≪雷帝君臨≫その矢は霧の手に
●
暮れる逢魔が時を飲み込みし地平に雷鳴落つる。
天に舞う、堂々巡る影の正体とは不明。
嘲笑いし鳥の声と重なるは、死と慟哭に等しい絶望の讃歌。
荒れ狂う大地と人の群れに、成す術は無し。
『猿虎蛇』の、再臨である。
●
――栃木県山中。
其の日の天気は、晴れ。降水確率は0%。
まさに、快晴と呼べる日――ではあったのだが、午後4時過ぎより黒に近い暗雲が爆発していくように膨張していくのが確認された。
雲の眼下では、七星剣幹部『逢魔ヶ時紫雨』が空を見上げて大笑していた。
それはほんの、出来心。彼にとってはお遊びと興味の一種。
悪意こそあれど、新しい玩具を見つけたのなら使ってみる他は無かった。
紫雨が行った事はたった一つ、古の封印を解き放つ為、その封印を壊した。
厄災を招く、古妖の復活を。
それがどれ程の脅威かは知らず。
それがどれ程の犠牲を産むかも知らず。
封印具の一つは剣。一つは矢。
この二つを、紫雨は力任せに抜き取った。
瞬間から、封印の崩壊は秒的速度で進行していく。
●
――そこで、かさりと木々が音を立てる。
それは小鳥が飛び立つほどに小さな音。しかしながら、紫雨は逃さなかった。音を発生した場所へと飛びつき、彼はその主の前へと飛び出す。
「よぉ、霧山じゃねェか」
「……紫雨か、奇遇だね」
それは、同じく七星剣の幹部、『濃霧』霧山・譲だった。彼は観念したように動くのを止め、紫雨の出方を探る。
「それで、僕に何の用だい」
探り探り霧山は問う。すると、紫雨が何かを投げ飛ばしたのを、霧山が受け取る。
「いいものを見つけたんで、てめェにやるよ!」
それは矢の形を取っていた。
もちろん、それを鵜呑みにするわけでもないが。霧山もそれに興味を持つ。彼もまた手広く仕事に手をつける人間だ。それが金になるものなら、利用も考えるのだが……。
これをどう利用すべきか。元に戻すべきか、横流しすべきか。どちらが特かを彼は考える。
(『黒霧』に探らせてみるか……)
しかし、彼は知らなかった。封印の崩壊はこのときも進んでいたことを。
●
そこは『F.i.V.E.』の会議室。
「頼む!! 封印が壊れるのを阻止してくれ!!」
久方相馬は、必死の声色で言う。
「逢魔ヶ時・紫雨が、『猿虎蛇』っていう凶悪で凶暴な古妖の封印具を盗んだんだ!! あれがないと、封印が崩壊して猿虎蛇が放たれちまう!!」
封印されている古妖は、都ひとつ簡単に葬れる力を秘めているらしい。だから、その前に止めねばならない。
「皆は、封印具を奪い返して、封印を元に戻してくれ!!」
ただ、紫雨は途中で封印具のひとつを別の幹部……霧山・譲に渡してしまっている。
どうやら、たまたま立ち会った霧山が矢を受け取ったらしい。
「相手は七星剣幹部。油断しないよう注意してくれ」
双方共に、交戦経験のある覚者もいる。相手は相当の力を持っているはずだ。一瞬の気の緩みが命を削る行為に繋がる。まして、こちらが失敗する状況となれば、封印具が揃わず、大変な自体になる可能性も……。
「こっちが失敗すると、封印解けちまうからな。絶対失敗するなよ!」
注意を促す相馬はそのまま、現場の説明へと移る。
「時刻は夕方、逢魔が時。場所は岐阜県の山中だ」
その封印は、木々に囲まれた開けた場所にある。動物や虫すらも近寄らぬ場所に楕円形の岩があり、それにはしめ縄が巻かれている。その左右に紫雨が力任せに抜き取った矢と剣が安置されていた。
「最終的に、日没までに封印具を個々に戻すんだぞ!」
日が暮れれば、妖は力を取り戻し、姿を現すこととなるだろう。それだけは避けねばならない。
また、霧山とは森の中での戦いとなるだろう。
「目的は、『矢』を取り返すことだ。まともに戦えばこちらが不利だから、引き際は見誤らないようにな!」
霧山も紫雨から受け取った矢を何かに利用できぬかと考えている。この辺りを踏まえ、戦いながら言葉を掛ければ、あるいは……。
説明を終えた相馬は最後に改めて、覚者達に告げる。
「ともあれ、日が、逢魔が時が、終わるまでに……頼んだぜ!」
暮れる逢魔が時を飲み込みし地平に雷鳴落つる。
天に舞う、堂々巡る影の正体とは不明。
嘲笑いし鳥の声と重なるは、死と慟哭に等しい絶望の讃歌。
荒れ狂う大地と人の群れに、成す術は無し。
『猿虎蛇』の、再臨である。
●
――栃木県山中。
其の日の天気は、晴れ。降水確率は0%。
まさに、快晴と呼べる日――ではあったのだが、午後4時過ぎより黒に近い暗雲が爆発していくように膨張していくのが確認された。
雲の眼下では、七星剣幹部『逢魔ヶ時紫雨』が空を見上げて大笑していた。
それはほんの、出来心。彼にとってはお遊びと興味の一種。
悪意こそあれど、新しい玩具を見つけたのなら使ってみる他は無かった。
紫雨が行った事はたった一つ、古の封印を解き放つ為、その封印を壊した。
厄災を招く、古妖の復活を。
それがどれ程の脅威かは知らず。
それがどれ程の犠牲を産むかも知らず。
封印具の一つは剣。一つは矢。
この二つを、紫雨は力任せに抜き取った。
瞬間から、封印の崩壊は秒的速度で進行していく。
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――そこで、かさりと木々が音を立てる。
それは小鳥が飛び立つほどに小さな音。しかしながら、紫雨は逃さなかった。音を発生した場所へと飛びつき、彼はその主の前へと飛び出す。
「よぉ、霧山じゃねェか」
「……紫雨か、奇遇だね」
それは、同じく七星剣の幹部、『濃霧』霧山・譲だった。彼は観念したように動くのを止め、紫雨の出方を探る。
「それで、僕に何の用だい」
