声だけが父娘(おやこ)を繋ぐ糸だった
声だけが父娘(おやこ)を繋ぐ糸だった


●一二年前の父の言葉
『琴音へ。パパはもうすぐ帰るから。いい子で待ってるんだよ』

●間違っているとわかっていても
 それは留守番電話に残っていた通話だ。そのデータを取り出して、何度も鮎川琴音は聞いていた。それが父親の最後の肉声だからだ。
 この電話をした後、父は死んだ。飲酒運転のトラックにはねられたのだ。慰謝料やら保険やらでお金には困らない状態にはなったが、母は夫を失ったショックで衰弱。兄弟姉妹がいない琴音は母の世話で手いっぱいだった。
 そんな中、癒しを求める様にこの声を聴く。もう顔すら思い出せない父親。この音だけが、父との繫がりなのだ。この音を失えば、もう父を思い出せなくなってしまう。そんな思いにとらわれていた。
 その過剰な思いが原因なのかもしれない。その特殊な状況が原因なのかもしれない。その繰り返された再生が原因なのかもしれない。あるいは何の関係もないのかもしれない。
 その音が、妖化した。
 音声を保存している記憶媒体は粉々に破壊され、その妖は霧のような形状を維持したまま、何度も同じ言語を繰り返す。
『琴音へ。パパはもうすぐ帰るから。いい子で待ってるんだよ』
 音の自然系妖、なのだろう。或いは父への想いが実体化したなら、心霊系妖なのだろう。
 父はもうこの世にいない。そんなことは分かってる。
 この『声』は妖の鳴声のようなものだ。そんなことは分かっている。
 妖は人類の敵だ。そんなことは分かっている。
 それでも、この妖が消えてしまえば父との繋がりは消えてしまう。父を思い出すことはもう出来なくなってしまう。
『琴音へ。パパはもうすぐ帰るから。いい子で待ってるんだよ』
 繰り返される『声』を前に、琴音は縋るように寄り添う。
 まるで、父に寄り添う娘のように。

●FiVE
「――自然系妖の打破、です」
 久方 真由美(nCL2000003)は静かに、感情を殺した声で任務の内容を告げた。
「父の想いは『そこ』にありません。居るのは妖と……泣いている子供です」
 言葉は硬く、まるで何かをこらえるように真由美の拳は握られていた。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:どくどく
■成功条件
1.妖の全滅
2.なし
3.なし
 どくどくです。
 妖を倒してください。ただそれだけのミッションです。

●敵情報
・『メッセージ』(×1)
 自然系妖。ランク2。形状は直径一メートルの薄緑色の靄。低ランクの妖よろしく、同じような言語を無意味に言い続けています。知性はなく本能だけで動きます。
 その足元には壊れた音声再生器があります。修理は不可能でしょう。

 攻撃方法
 振動球  特遠列  振動する音の塊を放ち、目標の足元で爆発させます。
 貫く声  特遠貫3 一直線に突き進む音の矢です。〔100%、50%、25%〕
 音量増加 自付   音量を上げます。特攻増加

・『ノイズ』(×3)
 自然系妖。ランク1。形状は直径五〇センチの薄紅色の霧。耳障りな雑音を鳴らしています。知性はなく、本能で動きます。
 
 攻撃方法
 耳障りな音 特近単 耳元で耳障りな音を立てて、鼓膜と心を震わせます。〔弱体〕

・鮎川琴音(×1)
 こちらのいう事を聞いてくれない覚者、という意味で隔者。一六才女性。土の精霊顕現。
『メッセージ』を守るように動きます。覚者が妖を攻撃する限り、説得は不可能です。そして『妖』ではないので、彼女の生死は成功条件に影響しません。
『メッセージ』が戦闘不能になると、彼女も戦意を失います。
『五色の彩』『無頼』『烈波』『蔵王』を活性化しています。
 
●場所情報
 病院の中庭。時刻は昼。それなりに人が来る可能性はあります。足場や広さ、明るさなどは戦闘に影響を与えないものとします。
 戦闘開始時『メッセージ』『鮎川琴音』が後衛に、『ノイズ』(×3)が前衛に居ます。覚者達は敵前衛から一〇メートル離れた場所から戦闘開始です。
 
