迎えに
町の外れ、閉鎖された研究所。
フェンスはところどころ破れ、立ち入り禁止の札は落ちてしまっている。
伸び放題の雑草が、時間の経過を感じさせた。
放置された施設内に、人影がぽつり。
研究所の外壁に寄りかかるように、立っていた。
白衣を纏った、髪の長い女性。
彼女はときどきこの場所で、待っていた。
今まで誰も気づかなかっただけで、誰も通らない雨の日はいつも、そこにいたのだ。
けれど、この日はたまたま、見つかってしまった。
「誰か、いるのか……?」
たまたま家に妻の友人が遊びに来ることになって、雨だというのに家を追い出されてしまった、冴えない中年男性。
これといった趣味もなく、無駄遣いできる小遣いもなく、仕方なく散歩していた。
あまり町の中を歩いたこともなかったが、特に知らない外れのほうへ、足を運んでしまった。
そしてそこに、人影を見つけてしまった。
この雨の中、立ち往生しているのかと、フェンスの向こうへ足を踏み入れた。
――あなたじゃない。
突風が吹き、男性を吹き飛ばす。
雨が刺し、風が斬る。
彼はもう、逃げられない。
「――以上が、私が見た夢です」
集まった覚者たちに、『夢見』である久方真由美がその内容を告げていた。
静かな声で、悲し気な顔で語られる夢に、覚者たちも静かに耳を傾ける。
「どうやら、研究員と思われる女性の地縛霊が、妖になってしまっているようです。雨の日にのみ出現し、近づく人を雨や風を操って攻撃するようです。……操る、という表現は適切ではないかもしれませんね。風や雨は、彼女の拒絶に共鳴しているように感じられます」
現場となる研究施設は何十年も前に火災で焼け落ち、化学薬品等を取り扱っていたことから、広範囲で立ち入り禁止となったようだ。
現在は時間の経過により立ち入り禁止は解除されているものの、周囲に何もないこととその不気味さ故、近づく者はないという。
彼女が誰で、誰を待っているのか、現時点ではわかっていないが、被害が出る前に倒さなくてはならない。
「皆さんは、男性より早く現場に行っていただき、男性が来る前に討伐を完了してください」
戦闘が長引けば、男性がやってきて巻き込まれてしまうとのことだ。
また、男性に事前に声をかけてしまうと、夢が変化し別の誰かが犠牲になる可能性があるという。
「彼女は、その誰かに会いたいだけなのだと思います。他の誰かを傷つけてしまう前に、倒してあげてください」
フェンスはところどころ破れ、立ち入り禁止の札は落ちてしまっている。
伸び放題の雑草が、時間の経過を感じさせた。
放置された施設内に、人影がぽつり。
研究所の外壁に寄りかかるように、立っていた。
白衣を纏った、髪の長い女性。
彼女はときどきこの場所で、待っていた。
今まで誰も気づかなかっただけで、誰も通らない雨の日はいつも、そこにいたのだ。
けれど、この日はたまたま、見つかってしまった。
「誰か、いるのか……?」
たまたま家に妻の友人が遊びに来ることになって、雨だというのに家を追い出されてしまった、冴えない中年男性。
これといった趣味もなく、無駄遣いできる小遣いもなく、仕方なく散歩していた。
あまり町の中を歩いたこともなかったが、特に知らない外れのほうへ、足を運んでしまった。
そしてそこに、人影を見つけてしまった。
この雨の中、立ち往生しているのかと、フェンスの向こうへ足を踏み入れた。
――あなたじゃない。
突風が吹き、男性を吹き飛ばす。
雨が刺し、風が斬る。
彼はもう、逃げられない。
「――以上が、私が見た夢です」
集まった覚者たちに、『夢見』である久方真由美がその内容を告げていた。
静かな声で、悲し気な顔で語られる夢に、覚者たちも静かに耳を傾ける。
