を、二隻のボートが進む。
安定性が高く操作が楽なタイプだ。速度は大して出ないが、東京湾を爆速で横断したいとか言い出さない限りは充分な速度がでる船だ。ちなみに高速ボートもあるが、安定性皆無で船酔い必至の殺人マシンである。
「しかし、海上とは面倒なところを指定されたねえ」
船のハンドルを握り、潮風を呼吸する『ベストピクチャー』蘇我島 恭司(CL2001015)。
後ろのシートに座った面々へと意識を向ける。
『狂華』犬山・鏡香(CL2000478)と『迷い猫』柳 燐花(CL2000695)。
上機嫌な鏡香とは対照的に、燐花は不機嫌そうだ。表情や仕草に出ないので一見して分からないが、恭司にはその機微が理解できた。
「燐ちゃん、納得いかない?」
「船の料金が、ですか?」
「協定のこと」
「……」
やりとりから言わんとしていることを察した鏡香が、小首を傾げて燐花を見た。
「ボクはこの協定、当然だと思うけど? ヒノマルはヒノマルで日本を守ろうとしてるみたいだし、国民をなるべく巻き込まないのは当然だよナ。拡大した領土が鳥取砂丘みたいなのばっかりなんて意味ないもんナ!」
「理屈は分かりますが……」
感情を言葉にしづらいという目をしている。
恭司は苦笑した。
「手のひらの上、って気分がイヤなんだよね」
「まあ……」
「連中も随分譲歩してると思うよ。戦略的には僕らを無視して進められるんだからさ。だからむしろ、協定がある間はヒノマル陸軍の手綱を握ったと言えるんじゃないかな」
恭司は言葉にしなかったが、協定ナシでヒノマル陸軍とぶつかったら確実に悲劇が生まれると考えていた。世界中で二千年以上繰り返してきたおきまりのパターンだからだ。今現在も海外でやっている。
例えば市民団体を組織してファイヴのネガティブキャンペーンをやったらどうだ。一年とたたずにファイヴの士気が燃え尽きるだろう。
国内の要所に自爆テロを仕掛けるのでもいい。市内の水道に極度の覚醒剤を混ぜてもいい。
「……」
苦いものが口の中に広がった。
「分かりました。市内には私たちのお家もありますし。精一杯つとめます。けれど、その……」
振り返る。燐花が目をそらして言った。
「水に落ちたら……その」
恭司は笑って手を振った。
なんだか、甘い気持ちになってきた。
一方こちらは納屋 タヱ子(CL2000019)。
より具体的に述べると、フルアーマー水着のタヱ子である。
もっと具体性を上げると、アヒルさん浮き輪とビート板とショルダーパックを装備してシュノーケルせっとを首から提げたタヱ子である。
「覚悟はできていますよ」
「なんの覚悟? ねえそれなんの覚悟を完了した姿なの?」
後ろからちらちら見てくる『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)に、タヱ子は重々しく言った。
「沈む覚悟です」
「せめて泳ぐ覚悟って言おうよ」
「っしゃあ!」
そんな二人を思い切り置き去りにして、鹿ノ島・遥(CL2000227)は自らの両頬を叩いた。
「目の前の敵と戦うだけ! これぞオレのフィールドだぜ! 嬉しいなあ!」
「うわーすごい、水中面のゲッター3とマジンガーみたい。ステージの相性ってあるんやなあ」
「敵が見えましたよ」
会話が打ち切られた。
前を見やれば、オリーブ色のごつごつしたボートが見えてきた。
フィッシングボートともレジャーボートともとれぬおかしな作りに顔をしかめたが、これが軍用の水陸両用車だと知るのはまた後の話である。
船を囲むように二隻がかりで回り始める恭司とタヱ子。
敵チームのリーダー、忍日は腕組みをしたまま言った。
「来たかぁ」
「そっちの気が済んだら帰れよ!」
にらみ付けるジャック。
「そぉさせてもらう。じゃあ……」
「やろうぜ!」
●夜闇が人を食うように
最初に接近を始めたのは恭司の船だ。
「燐ちゃん、いい?」
「いつでも」
燐花は術式エネルギーを肉体に巡らせると、青い風に包まれた。
一瞬身を屈め、弾丸の如く跳躍。
超高速で忍日のボートへ接近する――が、そんな彼女の背後をとる相手がいた。
「ヒューッ! カノジョ早いね! 俺とデートしない?」
