とある地獄の八人兄弟
●
それを現すには、『影』という言葉がお似合いであろう。
地面より染み出し、這い出るように昇る影は、八つの人体シルエットを構成した。
どの背も大体同じくらいだが、多少の個性はあるようだ。
立ち方も別々で、直立したまま微動しないものもいれば、突然座り込んで溜息を吐くのもいる。
しかしどの個体も軍帽のようなものをかぶっているようだが、その帽子の左右から鋭い角を二つ程生えているから、純粋な人間とは程遠い影なのだろう。
むしろ、彼らは『影』しか此の世に投影出来ない存在であるのだ。
本体はきっと、別の場所で仕事をしている者達なのだから。
真っ黒の影であるからこそ、見開いた白目の部分がやたらと強調して見える。
白目の中で正円を描く瞳孔は、影同様に真っ黒だ。
まるで人形のようで、生きてはいないような、それでいて何か使命を帯びている。
人間の感情や、心や命とはまた別の枠に嵌っている、これらを『存在』と呼ぶよりかは、『概念』と呼ぶほうが相応しいものか。
それが今、この現実世界に『のぼってきた』。
直立不動の金棒を持った影が、すぅーと息を吸う。
『此処は地獄がボケェ! 血臭いンじゃいワレェ! 終戦は迎えたンと違うんかい馬鹿者ォ!! だーれーかー、説明しろッッ!!』
地響きのような声に、到底普通の人間なら即意識を失っていたかもしれない。
しかし他七つの影は微動もせず。
むしろ面白いと手を叩きながら爆笑しているのは、腰に金棒を刺す影。
『ギャハハハハ!! 壱が怒った!! 壱が怒っ、ぎゃぴ―――』
手を叩いていた影の首と思われる部位が、ぽおーんと飛んでいく。
それは金棒をバットのように振り回す影のせいだ。
『殺ス! 絶対殺ス! 殺ス! むかついたから殺ス! うるさいから殺ス!!』
『ひっ』
手の平程度の大きさで火を纏う車輪二つを、身体の周辺に浮かばせて使役している影が、ガタガタ震えながら飛んで行った頭を拾い上げた。
『わあ! 弐ぃさんの顔面気持ち悪いよぉ! 臭そう! お風呂入ってなさそう!!
わああああん! 触っちゃった!! 汚い! 汚物!! 弐ぃさん汚物!!』
『人の顔、気持ち悪いとか言われたギャハハハハ!!』
笑う頭を、回収しに来た胴体の影は、『弐』という名前であるらしい。どうやらこの影たちは、お互いを番号で呼び合っている。
『……、どこから突っ込めばいい? とりあえず、仕事は済んだのか?』
深く溜息を吐いた影は、拘束されているように全身に鎖縄を巻いていた。
『はぁい、回収はバッチリです! 今日も僕たち、仕事熱心です!』
鎖を巻いた影の周囲を、ステップ踏むのは籠を持った影である。
そのステップ中にコケて、鎖持ちの影の背中にぶつかったとき、鎖持ちの影の片目が、ぼろんと落ちて、地面をころころころころ……転がっていく。
『嗚呼、これじゃあ見えないじゃないか。あまりはしゃがないように』
『ごめんなさーい』
ころころ転がった眼球を、火籠を持った影が拾い上げてぺろりと眼球を舐めてから、口に含み、飴のようにころころ転がしてから、こりこり噛み始め。
『まずい』
ペッと吐いた。
ぐちょりと湿りながら、丸では無くなった物体を拾い上げた――恐らくこの中では一番まともそうな――影は、残念そうに肩を竦めた。
『嗚呼、人の目玉を勝手に舐めておいてまずいとは、いかがなものか』
『まずいものは、まずいです、おいしいにくがたべたいです』
『嗚呼……』
『たべにいってきます』
『嗚呼!! お待ちを――――!?』
一人が風のように町へ走っていく。
鎖の影は慌てて止めようとしたが、一人が行ってしまえば、他の兄弟は――
『貴様ァ! 抜け駆けは許さんッワレェ!!』
『ギャハハハハ!! おれも遊びいこ!!』
『殺ス! 調子乗りやがって殺ス!! 絶対殺しつくしてやる!!』
『わあああん! 僕も行かないとだめですかあ!! わああああん!』
『あー、こうなったらもうだめですね。僕も休暇申請でーす!』
だだだーと走っていく背を見ながら、鎖持ちの影は眉間を抑えた。
『苦労しますね、大丈夫ですか?』
最後の一人が、ぽん、と鎖の影の肩に手を置いて労わっていたが。
『では、俺も』
『そうきましたか』
●
「なんとなくヤバそうなのが来た予感がする」
久方相馬はそう言っていた。
今回の敵は、人体を模した影八つの討伐である。
こちらの世界のカデコリに当て嵌めてみれば、彼らは『古妖』が妥当だ。
影しか『此岸』で顕現出来なかった上位の存在なのだろうが、逆に考えれば、普段は姿さえ見せない彼らなのだから、何らかの理由で此方に影を投影したのは間違いは無い。
相馬の夢では何かを回収した様子なのだが、何を回収したのかは未だ知れぬ。触れない神になんとやら。
「彼らが何かしらの方法で、被害が出る前に還ってもらえればそれで良し。てな感じで、宜しく頼むぜ!」
それを現すには、『影』という言葉がお似合いであろう。
地面より染み出し、這い出るように昇る影は、八つの人体シルエットを構成した。
どの背も大体同じくらいだが、多少の個性はあるようだ。
立ち方も別々で、直立したまま微動しないものもいれば、突然座り込んで溜息を吐くのもいる。
しかしどの個体も軍帽のようなものをかぶっているようだが、その帽子の左右から鋭い角を二つ程生えているから、純粋な人間とは程遠い影なのだろう。
むしろ、彼らは『影』しか此の世に投影出来ない存在であるのだ。
本体はきっと、別の場所で仕事をしている者達なのだから。
真っ黒の影であるからこそ、見開いた白目の部分がやたらと強調して見える。
白目の中で正円を描く瞳孔は、影同様に真っ黒だ。
まるで人形のようで、生きてはいないような、それでいて何か使命を帯びている。
人間の感情や、心や命とはまた別の枠に嵌っている、これらを『存在』と呼ぶよりかは、『概念』と呼ぶほうが相応しいものか。
それが今、この現実世界に『のぼってきた』。
直立不動の金棒を持った影が、すぅーと息を吸う。
『此処は地獄がボケェ! 血臭いンじゃいワレェ! 終戦は迎えたンと違うんかい馬鹿者ォ!! だーれーかー、説明しろッッ!!』
地響きのような声に、到底普通の人間なら即意識を失っていたかもしれない。
しかし他七つの影は微動もせず。
むしろ面白いと手を叩きながら爆笑しているのは、腰に金棒を刺す影。
『ギャハハハハ!! 壱が怒った!! 壱が怒っ、ぎゃぴ―――』
手を叩いていた影の首と思われる部位が、ぽおーんと飛んでいく。
それは金棒をバットのように振り回す影のせいだ。
『殺ス! 絶対殺ス! 殺ス! むかついたから殺ス! うるさいから殺ス!!』
『ひっ』
手の平程度の大きさで火を纏う車輪二つを、身体の周辺に浮かばせて使役している影が、ガタガタ震えながら飛んで行った頭を拾い上げた。
『わあ! 弐ぃさんの顔面気持ち悪いよぉ! 臭そう! お風呂入ってなさそう!!