 皆様のプレイングをお待ちしています。

状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2016年08月20日

■メイン参加者 8人■



 妖となった『声』を破壊するだけの簡単な任務。
 邪魔する『隔者』はいるが、それは経験豊富な八人の覚者の前には些末事だろう。
 そう、簡単な任務なのだ。……ただ目的を果たすだけなら。

「思い出が妖化したら、かぁ……」
『鬼籍あるいは奇跡』御影・きせき(CL2001110)は繰り返される妖の『鳴声』を聞きながら、隔者の心情を慮る。幼き頃に両親を無くしたきせきは、縋りたくなる気持ちはよく理解できる。両親の形見が妖化したら、確かに何もできなくなるだろう。
「……そうね。それはとても辛いことだわ」
 胸に手を当てて三島 椿(CL2000061)は口を開く。椿は両親の声すら知らない。だからこそ、その大切さが理解できる。一二年間ずっと縋ってきた父親との繋がり。それを失うことがどれほどの悲しみか。声すら得られなかった椿だからこそそれはわかる。
「娘を持つ親として、その気持ちは嬉しい事なんだがな」
 丸めた頭を撫でながら『花屋の装甲擲弾兵』田場 義高(CL2001151)はため息をつく。娘に強く慕われる。これが父親にとってどれほどうれしい事か。だが、それは違うのだ。ゆっくりと隔者に向かって進んでいく。
「子の幸せを望まない父親はいないもんな」
 覚醒して若返った姿に変化する『正位置の愚者』トール・T・シュミット(CL2000025)。目の前にあるのは父親ではない。その声を真似るだけの妖だ。だから本当の父親の想いに沿うように動こう。
「寄る辺がある。それがどれだけ大事な事か」
『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)は自分の妹の事を思いながら口を開く。両親を失っても真っ直ぐに育つ妹は、御菓子という存在があったからだろう。隔者にとってはそれはあの『声』なのだ。それを失いたくない気持ちは理解できる。
「ショセン他人事よ……でも……」
 ペンダントを指でなぞりながら『デブリフロウズ』那須川・夏実(CL2000197)は目を伏せる。九つに父親を失った夏実。謀殺された夏実の父と、事故死した隔者の父。その差は大きいのだろうか。それとも同じなのだろうか。分からないけど、それでも。
「……僕は見守ることにする」
 刀を納め水蓮寺 静護(CL2000471)は瞑目する。妖を前に刀を納めるなどあるまじき行為だが、これも作戦かと自らを律する。隔者に対して思う部分はあるが、それを口にはしない。ただその結末を見守るのみ。
「結界、張り終わりました」
 野次馬が近づかないように結界を張っていた阿久津 ほのか(CL2001276)が戻ってくる。父を失った隔者。ほのかも同じ経験があるため、妖を守ろうとする気持ちは理解できる。それでも、これでいいわけがないのだ。
「……ああ、やめて……」
 やってきた覚者。その理由と意味を知って、隔者は泣きながら首を振る。この『声』を失いたくない。妖かもしれないけど、これはたった一つ残った父の『声』なのだ。
『琴音へ。パパはもうすぐ帰るから。いい子で待ってるんだよ』
 時間にすればわずか数秒。その数秒に込められた父の想い。そして果たされなかった約束。
 妖が口にする『声』を聴きながら、覚者達は戦場に向き直った。


