気分爽快先生
気分爽快先生


●キング
 コンクリートの檻の中を、見るからにヤバそうな風体の男達がうろついている。
 ここは街でも一際キレた奴らが集う裏路地。
 頭のネジの外れた連中揃いのため、目が合った瞬間に路上戦が勃発する無法地帯だ。
「オラァッ!」
 スキンヘッドに墨を走らせた男が、顔中ピアスの細身の男を殴り飛ばしていた。
「けっ、イキってんじゃねぇぞ!」
 痩せ男はブチギレ具合では禿頭以上。ナイフを取り出し、躊躇なく投げつけた。
 諍いは激しさを増し、観衆の煽りも加熱していく。
 だがそれも、所詮は常識の枠組から外れない、健康的ともいえる戦いだ。
 ここに覚者は一人としていない。
 どれだけ己の強さを誇ったところで、覚者には決して敵わない。どこか空虚さが漂う。
「闘争とは頭の悪さを競う勝負ではなかろうに」
 ギャラリーから少し外れて、この場にそぐわない白髪混じりの男性が呟く。
「先生の言う通りだ」
「おう、ありゃ単なる馬鹿だぜ」
 周囲には複数のゴロツキ。
「先生頼む。あれを売ってくれ、疲れてんだよぉ」
 大柄の男が皆から『先生』と呼ばれる人物に拝みこんでいる。
 渋々といった様子で『先生』は鞄から液体の満ちた注射器を取り出し、金銭と交換した。
「はぁ~……効く、相変わらず効くぜこりゃあ」
 大男は恍惚の表情を浮かべる。
「おいおい。ただの栄養剤で何キメたような顔してんだよ、シャバ僧じゃねぇんだぜ」
 皆してからかう。『先生』もまた出来の悪い生徒を見るような眼差しを送った。
 彼が『先生』と呼ばれる由縁は、喧嘩に明け暮れる若者達に治療薬を売っているところからだ。市販品よりも効くと評判で、慕われていた。
 ふと禿頭と痩せ男が揃って顔を覗かせた。二人とも生傷まみれだ。
「悪ぃ、先生。俺達にも売ってくれ」
 軟膏と、そして、薬剤入りの注射器を渡す『先生』。
「っしゃあ、これでよし。おい、そこの、さっき舐めた口利いてたろ。ちょいツラ貸せや」
 傷の処置をするなり、懲りずにまた始まった。
 その喧騒を見やりつつ。
(ふん、見たか、覚者ども。私の力量を。貴様らには分かるまいな、医学の及ぼせる範疇が)
 男性は自虐にも似た笑いを零した。
 狂気混じりの微笑の矛先は、眼前の光景にも向いていた。

●会議室
「大変、大変だよー!」
 久方万里(nCL2000005)が勢いよくドアを開けて飛び込んできた。
「みんな聞いて! 憤怒者の居場所が分かったの!」
 覚者たちに手書きの資料を配る。
『こわい人たちいっぱい→けんかする→けんかいたい→いたいのなおす→先生すごい!』
 原文ママ。
「えと、『先生』っていうのはね、仁木六輔って人。元々はお医者さんだったみたいなんだけど、張り合いがないからって憤怒者になっちゃったの!」
 曰く、覚者の強靭な肉体と五行術式を前に医術の必要性を否定されているのではないかという強迫観念に囚われ、怨嗟を溜め込んでいるとのこと。
 今は血気盛んな若者を相手取って、当時の知識と技術をフル活用し、即効性に優れた治療薬を売っているそうだ。
「でもねでもね、それにはいけないおクスリが混じってるんだよ~! それを使って街中の怖いお兄さんを言いなりにしてるんだって!」
 つまり仁木は成分を偽り、知らず知らずのうちに顧客を飼い慣らしているらしい。
 このまま彼をのさばらせておく訳にはいかない。覚者に対する劣等感を扇動して、大きな憤怒者組織が形成される可能性がある。
「お願い! みんな、未来がおかしくなっちゃう前に何とかしてきて!」
 ぺこりと頭を下げた夢見を前に、覚者たちは強く頷く。
「ところで、いけないおクスリって何なの? お薬なのに甘かったりするのかな!」
 万里は無垢な表情を見せるのだった。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:深鷹
■成功条件
1.憤怒者の身柄拘束
2.騒動の鎮圧
3.なし
 深鷹です。OPを御覧頂きありがとうございます。
 今回結構な人数の一般人が出ます。とはいえ死者の多寡は成否判定に含みません。
 ただ死にすぎると後味の悪い感じになります。

