愛を語る術を、オレは知らない
●
陽が暮れようとする大通りを歩いていた男は、交差点の角で足を止める。
車も、行き交う人も絶えないこの場所で、ガードレールに花束を供えている女性がいた。
歩道からではなく車道側からガードレールに固定しようとしている為、幾度も車からクラクションを鳴らされている。
『いいオンナだろ』
聞こえてきた声に、振り返った。
広い歩道の隅。
車道とは反対側に建つビルに凭れかかるようにして、若い男が座り込んでいた。
血塗れの姿、行き交う人々が避けもせず男の足を踏み抜き通って行く様子に、彼が霊体なのだと理解する。
「ええ、とてもお美しい方ですね。お知り合いの方?」
男の隣に立ち尋ねれば、『まあね』とニヤリと笑う。頭から血を流しながら笑う姿が、痛々しかった。
『何、アンタはその服装からして神主か何か?』
「正しくは権宮司です。この先にある津ノ森神社の」
『ごん……?』
聞き慣れぬ言葉に眉を寄せた男へと、自己紹介をする。
「僕は篠宮貴裕と言います。あなたは?」
『オレは、矢部珠樹。一週間前の夜中に死んだ。……なぁ。オレの声が聞こえんなら、アイツに伝えといてくんない? ムダな事にカネ使うなって』
「ムダな事?」
『花束なんて高ェじゃん。……うっとうしいだけなのに。アレじゃ、いつか車に轢かれちまうぜ』
沈むような声に、珠樹の横顔を見下ろす。
笑っていた。
己で気付かず、まるで『その刻』を、楽しみに待っているかのように――。
「……彼女、恋人ですか?」
『ああいや、カネヅル。ホステスなんだぜ、アイツ』
ただのお人好しの……バカなオンナ。
呆れ気味のその言葉に、貴裕はふふっと笑う。
「――まあ男は、『バカなオンナ』に弱いですからね」
からかうように言えば、珠樹が顔を顰め、チロリと睨んできた。
「ソレって逆じゃね? オンナはバカなオトコに、だろがよ」
ったくよー。
照れたようにそっぽを向く男に、貴裕は口許を袖で隠しハハッと笑った。
――嫌な、予感がした。
それは陽暮れ時に見た、彼の笑った横顔が気になったからかもしれない。
禍々しき刻とも言われる、あの『赤く染まった刻』に浮かべた笑顔――。
ずっとその顔が、脳裏から離れなかったからかもしれない。
確信にも似た、予感。
眠れぬ寝床から起きだして、貴裕は夜明け前の道を急ぐ。
珠樹の居る、交差点へと向かった。
●
「これは……」
耳障りな程に鳴り続ける、クラクションの音。
貴裕はその光景に、思わず足を止める。
十字路の中心で盛り上がり、放射線状に裂けたアスファルト。
大きな裂け目に巻き込まれた車が、不自然に車体を傾げている。そしてその車に追突した、後続車。ぶつかった時の衝撃を物語るように、2台の車は原型を留めていなかった。
潰れた運転席からは、血が滴り落ちる。その大量の血が、すぐにでも助け出さなくてはいけない状況なのだと知らしめていた。
けれども、近付けない。
裂け目の真ん中で、男が嗤っていた。
「珠樹!」
貴裕の声に、男の瞳が向く。そうして、笑った。
「今度こそ、助けます。珠樹の御霊は、僕が安らかに――」
「シ……ネ……、シ……ノ……ウ……イッ……ショ、ニ……」
地が割れ、砕けたアスファルトが貴裕へと鋭く飛んだ。
●
「夜中に悪い!」
会議室に集まった覚者達に、久方 相馬(nCL2000004)は慌てた様子でそう言った。
夢の内容を話し終えると、念写で焼き付けた女性の顔を覚者達に配る。
「彼女の名前は判らない。けど、顔はそれで間違いない。彼女はまだ現場に着いていないみたいだけど、近くには差し掛かってる筈だ。それを狙って、珠樹は事故を起こさせたんだろうしな。知らせるかどうかは、皆で決めてくれ」
現場には、車から出られない人や貴裕以外にも、通行人が何人かいる。その人達も避難させなくてはいけないと相馬は言った。
「なんとか珠樹の注意をひいて、その間に避難させるのがいいと思う。AAAも協力してくれるけど、彼等は現場を封鎖するのに手一杯になると思う。それぞれの道路――4ヵ所で封鎖する必要があるから。避難はFiVEでやるしかない」
皆なら出来る、頼むぜ! と相馬は信頼の笑顔を浮かべ、覚者達を送り出した。
陽が暮れようとする大通りを歩いていた男は、交差点の角で足を止める。
車も、行き交う人も絶えないこの場所で、ガードレールに花束を供えている女性がいた。
歩道からではなく車道側からガードレールに固定しようとしている為、幾度も車からクラクションを鳴らされている。
『いいオンナだろ』
聞こえてきた声に、振り返った。
広い歩道の隅。
車道とは反対側に建つビルに凭れかかるようにして、若い男が座り込んでいた。
血塗れの姿、行き交う人々が避けもせず男の足を踏み抜き通って行く様子に、彼が霊体なのだと理解する。
「ええ、とてもお美しい方ですね。お知り合いの方?」
男の隣に立ち尋ねれば、『まあね』とニヤリと笑う。頭から血を流しながら笑う姿が、痛々しかった。
『何、アンタはその服装からして神主か何か?』
「正しくは権宮司です。この先にある津ノ森神社の」
『ごん……?』
聞き慣れぬ言葉に眉を寄せた男へと、自己紹介をする。
「僕は篠宮貴裕と言います。あなたは?」
『オレは、矢部珠樹。一週間前の夜中に死んだ。……なぁ。オレの声が聞こえんなら、アイツに伝えといてくんない? ムダな事にカネ使うなって』
「ムダな事?」
『花束なんて高ェじゃん。……うっとうしいだけなのに。アレじゃ、いつか車に轢かれちまうぜ』
沈むような声に、珠樹の横顔を見下ろす。
笑っていた。
己で気付かず、まるで『その刻』を、楽しみに待っているかのように――。
「……彼女、恋人ですか?」
『ああいや、カネヅル。ホステスなんだぜ、アイツ』
ただのお人好しの……バカなオンナ。
呆れ気味のその言葉に、貴裕はふふっと笑う。
「――まあ男は、『バカなオンナ』に弱いですからね」
からかうように言えば、珠樹が顔を顰め、チロリと睨んできた。
「ソレって逆じゃね? オンナはバカなオトコに、だろがよ」
ったくよー。
照れたようにそっぽを向く男に、貴裕は口許を袖で隠しハハッと笑った。
