<死者が蘇る薬>殻紅・下
<死者が蘇る薬>殻紅・下


●背後より――
 あら? 殺芽ちゃん、一度人間に殺されたのに。
 また殺されちゃうの?
 不服な姿、死して直、蹂躙される遺骸とは。
 因果応報?
 ひとは、そう言うのかしら。ウフフ。


 元々は、大和撫子を絵に描いたように美しい女性の外見で、背中から翼を広げるように巨大な蜘蛛の足がはえている。
 殺芽と呼ばれた、大妖の蜘蛛娘。彼女はファイヴが討伐し、薬売りという古妖が遺骸を回収していた。
 しかし今は、その身体は二つに割れていた。
 頭から、胴が線対称でぱっくり割れて、中身の臓物を晒しながら蠢いている。
 半身は、もう半身を探す訳では無く。
 細長く揺れる指先から、髪の毛よりも遥かに細い気糸を揺らし、操るのは『まだ生きている人間』だ。
 あぁとか。
 うぅとか。
 涎を垂らして、口は、ぱくぱく。目は虚ろで、涙を流す。
 人間らしい言葉を発する事さえ出来ぬ人間の、手には武器が添えられた。
 ナイフとか、工具とか、チェーンソーとか、それが音をたて、友人恋人家族を殺していく。
 いい光景だね。
 いい眺めだね。
 まるで地獄の一部始終。愉快爽快、こりゃ御上もきっと重い腰上げてキレるだろう。

 ――ちりん、と鈴が鳴る。

『大丈夫ですよ? 後でちゃんと蘇らせて差し上げますから。より、新鮮な死体が欲しいのです』
 だから安心して、無事死んでください。
 そう、薬売りという古妖は語った。
 されどおかしいかな、古妖の姿は見えない。
 一瞬だけ、水たまりのような血の水面に、彼の姿が映ったのだが、現実の世界には彼は存在していないのだ。
 薬売りは死体が欲しいのだ。更なる実験を、更なる回数を、更なる成功に近づくために。

 究極の薬とは、なんぞや。
 使命の消えた妖怪の果てとは、なんぞや。
 この世界は死という病に侵されてますから――それを救うのが、薬売りなのです。


「頼む! 急いでくれ!!
 薬売りが、血雨討伐に向かった覚者を、別の勢力で囲い込んだ!!」
 久方相馬は血相を変えて怒鳴るように言う。
 状況はこうだ。
 少し前に、『血雨』という存在を討伐しに行ったファイヴの覚者たちがいる。
 しかし彼等を囲むようにして、新手が発生した。彼等は薬売りという古妖が仕掛けた勢力である、どうやら『血雨』は囮であったということか。
「敵は、昨年討伐した『殺芽』というランク4の妖の遺骸だ。それを薬売りが操っていると思うんだけど、こっちもか! こっちも、薬売りの姿見えないんだぜ……どうなってるんだ」
 現場に薬売りはいる。
 しかし、いない。
「殺芽は、自身の能力で一般人を巻き込んだ。糸によって浸食された一般人は………」
 相馬は苦い顔をした。
「もう、助けられない……かも……しれない」
 以前、薬売りがそういった殺芽の気糸を焼く炎を持っていた。
 しかしそれも不思議と、殺芽を討伐した瞬間に、消え尽くしてしまっている。
「だから、操られた一般人は『邪魔なら』殺すしかない。
 大元の殺芽を先に殺せば、なんとかなるかもしれないけれど、でも、殺芽は、いや、薬売りは、嬉々として一般人を盾にしてくると、思うんだ……だから」
 これは仕方ない事だと、相馬は爪が刺さって血塗れの拳を震わせた。

「殺芽は、便利にも二体だ。一体が、ふたつに分割されている。死体だからって弄ばれ過ぎだよな……、流石に妖だけど可哀想だって思っちまった。
 この件には、二班で当たってもらう。依頼の内容は、同じだけど、広範囲。それに、敵は分割されてても腐ってても殺芽だから強力だ。
 生前程は、強くはないとは思うんだけど……油断しないように、気を付けてくれな」

