『守りたい』 正義と祈りが交差する
●よくある子供の喧嘩から
「やーい、お前の父ちゃん役立たずー。無能ー」
「ちがうやい! とーちゃんは正義の『覚者』なんだ!」
それはよくある子供の喧嘩だった。
覚者の父親を持つ前田敏明は、同級生の無邪気な――或いは心無い言葉に大声をあげて反論していた。そしてそんな反応を楽しむように、子供の罵声は加速していく。
「えーえーえー、って妖に負けたよわむしじゃないかー」
「かーちゃんが言ってたぞー。あんなのにぜーきん払う価値無い、って」
「自分達をまもってくれないむのーむさいのあつまりだってー!」
AAA。
妖から国民を守るために作られた組織だが、数年前の大妖戦敗退からその力は大きく衰退していた。それにより治安維持を十全にこなせず、妖や隔者が跋扈する要因となっていた。
自分達が安全でなくなった不安を『今まで守ってもらっていた』AAAにぶつけるのは、当然の流れであった。それは陰口程度の不平不満だ。だがそれを聞いた子供達は、親の言う陰口が真実だと思い込む。
そしてクラスの中に、AAAを親に持つ子供がいた。最初は小さな言い合いから、拳を握って掴みかかる。それはよくある子供の喧嘩だった。
「とーちゃんを馬鹿にするな!」
「やめろよー。ぼうりょくふるうとかさいてー。せんせーに言いつけてやるぜー」
「むのーえーえーえーのの息子はやっぱりバk――ごぶっ!?」
――怒りのあまり苛められていた子が因子発現し、そのまま源素を暴走させるまでは。
圧倒的な力を振るう破綻者。その腕が振るわれて、道路に苛めていた子供達が倒れ伏す。周りの人間はざわめき、パニックが起きる。
そんなパニックの中、公衆電話に入って電話をする女性がいた。
「救急。暴走覚者が暴れている。怪我人五名。全て子供。場所は――」
病院に連絡をした後、受話器を置いて再度ダイアルを回した。
「私だ。巡回中に暴走する『悪魔』を発見。各員、現場に急行せよ」
紺色のシスター服を着た女性は『仲間』に連絡をした後に、破綻者の方に向かう。
子供達を守り、破綻者の命を刈り取る為に。
●FiVE
「子供って残酷よねー」
と、同年代の久方 万里(nCL2000005)は頷いた。生々しいことこの上ないが、今はそれを気にしている余裕はない。
「相手は破綻者。付喪に発現していきなり暴走したみたい。怒りのせいで戸惑ったりせず力を暴走させて、深度は一気に2になってるよ。自分を苛めていた子に大けがを負わせて、まだ収まっていないみたい」
事の経緯を鑑みれば納得できる暴れ方である。破綻者自体は治療可能で、一度源素を吐き出させる意味も含めて一度戦闘不能にする必要がある。
そこまでならいいのだが、
「で、たまたまその場にいたイレブンの憤怒者が破綻者を殺そうと仲間を呼んで抗戦しているの。最初は不利だけど、数が少しずつ増えてきてその内押さえられちゃうみたい。リーダーのシスターさんは結構強いから気を付けてね」
イレブン。覚者に強い恨みを持つ国内最大の憤怒者集団。個々の戦闘力は覚者に劣るが、財力と数に物を言わせてその差を埋める集団だ。
どれだけの数が集まってくるかはわからないが、最悪総合戦力を上回る可能性を考えなければならない。覚者の術とて無限ではないのだ。
「憤怒者は破綻者を殺そうとするの。それをさせないようにしてきて」
経緯はどうあれ、破綻者は子供五人に大けがを負わせた『覚者』だ。憤怒者はそれを許さないだろう。それは防がなければならない。
色々厄介なことになったな。そんなため息をついて覚者達は会議室を出た。
「やーい、お前の父ちゃん役立たずー。無能ー」
「ちがうやい! とーちゃんは正義の『覚者』なんだ!」
それはよくある子供の喧嘩だった。
覚者の父親を持つ前田敏明は、同級生の無邪気な――或いは心無い言葉に大声をあげて反論していた。そしてそんな反応を楽しむように、子供の罵声は加速していく。
「えーえーえー、って妖に負けたよわむしじゃないかー」
「かーちゃんが言ってたぞー。あんなのにぜーきん払う価値無い、って」
「自分達をまもってくれないむのーむさいのあつまりだってー!」
AAA。
妖から国民を守るために作られた組織だが、数年前の大妖戦敗退からその力は大きく衰退していた。それにより治安維持を十全にこなせず、妖や隔者が跋扈する要因となっていた。
自分達が安全でなくなった不安を『今まで守ってもらっていた』AAAにぶつけるのは、当然の流れであった。それは陰口程度の不平不満だ。だがそれを聞いた子供達は、親の言う陰口が真実だと思い込む。
そしてクラスの中に、AAAを親に持つ子供がいた。最初は小さな言い合いから、拳を握って掴みかかる。それはよくある子供の喧嘩だった。
「とーちゃんを馬鹿にするな!」
「やめろよー。ぼうりょくふるうとかさいてー。せんせーに言いつけてやるぜー」
「むのーえーえーえーのの息子はやっぱりバk――ごぶっ!?」
――怒りのあまり苛められていた子が因子発現し、そのまま源素を暴走させるまでは。
圧倒的な力を振るう破綻者。その腕が振るわれて、道路に苛めていた子供達が倒れ伏す。周りの人間はざわめき、パニックが起きる。
そんなパニックの中、公衆電話に入って電話をする女性がいた。
「救急。暴走覚者が暴れている。怪我人五名。全て子供。場所は――」
病院に連絡をした後、受話器を置いて再度ダイアルを回した。
「私だ。巡回中に暴走する『悪魔』を発見。各員、現場に急行せよ」
紺色のシスター服を着た女性は『仲間』に連絡をした後に、破綻者の方に向かう。
子供達を守り、破綻者の命を刈り取る為に。
●FiVE
「子供って残酷よねー」
と、同年代の久方 万里(nCL2000005)は頷いた。生々しいことこの上ないが、今はそれを気にしている余裕はない。