 覚者達の目的は妖の退治である。
 それはそこに居る皆理解していた。組織外の隔者――鮎川琴美でさえ理解できる。
 だが覚者達は神具を手にすることなく鮎川に向き直っていた。その間、妖が攻めているにもかかわらず、である。
「お前さんがお父さんの声を大切にしてる気持ちはわかる」
 父親の立場として、義高が口を開く。夢見から話を聞いただけだが、幼いころからずっと父の声を心の支えにしてきたと言うのは、自分の娘ではないが、嬉しく思ってしまう。
「だが、それに囚われるのは少し違うな。今、お前さんの隣にいるのは、ただお前のお父さんの声を垂れ流してるだけのモノでしかない」
「……っ! そんなことは、わかってる! だけど、だけど!」
 義高の言葉に激高する鮎川。そんなことは言われるまでもない。
「俺たちは、それを忘れろと言っているんじゃない。お前さんは、亡き父の思い出が、その声にしかないと思っているかもしれんが、本当にそうなのか考えてみろ」
「そんなこと……!」
「お母さんが病弱になった中で、琴音さんがその背負った負担とプレッシャーからお父さんの声にすがってしまう気持ちはわかるわ」
 泣きじゃくる鮎川を宥める様に御菓子が優しく声をかける。誰とて強く在れるはずがない。頑張っている子供が、強く立てるのはその支えがあるからだ。そしてそれが父の声だった。だからこその行動なのだ。
「わたしたちは琴音さんのお父さんとの思い出を大事にすることを否定してるわけじゃないの。お父さんの思い出から何かを生み出せばいいんじゃないかと思ってるの」
「何かを……」
「琴音さん、あなたはまだ若い。周りをよく見ればお友達も夢も希望も未来も、いろんなものが得たり、描いたりできるんです」
「ぼくも事故でパパとママを失くしたから、縋りたい気持ち、すごく分かるよ」
 同じ傷を持つきせきが鮎川に語り掛ける。立場が逆ならば同じことをしていただろう。許されなくとも、間違っていても、非難されても。
 両親を亡くした時、きせきは探した。父と母の姿を。声を、痕跡を。ありもしないとわかっていても、それを探していた。半年の間感情を失い、ただ探していた。そしてそれは……今も変わらないのかもしれない。
「鮎川さん、その声が妖って分かってても、思い出に縋りたいんだよね」
「…………っ」
「でも君のパパは、こんなふうに人を傷つける人だったの?」
「違う!」
 首を振って否定する鮎川。それだけは、それだけは違うと断言できる。
「だったら、こんなのが間違ってることも――」
「それでも……! それでも……!」
「それでも――貴方にとって何よりも大切なものだものね」
 鮎川の言葉を継ぐように椿が言葉を続ける。覚者の言葉を拒み続ける鮎川。その度に涙を堪える様に震えているのが分かる。それだけ大事な物だから。そしてそれが妖化という形で汚されてしまったから。
「始めまして、私は三島椿。私は両親の声も知らない。だから貴方が少し羨ましい」
「……え?」
「私ね、昔……兄に両親に会いたいと駄々をこねた事があったの。
 その時に兄は、俺とそしてお前の中に両親はいると言っていたわ。その眼もその容貌も、そして性格も受け継いでいる者の中に」
 自らの胸に手を当て、椿は鮎川を見る。傍にはいなくても記憶もなくても、それでも確かにそれはあると誇らしく。
「帰って来ると思っていた人が帰って来なくて、おかえりなさいを言えなくなるのは……辛いですよね」
 鮎川の気持ちを察してほのかが言葉を挟む。同じく父を待ち、隔者に殺されて帰ってこなかったという経験を持つほのか。だからこそ鮎川が縋る理由が分かる。そこに思いがあることもあるが、父はまだ帰ってくるのだと思いたいなのだ。
「でも、琴音さん。『声』だけだと、そう思わないで下さい。思い出せなくなるのが怖くなったら、ご家族の方とお父さんの事をいっぱい話して下さい」
「それでも、限界があるわよ……!」
「思い出の為に『声』を……妖を守って、これ以上苦しまないで下さい」
「私は……苦しくなんか……」
「苦しくないなら、なんでそんな顔するのよ!」
 涙を流し、夏実が叫ぶ。仲間の傷を癒すことに専念しようと思っていたが、我慢できずに口を挟む。……いや、違う。本当はずっと叫びたかった。他人事と割り切れるほど、夏実は大人ではなかった。
「アナタはこの一二年、ずっとその声を聴くだけだったの? 違うでしょ? どんな人だったか想像してたでしょ? お母さんにも聞いたでしょ? ずっとずっと、一二年、想い続けて来たでしょ!?」
 ペンダントを握りしめながら、夏実は叫ぶ。まるで自分がそうであったかのように。
「……いいえ、これからもずっと、ずっと想い続けるんでしょ!? だったら、声が消えた程度で絆が消えるわけない!」
「そんなの……そんなのわからないわよ! ずっと思いづけられるかなんて……!」
「忘れろ、なんて言えねーよ。だからこそ、『それ』を、メッセージを、汚させたくねぇんだよ」
 頷きながらトールが口を挟む。妖の攻撃から仲間を癒しながらの説得だ。
「名前は、親が一番最初に子供に授ける絆だ。鮎川琴音。由来を聞いたことがあるか? どんな想いでつけたか、知ってるか?」
「……琴のような音で、誰かを癒せるように……」
「繋がりは声だけじゃない。母親も、父の友人もいる。みんなが、お前の父さんを覚えてるんだ。
 お前の大事な想いを、ただの暴力にさせるな」
「でも、あの声が無かったら私は……」
「大丈夫だ。それだけ大切な想いなら、頭じゃない。心が覚えてる。
 お前は、忘れない。その想いが消えないかぎり、絶対に繋がりは断てない」
「どうして……どうしてそんな優しいこと言うの……? 私は間違ってるのよ。いっそ――」
「いっそ妖と一緒に殺してくれ、というのならそうしてもいい」
 冷徹に静護が告げる。
「『危険だから』『妖だから』……そんな理由で心の拠り所を壊されて縋るものがなくなる。
 その苦しみから解放してほしいというのなら、そうする」
 手にした蒼き刃を持つ日本刀は、無抵抗な隔者など一刀のもとに切り伏せることができるだろう。仲間の覚者達がその言葉に緊張が走る。
 時間にすれば数秒も経っていないだろう。静護は無言で鮎川を見ていた。覚者の言葉に心揺さぶられ、そして涙を流し自らの命を奪う刃を見る少女。
 死が救いとは言わない。だが苦しみを長引かせることを良しとはしない。水蓮寺静護という覚者はそういう人間だった。
 その刃は静かに振るわれる。
 ――妖に。
「その目は、死を求める目じゃない。泣きながら希望(まえ)を見る目だ」
 崩れ落ちる鮎川。父への思いやら喪失感やら優しい言葉やらでぐちゃぐちゃになっているけど。
 彼女に妖を守ろうとするそぶりは、見られなかった。


