フュリアス・デス・ロード
●気筒の咆哮(シリンダー・ハゥル)
閑散とした農道。道幅こそ広いものの、ほとんど車が来ないような道路を、一台の自動車が爆音のギターサウンドを流しながら走っている。
もうもうとマフラーからは煙を吹き上げて木々を汚し、スパイク付の巨大なタイヤがアスファルトの地面に黒いタイヤ痕と砕けた鋲の粉じんをまき散らす。
環境問題的に、ドライブマナーという常識の上から言うのであれば迷惑なこと極まりないが、それだけであれば、人通りの少ない場所で運転手がストレスの発散に少し粋がっているというだけの話だ。「そういうこともあるだろう」で済ませることのできるものだ。
しかし、現代の預言者たる夢見が見たのであれば、話は変わって来る。上質な革製のシートにもたれながら、爆音で響く音楽に酔いしれながら、アクセルをべた踏みする運転手の姿はどこにも見当たらない。
加えて、車の外見もどこか歪だった。まず、車体のあちこちが錆びつき、普通であれば走れるような状態には見えない。至る所から異音を響かせながら、その車はスピードを落とすことなくカーブを曲がる。
車の全体が明らかになって来る。車の前面、ボンネットの一部が切り取られ、飛行機の双発エンジンを思わせる巨大な気筒がせり出している。普通車に積むにはあまりにも巨大すぎるのためにそこまでしなければ載せられなかったのだろう。
そして、車の後部に伸びる左右二本ずつに増設された超高圧ガス噴射用の筒。ガクンと、歪な加速をするたびにそこからは青い炎が雄々しく吹き上がる。
とどめに、車のバンパーだ。蒸気機関車のごとくせり出しているカウ・キャッチャーは、その鋭利さと速度が相まって、巨大な矢とも呼べる凶悪さを発散させている。
その奥に見えるナンバープレートの上には、法律で定められている文字列ではなく、「FURIOUS・DESPERADO」(猛る命知らず)とだけ書かれている。
暴走するフュリアス・デスペラードは徐々に速度を上げ、道路を驀進する。その先には、合流車線があった。そして、暴走車に気付くことなく走る、普通の道路があった。
●夢見た車(カー・ロマンサー)
「男の子のロマン、ってやつでしょうか……相馬辺りなら、眼をキラキラさてて喜びそうですね。私には、よく分からないですけれど、ね」
久方 真由美(nCL2000003)は、手元の資料と、スケッチした巨大な暴走車両の、過剰なデザインを見て、弟の名を呟きながらほんの少しだけ苦笑いする。これが凶悪な妖でなければ、頭の悪いアクション映画のヒーローか悪役が乗るようなデザインに見えなくもないからだ。
「とはいえ、こんな面妖な車が公道を走っては、事故は避けられないでしょう。皆様にはこの妖の撃破をお願いしたいのです」
資料から顔を上げ、真由美は覚者達を見た。車のデザインと、その車のハンドルを握る弟の姿のイメージは、ひとまず放り捨てた。
「車である以前に、フュリ……なんとかは物質系の妖です。危害を加えようとする覚者を無視することはそうそう無いでしょう。念のため、農道は封鎖をしておきますが、600馬力の車を停められるとは思えません。攻撃方法は、デザインの通りだと思います」
ただ、そう言葉を区切って真由美は言葉を探した。
「非常に、その。個性的な車であることは明らかです。パンクさせて動きを鈍らせるなども出来ると思いますが、それを逆手に取った、独創的な攻撃を仕掛けて来るかもしれません。くれぐれも、気を付けてください」
頭の悪すぎるデザインで、何を仕掛けて来るか分かった物では無い――真由美は、自分の思考の柔軟さが失われていることを責めたが、そういう問題でもなかった。
閑散とした農道。道幅こそ広いものの、ほとんど車が来ないような道路を、一台の自動車が爆音のギターサウンドを流しながら走っている。
もうもうとマフラーからは煙を吹き上げて木々を汚し、スパイク付の巨大なタイヤがアスファルトの地面に黒いタイヤ痕と砕けた鋲の粉じんをまき散らす。
環境問題的に、ドライブマナーという常識の上から言うのであれば迷惑なこと極まりないが、それだけであれば、人通りの少ない場所で運転手がストレスの発散に少し粋がっているというだけの話だ。「そういうこともあるだろう」で済ませることのできるものだ。
しかし、現代の預言者たる夢見が見たのであれば、話は変わって来る。上質な革製のシートにもたれながら、爆音で響く音楽に酔いしれながら、アクセルをべた踏みする運転手の姿はどこにも見当たらない。
加えて、車の外見もどこか歪だった。まず、車体のあちこちが錆びつき、普通であれば走れるような状態には見えない。至る所から異音を響かせながら、その車はスピードを落とすことなくカーブを曲がる。
車の全体が明らかになって来る。車の前面、ボンネットの一部が切り取られ、飛行機の双発エンジンを思わせる巨大な気筒がせり出している。普通車に積むにはあまりにも巨大すぎるのためにそこまでしなければ載せられなかったのだろう。