わああああん! 触っちゃった!! 汚い! 汚物!! 弐ぃさん汚物!!』
『人の顔、気持ち悪いとか言われたギャハハハハ!!』
笑う頭を、回収しに来た胴体の影は、『弐』という名前であるらしい。どうやらこの影たちは、お互いを番号で呼び合っている。
『……、どこから突っ込めばいい? とりあえず、仕事は済んだのか?』
深く溜息を吐いた影は、拘束されているように全身に鎖縄を巻いていた。
『はぁい、回収はバッチリです! 今日も僕たち、仕事熱心です!』
鎖を巻いた影の周囲を、ステップ踏むのは籠を持った影である。
そのステップ中にコケて、鎖持ちの影の背中にぶつかったとき、鎖持ちの影の片目が、ぼろんと落ちて、地面をころころころころ……転がっていく。
『嗚呼、これじゃあ見えないじゃないか。あまりはしゃがないように』
『ごめんなさーい』
ころころ転がった眼球を、火籠を持った影が拾い上げてぺろりと眼球を舐めてから、口に含み、飴のようにころころ転がしてから、こりこり噛み始め。
『まずい』
ペッと吐いた。
ぐちょりと湿りながら、丸では無くなった物体を拾い上げた――恐らくこの中では一番まともそうな――影は、残念そうに肩を竦めた。
『嗚呼、人の目玉を勝手に舐めておいてまずいとは、いかがなものか』
『まずいものは、まずいです、おいしいにくがたべたいです』
『嗚呼……』
『たべにいってきます』
『嗚呼!! お待ちを――――!?』
一人が風のように町へ走っていく。
鎖の影は慌てて止めようとしたが、一人が行ってしまえば、他の兄弟は――
『貴様ァ! 抜け駆けは許さんッワレェ!!』
『ギャハハハハ!! おれも遊びいこ!!』
『殺ス! 調子乗りやがって殺ス!! 絶対殺しつくしてやる!!』
『わあああん! 僕も行かないとだめですかあ!! わああああん!』
『あー、こうなったらもうだめですね。僕も休暇申請でーす!』
だだだーと走っていく背を見ながら、鎖持ちの影は眉間を抑えた。
『苦労しますね、大丈夫ですか?』
最後の一人が、ぽん、と鎖の影の肩に手を置いて労わっていたが。
『では、俺も』
『そうきましたか』
●
「なんとなくヤバそうなのが来た予感がする」
久方相馬はそう言っていた。
今回の敵は、人体を模した影八つの討伐である。
こちらの世界のカデコリに当て嵌めてみれば、彼らは『古妖』が妥当だ。
影しか『此岸』で顕現出来なかった上位の存在なのだろうが、逆に考えれば、普段は姿さえ見せない彼らなのだから、何らかの理由で此方に影を投影したのは間違いは無い。
相馬の夢では何かを回収した様子なのだが、何を回収したのかは未だ知れぬ。触れない神になんとやら。
「彼らが何かしらの方法で、被害が出る前に還ってもらえればそれで良し。てな感じで、宜しく頼むぜ!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.古妖の全撃破
2.街へ被害を出さない
3.なし
2.街へ被害を出さない
3.なし
一応タイマンであろうと予期して相談日数は短く設定してあります
800文字埋めるの大変でしたら、事後何するか適当に入れておいてください
オープニングの長い前半は彼らの性格を知らせたものになってます
戦闘が基本だと思いますが、性格によっては話し合いとか遊ぶのとか、なんか紹介するとか、困っているのを助けるのも有効ですね
●状況
古妖八体が暴走する(一部冷静)。
彼らは無秩序に破壊や人食いその他諸々を始める様子だ
それを未然に食い止めることを先決としつつ、還ってもらいたい
●敵
*成功条件は撃破となっておりますが、彼らがこの世界から消えてくれること=撃破と判定します
敵の傾向に対策が入っていれば、そんなに難しい敵ではないです
・壱:暴君。対話不能な訳では無いが骨が折れるかも。好んで殺戮マシーン。キレやすい。他罰的。武器は金棒、物攻特化
・弐:今のところ頭部と胴体が別離で困っている。笑い上戸。温厚。笑い過ぎて息できなくなるのが弱点。ありがとうと言いながら人の頭殴る。金棒、物攻特化
・参:大体ずっと泣いている。鳥が地面から飛び立っただけでも泣く。自己防衛として攻撃を仕掛けて来る。武器は火を吹いて浮遊する輪、特攻特化
・死:壱と同じく真面目に殺してくる。常に殺意を抱いてくる。人が息を吸うのさえ許せない。目が合ったから殺す。武器は火を吹いて浮遊する輪、物防特化。反動カウンターあり
・伍:食欲旺盛、なんでも食べる。それこそ人からコンクリからなんでも。片腕大の鋏を持った、体力回復系のパッシヴ持ち
・陸:一番まともだが社畜。ストレスが溜まっている。胃痛がよく起こる。鎖に巻かれているが刀使い。速度特化。片目がべこべこになっていて命中力低下中
・七:声が可愛い一番人間に近い性格。隙あらば休暇申請を出してくる新人。蝶の入った籠を持ったBS魅了をよく使うBSアタッカー
・八:末弟、一番のミステリアス。連撃で攻めて来るタイプ、武器は不明
●場所
彼らは八方向に広がりますが、地図を持たない彼らが街への到達するにはかなーーーり時間がかかります(頭の良さにもよる)
ので、相当放置しなければ町への被害は無いかと
戦闘場所は離れていますが、移動する事は可能です。その際小型の乗り物なら持って行っても構いません
また、彼らの居場所は相馬の予見により特定しております…が初動のみです
事前付与、は各々の好みでどうぞ
それでは宜しくお願いします。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
5日
5日
参加費
150LP[+予約50LP]
150LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2017年06月09日
2017年06月09日
■メイン参加者 8人■

●
『希望を照らす灯』七海 灯(CL2000579)は告げる。彼らの名を。
それでは依頼を始めましょう――。
「八大地獄の、『極卒』の方」
『僕たちのことにお気づきですか?』
「何が目的でこの世界に来た?」
『……』
『金狼』ゲイル・レオンハート(CL2000415)は伍に問うた。しかしゲイルと伍との距離は5mを維持したまま狭まらない。
最初は伍はゲイルが眼中に無いように、只管涎を口から垂らしながら、すたすた適当に気が向くまま歩いていたが。
「おいしい肉を食べたいなら、食べさせてやる」
今迄無関心を極めていた伍の頭部がぐるりとゲイルの方を見てから、僅か数秒で距離を詰めゲイルの両手を包み込むように伍は握った。
『いいやつ!!』
「いいやつ……かは分からないが、そういう要望だと聞いてな」
どんな奴でも。例え世界が違っていようと、まずは対話をしないことには始まらない。
『アイティオトミア』氷門・有為(CL2000042)の考え方は至極真っ当である。故に、壱を発見した有為は「ようこそ地獄江」を書かれた看板をたてた所、2秒でその看板が木っ端に破壊された。
看板だった破片が飛び散る中、フルスイングされた金棒が有為の鼻先すれすれを通っていく。見事に首を失くした看板を放棄した有為は、オルペウス改を守護使役から出現させた。
その瞬間。
『ワレェ誰の許可を得て息をしているッッ!!』
壱の怒号。
空気の震えるような声色に鼓膜が弾けそうな感覚を覚え、そして周囲の鳥たちは一斉に飛び立ち逃げていく。
壱と対話出来なかったのでは無い。
これが壱の対話の方法なのだろう。
しかしどうにもそれは荒々しく有為は受け止められない。
意地でも対話させる方向で、先に戦闘が始まっただけのこと。
「そこで泣いているあなた、どうされたんですか? よかったら理由を聞かせてください」
『ひ』
『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)が蹲ってしくしく泣いている参に近づいた。参は両腕を壁のように顔を隠して、ラーラとの心的距離を保とうとする。
それだけで彼の大体の性格を表しているようだ。震えながら、けしてラーラの瞳を視ず、只々震える影。
「大丈夫です。いきなり酷いことしたりはしません」
『……本当?』
「はい、本当です」
出来る限り信用を得る為、ラーラは少しずつ彼との距離を縮めていく。古妖である彼ら極卒に、此岸の世界の常識が通じるとは思ってはいないが。
しかしそれでも平和的に―――。
『でも嘘だ』
解決を――。
『絶対に絶対に絶対に絶対に嘘だ』
――したかったのだが、参は泣きながら手の平の上で回転する炎の車輪をラーラ目掛けて投げたのである。
水蓮寺 静護(CL2000471)は陸と向き合っていた。お互い目線があった瞬間に、何か通じ合うものがあったらしい。
『我々はこの世界のものではない』
「知っている」
『危害を加えようとしている兄弟がいる。そして探しています』
「それも知っている」
どうやら陸のほうから対話の姿勢を見せているようだ。一番まともであるとは聞いていたが、本当のようで。
武器も出さずに敵意を見せなかった静護の姿勢も良かったのだろう。くたびれたように、はあ、とよくため息をつく陸は、何故だか静護にとって自分とよく重なる部分が多いように見えた。
