【緋色の羊】悪魔の計画書
●真白き夢見
窓から差し込む逆光で、その人物は黒き影にしか見えなかった。
だがそのシルエットだけで、誰なのかが判る。
――やめて。お兄ちゃん、やめて!
声は、届かない。
兄が手にしたナイフが、深く相手を切り裂いた。
緋き血が、周りに飛んで。
兄の灰色の翼を染めた。
ハッとベッドの中で目を開ける。
宮下永久は、震える両手で顔を覆った。
●F.i.V.E.の夢見が見たもの
テーブル上の水晶に震える手を翳し、衰弱しきった少女が意識を集中していた。
「視えたか?」
傍らに立つ青年が問いかける。その声に、少女は両手を膝の上へと置いた。
「逃げて下さい」
小さなその声に、青年がクスリと笑う。
立ったまま、少女の前にある水晶へと手を翳した。
「……灰音、だな。いつから視えていた?」
驚く少女に、視線を返す。
「忘れたのかい? お前が以前、教えてくれたじゃないか。あれから随分と、練習してね」
「でも。私がいるから必要ないって……」
ヒヤリ冷たい緋の瞳が、少女を射抜いていた。
「なぁ我がクイーン。いつ起きるかは、夢で見えたのか?」
小刻みに震え伝えた少女に、更に青年の口角が上がる。ゆっくりと上体を屈めると、少女の耳元へと囁きかけた。
「お前はもう、用無しだ。璃架」
廊下へと出た青年は、部屋の扉へと鍵をかける。
部屋の前で待っていた男と共に、廊下を歩きだした。
「灰音が来るなら、癒雫。お前の『友人』達も来るだろうな。――迎え討て」
癒雫と呼ばれた司祭姿の男は驚き、僅かに眉を寄せる。
「何故この場所が……。前回私達は現場へは目隠しをして連れて行かれましたし、灰音の記憶は聖羅、あなたが消した筈」
「さあな。ここを突き止めた方法は不明だ。だが、あいつは妹を救いに来る。俺への恨みは相当だろう」
「ならば彼女だけをこの場に残し、全員で他所へと移れば――」
食い下がるように言葉を発した司祭に、青年が笑いを吐いた。
「そういう訳にはいかない。必要な事だ。……こちらの仲間も奴等に捕まった。皆、それでは納得しないだろう」
肩を竦め、「俺は付き合えないがな」と聖羅は言う。そうして癒雫へと瞳を向けた。
「お前も帰りたいか? 裏切りは可能だぞ。俺は先に逃げるよう、言われている」
探るような視線を返して、癒雫は前へと向き直る。
「……いいえ。私はまだ、あなたの傍でしなければいけない事がある」
●会議室にて
見た夢を語った久方 真由美(nCL2000003)の隣で、中 恭介(nCL2000002)が眉間に皺を寄せていた。
「まずは以前の事件で捕らえてくれた隔者達が、僅かながら口を開いた」
――『死の導師』。
そう自分達の組織を名乗った彼等はしかし、拠点の場所を忘れたままの状態にある。
「組織について全てを忘れた訳ではないようだが、酷く動揺している処は気になるな。――だが。今はこちらに集中しよう。前回の事件。事件が起こる直前に、憤怒者組織『H.S.』へと『破綻者が出た』と通報があったそうだ。代表の吉野 枢によれば、我々F.i.V.E.から事前に連絡を受けていたので逆探知に成功した、と言っている」
場所を教える条件は、「自分達を本拠地襲撃へと同行させる」事。
「自分達も今まで良いように利用されたと憤っているようだな。今回は宮下の妹の命がかかっている。急を要する為、我々F.i.V.E.とAAAは『殺害しない事』を条件に、H.S.が同行する事に同意した。そしてすぐさま現地へと調査に向かったAAAの隊員からの報告がこれだ」
恭介は、数枚の写真をテーブルへと置く。
あらゆる角度から撮った、2階建ての屋敷の写真。
コの字型をしたその建物はカーテンが全て閉じられ、中を確認する事は出来ない。
「人里離れた山中にあるそうだ。あまり派手に動く事も出来ない為、塀の外からしか撮る事が出来ていない。宮下刹那にも見せたが、妹が拘束されていた建物に間違いないと言っている。入口は、正面の東棟中央にある扉、北と南の棟の端にそれぞれある扉、の計3つだ。宮下が見た時は東棟1階の部屋に拘束されていたとの事だが、今居る場所は特定されていない」
今も同じ場所にいると信じ東の部屋を探すか。他の場所に見当をつけるか。
「こちらに捕らえている組織の者は宮下を除けば2人。まだ多くの隔者が残っていると思われる。精鋭のお前達とは言え、逆に捕らえられる可能性も充分にあるだろう」
気を付けろ、と添えてから、恭介は説明を続ける。
「今回は先程も言ったようにH.S.から吉野を含めた7人、AAAの隊員が8人、それから宮下刹那、計16人がお前達に同行する。これまでの事件の経緯と功績から、主導権は我々にある。この全員が、無茶なものでない限りお前達が決めた作戦に沿い行動し、指示にも従うだろう。――だが、お前達の作戦が身勝手なものであったり非道なものであった場合、協力は得られず我々F.i.V.Eは信用を失う。心して挑んでくれ」
時間もないがよろしく頼む。
恭介はそう言って、覚者達を見回した。
窓から差し込む逆光で、その人物は黒き影にしか見えなかった。
だがそのシルエットだけで、誰なのかが判る。
――やめて。お兄ちゃん、やめて!
