さよならバニー・ムーン
●
月輝く夜の事である。
派手にガラスをぶち破る音が聞こえた。と、間髪入れず警報システムが、これまたけたたましい音を立てる。
とある市立の美術館である。常設展示は些か地味ではあったが、客寄せのために開いた特別展は大盛況であった。
本展の目玉は、《月の涙(ムーン・ドロップ)》と名付けられた、大粒の宝石をあしらったネックレスである。海外のさる大富豪が妻の為に作らせたとされるこのアクセサリは、美術品としての価値はもちろんの事、使用されている金や宝石など、俗な言い方をすれば、非常に、という言葉では足りないほどに高価な代物だ。
さて、その高価なお宝だが、先ほど窓ガラスをぶち破って美術館の屋根に飛び乗った女の胸に輝いていた。
その女のいでたちは、一言で言うとバニーガールである。
露出度の高いボディースーツに、赤いマントをはおり、手には先端に宝石の埋め込まれたステッキを持っている。
頭には当然のようにウサギの耳が生えており、腰には尻尾が生えている。彼女の両足もまた、ウサギのような外見をしていた。時折聞き耳を立てるかのように、耳がぴくり、ぴくりと動く。
よくできたコスプレ……などでは、もちろん、ない。獣の因子を持つ覚者である事は間違いなかった。
彼女は、眼下にて慌てふためく警備員たちを満足げに見やり、屋根より跳躍。夜の闇へと消えていったのである。
●
「怪盗バニー・ムーンをご存知ですか?」
久方 真由美(nCL2000003)は覚者達にそう尋ねると、小首を傾げた。
「私は存じませんでした……なんでも、何度か高価な美術品を盗んだことがあるとか」
怪盗。神出鬼没、かつ多様な手段で相手をほんろうし、窃盗を成功させる盗人の称号である。
基本的に、これはフィクションの存在である。怪盗、と聞いてイメージする産物――例えば、予告状や派手な登場・退場パフォーマンスとかだ――は、現実的に考えれば、リスクばかりでメリットがない。科学技術の発達した昨今、そこから正体が発覚する事にもつながりかねない。
だが――事実は小説よりもなんとやら。現実には、そう言った『科学では出来ないことをやってのける人間』が存在する。
そう、覚者である。そして、我々は、こういった存在を《隔者(リジェクター)》と呼ぶ。厳密には『《F.i.V.E.》と思想を異にする覚者の総称』であるのだが、こういった作戦中に登場する隔者とは、概ね特殊能力犯罪者を意味している、と理解して問題はないだろう。
もちろん、こういった神秘現象に対する技術も発達しているが、餅は餅屋、覚者に対抗するのは覚者が手っ取り早く、しかし《AAA》もすっかり弱体化しているのが実情であり、この手の犯罪者に対して、国家機関がほぼ無力と化してしまっている。
かくして、怪盗と言う、非現実的な存在が現実に現れてしまった。
「皆さんには、奪われた《月の涙》の奪還をお願いします。そして、怪盗バニー・ムーンの捕縛も」
言って、真由美はにこやかに微笑んだ。微笑んだのだが、
「彼女、何でも《守護使役(アテンド)》に対策の施されていない扉の鍵を食べさせて、侵入や盗みを働くとか……守護使役も利用するなんて、酷いと思いませんか? 私、許せません。当局に引き渡す前に、常識とか、倫理とか、そういうのを、骨の髄まで、徹底的に、分からせてあげないと」
目が笑ってなかった。
どうも、守護使役を悪事に利用するという行為が、彼女の触れてはいけないモノに触れてしまったらしく――。
妖すら恐怖を感じそうな雰囲気をまとわせつつ微笑む真由美から逃げるように、覚者達はそそくさと会議室から退出したのだった。
月輝く夜の事である。
派手にガラスをぶち破る音が聞こえた。と、間髪入れず警報システムが、これまたけたたましい音を立てる。
とある市立の美術館である。常設展示は些か地味ではあったが、客寄せのために開いた特別展は大盛況であった。
本展の目玉は、《月の涙(ムーン・ドロップ)》と名付けられた、大粒の宝石をあしらったネックレスである。海外のさる大富豪が妻の為に作らせたとされるこのアクセサリは、美術品としての価値はもちろんの事、使用されている金や宝石など、俗な言い方をすれば、非常に、という言葉では足りないほどに高価な代物だ。
さて、その高価なお宝だが、先ほど窓ガラスをぶち破って美術館の屋根に飛び乗った女の胸に輝いていた。
その女のいでたちは、一言で言うとバニーガールである。