「――ッ」
空中でありながら無理矢理に身を反転。短刀を逆手に握って繰り出す。相手の側頭部を貫く勢いで放ったが、切っ先が刀の鍔で受け止められた。
短く直刀。大きく角張った鍔につや消しされた柄。スパイク処理の施されたこじり。忍刀と呼ばれる特殊な刀だ。
燐花は自らを高速化し、連続で相手に打ち込んでいく。
その全てが器用に打ち払われていった。
相手は第一覚醒隊の朧月。
燐花と同じ速度型。その上で回避タイプのようだ。
燐花が短刀を二本持ちにして打ち込むが、片手を腰に回し右腕だけで弾いていく。
コンマ一秒以下の隙をつくような鋭い蹴りが繰り出される。
それを腕で軽減しながら離脱する燐花。
横をすり抜けていく恭司のボートに着地して、短く呼吸した。
心配する暇はなさそうだ。ジャックがハンドサインを送ってくる。
「おいちゃん!」
「了解――」
恭司は親指を立てると、手製の焼夷弾を敵の船めがけて投擲。
と同時に、ジャックが魔術を発動。
忍日の船は激しい炎のサンドアタックを受けることになった。
「おォ、こりゃあいかん」
などと言いつつも腕組みをしたままの忍日。
船は突如としてスピードを上げると、炎の波と雨を突き抜け二隻の包囲を離脱。
水上だというのに180度のクイックターンをかけ、タヱ子の船へと突っ込んでくる。
「ちょっ……まるで効いてなくない!?」
咄嗟にハンドルをきるタヱ子。
彼の背もたれに足をかけた遥が、ギラリと笑って身を乗り出した。
「タヱ子、後で拾ってくれ!」
「なんですか急に、わっ」
船の突撃をギリギリで回避するその寸前、遥は相手の船に飛びかかった。
否、正確には忍日めがけて飛びかかった。
空中上段回し蹴り。
の筈が、空気ごと爆砕するような蹴りが繰り出された。
下手したら人間の首が刈り取られてしまうような技だが、忍日はそれを肘を打ち当てることで相殺。
衝撃が空気を切り裂き、船の側面をざりざりと削っていく。
「ほォ……」
仮面の下で目を細めたのが、遥にだけ分かった。
ガードに使った腕の先端を手刀に変え、繰り出す忍日。
空気ごと切り裂かれ、遥は腕をクロスしてガード。
その衝撃は空気と海を強制的に切り裂いていき、例外なくジャックたちにも降りかかった。
割り込んでガードをかけるタヱ子。
ボートが軽く70度ほど傾いた。
「タヱ子! おちるおちる!」
「切裂さんは落ちても平気でしょう!」
タヱ子は傾いた船の床を蹴りつけることで無理矢理バランスをとったが、タヱ子の腕や頬からはだくだくと血が流れていた。
飛んできた遥をキャッチする。
「おっ、タヱ子怪我したのか? すげーなあいつ、タヱ子のほっぺ切るとかさ」
「なんなの? タヱ子ちゃんのほっぺは超合金かなにかなの?」
「いえ、そういうわけじゃないんですが、わたし……」
タヱ子がすごくげっそりした声で言った。
「とてもきもちわるいです」
「タヱ子ー!」
鉄壁の女ことタヱ子の、新たな弱点が発覚した瞬間であった。
さて、そんな彼らの一方で。
「ねーねー、この船なんかついてるんだけど」
鏡香はそう言うと、船側面に向けてスピアーを繰り出した。
ぺたんという奇妙な音と共に攻撃をかわす敵。
タヱ子の船にぶつかっていく最中、一人だけ離脱して恭司の船へ文字通り張り付いていたようだ。
「気づいてくれてアリガト。僕は十六夜っていって金沢大学のでなんだけど専攻は――」
「そーゆーのいいから!」
鏡香の繰り出したランスを上半身の動きで回避する十六夜。
両足はぴったりと地面にくっついている。どうやら面接着スキルを活用しているらしいが。
回避動作のついでに両腕からアームブレードを展開。
籠手一体型の格闘武器である。
先端の刃に凄まじい高熱を帯びさせると……。
「その槍軽量化がされてるよね。あと足、陸戦得意なタイ――」
「いいってば!」
踵からジェット噴射をかけながらハイキック。
顎への直撃をくらった十六夜は待ったのジェスチャーをかけながら首を振った。
「今の炸薬はガスかな。液体燃料? あっまって答えないで当てるから、粉末なら――」
「くらえー!」
肘からジェット噴射をかけながらランスアタック。