探り探り霧山は問う。すると、紫雨が何かを投げ飛ばしたのを、霧山が受け取る。
「いいものを見つけたんで、てめェにやるよ!」
それは矢の形を取っていた。
もちろん、それを鵜呑みにするわけでもないが。霧山もそれに興味を持つ。彼もまた手広く仕事に手をつける人間だ。それが金になるものなら、利用も考えるのだが……。
これをどう利用すべきか。元に戻すべきか、横流しすべきか。どちらが特かを彼は考える。
(『黒霧』に探らせてみるか……)
しかし、彼は知らなかった。封印の崩壊はこのときも進んでいたことを。
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そこは『F.i.V.E.』の会議室。
「頼む!! 封印が壊れるのを阻止してくれ!!」
久方相馬は、必死の声色で言う。
「逢魔ヶ時・紫雨が、『猿虎蛇』っていう凶悪で凶暴な古妖の封印具を盗んだんだ!! あれがないと、封印が崩壊して猿虎蛇が放たれちまう!!」
封印されている古妖は、都ひとつ簡単に葬れる力を秘めているらしい。だから、その前に止めねばならない。
「皆は、封印具を奪い返して、封印を元に戻してくれ!!」
ただ、紫雨は途中で封印具のひとつを別の幹部……霧山・譲に渡してしまっている。
どうやら、たまたま立ち会った霧山が矢を受け取ったらしい。
「相手は七星剣幹部。油断しないよう注意してくれ」
双方共に、交戦経験のある覚者もいる。相手は相当の力を持っているはずだ。一瞬の気の緩みが命を削る行為に繋がる。まして、こちらが失敗する状況となれば、封印具が揃わず、大変な自体になる可能性も……。
「こっちが失敗すると、封印解けちまうからな。絶対失敗するなよ!」
注意を促す相馬はそのまま、現場の説明へと移る。
「時刻は夕方、逢魔が時。場所は岐阜県の山中だ」
その封印は、木々に囲まれた開けた場所にある。動物や虫すらも近寄らぬ場所に楕円形の岩があり、それにはしめ縄が巻かれている。その左右に紫雨が力任せに抜き取った矢と剣が安置されていた。
「最終的に、日没までに封印具を個々に戻すんだぞ!」
日が暮れれば、妖は力を取り戻し、姿を現すこととなるだろう。それだけは避けねばならない。
また、霧山とは森の中での戦いとなるだろう。
「目的は、『矢』を取り返すことだ。まともに戦えばこちらが不利だから、引き際は見誤らないようにな!」
霧山も紫雨から受け取った矢を何かに利用できぬかと考えている。この辺りを踏まえ、戦いながら言葉を掛ければ、あるいは……。
説明を終えた相馬は最後に改めて、覚者達に告げる。
「ともあれ、日が、逢魔が時が、終わるまでに……頼んだぜ!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.封印具を取り戻し、日没までに元に戻す
2.もう一方の依頼の成功
3.なし
2.もう一方の依頼の成功
3.なし
どこかでお会いしたことのある方もこんにちは。なちゅいです。
工藤ST連動の七星剣幹部とのバトルです。
それぞれの幹部に思惑が色々とありますが……。
こちらではOPの補足を行います。
●注意!
・≪雷帝君臨≫と名前のついた依頼は同時刻に発生する事件です。
その為、≪雷帝君臨≫と名前のついた依頼を重複して参加することはできません。
重複して参加した場合は、両方の依頼の参加を剥奪し、LP返却は行われませんので注意して下さい。
●封印具
・封印具は、『矢』と『剣』があります。
『矢』は霧山譲が。
『剣』は逢魔ヶ時紫雨が所持しています。
こちらの班は『矢』を奪取する班となっております。
・封印具を奪取した場合、然るべき場所へと返すことが必須です。
山の中、開けた場所に動物も虫も近寄らない場所があります。
そこで、楕円型の岩にしめ縄が巻かれているものがあり、その左右の台座に矢と剣をはめ込む形で完了です。
・また封印は日没までに戻してください。それ以降は例え奪取していたとしても、手遅れとなります。
●敵
○霧山・譲……19歳。七星剣幹部の1人。
『濃霧のユズル』という二つ名を持っており、
『黒霧』という組織を率いていますが、こちらは詳細不明です。
暦の因子、天行。鋭聴力、面接着を所持。
持っている飛苦無には、麻痺効果のある液体が塗られています。
以下のスキルをメイン使うことが確認されていますが、
それ以外にも体術、術式を使う可能性があります。
・鎧通し……体術中級・物近単貫2(50・100%)
重厚な鎧をも貫通する練り上げた気を両手から発出します。
・脣星落霜……天行二式スキル・特遠敵全
星のように輝く光の粒を降らし、敵を攻撃します。
・霧隠れ……体術・特近列・流血
濃い霧を噴射して自身と近場の敵を包み込み、連続して苦無で切りかかってきます。
●場所:栃木県山中
・戦闘は山の中、封印の場所は上記の通りです
それでは、よろしくお願いいたします。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年10月03日
2016年10月03日
■メイン参加者 8人■

●
栃木県某所。
依頼に赴く『F.i.V.E.』の覚者達の表情は様々だが、総じて浮かない顔をしている。
「厄介なものの封印を二號は解いてくれたわけね」
嘆息する数多は猿虎蛇と聞いて鵺を、そして、栃木県の鵺で雷獣伝説を連想する。ただ、他のメンバーの関心は目下のところ、その封印を再度施すところにある。
「恐ろしい古妖も居た物ですが、まだ間に合うのですね。なら再封印できるよう全力を尽くすのみですわ!」
『二兎の救い手』秋津洲 いのり(CL2000268) は己の信念に従い、この依頼に参加している。