●腐っても同族だったもの

 現場に着いた覚者の、背後に妙な気配を感じた。
 静かで、存在感が希薄のようだが、しかし、天敵に睨まれているような感覚。
 心臓を掴まれたようで、息がし辛い。
 それは、恐ろしく朗らかな声で囁くのだ。

 割 る の よ。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:難
担当ST:工藤狂斎
■成功条件
1.殺芽の討伐
2.敵の突破を30%以下に抑える
3.なし
 工藤です
 注意はよく読んで、考察するのを楽しんでみてください
 それではよろしくです

●注意
・『死者が蘇る薬』と書かれた別の依頼(EX込)に、同時参加はできません。
 同時参加された場合は、両方の依頼の参加資格を剥奪した上で、LP返却は行われませんので、お気を付けください。

・当依頼では、今までに一切発見されていなかった神秘が、依頼のギミックとして使用されております。
 こちらは打破/解明せずとも十分に成功条件を達成することは可能です。
 また、『予期せぬ事態が発生する可能性が高い』ということを念頭に置いて、ご参加下さい。

・当依頼が失敗した場合、血雨を対決している『死者が蘇る薬』依頼に甚大な被害が出ます

●状況
・薬売りという古妖がいる。ファイヴにも幾度となく接触していたが、その目的は彼がいう究極の薬の生成である。その為に、彼は大規模に行動を始めた。

・血雨を討伐しにいった覚者を、別の敵が囲う。
 薬売りが殺芽を再現した。また、周囲の一般人も巻き込まれ、敵と化した。
 これの討伐を行う。殺芽は薬売りに操られていると見えるが、薬売りは現場には目視の状態では発見出来ない。同現場にいるはずなのだが、何故か。
 また、何かしらの気配が現場にいるが、これには反応するべきではないと本能が告げている
 盛りだくさんの状況だが、殺芽討伐を最優先されたし。
 
●用語
・血雨:世間を騒がせていた厄災。正体は逢魔ヶ時智雨という破綻者ランク3+呪具が組み合わさったもの。ファイヴに討伐され、遺骸は薬売りに渡っておりました

・薬売り:古妖。悪意他意一切無く、目的の為に動いている。敵スキルを解析し、己の力にする研究熱心な古妖です

・殺芽:大妖の継美の娘。人を糸で操る妖であったが、ファイヴの覚者に討たれ、その遺骸は薬売りが所持している。

●敵
・殺芽
 カデコリ的には、妖という風に思ってください
 ただし、死んでいて、かつ身体が半分になっている以上、決戦(拙作)の時レベルの力はありません
 ランクは3相当です

・攻撃に関して、威力値はかなり高いです
 1ターン2回行動

 血制の身体:パッシブ。出血系統のバットステータスを殺芽が与えた場合、与えたバッドステータス分、殺芽は回復をする
 毒制の身体:パッシブ。強カウンター
 操糸:『物体』を操ります。覚者には効きません

 切り裂き:遠物列BS失血 連撃
 串刺し:近物貫通3(100%.70%.50%)BS流血
 捕食:近物単体BS失血猛毒 HP吸収高
 気糸:特遠単体BS魅了 100%ヒットで殺芽の近接範囲に引き寄せます

 面接着と同等の技能スキルあり
 今回、殺芽の体力低下により、姿が変わることはありません

・一般人×30
 当初の数は30ですが、これより増えることはあります
 武器は様々ですが、攻撃力はルール上、一定とします
 ネームドではない憤怒者程度の力量があると思ってください

・薬売り
 現場にいるけど、いません。
 
●???
・???
 漂っているだけです
 
●場所
・大阪府、繁華街
 一般人は混乱の渦、少なからず救えるとは思います
 『殻紅・上』の班とは別の場所で戦います

 解明されていない神秘は戦闘中の現場に存在します、逆を言えば存在しなくなることもあります。
 片手間の戦闘はかなり危険だと思ってください。

●解明されていない神秘について
・過去依頼には一切登場してません

 それでは宜しくお願いします
状態
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
(4モルげっと♪)
相談日数
5日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2017年03月27日

■メイン参加者 6人■

『赤き炎のラガッツァ』
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)
『アイティオトミア』
氷門・有為(CL2000042)
『緋焔姫』
焔陰 凛(CL2000119)
『五麟マラソン優勝者』
奥州 一悟(CL2000076)


