木霊と樹木子。或いは、孤島の森と血色の実。
●孤島の森
小さな孤島の森の中、その少女は住んでいた。
日がな一日、湖の畔に腰掛けて昼は日の光を浴びながら、夜は月明かりに照らされながら、永い永い年月を、彼女はそこですごしていた。
けれど、終わりは突然、何の前ぶれもなくやってくる。
エンジン音と共に、島へとやってきたのは一隻のクルーザーだった。
降りてきたのは3人の男。
異変に気づいた少女が様子を見に、浜辺へと出てみると、そこにあったのはゴミの山であった。
冷蔵庫、洗濯機、自転車に大型テレビ。どれも埃に塗れていて、とても使用できる状態でないのは明らかだ。
つまるところ、違法業者による不法投棄。
その光景を目撃し、それが何を意味しているのかを理解し、男の一人が煙草の吸殻を砂浜へ投げ捨てたのを見て、少女は怒る。
あぁ、まったく……。
なんと嘆かわしいことか。
気づけば、浜辺に男たちの姿はなかった。
代わりに、砂浜へ引き上げられたクルーザーと、クルーザーの周辺に山と詰まれた大量のゴミ、ゴミの山を覆いつくす、蔦植物と、島を囲むように生え揃った茨や木々の壁が姿を現していた。
少女の姿は見当たらない。
男たちの姿もだ。
残されていたのは、わずかな血痕と、地面に残る、何かを引きずった痕跡のみ。
それも、数十分後に降り始めるだろう雨によって、きれいに洗い流されるだろう。
湖の畔に少女が座っている。
疲れた顔をして、ため息をこぼす。傍らに生えた大木の根元には、人の形をした木像が3つ、転がっている。
『せめて養分となりなさい。……それにしても、疲れたわ。やっぱり島を覆う壁の作成は無茶だったかしら』
眠ってくるわ……と、傍らの木を撫でそう呟いて、少女は静かに森の中へと姿を消した。
少女の姿が見えなくなると、代わりに木の幹の中から小さな人影が現れる。
草や蔦で形成された、赤ん坊ほどの小さな体躯。その数、実に3体。赤ん坊の体躯に見合わない機敏な動作で、彼らは森の方々へと散っていった。
一体は海岸へ。もう一体は湖に残り、最後の一体は森の奥の湿地帯へ。
その手には、血のように真っ赤で、怪しく光る木の実が握られていた。
●血の色の花
「やっほー皆♪ 夏も終わったけど、孤島へのバカンスなんてどうかな?」
任務だけどね、とそう言って久方 万里(nCL2000005)は会議室へとやって来た。
モニターに移されたのは、一時間もあれば一周できる程度の小さな孤島の航空写真。
島のほとんどは、森のようだ。
海岸には、草や蔦で覆われたゴミの山がある。
そして、海岸を囲うようにして茨や木で構成された緑の壁が確認できた。
「ターゲットは古妖(樹木子)と、その手下の(木霊)だね。違法業者の不法投棄に怒って、彼らを木像に変えてしまったみたい」
木像と化した男達は、森の中央付近にある湖の傍に転がされている。
彼らを元に戻し救出するには(木霊)の持っている血色の実が必要らしい。どうやら、男達から吸い出した生命力を実の形にまとめたものであるようだ。
「木霊は動きが素早いけど、大きなダメージを与えてくるような攻撃手段は持っていないよ。せいぜいが足止くらいかな」
だけど、と万里の表情がわずかに曇る。
「樹木子には気をつけて。今は眠っているけど、島で暴れていればそう遠くないうちに目を覚ますから。どちらにせよ、島に入るには緑の壁をどうにかしないといけないから、進入はバレちゃうだろうし」
外見は歳若い少女のそれだが、その正体は、この島全体を支配下におく樹木の精だ。
木々を操り、森を迷宮化することも、花粉や毒植物による攻撃も、蔦や枝による行動の阻害もお手のものだろう。
「ましてや寝起きだし、疲れてるし、人間は島にゴミを捨てていくしで、怒ってるだろうねー……。なんとか怒りを静めて上げられればいいんだけど」
まずは一般人の救助が最優先となるだろうか。
「木霊は(鈍化)を、樹木子は(毒)や(麻痺)、(虚弱)の状態以上を付与してくるね。それと樹木子は機械っぽい外見や、武器を持っている人、あとは火気が好きじゃないみたいだから、参考にしてね」
行ってらっしゃい、とそう言って。
万里は仲間たちを、孤島へのバカンスへと送り出した。
小さな孤島の森の中、その少女は住んでいた。
日がな一日、湖の畔に腰掛けて昼は日の光を浴びながら、夜は月明かりに照らされながら、永い永い年月を、彼女はそこですごしていた。
けれど、終わりは突然、何の前ぶれもなくやってくる。
エンジン音と共に、島へとやってきたのは一隻のクルーザーだった。
降りてきたのは3人の男。
異変に気づいた少女が様子を見に、浜辺へと出てみると、そこにあったのはゴミの山であった。
冷蔵庫、洗濯機、自転車に大型テレビ。どれも埃に塗れていて、とても使用できる状態でないのは明らかだ。
つまるところ、違法業者による不法投棄。
その光景を目撃し、それが何を意味しているのかを理解し、男の一人が煙草の吸殻を砂浜へ投げ捨てたのを見て、少女は怒る。
あぁ、まったく……。
なんと嘆かわしいことか。
気づけば、浜辺に男たちの姿はなかった。
代わりに、砂浜へ引き上げられたクルーザーと、クルーザーの周辺に山と詰まれた大量のゴミ、ゴミの山を覆いつくす、蔦植物と、島を囲むように生え揃った茨や木々の壁が姿を現していた。
少女の姿は見当たらない。
男たちの姿もだ。
