≪友ヶ島騒乱≫古い蛇と新しい蛇
●
友ヶ島。
和歌山市加太から西に約6キロに位置し、瀬戸内海国立公園の一部で、地ノ島、虎島、神島、沖ノ島の4つの島からなる。第2次世界大戦中、旧日本軍の軍用地として使用された砲台跡など、さまざまな戦争の史跡が残る無人島だ。某アニメ映画の舞台に似ているということで、映画の封切り以降、島を訪れる観光客は年々増加の一途をたどっていた。
人が増えれば勢い問題も増える。
島を訪れたことがあるなら、岩場や海岸にペットボトルや菓子パンの袋、生ごみが無造作に捨てられていることにすぐ気づくだろう。驚くべきことに、バーベキューセットやテントまで放置されていることもあるらしい。
わざわざ谷間に捨てられるケースも多く、ボランティアのゴミ拾いも追いつかないほどだ。
捨てられたゴミの影響なのか、観光客のマナーの悪さが地場に悪影響を及ぼしたのか。
友ヶ島全域で、妖が群発し、訪れた人々に害をなし始めていた。
頭を痛めた和歌山県が、ファイヴに妖の討伐を依頼したのはそういう理由からだった。
●
「で、みんなに担当してもらいたいのは沖島にある深蛇池だ」
久方 相馬(nCL2000004)にしては珍しく、声が重い。
「あちこちに湧く妖を退治して、島をもとの姿に戻せば、あとはファイヴの貸し切りで楽しく遊べることになっている。頑張ってほしい」
ちっとも楽しくなさそうな調子で、相馬はガリガリと頭のうしろをかいた。
会議室に集まった覚者の一人に、何を隠しているのか、と問い詰められて溜息をつく。
「うん、ほかの場所と違ってさ……ちょっと気をつけなきゃなんないことがあるんだ。みんなは役行者小角っていう修験道の開祖、知っているか?」
椅子に座っていた覚者たちのうち、何人かが頷く。
「その役行者小角が、加太や淡路島の娘を丸呑みにしたり、海上の船を沈めてまわった飛龍『深蛇大王』を封じたところ、それが深蛇池だ。その古妖が眠る池で、巨大蛇の妖が人を襲って暴れている」
つまり、戦い方に気をつけないと役行者小角が張った封印結界を壊してしまう可能性があるということか。
「そういうこと。池の中央の浮芝に、『深蛇池』と刻した石碑が建っている。下に要石が埋まっているらしい。石碑を壊すと要石が露わになって、石が妖の発する妖気にさらされると……あとは言わなくてもわかるよな?」
石碑を守りながら、池に棲む妖を退治。これが相馬の気を重くしていた原因だった。
「池の周りにはヒトモトススキが多く茂り、視界は開けている。夜になると真っ暗だし、戦うなら昼がいいと思うぜ。巨大蛇は池に近づく人を無差別に襲っているらしいから、探したり、呼び出したりする必要はない」
妖・巨大蛇の詳細は配った資料を見てくれ、と相馬はいった。
「くれぐれも、くれぐれも! 『深蛇大王』を解き放たないようにな。じゃ、偽大蛇の退治を頼んだぜ」
友ヶ島。
和歌山市加太から西に約6キロに位置し、瀬戸内海国立公園の一部で、地ノ島、虎島、神島、沖ノ島の4つの島からなる。第2次世界大戦中、旧日本軍の軍用地として使用された砲台跡など、さまざまな戦争の史跡が残る無人島だ。某アニメ映画の舞台に似ているということで、映画の封切り以降、島を訪れる観光客は年々増加の一途をたどっていた。
人が増えれば勢い問題も増える。
島を訪れたことがあるなら、岩場や海岸にペットボトルや菓子パンの袋、生ごみが無造作に捨てられていることにすぐ気づくだろう。驚くべきことに、バーベキューセットやテントまで放置されていることもあるらしい。
わざわざ谷間に捨てられるケースも多く、ボランティアのゴミ拾いも追いつかないほどだ。
捨てられたゴミの影響なのか、観光客のマナーの悪さが地場に悪影響を及ぼしたのか。
友ヶ島全域で、妖が群発し、訪れた人々に害をなし始めていた。
頭を痛めた和歌山県が、ファイヴに妖の討伐を依頼したのはそういう理由からだった。
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「で、みんなに担当してもらいたいのは沖島にある深蛇池だ」
久方 相馬(nCL2000004)にしては珍しく、声が重い。
「あちこちに湧く妖を退治して、島をもとの姿に戻せば、あとはファイヴの貸し切りで楽しく遊べることになっている。頑張ってほしい」
ちっとも楽しくなさそうな調子で、相馬はガリガリと頭のうしろをかいた。
会議室に集まった覚者の一人に、何を隠しているのか、と問い詰められて溜息をつく。
「うん、ほかの場所と違ってさ……ちょっと気をつけなきゃなんないことがあるんだ。みんなは役行者小角っていう修験道の開祖、知っているか?」
椅子に座っていた覚者たちのうち、何人かが頷く。
「その役行者小角が、加太や淡路島の娘を丸呑みにしたり、海上の船を沈めてまわった飛龍『深蛇大王』を封じたところ、それが深蛇池だ。その古妖が眠る池で、巨大蛇の妖が人を襲って暴れている」
つまり、戦い方に気をつけないと役行者小角が張った封印結界を壊してしまう可能性があるということか。
「そういうこと。池の中央の浮芝に、『深蛇池』と刻した石碑が建っている。下に要石が埋まっているらしい。石碑を壊すと要石が露わになって、石が妖の発する妖気にさらされると……あとは言わなくてもわかるよな?」
石碑を守りながら、池に棲む妖を退治。これが相馬の気を重くしていた原因だった。