そして、車の後部に伸びる左右二本ずつに増設された超高圧ガス噴射用の筒。ガクンと、歪な加速をするたびにそこからは青い炎が雄々しく吹き上がる。
とどめに、車のバンパーだ。蒸気機関車のごとくせり出しているカウ・キャッチャーは、その鋭利さと速度が相まって、巨大な矢とも呼べる凶悪さを発散させている。
その奥に見えるナンバープレートの上には、法律で定められている文字列ではなく、「FURIOUS・DESPERADO」(猛る命知らず)とだけ書かれている。
暴走するフュリアス・デスペラードは徐々に速度を上げ、道路を驀進する。その先には、合流車線があった。そして、暴走車に気付くことなく走る、普通の道路があった。
●夢見た車(カー・ロマンサー)
「男の子のロマン、ってやつでしょうか……相馬辺りなら、眼をキラキラさてて喜びそうですね。私には、よく分からないですけれど、ね」
久方 真由美(nCL2000003)は、手元の資料と、スケッチした巨大な暴走車両の、過剰なデザインを見て、弟の名を呟きながらほんの少しだけ苦笑いする。これが凶悪な妖でなければ、頭の悪いアクション映画のヒーローか悪役が乗るようなデザインに見えなくもないからだ。
「とはいえ、こんな面妖な車が公道を走っては、事故は避けられないでしょう。皆様にはこの妖の撃破をお願いしたいのです」
資料から顔を上げ、真由美は覚者達を見た。車のデザインと、その車のハンドルを握る弟の姿のイメージは、ひとまず放り捨てた。
「車である以前に、フュリ……なんとかは物質系の妖です。危害を加えようとする覚者を無視することはそうそう無いでしょう。念のため、農道は封鎖をしておきますが、600馬力の車を停められるとは思えません。攻撃方法は、デザインの通りだと思います」
ただ、そう言葉を区切って真由美は言葉を探した。
「非常に、その。個性的な車であることは明らかです。パンクさせて動きを鈍らせるなども出来ると思いますが、それを逆手に取った、独創的な攻撃を仕掛けて来るかもしれません。くれぐれも、気を付けてください」
頭の悪すぎるデザインで、何を仕掛けて来るか分かった物では無い――真由美は、自分の思考の柔軟さが失われていることを責めたが、そういう問題でもなかった。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.暴走車両「フュリアス・デスペラード」の撃破
2.「フュリアス・デスペラード」の交通量の多い道路への合流阻止
3.なし
2.「フュリアス・デスペラード」の交通量の多い道路への合流阻止
3.なし
今回の依頼は頭の悪い……もとい、個性的な暴走車「フュリアス・デスペラード(初回以降FD表記)」を、交通量の多い場所へたどり付く前に食い止めることです。
妖のランクは2、物質系が一体。
外見の頭の悪さの通り、固くて暴れんぼうです。基本的に逃走は試みず、覚者を倒したのちに再度爆走を再開します。
●スキル構成
・体当たり:近物単…固さと速度を活かして撥ね飛ばそうとします
・爆音スピーカー:遠特列…大音量を衝撃波としてぶつける。バッドステータス鈍化。
体力が減少すると、ニトロエンジンを使用し始め、物理攻撃ダメージが上昇するほか、以下のスキルを使用するようになります。
・ニトロ噴射:遠特単…車のマフラーを向け、火炎放射を放ちます。
FDがパンクなどの操作の不自由な状態になった場合、体力が減少しますがニトロエンジンの起動タイミングが早くなり、以下のスキルを使用するようになります。
・卓越のドライブセンス:一度の行動で二つのスキルを使用する。シナリオ中1回
・ニトロスピン:近物列…火炎放射を吹かせながら高速回転して体当たりをしかけます。バッドステータスノックバック
落ち着いて倒すも、短期決戦を狙うも、皆様次第です
●状況説明
時刻は夕方。視界などのデメリットはありません。
戦闘の場所は、輸送トラックが走るような広い、森林を切り開いた農道です。左右は高さ2メートル程度のコンクリートの段になっており、その上に森林があります。
ほとんどの車通りはなく、また、出入り口には簡素な封鎖がされているため、他の車が入ってくることもあり得ません。
妖との遭遇場所は、特に指定が無い限り、その道路の中腹になります。一本道の、だだっ広い道路です。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
サポート人数
2/2
2/2
公開日
2015年09月13日
2015年09月13日
■メイン参加者 8人■
■サポート参加者 2人■

●オフ・リミット
森林を切り開いて作られた農道。そこに立つ覚者たちは、遠くでスピーカーから重低音を慣らしながら暴走する巨大な車両を見つめていた。はじめは点のようだった姿が徐々にフォルムが明らかになって来る。
