怪奇! ターボじいちゃん
怪奇! ターボじいちゃん


 某日未明。
 とある都市の高速環状線では、何台もの車やバイクがエンジン音を轟かせながら疾走していた。
 暴走族、走り屋――その呼び名や定義は人それぞれだろうが、人気の無くなったこの世界の数少ない住人である。
 大音量のBGMが鳴る車内で、男達はテンションを無尽蔵に昂らせながら至福のひと時に酔いしれる。
「じゃあこの後よ、女でも引っ掛けに――」
 ピアスだらけの顔を運転主席に向けた男の表情が固まった。
「アン? 急にどうしたんよ?」
 ちらりと隣に目配せした運転手の男は、その尋常ではない様子に、思わず視線を追って窓の外を見てしまった。
 T ☆ K ☆ B
 三文字で略せば――否、正確には略していないので、ここは覚悟を決めてその名を記そう。そこにあったのは、乳首である。
 これが女性のものだったならば、喜ぶ男性諸氏も多い――うん? 男性のものでも、イケメンならば歓声を上げる女性はいる? あるいは「ありだな」とカミングアウトしちゃう男性も……?
 ち、乳首談義はさて置き、男の目に飛び込んできたのは、夏の空気にさらされた男性の乳首であった。しかも、背景となる胸板は物凄く厚い。ボディビルダーも真っ青なたくましさである。
 だが、よく考えてほしい。ここは高速環状線。歩行者の進入は原則禁止である。しかも乗っている車は余裕で時速80kmを超えている。
 乳首が一旦視界からログアウトし、立派な髭を蓄えた老人の顔がぬっと飛び込んできた。厳めしい造作が鋭い眼光を以て男達を射すくめる。
「これは儂への挑戦と見た!!」
 え? 挑戦? どうなってんのこれ? というか、アンタ誰!?
 男達の疑問も戸惑いも驚きも苦情も遥か彼方へ放り投げ、老人の筋肉が隆起する。ちなみに、下半身は純白の褌一枚である。靴すら履いていない。
「いざ、尋常に勝負! ふんぬうぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
 そして、夏の夜空に悲鳴が響き渡ったのだった。

 彼の老人の正体は、覚者達への緊急通達という形で届けられた。
 名は『真破(まっは)』。健脚を誇る古妖で、一説には韋駄天の傍流であるとか何とか。
 ただひたすら速く走るだけの意味不明で人畜無害な習性を持っているはずのだが、最近は高速環状線を暴走する者達相手に勝負するという事を覚えてしまったらしい。
 負ければ自らの足で走る事の尊さを延々と語られ、ついでに筋肉の素晴らしさをこれでもかとその身に刻まれるとか。被害者が全員口を閉ざしているので、具体的な内容までは不明だが。
 今のところ死者等は出ていないが、迷惑極まりない上にいつ事故が起きてもおかしくない状況だ。
 関係各所の協力により、一夜だけ現場を封鎖する事ができそうだ。遠慮はいらない。覚者諸氏にはその力を存分に振るって貰い、彼の凶行を止めて頂きたい。というか何とかして下さいお願いします。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:杜乃クマ
■成功条件
1.1.古妖『真破』を何とかする
2.なし
3.なし
 STの『杜乃クマ』と申します。まだまだ若葉マークのド新人です。お手柔らかにお願い致します。

●古妖『真破』について
 「まっは」と読みます。「まっぱ」ではありません。でも真っ裸に近いです。
 見た目は身長2mを超える筋肉ムキムキおじいちゃん。その見た目からは想像もつかない速さで走ります。筋肉の覆われた身体は硬く、普通に戦ったのでは相当な強敵でしょう。
 趣味は走る事。好物はプロテインです。どうぞ宜しくお願いします(何がだ)。

●その他色々
 必要であれば、追跡用の車両&運転手は人数分用意できます。ただし、車両は一般的なものです。レーシングカーや装甲車両は難しいかと。
 現場を封鎖する方法は、事前の検証の結果、分かれ道に「通行禁止」と書かれた標識を設置する事で可能だと判明しました。当日は環状線をぐるぐると回る事になります。時間は深夜から日の出にかけて。交通量が増える時間になると真破が帰ってしまう為、それまでにケリを付ける必要があります。

 それでは、皆様のご参加を心よりお待ちしております。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
5/8
公開日
2016年07月24日

