≪悪・獣・跋・扈≫金の貨幣の裏表
≪悪・獣・跋・扈≫金の貨幣の裏表



 あれは昭倭71年、春のことだ。
 複数の行方不明者事件が起こった際、対処にあたった妖討伐チームの連絡が途絶えた。
 これを重く見たAAAは、関西支部総出で調査に入り――しかし、奈良支部では何が起こっていたのか反応が薄く初動が遅れ、その影響は翌年、大きな抗争につながった。
 それがいわゆる第二次妖討伐抗争である。
 妖による襲撃事件への協力を今回早い時点からAAAが求めてきたのは、その件反省もあったのかもしれないが――それはF.i.V.E.には知りようのないことである。
 ともかく。
 事件の早期発見、対策。それらが功を奏したのだろう。
 奈良県で起きた動物系妖の退治で覚者達は、多くの成果を上げてきた。
 その最中、鳴海 蕾花(CL2001006)の調査をきっかけとして、奈良盆地山中に妖の一大コミュニティが発見されたのだ。
 これを放置すれば人里に現れ、大きな被害をもたらすだろう。
 そのコミュニティは、『群狼』 というらしかった。
 牙王なる妖を頂きとして集まった有象無象たちは、それぞれ幾つかの集まりを作って山の中に散在しているらしい。
 何かしらの目的意識が見えた動きをしていた牙王配下の妖たちだが、何を目指していたのかを人の世が知る前にこれを見つけられたことは僥倖であった。
 山から溢れんばかりに集まった獣の妖どもが一斉攻勢に移れば、その被害は明らかに甚大。昭倭88年の第三次妖討伐抗争後、落ち着きつつある状況がまた混乱に戻ってしまうのは明白だった。されど妖の数が増えすぎたことがこの早期発見の一因なのであらば、妖どもの態勢が整っていない今、これらを叩けることはまったく、不運と幸運を表裏にした金貨のようなものだろう。
 されど『群狼』には、牙王を始めとしていくつか強力な個体が確認されており、それらの討伐には相応の戦力が必要となろう。
 F.i.V.E.だけでことにあたるわけではないが、油断はできない。
 ――だが、覚者たちならば、必ず勝利をもたらしてくれるものと、信じている。
 そう言って君たちは、戦場へと送り出された。


 妖狼たちは牙を剥いていた。
 人の臭いだ。
 この山の中に、覚者(ひと)の臭いが入り込んでいる。
 少し前に、仲間が奴らに敗北を喫したことは把握できていた。
 雷を操る力を持つ妖狼達である。雷を生み出せない者でさえ、デンセンとかいう、ヒトが張り巡らせた糸を使えば強力な雷を操ることができる妖である。あの糸がなくとも雷を操れるものだけが、今、この群れを作っていた。
 人間ごときに倒された仲間たちではあるが、弱いわけではなかった。むしろあのデンセンの雷のほうが、彼らの体内で生み出す雷より破壊力そのものははるかに強い。
 油断はならぬ相手だと、唸る声で互いを鼓舞した妖たちは足音を殺して茂みに潜む。
 その毛皮は稲光のような青。
 尋常の狼には見られぬ毛色の妖狼は、これを狩りとは認識していない。
 残虐にして、従属する者に対し情け深い牙王。牙王の望みは、覚者たちを『群狼』と同じ目に合わせること――ならばすなわち、これは復讐。
 油断はしない。
 唸り声や気配で、覚者どももこちらがすでに臨戦態勢にあると理解しているだろう。
 木々がざわめく中、妖狼たちは姿の近づいた覚者(ひと)に向かって吠え立てる。
 やがて、動きがあった。
 それを戦いの合図にして、妖狼たちは跳びかかった。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:ももんが
■成功条件
1.妖の全滅、もしくは撤退
2.なし
3.なし
ももんがです。妖狼リベンジマッチ。

●戦場
山の中、獣道。周辺には木々や草が生い茂り薄暗く、足元も視界も、良好とは言いがたい。
広いわけではないが、各種戦闘行動ができないほどの狭所ではない。
対策をおこなわず無視しても問題はない。
足元、視界に対策を行えばそれぞれ回避、命中に若干の上方補正。
ただし明かりを使用した場合、使用者が狙われやすくなるだろう。
(なお、気合でなんとかする、は無対策として扱う)

