【ぽんぽこ伝】腹鼓の呼び声
「んー! やーっとひと仕事終わったー!」
夢見の久方 万里(nCL2000005)は大きく伸びをすると、自動販売機から出てきた缶ジュースの蓋を開けた。ごくごくと喉を潤せば、「おいしー!」と満面の笑みを浮かべてみせる。
ここはF.i.V.E.本部。夢見である万里にとってはもう馴染みの場所である。今日も仕事を一つ片付けてきたところだ。年端も行かない少女を働かせるのもどうなんだという話ではあるが、本人がそれなりに楽しくやっているのが答えだろう。
「どーしよっかなー。洋服屋さんにでもいこっかなー」
椅子に腰掛けて足をぶらぶらさせていた彼女の目に、ある光景が飛び込んできた。
ガラス張りになっているその向こう。本部の出入り口付近に、数匹の犬――いや、違う。よく見れば狸だ。しかもペット用と思しきリュックサックまで背負っている。
と、その集団が一斉に立ち上がった。器用に後ろ足のみで直立している。
「中に入れてほしいでちゅー」
キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!!
万里は猛ダッシュで外へ飛び出すと、狸達の前に仁王立ちした。その瞳にはメラメラと謎の炎が燃えている。
「かくほーーーーー!!」
一足飛びに跳びかかる万里。早速一匹を捕まえて盛大にモフる!
「ギャー! お助けー!」
「動物虐待反対でちゅー!」
「お代官様ー!」
「死ぬかと思ったでちゅ……」
「都会は恐ろしいところでちゅ……」
思う存分狸達をモフって満足げな万里の隣で、被害者である狸達は幾分やつれた様子で荒い息をついていた。
場所は移り、本部内の一室にて。本人? 本狸? 達の希望により、覚者達が集められた中で事情の説明は行われた。
「ぼく達、ぽんぽこ和尚に言われて来たんでちゅ」
ぽんぽこ和尚?
疑問符を浮かべる人間達を前に、狸の一匹がリュックから取り出したスケッチブックにさらさらと何かを描いていく。これは、服を着た二足歩行の狸――だろうか? 何せ幼児レベルの絵なので判別が難しい。
「親からはぐれたぼく達を育ててくれた和尚さんでちゅ。なんと! 化け狸なんでちゅよ!」
古妖の一種なんだろうか? だとすれば、この狸達が話せるのにも説明がつきそうな気がしてきた。
「これが和尚さんからの手紙でちゅ」
大事そうに取り出された封筒が覚者達の前で開かれた。筆跡こそ達筆な筆文字だが、封筒や用紙自体は随分と真新しいものだ。
『拝啓 ふぁいう゛所属のとぅるーさー殿方
この文を読んでおられるという事は、子狸達は役目を果たせたという事でしょうな。突然の訪問、御容赦願いたい。
さて、今回は一つ御願い事があって筆を執っております。
間も無く、この『ぽんぽこ山』に大きな災いが訪れる――それを収めるのに、儂の力はあまりに小さい。どうか力を貸して頂けないでしょうか?
詳しい事の次第は、直接会ってお話したい。道案内は子狸達がします故、何卒。
敬具 幽宴』
最後にはポン、と大きな肉球のスタンプが捺印されていた。幽宴――これが『ぽんぽこ和尚』の名前だろうか? そして『ぽんぽこ山』とは?
「ぽんぽこ山はここでちゅ!」
これまた雑な地図に印が描かれた。山岳地帯の奥深くのようだが、最寄りの公共機関は――
「バスも電車もないでちゅ! 車が通れそうな道もありまちぇん!!」
Oh、日本にまだそんな秘境があったとは。というか、彼等の案内で本当に大丈夫か?
「任せてくだちゃい!」
どん、と腹を叩いているが、非常に不安である。
子狸がミミズののたうつような線で地図に描き加えていく。
「途中に川がありまちゅ! けっこー深いけど、がんばって泳ぎまちた! それから山を登っていくと、岩だらけのキツい坂道がありまちゅ! ここに来る時は転がって来まちたけど、あれを登って帰られるか心配でちゅ」
さらに話を聞いていくと、人間の足なら道路から外れて一日半といった道程だろうか。野宿で一泊は覚悟しておく必要がありそうだ。
長旅だったようだし、子狸達に休んで貰っている内に準備を進め、すぐにでも向かうべきだろう。大きな災いというのが気になる。
「あ、ハンバーガー食べたいでちゅ!」
「ぼくはピザがいいでちゅ! チーズ増し増しで!」
退屈だけはしない旅になりそうだ。
夢見の久方 万里(nCL2000005)は大きく伸びをすると、自動販売機から出てきた缶ジュースの蓋を開けた。ごくごくと喉を潤せば、「おいしー!」と満面の笑みを浮かべてみせる。
ここはF.i.V.E.本部。夢見である万里にとってはもう馴染みの場所である。今日も仕事を一つ片付けてきたところだ。年端も行かない少女を働かせるのもどうなんだという話ではあるが、本人がそれなりに楽しくやっているのが答えだろう。
「どーしよっかなー。洋服屋さんにでもいこっかなー」
椅子に腰掛けて足をぶらぶらさせていた彼女の目に、ある光景が飛び込んできた。
ガラス張りになっているその向こう。本部の出入り口付近に、数匹の犬――いや、違う。よく見れば狸だ。しかもペット用と思しきリュックサックまで背負っている。
と、その集団が一斉に立ち上がった。器用に後ろ足のみで直立している。
「中に入れてほしいでちゅー」
キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!!
