俺の彼女が雪女だった件
俺の名前は里中正志(さとなか ただし)。サッカー部所属(ポジションはMF)。得意教科は体育、苦手な教科は化学。いわゆる普通の高校二年生だ。この夏は部活に明け暮れる予定で、悩みと言えば彼女とのデートの時間をどう作るかって事くらいだった。
そんな俺が、何故こんなとんでもない状況に置かれてしまったのか――どこから説明したもんかなー。
俺は今。
氷漬けになっている。
先に言った通り、俺には彼女がいる。名前は雪音(ゆきね)――俺も含めて、皆からは「雪姉(ゆきね)ぇ」って呼ばれてる。そう、年上だ。というか、俺のクラスの担任である。
教師と生徒という立場もあって、あんまり大っぴらにデートとかはできないんだけど、交際は順調だった……と思う。少なくとも俺はそう思ってる。
そんなある日。
「……タダシ君、その娘(こ)は何?」
「あ、雪姉ぇ。何って、雪姉ぇも知ってるじゃん。恭子だよ」
「こんにちわー」
「……知ってるわよ。私が聞きたいのは、何で、二人きりで帰っているのかという事よ」
「何でって、家隣だし。あ、あれ? もしかして何か怒ってる?」
「わ・た・し・と・い・う・も・の・が・あ・り・な・が・らぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
――至る、現在。
「あなたの行為は、近隣住民に多大な迷惑を掛けています! ただちに抵抗をやめて、人質を解放しなさーい!」
拡声器を手に呼び掛ける警察官を襲うように、いくつもの雪玉が飛来した。「うわわわわ!」、慌ててパトカーの陰に隠れた警察官は、「ま、まるで映画みてぇだ!」と何故か嬉しそうだ。
住宅街の一角。周囲には大きな人だかり。その中心には、氷と雪に覆われた一軒家の姿があった。その二階、ベランダから顔を出した黒髪の女性が叫ぶ。
「帰って! 私はここでタダシ君と一生過ごすの! うえぇ~ん!」
「と、言っておりますが?」
警察官に尋ねられた、家の持ち主である夫婦の反応はといえば、
「雪音先生が嫁に来てくれるのなら嬉しいけど、家が氷漬けなのは困るかなぁ」
「でもお父さん、この季節は涼しくて良いわよ」
わりと暢気なのが救いだろうか。
「……どうします?」
「古妖みたいだし、F.i.V.E.に連絡するか」
そんな俺が、何故こんなとんでもない状況に置かれてしまったのか――どこから説明したもんかなー。
俺は今。
氷漬けになっている。
先に言った通り、俺には彼女がいる。名前は雪音(ゆきね)――俺も含めて、皆からは「雪姉(ゆきね)ぇ」って呼ばれてる。そう、年上だ。というか、俺のクラスの担任である。
教師と生徒という立場もあって、あんまり大っぴらにデートとかはできないんだけど、交際は順調だった……と思う。少なくとも俺はそう思ってる。
そんなある日。
「……タダシ君、その娘(こ)は何?」
「あ、雪姉ぇ。何って、雪姉ぇも知ってるじゃん。恭子だよ」
「こんにちわー」
「……知ってるわよ。私が聞きたいのは、何で、二人きりで帰っているのかという事よ」
「何でって、家隣だし。あ、あれ? もしかして何か怒ってる?」
「わ・た・し・と・い・う・も・の・が・あ・り・な・が・らぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
――至る、現在。
「あなたの行為は、近隣住民に多大な迷惑を掛けています! ただちに抵抗をやめて、人質を解放しなさーい!」
拡声器を手に呼び掛ける警察官を襲うように、いくつもの雪玉が飛来した。「うわわわわ!」、慌ててパトカーの陰に隠れた警察官は、「ま、まるで映画みてぇだ!」と何故か嬉しそうだ。
住宅街の一角。周囲には大きな人だかり。その中心には、氷と雪に覆われた一軒家の姿があった。その二階、ベランダから顔を出した黒髪の女性が叫ぶ。
「帰って! 私はここでタダシ君と一生過ごすの! うえぇ~ん!」
「と、言っておりますが?」
警察官に尋ねられた、家の持ち主である夫婦の反応はといえば、
「雪音先生が嫁に来てくれるのなら嬉しいけど、家が氷漬けなのは困るかなぁ」
「でもお父さん、この季節は涼しくて良いわよ」
わりと暢気なのが救いだろうか。
「……どうします?」
「古妖みたいだし、F.i.V.E.に連絡するか」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.雪音を鎮める
2.タダシ君を救出する
3.なし
2.タダシ君を救出する
3.なし
というわけで、丸投げされてしまいました。頑張りましょう。
●登場人物
・雪音
雪と氷を操る古妖。いわゆる雪女。古妖である事を隠して暮らしていたが、今回の事件で発覚。情に厚い分、嫉妬深い性格。絶賛暴走中。
・タダシ君
フルネームは里中正志(さとなか ただし)。リア充。雪音の彼氏。現在は雪音に氷漬けにされて二階の自室に安置されている。
・恭子
タダシ君の幼馴染。仲は良いが、特に恋愛感情は無い様子? 大体の事情は彼女の話として聞いたもの。
・タダシ君の両親
暢気か!