残されていたのは、わずかな血痕と、地面に残る、何かを引きずった痕跡のみ。
それも、数十分後に降り始めるだろう雨によって、きれいに洗い流されるだろう。
湖の畔に少女が座っている。
疲れた顔をして、ため息をこぼす。傍らに生えた大木の根元には、人の形をした木像が3つ、転がっている。
『せめて養分となりなさい。……それにしても、疲れたわ。やっぱり島を覆う壁の作成は無茶だったかしら』
眠ってくるわ……と、傍らの木を撫でそう呟いて、少女は静かに森の中へと姿を消した。
少女の姿が見えなくなると、代わりに木の幹の中から小さな人影が現れる。
草や蔦で形成された、赤ん坊ほどの小さな体躯。その数、実に3体。赤ん坊の体躯に見合わない機敏な動作で、彼らは森の方々へと散っていった。
一体は海岸へ。もう一体は湖に残り、最後の一体は森の奥の湿地帯へ。
その手には、血のように真っ赤で、怪しく光る木の実が握られていた。
●血の色の花
「やっほー皆♪ 夏も終わったけど、孤島へのバカンスなんてどうかな?」
任務だけどね、とそう言って久方 万里(nCL2000005)は会議室へとやって来た。
モニターに移されたのは、一時間もあれば一周できる程度の小さな孤島の航空写真。
島のほとんどは、森のようだ。
海岸には、草や蔦で覆われたゴミの山がある。
そして、海岸を囲うようにして茨や木で構成された緑の壁が確認できた。
「ターゲットは古妖(樹木子)と、その手下の(木霊)だね。違法業者の不法投棄に怒って、彼らを木像に変えてしまったみたい」
木像と化した男達は、森の中央付近にある湖の傍に転がされている。
彼らを元に戻し救出するには(木霊)の持っている血色の実が必要らしい。どうやら、男達から吸い出した生命力を実の形にまとめたものであるようだ。
「木霊は動きが素早いけど、大きなダメージを与えてくるような攻撃手段は持っていないよ。せいぜいが足止くらいかな」
だけど、と万里の表情がわずかに曇る。
「樹木子には気をつけて。今は眠っているけど、島で暴れていればそう遠くないうちに目を覚ますから。どちらにせよ、島に入るには緑の壁をどうにかしないといけないから、進入はバレちゃうだろうし」
外見は歳若い少女のそれだが、その正体は、この島全体を支配下におく樹木の精だ。
木々を操り、森を迷宮化することも、花粉や毒植物による攻撃も、蔦や枝による行動の阻害もお手のものだろう。
「ましてや寝起きだし、疲れてるし、人間は島にゴミを捨てていくしで、怒ってるだろうねー……。なんとか怒りを静めて上げられればいいんだけど」
まずは一般人の救助が最優先となるだろうか。
「木霊は(鈍化)を、樹木子は(毒)や(麻痺)、(虚弱)の状態以上を付与してくるね。それと樹木子は機械っぽい外見や、武器を持っている人、あとは火気が好きじゃないみたいだから、参考にしてね」
行ってらっしゃい、とそう言って。
万里は仲間たちを、孤島へのバカンスへと送り出した。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.違法業者作業員3名の救助
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
今回は、孤島の森に住む、怒れる木の精のお話です。
それでは以下詳細。
●場所
一時間もあれば一周できる程度の、小さな孤島。
海岸線を除き、島のほとんどは森。森の中には湖や沼地などがある。
海岸の一部には、草木に覆われたクルーザーとゴミの山がある。
島の周りを、草木の壁が覆っているので、壁を破壊するか飛行して飛び越えなければ島へは入れない。
木霊の持っている(血色の実)を使えば、木像と化した男達を救い出せるようだ。
●ターゲット
古妖(樹木子)
少女のような外見をした古妖。
現在、森の何処かで眠りについているようだ。
人間や機械の類に対し、強い不信感と怒りを抱いているため、現状のままでは話すら聞いてもらえないだろう。
また、ある草木を操る能力を持つため、森の中に限り多少地形を変えることができる。
【荊姫】→物近列[麻痺]
自身の周辺や身体から、荊を伸ばし前方を薙ぎ払う攻撃
【新緑姫】→物遠単[毒][虚弱]
毒素を多分に含んだ種を、弾丸のように射出する
古妖(木霊)×3
草木を寄せ集めて作った赤ん坊のような外見をした古妖。
言葉を発することはなく、戦闘にも向かない。
素早い動きと外見のおかげで、森の中では高い潜伏能力を発揮する。
【樹音】→特遠[鈍化]
破裂すると大きな音を出す木の実を放つ
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
7/8
7/8
公開日
2016年10月21日
2016年10月21日
■メイン参加者 7人■

●緑の叛乱
陸から、船で数十分。沖に浮かぶ小さな孤島。
その島の外周は、蔦や草で覆われていて、海からでは島の中の様子は一切窺えない。
「では恵ちゃん、はじめましょうか」
「えぇ。そうですね。木霊や樹木子と戦わない方向で」
翼を広げた『願いの翼』天野 澄香(CL2000194)と梶浦 恵(CL2000944)は、仲間達を抱え緑の壁を飛び超える。
緑の壁の向こうに広がる砂浜には、無数のガラクタが山と積まれていた。蔦や草木に覆われてはいるが、大量のガラクタの存在は、緑豊かな孤島の景観を損なうには十分なものである。