声は、届かない。
兄が手にしたナイフが、深く相手を切り裂いた。
緋き血が、周りに飛んで。
兄の灰色の翼を染めた。
ハッとベッドの中で目を開ける。
宮下永久は、震える両手で顔を覆った。
●F.i.V.E.の夢見が見たもの
テーブル上の水晶に震える手を翳し、衰弱しきった少女が意識を集中していた。
「視えたか?」
傍らに立つ青年が問いかける。その声に、少女は両手を膝の上へと置いた。
「逃げて下さい」
小さなその声に、青年がクスリと笑う。
立ったまま、少女の前にある水晶へと手を翳した。
「……灰音、だな。いつから視えていた?」
驚く少女に、視線を返す。
「忘れたのかい? お前が以前、教えてくれたじゃないか。あれから随分と、練習してね」
「でも。私がいるから必要ないって……」
ヒヤリ冷たい緋の瞳が、少女を射抜いていた。
「なぁ我がクイーン。いつ起きるかは、夢で見えたのか?」
小刻みに震え伝えた少女に、更に青年の口角が上がる。ゆっくりと上体を屈めると、少女の耳元へと囁きかけた。
「お前はもう、用無しだ。璃架」
廊下へと出た青年は、部屋の扉へと鍵をかける。
部屋の前で待っていた男と共に、廊下を歩きだした。
「灰音が来るなら、癒雫。お前の『友人』達も来るだろうな。――迎え討て」
癒雫と呼ばれた司祭姿の男は驚き、僅かに眉を寄せる。
「何故この場所が……。前回私達は現場へは目隠しをして連れて行かれましたし、灰音の記憶は聖羅、あなたが消した筈」
「さあな。ここを突き止めた方法は不明だ。だが、あいつは妹を救いに来る。俺への恨みは相当だろう」
「ならば彼女だけをこの場に残し、全員で他所へと移れば――」
食い下がるように言葉を発した司祭に、青年が笑いを吐いた。
「そういう訳にはいかない。必要な事だ。……こちらの仲間も奴等に捕まった。皆、それでは納得しないだろう」
肩を竦め、「俺は付き合えないがな」と聖羅は言う。そうして癒雫へと瞳を向けた。
「お前も帰りたいか? 裏切りは可能だぞ。俺は先に逃げるよう、言われている」
探るような視線を返して、癒雫は前へと向き直る。
「……いいえ。私はまだ、あなたの傍でしなければいけない事がある」
●会議室にて
見た夢を語った久方 真由美(nCL2000003)の隣で、中 恭介(nCL2000002)が眉間に皺を寄せていた。
「まずは以前の事件で捕らえてくれた隔者達が、僅かながら口を開いた」
――『死の導師』。
そう自分達の組織を名乗った彼等はしかし、拠点の場所を忘れたままの状態にある。
「組織について全てを忘れた訳ではないようだが、酷く動揺している処は気になるな。――だが。今はこちらに集中しよう。前回の事件。事件が起こる直前に、憤怒者組織『H.S.』へと『破綻者が出た』と通報があったそうだ。代表の吉野 枢によれば、我々F.i.V.E.から事前に連絡を受けていたので逆探知に成功した、と言っている」
場所を教える条件は、「自分達を本拠地襲撃へと同行させる」事。
「自分達も今まで良いように利用されたと憤っているようだな。今回は宮下の妹の命がかかっている。急を要する為、我々F.i.V.E.とAAAは『殺害しない事』を条件に、H.S.が同行する事に同意した。そしてすぐさま現地へと調査に向かったAAAの隊員からの報告がこれだ」
恭介は、数枚の写真をテーブルへと置く。
あらゆる角度から撮った、2階建ての屋敷の写真。
コの字型をしたその建物はカーテンが全て閉じられ、中を確認する事は出来ない。
「人里離れた山中にあるそうだ。あまり派手に動く事も出来ない為、塀の外からしか撮る事が出来ていない。宮下刹那にも見せたが、妹が拘束されていた建物に間違いないと言っている。入口は、正面の東棟中央にある扉、北と南の棟の端にそれぞれある扉、の計3つだ。宮下が見た時は東棟1階の部屋に拘束されていたとの事だが、今居る場所は特定されていない」
今も同じ場所にいると信じ東の部屋を探すか。他の場所に見当をつけるか。
「こちらに捕らえている組織の者は宮下を除けば2人。まだ多くの隔者が残っていると思われる。精鋭のお前達とは言え、逆に捕らえられる可能性も充分にあるだろう」
気を付けろ、と添えてから、恭介は説明を続ける。
「今回は先程も言ったようにH.S.から吉野を含めた7人、AAAの隊員が8人、それから宮下刹那、計16人がお前達に同行する。これまでの事件の経緯と功績から、主導権は我々にある。この全員が、無茶なものでない限りお前達が決めた作戦に沿い行動し、指示にも従うだろう。――だが、お前達の作戦が身勝手なものであったり非道なものであった場合、協力は得られず我々F.i.V.Eは信用を失う。心して挑んでくれ」
時間もないがよろしく頼む。
恭介はそう言って、覚者達を見回した。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.宮下永久の救出。
2.死亡者を出さない(敵・味方とも)。
3.敵に捕まらない。
2.死亡者を出さない(敵・味方とも)。
3.敵に捕まらない。
『雨の夜に現れし悪魔』
『悪魔は2度嗤う』
『悪魔のナイト・ビショップ』
に続く、【緋色の羊】シリーズの4話目となります。
ちなみにOPのシルエットは、刹那です。
宜しくお願いします。
今回は敵の本拠地に乗り込み、永久の救出に挑んで頂きます。
1つの言葉や行動が、良い方向へと導く場合も、悪い方向へと繋がる場合も、在り得ます。
判定は難易度相当です。頑張って!
●現場
皆様が現場に着くのは昼間。
山奥にある二階建ての屋敷。庭に人影は見当たりません。3箇所の扉のみ、鍵が開いています。
廊下の幅は4人が並べる程度。片側は窓、もう片側には扉が並んでいます。
部屋と廊下ともにカーテンと鍵が閉められており、外からは中の様子は窺えません。
窓を割って入る事も可能ですが、窓を割るなどした場合は敵に気付かれます。
基本的に永久の居る部屋、無人の部屋の扉には鍵がかけられており、どの部屋に人がいるのかは現時点では不明です。
各棟の各階にあるのは4~6部屋。屋敷全体で33部屋です。
●敵
屋敷にいる隔者30人。(癒雫を除いた人数)
全員が『鋭聴力』を活性化しています。それぞれ屋敷内のどこにいるのかは不明。
因子も術式も色々です。但し、攻撃に使用するのはそれぞれの因子スキル・術式スキル壱式まで。
こちらの誰か1人でも永久に辿り着いた時点で、癒雫の指示で全員が逃亡します。
組織の隔者を捕らえる事も可能ですが、あくまで襲撃の目的は永久の救出です。
