【闇黒蜂】七日で必ず死ぬ病
●
――それは、まるで世界の終わりを思わせるような光景であった。
天より降り注ぐ、発光物体。
それは、誰もが願いを託すロマンチックな流星群――そういったものとは比にさえならぬもの。
発光物体は、燃焼物体でもあった。
燃えているのは、つい先程まで己の役割を全うしていた『乗用車』だ。
それが、まるで竜巻か超強力吸引力にでも吸われたように上空へ飛翔したかと思えば、どこに発火の原因があるのか知れないが、突如燃え、地面目掛けて降り注ぐ。
降り注ぐといっても、雨が直下の地面を目指すのとは訳が違う。
明確な意思と力によって、任意の場所へと『降らされて』いるのだ。
『念動能力(テレキネシス)――だよ、紫雨。発火は、うぅん……分からないけど』
「うるせぇ!! ンな事分かってんだよ!!」
隣には誰もいないが、頭の中に響いた声に怒鳴ったのは、七星剣幹部『逢魔ヶ時紫雨』という成人さえ迎えていない、龍の少年だ。
念動能力によって物が降る着地点は常に彼だ。
「なンで俺様、巻き込まれてンだ?
このまま五麟まで走って文句でも言うか?
喜べ、もう一度五麟が燃えますぜってな―――ァアアアド畜生メンドクセェェ!!」
紫雨という人物がこうなっているのには理由がある。
それは――。
●
『ふざけるなッ!!』
納屋 タヱ子(CL2000019)の片耳がキーンとなるくらいの大声と、片耳から反射的に距離を稼いだ受話器。
もう一度受話器を耳にあてたタヱ子は、個人的に彼へ連絡が『取れてしまって』いた。
『妹が危ないだ、だからなんだ知ったことか。同じ女の腹で後から生まれただけの存在に気を配る暇なんざねえ』
「紫雨じゃ話にならないので、斗真さんを出してください……」
『や、やめろよせ。その手には乗んねェぞ』
「ですが、あと二日で氷雨さんが」
『関係ねェ――……。
連日の報道じゃ親族の血なんか与えても症状が緩和されるだけとか言ってたが、お前等が「感染者内部の芽殖孤虫を殺せる術を見つけたかも」ってなら、更に関わりたかねェな』
「何故です」
『例えば、「覚者を駆除できる薬」が発明されたら罪もねぇ覚者は黙って薬が使われて淘汰されるのを見ているだけの行動をとるか? てめェらは知らねえが俺ならいち早く製薬所を叩くね。それとおな―――』
刹那、受話器から盛大な轟音が響いて切れる。
数分後、再び電話はかかってきた。
『ほらみろ、喧嘩売ってきやがった。売られた喧嘩は買ってやる。
俺様の血が欲しいなら、力づくで奪いに来るんだな』
●
「状況を纏めます」
集まった覚者達は、己の武器の状態を確かめながら言う。
皆、FiVEが所有する覚者で男女八人。
「現在逢魔ヶ時紫雨が、厄病神かまたは厄病神が仕向けた敵と交戦中。
五麟市近くの街にて、未確認の飛行物体を確認。
あれは念動能力による操作であり、その精密性からして厄病神の本体である可能性が大」
「その厄病神の本体さんは狩衣の恰好した青年? の姿なんだよね?」
「です」
「現在推測される厄病神のランクは『4』だ。先日の牙王を思い出してみろ。この人数で叩ける相手では無ェよ」
「無理ゲー」
「私たちは、紫雨の血を奪取できればそれで良し。紫雨なんかどうでもいいから死んでくれれば採取しやすいわ」
「ひとつの薬ができれば、それを基にして応用して、氷雨さんだけじゃなくて他者にも使える薬にすれば、最近の『七日で死ぬ病気』は淘汰されるわけだ!」
「そういうことになります」
「それじゃあ日本を救っちゃいましょう」
と、意気込んでいたものの。
―――先に出た部隊は、全員の死亡が確認された。
●
ちりん。
『百秒、ですかねえ』
覚者たち八人は――馴染みの恰好の『薬売り』に足止めをされた。
今までの薬売りと違うところは、顔を覆っていた布が無くなり、表情が見えるところだろう。
狐のような細い瞳が笑っていた。
まるで、全く焦っていない。
『虫除けスプレーがあるように、生物には苦手な臭いとかそういうものが。人間も嫌いな他者がいるのと同様で――』
「薬売り頼むから、遠廻しに言わないで言いたい所だけ分かりやすく言って頂戴」
『厄病神が撤退する術があるが、時間が欲しい。見返りは、その間守って下されば』
さあ、どうするの。FiVE――――?
狩衣の男は、薬売りは、紫雨は、笑いながら問うのであった。
――それは、まるで世界の終わりを思わせるような光景であった。
天より降り注ぐ、発光物体。
それは、誰もが願いを託すロマンチックな流星群――そういったものとは比にさえならぬもの。
発光物体は、燃焼物体でもあった。
燃えているのは、つい先程まで己の役割を全うしていた『乗用車』だ。
それが、まるで竜巻か超強力吸引力にでも吸われたように上空へ飛翔したかと思えば、どこに発火の原因があるのか知れないが、突如燃え、地面目掛けて降り注ぐ。
降り注ぐといっても、雨が直下の地面を目指すのとは訳が違う。
明確な意思と力によって、任意の場所へと『降らされて』いるのだ。
『念動能力(テレキネシス)――だよ、紫雨。発火は、うぅん……分からないけど』
「うるせぇ!! ンな事分かってんだよ!!」
隣には誰もいないが、頭の中に響いた声に怒鳴ったのは、七星剣幹部『逢魔ヶ時紫雨』という成人さえ迎えていない、龍の少年だ。
念動能力によって物が降る着地点は常に彼だ。
「なンで俺様、巻き込まれてンだ?
このまま五麟まで走って文句でも言うか?
