貝水浴
海水浴場に妖が現れて、人を襲っている――
そんな報告を受けて派遣されたF.i.V.E.の覚者達が到着したのは、小さな港町の小さな海水浴場だった。
「こんな場所で発生する妖とくれば、やっぱり――」
報告によれば、水中を物凄いスピードで移動して、あっという間に人を海中に引きずり込んでしまったそうな。
兎にも角にも、相手の姿を確認しなければ始まらない。覚悟を決めて浅瀬に踏み込んだ覚者達に、早くも忍び寄る影があった。
「貝かよ!?」
大きく開かれた口の突撃をすんでのところでかわして、覚者の一人が舌打ちした。彼の目の前で激しく水飛沫を立てながら着地したのは、巨大なシャコガイを思わせる姿をした妖である。なるほど、あんなものに食いつかれたのであれば、普通の人間ならば抵抗する暇も無いだろう。
「一旦陸に逃げるぞ! 水の中じゃとてもじゃないが歯が立たん!」
一人の言葉に全員が頷き、大慌てで砂浜へと舞い戻る。こちらもそれなりに経験のある覚者達である。速い状況判断が生死を分ける事を知っている。
が、妖は追跡を諦めなかった。口一杯に吸い込んだ水を後方へ吐き出しながら海面から飛び出すと、一直線に覚者達に向かって突撃してきたのだ。悲鳴と共に覚者達が散開し、その中心に妖の巨体が地響きと共に舞い降りた。
一時はどうなるかと思ったが、この状況は覚者達にとってチャンスである。
「バカめ! 打ち上げられた状態じゃ移動もままなら――」
武器を手に飛び掛かろうとしていた覚者達だったが、次の光景には思わず全員が「……え?」と棒立ちになってしまっていた。
砂の上に鎮座していた妖がスッ、と立ったのである。貝の底の部分から、無数の触手のようなものを生やして。あれはまさか、イソギンチャク……だろうか? やたらと頭でっかちなシルエットが非常に不気味だ。
そしてそのまま、こちらに向かって全力ダッシュしてきた。
「「のわあぁぁぁぁぁっ!!」」
夏の青空に、覚者達の悲鳴がこだました。
かくして、先に派遣された覚者達は全滅――幸いにも死者は無く、ボロボロの状態ながら情報をもたらしてくれた。
彼等の話によれば、抵抗を続けていたら、さらに妖の数が増えたらしい。数は全部で二体。既に負傷者多数の状態だったので、そこで撤退してきたそうな。あんなのがさらに追加されたのならばさもあらん。
陸上での機動力は話の通りだが、それでも水中の方が快適なのは確からしく、海水浴場付近へ進入しなければ襲われる事はないそうな。とはいえ、この時期に封鎖しなければならないのは経済的に大打撃である。
改めてF.i.V.E.に依頼されたのは、海水浴場の安全確保。ついでだから、妖の討伐が成功した暁には、その日一日くらい滞在して、本当に安全かどうか確認して貰いたいそうな。地元とF.i.V.E.本部からのささやかな心配りといったところだろうか。
諸君、ビーチボールと浮き輪の準備はできたか?
そんな報告を受けて派遣されたF.i.V.E.の覚者達が到着したのは、小さな港町の小さな海水浴場だった。
「こんな場所で発生する妖とくれば、やっぱり――」
報告によれば、水中を物凄いスピードで移動して、あっという間に人を海中に引きずり込んでしまったそうな。
兎にも角にも、相手の姿を確認しなければ始まらない。覚悟を決めて浅瀬に踏み込んだ覚者達に、早くも忍び寄る影があった。
「貝かよ!?」
大きく開かれた口の突撃をすんでのところでかわして、覚者の一人が舌打ちした。彼の目の前で激しく水飛沫を立てながら着地したのは、巨大なシャコガイを思わせる姿をした妖である。なるほど、あんなものに食いつかれたのであれば、普通の人間ならば抵抗する暇も無いだろう。
「一旦陸に逃げるぞ! 水の中じゃとてもじゃないが歯が立たん!」
一人の言葉に全員が頷き、大慌てで砂浜へと舞い戻る。こちらもそれなりに経験のある覚者達である。速い状況判断が生死を分ける事を知っている。
が、妖は追跡を諦めなかった。口一杯に吸い込んだ水を後方へ吐き出しながら海面から飛び出すと、一直線に覚者達に向かって突撃してきたのだ。悲鳴と共に覚者達が散開し、その中心に妖の巨体が地響きと共に舞い降りた。
一時はどうなるかと思ったが、この状況は覚者達にとってチャンスである。
「バカめ! 打ち上げられた状態じゃ移動もままなら――」
武器を手に飛び掛かろうとしていた覚者達だったが、次の光景には思わず全員が「……え?」と棒立ちになってしまっていた。
砂の上に鎮座していた妖がスッ、と立ったのである。貝の底の部分から、無数の触手のようなものを生やして。あれはまさか、イソギンチャク……だろうか? やたらと頭でっかちなシルエットが非常に不気味だ。
そしてそのまま、こちらに向かって全力ダッシュしてきた。
「「のわあぁぁぁぁぁっ!!」」
夏の青空に、覚者達の悲鳴がこだました。
かくして、先に派遣された覚者達は全滅――幸いにも死者は無く、ボロボロの状態ながら情報をもたらしてくれた。
彼等の話によれば、抵抗を続けていたら、さらに妖の数が増えたらしい。数は全部で二体。既に負傷者多数の状態だったので、そこで撤退してきたそうな。あんなのがさらに追加されたのならばさもあらん。
陸上での機動力は話の通りだが、それでも水中の方が快適なのは確からしく、海水浴場付近へ進入しなければ襲われる事はないそうな。とはいえ、この時期に封鎖しなければならないのは経済的に大打撃である。
改めてF.i.V.E.に依頼されたのは、海水浴場の安全確保。ついでだから、妖の討伐が成功した暁には、その日一日くらい滞在して、本当に安全かどうか確認して貰いたいそうな。地元とF.i.V.E.本部からのささやかな心配りといったところだろうか。
諸君、ビーチボールと浮き輪の準備はできたか?