●事件解決に向けて
事件現場はタダシ君の自宅。「まず話し合おう」となったところで雪音が暴走し、現状に至ったようです。タダシ君以外は全員無事。
とりあえずは雪音と戦って力を消耗させれば、話し合いを行う余地も出てくると考えられます。雪音の力はかなり強いですが、無意識の手加減はされている模様。命の危険はあまり考えなくても良いです。ただ、下手するとカチンコチンにされてしまうので注意。
また、タダシ君を解放する方法も募集。氷の棺は時間経過でも溶けるでしょうが、それまでに彼が無事とも限りません。暴走状態で使った力なので、雪音にも簡単には解除できないようです。リア充ですが爆破以外で何とかお願いします。
それでは、皆様のご参加を心よりお待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
4/6
4/6
公開日
2016年08月30日
2016年08月30日
■メイン参加者 4人■

●雪女の慟哭
「そんなに若い子がええんかー! 制服JKは性的シンボルなんかー!」
おーんおんおんおん――雪音の嗚咽が響く現場を前に、『感情探究の道化師』葛野 泰葉(CL2001242)は大仰な身振りで歓喜を露わにした。
「クハハッ! 実に質のいい『嫉妬』の感情ですね! こんなに離れた俺の所にまでビンビンキてますよ!」
仮面を付けた姿は嫌でも注目を集め、周囲の野次馬は何事かと遠巻きに囁き合っている。
坂上・恭弥(CL2001321)は思わず隣の『燃焼系ギャル』国生 かりん(CL2001391)に尋ねていた。
「おい、大丈夫なのかあいつ?」
「んー、ただの変態じゃない? いざとなりゃボコって黙らせとけばいいでしょ。ヨロシクね♪」
「やるのは俺かよ。構わねぇが……」
「おっと。背中から撃たれるのはご勘弁願いたいですね」
いつの間に移動していたのか。二人の間からニョッキリ生えてきた泰葉に、かりんと恭弥は仰け反って距離を取っていた。
彼は楽しそうに身体を震わせると、くい、と仮面の位置を直してみせる。その下にはどんな表情を浮かべているのか。
「俺としてはこのまま見ていたいのですけれども、人様の迷惑になっているのも確かですからね……仕事はしますよ」
「では」、一方的に話を終えると、滑るような動きで家屋の裏口へと回っていく。
二人は再び顔を見合わせた。
「やっぱり……」
「変態だな」
「ですが同時に、彼は純粋な探究者でもあります。その目的に相反しない限りは心強い味方となってくれるでしょう」
そう告げたのは『誰が為に復讐を為す』恩田・縁(CL2001356)だった。神に仕える者の衣装に身を包んだ彼はしかし、意味ありげな笑みで付け加える。「相反しない限りはね」と。
「ともあれ、まずはこの場を収めませんと。あまり戦いには秀でておりませんが、精一杯援護させて頂きますよ。参りましょう」
巨大な十字架を軽々と持ち上げた縁の歩みに、野次馬達は慌てて道を空けた。「すいませんねぇ」、にこやかに頭を下げるその背中が遠ざかっていく。
色々と癖のある者ばかりが集まった感があるが、縁の言う通りだろう。相手は腐っても古妖だ。どうにかできるのは自分達しかいない。
決意を新たにすれば、表情も引き締まってくる。
「あなたは既に包囲さ――うわー! 何するだー!」
とりあえず、あの警官には退避して貰おう。
●氷点下の夏日
周囲に冷気を放つ家の玄関先に立ったかりんに注目が集まる。
「何だあのねーちゃん?」
「まさか、タダシ君のまた別の彼女?」
「二股どころか三股掛けてたってわけ? サイッテー」
野次馬達の交わす会話に、引き締まっていたはずのかりんの頬がピクピクと震える。その脳内では、天使のかりんと悪魔のかりんが理性と欲望のせめぎ合いをしているのだろう。
(うっわー、「アタシぃ~時々タダシ君に誘われて一緒に遊びに行ってるのぉ~♪」とか言ってみてぇー。絶対楽しい事になる)
(いやいや、それは最後に取っといた方が破壊力あるんじゃね?)