主に、対人的トラブルというか。いや……その震源地である人間(陸からすれば古妖)が嫌いというわけでは無いのだろうが。
「かくいう僕も、自由すぎる友人によく振り回されている。勿論そいつの言動次第でストレスもたまる」
『わかります』
「お互い様だ」
『ああ、貴方もですか』
陸はその場に座り込み、近くも遠くもない距離に静護も座った。
「こんにちは、FiVE所属の覚者、七海灯です。貴方のお名前を伺ってもよろしいですか?」
『ファイヴとは? そして名前は……もう存してるのでは?』
八は軍帽の影を頭から取って深々頭を下げ、つられて灯も頭を下げた。
柔らかな雰囲気を出す八ではあるが、灯が一歩近づけば八は一歩下がった。どうやら不可侵の距離はあるようだ。両手を見せて武具が無いことを示すが、八は一定の距離を保つ。
「極卒ともあろう方々が、何の目的があってこちらに顕現されたのでしょう」
『さて、なんでしょうね』
「それに、皆さん性格にかなり難があるような……」
くすくすと八は笑った。
『それは肯定しますね』
八は低姿勢だが、上手く質問を故意でかわしていると見える。
『ま、そういうことですから。こっちでどうにかしましょうか?』
初撃。八の外套の中から落ちた銃が、轟音を立てる。
『ボーパルホワイトバニー』飛騨・直斗(CL2001570)は弐の気配を察知。
即座に回り込み、弐の前に姿を現す。ぎょっとした弐が身体を揺らしながら、驚いていた。
「よォ、地獄の化物さんよ。こっから先は地獄の片道切符持ってねーと通行止めな。俺は飛騨直斗。あんたの名は?」
『弐!』
割と普通に答えた。
「その首狩ってやるよ……」
直斗は唇を舐めてから妖刀を取り出し、抜刀。その切っ先を弐へと向けた瞬間。
『お! ヤる気か? じゃあこっちも相応の態度でしめ、し、ぁ』
「え」
弐の首がずるりと首あたりから取れて、地面に落ちた。
数秒、間が空いた。
間が空いてから。
「―――って、もう首狩られとるじゃねーか! どうなってんの、すげーじゃん!」
『世界がさかさまだ!! 取ってぇ俺の首とってえ!!』
げらげら笑いだした一人と、一体。
「でも首狩られてたら『首狩り白兎』こと俺の面目丸潰れじゃん! どーしてくれんの!」
『知るか!! くっつけてからまた首きりゃあいいわけさ!!』
「こーんにーちはー!」
楠瀬 ことこ(CL2000498)の声が響く。
七と呼ばれた極卒は、
『こんにちは、元気ですね……!』
「ななちゃん、でいいのかな。ことこは、ことこっていいます☆」
『七でいいですよ、ボク』
普通に話ができそうだと、心のなかでガッツポーズを決めたことこ。ここで一つ、ことこは七に教えたいことがあると胸をはった。
「あいどるっていうのはね。歌やダンスでみんなに楽しい! を届けるひとのことなの。
……ななちゃんの声、すっごく可愛いよね。歌とか歌ってみない? きっと素敵な歌になると思うんだー」
『遠慮します、ボク休暇なんで』
「大丈夫! ことこがちゃんとリードしてあげるから! さあ!」
『うぁぁん遠慮しますって言ったのに―!』
死へ対峙する『天からの贈り物』新堂・明日香(CL2001534)。
今迄は仲間が彼女の周囲に立っていたが、今日は明日香一人だ。緊張のような恐怖のような、そんな気持ちが渦を巻く中。
「……大丈夫。本当の意味で一人じゃないもんね」
そう言い聞かせて守護使役を抱きしめた。心細いが、守護使役はいつでも彼女の隣にいてくれる。精神安定剤のような、彼女にとってかけがえのない存在なのだろう。
本題。
死は唐突に表れた。炎をまき散らす車輪を身体の周囲に浮遊させながら、一直線に明日香のもとへと迫ってきた。
「こんにちは。殺しとか破壊とか、見過ごせないから。止めに来たよ」
『止められそうだから殺す』
いまいち会話は成立していない。
●
金棒の一撃に地面が爆ぜて衝撃が生まれた。
その波動を全身で感じ肌を震わせながら、有為は壱を距離を取る。ぶるり、有為の腕が心的恐怖以外の原因で震えているに気づいた。
(力が思った以上にありますね……)
直前に、壱の金棒を一度得物で受け止めたのだが、『よくぞオルペウスよ、折れなかったな』と称賛したい程の力で壱は有為を押し返したのだ。
『避ケたなワレェ!! ぶっ殺す!!』
「殺したら極卒であるあなた方の仕事が増える。のでは?」
『口ごたえかぁぁぁ!!』
あ、駄目だ何言っても無理だと有為は悟った。
金棒が横に振られ衝撃波が地面を抉りながら有為を飲み込んだ。カマイタチのように身体を切り刻む波動を振り払い、有為は地面と木々をジグザグに蹴りながら壱へと近づく。
十秒を犠牲に炎を放つのは得策ではないと有為は判断した。恐らくその溜めている1ターンで不利の度合いが増す可能性のほうが高い。
然らば。
有為は大上段からオルペウスを振り落とす、風のように、素早く、疾く。
「ご足労いただいて恐縮ですが、あいにく当世界におきましては乱暴はお控えくださるようお願いしておりまして」
直撃。相手の右肩から脇腹のあたりまで影がぱっくりと割れた。だがこれはあくまでも影だ。痛覚が無いとばかりにぎょろりと有為を見つめる目玉が余裕を保つ。
しかし速度では圧倒的に有為が優位である。落としたオルペウスの勢いを止めずに、今度は横に回転。
「貢物で解決できない馬鹿相手には、この手段が一番なのだろうか――」
顔の間近を車輪が通る。灼熱に近づいただけでも、髪の毛がチリリと焦げてラーラは、眉をひそめた。
ブーメランのように参のもとへ戻った車輪は今、手の平の影の上で回転し火を噴いている。その主である参は、泣きながら後退しようとしていた。
逃がすことはできない――。
ラーラは前へ出ながら、一歩足を踏みしめたその地面に淡く輝く魔法陣が展開。地面から噴き出した火柱が一直線に、槍のように影を突き刺していく。
「破壊や人食い……それって良くないことだと思うんですけど、あなたがほんとにやりたいことなんですか?」
『やりたいくない! やりたくない!! でも』
「でも……?」
『貴方とどう接していいかわからないから!!』
車輪が速度を増して回転、瞬時に大きな攻撃が来ることを察したラーラは防御の姿勢――いや、攻撃の姿勢へと移る。
『僕は殺してしまう! 悲しい! 貴方は殺されてしまうのに僕は何もしてあげられない悲しい!!』
「落ち着いて、落ち着いてくだ――」
嵐ようであった。車輪の回転が周囲の風を飲み込み、極小の台風が炎を巻き込んで君臨。
ラーラの手にある書が勝手に開き、とある一ページで止まった瞬間、別のほうの手の中に炎が生まれる。
『君も僕をいじめる――?』
「私は」
刹那、炎と炎がぶつかり、炎の赤色は温度をさらに上げて白の灼熱が二人の世界を飲み込んでいく。
爆発が起こったような音と地響きに、八と灯は見上げた。
見上げたが――すぐに向き合った二人は距離を取る。片膝を地面につけた灯の腕が、いや、肩に小さな穴が開き銃弾の貫通を知らしめていた。
『十発。打ちましたが、一発しか当たらないとは。ボクもまだまだというところでしょうね』
服を破り、肩の血を止血するためにそれを巻いた灯。
くすくすと笑っているように肩を揺らす影は、「大丈夫ですか?」と顔を横にこてんと倒していた。
『他の兄弟も各々楽しんでいるみたいですね。末弟としては、兄たちが楽しそうだと嬉しく思います』
「こちらとしては……速やかに元の世界へ、戻っていただきたいと思うのですが……」
『さあ、どうしましょうか』
立ち上がった灯は地面を蹴り接近、即座に闇刈を八の首目掛けて振った。銃身で逸らされた鎌が跳ね返り、しかし鎖が八の腕に絡みつく。
『おや、お見事です』
距離にして3m。
鎖を引く灯と、引かれまいと足を踏ん張る八。
「お聞きしますが、地獄という世界があったとして。そちらでの仕事があるはずの貴方方が、何故こちらの世界に?」
『生者には関係のない話です』
「関係が無いのでしたら。逆に、言ってもいいはずでは?」
『……』
銃を取り出した八は灯へターゲットを合わせるのではなく、鎖を何度も打ち抜いていく。
『それもそうですね。僕をぎゃふんと言わせましたら、お教えします』
弾丸に打ち抜かれた鎖は千切れ、灯と八は次の行動へと移っていく。
その頃……。
カカカカカカカ!! と丼に入った米を口に放り込みながら、素早く箸が肉を掴んで口のなかへ。
『うっ!』
と言いながら食道に詰まったのか、水をごくごく飲んで胸元あたりをどんどんと手で叩くのは――伍である。
「落ち着いて食べたらどうだ?」
喰いっぷりのいい伍を見ているゲイルは、フライパンから生姜焼きにした豚肉を皿に移しつつ苦笑した。野外調理なわけだが、伍は料理が出て来るまで快く待ってくれたし、それに美味しいと言って食べてくれる。
「何も食べてこなかったのか?」
『そういうわけでは無いけど。食べなくてもいいし。ああ、非常食ならひとつある。食べるか?』
日本の逸話だろうか。あちらの世界のものを口にすると、あちらの世界の住民になってしまうという話がゲイルの頭のなかにチラついた。
「遠慮しておこう」
まだ死にたくないし。
『そうかあ』
伍は残念そうな声色をして、席を立った。その時には、すでに皿の上の料理はすっかり彼の胃袋(胃袋があるのかはわからないが)の中に収まっている。