露出度の高いボディースーツに、赤いマントをはおり、手には先端に宝石の埋め込まれたステッキを持っている。
頭には当然のようにウサギの耳が生えており、腰には尻尾が生えている。彼女の両足もまた、ウサギのような外見をしていた。時折聞き耳を立てるかのように、耳がぴくり、ぴくりと動く。
よくできたコスプレ……などでは、もちろん、ない。獣の因子を持つ覚者である事は間違いなかった。
彼女は、眼下にて慌てふためく警備員たちを満足げに見やり、屋根より跳躍。夜の闇へと消えていったのである。
●
「怪盗バニー・ムーンをご存知ですか?」
久方 真由美(nCL2000003)は覚者達にそう尋ねると、小首を傾げた。
「私は存じませんでした……なんでも、何度か高価な美術品を盗んだことがあるとか」
怪盗。神出鬼没、かつ多様な手段で相手をほんろうし、窃盗を成功させる盗人の称号である。
基本的に、これはフィクションの存在である。怪盗、と聞いてイメージする産物――例えば、予告状や派手な登場・退場パフォーマンスとかだ――は、現実的に考えれば、リスクばかりでメリットがない。科学技術の発達した昨今、そこから正体が発覚する事にもつながりかねない。
だが――事実は小説よりもなんとやら。現実には、そう言った『科学では出来ないことをやってのける人間』が存在する。
そう、覚者である。そして、我々は、こういった存在を《隔者(リジェクター)》と呼ぶ。厳密には『《F.i.V.E.》と思想を異にする覚者の総称』であるのだが、こういった作戦中に登場する隔者とは、概ね特殊能力犯罪者を意味している、と理解して問題はないだろう。
もちろん、こういった神秘現象に対する技術も発達しているが、餅は餅屋、覚者に対抗するのは覚者が手っ取り早く、しかし《AAA》もすっかり弱体化しているのが実情であり、この手の犯罪者に対して、国家機関がほぼ無力と化してしまっている。
かくして、怪盗と言う、非現実的な存在が現実に現れてしまった。
「皆さんには、奪われた《月の涙》の奪還をお願いします。そして、怪盗バニー・ムーンの捕縛も」
言って、真由美はにこやかに微笑んだ。微笑んだのだが、
「彼女、何でも《守護使役(アテンド)》に対策の施されていない扉の鍵を食べさせて、侵入や盗みを働くとか……守護使役も利用するなんて、酷いと思いませんか? 私、許せません。当局に引き渡す前に、常識とか、倫理とか、そういうのを、骨の髄まで、徹底的に、分からせてあげないと」
目が笑ってなかった。
どうも、守護使役を悪事に利用するという行為が、彼女の触れてはいけないモノに触れてしまったらしく――。
妖すら恐怖を感じそうな雰囲気をまとわせつつ微笑む真由美から逃げるように、覚者達はそそくさと会議室から退出したのだった。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.怪盗バニー・ムーンの捕縛
2.月の涙の奪還
3.上記2点の内、いずれか、あるいは両方の達成
2.月の涙の奪還
3.上記2点の内、いずれか、あるいは両方の達成
いまさらですが、コレ十五夜あたりに出した方が雰囲気出たかなぁ、と思いました。
●敵情報
『怪盗』バニー・ムーン
因子スキル
猛の一撃
体術スキル
鋭刃脚
術式スキル
天行壱式・纏霧
技能スキル
暗視
韋駄天足
守護使役
虫系
天行・獣の因子の《隔者》です。
所持スキルは上記のとおりとなります。
戦闘面に関しては、普通か、それ以下位。弱いですから、戦闘に持ち込めば即お縄に出来ます。
なので、彼女は戦闘は回避します。仮に戦闘に入っても、持ち前の逃げ足で逃走しようとするでしょう。
なお、捕縛に関してですが、プレイングで追い詰めて捕まえてくださっても構いませんし、戦闘に持ち込んで、HPを0にして下さっても構いません。
戦闘に入った場合でも彼女が死亡する事はありませんし、皆さんは加減しているものとして判定・描写します(判定時に、実際の数値やダメージが低下する事はありません)。
●重要情報
宝石《月の涙(ムーン・ドロップ)》
奪還目標です。バニー・ムーンは、常にこのネックレスを首から下げています。
ごくごく普通の装飾品ですので、迂闊な事をすると無残に壊れます。
バニー・ムーンは月繋がりでこの装飾品に運命感じちゃったらしく、非常に強い執着心を持っています。
ちょっとやそっとじゃ返してくれないでしょう。
●作戦について