夢見の夢により、敵達は襲撃を予測し警戒していると思われます。仲間を捕らえられた恨みもある為、全力で迎え討ってくると思われます。
こちらの突入が遅くなればなる程、永久の衰弱が強くなっていきます。また、癒雫に対し、「渡すくらいなら殺せ」という命令を出している事も夢見が見ています。
●リプレイ
屋敷に潜入する処からスタートです。
●AAA
AAA隊員8人が同行します。皆様が立てた作戦に沿い、行動します。
●H.S.(ハーエス)
『隔者や破綻者にしか攻撃しない』を掲げている憤怒者組織。
正式名称『Heiliges Schwert』(『神聖なる剣』の意)
代表者 吉野 枢(かなめ)29歳。
枢を含む7人が銃と盾で武装し同行します。皆様が立てた作戦に沿い、行動します。
※AAA、H.S.共に、戦力は皆様より下。あくまでサポート程度。重要な部分を任せ過ぎると危険です。描写も最低限に絞ります。
もし個別の指示などある場合は、プレイングでお願いします。
●宮下刹那 20代前半。翼人・水行。武器はナイフ。
隔者組織『死の導師』の元一員。組織での呼びは灰音(はいね)。聖羅に記憶を消され、組織での事は憶えていません。
今は組織に捕らえられている妹の永久を助ける事しか頭にありません。
無茶でない指示であれば従います。が、永久を心配している為、「外で待機」や「敵の足止めをしろ」等の指示には従いません。
●宮下永久(とわ)
刹那の妹。夢見。組織での呼び名は璃架(りか)。元々体が弱いらしく、相当衰弱しています。
夢見の他にも何かしらの能力があるようです。
●聖羅(せいら)
緋色の瞳の青年。
他の隔者達に命令を下せる立場にあり、彼等のリーダーだと思われます。
皆様が現場に到着した時点で既に逃亡しており、リプレイには登場しません。
●癒雫(ゆだ) 27歳。翼人・水行。
ルファ・L・フェイクス。本来は兵庫県の南東部・西宮市郊外にある小さな教会の司祭。
灰音と聖羅に殺害された少女・大月盞花の死を引き摺っています。
隔者達の仲間として行動している事の真意と狙いは、今の処判っていません。
永久と一緒の部屋に居ると思われます。
誰かが部屋に辿り着いた時点で『声域拡張』を使い仲間達に逃げるよう指示を出します。
●プレイング
東、北、南の扉など、どこから侵入し、1階と2階、どちらに行くのか。どのように探していくか。
現れるだろう幾人もの敵達の対処をどうするのか。等々。
選んだ侵入場所や進み方、捜し方、敵達への対処により、永久へと辿り着くまでの時間が異なります。
以上です。判っている状況をなんとか有効に使い、お挑み下さい。
それでは、皆様とご縁があります事、楽しみにしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年09月07日
2016年09月07日
■メイン参加者 8人■

●
敵に気付かれぬよう注意しながら、『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は『感情探査』を使い庭から宮下永久の居場所を探ろうとする。
しばらく集中し探っていた奏空は、仲間達に視線を向け横へと首を振った。
(「多くの怒りや憎しみの感情の中で、不安だろう永久さんの感情は飲み込まれてしまっています」)
感知出来ない事を、『送受心・改』で伝える。
それならばと、エルフィリア・ハイランド(CL2000613)はリックの『かぎわける』を用い、敵のいる場所を特定しようとした。
しかし敵達の匂いを、リックは知らない。
何かしらの匂いを嗅ぎ取ったとしても、事前に知る匂い以外で、それが人のものかどうかの判断材料を守護使役は持たないのだ。
『かぎわける』で知れたのは、今までに接触し捕えていない敵のうちの2人だろう匂い。それも、東棟1階の部屋に別々に居るという事が分かっただけであった。
宮下刹那の匂いを頼りに永久の匂いを探ろうともしたが、兄妹とはいえ別の匂い。見つける事は出来ずにいた。ルファの居場所も、特定する事は出来ない。
神父の居場所を特定出来ないという事は、恐らく1階には居ないという事ではないだろうかと思う。
(後は、屋敷に入ってからかしらね)
扉の前に辿り着ければ、気付けるに違いない。
それこそ何度も会っている、匂いなのだから。
(黒幕には会えないけど、かなり大きな前進できる状態になったわね。……ここは一つ、オバさんも張り切っちゃうわよ)
エルフィリアの口角が、緩やかに上がっていた。
『透視』を使い、外から部屋の中を見ていた篁・三十三(CL2001480)は、仲間達へと敵が窓に近付いてくる事を身振りで伝える。
建物に張り付き身を伏せて、カーテンを僅かに開け外を覗う敵の視線をやり過ごした。
こちらの襲撃を、夢見により敵達は知っている。今のようにあらゆる場所から外の様子を覗っていると思った方が良いだろう。
つまり。ゆっくりと、外から中の様子を窺っていられない、という事になる。
2階を目指すのならば、侵入は階段に近い場所を選ぶのが良いだろうと、三十三の透視で近くにある無人の部屋が特定される。南棟にあるこの部屋であれば、東と南、両方の階段を選ぶ事が出来た。
隠密班が南側を選んだ事で、陽動班の突入場所が決定する。
彼らから一番遠い、北側の扉。そして2階を目指す彼らとは逆の、1階を進んで行く事となった。
別れる前に、陽動班として動く『中学生』菊坂 結鹿(CL2000432)は、刹那へと声をかける。
「焦りは禁物ですよ。急いては事を仕損じるです。わたしたちも永久さんを助け出したいと心から思っています、いろいろ複雑な思いはあるでしょうけれど、一緒にがんばりましょうね」
硬い表情の刹那が、元気づけるように微笑んだ結鹿に目を向ける。彼の表情が和らぐ事はなかったが、「宜しく頼む」と短く返した。
「刹那さん」
続き、『誰が為に復讐を為す』恩田・縁(CL2001356)が前に立つ。
「よろしければ永久さんについて教えていただけますか? そして永久さんを本当に助けたいですか?」
超直観を活性化させた縁の前で、刹那は縁を睨み付けていた。
「何を言っている。助けたいに決まっているだろう。妹は、昔から体が弱いんだぞ……」
静かな怒りと心配は、兄として当然の事。体が弱いと言うのも、夢見が見た永久の様子とも合致する。
怪しむ理由も、縁の抱く懸念に繋がる決定的な様子も、見つけられなかった。
「刹那さんの事は、信じていますよ」
言葉を残し彼から離れながら、縁はギュッと憤怒の十字架を握る手に力を込める。
けれども聖羅の能力が、記憶や感情、認識を変質させるようなものだったとしたら?