「池の周りにはヒトモトススキが多く茂り、視界は開けている。夜になると真っ暗だし、戦うなら昼がいいと思うぜ。巨大蛇は池に近づく人を無差別に襲っているらしいから、探したり、呼び出したりする必要はない」
妖・巨大蛇の詳細は配った資料を見てくれ、と相馬はいった。
「くれぐれも、くれぐれも! 『深蛇大王』を解き放たないようにな。じゃ、偽大蛇の退治を頼んだぜ」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖・巨大蛇を退治する
2.池中央の浮芝に建つ、『深蛇池』と刻した石碑を壊さない
3.ヒトモトススキを焼き払ったり、池周辺の景観を著しく損なわない
2.池中央の浮芝に建つ、『深蛇池』と刻した石碑を壊さない
3.ヒトモトススキを焼き払ったり、池周辺の景観を著しく損なわない
・沖島北部にある深蛇池
・昼 晴天 蒸し暑し
●妖・巨大蛇/ランク2
ゴミで穢れた水が妖化し、巨大蛇の姿をとりました。
池の水と同化して潜んでいますが、人が近づくと実体化、池から頭と体を出します。
体長18メートル、胴の太さ3メートル。
池の中央にある浮芝を真ん中に、とぐろを巻いています。
とてもタフです。
【噛みつき】……近単物、巨大な水牙で噛みつきます。
【ゴミの吐】……遠単物、口から池に捨てられたゴミを高速で吐き飛ばします。
【汚水の雨】……全物、汚れた池の水を降らせます。
※巨大蛇に水系の攻撃は一切効きません。無効です。
※池の水を浄化(BS解除)することで、間接的に巨大蛇にダメージを与えることができます。
●『深蛇池』と刻した石碑
池の中央にあり、とぐろを巻く妖・巨大蛇の体に埋もれています。
遠距離攻撃、全体攻撃を行うと、20パーセントの確率で石碑にもダメージが入ります。
壊れると古妖・飛龍『深蛇大王』が復活します。
●古妖・飛龍『深蛇大王』
その昔、役行者小角に「少彦名命の神剣」を持ってして池に封じられた古妖。
封印の際、「夜、笛を吹くときだけは出てきて良い」と約束を与えられているらしい。
リプレイには出てこない。出できたら大惨事……依頼失敗です。
●役行者小角
昔の偉い人。
リプレイには出てきません。
●STコメント
よろしければご参加ください。お待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年08月27日
2016年08月27日
■メイン参加者 8人■

●
波の音を微かに耳にしながら分岐地点より百メートルほど道をくだっていくと、『奉修葛城二十八宿巡峰行』と記された札が打ちつけられた木に出会う。そこを少し行った先が、役行者の大蛇封じで知られる深蛇池だ。
「あらん? まったく水がないのねん。ここは本当に池かしらん?」
閉じた扇子ででかい蚊をバシリ、パシリと叩き落としながら、『ドキドキお姉さん』魂行 輪廻(CL2000534)は、前方に広がる葦原を見回した。
「ここは葦の群生地だからな、池というよりも湿地というほうが正解だろう。……と、ちょっとそこをあけてくれ。写真を撮りたい」
「はいはい。仕事熱心なのねん♪」
輪廻は帯と着物の間に扇子を差し入れて、場所を譲った。
『ゴシップ探偵』風祭・誘輔(CL2001092)はバッグからカメラを取り出し、すっきりとした青色の空と風にそよぐ砂色の葦の風景を撮った。今回のことは『記事になればいいな』、という程度であったが、いざシャッターを切り始めた途端に記者魂が疼きだしたから困ったものだ。
しかし、肝心の妖が出ないことには依頼も遂行できないし、記事にもならない。
「おいどうした蛇野郎。びびって池の底でだんまりか? テメエの池を汚した人間様が憎くねーのか!」
誘輔は角度を変えてシャッターを切りながら、池に向けて罵声を浴びせた。
「もう少し先に行けば、池らしい場所に出るんじゃねえ? そこまでいけば蛇も出てくると思うぜ。ここもちょっと臭うけど、肝心のゴミが見えてねえしな……と、近くに人がいるぜ」
言いながら、『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)が耳に手を当てる。そんなことをしなくても、術で聴力が高まっているのだが、ついついやってしまうのが人というものなのだろうか。
木々の間に膨れたコンビニのビニール袋を手に葦をかき分けているカップルがいた。多少は気が引けているらしく、ゴミを葦の間に隠し捨てる気らしい。
「ちゃんとゴミを持ち帰らない不心得者がいっぱいいるから、古妖の蛇が封じられたややっこしい場所に妖の蛇が湧いたりするのよ。ごみを捨てる不届き者、成敗! なのよ」
『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)はスティックをくるりと回し覚醒した。
島がファイヴの貸し切りになるのは、島内の妖をすべて討伐した後のことだ。ゆえに、まだ島には一般の観光客がいる。和歌山県が加太の港で妖注意報を出しているらしいが、ゴミ捨て禁止の呼びかけと同じぐらい無視されていた。
「ちょっと待って。あの人たち、まだゴミを捨てていないわ」
『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)は飛鳥を引きとめた。
「池の妖を刺激しないように、そっと近づいて注意をするだけでいいと思うの」
