【髑髏少女】眩



 どこへ行く気だと問いかけて、眩はようやく立ち止まった。
「どこって。家へ帰るのよ」
「家って?」
 眩が身支度に要した時間はわずか三十分。母親との別れも実に淡々としたもので、五分とかからなかった。たった今、その家を出て来たばかりである。
 覚者たちは、五麟市とファイヴのことを母親に話し、急な眩の一人暮らしと転校に理解と同意を得ている時間すらなかった。
「家といったら家よ」
「もしかしてスウェーデンの?」

 ――Nja.

「にゃー?」
 覚者の一人が顔の横でゆるく握った拳をくにゅんと曲げる。
「五麟市? そちらへ行くか、それともストックホルムに帰るか、あるいは――まだ決めかねているの」
 国外に出られては困る。覚者たちは顔を見合わせた。
 二度と日本には戻らない、と確約されたところで意味がない。夢見として発現してしまった以上、隔者たちに狙われ、日本に連れ戻される恐れがある。夢見の予知能力を悪用するためにだ。ましてや、自らの足で隔者組織に接触されては何のために助けたのか分らない。
 しかし、その一方で、このまま五麟市へ連れ帰っても、眩はファイヴによって保護という名の軟禁を受けることになるだろう。
 すでに司令官の中より、受け入れ施設への護送指示が出されていた。
 『能力者至上主義』を誰はばかることなく公言する眩は、覚者と言うよりも隔者に近い。考えを改め、ファイヴの理想に共鳴してもらえない限り、考古学研究所内への立ち入りは許されず、夢見としての力も厳重に封じられることになる。
 この先、ずっと。


「あれが、噂の髑髏少女か」
 隔者、金城一縷(かなぎ・いちる)は目を閉じると、指で眉間を揉んだ。
目眩がひどい。夜間に鷹の目と暗視を併用するといつもこうだ。理由は分らない。仲間の誰に聞いてみても、そんなことはない、と判で押したような答えが返ってくるから、自分だけのことなのだろう。
 指を離して溜息をついた。
「やっぱり、例の……ファイヴの連中だ。さっさと引き払って正解だったな。夢見を護衛している」
 うわさを聞きつけ、夢見確保に乗り出してすぐ、第三者の存在に気がついた。憤怒者たちなど恐れはしないが、問題は古妖だった。確認が取れた四体のうち一体、ずぬけて強いやつがいたのだ。
 街ですれ違いざまに幾度となくヤツに殺気を向けてみたが、返ってくるイメージは決まって無惨な己の死にざまだった。全員で囲って襲ったところで、さて、俺たちはたった一人でも生き残ることができるのか……。
 そこへ覚者たちが現れたものだから、四つどもえの戦いなどとんでもないと、向こうに気づかれぬうちに逃げ出したのである。
「古妖たちはどうなったんだ。奴らが倒したのか?」
「さあな。でも、アレを倒したというのなら大した連中だ。とても俺たちの敵う相手じゃない。夢見の強奪はあきらめたほうがいいぞ」
 馬鹿を言うな、と尖った声が返ってきた。
「手ぶらで戻れるか」
「まあな……。よし、塾帰りのガキを何人かさらって来い。少なくとも三人必要だ」
 命令口調が気に入らなかったのか、葛原は難色を示した。ガキをさらってどうする気だ、と拗ねた口調で聞いてくる。
「ひとつ人質交換といこうじゃないか。こっちは十人いるが、相手は一人一人がこちらよりもはるかに格上……と思っていた方がいい。だから極力戦わない方向でいこう。一人は俺たちの本気を見せるためにすぐ殺す。一人は夢見と交換。もう一人は逃げ切れるまでの保険だ。解ったら早く行け」


 交差点の手前で信号が赤に変わった。
 事故多発の注意を呼びかける警察の黄色い広報看がやけに目立ち、立ち止まった覚者たちのすぐ目の前を、大型トラックがかなりの速度で何台も走り抜けていく。
「あなたたちが迎えに来る前に、大髑髏が私に関して予知していたことがあるの」
 流れるトラックのライトを見つめながら、眩はいきなり歌いだした。