「あれが今回の……凄い速度ね」
B級のカーチェイスものの映画に出て来るような、頭をからっぽにして作ったような、もとい独創的なフォルム。三島 椿(CL2000061)はその特異な外見を瞬きもせずに見つめていた。
「妖じゃなきゃ、一回運転してみたかったけどねぇ」
『だく足の雷鳥』風祭・雷鳥(CL2000909)は、そのエンジン音に聞きほれていた。ジェット機やバカでかいトラックに積むようなものを積んでいるのだ。さぞ心地が良いに違いないと。
「あー、ちょっち分かるかも。こんな状況でもなければ派手なカーチェイスでもしてみたい思うのが男の子っちゅーもんや」
『相棒捜索中』瑛月・秋葉(CL2000181)は雷鳥の言葉に軽く頷いた。カーチェイスが叶うことはあり得ないと知りながらも、冗談めかして笑う。携帯灰皿にフィルターだけの煙草を入れ、新しいものを取り出そうとして、止めた。
「ちゅーか、あんなゲテモノ、並の人間が運転できるものなんかね? 俺はパスかな!」
雷鳥らと同じく、不死川 苦役(CL2000720)も運転には相応の自信があったが、彼は大きく手を横に振った。
「絶対、アレは任意保険に入ってマセーン! てか、保険屋もエスケープデス!」
カーミラ・ティシス(CL2000890)も、車のフォルムを見て大きくバツ印を作る。サブカルチャーに親しんでいても、そのフォルムが現実で認められるかどうかは別の話である。
「あの車の持ち主、どんな人、だったんでしょうね……」
あっけらかんとした秋葉やカーミラらとは別に、神室・祇澄(CL2000017)はそのデザインに圧倒されていた。きっと、鋲打ちされたレザーのジャケットやモヒカン刈りや丸坊主のマッチョを想像し、すぐに思考から追い払う。
「さあ。廃車にされても文句は言えない、ってのは承知の上だとは思うぜ」
『海の底』円 善司(CL2000727)は大儀そうに祇澄の疑問に応じる。少なくとも、公道で走ることの出来ないような改造がされているだろうということは容易に想像が付いた。
「ああも下品に暴走しているのですから、当然のことでしょう」
橡・槐(CL2000732)は嫌悪感を隠そうともせずに善司を肯定した。彼女にとって、車は見ていてもあまり気持ちの良いものではない。
ある程度の隊列を取って道路に立つ覚者達を前に、そのゲテモノの車はタイヤの擦り切れや道路の劣化など気にした風でもない急ブレーキを踏み込んで覚者の前で停まる。
「ほな、まずは足止め。短期決戦で行こうか。ハロー、暴走車ちゃん。ちょっち俺らにも付き合ってもらうさかい。悪く思わんでや」
身体に力をみなぎらせながら、秋葉は覚者達に追いかけながら、クイクイと指を曲げて挑発する。妖のナンバープレートには『FURIOUS DESPERADO』の文字。
「無理はなさらないでくださいね」
椿は雷鳥へ薄い水のヴェールを纏わせる。急所を重点に包み、彼女の身のこなしを阻害せぬように。
「援護や状況分析は俺たちに任せてください。皆さんはゲテモノに集中してください」
「そ、そうです。回復とかは、私たちサポートするから。だ、大丈夫です!」
鈴白 秋人(CL2000565)の生真面目そうな声、離宮院・さよ(CL2000870)の緊張の混じった声が前に立つ覚者たちの耳に届く。頼もしい後ろ盾に、覚者たちも妖へと集中する。
「スクラップにして、痛車にしてやりマース!」
カーミラが機関銃を構えながら高らかに叫ぶ。痛車だけは嫌だとでも言うように、FURIOUS DESPERADO号、もといFDがけたたましいクラクションを鳴らした。
●アクセラレーション
「いくら速いってもね、小回りはどうかな!」
真っ先に駆けたのは雷鳥だった。地面を馬の脚が力強く蹴ってFDの正面へ突撃。刃と化した鋭い蹴りが車のエンジンへと飛ぶ。車体が軽く揺れ、気筒が軽く歪み、エンジンの唸りに異音が混ざる。
蹴られた瞬間に、車の上に乗ったスピーカーがかき鳴らす重たいギターやベースの重低音が、手前にいる覚者たちへ衝撃波となって殺到する。耳を押さえても軽減することが出来ない、兵器と化したスピーカの発する音の衝撃に覚者が怯む中、身構えていた槐は車輪で軽減しながら、小さくぼやく。
「足止めしてから撥ね飛ばすつもり? 悪趣味なデザインの割に狡猾なこと」
「これ、公道にまで聞こえてそうですね……」
弓を構えた椿が、FDへと狙いを定める。距離こそ射程内であり、動きも大きいが、それでも高速で動き回る相手であれば、慎重にもなる。まして、一度に撃てるのは一発と決まっていれば尚更だ。
「祓い給え、清め給え……六根清浄!」
音波の外にいた祇澄は、走り回るFDの進路を読み、地面に手をかざす。一瞬遅れてFDのコンクリートが隆起して縫いとめんとする。ステアリングを切る度にタイヤが唸りを上げる。その途中で、ボスンという、空気が抜け出す音が響き、FDの車体が大きく揺らぐ。
「やった。残り、お願いします!」