――嫌な、予感がした。
それは陽暮れ時に見た、彼の笑った横顔が気になったからかもしれない。
禍々しき刻とも言われる、あの『赤く染まった刻』に浮かべた笑顔――。
ずっとその顔が、脳裏から離れなかったからかもしれない。
確信にも似た、予感。
眠れぬ寝床から起きだして、貴裕は夜明け前の道を急ぐ。
珠樹の居る、交差点へと向かった。
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「これは……」
耳障りな程に鳴り続ける、クラクションの音。
貴裕はその光景に、思わず足を止める。
十字路の中心で盛り上がり、放射線状に裂けたアスファルト。
大きな裂け目に巻き込まれた車が、不自然に車体を傾げている。そしてその車に追突した、後続車。ぶつかった時の衝撃を物語るように、2台の車は原型を留めていなかった。
潰れた運転席からは、血が滴り落ちる。その大量の血が、すぐにでも助け出さなくてはいけない状況なのだと知らしめていた。
けれども、近付けない。
裂け目の真ん中で、男が嗤っていた。
「珠樹!」
貴裕の声に、男の瞳が向く。そうして、笑った。
「今度こそ、助けます。珠樹の御霊は、僕が安らかに――」
「シ……ネ……、シ……ノ……ウ……イッ……ショ、ニ……」
地が割れ、砕けたアスファルトが貴裕へと鋭く飛んだ。
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「夜中に悪い!」
会議室に集まった覚者達に、久方 相馬(nCL2000004)は慌てた様子でそう言った。
夢の内容を話し終えると、念写で焼き付けた女性の顔を覚者達に配る。
「彼女の名前は判らない。けど、顔はそれで間違いない。彼女はまだ現場に着いていないみたいだけど、近くには差し掛かってる筈だ。それを狙って、珠樹は事故を起こさせたんだろうしな。知らせるかどうかは、皆で決めてくれ」
現場には、車から出られない人や貴裕以外にも、通行人が何人かいる。その人達も避難させなくてはいけないと相馬は言った。
「なんとか珠樹の注意をひいて、その間に避難させるのがいいと思う。AAAも協力してくれるけど、彼等は現場を封鎖するのに手一杯になると思う。それぞれの道路――4ヵ所で封鎖する必要があるから。避難はFiVEでやるしかない」
皆なら出来る、頼むぜ! と相馬は信頼の笑顔を浮かべ、覚者達を送り出した。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖(心霊系)の『殲滅』、又は、『説得し討伐での成仏』
2.一般人の死者を出さぬ事(貴裕を除く)
3.なし
2.一般人の死者を出さぬ事(貴裕を除く)
3.なし
今回は心霊系の妖に挑んで頂きます。
よろしくお願いします。
●戦闘場所
夜明け前の、四車線の交差点。交差点の真ん中に珠樹が居ます。
現場に放置されている車は5台。
特に酷い状態にあるのは、北側の道路から突っ込む形で停まっている車2台。他3台の車に乗っていた人達は自力で車からは出ています。
1台目には運転席と助手席に2人の若い男女が閉じ込められています。
特に運転席の男性は重傷で、助け出すのに少なくとも2人の手が必要です。
助手席の女性は気絶しており右足を怪我している為、こちらも自力では動けません。少なくとも1人の手が必要です。
2台目の車には、中年男性が運転席に1人。1台目の2人程重傷ではありませんが、肋骨を骨折している為、1人での避難は不可能です。
他にも歩道には通行人が何人かいますので、避難させる必要があります。
●立ち位置
十字路中央にいる珠樹を中心として、衝突している2台の車が北側15m程の位置、貴裕は南側10m、西側に車が2台、東側に車が1台、あります。
西・東側の車は十字路から少し離れている為、戦闘の邪魔にはなりません。
必ずどの方角の道路、どんな立ち位置で戦うのかをプレイングにお書き下さい。
●敵 攻撃方法
○珠樹 ランク:3
・『地裂』 特遠全
己を中心とした四方の地面に幾本もの亀裂を走らせ、砕け飛んだアスファルトが攻撃範囲内にいる者達に衝撃を与えます。
・『怒波』 特近列貫2
受けた相手が怒りに囚われる衝撃波を飛ばします。【憤怒】
・『呪詞』 特遠単
死に誘う言霊により、対象へとダメージを与えます。【呪縛】
※心霊系の妖の為、物理攻撃はあまり期待出来ません。
●リプレイ
OPの最後、貴裕に砕けたアスファルトが飛ぶ瞬間に皆様が駆けつけます。その場面からスタートです。
(攻撃は『地裂』です)
●矢部珠樹 21歳。
一週間前の夜中に死んだ青年。貴裕と別れた後で、妖化しました。
ホステスをしている彼女を道連れにしたい想いが抑えきれなくなり、事件を発生させました。
説得をする場合は、戦闘の中での説得、となります。
妖化により知能は低下していますが、ランク3ですので言葉を少しは理解出来ます。珠樹も表情や片言で意思を返してきます。(普通に会話出来るまでには至りません)
※『説得し討伐』が成功した場合、霊と話せるような技能を所持している参加者は、霊に戻った珠樹と直接会話が出来ます。所持している参加者がおられない場合は、貴裕を通し、会話が出来ます。
●篠宮貴裕 28歳。
津ノ森神社の権宮司(神社の副代表)。篠宮家は代々宮司の家系です。
シナリオ『怨念の行く末』(/quest.php?qid=120&msu=1)に出てきた青年。『すいとる』により、関わった覚者達の事は憶えていません。(今回の事件とも関連性はありません)
その時に『静祢』という女性の御霊を自分は安らかに出来なかった、何も出来なかった(記憶がない為、そう思いこんでいる)事もあり、珠樹の事は助けたいと強く思っています。その為、「逃げろ」や「退がれ」の指示には従いません。攻撃を受けても意思は変わりません。
【交霊術】の技能を所持しています。
●女性 20代前半。
珠樹の話から、彼と親しくしていたと思われる女性。