●状況
敵は覚者による襲撃の気配を察知し警邏的に山の中を移動していた状態である。
初期状態では2体が前衛に、1体が中衛に、2体が後衛。
戦闘行動(強化を含む)を行えば、それが戦闘開始になるだろう。
なお、覚者、妖ともに戦闘前の集中や事前付与の類は不可とする。

●妖狼
動物系妖、ランク2、5体。元が狼だけあって反応速度はわりと早い。
黒に近いほど濃い青の毛を持つ狼。雷を操った攻撃を行うことがある。
それぞれの見た目が区別できる外見特徴は以下のとおり。

耳に深い切れ込みのあるもの
片目に大きな傷があるもの
前足の先が白いもの
尻尾だけが真っ白なもの
体毛が長く、冬毛のもの

攻撃手段は以下のとおり。

・噛み付き 物近単 痺れ
・咆哮 特遠列[貫2] ダメージ0 混乱
・雷声 特遠列 ダメージ中

●重要な備考
≪悪・獣・跋・扈≫のシナリオ成否状況により、奈良盆地の状況が決定します。
 これ等の判定は基本的に『難易度が高いシナリオの成否程』重視されますが、『成否に関わらず戦況も加味して』判定されます。
 総合的な判定となります。予め御了承下さい。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2016年07月17日

■メイン参加者 8人■

『弦操りの強者』
黒崎 ヤマト(CL2001083)
『涼風豊四季』
鈴白 秋人(CL2000565)
『献身なる盾』
岩倉・盾護(CL2000549)
『在る様は水の如し』
香月 凜音(CL2000495)
『淡雪の歌姫』
鈴駆・ありす(CL2001269)
『希望を照らす灯』
七海 灯(CL2000579)
『静かに見つめる眼』
東雲 梛(CL2001410)