『さて』
すると、伍は巨大な鋏を掴んだ。ゲイルは皿の片づけをしつつ、しかし、鋏の刃部がゲイルの喉元に突きつけられる。
『次の食事はオマエのカラダ!』
『何の為来た……と言われても、仕事としか言えないんだよなあ』
笑いに笑った直斗と弐。
直斗は今、弐の頭と首をくっつけようと試行錯誤をしているところだ。最初は回復で何とかしようとしたのだが、いまいち不安定であったので、包帯でさらに巻いているところだ。
「じゃあ、その仕事ってなんだよ」
『ギャハ、企業秘密。でも誓ってオマエラに迷惑かけるようなものじゃない』
「でもお前たちが迷惑かけたらいけないだろ。この首切り兎様が冷静にお前を諭していること、かなり異常事態な光景だからな」
きゅ、と。直斗は首を撒く包帯をきつくした。
『ギャハハハ!! 俺達の仕事増やしてくれてありがとうってんだ!! オマエ、死んだら俺達の仲間になれよ!!』
直斗はぎょろっと蠢く弐の瞳を覗き込む。
「極卒に?」
『極卒に! ああ! わかった』
首がつながった弐は、金棒を取り出しバッドのように振り回す。
『オマエを仲間にするために、ここで殺す!!』
「あのなー」
明日香の弓の弦が限界まで引かれ、放たれる。超高速を直線で飛ぶ矢は、死が首を少し傾け回避し、その背後にある木に刺さる。
息もつかせぬ攻防戦は繰り広げられていたが、足を止めた死へ明日香は小休止のように質問を投げる。
「あなたって、怖がり、なのかな」
『怖がり?』
火輪が飛翔し、それを明日香の弓が射抜いていく。何度か矢にぶつかり起動をそらされるごとに、死はチッと音をたてた。
「人が怖い。目の前にいる誰かが怖い。だから殺す。殺して居なくなれば怖くない。そんな風に見えたなって」
『それは兄弟のひとりのほうだ、間違えたから殺す』
遠距離攻撃の者同士、間合いは一定の距離を保っている。
弓兵たる明日香が再び弦を引き、そこには五大元素たる雷の力が籠る。静電気が絶え間なく発生しているようなパチパチという音と共に。
放たれた一矢は、木々を蹴って飛び回りながら回避する参を、まるで生きているのか追尾していく。雷撃の如く、ジグザグに曲がりながら。
『面妖な術だな、俺を追ってくるから殺す!』
「理由なんてなんでもいいの?」
『そうだ、それが俺ら極卒の―――』
死の胸を追尾していた矢が貫いた刹那、二矢、三矢と明日香は死の身体を貫く。
しかし死もまた、火輪に含む最大限の炎を投げ込み明日香を巻き込んで周囲を焼き払った。
うーんと顔を横に倒した七。いまいち通用しない魅了に、
七として、ことこの誘いには乗りながらも彼女を魅了にハメこんで逃走する心算ではあったのだが、完全に七のペースはことこに握られる状況となっていた。
「これでも、ことこと七ちゃんは戦わないといけない?」
七は、もしかしてこれは敵わないのかもしれないと、早くも七は諦めムードに入っていく。
「ことこ、色々考えたけれど。撃破っていうか、危ないことはしたくないなって。七ちゃんならわかってくれると思ったんだけど」
『うーん』
ことこの手前で、黒い影が腕を組んでいるようなかたちになった。
極卒としての七と、ことこの平和理論は大幅にすれ違ってはいる。ただ、ことこが幸運であったのは、七はそこまで戦闘に重きを置かない極卒であったことだ。
其の時に、周囲では爆発音やらなにやら燃えているような臭いやらがする。
『でも兄さんたち戦ってるんだよね』
「それは戦闘する理由にはならないと思うんだよね」
『そうかなあ』
「そうだよ」
堂々巡りを繰り返しそうな会話に、ことこは終止符を打つ。恐らくこの場にいれば、戦闘の激化に流れで戦闘するハメになる予感がするからだ。
七の腕であろう影を掴んだことこ。七は掴まれたことにぎょっとしていたが、ことこはそのまま「こっち!」と言いながら極卒一人を連行していった。
その頃静護は、陸と隣り合って座っていた。
俺ら大変だよなと言わんばかりの雰囲気を醸し出しながら、
『いやあもう少しさ、人の気持ちもちょっとは考えて欲しいですよね』
「だな。こっちもクリスマスに異様な儀式をされたり、日々事件を起こしてもらって、よく今迄身が持ってきたと思ったところだ」
『大変ですね、いや、あの憐れんでいるわけではないのですが。心中お察しします』
「そちらもだ。どうだ、今日はその心のなかにできた蟠りを吐き出す方向で楽しんでくれればそれでいい」
『すいません。いや、俺も俺なりに頑張っているのですが。どうも彼らとはうまくいかなくて、きっと俺の努力が足らないのでしょうね』
「そんなことは無い、お前はよく頑張っていると思う。
言うこと聞かないやつらはもう、動物だな、暴れ馬か犬か、手におえないな。しかし意外とそれもいなくなると寂しいとおも―――いや思わないかもしれない」
お互いにため息をついた。
そして、暫く間が空いた。
『暇なので、一度くらい剣を交えておきますか。一応、これでもこの世界の敵のようなものですし』
「ああ、じゃあお互い遠慮せず。スポーツはストレス発散とも言うしな」
『スポーツ』
●
ゲイルの喉元に、針先のように鋭利に突き付けられた鋏の先端が僅かに食い込んでいく。
しかしゲイルは焦ることは無かった。その突きつけられた鋏に手を翳し、少し押す。そうするといとも容易く鋏が離れたのだ。
「殺意は薄い。本気で殺そうとは思っていないのだろう?」
『お?』
伍はゲイルの言葉に一瞬きょとんとしたようで。
ゲイルはそのまま続ける。
「確かにおまえたちなら人の肉も、食用として喰うのかもしれない。けれど」
『けれど?』
「今、伍、おまえは腹は膨れたはずだ。今更争うことなど無い」
暫く静寂の間が訪れた。
ゲイルが一歩でも、一指でも動けばすぐに鋏が彼の首を叩き落とすのではないかという緊張感のなか。しかし、先に折れた伍のほうである。
肩を揺らし、げらげら笑いこけながら、鋏を引いた。ゲイルは安堵しながら、食事の片づけへと流れるように移行していく。
『わかった、今回はオマエに免じて帰る! 確かにオマエの飯はうまかった。だから、さっさと死んで地獄で飯を作ってほしかったんだが』
「すまない、俺にはまだ生きるべき理由がある」
『地獄で飯を作るのは死ぬ理由にはならないのか? じゃあいい、ゆっくり死ね』
地獄への勧誘を受けたつつ、ゲイルの前で伍はすぅ――と地面へ溶け込むように消えていく。
「地面の下には地獄があるのか? まさかな」
ドゴォ、と鈍い音が身体の中で鳴ったような気がした。有為の身体がくの字に曲がりながら、木々の間を飛ばされていく。
霞む視界で見てみれば、壱は有為を追ってきていた。
『まだ生きているカ!! 殺ス!!』
「それで何パターン目の殺す理由ですか」
『ワレェェェ、しばきたおしてくれるゥゥゥ!!』
力押しでは負ける。
ファイヴの名立たる覚者のなかで、とびっきり物攻に特化している覚者を添えたって体力が先に無くなってしまえば意味はない。
幸い、壱の攻撃は当たっても掠っても威力は高いが、回避はできないことは無い。4回に1回は当たってしまっても、まだ有為の体力は存分にあるのだ。
地面に足を置き急ブレーキをかけて勢いを逃し、痛む腹部を忘れながらオルペウスを握りなおす。攻撃を当てている回数では有為のほうが格段に上だ。
再び頭悪いと思うくらいに大上段から壱は金棒を振り落とす、その前に、胴体前へと身体を滑り込ませた有為は薙ぎ払うようにして壱を吹き飛ばす。
木々をはっ倒しながら影はバウンドを繰り返し、倒れる。
「頭は冷えましたか?」
倒れている壱の瞳だけが有為のほうへ向き、そこに――有為は未成年だけど――酒瓶がドンと置かれた。
『なんのつもりだ』
「話を聞いていただきたいと、最初に言ったはずですが。まあ、語らうのであらばこれは必要であるかと」
『……もうちょっと、歳重ねて美人になってから出直しな』
有為の持っていた酒瓶を強引に取った壱は、そのまま溶けるように地面の中へと消えていった。
げほ、と咳き込んだラーラの吐息がどこか黒ずんでいた。
参は遠くのほうで、周囲一帯を焼野原にしてしまったことを後悔しながら、涙で海でも作るのか頭を抱えて泣いている。
『み、みんな殺してしまった……ぼ、ぼくが』
「私は、だいじょうぶですが」
ラーラは少しずつ参へ近づきながら、未だ泣き止まぬ声色を宥めようとしていた。参はここまでラーラを殺してしまったものと考えていたが、しかし。
現にラーラは生きている。それが嬉しかったのか、攻撃までしても言葉を寄せて来るのが嬉しかったのか。参は少しずつ泣き止みながら、ラーラを受け入れ始めていた。
『あんな攻撃したのに、まだ生きている……生きててくれて、ありがとう、ごめんなさい攻撃して』
「い、いえ」
情緒不安定過ぎる参に、ラーラもなかなか手を焼きそうである。全身焼かれたものの。
「もしも誰かに強制されてるのなら、私も一緒に行って一緒に断ってあげます」
『本当? 一緒に来るなら、その肉体は邪魔だよね……』
「あ、いえ、そういう片道切符ではなく」
どうやら彼らはこの此岸とは別の世界に身を置いているような存在だ。ラーラはやっと参が話をしてくれるようになったことに成果を感じるが、しかし別の考えを持つ彼とは偶に話が合わないというかなんというか。