●目的
 ★憤怒者の対処

●地形について
 ★裏路地
 廃ビルで十字に区切られた場所です。
 侵入経路は三ヶ所ありますが、敵は突き当たりを背負って袋小路に布陣しているため、複数方向から突入して挟み撃ち……とはいきません。

           突き当たり
              ↓

    侵入可能→  十  ←侵入可能

              ↑
           侵入可能

 物凄く大雑把に書くとこんな感じです
 敵配置は十字の一片に固まっているものとお考えください。
 道幅は5m、奥行きは中心の交差地点から数えて各方向とも30m程度です。

●敵について
 ★憤怒者『仁木六輔』
 医学の限界を見極めるべく憤怒者になった初老の男性です。
 常時後衛で直接攻撃手段は持たず、自分の回復と味方への薬品の受け渡しのみを行います。
 出来る限り覚者から距離をとるように移動します。
 彼を確保することで力を誇示できればゴロツキ達も大人しくなるでしょう。

 『処方薬』 (自/HP回復)

 ★ゴロツキ ×10
 前衛に立つ8人は攻撃を、仁木の近くにいる2人は仁木へのガードを行います。
 一般人なので攻撃力は微々たるもの。
 体力が半分を下回ると1ターンの間後退し、仁木から受け取った薬品で回復を行います。
 この最中はブロックは成立せず、味方ガードも出来ないため、何かと捗ります。
 彼らは色々とキマってる状態なのでこちらの言葉は聞き入れません。

 『殴打』 (物/近/単)
 『気分爽快薬』 (自/HP回復)



 それではご参加お待ちしております。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2015年09月11日