喜べ、もう一度五麟が燃えますぜってな―――ァアアアド畜生メンドクセェェ!!」
紫雨という人物がこうなっているのには理由がある。
それは――。
●
『ふざけるなッ!!』
納屋 タヱ子(CL2000019)の片耳がキーンとなるくらいの大声と、片耳から反射的に距離を稼いだ受話器。
もう一度受話器を耳にあてたタヱ子は、個人的に彼へ連絡が『取れてしまって』いた。
『妹が危ないだ、だからなんだ知ったことか。同じ女の腹で後から生まれただけの存在に気を配る暇なんざねえ』
「紫雨じゃ話にならないので、斗真さんを出してください……」
『や、やめろよせ。その手には乗んねェぞ』
「ですが、あと二日で氷雨さんが」
『関係ねェ――……。
連日の報道じゃ親族の血なんか与えても症状が緩和されるだけとか言ってたが、お前等が「感染者内部の芽殖孤虫を殺せる術を見つけたかも」ってなら、更に関わりたかねェな』
「何故です」
『例えば、「覚者を駆除できる薬」が発明されたら罪もねぇ覚者は黙って薬が使われて淘汰されるのを見ているだけの行動をとるか? てめェらは知らねえが俺ならいち早く製薬所を叩くね。それとおな―――』
刹那、受話器から盛大な轟音が響いて切れる。
数分後、再び電話はかかってきた。
『ほらみろ、喧嘩売ってきやがった。売られた喧嘩は買ってやる。
俺様の血が欲しいなら、力づくで奪いに来るんだな』
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「状況を纏めます」
集まった覚者達は、己の武器の状態を確かめながら言う。
皆、FiVEが所有する覚者で男女八人。
「現在逢魔ヶ時紫雨が、厄病神かまたは厄病神が仕向けた敵と交戦中。
五麟市近くの街にて、未確認の飛行物体を確認。
あれは念動能力による操作であり、その精密性からして厄病神の本体である可能性が大」
「その厄病神の本体さんは狩衣の恰好した青年? の姿なんだよね?」
「です」
「現在推測される厄病神のランクは『4』だ。先日の牙王を思い出してみろ。この人数で叩ける相手では無ェよ」
「無理ゲー」
「私たちは、紫雨の血を奪取できればそれで良し。紫雨なんかどうでもいいから死んでくれれば採取しやすいわ」
「ひとつの薬ができれば、それを基にして応用して、氷雨さんだけじゃなくて他者にも使える薬にすれば、最近の『七日で死ぬ病気』は淘汰されるわけだ!」
「そういうことになります」
「それじゃあ日本を救っちゃいましょう」
と、意気込んでいたものの。
―――先に出た部隊は、全員の死亡が確認された。
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ちりん。
『百秒、ですかねえ』
覚者たち八人は――馴染みの恰好の『薬売り』に足止めをされた。
今までの薬売りと違うところは、顔を覆っていた布が無くなり、表情が見えるところだろう。
狐のような細い瞳が笑っていた。
まるで、全く焦っていない。
『虫除けスプレーがあるように、生物には苦手な臭いとかそういうものが。人間も嫌いな他者がいるのと同様で――』
「薬売り頼むから、遠廻しに言わないで言いたい所だけ分かりやすく言って頂戴」
『厄病神が撤退する術があるが、時間が欲しい。見返りは、その間守って下されば』
さあ、どうするの。FiVE――――?
狩衣の男は、薬売りは、紫雨は、笑いながら問うのであった。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.10ターン薬売りを死守する
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
成功条件は、あれひとつですが、やればやっただけ成果が出る依頼
またOPでは書ききれないものは以下に記しておきます
●ここまでのあらすじ
・七日で死ぬ病の噂がある。
七日で必ず死ぬ病の正体は、厄病神という妖が生み出す『芽殖孤虫』が原因であった。
芽殖孤虫は七日かけて『人一人分』の栄養を全て養分とし成長し、成虫へなると厄病神へ至る。
厄病神とは、一体の本体を頂点に無数に存在する妖だ。
芽殖孤虫は覚者に寄生は出来ず、非能力者に寄生が可能であり、寄生されると感染者と呼ばれる。
逢魔ヶ時紫雨の妹、逢魔ヶ時氷雨が感染者と至ってしまった頃、
一体の古妖が、話を持ち掛けてきた。
『とある遺骸をくれれば、氷雨を治す術を与えますが?』
厄病神の横行は日に日に度を増していく。その選択肢を飲むか飲まないか、決断の時は近い。
●状況
・前回、覚者たちと会い見えた狩衣の男が、厄病神の頂点(本体)であるという
彼は薬の生成法を企てていることを『何故か』知り、逢魔ヶ時紫雨の方へ攻撃を仕掛けた
紫雨への攻撃といえども、紫雨が一般人の命を考える人間では無いので長期戦は甚大な被害が出るだろう
完全にとばっちりを食った紫雨は、五麟近くで交戦中であり、『血が欲しいなら力づくで来い』とのこと。
これだけに留まらず、薬売りは問いかけてくる――『遺骸を寄越せば、氷雨を治す術を教える』。
また、百秒持ちこたえれば薬売りがとあるものを使うという。望みはそれしかないが、やってみる他は無い
●厄病神
・狩衣の青年
妖であり、九頭竜所属。ランク4という、難敵。会話は可能。
妖にしては珍しく人間好き
攻撃方法は、念動能力(遠距離物理)、
発火能力(遠距離BS焔傷)、
己の身体の一部の変化(物理超威力)
が確認されている。
また、これ以外の攻撃方法は『今は』確認されていない
*現在は、紫雨を狙っているだけです。PCへ矛先が向かないことはありません、薬売りも同じ
*厄病神は薬を作られるのが嫌で、攻撃を行っております
*厄病神は芽殖孤虫を大変大事に思ってます、またその感染者も同様
●逢魔ヶ時紫雨
隔者、七星剣幹部。
基本行動派、好奇心の塊
今回は、厄病神が喧嘩を売ってきたのを買ったようで、割と楽しんでいるようです
致命傷を喰らえば撤退しますが守られると怒るでしょう
記憶共有の二重人格。もう一人は小垣斗真(nCL2000135)
獣憑×火行
武器は双刀(清光×血吸い)。速度特化、速度を威力に変える体術取得