十六夜はかるくかがむと、鏡香の腕を一瞬で切断した。
と同時に蹴りつける。
「これで終わりだ!」
ボートの外に投げ出される鏡香。
「犬山さんっ」
「だいじょーぶ!」
鏡香はフッドパーツをホバーモードに切り替えると、水面を走り始めた。
「ちらりと十六夜を見る恭司と燐花」
十六夜はジェスチャー混じりに。
「えっと、機械だから海に沈むと思ったんだ。だって海中の重力は大気中と比べてうわ待って!」
燐花の蹴りを食らって、十六夜は思い切り水没した。
●月の光があるうちに
戦いは有利なのか不利なのか、いまいち分からない状態が続いていた。
すれ違いに強烈な攻撃を入れていく遥と燐花。
敵の攻撃に対応して回復をはかる恭司とジャック。
特に威力の高そうな忍日の攻撃はタヱ子が受けて、彼らの間を埋めるように鏡香が遊撃や防御に回るといった立ち回りを続けていたのだが……。
「どう思いますか」
「マジでしくったと思う」
ジャックはタヱ子に顔を近づけて言った。
六人の作戦方針は大きくは離れていないものの、肝心な所が欠けていた。
まずはジャックや恭司の全体攻撃で防御の弱い敵を見極め、そこから一人ずつ集中砲火。実質3対6に追い込んで流れるようにすりつぶすという作戦だったが……。
「浴びせただけでは防御が弱いのかどうか分かりませんね」
「頭の上にダメージ値とか出てくれへんかなあ……」
最初の全体攻撃から分かったことは二つある。
平気な顔で切り抜けている辺り、船の操縦担当の柄杓オボロの操縦技術で軽減していそうというのがまず一つ。その上でダメージ量をカバーできる程度の全体回復スキルの持ち主が混じっているだろうというのが一つ。
スピードタイプの朧月と、積極的なアタッカーらしい十六夜。そして人間砲台みたいな振る舞いをしている忍日。この三人が回復や特殊攻撃力に特化しているとは思えないので、おそらく夜霧というヤツが回復担当っぽい。
じゃあ夜霧から潰せばええやんとはなるのだが、相手のボート操縦技術が高すぎてブロックをうまく抜けないのだ。
「あと召炎波でボートごと破壊できると思った」
「まさか。そうだったら困りますよ。主にわたしが」
肩をぶるりとさせるタヱ子。寒いのだろうか。11月の海で水着になれば当然ではある。
「大体なんで海が戦場なんですか。栃木の採石場とかでいいじゃないですか」
「いうよねー。泳げないのはしょうがないじゃな――うわちょっとまって!」
ジャックは軽口をたたこうとした――ところでタヱ子に襟首を掴まれた。
怒ったのかなと思ったが違う。
タヱ子はジャックを船の外に放り投げ、敵の攻撃から逃がしたのだ。
誰の攻撃かと言えば、忍日である。
忍日が自分のボートから直接飛び込んできたのだ。
「そろそろ、決着をつけようかァ」
「冗談では――」
ガードを固めようとするタヱ子。
「遅いなァ」
の額に、ぴたりと指を押し当てる忍日。
次の瞬間、タヱ子の脳を凄まじい衝撃が駆け抜けた。
目の色をなくすタヱ子。
「タヱ子! シノブてんめえ!」
ジャックは急いで癒しの霧を展開……するが、タヱ子のダメージが回復する様子は全く無かった。
「鉄指穿だ」
「しってる!」
遥は忍日の前で拳を突き下ろすような構えをとった。
タヱ子の首根っこを掴んで自分のボートへ投げる忍日。
忍日は振り向き、奇妙な構えをとった。
「全力には全力で返す。礼儀ってえやつだなァ」
「だなあ!」
ボートに投げ込まれたタヱ子にふれよう。
軽くベイブレードみたいになった十六夜が回転を止めたその足下で、タヱ子が仰向けに倒れていた。
「水着の12歳を切り刻むとか、僕変態みたいなんだけど」
「そういう趣味があったの?」
「六番隊じゃないんだから」
ボートの後ろのほうから顔をだす夜霧。長い黒髪の女だ。身体にぴったりとフィットしたボディスーツが印象的だが、表面にはつやが一切無い。闇に紛れて活動する装備とわかる。
そこへ、燐花が宙返りをかけて飛び込んできた。
ジグザグな光の軌道を描いて間に割り込む朧月。
ぶつかり合う刀。
「次のお仕事みたいだ」
十六夜はアームブレードを展開し、高速回転の準備をしかける――が、横からジェット噴射をかけた鏡香が突っ込んできた。