「紫雨のやつ、自分自身が襲われることなんて、全然考えてないんだろうな」
巻き込まれる者達の身になってみろと、『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076) は考えるのだが。それを言って通じる相手であれば苦労はないと、彼は肩をがっくり落としてしまう。
「また唐突に出てきたわね、ユズル」
平然とした表情の下で静かに怒りを燃え上がらせる、『霧の名の鬼を咎める者』エメレンツィア・フォン・フラウベルク(CL2000496) 。七星剣幹部になっているというこの男に、彼女は多少の因縁を持つ。
「今回の企みも阻止させてもらうわ。尤も、アナタの企みではないのでしょうけど」
「黎明の……いや、七星剣の霧山か」
「霧山の人もある意味被害者とはいえ、一筋縄では行かなそうなのです」
『笑顔の約束』六道 瑠璃(CL2000092) は倒すべき相手だと感じていたが、力量差を考えればそうも言ってはいられない。資料によれば相当格上、かつ槐が言うように、癖のある相手だ。どこぞの信奉者ではないからと、『偽弱者(はすらー)』橡・槐(CL2000732) は正直に事情を話そうと主張する。
「話し合いで解決するなら、それが一番なのですよ」
「霧山がこの山に入った目的を察知できれば、交渉に活かせるかも知れないが……」
葦原 赤貴(CL2001019) は『紅戀』酒々井 数多(CL2000149) と共に、霧山と対戦した経験を持つ。彼の目的を今から調べるのは難しい為、今はこのまま事態に当たるしかないだろう。
「猿虎蛇とやらに、京都を滅茶苦茶にされるわけにはいかないからな」
実際、滅茶苦茶にしようとした奴らに対して取引など、すんなり飲み込める話ではないが、今は住人の為にも感情を飲み込む他ない。
「さっさと現場に向かうとしよう」
八重霞 頼蔵(CL2000693) が仲間へと促す。彼の考え通り、大まかな史跡の場所は『F.i.V.E.』で抑えてくれていた。あとは、封印を行う鍵となる、剣と矢を迅速に確保して戻すだけだ。
「紫雨の方も上手くいけばいいが」
瑠璃は別働隊の健闘を祈りつつ、矢の確保に全力を注ぐのである。
●
森を行く覚者達。
日は傾き始めている。一悟は暗視を使うことも視野に入れて移動していく。
「やれやれ、今日は客が多いね」
接近してくる覚者に気づき、『濃霧』霧山・譲(nCL2000146)は自ら姿を現した。その左手には、矢が握られている。
「以前、『テイク』のアジトでお会いしましたわね」
いのりは即座に覚醒し、大人の姿で霧山と対する。
数多は守護使役のわんわんに矢の匂いを嗅がせ、それを返すべき方向を探り、一悟と赤貴へとさりげなく伝える。
「ひさしぶりねっ!」
数多は明るく霧山へ声をかけた。
「その矢、頂戴。……と言っても、はい、どうぞってわけにも行かないわよね」
まずは、霧山の説得を行う手はずとなっていた数多らに任せ、他メンバー達は状況の推移を見守る。
「あんた二號にまんまと囮にされちゃったわね。持ってたら、あんた死ぬわよ。ちなみにタイムリミットは夕方」
数多が言う二號は時雨……紫雨の別人格を指す。数多は告げながらも、身体の炎を灼熱化させ、身体能力を高めていく。
「日没までに元の位置に戻さないと古妖が復活してしまう、という予知を夢見が見たのです」
槐も説得に当たる。復活した古妖は再封印を防ぐ為にまず、封印具を持つ者を殺しに来るのだと。
「雷獣の封印が解けたら、それ持ってる奴を殺しにくるんですって」
そうなると、紫雨も剣……封印具を持つ。数多は封印してしまえばいいんだけどと、霧山の興味を引く。
「封印されていた古妖は、簡単に都一つ壊滅させられるそうですわ」
いのりも説得に加わる。霧山が何かビジネスをやっているのを示唆しながらも、稼ぐ場所がなくなるのは嬉しくないだろうと問う。
「紫雨に義理立てするほど、仲が良いとも思えませんし」
暗に、その矢を持っていてもメリットなどないといのりは示す。
「うちら『F.i.V.E.』に、夢見がいることわかってるわよね? その精度、その的中率、知らないわけじゃないでしょ?」
数多の主張通り、『F.i.V.E.』は夢見の力あってこそ、活動を進めていると霧山は知っている。この男は一度、『F.i.V.E.』に潜入しているのだ。
「それでもダメなら、言い値で買い取るわ」
……中さんが、と。数多は聞こえない声で小さくつけ加える。
霧山は余裕のある笑みを全く崩さない。だからどうだと言わんばかりの面だ。
その様子を頼蔵は黙って見守っている。エメレンツィアも口を挟む様子はない。これが失敗したなら、強奪するまでだが……。
(封印が解けるリスクを知ってどう判断するかだが、はいそうですかと渡す相手なら、苦労はせん)
組すれば楽な相手ではない。赤貴はややイラついており、一刻も早く相手の持つ矢を奪取離脱したいと両刃剣に手をかける。
(交戦しないに越したことはないが……)
ともあれ、相手の出方次第。瑠璃も覚醒してクレセントフェイトを握り、警戒を怠らない。
「……なので、その矢を渡して貰えれば封印が守れて、貴方も、私たちも、この山の周辺の人達も、無用な危険を避けられてWIN-WINなのですよ。紫雨以外は」
槐はさらに、問いかける。「なぜ、関係ない貴方に矢を渡したか?」と。
復活した古妖への囮や時間稼ぎか、実力を測る為の噛ませ犬か……。
霧山が古妖を頑張って倒しても、ただで封印具の剣は入手できる。紫雨にとって丸儲けの状態となると槐は語る。
「そんなのないさ。君達も彼の性格は知っているだろう?」