その他神具二種、眼鏡(正体不明)とピアス(影法師)
体術スキル 轟龍参式・天魔
地烈、飛燕、念弾
技能スキル 龍心・面接着
●薬売り
相変わらずよくわからない古妖
敵でも味方でも無く、己の目的に忠実でそこに悪意は無い
オンキリキリって言いだす
●逢魔ヶ時氷雨
・紫雨の実妹であり、感染者
死にかけている、あと二日で厄病神へ至る
連れ出すことも可能ですし、嬉々としてついていきます
●場所:京都市街
・市街では、AAAとFiVE覚者による避難活動が始まっております
やんわりとAAAやFiVEが攻撃支援をしますが、基本的にはPCが頑張らないとアカン依頼(ここメタです)です
初動、厄病神と紫雨の位置は市街。覚者と薬売りは同行です
それではご縁がありましたら、宜しくお願いします
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年09月01日
2016年09月01日
■メイン参加者 8人■

●残り百
『さぁさ、それでは百秒後の世界では、皆々様のお手を拝借できますよう。
……猫の手も借りたい所では、ありますが。はっはっは』
無表情で肩を揺らした薬売りは、しかしそれでも彼固有の術は何かを展開し始めているようで、足元に淡い光が放ち始める。
『では、お願い致します』
「はい。クーにお任せください」
妖剣――トンファーに刃がついた現代的なデザインの武器を両の手に握り、『Queue』クー・ルルーヴ(CL2000403)は薬売りの手前へと立った。
『花守人』三島 柾(CL2001148)の背中にもたれ掛るような重圧。
「う……ぁ、はぅ」
逢魔ヶ時氷雨が顔面蒼白で首元を抑えている。
「どうした、氷雨?」
「く、首が、痛いよ……っ」
氷雨の首は今、プラスチック製の首輪をはめて首を掻けないように固定してある。しかし、その薄い隔たりの中は真っ赤に腫れあがっていた。
納屋 タヱ子(CL2000019)が氷雨を気遣って手を伸ばした、その時。
ひとつの轟音と共に爆発と煙が上がり、濃い灰色の煙の中から恐るべき速度で赤色の刀が刃を覚者たちへ向けた状態で飛んできた。
それをタヱ子は盾で弾き、刀は隣ビルの壁に刺さる。
「あれは、確か」
そう、あの刀は『二兎の救い手』秋津洲 いのり(CL2000268)には見覚えがあった。
「しぐ――」
いのりが言い終わる前に今度は濃い煙の中から人間と思わしきものが砲弾のように飛ばされたのか、いのりの頬を掠って後方まで飛んで行った。
氷雨が走りかけるところで、柾は彼女の腕を掴んで止めた。
「来るぞ!!」
水蓮寺 静護(CL2000471)は周囲の建物を揺らすくらいの大声で叫び上げ、抜刀。その煌く刃が全て抜けきったところで、
「な」
静護は息をのんだ。
刹那か。
いつの間に、であろうか。
まさに瞬きよりも早い速度か。
覚者たちの陣営の中心に狩衣を着た青年――厄病神が、突っ立っていた。
『……薬臭い』
ぼそ、と言う。
厄病神が、くしゅん、とくしゃみをしたとき。
彼を中心に地面さえ吹き飛ばす大爆発が発生した。
●残り九十
大人しくしていてくれれば、こちらから手を出さずにも済んだものだが。それはそうともいかないようだ。
『アイティオトミア』氷門・有為(CL2000042)はオルペウスを撫でる。炎の灯で赤色染みた色のかかるオルペウスは、厄病神を狙うのだ。
厄病神は覚者たちに目もくれず、薬売り一体だけを狙った。
つまり、厄病神は薬売りが何をしようとしているのか、手に取るように理解しているということだ。
「させません」
有為のオルペウスは確かに厄病神を捉えていた。
しかし、厄病神はオルペウスを払うように袖を振れば風が巻き起こり、有為の攻撃は逸れてしまう。
「まるで俺達が眼中に無い、と言うようだな」
八重霞 頼蔵(CL2000693)は天駆の恩恵を受けて身体に炎を宿し、サーベルとハンドガンを一層強く握った。
ボッ、という音と共に飛んだ頼蔵は厄病神の正面からまずはサーベルを滑らせる。風を切り裂き、骨さえ断てるであろう素早さと鋭さを持った刃だ。
厄病神の袖を切り裂き、二度目の刺突を繰り出す刹那。ふ、と噴いた厄病神の吐息が頼蔵を吹き飛ばす。
「反射か」
「なんというめんどくささですか」
頼蔵は砂埃を叩き落しつつ、有為はオルペウスを握りなおす。
一歩、進んだ厄病神の足。
クーはごくりと生唾を飲み込んだ。
――鈴のような音色。そして、小鳥の囀りのような唄が戦場を包み込む。
『ああ、祝詞、ですか』
薬売りは、袖で口元を抑えながらゆったりとほほ笑んだ。
歌姫は『天使の卵』栗落花 渚(CL2001360)だ。歌姫かつ、舞姫とも呼称するべきか。切羽の詰まったこの地獄の中で舞う彼女は戦意の鼓舞を願う。
ひとつ、願えば力が湧いて。
ふたつ、願えば術式の精度が増して。
「さあ、此処からだよ――厄病神!!」
腕の腕章を高らかに魅せつけ、海のように透き通った髪が風に撫でられた。
厄病神はなんの感情も灯っていない瞳で暫く渚を見てから、興味ないように目を反らした。
『……俺の邪魔、しないでって言ったはずだけど』
それまで沈黙を保っていた静護は、絶海の刃を厄病神の喉元に突きつける。
「忘れた訳では無い。だがしかし、僕がここで妖を逃すはずがない」
厄病神の瞳は不機嫌に瞳を細めた。
最終的には人間を全滅させるのが妖だ。
しかし珍しいかな、厄病神は『まだ』珍しい方だ。
「妖にしては、人間好きとは意外だな。
芽殖孤虫にはお互いの意思疎通を行える技能があるのではないか。感染者の見聞した情報も得られるだろう。それならお前が、知りもしない薬売りとFiVEの同行を知ることができるのか説明がつく」
『……』
つまり、厄病神は氷雨の中にいる芽殖孤虫が配信した情報を汲み取っている。
それは他の芽殖孤虫も同様であり、そこまでくれば芽殖孤虫から成長した厄病神も配信しているだろう。
今この時点でも数百、数千といる芽殖孤虫と厄病神から配信される情報を、全てこの『本物の厄病神』が吸収しているのだ。
「ひ、……氷雨のせい?」
「氷雨のせいじゃない」
縋りついた氷雨を、柾は優しく頭を撫でた。
その時、厄病神は大笑いしながら拍手。
『人間!!