燐花を庇うようにぶつかっていく鏡香。
「おっと!?」
「ボクもショーイの足手纏いはヤダヤダだからナ!」
鏡香の腕や足がざくざくと切り裂かれていく。
「その出血量で生きてるのって生物学的におかしいんじゃない!?」
「弱くても盾くらいにはなれるぞ! ボクえらい! 天才!」
鏡香は全力でジェットをふかすと、十六夜もろとも海へと落ちていく。
その様子を確認して、状況を分析する恭司。
「燐ちゃん、平気!?」
「大丈夫です……が」
燐花は朧月と打ち合いながら自分足首を見た。
半透明な手がボートの表面から無数にはえ、燐花の足を掴んでいるのだ。
「相手の足場を利用したらこうとは、困りましたね」
「いやーごめんね、隠すつもりはなかったんだけど。あっ後でスタバいかない?」
「結構です」
朧月と燐花の実力は拮抗している。といっても恭司の回復支援があって初めて拮抗しているレベルなので、一対一では競り負けてしまうだろう。
一方で夜霧は朧月の戦闘から目を離し、忍日の方に注目していた。
ジャックは癒しの霧で全体回復をかけながら、遥と忍日が戦うボートの周りをぐるぐると回っている。
「この勝負、アカンかも……」
十六夜を戦闘不能に持ち込んだ時点でこちらの戦力は4人。総合回復力からして誰かを集中攻撃されたら、ダメージレースで負ける。
が、遥はそんなことは全く考えていないようで。
「いいぞいいぞ、お前のこと分かってきた!」
見ているジャックの息が詰まるくらい絶え間ない攻撃が遥と忍日の間を行き交っている。
一発一発が人を殺せるような突きを秒速何十発という速度で繰り出す遥。
対して忍日はコンクリートを貫きそうな手刀を同じかそれ以上の速度で繰り出していく。
遥の藻舞カウンターがかなり効いている筈だが、夜霧が集中的に忍日を回復しているらしく状況は進んでいない。というか傍目から見てどっちが有利なのか全く分からない。
ジャック的には、遥が致命状態を受けているので回復支援ができずに困っているという状況だ。
「そこだ!」
足を踏み出し、突きを放つ遥。
突きを手刀で払い、彼の膝を踏み台にして駆け上がりムーンサルトキックを繰り出す忍日。
その直後、相手の足首をがしりと掴む遥。
鼻血が散るが、見ていたジャックはぐっとガッツポーズをとった。
「いまだ遥! ぶん投げろ!」
「よし!」
思い切りぶん投げられた忍日は激しく回転し、水面を一度はねてから自分たちのボートに直撃した。べっこりとへこむボート。
「うぅん……」
仮面の表面を撫で、忍日は懐から白いハンカチを出して振った。
「降参だァ。撤退する」
●勝利と敗北
ひどく粗い息をしてうずくまる燐花。限界まで身体を動かしたせいで呼吸すらまともにできないほど疲労したようだ。恭司がミネラルウオーターを差し出している。
一方でタヱ子は虚空を見つめたまま無表情で固まっている。乗り物酔いをするタイプなのかどうかわからないが、今回はかなりヤられたらしい。
沈んだ仲間を回収して撤退の準備をする忍日に、ジャックが仁王立ちで呼びかける。
「随分テンション低い大将やんなぁシノブ! ここの戦場の大将なら負けられへんはずやわ。戦う気がねぇなら帰りな! 忍のくせして主の命さえまっとうできひんなら、逃げるんがお似合いやけ!」
「……ん?」
忍日は自分が呼びかけられたらしいことを察して一度振り返ったが、すぐに自分の作業に戻った。完全にスルーされて顔をしかめるジャック。
実際ジャックがやったのはかなり粗いタイプの挑発なので、これに乗っかってワーワー言うような奴だったらここまで苦労していない。
後ろから話しかける遥。
「なあ、忍日って忍者なの? たしかに『っぽい』感じしてるけどさ」
「しるか!」
「えっ」
一方で、頭をタオルでふいてぷるぷるする鏡香。
「ひとついーい? おまえら、日本好きなの?」
忍日は船を出す合図をだしかけて、ふと振り返った。
「好きだぞォ」
ビッと二本指を立て、船を出す忍日。
その姿を見送って、恭司は視線をそっと鋭くした。
「命数復活なし。半数戦闘不能で撤退。彼ら……目的は威力偵察だね。次に戦うときは、もっと気を引き締めないと、かな」
潮の香り。潮の風。