ここで、霧山が口を挟む。愉快犯と言った具合に愉悦の為に人を襲う男だ。槐も紫雨による嫌がらせ目的という線も考えてはいたのだが。
「猿虎蛇が復活したら、七星剣だって困るんじゃないのか?」
一悟は霧山の内部事情から説得を図る。
この古妖が復活して街が壊滅するようならば、日本経済に少なからずダメージが入り、七星剣の活動を支える地下経済だって打撃を受けるはずだ。七星剣を率いる『無道』八神もそれは望まぬだろう。
「紫雨のやつは考えなしで動いてて、自分が面白おかしけりゃいいんだろうけどさ。譲、お前は違うだろ」
自分とは違い、賢そうな顔をしていると、一悟は自虐しつつも続ける。
「オレたちにその矢を預けてくんねえか。悪いようにはしねえ。必ず古妖を再封印すると約束する」
一悟はまっすぐに霧山を見つめる。なかなか首を縦に振らない相手に、エメレンツィアもまた呼びかける。
「七星剣幹部にまでなって、まだシグレの気まぐれに踊らされるつもり? あの人の事だから、きっとユズルだって愉悦の為の駒よ?」
「僕もほとほと困り果てているよ」
デメリットは仲間が提示している。赤貴は用意していた提案を口に出すことなかったが、相手の態度に舌打ちしてしまう。
「……さて、どうしようかな」
矢を見つめる霧山に、頼蔵も口を開く。
「自身で戻すというのも選択肢としてはあるが、信用するには聊かな、理由は分っているだろう?」
仮に古妖が目覚め、惨劇が起きたとしても、『F.i.V.E.』の名は多少落ちるだろうが、その原因を作ったのは七星剣に違いない。
「意味の無い災害を振り撒く組織との風評が増せば、……例えば、隔者、憤怒者組織の多くは警戒を強めていくだろう」
それほど、今回の1件には背景を窺うことができず、場当たりすぎると頼蔵は指摘した。
幹部は好きに振舞うことができるのだろうが、それも度が過ぎれば自ら滅ぼす毒となる。
「悪党には悪党也の積み重ねがあると、私は想うのだがね。さぁ、決めてくれ給え」
矢を渡すか、それとも、抗うか。
「ただ渡すので体裁が悪いならば、奪い取られた形にしてもよい」
「君たちの主張は分かった……けど」
頼蔵の言葉聞き、霧山は矢を背に仕舞い、飛苦無を取り出して構えを取る。
「すんなり君達に矢に渡すと、紫雨が煩そうだからね」
矢についてはさておき、一戦やり合うのは避けられそうにない。
(相手は格上だしな)
一悟は土を鎧のように纏って身を固める。一撃で沈まないようにとの対策だ。
場所は山の中。足場は悪くはないが、安定しているわけでもない。瑠璃はハイバランサーでそれを補いつつ構えを取る。
「さて、振り回すには不利な場所だが……。どこまでやれるか!」
森の中、覚者と『濃霧』の戦いが始まる。
●
仲間が前面に布陣するのを見て、瑠璃はその後ろから攻撃を仕掛ける。
彼は集中をし、次なる一撃に賭ける。それは、格上相手のギャンブルだ。
前面に出た頼蔵、数多も仕掛ける。とにかく手数をと、ハンドガンの弾丸に続いてサーベルを振るう頼蔵。交渉は決裂したこともあり、数多は日本刀「愛対生理論」を使い、ほぼ同タイミングで2発の斬撃を叩き込む。
「それでは、こちらも行こうか」
霧山は輝く光の粒を覚者達へと降り注がせる。術自体は覚者が使うものと差は感じられないが、威力は数段上を行く。気を抜けばあっさりと命を持っていかれそうだ。
何とか霧山の隙を作り、矢の奪取を。交渉が決裂した場合に覚者達は矢の奪取班として動くのは、一悟と赤貴。奪取後に韋駄天足で封印の大岩に向かうことも想定している。
一悟の狙いはノックバック。霧山を仰け反らせ、矢を奪い取る隙を作るのが目的だ。1度の集中を挟み、自らの炎と熱圧縮した空気を融合させて叩き込む。
やや体勢を崩しかけた霧山の足元へ、髪を銀色に染めた赤貴が岩槍を隆起させていく。痺れを与えたなら、さらに矢の奪取の可能性が高まるはずだ。
(情報はないが、部下がいるかもしれん)
赤貴は警戒を崩さず、さらに攻め入る。
髪を紅く染めたエメレンツィアは英霊の力を引き出しつつ、滴を仲間へ振りまき回復に当たる。その上で、彼女は足止めの為にと霧山へと呼びかけを行う。
「少しお話しましょう。今日はお互いシグレの被害者だわ」
霧山も戦闘態勢こそ崩さなかったが、耳だけは傾けていたようだ。
「まずはそうね、七星剣幹部の昇格おめでとう、かしら。世襲制とは驚いたけれど」
「祝辞として受け取っておくよ」
ただ、会話は続かない。周囲に霧を発生させていたいのりが霧山の頭上から雷を落としてきたからだ。
槐がその間に、仲間へと治癒力を高める香りを濃縮化して振りまいていく。
それに包まれながらも、エメレンツィアは言葉を続ける。
「アナタは七星剣として、何を望むのかしら」
富か名誉か。それとも、抗争か。
影に生きる霧山。エメレンツィアはそんな彼には、名誉も抗争もあまり似合わない気がすると告げる。
霧山は微笑を浮かべたまま、今度は飛苦無を握って直接切りかかってくる。
(麻痺毒を塗り込んだあの苦無は厄介だ)
瑠璃は飛苦無から仲間の盾となるべく、霧山の前に躍り出た。そして、2度目の集中から霧山に苛立ちの感情を呼び起こそうとする。
元がさほど命中率の高くない攻撃。だから、それは効けば上々くらいに瑠璃は思っていた。
「そう簡単には効いてくれないか」
呟きながらも、瑠璃は霧山へと攻め込むのである。
●
霧山は覚者8人相手にも、まるで余裕を崩さない。普段から、それだけの相手をしているのかもしれない。
隙を見計らう槐。常に霧山から矢を奪うことのできる隙を見ていたが、なかなかそのタイミングは訪れない。その為、彼女も攻撃に加わり、眠りへと誘う空気を再現して霧山の手を止めようとする。