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖の撃破
2.海水浴場の安全を確認する(海を満喫する)
3.なし
2.海水浴場の安全を確認する(海を満喫する)
3.なし
●妖について
大体の情報は本文に記されております。シャコガイとイソギンチャクの妖が共生関係にある状態です。直立した時の体高は2m強。数は2体(正確には4体)。
殻の部分は非常に硬く、また縁(ふち)の部分は鋭い刃物のような鋭さを持っているようです。イソギンチャクの部分もかなりアグレッシブに動き、鞭のようにしなる攻撃をしてきます。貝の重さを考えればどうなってんだってレベルの強靭さ。
海で戦うか陸で戦うかは皆様次第です。海で戦う場合はボートくらいは貸して貰えます。
●海水浴
「安全を確認する」という名目の小さな夏休みです。せっかくなので楽しんで頂ければ。
小さな海の家はありますが、店主はいません。話を通せば道具(鉄板やガスコンロ)は使わせて貰えます。
ボート等もあり、基本的には自由に使えます。道具や食材の持ち込みも可です。時間は限られますが、堪能して下されば地元の宣伝にもなってナイスな感じです。
それでは、皆様のご参加を心よりお待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年08月18日
2016年08月18日
■メイン参加者 8人■

●渚に集まるエトセトラ
ざざーん
波の音が聞こえる。
ジーワ ジーワ ジジジジジー
蝉の声が姦しい。
空には照り付ける太陽。青い空と入道雲。
季節は今、夏。
この暑さにもかかわらず静まり返った無人の砂浜を見下ろす一団があった。
「見えたかいツム姫ー?」
「んー……いや、今のところは気配も無いね」
額に手をかざしながら尋ねるプリンス・オブ・グレイブ(CL2000942)に、じっと目を凝らしていた『彼誰行灯』麻弓 紡(CL2000623)は海水浴場から視線を外すと頭(かぶり)を振った。
『第二種接近遭遇』香月 凜音(CL2000495)はぼりぼりと頭を掻きながら思案する。
「陸に上がれるとはいえ、元は水棲生物だからな。特に理由が無ければ水の中にいるか」
「やっぱり、攻撃を誘って釣り出すしかないかな」
「きっちりフォローはするさかい、頼むわ」
パン、と手を合わせた『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)に頷いてみせると、紡は何気無い足取りで海水浴場の中へと入っていった。その様子はあまりに無防備で、意図を知っているはずの『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)ですら心配げな表情を浮かべてしまう。
「だ、大丈夫ですかねぇ……」
「運命は神のみぞ知ります」
望月・夢(CL2001307)の言葉に、全員の視線が集まる。運任せという事だろうか?
その間にも紡の歩みは進み、砂浜から波打ち際の浅瀬へ。
「――ですが」
閉じたままだった夢の瞳がうっすらと開いた。
「運命とは自ら手繰り寄せるものでもあります」
ドォンッ
腹に響くような重苦しい音と共に、水柱が沖合で立ち上がった。間を置かずに水中を走る影。
常人には把握できないその動きを、紡はしっかりと視界に捉えていた。
ステップと共に上体を捻ると、その眼前をかすめるように妖の巨躯が飛来していく。
「紡、反対にもいるのだぞ!」
指差した『天衣無縫』神楽坂 椿花(CL2000059)の声に反応して、紡の足が地面を蹴る。間に合わない――否。
ジャンプした紡の身体はそのままふわりと宙に浮き、そのすぐ下の空間を妖が食い千切っていったのだった。
「ちょっと危なかったかもね」
紡は空に浮いたまま得物であるスリングショットを構えると、浅瀬に着地した妖に向かって引き絞った。放たれた弾はガン、と貝殻に弾かれ、砂浜に向かって飛んでいく紡を妖達が追い掛ける。
「よっしゃ、今や!」
妖達が砂浜に到達したのを確認すると、他の者達は一斉に駆け出した。小山の斜面を滑り降り、県道のガードレールを次々に乗り越え、妖達の背後に陣取る。
背後には海。既にそれぞれの手には多種多様な得物が握られている。
一方、砂浜の側では『樹の娘』檜山 樹香(CL2000141)が紡を守るように立ち、艶やかに黒光りする刃を持つ薙刀を頭上で一回転させると、妖達に向かって突きつけた。
「時は熟した! さあ、いこうぞお前様方!!」
●対決、シャコギンチャク!