■メイン参加者 5人■


 さあやって参りました。ここは運命と運命とが交錯するスクランブル交差点。真夜中にあって大都会のど真ん中に出現した、音速のサーキット!
 今宵ここに集いし韋駄天の使者達は、はたしてどんな走りを見せてくれるのでしょうか! 実況は私(わたくし)でお送り致します!!
「「いや、誰だよアンタ」」

●裸足で来た
「ぬはははは! 足の速い子はおらぬかー!」
 どこぞのなまはげのような事を言いながら走る古妖『真破』は、今夜もお気に入りの場所にやって 来た。
 深夜の高速環状線。何故かこの道を走る『車』とかいう鉄の箱は街中で見かけるそれとは違い、素晴らしい速さで走っているのだ。しかも、それがあると止まらなければならないらしい『信号』も無い。良い。実に良い。
 だが、車に乗っている人間だけが残念であった。性根の腐っている者が何と多い事か。中には速さに対してなかなかの執念を持つ者もいるが、それも健全なものとは程遠い。
 健全な肉体には健全な精神が宿り、健全な速さへと導く。それこそがこの世で唯一にして絶対の真理である。
 そして彼は今日も、不埒な悪童共に筋肉の鉄槌(物理)を下し、正しき道へと導いてやるのである。
「ぬははは――むぅ?」
 そこで彼は初めて異変に気が付いた。
 車がいない。確かにこの時間帯、人間の多くは眠りに就くのでその姿は少なくなるのだが、全く見ないという事は無かった。
 一旦外へ出ようかとも思ったが、『通行禁止』の立て看板が目に入って思いとどまる。人間のルールは時に不可解なものもあるが、法は守るべきものである。それは古妖の世界でも同じだ。
「独りで走るのも悪くはないが、それでは人間界に来た意味がないのぅ」
 困った様子で眉を八の字にした真破の脳裏に、ピキーン、と電流が走った。
「強者の気配!?」
 彼の筋肉センサーにビンビン来るこの感じは間違い無い。近くに速い者がいる!
「待っておれ、今向かうぞー!」
 勢い良く蹴り出した素足でアスファルトに亀裂を生み出すと、真破は一目散に駆けるのだった。

 時間は少し遡る。
「そろそろ時間のはずだが……」
 『花守人』 三島 柾(CL2001148)は腕時計にちらりと目を走らせると、周囲の様子を確認するように見渡した。
 深夜の街中は人の気配こそ薄くなっているものの、そびえ立つ高層ビルには明かりの灯る階層もぽつぽつとあり、人々の営みが続いている事を知らせてくれる。遠くから聞こえるけたたましいエンジン音は、この高速環状線から締め出される羽目になった者達の奏でるものだろうか。
 隣の『鬼籍あるいは奇跡』 御影・きせき(CL2001110)も、柾の真似をするようにキョロキョロと首を左右に振った後、小首を傾げてみせる。
「いないねー?」
「人払いした上に褌一丁なんてギリギリな格好の爺さんとか、見つからない方が難しいと思うんだけどな」
「って事は、まだ来てないっぽいな!」
 スクーターに腰掛けた『黒い太陽』 切裂 ジャック(CL2001403)がオープンフェイスのヘルメットを小脇に抱えれば、『B・B』 黒崎 ヤマト(CL2001083)がそう結論付けた。
 F.i.V.E.の要請に応じて集まった覚者達。ひとまず封鎖された現場に来ては見たものの、分かっているのは古妖の外見と出没時間帯のみ。現れるのはほぼ確実だろうが、それまではただひたすらに暇を持て余す感じなのである。
 『燃焼系ギャル』国生 かりん(CL2001391)は、汗で落ちそうになるメイクをやたらと気にしながら息を吐いた。
「うーん……アタシ、夜で早すぎる男はチョットね~……」
「な、何言ってんだお前!?」
 顔を真っ赤にして狼狽えるヤマトの様子に、彼女はケラケラと品の無い笑い声を上げる。
「キャハハ、ジョーダンだって、ジョーダン♪ ――あ、それとももしかして気にしてた? だったらゴメンねー」
「ん、ンなわきゃねーし!」
「ねーねー。何の話?」
 疑問符を浮かべるきせきの頭を、かりんはポンポン、と優しく撫でた。
「わかんないならいーの。ずっとその純真な心を忘れないでおきなよー」
 そう言われても何の事やら分からないきせきは、とりあえず「うん」と頷く事しかできないのだった。
 何とも仲睦まじい(?)若者達を苦笑交じりに眺めていた柾だったが、不意に表情を引き締めると一同に告げた。
「奴が現れたぞ」
 その視点は遥か上空、空の高みから守護使役の力を借りて情報をもたらしていた。
「む、これは……」
 が、どうにも様子がおかしい。大人の余裕を漂わせる彼にしては珍しく、脂汗まで流している。
 古妖を発見したまでは良かったが、よく観察しようとピントを絞ったのが拙かった。
「――ぶほっ!」
「おいおい、大丈夫かよ!」
 突然仰け反って意識を失いそうになる柾を、ジャックが慌てて支える。
「すまない。助かった」
 感謝を述べると、柾は気を鎮めるように大きく息を吐くのだった。
「あまりどアップでは見たくないものが見えてしまってな……」
 深くは追及すまい。ともあれ、彼の犠牲のおかげで古妖の居場所をつかめた。しかも好都合な事に、こちらに向かっているようだ。否が応にも期待は高まる。
 そして、邂逅の時はやって来た。
「ぬははははははー!」
 目の前を、話に聞いた通りの姿をした真破が駆け抜けていく。
 そしてそのまま、遥か彼方へと。
「「えぇーーーーー!?」」
 全員のツッコミも、彼の耳に届いたかは怪しいだろう。それくらいあっという間の出来事だった。
「乗れ!!」
 柾の有無を言わさぬ気迫に、ヤマト、きせき、かりんの三人は彼の運転する乗用車へ。ジャックは彼等を待たずにスクーターのエンジンを始動し、フルスロットルで追跡を始めた。
「ホントに迷惑な爺さんだな、おい待てよ!」