「相手は破綻者。付喪に発現していきなり暴走したみたい。怒りのせいで戸惑ったりせず力を暴走させて、深度は一気に2になってるよ。自分を苛めていた子に大けがを負わせて、まだ収まっていないみたい」
事の経緯を鑑みれば納得できる暴れ方である。破綻者自体は治療可能で、一度源素を吐き出させる意味も含めて一度戦闘不能にする必要がある。
そこまでならいいのだが、
「で、たまたまその場にいたイレブンの憤怒者が破綻者を殺そうと仲間を呼んで抗戦しているの。最初は不利だけど、数が少しずつ増えてきてその内押さえられちゃうみたい。リーダーのシスターさんは結構強いから気を付けてね」
イレブン。覚者に強い恨みを持つ国内最大の憤怒者集団。個々の戦闘力は覚者に劣るが、財力と数に物を言わせてその差を埋める集団だ。
どれだけの数が集まってくるかはわからないが、最悪総合戦力を上回る可能性を考えなければならない。覚者の術とて無限ではないのだ。
「憤怒者は破綻者を殺そうとするの。それをさせないようにしてきて」
経緯はどうあれ、破綻者は子供五人に大けがを負わせた『覚者』だ。憤怒者はそれを許さないだろう。それは防がなければならない。
色々厄介なことになったな。そんなため息をついて覚者達は会議室を出た。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.破綻者の戦闘不能。
2.破綻者を憤怒者に殺させない。
3.なし
2.破綻者を憤怒者に殺させない。
3.なし
いじめかっこわるい。まあ、依頼の焦点はそこではないのですが。
●敵情報
・憤怒者(×12~)
神父服&修道女服に身を包んだ男女で、源素を『悪魔の力』と称して排斥しようとしています。イレブン内では『エグゾルツィーズム(悪魔祓い)』と呼ばれている武装集団です。覚者との戦いを想定して訓練されているため、難易度相応の強さを持ちます。
薬物を服用しているのかそういう洗脳を受けているのかは不明ですが、魔眼などの精神操作系技能に一定の耐性があります。彼らから大元の組織につながる情報は、得ることができないと思ってください。
個としての戦闘力は覚者に劣ります。また、三ターンごとに『神父』が四名、『シスター』が二名、『敵後衛』に援軍として入ってきます。
一度破綻者を戦闘不能にした後に『その他行動』で殺害するのが目的です。その次に『一般人の子供を救う』ことが目的です。
拙作『その罪を、神は赦して清めよう』『十字架に『正義は何処?』と問いかける』『隣人を不幸と嘆き救い給う』等に出ている者と同グループの存在ですが、それ以上の関連性はありません。倒すべき相手、の認識で問題ありません。
・神父
近接型です。革ひもを巻いて、拳を強化しています。
攻撃方法
セスタス 物近単 硬い革ひもを拳に巻いた物。そのまま殴ってきます。
カプセル 特近単 革ひもに漬けたるカプセルを割り、発火性の薬品を押し当てます。〔火傷〕
活性剤 P 登場から十八ターンの間、一部精神的な技能と【睡眠系BS】を無効化します。毎ターン気力が減っていきます。
・修道服
遠距離型です。折り畳み式のスリングを持っています。
攻撃方法
鋭矢 物遠単 鋭利な弾丸を撃ち放ちます。〔致命〕
風船 特遠単 酸性のある液体入の風船玉を撃ち放ちます。〔毒〕
活性剤 P 登場から十八ターンの間、一部精神的な技能と【睡眠系BS】を無効化します。毎ターン気力が減っていきます
・『マリートヴァ』リーリヤ・グラシェヴィーナ・シュリャピナ
白い肌を持つシスターです。OPで電話していたシスターです。破綻者との戦いで、若干ダメージを負っています。
他の憤怒者に比べ、実力高めです。
攻撃方法
スコップ 物近単 斬る、刺す、叩く、防ぐ。歩兵のお守り。〔出血〕
消火斧 物遠単 消火用の斧を投げつけてきます。〔必殺〕
吹き矢 特遠列 睡眠薬入りの吹き矢を放ってきます。〔睡眠〕
冷凍缶 特近単 マイナス四十℃まで冷やした酒を振りまきます。〔凍傷〕
畏怖の香 P 怯えを生む化学物質と言語誘導と特殊な体捌きにより、包囲に隙を生みます。このキャラクターをブロックすることはできません。
・破綻者(×1)
名前は前田敏明。十一歳。小学生男子。発現し、そのまま破綻者になりました。械の因子、天行。深度は2。理性なく、近づくもの全てを壊そうと暴れまわります。
破綻者治療スタッフは近くに控えています。治療の為には、一度戦闘不能にする必要があります。
『機化硬』『召雷』『艶舞・慟哭』などを活性化しています。
ファイブの覚者が戦闘不能にすれば、成功条件達成です。
・子供達(×5)
敏明を苛めていた子供達です。全員破綻者の攻撃で倒れています。ルール的には『戦闘不能』状態の為、回復スキルでは治りません。救急車到着は、五分後ぐらいでしょう。
同数の憤怒者が応急処置を行っています。この憤怒者達は戦闘状態を解除しているため、1点でもダメージを与えれば戦闘不能になります。こちらの憤怒者数が減少すれば、『リーダー』以外の戦闘中の憤怒者から同数になるまで治療の為に戦線を離脱します。
●場所情報
学校近くの住宅地区。時間は昼。それなりに人はいますが、巻き込まれるのを恐れて遠巻きに見ています。広さや足場は戦闘に支障なし。
一部一般人を退去させる技能を使用した際、救急車が来なくなる可能性があります。成功条件には無関係ですが、念のため。
戦闘開始時、敵後衛に『子供達(×5)』『シスター(×5)』、敵中衛に『シスター(×2)』、敵前衛に『リーリア(×1)』『神父(×4)』『破綻者(×1)』がいます。皆様は、敵前衛から一〇メートル離れたところからのスタートです。
事前付与は可能ですが、その間も時間は流れます。ご了承ください。
皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年09月01日
2016年09月01日
■メイン参加者 8人■

●