――もし、刹那さんやルファ司祭もその影響を受けているのだとしたら。
(許されざる……復讐への冒涜だ)
チラリと刹那を見遣り北の扉に向かう奏空もまた、複雑な心境であった。
(これまで灰音……いや刹那は脅され罪を犯して来たのかもしれないけど、罪は罪だ)
それでも捕らわれている永久を絶対に助けてあげなければ、と誓う。
『死の導師』
この何を企んでいるのか分からない不気味な組織を、野放しには出来ない。
「必ず永久さんを助けるわ」
三島 椿(CL2000061)が刹那に伝えたのは、仲間達の決意そのものであった。
「僕も今はファイヴの一員。けれどこうして共に作戦に携われるのは嬉しいです。お互い頑張りましょう」
三十三もAAAの隊員達へと声をかけながら、懐かしむようにサングラスの奥にある瞳を細めていた。
●
『しのびあし』を使い静かに扉へと近付いた結鹿が勢いよく扉を開け、『迷霧』を発生させる。
と同時に、『独善者』月歌 浅葱(CL2000915)が飛び込んでいった。
「天が知る地が知る人知れずっ。救出作戦のお時間ですっ!」
言葉に合わせ閃光が走り、爆発音が響き渡る。浅葱の覚醒変化の派手さに、廊下にいた3人の隔者達はもちろん、部屋からも隔者達が飛び出してきた。
「ふっ、邪魔するならば纏めて倒していくまでですっ」
「敵襲だ!」
1人の叫び声に、奏空と縁、AAA隊員4人とH.S.の憤怒者7人がなだれ込んでいった。
一方南棟では、『物質透過』で部屋へと侵入したエルフィリアが、奏空の『送受心・改』による合図、浅葱の『覚醒爆光』の派手な音に合わせて、窓の鍵を開けていた。
深緋・久作(CL2001453)、三十三、刹那の隠密班が、音を立てぬよう気をつけ部屋に入る。
「よろしくね」
AAAの隊員達へと伝えた援護班の椿は、頷いた彼等と共に隠密班に続いて部屋へと侵入した。
北棟から聞こえてくる、銃の音。
H.S.の戦闘員達の銃声は、充分に敵達の注意を引いてくれているだろう。今回の作戦、彼等が装備している武器の特性を活かすという意味からしても、全員に陽動班へと入ってもらったのは正解であったと思えた。
透視する三十三が西側の部屋に敵がいる事をジェスチャーで伝え、物質透過で扉から外に出たエルフィリアが、廊下には誰もいない事を小さく告げる。
元々誰もいなかったとは考え難い。という事は、廊下に居た者達は陽動班の方へと向かったのだろう。
けれども部屋にいる隔者達が動いていないという事は、100%陽動に引っ掛かってはいないのだ。
こちらも慎重に、動く必要があった。
なるべく音をたてぬよう鍵を開け、廊下に出る。透視で確認し敵の姿がなかった東側の部屋の前を通り、東棟の階段に向かった。
隠密班達と少しの距離を開けて、椿達援護班も廊下を進む。
エルフィリアが東棟へと曲がる角で壁に張り付くようにして、東の廊下を確認しているのが見える。ゆっくりと近付いてゆきながら椿の『第六感』が、背後で静かに開く扉の気配を感じ取った。
西側にあった部屋から、2人の敵が飛び出してくる。
「来たわ」
伝え波動弾を避けた椿の背後で、AAAの隊員が貫通する弾を受ける。椿の隣では、獣の如く振るわれた一撃を、隊員が避けきれずにいた。
背後を確認すれば、東棟に飛び出したエルフィリアが『香仇花』で敵達を弱らせている。続き久作が、『地烈』で連続攻撃を仕掛けていた。
2人には、火柱が上がる。
更に久作を貫いた薄氷は、その後ろに位置する隊員と後衛の三十三をも貫く。
AAAの隊員2人へと「お願いね」とその場を任せた椿は、2人の隊員と共に隠密班の元へと駆けた。
神秘の力で造りあげた椿の水竜が、敵達を襲う。避けた隔者の動きを封じるように、AAAの隊員達が攻撃を仕掛けていた。
「今のうちに」
椿の言葉に頷いて、隠密班達は先を急ぐ。敵の足止めをしてくれる隊員達と隔者の間をすり抜けるようにして、その場を後にした。
攻撃を受けた少女に「大丈夫? 結鹿ちゃん」と桃色の瞳が振り返る。
「はい、大丈夫です」
気丈に答える結鹿が押さえる肩口からはしかし、血が滲み刃を伝い落ちていた。すぐさま奏空は、『癒しの滴』で結鹿を癒す。
礼を伝えた結鹿が、蒼龍で素早き突きを敵達にあびせる。続いた浅葱が、目にも止まらぬスピードでナックルをはめた拳を繰り出していた。
15名いる陽動班とは言え、敵の数はそれを上回る。隔者達の攻撃に、縁が『演舞・舞衣』で仲間達の状態異常の回復を優先していた。
敵の1人が放った水礫が、H.S.の1人を貫く。「うっ」と呻き倒れた部下に、吉野枢が目を剥いた。
それは他の仲間達も同じらしく、1人へと攻撃を集中させる。
倒れた敵から、枢は照準を外さない。その前には浅葱が立ち、射線を遮った。
「ふっ、勢い余るのはダメですよっ。何事も冷静さが必要ですからねっ!」
一瞬きつく少女を見下ろした枢は、銃口を上げる。
「もしかしたら聞き出せる情報があるかもしれません」
続いた結鹿の言葉に僅かに銃口が揺れ、浅葱のすぐ横を弾が飛ぶ。背後の隔者を撃った。
「判っている」
低い声が、2人へと返っていた。
●
階段を上がった隠密班達は、東棟2階の廊下には誰も居ない事を確認する。
南棟を覗くと、7人の隔者達の姿。
彼等に気付かれず廊下を横切り部屋に入るのは難しい。そして、敵襲に気付きながらもこの場所から離れぬ隔者達が、少なくとも7人居るという事だ。
この廊下にある6つの部屋。そのどれかに永久が居るに違いないと思えた。
敵に気付かれずに透視出来る手前の2つの部屋には誰も居ないと、三十三が手振りで伝える。
覚者達は頷き合い、エルフィリアと久作、刹那が同時に飛び出した。
エルフィリアはそのまま誰も居ないという部屋へと物質透過で入り込む。
隔者の1人が拳に炎を纏い、久作へと叩き込んでくる。足をふんばり続く複数の攻撃を耐えた久作は、ギリギリまで敵達を惹き付け地烈を放った。刹那の水竜が、同じ敵達を狙う。
久作へと『癒しの滴』を施した三十三へは雷が落とされ、高圧縮された空気が打ち込まれた。
膝を折り倒れ込んだ三十三は、命数を使い立ち上がる。
「倒れる訳にはいきません」
三十三の言葉に、「その通りよね」と言葉が返る。数人の隔者達が、エルフィリアのその声に驚き振り返った。
入った部屋の隣の部屋から壁をすり抜け出てきていたエルフィリアは、敵達が動くよりも早く危険植物の毒を流し込む。