 ――勝ってうれしい、花一匁。負けてくやしい、花一匁。

「これが近い将来、私に関して起こる出来事なんですって。ひどく抽象的でしょ。大髑髏の予知能力はこの程度よ……」
 信号が青に変わった。
 道の向こう側に顔をマスクで覆い隠した能力者の一団が、小学生と思われる子たちの首に鉈のような大型ナイフを当てて立っていた。
「よう、正義の味方。残りのガキどもの命が惜しけりゃ夢見をこっちへ引き渡してもらおうか」
 隔者は十人、捕まっている子は三人。
 小学生たちは後ろに手を回され、口に布を当てられている。
「……残りって。どういう意味だ?」
 覚醒して横断歩道に足を踏み出したとたん、体格の比較的大きな男の子の首にナイフの刃が深く入り、素早く横へ引かれた。
「あとの二人と交換って意味だよ」
 首から切り離された体が倒れて、道に血が広がった。
 眩があえぎながら、震える声で予言する。
「あの子、妖化……する、わ。生物系が一体、そ、それに、心霊系一体、現れ、る」
 また信号が赤に変わった。


■シナリオ詳細
種別:シリーズ
難易度:難
担当ST:そうすけ
■成功条件
1.妖二体の撃破
2.隔者十名の撃退または逮捕
3.二人の子の保護
●時間と場所
・夜の交差点
 比較的広い道路で四車線あります。
 時々、大型輸送トラックが続けて何台も通り過ぎていきます。
 乗用車はほとんど通りません。
 ここの信号は90秒ごとに赤から青へ、青から赤へ切り替わります。
 明かりに問題はありません。

●敵……隔者10名
全員、顔を隠しています。男性ばかりのようです。
鉈のような大型ナイフを所持しています。
 ・暦の因子、土行……3名
 ・彩の因子、火行……3名(うち1名が金城一縷。金城は鷹の目、暗視、超直感を所持。うち鷹の目、暗視を活性化しています)
 ・翼の因子、水行……1名(後列)
 ・現の因子、天行……3名(中列でこども二人を捕まえています)
彼らの目的は夢見の強奪です。戦いは二の次で、とにかく夢見を奪おうとします。

●敵……妖2体
信号が青に変わってから2ターン後、隔者側に近い場所で出現します。
 ・生物系……ランク1
  殺されたばかりの男の子が、交差点に巣くう怨念にあてられて妖化したもの。
  首から上を手に持って移動します。
  主に憤怒者に対して襲い掛かりますが、混戦になると覚者も襲います。
  【頭投げ】……物・近単
  【泣き叫び】……特・遠列/ダメージ0、負荷
 ・心霊系……ランク2
  過去、この交差点で命を落とした人々の怨念が集まってできたもの。
  その場にいる者(覚者、隔者、子供、トラック)に襲い掛かかります。
  【呪い】……特・近列/弱体、呪い
  【血の雨】……特・全体/毒

●敵?……大型輸送トラック(通過確率25%)
交差点に結界を張っても効果がありません。
猛スピードで結界内を通り過ぎていきます。
赤信号を無視して渡ろうとすると25%の確率で跳ねられます。
跳ねられるとダメージを負い、1ターン行動不可となります。

●その他
信号は赤に変わったばかりです。
時々、大型輸送トラックが猛スピードで通り過ぎていきます。
次に信号が青に変わるのは90秒後です。
ここの信号には歩行者の押しボタンはついていませんが、15メートル先の小学校前に通学用の歩道橋が設置されています。

●人質
小学生と思われる児童2名。女の子と男の子。
手を後ろに回され、口を布でふさがれています。かなり怯えています。

●眩(クララ)・ウルスラ・エングホルム
夢見ですが、目の前で人が殺されたのは初めてのようです。
呆然としており、手を引かれれば引かれるまま、ついて行くでしょう。

●STコメント
宜しければご参加ください。
お待ちしております。
状態
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
(3モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2016年09月24日