 鮎川の説得に成功し、攻勢に出る覚者達。
 だがその間にも妖は攻め続け、前に立っていたトールときせきと義高が命数を削るほどの傷を負っていた。
「下がっててください!」
 ほのかは鮎川を妖から遠ざける様に後ろに下げる。左手の平に瞳を開き、その瞳で妖を睨んだ。瞳孔が動き、妖を標準にとらえる。瞳からまっすぐに放たれた光が妖を貫いた。古妖との絆によって得た力。その力が父娘の絆を取り戻した少女を救うために放たれる。
「妖にゃ悪意も、計算もないだろうが、こいつが今の気持ちを乗り越えるのに邪魔なんでな、消えてもらわにゃならん。すまんな」
 義高は『ギュスターブ』を構え、大きく振り上げる。身長二メートル近くの義高が巨大な斧を頭まで振り上げれば、そのまま落とすだけでも凶悪な威力となる。そのまま処刑人のように、無慈悲に妖に斧を振り下ろした。
「あの『声』を残す方法があればいいんだけど……」
 味方を癒しながら、必死に妖の発する『声』を覚えようとする椿。だがどこまでやっても、それは『コピー』にしかならないこともわかっていた。所詮同じデータだが、それは『父の肉声』ではなく鮎川の支えにはならない。その事に気づき、諦める。
「勾玉の力で痺れさせちゃうよー!」
 きせきは『世界刀・奈落』を手に妖の群れに突撃する。自分の為に調整してもらった双刀。無邪気に刀を振るうのは『両親がいた頃』を想起してか、あるいは恐怖心を隠す仮面か。その心中は分からない。だがどちらもきせきという覚者なのだ。
「これが彼女のとっていい結果となればいいのだが」
 息を整え、刀を握りしめる静護。鮎川という娘は、現実問題としてなにも変わらない。病床の母の世話や、大事な物を失ったこと。苦しみはこれからも続くだろう。……だが、それでも生きることを選ぶのなら、それも結果だ。そう割り切って白の一閃を放つ。
「説得できても、守ってあげられなきゃ格好がつきませんわね」
 ヴィオラを手に曲を奏でながら、御菓子が術を展開する。仲間の傷を癒す回復の水術。それが説得中に攻撃され、深く傷ついた仲間たちを癒していく。大人の役目は子供を守り、導くこと。その責務を果たすべくヴィオラは響き渡る。
(想い続ける限り、御父様はずっと、ココにいるの。いるんだから……)
 夏実はペンダントを握りしめながら、言葉なく思う。亡くした人に触れることはできない。声を聴くことはできない。だけど想うことはできる。それは時により風化するかもしれないけど。それでも忘れない限りはそこに居るのだ。
「いい加減、その猿真似をやめさせてやる」
 神具を妖に向けてトールが同じ『鳴声』を繰り返す妖を睨む。あれはただの妖の発する音であり、鮎川の父の声ではない。その猿真似が彼女の足を止めるのなら、打ち砕くのが覚者の使命。放たれた衝撃波は、妖二体を貫いて突き進む。
「きゃん!」
「まだ倒れないわよ!」
 後方にいた御菓子と夏実が音の爆発に巻き込まれて命数を削るが、その頃には妖もかなり疲弊していた。
「これで終いだ。すまんがとっとと死んでくれ」
 義高が振り下ろした斧が、妖に迫る。刀身に鱗の紋様とワニの歯のようなギザギザが付いた斧。ワニの心が宿ったと言われるその斧が無慈悲に靄かかった妖を両断する。
『琴音へ。パパはもうすぐ帰るか――ラ……ッ!』
 父の声に似た『鳴声』は、妖が両断されると同時に途切れて消えた。