「私達もいるわ」
三十三の隣には合流した椿と、後ろには3人のAAA隊員が立っていた。
久作の放つ地烈に2人の隔者達が倒れ、敵の発生させた雷雲が三十三と椿に落とされる。弱る三十三を椿の『潤しの滴』が癒すが、容赦なく三十三へと種が付着された。鋭い棘が、身を裂く。次の攻撃には耐えられないと判断した三十三は、窓を破り退避した。
「逃がすな!」
B.O.T.にエアブリット、水礫、
敵達の攻撃が、飛行した三十三へと集中していた。
槍の如く隆起した床が、下から縁を貫く。耐えきれず床へと伏した縁が、命数を使い立ち上がった。
(永久さんを守る為にも、一緒に居るであろうルファ司祭と会う為にも、何としても彼等の許に向かわねばなりません……)
『癒力活性』で仲間達を癒す浅葱が、H.S.とAAAの隊員達へと伝える。
「無理しないように、倒れそうなら下がるんですよっ! でも、目の届く範囲にいるのは絶対ですよっ」
彼等を含む仲間達皆、倒れる前に回復したい。
そう願う浅葱であったが、この厳しい戦いの中、全てが叶わぬ事も知っている。己が無理をし過ぎれば、本末転倒である事も。
だが既に、AAAが1人、H.S.が2人、倒れている。
これ以上、誰も倒れずにいて欲しかった。
突如戦場に届いたのは、硝子の割れる音。
振り返った隔者達が、一瞬視線を交わし合う。そして弾かれるように、駆け出した。
「璃架ッ!」
まるで、心配しているかのような叫び声。
結鹿が放った『氷巖華』は、遠ざかる敵達の1人にしか当たらなかった。
一瞬遅れて、覚者達も駆け出す。そうして奏空は、『送受心・改』で仲間達へと知らせていた。
(「敵がそちらへ向かいました。数は、16名です」)
受心したその声に、椿は振り返る。階段を駆け上がって来る音にAAA隊員達も身構えた。
怒涛の如く、戦場へとなだれ込んで来た隔者達。
椿はAAA隊員達と共に、敵のそれ以上の進行を防ごうとした。
「どけッ!」
薙ぎ払うように、繰り出される攻撃達。
更に2人のAAA隊員が倒れ、椿も敵の攻撃に床へと崩れ落ちた。
しかしすぐさま、命数を使い立ち上がる。
――苦しい戦いは、覚悟の上。
「私は、負けない」
僅かに遅れ現場に着いた陽動班の者達が、攻撃に加わる。椿と縁は仲間達の回復を優先し、奏空と浅葱は攻撃に専念した。
受けた攻撃に片膝を付きながらもまだあがこうとする隔者へは、結鹿の切っ先が鼻先へと突きつけられる。
「すでに勝敗は決しました、どうか降伏してください」
しかしそんな結鹿へは、他の隔者達の攻撃が集中した。
しなり打ち付けてくる蔓。怒りそのままのような炎纏いし刃が、背に突き刺さる。
倒れた結鹿に、地面が槍の如く隆起した。
更に続いたエアブリットは、枢が庇い受ける。これ以上の傷を結鹿に負わせぬよう前に立った男は、振り返らずに言葉を発した。
「さっき、止めてもらったからな。……だがそのやさしさが、命取りになる場合もあると、憶えておくんだな」
枢の言葉と共に、H.S.達が隔者を一斉攻撃する。
「先を、お急ぎ下さい」
地烈で眼前の敵達を攻撃しながら、久作がエルフィリアへと告げた。
「ハイランド様の守護使役であれば、ルファ神父の匂いをかぎわけられましょう」
頷き礼を伝え、エルフィリアは仲間の力を借り敵を抜ける。憶えのある匂いがする部屋の扉をすり抜け、中へと入った。
●
まず目についたのは、蒼白い顔でベッドに横たわる少女の姿。続き、その傍らに立つ男。
永久だろう少女の様子に目を剥いたエルフィリアは、真っ直ぐと男を見据えた。
「辿り着いたわよ。ルファ神父」
その言葉に笑んだ癒雫が、『声域拡張』を発動する。
「導師達に告ぐ。クイーンは落ちた。我々の負けです、皆逃げなさい。繰り返す――」
終戦を告げる、声が響いていた。
●
逃げ出した敵達は追わず、久作が『ピッキングマン』で扉を開錠する。
開け放たれた扉に真っ先に駆け込んだのは、刹那。
「永久!」
一瞬足を止めた刹那に気付かれぬよう、久作が永久の傍へと立った。密かにずっと警戒していたのは灰音の動き。そして今は、神父の動きも含まれる。いつでも永久をガード出来る位置を、そっと確保した。
「き、さま……」
食いしばるように、刹那から吐き出された言葉。そして青年は、床を蹴った。
刹那が狙ったのは永久ではなく、ルファ。ナイフが狙いを定め、瞬時にその腹部を貫いていた。
「すみません。私の癒しでは、永久さんを回復出来ない」
何度癒しても衰弱するスピードに追いつかないと、ルファが掠れた声で発する。ズルリと崩れ、司祭は床へと両膝を付いた。
(永久様の未知の力は、恐らく之までの謎を解く鍵となるでしょう)
弱々しい呼吸を繰り返す永久を見下ろして、久作は魂の力を使う。
狙ったのは、永久の体力と状態の回復。
久作が命すらも賭けたその力は、少女を見えぬ光で包み込む。力強き命の灯の如く透き通ったその光は、純白の光となり馴染むように永久の体へと沈んでいった。
少女が、ゆっくりと目を開ける。苦しくない呼吸を確かめるように咽喉へと手を遣って、そばに立つ兄を見上げた。
「……お兄ちゃん?」
刹那は驚き、ナイフが床へと落ちる。
上体を起こした妹を、両手で強く抱きしめる。妹を胸に抱きながら久作へと視線を向け、「ありがとう」と震える声で礼を伝えた。
怪我を負ったAAAの隊員とH.S.の者達へと、浅葱は回復を行っていく。回復では追いつかない者達には、出来る範囲での手当てをしていった。
一緒に回っていた枢が、浅葱を手伝いながら礼を伝える。
「帰るまでが共同作戦ですよっ」
部下を心配する枢の姿に「大丈夫ですっ」と背を叩いた浅葱が笑顔を浮かべた。
微かに耳に聞こえる声に、三十三は目を開ける。
落下した時に、サングラスはどこかにいってしまったのか、どうにも光が眩しい。
「大丈夫ですか? 救護班を今手配していますから」
心配そうに覗き込む、複数のAAA隊員達。それには「大丈夫です」と僅かに口角を上げた。
「ああ、空が、綺麗だな……」
空の色を映したようなアイスブルーの瞳を緩ませてから、三十三は再びゆっくりと瞼を閉じた。
「ルファさん……」
駆け寄った椿が、男の傍らに膝を付く。『潤しの滴』を注ぎながら「大丈夫?」と顔を覗き込んだ。
「あなた方こそ、酷い怪我です」