「事前に止めたとしても罪の重さは変わらないのですよ……だいたい、見つからなきゃいいっていう考え方が気に入らないのです」
『偽弱者(はすらー)』橡・槐(CL2000732)も懲らしめる気満々だ。いや、相手はただの人なので当然、手加減はする……はず。
「あ、捨てた」
高みからカップルの行動を監視していた桂木・日那乃(CL2000941)が、ぽつりと言葉を落とす。
「ほらね」
槐の車いすを押しだした飛鳥に先んじて、『願いの翼』天野 澄香(CL2000194)が動いていた。
澄香はいきなり声をかけて怯えさせないようにマイナスイオンを発しながら、そそくさと立ち去ろうとしていたカップルの前に回って道をふさいだ。ぎくり、と体を強張らせ、足を止めたカップルに頬笑みながら話しかける。
「ゴミを置いて行かないで下さいね。またここに戻ってきたときに、変わらず美しい風景であるように……どうかご協力ねがいます」
「ゴミを持ち帰らないと大蛇にガブ、と丸呑みにされてしまうわよん♪」
いつの間にか、カップルの後ろに輪廻が立っていた。
振り返ったニキビ面の男に、葦のあいだに捨てられていたビニール袋をすっと差しだす。
「私達が気づいてよかったのねん、ゴミと一緒に男っぷりと命も落とすところだったのよん」
「ごみのポイ捨ては人としてだめです。学校で習いませんでしたか?」、と御菓子も言葉を添える。
誘輔がワザとシャッター音をたてて受け渡しの光景を写真に撮り始めた。
「これは美談になるぜ。記事の締めくくりにちょうどいい。心無い人々がいる一方で、ゴミを持ち帰る感心なカップルもいたってね。さあ、改心したらさっさとゴミを持って帰れ」
妖退治の邪魔だ、と誘輔が言おうとしたところへ、空から再び日那乃の声が落ちてきた。
「……もう遅い、かも」
黒くて臭い水の匂いが、その場に居合わせた者たち全員の鼻孔にするりと進入し、涙腺を噛んで涙を流させた。
さまざまなゴミが投げ入れられた池の水は表面に油を浮かべており、水の見えない場所からでも微かに異臭がかぎ取れたが、ここまでひどくはなかった。まるで底にたまったヘドロがぐちゃぐちゃにかき混ぜられて、浮かび上がってきたような――。
御菓子と槐が顔をあげる。
「思っていたよりも大きいですね」
「今回は壊れ物注意なのが面倒な処ですが、さっさと清掃してしまうのですよ」
緑と茶色を混ぜて濁らせた色の大蛇が、梢の上に頭を出していた。
●
「さがれ!」
枝を折りながら下がってきた大蛇の頭を、顎の真下に滑り込んだ一悟が炎を纏ったトンファーで叩き上げる。
衝撃が一直線に突き抜け、ひどい匂いと一緒に汚水を辺り一面にまき散らした。
(「……この妖と戦ったらまず間違いなくとても汚れるわよねん。ちょっとそれは嫌かしらねん」)
輪廻は带から扇子を引き抜くと、さっと開いて金色に霞む波を空に打った。同時に覚醒を果たす。
「ま、でもやらないといけないから仕方ないけどねん♪」
砕けたかに見えた大蛇の頭が再生し、ガッパリとあけ放った口の中に輪廻を頭から入れようと――。
「そう簡単には食べられないわよん!」
閃光一刀、カウンターが決まった。
大蛇の顔半分がバッサリと切り落とされ、ただの汚水と化して落ちる。
「……着替えを持ってきてよかったのねん」
濡れた袖を鼻の先まで持ち上げ、すんすんと臭いをかぐ。
きれいな顔に影が落ち、口がへの字に歪んだ。
「輪廻お姉さん、あすかがすぐキレイにしてあげるのよ」
潤しの滴か深想水か。
飛鳥は水晶のスティックをくるりと回すと、紀淡海峡の底より神秘のチャンネルを通じてくみ上げた深層水で、汚れた着物を清めた。
「深層水で池の水がキレイになるなら、池の水で汚れたものもキレイになるはずなのよ」
果たして茶色になった着物が、元の藤色を取り戻していた。ただし、着物は濡れて重いままだし、攻撃で受けたダメージも回復していない。
「嫌な臭いがしなくなっただけずっとマシよん。どうもありがとうなのねん♪」
「ま、動いているうちに乾くさ」
神秘の歯車が音もなく回って、密かに誘輔の体を戦闘形態に変える。誘輔は守護使役のユージニアに大事な商売道具を預けると、かわりに鋭い鉤爪を受け取った。草を踏み分けながら、下がり始めた大蛇の腹目指して駆ける。
「二発殴られたぐらいで引っ込むなよ」
記事にならねえだろうが、と叫びながら茶色く濁った汚水の腹に殴り掛かった。
大蛇は再生したばかりの口から、底から沸き上がったヘドロが水面を割ったような音を発した。
「ほらほらどうした。そんなもんか!?」
大蛇は誘輔の挑発には乗らず、木の頂に出していた顔を引っ込めて池へ戻っていく。
後にはごく薄いゴミの臭いと、熱気と湿度と温かい風だけが残った。
「さあ、今のうちです。あなたたちはゴミを持って早くここから逃げなさい!」
御菓子は口を半開きにして呆然としているカップルを、教師らしい毅然とした態度と声で叱りつけた。
「私たちは急いで妖を追いましょう。カンタ、タラサをだして」
守護使役からお気に入りのヴィオラを受け取った御菓子は、まっすぐ大蛇の後は追わず、道を蒲浦海岸に向かって走り出した。
「こっちです! ついてきてください」
「どこへいくのです。妖はこっちに行ったのですよ?」
覚醒して立ち上がった槐が、大蛇が逃げていった先を指さしながら問いかける。
「あっちに、池を横切る道? ある、みたい」、と空の上から日那乃。
「道がありますね。私と日那乃ちゃんはこっちから大蛇を追います」
