かえりみち
●
いつからか「子供っぽい」と言われるようになった。
それを馬鹿にする者もいれば、かわいいねとちやほやしてくれる者もいた。
かわいいと言われるのもちやほやされるのも好きだから、殊更に可愛くふるまうようになった。
「ゆきちゃん、また明日ね」
「次はもっといい所に連れて行ってやるよ」
今日は歳の近い二人とデート。
この二人はプレゼントは少ないけれど、イケメンな上にかわいいかわいいとずっと甘やかしてくれるからいい。
「うん、楽しみにしてるね!」
そう言ってにっこり笑えば照れくさそうな顔になるのもいい。
くりっと大きな目に小ぶりな唇。もう二十を迎えたと言うのに同年代と比べると小柄で女性らしい豊満さには乏しい。
だが、無邪気と称される笑顔と全身で「少女のような可愛らしさ」をアピールするにはちょうどいい。
「やっぱりゆきは可愛くしてるのが一番ね」
可愛いと褒められたいから自分の事を「ゆき」と言う。
褒めてくれる人がいるから馬鹿にする人間がいても子供っぽくする。
今日も可愛いと褒められて満たされた気持ちで帰路に着く。
「あら、かわいい子ね」
だから帰り道の途中そう言って自分の前に現れた女性にも、愛想よく微笑んで挨拶をした。
「ちょうどいいわ。あなた、このあたりの子かしら?」
長い黒髪と猫目の女性はどうやら道に迷っているらしかった。
地図を片手に歩いていた所でゆきを見つけたと言う。
目的地を聞いてみたらそこは空き家だった。女性は住民が引っ越した事を知らなかったようだ。
「迷惑をかけてしまったわね、ごめんなさい。
お詫びに何か奢るわ。さっき通ってきた道にカフェがあったの」
女性が言っているカフェはお気に入りと言うほどでもないがいい店だ。
遠慮したように見せつつ、再度誘ってくる女性にそこまで言うならとはにかみながらお礼を言う。
「ふふふ。本当にかわいい子ね……楽しみだわ」
さあ行きましょうとさりげなく添えられた女性の指先。
ネイルアートのデザインはゆきの好みではないなと思ったら、手首がかっと熱くなった。
え? と不思議に思って手を見る。
おかしい。なんでゆきの手がないの?
「あら? とれてしまったわ。ちょっと折ろうとしただけなのに」
とれた? 折ろうとした?
あれ、あの人が持ってるの。
パールピンクのマニキュア、お気に入りの、手入れした指、ゆきの手。
返してと言おうとした喉がぎゅっとしまる。
痛い。痛い。痛すぎて、声が出ない。息が詰まる。
まって、ゆきの足。まって、とらないで。かえして。
「またとれてしまったわ。どうしてかしら」
頬に指が入ってくる。
痛い。
「いいわ。しかたないわ。死ぬまでできるだけくるしんでちょうだい」
指が、目に近付いてくる。
好みじゃないネイルアート。
爪が、目に、当たって。
ぐしゃり。
いつからか「子供っぽい」と言われるようになった。
それを馬鹿にする者もいれば、かわいいねとちやほやしてくれる者もいた。
かわいいと言われるのもちやほやされるのも好きだから、殊更に可愛くふるまうようになった。
「ゆきちゃん、また明日ね」
「次はもっといい所に連れて行ってやるよ」
今日は歳の近い二人とデート。
この二人はプレゼントは少ないけれど、イケメンな上にかわいいかわいいとずっと甘やかしてくれるからいい。
「うん、楽しみにしてるね!」
そう言ってにっこり笑えば照れくさそうな顔になるのもいい。
くりっと大きな目に小ぶりな唇。もう二十を迎えたと言うのに同年代と比べると小柄で女性らしい豊満さには乏しい。
だが、無邪気と称される笑顔と全身で「少女のような可愛らしさ」をアピールするにはちょうどいい。
「やっぱりゆきは可愛くしてるのが一番ね」
可愛いと褒められたいから自分の事を「ゆき」と言う。
褒めてくれる人がいるから馬鹿にする人間がいても子供っぽくする。
今日も可愛いと褒められて満たされた気持ちで帰路に着く。
「あら、かわいい子ね」
だから帰り道の途中そう言って自分の前に現れた女性にも、愛想よく微笑んで挨拶をした。
「ちょうどいいわ。あなた、このあたりの子かしら?」
長い黒髪と猫目の女性はどうやら道に迷っているらしかった。
地図を片手に歩いていた所でゆきを見つけたと言う。
目的地を聞いてみたらそこは空き家だった。女性は住民が引っ越した事を知らなかったようだ。
「迷惑をかけてしまったわね、ごめんなさい。
お詫びに何か奢るわ。さっき通ってきた道にカフェがあったの」
女性が言っているカフェはお気に入りと言うほどでもないがいい店だ。
遠慮したように見せつつ、再度誘ってくる女性にそこまで言うならとはにかみながらお礼を言う。
「ふふふ。本当にかわいい子ね……楽しみだわ」
さあ行きましょうとさりげなく添えられた女性の指先。
ネイルアートのデザインはゆきの好みではないなと思ったら、手首がかっと熱くなった。
え? と不思議に思って手を見る。
おかしい。なんでゆきの手がないの?
「あら? とれてしまったわ。ちょっと折ろうとしただけなのに」
とれた? 折ろうとした?