……失礼。小悪魔と悪魔だったようだ。
「あんた、今とんでもない事考えてるだろ」
「そんなわけないってば。オホホホホ!」
恭弥に指摘され何故かお嬢様っぽいポーズで高笑いを上げるかりんに、今度は雪音が鋭い視線を向けてきた。
「何よアンタ達! ――ハッ、その制服……」
五麟学園の事を知らないわけはないだろうし、自分達が覚者だと気がついたのだろうか?
「よその学校にまで彼女がいたのねぇ! JK! またしても若いJK!!」
ずるーっと恭弥の足が滑った。「恋は盲目」とはまさにこの事だろうか。
「こいつはやってらんねぇな……とんでもないババを引いちまったぜ」
「誰がBBAよ!」
「言ってねぇよ!」
もうこちらの言葉は全てそういう風にしか聞こえないのだろう。さっさと片付けるに限る。
「私とタダシ君の愛の巣には何人たりとも入れないわ!」
玄関を開けようと踏み出したかりんと恭弥に、無数に雪玉が襲い掛かる。
「フッ!」
「ハッ!」
しかしそれは、二人の眼前で全て跡形も無く消え去ってしまったのだった。
かりんの手には棒手裏剣と術符、恭弥は籠手をはめた腕を構えている。その両方に、燃え盛る火行の闘気が宿っていた。雪音の瞳が驚愕に見開かれる。
「覚者!?」
「ちっとお痛が過ぎるんじゃねぇか? 女を殴る趣味はないが、頭を冷やしてもらうぜ」
「お邪魔しま~す♪」
溶けた雪玉によって生まれた水溜まりを乗り越え、二人は家の中へ。
「さて、私はどうしましょうか」
思案しながら、縁は視線を野次馬の一角に走らせる。
そこにはタダシの両親の隣で見守る少女――恭子の心配げな表情があった。
「雪姉ぇ……」
(ふむ……)
そこから何を読み取るのか。
「念には念を入れて、退路を断つと致しましょうか」
二人の後は追わず、庭の方へと回るのだった。
一方その頃、泰葉はと言えば。
(やはり降りてくるようですね。凍っているとはいえ、大切な恋人がいる部屋の中で戦うはずもない……)
勝手口を封じる氷を溶かす事なく文字通り「すり抜けて」侵入した彼はバスルームの脱衣所に身を潜め、リビングへと降りてきた雪音の背中を視界に収めていた。
ここからでは姿の見えない縁が放ったのであろう霧によって視界は良くないが、この狭さでしくじるつもりはない。格闘戦の間合いにまで踏み込めば、逃げ場は限られる。
(もう少し堪能していたかったのですがね……俺はスマートな戦いを好みます。速攻でケリをつけましょう)
かりんや恭弥に向けて術を放とうとするその背後に、泰葉は一気に詰め寄った。
(覚悟!)
会心の笑みを浮かべた泰葉の表情が、振り向いた雪音の蒼い瞳を受けて凍りつく。
振りかぶった右腕は冷気を帯びた手刀によって力の方向を逸らされ、体重を乗せた肘が泰葉の鳩尾に突き刺さった。
「おほっ!?」
痛みを感じるより先に呼吸が止まり、衝撃が泰葉の身体を床に転がしていた。完璧な迎撃に、かりんも恭弥も攻撃には踏み出せなかった程だ。恭弥の口に思わず笑みが浮かぶ。
「こいつは驚いたな。古武道って奴か?」
「知り合いに合気道の師範をやっておられるお爺様がおりまして。少々手ほどきを」
答える雪音は息一つ乱れていない。ゆっくりと構えたその両腕から雪の結晶がはらはらと舞い落ちる。
「名付けて――凍刃拳」
「うわ、厨二丸出しだし」
「手ほどきなんてレベルじゃないと思いますがねぇ」
腹を押さえながら泰葉が立ち上がる。一瞬意識が飛んだが、気絶などという無様な状態は気力で免れた。その肌が凍りついていくのを縁の術が阻止する。
「思った以上に楽しめそうだ――な!」
恭弥が腕を振るい、火の玉を放った。殴り合いが得意そうに見える彼――実際そうなのだが――の飛び道具は不意を突くかと思われたが、雪音は冷静に氷の塊をぶつけて弾き飛ばした。
発生した蒸気に紛れてかりんが走る。
「これでどう!?」
火の玉の連撃をさばき切れず、ジーンズにカットシャツという出で立ちの雪音の肩を直撃。しかしそこは流石に雪女。火傷どころか服が微かに焦げる程度だ。
そこへ泰葉が迫る。
「今度こそ決めさせてもらいま――」
ぞくり、と背筋に悪寒が走り、泰葉は寸でのところで踏みとどまった。
その眼前を、透き通る程に美しい氷の刃がかすめていく。
「そしてこれが、凍神剣!」
逆袈裟からの返す刃は、蜻蛉を切って大きく後ろに下がる事で辛うじてかわした。『凍刃拳』を警戒していたらこれである。完全に間合いを外されていた。
雪音の手の中に瞬時に現れていた氷の剣はその切っ先からさらに冷気を走らせ、泰葉の脚にまとわりついて床に縫いつけてしまった。
「一対四で本当によくやってくれるぜ!」
距離を詰める恭弥に、そうはさせまいと雪音は無理向き様に『凍神剣』を振るう。横薙ぎの一撃を上半身だけの動きでかわした恭弥は、一気に雪音の懐に飛び込んだ。
しかし、間合いが詰まり過ぎている。この距離では恭弥も存分には腕を振るえない。
(でも私には……!)