以下のエリアを逃走するバニー・ムーンを追跡・あるいは待ち構えて、バニー・ムーンを捕縛。
《月の涙》を奪還する。
1:美術館近辺・市街地
バニー・ムーンの逃走直後から接触する事になります。
彼女は持ち前の運動能力で、路地を走り、或いは民家の屋根から屋根へ飛び移り、繁華街への逃走を企てています。
路地は街灯がありますし、民家の明かりもあるので、彼女を追いかける分には、明りには不自由しないでしょう。
地図もあります。うまく追い立てれば、ある程度ルートを誘導する事が可能でしょう。
2:繁華街
ある程度の高さの建築物が並ぶ繁華街です。やはり明りに関しては不自由しません。
バニー・ムーンは基本的に、ビルの屋上から屋上へ飛び移り、次の港倉庫を目指して逃走します。
ビルからビルへ、とは言いますが、そう都合よくビルって並んでいるものなんでしょうか。
繁華街の地図もありますので、上手く使ってあげてください。
3:港倉庫
海に隣接した倉庫です。明りは無いので難儀します。
バニー・ムーンは路地や倉庫内を移動し、港のどこかにあるボートで逃走するつもりのようです。
どこに逃走用のボートがあるのかは、残念ながら予知できませんでした。
ここの地図はありません。倉庫内なども入り組んでいます。
以上となります。
皆さんのお力で、是非怪盗をお縄にしてあげてください。
(2015.8.28)オープニングにて敵エネミーを(トゥルーサー)と表記する誤記があり修正を行いました。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年09月11日
2015年09月11日
■メイン参加者 8人■

●逃走開始/追跡開始
「――ふふん。今日もちょろかったわね」
上機嫌で放たれた、その声は若い。恐らく二十歳前後であろうか?
怪盗バニー・ムーン。予定通り、いつも通りの犯行を終え、目当ての獲物を手に入れたばかりだ。
さて、いつもの夜ならば。予定したとおりのルートでこのまま逃走、隠れ家にて今日の成果を存分に愛でる所である。
だが、今宵は違う。
ウサギ狩りの狩人たちが行動を開始しているのだ。
「来ましたわ。準備はいいかしらぁ」
問う『移り気な爪咲き』花房 ちどり(CL2000331)に、
「ええ、問題ありません」
応えるのは『アイティオトミア』氷門・有為(CL2000042)である。
二人は、追跡係の第一陣。バニー・ムーンが逃走を開始した時点で追跡を開始する。
彼女たちは、ウサギ追いの猟犬。狩りの始まりを告げる存在。
「所で、氷門さまは、マラソンはお得意?」
「どちらかと言えば、短距離の方が。覚醒状態でフルマラソン、はまだ経験無いですね」
軽口をかわしつつ、二人は両足にぐっ、と力を込めた。
「さぁ、ウサギ狩りを始めましょう」
そして、二頭の猟犬が夜の闇に放たれる。
「――怪盗などと耳障りの良い名乗りを上げて居ようと、している事は只の盗人」
その声に、民家の屋根を走っていたバニー・ムーンは、はっ、とあたりを見まわした。
彼女の行く手をふさぐように立ちはだかる、一つの影。放たれた猟犬の一人。
「その手のモノ、あるべき処へ、返して頂きますわ」
言うや、ちどりは跳躍。バニー・ムーンの眼前に迫る位置へ着地した。一瞬たじろいだが、バニー・ムーンは、すぐに後退し、距離をとる。
「警察……じゃないわね。同業者?」
様子を伺いつつ尋ねるバニー・ムーンへ、返答を返したのは、有為だ。彼女はバニー・ムーンの左方を塞ぐように立ち、言った。
「同類扱いは心外です。探偵、と言う事にしておきましょう」
「あら……じゃぁ、怪盗としては逃げ切っておかないとね!」
言うや、バニー・ムーンは二人の隙をついて、再び逃走を開始する。
「言っておくと、しつこさには自信があります」
宣言し、二人の追跡者はバニー・ムーンを追う。
彼女達はバニー・ムーンを追跡しつつ、時折、散発的に攻撃を仕掛けるが、バニー・ムーンは全てを回避していた。しかし、逃走しつつの細かい回避行動は困難であり、大幅に移動ルートを変更する事を余儀なくされている。
積極的とは言えない彼女たちの攻撃について、おそらく、これはけん制的なモノだろう、とバニー・ムーンは考えていた。
追跡者は自分と同じ覚者であり、自分と同様、あるいはそれ以上の能力を持っているであろう事は、予測がつく。
