禁じられた遊戯
禁じられた遊戯


●禁則は戯れに
「なあ、ハストゥール様って遊び知ってるか?」
 とある中学校のクラスの1室で、そんな会話が始まった。
 丁度6時限目の授業が終わり、皆が帰り支度をしたり部活動へと向かう最中の出来事だ。
「いや、知らないけど。何それ?」
「あれだよ。霊を呼び出して色々話を聞く奴。昔はこっくりさんとかエンジェル様っていうのが流行ってらしいけどさ。それの最新版って訳さ」
「えっ? それヤバくね?」
 そんな遊びが世間で再び話題に上がるというのも不思議なことだが、何れにせよどこかでスリルを求める歳若い学生達には丁度良い暇つぶしの材料であった。
「ヤバイからいいんじゃねーか。何でも神様が降りてくるんだってよ!」
「学生相手にいちいち降りてくる神って、何かありがたみのない神様だな」
 それはホンの小さな好奇心と、ちょっとした背徳感。誰に迷惑を掛けるわけでもなく、ただ学生達の間だけで行われるごっこ遊びのようなもの。
「なあ、折角だから俺達もやってみようぜ? ハストゥール様」
「どうせインチキだろう?」
「何だ、もしかして怖いのかよ、俊哉?」
 それが引き金となって起こってしまう、世界中で起きている数多の悲劇の一幕がここでも始まった。

●夕暮れ時の悲劇
 始まりはガラスが割れる音から始まった。
「逃げろー! 皆、校舎から出るんだ!」
 どこかで教師の怒号に近い叫びが聞こえた。生徒達も悲鳴を上げながら迫る脅威から逃げるのに必死だ。
「誰か! 誰か残っていないか!?」
 教師は階段を駆け上がり、逃げ遅れた生徒がいないかを確認する。
 そんな教師の前に階段の踊り場から転げ落ちるようにして姿を現したのは、右肩から血を流す1人の男子生徒であった。
「谷口! 大丈夫か? 一体何があったんだ!?」
「とし……俊哉、が……化け物、に……」
 男子生徒は傷の所為かそれとも恐怖の所為か、そのまますぐに意識を失ってしまう。
 そして突如すぐ傍の教室の扉が爆発したかのように吹き飛ぶと、遮るものを失った教室の入り口から何かが姿を現した。
 それは人のようで人ではない、獣のようで獣ではない。鋭い爪で校舎の床に傷をつけながら、その顔を恐怖に歪め涙を流している。
 それは理性と本能の狭間で揺らぎながら、1つの言葉を振り絞った。
「ダスケデェェ!!」

●F.i.V.E.ブリーフィングルーム
 緊急招集という名のもとに、数名の覚者達がブリーフィングルームに集められた。
「皆、よく来てくれたな。早速で悪いんだけどこれを見てくれ」
 儚の因子を持つ覚者の1人、久方 相馬(nCL2000004)が真剣な顔をして全員に資料を配る。
 事件が起きた場所はとある中学校。時間は今から1時間前のことである。
「どうやら破綻者が生まれてしまったらしいんだ」
 破綻者、それは覚者の成れの果て。覚者が忌避すべきありえるかもしれない未来の姿。
「目撃者や被害にあった人の話によると、とある遊びをしている最中にそれは起こってしまったらしい」
 それが『ハストゥール様』という遊びである。誰もそれに聞き覚えがないことから、マイナーであるか新しいものなのだろう。
 その詳細はまだ分かっていないが、もしかするとそれが一種の儀式として成立し、その上で覚者としての力が発現しさらに暴走を招いてしまった可能性がある。
「何れにしても破綻者は学校内でかなり暴れまわっているらしいんだ。深度の進行も早いみたいで、早めに抑えないと最悪の選択をしないといけなくなる可能性がある」
 最悪の選択とは、すなわち人類の敵として排除するということである。
「そうしない為にも、皆にはすぐに現場に向かって欲しいんだ。よろしく頼む」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:そう
■成功条件
1.破綻者を制圧
2.逃げ遅れた生徒の発見及び安全の確保
3.これ以上の校舎の破壊を抑える
●依頼内容
 破綻者を制圧する