ガラクタの山の中には、大型のクルーザーも紛れていた。ガラクタを不法投棄した業者達が乗って来たものだろう。
「島を覆う草木の壁に、ガラクタを覆う蔦や植物。これがこの島に住む古妖たちの力か」
「樹木子達が完全に悪者って訳じゃないし、ちょっと同情しちゃうわねん」
海岸に降り立った東雲 梛(CL2001410)と『ドキドキお姉さん』魂行 輪廻(CL2000534)は、ガラクタの山と緑の壁、深い森を見渡し溜め息を零す。
同族把握を用いて、樹木子や木霊の気配を探る梛は静かに目を閉じ、輪廻は興味津津といった様子で森へと近づいていく。
その間に、澄香と恵は残る3名の仲間を島へと運びいれていた。
全員が海岸に降り立つと、恵は早速荷物の中からカメラとレポート用紙を取り出した。
「島が抱える不法投棄問題を、行政へ掛け合う為の報告書を作成しましょう。警察へ業者の一斉摘発を行う為の下準備をしておかないと、また同じ問題が起きかねないわ」
海岸に積まれたガラクタを写真に納めると、恵は先頭に立って森の中へと踏み込んで行く。
●木霊
「やれやれ……半ば自業自得は言えるが、それでも無視する訳には行かんな。それに如何なる理由があろうと、人を襲った古妖をそのままには出来んからな」
眉間に皺を寄せ、そう呟いた『雷麒麟』天明 両慈(CL2000603)ではあるが、その手に武器は握られていない。
樹木子達をそのままには出来ない、とのたまいつつも積極的に戦闘を仕掛けるつもりは無いのだ。
「あらあら、後輩君、そんなに眉間に皺を寄せてたら早く老けるわよん♪ もっと力を抜いて気楽に行きなさいな♪ それが若さと長生きの秘訣よん♪」
難しい顔をした両慈をからかいながら、輪廻はふと視線を上へと向けた。
一瞬、何者かの気配を頭上に感じたのである。
「……木霊だ」
そう呟いたのは、梛だった。頭上の木の枝に座った、緑色の赤子。その身は草木で出来ている。木霊の胸元から、ずず、と白い花が咲いた。
瞬間、『意識の高いドM覚者』佐戸・悟(CL2001371)が近くの大岩を蹴って宙へと跳んだ。
木霊の胸に咲いた花から、小さな種が撃ち出される。
複数のスキルで自身の防御力を上げた悟は、顔の前で腕を交差させ種を受け止めた。種が弾け、ぱぁん! という空気の破裂する音が響き渡る。
悟の纏った土の鎧に罅が走った。音の衝撃に打ちのめされた悟が地面に叩きつけられる。
「ま、まだまだぁ! 俺は耐えるのみ……勿論ドM的にはご褒美だがな!」
大音による衝撃で、くらくらする頭を振りながら悟は立ち上がり、両手を広げた。
その身を呈して、仲間を木霊の攻撃から庇うため。
落下の際に、舌でも噛んだのか悟の口元からは血が零れている。音による衝撃で、身体中が鈍く痛みを発していた。大きなダメージではないが、確実に悟の動きは鈍くなっている。
だが、悟は笑っていた。
そんな悟の背を見つめ、澄香と輪廻は引きつった笑みを浮かべ、冷や汗を流すのだった……。
「……ん、俺も山で育って自然が好きだから樹木子の怒りはわかるぞ。違法投棄、駄目、絶対……これ社会のルールだって師匠も言ってた」
4発連続で木霊の攻撃を浴び、流石にふらついている悟の前に『悪鬼の末裔』神薙・凌牙(CL2001514)が歩み出た。
「俺はお前の敵じゃない……お願いがあって来たんだ。……どうかその赤い実を貸してほしい。お願いする」
すっ、と。
凌牙は、深く頭を下げた。
静寂。
頭を下げた姿勢のまま動かない凌牙と、それを見下ろす木霊。
両慈と梛は、姿勢を低くして木霊の攻撃に備えていた。
十秒、二十秒と時が過ぎて行く。ひどくゆっくりとした時間が。
やがて……。
するすると、木霊の胸の中へ白い花が吸い込まれるように消えて行く。
『…………………』
次の瞬間、木霊の姿が掻き消える。木の枝の中に、同化するようにして見えなくなった。
代わりに、先ほどまで木霊のいた場所には血色の木の実が残されていた。木の身は、風に吹かれて枝から落ちる。
落ちて来た木の実を凌牙が受け止める。
それは、僅かにぬくもりを放ち、静かに脈打っているような、不思議な木の実であった。
悟の治療を終えた澄香が額に滲んだ汗を拭う。
残る木の実はあと2つ。凌牙の同族把握によって、樹木子は未だに眠ったままであることが確認されている。
人に対し、怒りを燃やしている樹木子と違い、木霊達は人を憎んでいる、ということはないようである。
実際に相対した凌牙や悟は、木霊からは意思のようなものが感じられないことに気付いている。
ただそこにあるだけ、時の流れに身を任せているだけ。
人はそれを『自然』と、そう呼ぶのかもしれない。
「とは言ったものの、やっぱりこれを放置してはおけないですね。捕らえられた男達も、生きた証拠になるので、解放して貰えないか交渉してみましょう」
場所は移動して森の中の湖。大樹の傍に転がされた3体の木像。3人の男達の成れの果てを見下ろしながら、恵はレポート用紙に何事かを記す。
用紙の端には、島の地形や今まで通って来たルートがマッピングされている。
これからどう進もうか、と思案する輪廻と恵。
「……近くにいるぞ」
と、顔をあげそう呟いたのは梛だった。
湖の畔、地面の中から這い出して来た緑の赤子は、視線の先に集った侵入者達を興味深そうに見つめていた。