「通りすがりの覚者登場! その子を殺させはしない!」
戦いの口火を切ったのは『火纏演武』鐡之蔵 禊(CL2000029)だ。破綻者と憤怒者の争う戦場に真っ直ぐ走り、炎を纏った蹴りを憤怒者に叩き込む。舞う様に回転して放たれる蹴りが、群がる憤怒者を打ち据える。
「『悪魔』の援軍……? いや、この数は『予知』を聞いた者達か」
「あ、流石に通りすがりは通用しないか」
リーリヤの推測に苦笑する禊。
「悪いけど邪魔をさせてもらうよ」
『BCM店長』阿久津 亮平(CL2000328)がハンドガンとナイフを片手に声をあげる。ナイフを持つ左手を前に出し、それを台座にして銃を固定した。放たれる弾丸は破綻者を中心に憤怒者を巻き込む。主目的は破綻者ではないが、憤怒者を放置はできない状況だ。
「『悪魔』となった仲間を救いに来たか」
「この子は暴走から戻せる……と言っても聞いてはくれそうになさそうだね」
返答は鋭い敵意が語っている。亮平は諦めて神具を構えなおした。
「いつぞやの似非教会集団ね」
薄く笑みを浮かべる『”狂気”に応ずる者』春野 桜(CL2000257)。植物の毒を凝縮し、小さく固めた物を張り状にして憤怒者に飛ばす。針は憤怒者を傷つけると同時に体内に毒を染みいらせ、じわりじわりとその体力を奪っていく。
「いつぞやの殺戮者か。報告は聞いている」
「クズに生きる価値はないわ」
リーリヤの言葉に、にべもなく返す桜。迷いも演技もない桜の返答。
「はーい、リーリヤさん、また会ったわね。美少女シスイアマタ見参!」
軽く手をあげて『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)が挨拶をする。言葉こそ友好的だが、声の硬さとその視線が有効とは真逆の意志を伝えた。『愛対生理論』を振りかぶり、疾風の如く振りかざす。戦場に憤怒者と破綻者の血飛沫が舞った。
「成程貴方か。兎の獣憑の変装にしては作りが甘いと言わせてもらおう」
「バニー違うわ! 水着よワンピース水着!」
頭にウサミミをつけたワンピース水着の数多が反論する。
「……この状況は……」
心に憂いを残しながら『落涙朱華』志賀 行成(CL2000352)が薙刀を構える。暴れ出した破綻者の対応。それはFiVEでも行っている任務だ。状況を知らぬものが見れば、それを様しているようにも見える。……だが、破綻した子供を見捨てることが正しいとは言えない。
「刃に迷いが見えるな。今なら見逃してやってもいいぞ」
「いや……それはできない」
迷いを指摘された行成は、逆にやるべきことを再認識する。ここで逃げるわけにはいかない。
「治療の邪魔になります! 野次馬の方はここから離れてください!」
『突撃巫女』神室・祇澄(CL2000017)の言葉で、野次馬気味に見ていた人達はこの場から放てていく。大地の加護を得た後に、夫婦刀を振り払う。二閃の刃が同時に走り、破綻者とそして憤怒者達を切り払った。
「不本意だが礼を言う。我々の力では彼らを退去できず、巻き込む可能性があった」
「……え?」
予想外の謝辞に祇澄は虚を突かれたような声を出す。だが覚者でなければ傷つけたくないという憤怒者の心理は、ある意味納得出来た。
「憤怒者の皆さんに攻撃するのは心が痛いですが、助けられる子を殺すなんてさせません」
特殊な香で憤怒者と破綻者を弱体化させながら『願いの翼』天野 澄香(CL2000194)が破綻者を見る。どこにでもいそうな小学生。父をけなされた怒りで、不幸にも破綻者となってしまったけど、救いがないわけではないはずだ。
「子供だが『悪魔』だ。あそこの子供達を傷つけたのはそいつだ」
「だとしても、殺していい理由にはなりません!」
後ろで倒れている子供達を指差すリーリヤ。それでも救う。澄香の言葉に迷いはなかった。
「その子はまだ助かる。だから攻撃をやめてくれ。俺は戦いたくない」
フードを深くかぶり『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)が叫ぶ。殺したくない。戦いたくない。その言葉に嘘偽りはなかった。言葉は確かに聞こえたはずだ。それを理解できる知性もあるはずだ。だが憤怒者はそれを聞き入れず破綻者を攻め続ける。
「戦いたくなければ戦場から去れ。『救い』は我らが与えよう」
「『救い』……! 殺して終わらせるのが救いっていうのか!」
彼らの言う『救い』の意味をジャックは理解する。無言の肯定を返すリーリヤ。
「言ったぞ、やめろって。助けるなら、この手汚すくらいやってやるよ!」
源素の炎を燃やすジャック。炎は戦場に広がり、敵陣に向かい突き進む。それは戦闘中の憤怒者や破綻者だけではなく、その後ろで治療を行っている憤怒者まで巻き込んだ。その炎に巻かれ、応急処置を行っていたシスターたちが意識を失い倒れ込む。
「――なっ!?」
一部の覚者がその行動に驚き、手を止める。最悪、背後の治療班に手をかけなければならない覚悟はあった。だがこのタイミングは想定外だ。
覚者の間に生まれた齟齬。それが連携と言う歯車に僅かな軋みを生む。
「『マリートヴァ』!」
「治療優先。こちらは私が持ちこたえる」
対照的に冷静に指示を出すリーリヤ。戦場を離脱して、数名の憤怒者が後衛に走った。
覚者、憤怒者、そして破綻者。三者三様の戦場。
それぞれの理由をもって生まれた戦いの火蓋が、きって落とされた。
●
覚者は破綻者を救いたい。
憤怒者は破綻者を殺したい。
破綻者は全てを壊したい。
父親をけなされた怒りで暴れる破綻者。破綻者は周囲に稲妻を放ち、覚者と憤怒者を薙ぎ払う。その威力は源素が暴走していることもあってかなりの高火力になっていた。
同時にリーリヤを中心として攻め立てる憤怒者達。その矛先は基本的に破綻者に向いて入るが、覚者の攻撃が加わるにつれて覚者の方にも向いてくる。
「クズどもは殺してしまいましょう」