「じーちゃん、これお土産な!」
 並走する車の中からヤマトの放り投げた包みに、真破の視線が釘付けになる。
「この匂いは、まさか!?」
 慌てて踵を返し、砂埃を巻き上げながら全力ヘッドスライディング。左手は添えるだけ。
 包みの中身を確認し、真破の顔に満面の笑みが浮かんだ。
「やはり、特別限定のチョコバナナ・ゴーヤ納豆MIX味プロテイン! これを持つとは、お主……何者じゃ?」
 その前に、その味はどうなんだ――というツッコミはさて置き。ようやく足を止めた相手に、ヤマトをずびしぃっ、指を突き付けて宣言するのだった。
「真破のじーちゃんに勝負を挑みにきた!」
「ほほぅ、このわしに挑戦とな。その意気や良し!」
 かくして事態はようやく風雲急を告げる。
 そんな中、柾は気が付いてしまった。
「あのまま待って、一周してきたところを捉まえた方が早かったな」
「まーまー。細かいことは気にしちゃダメっしょ」
 かりんのいい加減さがこの時ばかりは有り難かった。

●音速のジジイ
「勝負は単純! 真破のじーちゃんと、オレたち五人で競走! そのまま挑んでも楽しい勝負にならなそうだから、オレたちはリレー方式で挑みたい!」
「儂は走れるなら何でも良いぞ」
 ヤマトの提案を聞いているのかいないのか。常に高速で足踏みしながら、真破はウォーミングアップに余念が無い。具体的には、色んな形のポージングでストレッチをしている。ポーズが変わる度にピクピクと蠢く大胸筋がとってもセクスィー。
「スタートの合図は僭越ながら、俺が務めさせてもらおう。問題は審判だが――」
「お主等の筋肉も相当のものと見る。己の敗北を受け入れられぬ器ではなかろうよ。不要じゃ」
「そ、そうだな。そう言ってもらえると有り難い」
 とても不本意な方向で評価してくれているみたいだが、ここはひとまず流しておく事にした柾だった。

 というわけで、第一走者、ヤマト。
「黒崎、頼むぞ」
 競技用の拳銃を手にした柾が右腕を空に向ける。
「では、位置について、よーい――」
 甲高い空砲の音と共に、決戦の幕は切って落とされた。
(スタートダッシュ、決めてやる!)
 ドンピシャなタイミングでスタートしたヤマトの脚が火を噴いた。比喩ではなく本当に。
「うぉぉぉ! 唸れ! オレの筋肉!」
 これが火行を極めた覚者というものなのか。F1マシーンのタイヤ痕が炎を帯びるように、彼の走った後には黒く燻った軌跡が印されていく。
 何しろこっちはリレー方式だ。ペース配分を考える必要はほとんど無い。持てる力の全てを出し切って次へと繋ぐだけである。
(どうだ!)
「うむ! 灼熱の如き燃える走り。悪くない、悪くないぞぉ!」
「いぃ!?」
 思いっ切り並走されていた。しかもめっちゃ笑ってる。
「その背中の翼は空気抵抗的にどうなんじゃ? 大きさとしては飛べそうにないが」
「いや、飛べる事は飛べるけどさぁ!」
 というか、喋りかけないでくれ! 息切れしてしまう!
「飛んでも良いのじゃぞ? そっちの方が速いのならば望むところじゃ!」
「いーや、こうなったらオレにも意地がある! この足で絶対勝ってやる!」
「フハハハハ! その闘志、心地好いぞぉ!」
 そうこう言っている内に、早くも走者交代である。大きく離される事は無かったが、こちらがアドバンテージを奪う事もできなかった。
「切裂! 後は頼んだ!」