祇澄の言葉に、善司は無言でこくりと頷いた。
「さて、そんなに暴れて、構ってほしいのか。あまえたさんめ」
霧がFDのフロントガラスの辺りを包むと同時に、運転が一瞬おぼつかなくなる。
「これで、動きが鈍ってくれれば御の字……行くぜ、イケおじさん!」
「イ、イケおじさ……まあええわ。やることはやるってね!」
苦役の声に応じて、秋葉が地面に剣を突き立てる。隆起する地面に一瞬ブレーキがかかった瞬間、苦役が剣を振るい、種を飛ばす。タイヤに付着した種子が急成長を遂げ、タイヤを引き裂きにかかる。
「援護します!」
「む、無理しないでくださいね……!」
苦役達の連携に遅れて秋葉の放った衝撃波が残ったタイヤを引き裂く。さよの放つ癒しの霧が、音の衝撃波に怯んだ覚者を癒す。
「ガン・ホー! ガン・ホー!」
パンクし、動きの鈍ったFDに、カーミラは全てを押し流す濁流の如き機銃掃射を加える。スピーカーから流れる大音量のBGMに劣らぬ轟音が響き、無数の弾丸がFDのあちこちに命中し、火花が散る。
「これで全てのタイヤを潰した……これから何をしでかすかが、怖い所ね」
車輪のガードを一旦解き、槐はFDの様子を見る。車体は銃弾であちこちがへこみ、タイヤからは甲高い、嫌な音が響いている。しかし、車の操縦に大きな変化は無い。むしろ、さらにエンジンの唸りは大きくなっている。車の後部に備え付けられている二対の筒からは時折ぼふん、と炎が吹き上がった。
「ここからが正念場、でしょうか……」
椿の勘が告げる。次からがFDの行動を注視しろと。そうしなければただでは済まないと。
体勢を立て直しながら、次は扉でもこじ開けて中から壊してやろうと思い、苦役は側面を見る。ガラスには無数の蜘蛛の巣が入り、表面も凹んでいる。しかしドアらしきものはなかった。よく見ると、ドアの駆動部には、丁寧に溶接がされてある。
「……やっべえ、マジで頭悪い車じゃん! 乗ったら最期じゃん! 何考えて作られてやがんの、コイツ?」
「何か考えてたら、こんな車作れないと思うぜ」
ゲラゲラと笑う苦役を見て、善司は首の後ろを押さえながら答えた。
●スパイラルアウト・オブ・コントロール
「とはいえ、洒落にならない類だよ、コイツは!」
位置取りを探るように動き回るFDとの間合いを詰めながら、雷鳥は続けて構えたランスで、マフラーへと鋭い二連の突きを繰り出す。突き刺すというよりも、押し潰すような攻撃に、無理な部位改造によって取り付けられたパーツは紙のようへしゃげる。残った増設マフラーから、青い炎が噴き出した。後先を考えない突撃の兆候。
「デカい攻撃が来る! 備えて!」
比較的攻撃の届かない後衛から、守護使役や直観を研ぎ澄まして戦場を観察する秋人が、語気を強くする。FDはエンジンの唸りを高らかに響かせ、タイヤの擦れる嫌な音とともに、制御しているのかどうか怪しいような蛇行を繰り返しながら覚者たちへと突撃する。
「オーケー。おにーさんに任せとき! ……痛いやろな」
秋葉がひらひらと手を振って、FDの前に踏み出す。剣の腹を前に突き出し、腰を入れて思い切り踏ん張る。顔に浮かぶのは不敵な笑み。そして一筋の嫌な汗。
速度のスピンの勢いに任せ、FDが横から薙ぎ払うように秋葉と激突する。即座に剣の向きを変え、押し負けまいと堪えるが、マフラーから噴射される高熱と、明らかな重量、サイズ差では限界があった。秋葉は地面に叩き付けられるようにして転がり、十数メートル後ろへと弾き飛ばされる。
「も、もう一撃、来ます!」
さよが悲鳴のような声でFDの行動を告げる。陣形の乱れこそ最小限ではあったが、続けて戦列をかき乱されては覚者といえども更なる苦戦を強いられる。
「いたずらに戦闘が伸びるのも嫌だしね。貸一つですよ」
続いては槐が前に出て、両手に持つ車輪を即席の盾として身構える。再び噴射される炎と横殴りの突進が飛ぶ。痛みと過去のフラッシュバックに、彼女は整った眉をひそめた。
「だ、大丈夫ですか?」
椿の傍にまで吹き飛ばされた槐に、彼女は心配そうに告げる。
「あんな運転、そう何度も出来るはずがありません。あとはあなたたちの仕事」
擦り傷だらけの身体を起こし、槐は椿を見た。椿は大きく頷いた。回復は秋人やさよに任せて、一気に勝負を押し切るべきだと。事実、FDの動きは少しずつ鈍っている
「……当たって!」
椿の弓から圧縮された空気が飛ぶ。不可視の弾丸が、せりだしたスピーカーを潰し、BGMに雑音を混ぜる。
「一気に、畳みかけます。では、こちらは。土行壱式・琴桜!」
椿の攻撃に一瞬遅れ、祇澄が肉薄。ボンネット、そして唸る気筒へと向けて硬質化した左腕を、覚者として強化(ブーステッド)された力に任せて叩き付ける。ガゴンと強い音が響き、車が大きく揺れる。思いのほかの固さに祇澄は腕を軽く振った。
「走り回って疲れたんじゃねえの。じゃれるのはそろそろしまいにしようぜ、あまえたさんよ」