事件時はまだ現場の交差点を通っておらず、AAAが封鎖した先、北側の道路のタクシーの中にいます。
霊体に戻った後の珠樹の姿は見えません。
彼女を呼ぶかどうかは、皆様でお決め下さい。
●相沢 悟(nCL2000145)
主に、一般人の避難を担当します。避難が早く終われば、戦闘に参加します。戦闘時の立ち位置の指示がある場合は、どなたかのプレイングにお願いします。無い場合は、本人が最良と思われる場所に立ちます。
●サポート参加
悟と共に、避難を優先して頂ければと思います。その後戦闘に参加の場合は、必ず立ち位置をご記入下さい。(サポート参加の方の判定で重点を置くのは、避難部分となります)
以上です。
それでは皆様とご縁があります事、楽しみにしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
サポート人数
2/3
2/3
公開日
2016年10月23日
2016年10月23日
■メイン参加者 6人■
■サポート参加者 2人■

●
十字路の南。篠宮貴裕へと飛んだアスファルトの前へと、韋駄天足を使った『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)が割り込む。
「なっ……」
驚く貴裕を振り返り、口角を上げた。
北側から介入した『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)は1台目の運転席側に飛ぶアスファルトを受けながらも、車を追い越し前へと立つ。助手席側に飛んだアスファルトは『アイティオトミア』氷門・有為(CL2000042)が受けていた。
2台目の車の運転手は、『Overdrive』片桐・美久(CL2001026)が庇う。
己の衝撃より、車に残ったままの一般人達を心配した。
「大丈夫ですか、おじさん?」
窓のノックに反応した男はしかし、苦痛に顔を歪めた。
ジャックがすぐさま一般人達に向け『癒しの霧』を発生させる。
「逃げろ! 振り向かずに、全力で!」
北側にいる仲間達をも回復しながら、ジャックが叫んだ。
「FiVEの者です。今この辺り一帯は妖事件の発生で大変危険です。どうかパニックにならないように避難してください」
西から介入する『誰が為に復讐を為す』恩田・縁(CL2001356)は、攻撃を受けながらも避難誘導の為の声掛けをし駆ける。
そして飛行し伊勢の『ともしび』で辺りを照らしながら視界に入る者達に避難を呼びかける宮神 羽琉(CL2001381)は、飛んでくるアスファルトの破片を何とか避けていた。
(止めなきゃ、止めなきゃ)
こんな事態を、こんな災厄を――。
空色の翼で羽ばたきながら、怒りに囚われてしまった男の許へと向かう。
(想いがこんなふうに歪んだまま終わってしまったら、きっと世界は、どんどん悪くなっていく……)
第六感を用いていた『愛求独眼鬼/パンツハンター』瀬織津・鈴鹿(CL2001285)もまた、攻撃を避けていた。
(むぅ、この男性の魂、荒御霊……妖化しているの)
この状態では、強制的な『成仏』などは在り得ない。
(強制的に……『滅する』事になってしまうの)
だがそんな事は、誰も望んでいないだろう。
――だから……成仏させる為にあの男の人の未練を取り払ってあげるの。
踵を返し、AAAが封鎖している道路の先へと急いだ。
車のドアを開け怪我の具合を確かめていた美久は、ジャックの施した回復の効果は感じながらも、1人での避難は無理だと判断していた。
それでも苦痛の色は、幾分かマシになっている。
「おじさん、落ち着いてください。ここは危険です。僕が安全な場所まで案内するので、どうかついてきて貰えませんか?」
肩を貸しますと伝えれば、「すまない」と痛む肋骨を押さえながら、もう片方の手を美久に伸ばした。
1台目の車では、特に酷い状態の運転席の扉を『悪食娘「グラトニー」』獅子神・玲(CL2001261)と相沢 悟(nCL2000145)が2人掛かりで開けている。
超直観で若い男の容態を見た玲が、顔を曇らせていた。
回復を受けても、出血は止まらない。息も浅くなっているようだ。彼を助けるには、急いで病院へと運ぶ必要があるだろう。
「悟君……手伝ってくれるかい?」
真剣な面持ちで頷く悟と共に、意識のない青年を助け出した。
「あ……」
回復を受けた事で僅かながら意識の戻った助手席の女性には、有為が付く。脳震盪の可能性も考慮し、車の引火にも留意した。
「あの人は?」
か細いながらも彼を心配する言葉を発した女性に「大丈夫ですよ」と仲間が助けている事を伝え、肩を貸す。珠樹がこちらに背中を向けているのを確かめて、なるべく静かに十字路から遠ざかった。
●
「珠樹の傍に――」
己の変わりに受けた数多の傷を心配しながらも、貴裕は前へと出ようとする。
「あの妖は」
貴裕の言葉を遮って、貴方も判っているでしょ? そう含む視線を向けた。
「珠樹さんは私達がきっともとにもどすわ。だから、お願い、貴方がいたら彼を助けれない。私も貴方も。珠樹さんの声を届けたいの。でもこのままでは無理。貴方お坊さんなんでしょ?」
「僕はお坊さんじゃありません。神職です」
「揚げ足を取ってる場合!?」
振り返った数多に、貴裕が微笑む。
「救えなかった女性がいるんです。だから、珠樹は救いたい。僕が退がったら、離れたら、彼はきっと見捨てられたと思う。――だから、動けません」
「私達がなんとかするから、お願い。今は下がって。私達じゃ声は届けれないから。貴方には無事でいてほしいの」
貴裕を安全な場所まで下がらせようとする数多に、珠樹の髪が逆立った。
「ドコ、ニ、モ……」
怒りが、貴裕を襲う。味方ガードで庇う数多諸共、衝撃波が襲った。
貫通した攻撃に、貴裕が膝を折る。カハッと血を吐き出した貴裕に、数多が目を剥いた。
珠樹の攻撃力に、覚者達は息を飲む。
――女性への恋慕による、暴走心中ですか。
冷静に判断する縁は、敵を弱らせるため纏霧を発生させた。
(……ですが、愛する者を手に掛けたら彼には二度と神の祝福は与えられないでしょう。……そうなる前に珠樹さん、貴方を元に戻してあげます)