にもかかわらず、追跡者たちは、自分へ直接的な攻撃を行ってこない。恐らく、盗み出した《月の涙》の破損を恐れ、積極的な行動を制限されているのだろう。
ならば、問題はない。多少最短ルートから外れはするものの、追跡者たちは、指をくわえたまま、自分の逃走を見ていることしかできない――今まで自分を捕まえる事の出来なかった、無能な警察と同じである、と。
その認識は間違いであると言わざるを得ない。
もう一度言おう。ちどりと有為、彼女たちは、猟犬。
猟犬の仕事は、獲物を狩る事ではない。
狩人の前に獲物を追いたてる。それが猟犬の役割。
そして獲物は今、猟場へと追い立てられつつあるのだ。
●逃走進行中/追跡続行中
バニー・ムーンはそのまま繁華街へと逃走した。バニー・ムーンにとっては、些か予定から外れた経路であったが、狩人たちにとっては、予定通りの経路であった。
バニー・ムーンは、まず始めに低めの建築物の屋上へ飛び乗り、隣り合った建物の屋上へと飛び移る。
二人の猟犬もまた同様に移動し、獲物を追い立てる。
「もう……しつっこい! 最短ルートからも外れちゃったし!」
追跡者は自分には手をだせない……とは言え、こうも張り付かれれば焦りも湧いてくる。つい毒づくバニー・ムーンだったが、返答したのは、言葉ではなく、一筋の弾丸。バニー・ムーンが飛び移ろうとしたビル、そこから放たれた銃弾である。
「嘘っ!? まだいるの!?」
驚くバニー・ムーンの足下へ、再び着弾。その銃弾の射手である『一縷乃』冷泉 椿姫(CL2000364)は、伏せ撃ちの体勢で、
「ふんふーふんふーふふーん……っと。盗みはダメですよ、ウサギさん。追われちゃうから」
鼻歌で童謡を歌いつつ、バニー・ムーンを追うように、行動を阻害するように、的確な射撃を繰り返す。
バニー・ムーンには、流石に被弾のリスクを犯してまで、狙撃手の居るビルに向かうメリットは存在しない。慌てて手近なビルを確認し、其方へと飛び移る。住宅地から追跡を続けていた二人の猟犬もまた、彼女を追ってビルへと向かう。三人を見届けた後、椿姫は、次なる射撃ポイントへと移動を開始した。
――何で!? 何で今日に限って、こんなに邪魔が入るの!?
バニー・ムーンは胸中で悲鳴を上げる。
今までは上手く行っていた。
これからだって上手く行くはずだった。
警察だって、彼女を止められなかった。そうだ、自分を止められるものが存在するはずが――。
「ウサギさん、そんなに急いでどこに行くんですか?」
その声に我にかえれば、自分と並走する少女――いや、少年が一人。
「悪いウサギさんはお仕置きです♪」
少年――『食虫花』不動 遥(CL2000484)がにこやかな笑顔で、ハンドガンを取り出す。
こんなの、悪い冗談――いや、何か悪い夢。多分これは夢なんだ。じゃなければ、こんな――。
現実逃避しかけたバニー・ムーンを現実に引き戻したのは、遥の放ったハンドガンの銃撃音である。
もちろん命中弾ではないが、バニー・ムーンの足を止め、プレッシャーをかけるには十分すぎる効果だ。
「うん、夢じゃない! 夢じゃないねこれ!!」
悲鳴を上げつつ再び方向転換。もはや港へ向かう、等と言う状態ではない。とにかく逃げられそうな方向へ、半泣きで跳び続ける。
「そう、夢じゃない。これは現実さ。逃げ道は塞いだ。先手も打ってある。観念したらどうだ? バニー・ムーン」
逃げた先にも追跡者がいる。これまた子供だ。彼――トール・T・シュミット(CL2000025)が構えた杖から神秘の力の込められた水滴が放たれ、バニー・ムーンへと襲い掛かる。
すんでの所でかわす――いや、かわしたのか? それとも外したのか? それすらも判断できないほどに、バニー・ムーンは焦りの感情に冒されていた。
彼女は、確かに数度の盗みを達成した実績を持つ。だが、それは所詮、まったくの一般人相手に対して積み上げたモノだ。
つまり、彼女には、同等、或いは各上の相手に対する経験と言う物が絶対的に不足していた。盗みの成功により積み上げられた自尊心は今や徹底的に砕かれ、戦闘面でも、戦術面でも上の覚者達に、もはや手も足も出ない。
そして、徹底的に追い詰められた今の彼女は、もはやあらゆる意味で限界に到達していた。自分が何から逃げているのか、なぜ逃げているのか、それすらもよくわからなくなってきた。
追跡者から逃げているのか? 追われているから逃げているのか? 何で追われているのか? なんだこれ、本当にさっぱりわからない!