澄香は翼をひるがえすと、日那乃と一緒に木々の上を越えて行った。
「さすが先生だぜ! ばっちり地理の予習をしてきてたんだな」
言いながら一悟が立ち止まった御菓子の横を駆け抜けていく。
「予習って……。校外学習とかで、あ、私は引率でね、引率。いつも事前に地図を確認するから……」
「わかります。あすかも遠足の前の日は楽しみでずっと『遠足のしおり』を見ているのよ」
ううん、それとはちょっと違うわ。私は先生、生徒たちを引率するほうなの。御菓子の発言は覚者たちのあわただしい足音にかき消されてしまった。
「向日葵さん、行きましょう。ぼやっとしていると、置いていかれるのですよ」
御菓子はもやもやとしたものを感じつつ、岩の鎧を身にまとった槐に手を引かれて走り出した。
●
「あそこ……浮島に、石碑がある。みんな、まだだけど……天野さん、行ってみる?」
日那乃が伸ばした腕の方角に、小さな葦の原が見えている。空の上から深蛇池を臨めば、そこにはきちんと水があった。小さな葦の原は日那乃が例えたように、さながら凪いだ海に浮かぶ浮島のようだ。
「妖は池に身を沈めたみたいですね。おびき出すために、池の上を飛んでみるのもいいかもしれません」
古妖『深蛇大王』を封じている石碑の保護は、依頼内容に含まれている。それに、空を飛べる利点を生かして大蛇を岸に近づけるのは自分たちの役目だ。
「では、行きましょうか」
人工的に作られた道は、池の南三分の一を切り分けていた。小さく切り取られた池の南側には葦が茂っており、お天道様から水とゴミを隠していたが、北側は水面が日差しを弾いてキラキラと光っている。
「あれ、ビーチパラソル? あっちは……折りたたみのイス。油も、浮いてる、ね。ふうん。ゴミで、汚れたら妖になる、の。妖って……、人間が作ってる?」
「そうですね。ここ妖に限らず、妖は……人間が作り出しているのかもしれません」
二人の影が葦の浮島にかかろうとしたとき、水面を割って大蛇が飛び上がってきた。黒の翼を歯牙にかけようと、大口をあけ放つ。
「ほい」
日那乃は大蛇の口の真上から深想水を落とした。
深層水が落ちていくにつれて、汚れて濁り切った大蛇の体の中心に透き通る水の線が引かれていく。
「……ちょっと、面白い」
大蛇は嫌なものを飲み込んでしまったとばかりに、首を振ってもどした。
すかさず澄香が翼で起こした風に乗せて、ラベンダーによく似たさわやかな香りを大蛇に送り、弱体化を図る。
「あ、みなさんが来ました。このまま大蛇を引きつけながら、あの道まで戻りましょう」
澄香と日那乃が空で体を返すと、大蛇も首を持ち上げた。
水面に出ている腹部が大きく膨れたかと思うと、ものすごい勢いで膨らみが喉へとせりあがっていく。かっと開いた口から、クーラーボックスが吐き出された。
白い蓋に青い箱のクーラーボックスが、千切れたショルダーベルトを刃のように伸ばして、高速回転しながら覚者めがけて飛ぶ。
「させるかよ!」
一悟が練った気で作った弾を指の先から飛ばし、空中でクーラーボックスを粉砕した。
真っ白なシャツを透かして、燃え立つ炎の因子が光を放ち、構えたトンファーが神秘の炎を纏う。
「お前もしかしてさ、深蛇大王とかいう飛龍の意識がにじみ出てきて出来た妖か? ゴミを捨てた人間に腹を立てんのはわかるけど、関係のないやつにまで襲いかかんのはやりすぎだぜ!」
大蛇は人の言葉を解さないのか。否、口の隙間からちょろちょろと泥水の舌を出して、一悟の話を聞いていた節があるが、深蛇大王という言葉自体が大蛇にとって何の意味も持たなかったのだろう。 濁った目を細めると、いきなり牙をむいて一悟を噛みつきにきた。
道を駆ける輪廻が、刀を横に構えて振る仕草を見せる。
気づいた大蛇が、頭を引き上げようとして口を閉じた。
「はい、フェイント入ったのよん♪」
大蛇の頭が真横へすっ飛ぶ。
口を締めるという一つ余計な所作が入ったがために、横から飛んできた輪廻の蹴りをまともに受ける形になった。
怒った大蛇が全身を波打たせると、池の水が踊り出した。小汚い水滴がいくつも上がっては落ち、上がっては落ちを繰り返す。中には空き缶などの小さなゴミも見受けられた。
「推理は外れたみたいだな、奥州。それより全体攻撃が来るぞ! 身構えろ!」
誘輔か叫んだのとほぼ同時に、空のうす雲の底に届くほど跳ね上がった水滴が一斉に落ちてきた。
「石碑、守らないと!」
汚水の雨をかいくぐり、澄香と日那乃が石碑まで一気に飛んで、広げた翼を傘代わりにする。
「……あれ? 変ですね、痛くありません。臭いもないですし……」
澄香はおそるおそる顔を上げた。
ふふん、と口角を上げた槐が、道の真ん中で胸を張った。
「間に合いましたですね。汚水の雨に合せて演舞・舞音で汚水を浄化したですよ。バッチイ感じを和らげたのです」
一緒に落ちてきた小さなゴミは、とがった金属やガラス片だけを狙って飛鳥と御菓子が撃ち落としていた。
それでも覚者全員が、多少のダメージは受けてしまったようだ。
「あすかが傷のお手当するのよ。みなさん、ファイトなのよ!」
癒しの霧が覚者たちの体をひんやり包んで暑さ和らげるなか、恵み深き母なる海の衣をまとった御菓子のヴィオラが浄化の旋律を奏でる。
(「もともとは静かで、穏やかな島だったんでしょうね……」)
深く湿り気を帯びた、瑞々しい響き。しなやかで大胆なボーイング。御菓子は独奏中、ごめんなさい、と胸の内で妖に詫びた。