「…………あ……」
 鮎川は消えゆく妖に手を伸ばそうとし、その手を自分の意志で止める。強く拳を握り、目を閉じて。そのまま膝を折って崩れ落ちる。
「なんとかなったな……やれやれだ」
 トールは鮎川を見ながらため息をつく。まだ完全に降りきれたわけではないが、最悪の事態は回避できそうだ。覚醒を解いて二〇代後半の青年の姿に戻る。日に焼けた金髪を掻き、脱力する。
「ん。そうね」
 覚者に背を向けて、言葉少なく夏実は頷く。背を向けている夏実の表情は誰にも見えない。ただ肩を震わせ、顔を拭いているのは分かる。その表情を覗き込もうとする不粋者はこの場にはいなかった。
(よかった。皆の気持ちが琴音さんに届いて)
 椿は仲間の傷を癒しながら、そんなことを思う。説得は届かない可能性もあった。頑なに拒否される可能性もあった。仲間達の言葉と気持ちが届いたからこそ、今の結果があるのだ。
「このでかい図体が役に立ったな。……痛たたたっ……!」
 説得の間ずっと妖の前に立ち、妖を責めずにその攻撃を受けていた義高が傷の痛みに声をあげる。妖の攻撃は物理的な攻撃ではなく音波によるもの。持ち前の体力で受けきったが、衝撃が骨まで響いたように残っている。
「まだ過去から脱却できたわけじゃないけど……それでも一歩は踏み出せたみたいね」
 忘我している鮎川を見ながら御菓子はそう判断する。今の段階で無理強いさせても逆効果だ。泣きたいときには泣いていい。下を向いた経験も、何時か芸術に生きることがあるのだ。そういった音楽家を御菓子は知っている。
「一緒に事故現場へお花を供えに行ってもいいですか?」
 ほのかは鮎川にそう申し出るが、首を横に振って拒否される。彼女からすれば父を失ったトラウマのある場所だ。特別な理由がなければ近づきたくもないという。ほのかもそれ以上は言わず、瞑目した。
(もしパパとママの写真が妖になったりしたら……)
 刀を納めながら、きせきは『もし』を想像する。そして同じことを自分に言われたら……納得できるのだろうか? それとも納得できないのだろうか? 今はたぶん納得できると思う。だけど、本当にそうなった時はどうなのか。……分からない。それが人の心なのだ。

 後日談として。
 鮎川琴音は変わらず母の看病を続けていた。数日間は俯くことも多かったが、俯く頻度は日を経るごとに少しずつ減ってきたと言う。
 父との糸を失い、それでも彼女は生きている。
 声以外の何かに、父娘の繫がりを得て―― 

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし



■あとがき■

 どくどくです。
 説得の難易度は高く設定していましたが、ここまでは想定外でした。

 戦闘よりも心情面に描写をおいたリプレイになりました。
 この結末は皆様の言葉の結果です。
 その分ダメージも深いですが、名誉の負傷と受け取っていただければ幸いです。

 それではまた、五麟市で。




 
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