無理はしないでね、と続いた椿の言葉には、「そのままお返ししますよ」と微笑を浮かべる。
「刹那さん、よかったわね」
振り返り伝えた椿に頷いた刹那は、奏空に支えられるようにして部屋へと入ってきた結鹿に視線を向けた。
ベッドの隅へと腰かけた結鹿が、「よかったですね」と顔を綻ばせる。
ありがとうと微笑んだ少女と手を取り合い、喜び合った。
「ルファ司祭……そろそろ真相を教えてください」
力になりたいと伝えた奏空に、男は椿の手を借りて立ち上がる。
「貴方は交霊術をお持ちですか? ……聞こえると言っていた『声』は、本当に盞花さんの声ですか?」
縁の問いに男は微笑を浮かべ、覚者達を見回した。
「あなた方になら、お話し出来ます。私の狙いと、私の知る聖羅がたてた『計画』を」
敵に気付かれぬよう注意しながら、『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は『感情探査』を使い庭から宮下永久の居場所を探ろうとする。
しばらく集中し探っていた奏空は、仲間達に視線を向け横へと首を振った。
(「多くの怒りや憎しみの感情の中で、不安だろう永久さんの感情は飲み込まれてしまっています」)
感知出来ない事を、『送受心・改』で伝える。
それならばと、エルフィリア・ハイランド(CL2000613)はリックの『かぎわける』を用い、敵のいる場所を特定しようとした。
しかし敵達の匂いを、リックは知らない。
何かしらの匂いを嗅ぎ取ったとしても、事前に知る匂い以外で、それが人のものかどうかの判断材料を守護使役は持たないのだ。
『かぎわける』で知れたのは、今までに接触し捕えていない敵のうちの2人だろう匂い。それも、東棟1階の部屋に別々に居るという事が分かっただけであった。
宮下刹那の匂いを頼りに永久の匂いを探ろうともしたが、兄妹とはいえ別の匂い。見つける事は出来ずにいた。ルファの居場所も、特定する事は出来ない。
神父の居場所を特定出来ないという事は、恐らく1階には居ないという事ではないだろうかと思う。
(後は、屋敷に入ってからかしらね)
扉の前に辿り着ければ、気付けるに違いない。
それこそ何度も会っている、匂いなのだから。
(黒幕には会えないけど、かなり大きな前進できる状態になったわね。……ここは一つ、オバさんも張り切っちゃうわよ)
エルフィリアの口角が、緩やかに上がっていた。
『透視』を使い、外から部屋の中を見ていた篁・三十三(CL2001480)は、仲間達へと敵が窓に近付いてくる事を身振りで伝える。
建物に張り付き身を伏せて、カーテンを僅かに開け外を覗う敵の視線をやり過ごした。
こちらの襲撃を、夢見により敵達は知っている。今のようにあらゆる場所から外の様子を覗っていると思った方が良いだろう。
つまり。ゆっくりと、外から中の様子を窺っていられない、という事になる。
2階を目指すのならば、侵入は階段に近い場所を選ぶのが良いだろうと、三十三の透視で近くにある無人の部屋が特定される。南棟にあるこの部屋であれば、東と南、両方の階段を選ぶ事が出来た。
隠密班が南側を選んだ事で、陽動班の突入場所が決定する。
彼らから一番遠い、北側の扉。そして2階を目指す彼らとは逆の、1階を進んで行く事となった。
別れる前に、陽動班として動く『中学生』菊坂 結鹿(CL2000432)は、刹那へと声をかける。
「焦りは禁物ですよ。急いては事を仕損じるです。わたしたちも永久さんを助け出したいと心から思っています、いろいろ複雑な思いはあるでしょうけれど、一緒にがんばりましょうね」
硬い表情の刹那が、元気づけるように微笑んだ結鹿に目を向ける。彼の表情が和らぐ事はなかったが、「宜しく頼む」と短く返した。
「刹那さん」
続き、『誰が為に復讐を為す』恩田・縁(CL2001356)が前に立つ。
「よろしければ永久さんについて教えていただけますか? そして永久さんを本当に助けたいですか?」
超直観を活性化させた縁の前で、刹那は縁を睨み付けていた。
「何を言っている。助けたいに決まっているだろう。妹は、昔から体が弱いんだぞ……」
静かな怒りと心配は、兄として当然の事。体が弱いと言うのも、夢見が見た永久の様子とも合致する。
怪しむ理由も、縁の抱く懸念に繋がる決定的な様子も、見つけられなかった。
「刹那さんの事は、信じていますよ」
言葉を残し彼から離れながら、縁はギュッと憤怒の十字架を握る手に力を込める。
けれども聖羅の能力が、記憶や感情、認識を変質させるようなものだったとしたら?
――もし、刹那さんやルファ司祭もその影響を受けているのだとしたら。
(許されざる……復讐への冒涜だ)
チラリと刹那を見遣り北の扉に向かう奏空もまた、複雑な心境であった。
(これまで灰音……いや刹那は脅され罪を犯して来たのかもしれないけど、罪は罪だ)
それでも捕らわれている永久を絶対に助けてあげなければ、と誓う。
『死の導師』
この何を企んでいるのか分からない不気味な組織を、野放しには出来ない。
「必ず永久さんを助けるわ」
三島 椿(CL2000061)が刹那に伝えたのは、仲間達の決意そのものであった。
「僕も今はファイヴの一員。けれどこうして共に作戦に携われるのは嬉しいです。お互い頑張りましょう」
三十三もAAAの隊員達へと声をかけながら、懐かしむようにサングラスの奥にある瞳を細めていた。
●
『しのびあし』を使い静かに扉へと近付いた結鹿が勢いよく扉を開け、『迷霧』を発生させる。
と同時に、『独善者』月歌 浅葱(CL2000915)が飛び込んでいった。
「天が知る地が知る人知れずっ。救出作戦のお時間ですっ!」
言葉に合わせ閃光が走り、爆発音が響き渡る。浅葱の覚醒変化の派手さに、廊下にいた3人の隔者達はもちろん、部屋からも隔者達が飛び出してきた。
「ふっ、邪魔するならば纏めて倒していくまでですっ」
「敵襲だ!」
1人の叫び声に、奏空と縁、AAA隊員4人とH.S.の憤怒者7人がなだれ込んでいった。
一方南棟では、『物質透過』で部屋へと侵入したエルフィリアが、奏空の『送受心・改』による合図、浅葱の『覚醒爆光』の派手な音に合わせて、窓の鍵を開けていた。
深緋・久作(CL2001453)、三十三、刹那の隠密班が、音を立てぬよう気をつけ部屋に入る。
「よろしくね」