弓を降ろして目を開けたとたん、視界に入るゴミにため息が出る。
「今回のケースは、ほんとうに人間側に反省すべき点が多いですね……」
「まったくな」
いつの間にかカメラを構えていた誘輔が、大蛇にレンズ向けてシャッターを切りながら同意する。
「ま、ばっちり記事に仕上げて世に訴えてやるぜ。『人間の身勝手が生み出した悲劇 妖と化した蛇神!』とかっておどろおどろしい見出しでよ。そうすりゃ多少抑止力になんだろ」
左右から、一悟がトンファーを、輪廻が蹴りを大蛇に見舞う。
飛鳥と日那乃が池に深層水を落として水を清め、大蛇を苦しめる。
槐は海に囲まれた島の大気に含まれる、自然の浄化物質を周囲に集めた。
「潮騒のリズムで臭気を吹き払うのです!」
凝縮された浄化物質を踊りながら大蛇にぶつける。
(「少しでも池の穢れが浄化されますように」)
祈りを込めながら、澄香も池に深想水を流し込んだ。
「あ、蛇さんの体から虹がでているのよ」
「きれい……ね」
気がつけば、悪臭を放っていた大蛇の汚水の体が、透き通った清らかな水のそれに変わっていた。池全体にとぐろを巻いていた体もかなり細くなっている。
「よし、記事の材料はそろった。後顧の憂いなくリゾートを満喫するためにも、とっとと退散願うか」
石碑を壊さぬように、そしてなるべく大蛇の体を何度も貫けるように、誘輔は貫殺撃を放つ方角を定めると、低く腰を落とした。
●
「私達がゴミを散らかした訳じゃないのに理不尽よねん?」
輪廻はゴミで膨らんだ袋を結びながら嘆いた。あついあいつと、汗をぬぐいながら胸元を大きく開き、通りがかった一悟を赤面させる。
「これが終わったらゆっくりお風呂に入りたいわねぇ~、あ、皆もご一緒する? 別に私は混浴でも構わないよん?」
と、ね、と御菓子に共犯者めいた笑顔を向けた。
「え? え……こ、混浴はダメです! お風呂は是非頂きたいですが」
御菓子は御菓子で顔を真っ赤にして、輪廻のからかいを生真面目に受け返す。
「その前にまず、ふたたび妖が現れないように、島をきれいにしましょう。パッと見だけでなく、水の底、岩の陰まで徹底的に」
膝までどっぷり池につかって、誘輔は持参した網を池に投げた。かかったゴミをひき集めながら、やはり愚痴る。
「畜生なんで俺がこんな事……まあ仕方ねえ。地味な事後処理も必要だ――って、おい! 泳いでないでゴミを拾え」
「私は、泳いでも問題がないか、身をもって調べているですよ」
こっそりちゃっかり、水着に着替えた槐が池を泳ぐ。
汚れていた水もすっかりきれいになって、空の上から池の底に沈んだゴミが見つけられるようになっていた。
「あのゴミ、一人じゃ、ムリ」
「では、一緒に引き上げて岸まで運びましょう」
日那乃と澄香が仲良く池の真ん中あたりに沈んだジュークボックスを引き上げた。
「てか、どうやってあそこまで運んだんだ?」
一悟があきれるのも無理はない。それほど大きなゴミだった。
飛鳥は日那乃に葦の浮島まで運んでもらい、石碑をたわしでごしごし水洗いしていた。
「騒がしくしてごめんなさいなのよ。夜になったら出てきますか? あすか、笛吹いてあげるのよ。一緒に花火でもしませんか?」
「あら、飛鳥ちゃん。それはいいアイデアね。飛龍『深蛇大王』さん、夜、笛を吹きに出てくることがあるのでしょうか? 私もぜひ、一緒に演奏したいです♪」
このヴィオラで、と弓を構えると、御菓子は暮れ始めた空に軽やかな音を響かせた。
波の音を微かに耳にしながら分岐地点より百メートルほど道をくだっていくと、『奉修葛城二十八宿巡峰行』と記された札が打ちつけられた木に出会う。そこを少し行った先が、役行者の大蛇封じで知られる深蛇池だ。
「あらん? まったく水がないのねん。ここは本当に池かしらん?」
閉じた扇子ででかい蚊をバシリ、パシリと叩き落としながら、『ドキドキお姉さん』魂行 輪廻(CL2000534)は、前方に広がる葦原を見回した。
「ここは葦の群生地だからな、池というよりも湿地というほうが正解だろう。……と、ちょっとそこをあけてくれ。写真を撮りたい」
「はいはい。仕事熱心なのねん♪」
輪廻は帯と着物の間に扇子を差し入れて、場所を譲った。
『ゴシップ探偵』風祭・誘輔(CL2001092)はバッグからカメラを取り出し、すっきりとした青色の空と風にそよぐ砂色の葦の風景を撮った。今回のことは『記事になればいいな』、という程度であったが、いざシャッターを切り始めた途端に記者魂が疼きだしたから困ったものだ。
しかし、肝心の妖が出ないことには依頼も遂行できないし、記事にもならない。
「おいどうした蛇野郎。びびって池の底でだんまりか? テメエの池を汚した人間様が憎くねーのか!」
誘輔は角度を変えてシャッターを切りながら、池に向けて罵声を浴びせた。
「もう少し先に行けば、池らしい場所に出るんじゃねえ? そこまでいけば蛇も出てくると思うぜ。ここもちょっと臭うけど、肝心のゴミが見えてねえしな……と、近くに人がいるぜ」
言いながら、『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)が耳に手を当てる。そんなことをしなくても、術で聴力が高まっているのだが、ついついやってしまうのが人というものなのだろうか。
木々の間に膨れたコンビニのビニール袋を手に葦をかき分けているカップルがいた。多少は気が引けているらしく、ゴミを葦の間に隠し捨てる気らしい。