 さあさ、皆様、お手を拝借。

 始まりの終わりを、祝いましょう。


 世界は黒く染まるのです。
 白のベールが竜巻のように吹き荒れ、回転しながら町を覆っていく。人々は皆、一目散にこの場所から逃げていく。
「気休めにしか、ならないけれど……」
 『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)の瞳が別の方向を向いた。
 ゾンビのような集団。それは蜘蛛女――殺芽の半身が引き連れた、『まだ生きている人々』なのだ。
 また、その殺芽自体も、何故だか泣いているような、飽きれているような、そんな雰囲気をまとわせている。
 そこまでされる謂れは無い。『アイティオトミア』氷門・有為(CL2000042)の瞳が細くなる。確かに、彼女は人類に対して明確な悪であった。しかし死して終わりを迎えた彼女は、その死さえ蹂躙されることはないはずだ。
 これがよみがえる薬だと。笑わせる。『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)の足元から爆発的に炎が吹き荒れた。
「薬売りって奴はよう知らんけど、性格悪いって事はよう解ったわ」
「ええ、後にも先にも。薬売りは明確に敵と相成りました」
 『黒百合』諏訪 奈那美(CL2001411)が告げたとき。

 ――チリン。となる音。

 バッと見上げた奈那美。薬売りの出現のときは必ずこの音がする。けれど音は、殺芽の方向から。視界には見えぬというのに。
 同じく、『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)が同じ方向を見ていた。
「気配が?」
「ああ。不思議だな」
「不思議、と言いますと」
「殺芽の中から、気配が感じるんよ」
 『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)は吼えた。
「全力で逃げろ、ここから遠ざかれ!」
 両手を広げた一悟は、地を蹴る。一目散に群衆の中へと飛び込み、戦いの火蓋は切って落とされた――。


「ここから先には、通さない」
 フードの下、ジャックの陰った瞳にハイライトは無い。この先には友がいる、大事な人がいる。
 大勢の命とたった数人の友を天秤にかけ、傾いたのはそちらだということ。自傷するような笑みを浮かべてから、友人帳のページをなぞり、そこから噴き出した炎が敵全体を津波のように飲み込んだ。罪なき人に攻撃することに唇を噛む。
「しっかりなさい、翅虫。兄のところへ一人たりとも敵を送らないために」
「俺より年下の女の子に言われちゃあなあ……」
 奈那美はジャックの背を蹴ってから、しかしその思考は考察を繰り返す。
 ふと背中に冷や汗が流れた。背中の遠くから、じぃ……とみられている感覚だ。不思議な、震え、身体の芯が動きにくい。
「割る……」
 奈那美は言葉を繰り返す。
 薬売りが鏡や水面に姿を現すからそれを……?
 鏡はともかく、水面は割れない……。
 ならば違う何か……?
 クスクスと、笑い声が聞こえた気がした。
 本格的に動き出した殺芽が、声の無い咆哮を上げた。有為の腕を掴んだ男がいた、その隣から震えた腕でチェーンソーを持った少女が現れる。その年でなんてものを持っているのか、純粋に有為は思った。
 その少女に、いつしか助けた氷雨を重ねた。泣きながら、武器を寄せて来るその姿に、有為は瞳を閉じてから腹部に走る激痛を受ける。
 直後男を振り払い、有為は鯨骨斧を振り回し少女を倒しきった。しかし殺芽の糸は壁としてその少女を使うのだろう。
「もう助からないと思わせるのは、悪手です」
 そう、有為が言う通り、まだ助けられないとなったわけではないのだ。殺芽の糸、薬売りの糸、その解明ができれば、一般人を助けるのは遠く及ばないのである。
 命を落とさせまいと、トドメの加減はできている。その精密な魔力操作ができるのもラーラの魔術師としての実力だろう。
 凛は一般人に囲まれ、しかし殺芽を目指していた。大元が死ねば、一般人は解放される。その考えはあっている。
 ゆえに一般人を弾き飛ばしながらも、殺芽を一人目指していた。まるで海の中、溺れてもがくような不格好さではあったが、しかしその瞳は真剣そのもの。
 同じく一悟も凛に合わせて吹き飛ばしていた。肉の海中水泳、ゴールの敵はにたりと笑いながら誘っている。
 そこで、殺芽の背にはえている足のひとつが凛の腹部を串刺し、奈那美の肩を抉る。激痛迸るそれに、苦い表情をした二人と、そして笑う殺芽。