■メイン参加者 8人■


●砂礫の城
 埃混じりの空気が充満していた。
 四方をコンクリートに囲まれた灰一色の殺風景を、夕陽が満遍なく橙に染め上げている。
 ここはハグレ者同士が交差する裏路地。
「嫌な場所だ」
 ゴロツキの溜まった袋小路へと続く角を曲がる間際で鳴海 蕾花(CL2001006)が苦虫を噛み潰したような顔をする。この刺々しい空気に触れていると、ただでさえ利己的な輩への苛立ちを募らせているというのに、ますます心が荒むような感覚になる。後ろ手で髪を掻き、気分を紛らわせる。
 角の向こうでは激しく拳と拳とが衝突する音と、それを囃し立てる喚声が聴こえる。
 後先を省みている様子はない。すっかり怪我への恐れは捨て去ってしまっているようだ。
 これがこの場所での日常であり、法規。その裏で糸を引いているのが仁木六輔――今回議題に上がった憤怒者だという。
「……先へ進みましょう。彼に説きたいことがあるのは僕も同じです」
 後方から呼びかけられる。胸に一物抱えたような、静かな憤懣を孕んだ声で。
 虚栄心を満たすために医術を悪用するなど許せない。許せるはずがない。それは医療従事者である『この手で救えるのなら』躑躅森 総一郎(CL2000878)からしてみればごく自然な怒りであった。
 そうだな、と蕾花は頷く。
「行こう」
 十字路を曲がり、姿を露にして敵陣へと踏み込む。
 そうするや否や、ざわつきと共にストリートファイトの手が止まり、ゴロツキ達の視線が一気に集まる。
「誰だ、てめぇら?」
「あら、いちいち説明しないと分からないかしら?」
 親指で刀の鯉口を切りつつ、『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)は勝ち気な態度を見せる。
 見せつける、と言ってもいい。威嚇代わりに一歩前に踏み出す。
 若干たじろいだ様子を伺わせる辺り、粗野な荒くれ者連中も内心では勘付いている。自分達と対峙しているのは覚者であると。それは遠目でも分かるほどに悠々と広げられたエルフィリア・ハイランド(CL2000613)の、鮮やかなスカイブルーの羽から明らかだった。
「あなた達に用はないよ。その後ろにいる裸の王様に会いに来たんだ」
 先程まで喧嘩に耽っていた腕自慢数人の奥に、ただ一人枯れ芒めいた出で立ちで紛れている仁木の影を明瞭に捉えて指崎 まこと(CL2000087)は要求した。
「ふん」
 仁木は観念する素振りもなく鼻を鳴らすと。
「ここは我々の居場所だ。君達には関係なかろう」
「こんな砂で出来た城で王様を気取らないでほしいな。自分が優秀だと勘違いしてる性悪のくせにさ。僕はね、あなたのやってることが同じ医療に関わる者として我慢できないんだよ」
 一歩も退かない。むしろ抉るような蟲毒を盛って跳ね返す。
 その間にも覚者達は少しずつ距離を詰めている。
「黙って聞いてりゃ……」
 テリトリーを侵されたことにゴロツキの集団が俄かに憤り始めた。
「舐め腐りやがって。先生の言う通りだ、てめぇらにどうこう言われる筋合いはないぞ! 帰れ帰れ! さもなきゃ、痛い目見てもらうからな!」
 怒声を上げて臨戦態勢を取ってきた。迫る乱戦の予兆に、覚者達も各々得物を構える。
「絶対力じゃ及ばないって知ってて向かってくるなんて、おかしな人達ね」
 呆れ半分、哀れみ半分で立ち塞がるゴロツキを見やるエルフィリア。
「過剰な薬物投与により、神経が麻痺しているんでしょう。全くもって最低の人種だよ、あの男は」
 まことは心底侮蔑するように呟くと、その翼を大きく広げた。