万里は猛ダッシュで外へ飛び出すと、狸達の前に仁王立ちした。その瞳にはメラメラと謎の炎が燃えている。
「かくほーーーーー!!」
一足飛びに跳びかかる万里。早速一匹を捕まえて盛大にモフる!
「ギャー! お助けー!」
「動物虐待反対でちゅー!」
「お代官様ー!」
「死ぬかと思ったでちゅ……」
「都会は恐ろしいところでちゅ……」
思う存分狸達をモフって満足げな万里の隣で、被害者である狸達は幾分やつれた様子で荒い息をついていた。
場所は移り、本部内の一室にて。本人? 本狸? 達の希望により、覚者達が集められた中で事情の説明は行われた。
「ぼく達、ぽんぽこ和尚に言われて来たんでちゅ」
ぽんぽこ和尚?
疑問符を浮かべる人間達を前に、狸の一匹がリュックから取り出したスケッチブックにさらさらと何かを描いていく。これは、服を着た二足歩行の狸――だろうか? 何せ幼児レベルの絵なので判別が難しい。
「親からはぐれたぼく達を育ててくれた和尚さんでちゅ。なんと! 化け狸なんでちゅよ!」
古妖の一種なんだろうか? だとすれば、この狸達が話せるのにも説明がつきそうな気がしてきた。
「これが和尚さんからの手紙でちゅ」
大事そうに取り出された封筒が覚者達の前で開かれた。筆跡こそ達筆な筆文字だが、封筒や用紙自体は随分と真新しいものだ。
『拝啓 ふぁいう゛所属のとぅるーさー殿方
この文を読んでおられるという事は、子狸達は役目を果たせたという事でしょうな。突然の訪問、御容赦願いたい。
さて、今回は一つ御願い事があって筆を執っております。
間も無く、この『ぽんぽこ山』に大きな災いが訪れる――それを収めるのに、儂の力はあまりに小さい。どうか力を貸して頂けないでしょうか?
詳しい事の次第は、直接会ってお話したい。道案内は子狸達がします故、何卒。
敬具 幽宴』
最後にはポン、と大きな肉球のスタンプが捺印されていた。幽宴――これが『ぽんぽこ和尚』の名前だろうか? そして『ぽんぽこ山』とは?
「ぽんぽこ山はここでちゅ!」
これまた雑な地図に印が描かれた。山岳地帯の奥深くのようだが、最寄りの公共機関は――
「バスも電車もないでちゅ! 車が通れそうな道もありまちぇん!!」
Oh、日本にまだそんな秘境があったとは。というか、彼等の案内で本当に大丈夫か?
「任せてくだちゃい!」
どん、と腹を叩いているが、非常に不安である。
子狸がミミズののたうつような線で地図に描き加えていく。
「途中に川がありまちゅ! けっこー深いけど、がんばって泳ぎまちた! それから山を登っていくと、岩だらけのキツい坂道がありまちゅ! ここに来る時は転がって来まちたけど、あれを登って帰られるか心配でちゅ」
さらに話を聞いていくと、人間の足なら道路から外れて一日半といった道程だろうか。野宿で一泊は覚悟しておく必要がありそうだ。
長旅だったようだし、子狸達に休んで貰っている内に準備を進め、すぐにでも向かうべきだろう。大きな災いというのが気になる。
「あ、ハンバーガー食べたいでちゅ!」
「ぼくはピザがいいでちゅ! チーズ増し増しで!」
退屈だけはしない旅になりそうだ。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.『ぽんぽこ山』の『ぽんぽこ和尚』の元に辿り着く
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
※全2~3話予定。次回の予定はリプレイの発表と同時に行います。2週間に1回くらいの進行になりそうです。
●ぽんぽこ山
人里離れた奥深い山。木々が生い茂り、頼りになるのは獣道のみ。目的地はその山頂付近にある廃寺になります。
・こだぬきーず
五匹ワンセットの子狸達。和尚さんをとても慕っていますが、美味しい物や楽しそうな物には使命を忘れてすぐにふらふらと引き寄せられてしまいます。旅の途中に残飯で出会ったジャンクフードがマイブーム中。
・ぽんぽこ和尚
こだぬきーずの育ての親。幽宴(ゆうえん)という名前のようです。今回の依頼人であり、古妖の様子。
●道程について
道路が通っている所まではF.i.V.E.の車両で移動し、そこからは徒歩で山中を突き進む事になります。
・川
幅20m程の川になります。流れは緩やかですが橋は無く、歩いて渡ろうとすれば成人男性でも太もも付近まで水につかる事になります。ここを渡った辺りで日没が近付きますので、キャンプ地としては良いかもしれません。
・岩場
大きな岩がごろごろ転がっている急勾配の道です。天然のアスレチック風味。楽に登ろうとするならば、何らかの工夫が必要になるでしょう。