 腹部に感じる鈍い痛みは、生きていると実感させてくれる最高のスパイスであった。
 有為はされど、生きているという実感には中指を立ててしまい程の気分を感じていた。彼女の斧は迷いなく振られ、一般市民を吹き飛ばすも、立ち上がったゾンビのような彼らに集られていく。
 殺芽から受けた傷を広げるよう有為にめり込む鋭いナイフ。このままでは殺芽に、到達できぬ。
 それを理解していた。だが仲間はまだ一般人を生かしたいと手と思考を巡らせている。
 それを裏切るのには、まだ早いかもしれない。
 一般人を操っているのは殺芽である。
 しかし殺芽を操るのは薬売りである。しかし糸らしきものは見えない。
 何故そんな間接的なことをするのか、それは恐らく薬売りが気糸の使用が万全ではないのだろう。
 そこの劣化を上手く突くことができるだろうか。
「もう……組み込まれて、いる……?」
 奈那美は言った。糸らしいものは見えないのなら、いっそもう、彼女の中に組み込まれているのでは無いかと。それはとてもいい線の推理である。
「なら、殺芽さえ、彼女さえ、倒せれば……!」
 ハッと顔を上げた時、奈那美の目前に殺芽の糸が迫っていた。身体中に絡みつき、引き寄せられる。ジャックが寸前で奈那美の腕を引いたのだが、あまりの力に成す術はない。
 これを、奈那美は本能で覚えていた。あの接吻はいけないもの、一度操られ、自身も殺芽として喋らされた奈那美だからこそ。
 一悟が前へ出た。糸に引っ張られる奈那美を追って、一般人を蹴破り殴り倒しながら前へ、前へと――。
 伸ばした一悟の腕は奈那美に届くには少々短すぎる。唇を噛んで殴りつけた先、一悟の手前、一瞬だけ操られる人形たちが隊列を乱して隙が発生した。
 その間を見逃さず、凛が奔る。
「許しは請わん。後悔もせん。そんなもんは自分誤魔化す為の物やからな。せめて天国に行けるよう祈っとるで」
「待って、待ってくれ!!」
 ジャックの叫び声が聞こえていた。しかしもうこれ以上は限界なのだ。殺芽に先にやられるのが早いか、一般人を殺してでも殺芽を止めるかは――覚者の采配次第なのだ。
 凛は選んだ、恨みだって、呪いだって、これが終わったらいくらでも受ける覚悟をもって。
「殺すな、殺さないでくれ」
 ジャックこそ、自分が何を言っているのかわかっていた。でも、だからって、それでも、殺しはしたくない。僅かな希望だって、それがたとえ切れそうな藁だって縋りたい。
 でもこれは、もう希望を望むには過ぎた話となってしまった。凛は朱焔を奔らせる、罪もない命を摘むことは悪いことと知り。
 大を生かすため、小を見捨てる。
 その選択は、間違っていない。
「しっかり」
「ああ……」
「しっかりして!!」
「ああ……!!」
 ラーラの書の角が、ジャックの頭を叩いた。
「罪のない方の命を奪うなんて嫌に決まってます。だけど、罪のない一般の方達がこれ以上危ない目に遭わないためにも、他所で戦っている皆さんのためにも、通すわけには……負けるわけにはいかないんです」
「ああ……」
 泣きそうなジャックに、再びラーラは書の角を当てた。
「あなたは覚悟はできていると、言ってました。それは嘘にしてはいけないはずです」
「ああ……畜生!!」
 ラーラは書を広げる。
 ジャックは友人帳を広げる。
 二種の炎は爆発的に広がり、敵を飲み込み、そして渦を巻く。
 死を否定しながら、死をもって解決させる。それが本当に正しいかはわからない。けれど、大いなる犠牲と十字架を背負うからこそ、彼らは英雄や救世主と呼ばれる事となるのだろう。