「ちゃんとゴミを持ち帰らない不心得者がいっぱいいるから、古妖の蛇が封じられたややっこしい場所に妖の蛇が湧いたりするのよ。ごみを捨てる不届き者、成敗! なのよ」
『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)はスティックをくるりと回し覚醒した。
島がファイヴの貸し切りになるのは、島内の妖をすべて討伐した後のことだ。ゆえに、まだ島には一般の観光客がいる。和歌山県が加太の港で妖注意報を出しているらしいが、ゴミ捨て禁止の呼びかけと同じぐらい無視されていた。
「ちょっと待って。あの人たち、まだゴミを捨てていないわ」
『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)は飛鳥を引きとめた。
「池の妖を刺激しないように、そっと近づいて注意をするだけでいいと思うの」
「事前に止めたとしても罪の重さは変わらないのですよ……だいたい、見つからなきゃいいっていう考え方が気に入らないのです」
『偽弱者(はすらー)』橡・槐(CL2000732)も懲らしめる気満々だ。いや、相手はただの人なので当然、手加減はする……はず。
「あ、捨てた」
高みからカップルの行動を監視していた桂木・日那乃(CL2000941)が、ぽつりと言葉を落とす。
「ほらね」
槐の車いすを押しだした飛鳥に先んじて、『願いの翼』天野 澄香(CL2000194)が動いていた。
澄香はいきなり声をかけて怯えさせないようにマイナスイオンを発しながら、そそくさと立ち去ろうとしていたカップルの前に回って道をふさいだ。ぎくり、と体を強張らせ、足を止めたカップルに頬笑みながら話しかける。
「ゴミを置いて行かないで下さいね。またここに戻ってきたときに、変わらず美しい風景であるように……どうかご協力ねがいます」
「ゴミを持ち帰らないと大蛇にガブ、と丸呑みにされてしまうわよん♪」
いつの間にか、カップルの後ろに輪廻が立っていた。
振り返ったニキビ面の男に、葦のあいだに捨てられていたビニール袋をすっと差しだす。
「私達が気づいてよかったのねん、ゴミと一緒に男っぷりと命も落とすところだったのよん」
「ごみのポイ捨ては人としてだめです。学校で習いませんでしたか?」、と御菓子も言葉を添える。
誘輔がワザとシャッター音をたてて受け渡しの光景を写真に撮り始めた。
「これは美談になるぜ。記事の締めくくりにちょうどいい。心無い人々がいる一方で、ゴミを持ち帰る感心なカップルもいたってね。さあ、改心したらさっさとゴミを持って帰れ」
妖退治の邪魔だ、と誘輔が言おうとしたところへ、空から再び日那乃の声が落ちてきた。
「……もう遅い、かも」
黒くて臭い水の匂いが、その場に居合わせた者たち全員の鼻孔にするりと進入し、涙腺を噛んで涙を流させた。
さまざまなゴミが投げ入れられた池の水は表面に油を浮かべており、水の見えない場所からでも微かに異臭がかぎ取れたが、ここまでひどくはなかった。まるで底にたまったヘドロがぐちゃぐちゃにかき混ぜられて、浮かび上がってきたような――。
御菓子と槐が顔をあげる。
「思っていたよりも大きいですね」
「今回は壊れ物注意なのが面倒な処ですが、さっさと清掃してしまうのですよ」
緑と茶色を混ぜて濁らせた色の大蛇が、梢の上に頭を出していた。
●
「さがれ!」
枝を折りながら下がってきた大蛇の頭を、顎の真下に滑り込んだ一悟が炎を纏ったトンファーで叩き上げる。
衝撃が一直線に突き抜け、ひどい匂いと一緒に汚水を辺り一面にまき散らした。
(「……この妖と戦ったらまず間違いなくとても汚れるわよねん。ちょっとそれは嫌かしらねん」)
輪廻は带から扇子を引き抜くと、さっと開いて金色に霞む波を空に打った。同時に覚醒を果たす。
「ま、でもやらないといけないから仕方ないけどねん♪」
砕けたかに見えた大蛇の頭が再生し、ガッパリとあけ放った口の中に輪廻を頭から入れようと――。
「そう簡単には食べられないわよん!」
閃光一刀、カウンターが決まった。
大蛇の顔半分がバッサリと切り落とされ、ただの汚水と化して落ちる。
「……着替えを持ってきてよかったのねん」
濡れた袖を鼻の先まで持ち上げ、すんすんと臭いをかぐ。
きれいな顔に影が落ち、口がへの字に歪んだ。
「輪廻お姉さん、あすかがすぐキレイにしてあげるのよ」
潤しの滴か深想水か。
飛鳥は水晶のスティックをくるりと回すと、紀淡海峡の底より神秘のチャンネルを通じてくみ上げた深層水で、汚れた着物を清めた。
「深層水で池の水がキレイになるなら、池の水で汚れたものもキレイになるはずなのよ」
果たして茶色になった着物が、元の藤色を取り戻していた。ただし、着物は濡れて重いままだし、攻撃で受けたダメージも回復していない。
「嫌な臭いがしなくなっただけずっとマシよん。どうもありがとうなのねん♪」
「ま、動いているうちに乾くさ」
神秘の歯車が音もなく回って、密かに誘輔の体を戦闘形態に変える。誘輔は守護使役のユージニアに大事な商売道具を預けると、かわりに鋭い鉤爪を受け取った。草を踏み分けながら、下がり始めた大蛇の腹目指して駆ける。
「二発殴られたぐらいで引っ込むなよ」
記事にならねえだろうが、と叫びながら茶色く濁った汚水の腹に殴り掛かった。