太陽の光を燦々と浴びながらも、妖の表面は粘膜っぽい水分に濡れており、深い緑色をした触手がこちらの様子を探るかのように蠢いている。
「……こいつは聞きしに勝る気持ち悪さだな」
思わず溜め息を零す凜音の様子を見て、椿花が駆け寄る。
「む? 凜音ちゃん、もしかしてあーゆーの苦手か? 大丈夫だぞ、椿花が守るからな!」
「おめーに助けられるほどひ弱じゃねーよ。おめーは前で戦うのが仕事なんだから、派手に暴れてこい。俺の事はいーから」
突き放すような言葉に椿花の頬がぷくーっと膨らむも、ぽんぽん、と頭を撫でられると途端に上機嫌になり、自らの身の丈と同じくらいの長さはあろうかという大刀を背中から抜き放った。
「うん! がんばってくるから、あとで遊ぼうなー!」
そしてそのまま妖に向かって一直線に突っ込んでいく。得物に体を持っていかれるかと思いきや、その太刀筋は持ち主の性格そのままに迷いの無いものだ。
「ふふっ、優しいんですね」
視線に気が付くと、御菓子が穏やかに微笑んでこちらを見ていた。何となくバツが悪くなって、凜音は頭を掻く。
「そんなんじゃねーよ。それより可愛い先生さん、こっちも手分けして仕事しねーとな」
「わ、わたしはれっきとした成人女性です! ほんとですってばぁ~」
会話を交わしながらも、二人はそれぞれに癒しの力を練り上げる。視線の先では既に激しい戦いが展開されていた。
「狂いし摂理に、安寧の眠りを……」
舞い踊る夢の足下から湧き出た霧が妖達にまとわりつく中、巨大なハンマーを構えたグレイブルが走る。得物を握った左腕がキリキリと、《械(からくり)の因子》を持つ者特有の音を軋ませた。
「早速だけど、王家ダブルインパクトの餌食と夏の思い出になってもらうよ」
ちなみに『王家ダブルインパクト』とは、彼がたった今名付けたとってもブリリアントな必殺技の名前である。
「とーぅ!」
必殺技第一段階、下からのすくい上げるような一撃!
ぐに
「……ぐに?」
予想外の手応えに、グレイブルの目が点になる。
妖の足部分に相当するイソギンチャクの触手が思った以上に弾性に優れていたのか、ハンマーの直撃を見事に受け止めていた。ざわざわと無数の触手が一斉にグレイブルに襲い掛かる。
が、それは空からの飛来音によって半ばから四散させられた。
「大丈夫――でもなさそうだね」
空気の弾丸を放った紡がグレイブルに近寄る。発せられた声が鼻声なのは、思わず鼻をつまんでいたからだ。
「いやぁ、充分に助かったよ。流石はツム姫だね。ハッハッハ」
べっとりとした妖の体液を頭からかぶったグレイブルは、それでも爽やかに笑うのだった。
「というわけで、こっちは余とツム姫で何とか抑えるから、そっちを手早く片付けてくれると助かるかな」
「簡単にゆうてくれる――わ!」
後ろに下がった凛の鼻先を妖の口がかすめる。そのまま二撃、三撃――左右に頭を振る攻撃と迫る触手をかわすと、ようやく妖はバランスを崩して地面に倒れ込んだ。
「そりゃあぁぁぁぁあぁぁぁっ!」
そこへ勢い良く駆け込んだ椿花が、地を滑るような体勢から逆袈裟の太刀筋で得物を振り抜いた。
殻に当たって阻まれたかと思いきや、そこから衝撃波が視認できる程の勢いで妖の全身を駆け抜け、触手が苦しげにのたうち回る。
「おー、効いとる効いとる。けどしぶとそうやな」
起き上がる妖に、今度は凛が迫る。頑丈な殻を持つだけあって、防御力は高そうだ。妖自身もそれを分かっているのか、こちらの攻撃に対しては頭をぶつけるようにして動いてくる。ならば狙いは――
妖を挟んで反対側の樹香と目が合った。
「やはりまずは、足を奪うべきのようじゃな」
薙刀から放した左手に力が宿る。それを妖に向かって振ると、砂浜から突如として蔓が生え、妖の触手へと絡みつく。
妖が苛立たしげに樹香の方へと振り返った瞬間、凛は距離を詰めた。
「焔陰流二十一代目、焔陰凛、推して参る!」
抜き放った刀に刻まれた炎の如き刃紋が陽炎に揺らいだ。
「焔陰流――煌焔!」
それはまさしく、煌く炎のように。
神速の三連撃が狙い違わず、妖の触手を斬り落とす。
攻撃に反応してさらに妖が振り向いた。
「ワシを前にして背を向けるとはいい度胸じゃのぅ!」
今度は樹香が薙刀を大きく横一文字に薙いだ。触手のほとんどを失い、妖が地面に崩れ落ちる。
勝機!