善司が続けて波動弾を放つ。気筒を貫き、蜘蛛の巣上状になって、ほとんど前が見えなくなっているであろうガラスを粉々に破砕していく。
「イケおじさん達の犠牲、無駄には……」
「ちょっと、勝手に……」
「殺さんといてーな」
「うっし、ツッコミ出来るくらいに元気じゃん! 二人の分ももらっとけ!」
彼なりの冗談めかした気遣いに対する槐と秋葉の抗議を聞き、苦役はさも愉快そうに笑いながらFDへと突撃する。跳躍し、ボンネットめがけて落下しながら刀を気筒めがけて突き立てる。甲高い音が響き、回転する気筒と刃が拮抗して激しい火花を散らす。
「クエキ、私が引導を渡してやりマース! ファイヤー!」
「ちょっ、俺がやられるみたいじゃん!」
華奢な体躯に似合わぬ巨大な銃身を構え、カーミラの高らかな叫びに、苦役は刀を引き抜いて離脱する。徐々に砲身の回転速度が上がり、やがてほとんど一つに繋がった銃声が響く。
銃声が止んだ先には、廃車同然となり、煙を上げて尚、動こうと気筒を激しく回転させるFDの姿があった。しかし、ニトロ噴射用のマフラーはへし折れ、潰れほとんど用を成しておらず、スピーカーもまた、破壊されてノイズのような音しか発していない。
「近付いて噛みつかれるのもおっかないからね……あと、任せるよ」
雷鳥の言葉に、椿はこくりと頷いた。弓を引き絞り、狙いを定める。照準はせり出した気筒。放たれた矢は、吸い込まれるように気筒へと突き刺さる。回転の唸りが徐々に静かになり、やがて、止まった。
●ブロウ・アップ
「終わりやな。いっつ……」
秋人とさよに手当てを受けながら、秋葉と槐は痛みに表情を変えながら沈黙したFDを眺めていた。
「完全に回復……ってのは、厳しそうです」
「ご、ごめんなさい。これが精いっぱいで」
「大丈夫ですよ。このくらいならね……」
申し訳なさそうにする秋人とさよの言葉を、槐は手を突き出して制止させた。少なくとも、彼女にとってはこの程度は気にすることでもなかった。
「これ、どうしましょう。邪魔に、なっちゃいますよね」
「直せるんだったら、一回乗り回して見たいけど……冗談だよ、冗談」
雷鳥の言葉に、祇澄は眼を丸くしてスクラップ寸前のFDと雷鳥を交互に見た。雷鳥はにやりと笑ってひらひらと手を振る。流石にここまでボロボロになってしまえば、直す金も馬鹿にはならない。
「片付けるまえに……約束通り、痛車にしてくれまーす! ツバキも一緒にやりましょう!」
「へ、私ですか?」
「ついでに若葉も貼り付けてやりましょう。粋がる車に、オシオキデス!」
カーミラが、どこからともなく取り出したカラースプレー。困惑する椿をよそに、カーミラはさも楽しそうにスプレーをしゃかしゃかと振る。その後ろで、苦役はFDの残骸を見ながらケタケタと笑いながらまくしたてている。
「いやー、しかしホント。頭の悪いデザインのお約束だらけじゃん。お約束……お約束……眼帯ちゃん、マズいんじゃね!?」
苦役の想像通りだった。カーミラが近づく前に、FD号は轟音を響かせて爆発。覚者達はとっさに身をかばったため、ほとんど怪我と言う怪我をすることはなかったが、FDは派手に燃え上がり、黒い煙がふわりと浮かんで小さな雲を作った。自らがここにいたという証拠を覚者達へ見せつけるように。もしくは、痛車になるのだけはいやだというように。
「負けたら爆発……ここまでする意味って、あるの?」
「無いだろうね。妖になってついたのか、はた迷惑な改造をする奴がいたのか……」
祇澄の問いに、雷鳥は即答する。緊急停止用のキル・スイッチなどを隠し持っているなどならまだしも、普通の車を爆発させる意味などほとんど無い。
「むぅ。往生際の悪い奴デス! そんなに痛車が嫌デスカ!」
「そりゃ、嫌やろ。負けて落書きされるなんて、僕だって嫌や」
「死化粧を施す義理はないと思いますよ」
「む、無理はしないでください」
憤懣やるかたないカーミラをみて、秋葉と槐はくすくすと笑った。傷口に響き、笑いながら顔をしかめた。それをあわててさよが押さえる。
どたばたとする覚者たちのなかで、善司は転がって来た破片を軽く拾い上げる。まだ熱を持っている欠片を見て、ため息をついた。交通量の少ない場所だからこと、こうまで上手くいったものの、これが交通量の多い場所だったら、FDが覚者達を無視して突っ切ろうとしていたらと、最悪のケースがいくつも頭の中をよぎる。そして、似たようなケースが今後起きない保証はどこにもない。
「こんなものが出ていたら、どうなっていたことか」
「そうしないために、私たちがいるんですよ」
スプレーを手持無沙汰にしながら、椿が善司のぼやきに答えた。
「あまえたさんは気が楽だ。暴れるだけ暴れれば、それでいいんだから」
苦笑いを浮かべ、善司は欠片を少しずつ炎がおさまりつつあるFDの車体へと放り投げた。
森林を切り開いて作られた農道。そこに立つ覚者たちは、遠くでスピーカーから重低音を慣らしながら暴走する巨大な車両を見つめていた。はじめは点のようだった姿が徐々にフォルムが明らかになって来る。