寂しいんだな、珠樹。
ジャックは、妖化した男の背を見て思う。
「珠樹!!」
ジャックの声に、男が振り返った。
「俺は、お前が分かってくれるまで、ずっと立つ。ずっと待つ。――お前が戻ってくれるまで!」
彼の事を知らない。どんな奴だったのかも。夢見から聞いた、貴裕との会話だけ。
それでも。
――それでも。
珠樹を信じる。信用してるから。
俺からはお前に攻撃しない――そう、ジャックは決めていた。
両膝を付いたままの貴裕の傍へと立った羽琉は、見捨てたくないと願う彼の想いに寄り添う。
到着してまずしたのは、仲間達との合流。
(どれだけ強い意志を持っていたとしても、僕が弱いことは変わらないから……)
仲間と一緒なら、僕の心も少しは強くなれるかな、そう、思ったから。
否、と首を振る。
(ならなきゃ……。自分の弱さを、怯えて目を逸らす理由にしちゃいけない)
「篠宮さん」
見上げてきた貴裕の瞳も、諦めていない。膝が折れても、立てなくなっても、彼も逃げようとはしていなかった。
羽琉が放った雷獣を、珠樹が避ける。
嗤った顔を、深緑と黒の双眸がまっすぐと見返した。
タクシーの窓を叩き、開いた窓に鈴鹿は中の女性へと声をかける。
「珠樹お兄さんが貴女を求めて暴走してるの……私達は珠樹お兄さんを止める為に戦うの。……だけどお兄さんが最後に正気に戻る為には……お姉さんの存在が必要不可欠なの。だからお願い……珠樹お兄さんの事を少しでも愛していたのなら……最期を看取ってあげて欲しいの」
鈴鹿の説得に、女性は戸惑うように眉を寄せる。けれども運転手へとドアを開けてくれるよう頼んだ。
「よく解らないけど。珠ちゃんが、私を呼んでいるの?」
こくり頷いて、鈴鹿はAAAに視線を向ける。保護をしてもらおうと思ったのだ。
けれども突然の道路封鎖に混乱する人々、避難してきた人達、運ばれてきた怪我人達への対応で、隊員達は手一杯であるようだった。
珠樹が放った地裂を、縁が避ける。貴裕は、数多が庇っていた。
僅かによろけた数多にニヤリ嗤った珠樹へと、ジャックが声を張り上げる。
「現実から目を背けんな! それが、お前の運命なんだ!! 世界の運命は等しくは無い。誰にでも不幸であり、誰にでも理不尽だ。そして特に珠樹、お前は悲しい道を辿ったけれど、思い1つで誰かの運命を不幸にする権利なんざ、誰も持ってない。そんな権利、持っちゃいけないんだ珠樹!」
――珠樹、お前の声は聞こえてる。
どんな罵詈雑言も苦言も悲しみも、全部受け止める。
それはお前が口に出来なかった、妖化する程囚われた、想いだろうから……。
「すみません、お待たせしました!」
戻った美久が、北側前衛に立つ。
素早く周囲に視線をめぐらせて、今がまだ説得中である事を確認した。
「おにーさんの本当の気持ちはどこですか?」
2人が納得出来るよう、せめて伝えてあげたい。
その言葉に、ジャックに向いていた珠樹の瞳が美久を睨む。
男は、答えない。縁が大気中の浄化物質を周囲に集めたが、数多の憤怒状態は回復出来なかった。
怒りが揺らぎ立っているような男に、羽琉が矢を射るような構えを取る。
発生させた雷雲を突き抜けた見えぬ矢が、雷獣へと姿を変えた。轟く咆哮と共に、頭上から珠樹を襲う。
「酒々井さん!」
避難を終え合流した悟が数多の前に立ち、火炎弾を放った。玲も、蒼炎の導の加護で仲間達を支える。
「篠宮さんは、僕が護りますから」
隣で伝えた羽琉へと、頷く。
仲間達を信じ、数多が駆け出した。
術式も体術も、使えぬ状態。けれども誰よりも、前へと出た。
「本当に連れて行くのが貴方のしたかったことなの?」
間近で珠樹の視線を受け留める。
後は南以外の方角から攻撃して珠樹の気をひけば、貴裕に攻撃が向かないように出来る。
そう、思っていた。
しかし――。
「珠ちゃん!?」
鈴鹿が連れて来た女性の声で、事態は一変する。
すぐ前にいる数多から、男の意識が離れた。数多の事も、もう目に入らない。
男は唯、現れた女性だけをその瞳に映した。
鈴鹿が発生させた迷霧を、珠樹が避ける。妖は覚者達ではなく、女性へと手を伸べた。
掌を突き出した珠樹に、ジャックが弾かれたように振り返る。
呪詞から護ろうとしたが、皆より前に立つジャックでは遠距離で狙った攻撃からは庇えない。
「オレト、イッショ、ニ……」
死に誘う言霊は、痛みと共に彼女を縛る。
悲鳴が木霊し、女性が倒れた。
珠樹との戦いにおいて、彼女の登場はとても重要なものであった。
連れて来るタイミングもそうであったし、戦闘中であるならば、どう護るのかも重要であっただろう。
AAAが封鎖で手一杯になる事は夢見から伝えられていた。
説得し連れて来る事だけでも事前に仲間達へと伝えられていたならば、フォロー出来る仲間もいた事だろう。
「ハハ、ハッ……」
戦場の中心で、珠樹だけが可笑しげに嗤っていた。
●
回復も追いつかない程の妖の力に、覚者達は苦戦していた。それでもようやく縁の『演舞・舞衣』が数多の憤怒状態を解く。
女性の許へと寄ろうとする珠樹を遮ったジャックと美久、そして戦域突入前に『天駆』で強化し北前衛に合流した有為へと、怒波が放たれ、ジャックが倒れる。命数を使い、立ち上がった。
覚者達はこの場にいる珠樹を想う女性と貴裕と共に、説得を諦めずにいた。
「珠樹お兄さん! これ以上暴れるのはやめてほしいの! お兄さんが暴れてる事……お姉さんはすごく悲しんでるの!お兄さんは本当は優しい人のはずなの!」
倒れたままの女性の背に手を添えて、鈴鹿が声を上げる。
こんなに重傷を負っても、彼女はこの場を離れる事を嫌がった。
「ヤサシイ……?」
嘲笑う珠樹に、鈴鹿が首を振る。
「だって、そうじゃなきゃお姉さんが何度も花束を供えに行かないの! お兄さんの事……愛していたから! だから……もうやめてなの! 愛しい人のこんな姿見て喜ぶ人なんていないの! だから……本当に愛してるならもうこれ以上暴れないでなの。……私も愛に飢えてるから、お兄さんの気持ちはわかるの」
「ねえ、貴方は何を怒っているの?」