土の下に隠れていた木霊が、地上へと這い出して来た理由は判然としない。
F.I.V.E.の面々に、敵意がないことを察知し、出て来たのかもしれない。
先ほどのような不意打ちを警戒し、悟と梛が前へ出る。それを押しとどめたのは、輪廻だった。唇に人差指を当て「しー」と、悪戯っぽく笑って見せる。
視線で示した先には、澄香と恵の姿がある。
「あら……?」
「えぇと……?」
近づいてくる木霊を困惑した表情で見降ろす澄香と恵。どうやら木霊は、恵の放つマイナスイオンに引き寄せられているようだ。
二人は湖畔に座り込み、木霊を迎えることにした。
残る5名の仲間達は、その様子を遠巻きに眺めている。
「乱暴にしないよう気をつけてくださいね」
「わかっています。さぁ、木霊ちゃん。こっちへ」
恵は、近づいて来た木霊を抱きかかえ、赤ん坊をあやすようにゆっくりと揺らす。
自分達は敵ではないこと、赤い木の実が必要なことを語りかけ、子守唄を歌う。その傍らで、澄香は木霊の頭を優しく撫でていた。
『……』
木霊の手から、澄香の手へと、赤い木の実が渡される。
「ごめんなさい、これ、くださいね」
澄香が木の実を受け取ったことを確認すると、木霊はゆっくりと恵の腕から降りていった。そのまま、溶けるようにして、地面の中へと潜って消えた。
母なる大地の腕の中で、再び静かな、心地よい眠りにつくために。
自然を汚すガラクタの山が、遠くない未来にこの島から排除されることを夢に見ながら、眠るのだ。
両手に持った赤い木の実を眺めながら、梛は神経を研ぎ澄ますため、目を閉じた。
「これで二つ。あとは木霊が1体と、樹木子だけか」
超直感を頼りに、残る1つの木の実を探す心算である。
目を閉じ、黒に染まった視界の中。赤い神経が、どこまでも、蜘蛛の巣の如く伸びて行く光景を思い描く。伸びた神経はやがて孤島全体に行きわたり、赤い木の実に行きあたる。
その筈だったのだが……。
「!?」
ぞくり、と梛の背筋に悪寒が走る。
島全体を覆うほどの、怒りの感情。迫りくる、何かの気配。
仲間達へ警戒を促す、その直前。
「えぇ!? なぁに、これ?」
悲鳴を上げたのは輪廻だった。着物の裾を押さえた輪廻が、地面に倒れている。盛大に裾が捲れて、白い太ももが顕わになっている。
その脚には、樹の根や蔦が巻きついていた。
気付けば、他の仲間達や梛も樹の根、蔦によって捉えられている。武器を携行してこなかったことが仇になった。即座に植物の拘束を解く術はない。
ずるり、と。
抵抗する間もなく、7人は森の奥へと引き摺られていった。
陽の光も届かない湿地帯。蔦や木の枝で作られた椅子に腰かけた少女が、そこに居た。冷たい視線を、地面に倒れた7人の人間へと向けている。
樹木子だ。蔦や木の葉で形成された長髪が、ざわり、と蠢く。
『………また、来た』
か細い声だ。川のさざめきか、樹の葉の擦れる音に似ている。
『仲間を助けに来たの?』
手にした赤い木の実を高く掲げ、侵入者達を見下ろしていた。傍らに控えた木霊の手には、赤い木の実が二つ。ここまで集めて来た木の実は、回収されてしまっていた。
『徹底的に痛い目を見ないと、理解できないのね。森は、島は、自然は、人の手でどうこうできるものではないの。人の手で汚してはいけないの』
しゅるり、と。
急成長した無数の荊が、樹木の姿を覆い隠した。
濁流の如き荊が、F.I.V.E.の面々を襲う。
いち早く蔦の拘束を解き、立ち上がった悟が荊から仲間達を庇うべく、両手をひろげ立ちはだかった。土の鎧を纏っていた悟は、それを解除することで蔦の拘束から抜け出したのだ。
「う、ぐぅうううう……。ふふ、ふふふふふふふ。ふはははははは!!!」
機械の身体に、盾のような四肢。防御力を底上げしているとはいえ、樹木子の攻撃にその身を晒して、無傷でいられる筈はない。全身に裂傷や打撲傷を負い、血に塗れながら、しかし悟は笑っていた。
「さあ、来いよ! 樹木子君! 怒り猛った君の攻撃、全部受け止めてやるよ! さあさあ、もっと俺に攻撃しろ! 君の嫌いな機械のこの身だが……麗しい君の苦しみ、怒り……俺が全部受け止めて発散させてやる!」
『……なんだ、こいつは』
さぁ! さぁ! と壮絶な笑顔を浮かべ樹木子へと歩み寄る悟。樹木子は、悟から距離を取るように背後へと後退していった。
そんな悟の後では、蔦に足を拘束されたままの澄香が腕を空へと掲げ、何事か小さな声で囁いていた。ぱっ、と澄香の頭上で水滴が弾ける。弾けた水滴は、淡い燐光へと変じ、周囲へと降り注いだ。
血塗れの悟の身体を、淡い燐光が包み込む。みるみるうちに、悟の傷が癒えていく。
「ゴミはあの三人と私達で片付けます。もうこんな事が起きないように行政に働きかけます。私、パトロールもします。だからあの3人を助ける事を許して貰えませんか?」
盾の役割を一身に引き受ける悟を回復させながら、澄香は樹木子へと言葉を投げかけた。
樹木子から返事はない。
樹木子の背後に、大きな白い花が咲く。花弁の中央から、薄紫色をした種が、機関銃のような勢いで射出される。
土の鎧を纏った悟は、その身で種による掃射を受け止めた。
その隙に、残る仲間達は蔦の拘束を外し、四方へ散開。樹木子の視界から逃れるように、樹や岩の影に身を隠した。
『……逃げろ』