あれ、あの人が持ってるの。
パールピンクのマニキュア、お気に入りの、手入れした指、ゆきの手。
返してと言おうとした喉がぎゅっとしまる。
痛い。痛い。痛すぎて、声が出ない。息が詰まる。
まって、ゆきの足。まって、とらないで。かえして。
「またとれてしまったわ。どうしてかしら」
頬に指が入ってくる。
痛い。
「いいわ。しかたないわ。死ぬまでできるだけくるしんでちょうだい」
指が、目に近付いてくる。
好みじゃないネイルアート。
爪が、目に、当たって。
ぐしゃり。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.「ゆき」の救出
2.「女性」の撃退
3.なし
2.「女性」の撃退
3.なし
出だしがちょっと酷い事になってます。すみません。
こちらは【わかれみち】に登場した隔者の再登場となっていますが、知らなくとも問題はありませんのでお気軽にご参加下さい。
●場所
平日の昼間。住宅街ではありますが、住民は仕事などで出払っておりこの時間帯に人気はありません。
道幅は普通車がすれ違える程度。道の両側に約2m程の前庭や車庫を備えた民家があります。
事件現場となるのは東から西へまっすぐ伸びた道のほぼ中央。道の両端は突き当りが住宅でT字路になっています。
●人物
・『ゆき』小山内 結希(おさない ゆき)/女性/一般人
地元大学に通う女性。二十代に入っていますが、ライトブラウンの猫っ毛に大きな目が印象的な童顔と小柄な体つき、何より本人がそう振る舞うため子供っぽく感じます。
講義が休みのためデートをした帰りに『女性』に遭遇し惨殺されてしまいます。
当日は事件現場となる道の東側から歩いて来ます。
・『女性』岬 翔子(みさき しょうこ)/女性/隔者
背が高くスレンダー。長い黒髪に猫目のクール系。
彼氏に浮気された挙げ句捨てられた悲しみと怒りから、子供っぽく可愛いタイプの女性に殺意を抱いています。
ゆきと遭遇したのはまったくの偶然。運悪くゆきが殺意を抱くタイプだったため「ついでに惨殺しましたが、もしこの時に邪魔が入れば酷い目に遭っても命は助かった可能性が高いようです。
当日は事件現場となる道の西側から歩いて来ます。
●能力
・岬 翔子/隔者
彩の因子/火行
装備/爪(ネイルアートを施した爪。格闘武器)
特殊攻撃能力が高く反応速度よりも体力と防御力が高めです。
勘が鋭く本来なら危険な事は基本的にしたがらない。例外的に『ゆき』や殺意を掻き立てるようなタイプの人間がいれば積極的に狙ってきます。
今回ゆきに遭遇したのはまったくの偶然だったため、ある程度ダメージを受ければさっさと逃亡してしまいます。
・スキル
炎撃(近単/特攻ダメージ+火傷/格闘)
火柱(近列/特攻ダメージ+火傷)
圧撃(近単/特攻ダメージ+ノックB)
・技能
第六感
韋駄天足
情報は以上となります。
皆様のご参加お待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年08月18日
2016年08月18日
■メイン参加者 8人■

●
青空が広がった心地良い晴れの日、と言うには昼間の太陽の日差しが少々暑い。
「ゆきちゃん、また明日ね」
「次はもっといい所に連れて行ってやるよ」
「うん、楽しみにしてるね!」
そんな暑さをものともしない楽し気な声は住民のほとんどが出勤や外出で出払っている住宅街によく響いた。
若い男性二人と向かい合う女性、と言うにはいささか子供っぽいが、男性二人とのデートを済ませた彼女はにっこりと笑って手を振る。
男性が車に乗って去ると、女性は「やっぱりゆきは可愛くしてるのが一番ね」と言って歩き出した。
少し離れた所で自分を見詰めている視線には気付かず、『ゆき』は東から西に伸びた路地に向かっている。
「可愛いから、という理由で襲われるなんて理不尽ですね」
視線の一つ、柳 燐花(CL2000695)の呟きに、隣にいる蘇我島 恭司(CL2001015)が反応した。
「あー……うん。流石に可愛いっていうだけで殺されるのは、可哀想だよね」
燐ちゃんは良い子だねぇ。とまで言うと子ども扱いになるかなとその先は言わないでおく。
視線をやった先には、自分の事を「ゆき」と言う子供っぽさが目立つ女性。
年は二十代になっているにも関わらず、見た目以上に本人が望んで「かわいく」子供っぽく振る舞っているらしい。
彼女を見ているのは二人だけではない。立ち並ぶ民家の庭や車庫の影には他にも六人の覚者が潜んでいた。
「ただ見た目や仕草が気に入らないと言うだけで……酷い話です」
田中 倖(CL2001407)はデートの余韻に浸る『ゆき』が見舞われる悲劇を思い出して顔を曇らせた。