妖の背後から、数多が声をかける。
他方向に回り込もうとしていた数多だったが、女性にではなくこちらに注意をひこうと思えば、貴裕の言葉も借りるしかない。
後衛で羽琉が護ってくれている。その前には悟。2人を信じ、振り向かぬ男に声をかけ続けた。
「大好きなヒトと一緒にいれなかったこと? 先にいなくなること? 彼女に言葉を残せないこと? いいわ。その怒り、私がうけとめてあげる」
チラリ肩越しに向けられた瞳は、これ以上ない程に冷ややかなものだった。
「愛しているなら、なおさら人生を奪ったらいけない。『どこまでも生きて』って思ってやれよ。お前が護らないといけないのは彼女の命だろ 奪うな!! 愛は語らなくても行動に出る。愛はいつでも2人を試す!」
「オモエ、ネェ……」
殺意に笑う男は、何故だか泣いているように見える。懸命に、何かをその奥で叫んでいるようにも見えた。
「貴方の想いも確かにわかります。情のある相手とは一緒に居たい……その気持ちは尊いものだ。だけど……それを未練として……まして彼女を道連れにする事で叶えようとするのはいけません。……貴方が真に彼女を想っているのなら……珠樹さん、貴方は1度落ち着くべきだ。大丈夫、何か伝えたい思いがあるなら私達と貴裕さんで彼女に伝えましょう……」
「シネ……シンデ、クレ……」
伝えたい事は、本来の気持ちはそれだというように、縁へと男は繰り返し続ける。
そして玲は演舞・舞衣で仲間達の異常回復をフォローしていた。
「本来の自分の気持ちをどうか思い出してください!」
殺気を自分に向けさせる為、言葉と共に美久が深緑鋭鞭を打ちつける。
「……代わりがいないから、執着するんですね」
美久の隣で有為が呟き、炎撃を放った。悟が火炎弾を撃ったその直後、拳を握り締め、羽琉が声をあげた。
「目を、覚ましてください。心を、捨てないでください。こんな裏切るような終わりが、あなたの望みではないでしょう!」
絞り出すように、「篠宮さんの声を聞いてください」と伝える。
「命がけで叫んでくれる友達の声が、届かないなんて事が、あるものか!」
「珠樹!」
座り込んだままで羽琉に支えられ、貴裕が叫ぶ。
「僕達は――僕達バカなオトコは、バカなりに恰好つけてやろう! こうやって最後に見せる姿、『あんなにイイオトコはいなかった』って、思わせてやろうよ!」
見せたいのは、泣き顔じゃない。怒りに歪む、顔じゃない。
数多が、目にも止まらぬスピードで2連撃を放つ。
「これだから妖は嫌い。関係ない人も巻き込んで、無茶苦茶にして、ただ欲望の権化に成り果てる。――そんなものになんて、させてやんない」
相手の懐に入ったまま、珠樹を見上げた。
「大丈夫、貴方の言葉ちゃんと届けてあげるから。貴方の怒りを何処かに消してしまわないように、私がのこしてあげる」
目を剥いて、男が数多を見下ろす。
「ノコ……スナ……」
「え?」
男の掌が触れて、数多の腹部に怒波が放たれた。
後退し、崩れた数多は命数を使う。「……バカでしょ?」と男に向け、勝気に笑んだ。
「最後に言っとく。あのね。金の無駄遣い? 違うでしょ? チャンスなんだからちゃんと思いをつたえなさいよ!」
「男なら! 愛しいやつは絶対何が何でも守れ! 辛くても、悲しくても、死んでも! 守れ!! 彼女の笑顔を望め! 彼女の幸せを祈れ! 永久に! 永遠に! それが、愛ってやつだろ!!」
ジャックの声に、「アイ、ナンテ、シラ、ネ……」と笑う。
その笑顔が変わった事に、全員が気付いていた。
戦いの最後。覚者達の一斉攻撃を、男は抵抗なくその身に受けていた。
●
霊体に戻った珠樹に、交霊術を用いたジャックが笑う。
「おかえり、珠樹。どうしたい? 遺言は聞くさ。俺は、お前がこの世界にいた証になる」
女性からは見えなくなった本当の姿で、『ああっとな』と男はジャックを指差した。
『聞けよ、アホガキ。初対面のオレなんかの為に体張ろうとすんじゃねぇ。お前等には、誰かを助ける力があんだろが。その体、大事にしろ。すぐにコッチに来やがったら、コロすかんな』
ボキボキと指を鳴らす珠樹に、羽琉に支えられた貴裕がクスクスと笑う。
「約束通り、伝えたい思いを虚言なくお伝えしましょう」
言ってくれた縁には、困ったように苦笑を浮かべた。女性を見つめ、零す。
『アイツを、連れて逝きてぇよ。他のオトコと幸せんなる姿なんて、見たくねェ。……けど、こんなの言うワケにいかねぇだろ? ――だから、コイツの言葉借りとく』
そうして珠樹は、『あのコに伝えといて』と数多に目を遣った。
最後には貴裕へと「頼む」と笑顔を浮かべる。
「掛け巻くも畏き津ノ森神社の大神、祓戸大神たちの大前に篠宮貴裕恐み恐み白さく――」
歌うような祝詞が流れる中、珠樹が全員を見回した。
『皆サンキュ――ってな。ま、オレが消えてから伝えといて』
カラカラと笑って、男はその姿を消した。
「悪ィって言ってた。こんな怒りの感情、残ってほしくなかったってさ」
珠樹からの言葉を伝えたジャックに、珠樹にラーニングを邪魔された数多は肩を竦める。
「仕方ないわね。いいわよ。でも……」
すごく熱くて、強くて切ない『怒り』だった、と夜明け前の空を見上げた。
「突然の別れでは、心の整理のつけようがありませんよね」
地面に横になったままの女性に、美久が声をかける。瞳を潤ます彼女の心が少しでも安らぐようにと、言葉を交わしていた。
「自分が貴女を幸せにしたかったと、言っていましたよ。だから、『幸せを祈る』と伝えてくれと頼まれました」
縁が伝えた伝言に涙を流す女性へと、自分からの言葉も添えた。
「彼の事は忘れるなとは言いません……けど成仏を祝福してください。そして貴女は彼の分も幸せに生き抜いてください。……それが死者への何よりの供養になります」
目を閉じ頷いた彼女に、頷き返す。
(迷える魂に神の祝福を……どうか、来世でも彼と彼女の縁を……)
担架に乗せられた女性は、救急車に乗せられる直前に鈴鹿の手を握った。
「ありがとう、私の想いも伝えてくれて……。最期に珠ちゃん、笑ってくれた」
手を握り返し、鈴鹿も笑顔を浮かべる。