●戦線突破
 翼の因子を宿す二人が敵前衛の壁を飛び越えていくのを確認すると。
「あんたらには何の恨みもないけどね」
 蕾花の双腕が野性の獣のそれへと覚醒する。
「そこのクソ先生に与するってんなら、死なない程度にぶっ飛ばさせてもらうよ!」
 鋭い爪をかちゃかちゃと打ち鳴らしつつ、圧倒的な運動神経を活かして一気に駆け寄る。先陣を切って飛び出した蕾花にとって敏捷性こそが最大の武器であり、そして長きに渡る枷でもある。
「あんたらにゃ分からないだろ、普通の体でいられないことの苦悩なんてさ!」
 どれだけいいタイムを出したところで、『覚者だから』の一言で片付けられる辛さが。自分の努力を認められないもどかしさが。道半ばで諦めた夢が頭を過る。この脚で国際大会のトラックを目一杯走ることが出来たなら、一体どれほどの感動があったことだろう。
 けれど今はこうしてやり場のない怒りを発散することしか出来ない。歯噛みする蕾花の指先に、またひとつ力が篭る。ゴロツキの胸部を硬質な爪の先端で縦横に切り裂く。
 その隣で。
「櫻花真影流、酒々井数多、往きます! さあ、散華なさい」
 同じく前衛として立ち回る数多の刀もまた、相対する敵の腹部から肩に掛けてを逆袈裟に薙いだ。緋色の鞘から滑るように抜かれた銀刃は、大柄な男の皮膚と皮下肉を極限まで抵抗少なく通過し、迅速なる抜刀の速度を保ったまま空間を切り拓いている。
 想定外の激しい損傷に、一撃で後退を余儀なくされるゴロツキ。
「鋼の錆になりたい人から掛かってきて。でないと、どんどん押し込んじゃうわよ!」
 とはいえ、敵の人数はこちらを遥かに上回っている。対処すべき数は多い。数の暴力に屈する可能性は力量差からいってまずないだろうが、油断はならない。
「人が相手は、ちょいとばかしやり辛ぇな」
 最前線で味方に防護壁を張る『犬小屋の野獣』藤堂 仁(CL2000921)は億劫そうに漏らす。
「あんま傷つけたくねぇ……大人しく、してくれねぇか? 」
 鞭で牽制し、余計な怪我を負わせぬよう削りに徹する。道を開けてくれさえしてくれればそれでいい。その分殴り返される回数は増えるが、耐えられないほど柔じゃない。それは人命を重んじる彼らしい行動であった。防御面に不安を抱える蕾花や阿僧祇 ミズゼリ(CL2001067)へのガードを優先して行っているのも、その信条に基づいてのものだ。
 正面を見据える。仁木の影が浮かんでいる。
「あそこまでっ……」
 蕾花は強引に抜けようとするが、未だに障害が残っている。何人かは傷の治療に一時退却、あるいはエルフィリアとまことを追って後列へと下がったものの、親玉へと続く経路は開き切っていない。
 スキンヘッドの男が立ち塞がる。
「そこをどけ!」
「行かせてたまるかッ!」
 互いに拳打を繰り出そうとした刹那。
「うおおっ!? なんだお前は!? ひい、気持ち悪ぃ、こっち来んじゃねぇ!」
 スキンヘッドは素っ頓狂な声を上げて見当違いの方向を睨み始めた。蕾花は一瞬、薬の幻覚作用がここにきて発症したのかと考えたが、即座にそれが『今日も元気だド変態』明智 珠輝(CL2000634)の作り出した幻影であることに気が付いた。
「いけないおクスリがないと気持ち良くなれないなんて……なんと勿体のない。快楽の種は、ああ、そこにも、こちらにも。おクスリなぞなくとも気持ち良くなれることを教えて差し上げましょう」
 とても交戦中とは思えない気の抜けるような台詞が聞こえてためである。
「ふざけた変態もたまには役には立つじゃんか」
「麗しの君にお褒めに与り誠に光栄、恐悦至極ですよ、ふふ……!」
 唇の端から含み笑いを零しつつ。
「壁が増えれば仁さんの助けにもなりますからね」
「よくやるぜ」
 苦笑する仁。
 紫苑の刺青を妖しく光らせる珠輝はしかし、敵が虚像に対して意識を取られることはあっても、攻撃対象として認識はしていないことを察する。現に蕾花に振り下ろされるはずだった拳の行方は僅かに猶予があっただけで、数秒後には再び向き直っていた。
「ふむ、攻撃の矛先を逸らすほどではないようですね……ふ、ふふ、ならば!」
 妙なことにタンバリンを手に取り、しゃらんと鳴らす。
「ああ? 遊んでんのか?」
「決して遊びなんかじゃございませんよ、ゴロツキさん。真剣も真剣、大真面目です。さぁ、私の情熱タンバリンに酔いしれてください……!」
 不敵に笑う珠輝が、タンバリンを軽く掌で二度三度叩いた途端に――
「げぇっ! なんだ、この不快な音は!?」
 ある者は耳を塞ぎ、ある者は嗚咽し、ある者はむず痒さから喉元を掻き毟る。ゴロツキ達は揃いも揃って身悶えし始めた。内側から精神を削られるような感触だ。その原因がタンバリンであることは明白。
「ああ! この荘厳なる音色、怨嗟に狂う仁木先生にも届いているでしょうか。ふふ、狂気なら負けませんよ、くふ、ふ、ふっふっははははああ!」
 跳ねるようなリズムを刻んで珠輝は極めて愉快そうにタンバリンを打ち鳴らす。手で叩くだけでなく、身体中の至る箇所に強く打ち付けて。
「ちっ、あいつラリってやがる。ヤクでもキメてんのか? おい、お前ら、相手にするんじゃ……」
「それなら、私のお相手を務めてくださるかしら」
 刀を携えたまま飛び込んできたのは数多である。周辺のゴロツキ達が音響攻撃で弱っていたところを仁と共に後詰していた彼女だったが、残る一人もそれらと同様に、一刀の元に斬り伏せた。
 地面に崩れ落ちたピアス塗れの男の、裂傷の刻まれた腹部を仁が俯瞰する。
「死んじまったかな。だとしたら……後生が悪ぃな」
「大丈夫よ。これでも手加減はしてるもの」
「ふ、ふふ。お待ちしておりましたよ数多さん。今日も実に可憐なお姿で」
「分かり切ったことを言ってもお世辞にならないわよ。それより、早く先生のところに行かないと。この人達は総一郎さんに任せましょ」
 一同は先を急いだ。