刀の柄を両手で逆手に握り締め、凛は跳んだ。
「焔陰流、穿光おぉっ!」
体重を乗せて妖に刃を突き立てる。それは見事、硬い殻を貫いて中の本体へと突き刺さった。
「このぉ、大人しく食材になりや!」
痛みに苦しむ妖は、凛をぶら下げたまま激しく暴れ始めた。「おわわわわわ!?」、凛は悲鳴を上げながらも、得物を手放さないよう腕に力を込める。
「焔陰さん、危ない!」
その様子を見た御菓子が、凛を助けるべく必殺の術を放つ。ヴィオラの旋律に喚び出されしは、神秘を秘めた蒼い竜。一際甲高い咆哮を放つと、水竜は妖達へと襲い掛かった。
「のわぁあぁっ!」
さらに大きく振り回される羽目になった凛だったが、勢い余って刀が抜けた事により窮地より脱した。大きく弧を描いて後方の凜音の目の前まで放られ、盛大に尻餅をつく。
「あたたたた……ったく、か弱い乙女に何してくれとんねん」
「…………」
「ツッコめや! 渾身のボケやぞ!!」
「あ、あぁ、悪い」
反応に困って謝りながら術を施す凜音。一方、凛は癒されながらも、精神的ダメージの方が致命的だった。
「……真面目に謝られるとか、ますますあたしの立場無いやん……ボケ殺しかいな……」
放心状態でブツブツとつぶやいている。ボケをボケだと言ってしまった時点で色々台無しなような気はするが。
(俺にそーゆーのを求めないでくれよ……)
とりあえず彼女は自力で復活するのを待つとして、目の前の戦いに集中する。
そこでは丁度、椿花と樹香がボロボロの妖にとどめを差しているところだった。
「やったぞー!」
「まだじゃぞ。もう一匹残っておる」
樹香の言葉通り、そう遠くない砂浜ではグレイブルと紡の二人だけで妖の片割れを食い止めていた。
「ユメ姫の援護が無かったらサンドバッグになってたと思うんだよね。余は最大限の感謝を表すよ!」
妖の機先を制してハンマーを叩きつけながら、グレイブルは後方の夢へと声を掛けた。夢の術は味方の内なる力を引き出すもの。目に見える形で表れるものではないが、覚者達の大きな助けとなっていた。
「……私は己の役割を果たしているだけに過ぎません」
「その奥ゆかしい性格! ニポンナデシコという奴だね!」
「大和撫子だよ」
訂正しながら放った紡の弾がさらに妖の触手を打ち砕く。傷を癒してくれる者のいない妖は既に満身創痍の状態だ。
と、妖の動きに変化が生じた。グレイブルには見向きもせず、一目散に海へと駆けていく。「おぉっと!?」、あまりに突然の事にグレイブルの反応が遅れる。
「させぬわ!」
樹香の放った植物の種子が妖の表面に取り付くや否や肥大化し、その動きを封じた。
そこへ飛び込んできたのは――
「逃がすかボケぇっ!」
復活を遂げた凛だ。その手に刀は無く、力の宿った手を甲の側から妖に向かって叩きつける。
そう、その形はまさに――
「なんでやねん!」
妖の巨体が宙を舞った。
着地地点では既にグレイブルが待ち構えている。
「向こうは決着がついたようだし、たとえ仕留め損なっても皆が何とかしてくれそうだね。よーし王子ガンバっちゃうぞー」
敵が地面に着くのを待たずにフルスイング!
殻にヒビを生みながら打ち上げられた先では、さらに紡が待機していた。
「やったね王子、ホームランだよ――って、これで合ってるのかな?」
圧縮した空気が叩きつけられ、上下からの力が拮抗して一瞬だけ妖が宙に止まった形になる。
そこへ跳躍したグレイブルがハンマーを大上段に振りかぶった。向かい側には紡もいる。
「いくよツム姫!」
「はいはい」
「「真・王家ダブルインパクト!!」」
同時に振り下ろされた二人の武器は、ヒビをさらに広げながら妖を砂浜に叩きつけたのだった。
「アウチ!」
空中で体勢を崩したのか、頭から落下してくるグレイブル。その後から紡が静かに舞い降りた。
妖を刀でツンツンつついていた椿花が顔を上げる。
「動かない! 倒したぞ!」
その言葉に一同から安堵の息が漏れた。
慎重に殻を開き、グレイブルは中身を確認する。
「身は普通の貝みたいだね。で、これって食べられるの? サシミがいいの?」
「んー……ボク的には貝塩辛がいいけど、そもそも美味しいのかね、これ」
隣から覗き込んだ紡も困惑した様子である。
「ま、百聞は一見に如かず。毒は無さそうやさかい、食べてみれば分かるやろ」
と、これは凛の言葉である。ツッコミを行った事で完全復活できたらしい。むしろ最初の頃より肌がつやつやして見える。恐るべし浪速魂。
「イソギンチャクの方も食べられるって話を聞いた事があるんですが……」
御菓子の視線の先には、切断され、あるいは粉砕され、砂まみれになった触手の数々が無残な姿を晒していた。
「あれを食う気はせぬな」
「ですよねぇ……」
「そもそも、食う前提で話が進んでるのはどうなんだ……」
樹香の言葉に残念そうな表情を浮かべる御菓子。戦慄するしかない凜音である。
「何はともあれ、美しい勝利だ。カチドキを上げないとね」
グレイブルはハンマーを掲げると高らかに宣言した。
「トッタドー! ニポンの大漁の呪文だね! はいツム姫も」
紡は呆れながらも、しょうがないといった表情を浮かべてみせる。そして視線を他の者達へ。その言わんとするところはすぐに知れた。
「「トッタドー!!」」
●潮風バケーション
「はい来ましたよ! 王家の死ぬほどクッキングー!」
エプロンをしたグレイブルの声に合わせて、謎のジングルが流れた――ような気がする。
彼の目の前には、焚き火に直で炙られるシャコガイの姿があった。大き過ぎて、海の家に備え付けられていた網や鉄板ではどうにもならなかったのだ。
