死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死ねない
●死ねない死ねない死ねない死ねない死にたい
子供の頃、何になりたかったのか私はもう覚えていない。
少なくとも、運転手さんやアイスクリーム屋さんに憧れるような夢にあふれた子供であったことは確かだ。
少なくとも、無能のゴミになりたかったわけではないはずだ。
貧困街の母子家庭に生まれた私は浅学非才で貧乏だった。
私の乏しい社会性と順応性は中等教育中から既に取り残され、高校では完全に居場所を無くし、奨学金を受けて進学したものの得るものは特になく、二十歳で入った会社では無様を露呈する猿と化した。
三ヶ月とたたぬうちに私はゴミのレッテルを貼られ、頻繁に転職を進められるようになった。
お前にはもっと向いている仕事があるだの。別の才能が眠っているだのと言われて調子に乗った私は馬鹿だ。
会社的にはクビにするより自主退職させたほうがローコストだからだと気づいた時にはもう遅く、何の才能も持たぬゴミとして社会の路上に放り出されたのだ。
そこから先はどこへ言っても同じだ。ゴミを拾ってしまった会社側の迷惑そうな視線と圧力に耐えながら頭を低くして暮らす日々。捨てられては次に拾う人を探す日々。
だがせめて、何かの役に立とうとした。
自分に出来る精一杯のことをしようとしたのだ。
もし臓器や血液を売れるなら、全身くまなく売っただろう。きっと人の役に立つだろうから。
人が喜ぶことを。人が幸せになれそうなことを。人のためになることを。
けれどそれも限界だった。
私のやったことは迷惑でしかなかったのだ。
特に悪いことをした覚えは無い。
できるだけ誠実に、清潔に生きてきたつもりである。
社会が悪いなどとは言うまい。親の育て方も問うまい。
悪いのは自分なのだ。
自分さえいなければ、この世界はもっと清浄に回るだろう。
「……死のう」
アスファルトの上。雨に晒されながら、もう人生幾度目かの吐露をした。
けれど今までそうであったように。
きっと私は死ぬことすら満足にこなせはしないだろう。
私の予想は正しかった。
私は死ねなかった。
首を吊った。
地下鉄列車に飛び込んだ。
睡眠薬を一瓶飲んだ。
包丁を腹に刺した。
包丁を手首に刺した。
包丁を首に刺した。
包丁を目に刺した。
私は死ねなかった。
私は生きている。
なぜ生きているのか。
なぜ生かされているのか。
太陽が私をじりじりと焼いている。
八つに分かれた私の影が、にっこりと笑って言った。
「みんなお前が苦しむ姿が楽しいんだよ」
「みんなお前がもっと苦しめばいいと思ってるんだよ」
「みんなお前をオモチャにして遊びたいんだ」
「みんなお前が大っ嫌いで」
「みんなお前が苦しんで生きればいいと思ってる」
「苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで生きればいい」
「幸せになる権利なんて、とっくになくしたくせに」
「お前のようなやつが楽に死ねるわけがないんだ」
「お前はみんなのストレスのはけ口になれ」
「お前はみんなのサンドバッグになれ」
「お前はみんなの奴隷になれ」
「お前はみんなの奴隷になれ」
「お前はみんなの奴隷になれ」
「お前はみんなの奴隷になれ」
「お前はみんなの奴隷になれ」
「お前はみんなの奴隷になれ」
「お前はみんなの奴隷になれ」
「お前はみんなの奴隷になれ」
「お前はみんなの奴隷になれ」
「お前はみんなの奴隷になれ」
「お前はみんなの奴隷になれ」
「お前はみんなの奴隷になれ」
「お前はみんなの奴隷になれ」
「お前はみんなの奴隷になれ」
「お前はみんなの奴隷になれ」
「お前はみんなの奴隷になれ」
私が笑っている。
八つに分かれた影と手を繋いで笑っていた。
私が笑っているのが見える。
私は……?
私はどうなったのだ?