「なんなのよぉ!! 私、何か悪い事をした!?」
華麗な怪盗。自身で積み上げたイメージが、豪快な音を立てて崩れていく。
「そうとう追い詰められているみたいね。あら、なんだかもう泣きそう」
『浄火』七十里・夏南(CL2000006)は双眼鏡でバニー・ムーンの進退を確認しつつ、ひとりごちる。
「まぁ、だからって手を抜いてやる必要はないけど」
彼女に抱えられながら答えたのは、『幻想下限』六道 瑠璃(CL2000092)である。
夏南はチーム内唯一の飛行能力持ちとして、チームの機動力の補佐を担当していた。
この地域は、狭い範囲にある程度の高層建築が密集した土地である。密集してはいるのだが、やはりそうそう都合よく移動しやすい高さのビル、なんていうものが並んでいるわけではない。
バニー・ムーンはあらかじめビルの屋上を駆け抜けるための逃走ルートを決めていたのだが――まぁ、今のすっかり混乱した彼女では、今自分がどこを走っているのかも満足に把握できてはいないだろう――こちらは彼女を追い立てる必要がある以上、そういう《都合のいい》ビルばかりを選んでいるわけにもいかない。
そこで、移動の手間を省くため、時にチームメンバーを輸送するのが夏南の役割である。今作戦の、縁の下の力持ちと言えるだろう。
「あぁ、凄い。皆容赦ないな」
他人事の様に呟く瑠璃だが、彼もまた、つい先ほどまで彼女を猟場へと追い立てていたのである。
「夏南、ウサギは予定通り猟場へ向かうようだ。オレ達も行こう」
そうして、二人は《猟場》へと向かう。
ウサギ狩りは、間もなく終わりを迎えようとしていた。
繁華街の片隅。とあるビルの屋上。バニー・ムーンは思いっきり追い詰めらていた。
周囲には他に飛び移れるような場所はなく、そもそも空中では夏南が目を光らせている。
《月の涙》を囮にして逃げようかとも考えたのだが、放り投げようと身体をこわばらせただけで、トールが対応する体勢をとった――完全に読まれている。
最後の手段、と《守護使役》にこっそり屋上からビル内へ通じるドアの鍵を食べさせ、そこから逃走しようと思ったが、ドアに近づいた瞬間、椿姫のライフルが火を吹いた。
正面突破? 冗談じゃない。ちどり、有為、瑠璃の三人は、バニー・ムーンが迂闊な行動をすれば即攻撃に移れるように待機しているし、遥は、捕縛に使うつもりなのだろう、にこやかに笑いながら、蜘蛛糸を弄んでいる。
つまり、である。
打つ手、一切なし。
「ま……参りました……」
呟くと、怪盗バニー・ムーンはがっくりとうなだれるのだった。
●逃走未遂/追跡完遂
「お疲れ様です、皆さん」
見事バニー・ムーンを捕らえ、埠頭へとやってきた一行を迎えたのは、『狗吠』時任・千陽(CL2000014)である。
彼の役目は、いざという時の保険である。作戦プランは繁華街にてバニー・ムーンを捕縛するモノであったが、万が一の場合を想定し、バニー・ムーンの逃走手段が隠されている港湾倉庫にてそれを確保し、彼女を待ち構える必要があった。
起こり得る可能性を想定し、適切な配置を行う事がミッション成功の大原則である。彼の役割は、決して無益ではない。
千陽はふむ、とうなると、バニー・ムーンに、自身の外套を羽織らせた。
「女性が無闇矢鱈に肌を見せるものではないと思います」
その行為に、彼女は顔などを赤らめ、
「やだ……ちょっとかっこいい……? あのあの、貴方、怪盗系女子ってアリなタイプ……?」
かけられた外套の端をきゅっと掴み、ときめいてみたりするのだが、
「……いえ、女性は慎ましやかな方が」
あっさりフラれた。
「そんな事より、皆さん、此方へ」
千陽の案内に従い、無数に存在する倉庫の一つへ入る。そこにはバニー・ムーンが逃走用に用意したボートがあった。
「さすが。見つけていたのか」
口笛ひとつ、称賛の声を上げるトール。千陽は懐から、ボートに隠されていたのだろう、地図などの資料を取り出し、
「ええ。色々と有益なモノも見つかりました。捜査資料に役立ててもらいましょう」
「ちょ、ちょっと! 勝手に漁らないでよ、ドロボー!!」
等と抗議するバニー・ムーンであったが、その肩を、夏南は、ぽん、と叩き、
「貴方が言えた義理かしら」
「はっ、はいっ! ドロボウは私でした!」
裏返った声で必死に答えるバニー・ムーンの声で、本件は幕を閉じる。
今日この日をもって、世を騒がせた一人の怪盗は姿を消すだろう。
さよなら、バニー・ムーン。
●うわさばなし
さてバニー・ムーン、警察へと引き渡される前に、一時的にFiVEの外部施設に拘束されていたのだが。
その際、とある夢見が彼女に面会したとか。
それ以降、バニー・ムーンの態度が異様に殊勝な物になったとか。
「はやく警察へ連れていってください! ここ怖い! あの女の人ほんと怖い! ごめんなさい何でもしますから!」と叫んでいたとか言う話があるのだが――。
あくまで、噂である。
「――ふふん。今日もちょろかったわね」
上機嫌で放たれた、その声は若い。恐らく二十歳前後であろうか?