桜は神具を構えて憤怒者を見る。純粋で、そして虚ろな瞳。そこに写る憤怒者を、桜は生命とみていない。殺すべき相手。生かしてはいけないクズ。だから殺す。刃を叩き込み、肉を割き、骨を砕く。ただそれだけの、物として。
「生かしておいてもまた罪無き人を殺すのでしょう?」
「人は殺さない。殺すのは『悪魔』だけだ」
交わらない会話。されどその意図は互いに通じあっていた。
「イレブンは、厄介な状況に、突っ込んできますね」
二刀を振るいながら祇澄が口を開く。これがただの破綻者鎮圧なら、それほど難しくはなかった。状況を困難にしているのは、憤怒者の存在だ。
「私達からすれば、FiVEも厄介な状況に突っ込んでくる、だが」
日本刀とスコップ。十字に交差した互いの武器を挟みながらにらみ合う祇澄とリーリヤ。
「今回の遭遇は偶然だ。強いて言えば『神の御加護』だ」
「殺人を促す『神』が、いてたまりますか。この子は、殺させません!」
裂帛と共に力を籠める祇澄。互いの思いを会わらすように、距離が離れた。
「この子は破綻したが、戦闘不能にして適切な処置をすれば正気を取り戻す」
叫ぶ亮平。人が人を傷つける。そこに源素は関係ない。今回の件とて、大元は子供の喧嘩でしかないのだ。正気に戻せば、謝罪もできる。
「それなのにエグゾルツィーズムは。こうなった原因を碌に調べもせずに命を奪う気なのか……!」
「無論だ。それが我らが教義。そも、FiVEは源素暴走の原因が分かっているというのか?」
リーリヤの反論に言葉が止まる亮平。破綻者に至る理由はいまだ解明されず、防止策もない。だからといって暴走を止めることができるのに殺していいわけではない。
「友達を傷つけちゃったことも、友達を悪く言ったことも、本当は謝れば済む話だと思うけどね」
これがただの子供の喧嘩ならそれで済んだのに。色々な要素が混じり、今の状況になったのだ。そのことにため息をつきながら禊は舞う。今はより良い結果の為に動くのみ。
「だが子供の喧嘩では収まらなかった。その原因が『悪魔』の力だ」
「あと憤怒者とかもね。ああ、もう嫌になる」
これがFiVEの覚者だけなら簡単だったのだが。禊のため息がさらに深くなった。
(今この瞬間、事情知らぬものが見れば私たちの方が悪だ)
言葉なく行成は薙刀を構える。前世との繋がりを濃くしながら、破綻者と憤怒者に挑む。正しい事。正しくない事。善、悪。そんな二極論で物事を分けることができるのなら、楽なのに。
(エグゾルツィーズムは覚者を『悪魔』と思うことで善悪の判断をしている。私は……そう簡単に割り切れない)
憤怒者には憤怒者の正義がある。当たり前のことだ。迷いながら薙刀は振るわれる。
「何が、破綻者だ、覚者だ! 悪魔だ正義だ、んなもん関係ねぇ! 命を持っているのは変わらねえだろ!」
叫ぶジャック。大事なのは生きていること。命を奪う事だけはさせないと必死になって訴えかけていた。
「元に戻るんだ! 殺させやしない!」
「『戻る』と言うのが『悪魔』の力を失う、というなら攻撃をやめよう。だがそうではあるまい?」
「……っ!」
憤怒者が憎むのは覚者の力そのもの。故に言葉は届かない。
「敏明くん、聞こえますか。あなたはそちらへ行ってはダメです」
破綻者に語りながら澄香が源素を振るう。味方のダメージが増えてきたため、澄香は回復に回っていた。
「悪口を言われながらも勇敢に頑張ってるお父さんの為にも、こちらへ戻ってきて」
「トー……チャン……」
「お父さんは皆を守るために立派に戦っているの。怖い妖を退治するために、必死に。それを知っている人もいるわ。お父さんにお帰りを言うために、その力に飲み込まれないで」
優しく、だけどはっきりと言葉を伝える澄香。
「ちょっと痛いかもだけど我慢して。貴方の怒りはもっともだわ」
もし身内を馬鹿にされたら。兄を持つ数多はその気持ちが理解できる。同じことをされたら間違いなく怒るだろう。だから破綻者の怒りを否定しない。
「知ってる? 負けることが当たり前の妖に勇敢に立ち向かうのがAAAよ。あんたもせっかく発現したんだから、強くなってAAAを強くしてあの子らを見返しなさい」
「AAA……ボクが……」
「でもあとで怪我させたのはあやまんのよ」
罪は罪。それは謝れば許される。破綻者に謝る機会を作るために、今は全力で破綻者を攻撃する数多。
「ボクは……ボクのトーチャンは……!」
稲妻を放ち続ける破綻者。そこに理性はない。近くにいる者を薙ぎ払おうと、覚者や憤怒者関係なく振るわれる。それは前衛に立つ禊、行成、数多、亮平の命数を削り取った。
「数が減ったのはやはり響くか」
リーリヤは荒い呼吸をしながら、不利を認める。崩れ落ちそうな体を気力で支え、なんとか立っていた。覚者八人の火力に比べれば、憤怒者側の火力は明らかに少ない。作戦や気力でカバーできる状況ではなかった。
勝敗の天秤は大きく揺れる。未だに勝利への確信は掴めない。
だが覚者達の心は折れることはない。破綻者――前田敏明を救うため、神具を握りしめて戦いに挑む。
●
戦闘面における憤怒者の最大の武器は、覚者を圧倒する数である。
だがその数はジャックの炎が治療する憤怒者を伏すたびに、子供の治療の為にに割かれることになる。
「綺麗な顔で冷静に子供の命を狩ろうとする、てめぇらの方がよっぽど『悪魔』っつー言葉がお似合いだ!」
「その『悪魔』を狩るために背を向けている者を傷つけ、子供達の治療を邪魔するのか」
ジャックの言葉にリーリヤが言葉を返す。その言葉にジャックはハッと気づいた。
憤怒者が応急処置を行っている子供達は『戦闘を放置してでも応急処置が必要だから』手が割かれているのだ。それを一時とはいえ止めればどうなるのか。夢見の情報を信じれば、死には至らないだろうが……。