AAAの隊員達へと伝えた援護班の椿は、頷いた彼等と共に隠密班に続いて部屋へと侵入した。
北棟から聞こえてくる、銃の音。
H.S.の戦闘員達の銃声は、充分に敵達の注意を引いてくれているだろう。今回の作戦、彼等が装備している武器の特性を活かすという意味からしても、全員に陽動班へと入ってもらったのは正解であったと思えた。
透視する三十三が西側の部屋に敵がいる事をジェスチャーで伝え、物質透過で扉から外に出たエルフィリアが、廊下には誰もいない事を小さく告げる。
元々誰もいなかったとは考え難い。という事は、廊下に居た者達は陽動班の方へと向かったのだろう。
けれども部屋にいる隔者達が動いていないという事は、100%陽動に引っ掛かってはいないのだ。
こちらも慎重に、動く必要があった。
なるべく音をたてぬよう鍵を開け、廊下に出る。透視で確認し敵の姿がなかった東側の部屋の前を通り、東棟の階段に向かった。
隠密班達と少しの距離を開けて、椿達援護班も廊下を進む。
エルフィリアが東棟へと曲がる角で壁に張り付くようにして、東の廊下を確認しているのが見える。ゆっくりと近付いてゆきながら椿の『第六感』が、背後で静かに開く扉の気配を感じ取った。
西側にあった部屋から、2人の敵が飛び出してくる。
「来たわ」
伝え波動弾を避けた椿の背後で、AAAの隊員が貫通する弾を受ける。椿の隣では、獣の如く振るわれた一撃を、隊員が避けきれずにいた。
背後を確認すれば、東棟に飛び出したエルフィリアが『香仇花』で敵達を弱らせている。続き久作が、『地烈』で連続攻撃を仕掛けていた。
2人には、火柱が上がる。
更に久作を貫いた薄氷は、その後ろに位置する隊員と後衛の三十三をも貫く。
AAAの隊員2人へと「お願いね」とその場を任せた椿は、2人の隊員と共に隠密班の元へと駆けた。
神秘の力で造りあげた椿の水竜が、敵達を襲う。避けた隔者の動きを封じるように、AAAの隊員達が攻撃を仕掛けていた。
「今のうちに」
椿の言葉に頷いて、隠密班達は先を急ぐ。敵の足止めをしてくれる隊員達と隔者の間をすり抜けるようにして、その場を後にした。
攻撃を受けた少女に「大丈夫? 結鹿ちゃん」と桃色の瞳が振り返る。
「はい、大丈夫です」
気丈に答える結鹿が押さえる肩口からはしかし、血が滲み刃を伝い落ちていた。すぐさま奏空は、『癒しの滴』で結鹿を癒す。
礼を伝えた結鹿が、蒼龍で素早き突きを敵達にあびせる。続いた浅葱が、目にも止まらぬスピードでナックルをはめた拳を繰り出していた。
15名いる陽動班とは言え、敵の数はそれを上回る。隔者達の攻撃に、縁が『演舞・舞衣』で仲間達の状態異常の回復を優先していた。
敵の1人が放った水礫が、H.S.の1人を貫く。「うっ」と呻き倒れた部下に、吉野枢が目を剥いた。
それは他の仲間達も同じらしく、1人へと攻撃を集中させる。
倒れた敵から、枢は照準を外さない。その前には浅葱が立ち、射線を遮った。
「ふっ、勢い余るのはダメですよっ。何事も冷静さが必要ですからねっ!」
一瞬きつく少女を見下ろした枢は、銃口を上げる。
「もしかしたら聞き出せる情報があるかもしれません」
続いた結鹿の言葉に僅かに銃口が揺れ、浅葱のすぐ横を弾が飛ぶ。背後の隔者を撃った。
「判っている」
低い声が、2人へと返っていた。
●
階段を上がった隠密班達は、東棟2階の廊下には誰も居ない事を確認する。
南棟を覗くと、7人の隔者達の姿。
彼等に気付かれず廊下を横切り部屋に入るのは難しい。そして、敵襲に気付きながらもこの場所から離れぬ隔者達が、少なくとも7人居るという事だ。
この廊下にある6つの部屋。そのどれかに永久が居るに違いないと思えた。
敵に気付かれずに透視出来る手前の2つの部屋には誰も居ないと、三十三が手振りで伝える。
覚者達は頷き合い、エルフィリアと久作、刹那が同時に飛び出した。
エルフィリアはそのまま誰も居ないという部屋へと物質透過で入り込む。
隔者の1人が拳に炎を纏い、久作へと叩き込んでくる。足をふんばり続く複数の攻撃を耐えた久作は、ギリギリまで敵達を惹き付け地烈を放った。刹那の水竜が、同じ敵達を狙う。
久作へと『癒しの滴』を施した三十三へは雷が落とされ、高圧縮された空気が打ち込まれた。
膝を折り倒れ込んだ三十三は、命数を使い立ち上がる。
「倒れる訳にはいきません」
三十三の言葉に、「その通りよね」と言葉が返る。数人の隔者達が、エルフィリアのその声に驚き振り返った。
入った部屋の隣の部屋から壁をすり抜け出てきていたエルフィリアは、敵達が動くよりも早く危険植物の毒を流し込む。
「私達もいるわ」
三十三の隣には合流した椿と、後ろには3人のAAA隊員が立っていた。
久作の放つ地烈に2人の隔者達が倒れ、敵の発生させた雷雲が三十三と椿に落とされる。弱る三十三を椿の『潤しの滴』が癒すが、容赦なく三十三へと種が付着された。鋭い棘が、身を裂く。次の攻撃には耐えられないと判断した三十三は、窓を破り退避した。
「逃がすな!」
B.O.T.にエアブリット、水礫、
敵達の攻撃が、飛行した三十三へと集中していた。
槍の如く隆起した床が、下から縁を貫く。耐えきれず床へと伏した縁が、命数を使い立ち上がった。
(永久さんを守る為にも、一緒に居るであろうルファ司祭と会う為にも、何としても彼等の許に向かわねばなりません……)
『癒力活性』で仲間達を癒す浅葱が、H.S.とAAAの隊員達へと伝える。
「無理しないように、倒れそうなら下がるんですよっ! でも、目の届く範囲にいるのは絶対ですよっ」
彼等を含む仲間達皆、倒れる前に回復したい。
そう願う浅葱であったが、この厳しい戦いの中、全てが叶わぬ事も知っている。己が無理をし過ぎれば、本末転倒である事も。
だが既に、AAAが1人、H.S.が2人、倒れている。
これ以上、誰も倒れずにいて欲しかった。
突如戦場に届いたのは、硝子の割れる音。
振り返った隔者達が、一瞬視線を交わし合う。そして弾かれるように、駆け出した。
「璃架ッ!」
まるで、心配しているかのような叫び声。
結鹿が放った『氷巖華』は、遠ざかる敵達の1人にしか当たらなかった。
一瞬遅れて、覚者達も駆け出す。そうして奏空は、『送受心・改』で仲間達へと知らせていた。
(「敵がそちらへ向かいました。数は、16名です」)