 水面に石を投げ、波紋を広げるように。
 全体を大きく呑み込み揺らす全体攻撃を持った、ジャックとラーラの攻撃は実に効率が良かった。
 とはいえ、二人が手にかけてしまった一般人の数は相応に比例してしまったものだが、ジャックもラーラも覚悟の上の殺人である。
「ごめん……、ごめん……!!」
「罪も罰も、背負います。だから」
 漸く殺芽を前にして、戦闘は激化する。その時、薬売りの声が聞こえた。
『大丈夫ですよ、あとで全部生き返らせますから――』
 その言葉のなんと軽いことか。しかしそれはなんの解決にもなっていないと、覚者は思うのだ。
 確かに、生き返らせる――そんな事ができるのなら、この世のあらゆるものが一斉に解決する上で、そして、しかし大きなうつろを作るようなもの。
「薬売り!! いるんだろ!! 頼む、もうやめてくれ。この世界は諸行無常、不死は確かに誰しもが望むけれど、でも、死があるからこそ、生は尊い」
 ジャックの声は、薬売りの仮面の上を滑っていくばかりだ。一悟は言う。
「動く死体に心を入れても、死を克服したことにはならないんじゃね?」
『修行中の身です』
「本物が完成する前に、どれくらい犠牲を出すつもりだよ」
 一悟は頭を抑えた。人間の感性ではほど遠い、古妖の生きる時間。その時間軸では人間の一生なんて、瞬きするくらいの一瞬だろう。
 しかしその一瞬で大きく世界の均衡を乱すことができるのもまた、古妖という神と物の怪の間に住まうものだからできることか。一悟としては、そんなことよりも薬売りのやり方が気にくわない、拳を隣の店のシャッターにぶつけて轟音を出しながら吠えた。
「させねえぞ」
 一悟は決意するように言葉を放ち、殺芽を穿つ。彼女の牙が一悟の喉元をえぐり取ったがしかし、それでも倒れずに凛と立つのだ。
「人は死ぬ、現在の社会はそれを前提に作られています。死なない事で幸せになる為には、それに応じた社会制度が必要なのです」
 有為は殺芽の足を切り取った。有為がいうことはもっともで、このまま死なぬ生物が増え続ければ、それ相応に混乱をきたす。その前に考えられる混乱は全て発生し、徒労に終わるかもしれないが。
 だから今の均衡を守らないといけないのだ。普通の世界を普通に守ることの難しさは、この場の誰よりも覚者が一番わかっている。
 詰まるような息苦しさは、殺してしまった人間の鉄の香りが充満しているからだろうか。それを払拭するように頭を左右に揺らしてから、ラーラはキリっと前を見た。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
 恒例にもなりつつある言葉に乗せて、力を放つ。殺芽が破壊力に揺らぎ、その足を膝つき、しかし人形の通りに顔は一切ゆがめることは無い。
「止めまず。必ず、貴方は兄がきっとなんとかしてくれる」
 妹の信頼は深い。奈那美はそれ故になんとしてでも薬売りを引きずり出さないといけなかった。それが、兄と共闘しているような気がする高揚感と共に、使命だと思っているから。
 相容れない相手とはいえ、死体へ攻撃するとは冒涜ものだ。気が進まないが、あの殺芽であるのだが、何故だか可哀想に思える。
 死してやっと、優しくしてもらえたのね――そう、背後から声が聞こえた気がした。反応してはいけない、奈那美は口を閉じて、第三の目から光を放った。