「……うう、ちくしょう」
 ゴロツキが目を覚ました時には既に突破されてしまっていた。慌てて痩せ細った体を起こそうとすると、全身に激痛が走り、顔を歪める。
「動かないで。傷が塞がるまで安静にしたほうがいいです」
 見知らぬ男の声。小柄な女が血で濡れたタオルを洗っているのもうっすらと見える。腹の傷口を押さえてみると、丁寧に止血が施されていた。包帯ではなく、千切れた白衣が巻かれている。
「ど、どうなってんだこりゃあ。お前、何してやがんだ」
「ああ、大丈夫。僕は医者ですから……医学知識はありますよ。それにそちらの阿僧祇さんは看護師ですから、心配ありません」
 絞ったタオルで血の滲むゴロツキの体を清拭するミズゼリ。
「そうじゃねぇ。ゲホッ、なんで俺なんかの治療をしてんだよ」
「あなたの怪我が酷かったからです」
 そう言うと、ゴロツキは悔しそうに呪詛を吐き出した。
「クソッ! 相手に情けを掛けられるなんざ恥もいいとこだ。しかもよりによって、覚者なんかに……」
「術式なんて使っていません」
 男は――総一郎は強い口調で答えた。
「れっきとした医術です。傷つき倒れた人を救うのに、特別な力なんか必要ありません」
 ゴロツキはうう、と小さく呻き声を上げ、その身を総一郎に預けた。