大きく息を吸い込む。我が息吹は絶対零度の猛吹雪。古来より雪女が最も得意とする術である。
絶対に外すまいと、恭弥の肩をつかむべく手を伸ばす。
その視界が反転した。
「…………え?」
何が起こったのか理解できず、雪音の唇から呆けた吐息だけが零れ落ちる。
自分へと伸ばされた手首を逆に取ってくるりと投げ飛ばした恭弥の頬からは、この寒さにもかかわらず汗がしたたり落ちていた。
「合気の技を使うのはお前だけじゃないんだぜ」
にやり、と笑みを浮かべた赤い瞳が雪音を見下ろした。
「くっ……!」
それでも立ち上がろうとする雪音を、神の雷が縛りつける。
「もう充分でしょう。意味の無い暴力は終わりにしましょう。既に貴女の復讐は為されている。いえ、そもそも復讐だったかどうかも疑わしい」
庭から直接リビングへと上がってきた縁だった。慇懃な態度を取りながらも、その言葉には有無を言わさぬ迫力がある。
「う……う゛~……」
それでも納得がいかないらしく、雪音は肩を震わせたまま力を暴走させようとする。マズい!
パァンッ
乾いた音が静まり返った室内に響き渡った。
雪音の頬をひっぱたいたかりんが、驚いた表情の彼女を仁王立ちで見下ろす。
「あんたねぇ、いい加減にしなさいよ! 年下の彼氏なんだから手のひらで泳がせるくらいの余裕見せなさいっての。それを子供みたいにダダこねて! そんなに取られたくないんだったら、自分の魅力でつなぎとめろっての!!」
赤く腫れた頬を押さえたままの雪音の瞳に涙が溜まっていく。
「だ、だって、私オバさんだし、若い子には敵わないし、おまけに雪女だし……う、う゛え゛~ん!」
あとはただ、赤ん坊のような泣き声が響くだけである。
恭弥は困った様子で頭をボリボリと掻いた。
「え~っと……一件落着、でいいのか?」
「むしろここからが本番のような気はしますがね」
泰葉はそう答えながらも、凍った足元を懸命に暖めている。
かりんは大きく息を吐くと、その場にぺたんと座り込んでしまった。
「は~、こういうタイプにはこういう言い方が効くだろうと思って思わず怒鳴っちゃったけど、慣れないことして疲れたわ~」
●恋心の行く先は
「――ってゆーかね、さっきはああ言ったけど、アンタの状況で何を慌てる必要があるって話よ」
場所は変わって、タダシの自室にて。
正座していじけた表情をしている雪音の前にだらしなくあぐらをかいたかりんは、開口一番そう言い放ったのだった。
「幼馴染は明らかな噛ませ犬ポジだし、アタシも彼女持ちには一応手ぇ出さない主義だし。浮気? ナイナイ」
わざとらしく手を横に振る。「そ、そこまで言わなくても……」、思わず反論する雪音に、かりんは部屋の隅にある氷の棺を指差した。
「大体アンタ、彼氏をあんな氷像状態にしといて耐えられんの? いろんな意味で。これじゃデートもエロいことも出来ないでしょ」
「私はタダシ君が傍にいてくれさえすれば、それで幸せなの。ウフフフ……」
うっとりとした瞳に危険な色が宿る。やる事がヤンデレっぽいと思ったら、わりとガチのヤンデレだった――仕方なくこの場にいる恭弥には理解できない価値観である。
「なるほど。貴女の愛情はよく分かりました」
泰葉が大仰にうなずいてみせた。「が――」、その後に言葉が続く。
「今の貴女の行いは彼を不幸にしてるだけではありませんか? もし……貴女が彼を本当に愛してるのなら、自分の想いを主張し続けるだけでなく、相手の想いも確認して受け入れる事も必要ではありませんか?」
「タダシ君は『雪姉ぇの幸せが俺の幸せだよ』って言ってくれたもん!」
ヤンデレには無用の問い掛けだったかもしれない。
痺れを切らした恭弥は立ち上がった。説得という方法はやはり自分の性には合わない。
「まあ、アレだ。もっとお互いに話し合って仲直りすればいいだろう 。勝ったんだからな、それくらいは好きにさせてもらうぞ。あとは勝手にやってくれ」
言うや否や、渾身の力を込めて氷の棺をぶん殴った。
ボンッ!