 妖狼たちと遭遇するはずの場所が近づくにつれ、敵意混じりの警戒心が肌に突き刺さる。だが、覚者たちにはそれも覚悟のうえだ。むしろ哀れなのは、不意を叩かれる形となった妖達だろう。
 それはこの場に潜む妖狼達にしても例外ではない。『群狼』たちの機が熟していたのなら、息を殺して相手の隙を伺っていたのは覚者たちだったのかもしれなかった。
「綺麗な毛色ですね……ですが、その目には憎しみしか宿っていないようです。
 さぁ……後に大きな作戦が控えています、手早く片づけてしまいましょう」」
 ほのかに己の身を光らせつつも、鷹のように広がった視野の端に妖狼の姿をとらえた『希望峰』七海 灯(CL2000579)が、他の覚者達を見回し、こえを潜めてそう告げる。
 異論のある者がこのいくさばに挑む筈もなし。灯は発光を強めるとともに全身の細胞を、天を駆ける火の如く活性化させる。
 こくり、と頷いた岩倉・盾護(CL2000549)は灯の隣、最前に立つとポケットに突っ込んだ懐中電灯の明かりを次々と――そう、次々と、とうとう5個も――つけ、さらには彼の守護使役、りゅうごがともしびを使う。
 一瞬ぎょとするほどの光量に、さすがの妖狼達も盾護の意図を理解した。
 獰猛な獣は牙を剥いて嗤う。
 ――面白い。ならばまず喰らうは、おまえからだ!
 殺到した妖三匹に噛みつかれることも、盾護は覚悟の上だ。
「奈良、動物系妖、大量発生……今回、大量発生、終わらせる」
 言葉は少し足らずとも、その意志は確か。
 残った妖狼は、示し合わせたかのように毛を逆立てると、水気を振り払うような仕草で顔をぶんぶんと振り回す。それで放出されるのは水滴ではなく、雷だ。前衛の覚者たちの体に鋭い痛みが奔る。
「こいつら、前の……!
 群狼って言うからには狼型が多いんでしょうとは思ったけど、こいつらがまだいたなんてね」
 以前倒した、『デンセンを使う狼』と同じ青い毛並みを持つ妖たちを睨みつけた『溶けない炎』鈴駆・ありす(CL2001269)は中衛で低く呟くと、左の掌に第三の眼を開き、体内に灼熱の炎を巡らせる。
「炎よ、目覚めなさい! 開眼!」
 そうしながら、ありすはちらりと己の前に立つ相手に目を向ける。
「ブレイジングスター! イグニッション!」
 力強くそう吠え、ブーツの踵を低空飛行から地面に叩きつけ――その瞬間に、ふと目線を落とした『B・B』黒崎 ヤマト(CL2001083)の様子は、少しだけ常態とは言えない。火の力を纏ってはいても、言葉の通りに灼熱を呼び覚ましたようには見えなかった。
「……ヤマト」
「色々まだ落ち着かないけど……オレが落ち込んでても、牙王たちは待っててくれないしな」
 気遣わしげに声をかけたありすに手を振り、奮い立たせてこう! と。そう言って彼は自分の両頬を叩いて気合を入れた。その二人のやりとりに、鈴白 秋人(CL2000565)が少しだけ目元を和ませる。
 中衛から回復手として、前に立つ灯、ヤマト、盾護に目を配ろうとしていた分、どこか様子のおかしいヤマトが気がかりだったのだ。何があったかはわからないが、あの調子ならもう大丈夫だろう。
「――初手で出来るだけ、敵の体力を削っておきたいからね」
 秋人が目指すのは、この場の妖の撃破、殲滅だ。逃してしまえば、妖たちの主の元へ向かうだろう。そうでなくても激しい戦いになるだろう場所に、増援は向かわせたくなかった。覚醒とともに伸びた髪を遊ばせながら、秋人は小さな氷を投げつける。刃物のような薄い氷は前に立つ狼を貫いて、その後ろ更に後ろと、三体の妖狼を傷つけた。
「さあ、全力で燃えていくぜ! 掛かって来いワンコロ!」
 ヤマトの声とともに顕れた燃え盛る炎の柱が、前列の狼達を焼き払う。
 後列に位置取った『第二種接近遭遇』香月 凜音(CL2000495)は、眉をしかめて唸った。
「こいつらって結局何がしたいんだ?
 俺達人間が気に入らないから消して、自分たちの王国を……とかそんな手合いか」
 人と妖では共存繁栄などとうてい無理な話だ。なにせ、生活圏が被っただの生存権を脅かしただののような、納得の行く話でもないのだから。
「はー。めんどくせーな。さっさと終わらせますか」
 ひとりで考えていても埒が明かないことを放り投げて、凜音は髪と眼の色を変じ、覚醒すると己のうちに潜む英霊の力を引き出した。
 その凜音の横で、宮神 羽琉(CL2001381)は脚の震えを抑えきれずにいる。
 もっとも、羽琉もまた自分の羽で低空にいて、その震えは体に伝わることはなかったのだけれど。
 怖さは消えない。体の震えも、まだこうして消えずにいる。それでも。
「僕だって、少しは実戦を経験してきたんだ」
 できることはあるんだって、思えるようになったから。決意をこめて顔を上げる。
 もう戦闘が始まっている以上、集中をするような余裕はなさそうだと判断した羽琉は、深呼吸してから術符を握りしめ、濃密な霧を妖狼たちの周囲に漂わせた。
「最初に力を削れれば、全体で優位に立ちやすいはず……!」
 そうだ――できることをやる。それが、誰かを見捨てたりしないための、最善なのだから。
 人魂を額に受けて開眼し、東雲 梛(CL2001410)は三つの目すべてを細めた。
(――復讐か)
 梛にはそれを否定する気はない。むしろ受け止めるくらいの気概でいる。
 だが、それは。
「負けてやる理由にはならないし、そんなつもりもない」
 だから勝つ。ゆっくりと発音したその言葉とともに、仲間の自然治癒を促す香りを放つ。
 盾護は機械化した両腕を見る。痺れはあるが、大丈夫、今は動く。
「盾護、ガードUP」
 そして己の前に術式の反撃盾を展開する。清廉香は届かなくなるが、それも把握の上だ。何より――惑わされたとて、この顔ぶれなら、すぐに癒やしてくれるだろう。
 まもるのはなにも、前に立つものだけの仕事ではないのだ。