 戦闘は激化を極めていく。
 殺芽の斬撃に怯む覚者たちだが、全身をぼろぼろにしても凛は立ち上がる。
 凛は朱焔を殺芽に突き刺し、そして切り伏せた。その傷にラーラの火炎がねじ込まれていく。
 ラーラが管理する敵の体力値も、あと少しであるのだ。
「頑張って、もうちょっとだよ!!」
 ジャック右目の前に小さな魔法陣を形成し、そこから光が放たれた刹那。大鎌のような足が振り切られ、ジャックとラーラが膝をつく。
 体力も最早限界すれすれ、一悟も震えそうな足に鞭を打つように立ち上がった。どちらが先に倒れるかいよいよわからなくなってきたところではあるが。覚者たちには命数を使う最終手段が残されている。
 奈那美の瞳から放たれる光が殺芽を射抜いたとき、硝子にヒビでも入ったかのような音が響いた。
 そこから見えたのは、
「鏡――!!?」
 奈那美の考察は、一部当たっていた。殺芽の中に仕込まれた鏡が、淡く輝く光を放つ気糸を伸ばし、殺芽の全身に広がっていた。
 割れた腹部から覗くそれは、ダメージを与え続け身体を損傷させて初めて垣間見える真実である。それを、隠すように殺芽は身をかがめた。
「それを割ってください!」
「お任せを」
 有為が鯨骨斧を回転させ腹部へと突き刺す。殺芽が受け止めようとした斧だが、腕ごと切り裂き、そして鏡破片へと食い込んだ。
 その時破片から飛び出した気糸が一般人たちの死体に空回り、鏡のなかへと引きずり込む心算のようだ。回収させてはいけない――、そう気づいた一悟はトンファーに炎を纏い、鏡破片へ強行。
 まるで鏡とトンファーの間に見えない壁でもあるかのように、一悟の強行が通らず。
「しゃらくせえ!!」
「二度と蘇んな!」
 凛が一悟の隣から剣先を鏡破片へと当てていく。凛こそ苛立っているのだ、それを全て、この一閃に全てをかける。
 殺芽が叫び声をあげるように口をあけ、目を見開き、得物が接している部分からは盛大に放電しつつ、そして。

 バキ

 という音がしたとき、殺芽の腕がだらりと解け、膝がつき、頭がすわらない状態で地面に崩れていく。
 支えを無くした人形のようになったそれの腹部で、割れた破片が光り輝いた。一悟が殺芽の体を受け止めたとき、その身体は砂のように崩れて消えていく。
 周囲全てを飲み込む光が響き渡ったとき。
 一瞬にして、その周囲にいた覚者や一般人の死体や、殺芽さえ。現実の世界から消えていた――。



 ――ちりん。

 と鈴の音に、奈那美は警戒した。
 気づけばダストシュートされたように死骸の上に覚者たちは転がり、顔をあげた凛は周囲を見回す。三班いたけど、この班が一番早く真理に到達したところである。ので、まだ誰もいない。
「ここ……どこや」
 まるで反転した世界であった。
「鏡の、中でしょうか」
 ラーラは書を開きながら、最大の警戒をもって言う。
「成程な、異界から糸を伸ばしていれば、そりゃあ現実に身体を置かなくてもいいというわけだ」
 一悟が指骨を鳴らしながら、相対するのは薬売り。
 薬売り――自身は、お茶を飲みながらくつろいでいたのだが。
『あまり繋ぎすぎるのもいけませんが』
「どういうことだ、わかりやすく言え」
『元は、ひとつの大きな鏡であったのですよ』
「この破片が、か」
 一悟は手の中で弄ぶ破片を魅せた。それは鏡であって、魔鏡。世界と世界を繋ぐ、鏡である。
 この鏡が繋ぐ世界はただひとつ。この現実とは反転した世界である。それにしても……光が届きにくいのか、太陽がないのか、やけに暗い。
『陰の、世界ですから』
「で、「死」を克服してどうすんだよ? 薬が完成したら、お前、無……死ぬんじゃね? 本末転倒だな、そりゃ」
『はい、役割を終えるのが目的ですが』
「なんだそりゃ」
 ジャックは噛みつくように薬売りの胸倉を掴んで持ち上げた。
「お前の薬は誰かを殺すためじゃなく、生かすためだろう!! それを、忘れんな、頼む、やめてくれ」
『退けません』
「善悪不明なら俺が教える!! とりあえず、今はどう見ても悪にしかならない。そうなったらお前、討伐されるぞ」
『そうならない為の戦力くらいは、あります』
 奈那美は顔をあげた。割るとは、鏡を割れという事であっただろうが。こうして欠片を持っている。
 この欠片がこの世界への出入り口だとしたら、まだ残しておいた方が得策かもしれない。
 薬売りを引きずり出す心算であったが、逆に招かれてしまった身。薬売りと決着をつけるならば――この場であろう。
 

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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