「あれが今回の……凄い速度ね」
B級のカーチェイスものの映画に出て来るような、頭をからっぽにして作ったような、もとい独創的なフォルム。三島 椿(CL2000061)はその特異な外見を瞬きもせずに見つめていた。
「妖じゃなきゃ、一回運転してみたかったけどねぇ」
『だく足の雷鳥』風祭・雷鳥(CL2000909)は、そのエンジン音に聞きほれていた。ジェット機やバカでかいトラックに積むようなものを積んでいるのだ。さぞ心地が良いに違いないと。
「あー、ちょっち分かるかも。こんな状況でもなければ派手なカーチェイスでもしてみたい思うのが男の子っちゅーもんや」
『相棒捜索中』瑛月・秋葉(CL2000181)は雷鳥の言葉に軽く頷いた。カーチェイスが叶うことはあり得ないと知りながらも、冗談めかして笑う。携帯灰皿にフィルターだけの煙草を入れ、新しいものを取り出そうとして、止めた。
「ちゅーか、あんなゲテモノ、並の人間が運転できるものなんかね? 俺はパスかな!」
雷鳥らと同じく、不死川 苦役(CL2000720)も運転には相応の自信があったが、彼は大きく手を横に振った。
「絶対、アレは任意保険に入ってマセーン! てか、保険屋もエスケープデス!」
カーミラ・ティシス(CL2000890)も、車のフォルムを見て大きくバツ印を作る。サブカルチャーに親しんでいても、そのフォルムが現実で認められるかどうかは別の話である。
「あの車の持ち主、どんな人、だったんでしょうね……」
あっけらかんとした秋葉やカーミラらとは別に、神室・祇澄(CL2000017)はそのデザインに圧倒されていた。きっと、鋲打ちされたレザーのジャケットやモヒカン刈りや丸坊主のマッチョを想像し、すぐに思考から追い払う。
「さあ。廃車にされても文句は言えない、ってのは承知の上だとは思うぜ」
『海の底』円 善司(CL2000727)は大儀そうに祇澄の疑問に応じる。少なくとも、公道で走ることの出来ないような改造がされているだろうということは容易に想像が付いた。
「ああも下品に暴走しているのですから、当然のことでしょう」
橡・槐(CL2000732)は嫌悪感を隠そうともせずに善司を肯定した。彼女にとって、車は見ていてもあまり気持ちの良いものではない。
ある程度の隊列を取って道路に立つ覚者達を前に、そのゲテモノの車はタイヤの擦り切れや道路の劣化など気にした風でもない急ブレーキを踏み込んで覚者の前で停まる。
「ほな、まずは足止め。短期決戦で行こうか。ハロー、暴走車ちゃん。ちょっち俺らにも付き合ってもらうさかい。悪く思わんでや」
身体に力をみなぎらせながら、秋葉は覚者達に追いかけながら、クイクイと指を曲げて挑発する。妖のナンバープレートには『FURIOUS DESPERADO』の文字。
「無理はなさらないでくださいね」
椿は雷鳥へ薄い水のヴェールを纏わせる。急所を重点に包み、彼女の身のこなしを阻害せぬように。
「援護や状況分析は俺たちに任せてください。皆さんはゲテモノに集中してください」
「そ、そうです。回復とかは、私たちサポートするから。だ、大丈夫です!」
鈴白 秋人(CL2000565)の生真面目そうな声、離宮院・さよ(CL2000870)の緊張の混じった声が前に立つ覚者たちの耳に届く。頼もしい後ろ盾に、覚者たちも妖へと集中する。
「スクラップにして、痛車にしてやりマース!」
カーミラが機関銃を構えながら高らかに叫ぶ。痛車だけは嫌だとでも言うように、FURIOUS DESPERADO号、もといFDがけたたましいクラクションを鳴らした。
●アクセラレーション
「いくら速いってもね、小回りはどうかな!」
真っ先に駆けたのは雷鳥だった。地面を馬の脚が力強く蹴ってFDの正面へ突撃。刃と化した鋭い蹴りが車のエンジンへと飛ぶ。車体が軽く揺れ、気筒が軽く歪み、エンジンの唸りに異音が混ざる。
蹴られた瞬間に、車の上に乗ったスピーカーがかき鳴らす重たいギターやベースの重低音が、手前にいる覚者たちへ衝撃波となって殺到する。耳を押さえても軽減することが出来ない、兵器と化したスピーカの発する音の衝撃に覚者が怯む中、身構えていた槐は車輪で軽減しながら、小さくぼやく。
「足止めしてから撥ね飛ばすつもり? 悪趣味なデザインの割に狡猾なこと」
「これ、公道にまで聞こえてそうですね……」
弓を構えた椿が、FDへと狙いを定める。距離こそ射程内であり、動きも大きいが、それでも高速で動き回る相手であれば、慎重にもなる。まして、一度に撃てるのは一発と決まっていれば尚更だ。
「祓い給え、清め給え……六根清浄!」
音波の外にいた祇澄は、走り回るFDの進路を読み、地面に手をかざす。一瞬遅れてFDのコンクリートが隆起して縫いとめんとする。ステアリングを切る度にタイヤが唸りを上げる。その途中で、ボスンという、空気が抜け出す音が響き、FDの車体が大きく揺らぐ。