「良かった、の……」
握り合う2人の手に、ポタリと滴が落ちていた。
十字路の南。篠宮貴裕へと飛んだアスファルトの前へと、韋駄天足を使った『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)が割り込む。
「なっ……」
驚く貴裕を振り返り、口角を上げた。
北側から介入した『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)は1台目の運転席側に飛ぶアスファルトを受けながらも、車を追い越し前へと立つ。助手席側に飛んだアスファルトは『アイティオトミア』氷門・有為(CL2000042)が受けていた。
2台目の車の運転手は、『Overdrive』片桐・美久(CL2001026)が庇う。
己の衝撃より、車に残ったままの一般人達を心配した。
「大丈夫ですか、おじさん?」
窓のノックに反応した男はしかし、苦痛に顔を歪めた。
ジャックがすぐさま一般人達に向け『癒しの霧』を発生させる。
「逃げろ! 振り向かずに、全力で!」
北側にいる仲間達をも回復しながら、ジャックが叫んだ。
「FiVEの者です。今この辺り一帯は妖事件の発生で大変危険です。どうかパニックにならないように避難してください」
西から介入する『誰が為に復讐を為す』恩田・縁(CL2001356)は、攻撃を受けながらも避難誘導の為の声掛けをし駆ける。
そして飛行し伊勢の『ともしび』で辺りを照らしながら視界に入る者達に避難を呼びかける宮神 羽琉(CL2001381)は、飛んでくるアスファルトの破片を何とか避けていた。
(止めなきゃ、止めなきゃ)
こんな事態を、こんな災厄を――。
空色の翼で羽ばたきながら、怒りに囚われてしまった男の許へと向かう。
(想いがこんなふうに歪んだまま終わってしまったら、きっと世界は、どんどん悪くなっていく……)
第六感を用いていた『愛求独眼鬼/パンツハンター』瀬織津・鈴鹿(CL2001285)もまた、攻撃を避けていた。
(むぅ、この男性の魂、荒御霊……妖化しているの)
この状態では、強制的な『成仏』などは在り得ない。
(強制的に……『滅する』事になってしまうの)
だがそんな事は、誰も望んでいないだろう。
――だから……成仏させる為にあの男の人の未練を取り払ってあげるの。
踵を返し、AAAが封鎖している道路の先へと急いだ。
車のドアを開け怪我の具合を確かめていた美久は、ジャックの施した回復の効果は感じながらも、1人での避難は無理だと判断していた。
それでも苦痛の色は、幾分かマシになっている。
「おじさん、落ち着いてください。ここは危険です。僕が安全な場所まで案内するので、どうかついてきて貰えませんか?」
肩を貸しますと伝えれば、「すまない」と痛む肋骨を押さえながら、もう片方の手を美久に伸ばした。
1台目の車では、特に酷い状態の運転席の扉を『悪食娘「グラトニー」』獅子神・玲(CL2001261)と相沢 悟(nCL2000145)が2人掛かりで開けている。
超直観で若い男の容態を見た玲が、顔を曇らせていた。
回復を受けても、出血は止まらない。息も浅くなっているようだ。彼を助けるには、急いで病院へと運ぶ必要があるだろう。
「悟君……手伝ってくれるかい?」
真剣な面持ちで頷く悟と共に、意識のない青年を助け出した。
「あ……」
回復を受けた事で僅かながら意識の戻った助手席の女性には、有為が付く。脳震盪の可能性も考慮し、車の引火にも留意した。
「あの人は?」
か細いながらも彼を心配する言葉を発した女性に「大丈夫ですよ」と仲間が助けている事を伝え、肩を貸す。珠樹がこちらに背中を向けているのを確かめて、なるべく静かに十字路から遠ざかった。
●
「珠樹の傍に――」
己の変わりに受けた数多の傷を心配しながらも、貴裕は前へと出ようとする。
「あの妖は」
貴裕の言葉を遮って、貴方も判っているでしょ? そう含む視線を向けた。
「珠樹さんは私達がきっともとにもどすわ。だから、お願い、貴方がいたら彼を助けれない。私も貴方も。珠樹さんの声を届けたいの。でもこのままでは無理。貴方お坊さんなんでしょ?」
「僕はお坊さんじゃありません。神職です」
「揚げ足を取ってる場合!?」
振り返った数多に、貴裕が微笑む。
「救えなかった女性がいるんです。だから、珠樹は救いたい。僕が退がったら、離れたら、彼はきっと見捨てられたと思う。――だから、動けません」
「私達がなんとかするから、お願い。今は下がって。私達じゃ声は届けれないから。貴方には無事でいてほしいの」
貴裕を安全な場所まで下がらせようとする数多に、珠樹の髪が逆立った。
「ドコ、ニ、モ……」
怒りが、貴裕を襲う。味方ガードで庇う数多諸共、衝撃波が襲った。
貫通した攻撃に、貴裕が膝を折る。カハッと血を吐き出した貴裕に、数多が目を剥いた。
珠樹の攻撃力に、覚者達は息を飲む。
――女性への恋慕による、暴走心中ですか。
冷静に判断する縁は、敵を弱らせるため纏霧を発生させた。
(……ですが、愛する者を手に掛けたら彼には二度と神の祝福は与えられないでしょう。……そうなる前に珠樹さん、貴方を元に戻してあげます)
寂しいんだな、珠樹。
ジャックは、妖化した男の背を見て思う。
「珠樹!!」
ジャックの声に、男が振り返った。
「俺は、お前が分かってくれるまで、ずっと立つ。ずっと待つ。――お前が戻ってくれるまで!」
彼の事を知らない。どんな奴だったのかも。夢見から聞いた、貴裕との会話だけ。
それでも。
――それでも。
珠樹を信じる。信用してるから。
俺からはお前に攻撃しない――そう、ジャックは決めていた。
両膝を付いたままの貴裕の傍へと立った羽琉は、見捨てたくないと願う彼の想いに寄り添う。
到着してまずしたのは、仲間達との合流。
(どれだけ強い意志を持っていたとしても、僕が弱いことは変わらないから……)
仲間と一緒なら、僕の心も少しは強くなれるかな、そう、思ったから。
否、と首を振る。
(ならなきゃ……。自分の弱さを、怯えて目を逸らす理由にしちゃいけない)