■メイン参加者 8人■

『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『ゆるゆるふああ』
鼎 飛鳥(CL2000093)
『五麟マラソン優勝者』
奥州 一悟(CL2000076)
『淡雪の歌姫』
鈴駆・ありす(CL2001269)
『希望を照らす灯』
七海 灯(CL2000579)
『静かに見つめる眼』
東雲 梛(CL2001410)
『BCM店長』
阿久津 亮平(CL2000328)
『独善者』
月歌 浅葱(CL2000915)


 覚者たちは直ちに状況を把握した。眩の夢見か終わると同時に信号が変わり、鷹の目で敵陣を精査した『希望峰』七海 灯(CL2000579)が小声で状況を補足する。
「子供たちは六人並んだ隔者たち前列の後ろにいます。その後ろに翼を持つ隔者が……彼の存在はちょっと厄介ですね」
 唸り声が上がった。
 万が一、人質のどちらかを抱きかかえられて飛ばれては救出が難しくなる。こちらには空を飛べるものが一人もいないのだ。
 灯は眩の顔を覗き込んだ。軽く頬を打って気を引く。
「ウルスラさんの協力が必要です。あんな人達にウルスラさんは勿論、子供二人を決して好きにはさせません。私たちファイヴは最悪の未来を変えるために全力で行動します。とりあえずでいいんです……どうか我々を信じてください」
 眩は震える唇をかみしめると、黙ってうつむいた。
「……これだから人間って嫌いなのよ。ちょっとは良いかなと思ったところにコレだもの。
ホント許しがたいわ」
 『溶けない炎』鈴駆・ありす(CL2001269)は、隔者たちが見せた暴力に嫌悪し体を震わせた。それも臆病の裏返しゆえのことか、と哀れむ。嫌々ながら心のひだを広げ、向こう側にいる愚かな『人間』たちの感情に触れた。
「かなりびくついているわね。臆病すぎるほど臆病……顔を隠しているのは、逃げた後で似顔絵を手配されるのを恐れてのことじゃないかしら」
 ありすは、男の子の首を切った男以外は組織の下端もいいところで、単に数を揃えのために集められた感じがする、とつけ加えた。
「鈴駆さん、ありがとう。うん、顔を隠しているのは確かに、あとあとのことを考えてのことだろうね」
 『BCM店長』阿久津 亮平(CL2000328)は帽子のつばを指で挟むと、少し下へ向けた。
「信号が変わるまでに、相手のリーダーと送受心で人質の交換方法について交渉する。エングホルムさんをひとりで行かせるわけにはいかないからね。一人、頑張って二人が付き添えるように話をしてみるけど、ごめん、たぶんそれが限界だと思う」
 亮平があえて口にしなかったことを察し、『ファイブレッド』成瀬 翔(CL2000063)が作戦を提案した。
「信号が変わったらオレ、名乗りを上げて飛び出す。捕まっている子たちが心配でしかたがないって感じでさ。オレを慌てて止めるフリして追いかけてきてくれないか? 真ん中までは無理だと思うけど、いくらか距離はつめられると思う」
「うん、試す価値はあるな。やってみようぜ」
 賛成票を投じると、『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)は眩の隣に移動した。腕と腕が触れるほど近づくと、眩の震えが伝わってきた。
「なあ、眩。よけいなことは考えず、そこの帽子をかぶった背の高い人について歩いていくだけでいい。何があってもお前と……お前の弟はオレが守り通す」
 眩の震えは止まらない。ショックが大きすぎて聞こえないのかもしれない、と一悟は送受心・改を発動させた。眩の心に直接語り掛ける。