山中で一泊は確実ですので、プレイングには各々の準備やサバイバル行動を書いて頂ければ、と思います。最低限の野営道具(人数を賄えるテントや寝袋、缶詰メインの保存食)は必要経費としてF.i.V.E.から支給されますが、何を必要とするかは皆様の判断となります。
難易度にもある通り、命の危険が想定される道ではないので、ちょっと(?)ハードな秋の行楽とでも思って楽しんで下さい。
●重要なお知らせ
最後に一つ、重要なお知らせを。
ゴールに近づいた辺りで、皆様は突然深い霧に包まれます。そして、それぞれの「最も好きな物」が目の前を漂い始めます。何が見えますか? そしてあなたの反応は? 是非ともプレイングに明記下さいませ。
こだぬきーずはハンバーガーやピザに釣られて転がっていっちゃいますので、心優しい方はそちらへのフォローもお願い致します(笑)。
それでは、皆様のご参加を心よりお待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年10月28日
2016年10月28日
■メイン参加者 8人■

●
本日は晴天なりー本日は晴天なりー、とはいえ既に太陽は空の直上より西の方角へ沈みかけている。
木の葉を乗せた薄ら寒い秋風が空中を舞い、骨の上に被せただけの皮と肉では肌寒さを覚えるそんなとき。
立ちはだかる壁のように雄々しく、それでいて燃ゆるように赤く染まりつつある壮大な山を覚者たちは見上げていた。
「さー、げんきだしていくでちゅ!」
こだぬきーずと呼ばれた、古妖と動物の中間のような生物たちは(古妖っぽいけど)、寒さを知らぬ風に毛皮を着こんで元気に山へと入っていく。
その後ろをついていくように歩いていくわけだが。
登山は少々、骨が折れそうであると賀茂 たまき(CL2000994)は頬から一滴の汗を流したのだが、すぐに表情を凛としたものに変え、こだぬきたちの為に頑張ると拳を握る。
同じく『ハルモニアの幻想旗衛』守衛野 鈴鳴(CL2000222)もたまきと同じようなポーズを決めつつ、二人は顔を見合わせてから微笑んだ。
「楽しくなると、いいですね」
「はい! たまきちゃん、怪我しないように……心配です」
「ふふ、鈴鳴ちゃんこそ」
さておき。
「ハードなハイキングになりそうね」
「あはは……皆、怪我しないといいんだけれど」
姫神 桃(CL2001376)と宮神 羽琉(CL2001381)は隣同士に立ちながら同じ景色を眺めていた。
「大丈夫よ」
桃は長い――名前と同じ色の――髪を一度はらいながら前へ進む。そして数歩前へ出たとき、振り向き羽琉と視線を合わせる。
「私もいるし、貴方もいるわ」
「信頼されているのなら嬉しいな」
羽琉は胸へ手を置いた。気が付けば廻りは自分以外女の子なのだ。それを守るのは、やはり男の役目か。
黒い人魂がふよふよと空中を漂う。
『愛求独眼鬼/パンツハンター』瀬織津・鈴鹿(CL2001285)は足下を這うように動いていく狸たちと一緒に、山の中へと入っていく。
黄泉である身としてか、それとも鈴鹿の生い立ちがかなりレアであるからか、彼女が古妖へ思う気持ちは人一倍高い。故に、足取りは軽やかに動ていく。
「子供だけでこんなに頑張っておつかいに来て……ゆかり、感激です!」
『田中と書いてシャイニングと読む』ゆかり・シャイニング(CL2001288)は握った拳を顔の前まで上げながら感動に震えていた。
これは助けてあげなければ。ゆかりは地図を広げながら、廻していく。今どこにいるのか、どこの方角が北か合わせながら地図とにらめっこだ。
思えばぽんぽこ山とはまた奇異な名前である。
『天狗の娘』鞍馬・翔子(CL2001349)がもといたお山の名前はいざ知れず、けれども同じ古妖が住む山としては捨て置けぬ。
「狸ども、大船に乗った気分でいるがいい、私こそ天狗の娘、鞍馬翔子である!」
『あの天狗の!』
『これは勝ったでちゅ!』
なんて言葉と共に翔子の頬は緩んでいく。愛らしい見た目のたぬきたちは中身も皆ピュアなのだ。
「早く帰って和尚様を安心させてあげましょうね」
『二兎の救い手』秋津洲 いのり(CL2000268)はまるでこのパーティの保護者のように落ち着き、そして君臨していた。
さてここからどうなることやら。
それはお山の神々だけが知っていることなのであろう。
●
まず、川は難関である。
来る道中、こだぬきたちもこの川に足をとられてどれだけ死ぬ目にあってきたことか―――。
それを語るこだぬきたちの声色は恐怖に満ち満ちていた。けれど、大丈夫。心配することなかれ!