怪盗バニー・ムーン。予定通り、いつも通りの犯行を終え、目当ての獲物を手に入れたばかりだ。
さて、いつもの夜ならば。予定したとおりのルートでこのまま逃走、隠れ家にて今日の成果を存分に愛でる所である。
だが、今宵は違う。
ウサギ狩りの狩人たちが行動を開始しているのだ。
「来ましたわ。準備はいいかしらぁ」
問う『移り気な爪咲き』花房 ちどり(CL2000331)に、
「ええ、問題ありません」
応えるのは『アイティオトミア』氷門・有為(CL2000042)である。
二人は、追跡係の第一陣。バニー・ムーンが逃走を開始した時点で追跡を開始する。
彼女たちは、ウサギ追いの猟犬。狩りの始まりを告げる存在。
「所で、氷門さまは、マラソンはお得意?」
「どちらかと言えば、短距離の方が。覚醒状態でフルマラソン、はまだ経験無いですね」
軽口をかわしつつ、二人は両足にぐっ、と力を込めた。
「さぁ、ウサギ狩りを始めましょう」
そして、二頭の猟犬が夜の闇に放たれる。
「――怪盗などと耳障りの良い名乗りを上げて居ようと、している事は只の盗人」
その声に、民家の屋根を走っていたバニー・ムーンは、はっ、とあたりを見まわした。
彼女の行く手をふさぐように立ちはだかる、一つの影。放たれた猟犬の一人。
「その手のモノ、あるべき処へ、返して頂きますわ」
言うや、ちどりは跳躍。バニー・ムーンの眼前に迫る位置へ着地した。一瞬たじろいだが、バニー・ムーンは、すぐに後退し、距離をとる。
「警察……じゃないわね。同業者?」
様子を伺いつつ尋ねるバニー・ムーンへ、返答を返したのは、有為だ。彼女はバニー・ムーンの左方を塞ぐように立ち、言った。
「同類扱いは心外です。探偵、と言う事にしておきましょう」
「あら……じゃぁ、怪盗としては逃げ切っておかないとね!」
言うや、バニー・ムーンは二人の隙をついて、再び逃走を開始する。
「言っておくと、しつこさには自信があります」
宣言し、二人の追跡者はバニー・ムーンを追う。
彼女達はバニー・ムーンを追跡しつつ、時折、散発的に攻撃を仕掛けるが、バニー・ムーンは全てを回避していた。しかし、逃走しつつの細かい回避行動は困難であり、大幅に移動ルートを変更する事を余儀なくされている。
積極的とは言えない彼女たちの攻撃について、おそらく、これはけん制的なモノだろう、とバニー・ムーンは考えていた。
追跡者は自分と同じ覚者であり、自分と同様、あるいはそれ以上の能力を持っているであろう事は、予測がつく。
にもかかわらず、追跡者たちは、自分へ直接的な攻撃を行ってこない。恐らく、盗み出した《月の涙》の破損を恐れ、積極的な行動を制限されているのだろう。
ならば、問題はない。多少最短ルートから外れはするものの、追跡者たちは、指をくわえたまま、自分の逃走を見ていることしかできない――今まで自分を捕まえる事の出来なかった、無能な警察と同じである、と。
その認識は間違いであると言わざるを得ない。
もう一度言おう。ちどりと有為、彼女たちは、猟犬。
猟犬の仕事は、獲物を狩る事ではない。
狩人の前に獲物を追いたてる。それが猟犬の役割。
そして獲物は今、猟場へと追い立てられつつあるのだ。
●逃走進行中/追跡続行中
バニー・ムーンはそのまま繁華街へと逃走した。バニー・ムーンにとっては、些か予定から外れた経路であったが、狩人たちにとっては、予定通りの経路であった。
バニー・ムーンは、まず始めに低めの建築物の屋上へ飛び乗り、隣り合った建物の屋上へと飛び移る。