「やった。残り、お願いします!」
祇澄の言葉に、善司は無言でこくりと頷いた。
「さて、そんなに暴れて、構ってほしいのか。あまえたさんめ」
霧がFDのフロントガラスの辺りを包むと同時に、運転が一瞬おぼつかなくなる。
「これで、動きが鈍ってくれれば御の字……行くぜ、イケおじさん!」
「イ、イケおじさ……まあええわ。やることはやるってね!」
苦役の声に応じて、秋葉が地面に剣を突き立てる。隆起する地面に一瞬ブレーキがかかった瞬間、苦役が剣を振るい、種を飛ばす。タイヤに付着した種子が急成長を遂げ、タイヤを引き裂きにかかる。
「援護します!」
「む、無理しないでくださいね……!」
苦役達の連携に遅れて秋葉の放った衝撃波が残ったタイヤを引き裂く。さよの放つ癒しの霧が、音の衝撃波に怯んだ覚者を癒す。
「ガン・ホー! ガン・ホー!」
パンクし、動きの鈍ったFDに、カーミラは全てを押し流す濁流の如き機銃掃射を加える。スピーカーから流れる大音量のBGMに劣らぬ轟音が響き、無数の弾丸がFDのあちこちに命中し、火花が散る。
「これで全てのタイヤを潰した……これから何をしでかすかが、怖い所ね」
車輪のガードを一旦解き、槐はFDの様子を見る。車体は銃弾であちこちがへこみ、タイヤからは甲高い、嫌な音が響いている。しかし、車の操縦に大きな変化は無い。むしろ、さらにエンジンの唸りは大きくなっている。車の後部に備え付けられている二対の筒からは時折ぼふん、と炎が吹き上がった。
「ここからが正念場、でしょうか……」
椿の勘が告げる。次からがFDの行動を注視しろと。そうしなければただでは済まないと。
体勢を立て直しながら、次は扉でもこじ開けて中から壊してやろうと思い、苦役は側面を見る。ガラスには無数の蜘蛛の巣が入り、表面も凹んでいる。しかしドアらしきものはなかった。よく見ると、ドアの駆動部には、丁寧に溶接がされてある。
「……やっべえ、マジで頭悪い車じゃん! 乗ったら最期じゃん! 何考えて作られてやがんの、コイツ?」
「何か考えてたら、こんな車作れないと思うぜ」
ゲラゲラと笑う苦役を見て、善司は首の後ろを押さえながら答えた。
●スパイラルアウト・オブ・コントロール
「とはいえ、洒落にならない類だよ、コイツは!」
位置取りを探るように動き回るFDとの間合いを詰めながら、雷鳥は続けて構えたランスで、マフラーへと鋭い二連の突きを繰り出す。突き刺すというよりも、押し潰すような攻撃に、無理な部位改造によって取り付けられたパーツは紙のようへしゃげる。残った増設マフラーから、青い炎が噴き出した。後先を考えない突撃の兆候。
「デカい攻撃が来る! 備えて!」
比較的攻撃の届かない後衛から、守護使役や直観を研ぎ澄まして戦場を観察する秋人が、語気を強くする。FDはエンジンの唸りを高らかに響かせ、タイヤの擦れる嫌な音とともに、制御しているのかどうか怪しいような蛇行を繰り返しながら覚者たちへと突撃する。
「オーケー。おにーさんに任せとき! ……痛いやろな」
秋葉がひらひらと手を振って、FDの前に踏み出す。剣の腹を前に突き出し、腰を入れて思い切り踏ん張る。顔に浮かぶのは不敵な笑み。そして一筋の嫌な汗。
速度のスピンの勢いに任せ、FDが横から薙ぎ払うように秋葉と激突する。即座に剣の向きを変え、押し負けまいと堪えるが、マフラーから噴射される高熱と、明らかな重量、サイズ差では限界があった。秋葉は地面に叩き付けられるようにして転がり、十数メートル後ろへと弾き飛ばされる。
「も、もう一撃、来ます!」
さよが悲鳴のような声でFDの行動を告げる。陣形の乱れこそ最小限ではあったが、続けて戦列をかき乱されては覚者といえども更なる苦戦を強いられる。
「いたずらに戦闘が伸びるのも嫌だしね。貸一つですよ」
続いては槐が前に出て、両手に持つ車輪を即席の盾として身構える。再び噴射される炎と横殴りの突進が飛ぶ。痛みと過去のフラッシュバックに、彼女は整った眉をひそめた。
「だ、大丈夫ですか?」
椿の傍にまで吹き飛ばされた槐に、彼女は心配そうに告げる。
「あんな運転、そう何度も出来るはずがありません。あとはあなたたちの仕事」
擦り傷だらけの身体を起こし、槐は椿を見た。椿は大きく頷いた。回復は秋人やさよに任せて、一気に勝負を押し切るべきだと。事実、FDの動きは少しずつ鈍っている
「……当たって!」
椿の弓から圧縮された空気が飛ぶ。不可視の弾丸が、せりだしたスピーカーを潰し、BGMに雑音を混ぜる。
「一気に、畳みかけます。では、こちらは。土行壱式・琴桜!」
椿の攻撃に一瞬遅れ、祇澄が肉薄。ボンネット、そして唸る気筒へと向けて硬質化した左腕を、覚者として強化(ブーステッド)された力に任せて叩き付ける。ガゴンと強い音が響き、車が大きく揺れる。思いのほかの固さに祇澄は腕を軽く振った。