 第二走者、ジャック。
「あーまー、やるだけやってやるよ!」
 バトン代わりの猫又のぬいぐるみを受け取り、アクセルを一気に全開にする。充分に温まっていたエンジンは軽快な音と共に煙を吐き出した。
「ほう、『バイク』とかいう奴だったか? 随分と貧相なナリじゃが、それで儂に勝てるつもりかのぅ?」
「とはいえ、俺が普通に走っても、お前を満足させられるとも思えないからな。せめてもの悪足掻きさ!」
 軽量な車体、ジャック自身も細身という事もあり、スクーターは最初からトップスピードに近い勢いで飛び出した。ともすれば不快に感じる生温かい空気も、こうなれば気持ち良いものだ。これがただのドライブだったらならば悪くない夜なのだが。
「ソイヤソイヤーーーーーっ!」
「どわーーーーー!」
 迫り来る乳首。熱気を受けて蒸発した汗が醸し出す、ムンムン蒸れ蒸れな空気。
(下手な怪談より怖ぇよ!)
「やっぱ駄目かー! すまねぇかりん!」
 追い抜かれながらも、ジャックは最後までアクセルを緩める事無く走り切った。その雄姿が漢(おとこ)臭に呑み込まれていく。
 ぬいぐるみは次の走者の元へ。

 第三走者、かりん。
 今でこそ怠惰で浪費三昧な遊びを謳歌している彼女だが、子供の頃はそんな世界も知らず、遊びといえばほとんどは外で体を動かす事だったわけで。
 問題は、その頃から彼女が覚者として覚醒していた点だ。
 子供相手に「普通の人と喧嘩にならないように『力』を制御しましょう」というのも酷な話である。
(だからまー、子供の頃程じゃないけど、身体を動かすのは嫌いじゃないんだよね)
 運動の後の疲れは、全身の毒が抜け切ったような気がして、デトックス効果があるんじゃないかと思うくらい。実はお肌にも良さそう。
「女子(おなご)相手でも手加減はせぬぞ! うんずぶりゃあぁぁぁぁぁぁっ!」
「ぇー。そんな事言わないでよぅ。こんなにイケてるかりんちゃんな・の・に☆」
 チラッ
 引き離しに掛かった真破の視線が一瞬こちらを向いたのを見逃さず、かりんは何と、自分のスカートをほんの少しだけたくし上げたのだった。
 ほんの少しと言っても、もともとかりんのスカートは股下0cmのコギャル仕様。そんな事をすればどうなるかは自明の理である。
 その破壊力は抜群。ボンッ、と音を立てて爆発が起きるくらいに。これまた比喩ではなく、本当に。
 ――ウオォォォォォォォォォォォォォォォッッ――
 ちなみに今のは、この出来事を魂で察知した全国130万人の男子中高生の心の叫びである。
 で、肝心の真破のリアクションはというと、
「こりゃーーー! 何を破廉恥な真似をしとるんじゃ―!」
 凄い勢いで戻ってきて説教された。
「って、乳首丸出しのジジイに言われること!?」
「儂の筋肉は健全なものじゃぞ!」
「いや、まあ、確かにイケてるけどさー」
 反射的に「いや、キモいし」と言いたいのを我慢して、何とか話を合わせるかりん。真破もまんざらではなさそうだ。
「そうじゃろそうじゃろ。お主もそのような色気ではなく、健全な筋肉に磨きを掛けてじゃな――」
「はい、三島サン、バトンターッチ♪」
「よくやったぞ、国生」
 追いついた。