君たちは滅ぼされる運命だ。
故に、人間全ての記憶を引き継いで新たに妖(厄病神)として保存し、種の連鎖を守ってやろうというのに。
さすれば俺が全てを管理し、争いも苦しみも無い世界になるというの―――』
話が長すぎて耐えられなくなった渚が、助走をつけてフルスイングし厄病神を穿つ。
「かっこ、覚者は厄病神化できないため、種の保存に覚者は含まれていません。かっことじ!! だから、厄病神が本日脅威であることに変わりは無い!!」
その頃、いのりは杖を握りしめつつ霧を産んでいく。
(お喋りでもちょっと時間稼げましたが、それもここまででしょう)
厄病神とは対立した。ならばここからは一掃戦闘が激しくなるのであろう。
(急ぎませんと……!!)
びちゃ、ぼたたたた。
「へ?」
という音がして、杖を誰かに掴まれた。
雨かと思ったが、生暖かく、そして真っ赤なものがいのりの顔を染めた。
赤い赤い瞳を持った。
「気に入らねェ、全部気に入らねェ。FiVEは俺様の獲物だ、妖ごときに目ェつけられやがって殺す。あの妖も気に入らねェ、俺様に喧嘩売ってきやがったから気に入らねェ殺す。
――って思うンだけど、イノリチャンどう思う??
俺様カワイソウじゃない?
胃に穴が空いたらイノリチャン助けてくれる?」
「紫雨……」
相変わらず緊張感が無い。
●残り八十
これが破滅の始まりか。
ビルの硝子が大破して割れて、その破片が雨嵐のように覚者へと襲い掛かる。
細かい破片を蹴散らしながらも、クーにさえ処理できぬ速さの破片は弾丸並みの威力を孕んでいた。それが一発、二発と当たれば、クーの表情も強張った。
だがこれより後ろへは通さない。それはクーの意思であり、そしてその意思の根底には何かを失う恐怖がクーを絶えず脅していた。
「氷雨さん……」
クーは氷雨を見た、叫び声をあげながら頭を押さえている。彼女には攻撃は通っていない。無事を確認してクーはほっと胸を撫で下ろしたとき。
ゴ、という衝撃と共にクーの身体にトラックが降ってきた。爆発と共に黒煙が上がっていく。
薬売りはそれで一瞬、手を止めかけたが静護が片手一本で促して薬売りは作業へと戻る。
両腕で手繰るように物を操る厄病神が、攻撃を終えたところで静護は背後へと廻り込んだ。共に、頼蔵も正面から厄病神へと仕掛ける。
「笑っていられるのも、今の内だぞ厄病神」
「降りかかる火の粉は払う、君もそうしたのだろう?」
周囲の水気は静護の凶器。足元より出(いずる)水が沸き竜巻のように刃に纏わせ、それを一気に放つ。
そして頼蔵は忍びのようにサーベルを逆に持った。風に乗り、炎を纏って、赤く紅く朱く灼熱を持った刃部。触れればあらゆるものを焼き切るのだ。
火と水、それが一体となった乱舞に厄病神の身体は傷つき、だが忌々し気に振られた片腕が二人を風で吹き飛ばした。
『邪魔だ、邪魔だ邪魔だ邪魔だ。この神に、新世界の、神に』
吼えた厄病神。
その時トラックに一筋の亀裂は入り真っ二つに割れ、その間からクーがボロボロの服を叩きながら出てきた。
「クーさん、大丈夫、ですか?」
いのりは杖を立てて、そして祈る。
「問題ありません。まだ戦えます」
見た目は無傷。だが、クーの足元に広がる鮮血は、彼女が一度命を飛ばした事を示している。
バキ、ぺき、と骨が折れるような音。
それは厄病神の片腕が巨大な黒シルエットを持った爪へと変わったのを表していた。
ひゅんと鞭のように撓った瞬間、タヱ子はクーの手前で身を呈している。薬売りを庇うのはクーの役目。そして傷ついた仲間を護るのがタヱ子の役目だ。
腹を開かれ盾にヒビが入り、しかしそれでもタヱ子は立つ。紫鋼塞が鞭のようにしなった闇を砕き、硝子が割れるように零れた破片を厄病神が見つめていた。
『まずはお前だ』
再び形成されたのは、大鎌のような禍々しき闇。
「させるか!!」
柾の弓が最大まで引き絞られて、放たれる。矢は闇を射止めて、大鎌を壁へと打ち付けた。されど厄病神はもう片方の腕をべきぺきと変形させている。
先程壁に刺さった清光を抜いた紫雨は刃についた油を振り払ったとき、氷雨は兄の名を呼んでいた。柾はそっと氷雨を隠し、
「……、なんだ」
「紫雨、斗真。お前達の事は妹から聞いた」
「膝枕ちゃんかァ? 今度は添い寝を所望したいねェ」
「斗真、お前は妹を助けたくて行動を起こしたそうだな。それなのに、肝心要のここでは何もしないのか?」
「オイ、俺様を無視すんな」
紫雨は氷雨を見てから、舌打ちし、刀をゆらりと振り上げた。
有為は断頭のように刃を振り落とす、紫雨が受け止め、火花が散る。
「今、何をしようとしましたか」
「随分と人の妹っつー物体にご執心だな? 女なら此の世に無数といンじゃねェか!!」
有為を弾く紫雨。
「言ったぜ、俺様は。力づくで来いと」
「それでしたら、こちらにも考えがあります」
●残り六十
いのりは何度も何度も杖をかかげた。
天へ届かせる願いを馳せて、ここ一帯の水気が枯れ果ててもなお、願い続ける意気込みで。
だが、厄病神の一撃の重みは理解している。埋めても埋めても埋まりきらない傷に、いのりは歯噛みをしながら、杖を振るう。
街が、人が、世界が壊れるのは嫌である。小さな平穏が、厄病神の袖の一振りでここまで破壊されるものか。
たったの百秒がとても長い時間に思えた。まだ、時計の針は半分さえ進んでいない。それはクーも同じことを思う。
いのりの小さな手に、渚の手が重なった。再び展開されたのは厄病神による、硝子や……今やなんの物体の破片かも知れない鋭角の嵐。
それが二人を、いやこの場の全員を打ち抜いていくときに、握られた手は更に深く、キツく結ばれた。
「いのりたちが落ちたら、いけませんわ」
「そうだよ、私達が道を示さなければ!!」
ひとつの勇気では小さくとも、集まる水気は多大な力を込めている。
癒しを与え、死を遠のかせる。
それを、厄病神が忌々しく思わない訳は無い。当の、厄病神という病を司っている妖としてみれば――、癒える、治るは冒涜に近いのだろう。