「またあいつ……好き勝手やってるな。いや、違うか。抑えられなかったんだろうな、衝動を」
苦い顔をするのは東雲 梛(CL2001410)は『ゆき』に悲劇をもたらす事件の犯人を知っていた。
彼を含む数人は今回の事件の犯人と以前も接触しており、その時も予知の通りに事が進めば犠牲者が出るはずだったのだ。
「そのような者を野放しにはできません」
倖の表情が引き締まる。
浮かんで来たのは守りたい人の顔。
「ああ。今度こそ逃がさない。あいつを捕まえる」
梛が倖に同調して頷く。
「くっ、あの時ちゃんと捕まえられていたら……」
今度こそと思うのは悔し気に拳を握る御白 小唄(CL2001173)も同じだった。
「前回は逃げられてしまったけど、今度こそは逃がさないようにしよう」
鈴白 秋人(CL2000565)が肩を叩くと、秋人の顔を見た小唄も頷いた。
「……そうだね、今言ってもしょうがない。今度こそきっちり捕まえるよ!」
やる気を見せる小唄達とは別の場所では谷崎・結唯(CL2000305)が今は呑気に歩いているゆきを、どこか呆れた風に眺めていた。
(男にふられたショックで人殺しか……タチの悪い八つ当たりではないか、馬鹿馬鹿しい)
ゆきに呆れているのではない。夢見の予知の中で彼女を殺す今回の事件の犯人に呆れているのだ。
隔者が殺人事件を起こすと言う予知を聞いて依頼を受けたはいいが、その動機にはいささかの同情も感じない。無関係にも関わらず「嫌いなタイプだった」と言うだけで殺されるゆきの方はいい迷惑だ。
「なんだか親近感が……この方が襲われると言うのは他人事とは思えませんね」
塀の影に隠れている天野 澄香(CL2000194)は自分とゆきの姿を重ねて見ていた。
澄香も年齢よりだいぶ若く見える童顔であり、更には小柄で猫っ毛と言う偶然にもゆきと似たタイプだったのだ。
「さて、そろそろ行動開始かな?」
ゆきが東西に伸びる路地に向かおうとしたのを見計らって恭司が隠れていた場所から出る。
「そこの君、ちょっといいかな? 道を尋ねたいんだけど……」
恭司は警戒心を抱かせないようマイナスイオンを使いながら声をかけた。
見知らぬ男に声を掛けられたゆきはと言うと愛想よくいいですよと答え、目的地を聞いてくる。
(ちょっと強引になるけど、ごめんね)
そんな彼女に心の中で謝りつつサングラスを外すと、ゆきの目と表情がぼんやりとして来た。魔眼の催眠効果が効いたのだ。
「上手くいきましたね」
様子を窺っていた澄香が隠れていた場所から出て来る。背にある翼はゆったりしたサマーカーディガンで隠されていた。
「私達のようなタイプの女性を襲う犯罪が起きるようなので、隠れてて下さいね」
「隠れる……?」
ぼんやりとしたゆきに、恭司はここから離れた場所にあるカフェに向かおうと言う。
「丁度お昼時だし、そこでのんびりしているといいよ」
「うん……わかった……」
恭司は頷いたゆきを誘導し、その場から離れて行く。
『それじゃ皆、ゆきちゃんを送っている間よろしく頼んだよ』
去り際の伝言は受け取った梛によって送られ、勿論だと全員が請け負った。
●
まっすぐに伸びた道を澄香が歩く。
ゆきが歩くはずだった道を歩き囮となった彼女と周囲の様子を、今も身を隠している全員が静かに見守る。
(……来た!)
道の向こう側に一人の女性が現れた。
(彼女がゆきちゃんを殺すはずだった隔者……)
長い黒髪にすらりとした体つき。片手に持った地図を見ていた猫目が澄香を見付けた。
「あら、かわいい子ね」
澄香はにっこりと笑って女性を、失恋の怒りと悲しみから殺人行為に走ってしまった隔者、岬翔子が近付いて来るのを待った。
「ちょうどいいわ。あなた、このあたりの子かしら?」
「はい。どうかしましたか?」
コツコツと踵を鳴らしながら近付いて来た翔子の足がぴたりと止まる。不意に嫌な感覚に陥った。
これはなんだったか。前も似たような気分になった事があったような気がする。
「どうしました?」
そう問いかける澄香の声音に咄嗟に下がろうとした足が引っ張られ、見下ろすと粘つく糸のような物が絡みついていた。
足に絡みつく蜘蛛糸を引き剥がそうとした翔子に苦無の二連撃が襲い掛かる。
隠れていた場所から飛び出し苦無を振るった燐花に続いて塀の裏から、庭や車庫の死角から次々に覚者達が飛び出す。
「また会ったね、悪いお姉さん! 今度こそ逃がしはしないよ!」
小唄の攻撃を腕を翳して迎え撃つ。
ナックルで強化された小唄の獣の手と凶器と化した翔子のネイルが軋む。
「あなた、あの時の悪い子ね」
「他にも『悪い子』はいるぜ」
梛の声に反応した翔子の手から火柱が迸った。
周囲に物が焼ける臭気と翔子に纏わり付いた梛の香仇花の匂いが混ざる。