「篠宮さん」
見上げてきた貴裕の瞳も、諦めていない。膝が折れても、立てなくなっても、彼も逃げようとはしていなかった。
羽琉が放った雷獣を、珠樹が避ける。
嗤った顔を、深緑と黒の双眸がまっすぐと見返した。
タクシーの窓を叩き、開いた窓に鈴鹿は中の女性へと声をかける。
「珠樹お兄さんが貴女を求めて暴走してるの……私達は珠樹お兄さんを止める為に戦うの。……だけどお兄さんが最後に正気に戻る為には……お姉さんの存在が必要不可欠なの。だからお願い……珠樹お兄さんの事を少しでも愛していたのなら……最期を看取ってあげて欲しいの」
鈴鹿の説得に、女性は戸惑うように眉を寄せる。けれども運転手へとドアを開けてくれるよう頼んだ。
「よく解らないけど。珠ちゃんが、私を呼んでいるの?」
こくり頷いて、鈴鹿はAAAに視線を向ける。保護をしてもらおうと思ったのだ。
けれども突然の道路封鎖に混乱する人々、避難してきた人達、運ばれてきた怪我人達への対応で、隊員達は手一杯であるようだった。
珠樹が放った地裂を、縁が避ける。貴裕は、数多が庇っていた。
僅かによろけた数多にニヤリ嗤った珠樹へと、ジャックが声を張り上げる。
「現実から目を背けんな! それが、お前の運命なんだ!! 世界の運命は等しくは無い。誰にでも不幸であり、誰にでも理不尽だ。そして特に珠樹、お前は悲しい道を辿ったけれど、思い1つで誰かの運命を不幸にする権利なんざ、誰も持ってない。そんな権利、持っちゃいけないんだ珠樹!」
――珠樹、お前の声は聞こえてる。
どんな罵詈雑言も苦言も悲しみも、全部受け止める。
それはお前が口に出来なかった、妖化する程囚われた、想いだろうから……。
「すみません、お待たせしました!」
戻った美久が、北側前衛に立つ。
素早く周囲に視線をめぐらせて、今がまだ説得中である事を確認した。
「おにーさんの本当の気持ちはどこですか?」
2人が納得出来るよう、せめて伝えてあげたい。
その言葉に、ジャックに向いていた珠樹の瞳が美久を睨む。
男は、答えない。縁が大気中の浄化物質を周囲に集めたが、数多の憤怒状態は回復出来なかった。
怒りが揺らぎ立っているような男に、羽琉が矢を射るような構えを取る。
発生させた雷雲を突き抜けた見えぬ矢が、雷獣へと姿を変えた。轟く咆哮と共に、頭上から珠樹を襲う。
「酒々井さん!」
避難を終え合流した悟が数多の前に立ち、火炎弾を放った。玲も、蒼炎の導の加護で仲間達を支える。
「篠宮さんは、僕が護りますから」
隣で伝えた羽琉へと、頷く。
仲間達を信じ、数多が駆け出した。
術式も体術も、使えぬ状態。けれども誰よりも、前へと出た。
「本当に連れて行くのが貴方のしたかったことなの?」
間近で珠樹の視線を受け留める。
後は南以外の方角から攻撃して珠樹の気をひけば、貴裕に攻撃が向かないように出来る。
そう、思っていた。
しかし――。
「珠ちゃん!?」
鈴鹿が連れて来た女性の声で、事態は一変する。
すぐ前にいる数多から、男の意識が離れた。数多の事も、もう目に入らない。
男は唯、現れた女性だけをその瞳に映した。
鈴鹿が発生させた迷霧を、珠樹が避ける。妖は覚者達ではなく、女性へと手を伸べた。
掌を突き出した珠樹に、ジャックが弾かれたように振り返る。
呪詞から護ろうとしたが、皆より前に立つジャックでは遠距離で狙った攻撃からは庇えない。
「オレト、イッショ、ニ……」
死に誘う言霊は、痛みと共に彼女を縛る。
悲鳴が木霊し、女性が倒れた。
珠樹との戦いにおいて、彼女の登場はとても重要なものであった。
連れて来るタイミングもそうであったし、戦闘中であるならば、どう護るのかも重要であっただろう。
AAAが封鎖で手一杯になる事は夢見から伝えられていた。
説得し連れて来る事だけでも事前に仲間達へと伝えられていたならば、フォロー出来る仲間もいた事だろう。
「ハハ、ハッ……」
戦場の中心で、珠樹だけが可笑しげに嗤っていた。
●
回復も追いつかない程の妖の力に、覚者達は苦戦していた。それでもようやく縁の『演舞・舞衣』が数多の憤怒状態を解く。
女性の許へと寄ろうとする珠樹を遮ったジャックと美久、そして戦域突入前に『天駆』で強化し北前衛に合流した有為へと、怒波が放たれ、ジャックが倒れる。命数を使い、立ち上がった。
覚者達はこの場にいる珠樹を想う女性と貴裕と共に、説得を諦めずにいた。
「珠樹お兄さん! これ以上暴れるのはやめてほしいの! お兄さんが暴れてる事……お姉さんはすごく悲しんでるの!お兄さんは本当は優しい人のはずなの!」
倒れたままの女性の背に手を添えて、鈴鹿が声を上げる。
こんなに重傷を負っても、彼女はこの場を離れる事を嫌がった。
「ヤサシイ……?」
嘲笑う珠樹に、鈴鹿が首を振る。
「だって、そうじゃなきゃお姉さんが何度も花束を供えに行かないの! お兄さんの事……愛していたから! だから……もうやめてなの! 愛しい人のこんな姿見て喜ぶ人なんていないの! だから……本当に愛してるならもうこれ以上暴れないでなの。……私も愛に飢えてるから、お兄さんの気持ちはわかるの」
「ねえ、貴方は何を怒っているの?」
妖の背後から、数多が声をかける。
他方向に回り込もうとしていた数多だったが、女性にではなくこちらに注意をひこうと思えば、貴裕の言葉も借りるしかない。
後衛で羽琉が護ってくれている。その前には悟。2人を信じ、振り向かぬ男に声をかけ続けた。
「大好きなヒトと一緒にいれなかったこと? 先にいなくなること? 彼女に言葉を残せないこと? いいわ。その怒り、私がうけとめてあげる」
チラリ肩越しに向けられた瞳は、これ以上ない程に冷ややかなものだった。
「愛しているなら、なおさら人生を奪ったらいけない。『どこまでも生きて』って思ってやれよ。お前が護らないといけないのは彼女の命だろ 奪うな!! 愛は語らなくても行動に出る。愛はいつでも2人を試す!」
「オモエ、ネェ……」
殺意に笑う男は、何故だか泣いているように見える。懸命に、何かをその奥で叫んでいるようにも見えた。