しかしだ、厄病神が彼女たちに目を向けることは無かった。
何故ならば、タヱ子を、そしてクーを、最終的に薬売りを狙っており、その方向を間違えることはしなかったのだ。
そこから繋がり、防御に優れるタヱ子が落ちるまでそう時間はかからなかった。片膝をついた彼女、だが、意地がある。
ひとつ、約束があった。
少女を一人、護りましょう。
たったそれだけを胸に込めてきた。
「止めるぞ!!」
頼蔵と静護が同時に走り出す。
タヱ子が何かを仕掛けようとしているのは一目瞭然であった。だからか、本能的に二人は走り出していた。
静護は刃を振るい、ビルから壁を引きちぎっている厄病神の腕をぶった切り、頼蔵は厄病神の右目を突き刺してから武器を捻る。
特に叫び声はあげなかった厄病神だが、代わりに頼蔵の腹部に、黒く鋭い形をした片腕が突き刺さり、ニタアと笑う。
「宿主なくして病は成り立たぬ事を思えば、人に友好的なのも頷ける。――だが、」
「これ以上殖えることは許さないぞ、何が、神か!!」
静護の冷気を乗せた刃が振り切られ、厄病神の背が大きく裂けた。
その時、静護と頼蔵に見えたのは血が出る傷口では無く、名伏しがたき真っ黒なものが傷口のなかで蠢いているものだ。まるでそれは、仮の姿に窮屈に収まっている何か。刹那、二人は厄病神から退く。
指先ひとつでビルを割り、巨大な破片を浮かせていつでも砲撃できると笑う厄病神の背後に、タヱ子はコンマ1秒で廻り込む。
『―――?』
怪訝な顔を初めて見せた厄病神が、違和感に気づいたのは間も無く。
後ろから厄病神を羽交い絞めにしたタヱ子は紫雨へ叫んだ。彼を信用しているのか、それとも煽っているのはか、もうタヱ子自身も考えてはいないだろう。
「参式で来なさい! ……それとも私が敵に付いて、怖気づきましたか?」
「んだァ、そのリクエストは。ラジオネームは『アイギス』さんから頂きましたァ!!」
紫雨は刃を振るう、炎瞬くその一撃を。どんな強固な防御力をも意味を成さず、そして、タヱ子の天敵たりうる一撃を――
――だが、厄病神はまだ立っていた。
片腕を吹き飛ばし、だが、紫雨でさえ眼中に無いような目線を落としながら。
タヱ子は倒れ、一歩、一歩、薬売りへ歩み寄る妖。
頼蔵は、思考した、攻撃の手を止めずも、どうすればあと、『半分』の時間を超えられるか。
クーが倒れてしまえば、薬売りを庇えるものはもういない。
薬売りが殺されてしまえば、氷雨は助からない。
そもそも、薬売り個人は何回攻撃に耐えられる?
あと50秒、49秒、48秒、嗚呼、――重すぎて、硬すぎる巨大な岩のようなビルの壁が覚者たちの上空で影を作った。
『――く』
薬売りの表情が歪み、祝詞を唱える声が掠れて淡い光は儚く消えていく。
『申し訳ございません、これ以上は、いえ、貴方方が悪い訳ではありませんが』
薬売りは袖からビンを取り出し、地面へ落とした―――。
●
目を覚ました時、そこは別の場所であった。静かで、森か。
それはさておいて。
目を覚ましたのは覚者だけでは無く、紫雨も同様。ただし彼は目を覚ました瞬間、攻撃という単純な動作に入った。
それを渚は得物で受け止めた。狙いは氷雨なのは重々に承知している。
渚は無駄な戦いに痺れを切らし、止めてよ、と叫んでから拳を握る。
「紫雨さん、斗真さん。お願い。
氷雨さんのために血液を分けて。もう時間がないの。薬売りさんから薬を作る方法を聞くには智雨さんの遺骸を渡さなきゃいけないし……」
「なンでそこで、姉貴なんだよ。意味わかんねェ、それに薬売り!! テメェの薬は服薬じゃねえ、服毒だろォが」
『問題(病)を解決し(治し)たのは同様でしょう』
有為は、はぁ、と息を吐く。
「この薬売りが信用ならないのは重々承知です」
『物凄い言われようですが』
悲しい顔をした氷雨に、柾は説いた。
「紫雨お兄ちゃん……」
「生きるのが楽しいと前に言っていたな。俺はお前に、明後日もその後も、また会いたい」
「え!?」
「お前に生きてほしい」
「ふええ!!? 恥ずかしくなってきたよー!?」
「氷雨、斗真に一緒に呼びかけてもらえないか」
「はええぇ? 斗真……?」
「だから俺様はそいつに何を言われようが――」
「それならこちらにも、考えがあると言いました」
有為は静かに力を解放した。
彼女自身は静かでも、足元の得物は何かを外していくような音が響いていく。瞬間、有為は氷雨を掴んで転がし、踏んだ。
紫雨は同様しない。有為は首の中の蟲を圧殺するつもりだが、それは。
「知るか! 俺様がそいつごとき、いなくなってでぃ゛どでな゛に゛ぉ゛イ゛……ン゛ン゛?!!」
だが割と効果はあったようで、紫雨は上手く声が出せず、代わりに斗真が叫び声をあげた。
「だ、っ、だめだよぉぉ!!」
突如走り出した紫雨――いや、斗真は、氷雨を抱きしめて、泣きながら喚いた。
「氷雨は首の奥に蟲が根を張っているんだ! 腕とかならまだしも!! だ、だから、蟲を潰すには首を切らないと斬れなくて、だからそんなことしたら、氷雨がっ、死んじゃうんだぁぁ」
「でしたら」
「渡すよ!! 僕の血ならいくらでもあげるから、だから、やめてぇぇ!!」
「あ、あのっ」
有為は振り返らない。彼女は戦地へ戻らんとした。
「あの、あなたが優しいの、氷雨、知ってます!!」
振り返らず、燃ゆるあの街へ駆ける。
「だから、きっと、帰ってきてくださいね!!」
氷雨の声が途切れて、初めて有為は胸の中の空気を入れ替えることができた。
獣のような形相の厄病神は、既に氷雨を介して、薬が作れる条件が揃った事を知ったことであろう。
「早く、いいから逃げなよね」
ぼそ、と呟いた程度の小さな声は氷雨には届かなかったが、精々、私の見えない場所で幸せになれと含んだ。
己の武器を信じ。
己を信じ。
有為は再び戦場へと降り立ち―――そして、厄病神の傷を更に広げるためにオルペウスを解放した。