瑠璃はその後、切れ味を増したクレセントフェイトで霧山へと斬りかかった。
それを受け、血を迸らせた霧山は身体から濃い霧を発し、その中に身を潜めていく。
霧の展開にいのりは注意を払い、守護使役のガルムにかぎわけさせ、霧山の位置を特定させようとする。
「あちらですわ!」
いのりが指し示したのは数多。だが、すでに霧山は飛苦無を握り、数多の背後から襲い掛かっていた。
数多はここぞと霧山のその攻撃を見切ろうと試みる。ただ、ポジショニングを若干怠っていた彼女は霧山の的となり、苦無を深々と背中に突き刺されてしまう。
しかし、命の力を砕いた数多は、ただでやられたりはしない。そのスキルを見切ることは叶わなかったが、掌に集めた熱圧縮した空気と炎を融合させ、激しい衝撃を叩きつける。
「……っ」
それに煽られて吹き飛ぶ霧山に、僅かな隙が生まれる。トンファーで殴りかかる一悟は、霧山の身に痺れを与えようとしていた。
霧山はその打撃を受けてなお反撃の態勢に出ていたが、赤貴は攻撃された数多を陰にして迫っており、その背に仕舞われていた矢を奪取していた。
離脱の方向はすでに示されている。赤貴はそのまま木に飛び乗り、目標を把握してから、守護使役の八重の変形でダミーを作りながらも韋駄天足を使って走り去る。一悟も新手に備えてか、一緒になって離脱していった。
そうして、前衛が抜けた穴を埋めるように、土を鎧のように纏った槐が前に進み出て霧山のブロックを行う。
瑠璃は他のメンバーの状況も合って、そのまま中衛に布陣して霧山を押さえる。
(接近される、または足を止められるなど、もっての他だ)
とにかく、仲間を追われぬ様に霧山を阻まねばならない。大鎌を振るい、斬りかかる瑠璃。霧山は気を放出し、前に立つ数多ごと撃ち貫いてくる。
「く……っ」
その気の衝撃に瑠璃の視界が歪み始めるが、命の力に縋りながらも、彼は霧山の前に立ち塞がろうとする。
後方にいた2人も話しかけ、矢を持ち去ったメンバーから霧山の注意を自分に向けようとする。
「別件ですが、カーヴァ生体工学研究所について、何かご存知ありませんか?」
「さあ、どうだろうね」
いのりはその身を盾にしつつも、仲間に癒しの霧を振りまく。
さほど、大きな反応を見せぬ霧山。しかしながら、彼は躊躇なく飛苦無を飛ばし、攻撃を続ける。矢にはさほど関心を持たぬようにも見えるが、本意が見えぬ以上。覚者はそのスタンスを崩さない。
「私思うのだけど。ユズルはリーダーには向いていないと思うのよね」
仲間に恵みの雨を降らせるエメレンツィアもまた折を見て、霧山の気を引く。
人身売買組織『テイク』の一件で、霧山が自ら手を下しにきたところに覚者が立ち会ったことが合った。部下に任せるところを自分で動く。そんな彼の一面をエメレンツィアは指摘し、さらに続ける。
「そんなアナタが、七星剣幹部を継ぐことにした理由って何かしら」
「……色々あってね」
口元を吊り上げる霧山。無理やり幹部にさせられたのかと考えたエメレンツィアだが、あながちそうでもないらしい。
仲間が語りかける間、槐は霧山から視線を外さない。彼女は強化した土の鎧を纏ってその動きを制しようとするが、霧山はさらに飛苦無を飛ばしてくる。頼蔵はそれを弾き飛ばして呼びかけを行う。
「封印はどうかな。失敗している可能性もあるが」
時間は迫ってきているはず。頼蔵は笑う。
「……義憤と後悔、これからの惨劇に。実に『悲痛』だ、といった顔でもしておこうか。はははは」
笑う彼の首へ、霧山は躊躇なく飛苦無を飛ばす。どさりと音を立てて崩れ落ちた頼蔵を見下ろし、霧山は構える苦無を下げた。
さらに数多が攻め入ろうとしたのだが、突然、戦闘態勢を解いた彼を訝しむ。
「もう終わり?」
「君達が本気なのは分かったよ」
とりあえず、矢を持つことに利がないと霧山は判断したらしい。
「それでも、君らが上辺だけで言葉を並べるなら、持ち去ろうかとも考えたけどね」
彼は自ら倒した頼蔵を見下ろしつつ素早く跳躍し、近場の木に乗り移る。
「また会いましょう、ユズル。いずれは私の前に跪かせてあげるわ」
霧山はエメレンツィアの言葉にも笑みだけを返し、森に同化するように姿を消していった。
石を目指し、韋駄天足で山中を書ける赤貴と一悟。彼らは程なく大岩を発見して無事、矢を元の場所へと戻す。どうやら、剣も紫雨から無事に取り返すことができたようだった。
その後、仲間の下へと戻ってきた一悟。一緒に紫雨を殴りに行くかと最後に提案したかったのが心残りだったようだった。
●
「よォ、楽しかったかよ?」
「そちらは、存分に楽しんだようだね」
「ああ! 思わぬ好待遇だったぜ?」
木の上でご機嫌に尻尾を振りながら座っていた紫雨を、見上げもせずに語る霧山……譲は重い溜息を吐いた。
「さァて、これからあいつらがどう動くか、見物だろ?」
「……そうだね、まだ利用価値はありそうだ」
夕闇は消え、夜が舞い降りた。
未だ、『F.i.V.E.』の本当の夜明けは遠い――。
栃木県某所。
依頼に赴く『F.i.V.E.』の覚者達の表情は様々だが、総じて浮かない顔をしている。
「厄介なものの封印を二號は解いてくれたわけね」
嘆息する数多は猿虎蛇と聞いて鵺を、そして、栃木県の鵺で雷獣伝説を連想する。ただ、他のメンバーの関心は目下のところ、その封印を再度施すところにある。
「恐ろしい古妖も居た物ですが、まだ間に合うのですね。なら再封印できるよう全力を尽くすのみですわ!」
『二兎の救い手』秋津洲 いのり(CL2000268) は己の信念に従い、この依頼に参加している。
「紫雨のやつ、自分自身が襲われることなんて、全然考えてないんだろうな」