<「オレを信じろとは言わないが、自分の力は信じろよ。妖が出てくる後のことは何も見えなかったんだろ?」>
 今度は反応があった。わずかに間を取った後、眩のアゴが微かに引かれた。
<「じゃあ、大丈夫だ。あとは任せてくれ」>
 これ以上、犠牲者をだすことなく解決して見せる。一悟は自信満々で言いきった。言い切れるだけのものが、これまでに積み上げてきた実績が、ファイヴの覚者たちにはある。
「あちらに歩道橋が見えます。あれを使って、一人だけでも隔者たちの後へ回り込めないでしょうか?」
 灯の提案に、『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)が、「賛成なのよ」と小さく声を上げる。
「人質を二人引き渡すとは言ってないのよ。一人を手元に残されて……飛んで逃げられたら大変です。誰か一人でも回り込みしておいた方が絶対いいのよ」
「その役、俺に任せてくれないか」
 東雲 梛(CL2001410)が一番後ろから名乗りを上げた。
 幸いにして、梛はみんなから少し遅れてついてきていた。運が良ければ隔者たちに姿を見られていないはずだ。
「では念には念を入れてわかりにくく……みなさん、ちょっと眩さんを真ん中に寄り集まってくださいっ。それに、人数を分りにくくするということなら、背の低い人は後ろ側のほうがいいですねっ」
 いいながら、『独善者』月歌 浅葱(CL2000915)はありすと立ち位置を入れ替えた。梛の横に並ぶ。
「気をつけていってらっしゃいませっ」
「ありがとう、月歌。ただ……後ろから少し遠回りするにしても、ここから離れる瞬間が不安だ。どうにかして連中の気を引いてくれないか?」
 ほんの一瞬で構わない、と梛。
「それならオレ、名乗りと同時にポージング爆破するぜ」
「あ、成瀬さん。私も一緒に覚醒爆光しながら名乗りを上げさせてくださいっ。その時、『ファイヴホワイト』を名乗ってもいいでしょうか?」
 二人だけでは戦隊ものにならないと、やれ誰が『ファイヴブルー』で、誰が『ファイヴブラック』だと、みなで悪乗りしかけたところ、ありすが冷静な声で割って入った。
「名乗りの人数が多いと飛び出しまでに時間がかかるわよ。二人だけでいいんじゃない? 第一、アタシは『ファイヴイエロー』なんてイヤよ」
「じゃあ、『ファイヴオレンジ』は? ジュースの名前みたいになるけど」
 ありすは茶化す一悟を第三の目でギロリと睨みつけた。
 そこへ交渉を終えた亮平の報告が入る。
「……ごめん。がんばったけど、付添は双方一人ずつになった。あっちは金城と名乗るあの男が子供を一人連れてくる。もう一人は万が一の時の保険だと言って……東雲くん、子供の確保と保護を頼みます」
 あすかは緊張で固まっている眩の背中を、やさしくそっとなでた。
「大丈夫、大丈夫。あすかたちがつているのよ。落ち着いて、ゆっくり息を吸い込んでください」
 言いながら眩に海衣をかける。
 信号が黄色に変わった。
 覚者側の道路を一台の大型トラックが猛スピードで近づいてきていた。黄色で止まらず、そのまま突っ切るつもりらしい。
 梛は直感に従い、大型トラックの通過を利用してひと足早く離脱することにした。
 大型トラックが通り過ぎた直後、信号が青に変わった。
「ファイブレッド!」
 翔が光放ちながら爆風を巻きおこす。
「ファイホワイト!」
 浅葱もポージングしながら発光した。
「さぁ、人質を解放してもらいますよっ」
 二人が同時に駆けだすと、打ち合わせのどおりに、ありすと灯が手を伸ばしながら後を追いかけた。やや遅れて、眩の後ろから飛鳥も飛び出す。