拳が触れた瞬間物凄い爆発が起こり、中から「ぐえっ!」と声が聞こえた気がするが、多分気のせいだろう。「リア充爆発しろ」とか思ってませんよ?
それよりも問題なのは、それでも傷一つついていない事実である。
かりんは顔を近づけて詳しく調べてみる。徐々に表面は濡れてきているので、ずっとこのままというわけでもなさそうだが。
「火行の力を宿したままのアタシの身体近づけたら少しは溶けやすくなるかな。添い寝するぐらいの勢いで」
「やめておきましょう。雪音さんから仄暗いオーラが立ち昇っています」
もう一戦は流石に御免こうむりたい。「やはりここは俺の出番のようですね」、泰葉は飛び苦無を取り出すと、その刃に熱を宿らせた。そしてそのまま、氷の棺をチマチマ削り出す!
「一撃の衝撃には強いようですから、カキ氷の要領で削ってしまいましょう!」
「うわ、地味ー」
「そんな事言われても気にしませんよ! 今回の愛と嫉妬の感情、実にイイ感情でしたからね。気分がいい!」
「地道に削りながら言われても格好つかないけどな」
泰葉の努力は実を結び、「雪姉ぇ!」、「タダシ君!」と何故か感動の再開を果たした感じになって、「何じゃそりゃー!」とツッコミの嵐と爆発オチが待っているのだが、ここで事細かに語る事でもないだろう。
騒がしい部屋の様子を見上げながら、縁はほっとした様子の恭子に声を掛けた。
「これで本当に良かったのですか?」
「え? それってどういう……」
「タダシさんと雪音さんがよりを戻して良かったのか、と問うているのです。失礼ながら、貴女は本当に正志さんに恋愛感情を抱いてはいないのですか?」
一瞬キョトンとした表情を浮かべた恭子はようやく意味を理解したのか、微笑みだけで否定を示した。
「タダシ君と雪姉ぇが仲直りしないと、タダシ君の傍にいても雪姉ぇに会えないじゃないですか」
(……ん?)
想定していたのとは違う反応に、縁は心の内で訝しんだ。そして今までの事を思い出す。彼女が時折見せていた、恋心特有の熱い視線。てっきりタダシに向けられたものだと思っていたが、もしかして……?
今後もこの三人には一波乱あるかもしれない。そんな予感を孕みながら、事件は幕を閉じたのだった。
「そんなに若い子がええんかー! 制服JKは性的シンボルなんかー!」
おーんおんおんおん――雪音の嗚咽が響く現場を前に、『感情探究の道化師』葛野 泰葉(CL2001242)は大仰な身振りで歓喜を露わにした。
「クハハッ! 実に質のいい『嫉妬』の感情ですね! こんなに離れた俺の所にまでビンビンキてますよ!」
仮面を付けた姿は嫌でも注目を集め、周囲の野次馬は何事かと遠巻きに囁き合っている。
坂上・恭弥(CL2001321)は思わず隣の『燃焼系ギャル』国生 かりん(CL2001391)に尋ねていた。
「おい、大丈夫なのかあいつ?」
「んー、ただの変態じゃない? いざとなりゃボコって黙らせとけばいいでしょ。ヨロシクね♪」
「やるのは俺かよ。構わねぇが……」
「おっと。背中から撃たれるのはご勘弁願いたいですね」
いつの間に移動していたのか。二人の間からニョッキリ生えてきた泰葉に、かりんと恭弥は仰け反って距離を取っていた。
彼は楽しそうに身体を震わせると、くい、と仮面の位置を直してみせる。その下にはどんな表情を浮かべているのか。
「俺としてはこのまま見ていたいのですけれども、人様の迷惑になっているのも確かですからね……仕事はしますよ」
「では」、一方的に話を終えると、滑るような動きで家屋の裏口へと回っていく。
二人は再び顔を見合わせた。
「やっぱり……」
「変態だな」
「ですが同時に、彼は純粋な探究者でもあります。その目的に相反しない限りは心強い味方となってくれるでしょう」
そう告げたのは『誰が為に復讐を為す』恩田・縁(CL2001356)だった。神に仕える者の衣装に身を包んだ彼はしかし、意味ありげな笑みで付け加える。「相反しない限りはね」と。