樹木子は、傍らの木霊へそう告げる。即座に気の枝へと跳び乗った木霊の身体を、木陰から飛び出した凌牙が取り押さえた。
「手荒なことはしたくないけど、……しかたない。少しだけ大人しくしてもらう」
木霊の放った種が破裂し、音による衝撃波を凌牙へと浴びせかける。脳や内臓を揺らす音波に表情を歪めながらも、その腕は決して木霊の身体を離すことは無い。
機関銃のような種の掃射が、濁流のような荊の群れが、湿地帯を戦場へと変えていく。
●孤島の森に夜が来て
「無断で立ち入ったことは謝ります。ですがこれも、不法投棄の後始末をするためのことで……」
そう叫ぶ恵の声は、荊の壁に打ち消され樹木子の耳には届かない。
樹木子の攻撃を受け続けた悟も、今は治療の為に澄香のいる後方へと下がっていた。代わりに、前衛を務めるのは梛、両慈、輪廻の3人だ。
「勝手に島に入って悪い。この島に何かしようって気はないんだ」
荊を素手で払いのけ、梛は叫ぶ。
「悪いけどあんたが木像にした男達は、俺達にくれない? 俺達の法律で裁きにかけたいんだ」
梛の腹部を、荊が貫く。足元に、ぼたぼたと血が滴った。
「あんたが怒った理由は解るし、当然だと思う。あいつらがした事は同じ人として謝るよ。悪かった、あんた達の大事なこの島を、森を荒して。不法投棄は俺達が責任もって片づけるから、頼む、話を聞いてくれ」
種の掃射が、梛へと降り注ぐ。
横から飛び出した両慈が、梛の身体を突き飛ばし、種の弾丸を無理矢理に回避させた。そのまま種の掃射を浴びていたら、今頃梛は意識を保っていられなかっただろう。
「……やれやれ、俺もこんな回りくどい事をするとはかなり丸くなったものだな……。だがこの感情は、悪いものではないが、な」
梛の代わりに、種の掃射を浴びた両慈の右腕は、流れた血で真っ赤に染まっていた。
種に含まれていた毒が回ったのか、両慈の顔色がみるみるうちに青ざめて行く。
「古妖とのこの手の交渉は苦手だな……すまないが」
両慈は、背後に控えた輪廻へと視線を向けた。それから、梛と視線を交差させ、無言のまま頷き合う。
『……?』
樹木子が、次の攻撃に移る前に、梛と両慈は地面を蹴って左右へ跳んだ。
二方向からの同時攻撃。種の掃射は一方向へしか行えないので、樹木子の取る行動は自動的に荊での薙ぎ払いに限定される。
左右から、中央へ向かって挟みこむような荊の鞭を、梛と両慈は受け止めた。
皮膚は破れ、血が滴る。衝撃に、骨と内臓は悲鳴を上げ、筋肉はぶちぶちと音をたてて痛みを発する。
ほんの一時。
二人は、荊を受け止めて見せた。
「ずーっと聞く耳持たずで攻撃が続くなら流石にちょーっと叩いちゃうわよん?」
タンッ、と。
軽快な音と共に、輪廻は跳んだ。着物の裾を翻し、蔦の椅子に座った樹木子の頭上へその身を投げ出す。
樹木子は、目を見開いて輪廻を見やる。
荊も、種の掃射も、間に合わない。攻撃を受け止められた驚きからか、一瞬対応が遅れてしまった。その一瞬が、命取りとなった。
「武器は無いけど、私は身体が武器みたいなものなのよん♪」
握りしめられた輪廻の拳を、樹木子は見やる。
自分はここで死んでしまう。生まれ育った、大好きな森の中で、人間の手で殺される。そのことが悔しくて、島を守れなかった自分に怒りが湧いた。
だけど、もう手遅れ。目にも止まらぬ輪廻の突きが、樹木子の身体を打ち抜いた。
身体が砕け散ることを覚悟し、目を閉じた樹木子。
だが、覚悟していた衝撃は来ない。僅かな痛みと共に、湿地の中へと叩き落されただけだ。
『……?』
おそるおそる、目を開ける。
「お話、聞いて貰えるかしらん♪」
樹木子の目に映ったのは、満面の笑みを浮かべ、ぷらぷらと拳を振っている輪廻の姿だった。
自分は一度死んだのだ、と負けを認めた樹木子は、大人しく恵の話を聞いている。
木霊を押さえていた凌牙や、樹木子の攻撃を受け続けた悟も、大きなダメージこそ受けたものの無事に任務を終え、今は他の仲間たちと共に海岸へと移動している。
自分達の乗って来た船に、積めるだけのガラクタを積みこんでいるのだ。
積みこめなかった分は、後日、信頼できる者たちと共に回収に訪れる予定となっている。
そのことを樹木子に説明しているのは、恵であった。
「違法業者の3人は、本土に戻り次第警察機関に引き渡します。ガラクタは一週間以内に回収に来ますし、この島自体を保護し一般人は立ち入り禁止とする手筈も整えています。貴女達の生活が脅かされることは今後有りませんので、ご安心ください。もしお困り事がありましたら、こちらに連絡をください」
『……??? な、なんの話をしているのか、私には分からない。人間の話は難しすぎる。これはなんだ? 木の臭いがするぞ?』
恵に渡された名刺をしげしげと眺めながら、樹木子は困惑の表情を浮かべていた。
自然の中でしか生きたことのない樹木子にとって、人間社会のシステムは理解するのが難しいものなのである。
けれど、樹木子は恵の話を聞いている。
目の前にいる不可思議な力を持つ人間達は、この島を綺麗にしてくれるつもりだと、そう理解できたから。
陸から、船で数十分。沖に浮かぶ小さな孤島。
その島の外周は、蔦や草で覆われていて、海からでは島の中の様子は一切窺えない。
「では恵ちゃん、はじめましょうか」
「えぇ。そうですね。木霊や樹木子と戦わない方向で」