巻き込まれる者達の身になってみろと、『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076) は考えるのだが。それを言って通じる相手であれば苦労はないと、彼は肩をがっくり落としてしまう。
「また唐突に出てきたわね、ユズル」
平然とした表情の下で静かに怒りを燃え上がらせる、『霧の名の鬼を咎める者』エメレンツィア・フォン・フラウベルク(CL2000496) 。七星剣幹部になっているというこの男に、彼女は多少の因縁を持つ。
「今回の企みも阻止させてもらうわ。尤も、アナタの企みではないのでしょうけど」
「黎明の……いや、七星剣の霧山か」
「霧山の人もある意味被害者とはいえ、一筋縄では行かなそうなのです」
『笑顔の約束』六道 瑠璃(CL2000092) は倒すべき相手だと感じていたが、力量差を考えればそうも言ってはいられない。資料によれば相当格上、かつ槐が言うように、癖のある相手だ。どこぞの信奉者ではないからと、『偽弱者(はすらー)』橡・槐(CL2000732) は正直に事情を話そうと主張する。
「話し合いで解決するなら、それが一番なのですよ」
「霧山がこの山に入った目的を察知できれば、交渉に活かせるかも知れないが……」
葦原 赤貴(CL2001019) は『紅戀』酒々井 数多(CL2000149) と共に、霧山と対戦した経験を持つ。彼の目的を今から調べるのは難しい為、今はこのまま事態に当たるしかないだろう。
「猿虎蛇とやらに、京都を滅茶苦茶にされるわけにはいかないからな」
実際、滅茶苦茶にしようとした奴らに対して取引など、すんなり飲み込める話ではないが、今は住人の為にも感情を飲み込む他ない。
「さっさと現場に向かうとしよう」
八重霞 頼蔵(CL2000693) が仲間へと促す。彼の考え通り、大まかな史跡の場所は『F.i.V.E.』で抑えてくれていた。あとは、封印を行う鍵となる、剣と矢を迅速に確保して戻すだけだ。
「紫雨の方も上手くいけばいいが」
瑠璃は別働隊の健闘を祈りつつ、矢の確保に全力を注ぐのである。
●
森を行く覚者達。
日は傾き始めている。一悟は暗視を使うことも視野に入れて移動していく。
「やれやれ、今日は客が多いね」
接近してくる覚者に気づき、『濃霧』霧山・譲(nCL2000146)は自ら姿を現した。その左手には、矢が握られている。
「以前、『テイク』のアジトでお会いしましたわね」
いのりは即座に覚醒し、大人の姿で霧山と対する。
数多は守護使役のわんわんに矢の匂いを嗅がせ、それを返すべき方向を探り、一悟と赤貴へとさりげなく伝える。
「ひさしぶりねっ!」
数多は明るく霧山へ声をかけた。
「その矢、頂戴。……と言っても、はい、どうぞってわけにも行かないわよね」
まずは、霧山の説得を行う手はずとなっていた数多らに任せ、他メンバー達は状況の推移を見守る。
「あんた二號にまんまと囮にされちゃったわね。持ってたら、あんた死ぬわよ。ちなみにタイムリミットは夕方」
数多が言う二號は時雨……紫雨の別人格を指す。数多は告げながらも、身体の炎を灼熱化させ、身体能力を高めていく。
「日没までに元の位置に戻さないと古妖が復活してしまう、という予知を夢見が見たのです」
槐も説得に当たる。復活した古妖は再封印を防ぐ為にまず、封印具を持つ者を殺しに来るのだと。
「雷獣の封印が解けたら、それ持ってる奴を殺しにくるんですって」
そうなると、紫雨も剣……封印具を持つ。数多は封印してしまえばいいんだけどと、霧山の興味を引く。
「封印されていた古妖は、簡単に都一つ壊滅させられるそうですわ」
いのりも説得に加わる。霧山が何かビジネスをやっているのを示唆しながらも、稼ぐ場所がなくなるのは嬉しくないだろうと問う。
「紫雨に義理立てするほど、仲が良いとも思えませんし」
暗に、その矢を持っていてもメリットなどないといのりは示す。
「うちら『F.i.V.E.』に、夢見がいることわかってるわよね? その精度、その的中率、知らないわけじゃないでしょ?」
数多の主張通り、『F.i.V.E.』は夢見の力あってこそ、活動を進めていると霧山は知っている。この男は一度、『F.i.V.E.』に潜入しているのだ。
「それでもダメなら、言い値で買い取るわ」
……中さんが、と。数多は聞こえない声で小さくつけ加える。
霧山は余裕のある笑みを全く崩さない。だからどうだと言わんばかりの面だ。
その様子を頼蔵は黙って見守っている。エメレンツィアも口を挟む様子はない。これが失敗したなら、強奪するまでだが……。
(封印が解けるリスクを知ってどう判断するかだが、はいそうですかと渡す相手なら、苦労はせん)
組すれば楽な相手ではない。赤貴はややイラついており、一刻も早く相手の持つ矢を奪取離脱したいと両刃剣に手をかける。
(交戦しないに越したことはないが……)
ともあれ、相手の出方次第。瑠璃も覚醒してクレセントフェイトを握り、警戒を怠らない。
「……なので、その矢を渡して貰えれば封印が守れて、貴方も、私たちも、この山の周辺の人達も、無用な危険を避けられてWIN-WINなのですよ。紫雨以外は」
槐はさらに、問いかける。「なぜ、関係ない貴方に矢を渡したか?」と。
復活した古妖への囮や時間稼ぎか、実力を測る為の噛ませ犬か……。
霧山が古妖を頑張って倒しても、ただで封印具の剣は入手できる。紫雨にとって丸儲けの状態となると槐は語る。
「そんなのないさ。君達も彼の性格は知っているだろう?」
ここで、霧山が口を挟む。愉快犯と言った具合に愉悦の為に人を襲う男だ。槐も紫雨による嫌がらせ目的という線も考えてはいたのだが。
「猿虎蛇が復活したら、七星剣だって困るんじゃないのか?」