「君もこのまま、野放しにしておく訳にはいかないから……」
「面倒事しか起こさんだろうしな」
秋人の氷の礫と結唯が振るった双刀からの攻撃に晒された翔子は大きく距離を取ろうとしたが、道の両側はすでに塞がれていた。
「あら、困ったわね」
困っているようには聞こえないが、翔子の翔目は道を塞ぐ覚者と左右に並ぶ住宅を素早く見回している。
「なるほど、逃げることに意識が向きすぎているようですね」
「私も女だもの。危ない所にはいたくないわ」
倖はその答えに顔をわずかにしかめる。
「そう言いながらあなたとは何の関わりもない人を殺そうと言うのですか」
「関わりのない人は殺さないわ」
意外な答えに倖がおやと思っていると、翔子がアスファルトを蹴った。
「だって、関わらないと殺せないもの」
翔子の炎に包まれた拳が澄香を襲う。
苦鳴を堪えて放った種子は翔子が取り払う前に芽吹き、体の自由を奪いにかかった。
鬱陶しげに振るわれた腕は、そのまま再び拳を握って澄香向かって降り下ろされる。
「可愛いと思う女性をどれだけ傷つけたら心が休まるのでしょうね?」
澄香に狙いを定めた翔子を切り裂く燐花の苦無。
しかし、翔子の視線は澄香から離れなかった。
「このっ、澄香先輩から離れろ!」
燃え盛る炎は明らかに澄香を狙って放たれ、自らを盾にするような勢いで飛び込み攻撃する小唄には目もくれない。
「いくら自分とは違うタイプの子を襲っても、過去は変えられないよ……」
秋人は翔子を止めるために、手を汚させないために攻撃の手も緩めない。
衝動的な殺意に駆られているとは言え、まだ翔子は殺人を犯していないのだ。まだ引き戻せるのではないかと思っていた。
「こんな事しても、あんたの怒りは晴れないし、さらに怒りが増すだけだってのは、わかってるんだろ」
梛の怪光線を受けた翔子の体が呪いによって止まったが、視線は変わらず澄香に張り付いている。
「どうかしら。どうなのかしら。分からないわ。でも止めないわ」
呪いがかかった体は纏わり付く棘によって痺れ血を流していたが、翔子の声にはいささかの揺らぎもない。
「どうして止めるのかしら。悪い子ね。酷い子ね。あなた達にも酷い事をしないといけないわ」
「これはいけませんね……」
翔子の身動きが取れない内にと蒼鋼壁で味方の守りを固めていた倖がぞっとして肩を竦める。
「捕まえなくては、何としてでも」
狙い撃ちされた澄香は翔子が持つ殺意の強さを身に染みて感じていた。
「男性と別れる事になったのは、見た目ではなくて内面が問題だったのでは?」
燐花のこの一言に、翔子の周りの空気が凍った。
「ふふふ……」
不気味な程楽し気な忍び笑いにぎしぎしと何かが軋む音が混ざった。
それは握り締められた証拠の拳とネイルが軋む音だった。
「やっぱり、やっぱりだわ。やっぱり殺さないといけないわ」
呪いの効果から脱した翔子の目が燐花を捉える。
苦無で脇腹を切り裂きそのまま駆け抜けようとした燐花だったが、翔子の手に肩を捕まれてしまう。
がっちりと食い込んだ爪は解けず、燐火の背筋にぞっと冷たい物が走った。
「やれやれ、ふられたからと言って逆恨み。図星を突かれて激昂か」
いつの時代もこういう奴が現れるから面倒なのだと結唯がため息を吐く。
隆神槍が翔子と燐花の間に突き立って引き離し、そこに眩く光る雷獣が轟音を響かせ疾走する。
「悪いけど、燐花ちゃんを狙うのは止めてもらえないかな」
「恭司さん……」
翔子の後ろから雷獣を放ったのは短い黒髪にサングラスの若い男に変化した恭司だった。
「ゆきちゃんは喫茶店まで送り届けたよ。あとは彼女を捕まえるだけだ」
燐花から引き離した翔子をサングラス越しに見据える。
「また男が来たわ。あなた前もいたわね。また来たのね」
そう言いながら翔子の目が左右に動く。
道の前後を塞ぐ覚者、道の両側には住宅があり、簡単に逃げられそうにはなかった。
「私を殺さず逃げるの?」
嘲るような物言いに逃げ道を捜そうとしていた翔子の目が吊り上がる。
わざと挑発したのは澄香だった。
「逃がしませんよ」
澄香に気を取られた翔子を、先ほどとは逆に燐花が捕まえていた。
体は小柄でもそこは覚者。隔者である翔子といえども簡単には振りほどけない。
「今度こそ逃がしはしないって言っただろ!」
駆け付けた小唄の飛燕と翔子の炎がぶつかり合う。
そこに飛来したのは秋人が放った薄氷だった。
凍える氷は翔子の体を凍てつかせ、凍傷を齎す。
「岬さん、待つんだ。ここで逃げたらいつか君は本当に人を殺してしまう」
秋人は翔子を逃がさないように道を塞ぎながらも呼びかけた。
「何からそんなに逃げたいのか、ちゃんと目を見て。まだ君には未来はあるし、いくらだってまだ変えて行ける筈だから……」」