気が付けば、ジャックの目に前にリーリヤがいた。味方の囲いを抜け、こちらまで走ってきたのだ。数を積極的に減らしに来るジャックを排さなければ、こちらに勝ち目はないと見たのだろう。連続で叩きこまれるスコップが、ジャックの命数を削り取る。
「そうね。でも事の経緯を考えればその子達にも非があるわ」
桜が熱を冷ますように冷静に告げる。ジャックがやらなければ自分がやっていた。そうすることが必要だからだ。そして心情的にも、倒れている子供達に肩入れをするつもりはない。
「私が許せないのは貴方達のようなクズ。だから殺すわ」
「私が許せないのは『悪魔』だ。だから殺す」
「貴方達は自分が発現した時に悪魔だと罵られたら、壊れずにいられますか?」
澄香は憤怒者に向けて問いかける。発現する可能性は平等だ。例え国外に行って力を使えないようになっても、その事実は変わらない。
「耐えれる者もいる。耐えられない者もいる。比率で言えば後者が多い」
「なら――」
「だがその事に意味はない。差別と不幸を招く『悪魔』は殺す」
それがエグゾルツィーズムと言う組織。リーリヤと言う信仰者。
「亮平さん」
「分かっている。だけど今悩んでも答えは出ない」
何かを言いかけた行成を、亮平が押しとどめる。
「破綻者の原因は確かにFiVEでも掴めない。だけど治療はできるんだ。
命を絶つことで解決しようとする憤怒者が正しいなんてことは、絶対に認めない」
たとえ何を言われようとも、どちらに非があろうとも、それだけは譲らない。言外に亮平はそう告げていた。
「――そうですね」
行成は頷き、薙刀を一閃する。迷いはまだある。正義の在処など分からない。だけどここで膝を屈してしまえば、一つの命が失われる。それだけは許してはいけない。
(恭華の時は力が無くて救えなかった。力在る今、救えるものを救わない選択はない)
恋人の朱染めの後ろ姿を思い出す行成。覚者としての始まりにして、戦う理由。
「可能であれば、リーリヤを倒したいですけど」
悩む祇澄。ジャックを攻撃するためにこちらの陣内に入り込んだリーリヤ。疲弊を考えれば、あと一押しで倒せるだろう。だがそちらを攻撃すれば破綻者やそれを攻める憤怒者への攻撃を止めることになる。思考の末、祇澄は破綻者を攻め、ダメージを重ねていく。
「今は、こちらが優先、です」
「そうだね。倒す必要はないし」
禊は背後のリーリヤを意識しながら、憤怒者に向き合っていた。倒れそうなほど傷ついた憤怒者に対し連続で蹴りを放ち、その意識を刈り取る。数を減らすことは、破綻者を憤怒者に倒させないために最も重要な事だ。
「絶望を焼き払うよ!」
「――いや、あのシスターは倒した方がいいわ」
数多が翻って走り、リーリヤに攻撃を加える。挟撃の形を排したいという戦術面での理由もあるが、戦士の勘ともいえる何かがリーリヤを放置するなと告げていた。けして覚者と相容れない信仰の憤怒者。ここで倒せるのなら――
「ここで倒れとけ!」
「……くっ……!」
背中から斬られて膝をつくリーリヤ。持っていた武器が地面に落ちる。
憤怒者の最大戦力が行動不能になったことで、流れは覚者に優勢になった。だが刃が憤怒者に向いた隙を縫うように、破綻者の轟雷が前衛を穿つ。禊、行成、亮平の三名が倒れ伏し、中衛に居た澄香、祇澄、桜が前に出る。
荒れ狂う破綻者の稲妻を受けて澄香と桜の命数が削られ、憤怒者の遠距離攻撃でジャックが倒れ伏すが、覚者の勢いを止めるには至らなかった。
「行きます!」
とん、と地面を蹴って祇澄の刃が翻る。命を繋ぐ活人剣。その為に鍛えられた動きと刃。祇澄が意識するよりも先に、体は動いていた。二本の銀が翻り、破綻者に迫る。命脈を断つのではなく、活かす為に。
「これで、終わり、です!」
夫婦刀から伝わる確かな感覚。祇澄の一撃を受けて、破綻者は言葉なく倒れ伏した。
●
「確保ー!」
破綻者戦闘不能と同時に、数多が破綻者であった前田を抱えて戦場から離脱する。憤怒者にそれを追う戦力は残っていなかった。
だが、時間が経てばその戦力は整う。何よりも彼らが覚者を見逃す理由はなかった。
「あら。じゃあこちらも殺しましょうか」
相手の殺意を受けて桜が倒れている憤怒者に目を向ける。術式を使えば殺せそうだ。だが、それをすればこちらの倒れている仲間もただでは済まないだろう。その空気を感じながらも、桜は退くことなく神具を構えている。
「退きましょう。増援は、まだ来そうです」
撤退を促したのは祇澄だ。これ以上は無益な戦いになる。こちらの目的は達したのだ。倒れている仲間を抱え、憤怒者を牽制しながら下がっていく。
「……力の事を正しく理解して使い方を間違わないようにすれば、覚者は普通の人と何も変わらないのですよ」
去り際に澄香が憤怒者に告げる。それは事実だ。だが同時に、力を間違って使う者がいるのも事実なのだ。
そして覚者達は戦線を離脱する。待ち構えていた治療班により、前田の治療が開始された。
後日談として。
前田敏明の治療は滞りなく終了した。戦闘中の呼びかけが功を奏したのだろう。そのせいもあって、父のような治安を守る覚者を目指すと息巻いている。
喧嘩した同級生には謝罪し、多少のわだかまりは残るが和解の方向に向かっているという。
夏休みも明け、誰一人欠けることなく登校してくるクラスメイト。そんな変わらない日常。
――その日常こそが、彼らにとっての最大の報酬だった。
「通りすがりの覚者登場! その子を殺させはしない!」
戦いの口火を切ったのは『火纏演武』鐡之蔵 禊(CL2000029)だ。破綻者と憤怒者の争う戦場に真っ直ぐ走り、炎を纏った蹴りを憤怒者に叩き込む。舞う様に回転して放たれる蹴りが、群がる憤怒者を打ち据える。
「『悪魔』の援軍……? いや、この数は『予知』を聞いた者達か」
「あ、流石に通りすがりは通用しないか」
リーリヤの推測に苦笑する禊。
「悪いけど邪魔をさせてもらうよ」