●戦闘区域
 とある町の中学校、その第一校舎。
 校舎は3階建てで、1階につき10ほどの部屋が存在する。
 破綻者が暴れたクラスは3階の一番隅にある3年1組。
 生徒の大半は避難を完了しているが、既に放課後であった為に全生徒の完全な安否は確認は出来ていない。
 時刻は夕暮れ過ぎで、覚者が現場に到着する頃には太陽は沈みきっている。

●敵情報
 破綻者 1人
  本名は政田 俊哉(まさだ としや) 同中学校3年1組の生徒。
  土行・獣の因子に覚醒したらしく、両手に鋭い鍵爪を持っていることまで確認が取れている。
  深度は2まで進んでいるらしく、一定の間隔で自我を失い暴走を繰り返している。
  暴走が治まっている状態でも極度の恐慌状態に陥っており、会話が出来るかは微妙なところである。

●STより
 皆さんこんにちわ、そうと申します。
 今回は覚者として意識しなければいけない存在、破綻者が登場します。
 人として、覚者として、どのような信条を持ちこれにあたるのか。
 では、宜しければご参加をお願いします。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2015年09月17日

■メイン参加者 8人■


●暗がりの校舎
「どうやら件の彼はあそこにいるみたいですね」
 FiVEの移動用車両から降りた黒い狐の面を被った鳴神 零(CL2000669)は、元は机や椅子だったのであろう残骸が次々と降ってくる3階の教室を見上げて呟いた。
「それなら早く助けにいったらんとな。皆、急ぐで!」
 零に続いて車から降りてきた焔陰 凛(CL2000119)は刀を腰に差しなおしたところで皆にそう声を掛けて校舎へと走る。
 蛍光灯が尽く割れて暗闇に包まれている校舎内は3階から響く破壊音と猛る声以外は静かなもので、ざっと見渡しただけでは誰もいないように見えた。
 しかし、覚者の中には目に見えないモノを見ることが出来る力を持った者がいた。
 覚醒してその髪を薄墨色から金色へ、瞳を赤から桃色へと変えた工藤・奏空(CL2000955)は校舎の2階で立ち止まると、目を閉じてその力を校舎中に届かせる。
「感じる。3階の政田さんとは別の感情……どうやら1階に2人、2階に1人いるみたい」
 その力がこの校舎にまだ残っている人間の感情を察知し、全てを教えてくれた。
「それで全員?」
 若草色の髪を揺らし、その髪と全く同じ色をした瞳をした和歌那 若草(CL2000121)は確かめるようにして奏空に訊ねる。
「うん、思ったより校舎は大きくなかったからここからでも全体は把握できる。残ってるのは3人だけだよ」
 それに奏空は確信した表情でしっかりと頷いて返した。少なくともこの校舎に残っているのはそれだけのようだ。ただ、その3人はバラバラの場所にいるようだ。
「まあ、ささっと行って、ささっと逃がしてやろうぜ」
 いかにも気だるげといった口調で四月一日 四月二日(CL2000588)はそう提案した。
 ただやる気のなさそうな態度を取っているが、言っていることは至極まともで人道的だ。
「3人か……任せてええ?」
 凛は僅かに間を置き、奏空・若草・四月二日の3人の顔を見渡してそう口にする。
「勿論。ダッシュで行って来ます!」
 そう言って奏空は一番遠い1階の反応のある教室へと走っていく。
「その間、俊哉さんのことはお任せします」
「ああ、ちょっとまった」
 若草もそれに続き2階の1人の下へと向かおうとしたところで、四月二日が彼女のことを呼び止める。
 一歩踏み出しかけたところで振り返った若草は、飛んできた円柱状のものを咄嗟にキャッチした。よく見れば、それは懐中電灯であった。
「こう暗いと大変だろう? 一応持ってきな」
「あっ、ありがとうございます。けど、そうするとエイジさんの物が……」
「心配無用。これくらいならちゃんと見える」
 四月二日は自分の目元に指を当ててそう言った。実際に彼の目には日も暮れて殆ど真っ暗なこの校舎内でも問題なく全てがしっかり見えていた。
 と、その時。上の階から聞こえていた破壊音や叫ぶ声が止み、校舎内がしんっと静まり返った。
「暴走が止まったのかもしれません。今ならお話できるかも……急ぎましょう」
 そう言って納屋 タヱ子(CL2000019)は長い三つ編みの髪を揺らして階段を駆け上っていく。それに他の覚者達も続いた。
「それじゃ俺らも行こうか。あー、忙しい」
「はい。後で会いましょう」
 四月二日と若草も二手に分かれ、それぞれ逃げ遅れた生徒がいる教室へと走った。