「貴方の想いも確かにわかります。情のある相手とは一緒に居たい……その気持ちは尊いものだ。だけど……それを未練として……まして彼女を道連れにする事で叶えようとするのはいけません。……貴方が真に彼女を想っているのなら……珠樹さん、貴方は1度落ち着くべきだ。大丈夫、何か伝えたい思いがあるなら私達と貴裕さんで彼女に伝えましょう……」
「シネ……シンデ、クレ……」
伝えたい事は、本来の気持ちはそれだというように、縁へと男は繰り返し続ける。
そして玲は演舞・舞衣で仲間達の異常回復をフォローしていた。
「本来の自分の気持ちをどうか思い出してください!」
殺気を自分に向けさせる為、言葉と共に美久が深緑鋭鞭を打ちつける。
「……代わりがいないから、執着するんですね」
美久の隣で有為が呟き、炎撃を放った。悟が火炎弾を撃ったその直後、拳を握り締め、羽琉が声をあげた。
「目を、覚ましてください。心を、捨てないでください。こんな裏切るような終わりが、あなたの望みではないでしょう!」
絞り出すように、「篠宮さんの声を聞いてください」と伝える。
「命がけで叫んでくれる友達の声が、届かないなんて事が、あるものか!」
「珠樹!」
座り込んだままで羽琉に支えられ、貴裕が叫ぶ。
「僕達は――僕達バカなオトコは、バカなりに恰好つけてやろう! こうやって最後に見せる姿、『あんなにイイオトコはいなかった』って、思わせてやろうよ!」
見せたいのは、泣き顔じゃない。怒りに歪む、顔じゃない。
数多が、目にも止まらぬスピードで2連撃を放つ。
「これだから妖は嫌い。関係ない人も巻き込んで、無茶苦茶にして、ただ欲望の権化に成り果てる。――そんなものになんて、させてやんない」
相手の懐に入ったまま、珠樹を見上げた。
「大丈夫、貴方の言葉ちゃんと届けてあげるから。貴方の怒りを何処かに消してしまわないように、私がのこしてあげる」
目を剥いて、男が数多を見下ろす。
「ノコ……スナ……」
「え?」
男の掌が触れて、数多の腹部に怒波が放たれた。
後退し、崩れた数多は命数を使う。「……バカでしょ?」と男に向け、勝気に笑んだ。
「最後に言っとく。あのね。金の無駄遣い? 違うでしょ? チャンスなんだからちゃんと思いをつたえなさいよ!」
「男なら! 愛しいやつは絶対何が何でも守れ! 辛くても、悲しくても、死んでも! 守れ!! 彼女の笑顔を望め! 彼女の幸せを祈れ! 永久に! 永遠に! それが、愛ってやつだろ!!」
ジャックの声に、「アイ、ナンテ、シラ、ネ……」と笑う。
その笑顔が変わった事に、全員が気付いていた。
戦いの最後。覚者達の一斉攻撃を、男は抵抗なくその身に受けていた。
●
霊体に戻った珠樹に、交霊術を用いたジャックが笑う。
「おかえり、珠樹。どうしたい? 遺言は聞くさ。俺は、お前がこの世界にいた証になる」
女性からは見えなくなった本当の姿で、『ああっとな』と男はジャックを指差した。
『聞けよ、アホガキ。初対面のオレなんかの為に体張ろうとすんじゃねぇ。お前等には、誰かを助ける力があんだろが。その体、大事にしろ。すぐにコッチに来やがったら、コロすかんな』
ボキボキと指を鳴らす珠樹に、羽琉に支えられた貴裕がクスクスと笑う。
「約束通り、伝えたい思いを虚言なくお伝えしましょう」
言ってくれた縁には、困ったように苦笑を浮かべた。女性を見つめ、零す。
『アイツを、連れて逝きてぇよ。他のオトコと幸せんなる姿なんて、見たくねェ。……けど、こんなの言うワケにいかねぇだろ? ――だから、コイツの言葉借りとく』
そうして珠樹は、『あのコに伝えといて』と数多に目を遣った。
最後には貴裕へと「頼む」と笑顔を浮かべる。
「掛け巻くも畏き津ノ森神社の大神、祓戸大神たちの大前に篠宮貴裕恐み恐み白さく――」
歌うような祝詞が流れる中、珠樹が全員を見回した。
『皆サンキュ――ってな。ま、オレが消えてから伝えといて』
カラカラと笑って、男はその姿を消した。
「悪ィって言ってた。こんな怒りの感情、残ってほしくなかったってさ」
珠樹からの言葉を伝えたジャックに、珠樹にラーニングを邪魔された数多は肩を竦める。
「仕方ないわね。いいわよ。でも……」
すごく熱くて、強くて切ない『怒り』だった、と夜明け前の空を見上げた。
「突然の別れでは、心の整理のつけようがありませんよね」
地面に横になったままの女性に、美久が声をかける。瞳を潤ます彼女の心が少しでも安らぐようにと、言葉を交わしていた。
「自分が貴女を幸せにしたかったと、言っていましたよ。だから、『幸せを祈る』と伝えてくれと頼まれました」
縁が伝えた伝言に涙を流す女性へと、自分からの言葉も添えた。
「彼の事は忘れるなとは言いません……けど成仏を祝福してください。そして貴女は彼の分も幸せに生き抜いてください。……それが死者への何よりの供養になります」
目を閉じ頷いた彼女に、頷き返す。
(迷える魂に神の祝福を……どうか、来世でも彼と彼女の縁を……)
担架に乗せられた女性は、救急車に乗せられる直前に鈴鹿の手を握った。
「ありがとう、私の想いも伝えてくれて……。最期に珠ちゃん、笑ってくれた」
手を握り返し、鈴鹿も笑顔を浮かべる。
「良かった、の……」
握り合う2人の手に、ポタリと滴が落ちていた。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし

■あとがき■
ご参加頂き、誠にありがとうございました。
お待たせをしてしまい、申し訳ありません。
とても皆さまの想いが溢れた、素敵なリプレイとなりました。
皆さま全員のお力で、珠樹は幸せに旅立っていきました。
今回の結果により、貴裕からも、今後依頼が入る事になるかと思います。
ありがとうございました、は貴裕からも。お疲れ様でした。
お待たせをしてしまい、申し訳ありません。
とても皆さまの想いが溢れた、素敵なリプレイとなりました。
皆さま全員のお力で、珠樹は幸せに旅立っていきました。
今回の結果により、貴裕からも、今後依頼が入る事になるかと思います。
ありがとうございました、は貴裕からも。お疲れ様でした。