「どうやら、研究員と思われる女性の地縛霊が、妖になってしまっているようです。雨の日にのみ出現し、近づく人を雨や風を操って攻撃するようです。……操る、という表現は適切ではないかもしれませんね。風や雨は、彼女の拒絶に共鳴しているように感じられます」
現場となる研究施設は何十年も前に火災で焼け落ち、化学薬品等を取り扱っていたことから、広範囲で立ち入り禁止となったようだ。
現在は時間の経過により立ち入り禁止は解除されているものの、周囲に何もないこととその不気味さ故、近づく者はないという。
彼女が誰で、誰を待っているのか、現時点ではわかっていないが、被害が出る前に倒さなくてはならない。
「皆さんは、男性より早く現場に行っていただき、男性が来る前に討伐を完了してください」
戦闘が長引けば、男性がやってきて巻き込まれてしまうとのことだ。
また、男性に事前に声をかけてしまうと、夢が変化し別の誰かが犠牲になる可能性があるという。
「彼女は、その誰かに会いたいだけなのだと思います。他の誰かを傷つけてしまう前に、倒してあげてください」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.全ての妖の撃破
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
この度新規でSTとなりました、破闇暁(はやみあきら)と申します。
初依頼で至らない点もあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いします。
●敵情報
研究員:心霊系(ランク2)1体
女性の地縛霊です。
殺意ではなく拒絶の本能で動いており、彼女自身は攻撃してきません。
知能は低く、説得等は無意味です。
『拒絶』味単強化(特攻)
『声なき慟哭』味単強化(物攻)
雨:自然系(ランク1)2体
研究員に共鳴するように暴れます。
『針雨』物遠列。針のように鋭い雨を、勢いよく降らせます。
風:自然系(ランク1)2体
研究員に共鳴するように暴れ、彼女を守るように動きます。
『突風』特近単。突風を発生させ、相手にぶつけます。
『かまいたち』特遠単+出血。高速で風を起こし、相手を斬り付けます。
●現場情報/戦闘時の状況
とある町はずれの、フェンスに囲まれた旧研究所施設内です。
敷地内外ともに、中年男性以外の一般人は近寄らないので、対策は不要です。
フェンスと建物の間には十分な距離があり、問題なく戦えます。
研究員は建物を背にしています。回り込むことはできません。
敷地内は草が伸びていますが、通常の行動には支障ありません。
当日は雨ですが、通常の行動に支障はありません。
戦闘は日中で、明るさは問題ありません。
普通に戦闘していれば男性が来る前に倒せますので時間制限は設けません。
敵はいずれもさほど強くなく、特殊な仕様もありませんので、お気軽にご参加いただければと思います。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/8
6/8
公開日
2016年09月04日
2016年09月04日
■メイン参加者 6人■

●待っている
町の外れ、錆びたフェンスが見える。
天気の悪さも相まって、いかにも何か出そうな、不気味な雰囲気を醸し出していた。
研究所の前は舗装されていない道が1本通っているが、舗装路で迂回できるため、利用者はいないようだ。
その道を辿って、覚者たちは現場へ向かう。
「何があったのか、誰を待っていたのか、もう本人に聞くことはできないけれど、放っておいていいとは、思えないから」
「うん。可哀想だけど、悲しいけど、悪霊としてずっと居続けるのはもっと悲しいから……」
宮神 羽琉(CL2001381)の言葉に頷いて、『ホワイトガーベラ』明石 ミュエル(CL2000172)もその想いを零す。