今は頼れるファイヴの覚者たちがついているのだ。
「まだ少し暑いですし、泳いで渡りますか?」
いのりは浮き輪を取り出し、こだぬきたちに見せてみた。それは何だと問われれば、水の中に入っても沈まぬものであると懇切丁寧な説明をつけ。
『すごいのでしゅ!』
『ニンゲンは神器を作ったのでちゅ!!』
なんて目の色を輝かせるこだぬきたちに、いのりはくすくす笑いながら一つ一つ浮き輪を彼らに装備させていく。
川を渡る方法はまだある。
羽琉はロープを持ち、片方の先端を桃へ託してから翼を広げた。
こだぬきたちは、広がり大きくなっていく羽琉の翼を見つめて、感動の溜息をもらす。まるで晴天の空に溶け込むような色の翼なのだ、それが零れるように羽を落としながらはためく。
あっという間に対岸へと渡った羽琉。川に引かれたロープの一本線。それを手すりのようにして伝って行けば、きっと安全に渡れることだろう。
『これで安全に渡れそうなのでちゅ』
こだぬきたちは、一匹、また一匹と列をなして進んでいく。
鈴鹿と、ゆかりは川へ飛び込み頭や背中にこだぬきを乗せて渡り、鈴鳴や翔子は両手にこだぬきを抱えて空を舞った。
最後の一匹が渡り終えたところで、桃とたまきは水中の上へと足を乗せた。
足が川の上を揺らせば、波紋が広がる。ひとつ、ふたつと波紋を広げながら、ようやく川は攻略できたようだ。
●
さて、ここで一息となる。
羽琉はこだぬきたちが全員いるか、覚者が全員いるか確認。
「うん、大丈夫。ここまでは皆いるね」
漸く、落ち着ける安心の笑顔が羽琉から漏れた。ここまで何か危険なことがあった訳では無いが、こんな山奥で、しかも女性ばかりのパーティとなれば羽琉の心は常に落ち着けないのだ。
その間に女性たちは手際よく準備を進めていた。
いのりは、芋料理やポテチ。フライドポテト等々。こだぬきたちが喜びそうな食べ物を用意。
たまきは、コーンポタージュと、きのこのクリームスープ、コンソメスープ等々。スープ系のものを用意。
桃は先ほどの川で釣ってきた魚を焼く作業に入り、羽琉はそれを手伝っていく。
鈴鹿は、非常食にハンバーガーとお菓子を用意していた。非常食はまだ出番では無い為、これは温存。
ゆかりは、飲み水と、インスタントスープを用意。飲み水は重要である。
鈴鳴は、飲み水に、ブロック型の携帯食料。それとパウチ式の保存食を取り出した。
翔子は……どうも缶詰は口に合わないということで、山で木の実やキノコでも取ってくるかとその翼を広げた。
そんな形で食べ物を用意している間に、翔子は山の中へ足を降ろした。
小さな獣が突然の来訪者に驚いて一斉に距離を開け、鳥たちは木々を足場に歌を歌う。緑の香りが風に乗り、土を踏む感触は懐かしい翔子の知る山と似た感覚を持っていた。
「……山には私の師匠の治郎坊天狗様のほかに化け狸含む山の者たちも多く住んでいた、まぁお前たちほどかわいげはなく、逞しい者たちだったがな」
両手に抱えた一匹のこだぬきが、顔を縦に振り真摯に翔子の話を聞いていく。
「お前たちも和尚に言われたとはいえ人里に躊躇なく助けを呼びに行ける社交性は評価できるがな、いずれは自分たちで和尚を助けられるようになるのだぞ」
『わかったでちゅ』
「なんだろうな、その喋り方をされると不安になるのは」
きのこを集めたら、仲間のもとへ帰ろうか。
フライドポテトのひとつを口に咥えてから食べたいのりは、翔子が木々の間から飛んでくるのを見つけた。
「あら、おかえりなさいませ! 沢山の木の実ときのこ、ありがとうございます」
「うむ。そのきのこも食べれるものだ。毒はない。安心して食べるといい」
「はいっ」
すぐにいのりはそれを、羽琉と桃の、魚を焼いている場所へと持っていくと、羽琉と桃は手際良く焼き始めていく。
なお、火はゆかりが起こしたものである。火行であるならばこれくらいなんでもござれということか。
「ハイ、できました!」
と、鈴鹿の手製、簡易でかつその場で作った石のコンロ。こんな年端も行かぬ少女のどこにそんな知識があったのかは、分からぬが、そこで山で拾った木々を放り、ゆかりがパチンを指を鳴らせば炎が灯る。
その後、鈴鹿とゆかりはこだぬきたちをコンロ近くへと先導した。
鈴鹿はこだぬきを一匹抱えて、火の近くで歌いだす。
先の川で濡れた服や、こだぬきたちの乾いた身体を乾かしていくのはこの火のおかげともいえるだろう。ゆかりは遠慮なく、温まって欲しいと。火力調整に気を使いながら、誰も風邪をひかぬようにとほほ笑んだ。
羽琉は桃へ言う。
「釣り餌を持ってきてよかったです。魚がたくさん釣れましたね」
「ええ、餌でもかからないのなら私が苦無で魚を取ってもよかったのだけれど」
「意外とサバイバル力がある……」
「冗談よ」
そんな話を羽琉と桃はしながら、魚の表面に綺麗に焦げ目が出来ていた。もうこれは食べごろ、そう思い羽琉が伸ばした手が桃の手と重なった。
その頃。たまきと鈴鳴はこだぬきたちを囲んで雑談をしていた。