 3階に向かった覚者達は1つの教室の中へと踏み込んだ。先ほど窓から椅子や机の残骸が降ってきた教室だ。
 局地的な台風か竜巻にでもあったかのような教室の中央で、膝を抱いて俯く少年がそこにはいた。
「うーむ、この様子じゃ黒歴史ノートは探しようがないな」
 教室の惨状と異形化した少年を見て、不死川 苦役(CL2000720)は残念そうにそんな言葉を口にした。
「こんな時に何を言っとるんや、アンタは」
「何をって、俺は大真面目に彼を正気に戻す方法を探しているんだよ」
 呆れた顔をする凛に苦役はニンマリと笑みを浮べて答える。
「君が政田俊哉くんで間違いないかな? 私は十天という正義の味方の組織……もとい、FiVEのエージェントだよ。名前は零、宜しくね☆」
 先ずは自己紹介をと零はその見た目とはちょっとそぐわない明るく茶目っ気のある声で自分の名を名乗った。
 ただ、俊哉らしき少年から返事はなく静寂が教室を包む。
「くくっ、滑ったんじゃね? うん、完全に滑ったパターンだな、これは」
「鳴神の渾身の自己紹介に、無反応だなんて……」
 笑い出す苦役の反応に、零も少しは自信があったのか完全な空振りにがっくりと肩を落とす。
「その、政田さん! わたし達はあなたを助けに来たんです! 聞こえますか、政田さん!」
 続けてタヱ子も俊哉に語りかける。すると漸く俊哉はその顔をゆっくりと上げた。
「だ、れ……?」
 漸く聞けた少年の言葉は完全に怯えきった声をしていた。
「よかった、話せるんやな。あたし達は君の味方や」
 凛はそう言って微笑みかけた。俊哉はその言葉を聞くと、ぐっと唇を噛み締めて、そして人の姿を保っている方の目に涙を滲ませた。
 そして俊哉はゆっくりと口を開く。
「……たす、けて」
「勿論。私達はその為に来たんだからね」
 立ち直ったらしい零は俊哉の言葉に間髪いれずに頷いて答えた。その応えに俊哉は僅かに口元に安堵の笑みを浮べる。
「何だ。下校時間を守らない悪い子へのお仕置きは無しか」
 つまらなさげに苦役は言葉を零す。そして抜いていた刀を札が貼られた鉄パイプのような外装の中へと戻そうとする。
 だが、そこで何となく違和感を覚えて苦役はその手を止めた。そしてすぐにその意味に気付き苦役はすぐに口角を上げる。
「どうやらソイツの黒歴史はまだ上塗りされるみたいだぜ?」
 苦役がそう口にするまでもなく、同じように得体の知れない何かを感じた他の覚者達もそれに気付いていた。
「あ、あ、アアァァ……」
「アカン! 俊哉、気をしっかり持つんや。その力に飲まれたらアカンで!」
 凜はその俊哉の肩を掴み叫ぶが、俊哉の体は突然ぷつりと糸の切れた操り人形のようにだらんと脱力した。
 そして、次の瞬間には凛の体が教室の壁に叩きつけられていた。
「焔陰さん!?」
「大丈夫や! それより、来るで!」
 急に吹き飛んだ凛にタヱ子は思わず振り返る。だが凛はすぐに立ち上がり全員に向かって叫ぶ。
 それに反応しタヱ子は急ぎ俊哉に視線を向けなおして両手の盾を構えなおした。
「ぁあ、嫌だいやだイヤダ、嫌だぁぁ!!」
 少年の悲痛な拒絶の叫びは、周囲の一切合財を吹き飛ばす衝撃波となって覚者達に襲い掛かった。