「こちらにいらしたのにはどうしても他の目的があったように聞こえたのですが……もし差し支えなければ参考までに教えていただけたらうれしいです」
『それは――、死者の回収。偶に、落ちてこれない罪人がいるんだ、それを回収しに来た』
そう言ってから、
『ああ……これを持って行かないと……』
と参は静かに消えていく。
一体何丁の銃を隠し持っているのだろうか。影で構成された銃は、八の服の中から途切れることなく出て来る。
連射式の銃でもあるまいに、単発でありながらも雨のように降り注ぐ銃弾のそれは、回避を誇る灯は動き続けることで避けられるものだ。それでも被弾はした。弾丸埋まる肩から血が流れ、僅かにぬめりを帯びた手で鎖鎌を握る。
『そろそろ、決着をつけたい頃合いです』
余裕なのは本体の身体では無いからだろうが、八も当然消えかけている体力なのであろう。
「それは、こちらも同じ思いですね」
八との距離を稼ぎながら、再び降り注ぐ雨を舞うように回避し鎖を投げる。八の片腕に巻き付いたそれを引き、自由を奪いつつ、しかし八はもう一方の片手で一層大きな――猟銃のようなものを取り出し灯へと向けた。
ごぉん という轟音と、一瞬遅れて灯が鎌を放つ。弾丸と鎌が交差し、鎌は弾丸を弾いてから八の猟銃を持った腕に突き刺さった。
『……』
両腕を塞がれてしまっては八は銃を握ることはできない。それよりも八の目元を歪ませたのは、じわりと鎌と鎖から呪われる腕が痺れていたことだ。
「捕まえました」
灯がぐっと鎌と鎖を引けば、八は「ぎゃふん」と言いながら前方に倒れた。
両腕に手錠をかけられた囚人のようになった八は、見上げながら灯を見て、
『罪びとの回収をしに来ました。兄たちが迷惑をかけてしまったのは、謝ります。申し訳ございませんでした』
と言ってから、土のなかへと溶け込むように消えていった。
詰まるところ、弐とは結局戦闘へと相成った。親密になり過ぎたからこそ、持ち帰る為に殺すっていう理由なのがあちらの世界の都合。
弐は嬉々としながら、親愛なる殺意を直斗へと向けつつ、金棒で直斗の頭を穿つ。
『ギャハハハ!! オマエのあったま、かってーなあ!』
「その為に、頭蓋骨仕込んでるからな!!」
一瞬だけ直斗の視界に星がちらついたが、頭を振って持ち直す。首切り兎が、首を金棒ごときで叩きもがれては名が折れる。
沙織と呼ばれた刀を改めて握りしめて、そして――、木ごと切り落とすように弐の身体を一文字に裂いた。
弐の身体の胴部が半分ほど千切れて、腹をかかえて痛むのかと思えば高らかに笑い出した弐。つられて直斗の口元も笑みで緩んだが、二人とも殺意を出しておいて楽しそうに戦闘する光景は常人から見れば異常を極めていたものに違いない。
『やるなあ、オマエ! やっぱりここで死ね!!』
「そっちこそな!! とっておき、出してやるよ!!」
『とっておき!!? ナンダソレ!!』
「ふとんがふっとんだ」
『………』
「……………」
『…………………なんで布団がふっとぶんだ?!』
「じゃあな!! 今度会ったらその首は俺が狩るからな!ちゃんと首大事にしろよ!」
滑ったかと思われた数十秒後、弐は大爆笑しながら直斗の雷獣に襲われ、直後(もともと取れかけていた)首がスパっと切られて弐はそのまま地面へと消えていった。
明日香という人物は、身を戦時に投げ込むのは、一種の責任感とか正義感、それにつながる救済のためであるのかもしれない。
死は相変わらず明日香を火輪で追ってくるし、それを矢で弾くのもこれで幾度目か――。
『怖がりなのは、そっちのほうだ。殺してやる』
死が手を止めることはなかったが、そういう言葉で明日香に問いかけられた。
「あたし――」
確かに恐怖は感じている。痛いのも、辛いのもいつも以上に感じている。
『心を犠牲にしてこの場に立つのは何のためだ』
「貴方たちから、関係ない人々を、救うため」
『そうか。殺す』
火輪に纏う炎が膨れ上がる。あれがくる、威力を最高峰にして投げて来る一撃が――明日香は瞬時にそう悟った。
回避の行動か、それとも受け止めて威力を分散させて周囲を燃やさないようにするか。考えているようでも、時間は一秒とも待ってくれない。その時。
「雪ちゃ――!!」
守護使役が前に出た。明日香を護ろうと、その小さな身を盾に。それは盾にも庇いにもならぬ小さな存在であるから、明日香が被弾することは紛れもなく変わらない結果が発生するのだが。
それだけは、絶対に。
歯を食いしばって雪を抱え込んだ明日香は死の猛攻を受ける―――と思われたのだが、火輪は勢いを殺して明日香たちを通り過ぎた。
「――え」
明日香は死を見れば、僅かに見える目元が細く細くなっていく。
『殺すのは好きだが、自己犠牲の自殺幇助は嫌いだ、殺さない』
そう言って、死は自ら土のなかへと溶け込むように消えていった。
ことこは切株の上に座って、ギターを弾き演奏してみる。それを大人しく体育座りでじぃと見つめていた七は、廻りの戦闘音を気にしながらも聞いていた。
「ほら! 素敵でしょ、音楽って。だからね、これ一緒に七ちゃんも!」
『ぼ……ぼくはいいよ』
「どうして? 勿体ないよ! ぜーったい才能あるって!」
『だってこれは……』
本来なら七という化け物の声は、本職にて言う事のいかない罪びとを言い聞かせて従わせるような役割を持っていた。
言い返すと、話せば魅了させてしまうようなもの。極力ことことも、話をしたくないような態度を取ることは多かった。
『いいって』
「ことこはね、だいじょうぶなんだよ」
ことこはそれを、時間と共に理解をしたのか。魅了はされないことを、七に懇切丁寧に説明しながら言い聞かせた。
「だからね、ことこは大丈夫だよ。七ちゃんといっぱいお話できるし、歌だっていっぱい歌えるんだよ」
『……』
「七ちゃんに町は壊してほしくない。ことこ、そういうの好きじゃないから、七ちゃんにもやって欲しくないんだ」
沈黙は続く。
その沈黙を裂くのは、ことこが奏でるギターの音色を歌声。
思えば願いは届くと信じて止まない少女に、影だけが見える鬼の古妖が心を開くとは普通ならばありえないことではあったのだが。
血生臭さも、死の香りさえも寄せ付けぬ高潔で無垢な少女が、七にとっては初めて見た天使の姿のようにも見えた。
ことこの背にもたれかかるように、切株に座った一体の鬼。その七が、ことこの演奏に声色を当てることは無かったのだが、染み着いた演奏に心が浄化される気分で眠るように――。
いつの間にかその場には、ことこが一人、歌うだけであった。
「ね。次があるならその時までに曲作っておくから」
約束は聞こえただろうか。一瞬の逢瀬と夢のなかで、ことこは静かに演奏を紡いだ。
キィンと金属と金属が擦れる音が森に響く。
『む。兄弟が全て還ってしまったようだ』
「そうなのか?」
陸が静護の刃を弾き、静護は距離を取る。元からさほど殺意のようなものを陸からは一切感じていなかった静護だ。この剣技の攻防を戯れの一種と理解した上であったが、幕を引くのは些か早かったようにも思えた。
『すまないが、今日はここまでにしておこうと思う』
「それは残念だ。折角、友ができたと思ったのだがな」
『続きは貴様が死んでからとしよう』
「大分先だな、いや、地獄は日々見ているかもしれないが」
そう言って陸は消えていく。
後に残ったものが、一筋の風がただ平凡に流れる光景だけであった。
「他の仲間と合流し、即時帰宅するか」
『希望を照らす灯』七海 灯(CL2000579)は告げる。彼らの名を。
それでは依頼を始めましょう――。
「八大地獄の、『極卒』の方」
『僕たちのことにお気づきですか?』
「何が目的でこの世界に来た?」
『……』
『金狼』ゲイル・レオンハート(CL2000415)は伍に問うた。しかしゲイルと伍との距離は5mを維持したまま狭まらない。
最初は伍はゲイルが眼中に無いように、只管涎を口から垂らしながら、すたすた適当に気が向くまま歩いていたが。
「おいしい肉を食べたいなら、食べさせてやる」
今迄無関心を極めていた伍の頭部がぐるりとゲイルの方を見てから、僅か数秒で距離を詰めゲイルの両手を包み込むように伍は握った。
『いいやつ!!』
「いいやつ……かは分からないが、そういう要望だと聞いてな」
どんな奴でも。例え世界が違っていようと、まずは対話をしないことには始まらない。
『アイティオトミア』氷門・有為(CL2000042)の考え方は至極真っ当である。故に、壱を発見した有為は「ようこそ地獄江」を書かれた看板をたてた所、2秒でその看板が木っ端に破壊された。
看板だった破片が飛び散る中、フルスイングされた金棒が有為の鼻先すれすれを通っていく。見事に首を失くした看板を放棄した有為は、オルペウス改を守護使役から出現させた。
その瞬間。
『ワレェ誰の許可を得て息をしているッッ!!』
壱の怒号。
空気の震えるような声色に鼓膜が弾けそうな感覚を覚え、そして周囲の鳥たちは一斉に飛び立ち逃げていく。
壱と対話出来なかったのでは無い。
これが壱の対話の方法なのだろう。
しかしどうにもそれは荒々しく有為は受け止められない。
意地でも対話させる方向で、先に戦闘が始まっただけのこと。