「一生懸命、この道をやって来たのですね。こだぬきーずさん達は、えらいですね!」
たまきの手が、こだぬきの頭の上を撫でていく。
『行きはよいよい、帰りは怖ひなのでちゅ』
『山は怖い場所なのでちゅ、大変なのでちゅよ』
「でもこの山の風景は、普段都会にいる私たちは見慣れないので、とっても新鮮ですよ」
鈴鳴は両手を合わせて、花が咲くような笑みを返していた。
確かにここに来るまでにはもう色々なことがあった。川のこともそうだが、木々から飛び出た枝葉に手を切ってしまったこだぬきを鈴鳴がいやしたり等々。
山は怖い場所であるというこだぬきたちの言動は大いに肯定ではあろうが、それでも多くの覚者の力を頼れば乗り切れない道でもないか。
『今日はありがとうなのでちゅ』
『また明日もよろしくなのでちゅ』
こだぬきたちは覚者に、多大なる感謝の言葉を述べていた。
この日はここで就寝である。
空には星々が輝き、都会の明るい街並みでは見えぬ世界と光景が広がっていた。
少年少女たちは夜もすがら、尽きぬ話題に花を咲かせたようだが、いつの間にか静けさと共に深い眠りへと入っていた。
●
――一夜明け。
最後はこの断崖絶壁をのぼれと申すか。
なかなか愉快な旅路であることは間違いないのだが、これはこれで最後に一番きついものを持ってこられたというか。
「懐かしいの……お父さんとお母さんと暮らしていた頃はこういう岩場が遊び場だったの……ヒャッハー!」
前言撤回。結鹿は我さきにと崖のうえを目指して登り始める。背中にこだぬきを乗せて、ひとつ跳躍すればわずかな隙間に足場を置いて。ふたつ、ぴょんととべば崖の間に力強くはえた枝の上に着地し。安定を見せるその技は、生まれながらにして持っているものか。
彼女の先導とともに、ゆかりも負けじと崖を登っていく。手から出すのは、蜘蛛の糸で。それを岩場につければ、己の身体がエレベーターのように安定してのぼっていくのだ。ひょいひょいと登っていく少女、結鹿と同じペースでゆかりものぼっていく。そんな姿をみて、たくましいと思った羽琉であった。
羽琉と鈴鳴は同じく翼を広げた。二色の、まったく異なる翼で空をきる。それを追うように翔子は翼を広げ、いのりは杖にロープを繋げてから自力で崖を登り始めていく。
いのりはたまきの土の心による先導で、安心して登ることができた。特にここまで大きな怪我人は出ていない模様で、頂上へとついたいのりと、羽琉のロープが下へ落されれば桃がロープを引っ張って安全か確認した。
大丈夫そうだ。
ならばとこだぬきたちは、つながったロープを一斉にのぼっていく。これもアスレチックのようで楽しいだろうといのりはくすくす笑っていた。
最後に桃が登り終えれば、崖もいとも簡単に攻略されたも同然である。
ゴールは近いのだろう、それを示すように霧がだんだんと彼らの視界を奪ってきた。
まるで雲のなかにいるような気持である。これが綿菓子であればどんだけいいものか。
しかしここは山のなか。少しの不安で、たまきは鈴鳴の手を握った。そのとき。
たまきは自分の家の部屋のなかにいた。正確には部屋のなかにいるような気分であった。
ふわふわと漂う、髪飾りや人形。それは大切な思い出と大事なもの。
クゥちゃんと呼ばれた人形へ手を差し出してみるものの、それはつかむ前に遠くへいってしまう。
同じく鈴鳴も、立ち止まっていた。
鈴鳴を呼ぶ声がする――けれども、振り返れば誰もいない。かと思えば、知っている人たちが立っていて、みんな笑顔を作っていた。おかしい、とはわかっている。ここは山のなか。でも何故だか町のなかにいるような、そんなあったかい気持ち。
「何だこの霧は……? まさかこれは…」
翔子は一周、ぐるりと見まわしてみた。あたりには誰もいない。真っ白な風景が広がっている。
これも何かの術か、それとも。わからないものの、面妖な。
しかしふわふわと漂ったのは、
「…羊羹か、この間食べたものは確かに美味であった……喝ッ!」
差し出す手を、別の手でたたいて自制し。天狗たるもの、このような迷い事に現を抜かすならばまだまだ甘いと自負した。
ゆかりには、クリームソーダが見えていた。
追憶の日々。子供の頃、従兄のおにいちゃんと一緒に行ったデパートのレストランで飲んだクリームソーダの思い出。それが忘れられるものか。ご丁寧に、ストローがふたつついてやがる。
しかしこれも誘惑のひとつ。ゆかりは自分の顔を左右にふってみた。
羽琉は感心していた。
確かあれは、オーディオ出力機であるがまだ発売前のもの。こんなところに落ちているとは、いやだがしかし。首を振れども誘惑は大きい。気づけば自分の周辺は音響機器にあふれていた。
自分がどれほど好きかを自覚しつつも、さすがに浮いている機器は幻であるのを実感してしまう。
桃も、こだぬきを抱えながら、しかし、その瞳は少女のようにきらめいていた。