 第四走者、柾。
 スタート地点でぬいぐるみを受け取った彼は、ここまで守護使役の力でじっくり観察していた真破の走りっぷりを脳裏に思い浮かべていた。
(無駄ばかりの動きなのに驚異的なスピードを生み出しているのは、ひとえに速さへの執念の賜物だろう。覚者とはいえ、一介の人間に過ぎない俺に真似できるものとも思えない……)
 カッ、と瞳が見開かれる。
「だが、敢えて挑もう。その境地へと!」
 全身の筋肉が隆起する。あっという間に限界を迎えたビジネスシャツは引き千切られるように破れ、夏の夜風に散っていくのだった。
「ホォアァァァァァァァァッ!」
 胸に七つの傷が見えそうな気配で、柾の意外に鍛えられた肉体が露わになる。
 ――キャアァァァァァァァァァァァァァァァッッ――
 ちなみに今のは、この出来事を魂で察知した全国130万人の女子中高生の心の叫びである。
「俺達はお前の速さを超える!」
 駆け出した柾の走りは見事なものであった。それもそうだろう。普段から外回りで鍛えている足腰だ。その背には会社の、そして従業員達の未来が懸かっているのだ。真破よ、これがジャパニーズ・ビジネスマンだ!
「ぬうぅ! この儂が、走りで負けるわけには……!」
 全員の想いを乗せたぬいぐるみが最後の走者に託される。
「御影、後は任せた!」
「うん、頑張るよ!!」

 アンカー、きせき。
(あの日を思い出すな……)
 きせきの脳裏によぎるのは、幼い日の後悔の記憶。高速道路で妖によって起こされた事故。両親を見捨てて自分だけ生き延びた選択。
 あの日から自分はどれだけ変われたのだろうか?
(わからない。けど……)
「ふぬおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
 負けてなるものかと驚異の追い上げを見せる真破が懸命に追いすがる。その姿はまるで、自分を捕らえようとする過去の記憶そのもののようだ。
 今の自分には戦える力がある。立ち塞がる運命を打破する為の力が。
「きせき、負けるなー!」
「根性見せてくれー!」
「勝ったらイイコトしてあげるからねー♪」
「大丈夫だ。俺達なら必ず勝てる!」
 仲間がいる。独りで心折れそうな時、一緒に戦ってくれる仲間が。
 足が軽い。走るのって、こんなに楽しいものだったっけ?
(過去は消せない。あの日があるからこそ、ぼくはここにいる)
 ゴールが見えてきた。
 だが、あれはスタートでもあるんだ。
 汗の雫を振り払い、きせきは最後の一歩を踏み出した。

●もうゴールしてもいよね?
 地面に大の字になった真破の姿があった。
「ふ、ふふふ……燃え尽きたのじゃ……真っ白にな……」
 最初から褌は真っ白ではあったが。
 その隣には同じような格好のきせきがいる。同じようなといっても、褌一丁ではないぞ、念の為。
「あー、楽しかったー。おじちゃん、ありがとー!」
 その言葉に、真破は驚愕の表情を浮かべ――そして破顔した。
「有難う、か……敵わぬな、まっことに」
 豪快な笑い声が響き渡る中、全員が集まり、改めて交渉の場が持たれた。
「――ちゅーわけでな、控えめに言っても迷惑過ぎるんだわ。お互いの平和の為にももうちょっと考えてもらわんと」
「人間は面倒じゃのぅ」
 ジャックの言葉に不平を漏らす真破の手には、ヤマトの用意したおにぎりが。具はちゃんと入っているのに、思いっ切り盛られたプロテインが食欲を無くさせる。
「でもねー。一応はこの辺、人間の世界だろうしー」
「事故が起きて死者を出すのは、そちらも望むところではないだろう?」
 柾の問い掛けに「無論じゃ」と答え、真破は立ち上がった。褌についた埃をはたき落とす。
「まぁ良かろう。今宵の勝負に比べれば、悪童退治など児戯に過ぎぬ。新たな好敵手を求めて旅立つのも悪くない」
 いや、それでまた別の所で騒ぎを起こされても困るのだが。そんな心の声が聞こえたのか、彼は「安心せい」と不敵な笑みを浮かべてみせた。
「この真破、仮にも神に連なる血脈。約束事は違えぬ。無差別に人間を巻き込むような事は二度としないのじゃ」
「えっとね、おじちゃんみたいな人が暮らせそうな村があるんだけど……」
 きせきの申し出にしかし、真破は首を横に振った。
「儂は一か所に留まっていると死んでしまうのでな。さらばだ、わはははは!」
 「マグロかよ」と全員が心の中でツッコむ中、真破は現れた時と同じ神出鬼没さで姿を消したのだった。
 う~む。
 とりあえず。
 疲れた。

 後日。
『真心こめてお届けします、○×運送♪』
『うわははは! この儂もびっくりの速さじゃぞ!?』
 テレビから流れる運送業者のCMに見覚えのある姿を見た気がするが、きっと気のせいに違いない、うん。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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