「そこで泣いているあなた、どうされたんですか? よかったら理由を聞かせてください」
『ひ』
『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)が蹲ってしくしく泣いている参に近づいた。参は両腕を壁のように顔を隠して、ラーラとの心的距離を保とうとする。
それだけで彼の大体の性格を表しているようだ。震えながら、けしてラーラの瞳を視ず、只々震える影。
「大丈夫です。いきなり酷いことしたりはしません」
『……本当?』
「はい、本当です」
出来る限り信用を得る為、ラーラは少しずつ彼との距離を縮めていく。古妖である彼ら極卒に、此岸の世界の常識が通じるとは思ってはいないが。
しかしそれでも平和的に―――。
『でも嘘だ』
解決を――。
『絶対に絶対に絶対に絶対に嘘だ』
――したかったのだが、参は泣きながら手の平の上で回転する炎の車輪をラーラ目掛けて投げたのである。
水蓮寺 静護(CL2000471)は陸と向き合っていた。お互い目線があった瞬間に、何か通じ合うものがあったらしい。
『我々はこの世界のものではない』
「知っている」
『危害を加えようとしている兄弟がいる。そして探しています』
「それも知っている」
どうやら陸のほうから対話の姿勢を見せているようだ。一番まともであるとは聞いていたが、本当のようで。
武器も出さずに敵意を見せなかった静護の姿勢も良かったのだろう。くたびれたように、はあ、とよくため息をつく陸は、何故だか静護にとって自分とよく重なる部分が多いように見えた。
主に、対人的トラブルというか。いや……その震源地である人間(陸からすれば古妖)が嫌いというわけでは無いのだろうが。
「かくいう僕も、自由すぎる友人によく振り回されている。勿論そいつの言動次第でストレスもたまる」
『わかります』
「お互い様だ」
『ああ、貴方もですか』
陸はその場に座り込み、近くも遠くもない距離に静護も座った。
「こんにちは、FiVE所属の覚者、七海灯です。貴方のお名前を伺ってもよろしいですか?」
『ファイヴとは? そして名前は……もう存してるのでは?』
八は軍帽の影を頭から取って深々頭を下げ、つられて灯も頭を下げた。
柔らかな雰囲気を出す八ではあるが、灯が一歩近づけば八は一歩下がった。どうやら不可侵の距離はあるようだ。両手を見せて武具が無いことを示すが、八は一定の距離を保つ。
「極卒ともあろう方々が、何の目的があってこちらに顕現されたのでしょう」
『さて、なんでしょうね』
「それに、皆さん性格にかなり難があるような……」
くすくすと八は笑った。
『それは肯定しますね』
八は低姿勢だが、上手く質問を故意でかわしていると見える。
『ま、そういうことですから。こっちでどうにかしましょうか?』
初撃。八の外套の中から落ちた銃が、轟音を立てる。
『ボーパルホワイトバニー』飛騨・直斗(CL2001570)は弐の気配を察知。
即座に回り込み、弐の前に姿を現す。ぎょっとした弐が身体を揺らしながら、驚いていた。
「よォ、地獄の化物さんよ。こっから先は地獄の片道切符持ってねーと通行止めな。俺は飛騨直斗。あんたの名は?」
『弐!』
割と普通に答えた。
「その首狩ってやるよ……」
直斗は唇を舐めてから妖刀を取り出し、抜刀。その切っ先を弐へと向けた瞬間。
『お! ヤる気か? じゃあこっちも相応の態度でしめ、し、ぁ』
「え」
弐の首がずるりと首あたりから取れて、地面に落ちた。
数秒、間が空いた。
間が空いてから。
「―――って、もう首狩られとるじゃねーか! どうなってんの、すげーじゃん!」
『世界がさかさまだ!! 取ってぇ俺の首とってえ!!』
げらげら笑いだした一人と、一体。
「でも首狩られてたら『首狩り白兎』こと俺の面目丸潰れじゃん! どーしてくれんの!」
『知るか!! くっつけてからまた首きりゃあいいわけさ!!』
「こーんにーちはー!」
楠瀬 ことこ(CL2000498)の声が響く。
七と呼ばれた極卒は、
『こんにちは、元気ですね……!』
「ななちゃん、でいいのかな。ことこは、ことこっていいます☆」
『七でいいですよ、ボク』
普通に話ができそうだと、心のなかでガッツポーズを決めたことこ。ここで一つ、ことこは七に教えたいことがあると胸をはった。
「あいどるっていうのはね。歌やダンスでみんなに楽しい! を届けるひとのことなの。
……ななちゃんの声、すっごく可愛いよね。歌とか歌ってみない? きっと素敵な歌になると思うんだー」
『遠慮します、ボク休暇なんで』
「大丈夫! ことこがちゃんとリードしてあげるから! さあ!」
『うぁぁん遠慮しますって言ったのに―!』
死へ対峙する『天からの贈り物』新堂・明日香(CL2001534)。
今迄は仲間が彼女の周囲に立っていたが、今日は明日香一人だ。緊張のような恐怖のような、そんな気持ちが渦を巻く中。
「……大丈夫。本当の意味で一人じゃないもんね」
そう言い聞かせて守護使役を抱きしめた。心細いが、守護使役はいつでも彼女の隣にいてくれる。精神安定剤のような、彼女にとってかけがえのない存在なのだろう。
本題。
死は唐突に表れた。炎をまき散らす車輪を身体の周囲に浮遊させながら、一直線に明日香のもとへと迫ってきた。
「こんにちは。殺しとか破壊とか、見過ごせないから。止めに来たよ」
『止められそうだから殺す』
いまいち会話は成立していない。
●
金棒の一撃に地面が爆ぜて衝撃が生まれた。
その波動を全身で感じ肌を震わせながら、有為は壱を距離を取る。ぶるり、有為の腕が心的恐怖以外の原因で震えているに気づいた。
(力が思った以上にありますね……)
直前に、壱の金棒を一度得物で受け止めたのだが、『よくぞオルペウスよ、折れなかったな』と称賛したい程の力で壱は有為を押し返したのだ。
『避ケたなワレェ!! ぶっ殺す!!』
「殺したら極卒であるあなた方の仕事が増える。のでは?」
『口ごたえかぁぁぁ!!』
あ、駄目だ何言っても無理だと有為は悟った。
金棒が横に振られ衝撃波が地面を抉りながら有為を飲み込んだ。カマイタチのように身体を切り刻む波動を振り払い、有為は地面と木々をジグザグに蹴りながら壱へと近づく。
十秒を犠牲に炎を放つのは得策ではないと有為は判断した。恐らくその溜めている1ターンで不利の度合いが増す可能性のほうが高い。
然らば。
有為は大上段からオルペウスを振り落とす、風のように、素早く、疾く。
「ご足労いただいて恐縮ですが、あいにく当世界におきましては乱暴はお控えくださるようお願いしておりまして」
直撃。相手の右肩から脇腹のあたりまで影がぱっくりと割れた。だがこれはあくまでも影だ。痛覚が無いとばかりにぎょろりと有為を見つめる目玉が余裕を保つ。
しかし速度では圧倒的に有為が優位である。落としたオルペウスの勢いを止めずに、今度は横に回転。
「貢物で解決できない馬鹿相手には、この手段が一番なのだろうか――」
顔の間近を車輪が通る。灼熱に近づいただけでも、髪の毛がチリリと焦げてラーラは、眉をひそめた。
ブーメランのように参のもとへ戻った車輪は今、手の平の影の上で回転し火を噴いている。その主である参は、泣きながら後退しようとしていた。
逃がすことはできない――。
ラーラは前へ出ながら、一歩足を踏みしめたその地面に淡く輝く魔法陣が展開。地面から噴き出した火柱が一直線に、槍のように影を突き刺していく。
「破壊や人食い……それって良くないことだと思うんですけど、あなたがほんとにやりたいことなんですか?」
『やりたいくない! やりたくない!! でも』
「でも……?」
『貴方とどう接していいかわからないから!!』
車輪が速度を増して回転、瞬時に大きな攻撃が来ることを察したラーラは防御の姿勢――いや、攻撃の姿勢へと移る。
『僕は殺してしまう! 悲しい! 貴方は殺されてしまうのに僕は何もしてあげられない悲しい!!』
「落ち着いて、落ち着いてくだ――」
嵐ようであった。車輪の回転が周囲の風を飲み込み、極小の台風が炎を巻き込んで君臨。
ラーラの手にある書が勝手に開き、とある一ページで止まった瞬間、別のほうの手の中に炎が生まれる。
『君も僕をいじめる――?』
「私は」
刹那、炎と炎がぶつかり、炎の赤色は温度をさらに上げて白の灼熱が二人の世界を飲み込んでいく。
爆発が起こったような音と地響きに、八と灯は見上げた。
見上げたが――すぐに向き合った二人は距離を取る。片膝を地面につけた灯の腕が、いや、肩に小さな穴が開き銃弾の貫通を知らしめていた。
『十発。打ちましたが、一発しか当たらないとは。ボクもまだまだというところでしょうね』
服を破り、肩の血を止血するためにそれを巻いた灯。
くすくすと笑っているように肩を揺らす影は、「大丈夫ですか?」と顔を横にこてんと倒していた。
『他の兄弟も各々楽しんでいるみたいですね。末弟としては、兄たちが楽しそうだと嬉しく思います』
「こちらとしては……速やかに元の世界へ、戻っていただきたいと思うのですが……」
『さあ、どうしましょうか』
立ち上がった灯は地面を蹴り接近、即座に闇刈を八の首目掛けて振った。銃身で逸らされた鎌が跳ね返り、しかし鎖が八の腕に絡みつく。