熱が通って捌き易くなったところで包丁を入れ、殻から身と貝柱を取り分ける。
深めのフライパンにたっぷりのオリーブオイルと香草、ジャガイモを投入し、貝と共に煮込んでいく。ニンニクを使わずに香草を増やして補っている辺りが女性に優しいレシピだ。
深皿に盛り、バゲットを添えれば出来上がり。
「王家に代々伝わる、シャコ貝のアヒージョ風だよ!」
いや王子、あんたの国北欧じゃなかったのか。アヒージョは地中k
「カーッ!!」
王子が凄い顔になったのでそっとしておこう。
一方、身の一部を譲り受けた凛は、鉄板の上で焼きそばとお好み焼きを焼いていた。どちらも近所で調達してきた海鮮をたっぷり使った特別製だ。焼きそばは塩だれで仕上げ、飽きないように工夫されている。
「コナモン王国の出身としてはな、これくらいは嗜みやで」
鮮やかなコテ捌きにお好み焼きが宙を舞い、花鰹と青のりが熱気の上でダンスを踊る。実に食欲をそそる光景だ。
「……おい、よだれ」
凜音の声に我に返った御菓子は、慌てて口元を拭った。
「よ、よだれなんて垂らしてませんよ!?」
やれやれといった様子で、凜音は手に持った皿をテーブルに置いていく。上に載っていたのは、刺身にされたシャコガイだった。もう一体は生のまま彼に預けられていたのだ。
「流石にあれだけデカいと、適当に切るだけでも大変だったな。あと、塩辛は作り方調べてみたが、漬け込む時間がないから――」
と、肝和えにされた刺身の皿を滑らせる。漂う磯の香りに、紡が柄にもなく喉を鳴らした。その手には既に缶ビールが握られている。
「あ、王子にはこれね」
「ノンアルコールかい? 構わないけど……」
ツム姫、アルコールを独り占めするつもりである。
「飲み物ならワシが用意したのもあるからな。好きに取ってくれて構わぬぞ」
「わーい!」
樹香が置いたクーラーボックスからキンキンに冷えた缶ジュースを取ってご機嫌な椿花だったが、不意に凜音の方に走っていくと、彼の目の前で仁王立ちになった。赤いワンピースタイプの水着にあしらわれたフリルが風に揺れる。
「凜音ちゃん凜音ちゃん! 新しい水着、お母さんが買ってくれたんだぞ!」
「あー、そうだな」
…………
……………………
………………………………
何かを期待するように瞳を輝かせる椿花に、遂に凜音が降参した。
「わかったよ。今年の水着も可愛いな」
椿花はにまーっと満面の笑顔を浮かべ、凜音の手を取る。
「凜音ちゃん! 椿花、大きな浮き輪持ってきたの! 一緒に遊ぶんだぞ!」
「俺は寝たいんだが――わかったから引っ張るなよ!」
大きなイルカの浮き輪を一緒に持って、二人は海へと入っていった。
入れ違いに夢が戻ってくる。流石の彼女でもこの暑さはこたえるのか、上着を脱いで身軽な格好だ。
「この付近に他の妖はいないようですね。不穏な空気が感じられない事からも、妖化は沈静化したものと考えられます」
「となれば、ワシも腹ごしらえをしたら泳がせて貰おうかのぅ。海の中は気持ちよかろうて。夢もどうじゃ?」
樹香に誘われるも、夢は静かに首を横に振った。
「いえ。私は散歩するだけで充分ですので……」
「そうか。ならば焔陰先輩と競争じゃな」
「お? 負けへんでー」
冗談めかしながら、凛が樹香と対峙した。凛の水着はスポーティーなデザインながら、胸元は大きく押し出されている。思わず樹香は自分のものと交互に見比べてしまった。
(ま、負けておる……!)
いやいや、相手は年上だし。自分も同じくらいの年齢になれば自然と……そう、いつかきっと……!
明日からは栄養面にもっと気を付けよう――そう誓う樹香であった。
そして、楽しいひと時はあっという間に過ぎ去り――
「ほな撮るでー」
水平線に沈みゆく夕日をバックに、一同が集まる。
「記念撮影に相応しい王家のポーズ!」
「ちょっと王子、暴れないでよ」
「あ、危ないですよぉ!」
「おい、押すなって」
「凜音ちゃん、だっこだっこ!」
「……あ」
カシャッ
一枚の写真を思い出に、覚者達の長い一日は終わりを告げたのだった。
ざざーん
波の音が聞こえる。
ジーワ ジーワ ジジジジジー
蝉の声が姦しい。
空には照り付ける太陽。青い空と入道雲。
季節は今、夏。
この暑さにもかかわらず静まり返った無人の砂浜を見下ろす一団があった。
「見えたかいツム姫ー?」
「んー……いや、今のところは気配も無いね」
額に手をかざしながら尋ねるプリンス・オブ・グレイブ(CL2000942)に、じっと目を凝らしていた『彼誰行灯』麻弓 紡(CL2000623)は海水浴場から視線を外すと頭(かぶり)を振った。
『第二種接近遭遇』香月 凜音(CL2000495)はぼりぼりと頭を掻きながら思案する。
「陸に上がれるとはいえ、元は水棲生物だからな。特に理由が無ければ水の中にいるか」
「やっぱり、攻撃を誘って釣り出すしかないかな」
「きっちりフォローはするさかい、頼むわ」
パン、と手を合わせた『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)に頷いてみせると、紡は何気無い足取りで海水浴場の中へと入っていった。その様子はあまりに無防備で、意図を知っているはずの『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)ですら心配げな表情を浮かべてしまう。
「だ、大丈夫ですかねぇ……」
「運命は神のみぞ知ります」
望月・夢(CL2001307)の言葉に、全員の視線が集まる。運任せという事だろうか?