あれは果物たくさんの限定ぱふぇ。しかもその隣には、いつか食べたいと思っていた山盛りパフェまで見える。これは幻、そうわかっていても、身体が正直なのは、彼女の高鳴る鼓動の早さが証明していたことだろう。
「ッ! 待ってなの! 私……、お父さんとお母さんに会いたかったの! だから」
結鹿は駆け出していた。遥か、追いかけても追いかけても遠くへいってしまう両親がみえるのだ。
ずっと会いたかった気持ちは爆発していた。先ほどまで崖を悠々と登る子は、少女に戻ってしまっているのだ。
しかしその先は危ない。
いのりも、涼やかな餡蜜を虚空に見ていた。見えていた。手を伸ばしかけたが、心の強さがそれを戒めた。そのとき、隣を駆ける結鹿を見つける。危ないのだ、その先は崖。あの勢いでは飛び込んでしまうと、追いかけ、腕をつかみ、首を横に振れば。結鹿は落胆したような表情を浮かべていた。
そんなところで。こだぬきたちも夢をみていた。一斉に同じものをみるとは、なかなかの習性ではあれども。
「こ、こだぬきーずさん…! こちらに本物のハンバーガーがあります!」
たまきの叫びに我に返ったこだぬきたちは、霧の中で混乱していた。さっきまでそこにハンバーガーがあったとか、なかったとか。たまきは、おずおずハンバーガーを差し出しながら、羽琉は全匹いるか数え始める。
なんやかんやで、そんな二日間。
まだまだ彼らはこれからが本番であるものの。
和尚の依頼を遂行できたか、どうかは。また後日の楽しい話である。
本日は晴天なりー本日は晴天なりー、とはいえ既に太陽は空の直上より西の方角へ沈みかけている。
木の葉を乗せた薄ら寒い秋風が空中を舞い、骨の上に被せただけの皮と肉では肌寒さを覚えるそんなとき。
立ちはだかる壁のように雄々しく、それでいて燃ゆるように赤く染まりつつある壮大な山を覚者たちは見上げていた。
「さー、げんきだしていくでちゅ!」
こだぬきーずと呼ばれた、古妖と動物の中間のような生物たちは(古妖っぽいけど)、寒さを知らぬ風に毛皮を着こんで元気に山へと入っていく。
その後ろをついていくように歩いていくわけだが。
登山は少々、骨が折れそうであると賀茂 たまき(CL2000994)は頬から一滴の汗を流したのだが、すぐに表情を凛としたものに変え、こだぬきたちの為に頑張ると拳を握る。
同じく『ハルモニアの幻想旗衛』守衛野 鈴鳴(CL2000222)もたまきと同じようなポーズを決めつつ、二人は顔を見合わせてから微笑んだ。
「楽しくなると、いいですね」
「はい! たまきちゃん、怪我しないように……心配です」
「ふふ、鈴鳴ちゃんこそ」
さておき。
「ハードなハイキングになりそうね」
「あはは……皆、怪我しないといいんだけれど」
姫神 桃(CL2001376)と宮神 羽琉(CL2001381)は隣同士に立ちながら同じ景色を眺めていた。
「大丈夫よ」
桃は長い――名前と同じ色の――髪を一度はらいながら前へ進む。そして数歩前へ出たとき、振り向き羽琉と視線を合わせる。
「私もいるし、貴方もいるわ」
「信頼されているのなら嬉しいな」
羽琉は胸へ手を置いた。気が付けば廻りは自分以外女の子なのだ。それを守るのは、やはり男の役目か。
黒い人魂がふよふよと空中を漂う。
『愛求独眼鬼/パンツハンター』瀬織津・鈴鹿(CL2001285)は足下を這うように動いていく狸たちと一緒に、山の中へと入っていく。
黄泉である身としてか、それとも鈴鹿の生い立ちがかなりレアであるからか、彼女が古妖へ思う気持ちは人一倍高い。故に、足取りは軽やかに動ていく。
「子供だけでこんなに頑張っておつかいに来て……ゆかり、感激です!」
『田中と書いてシャイニングと読む』ゆかり・シャイニング(CL2001288)は握った拳を顔の前まで上げながら感動に震えていた。
これは助けてあげなければ。ゆかりは地図を広げながら、廻していく。今どこにいるのか、どこの方角が北か合わせながら地図とにらめっこだ。
思えばぽんぽこ山とはまた奇異な名前である。
『天狗の娘』鞍馬・翔子(CL2001349)がもといたお山の名前はいざ知れず、けれども同じ古妖が住む山としては捨て置けぬ。
「狸ども、大船に乗った気分でいるがいい、私こそ天狗の娘、鞍馬翔子である!」
『あの天狗の!』
『これは勝ったでちゅ!』
なんて言葉と共に翔子の頬は緩んでいく。愛らしい見た目のたぬきたちは中身も皆ピュアなのだ。
「早く帰って和尚様を安心させてあげましょうね」
『二兎の救い手』秋津洲 いのり(CL2000268)はまるでこのパーティの保護者のように落ち着き、そして君臨していた。
さてここからどうなることやら。
それはお山の神々だけが知っていることなのであろう。
●
まず、川は難関である。
来る道中、こだぬきたちもこの川に足をとられてどれだけ死ぬ目にあってきたことか―――。
それを語るこだぬきたちの声色は恐怖に満ち満ちていた。けれど、大丈夫。心配することなかれ!