一悟は霧山の内部事情から説得を図る。
この古妖が復活して街が壊滅するようならば、日本経済に少なからずダメージが入り、七星剣の活動を支える地下経済だって打撃を受けるはずだ。七星剣を率いる『無道』八神もそれは望まぬだろう。
「紫雨のやつは考えなしで動いてて、自分が面白おかしけりゃいいんだろうけどさ。譲、お前は違うだろ」
自分とは違い、賢そうな顔をしていると、一悟は自虐しつつも続ける。
「オレたちにその矢を預けてくんねえか。悪いようにはしねえ。必ず古妖を再封印すると約束する」
一悟はまっすぐに霧山を見つめる。なかなか首を縦に振らない相手に、エメレンツィアもまた呼びかける。
「七星剣幹部にまでなって、まだシグレの気まぐれに踊らされるつもり? あの人の事だから、きっとユズルだって愉悦の為の駒よ?」
「僕もほとほと困り果てているよ」
デメリットは仲間が提示している。赤貴は用意していた提案を口に出すことなかったが、相手の態度に舌打ちしてしまう。
「……さて、どうしようかな」
矢を見つめる霧山に、頼蔵も口を開く。
「自身で戻すというのも選択肢としてはあるが、信用するには聊かな、理由は分っているだろう?」
仮に古妖が目覚め、惨劇が起きたとしても、『F.i.V.E.』の名は多少落ちるだろうが、その原因を作ったのは七星剣に違いない。
「意味の無い災害を振り撒く組織との風評が増せば、……例えば、隔者、憤怒者組織の多くは警戒を強めていくだろう」
それほど、今回の1件には背景を窺うことができず、場当たりすぎると頼蔵は指摘した。
幹部は好きに振舞うことができるのだろうが、それも度が過ぎれば自ら滅ぼす毒となる。
「悪党には悪党也の積み重ねがあると、私は想うのだがね。さぁ、決めてくれ給え」
矢を渡すか、それとも、抗うか。
「ただ渡すので体裁が悪いならば、奪い取られた形にしてもよい」
「君たちの主張は分かった……けど」
頼蔵の言葉聞き、霧山は矢を背に仕舞い、飛苦無を取り出して構えを取る。
「すんなり君達に矢に渡すと、紫雨が煩そうだからね」
矢についてはさておき、一戦やり合うのは避けられそうにない。
(相手は格上だしな)
一悟は土を鎧のように纏って身を固める。一撃で沈まないようにとの対策だ。
場所は山の中。足場は悪くはないが、安定しているわけでもない。瑠璃はハイバランサーでそれを補いつつ構えを取る。
「さて、振り回すには不利な場所だが……。どこまでやれるか!」
森の中、覚者と『濃霧』の戦いが始まる。
●
仲間が前面に布陣するのを見て、瑠璃はその後ろから攻撃を仕掛ける。
彼は集中をし、次なる一撃に賭ける。それは、格上相手のギャンブルだ。
前面に出た頼蔵、数多も仕掛ける。とにかく手数をと、ハンドガンの弾丸に続いてサーベルを振るう頼蔵。交渉は決裂したこともあり、数多は日本刀「愛対生理論」を使い、ほぼ同タイミングで2発の斬撃を叩き込む。
「それでは、こちらも行こうか」
霧山は輝く光の粒を覚者達へと降り注がせる。術自体は覚者が使うものと差は感じられないが、威力は数段上を行く。気を抜けばあっさりと命を持っていかれそうだ。
何とか霧山の隙を作り、矢の奪取を。交渉が決裂した場合に覚者達は矢の奪取班として動くのは、一悟と赤貴。奪取後に韋駄天足で封印の大岩に向かうことも想定している。
一悟の狙いはノックバック。霧山を仰け反らせ、矢を奪い取る隙を作るのが目的だ。1度の集中を挟み、自らの炎と熱圧縮した空気を融合させて叩き込む。
やや体勢を崩しかけた霧山の足元へ、髪を銀色に染めた赤貴が岩槍を隆起させていく。痺れを与えたなら、さらに矢の奪取の可能性が高まるはずだ。
(情報はないが、部下がいるかもしれん)
赤貴は警戒を崩さず、さらに攻め入る。
髪を紅く染めたエメレンツィアは英霊の力を引き出しつつ、滴を仲間へ振りまき回復に当たる。その上で、彼女は足止めの為にと霧山へと呼びかけを行う。
「少しお話しましょう。今日はお互いシグレの被害者だわ」
霧山も戦闘態勢こそ崩さなかったが、耳だけは傾けていたようだ。
「まずはそうね、七星剣幹部の昇格おめでとう、かしら。世襲制とは驚いたけれど」
「祝辞として受け取っておくよ」
ただ、会話は続かない。周囲に霧を発生させていたいのりが霧山の頭上から雷を落としてきたからだ。
槐がその間に、仲間へと治癒力を高める香りを濃縮化して振りまいていく。
それに包まれながらも、エメレンツィアは言葉を続ける。
「アナタは七星剣として、何を望むのかしら」
富か名誉か。それとも、抗争か。
影に生きる霧山。エメレンツィアはそんな彼には、名誉も抗争もあまり似合わない気がすると告げる。
霧山は微笑を浮かべたまま、今度は飛苦無を握って直接切りかかってくる。
(麻痺毒を塗り込んだあの苦無は厄介だ)
瑠璃は飛苦無から仲間の盾となるべく、霧山の前に躍り出た。そして、2度目の集中から霧山に苛立ちの感情を呼び起こそうとする。
元がさほど命中率の高くない攻撃。だから、それは効けば上々くらいに瑠璃は思っていた。
「そう簡単には効いてくれないか」
呟きながらも、瑠璃は霧山へと攻め込むのである。
●
霧山は覚者8人相手にも、まるで余裕を崩さない。普段から、それだけの相手をしているのかもしれない。
隙を見計らう槐。常に霧山から矢を奪うことのできる隙を見ていたが、なかなかそのタイミングは訪れない。その為、彼女も攻撃に加わり、眠りへと誘う空気を再現して霧山の手を止めようとする。
瑠璃はその後、切れ味を増したクレセントフェイトで霧山へと斬りかかった。
それを受け、血を迸らせた霧山は身体から濃い霧を発し、その中に身を潜めていく。