「さがれっ!」
 飛び出しと同時に、対岸から隔者たちか一斉に怒鳴りはじめた。
「さがれと言っているんだ! 聞こえないフリしてんじゃねえ、このガキを殺されてえのか!」
 おそらく金城だろう覆面の男の腕の中で、男の子が激しく身をよじる。首にあてられた大型ナイフが首の若い皮膚を傷つけ、太い血の筋が刃をつたった。
 覚者たちはたたらを踏んで立ち止まった。
「こ、この子たちはまだ子供だから、いうことを聞かなくて……」
「あ? つまらない言い訳はよせ」
 金城がさらにナイフを強く押しあてると、ぼたぼたと赤い滴が道路に落ちた。友達のように首を落とされると悟ったのか、男の子がピタリと動きを止める。
「本当に殺す気のようです。おとなしくさがりましょう」と灯。
「で、でも」
 まだいくらも進んでいなかった。妖の出現に合わせて好スタートを切っても、あちら側にはたどり着けないだろう。
 躊躇う翔たちを、今度は亮平が固い声で呼び戻す。
「みんな、さがって。オレたちだけで行く。エングホルムさん?」
 呼ばれて夢見はわずかに身じろいだ。顔は血が引いてすっかり色を無くしている。すっかり怖気ずいてしまっているようだ。
 亮平は直接、眩の心に話しかけた。
<「交換すると見せかけて人質を救出したい。怖い思いをさせてしまうけど協力してほしい。行くよ、ついてきて>
 背に一悟の手が当てられると、眩ははっとしたように目を見開き、亮平の後について滑るように歩き出した。
「あとの連中はもっと後ろへさがれ。ブロック壁まで下がるんだ。お前たちの考えていることなんて丸わかりなんだよ。隙を見て一気に寄せてくるつもりだろう」
 そうはさせるか。金城は覚者たちに投げつけるように言うと、後ろを首だけで振り返って仲間たちにもさがるように命じた。
「子供が……後ろに送られました。翼人が抱きかかえています」
 さがりながら灯が報告する。
 距離を縮めるどころか逆に開いてしまった。だが、何が幸いするかわからない。飛び出しを警戒するあまり、隔者たち全員の目がこちら側に釘づけになっていた。おかげで梛は完全にフリーだ。
 翔は送受心・改を発動させると、心のアンテナを梛へ向けた。
<「梛さん、いまどこにいる? 翼人が女の子を抱きかかえたみたいだぜ」>


 梛は一つ北の辻から小学校を裏から回り込み、歩道橋にたどり着いた。翔たちが飛び出したタイミングで一気に階段を駆け上がり、姿勢を低くして歩道橋を渡った。亮平が眩を連れて中央分離帯にたどり着いたときには、もう階段を下りていたのだが――。
<「歩道橋を下りて階段の裏側に回り込んだところ。陰にあやしい黒のワゴンボックスカーを二台見つけた」>
 梛は隔者たちの『足』を見つけていた。緊急時にアイドリング中の唸るような音と排気ガスの臭いに気づいたのは、超直感のおかげかもしれない。
 脳をフル回転させる。翼人を囮にして追わせている間に、残りは車で逃げるつもりではないだろうか? 歩道橋そのものというよりも、逃走車のことを気付かせないように、わざと首切りを演出して意識をそらせようとした可能性がある。
<「七海が鷹の目を活性化していたよな? 翼人が抱えたのが本当に人質の子供かどうかよく見てもらってくれ」>
 翔から翼人が抱えているのはダミーとの報告が入った。そのタイミングで、交差点に黒い靄が広がり、同時に子供の死体がゆっくりと首を抱え持って起き上がった。
 果たして、混乱する戦場から、下着姿の小さな子を抱きかかえた隔者が一人、歩道橋に向かって走ってきた。
 梛は落ち着いてショットガントレットを構えると、隔者の足と肩を撃ち抜いた。後ろ向きに倒れる男の腕から女の子を奪い返し、みぞおちを踵で強く蹴り踏んで気絶させた。しばらくは目を覚まさないだろう。
「ここで大人しく待ってて」
 ジャケットを脱いで女の子に着せてやると、梛は仲間たちの元へ走った。