『さぁさ、それでは百秒後の世界では、皆々様のお手を拝借できますよう。
……猫の手も借りたい所では、ありますが。はっはっは』
無表情で肩を揺らした薬売りは、しかしそれでも彼固有の術は何かを展開し始めているようで、足元に淡い光が放ち始める。
『では、お願い致します』
「はい。クーにお任せください」
妖剣――トンファーに刃がついた現代的なデザインの武器を両の手に握り、『Queue』クー・ルルーヴ(CL2000403)は薬売りの手前へと立った。
『花守人』三島 柾(CL2001148)の背中にもたれ掛るような重圧。
「う……ぁ、はぅ」
逢魔ヶ時氷雨が顔面蒼白で首元を抑えている。
「どうした、氷雨?」
「く、首が、痛いよ……っ」
氷雨の首は今、プラスチック製の首輪をはめて首を掻けないように固定してある。しかし、その薄い隔たりの中は真っ赤に腫れあがっていた。
納屋 タヱ子(CL2000019)が氷雨を気遣って手を伸ばした、その時。
ひとつの轟音と共に爆発と煙が上がり、濃い灰色の煙の中から恐るべき速度で赤色の刀が刃を覚者たちへ向けた状態で飛んできた。
それをタヱ子は盾で弾き、刀は隣ビルの壁に刺さる。
「あれは、確か」
そう、あの刀は『二兎の救い手』秋津洲 いのり(CL2000268)には見覚えがあった。
「しぐ――」
いのりが言い終わる前に今度は濃い煙の中から人間と思わしきものが砲弾のように飛ばされたのか、いのりの頬を掠って後方まで飛んで行った。
氷雨が走りかけるところで、柾は彼女の腕を掴んで止めた。
「来るぞ!!」
水蓮寺 静護(CL2000471)は周囲の建物を揺らすくらいの大声で叫び上げ、抜刀。その煌く刃が全て抜けきったところで、
「な」
静護は息をのんだ。
刹那か。
いつの間に、であろうか。
まさに瞬きよりも早い速度か。
覚者たちの陣営の中心に狩衣を着た青年――厄病神が、突っ立っていた。
『……薬臭い』
ぼそ、と言う。
厄病神が、くしゅん、とくしゃみをしたとき。
彼を中心に地面さえ吹き飛ばす大爆発が発生した。
●残り九十
大人しくしていてくれれば、こちらから手を出さずにも済んだものだが。それはそうともいかないようだ。
『アイティオトミア』氷門・有為(CL2000042)はオルペウスを撫でる。炎の灯で赤色染みた色のかかるオルペウスは、厄病神を狙うのだ。
厄病神は覚者たちに目もくれず、薬売り一体だけを狙った。
つまり、厄病神は薬売りが何をしようとしているのか、手に取るように理解しているということだ。
「させません」
有為のオルペウスは確かに厄病神を捉えていた。
しかし、厄病神はオルペウスを払うように袖を振れば風が巻き起こり、有為の攻撃は逸れてしまう。
「まるで俺達が眼中に無い、と言うようだな」
八重霞 頼蔵(CL2000693)は天駆の恩恵を受けて身体に炎を宿し、サーベルとハンドガンを一層強く握った。
ボッ、という音と共に飛んだ頼蔵は厄病神の正面からまずはサーベルを滑らせる。風を切り裂き、骨さえ断てるであろう素早さと鋭さを持った刃だ。
厄病神の袖を切り裂き、二度目の刺突を繰り出す刹那。ふ、と噴いた厄病神の吐息が頼蔵を吹き飛ばす。
「反射か」
「なんというめんどくささですか」
頼蔵は砂埃を叩き落しつつ、有為はオルペウスを握りなおす。
一歩、進んだ厄病神の足。
クーはごくりと生唾を飲み込んだ。
――鈴のような音色。そして、小鳥の囀りのような唄が戦場を包み込む。
『ああ、祝詞、ですか』
薬売りは、袖で口元を抑えながらゆったりとほほ笑んだ。
歌姫は『天使の卵』栗落花 渚(CL2001360)だ。歌姫かつ、舞姫とも呼称するべきか。切羽の詰まったこの地獄の中で舞う彼女は戦意の鼓舞を願う。
ひとつ、願えば力が湧いて。
ふたつ、願えば術式の精度が増して。
「さあ、此処からだよ――厄病神!!」
腕の腕章を高らかに魅せつけ、海のように透き通った髪が風に撫でられた。
厄病神はなんの感情も灯っていない瞳で暫く渚を見てから、興味ないように目を反らした。
『……俺の邪魔、しないでって言ったはずだけど』
それまで沈黙を保っていた静護は、絶海の刃を厄病神の喉元に突きつける。
「忘れた訳では無い。だがしかし、僕がここで妖を逃すはずがない」
厄病神の瞳は不機嫌に瞳を細めた。
最終的には人間を全滅させるのが妖だ。
しかし珍しいかな、厄病神は『まだ』珍しい方だ。
「妖にしては、人間好きとは意外だな。
芽殖孤虫にはお互いの意思疎通を行える技能があるのではないか。感染者の見聞した情報も得られるだろう。それならお前が、知りもしない薬売りとFiVEの同行を知ることができるのか説明がつく」
『……』
つまり、厄病神は氷雨の中にいる芽殖孤虫が配信した情報を汲み取っている。
それは他の芽殖孤虫も同様であり、そこまでくれば芽殖孤虫から成長した厄病神も配信しているだろう。
今この時点でも数百、数千といる芽殖孤虫と厄病神から配信される情報を、全てこの『本物の厄病神』が吸収しているのだ。
「ひ、……氷雨のせい?」
「氷雨のせいじゃない」
縋りついた氷雨を、柾は優しく頭を撫でた。
その時、厄病神は大笑いしながら拍手。
『人間!!
君たちは滅ぼされる運命だ。
故に、人間全ての記憶を引き継いで新たに妖(厄病神)として保存し、種の連鎖を守ってやろうというのに。
さすれば俺が全てを管理し、争いも苦しみも無い世界になるというの―――』
話が長すぎて耐えられなくなった渚が、助走をつけてフルスイングし厄病神を穿つ。
「かっこ、覚者は厄病神化できないため、種の保存に覚者は含まれていません。かっことじ!! だから、厄病神が本日脅威であることに変わりは無い!!」
その頃、いのりは杖を握りしめつつ霧を産んでいく。
(お喋りでもちょっと時間稼げましたが、それもここまででしょう)
厄病神とは対立した。ならばここからは一掃戦闘が激しくなるのであろう。
(急ぎませんと……!!)