『BCM店長』阿久津 亮平(CL2000328)がハンドガンとナイフを片手に声をあげる。ナイフを持つ左手を前に出し、それを台座にして銃を固定した。放たれる弾丸は破綻者を中心に憤怒者を巻き込む。主目的は破綻者ではないが、憤怒者を放置はできない状況だ。
「『悪魔』となった仲間を救いに来たか」
「この子は暴走から戻せる……と言っても聞いてはくれそうになさそうだね」
返答は鋭い敵意が語っている。亮平は諦めて神具を構えなおした。
「いつぞやの似非教会集団ね」
薄く笑みを浮かべる『”狂気”に応ずる者』春野 桜(CL2000257)。植物の毒を凝縮し、小さく固めた物を張り状にして憤怒者に飛ばす。針は憤怒者を傷つけると同時に体内に毒を染みいらせ、じわりじわりとその体力を奪っていく。
「いつぞやの殺戮者か。報告は聞いている」
「クズに生きる価値はないわ」
リーリヤの言葉に、にべもなく返す桜。迷いも演技もない桜の返答。
「はーい、リーリヤさん、また会ったわね。美少女シスイアマタ見参!」
軽く手をあげて『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)が挨拶をする。言葉こそ友好的だが、声の硬さとその視線が有効とは真逆の意志を伝えた。『愛対生理論』を振りかぶり、疾風の如く振りかざす。戦場に憤怒者と破綻者の血飛沫が舞った。
「成程貴方か。兎の獣憑の変装にしては作りが甘いと言わせてもらおう」
「バニー違うわ! 水着よワンピース水着!」
頭にウサミミをつけたワンピース水着の数多が反論する。
「……この状況は……」
心に憂いを残しながら『落涙朱華』志賀 行成(CL2000352)が薙刀を構える。暴れ出した破綻者の対応。それはFiVEでも行っている任務だ。状況を知らぬものが見れば、それを様しているようにも見える。……だが、破綻した子供を見捨てることが正しいとは言えない。
「刃に迷いが見えるな。今なら見逃してやってもいいぞ」
「いや……それはできない」
迷いを指摘された行成は、逆にやるべきことを再認識する。ここで逃げるわけにはいかない。
「治療の邪魔になります! 野次馬の方はここから離れてください!」
『突撃巫女』神室・祇澄(CL2000017)の言葉で、野次馬気味に見ていた人達はこの場から放てていく。大地の加護を得た後に、夫婦刀を振り払う。二閃の刃が同時に走り、破綻者とそして憤怒者達を切り払った。
「不本意だが礼を言う。我々の力では彼らを退去できず、巻き込む可能性があった」
「……え?」
予想外の謝辞に祇澄は虚を突かれたような声を出す。だが覚者でなければ傷つけたくないという憤怒者の心理は、ある意味納得出来た。
「憤怒者の皆さんに攻撃するのは心が痛いですが、助けられる子を殺すなんてさせません」
特殊な香で憤怒者と破綻者を弱体化させながら『願いの翼』天野 澄香(CL2000194)が破綻者を見る。どこにでもいそうな小学生。父をけなされた怒りで、不幸にも破綻者となってしまったけど、救いがないわけではないはずだ。
「子供だが『悪魔』だ。あそこの子供達を傷つけたのはそいつだ」
「だとしても、殺していい理由にはなりません!」
後ろで倒れている子供達を指差すリーリヤ。それでも救う。澄香の言葉に迷いはなかった。
「その子はまだ助かる。だから攻撃をやめてくれ。俺は戦いたくない」
フードを深くかぶり『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)が叫ぶ。殺したくない。戦いたくない。その言葉に嘘偽りはなかった。言葉は確かに聞こえたはずだ。それを理解できる知性もあるはずだ。だが憤怒者はそれを聞き入れず破綻者を攻め続ける。
「戦いたくなければ戦場から去れ。『救い』は我らが与えよう」
「『救い』……! 殺して終わらせるのが救いっていうのか!」
彼らの言う『救い』の意味をジャックは理解する。無言の肯定を返すリーリヤ。
「言ったぞ、やめろって。助けるなら、この手汚すくらいやってやるよ!」
源素の炎を燃やすジャック。炎は戦場に広がり、敵陣に向かい突き進む。それは戦闘中の憤怒者や破綻者だけではなく、その後ろで治療を行っている憤怒者まで巻き込んだ。その炎に巻かれ、応急処置を行っていたシスターたちが意識を失い倒れ込む。
「――なっ!?」
一部の覚者がその行動に驚き、手を止める。最悪、背後の治療班に手をかけなければならない覚悟はあった。だがこのタイミングは想定外だ。
覚者の間に生まれた齟齬。それが連携と言う歯車に僅かな軋みを生む。
「『マリートヴァ』!」
「治療優先。こちらは私が持ちこたえる」
対照的に冷静に指示を出すリーリヤ。戦場を離脱して、数名の憤怒者が後衛に走った。
覚者、憤怒者、そして破綻者。三者三様の戦場。
それぞれの理由をもって生まれた戦いの火蓋が、きって落とされた。
●
覚者は破綻者を救いたい。
憤怒者は破綻者を殺したい。
破綻者は全てを壊したい。
父親をけなされた怒りで暴れる破綻者。破綻者は周囲に稲妻を放ち、覚者と憤怒者を薙ぎ払う。その威力は源素が暴走していることもあってかなりの高火力になっていた。
同時にリーリヤを中心として攻め立てる憤怒者達。その矛先は基本的に破綻者に向いて入るが、覚者の攻撃が加わるにつれて覚者の方にも向いてくる。
「クズどもは殺してしまいましょう」
桜は神具を構えて憤怒者を見る。純粋で、そして虚ろな瞳。そこに写る憤怒者を、桜は生命とみていない。殺すべき相手。生かしてはいけないクズ。だから殺す。刃を叩き込み、肉を割き、骨を砕く。ただそれだけの、物として。
「生かしておいてもまた罪無き人を殺すのでしょう?」
「人は殺さない。殺すのは『悪魔』だけだ」
交わらない会話。されどその意図は互いに通じあっていた。
「イレブンは、厄介な状況に、突っ込んできますね」
二刀を振るいながら祇澄が口を開く。これがただの破綻者鎮圧なら、それほど難しくはなかった。状況を困難にしているのは、憤怒者の存在だ。