「ともあれ、まずはこの場を収めませんと。あまり戦いには秀でておりませんが、精一杯援護させて頂きますよ。参りましょう」
巨大な十字架を軽々と持ち上げた縁の歩みに、野次馬達は慌てて道を空けた。「すいませんねぇ」、にこやかに頭を下げるその背中が遠ざかっていく。
色々と癖のある者ばかりが集まった感があるが、縁の言う通りだろう。相手は腐っても古妖だ。どうにかできるのは自分達しかいない。
決意を新たにすれば、表情も引き締まってくる。
「あなたは既に包囲さ――うわー! 何するだー!」
とりあえず、あの警官には退避して貰おう。
●氷点下の夏日
周囲に冷気を放つ家の玄関先に立ったかりんに注目が集まる。
「何だあのねーちゃん?」
「まさか、タダシ君のまた別の彼女?」
「二股どころか三股掛けてたってわけ? サイッテー」
野次馬達の交わす会話に、引き締まっていたはずのかりんの頬がピクピクと震える。その脳内では、天使のかりんと悪魔のかりんが理性と欲望のせめぎ合いをしているのだろう。
(うっわー、「アタシぃ~時々タダシ君に誘われて一緒に遊びに行ってるのぉ~♪」とか言ってみてぇー。絶対楽しい事になる)
(いやいや、それは最後に取っといた方が破壊力あるんじゃね?)
……失礼。小悪魔と悪魔だったようだ。
「あんた、今とんでもない事考えてるだろ」
「そんなわけないってば。オホホホホ!」
恭弥に指摘され何故かお嬢様っぽいポーズで高笑いを上げるかりんに、今度は雪音が鋭い視線を向けてきた。
「何よアンタ達! ――ハッ、その制服……」
五麟学園の事を知らないわけはないだろうし、自分達が覚者だと気がついたのだろうか?
「よその学校にまで彼女がいたのねぇ! JK! またしても若いJK!!」
ずるーっと恭弥の足が滑った。「恋は盲目」とはまさにこの事だろうか。
「こいつはやってらんねぇな……とんでもないババを引いちまったぜ」
「誰がBBAよ!」
「言ってねぇよ!」
もうこちらの言葉は全てそういう風にしか聞こえないのだろう。さっさと片付けるに限る。
「私とタダシ君の愛の巣には何人たりとも入れないわ!」
玄関を開けようと踏み出したかりんと恭弥に、無数に雪玉が襲い掛かる。
「フッ!」
「ハッ!」
しかしそれは、二人の眼前で全て跡形も無く消え去ってしまったのだった。
かりんの手には棒手裏剣と術符、恭弥は籠手をはめた腕を構えている。その両方に、燃え盛る火行の闘気が宿っていた。雪音の瞳が驚愕に見開かれる。
「覚者!?」
「ちっとお痛が過ぎるんじゃねぇか? 女を殴る趣味はないが、頭を冷やしてもらうぜ」
「お邪魔しま~す♪」
溶けた雪玉によって生まれた水溜まりを乗り越え、二人は家の中へ。
「さて、私はどうしましょうか」
思案しながら、縁は視線を野次馬の一角に走らせる。
そこにはタダシの両親の隣で見守る少女――恭子の心配げな表情があった。
「雪姉ぇ……」
(ふむ……)
そこから何を読み取るのか。
「念には念を入れて、退路を断つと致しましょうか」
二人の後は追わず、庭の方へと回るのだった。
一方その頃、泰葉はと言えば。
(やはり降りてくるようですね。凍っているとはいえ、大切な恋人がいる部屋の中で戦うはずもない……)
勝手口を封じる氷を溶かす事なく文字通り「すり抜けて」侵入した彼はバスルームの脱衣所に身を潜め、リビングへと降りてきた雪音の背中を視界に収めていた。
ここからでは姿の見えない縁が放ったのであろう霧によって視界は良くないが、この狭さでしくじるつもりはない。格闘戦の間合いにまで踏み込めば、逃げ場は限られる。
(もう少し堪能していたかったのですがね……俺はスマートな戦いを好みます。速攻でケリをつけましょう)
かりんや恭弥に向けて術を放とうとするその背後に、泰葉は一気に詰め寄った。
(覚悟!)