二人の猟犬もまた同様に移動し、獲物を追い立てる。
「もう……しつっこい! 最短ルートからも外れちゃったし!」
追跡者は自分には手をだせない……とは言え、こうも張り付かれれば焦りも湧いてくる。つい毒づくバニー・ムーンだったが、返答したのは、言葉ではなく、一筋の弾丸。バニー・ムーンが飛び移ろうとしたビル、そこから放たれた銃弾である。
「嘘っ!? まだいるの!?」
驚くバニー・ムーンの足下へ、再び着弾。その銃弾の射手である『一縷乃』冷泉 椿姫(CL2000364)は、伏せ撃ちの体勢で、
「ふんふーふんふーふふーん……っと。盗みはダメですよ、ウサギさん。追われちゃうから」
鼻歌で童謡を歌いつつ、バニー・ムーンを追うように、行動を阻害するように、的確な射撃を繰り返す。
バニー・ムーンには、流石に被弾のリスクを犯してまで、狙撃手の居るビルに向かうメリットは存在しない。慌てて手近なビルを確認し、其方へと飛び移る。住宅地から追跡を続けていた二人の猟犬もまた、彼女を追ってビルへと向かう。三人を見届けた後、椿姫は、次なる射撃ポイントへと移動を開始した。
――何で!? 何で今日に限って、こんなに邪魔が入るの!?
バニー・ムーンは胸中で悲鳴を上げる。
今までは上手く行っていた。
これからだって上手く行くはずだった。
警察だって、彼女を止められなかった。そうだ、自分を止められるものが存在するはずが――。
「ウサギさん、そんなに急いでどこに行くんですか?」
その声に我にかえれば、自分と並走する少女――いや、少年が一人。
「悪いウサギさんはお仕置きです♪」
少年――『食虫花』不動 遥(CL2000484)がにこやかな笑顔で、ハンドガンを取り出す。
こんなの、悪い冗談――いや、何か悪い夢。多分これは夢なんだ。じゃなければ、こんな――。
現実逃避しかけたバニー・ムーンを現実に引き戻したのは、遥の放ったハンドガンの銃撃音である。
もちろん命中弾ではないが、バニー・ムーンの足を止め、プレッシャーをかけるには十分すぎる効果だ。
「うん、夢じゃない! 夢じゃないねこれ!!」
悲鳴を上げつつ再び方向転換。もはや港へ向かう、等と言う状態ではない。とにかく逃げられそうな方向へ、半泣きで跳び続ける。
「そう、夢じゃない。これは現実さ。逃げ道は塞いだ。先手も打ってある。観念したらどうだ? バニー・ムーン」
逃げた先にも追跡者がいる。これまた子供だ。彼――トール・T・シュミット(CL2000025)が構えた杖から神秘の力の込められた水滴が放たれ、バニー・ムーンへと襲い掛かる。
すんでの所でかわす――いや、かわしたのか? それとも外したのか? それすらも判断できないほどに、バニー・ムーンは焦りの感情に冒されていた。
彼女は、確かに数度の盗みを達成した実績を持つ。だが、それは所詮、まったくの一般人相手に対して積み上げたモノだ。
つまり、彼女には、同等、或いは各上の相手に対する経験と言う物が絶対的に不足していた。盗みの成功により積み上げられた自尊心は今や徹底的に砕かれ、戦闘面でも、戦術面でも上の覚者達に、もはや手も足も出ない。
そして、徹底的に追い詰められた今の彼女は、もはやあらゆる意味で限界に到達していた。自分が何から逃げているのか、なぜ逃げているのか、それすらもよくわからなくなってきた。
追跡者から逃げているのか? 追われているから逃げているのか? 何で追われているのか? なんだこれ、本当にさっぱりわからない!