陽光の乱れた水面の上を、二隻のボートが進む。
安定性が高く操作が楽なタイプだ。速度は大して出ないが、東京湾を爆速で横断したいとか言い出さない限りは充分な速度がでる船だ。ちなみに高速ボートもあるが、安定性皆無で船酔い必至の殺人マシンである。
「しかし、海上とは面倒なところを指定されたねえ」
船のハンドルを握り、潮風を呼吸する『ベストピクチャー』蘇我島 恭司(CL2001015)。
後ろのシートに座った面々へと意識を向ける。
『狂華』犬山・鏡香(CL2000478)と『迷い猫』柳 燐花(CL2000695)。
上機嫌な鏡香とは対照的に、燐花は不機嫌そうだ。表情や仕草に出ないので一見して分からないが、恭司にはその機微が理解できた。
「燐ちゃん、納得いかない?」
「船の料金が、ですか?」
「協定のこと」
「……」
やりとりから言わんとしていることを察した鏡香が、小首を傾げて燐花を見た。
「ボクはこの協定、当然だと思うけど? ヒノマルはヒノマルで日本を守ろうとしてるみたいだし、国民をなるべく巻き込まないのは当然だよナ。拡大した領土が鳥取砂丘みたいなのばっかりなんて意味ないもんナ!」
「理屈は分かりますが……」
感情を言葉にしづらいという目をしている。
恭司は苦笑した。
「手のひらの上、って気分がイヤなんだよね」
「まあ……」
「連中も随分譲歩してると思うよ。戦略的には僕らを無視して進められるんだからさ。だからむしろ、協定がある間はヒノマル陸軍の手綱を握ったと言えるんじゃないかな」
恭司は言葉にしなかったが、協定ナシでヒノマル陸軍とぶつかったら確実に悲劇が生まれると考えていた。世界中で二千年以上繰り返してきたおきまりのパターンだからだ。今現在も海外でやっている。
例えば市民団体を組織してファイヴのネガティブキャンペーンをやったらどうだ。一年とたたずにファイヴの士気が燃え尽きるだろう。
国内の要所に自爆テロを仕掛けるのでもいい。市内の水道に極度の覚醒剤を混ぜてもいい。
「……」
苦いものが口の中に広がった。
「分かりました。市内には私たちのお家もありますし。精一杯つとめます。けれど、その……」
振り返る。燐花が目をそらして言った。
「水に落ちたら……その」
恭司は笑って手を振った。
なんだか、甘い気持ちになってきた。
一方こちらは納屋 タヱ子(CL2000019)。
より具体的に述べると、フルアーマー水着のタヱ子である。
もっと具体性を上げると、アヒルさん浮き輪とビート板とショルダーパックを装備してシュノーケルせっとを首から提げたタヱ子である。
「覚悟はできていますよ」
「なんの覚悟? ねえそれなんの覚悟を完了した姿なの?」
後ろからちらちら見てくる『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)に、タヱ子は重々しく言った。
「沈む覚悟です」
「せめて泳ぐ覚悟って言おうよ」
「っしゃあ!」
そんな二人を思い切り置き去りにして、鹿ノ島・遥(CL2000227)は自らの両頬を叩いた。
「目の前の敵と戦うだけ! これぞオレのフィールドだぜ! 嬉しいなあ!」
「うわーすごい、水中面のゲッター3とマジンガーみたい。ステージの相性ってあるんやなあ」
「敵が見えましたよ」
会話が打ち切られた。
前を見やれば、オリーブ色のごつごつしたボートが見えてきた。
フィッシングボートともレジャーボートともとれぬおかしな作りに顔をしかめたが、これが軍用の水陸両用車だと知るのはまた後の話である。
船を囲むように二隻がかりで回り始める恭司とタヱ子。
敵チームのリーダー、忍日は腕組みをしたまま言った。
「来たかぁ」
「そっちの気が済んだら帰れよ!」
にらみ付けるジャック。
「そぉさせてもらう。じゃあ……」
「やろうぜ!」
●夜闇が人を食うように
最初に接近を始めたのは恭司の船だ。
「燐ちゃん、いい?」
「いつでも」
燐花は術式エネルギーを肉体に巡らせると、青い風に包まれた。
一瞬身を屈め、弾丸の如く跳躍。
超高速で忍日のボートへ接近する――が、そんな彼女の背後をとる相手がいた。