せめて誰かを傷つけてしまう前に、倒してやるのが女性のためであると。
「……待ってても、来ないと思います。だって――」
彼女たちの会話を後ろで聞きながら、大辻・想良(CL2001476)がぽつり呟くその声は、雨の音にかき消された。
錆びて破れたフェンス、奥にはボロボロの建物がひとつ。
周囲を見回すと、本当に何もないのがわかる。
雑草の絨毯の向こう、建物の外壁に寄りかかるように立っている女性の影。
「あれ、だね」
ミュエルの言葉に、全員がその存在を確認し、頷く。
「敵が見えているのなら……男性が近寄らないよう、【ていさつ】をお願いします」
想良の指示を受け、守護使役の天が高く飛び上がった。
「分かってる。待ち人は俺達じゃないって。でも――。……行こうか」
『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)が持参した傘を握りしめて、笑顔を作る。
フェンスの開閉部を引いて、落ちている立ち入り禁止の札を跨いで、敷地に足を踏み入れる。
「ごめんなさい。私も、あなたが望む人じゃありませんよね。あなたが誰を待ち焦がれているのか……」
「私の力で、その方を見つけて差し上げられたら、いいのですが……」
女性を見据えて、『ハルモニアの幻想旗衛』守衛野 鈴鳴(CL2000222)が話しかける。言葉がもう届かないとわかっていても、声を掛けずにはいられなかった。
賀茂 たまき(CL2000994)もその想いは同じ。ひとりの陰陽師として、自身の力で待ち人と引き合わせてあげられれば、と。
「迎えに来たよ。貴女の逝くべき所へ送る為に」
ゆっくりと近づいた奏空が笑顔を向けて、傘を差し出した。
『――!』
途端、強い風と雨が覚者たちを襲った。
それらは妖として、覚者たちの前に具現化する。
雨は空をシャボン玉に閉じ込めたような球体に、風は小さな竜巻のような形状となった。
「ライライさん!」
それを合図に、奏空が頭上で待機していた守護使役のライライさんへ傘を投げ渡し、双刀を構える。
他の覚者たちも、武器を構え、配置に着いた。
●戦闘開始
「さあ、行くよ!」
中列の奏空が両の刀を空に掲げる。
ピリピリと電気を纏うそれを振り下ろすと、閃光と共に獣の咆哮のような轟音が空気を震わせた。
2匹の雷獣が戦場を駆け抜け、雨を捉える。
雷獣たちは正面の雨を引き裂いて、もう一方に飛びかかる。
そんな雷獣たちを発動者ごと切り裂くように、刃のような風が奏空を襲う。
それを追うように巻き起こる突風がたまきを襲い、雨が針のように前衛の2人を刺した。
「僕だって……!」
後方で、羽琉が動きを見せる。
矢を番え、弦を引く。といっても、実際に弓矢を手にしているわけではなく、気持ちを落ち着かせ集中するための、まじないのようなものだ。
敵を見据え、矢を放つ。ような動作をすれば、雷獣が威嚇するように雨に飛びかかった。
攻撃も大事だが、防御や回復も忘れない。
たまきが想良を守るように紫鋼塞を張り、鈴鳴は深想水で奏空の出血を止める。
「少し、我慢してね。早く、終わらせたいから……」
ミュエルは他のメンバーが雨や風と戦っている隙に、女性を狙う。
棘散舞で自由を奪い、敵の強化を防ごうというもの。
女性は蔓に巻かれ、自由を奪われる。
想良も、奏空や羽琉に倣い、前衛の雨に向けて召雷する。
倒しきることはできなかったが、確実にダメージを重ねていく。
雨は痺れが効いているのか、動く気配がない。
『――!』
女性の周囲の空気が覚者たちを拒絶するように渦を巻き、風と同化した。
先ほどより、やや回転速度が上がったように感じられる。
「これで倒しきれるといいんだけど……!」
再び雷鳴が轟き、雷獣が姿を現す。
2つの球体は切り裂かれ、ただの水たまりになった。