その間にも紡の歩みは進み、砂浜から波打ち際の浅瀬へ。
「――ですが」
閉じたままだった夢の瞳がうっすらと開いた。
「運命とは自ら手繰り寄せるものでもあります」
ドォンッ
腹に響くような重苦しい音と共に、水柱が沖合で立ち上がった。間を置かずに水中を走る影。
常人には把握できないその動きを、紡はしっかりと視界に捉えていた。
ステップと共に上体を捻ると、その眼前をかすめるように妖の巨躯が飛来していく。
「紡、反対にもいるのだぞ!」
指差した『天衣無縫』神楽坂 椿花(CL2000059)の声に反応して、紡の足が地面を蹴る。間に合わない――否。
ジャンプした紡の身体はそのままふわりと宙に浮き、そのすぐ下の空間を妖が食い千切っていったのだった。
「ちょっと危なかったかもね」
紡は空に浮いたまま得物であるスリングショットを構えると、浅瀬に着地した妖に向かって引き絞った。放たれた弾はガン、と貝殻に弾かれ、砂浜に向かって飛んでいく紡を妖達が追い掛ける。
「よっしゃ、今や!」
妖達が砂浜に到達したのを確認すると、他の者達は一斉に駆け出した。小山の斜面を滑り降り、県道のガードレールを次々に乗り越え、妖達の背後に陣取る。
背後には海。既にそれぞれの手には多種多様な得物が握られている。
一方、砂浜の側では『樹の娘』檜山 樹香(CL2000141)が紡を守るように立ち、艶やかに黒光りする刃を持つ薙刀を頭上で一回転させると、妖達に向かって突きつけた。
「時は熟した! さあ、いこうぞお前様方!!」
●対決、シャコギンチャク!
太陽の光を燦々と浴びながらも、妖の表面は粘膜っぽい水分に濡れており、深い緑色をした触手がこちらの様子を探るかのように蠢いている。
「……こいつは聞きしに勝る気持ち悪さだな」
思わず溜め息を零す凜音の様子を見て、椿花が駆け寄る。
「む? 凜音ちゃん、もしかしてあーゆーの苦手か? 大丈夫だぞ、椿花が守るからな!」
「おめーに助けられるほどひ弱じゃねーよ。おめーは前で戦うのが仕事なんだから、派手に暴れてこい。俺の事はいーから」
突き放すような言葉に椿花の頬がぷくーっと膨らむも、ぽんぽん、と頭を撫でられると途端に上機嫌になり、自らの身の丈と同じくらいの長さはあろうかという大刀を背中から抜き放った。
「うん! がんばってくるから、あとで遊ぼうなー!」
そしてそのまま妖に向かって一直線に突っ込んでいく。得物に体を持っていかれるかと思いきや、その太刀筋は持ち主の性格そのままに迷いの無いものだ。
「ふふっ、優しいんですね」
視線に気が付くと、御菓子が穏やかに微笑んでこちらを見ていた。何となくバツが悪くなって、凜音は頭を掻く。
「そんなんじゃねーよ。それより可愛い先生さん、こっちも手分けして仕事しねーとな」
「わ、わたしはれっきとした成人女性です! ほんとですってばぁ~」
会話を交わしながらも、二人はそれぞれに癒しの力を練り上げる。視線の先では既に激しい戦いが展開されていた。
「狂いし摂理に、安寧の眠りを……」
舞い踊る夢の足下から湧き出た霧が妖達にまとわりつく中、巨大なハンマーを構えたグレイブルが走る。得物を握った左腕がキリキリと、《械(からくり)の因子》を持つ者特有の音を軋ませた。
「早速だけど、王家ダブルインパクトの餌食と夏の思い出になってもらうよ」
ちなみに『王家ダブルインパクト』とは、彼がたった今名付けたとってもブリリアントな必殺技の名前である。
「とーぅ!」
必殺技第一段階、下からのすくい上げるような一撃!
ぐに
「……ぐに?」
予想外の手応えに、グレイブルの目が点になる。
妖の足部分に相当するイソギンチャクの触手が思った以上に弾性に優れていたのか、ハンマーの直撃を見事に受け止めていた。ざわざわと無数の触手が一斉にグレイブルに襲い掛かる。
が、それは空からの飛来音によって半ばから四散させられた。
「大丈夫――でもなさそうだね」
空気の弾丸を放った紡がグレイブルに近寄る。発せられた声が鼻声なのは、思わず鼻をつまんでいたからだ。
「いやぁ、充分に助かったよ。流石はツム姫だね。ハッハッハ」
べっとりとした妖の体液を頭からかぶったグレイブルは、それでも爽やかに笑うのだった。
「というわけで、こっちは余とツム姫で何とか抑えるから、そっちを手早く片付けてくれると助かるかな」
「簡単にゆうてくれる――わ!」
後ろに下がった凛の鼻先を妖の口がかすめる。そのまま二撃、三撃――左右に頭を振る攻撃と迫る触手をかわすと、ようやく妖はバランスを崩して地面に倒れ込んだ。
「そりゃあぁぁぁぁあぁぁぁっ!」
そこへ勢い良く駆け込んだ椿花が、地を滑るような体勢から逆袈裟の太刀筋で得物を振り抜いた。
殻に当たって阻まれたかと思いきや、そこから衝撃波が視認できる程の勢いで妖の全身を駆け抜け、触手が苦しげにのたうち回る。
「おー、効いとる効いとる。けどしぶとそうやな」
起き上がる妖に、今度は凛が迫る。頑丈な殻を持つだけあって、防御力は高そうだ。妖自身もそれを分かっているのか、こちらの攻撃に対しては頭をぶつけるようにして動いてくる。ならば狙いは――
妖を挟んで反対側の樹香と目が合った。
「やはりまずは、足を奪うべきのようじゃな」
薙刀から放した左手に力が宿る。それを妖に向かって振ると、砂浜から突如として蔓が生え、妖の触手へと絡みつく。
妖が苛立たしげに樹香の方へと振り返った瞬間、凛は距離を詰めた。
「焔陰流二十一代目、焔陰凛、推して参る!」
抜き放った刀に刻まれた炎の如き刃紋が陽炎に揺らいだ。
「焔陰流――煌焔!」
それはまさしく、煌く炎のように。
神速の三連撃が狙い違わず、妖の触手を斬り落とす。
攻撃に反応してさらに妖が振り向いた。
「ワシを前にして背を向けるとはいい度胸じゃのぅ!」
今度は樹香が薙刀を大きく横一文字に薙いだ。触手のほとんどを失い、妖が地面に崩れ落ちる。
勝機!