「変わらないわ。変えられないわ。私はもう、止まらないのよ!」
かっと見開かれた猫目と口から激しい感情が迸り、同時に炎が噴き上がる。
「どうしても続けたいっていうなら、あんたのその怒りが収まるまで徹底的に付き合ってやるよ」
炎を貫く怪光線。梛は茫洋とした喋り方をかなぐり捨て激しい感情を示した翔子の目を真正面から見据える。
「来いよ。全部ちゃんと受け止めてやるから」
いつものどこか淡白な物言いはどこへ行ったのか。
梛の言葉は他の覚者達にも伝播して行く。
●
翔子の放つ拳と炎が小唄と燐花の小柄な体を焼き、撃ち抜いて行く。
「あなた達はまだ子供なのね。かわいそうに。でも許さないわ」
「それで誰かの命を守れるなら、この身はいくらでも投げ出すよ!」
速さに勝る小唄と燐花は自身の身を翔子の攻撃の前に晒して体力を削りながらも翔子を追い詰めて行く。
「逃がしませんよ」
入り組んだ住宅街に逃がさないよう退路を塞ぎ、前に回り込む。
「私情で他人を巻き込むな。まして逆上して殺すなど以ての外だ」
結唯は冷静に、翔子が包囲を抜けようとする度に波動弾や岩槍で出鼻を挫いて退路を断ち、淡々と翔子の力を削いで行く。
すでにあらゆる状態異常で痛めつけられた翔子は余裕をなくし、逃走する事すら頭にないようだった。
「ここまで追い込んだからには必ず捕まえますよ」
穏やな事務員の顔を守りたいもののために戦う者の顔に変え、倖は強化した装甲を焼く炎に耐える。
突き出された翔子の拳の勢いを利用した小手返しで反撃しながら捕縛の機会を待つ。
「今更だけど、違うやり方を選んでいたら良い方向に変われただろうに」
傷付いた体で暴れる翔子の姿を見て恭司がぼそりと言う。
髪を振り乱し目を吊り上げ、雷獣に撃たれ苦痛に身を捩る様はまるで鬼女だ。
「後姿も大人っぽくて素敵でしたのに」
澄香は初めて遭遇した時の姿を惜しむ様に、しかし手を止める事なく鋭い棘を生み出す種を翔子に植え付ける。
芽吹いた種は弱っていた翔子への決定打となったのだろう。
口紅を塗ったように赤く染まった翔子の唇が震え、誰の目にも彼女の限界が見えた。
「私が悪かったの? 頑張ったわ。我慢したわ。それでも駄目だったのは私が悪いの?」
翔子自身もそれを悟りつつも止まらなかった。
「あんたがそうなった理由は詳しく知らない。だがこのやり方を選んだ事は間違いだ」
梛が深緑鞭で翔子の足を絡め取る。
「過去は変えられない。岬さんが人を傷付けてきた事も。でもここで逃げずに留まれば、きっと未来を変えられる」
そう信じるからこそ、秋人は翔子を止めるべく力を振るった。
「どうしてこうなったのかしら。何が間違ってたのかしら」
「人を傷付ける事を選んだのが間違いだ!」
薄氷に撃ち抜かれた翔子の呟きに小唄が叫ぶ。
「自分の身勝手で誰かの命を弄ぶなんて、そんな事は絶対に許さない!」
とどめの飛燕を受けた翔子は声もなく崩れ落ち、そのまま沈黙する。
「やれやれ……とんだ隔者だったな」
結唯がため息を吐きながら武器を収める。
「皆さんは休んでいてください。私は彼女の捕縛と移送の準備をしておきますね」
倖は普段通り穏やかな事務員の顔に戻り、隔者捕縛の連絡と手続きを始めた。
意識のない翔子は秋人が拘束を手伝って移送車が来るまで見張りを兼ねて側に立つ。
「上手く立ち直れるといいですね」
様子を見ていた澄香は人死にを出さずに済んだ安堵と集中攻撃を受けた負傷の疲れの両方からほっと息を吐いていた。
「どうだろうな」
そう言った梛の声音はいつもより少し素っ気ない。
些か似合わない事をしたと今になって気まずくなっているのだろうか。
「蘇我島さん。可愛いとか綺麗とか。女性はそういう部分に拘るものなのでしょうか」
「……ん?」
燐花の質問に恭司は少し考える。
「まぁ、そういう事に熱心になる子は多いかな? 可愛いは作れる、なんて言葉もある位だし……」
年頃の女の子らしい話題がなかなか出てこない燐花だったが、今回の事件と翔子の変貌ぶりに何か思う所があったのだろうか。
「概ね外面の可愛さになっちゃうけど、努力する事は悪い事じゃないしね」
「そうですか……」
燐花はそれ以上話題を続ける事はなく恭司をちらりと見上げるだけに留まった。
「みんなー! そろそろ帰ろうよ!」
元気な小唄の声が昼下がりの住宅街に響く。
かくて悲しみと嫉妬に狂った隔者は殺人鬼と化す前に覚者達の手で捕縛され、血に染まるはずだった住宅街はいつもと変わらない昼下がりを迎える。
青空が広がった心地良い晴れの日、と言うには昼間の太陽の日差しが少々暑い。
「ゆきちゃん、また明日ね」
「次はもっといい所に連れて行ってやるよ」
「うん、楽しみにしてるね!」