翼を広げた『願いの翼』天野 澄香(CL2000194)と梶浦 恵(CL2000944)は、仲間達を抱え緑の壁を飛び超える。
緑の壁の向こうに広がる砂浜には、無数のガラクタが山と積まれていた。蔦や草木に覆われてはいるが、大量のガラクタの存在は、緑豊かな孤島の景観を損なうには十分なものである。
ガラクタの山の中には、大型のクルーザーも紛れていた。ガラクタを不法投棄した業者達が乗って来たものだろう。
「島を覆う草木の壁に、ガラクタを覆う蔦や植物。これがこの島に住む古妖たちの力か」
「樹木子達が完全に悪者って訳じゃないし、ちょっと同情しちゃうわねん」
海岸に降り立った東雲 梛(CL2001410)と『ドキドキお姉さん』魂行 輪廻(CL2000534)は、ガラクタの山と緑の壁、深い森を見渡し溜め息を零す。
同族把握を用いて、樹木子や木霊の気配を探る梛は静かに目を閉じ、輪廻は興味津津といった様子で森へと近づいていく。
その間に、澄香と恵は残る3名の仲間を島へと運びいれていた。
全員が海岸に降り立つと、恵は早速荷物の中からカメラとレポート用紙を取り出した。
「島が抱える不法投棄問題を、行政へ掛け合う為の報告書を作成しましょう。警察へ業者の一斉摘発を行う為の下準備をしておかないと、また同じ問題が起きかねないわ」
海岸に積まれたガラクタを写真に納めると、恵は先頭に立って森の中へと踏み込んで行く。
●木霊
「やれやれ……半ば自業自得は言えるが、それでも無視する訳には行かんな。それに如何なる理由があろうと、人を襲った古妖をそのままには出来んからな」
眉間に皺を寄せ、そう呟いた『雷麒麟』天明 両慈(CL2000603)ではあるが、その手に武器は握られていない。
樹木子達をそのままには出来ない、とのたまいつつも積極的に戦闘を仕掛けるつもりは無いのだ。
「あらあら、後輩君、そんなに眉間に皺を寄せてたら早く老けるわよん♪ もっと力を抜いて気楽に行きなさいな♪ それが若さと長生きの秘訣よん♪」
難しい顔をした両慈をからかいながら、輪廻はふと視線を上へと向けた。
一瞬、何者かの気配を頭上に感じたのである。
「……木霊だ」
そう呟いたのは、梛だった。頭上の木の枝に座った、緑色の赤子。その身は草木で出来ている。木霊の胸元から、ずず、と白い花が咲いた。
瞬間、『意識の高いドM覚者』佐戸・悟(CL2001371)が近くの大岩を蹴って宙へと跳んだ。
木霊の胸に咲いた花から、小さな種が撃ち出される。
複数のスキルで自身の防御力を上げた悟は、顔の前で腕を交差させ種を受け止めた。種が弾け、ぱぁん! という空気の破裂する音が響き渡る。
悟の纏った土の鎧に罅が走った。音の衝撃に打ちのめされた悟が地面に叩きつけられる。
「ま、まだまだぁ! 俺は耐えるのみ……勿論ドM的にはご褒美だがな!」
大音による衝撃で、くらくらする頭を振りながら悟は立ち上がり、両手を広げた。
その身を呈して、仲間を木霊の攻撃から庇うため。
落下の際に、舌でも噛んだのか悟の口元からは血が零れている。音による衝撃で、身体中が鈍く痛みを発していた。大きなダメージではないが、確実に悟の動きは鈍くなっている。
だが、悟は笑っていた。
そんな悟の背を見つめ、澄香と輪廻は引きつった笑みを浮かべ、冷や汗を流すのだった……。
「……ん、俺も山で育って自然が好きだから樹木子の怒りはわかるぞ。違法投棄、駄目、絶対……これ社会のルールだって師匠も言ってた」
4発連続で木霊の攻撃を浴び、流石にふらついている悟の前に『悪鬼の末裔』神薙・凌牙(CL2001514)が歩み出た。
「俺はお前の敵じゃない……お願いがあって来たんだ。……どうかその赤い実を貸してほしい。お願いする」
すっ、と。
凌牙は、深く頭を下げた。
静寂。
頭を下げた姿勢のまま動かない凌牙と、それを見下ろす木霊。
両慈と梛は、姿勢を低くして木霊の攻撃に備えていた。
十秒、二十秒と時が過ぎて行く。ひどくゆっくりとした時間が。
やがて……。
するすると、木霊の胸の中へ白い花が吸い込まれるように消えて行く。
『…………………』
次の瞬間、木霊の姿が掻き消える。木の枝の中に、同化するようにして見えなくなった。
代わりに、先ほどまで木霊のいた場所には血色の木の実が残されていた。木の身は、風に吹かれて枝から落ちる。
落ちて来た木の実を凌牙が受け止める。
それは、僅かにぬくもりを放ち、静かに脈打っているような、不思議な木の実であった。
悟の治療を終えた澄香が額に滲んだ汗を拭う。
残る木の実はあと2つ。凌牙の同族把握によって、樹木子は未だに眠ったままであることが確認されている。
人に対し、怒りを燃やしている樹木子と違い、木霊達は人を憎んでいる、ということはないようである。
実際に相対した凌牙や悟は、木霊からは意思のようなものが感じられないことに気付いている。
ただそこにあるだけ、時の流れに身を任せているだけ。
人はそれを『自然』と、そう呼ぶのかもしれない。
「とは言ったものの、やっぱりこれを放置してはおけないですね。捕らえられた男達も、生きた証拠になるので、解放して貰えないか交渉してみましょう」
場所は移動して森の中の湖。大樹の傍に転がされた3体の木像。3人の男達の成れの果てを見下ろしながら、恵はレポート用紙に何事かを記す。
用紙の端には、島の地形や今まで通って来たルートがマッピングされている。