びちゃ、ぼたたたた。
「へ?」
という音がして、杖を誰かに掴まれた。
雨かと思ったが、生暖かく、そして真っ赤なものがいのりの顔を染めた。
赤い赤い瞳を持った。
「気に入らねェ、全部気に入らねェ。FiVEは俺様の獲物だ、妖ごときに目ェつけられやがって殺す。あの妖も気に入らねェ、俺様に喧嘩売ってきやがったから気に入らねェ殺す。
――って思うンだけど、イノリチャンどう思う??
俺様カワイソウじゃない?
胃に穴が空いたらイノリチャン助けてくれる?」
「紫雨……」
相変わらず緊張感が無い。
●残り八十
これが破滅の始まりか。
ビルの硝子が大破して割れて、その破片が雨嵐のように覚者へと襲い掛かる。
細かい破片を蹴散らしながらも、クーにさえ処理できぬ速さの破片は弾丸並みの威力を孕んでいた。それが一発、二発と当たれば、クーの表情も強張った。
だがこれより後ろへは通さない。それはクーの意思であり、そしてその意思の根底には何かを失う恐怖がクーを絶えず脅していた。
「氷雨さん……」
クーは氷雨を見た、叫び声をあげながら頭を押さえている。彼女には攻撃は通っていない。無事を確認してクーはほっと胸を撫で下ろしたとき。
ゴ、という衝撃と共にクーの身体にトラックが降ってきた。爆発と共に黒煙が上がっていく。
薬売りはそれで一瞬、手を止めかけたが静護が片手一本で促して薬売りは作業へと戻る。
両腕で手繰るように物を操る厄病神が、攻撃を終えたところで静護は背後へと廻り込んだ。共に、頼蔵も正面から厄病神へと仕掛ける。
「笑っていられるのも、今の内だぞ厄病神」
「降りかかる火の粉は払う、君もそうしたのだろう?」
周囲の水気は静護の凶器。足元より出(いずる)水が沸き竜巻のように刃に纏わせ、それを一気に放つ。
そして頼蔵は忍びのようにサーベルを逆に持った。風に乗り、炎を纏って、赤く紅く朱く灼熱を持った刃部。触れればあらゆるものを焼き切るのだ。
火と水、それが一体となった乱舞に厄病神の身体は傷つき、だが忌々し気に振られた片腕が二人を風で吹き飛ばした。
『邪魔だ、邪魔だ邪魔だ邪魔だ。この神に、新世界の、神に』
吼えた厄病神。
その時トラックに一筋の亀裂は入り真っ二つに割れ、その間からクーがボロボロの服を叩きながら出てきた。
「クーさん、大丈夫、ですか?」
いのりは杖を立てて、そして祈る。
「問題ありません。まだ戦えます」
見た目は無傷。だが、クーの足元に広がる鮮血は、彼女が一度命を飛ばした事を示している。
バキ、ぺき、と骨が折れるような音。
それは厄病神の片腕が巨大な黒シルエットを持った爪へと変わったのを表していた。
ひゅんと鞭のように撓った瞬間、タヱ子はクーの手前で身を呈している。薬売りを庇うのはクーの役目。そして傷ついた仲間を護るのがタヱ子の役目だ。
腹を開かれ盾にヒビが入り、しかしそれでもタヱ子は立つ。紫鋼塞が鞭のようにしなった闇を砕き、硝子が割れるように零れた破片を厄病神が見つめていた。
『まずはお前だ』
再び形成されたのは、大鎌のような禍々しき闇。
「させるか!!」
柾の弓が最大まで引き絞られて、放たれる。矢は闇を射止めて、大鎌を壁へと打ち付けた。されど厄病神はもう片方の腕をべきぺきと変形させている。
先程壁に刺さった清光を抜いた紫雨は刃についた油を振り払ったとき、氷雨は兄の名を呼んでいた。柾はそっと氷雨を隠し、
「……、なんだ」
「紫雨、斗真。お前達の事は妹から聞いた」
「膝枕ちゃんかァ? 今度は添い寝を所望したいねェ」
「斗真、お前は妹を助けたくて行動を起こしたそうだな。それなのに、肝心要のここでは何もしないのか?」
「オイ、俺様を無視すんな」
紫雨は氷雨を見てから、舌打ちし、刀をゆらりと振り上げた。
有為は断頭のように刃を振り落とす、紫雨が受け止め、火花が散る。
「今、何をしようとしましたか」
「随分と人の妹っつー物体にご執心だな? 女なら此の世に無数といンじゃねェか!!」
有為を弾く紫雨。
「言ったぜ、俺様は。力づくで来いと」
「それでしたら、こちらにも考えがあります」
●残り六十
いのりは何度も何度も杖をかかげた。
天へ届かせる願いを馳せて、ここ一帯の水気が枯れ果ててもなお、願い続ける意気込みで。
だが、厄病神の一撃の重みは理解している。埋めても埋めても埋まりきらない傷に、いのりは歯噛みをしながら、杖を振るう。
街が、人が、世界が壊れるのは嫌である。小さな平穏が、厄病神の袖の一振りでここまで破壊されるものか。
たったの百秒がとても長い時間に思えた。まだ、時計の針は半分さえ進んでいない。それはクーも同じことを思う。
いのりの小さな手に、渚の手が重なった。再び展開されたのは厄病神による、硝子や……今やなんの物体の破片かも知れない鋭角の嵐。
それが二人を、いやこの場の全員を打ち抜いていくときに、握られた手は更に深く、キツく結ばれた。
「いのりたちが落ちたら、いけませんわ」
「そうだよ、私達が道を示さなければ!!」
ひとつの勇気では小さくとも、集まる水気は多大な力を込めている。
癒しを与え、死を遠のかせる。
それを、厄病神が忌々しく思わない訳は無い。当の、厄病神という病を司っている妖としてみれば――、癒える、治るは冒涜に近いのだろう。
しかしだ、厄病神が彼女たちに目を向けることは無かった。
何故ならば、タヱ子を、そしてクーを、最終的に薬売りを狙っており、その方向を間違えることはしなかったのだ。
そこから繋がり、防御に優れるタヱ子が落ちるまでそう時間はかからなかった。片膝をついた彼女、だが、意地がある。
ひとつ、約束があった。
少女を一人、護りましょう。
たったそれだけを胸に込めてきた。