「止まれ。ここから先は人質だけで――?!」
 妖の出現に驚いて金城が怯む。ナイフの刃が男の子の首から少し離れた。
 亮平は腕を伸ばして男の子の前シャツを掴むと、力いっぱい下に引き落とした。
 がら空きになった金城の腹に、灯が回し投げた影鎖の刃が深く食い込む。痺れが発動し、金城はあっけなく落ちた。
「妖だと!? ちくしょう、図ったな!」
 リーダーを失って統率が取れなくなった隔者と、闇雲に人に襲い掛かる悪霊を業火の津波が飲み込む。
「アタシたちが妖を召喚したっていうの? そんなわけないでしょう、バカ!」
 亮平に殴りかかろうとした隔者の一人が、妖に生首を投げつけられて横倒れした。
 星を覆い隠した黒い霧が、交差点に血の雨を降らせる。
 駆けてきた一悟が眩に、亮平が男の子の上に覆いかぶさって血の雨がもたらす毒から守った。
 翼人がダミーの寝袋を抱えて焦げた翼を広げる。
「葛原! 逃げて」
 白くて小さな何か――女の子を抱えて男が一人、遊歩道へ向かって走り出した。
「誰も逃がさない!」
 亮平は保護した男の子を浅葱に預けると、見る者を深き眠りに誘う舞いを演じた。
 翼人が羽ばたきを止めて下に落ちる。他に三人が眠らされてバタバタと倒れた。
 残り三人が、薄情にも仲間を見捨てて歩道橋へ走り出した。覚者が一人、歩道橋から来て葛原を倒していることは分っていたが、交差点で妖二体と覚者七人を相手にするより勝機があると踏んだのだろう。
「甘いぜ!」
 悪霊の黒霧を割り裂いて、翔が呼び寄せた白き雷虎の牙が隔者たちを捕えた。
 駆けつけた梛がガントレットで一人ずつ交差点へ撃ち飛ばす。
 そこへ再びありすが放った業火の波が打ち寄せ、隔者たちと妖二体を飲み込んだ。
「寝てろ!」
 眩に出したカッターシャツの後ろを掴ませた一悟が、目を覚ました隔者に練り上げた気を当てて倒した。
「そろそろ信号が変わるのよ! 道路に転がっているおバカさんたちを連れて緊急退避してくださーい!」
 飛鳥は叫びながら潤しの雨を降らせた。それから小さな体で道路に伸びている金城の襟をつかんで引きずって行こうとする。
「こいつはオレが連れてくよ。飛鳥はみんなの回復を頼む」
「わかったのよ。翔ちゃん、お願いしますなのよ」
 翔は金城の腕を取って肩に回した。心の内は複雑だ。正直、怯えて震えるだけの子供の首をかっ切るなど、残酷なことをした男の命など助けたくない。
(「だけど、こんなやつの命でも奪っていいことはないんだ。オレたちは隔者とは違う」)
 亮平も翔の反対側に回って、金城の脇の下へ肩を入れた。
「さ、早く!」
 信号が黄色になった。