そんな暑さをものともしない楽し気な声は住民のほとんどが出勤や外出で出払っている住宅街によく響いた。
若い男性二人と向かい合う女性、と言うにはいささか子供っぽいが、男性二人とのデートを済ませた彼女はにっこりと笑って手を振る。
男性が車に乗って去ると、女性は「やっぱりゆきは可愛くしてるのが一番ね」と言って歩き出した。
少し離れた所で自分を見詰めている視線には気付かず、『ゆき』は東から西に伸びた路地に向かっている。
「可愛いから、という理由で襲われるなんて理不尽ですね」
視線の一つ、柳 燐花(CL2000695)の呟きに、隣にいる蘇我島 恭司(CL2001015)が反応した。
「あー……うん。流石に可愛いっていうだけで殺されるのは、可哀想だよね」
燐ちゃんは良い子だねぇ。とまで言うと子ども扱いになるかなとその先は言わないでおく。
視線をやった先には、自分の事を「ゆき」と言う子供っぽさが目立つ女性。
年は二十代になっているにも関わらず、見た目以上に本人が望んで「かわいく」子供っぽく振る舞っているらしい。
彼女を見ているのは二人だけではない。立ち並ぶ民家の庭や車庫の影には他にも六人の覚者が潜んでいた。
「ただ見た目や仕草が気に入らないと言うだけで……酷い話です」
田中 倖(CL2001407)はデートの余韻に浸る『ゆき』が見舞われる悲劇を思い出して顔を曇らせた。
「またあいつ……好き勝手やってるな。いや、違うか。抑えられなかったんだろうな、衝動を」
苦い顔をするのは東雲 梛(CL2001410)は『ゆき』に悲劇をもたらす事件の犯人を知っていた。
彼を含む数人は今回の事件の犯人と以前も接触しており、その時も予知の通りに事が進めば犠牲者が出るはずだったのだ。
「そのような者を野放しにはできません」
倖の表情が引き締まる。
浮かんで来たのは守りたい人の顔。
「ああ。今度こそ逃がさない。あいつを捕まえる」
梛が倖に同調して頷く。
「くっ、あの時ちゃんと捕まえられていたら……」
今度こそと思うのは悔し気に拳を握る御白 小唄(CL2001173)も同じだった。
「前回は逃げられてしまったけど、今度こそは逃がさないようにしよう」
鈴白 秋人(CL2000565)が肩を叩くと、秋人の顔を見た小唄も頷いた。
「……そうだね、今言ってもしょうがない。今度こそきっちり捕まえるよ!」
やる気を見せる小唄達とは別の場所では谷崎・結唯(CL2000305)が今は呑気に歩いているゆきを、どこか呆れた風に眺めていた。
(男にふられたショックで人殺しか……タチの悪い八つ当たりではないか、馬鹿馬鹿しい)
ゆきに呆れているのではない。夢見の予知の中で彼女を殺す今回の事件の犯人に呆れているのだ。
隔者が殺人事件を起こすと言う予知を聞いて依頼を受けたはいいが、その動機にはいささかの同情も感じない。無関係にも関わらず「嫌いなタイプだった」と言うだけで殺されるゆきの方はいい迷惑だ。
「なんだか親近感が……この方が襲われると言うのは他人事とは思えませんね」
塀の影に隠れている天野 澄香(CL2000194)は自分とゆきの姿を重ねて見ていた。
澄香も年齢よりだいぶ若く見える童顔であり、更には小柄で猫っ毛と言う偶然にもゆきと似たタイプだったのだ。
「さて、そろそろ行動開始かな?」
ゆきが東西に伸びる路地に向かおうとしたのを見計らって恭司が隠れていた場所から出る。
「そこの君、ちょっといいかな? 道を尋ねたいんだけど……」
恭司は警戒心を抱かせないようマイナスイオンを使いながら声をかけた。
見知らぬ男に声を掛けられたゆきはと言うと愛想よくいいですよと答え、目的地を聞いてくる。
(ちょっと強引になるけど、ごめんね)
そんな彼女に心の中で謝りつつサングラスを外すと、ゆきの目と表情がぼんやりとして来た。魔眼の催眠効果が効いたのだ。
「上手くいきましたね」
様子を窺っていた澄香が隠れていた場所から出て来る。背にある翼はゆったりしたサマーカーディガンで隠されていた。
「私達のようなタイプの女性を襲う犯罪が起きるようなので、隠れてて下さいね」
「隠れる……?」
ぼんやりとしたゆきに、恭司はここから離れた場所にあるカフェに向かおうと言う。
「丁度お昼時だし、そこでのんびりしているといいよ」
「うん……わかった……」
恭司は頷いたゆきを誘導し、その場から離れて行く。
『それじゃ皆、ゆきちゃんを送っている間よろしく頼んだよ』
去り際の伝言は受け取った梛によって送られ、勿論だと全員が請け負った。
●
まっすぐに伸びた道を澄香が歩く。
ゆきが歩くはずだった道を歩き囮となった彼女と周囲の様子を、今も身を隠している全員が静かに見守る。
(……来た!)