受心したその声に、椿は振り返る。階段を駆け上がって来る音にAAA隊員達も身構えた。
怒涛の如く、戦場へとなだれ込んで来た隔者達。
椿はAAA隊員達と共に、敵のそれ以上の進行を防ごうとした。
「どけッ!」
薙ぎ払うように、繰り出される攻撃達。
更に2人のAAA隊員が倒れ、椿も敵の攻撃に床へと崩れ落ちた。
しかしすぐさま、命数を使い立ち上がる。
――苦しい戦いは、覚悟の上。
「私は、負けない」
僅かに遅れ現場に着いた陽動班の者達が、攻撃に加わる。椿と縁は仲間達の回復を優先し、奏空と浅葱は攻撃に専念した。
受けた攻撃に片膝を付きながらもまだあがこうとする隔者へは、結鹿の切っ先が鼻先へと突きつけられる。
「すでに勝敗は決しました、どうか降伏してください」
しかしそんな結鹿へは、他の隔者達の攻撃が集中した。
しなり打ち付けてくる蔓。怒りそのままのような炎纏いし刃が、背に突き刺さる。
倒れた結鹿に、地面が槍の如く隆起した。
更に続いたエアブリットは、枢が庇い受ける。これ以上の傷を結鹿に負わせぬよう前に立った男は、振り返らずに言葉を発した。
「さっき、止めてもらったからな。……だがそのやさしさが、命取りになる場合もあると、憶えておくんだな」
枢の言葉と共に、H.S.達が隔者を一斉攻撃する。
「先を、お急ぎ下さい」
地烈で眼前の敵達を攻撃しながら、久作がエルフィリアへと告げた。
「ハイランド様の守護使役であれば、ルファ神父の匂いをかぎわけられましょう」
頷き礼を伝え、エルフィリアは仲間の力を借り敵を抜ける。憶えのある匂いがする部屋の扉をすり抜け、中へと入った。
●
まず目についたのは、蒼白い顔でベッドに横たわる少女の姿。続き、その傍らに立つ男。
永久だろう少女の様子に目を剥いたエルフィリアは、真っ直ぐと男を見据えた。
「辿り着いたわよ。ルファ神父」
その言葉に笑んだ癒雫が、『声域拡張』を発動する。
「導師達に告ぐ。クイーンは落ちた。我々の負けです、皆逃げなさい。繰り返す――」
終戦を告げる、声が響いていた。
●
逃げ出した敵達は追わず、久作が『ピッキングマン』で扉を開錠する。
開け放たれた扉に真っ先に駆け込んだのは、刹那。
「永久!」
一瞬足を止めた刹那に気付かれぬよう、久作が永久の傍へと立った。密かにずっと警戒していたのは灰音の動き。そして今は、神父の動きも含まれる。いつでも永久をガード出来る位置を、そっと確保した。
「き、さま……」
食いしばるように、刹那から吐き出された言葉。そして青年は、床を蹴った。
刹那が狙ったのは永久ではなく、ルファ。ナイフが狙いを定め、瞬時にその腹部を貫いていた。
「すみません。私の癒しでは、永久さんを回復出来ない」
何度癒しても衰弱するスピードに追いつかないと、ルファが掠れた声で発する。ズルリと崩れ、司祭は床へと両膝を付いた。
(永久様の未知の力は、恐らく之までの謎を解く鍵となるでしょう)
弱々しい呼吸を繰り返す永久を見下ろして、久作は魂の力を使う。
狙ったのは、永久の体力と状態の回復。
久作が命すらも賭けたその力は、少女を見えぬ光で包み込む。力強き命の灯の如く透き通ったその光は、純白の光となり馴染むように永久の体へと沈んでいった。
少女が、ゆっくりと目を開ける。苦しくない呼吸を確かめるように咽喉へと手を遣って、そばに立つ兄を見上げた。
「……お兄ちゃん?」
刹那は驚き、ナイフが床へと落ちる。
上体を起こした妹を、両手で強く抱きしめる。妹を胸に抱きながら久作へと視線を向け、「ありがとう」と震える声で礼を伝えた。
怪我を負ったAAAの隊員とH.S.の者達へと、浅葱は回復を行っていく。回復では追いつかない者達には、出来る範囲での手当てをしていった。
一緒に回っていた枢が、浅葱を手伝いながら礼を伝える。
「帰るまでが共同作戦ですよっ」
部下を心配する枢の姿に「大丈夫ですっ」と背を叩いた浅葱が笑顔を浮かべた。
微かに耳に聞こえる声に、三十三は目を開ける。
落下した時に、サングラスはどこかにいってしまったのか、どうにも光が眩しい。
「大丈夫ですか? 救護班を今手配していますから」
心配そうに覗き込む、複数のAAA隊員達。それには「大丈夫です」と僅かに口角を上げた。
「ああ、空が、綺麗だな……」
空の色を映したようなアイスブルーの瞳を緩ませてから、三十三は再びゆっくりと瞼を閉じた。
「ルファさん……」
駆け寄った椿が、男の傍らに膝を付く。『潤しの滴』を注ぎながら「大丈夫?」と顔を覗き込んだ。
「あなた方こそ、酷い怪我です」
無理はしないでね、と続いた椿の言葉には、「そのままお返ししますよ」と微笑を浮かべる。
「刹那さん、よかったわね」
振り返り伝えた椿に頷いた刹那は、奏空に支えられるようにして部屋へと入ってきた結鹿に視線を向けた。
ベッドの隅へと腰かけた結鹿が、「よかったですね」と顔を綻ばせる。
ありがとうと微笑んだ少女と手を取り合い、喜び合った。
「ルファ司祭……そろそろ真相を教えてください」
力になりたいと伝えた奏空に、男は椿の手を借りて立ち上がる。
「貴方は交霊術をお持ちですか? ……聞こえると言っていた『声』は、本当に盞花さんの声ですか?」
縁の問いに男は微笑を浮かべ、覚者達を見回した。
「あなた方になら、お話し出来ます。私の狙いと、私の知る聖羅がたてた『計画』を」

■あとがき■
お待たせを致しました。ご参加有難うございました。
MVPは、永久が鍵と考え、魂を賭けてまで回復を重視なされた久作さんに。
刹那の怒りもおさまる事となり、ルファと話す時間の確保も可能となりました。
結果、謎の多くが解明される事になると思います。
永久の救出成功は、皆様全員のお力でございました。死亡者が出なかったのも同様です。
お疲れ様でした。まずはお体をお安め下さい。
最終回は、近々出す予定にしております。またご縁がございましたら、幸いです。
MVPは、永久が鍵と考え、魂を賭けてまで回復を重視なされた久作さんに。
刹那の怒りもおさまる事となり、ルファと話す時間の確保も可能となりました。
結果、謎の多くが解明される事になると思います。
永久の救出成功は、皆様全員のお力でございました。死亡者が出なかったのも同様です。
お疲れ様でした。まずはお体をお安め下さい。
最終回は、近々出す予定にしております。またご縁がございましたら、幸いです。