 浅葱は亮平から男の子を引き渡されると、すぐに手を縛っていた拘束帯を解いてやった。口から布を外すと、手を引いて歩道橋へ向かった。ノックバックで吹き飛ばされる隔者をよけながら進み、先に梛が保護していた女の子と一緒に男の子をさせた。
「頑張りましたねっ。もう安全ですよっ」
 ここにいてくださいねっ、と言うとまずは三人の隔者から少なからず反撃を受けて傷ついた梛を癒しにかかった。走る背めがけて命の枝を咥えた光の鳥を飛ばす。ついでに、と倒れている覚者たちの治療も始めた。
「私は正義の味方。殺さない、殺させない。纏めて助けるのみですっ! ……とと、信号が黄色になりましたねっ。急いで合流しなくては!」
 交差点では覚者たちが、妖の攻撃を受けながらも倒れた隔者を歩道へ運んでいた。猛スピードで走ってくる大型トラックに轢かせないためだ。
「では、私はドライバーたちが事故を起こさないように努めましょう」
 灯は神秘の力を解き放ち、全身をまばゆく発光させた。白く輝く立ち姿は、陸に現れた灯台そのものだ。
 血の雨が降る交差点から放たれた神聖な光を目撃した大型トラックのドライバーは、ひとつ前の交差点で急ブレーキを踏んだ。
 タイヤがアスファルトの上を擦り滑る音が夜にこだまする。続いてもう一つ。
 岬に立つ灯台と同じく、灯が放った光は行き交う者たちの安全を守った。
「『人間』たちは片付いたけど、こいつの全体攻撃、ほんとやっかいね!」
 殺された男の子に同情してのことか、交差点で命を落として怨霊化した黒霧はひっきりなしに血の雨を降らせた。首を切られて死んだ男の子も、不条理を訴えるように覚者たちに攻撃を仕掛けてくる。
 飛鳥をはじめ、癒しの術を持つものは回復で手がいっぱいの状態だ。
「雨降らし合戦が続いてキリがないのよ!」
「男の子はオレに任せてくれ。何とかする! みんなは集中して怨霊を倒してくれ」
 一悟は眩を連れたまま、泣き叫ぶ子供の妖に駆け寄ると、広げた腕の中に入れて抱きしめた。そのままじっと、妖の攻撃に耐え続ける。
「ごめんな。オレたちがもっと注意深く行動していたら、こんなつらい目にあわせずに済んだのにな。痛かったな、怖かったな……ごめん」
「そ、それなら……私がもっと早くこの悪夢を捕えていたら……」
 眩は泣いた。泣きながらふたりを抱きしめる。
 覚者たちの集中攻撃を受けて怨霊が四散した。
 空を覆っていた黒い霧が消えてなくなり、街灯の暗いオレンジ色の光が、二人と一体をそっと照らす。
 一悟は首のない男の子を抱きしめながら、かつて鼻の先で首を切り落とされた一人の隔者のことを思い出していた。
「せめて、首を繋げさせてくれ」
 そのぐらいしかしてやれないから。腕を解くと同時に、一悟の背にある彩の因子が淡い光を放ち揺らぎ立った。
 魂の分配。一悟は己の魂を使って男の子の体と首をつないだ。淡い光は消えかけていた男の子の魂をも癒し、その体から妖気を払った。
 男の子の穏やかな死に顔を見つめながら、夢見に語り掛ける。
「なあ、眩。……覚者とか隔者とか、憤怒者も非覚醒者も関係ねえ。悪い奴は悪い奴だ。オレはただ、悪い奴を懲らしめたい」
 一緒に戦ってくれないか、と涙声で零す。
「……アタシ達は、今のような光景を見たくないからファイヴの覚者なのよ」
 ありすは憤怒のあまり、気絶している金城の脇腹に蹴りを入れた。まったく、こいつはろくでもない『人間』だ。
 飛鳥はいきなり金城の腹に馬乗りになると、往復ビンタをかました。
「首を切られないだけマシと思え、なのよ!」
 その後ろで、浅葱と梛が引き抜いたベルトを使って隔者たちを縛り上げている。
 亮平は泣きじゃくる眩の肩にそっと手を置いた。
「君は覚者以外を切り捨てたいようだけど、切り捨てるという事は、こんな小さな子供の命に関わる事でもある。今回の事で恐怖を感じたなら考え直した方がいい」
 灯は眩の前に回り込むと、冷たい手を握り、涙で霞んだ青い目を覗き込んだ。
「我々ファイヴの目的は『力の根源を解明すること』。まずは、色々知って行く事から始めませんか? その前に、弟さんとこの子をきちんと弔ってあげましょう。私たちの手で」

■シナリオ結果■

大成功

■詳細■

死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし



■あとがき■

人質になっていた子供二人は無事保護されました。
子供たちの精神的ケアと、亡くなった男の子遺族への報告はAAAの特別支援課が後を引き継ぎます。
金城以下、隔者たちも全員が捕えられています。
AAAによって背後組織の割りだしが行われることでしょう。

みなさんの行動によって、眩の心に大きな変化が起こったようです。
五麟市に引っ越した後、一定期間の保護・研修期間を経てファイヴの夢見となる予定です。
ありかとうございました。




 
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