「なんなのよぉ!! 私、何か悪い事をした!?」
華麗な怪盗。自身で積み上げたイメージが、豪快な音を立てて崩れていく。
「そうとう追い詰められているみたいね。あら、なんだかもう泣きそう」
『浄火』七十里・夏南(CL2000006)は双眼鏡でバニー・ムーンの進退を確認しつつ、ひとりごちる。
「まぁ、だからって手を抜いてやる必要はないけど」
彼女に抱えられながら答えたのは、『幻想下限』六道 瑠璃(CL2000092)である。
夏南はチーム内唯一の飛行能力持ちとして、チームの機動力の補佐を担当していた。
この地域は、狭い範囲にある程度の高層建築が密集した土地である。密集してはいるのだが、やはりそうそう都合よく移動しやすい高さのビル、なんていうものが並んでいるわけではない。
バニー・ムーンはあらかじめビルの屋上を駆け抜けるための逃走ルートを決めていたのだが――まぁ、今のすっかり混乱した彼女では、今自分がどこを走っているのかも満足に把握できてはいないだろう――こちらは彼女を追い立てる必要がある以上、そういう《都合のいい》ビルばかりを選んでいるわけにもいかない。
そこで、移動の手間を省くため、時にチームメンバーを輸送するのが夏南の役割である。今作戦の、縁の下の力持ちと言えるだろう。
「あぁ、凄い。皆容赦ないな」
他人事の様に呟く瑠璃だが、彼もまた、つい先ほどまで彼女を猟場へと追い立てていたのである。
「夏南、ウサギは予定通り猟場へ向かうようだ。オレ達も行こう」
そうして、二人は《猟場》へと向かう。
ウサギ狩りは、間もなく終わりを迎えようとしていた。
繁華街の片隅。とあるビルの屋上。バニー・ムーンは思いっきり追い詰めらていた。
周囲には他に飛び移れるような場所はなく、そもそも空中では夏南が目を光らせている。
《月の涙》を囮にして逃げようかとも考えたのだが、放り投げようと身体をこわばらせただけで、トールが対応する体勢をとった――完全に読まれている。
最後の手段、と《守護使役》にこっそり屋上からビル内へ通じるドアの鍵を食べさせ、そこから逃走しようと思ったが、ドアに近づいた瞬間、椿姫のライフルが火を吹いた。
正面突破? 冗談じゃない。ちどり、有為、瑠璃の三人は、バニー・ムーンが迂闊な行動をすれば即攻撃に移れるように待機しているし、遥は、捕縛に使うつもりなのだろう、にこやかに笑いながら、蜘蛛糸を弄んでいる。
つまり、である。
打つ手、一切なし。
「ま……参りました……」
呟くと、怪盗バニー・ムーンはがっくりとうなだれるのだった。
●逃走未遂/追跡完遂
「お疲れ様です、皆さん」
見事バニー・ムーンを捕らえ、埠頭へとやってきた一行を迎えたのは、『狗吠』時任・千陽(CL2000014)である。
彼の役目は、いざという時の保険である。作戦プランは繁華街にてバニー・ムーンを捕縛するモノであったが、万が一の場合を想定し、バニー・ムーンの逃走手段が隠されている港湾倉庫にてそれを確保し、彼女を待ち構える必要があった。
起こり得る可能性を想定し、適切な配置を行う事がミッション成功の大原則である。彼の役割は、決して無益ではない。
千陽はふむ、とうなると、バニー・ムーンに、自身の外套を羽織らせた。
「女性が無闇矢鱈に肌を見せるものではないと思います」
その行為に、彼女は顔などを赤らめ、
「やだ……ちょっとかっこいい……? あのあの、貴方、怪盗系女子ってアリなタイプ……?」
かけられた外套の端をきゅっと掴み、ときめいてみたりするのだが、
「……いえ、女性は慎ましやかな方が」
あっさりフラれた。
「そんな事より、皆さん、此方へ」
千陽の案内に従い、無数に存在する倉庫の一つへ入る。そこにはバニー・ムーンが逃走用に用意したボートがあった。
「さすが。見つけていたのか」
口笛ひとつ、称賛の声を上げるトール。千陽は懐から、ボートに隠されていたのだろう、地図などの資料を取り出し、
「ええ。色々と有益なモノも見つかりました。捜査資料に役立ててもらいましょう」
「ちょ、ちょっと! 勝手に漁らないでよ、ドロボー!!」
等と抗議するバニー・ムーンであったが、その肩を、夏南は、ぽん、と叩き、
「貴方が言えた義理かしら」
「はっ、はいっ! ドロボウは私でした!」
裏返った声で必死に答えるバニー・ムーンの声で、本件は幕を閉じる。
今日この日をもって、世を騒がせた一人の怪盗は姿を消すだろう。
さよなら、バニー・ムーン。
●うわさばなし
さてバニー・ムーン、警察へと引き渡される前に、一時的にFiVEの外部施設に拘束されていたのだが。
その際、とある夢見が彼女に面会したとか。
それ以降、バニー・ムーンの態度が異様に殊勝な物になったとか。
「はやく警察へ連れていってください! ここ怖い! あの女の人ほんと怖い! ごめんなさい何でもしますから!」と叫んでいたとか言う話があるのだが――。
あくまで、噂である。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