「私達からすれば、FiVEも厄介な状況に突っ込んでくる、だが」
日本刀とスコップ。十字に交差した互いの武器を挟みながらにらみ合う祇澄とリーリヤ。
「今回の遭遇は偶然だ。強いて言えば『神の御加護』だ」
「殺人を促す『神』が、いてたまりますか。この子は、殺させません!」
裂帛と共に力を籠める祇澄。互いの思いを会わらすように、距離が離れた。
「この子は破綻したが、戦闘不能にして適切な処置をすれば正気を取り戻す」
叫ぶ亮平。人が人を傷つける。そこに源素は関係ない。今回の件とて、大元は子供の喧嘩でしかないのだ。正気に戻せば、謝罪もできる。
「それなのにエグゾルツィーズムは。こうなった原因を碌に調べもせずに命を奪う気なのか……!」
「無論だ。それが我らが教義。そも、FiVEは源素暴走の原因が分かっているというのか?」
リーリヤの反論に言葉が止まる亮平。破綻者に至る理由はいまだ解明されず、防止策もない。だからといって暴走を止めることができるのに殺していいわけではない。
「友達を傷つけちゃったことも、友達を悪く言ったことも、本当は謝れば済む話だと思うけどね」
これがただの子供の喧嘩ならそれで済んだのに。色々な要素が混じり、今の状況になったのだ。そのことにため息をつきながら禊は舞う。今はより良い結果の為に動くのみ。
「だが子供の喧嘩では収まらなかった。その原因が『悪魔』の力だ」
「あと憤怒者とかもね。ああ、もう嫌になる」
これがFiVEの覚者だけなら簡単だったのだが。禊のため息がさらに深くなった。
(今この瞬間、事情知らぬものが見れば私たちの方が悪だ)
言葉なく行成は薙刀を構える。前世との繋がりを濃くしながら、破綻者と憤怒者に挑む。正しい事。正しくない事。善、悪。そんな二極論で物事を分けることができるのなら、楽なのに。
(エグゾルツィーズムは覚者を『悪魔』と思うことで善悪の判断をしている。私は……そう簡単に割り切れない)
憤怒者には憤怒者の正義がある。当たり前のことだ。迷いながら薙刀は振るわれる。
「何が、破綻者だ、覚者だ! 悪魔だ正義だ、んなもん関係ねぇ! 命を持っているのは変わらねえだろ!」
叫ぶジャック。大事なのは生きていること。命を奪う事だけはさせないと必死になって訴えかけていた。
「元に戻るんだ! 殺させやしない!」
「『戻る』と言うのが『悪魔』の力を失う、というなら攻撃をやめよう。だがそうではあるまい?」
「……っ!」
憤怒者が憎むのは覚者の力そのもの。故に言葉は届かない。
「敏明くん、聞こえますか。あなたはそちらへ行ってはダメです」
破綻者に語りながら澄香が源素を振るう。味方のダメージが増えてきたため、澄香は回復に回っていた。
「悪口を言われながらも勇敢に頑張ってるお父さんの為にも、こちらへ戻ってきて」
「トー……チャン……」
「お父さんは皆を守るために立派に戦っているの。怖い妖を退治するために、必死に。それを知っている人もいるわ。お父さんにお帰りを言うために、その力に飲み込まれないで」
優しく、だけどはっきりと言葉を伝える澄香。
「ちょっと痛いかもだけど我慢して。貴方の怒りはもっともだわ」
もし身内を馬鹿にされたら。兄を持つ数多はその気持ちが理解できる。同じことをされたら間違いなく怒るだろう。だから破綻者の怒りを否定しない。
「知ってる? 負けることが当たり前の妖に勇敢に立ち向かうのがAAAよ。あんたもせっかく発現したんだから、強くなってAAAを強くしてあの子らを見返しなさい」
「AAA……ボクが……」
「でもあとで怪我させたのはあやまんのよ」
罪は罪。それは謝れば許される。破綻者に謝る機会を作るために、今は全力で破綻者を攻撃する数多。
「ボクは……ボクのトーチャンは……!」
稲妻を放ち続ける破綻者。そこに理性はない。近くにいる者を薙ぎ払おうと、覚者や憤怒者関係なく振るわれる。それは前衛に立つ禊、行成、数多、亮平の命数を削り取った。
「数が減ったのはやはり響くか」
リーリヤは荒い呼吸をしながら、不利を認める。崩れ落ちそうな体を気力で支え、なんとか立っていた。覚者八人の火力に比べれば、憤怒者側の火力は明らかに少ない。作戦や気力でカバーできる状況ではなかった。
勝敗の天秤は大きく揺れる。未だに勝利への確信は掴めない。
だが覚者達の心は折れることはない。破綻者――前田敏明を救うため、神具を握りしめて戦いに挑む。
●
戦闘面における憤怒者の最大の武器は、覚者を圧倒する数である。
だがその数はジャックの炎が治療する憤怒者を伏すたびに、子供の治療の為にに割かれることになる。
「綺麗な顔で冷静に子供の命を狩ろうとする、てめぇらの方がよっぽど『悪魔』っつー言葉がお似合いだ!」
「その『悪魔』を狩るために背を向けている者を傷つけ、子供達の治療を邪魔するのか」
ジャックの言葉にリーリヤが言葉を返す。その言葉にジャックはハッと気づいた。
憤怒者が応急処置を行っている子供達は『戦闘を放置してでも応急処置が必要だから』手が割かれているのだ。それを一時とはいえ止めればどうなるのか。夢見の情報を信じれば、死には至らないだろうが……。
気が付けば、ジャックの目に前にリーリヤがいた。味方の囲いを抜け、こちらまで走ってきたのだ。数を積極的に減らしに来るジャックを排さなければ、こちらに勝ち目はないと見たのだろう。連続で叩きこまれるスコップが、ジャックの命数を削り取る。
「そうね。でも事の経緯を考えればその子達にも非があるわ」
桜が熱を冷ますように冷静に告げる。ジャックがやらなければ自分がやっていた。そうすることが必要だからだ。そして心情的にも、倒れている子供達に肩入れをするつもりはない。
「私が許せないのは貴方達のようなクズ。だから殺すわ」
「私が許せないのは『悪魔』だ。だから殺す」