気付けば、不思議な香りが漂っていた。
その正体はミュエルの仇華浸香。
妖とはいえ、風がにおいを感じるのか、疑問が残るところではあるが、効いているのだろう。
心なしか、少し小さくなったように見える。
まるで嫌がるように、香を吹き飛ばそうとするかのように、ミュエルを突風が襲った。
先ほどと同じように、弓矢を構える動作をした羽琉は、やはり先ほどと同じく、雷獣を放つ。
それを切り刻むように、空気が刃と化して羽琉を目指す。
「間に合って……!」
刃が当たる直前、たまきの紫鋼塞が羽琉を包み、その一部を弾き返すことに成功した。
「続きます!」
風の刃が消え切らぬうちに、鈴鳴が小さな氷塊を生み出し、飛ばす。
風を貫き、女性にもダメージを与える。
「わたしも……」
想良も合わせるように、倒しきれなかった風目がけて召雷する。
1体は残ってしまったが、氷に貫かれたほうは、霧散した。
『……!』
辺りの空気が重くなった、ような気がする。
声なき慟哭に呼応するように、弱まっていた最後の風が、回転を強める。
「誰かが迎えに来てくれるのをずっと……今も、待っているのかな……」
もう壁はないようなもの。
今なら声が届くと信じて。
「想い人でしょうか? ご家族の方でしょうか? お子様だったとしたら、会わせてあげられるかもしれません」
恋人とふたり、手を取って。
奏空とたまきは語りかける。
「アタシたちが、あなたを成仏させるから……。邪魔はさせません」
ミュエルは武器を構えたまま。
彼女の超直観は隙を突こうとする僅かな風の動きを見逃さなかった。
エアブリットを叩き込み、霧散させる。
「会わせて、あげられるかは、わからないけど……せめて、その声を、その涙を、忘れずにいたいと思う」
羽琉は終わらせる覚悟を決めて、真っ直ぐに女性を見据え、エアブリットを放つ。
ピリピリとした空気が周囲を覆い、そして元に戻る。
女性はもう、妖ではなくなった。
終わった。
倒しきれなければ、と構えていた想良も、武器を下ろす。
●会えると信じて
戦闘後、覚者たちは女性について、それぞれの技能を駆使して調べてみることにした。
「ではわたしは、ここで被害者の男性が無事に通過するのを確認しておきます。もう、心配することはないとは思いますけど」
想良は言って、フェンスの外に移動すると、ステルスを発動し身を隠した。
「あなたたちの記憶、見せて」
ミュエルは木の心を使って雑草の記憶を辿る。
女性は雨の日にだけ現れ、ずっと、軒下で待っていた。
1週間の記憶でわかったのはそれだけだった。
「じゃあちょっと、行ってくるね」
羽琉は現場を瞬間記憶し、事故当時の記録を探すことにした。知ったところで何も変わらないかもしれないけれど、自分を納得させたくて。
向かったのは、町の図書館。この地域の新聞から事件の記事を探すつもりだった。が、事故そのものがかなり古く、インターネットで探したほうが早い、という結論に至る。
研究所の名前で調べると、事故のあった年と日付はすぐにわかった。
その日から数日の記事を調べるため、当該日の新聞を、片っ端からめくっていく。
「たまきちゃん」
「はい」
奏空とたまきは手を取り合い、交霊術を試みる。
渦巻く怒りと悲しみの奔流を掻き分けて、
――お兄ちゃん、遅いな……。
『研究所で火災 化学薬品に引火か』
そんな見出しの記事が見つかった。
当時研究所に残っていた職員は全員が犠牲となり、また建物も全焼の上、早急に立入禁止とされたため十分な調査はできず、何が起こったのか、詳細は謎のままとなった。
また、元々人通りのない場所であったため、外部での目撃情報も1件しか出なかったのだという。