今は頼れるファイヴの覚者たちがついているのだ。
「まだ少し暑いですし、泳いで渡りますか?」
いのりは浮き輪を取り出し、こだぬきたちに見せてみた。それは何だと問われれば、水の中に入っても沈まぬものであると懇切丁寧な説明をつけ。
『すごいのでしゅ!』
『ニンゲンは神器を作ったのでちゅ!!』
なんて目の色を輝かせるこだぬきたちに、いのりはくすくす笑いながら一つ一つ浮き輪を彼らに装備させていく。
川を渡る方法はまだある。
羽琉はロープを持ち、片方の先端を桃へ託してから翼を広げた。
こだぬきたちは、広がり大きくなっていく羽琉の翼を見つめて、感動の溜息をもらす。まるで晴天の空に溶け込むような色の翼なのだ、それが零れるように羽を落としながらはためく。
あっという間に対岸へと渡った羽琉。川に引かれたロープの一本線。それを手すりのようにして伝って行けば、きっと安全に渡れることだろう。
『これで安全に渡れそうなのでちゅ』
こだぬきたちは、一匹、また一匹と列をなして進んでいく。
鈴鹿と、ゆかりは川へ飛び込み頭や背中にこだぬきを乗せて渡り、鈴鳴や翔子は両手にこだぬきを抱えて空を舞った。
最後の一匹が渡り終えたところで、桃とたまきは水中の上へと足を乗せた。
足が川の上を揺らせば、波紋が広がる。ひとつ、ふたつと波紋を広げながら、ようやく川は攻略できたようだ。
●
さて、ここで一息となる。
羽琉はこだぬきたちが全員いるか、覚者が全員いるか確認。
「うん、大丈夫。ここまでは皆いるね」
漸く、落ち着ける安心の笑顔が羽琉から漏れた。ここまで何か危険なことがあった訳では無いが、こんな山奥で、しかも女性ばかりのパーティとなれば羽琉の心は常に落ち着けないのだ。
その間に女性たちは手際よく準備を進めていた。
いのりは、芋料理やポテチ。フライドポテト等々。こだぬきたちが喜びそうな食べ物を用意。
たまきは、コーンポタージュと、きのこのクリームスープ、コンソメスープ等々。スープ系のものを用意。
桃は先ほどの川で釣ってきた魚を焼く作業に入り、羽琉はそれを手伝っていく。
鈴鹿は、非常食にハンバーガーとお菓子を用意していた。非常食はまだ出番では無い為、これは温存。
ゆかりは、飲み水と、インスタントスープを用意。飲み水は重要である。
鈴鳴は、飲み水に、ブロック型の携帯食料。それとパウチ式の保存食を取り出した。
翔子は……どうも缶詰は口に合わないということで、山で木の実やキノコでも取ってくるかとその翼を広げた。
そんな形で食べ物を用意している間に、翔子は山の中へ足を降ろした。
小さな獣が突然の来訪者に驚いて一斉に距離を開け、鳥たちは木々を足場に歌を歌う。緑の香りが風に乗り、土を踏む感触は懐かしい翔子の知る山と似た感覚を持っていた。
「……山には私の師匠の治郎坊天狗様のほかに化け狸含む山の者たちも多く住んでいた、まぁお前たちほどかわいげはなく、逞しい者たちだったがな」
両手に抱えた一匹のこだぬきが、顔を縦に振り真摯に翔子の話を聞いていく。
「お前たちも和尚に言われたとはいえ人里に躊躇なく助けを呼びに行ける社交性は評価できるがな、いずれは自分たちで和尚を助けられるようになるのだぞ」
『わかったでちゅ』
「なんだろうな、その喋り方をされると不安になるのは」
きのこを集めたら、仲間のもとへ帰ろうか。
フライドポテトのひとつを口に咥えてから食べたいのりは、翔子が木々の間から飛んでくるのを見つけた。
「あら、おかえりなさいませ! 沢山の木の実ときのこ、ありがとうございます」
「うむ。そのきのこも食べれるものだ。毒はない。安心して食べるといい」
「はいっ」
すぐにいのりはそれを、羽琉と桃の、魚を焼いている場所へと持っていくと、羽琉と桃は手際良く焼き始めていく。
なお、火はゆかりが起こしたものである。火行であるならばこれくらいなんでもござれということか。
「ハイ、できました!」
と、鈴鹿の手製、簡易でかつその場で作った石のコンロ。こんな年端も行かぬ少女のどこにそんな知識があったのかは、分からぬが、そこで山で拾った木々を放り、ゆかりがパチンを指を鳴らせば炎が灯る。
その後、鈴鹿とゆかりはこだぬきたちをコンロ近くへと先導した。
鈴鹿はこだぬきを一匹抱えて、火の近くで歌いだす。
先の川で濡れた服や、こだぬきたちの乾いた身体を乾かしていくのはこの火のおかげともいえるだろう。ゆかりは遠慮なく、温まって欲しいと。火力調整に気を使いながら、誰も風邪をひかぬようにとほほ笑んだ。
羽琉は桃へ言う。
「釣り餌を持ってきてよかったです。魚がたくさん釣れましたね」
「ええ、餌でもかからないのなら私が苦無で魚を取ってもよかったのだけれど」
「意外とサバイバル力がある……」
「冗談よ」
そんな話を羽琉と桃はしながら、魚の表面に綺麗に焦げ目が出来ていた。もうこれは食べごろ、そう思い羽琉が伸ばした手が桃の手と重なった。
その頃。たまきと鈴鳴はこだぬきたちを囲んで雑談をしていた。
「一生懸命、この道をやって来たのですね。こだぬきーずさん達は、えらいですね!」
たまきの手が、こだぬきの頭の上を撫でていく。
『行きはよいよい、帰りは怖ひなのでちゅ』
『山は怖い場所なのでちゅ、大変なのでちゅよ』
「でもこの山の風景は、普段都会にいる私たちは見慣れないので、とっても新鮮ですよ」
鈴鳴は両手を合わせて、花が咲くような笑みを返していた。
確かにここに来るまでにはもう色々なことがあった。川のこともそうだが、木々から飛び出た枝葉に手を切ってしまったこだぬきを鈴鳴がいやしたり等々。
山は怖い場所であるというこだぬきたちの言動は大いに肯定ではあろうが、それでも多くの覚者の力を頼れば乗り切れない道でもないか。
『今日はありがとうなのでちゅ』