会心の笑みを浮かべた泰葉の表情が、振り向いた雪音の蒼い瞳を受けて凍りつく。
振りかぶった右腕は冷気を帯びた手刀によって力の方向を逸らされ、体重を乗せた肘が泰葉の鳩尾に突き刺さった。
「おほっ!?」
痛みを感じるより先に呼吸が止まり、衝撃が泰葉の身体を床に転がしていた。完璧な迎撃に、かりんも恭弥も攻撃には踏み出せなかった程だ。恭弥の口に思わず笑みが浮かぶ。
「こいつは驚いたな。古武道って奴か?」
「知り合いに合気道の師範をやっておられるお爺様がおりまして。少々手ほどきを」
答える雪音は息一つ乱れていない。ゆっくりと構えたその両腕から雪の結晶がはらはらと舞い落ちる。
「名付けて――凍刃拳」
「うわ、厨二丸出しだし」
「手ほどきなんてレベルじゃないと思いますがねぇ」
腹を押さえながら泰葉が立ち上がる。一瞬意識が飛んだが、気絶などという無様な状態は気力で免れた。その肌が凍りついていくのを縁の術が阻止する。
「思った以上に楽しめそうだ――な!」
恭弥が腕を振るい、火の玉を放った。殴り合いが得意そうに見える彼――実際そうなのだが――の飛び道具は不意を突くかと思われたが、雪音は冷静に氷の塊をぶつけて弾き飛ばした。
発生した蒸気に紛れてかりんが走る。
「これでどう!?」
火の玉の連撃をさばき切れず、ジーンズにカットシャツという出で立ちの雪音の肩を直撃。しかしそこは流石に雪女。火傷どころか服が微かに焦げる程度だ。
そこへ泰葉が迫る。
「今度こそ決めさせてもらいま――」
ぞくり、と背筋に悪寒が走り、泰葉は寸でのところで踏みとどまった。
その眼前を、透き通る程に美しい氷の刃がかすめていく。
「そしてこれが、凍神剣!」
逆袈裟からの返す刃は、蜻蛉を切って大きく後ろに下がる事で辛うじてかわした。『凍刃拳』を警戒していたらこれである。完全に間合いを外されていた。
雪音の手の中に瞬時に現れていた氷の剣はその切っ先からさらに冷気を走らせ、泰葉の脚にまとわりついて床に縫いつけてしまった。
「一対四で本当によくやってくれるぜ!」
距離を詰める恭弥に、そうはさせまいと雪音は無理向き様に『凍神剣』を振るう。横薙ぎの一撃を上半身だけの動きでかわした恭弥は、一気に雪音の懐に飛び込んだ。
しかし、間合いが詰まり過ぎている。この距離では恭弥も存分には腕を振るえない。
(でも私には……!)
大きく息を吸い込む。我が息吹は絶対零度の猛吹雪。古来より雪女が最も得意とする術である。
絶対に外すまいと、恭弥の肩をつかむべく手を伸ばす。
その視界が反転した。
「…………え?」
何が起こったのか理解できず、雪音の唇から呆けた吐息だけが零れ落ちる。
自分へと伸ばされた手首を逆に取ってくるりと投げ飛ばした恭弥の頬からは、この寒さにもかかわらず汗がしたたり落ちていた。
「合気の技を使うのはお前だけじゃないんだぜ」
にやり、と笑みを浮かべた赤い瞳が雪音を見下ろした。
「くっ……!」
それでも立ち上がろうとする雪音を、神の雷が縛りつける。
「もう充分でしょう。意味の無い暴力は終わりにしましょう。既に貴女の復讐は為されている。いえ、そもそも復讐だったかどうかも疑わしい」
庭から直接リビングへと上がってきた縁だった。慇懃な態度を取りながらも、その言葉には有無を言わさぬ迫力がある。
「う……う゛~……」
それでも納得がいかないらしく、雪音は肩を震わせたまま力を暴走させようとする。マズい!