『妹が、あの研究所で働いていて、雨の日はいつも、僕が迎えに行っていたんです。あの日も雨が降っていたから、研究所に向かっていたんです。居眠りしてしまって、いつもより遅くなってしまって、走ってました。そしたら、黒煙が見えて、炎と熱気が……。僕は、動けなくなってしまって……。もっと早く、いつもの時間に行けていれば……僕のせいで、優子は……』
「待っていたのはお兄ちゃん、か……。今はどこにいるんだろう?」
疑問と共に向けられた奏空の視線に、羽琉は首を振る。
当時の住所は掴めたが、現在は空き地になっていた。
「近所の方の話だと、事故の後引っ越して行ったみたいで、引っ越し先はわからなかった」
これ以上の情報は得られそうにないと判断し、調査は終了となった。
ミュエルと鈴鳴は持参した花を、
「せめて、安らかに……。いつか、天国で……お兄さんに、会えますように……」
「どうか……あなたに穏やかな眠りが訪れますように……」
奏空は傘を、
「俺じゃ、お兄さんの代わりにはなれないけど……」
それぞれ軒下にそっと置いて、
「お兄様をお連れできなくて、申し訳ありません……」
(できるなら、会わせて、あげたかった……)
たまきと羽琉も加わり、5人は黙祷を捧げた。
フェンスの外で空を見上げていた想良が、こちらへ向かってくる男性の姿に気付く。
男性は5人を不思議そうに眺めて、周囲にも道の先にも何もないことがわかるとため息を吐きながら、来た道を戻って行った。
その後、黙祷を終えた覚者たちも敷地から出てくる。
(妖は、許せないけど――)
想良もその場で少しだけ目を閉じて、祈りを捧げる。
それから、皆の後について歩き出す。
町の外れ、錆びたフェンスが見える。
天気の悪さも相まって、いかにも何か出そうな、不気味な雰囲気を醸し出していた。
研究所の前は舗装されていない道が1本通っているが、舗装路で迂回できるため、利用者はいないようだ。
その道を辿って、覚者たちは現場へ向かう。
「何があったのか、誰を待っていたのか、もう本人に聞くことはできないけれど、放っておいていいとは、思えないから」
「うん。可哀想だけど、悲しいけど、悪霊としてずっと居続けるのはもっと悲しいから……」
宮神 羽琉(CL2001381)の言葉に頷いて、『ホワイトガーベラ』明石 ミュエル(CL2000172)もその想いを零す。
せめて誰かを傷つけてしまう前に、倒してやるのが女性のためであると。
「……待ってても、来ないと思います。だって――」
彼女たちの会話を後ろで聞きながら、大辻・想良(CL2001476)がぽつり呟くその声は、雨の音にかき消された。
錆びて破れたフェンス、奥にはボロボロの建物がひとつ。
周囲を見回すと、本当に何もないのがわかる。
雑草の絨毯の向こう、建物の外壁に寄りかかるように立っている女性の影。
「あれ、だね」
ミュエルの言葉に、全員がその存在を確認し、頷く。
「敵が見えているのなら……男性が近寄らないよう、【ていさつ】をお願いします」
想良の指示を受け、守護使役の天が高く飛び上がった。
「分かってる。待ち人は俺達じゃないって。でも――。……行こうか」
『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)が持参した傘を握りしめて、笑顔を作る。
フェンスの開閉部を引いて、落ちている立ち入り禁止の札を跨いで、敷地に足を踏み入れる。
「ごめんなさい。私も、あなたが望む人じゃありませんよね。あなたが誰を待ち焦がれているのか……」
「私の力で、その方を見つけて差し上げられたら、いいのですが……」
女性を見据えて、『ハルモニアの幻想旗衛』守衛野 鈴鳴(CL2000222)が話しかける。言葉がもう届かないとわかっていても、声を掛けずにはいられなかった。
賀茂 たまき(CL2000994)もその想いは同じ。ひとりの陰陽師として、自身の力で待ち人と引き合わせてあげられれば、と。