「貴方達は自分が発現した時に悪魔だと罵られたら、壊れずにいられますか?」
澄香は憤怒者に向けて問いかける。発現する可能性は平等だ。例え国外に行って力を使えないようになっても、その事実は変わらない。
「耐えれる者もいる。耐えられない者もいる。比率で言えば後者が多い」
「なら――」
「だがその事に意味はない。差別と不幸を招く『悪魔』は殺す」
それがエグゾルツィーズムと言う組織。リーリヤと言う信仰者。
「亮平さん」
「分かっている。だけど今悩んでも答えは出ない」
何かを言いかけた行成を、亮平が押しとどめる。
「破綻者の原因は確かにFiVEでも掴めない。だけど治療はできるんだ。
命を絶つことで解決しようとする憤怒者が正しいなんてことは、絶対に認めない」
たとえ何を言われようとも、どちらに非があろうとも、それだけは譲らない。言外に亮平はそう告げていた。
「――そうですね」
行成は頷き、薙刀を一閃する。迷いはまだある。正義の在処など分からない。だけどここで膝を屈してしまえば、一つの命が失われる。それだけは許してはいけない。
(恭華の時は力が無くて救えなかった。力在る今、救えるものを救わない選択はない)
恋人の朱染めの後ろ姿を思い出す行成。覚者としての始まりにして、戦う理由。
「可能であれば、リーリヤを倒したいですけど」
悩む祇澄。ジャックを攻撃するためにこちらの陣内に入り込んだリーリヤ。疲弊を考えれば、あと一押しで倒せるだろう。だがそちらを攻撃すれば破綻者やそれを攻める憤怒者への攻撃を止めることになる。思考の末、祇澄は破綻者を攻め、ダメージを重ねていく。
「今は、こちらが優先、です」
「そうだね。倒す必要はないし」
禊は背後のリーリヤを意識しながら、憤怒者に向き合っていた。倒れそうなほど傷ついた憤怒者に対し連続で蹴りを放ち、その意識を刈り取る。数を減らすことは、破綻者を憤怒者に倒させないために最も重要な事だ。
「絶望を焼き払うよ!」
「――いや、あのシスターは倒した方がいいわ」
数多が翻って走り、リーリヤに攻撃を加える。挟撃の形を排したいという戦術面での理由もあるが、戦士の勘ともいえる何かがリーリヤを放置するなと告げていた。けして覚者と相容れない信仰の憤怒者。ここで倒せるのなら――
「ここで倒れとけ!」
「……くっ……!」
背中から斬られて膝をつくリーリヤ。持っていた武器が地面に落ちる。
憤怒者の最大戦力が行動不能になったことで、流れは覚者に優勢になった。だが刃が憤怒者に向いた隙を縫うように、破綻者の轟雷が前衛を穿つ。禊、行成、亮平の三名が倒れ伏し、中衛に居た澄香、祇澄、桜が前に出る。
荒れ狂う破綻者の稲妻を受けて澄香と桜の命数が削られ、憤怒者の遠距離攻撃でジャックが倒れ伏すが、覚者の勢いを止めるには至らなかった。
「行きます!」
とん、と地面を蹴って祇澄の刃が翻る。命を繋ぐ活人剣。その為に鍛えられた動きと刃。祇澄が意識するよりも先に、体は動いていた。二本の銀が翻り、破綻者に迫る。命脈を断つのではなく、活かす為に。
「これで、終わり、です!」
夫婦刀から伝わる確かな感覚。祇澄の一撃を受けて、破綻者は言葉なく倒れ伏した。
●
「確保ー!」
破綻者戦闘不能と同時に、数多が破綻者であった前田を抱えて戦場から離脱する。憤怒者にそれを追う戦力は残っていなかった。
だが、時間が経てばその戦力は整う。何よりも彼らが覚者を見逃す理由はなかった。
「あら。じゃあこちらも殺しましょうか」
相手の殺意を受けて桜が倒れている憤怒者に目を向ける。術式を使えば殺せそうだ。だが、それをすればこちらの倒れている仲間もただでは済まないだろう。その空気を感じながらも、桜は退くことなく神具を構えている。
「退きましょう。増援は、まだ来そうです」
撤退を促したのは祇澄だ。これ以上は無益な戦いになる。こちらの目的は達したのだ。倒れている仲間を抱え、憤怒者を牽制しながら下がっていく。
「……力の事を正しく理解して使い方を間違わないようにすれば、覚者は普通の人と何も変わらないのですよ」
去り際に澄香が憤怒者に告げる。それは事実だ。だが同時に、力を間違って使う者がいるのも事実なのだ。
そして覚者達は戦線を離脱する。待ち構えていた治療班により、前田の治療が開始された。
後日談として。
前田敏明の治療は滞りなく終了した。戦闘中の呼びかけが功を奏したのだろう。そのせいもあって、父のような治安を守る覚者を目指すと息巻いている。
喧嘩した同級生には謝罪し、多少のわだかまりは残るが和解の方向に向かっているという。
夏休みも明け、誰一人欠けることなく登校してくるクラスメイト。そんな変わらない日常。
――その日常こそが、彼らにとっての最大の報酬だった。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし

■あとがき■
どくどくです。
リーリヤさんのイラストは『あいんつばいVC』に書いてもらいました。ひゃっほぅ!
我ながらメンドクサイ状況でしたが、見事に征されました。
憤怒者戦はどちらかと言うと心情戦になりがちですが、そんな中でもキモを押さえた戦い方だったのは確かです。
そのせいもあり、予想よりも被害が少ない形となりました。
ともあれお疲れ様です。ゆっくりと傷を癒してください。
貴方達が守った日常を、今日も彼らは生きています。
それではまた、五麟市で。
リーリヤさんのイラストは『あいんつばいVC』に書いてもらいました。ひゃっほぅ!
我ながらメンドクサイ状況でしたが、見事に征されました。
憤怒者戦はどちらかと言うと心情戦になりがちですが、そんな中でもキモを押さえた戦い方だったのは確かです。
そのせいもあり、予想よりも被害が少ない形となりました。
ともあれお疲れ様です。ゆっくりと傷を癒してください。
貴方達が守った日常を、今日も彼らは生きています。
それではまた、五麟市で。