これからどう進もうか、と思案する輪廻と恵。
「……近くにいるぞ」
と、顔をあげそう呟いたのは梛だった。
湖の畔、地面の中から這い出して来た緑の赤子は、視線の先に集った侵入者達を興味深そうに見つめていた。
土の下に隠れていた木霊が、地上へと這い出して来た理由は判然としない。
F.I.V.E.の面々に、敵意がないことを察知し、出て来たのかもしれない。
先ほどのような不意打ちを警戒し、悟と梛が前へ出る。それを押しとどめたのは、輪廻だった。唇に人差指を当て「しー」と、悪戯っぽく笑って見せる。
視線で示した先には、澄香と恵の姿がある。
「あら……?」
「えぇと……?」
近づいてくる木霊を困惑した表情で見降ろす澄香と恵。どうやら木霊は、恵の放つマイナスイオンに引き寄せられているようだ。
二人は湖畔に座り込み、木霊を迎えることにした。
残る5名の仲間達は、その様子を遠巻きに眺めている。
「乱暴にしないよう気をつけてくださいね」
「わかっています。さぁ、木霊ちゃん。こっちへ」
恵は、近づいて来た木霊を抱きかかえ、赤ん坊をあやすようにゆっくりと揺らす。
自分達は敵ではないこと、赤い木の実が必要なことを語りかけ、子守唄を歌う。その傍らで、澄香は木霊の頭を優しく撫でていた。
『……』
木霊の手から、澄香の手へと、赤い木の実が渡される。
「ごめんなさい、これ、くださいね」
澄香が木の実を受け取ったことを確認すると、木霊はゆっくりと恵の腕から降りていった。そのまま、溶けるようにして、地面の中へと潜って消えた。
母なる大地の腕の中で、再び静かな、心地よい眠りにつくために。
自然を汚すガラクタの山が、遠くない未来にこの島から排除されることを夢に見ながら、眠るのだ。
両手に持った赤い木の実を眺めながら、梛は神経を研ぎ澄ますため、目を閉じた。
「これで二つ。あとは木霊が1体と、樹木子だけか」
超直感を頼りに、残る1つの木の実を探す心算である。
目を閉じ、黒に染まった視界の中。赤い神経が、どこまでも、蜘蛛の巣の如く伸びて行く光景を思い描く。伸びた神経はやがて孤島全体に行きわたり、赤い木の実に行きあたる。
その筈だったのだが……。
「!?」
ぞくり、と梛の背筋に悪寒が走る。
島全体を覆うほどの、怒りの感情。迫りくる、何かの気配。
仲間達へ警戒を促す、その直前。
「えぇ!? なぁに、これ?」
悲鳴を上げたのは輪廻だった。着物の裾を押さえた輪廻が、地面に倒れている。盛大に裾が捲れて、白い太ももが顕わになっている。
その脚には、樹の根や蔦が巻きついていた。
気付けば、他の仲間達や梛も樹の根、蔦によって捉えられている。武器を携行してこなかったことが仇になった。即座に植物の拘束を解く術はない。
ずるり、と。
抵抗する間もなく、7人は森の奥へと引き摺られていった。
陽の光も届かない湿地帯。蔦や木の枝で作られた椅子に腰かけた少女が、そこに居た。冷たい視線を、地面に倒れた7人の人間へと向けている。
樹木子だ。蔦や木の葉で形成された長髪が、ざわり、と蠢く。
『………また、来た』
か細い声だ。川のさざめきか、樹の葉の擦れる音に似ている。
『仲間を助けに来たの?』
手にした赤い木の実を高く掲げ、侵入者達を見下ろしていた。傍らに控えた木霊の手には、赤い木の実が二つ。ここまで集めて来た木の実は、回収されてしまっていた。
『徹底的に痛い目を見ないと、理解できないのね。森は、島は、自然は、人の手でどうこうできるものではないの。人の手で汚してはいけないの』
しゅるり、と。
急成長した無数の荊が、樹木の姿を覆い隠した。
濁流の如き荊が、F.I.V.E.の面々を襲う。
いち早く蔦の拘束を解き、立ち上がった悟が荊から仲間達を庇うべく、両手をひろげ立ちはだかった。土の鎧を纏っていた悟は、それを解除することで蔦の拘束から抜け出したのだ。
「う、ぐぅうううう……。ふふ、ふふふふふふふ。ふはははははは!!!」
機械の身体に、盾のような四肢。防御力を底上げしているとはいえ、樹木子の攻撃にその身を晒して、無傷でいられる筈はない。全身に裂傷や打撲傷を負い、血に塗れながら、しかし悟は笑っていた。
「さあ、来いよ! 樹木子君! 怒り猛った君の攻撃、全部受け止めてやるよ! さあさあ、もっと俺に攻撃しろ! 君の嫌いな機械のこの身だが……麗しい君の苦しみ、怒り……俺が全部受け止めて発散させてやる!」
『……なんだ、こいつは』
さぁ! さぁ! と壮絶な笑顔を浮かべ樹木子へと歩み寄る悟。樹木子は、悟から距離を取るように背後へと後退していった。
そんな悟の後では、蔦に足を拘束されたままの澄香が腕を空へと掲げ、何事か小さな声で囁いていた。ぱっ、と澄香の頭上で水滴が弾ける。弾けた水滴は、淡い燐光へと変じ、周囲へと降り注いだ。
血塗れの悟の身体を、淡い燐光が包み込む。みるみるうちに、悟の傷が癒えていく。
「ゴミはあの三人と私達で片付けます。もうこんな事が起きないように行政に働きかけます。私、パトロールもします。だからあの3人を助ける事を許して貰えませんか?」
盾の役割を一身に引き受ける悟を回復させながら、澄香は樹木子へと言葉を投げかけた。
樹木子から返事はない。
樹木子の背後に、大きな白い花が咲く。花弁の中央から、薄紫色をした種が、機関銃のような勢いで射出される。
土の鎧を纏った悟は、その身で種による掃射を受け止めた。