道の向こう側に一人の女性が現れた。
(彼女がゆきちゃんを殺すはずだった隔者……)
長い黒髪にすらりとした体つき。片手に持った地図を見ていた猫目が澄香を見付けた。
「あら、かわいい子ね」
澄香はにっこりと笑って女性を、失恋の怒りと悲しみから殺人行為に走ってしまった隔者、岬翔子が近付いて来るのを待った。
「ちょうどいいわ。あなた、このあたりの子かしら?」
「はい。どうかしましたか?」
コツコツと踵を鳴らしながら近付いて来た翔子の足がぴたりと止まる。不意に嫌な感覚に陥った。
これはなんだったか。前も似たような気分になった事があったような気がする。
「どうしました?」
そう問いかける澄香の声音に咄嗟に下がろうとした足が引っ張られ、見下ろすと粘つく糸のような物が絡みついていた。
足に絡みつく蜘蛛糸を引き剥がそうとした翔子に苦無の二連撃が襲い掛かる。
隠れていた場所から飛び出し苦無を振るった燐花に続いて塀の裏から、庭や車庫の死角から次々に覚者達が飛び出す。
「また会ったね、悪いお姉さん! 今度こそ逃がしはしないよ!」
小唄の攻撃を腕を翳して迎え撃つ。
ナックルで強化された小唄の獣の手と凶器と化した翔子のネイルが軋む。
「あなた、あの時の悪い子ね」
「他にも『悪い子』はいるぜ」
梛の声に反応した翔子の手から火柱が迸った。
周囲に物が焼ける臭気と翔子に纏わり付いた梛の香仇花の匂いが混ざる。
「君もこのまま、野放しにしておく訳にはいかないから……」
「面倒事しか起こさんだろうしな」
秋人の氷の礫と結唯が振るった双刀からの攻撃に晒された翔子は大きく距離を取ろうとしたが、道の両側はすでに塞がれていた。
「あら、困ったわね」
困っているようには聞こえないが、翔子の翔目は道を塞ぐ覚者と左右に並ぶ住宅を素早く見回している。
「なるほど、逃げることに意識が向きすぎているようですね」
「私も女だもの。危ない所にはいたくないわ」
倖はその答えに顔をわずかにしかめる。
「そう言いながらあなたとは何の関わりもない人を殺そうと言うのですか」
「関わりのない人は殺さないわ」
意外な答えに倖がおやと思っていると、翔子がアスファルトを蹴った。
「だって、関わらないと殺せないもの」
翔子の炎に包まれた拳が澄香を襲う。
苦鳴を堪えて放った種子は翔子が取り払う前に芽吹き、体の自由を奪いにかかった。
鬱陶しげに振るわれた腕は、そのまま再び拳を握って澄香向かって降り下ろされる。
「可愛いと思う女性をどれだけ傷つけたら心が休まるのでしょうね?」
澄香に狙いを定めた翔子を切り裂く燐花の苦無。
しかし、翔子の視線は澄香から離れなかった。
「このっ、澄香先輩から離れろ!」
燃え盛る炎は明らかに澄香を狙って放たれ、自らを盾にするような勢いで飛び込み攻撃する小唄には目もくれない。
「いくら自分とは違うタイプの子を襲っても、過去は変えられないよ……」
秋人は翔子を止めるために、手を汚させないために攻撃の手も緩めない。
衝動的な殺意に駆られているとは言え、まだ翔子は殺人を犯していないのだ。まだ引き戻せるのではないかと思っていた。
「こんな事しても、あんたの怒りは晴れないし、さらに怒りが増すだけだってのは、わかってるんだろ」
梛の怪光線を受けた翔子の体が呪いによって止まったが、視線は変わらず澄香に張り付いている。
「どうかしら。どうなのかしら。分からないわ。でも止めないわ」
呪いがかかった体は纏わり付く棘によって痺れ血を流していたが、翔子の声にはいささかの揺らぎもない。
「どうして止めるのかしら。悪い子ね。酷い子ね。あなた達にも酷い事をしないといけないわ」
「これはいけませんね……」
翔子の身動きが取れない内にと蒼鋼壁で味方の守りを固めていた倖がぞっとして肩を竦める。
「捕まえなくては、何としてでも」
狙い撃ちされた澄香は翔子が持つ殺意の強さを身に染みて感じていた。
「男性と別れる事になったのは、見た目ではなくて内面が問題だったのでは?」
燐花のこの一言に、翔子の周りの空気が凍った。
「ふふふ……」
不気味な程楽し気な忍び笑いにぎしぎしと何かが軋む音が混ざった。
それは握り締められた証拠の拳とネイルが軋む音だった。
「やっぱり、やっぱりだわ。やっぱり殺さないといけないわ」
呪いの効果から脱した翔子の目が燐花を捉える。
苦無で脇腹を切り裂きそのまま駆け抜けようとした燐花だったが、翔子の手に肩を捕まれてしまう。
がっちりと食い込んだ爪は解けず、燐火の背筋にぞっと冷たい物が走った。
「やれやれ、ふられたからと言って逆恨み。図星を突かれて激昂か」
いつの時代もこういう奴が現れるから面倒なのだと結唯がため息を吐く。
隆神槍が翔子と燐花の間に突き立って引き離し、そこに眩く光る雷獣が轟音を響かせ疾走する。
「悪いけど、燐花ちゃんを狙うのは止めてもらえないかな」
「恭司さん……」
翔子の後ろから雷獣を放ったのは短い黒髪にサングラスの若い男に変化した恭司だった。
「ゆきちゃんは喫茶店まで送り届けたよ。あとは彼女を捕まえるだけだ」
燐花から引き離した翔子をサングラス越しに見据える。
「また男が来たわ。あなた前もいたわね。また来たのね」
そう言いながら翔子の目が左右に動く。
道の前後を塞ぐ覚者、道の両側には住宅があり、簡単に逃げられそうにはなかった。
「私を殺さず逃げるの?」