パァンッ
乾いた音が静まり返った室内に響き渡った。
雪音の頬をひっぱたいたかりんが、驚いた表情の彼女を仁王立ちで見下ろす。
「あんたねぇ、いい加減にしなさいよ! 年下の彼氏なんだから手のひらで泳がせるくらいの余裕見せなさいっての。それを子供みたいにダダこねて! そんなに取られたくないんだったら、自分の魅力でつなぎとめろっての!!」
赤く腫れた頬を押さえたままの雪音の瞳に涙が溜まっていく。
「だ、だって、私オバさんだし、若い子には敵わないし、おまけに雪女だし……う、う゛え゛~ん!」
あとはただ、赤ん坊のような泣き声が響くだけである。
恭弥は困った様子で頭をボリボリと掻いた。
「え~っと……一件落着、でいいのか?」
「むしろここからが本番のような気はしますがね」
泰葉はそう答えながらも、凍った足元を懸命に暖めている。
かりんは大きく息を吐くと、その場にぺたんと座り込んでしまった。
「は~、こういうタイプにはこういう言い方が効くだろうと思って思わず怒鳴っちゃったけど、慣れないことして疲れたわ~」
●恋心の行く先は
「――ってゆーかね、さっきはああ言ったけど、アンタの状況で何を慌てる必要があるって話よ」
場所は変わって、タダシの自室にて。
正座していじけた表情をしている雪音の前にだらしなくあぐらをかいたかりんは、開口一番そう言い放ったのだった。
「幼馴染は明らかな噛ませ犬ポジだし、アタシも彼女持ちには一応手ぇ出さない主義だし。浮気? ナイナイ」
わざとらしく手を横に振る。「そ、そこまで言わなくても……」、思わず反論する雪音に、かりんは部屋の隅にある氷の棺を指差した。
「大体アンタ、彼氏をあんな氷像状態にしといて耐えられんの? いろんな意味で。これじゃデートもエロいことも出来ないでしょ」
「私はタダシ君が傍にいてくれさえすれば、それで幸せなの。ウフフフ……」
うっとりとした瞳に危険な色が宿る。やる事がヤンデレっぽいと思ったら、わりとガチのヤンデレだった――仕方なくこの場にいる恭弥には理解できない価値観である。
「なるほど。貴女の愛情はよく分かりました」
泰葉が大仰にうなずいてみせた。「が――」、その後に言葉が続く。
「今の貴女の行いは彼を不幸にしてるだけではありませんか? もし……貴女が彼を本当に愛してるのなら、自分の想いを主張し続けるだけでなく、相手の想いも確認して受け入れる事も必要ではありませんか?」
「タダシ君は『雪姉ぇの幸せが俺の幸せだよ』って言ってくれたもん!」
ヤンデレには無用の問い掛けだったかもしれない。
痺れを切らした恭弥は立ち上がった。説得という方法はやはり自分の性には合わない。
「まあ、アレだ。もっとお互いに話し合って仲直りすればいいだろう 。勝ったんだからな、それくらいは好きにさせてもらうぞ。あとは勝手にやってくれ」
言うや否や、渾身の力を込めて氷の棺をぶん殴った。
ボンッ!
拳が触れた瞬間物凄い爆発が起こり、中から「ぐえっ!」と声が聞こえた気がするが、多分気のせいだろう。「リア充爆発しろ」とか思ってませんよ?
それよりも問題なのは、それでも傷一つついていない事実である。
かりんは顔を近づけて詳しく調べてみる。徐々に表面は濡れてきているので、ずっとこのままというわけでもなさそうだが。
「火行の力を宿したままのアタシの身体近づけたら少しは溶けやすくなるかな。添い寝するぐらいの勢いで」
「やめておきましょう。雪音さんから仄暗いオーラが立ち昇っています」
もう一戦は流石に御免こうむりたい。「やはりここは俺の出番のようですね」、泰葉は飛び苦無を取り出すと、その刃に熱を宿らせた。そしてそのまま、氷の棺をチマチマ削り出す!
「一撃の衝撃には強いようですから、カキ氷の要領で削ってしまいましょう!」
「うわ、地味ー」
「そんな事言われても気にしませんよ! 今回の愛と嫉妬の感情、実にイイ感情でしたからね。気分がいい!」
「地道に削りながら言われても格好つかないけどな」
泰葉の努力は実を結び、「雪姉ぇ!」、「タダシ君!」と何故か感動の再開を果たした感じになって、「何じゃそりゃー!」とツッコミの嵐と爆発オチが待っているのだが、ここで事細かに語る事でもないだろう。
騒がしい部屋の様子を見上げながら、縁はほっとした様子の恭子に声を掛けた。
「これで本当に良かったのですか?」
「え? それってどういう……」
「タダシさんと雪音さんがよりを戻して良かったのか、と問うているのです。失礼ながら、貴女は本当に正志さんに恋愛感情を抱いてはいないのですか?」
一瞬キョトンとした表情を浮かべた恭子はようやく意味を理解したのか、微笑みだけで否定を示した。
「タダシ君と雪姉ぇが仲直りしないと、タダシ君の傍にいても雪姉ぇに会えないじゃないですか」
(……ん?)
想定していたのとは違う反応に、縁は心の内で訝しんだ。そして今までの事を思い出す。彼女が時折見せていた、恋心特有の熱い視線。てっきりタダシに向けられたものだと思っていたが、もしかして……?
今後もこの三人には一波乱あるかもしれない。そんな予感を孕みながら、事件は幕を閉じたのだった。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