霧の展開にいのりは注意を払い、守護使役のガルムにかぎわけさせ、霧山の位置を特定させようとする。
「あちらですわ!」
いのりが指し示したのは数多。だが、すでに霧山は飛苦無を握り、数多の背後から襲い掛かっていた。
数多はここぞと霧山のその攻撃を見切ろうと試みる。ただ、ポジショニングを若干怠っていた彼女は霧山の的となり、苦無を深々と背中に突き刺されてしまう。
しかし、命の力を砕いた数多は、ただでやられたりはしない。そのスキルを見切ることは叶わなかったが、掌に集めた熱圧縮した空気と炎を融合させ、激しい衝撃を叩きつける。
「……っ」
それに煽られて吹き飛ぶ霧山に、僅かな隙が生まれる。トンファーで殴りかかる一悟は、霧山の身に痺れを与えようとしていた。
霧山はその打撃を受けてなお反撃の態勢に出ていたが、赤貴は攻撃された数多を陰にして迫っており、その背に仕舞われていた矢を奪取していた。
離脱の方向はすでに示されている。赤貴はそのまま木に飛び乗り、目標を把握してから、守護使役の八重の変形でダミーを作りながらも韋駄天足を使って走り去る。一悟も新手に備えてか、一緒になって離脱していった。
そうして、前衛が抜けた穴を埋めるように、土を鎧のように纏った槐が前に進み出て霧山のブロックを行う。
瑠璃は他のメンバーの状況も合って、そのまま中衛に布陣して霧山を押さえる。
(接近される、または足を止められるなど、もっての他だ)
とにかく、仲間を追われぬ様に霧山を阻まねばならない。大鎌を振るい、斬りかかる瑠璃。霧山は気を放出し、前に立つ数多ごと撃ち貫いてくる。
「く……っ」
その気の衝撃に瑠璃の視界が歪み始めるが、命の力に縋りながらも、彼は霧山の前に立ち塞がろうとする。
後方にいた2人も話しかけ、矢を持ち去ったメンバーから霧山の注意を自分に向けようとする。
「別件ですが、カーヴァ生体工学研究所について、何かご存知ありませんか?」
「さあ、どうだろうね」
いのりはその身を盾にしつつも、仲間に癒しの霧を振りまく。
さほど、大きな反応を見せぬ霧山。しかしながら、彼は躊躇なく飛苦無を飛ばし、攻撃を続ける。矢にはさほど関心を持たぬようにも見えるが、本意が見えぬ以上。覚者はそのスタンスを崩さない。
「私思うのだけど。ユズルはリーダーには向いていないと思うのよね」
仲間に恵みの雨を降らせるエメレンツィアもまた折を見て、霧山の気を引く。
人身売買組織『テイク』の一件で、霧山が自ら手を下しにきたところに覚者が立ち会ったことが合った。部下に任せるところを自分で動く。そんな彼の一面をエメレンツィアは指摘し、さらに続ける。
「そんなアナタが、七星剣幹部を継ぐことにした理由って何かしら」
「……色々あってね」
口元を吊り上げる霧山。無理やり幹部にさせられたのかと考えたエメレンツィアだが、あながちそうでもないらしい。
仲間が語りかける間、槐は霧山から視線を外さない。彼女は強化した土の鎧を纏ってその動きを制しようとするが、霧山はさらに飛苦無を飛ばしてくる。頼蔵はそれを弾き飛ばして呼びかけを行う。
「封印はどうかな。失敗している可能性もあるが」
時間は迫ってきているはず。頼蔵は笑う。
「……義憤と後悔、これからの惨劇に。実に『悲痛』だ、といった顔でもしておこうか。はははは」
笑う彼の首へ、霧山は躊躇なく飛苦無を飛ばす。どさりと音を立てて崩れ落ちた頼蔵を見下ろし、霧山は構える苦無を下げた。
さらに数多が攻め入ろうとしたのだが、突然、戦闘態勢を解いた彼を訝しむ。
「もう終わり?」
「君達が本気なのは分かったよ」
とりあえず、矢を持つことに利がないと霧山は判断したらしい。
「それでも、君らが上辺だけで言葉を並べるなら、持ち去ろうかとも考えたけどね」
彼は自ら倒した頼蔵を見下ろしつつ素早く跳躍し、近場の木に乗り移る。
「また会いましょう、ユズル。いずれは私の前に跪かせてあげるわ」
霧山はエメレンツィアの言葉にも笑みだけを返し、森に同化するように姿を消していった。
石を目指し、韋駄天足で山中を書ける赤貴と一悟。彼らは程なく大岩を発見して無事、矢を元の場所へと戻す。どうやら、剣も紫雨から無事に取り返すことができたようだった。
その後、仲間の下へと戻ってきた一悟。一緒に紫雨を殴りに行くかと最後に提案したかったのが心残りだったようだった。
●
「よォ、楽しかったかよ?」
「そちらは、存分に楽しんだようだね」
「ああ! 思わぬ好待遇だったぜ?」
木の上でご機嫌に尻尾を振りながら座っていた紫雨を、見上げもせずに語る霧山……譲は重い溜息を吐いた。
「さァて、これからあいつらがどう動くか、見物だろ?」
「……そうだね、まだ利用価値はありそうだ」
夕闇は消え、夜が舞い降りた。
未だ、『F.i.V.E.』の本当の夜明けは遠い――。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし

■あとがき■
リプレイ、公開です。
MVPは、
結果的に霧山に隙を作るきっかけを作ったあなたへ。
今回は巻き込まれた形ではありましたが、
表舞台に現れた霧山。
再び彼が影から身を現すタイミングを
待ちたいとおもいます。
今回は、企画を提案していただいた
工藤STに感謝です。
参加していただいた皆様も、
本当にありがとうございました!
MVPは、
結果的に霧山に隙を作るきっかけを作ったあなたへ。
今回は巻き込まれた形ではありましたが、
表舞台に現れた霧山。
再び彼が影から身を現すタイミングを
待ちたいとおもいます。
今回は、企画を提案していただいた
工藤STに感謝です。
参加していただいた皆様も、
本当にありがとうございました!