●ハストゥール様とは?
 少し時間は戻り、逃げ遅れた生徒達を探しに向かった3人は無事に彼ら彼女らを見つけて校舎の外まで連れ出した。
「さあ、急いで皆のところに向かいましょう」
 校舎を一度見上げた若草は奏空と四月二日にそう言葉をかける。二人は一応頷きはしたが、どうにも浮かない顔と言うか、何か考え事をしている表情をしている。
 それを不思議に思い若草は首を傾げた。
「どうかしたの、2人共?」
「いや、大した事じゃないんだけどな。どうも気になってな」
 四月二日は言葉を濁す。いや、本人もどう言葉にしていいのか迷っていると言うほうが正しいだろうか。
「あの。俺、さっき逃がした男子生徒に聞いてみたんだ。『ハストゥール様』について」
 考え込む四月二日の変わりに今度は奏空が喋りだした。ハストゥール様、この事件の発端となったかもしれない遊びの名前だ。
「もしかして何か分かったの?」
「いや、分かったというか……何も分からないことが分かったって感じなんです」
 奏空もどう説明していいのか困ったような様子でその生徒に聞いた話を若草に伝える。
 ハストゥール様は何らかの神であるらしい。だが何の神なのかは分からない。
 この遊びはこの中学校でしか流行ってない。というかまだ広まっていないらしい。ただ、それにも関わらず誰が始めたのか分からない。
 中学校の殆どの生徒がハストゥール様という遊びのことを知っているのに、やり方を知っている人に誰も心当たりがないらしい。
 皆がやっていると聞くのに、実際にやってみたと言う人は誰もいない
 その遊びをやったと聞くのにどんなことをしてどんなことが起きたかは誰も知らない。
「何ですかそれは……まるでハストゥール様って遊びは噂だけの存在みたいだわ」
「案外それが的を得ているのかもな。本当は存在しないのかもしれないな、そんな遊びなんて」
 どこか不気味さを思わせる話に3人は暫し次に語るべき言葉を失う。
「考えるのは後だわ。今は彼を助けるのが先決だわ」
「そうだな。急ぐとしますかね」
 覚者3人は急ぎ校舎に戻り階段を駆け上がった。