刀の柄を両手で逆手に握り締め、凛は跳んだ。
「焔陰流、穿光おぉっ!」
体重を乗せて妖に刃を突き立てる。それは見事、硬い殻を貫いて中の本体へと突き刺さった。
「このぉ、大人しく食材になりや!」
痛みに苦しむ妖は、凛をぶら下げたまま激しく暴れ始めた。「おわわわわわ!?」、凛は悲鳴を上げながらも、得物を手放さないよう腕に力を込める。
「焔陰さん、危ない!」
その様子を見た御菓子が、凛を助けるべく必殺の術を放つ。ヴィオラの旋律に喚び出されしは、神秘を秘めた蒼い竜。一際甲高い咆哮を放つと、水竜は妖達へと襲い掛かった。
「のわぁあぁっ!」
さらに大きく振り回される羽目になった凛だったが、勢い余って刀が抜けた事により窮地より脱した。大きく弧を描いて後方の凜音の目の前まで放られ、盛大に尻餅をつく。
「あたたたた……ったく、か弱い乙女に何してくれとんねん」
「…………」
「ツッコめや! 渾身のボケやぞ!!」
「あ、あぁ、悪い」
反応に困って謝りながら術を施す凜音。一方、凛は癒されながらも、精神的ダメージの方が致命的だった。
「……真面目に謝られるとか、ますますあたしの立場無いやん……ボケ殺しかいな……」
放心状態でブツブツとつぶやいている。ボケをボケだと言ってしまった時点で色々台無しなような気はするが。
(俺にそーゆーのを求めないでくれよ……)
とりあえず彼女は自力で復活するのを待つとして、目の前の戦いに集中する。
そこでは丁度、椿花と樹香がボロボロの妖にとどめを差しているところだった。
「やったぞー!」
「まだじゃぞ。もう一匹残っておる」
樹香の言葉通り、そう遠くない砂浜ではグレイブルと紡の二人だけで妖の片割れを食い止めていた。
「ユメ姫の援護が無かったらサンドバッグになってたと思うんだよね。余は最大限の感謝を表すよ!」
妖の機先を制してハンマーを叩きつけながら、グレイブルは後方の夢へと声を掛けた。夢の術は味方の内なる力を引き出すもの。目に見える形で表れるものではないが、覚者達の大きな助けとなっていた。
「……私は己の役割を果たしているだけに過ぎません」
「その奥ゆかしい性格! ニポンナデシコという奴だね!」
「大和撫子だよ」
訂正しながら放った紡の弾がさらに妖の触手を打ち砕く。傷を癒してくれる者のいない妖は既に満身創痍の状態だ。
と、妖の動きに変化が生じた。グレイブルには見向きもせず、一目散に海へと駆けていく。「おぉっと!?」、あまりに突然の事にグレイブルの反応が遅れる。
「させぬわ!」
樹香の放った植物の種子が妖の表面に取り付くや否や肥大化し、その動きを封じた。
そこへ飛び込んできたのは――
「逃がすかボケぇっ!」
復活を遂げた凛だ。その手に刀は無く、力の宿った手を甲の側から妖に向かって叩きつける。
そう、その形はまさに――
「なんでやねん!」
妖の巨体が宙を舞った。
着地地点では既にグレイブルが待ち構えている。
「向こうは決着がついたようだし、たとえ仕留め損なっても皆が何とかしてくれそうだね。よーし王子ガンバっちゃうぞー」
敵が地面に着くのを待たずにフルスイング!