「出し惜しみ、なしです!」
「纏めて燃やしてあげるわ!」
 厚い後方支援があるということは、前線が強気に出られるということだ。
 灯の鎖鎌が地を這うような軌跡を描いて狼達に襲いかかり、そこへありすが続けざまに複数の大炎柱を現出させて焼き払う。明かりも十分にある戦場、深い色をした標的を狙うのはそう難しい話でもない。これがただの狼であれば、ひとたまりもなかっただろう。
「俺は滴を。香月君は」
「深想水、だろ」
 秋人と凜音が軽く確認を取り合うと、それぞれ宣言通りの術式を使った。秋人が生成した神秘の力を含んだ滴は傷を癒やし、凜音が導き出した深層の水は咬傷から滲む痺れを取り払う。
 狼達の攻撃は多くが盾護に集中している。後列にいる狼が思い出したように他の列へ雷を降ろすこともあったが、5匹すべてがひとりを狙い続けた日には、一分をもちこたえるのにも苦難があっただろう。
「一度、こいつらの仲間は倒したけど……」
 ヤマトは何かの指示に従っていた以前の妖狼に比べ、この群れに気迫を感じていた。その違いが、巣を叩くということの意味なのかもしれず――油断はできない。再度火柱を起こし、前を向いたまま後ろの相手へと声をかける。
「ありす! もしオレが混乱してたら一発いい奴頼むな」
 その時には手加減なんてしないわ、と軽口に軽口で返しているのを耳に挟みながら、羽琉は弓を引くようなイメージを浮かべる。妖狼たちがどれくらい普通の狼と乖離しているのかはわからないが、それでも獣であると考えるならば。
(……獲物を包囲したり、自分たちが優位になるような配置を連携して取ってくると思うんだ)
 この覚者たちの中で、一番、戦闘の練度が低いのは羽琉だ。自身、その自覚もある。今はこうして後衛にいる羽琉だが、もし彼自身が前に出たいと強く主張したとしても、他の覚者たちは難色を示したに違いない。それは適材適所の意味がずっと強いことも、確かなのだけれど。
「みんなは必ず僕の前にいる。そして、恐ろしい敵に直接立ち向かっている。
 それは、絶対に間違いのないことだ。だから僕は」
 ――この目で見据えて、全員が少しでも怪我なく終われるように、この一矢を放つ。
 引き絞りきった空想の弓から高圧縮した空気の矢を放ち、前に出ようとした最後衛の狼を射抜く。回りこんでくることのないように、逃亡させないように。
 梛は捨て目が利くタイプだ。なんとなくでこそあるが、事前に聞いていた特徴のこともあって妖狼たちの区別がついていた。実際、目の傷や尻尾の色違いはともかく、他の妖狼たちの違いは思っていた以上に些細なものでしかない。
 妖狼たちの配置が、それこそすべて前衛に出てきてもおかしくないような存在でありながら後衛まであることに、少し違和感があった。入れ替わり、攻撃を分散させる策かと疑っていたのだが、妖狼たちに、それぞれの配置を変えている様子はない。――それは逆説、妖狼たちは後衛の生存率を意識しているのだともいえる。つまり、怪我が少ない状態で逃走し、報告に向かうという魂胆。そういえば、犬は老化すると換毛期が長引くという。最後衛の、さっき羽琉が射抜いた冬毛の妖狼。これだけ暑くなってきた時期に冬毛を残しているというのは、もしや。
(あいつが、この群れの長だ)
 梛は確信する。前衛の妖狼たちに嗅がせた香りが、痛みとなって侵蝕していく様を焦れながら見遣る。あれを逃がすわけにはいかない――
「ブースト、大事、焦り、禁物」
 戦の祝詞を灯に向けて念じる盾護の呟きが、梛の耳に届く。
 偶然なのはわかっていても、それでも、言葉はストンと梛の腑に落ちた。