「止めるぞ!!」
頼蔵と静護が同時に走り出す。
タヱ子が何かを仕掛けようとしているのは一目瞭然であった。だからか、本能的に二人は走り出していた。
静護は刃を振るい、ビルから壁を引きちぎっている厄病神の腕をぶった切り、頼蔵は厄病神の右目を突き刺してから武器を捻る。
特に叫び声はあげなかった厄病神だが、代わりに頼蔵の腹部に、黒く鋭い形をした片腕が突き刺さり、ニタアと笑う。
「宿主なくして病は成り立たぬ事を思えば、人に友好的なのも頷ける。――だが、」
「これ以上殖えることは許さないぞ、何が、神か!!」
静護の冷気を乗せた刃が振り切られ、厄病神の背が大きく裂けた。
その時、静護と頼蔵に見えたのは血が出る傷口では無く、名伏しがたき真っ黒なものが傷口のなかで蠢いているものだ。まるでそれは、仮の姿に窮屈に収まっている何か。刹那、二人は厄病神から退く。
指先ひとつでビルを割り、巨大な破片を浮かせていつでも砲撃できると笑う厄病神の背後に、タヱ子はコンマ1秒で廻り込む。
『―――?』
怪訝な顔を初めて見せた厄病神が、違和感に気づいたのは間も無く。
後ろから厄病神を羽交い絞めにしたタヱ子は紫雨へ叫んだ。彼を信用しているのか、それとも煽っているのはか、もうタヱ子自身も考えてはいないだろう。
「参式で来なさい! ……それとも私が敵に付いて、怖気づきましたか?」
「んだァ、そのリクエストは。ラジオネームは『アイギス』さんから頂きましたァ!!」
紫雨は刃を振るう、炎瞬くその一撃を。どんな強固な防御力をも意味を成さず、そして、タヱ子の天敵たりうる一撃を――
――だが、厄病神はまだ立っていた。
片腕を吹き飛ばし、だが、紫雨でさえ眼中に無いような目線を落としながら。
タヱ子は倒れ、一歩、一歩、薬売りへ歩み寄る妖。
頼蔵は、思考した、攻撃の手を止めずも、どうすればあと、『半分』の時間を超えられるか。
クーが倒れてしまえば、薬売りを庇えるものはもういない。
薬売りが殺されてしまえば、氷雨は助からない。
そもそも、薬売り個人は何回攻撃に耐えられる?
あと50秒、49秒、48秒、嗚呼、――重すぎて、硬すぎる巨大な岩のようなビルの壁が覚者たちの上空で影を作った。
『――く』
薬売りの表情が歪み、祝詞を唱える声が掠れて淡い光は儚く消えていく。
『申し訳ございません、これ以上は、いえ、貴方方が悪い訳ではありませんが』
薬売りは袖からビンを取り出し、地面へ落とした―――。
●
目を覚ました時、そこは別の場所であった。静かで、森か。
それはさておいて。
目を覚ましたのは覚者だけでは無く、紫雨も同様。ただし彼は目を覚ました瞬間、攻撃という単純な動作に入った。
それを渚は得物で受け止めた。狙いは氷雨なのは重々に承知している。
渚は無駄な戦いに痺れを切らし、止めてよ、と叫んでから拳を握る。
「紫雨さん、斗真さん。お願い。
氷雨さんのために血液を分けて。もう時間がないの。薬売りさんから薬を作る方法を聞くには智雨さんの遺骸を渡さなきゃいけないし……」
「なンでそこで、姉貴なんだよ。意味わかんねェ、それに薬売り!! テメェの薬は服薬じゃねえ、服毒だろォが」
『問題(病)を解決し(治し)たのは同様でしょう』
有為は、はぁ、と息を吐く。
「この薬売りが信用ならないのは重々承知です」
『物凄い言われようですが』
悲しい顔をした氷雨に、柾は説いた。
「紫雨お兄ちゃん……」
「生きるのが楽しいと前に言っていたな。俺はお前に、明後日もその後も、また会いたい」
「え!?」
「お前に生きてほしい」
「ふええ!!? 恥ずかしくなってきたよー!?」
「氷雨、斗真に一緒に呼びかけてもらえないか」
「はええぇ? 斗真……?」
「だから俺様はそいつに何を言われようが――」
「それならこちらにも、考えがあると言いました」
有為は静かに力を解放した。
彼女自身は静かでも、足元の得物は何かを外していくような音が響いていく。瞬間、有為は氷雨を掴んで転がし、踏んだ。
紫雨は同様しない。有為は首の中の蟲を圧殺するつもりだが、それは。
「知るか! 俺様がそいつごとき、いなくなってでぃ゛どでな゛に゛ぉ゛イ゛……ン゛ン゛?!!」
だが割と効果はあったようで、紫雨は上手く声が出せず、代わりに斗真が叫び声をあげた。
「だ、っ、だめだよぉぉ!!」
突如走り出した紫雨――いや、斗真は、氷雨を抱きしめて、泣きながら喚いた。
「氷雨は首の奥に蟲が根を張っているんだ! 腕とかならまだしも!! だ、だから、蟲を潰すには首を切らないと斬れなくて、だからそんなことしたら、氷雨がっ、死んじゃうんだぁぁ」
「でしたら」
「渡すよ!! 僕の血ならいくらでもあげるから、だから、やめてぇぇ!!」
「あ、あのっ」
有為は振り返らない。彼女は戦地へ戻らんとした。
「あの、あなたが優しいの、氷雨、知ってます!!」
振り返らず、燃ゆるあの街へ駆ける。
「だから、きっと、帰ってきてくださいね!!」
氷雨の声が途切れて、初めて有為は胸の中の空気を入れ替えることができた。
獣のような形相の厄病神は、既に氷雨を介して、薬が作れる条件が揃った事を知ったことであろう。
「早く、いいから逃げなよね」
ぼそ、と呟いた程度の小さな声は氷雨には届かなかったが、精々、私の見えない場所で幸せになれと含んだ。
己の武器を信じ。
己を信じ。
有為は再び戦場へと降り立ち―――そして、厄病神の傷を更に広げるためにオルペウスを解放した。
■シナリオ結果■
失敗
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
死亡
なし
称号付与
特殊成果
なし