その隙に、残る仲間達は蔦の拘束を外し、四方へ散開。樹木子の視界から逃れるように、樹や岩の影に身を隠した。
『……逃げろ』
樹木子は、傍らの木霊へそう告げる。即座に気の枝へと跳び乗った木霊の身体を、木陰から飛び出した凌牙が取り押さえた。
「手荒なことはしたくないけど、……しかたない。少しだけ大人しくしてもらう」
木霊の放った種が破裂し、音による衝撃波を凌牙へと浴びせかける。脳や内臓を揺らす音波に表情を歪めながらも、その腕は決して木霊の身体を離すことは無い。
機関銃のような種の掃射が、濁流のような荊の群れが、湿地帯を戦場へと変えていく。
●孤島の森に夜が来て
「無断で立ち入ったことは謝ります。ですがこれも、不法投棄の後始末をするためのことで……」
そう叫ぶ恵の声は、荊の壁に打ち消され樹木子の耳には届かない。
樹木子の攻撃を受け続けた悟も、今は治療の為に澄香のいる後方へと下がっていた。代わりに、前衛を務めるのは梛、両慈、輪廻の3人だ。
「勝手に島に入って悪い。この島に何かしようって気はないんだ」
荊を素手で払いのけ、梛は叫ぶ。
「悪いけどあんたが木像にした男達は、俺達にくれない? 俺達の法律で裁きにかけたいんだ」
梛の腹部を、荊が貫く。足元に、ぼたぼたと血が滴った。
「あんたが怒った理由は解るし、当然だと思う。あいつらがした事は同じ人として謝るよ。悪かった、あんた達の大事なこの島を、森を荒して。不法投棄は俺達が責任もって片づけるから、頼む、話を聞いてくれ」
種の掃射が、梛へと降り注ぐ。
横から飛び出した両慈が、梛の身体を突き飛ばし、種の弾丸を無理矢理に回避させた。そのまま種の掃射を浴びていたら、今頃梛は意識を保っていられなかっただろう。
「……やれやれ、俺もこんな回りくどい事をするとはかなり丸くなったものだな……。だがこの感情は、悪いものではないが、な」
梛の代わりに、種の掃射を浴びた両慈の右腕は、流れた血で真っ赤に染まっていた。
種に含まれていた毒が回ったのか、両慈の顔色がみるみるうちに青ざめて行く。
「古妖とのこの手の交渉は苦手だな……すまないが」
両慈は、背後に控えた輪廻へと視線を向けた。それから、梛と視線を交差させ、無言のまま頷き合う。
『……?』
樹木子が、次の攻撃に移る前に、梛と両慈は地面を蹴って左右へ跳んだ。
二方向からの同時攻撃。種の掃射は一方向へしか行えないので、樹木子の取る行動は自動的に荊での薙ぎ払いに限定される。
左右から、中央へ向かって挟みこむような荊の鞭を、梛と両慈は受け止めた。
皮膚は破れ、血が滴る。衝撃に、骨と内臓は悲鳴を上げ、筋肉はぶちぶちと音をたてて痛みを発する。
ほんの一時。
二人は、荊を受け止めて見せた。
「ずーっと聞く耳持たずで攻撃が続くなら流石にちょーっと叩いちゃうわよん?」
タンッ、と。
軽快な音と共に、輪廻は跳んだ。着物の裾を翻し、蔦の椅子に座った樹木子の頭上へその身を投げ出す。
樹木子は、目を見開いて輪廻を見やる。
荊も、種の掃射も、間に合わない。攻撃を受け止められた驚きからか、一瞬対応が遅れてしまった。その一瞬が、命取りとなった。
「武器は無いけど、私は身体が武器みたいなものなのよん♪」
握りしめられた輪廻の拳を、樹木子は見やる。
自分はここで死んでしまう。生まれ育った、大好きな森の中で、人間の手で殺される。そのことが悔しくて、島を守れなかった自分に怒りが湧いた。
だけど、もう手遅れ。目にも止まらぬ輪廻の突きが、樹木子の身体を打ち抜いた。
身体が砕け散ることを覚悟し、目を閉じた樹木子。
だが、覚悟していた衝撃は来ない。僅かな痛みと共に、湿地の中へと叩き落されただけだ。
『……?』
おそるおそる、目を開ける。
「お話、聞いて貰えるかしらん♪」
樹木子の目に映ったのは、満面の笑みを浮かべ、ぷらぷらと拳を振っている輪廻の姿だった。
自分は一度死んだのだ、と負けを認めた樹木子は、大人しく恵の話を聞いている。
木霊を押さえていた凌牙や、樹木子の攻撃を受け続けた悟も、大きなダメージこそ受けたものの無事に任務を終え、今は他の仲間たちと共に海岸へと移動している。
自分達の乗って来た船に、積めるだけのガラクタを積みこんでいるのだ。
積みこめなかった分は、後日、信頼できる者たちと共に回収に訪れる予定となっている。
そのことを樹木子に説明しているのは、恵であった。
「違法業者の3人は、本土に戻り次第警察機関に引き渡します。ガラクタは一週間以内に回収に来ますし、この島自体を保護し一般人は立ち入り禁止とする手筈も整えています。貴女達の生活が脅かされることは今後有りませんので、ご安心ください。もしお困り事がありましたら、こちらに連絡をください」
『……??? な、なんの話をしているのか、私には分からない。人間の話は難しすぎる。これはなんだ? 木の臭いがするぞ?』
恵に渡された名刺をしげしげと眺めながら、樹木子は困惑の表情を浮かべていた。
自然の中でしか生きたことのない樹木子にとって、人間社会のシステムは理解するのが難しいものなのである。
けれど、樹木子は恵の話を聞いている。
目の前にいる不可思議な力を持つ人間達は、この島を綺麗にしてくれるつもりだと、そう理解できたから。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