「走り回って疲れたんじゃねえの。じゃれるのはそろそろしまいにしようぜ、あまえたさんよ」
善司が続けて波動弾を放つ。気筒を貫き、蜘蛛の巣上状になって、ほとんど前が見えなくなっているであろうガラスを粉々に破砕していく。
「イケおじさん達の犠牲、無駄には……」
「ちょっと、勝手に……」
「殺さんといてーな」
「うっし、ツッコミ出来るくらいに元気じゃん! 二人の分ももらっとけ!」
彼なりの冗談めかした気遣いに対する槐と秋葉の抗議を聞き、苦役はさも愉快そうに笑いながらFDへと突撃する。跳躍し、ボンネットめがけて落下しながら刀を気筒めがけて突き立てる。甲高い音が響き、回転する気筒と刃が拮抗して激しい火花を散らす。
「クエキ、私が引導を渡してやりマース! ファイヤー!」
「ちょっ、俺がやられるみたいじゃん!」
華奢な体躯に似合わぬ巨大な銃身を構え、カーミラの高らかな叫びに、苦役は刀を引き抜いて離脱する。徐々に砲身の回転速度が上がり、やがてほとんど一つに繋がった銃声が響く。
銃声が止んだ先には、廃車同然となり、煙を上げて尚、動こうと気筒を激しく回転させるFDの姿があった。しかし、ニトロ噴射用のマフラーはへし折れ、潰れほとんど用を成しておらず、スピーカーもまた、破壊されてノイズのような音しか発していない。
「近付いて噛みつかれるのもおっかないからね……あと、任せるよ」
雷鳥の言葉に、椿はこくりと頷いた。弓を引き絞り、狙いを定める。照準はせり出した気筒。放たれた矢は、吸い込まれるように気筒へと突き刺さる。回転の唸りが徐々に静かになり、やがて、止まった。
●ブロウ・アップ
「終わりやな。いっつ……」
秋人とさよに手当てを受けながら、秋葉と槐は痛みに表情を変えながら沈黙したFDを眺めていた。
「完全に回復……ってのは、厳しそうです」
「ご、ごめんなさい。これが精いっぱいで」
「大丈夫ですよ。このくらいならね……」
申し訳なさそうにする秋人とさよの言葉を、槐は手を突き出して制止させた。少なくとも、彼女にとってはこの程度は気にすることでもなかった。
「これ、どうしましょう。邪魔に、なっちゃいますよね」
「直せるんだったら、一回乗り回して見たいけど……冗談だよ、冗談」
雷鳥の言葉に、祇澄は眼を丸くしてスクラップ寸前のFDと雷鳥を交互に見た。雷鳥はにやりと笑ってひらひらと手を振る。流石にここまでボロボロになってしまえば、直す金も馬鹿にはならない。
「片付けるまえに……約束通り、痛車にしてくれまーす! ツバキも一緒にやりましょう!」
「へ、私ですか?」
「ついでに若葉も貼り付けてやりましょう。粋がる車に、オシオキデス!」
カーミラが、どこからともなく取り出したカラースプレー。困惑する椿をよそに、カーミラはさも楽しそうにスプレーをしゃかしゃかと振る。その後ろで、苦役はFDの残骸を見ながらケタケタと笑いながらまくしたてている。
「いやー、しかしホント。頭の悪いデザインのお約束だらけじゃん。お約束……お約束……眼帯ちゃん、マズいんじゃね!?」
苦役の想像通りだった。カーミラが近づく前に、FD号は轟音を響かせて爆発。覚者達はとっさに身をかばったため、ほとんど怪我と言う怪我をすることはなかったが、FDは派手に燃え上がり、黒い煙がふわりと浮かんで小さな雲を作った。自らがここにいたという証拠を覚者達へ見せつけるように。もしくは、痛車になるのだけはいやだというように。
「負けたら爆発……ここまでする意味って、あるの?」
「無いだろうね。妖になってついたのか、はた迷惑な改造をする奴がいたのか……」
祇澄の問いに、雷鳥は即答する。緊急停止用のキル・スイッチなどを隠し持っているなどならまだしも、普通の車を爆発させる意味などほとんど無い。
「むぅ。往生際の悪い奴デス! そんなに痛車が嫌デスカ!」
「そりゃ、嫌やろ。負けて落書きされるなんて、僕だって嫌や」
「死化粧を施す義理はないと思いますよ」
「む、無理はしないでください」
憤懣やるかたないカーミラをみて、秋葉と槐はくすくすと笑った。傷口に響き、笑いながら顔をしかめた。それをあわててさよが押さえる。
どたばたとする覚者たちのなかで、善司は転がって来た破片を軽く拾い上げる。まだ熱を持っている欠片を見て、ため息をついた。交通量の少ない場所だからこと、こうまで上手くいったものの、これが交通量の多い場所だったら、FDが覚者達を無視して突っ切ろうとしていたらと、最悪のケースがいくつも頭の中をよぎる。そして、似たようなケースが今後起きない保証はどこにもない。
「こんなものが出ていたら、どうなっていたことか」
「そうしないために、私たちがいるんですよ」
スプレーを手持無沙汰にしながら、椿が善司のぼやきに答えた。
「あまえたさんは気が楽だ。暴れるだけ暴れれば、それでいいんだから」
苦笑いを浮かべ、善司は欠片を少しずつ炎がおさまりつつあるFDの車体へと放り投げた。