『また明日もよろしくなのでちゅ』
こだぬきたちは覚者に、多大なる感謝の言葉を述べていた。
この日はここで就寝である。
空には星々が輝き、都会の明るい街並みでは見えぬ世界と光景が広がっていた。
少年少女たちは夜もすがら、尽きぬ話題に花を咲かせたようだが、いつの間にか静けさと共に深い眠りへと入っていた。
●
――一夜明け。
最後はこの断崖絶壁をのぼれと申すか。
なかなか愉快な旅路であることは間違いないのだが、これはこれで最後に一番きついものを持ってこられたというか。
「懐かしいの……お父さんとお母さんと暮らしていた頃はこういう岩場が遊び場だったの……ヒャッハー!」
前言撤回。結鹿は我さきにと崖のうえを目指して登り始める。背中にこだぬきを乗せて、ひとつ跳躍すればわずかな隙間に足場を置いて。ふたつ、ぴょんととべば崖の間に力強くはえた枝の上に着地し。安定を見せるその技は、生まれながらにして持っているものか。
彼女の先導とともに、ゆかりも負けじと崖を登っていく。手から出すのは、蜘蛛の糸で。それを岩場につければ、己の身体がエレベーターのように安定してのぼっていくのだ。ひょいひょいと登っていく少女、結鹿と同じペースでゆかりものぼっていく。そんな姿をみて、たくましいと思った羽琉であった。
羽琉と鈴鳴は同じく翼を広げた。二色の、まったく異なる翼で空をきる。それを追うように翔子は翼を広げ、いのりは杖にロープを繋げてから自力で崖を登り始めていく。
いのりはたまきの土の心による先導で、安心して登ることができた。特にここまで大きな怪我人は出ていない模様で、頂上へとついたいのりと、羽琉のロープが下へ落されれば桃がロープを引っ張って安全か確認した。
大丈夫そうだ。
ならばとこだぬきたちは、つながったロープを一斉にのぼっていく。これもアスレチックのようで楽しいだろうといのりはくすくす笑っていた。
最後に桃が登り終えれば、崖もいとも簡単に攻略されたも同然である。
ゴールは近いのだろう、それを示すように霧がだんだんと彼らの視界を奪ってきた。
まるで雲のなかにいるような気持である。これが綿菓子であればどんだけいいものか。
しかしここは山のなか。少しの不安で、たまきは鈴鳴の手を握った。そのとき。
たまきは自分の家の部屋のなかにいた。正確には部屋のなかにいるような気分であった。
ふわふわと漂う、髪飾りや人形。それは大切な思い出と大事なもの。
クゥちゃんと呼ばれた人形へ手を差し出してみるものの、それはつかむ前に遠くへいってしまう。
同じく鈴鳴も、立ち止まっていた。
鈴鳴を呼ぶ声がする――けれども、振り返れば誰もいない。かと思えば、知っている人たちが立っていて、みんな笑顔を作っていた。おかしい、とはわかっている。ここは山のなか。でも何故だか町のなかにいるような、そんなあったかい気持ち。
「何だこの霧は……? まさかこれは…」
翔子は一周、ぐるりと見まわしてみた。あたりには誰もいない。真っ白な風景が広がっている。
これも何かの術か、それとも。わからないものの、面妖な。
しかしふわふわと漂ったのは、
「…羊羹か、この間食べたものは確かに美味であった……喝ッ!」
差し出す手を、別の手でたたいて自制し。天狗たるもの、このような迷い事に現を抜かすならばまだまだ甘いと自負した。
ゆかりには、クリームソーダが見えていた。
追憶の日々。子供の頃、従兄のおにいちゃんと一緒に行ったデパートのレストランで飲んだクリームソーダの思い出。それが忘れられるものか。ご丁寧に、ストローがふたつついてやがる。
しかしこれも誘惑のひとつ。ゆかりは自分の顔を左右にふってみた。
羽琉は感心していた。
確かあれは、オーディオ出力機であるがまだ発売前のもの。こんなところに落ちているとは、いやだがしかし。首を振れども誘惑は大きい。気づけば自分の周辺は音響機器にあふれていた。
自分がどれほど好きかを自覚しつつも、さすがに浮いている機器は幻であるのを実感してしまう。
桃も、こだぬきを抱えながら、しかし、その瞳は少女のようにきらめいていた。
あれは果物たくさんの限定ぱふぇ。しかもその隣には、いつか食べたいと思っていた山盛りパフェまで見える。これは幻、そうわかっていても、身体が正直なのは、彼女の高鳴る鼓動の早さが証明していたことだろう。
「ッ! 待ってなの! 私……、お父さんとお母さんに会いたかったの! だから」
結鹿は駆け出していた。遥か、追いかけても追いかけても遠くへいってしまう両親がみえるのだ。
ずっと会いたかった気持ちは爆発していた。先ほどまで崖を悠々と登る子は、少女に戻ってしまっているのだ。
しかしその先は危ない。
いのりも、涼やかな餡蜜を虚空に見ていた。見えていた。手を伸ばしかけたが、心の強さがそれを戒めた。そのとき、隣を駆ける結鹿を見つける。危ないのだ、その先は崖。あの勢いでは飛び込んでしまうと、追いかけ、腕をつかみ、首を横に振れば。結鹿は落胆したような表情を浮かべていた。
そんなところで。こだぬきたちも夢をみていた。一斉に同じものをみるとは、なかなかの習性ではあれども。
「こ、こだぬきーずさん…! こちらに本物のハンバーガーがあります!」
たまきの叫びに我に返ったこだぬきたちは、霧の中で混乱していた。さっきまでそこにハンバーガーがあったとか、なかったとか。たまきは、おずおずハンバーガーを差し出しながら、羽琉は全匹いるか数え始める。
なんやかんやで、そんな二日間。
まだまだ彼らはこれからが本番であるものの。
和尚の依頼を遂行できたか、どうかは。また後日の楽しい話である。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