「迎えに来たよ。貴女の逝くべき所へ送る為に」
ゆっくりと近づいた奏空が笑顔を向けて、傘を差し出した。
『――!』
途端、強い風と雨が覚者たちを襲った。
それらは妖として、覚者たちの前に具現化する。
雨は空をシャボン玉に閉じ込めたような球体に、風は小さな竜巻のような形状となった。
「ライライさん!」
それを合図に、奏空が頭上で待機していた守護使役のライライさんへ傘を投げ渡し、双刀を構える。
他の覚者たちも、武器を構え、配置に着いた。
●戦闘開始
「さあ、行くよ!」
中列の奏空が両の刀を空に掲げる。
ピリピリと電気を纏うそれを振り下ろすと、閃光と共に獣の咆哮のような轟音が空気を震わせた。
2匹の雷獣が戦場を駆け抜け、雨を捉える。
雷獣たちは正面の雨を引き裂いて、もう一方に飛びかかる。
そんな雷獣たちを発動者ごと切り裂くように、刃のような風が奏空を襲う。
それを追うように巻き起こる突風がたまきを襲い、雨が針のように前衛の2人を刺した。
「僕だって……!」
後方で、羽琉が動きを見せる。
矢を番え、弦を引く。といっても、実際に弓矢を手にしているわけではなく、気持ちを落ち着かせ集中するための、まじないのようなものだ。
敵を見据え、矢を放つ。ような動作をすれば、雷獣が威嚇するように雨に飛びかかった。
攻撃も大事だが、防御や回復も忘れない。
たまきが想良を守るように紫鋼塞を張り、鈴鳴は深想水で奏空の出血を止める。
「少し、我慢してね。早く、終わらせたいから……」
ミュエルは他のメンバーが雨や風と戦っている隙に、女性を狙う。
棘散舞で自由を奪い、敵の強化を防ごうというもの。
女性は蔓に巻かれ、自由を奪われる。
想良も、奏空や羽琉に倣い、前衛の雨に向けて召雷する。
倒しきることはできなかったが、確実にダメージを重ねていく。
雨は痺れが効いているのか、動く気配がない。
『――!』
女性の周囲の空気が覚者たちを拒絶するように渦を巻き、風と同化した。
先ほどより、やや回転速度が上がったように感じられる。
「これで倒しきれるといいんだけど……!」
再び雷鳴が轟き、雷獣が姿を現す。
2つの球体は切り裂かれ、ただの水たまりになった。
気付けば、不思議な香りが漂っていた。
その正体はミュエルの仇華浸香。
妖とはいえ、風がにおいを感じるのか、疑問が残るところではあるが、効いているのだろう。
心なしか、少し小さくなったように見える。
まるで嫌がるように、香を吹き飛ばそうとするかのように、ミュエルを突風が襲った。
先ほどと同じように、弓矢を構える動作をした羽琉は、やはり先ほどと同じく、雷獣を放つ。
それを切り刻むように、空気が刃と化して羽琉を目指す。
「間に合って……!」
刃が当たる直前、たまきの紫鋼塞が羽琉を包み、その一部を弾き返すことに成功した。
「続きます!」
風の刃が消え切らぬうちに、鈴鳴が小さな氷塊を生み出し、飛ばす。
風を貫き、女性にもダメージを与える。
「わたしも……」
想良も合わせるように、倒しきれなかった風目がけて召雷する。
1体は残ってしまったが、氷に貫かれたほうは、霧散した。
『……!』
辺りの空気が重くなった、ような気がする。
声なき慟哭に呼応するように、弱まっていた最後の風が、回転を強める。
「誰かが迎えに来てくれるのをずっと……今も、待っているのかな……」
もう壁はないようなもの。
今なら声が届くと信じて。
「想い人でしょうか? ご家族の方でしょうか? お子様だったとしたら、会わせてあげられるかもしれません」
恋人とふたり、手を取って。
奏空とたまきは語りかける。
「アタシたちが、あなたを成仏させるから……。邪魔はさせません」
ミュエルは武器を構えたまま。