 そこから、覚者たち全員の間にどれを逃がしてはいけないかが伝わるまで2分も必要なく、そして2分がすぎる頃には、その『本命』たる冬毛と、前足が白い靴下のような狼の、最初から後衛にいた二匹の妖狼が残るのみとなっていた。じり、と冬毛の足が後退したのを見て、灯は闇刈の鎖分銅を投げつける。
「情報を持ち帰らせるわけには行きません……!」
 逃走の恐れがあるとわかっている以上、その動きを見過ごすことなどできなかったのは当然のことだ。鎖が絡みつけば、足を止めさせることだってできるだろう――その狙いは、うまくいった。鼻の皺を一層深くして、冬毛が覚者達を睨み据える。
「ここで後後戦力になってしまいそうなものは摘んでしまいたい。逃さず、撃破を目指そう」
 そう言いながら恵み雨を降らせた秋人は、以前遭遇した妖を思い出していた。
(この間の妖の群れが、『群狼』の事を指しているのなら……結果は見届けたい)
 だから秋人は――ここで立ち止まっているわけには、行かないのだ。
 そうしている中で、パシン、という音が響く。
 ありすが、妖狼の咆哮で前後不覚になっていたヤマトの頬を引っ叩いた音だ。
「もう、しっかりしなさい!」
「痛ってぇー! 本当に容赦無いな……!」
 手加減なしの一発に、ヤマトは頬を抑えて呻く。
「でもありがとな! おかげで、気合入った!」
 此処に至るまでに混乱したのは数人いたのだが、これで、今の時点で惑っている者はいなくなった。
 ただし全体的に、怪我を負っている者は多い。凜音は霧を周囲に漂わせ、仲間の傷を癒やす。
 盾護が多くの攻撃を引き受けたのは確かだが、敵も追い詰められるにつれてなりふり構わず、片っ端から狙いだしたのだ。口角だけを吊り上げて、凜音は嘯く。
「何度でも癒してやるさ。それが俺の役目なら」
 後衛には後衛の矜持がある。凜音にとって、癒やすことこそが戦いなのだ。
 正気にかえったヤマトの火柱が、もうぼろぼろだった靴下にとどめを刺す。
 同時に炙られた冬毛も、息も絶え絶えだった。
 その目にはまだ力がある。だが、横になって早い呼吸をするばかりの妖狼には間違いなく、もう長く生き延びるだけの余力はない。
 だが、前衛であるヤマトが混乱し、攻撃目標に自分が選ばれてしまった――幸いにして当たらなかったが――ことで、羽琉は少し、パニックの様な状態に陥っていた。
 深呼吸し、心のなかで素数を数え――それでも、落ち着かない。
「宮神さん」
 灯がその様子に気が付き、羽琉に歩み寄り呼びかける。その声に、羽琉の瞳の焦点が合った。
「大丈夫ですか?」
「……大丈夫。やれるよ」
 しっかりと頷いて、羽琉は己を睨みつける妖狼に、矢を射るようにエアブリットを放った。
 冬毛の妖狼は、迫り来る自分の死から最期まで目を離さなかった。


 盾護は帽子をかぶり直しながら、羽琉に向け、ひとつ頷いてみせた。彼の手はもう人形関節とはいえひとに近い形に戻っている。羽琉も、口元を引き締めて頷き返す。
「ウォーミングアップには少々厳しい相手でしたね……。
 咆哮を聞き付けて増援が来てしまうかもしれません、急いで引き揚げましょう」
 灯がそう声をかけて回る。今はこの山中が戦場、ここでおわりとは行かないのだ。
「めんどくさいけど、ぼうっとはしてられないか……全部終わったら、思いっきりだらけてやろ」
 守護使役のまもりを撫でつつ、梛もそれに同意する。
 秋人は少し考える様子を見せてからかがみ込み、妖狼の顔を覗き込んだ。
「もしかしたら、この5体は牙王の子供かも知れない、撃破する事で牙王の怒りは上がるかも知れないって思ったんだけど」
 間違いなく、仲間意識めいたものはあるのだろう。血の代償を血に求める程度には。
 だが、こうしてしっかりと見てみる限り、資料で見た牙王とこの妖狼たちとでは、随分と『違う』もののようだった。立ち上がりながら、秋人は山の中を見回す。
 その想像が杞憂に済んだことを喜ぶべきだろう、今は。
 前髪を一房つまんで黙りこんだ凜音の、その髪色はもう元の茶色に戻っている。
 凜音にはどうも、覚醒時の姿には今もって慣れられないでいた。
(慣れたいとは思わないが、あの姿がいつか当たり前になってしまうんだろうか)
 胸の中が少しざわつくけれど、その正体は自分でもつかめずにいる。
「まだ頬がヒリヒリするな。鏡持ってないけど、もしかしてもみじ咲いてないか……?」
 ううん、と唸ったヤマトだったが、先に行こうとしていたありすを呼び止める。
「ありす!」
 ヤマトが掌を頭より上に掲げながら、にっと笑う。
 仕方ない、といった風情で、ありすは同じ高さにてのひらを上げた。
 パシ、と音を立てて、ハイタッチ。
「サンキューな! すごく効いた!」
「うるさい、一言多い」
 ざわりと音を立てて夏草を踏みながら、ふと、ありすはヤマトの顔を見た。
(……おっきな紅葉が綺麗に咲いたわね)
 もうしばらく言わずにいてみよう。そう考えながら、ありすは道を急いだ。
 山全体を覆うような緊張感は、未だ消えずにあたりを支配している。
 まだ、この山の中には『群狼』が潜んでいる――覚者たちに休息はまだ、訪れない。

<了>

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
ここはミラーサイトです