●破綻者の恐ろしさ
 再び暴走を開始した俊哉は、刃のように鋭い爪を振るい滅茶苦茶に暴れまわる。
「おいおい、そんなに腕を振り回して駄々っ子かよ。攻撃っていうのはこうするもんだぜ?」
 苦役は振るわれる腕の一本を鉄パイプに納めたままの刀で受け止めると、俊哉の脇腹に拳を叩き込んだ。
 更に苦役が仕込んだ種から一瞬で十数センチの棘が生え、深々とその体の内部に突き刺さる。
「ぐ、ああぁぁ!?」
「苦役、やりすぎやっ!」
「えぇー。これ以上どう手加減しろって言うんですかー」
 苦しむ俊哉に凜が一喝する。苦役のほうは急所も外しているしこれくらい大丈夫でしょうと反省の色はないようだ。
 だが、苦役の対応は強ち間違ってはいないようだ。暴走しているとはいえ。いや、暴走しているからこそ破綻者の力は凄まじい。
 それは生命力という点でも同様で、今しがた苦役が与えた傷は十数秒の間にその出血が治まり傷が塞がっていく。
「ほら、コイツには生半可な攻撃じゃ意味ないぜ」
 そしてそれは生き物のもつ防衛本能なのか。それとも闘争本能なのか。それが攻撃を仕掛けてきた事により動き出したようで、明確な敵意が覚者達へと向けられた。
 俊哉が視線を向けて睨みつけた途端、苦役の足元の床が弾けてその下から白いコンクリートで出来た槍が突き出してきてその肩に突き刺さる。
 俊哉は更に爪を振りかぶり、苦役に向かって突進する。
「守ります!」
 だが俊哉の攻撃が届く前にその間にタヱ子が割り込んだ。両手に構えた盾を正面に突き出し、俊哉の爪を受け止める。
「くぅっ!?」
 俊哉の攻撃は思った以上に重いが何とか耐えた。だが俊哉は崩れなかったソレに対して執拗に腕を振るい獣化した爪を叩きつける。
 その連撃に踏ん張ろうと床を踏み込んでいたタヱ子の足が徐々に後ろへと押されていく。
「落ち着いて、政田俊哉くん! 君は何に憑りつかれた訳でも、呪われた訳でも無いぞ!」
 零の声に俊哉は機敏すぎるくらいに反応した。だがそれは新たな標的を見つけただけに過ぎず、零に振り向くや否やその足元からまた白い石槍が突き出してきた。
 零はそれに太刀をぶつけて伸びる石槍の軌道上から自身の体を逸らすようにして避けると、体を捻り一回転させそのまま刃を俊哉の体へと振るった。
 しかしそれは攻撃の為ではなく、零が太刀を振るうと同時にその刀身から霧が溢れ俊哉の体を包み込んだ。
 それを煩わしく思ったのか俊哉は腕を振るってそれを払おうとするが、どれだけ暴れようがその霧は俊哉の体に纏わりつきその力を押さえ込んでいく。
 だが、それでも俊哉は暴れるのを止めなかった。俊哉は体を起こし、両腕を大きく振り上げる。
 それをさせまいといち早く気付いた凛は俊哉に接近し、床に向けて振り下ろされようとしていたその両腕を構えた刀で受け止めた。
「俊哉! しっかりするんや。ほんでも男か!」
 両腕に走った痛みに顔を歪めながらも凛は俊哉の腹を思いっきり蹴り飛ばした。
 俊哉はたたらを踏み後ろに下がるが、やはりその声は聞こえていないのか変わらずその目に理性の色は見えない。
 と、そこで俊哉は視線を教室の入り口のほうへと向ける。そこには階段を駆け上ってきた3人の覚者の姿があった。
「お取り込み中失礼するよ。助けにきたぜ、少年」
 そう言って四月二日は襟首に引っ掛けていた伊達眼鏡をそっと手に取った。