殻にヒビを生みながら打ち上げられた先では、さらに紡が待機していた。
「やったね王子、ホームランだよ――って、これで合ってるのかな?」
圧縮した空気が叩きつけられ、上下からの力が拮抗して一瞬だけ妖が宙に止まった形になる。
そこへ跳躍したグレイブルがハンマーを大上段に振りかぶった。向かい側には紡もいる。
「いくよツム姫!」
「はいはい」
「「真・王家ダブルインパクト!!」」
同時に振り下ろされた二人の武器は、ヒビをさらに広げながら妖を砂浜に叩きつけたのだった。
「アウチ!」
空中で体勢を崩したのか、頭から落下してくるグレイブル。その後から紡が静かに舞い降りた。
妖を刀でツンツンつついていた椿花が顔を上げる。
「動かない! 倒したぞ!」
その言葉に一同から安堵の息が漏れた。
慎重に殻を開き、グレイブルは中身を確認する。
「身は普通の貝みたいだね。で、これって食べられるの? サシミがいいの?」
「んー……ボク的には貝塩辛がいいけど、そもそも美味しいのかね、これ」
隣から覗き込んだ紡も困惑した様子である。
「ま、百聞は一見に如かず。毒は無さそうやさかい、食べてみれば分かるやろ」
と、これは凛の言葉である。ツッコミを行った事で完全復活できたらしい。むしろ最初の頃より肌がつやつやして見える。恐るべし浪速魂。
「イソギンチャクの方も食べられるって話を聞いた事があるんですが……」
御菓子の視線の先には、切断され、あるいは粉砕され、砂まみれになった触手の数々が無残な姿を晒していた。
「あれを食う気はせぬな」
「ですよねぇ……」
「そもそも、食う前提で話が進んでるのはどうなんだ……」
樹香の言葉に残念そうな表情を浮かべる御菓子。戦慄するしかない凜音である。
「何はともあれ、美しい勝利だ。カチドキを上げないとね」
グレイブルはハンマーを掲げると高らかに宣言した。
「トッタドー! ニポンの大漁の呪文だね! はいツム姫も」
紡は呆れながらも、しょうがないといった表情を浮かべてみせる。そして視線を他の者達へ。その言わんとするところはすぐに知れた。
「「トッタドー!!」」
●潮風バケーション
「はい来ましたよ! 王家の死ぬほどクッキングー!」
エプロンをしたグレイブルの声に合わせて、謎のジングルが流れた――ような気がする。
彼の目の前には、焚き火に直で炙られるシャコガイの姿があった。大き過ぎて、海の家に備え付けられていた網や鉄板ではどうにもならなかったのだ。
熱が通って捌き易くなったところで包丁を入れ、殻から身と貝柱を取り分ける。
深めのフライパンにたっぷりのオリーブオイルと香草、ジャガイモを投入し、貝と共に煮込んでいく。ニンニクを使わずに香草を増やして補っている辺りが女性に優しいレシピだ。
深皿に盛り、バゲットを添えれば出来上がり。
「王家に代々伝わる、シャコ貝のアヒージョ風だよ!」
いや王子、あんたの国北欧じゃなかったのか。アヒージョは地中k
「カーッ!!」
王子が凄い顔になったのでそっとしておこう。
一方、身の一部を譲り受けた凛は、鉄板の上で焼きそばとお好み焼きを焼いていた。どちらも近所で調達してきた海鮮をたっぷり使った特別製だ。焼きそばは塩だれで仕上げ、飽きないように工夫されている。
「コナモン王国の出身としてはな、これくらいは嗜みやで」
鮮やかなコテ捌きにお好み焼きが宙を舞い、花鰹と青のりが熱気の上でダンスを踊る。実に食欲をそそる光景だ。
「……おい、よだれ」
凜音の声に我に返った御菓子は、慌てて口元を拭った。
「よ、よだれなんて垂らしてませんよ!?」
やれやれといった様子で、凜音は手に持った皿をテーブルに置いていく。上に載っていたのは、刺身にされたシャコガイだった。もう一体は生のまま彼に預けられていたのだ。
「流石にあれだけデカいと、適当に切るだけでも大変だったな。あと、塩辛は作り方調べてみたが、漬け込む時間がないから――」
と、肝和えにされた刺身の皿を滑らせる。漂う磯の香りに、紡が柄にもなく喉を鳴らした。その手には既に缶ビールが握られている。
「あ、王子にはこれね」
「ノンアルコールかい? 構わないけど……」
ツム姫、アルコールを独り占めするつもりである。
「飲み物ならワシが用意したのもあるからな。好きに取ってくれて構わぬぞ」
「わーい!」
樹香が置いたクーラーボックスからキンキンに冷えた缶ジュースを取ってご機嫌な椿花だったが、不意に凜音の方に走っていくと、彼の目の前で仁王立ちになった。赤いワンピースタイプの水着にあしらわれたフリルが風に揺れる。
「凜音ちゃん凜音ちゃん! 新しい水着、お母さんが買ってくれたんだぞ!」
「あー、そうだな」
…………
……………………
………………………………
何かを期待するように瞳を輝かせる椿花に、遂に凜音が降参した。
「わかったよ。今年の水着も可愛いな」
椿花はにまーっと満面の笑顔を浮かべ、凜音の手を取る。
「凜音ちゃん! 椿花、大きな浮き輪持ってきたの! 一緒に遊ぶんだぞ!」
「俺は寝たいんだが――わかったから引っ張るなよ!」
大きなイルカの浮き輪を一緒に持って、二人は海へと入っていった。
入れ違いに夢が戻ってくる。流石の彼女でもこの暑さはこたえるのか、上着を脱いで身軽な格好だ。
「この付近に他の妖はいないようですね。不穏な空気が感じられない事からも、妖化は沈静化したものと考えられます」
「となれば、ワシも腹ごしらえをしたら泳がせて貰おうかのぅ。海の中は気持ちよかろうて。夢もどうじゃ?」
樹香に誘われるも、夢は静かに首を横に振った。
「いえ。私は散歩するだけで充分ですので……」
「そうか。ならば焔陰先輩と競争じゃな」
「お? 負けへんでー」
冗談めかしながら、凛が樹香と対峙した。凛の水着はスポーティーなデザインながら、胸元は大きく押し出されている。思わず樹香は自分のものと交互に見比べてしまった。
(ま、負けておる……!)
いやいや、相手は年上だし。自分も同じくらいの年齢になれば自然と……そう、いつかきっと……!
明日からは栄養面にもっと気を付けよう――そう誓う樹香であった。
そして、楽しいひと時はあっという間に過ぎ去り――
「ほな撮るでー」
水平線に沈みゆく夕日をバックに、一同が集まる。
「記念撮影に相応しい王家のポーズ!」
「ちょっと王子、暴れないでよ」
「あ、危ないですよぉ!」
「おい、押すなって」
「凜音ちゃん、だっこだっこ!」
「……あ」
カシャッ
一枚の写真を思い出に、覚者達の長い一日は終わりを告げたのだった。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
特殊成果
なし