『おや、お見事です』
距離にして3m。
鎖を引く灯と、引かれまいと足を踏ん張る八。
「お聞きしますが、地獄という世界があったとして。そちらでの仕事があるはずの貴方方が、何故こちらの世界に?」
『生者には関係のない話です』
「関係が無いのでしたら。逆に、言ってもいいはずでは?」
『……』
銃を取り出した八は灯へターゲットを合わせるのではなく、鎖を何度も打ち抜いていく。
『それもそうですね。僕をぎゃふんと言わせましたら、お教えします』
弾丸に打ち抜かれた鎖は千切れ、灯と八は次の行動へと移っていく。
その頃……。
カカカカカカカ!! と丼に入った米を口に放り込みながら、素早く箸が肉を掴んで口のなかへ。
『うっ!』
と言いながら食道に詰まったのか、水をごくごく飲んで胸元あたりをどんどんと手で叩くのは――伍である。
「落ち着いて食べたらどうだ?」
喰いっぷりのいい伍を見ているゲイルは、フライパンから生姜焼きにした豚肉を皿に移しつつ苦笑した。野外調理なわけだが、伍は料理が出て来るまで快く待ってくれたし、それに美味しいと言って食べてくれる。
「何も食べてこなかったのか?」
『そういうわけでは無いけど。食べなくてもいいし。ああ、非常食ならひとつある。食べるか?』
日本の逸話だろうか。あちらの世界のものを口にすると、あちらの世界の住民になってしまうという話がゲイルの頭のなかにチラついた。
「遠慮しておこう」
まだ死にたくないし。
『そうかあ』
伍は残念そうな声色をして、席を立った。その時には、すでに皿の上の料理はすっかり彼の胃袋(胃袋があるのかはわからないが)の中に収まっている。
『さて』
すると、伍は巨大な鋏を掴んだ。ゲイルは皿の片づけをしつつ、しかし、鋏の刃部がゲイルの喉元に突きつけられる。
『次の食事はオマエのカラダ!』
『何の為来た……と言われても、仕事としか言えないんだよなあ』
笑いに笑った直斗と弐。
直斗は今、弐の頭と首をくっつけようと試行錯誤をしているところだ。最初は回復で何とかしようとしたのだが、いまいち不安定であったので、包帯でさらに巻いているところだ。
「じゃあ、その仕事ってなんだよ」
『ギャハ、企業秘密。でも誓ってオマエラに迷惑かけるようなものじゃない』
「でもお前たちが迷惑かけたらいけないだろ。この首切り兎様が冷静にお前を諭していること、かなり異常事態な光景だからな」
きゅ、と。直斗は首を撒く包帯をきつくした。
『ギャハハハ!! 俺達の仕事増やしてくれてありがとうってんだ!! オマエ、死んだら俺達の仲間になれよ!!』
直斗はぎょろっと蠢く弐の瞳を覗き込む。
「極卒に?」
『極卒に! ああ! わかった』
首がつながった弐は、金棒を取り出しバッドのように振り回す。
『オマエを仲間にするために、ここで殺す!!』
「あのなー」
明日香の弓の弦が限界まで引かれ、放たれる。超高速を直線で飛ぶ矢は、死が首を少し傾け回避し、その背後にある木に刺さる。
息もつかせぬ攻防戦は繰り広げられていたが、足を止めた死へ明日香は小休止のように質問を投げる。
「あなたって、怖がり、なのかな」
『怖がり?』
火輪が飛翔し、それを明日香の弓が射抜いていく。何度か矢にぶつかり起動をそらされるごとに、死はチッと音をたてた。
「人が怖い。目の前にいる誰かが怖い。だから殺す。殺して居なくなれば怖くない。そんな風に見えたなって」
『それは兄弟のひとりのほうだ、間違えたから殺す』
遠距離攻撃の者同士、間合いは一定の距離を保っている。
弓兵たる明日香が再び弦を引き、そこには五大元素たる雷の力が籠る。静電気が絶え間なく発生しているようなパチパチという音と共に。
放たれた一矢は、木々を蹴って飛び回りながら回避する参を、まるで生きているのか追尾していく。雷撃の如く、ジグザグに曲がりながら。
『面妖な術だな、俺を追ってくるから殺す!』
「理由なんてなんでもいいの?」
『そうだ、それが俺ら極卒の―――』
死の胸を追尾していた矢が貫いた刹那、二矢、三矢と明日香は死の身体を貫く。
しかし死もまた、火輪に含む最大限の炎を投げ込み明日香を巻き込んで周囲を焼き払った。
うーんと顔を横に倒した七。いまいち通用しない魅了に、
七として、ことこの誘いには乗りながらも彼女を魅了にハメこんで逃走する心算ではあったのだが、完全に七のペースはことこに握られる状況となっていた。
「これでも、ことこと七ちゃんは戦わないといけない?」
七は、もしかしてこれは敵わないのかもしれないと、早くも七は諦めムードに入っていく。
「ことこ、色々考えたけれど。撃破っていうか、危ないことはしたくないなって。七ちゃんならわかってくれると思ったんだけど」
『うーん』
ことこの手前で、黒い影が腕を組んでいるようなかたちになった。
極卒としての七と、ことこの平和理論は大幅にすれ違ってはいる。ただ、ことこが幸運であったのは、七はそこまで戦闘に重きを置かない極卒であったことだ。
其の時に、周囲では爆発音やらなにやら燃えているような臭いやらがする。
『でも兄さんたち戦ってるんだよね』
「それは戦闘する理由にはならないと思うんだよね」
『そうかなあ』
「そうだよ」
堂々巡りを繰り返しそうな会話に、ことこは終止符を打つ。恐らくこの場にいれば、戦闘の激化に流れで戦闘するハメになる予感がするからだ。
七の腕であろう影を掴んだことこ。七は掴まれたことにぎょっとしていたが、ことこはそのまま「こっち!」と言いながら極卒一人を連行していった。
その頃静護は、陸と隣り合って座っていた。
俺ら大変だよなと言わんばかりの雰囲気を醸し出しながら、
『いやあもう少しさ、人の気持ちもちょっとは考えて欲しいですよね』
「だな。こっちもクリスマスに異様な儀式をされたり、日々事件を起こしてもらって、よく今迄身が持ってきたと思ったところだ」
『大変ですね、いや、あの憐れんでいるわけではないのですが。心中お察しします』
「そちらもだ。どうだ、今日はその心のなかにできた蟠りを吐き出す方向で楽しんでくれればそれでいい」
『すいません。いや、俺も俺なりに頑張っているのですが。どうも彼らとはうまくいかなくて、きっと俺の努力が足らないのでしょうね』
「そんなことは無い、お前はよく頑張っていると思う。
言うこと聞かないやつらはもう、動物だな、暴れ馬か犬か、手におえないな。しかし意外とそれもいなくなると寂しいとおも―――いや思わないかもしれない」
お互いにため息をついた。
そして、暫く間が空いた。
『暇なので、一度くらい剣を交えておきますか。一応、これでもこの世界の敵のようなものですし』
「ああ、じゃあお互い遠慮せず。スポーツはストレス発散とも言うしな」
『スポーツ』
●
ゲイルの喉元に、針先のように鋭利に突き付けられた鋏の先端が僅かに食い込んでいく。
しかしゲイルは焦ることは無かった。その突きつけられた鋏に手を翳し、少し押す。そうするといとも容易く鋏が離れたのだ。
「殺意は薄い。本気で殺そうとは思っていないのだろう?」
『お?』
伍はゲイルの言葉に一瞬きょとんとしたようで。
ゲイルはそのまま続ける。
「確かにおまえたちなら人の肉も、食用として喰うのかもしれない。けれど」
『けれど?』
「今、伍、おまえは腹は膨れたはずだ。今更争うことなど無い」
暫く静寂の間が訪れた。
ゲイルが一歩でも、一指でも動けばすぐに鋏が彼の首を叩き落とすのではないかという緊張感のなか。しかし、先に折れた伍のほうである。
肩を揺らし、げらげら笑いこけながら、鋏を引いた。ゲイルは安堵しながら、食事の片づけへと流れるように移行していく。
『わかった、今回はオマエに免じて帰る! 確かにオマエの飯はうまかった。だから、さっさと死んで地獄で飯を作ってほしかったんだが』
「すまない、俺にはまだ生きるべき理由がある」
『地獄で飯を作るのは死ぬ理由にはならないのか? じゃあいい、ゆっくり死ね』
地獄への勧誘を受けたつつ、ゲイルの前で伍はすぅ――と地面へ溶け込むように消えていく。
「地面の下には地獄があるのか? まさかな」
ドゴォ、と鈍い音が身体の中で鳴ったような気がした。有為の身体がくの字に曲がりながら、木々の間を飛ばされていく。
霞む視界で見てみれば、壱は有為を追ってきていた。
『まだ生きているカ!! 殺ス!!』
「それで何パターン目の殺す理由ですか」
『ワレェェェ、しばきたおしてくれるゥゥゥ!!』
力押しでは負ける。
ファイヴの名立たる覚者のなかで、とびっきり物攻に特化している覚者を添えたって体力が先に無くなってしまえば意味はない。
幸い、壱の攻撃は当たっても掠っても威力は高いが、回避はできないことは無い。4回に1回は当たってしまっても、まだ有為の体力は存分にあるのだ。
地面に足を置き急ブレーキをかけて勢いを逃し、痛む腹部を忘れながらオルペウスを握りなおす。攻撃を当てている回数では有為のほうが格段に上だ。
再び頭悪いと思うくらいに大上段から壱は金棒を振り落とす、その前に、胴体前へと身体を滑り込ませた有為は薙ぎ払うようにして壱を吹き飛ばす。
木々をはっ倒しながら影はバウンドを繰り返し、倒れる。
「頭は冷えましたか?」