大蛇は再生したばかりの口から、底から沸き上がったヘドロが水面を割ったような音を発した。
「ほらほらどうした。そんなもんか!?」
大蛇は誘輔の挑発には乗らず、木の頂に出していた顔を引っ込めて池へ戻っていく。
後にはごく薄いゴミの臭いと、熱気と湿度と温かい風だけが残った。
「さあ、今のうちです。あなたたちはゴミを持って早くここから逃げなさい!」
御菓子は口を半開きにして呆然としているカップルを、教師らしい毅然とした態度と声で叱りつけた。
「私たちは急いで妖を追いましょう。カンタ、タラサをだして」
守護使役からお気に入りのヴィオラを受け取った御菓子は、まっすぐ大蛇の後は追わず、道を蒲浦海岸に向かって走り出した。
「こっちです! ついてきてください」
「どこへいくのです。妖はこっちに行ったのですよ?」
覚醒して立ち上がった槐が、大蛇が逃げていった先を指さしながら問いかける。
「あっちに、池を横切る道? ある、みたい」、と空の上から日那乃。
「道がありますね。私と日那乃ちゃんはこっちから大蛇を追います」
澄香は翼をひるがえすと、日那乃と一緒に木々の上を越えて行った。
「さすが先生だぜ! ばっちり地理の予習をしてきてたんだな」
言いながら一悟が立ち止まった御菓子の横を駆け抜けていく。
「予習って……。校外学習とかで、あ、私は引率でね、引率。いつも事前に地図を確認するから……」
「わかります。あすかも遠足の前の日は楽しみでずっと『遠足のしおり』を見ているのよ」
ううん、それとはちょっと違うわ。私は先生、生徒たちを引率するほうなの。御菓子の発言は覚者たちのあわただしい足音にかき消されてしまった。
「向日葵さん、行きましょう。ぼやっとしていると、置いていかれるのですよ」
御菓子はもやもやとしたものを感じつつ、岩の鎧を身にまとった槐に手を引かれて走り出した。
●
「あそこ……浮島に、石碑がある。みんな、まだだけど……天野さん、行ってみる?」
日那乃が伸ばした腕の方角に、小さな葦の原が見えている。空の上から深蛇池を臨めば、そこにはきちんと水があった。小さな葦の原は日那乃が例えたように、さながら凪いだ海に浮かぶ浮島のようだ。
「妖は池に身を沈めたみたいですね。おびき出すために、池の上を飛んでみるのもいいかもしれません」
古妖『深蛇大王』を封じている石碑の保護は、依頼内容に含まれている。それに、空を飛べる利点を生かして大蛇を岸に近づけるのは自分たちの役目だ。
「では、行きましょうか」
人工的に作られた道は、池の南三分の一を切り分けていた。小さく切り取られた池の南側には葦が茂っており、お天道様から水とゴミを隠していたが、北側は水面が日差しを弾いてキラキラと光っている。
「あれ、ビーチパラソル? あっちは……折りたたみのイス。油も、浮いてる、ね。ふうん。ゴミで、汚れたら妖になる、の。妖って……、人間が作ってる?」
「そうですね。ここ妖に限らず、妖は……人間が作り出しているのかもしれません」
二人の影が葦の浮島にかかろうとしたとき、水面を割って大蛇が飛び上がってきた。黒の翼を歯牙にかけようと、大口をあけ放つ。
「ほい」
日那乃は大蛇の口の真上から深想水を落とした。
深層水が落ちていくにつれて、汚れて濁り切った大蛇の体の中心に透き通る水の線が引かれていく。
「……ちょっと、面白い」
大蛇は嫌なものを飲み込んでしまったとばかりに、首を振ってもどした。
すかさず澄香が翼で起こした風に乗せて、ラベンダーによく似たさわやかな香りを大蛇に送り、弱体化を図る。
「あ、みなさんが来ました。このまま大蛇を引きつけながら、あの道まで戻りましょう」
澄香と日那乃が空で体を返すと、大蛇も首を持ち上げた。
水面に出ている腹部が大きく膨れたかと思うと、ものすごい勢いで膨らみが喉へとせりあがっていく。かっと開いた口から、クーラーボックスが吐き出された。
白い蓋に青い箱のクーラーボックスが、千切れたショルダーベルトを刃のように伸ばして、高速回転しながら覚者めがけて飛ぶ。
「させるかよ!」
一悟が練った気で作った弾を指の先から飛ばし、空中でクーラーボックスを粉砕した。
真っ白なシャツを透かして、燃え立つ炎の因子が光を放ち、構えたトンファーが神秘の炎を纏う。
「お前もしかしてさ、深蛇大王とかいう飛龍の意識がにじみ出てきて出来た妖か? ゴミを捨てた人間に腹を立てんのはわかるけど、関係のないやつにまで襲いかかんのはやりすぎだぜ!」
大蛇は人の言葉を解さないのか。否、口の隙間からちょろちょろと泥水の舌を出して、一悟の話を聞いていた節があるが、深蛇大王という言葉自体が大蛇にとって何の意味も持たなかったのだろう。 濁った目を細めると、いきなり牙をむいて一悟を噛みつきにきた。
道を駆ける輪廻が、刀を横に構えて振る仕草を見せる。
気づいた大蛇が、頭を引き上げようとして口を閉じた。
「はい、フェイント入ったのよん♪」
大蛇の頭が真横へすっ飛ぶ。
口を締めるという一つ余計な所作が入ったがために、横から飛んできた輪廻の蹴りをまともに受ける形になった。
怒った大蛇が全身を波打たせると、池の水が踊り出した。小汚い水滴がいくつも上がっては落ち、上がっては落ちを繰り返す。中には空き缶などの小さなゴミも見受けられた。
「推理は外れたみたいだな、奥州。それより全体攻撃が来るぞ! 身構えろ!」
誘輔か叫んだのとほぼ同時に、空のうす雲の底に届くほど跳ね上がった水滴が一斉に落ちてきた。