●説得、心を揺らして
「ああもう! 苛々してきた! 挽き肉に変えてやりてぇ!!」
 俊哉の攻撃を受け止め壁に叩きつけられたところで苦役が叫んだ。
 戦いが始まって既に数十分が経過している。その間何度も呼びかけているが俊哉は一行に暴れるのを止めない。
「いい加減に目を覚ませこらぁ!」
 お返しとばかりに苦役の拳が俊哉の顔を捉える。だが次の瞬間には苦役の体は再び壁にめり込んでいた。
「神様なんてワケの分からない存在に、簡単に心を支配されないで! その力が怖いなら、思いっきり突っぱねてちょうだい!」
 若草が必死な声で叫ぶ。しかし俊哉は返事を返さず、石槍を放ちその体を刺し貫く。
「しっかりしろ、見失うな! 思い出せ、キミの大切なものを!」
 鋭い爪を剣で受け止めた四月二日は訴えかける。だがそのまま床へと叩きつけられた。
 そして、これで何度目かの激しい衝撃波が教室中に放たれる。車にでも撥ねられたかのような衝撃を覚者達は何とか耐え抜いた。
「ちぃっ。一体どうすればええんや!」
 このままではジリ貧である。そしてそれは最後の決断を迫られるということでもある。だが、凛はその選択をするつもりはない。
「こうなったらやったる。皆、援護頼むわ!」
「お任せ、です!」
 けほっと一度咳き込んだタヱ子は盾を構えなおして俊哉に向かって走る。俊哉はそれに素早く反応して石槍を作り出す。
 タヱ子は素早くそれを盾で防ぐ。だが、そこで俊哉の予想していないことが起こった。タヱ子が石槍を盾で防いだ瞬間、石槍が砕けその破片が俊哉を襲ったのだ。
 それに追撃をかけようとしていた俊哉は怯んでしまい大きな隙を晒した。そしてそれを逃さず俊哉の背後に回りこんだ零が羽交い絞めにする。
「大丈夫だよ、怖くないから」
 暴れる俊哉の耳元で零はそう囁く。それで静まるとは思っていない。だがそれでもその言葉を伝えたかった。
 そして凛は正面から歩み寄り俊哉の手を掴んだ。そしてその手をそのまま自分の胸元へと引き寄せたのだ。
「俊哉! 今何触ってるか解るか? 女性の胸や。暖かいか? もっと他の所触りたいか? せやけどな、今のままのあんたじゃそれも叶わんのやで!」
 それは凛なりに考えた精一杯の説得の方法だ。人の情というか欲に、思春期男子にやる気を出させるにはこれしか思いつかなかった。
 だがやはりそれでも効果はないのか、俊哉はその手に力を籠めて、そうすれば鋭く伸びた爪が凛の肩へと食い込む。
 しかし、そこで思わぬ事態が起こった。そしてそれに気付いたのは奏空だけであった。
「この感情は、愉悦? なんでこんな感情が……そもそも一体どこから?」
 その感情のありかはすぐ傍、この教室の中からだった。
 奏空は慌てて周囲を見渡す。すると壊れた机の残骸やノートのページが散らばる教室の角に、奇妙な模様が描かれた紙が落ちていた。感じた感情の発生源はその紙切れからだった。
 紙切れは奏空が見つけた途端に突然風に吹かれたようにひらりと舞い上がる。だがすぐに飛んできた苦無に貫かれ壁に縫い付けられた。
「こうなったら何でもするよ。政田さんを助ける為ならね!」
 そう言って奏空は手元に雷雲を生み出し、そこから放たれた雷撃は一瞬でその紙切れを焼き尽くした。
 その瞬間、俊哉は突然崩れ落ちて地面に倒れた。

●夜の校庭
「それじゃあ、あとはよろしくお願いします」
 ロシエ・ミルフィールド(CL2000349)はFiVEの医療班に運んできた俊哉を預ける。
 破綻者としての暴走は治まったものの、その反動は大きくやはり入院が必要だ。
「良かったわ、俊哉さん。自分のこと思い出せたのね」
「はい……ありがとうございます、皆さん」
 ストレッチャーに乗せられた俊哉は獣化の解けた顔で少年らしい笑みを見せた。
「あの、俺……皆さんの声、聞こえてました。でも、どうしても、体がいうこときかなくて……」
「いいんですよ。私は信じていましたから」
 申し訳なさそうな俊哉の頭に零はぽんっと手を置いて撫でてやる。
「けど聞こえてたってことは、私の胸の感触も覚えとるんか?」
「あ、いや、その……ちゃ、ちゃんと股間はついてますっ!」
 どうやら刺激的な説得のことも覚えていたようで、俊哉は少し顔を赤くしてよく分からない返事を返した。
 と、そこで俊哉は運ばれてそのまま病院へと向かうことになる。
「何にしても、無事に助けられて良かったです」
 俊哉の乗った車に手を振り終えた奏空がそう呟く。
「さて、それじゃあ依頼達成を祝おうか。これから皆で焼肉にいくぞ」
 勿論俺の奢りだと四月二日は皆に向けてそう提案する。
「焼肉ですか? え、えっと、とりあえずお婆ちゃんに連絡しておかないと……」
「それじゃ、俺がひとっ走りして予約してきます!」
 無事依頼を終えたところで、覚者達は少し遅くなった夕食を食べに町へとくりだした。
「しかし、結局ハストゥール様って何だったのかね?」
 苦役は残された疑問を口にするが、すぐに考えるのを止めた。もし縁があればその真相に辿り着くこともあるだろう。
 とにかく今日は高い肉を注文しまくってやろうと苦役はニヤリと笑みを作った。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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