嘲るような物言いに逃げ道を捜そうとしていた翔子の目が吊り上がる。
わざと挑発したのは澄香だった。
「逃がしませんよ」
澄香に気を取られた翔子を、先ほどとは逆に燐花が捕まえていた。
体は小柄でもそこは覚者。隔者である翔子といえども簡単には振りほどけない。
「今度こそ逃がしはしないって言っただろ!」
駆け付けた小唄の飛燕と翔子の炎がぶつかり合う。
そこに飛来したのは秋人が放った薄氷だった。
凍える氷は翔子の体を凍てつかせ、凍傷を齎す。
「岬さん、待つんだ。ここで逃げたらいつか君は本当に人を殺してしまう」
秋人は翔子を逃がさないように道を塞ぎながらも呼びかけた。
「何からそんなに逃げたいのか、ちゃんと目を見て。まだ君には未来はあるし、いくらだってまだ変えて行ける筈だから……」」
「変わらないわ。変えられないわ。私はもう、止まらないのよ!」
かっと見開かれた猫目と口から激しい感情が迸り、同時に炎が噴き上がる。
「どうしても続けたいっていうなら、あんたのその怒りが収まるまで徹底的に付き合ってやるよ」
炎を貫く怪光線。梛は茫洋とした喋り方をかなぐり捨て激しい感情を示した翔子の目を真正面から見据える。
「来いよ。全部ちゃんと受け止めてやるから」
いつものどこか淡白な物言いはどこへ行ったのか。
梛の言葉は他の覚者達にも伝播して行く。
●
翔子の放つ拳と炎が小唄と燐花の小柄な体を焼き、撃ち抜いて行く。
「あなた達はまだ子供なのね。かわいそうに。でも許さないわ」
「それで誰かの命を守れるなら、この身はいくらでも投げ出すよ!」
速さに勝る小唄と燐花は自身の身を翔子の攻撃の前に晒して体力を削りながらも翔子を追い詰めて行く。
「逃がしませんよ」
入り組んだ住宅街に逃がさないよう退路を塞ぎ、前に回り込む。
「私情で他人を巻き込むな。まして逆上して殺すなど以ての外だ」
結唯は冷静に、翔子が包囲を抜けようとする度に波動弾や岩槍で出鼻を挫いて退路を断ち、淡々と翔子の力を削いで行く。
すでにあらゆる状態異常で痛めつけられた翔子は余裕をなくし、逃走する事すら頭にないようだった。
「ここまで追い込んだからには必ず捕まえますよ」
穏やな事務員の顔を守りたいもののために戦う者の顔に変え、倖は強化した装甲を焼く炎に耐える。
突き出された翔子の拳の勢いを利用した小手返しで反撃しながら捕縛の機会を待つ。
「今更だけど、違うやり方を選んでいたら良い方向に変われただろうに」
傷付いた体で暴れる翔子の姿を見て恭司がぼそりと言う。
髪を振り乱し目を吊り上げ、雷獣に撃たれ苦痛に身を捩る様はまるで鬼女だ。
「後姿も大人っぽくて素敵でしたのに」
澄香は初めて遭遇した時の姿を惜しむ様に、しかし手を止める事なく鋭い棘を生み出す種を翔子に植え付ける。
芽吹いた種は弱っていた翔子への決定打となったのだろう。
口紅を塗ったように赤く染まった翔子の唇が震え、誰の目にも彼女の限界が見えた。
「私が悪かったの? 頑張ったわ。我慢したわ。それでも駄目だったのは私が悪いの?」
翔子自身もそれを悟りつつも止まらなかった。
「あんたがそうなった理由は詳しく知らない。だがこのやり方を選んだ事は間違いだ」
梛が深緑鞭で翔子の足を絡め取る。
「過去は変えられない。岬さんが人を傷付けてきた事も。でもここで逃げずに留まれば、きっと未来を変えられる」
そう信じるからこそ、秋人は翔子を止めるべく力を振るった。
「どうしてこうなったのかしら。何が間違ってたのかしら」
「人を傷付ける事を選んだのが間違いだ!」
薄氷に撃ち抜かれた翔子の呟きに小唄が叫ぶ。
「自分の身勝手で誰かの命を弄ぶなんて、そんな事は絶対に許さない!」
とどめの飛燕を受けた翔子は声もなく崩れ落ち、そのまま沈黙する。
「やれやれ……とんだ隔者だったな」
結唯がため息を吐きながら武器を収める。
「皆さんは休んでいてください。私は彼女の捕縛と移送の準備をしておきますね」
倖は普段通り穏やかな事務員の顔に戻り、隔者捕縛の連絡と手続きを始めた。
意識のない翔子は秋人が拘束を手伝って移送車が来るまで見張りを兼ねて側に立つ。
「上手く立ち直れるといいですね」
様子を見ていた澄香は人死にを出さずに済んだ安堵と集中攻撃を受けた負傷の疲れの両方からほっと息を吐いていた。
「どうだろうな」
そう言った梛の声音はいつもより少し素っ気ない。
些か似合わない事をしたと今になって気まずくなっているのだろうか。
「蘇我島さん。可愛いとか綺麗とか。女性はそういう部分に拘るものなのでしょうか」
「……ん?」
燐花の質問に恭司は少し考える。
「まぁ、そういう事に熱心になる子は多いかな? 可愛いは作れる、なんて言葉もある位だし……」
年頃の女の子らしい話題がなかなか出てこない燐花だったが、今回の事件と翔子の変貌ぶりに何か思う所があったのだろうか。
「概ね外面の可愛さになっちゃうけど、努力する事は悪い事じゃないしね」
「そうですか……」
燐花はそれ以上話題を続ける事はなく恭司をちらりと見上げるだけに留まった。
「みんなー! そろそろ帰ろうよ!」
元気な小唄の声が昼下がりの住宅街に響く。
かくて悲しみと嫉妬に狂った隔者は殺人鬼と化す前に覚者達の手で捕縛され、血に染まるはずだった住宅街はいつもと変わらない昼下がりを迎える。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