「石碑、守らないと!」
汚水の雨をかいくぐり、澄香と日那乃が石碑まで一気に飛んで、広げた翼を傘代わりにする。
「……あれ? 変ですね、痛くありません。臭いもないですし……」
澄香はおそるおそる顔を上げた。
ふふん、と口角を上げた槐が、道の真ん中で胸を張った。
「間に合いましたですね。汚水の雨に合せて演舞・舞音で汚水を浄化したですよ。バッチイ感じを和らげたのです」
一緒に落ちてきた小さなゴミは、とがった金属やガラス片だけを狙って飛鳥と御菓子が撃ち落としていた。
それでも覚者全員が、多少のダメージは受けてしまったようだ。
「あすかが傷のお手当するのよ。みなさん、ファイトなのよ!」
癒しの霧が覚者たちの体をひんやり包んで暑さ和らげるなか、恵み深き母なる海の衣をまとった御菓子のヴィオラが浄化の旋律を奏でる。
(「もともとは静かで、穏やかな島だったんでしょうね……」)
深く湿り気を帯びた、瑞々しい響き。しなやかで大胆なボーイング。御菓子は独奏中、ごめんなさい、と胸の内で妖に詫びた。
弓を降ろして目を開けたとたん、視界に入るゴミにため息が出る。
「今回のケースは、ほんとうに人間側に反省すべき点が多いですね……」
「まったくな」
いつの間にかカメラを構えていた誘輔が、大蛇にレンズ向けてシャッターを切りながら同意する。
「ま、ばっちり記事に仕上げて世に訴えてやるぜ。『人間の身勝手が生み出した悲劇 妖と化した蛇神!』とかっておどろおどろしい見出しでよ。そうすりゃ多少抑止力になんだろ」
左右から、一悟がトンファーを、輪廻が蹴りを大蛇に見舞う。
飛鳥と日那乃が池に深層水を落として水を清め、大蛇を苦しめる。
槐は海に囲まれた島の大気に含まれる、自然の浄化物質を周囲に集めた。
「潮騒のリズムで臭気を吹き払うのです!」
凝縮された浄化物質を踊りながら大蛇にぶつける。
(「少しでも池の穢れが浄化されますように」)
祈りを込めながら、澄香も池に深想水を流し込んだ。
「あ、蛇さんの体から虹がでているのよ」
「きれい……ね」
気がつけば、悪臭を放っていた大蛇の汚水の体が、透き通った清らかな水のそれに変わっていた。池全体にとぐろを巻いていた体もかなり細くなっている。
「よし、記事の材料はそろった。後顧の憂いなくリゾートを満喫するためにも、とっとと退散願うか」
石碑を壊さぬように、そしてなるべく大蛇の体を何度も貫けるように、誘輔は貫殺撃を放つ方角を定めると、低く腰を落とした。
●
「私達がゴミを散らかした訳じゃないのに理不尽よねん?」
輪廻はゴミで膨らんだ袋を結びながら嘆いた。あついあいつと、汗をぬぐいながら胸元を大きく開き、通りがかった一悟を赤面させる。
「これが終わったらゆっくりお風呂に入りたいわねぇ~、あ、皆もご一緒する? 別に私は混浴でも構わないよん?」
と、ね、と御菓子に共犯者めいた笑顔を向けた。
「え? え……こ、混浴はダメです! お風呂は是非頂きたいですが」
御菓子は御菓子で顔を真っ赤にして、輪廻のからかいを生真面目に受け返す。
「その前にまず、ふたたび妖が現れないように、島をきれいにしましょう。パッと見だけでなく、水の底、岩の陰まで徹底的に」
膝までどっぷり池につかって、誘輔は持参した網を池に投げた。かかったゴミをひき集めながら、やはり愚痴る。
「畜生なんで俺がこんな事……まあ仕方ねえ。地味な事後処理も必要だ――って、おい! 泳いでないでゴミを拾え」
「私は、泳いでも問題がないか、身をもって調べているですよ」
こっそりちゃっかり、水着に着替えた槐が池を泳ぐ。
汚れていた水もすっかりきれいになって、空の上から池の底に沈んだゴミが見つけられるようになっていた。
「あのゴミ、一人じゃ、ムリ」
「では、一緒に引き上げて岸まで運びましょう」
日那乃と澄香が仲良く池の真ん中あたりに沈んだジュークボックスを引き上げた。
「てか、どうやってあそこまで運んだんだ?」
一悟があきれるのも無理はない。それほど大きなゴミだった。
飛鳥は日那乃に葦の浮島まで運んでもらい、石碑をたわしでごしごし水洗いしていた。
「騒がしくしてごめんなさいなのよ。夜になったら出てきますか? あすか、笛吹いてあげるのよ。一緒に花火でもしませんか?」
「あら、飛鳥ちゃん。それはいいアイデアね。飛龍『深蛇大王』さん、夜、笛を吹きに出てくることがあるのでしょうか? 私もぜひ、一緒に演奏したいです♪」
このヴィオラで、と弓を構えると、御菓子は暮れ始めた空に軽やかな音を響かせた。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし

■あとがき■
成功です。
依頼にご参加くださりありがとうございました。
おかげさまで、夜、ゴミがすっかり片付いてキレイになった深蛇池にて、音楽の夕べが開かれることになりました。
果たして、伝説どおり深蛇大王は笛の音に戒めを解かれ、音楽の夕べに集まったみんなの前に姿を現すのでしょうか……。
また、別の依頼でお会いできる日を楽しみにしております。
依頼にご参加くださりありがとうございました。
おかげさまで、夜、ゴミがすっかり片付いてキレイになった深蛇池にて、音楽の夕べが開かれることになりました。
果たして、伝説どおり深蛇大王は笛の音に戒めを解かれ、音楽の夕べに集まったみんなの前に姿を現すのでしょうか……。
また、別の依頼でお会いできる日を楽しみにしております。