倒れている壱の瞳だけが有為のほうへ向き、そこに――有為は未成年だけど――酒瓶がドンと置かれた。
『なんのつもりだ』
「話を聞いていただきたいと、最初に言ったはずですが。まあ、語らうのであらばこれは必要であるかと」
『……もうちょっと、歳重ねて美人になってから出直しな』
有為の持っていた酒瓶を強引に取った壱は、そのまま溶けるように地面の中へと消えていった。
げほ、と咳き込んだラーラの吐息がどこか黒ずんでいた。
参は遠くのほうで、周囲一帯を焼野原にしてしまったことを後悔しながら、涙で海でも作るのか頭を抱えて泣いている。
『み、みんな殺してしまった……ぼ、ぼくが』
「私は、だいじょうぶですが」
ラーラは少しずつ参へ近づきながら、未だ泣き止まぬ声色を宥めようとしていた。参はここまでラーラを殺してしまったものと考えていたが、しかし。
現にラーラは生きている。それが嬉しかったのか、攻撃までしても言葉を寄せて来るのが嬉しかったのか。参は少しずつ泣き止みながら、ラーラを受け入れ始めていた。
『あんな攻撃したのに、まだ生きている……生きててくれて、ありがとう、ごめんなさい攻撃して』
「い、いえ」
情緒不安定過ぎる参に、ラーラもなかなか手を焼きそうである。全身焼かれたものの。
「もしも誰かに強制されてるのなら、私も一緒に行って一緒に断ってあげます」
『本当? 一緒に来るなら、その肉体は邪魔だよね……』
「あ、いえ、そういう片道切符ではなく」
どうやら彼らはこの此岸とは別の世界に身を置いているような存在だ。ラーラはやっと参が話をしてくれるようになったことに成果を感じるが、しかし別の考えを持つ彼とは偶に話が合わないというかなんというか。
「こちらにいらしたのにはどうしても他の目的があったように聞こえたのですが……もし差し支えなければ参考までに教えていただけたらうれしいです」
『それは――、死者の回収。偶に、落ちてこれない罪人がいるんだ、それを回収しに来た』
そう言ってから、
『ああ……これを持って行かないと……』
と参は静かに消えていく。
一体何丁の銃を隠し持っているのだろうか。影で構成された銃は、八の服の中から途切れることなく出て来る。
連射式の銃でもあるまいに、単発でありながらも雨のように降り注ぐ銃弾のそれは、回避を誇る灯は動き続けることで避けられるものだ。それでも被弾はした。弾丸埋まる肩から血が流れ、僅かにぬめりを帯びた手で鎖鎌を握る。
『そろそろ、決着をつけたい頃合いです』
余裕なのは本体の身体では無いからだろうが、八も当然消えかけている体力なのであろう。
「それは、こちらも同じ思いですね」
八との距離を稼ぎながら、再び降り注ぐ雨を舞うように回避し鎖を投げる。八の片腕に巻き付いたそれを引き、自由を奪いつつ、しかし八はもう一方の片手で一層大きな――猟銃のようなものを取り出し灯へと向けた。
ごぉん という轟音と、一瞬遅れて灯が鎌を放つ。弾丸と鎌が交差し、鎌は弾丸を弾いてから八の猟銃を持った腕に突き刺さった。
『……』
両腕を塞がれてしまっては八は銃を握ることはできない。それよりも八の目元を歪ませたのは、じわりと鎌と鎖から呪われる腕が痺れていたことだ。
「捕まえました」
灯がぐっと鎌と鎖を引けば、八は「ぎゃふん」と言いながら前方に倒れた。
両腕に手錠をかけられた囚人のようになった八は、見上げながら灯を見て、
『罪びとの回収をしに来ました。兄たちが迷惑をかけてしまったのは、謝ります。申し訳ございませんでした』
と言ってから、土のなかへと溶け込むように消えていった。
詰まるところ、弐とは結局戦闘へと相成った。親密になり過ぎたからこそ、持ち帰る為に殺すっていう理由なのがあちらの世界の都合。
弐は嬉々としながら、親愛なる殺意を直斗へと向けつつ、金棒で直斗の頭を穿つ。
『ギャハハハ!! オマエのあったま、かってーなあ!』
「その為に、頭蓋骨仕込んでるからな!!」
一瞬だけ直斗の視界に星がちらついたが、頭を振って持ち直す。首切り兎が、首を金棒ごときで叩きもがれては名が折れる。
沙織と呼ばれた刀を改めて握りしめて、そして――、木ごと切り落とすように弐の身体を一文字に裂いた。
弐の身体の胴部が半分ほど千切れて、腹をかかえて痛むのかと思えば高らかに笑い出した弐。つられて直斗の口元も笑みで緩んだが、二人とも殺意を出しておいて楽しそうに戦闘する光景は常人から見れば異常を極めていたものに違いない。
『やるなあ、オマエ! やっぱりここで死ね!!』
「そっちこそな!! とっておき、出してやるよ!!」
『とっておき!!? ナンダソレ!!』
「ふとんがふっとんだ」
『………』
「……………」
『…………………なんで布団がふっとぶんだ?!』
「じゃあな!! 今度会ったらその首は俺が狩るからな!ちゃんと首大事にしろよ!」
滑ったかと思われた数十秒後、弐は大爆笑しながら直斗の雷獣に襲われ、直後(もともと取れかけていた)首がスパっと切られて弐はそのまま地面へと消えていった。
明日香という人物は、身を戦時に投げ込むのは、一種の責任感とか正義感、それにつながる救済のためであるのかもしれない。
死は相変わらず明日香を火輪で追ってくるし、それを矢で弾くのもこれで幾度目か――。
『怖がりなのは、そっちのほうだ。殺してやる』
死が手を止めることはなかったが、そういう言葉で明日香に問いかけられた。
「あたし――」
確かに恐怖は感じている。痛いのも、辛いのもいつも以上に感じている。
『心を犠牲にしてこの場に立つのは何のためだ』
「貴方たちから、関係ない人々を、救うため」
『そうか。殺す』
火輪に纏う炎が膨れ上がる。あれがくる、威力を最高峰にして投げて来る一撃が――明日香は瞬時にそう悟った。
回避の行動か、それとも受け止めて威力を分散させて周囲を燃やさないようにするか。考えているようでも、時間は一秒とも待ってくれない。その時。
「雪ちゃ――!!」
守護使役が前に出た。明日香を護ろうと、その小さな身を盾に。それは盾にも庇いにもならぬ小さな存在であるから、明日香が被弾することは紛れもなく変わらない結果が発生するのだが。
それだけは、絶対に。
歯を食いしばって雪を抱え込んだ明日香は死の猛攻を受ける―――と思われたのだが、火輪は勢いを殺して明日香たちを通り過ぎた。
「――え」
明日香は死を見れば、僅かに見える目元が細く細くなっていく。
『殺すのは好きだが、自己犠牲の自殺幇助は嫌いだ、殺さない』
そう言って、死は自ら土のなかへと溶け込むように消えていった。
ことこは切株の上に座って、ギターを弾き演奏してみる。それを大人しく体育座りでじぃと見つめていた七は、廻りの戦闘音を気にしながらも聞いていた。
「ほら! 素敵でしょ、音楽って。だからね、これ一緒に七ちゃんも!」
『ぼ……ぼくはいいよ』
「どうして? 勿体ないよ! ぜーったい才能あるって!」
『だってこれは……』
本来なら七という化け物の声は、本職にて言う事のいかない罪びとを言い聞かせて従わせるような役割を持っていた。
言い返すと、話せば魅了させてしまうようなもの。極力ことことも、話をしたくないような態度を取ることは多かった。
『いいって』
「ことこはね、だいじょうぶなんだよ」
ことこはそれを、時間と共に理解をしたのか。魅了はされないことを、七に懇切丁寧に説明しながら言い聞かせた。
「だからね、ことこは大丈夫だよ。七ちゃんといっぱいお話できるし、歌だっていっぱい歌えるんだよ」
『……』
「七ちゃんに町は壊してほしくない。ことこ、そういうの好きじゃないから、七ちゃんにもやって欲しくないんだ」
沈黙は続く。
その沈黙を裂くのは、ことこが奏でるギターの音色を歌声。
思えば願いは届くと信じて止まない少女に、影だけが見える鬼の古妖が心を開くとは普通ならばありえないことではあったのだが。
血生臭さも、死の香りさえも寄せ付けぬ高潔で無垢な少女が、七にとっては初めて見た天使の姿のようにも見えた。
ことこの背にもたれかかるように、切株に座った一体の鬼。その七が、ことこの演奏に声色を当てることは無かったのだが、染み着いた演奏に心が浄化される気分で眠るように――。
いつの間にかその場には、ことこが一人、歌うだけであった。
「ね。次があるならその時までに曲作っておくから」
約束は聞こえただろうか。一瞬の逢瀬と夢のなかで、ことこは静かに演奏を紡いだ。
キィンと金属と金属が擦れる音が森に響く。
『む。兄弟が全て還ってしまったようだ』
「そうなのか?」
陸が静護の刃を弾き、静護は距離を取る。元からさほど殺意のようなものを陸からは一切感じていなかった静護だ。この剣技の攻防を戯れの一種と理解した上であったが、幕を引くのは些か早かったようにも思えた。
『すまないが、今日はここまでにしておこうと思う』
「それは残念だ。折角、友ができたと思ったのだがな」
『続きは貴様が死んでからとしよう』
「大分先だな、いや、地獄は日々見ているかもしれないが」
そう言って陸は消えていく。
後に残ったものが、一筋の風がただ平凡に流れる光景だけであった。
「他の仲間と合流し、即時帰宅するか」
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