彼女の超直観は隙を突こうとする僅かな風の動きを見逃さなかった。
エアブリットを叩き込み、霧散させる。
「会わせて、あげられるかは、わからないけど……せめて、その声を、その涙を、忘れずにいたいと思う」
羽琉は終わらせる覚悟を決めて、真っ直ぐに女性を見据え、エアブリットを放つ。
ピリピリとした空気が周囲を覆い、そして元に戻る。
女性はもう、妖ではなくなった。
終わった。
倒しきれなければ、と構えていた想良も、武器を下ろす。
●会えると信じて
戦闘後、覚者たちは女性について、それぞれの技能を駆使して調べてみることにした。
「ではわたしは、ここで被害者の男性が無事に通過するのを確認しておきます。もう、心配することはないとは思いますけど」
想良は言って、フェンスの外に移動すると、ステルスを発動し身を隠した。
「あなたたちの記憶、見せて」
ミュエルは木の心を使って雑草の記憶を辿る。
女性は雨の日にだけ現れ、ずっと、軒下で待っていた。
1週間の記憶でわかったのはそれだけだった。
「じゃあちょっと、行ってくるね」
羽琉は現場を瞬間記憶し、事故当時の記録を探すことにした。知ったところで何も変わらないかもしれないけれど、自分を納得させたくて。
向かったのは、町の図書館。この地域の新聞から事件の記事を探すつもりだった。が、事故そのものがかなり古く、インターネットで探したほうが早い、という結論に至る。
研究所の名前で調べると、事故のあった年と日付はすぐにわかった。
その日から数日の記事を調べるため、当該日の新聞を、片っ端からめくっていく。
「たまきちゃん」
「はい」
奏空とたまきは手を取り合い、交霊術を試みる。
渦巻く怒りと悲しみの奔流を掻き分けて、
――お兄ちゃん、遅いな……。
『研究所で火災 化学薬品に引火か』
そんな見出しの記事が見つかった。
当時研究所に残っていた職員は全員が犠牲となり、また建物も全焼の上、早急に立入禁止とされたため十分な調査はできず、何が起こったのか、詳細は謎のままとなった。
また、元々人通りのない場所であったため、外部での目撃情報も1件しか出なかったのだという。
『妹が、あの研究所で働いていて、雨の日はいつも、僕が迎えに行っていたんです。あの日も雨が降っていたから、研究所に向かっていたんです。居眠りしてしまって、いつもより遅くなってしまって、走ってました。そしたら、黒煙が見えて、炎と熱気が……。僕は、動けなくなってしまって……。もっと早く、いつもの時間に行けていれば……僕のせいで、優子は……』
「待っていたのはお兄ちゃん、か……。今はどこにいるんだろう?」
疑問と共に向けられた奏空の視線に、羽琉は首を振る。
当時の住所は掴めたが、現在は空き地になっていた。
「近所の方の話だと、事故の後引っ越して行ったみたいで、引っ越し先はわからなかった」
これ以上の情報は得られそうにないと判断し、調査は終了となった。
ミュエルと鈴鳴は持参した花を、
「せめて、安らかに……。いつか、天国で……お兄さんに、会えますように……」
「どうか……あなたに穏やかな眠りが訪れますように……」
奏空は傘を、
「俺じゃ、お兄さんの代わりにはなれないけど……」
それぞれ軒下にそっと置いて、
「お兄様をお連れできなくて、申し訳ありません……」
(できるなら、会わせて、あげたかった……)
たまきと羽琉も加わり、5人は黙祷を捧げた。
フェンスの外で空を見上げていた想良が、こちらへ向かってくる男性の姿に気付く。
男性は5人を不思議そうに眺めて、周囲にも道の先にも何もないことがわかるとため息を吐きながら、来た道を戻って行った。
その後、黙祷を終えた覚者たちも敷地から出てくる。
(妖は、許せないけど――)
想良もその場で少しだけ目を閉じて、祈りを捧げる。
それから、皆の後について歩き出す。