「ヒューッ! カノジョ早いね! 俺とデートしない?」
「――ッ」
空中でありながら無理矢理に身を反転。短刀を逆手に握って繰り出す。相手の側頭部を貫く勢いで放ったが、切っ先が刀の鍔で受け止められた。
短く直刀。大きく角張った鍔につや消しされた柄。スパイク処理の施されたこじり。忍刀と呼ばれる特殊な刀だ。
燐花は自らを高速化し、連続で相手に打ち込んでいく。
その全てが器用に打ち払われていった。
相手は第一覚醒隊の朧月。
燐花と同じ速度型。その上で回避タイプのようだ。
燐花が短刀を二本持ちにして打ち込むが、片手を腰に回し右腕だけで弾いていく。
コンマ一秒以下の隙をつくような鋭い蹴りが繰り出される。
それを腕で軽減しながら離脱する燐花。
横をすり抜けていく恭司のボートに着地して、短く呼吸した。
心配する暇はなさそうだ。ジャックがハンドサインを送ってくる。
「おいちゃん!」
「了解――」
恭司は親指を立てると、手製の焼夷弾を敵の船めがけて投擲。
と同時に、ジャックが魔術を発動。
忍日の船は激しい炎のサンドアタックを受けることになった。
「おォ、こりゃあいかん」
などと言いつつも腕組みをしたままの忍日。
船は突如としてスピードを上げると、炎の波と雨を突き抜け二隻の包囲を離脱。
水上だというのに180度のクイックターンをかけ、タヱ子の船へと突っ込んでくる。
「ちょっ……まるで効いてなくない!?」
咄嗟にハンドルをきるタヱ子。
彼の背もたれに足をかけた遥が、ギラリと笑って身を乗り出した。
「タヱ子、後で拾ってくれ!」
「なんですか急に、わっ」
船の突撃をギリギリで回避するその寸前、遥は相手の船に飛びかかった。
否、正確には忍日めがけて飛びかかった。
空中上段回し蹴り。
の筈が、空気ごと爆砕するような蹴りが繰り出された。
下手したら人間の首が刈り取られてしまうような技だが、忍日はそれを肘を打ち当てることで相殺。
衝撃が空気を切り裂き、船の側面をざりざりと削っていく。
「ほォ……」
仮面の下で目を細めたのが、遥にだけ分かった。
ガードに使った腕の先端を手刀に変え、繰り出す忍日。
空気ごと切り裂かれ、遥は腕をクロスしてガード。
その衝撃は空気と海を強制的に切り裂いていき、例外なくジャックたちにも降りかかった。
割り込んでガードをかけるタヱ子。
ボートが軽く70度ほど傾いた。
「タヱ子! おちるおちる!」
「切裂さんは落ちても平気でしょう!」
タヱ子は傾いた船の床を蹴りつけることで無理矢理バランスをとったが、タヱ子の腕や頬からはだくだくと血が流れていた。
飛んできた遥をキャッチする。
「おっ、タヱ子怪我したのか? すげーなあいつ、タヱ子のほっぺ切るとかさ」
「なんなの? タヱ子ちゃんのほっぺは超合金かなにかなの?」
「いえ、そういうわけじゃないんですが、わたし……」
タヱ子がすごくげっそりした声で言った。
「とてもきもちわるいです」
「タヱ子ー!」
鉄壁の女ことタヱ子の、新たな弱点が発覚した瞬間であった。
さて、そんな彼らの一方で。
「ねーねー、この船なんかついてるんだけど」
鏡香はそう言うと、船側面に向けてスピアーを繰り出した。
ぺたんという奇妙な音と共に攻撃をかわす敵。
タヱ子の船にぶつかっていく最中、一人だけ離脱して恭司の船へ文字通り張り付いていたようだ。
「気づいてくれてアリガト。僕は十六夜っていって金沢大学のでなんだけど専攻は――」
「そーゆーのいいから!」
鏡香の繰り出したランスを上半身の動きで回避する十六夜。
両足はぴったりと地面にくっついている。どうやら面接着スキルを活用しているらしいが。
回避動作のついでに両腕からアームブレードを展開。
籠手一体型の格闘武器である。
先端の刃に凄まじい高熱を帯びさせると……。
「その槍軽量化がされてるよね。あと足、陸戦得意なタイ――」
「いいってば!」
踵からジェット噴射をかけながらハイキック。
顎への直撃をくらった十六夜は待ったのジェスチャーをかけながら首を振った。
「今の炸薬はガスかな。液体燃料? あっまって答えないで当てるから、粉末なら――」
「くらえー!」
肘からジェット噴射をかけながらランスアタック。