●アンダー・ザ・ロウ
 邪魔ね、と声に出すエルフィリアの前では、筋肉質の男二人が防御を固めていた。
「先生だけはやらせねぇ!」
「あらあら、そんなにお姉さんに可愛がって欲しいの? それなら存分に可愛がってあげるから、遠慮せずに新しい世界に踏み込んじゃいなさい」
 手にした鞭をひゅん、と風を切って振り、反動を付けて打ちつける。皮膚の爆ぜる音が高らかに鳴る。
「こんなクズを『先生』だなんて、あなた達はどうかしてるよ」
 旋棍を固く握り締めたまことは、あくまで柔和な顔つきのままで語りかける。
「普通の医学界なら永久追放ものだね」
 ゴロツキの奥に立つ仁木に、『閂通し』の練気を伴わせて蔑視の目を送る。
「医学界。そんなものは最早形骸化しておるわ。必要なものはすべて覚者に奪われた。今となっては医学知識の応用手段を多岐に渡らせていかねばならぬのだ」
「ホントあなた、馬鹿すぎて笑えてくるね。そんなの医者なら誰だって出来ることだよ。常識や倫理があるからやらないだけだ。もっともあなたに関しては、自分の仕事への誇りすらなくしてるみたいだけどさ」
「黙れ!」
 仁木は激昂する。まことの背後からは侵入者を排除すべく別のゴロツキが駆け寄ってきている。
「ちっこいのはどいてろ!」
「強気な割に全然攻めてこないじゃないか……なに? こんなちっこい僕が怖いの? はは、威勢がいいのは口だけか」
 挑発し、向かってきた連中の注目をまとめて引きつける。煽る言葉の陰で、密かに『蔵王』で守護壁を纏っておくことも忘れず。
「うふふっ、皆してアタシを楽しませてくれるの?」
 敵がまことに狙いを絞ったのを見て、待ってましたとばかりに迎撃態勢を整えていたエルフィリアが、空中から鞭打ちを入れる。彼女の速度に肉薄できる者は敵中に皆無。力感にこそ欠けるが、その所作はしなやかで優雅である。
「あら、それに……ちょうどいい塩梅だったみたいね」
 エルフィリアは微笑を零す。
「そうね。主賓には総力を挙げて最上級のおもてなしをしないと失礼だもの」
 彼女の視線の先には、桜色の髪をたなびかせて廃ビルの壁面を疾駆する少女の姿があった。
 まことを相手取るゴロツキ達がそれに気づいたときには、時既に遅く。
「潰えて!」
 加速の付いた疾走の勢いを殺さぬまま数多は刀剣を横薙ぎに払った。
 目標は、仁木を守る屈強なゴロツキの一人。
「ぐ、ごほっ!」
 予測していなかった奇襲に、防ぐ手立てもない。鮮血を噴き上げてゴロツキは気絶する。
「まあ、これってチャンスってやつかしら?」
「間違いなくね」
 エルフィリアが残る一人のガード役へと鞭を振るう方角をずらすと、その行動にまことは連携。適度に加減してトンファーで両手足を穿ち、息を保たせつつもその動きを封じた。
 ガラ空きである。仁木の顔に焦りの色が浮かぶ。
 だが焦り始めたころにはもう遅い。眼前には敵襲が迫ってきている。
 それは俊足を飛ばし、数的優位を失った敵のブロックをするりとすり抜けてきた蕾花であった。
「存分にやりな」
 追手を食い止める仁に言われるがままに。
「高みの見物は終いだよ……このクソ野郎っ!」
 義憤に燃える少女は間近に立つと、その顔面を力一杯に殴り飛ばした。
 溢れんばかりの瞋恚を拳に乗せて。
 数メートルほど吹き飛んだ仁木の口から折れた歯が転がる。それでもまだ腹の虫が収まらない。
「ほら、薬だぞ。早く回復しろよ」
 取り上げた鞄から雑多に注射針と軟膏を掴んで、倒れこむ仁木の足元に放り投げる。
「そうしたらまたブン殴れるからな。ここに集まる奴らは皆そうやってきたそうじゃないか。殴って、治して、その繰り返し。それがこの裏路地の法――あんたの定めたルールなんだろう?」
 獣憑は小気味よく指の骨を鳴らした。

 仁木が拘束されると、ゴロツキ達は皆して意気消沈してしまった。
 堕ちた偶像を眺める教徒のように。
 それについては、敵味方分け隔てなく治療を行っていた総一郎の人身掌握によるものも大きい。
「私に掛かれば皆々様をおクスリなしでも気持ち良くして差し上げられますよ。まずはもっと気持ちの良い縛り方から、直接身体に教えて差し上げましょうか……ふふ」
「ひいい、勘弁してくれ!」
 まとめて縄で捕縛したゴロツキ達と嬉しそうに珠輝が戯れている横で。
 数多は屈み込んだ仁木に話しかけていた。
「自分が覚者になったって、医学は凄いとは思うわよ。それに関しては否定なんかしない」
 でも、と数多は言葉を継ぐ。
「あなたのやっていることは相手を知らず知らずのうちに壊してしまうだけじゃない。そんなのは医学でも医術でもなんでもないわよ!」
 少女の痛切な言葉の後、総一郎は白衣の裾を引き千切り、出血の止まない仁木の頬に当てる。
「仁木さん。僕は、貴方を医者だとは認めたくありません」
 血を拭いながら続ける。
「……医術は人を不幸にするためのものではなく、人を救うためのものです」
 総一郎の看護を受ける仁木は、抜け殻のように虚ろな目をしている。
 ただただ弱々しく息を吐くだけで。
 そこに裏路地の王の威厳はなかった。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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