十六夜はかるくかがむと、鏡香の腕を一瞬で切断した。
と同時に蹴りつける。
「これで終わりだ!」
ボートの外に投げ出される鏡香。
「犬山さんっ」
「だいじょーぶ!」
鏡香はフッドパーツをホバーモードに切り替えると、水面を走り始めた。
「ちらりと十六夜を見る恭司と燐花」
十六夜はジェスチャー混じりに。
「えっと、機械だから海に沈むと思ったんだ。だって海中の重力は大気中と比べてうわ待って!」
燐花の蹴りを食らって、十六夜は思い切り水没した。
●月の光があるうちに
戦いは有利なのか不利なのか、いまいち分からない状態が続いていた。
すれ違いに強烈な攻撃を入れていく遥と燐花。
敵の攻撃に対応して回復をはかる恭司とジャック。
特に威力の高そうな忍日の攻撃はタヱ子が受けて、彼らの間を埋めるように鏡香が遊撃や防御に回るといった立ち回りを続けていたのだが……。
「どう思いますか」
「マジでしくったと思う」
ジャックはタヱ子に顔を近づけて言った。
六人の作戦方針は大きくは離れていないものの、肝心な所が欠けていた。
まずはジャックや恭司の全体攻撃で防御の弱い敵を見極め、そこから一人ずつ集中砲火。実質3対6に追い込んで流れるようにすりつぶすという作戦だったが……。
「浴びせただけでは防御が弱いのかどうか分かりませんね」
「頭の上にダメージ値とか出てくれへんかなあ……」
最初の全体攻撃から分かったことは二つある。
平気な顔で切り抜けている辺り、船の操縦担当の柄杓オボロの操縦技術で軽減していそうというのがまず一つ。その上でダメージ量をカバーできる程度の全体回復スキルの持ち主が混じっているだろうというのが一つ。
スピードタイプの朧月と、積極的なアタッカーらしい十六夜。そして人間砲台みたいな振る舞いをしている忍日。この三人が回復や特殊攻撃力に特化しているとは思えないので、おそらく夜霧というヤツが回復担当っぽい。
じゃあ夜霧から潰せばええやんとはなるのだが、相手のボート操縦技術が高すぎてブロックをうまく抜けないのだ。
「あと召炎波でボートごと破壊できると思った」
「まさか。そうだったら困りますよ。主にわたしが」
肩をぶるりとさせるタヱ子。寒いのだろうか。11月の海で水着になれば当然ではある。
「大体なんで海が戦場なんですか。栃木の採石場とかでいいじゃないですか」
「いうよねー。泳げないのはしょうがないじゃな――うわちょっとまって!」
ジャックは軽口をたたこうとした――ところでタヱ子に襟首を掴まれた。
怒ったのかなと思ったが違う。
タヱ子はジャックを船の外に放り投げ、敵の攻撃から逃がしたのだ。
誰の攻撃かと言えば、忍日である。
忍日が自分のボートから直接飛び込んできたのだ。
「そろそろ、決着をつけようかァ」
「冗談では――」
ガードを固めようとするタヱ子。
「遅いなァ」
の額に、ぴたりと指を押し当てる忍日。
次の瞬間、タヱ子の脳を凄まじい衝撃が駆け抜けた。
目の色をなくすタヱ子。
「タヱ子! シノブてんめえ!」
ジャックは急いで癒しの霧を展開……するが、タヱ子のダメージが回復する様子は全く無かった。
「鉄指穿だ」
「しってる!」
遥は忍日の前で拳を突き下ろすような構えをとった。
タヱ子の首根っこを掴んで自分のボートへ投げる忍日。
忍日は振り向き、奇妙な構えをとった。
「全力には全力で返す。礼儀ってえやつだなァ」
「だなあ!」
ボートに投げ込まれたタヱ子にふれよう。
軽くベイブレードみたいになった十六夜が回転を止めたその足下で、タヱ子が仰向けに倒れていた。
「水着の12歳を切り刻むとか、僕変態みたいなんだけど」
「そういう趣味があったの?」
「六番隊じゃないんだから」
ボートの後ろのほうから顔をだす夜霧。長い黒髪の女だ。身体にぴったりとフィットしたボディスーツが印象的だが、表面にはつやが一切無い。闇に紛れて活動する装備とわかる。
そこへ、燐花が宙返りをかけて飛び込んできた。
ジグザグな光の軌道を描いて間に割り込む朧月。
ぶつかり合う刀。
「次のお仕事みたいだ」
十六夜はアームブレードを展開し、高速回転の準備をしかける――が、横からジェット噴射をかけた鏡香が突っ込んできた。
燐花を庇うようにぶつかっていく鏡香。
「おっと!?」
「ボクもショーイの足手纏いはヤダヤダだからナ!」
鏡香の腕や足がざくざくと切り裂かれていく。
「その出血量で生きてるのって生物学的におかしいんじゃない!?」
「弱くても盾くらいにはなれるぞ! ボクえらい! 天才!」
鏡香は全力でジェットをふかすと、十六夜もろとも海へと落ちていく。
その様子を確認して、状況を分析する恭司。
「燐ちゃん、平気!?」
「大丈夫です……が」
燐花は朧月と打ち合いながら自分足首を見た。
半透明な手がボートの表面から無数にはえ、燐花の足を掴んでいるのだ。
「相手の足場を利用したらこうとは、困りましたね」
「いやーごめんね、隠すつもりはなかったんだけど。あっ後でスタバいかない?」
「結構です」
朧月と燐花の実力は拮抗している。といっても恭司の回復支援があって初めて拮抗しているレベルなので、一対一では競り負けてしまうだろう。
一方で夜霧は朧月の戦闘から目を離し、忍日の方に注目していた。
ジャックは癒しの霧で全体回復をかけながら、遥と忍日が戦うボートの周りをぐるぐると回っている。
「この勝負、アカンかも……」
十六夜を戦闘不能に持ち込んだ時点でこちらの戦力は4人。総合回復力からして誰かを集中攻撃されたら、ダメージレースで負ける。
が、遥はそんなことは全く考えていないようで。
「いいぞいいぞ、お前のこと分かってきた!」
見ているジャックの息が詰まるくらい絶え間ない攻撃が遥と忍日の間を行き交っている。
一発一発が人を殺せるような突きを秒速何十発という速度で繰り出す遥。
対して忍日はコンクリートを貫きそうな手刀を同じかそれ以上の速度で繰り出していく。
遥の藻舞カウンターがかなり効いている筈だが、夜霧が集中的に忍日を回復しているらしく状況は進んでいない。というか傍目から見てどっちが有利なのか全く分からない。
ジャック的には、遥が致命状態を受けているので回復支援ができずに困っているという状況だ。
「そこだ!」
足を踏み出し、突きを放つ遥。
突きを手刀で払い、彼の膝を踏み台にして駆け上がりムーンサルトキックを繰り出す忍日。
その直後、相手の足首をがしりと掴む遥。
鼻血が散るが、見ていたジャックはぐっとガッツポーズをとった。
「いまだ遥! ぶん投げろ!」
「よし!」
思い切りぶん投げられた忍日は激しく回転し、水面を一度はねてから自分たちのボートに直撃した。べっこりとへこむボート。
「うぅん……」
仮面の表面を撫で、忍日は懐から白いハンカチを出して振った。
「降参だァ。撤退する」
●勝利と敗北
ひどく粗い息をしてうずくまる燐花。限界まで身体を動かしたせいで呼吸すらまともにできないほど疲労したようだ。恭司がミネラルウオーターを差し出している。
一方でタヱ子は虚空を見つめたまま無表情で固まっている。乗り物酔いをするタイプなのかどうかわからないが、今回はかなりヤられたらしい。
沈んだ仲間を回収して撤退の準備をする忍日に、ジャックが仁王立ちで呼びかける。
「随分テンション低い大将やんなぁシノブ! ここの戦場の大将なら負けられへんはずやわ。戦う気がねぇなら帰りな! 忍のくせして主の命さえまっとうできひんなら、逃げるんがお似合いやけ!」
「……ん?」
忍日は自分が呼びかけられたらしいことを察して一度振り返ったが、すぐに自分の作業に戻った。完全にスルーされて顔をしかめるジャック。
実際ジャックがやったのはかなり粗いタイプの挑発なので、これに乗っかってワーワー言うような奴だったらここまで苦労していない。
後ろから話しかける遥。
「なあ、忍日って忍者なの? たしかに『っぽい』感じしてるけどさ」
「しるか!」
「えっ」
一方で、頭をタオルでふいてぷるぷるする鏡香。
「ひとついーい? おまえら、日本好きなの?」
忍日は船を出す合図をだしかけて、ふと振り返った。
「好きだぞォ」
ビッと二本指を立て、船を出す忍日。
その姿を見送って、恭司は視線をそっと鋭くした。
「命数復活なし。半数戦闘不能で撤退。彼ら……目的は威力偵察だね。次に戦うときは、もっと気を引き締めないと、かな」