いつしか私自身も影に覆われ、愛想笑いを浮かべていた。
「わかりあました。私は皆さんの奴隷になって、一生無様に苦しんで差し上げましょう」
●古妖殺害依頼
よかれと思った施しが、指さされて咎となり、我絶望す。
必死にこなした生涯が、ゴミと捨てられ、我絶望す。
蒼紫 四五九番(nCL2000137)は資料を読み上げてからこう言った。
「人間寄生型古妖が出現しました。放置すれば他者へ感染の恐れあり。これを攻撃し、殺害してください。説明は以上です」
子供の頃、何になりたかったのか私はもう覚えていない。
少なくとも、運転手さんやアイスクリーム屋さんに憧れるような夢にあふれた子供であったことは確かだ。
少なくとも、無能のゴミになりたかったわけではないはずだ。
貧困街の母子家庭に生まれた私は浅学非才で貧乏だった。
私の乏しい社会性と順応性は中等教育中から既に取り残され、高校では完全に居場所を無くし、奨学金を受けて進学したものの得るものは特になく、二十歳で入った会社では無様を露呈する猿と化した。
三ヶ月とたたぬうちに私はゴミのレッテルを貼られ、頻繁に転職を進められるようになった。
お前にはもっと向いている仕事があるだの。別の才能が眠っているだのと言われて調子に乗った私は馬鹿だ。
会社的にはクビにするより自主退職させたほうがローコストだからだと気づいた時にはもう遅く、何の才能も持たぬゴミとして社会の路上に放り出されたのだ。
そこから先はどこへ言っても同じだ。ゴミを拾ってしまった会社側の迷惑そうな視線と圧力に耐えながら頭を低くして暮らす日々。捨てられては次に拾う人を探す日々。
だがせめて、何かの役に立とうとした。
自分に出来る精一杯のことをしようとしたのだ。
もし臓器や血液を売れるなら、全身くまなく売っただろう。きっと人の役に立つだろうから。
人が喜ぶことを。人が幸せになれそうなことを。人のためになることを。
けれどそれも限界だった。
私のやったことは迷惑でしかなかったのだ。
特に悪いことをした覚えは無い。
できるだけ誠実に、清潔に生きてきたつもりである。
社会が悪いなどとは言うまい。親の育て方も問うまい。
悪いのは自分なのだ。
自分さえいなければ、この世界はもっと清浄に回るだろう。
「……死のう」
アスファルトの上。雨に晒されながら、もう人生幾度目かの吐露をした。
けれど今までそうであったように。
きっと私は死ぬことすら満足にこなせはしないだろう。
私の予想は正しかった。
私は死ねなかった。
首を吊った。
地下鉄列車に飛び込んだ。
睡眠薬を一瓶飲んだ。
包丁を腹に刺した。
包丁を手首に刺した。
包丁を首に刺した。
包丁を目に刺した。
私は死ねなかった。
私は生きている。
なぜ生きているのか。
なぜ生かされているのか。
太陽が私をじりじりと焼いている。
八つに分かれた私の影が、にっこりと笑って言った。
「みんなお前が苦しむ姿が楽しいんだよ」
「みんなお前がもっと苦しめばいいと思ってるんだよ」
「みんなお前をオモチャにして遊びたいんだ」
「みんなお前が大っ嫌いで」
「みんなお前が苦しんで生きればいいと思ってる」
「苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで生きればいい」
「幸せになる権利なんて、とっくになくしたくせに」
「お前のようなやつが楽に死ねるわけがないんだ」
「お前はみんなのストレスのはけ口になれ」
「お前はみんなのサンドバッグになれ」
「お前はみんなの奴隷になれ」
「お前はみんなの奴隷になれ」
「お前はみんなの奴隷になれ」
「お前はみんなの奴隷になれ」
「お前はみんなの奴隷になれ」
「お前はみんなの奴隷になれ」
「お前はみんなの奴隷になれ」
「お前はみんなの奴隷になれ」
「お前はみんなの奴隷になれ」
「お前はみんなの奴隷になれ」
「お前はみんなの奴隷になれ」
「お前はみんなの奴隷になれ」
「お前はみんなの奴隷になれ」
「お前はみんなの奴隷になれ」
「お前はみんなの奴隷になれ」
「お前はみんなの奴隷になれ」
私が笑っている。
八つに分かれた影と手を繋いで笑っていた。
私が笑っているのが見える。
私は……?
私はどうなったのだ?
いつしか私自身も影に覆われ、愛想笑いを浮かべていた。
「わかりあました。私は皆さんの奴隷になって、一生無様に苦しんで差し上げましょう」
●古妖殺害依頼
よかれと思った施しが、指さされて咎となり、我絶望す。
必死にこなした生涯が、ゴミと捨てられ、我絶望す。
蒼紫 四五九番(nCL2000137)は資料を読み上げてからこう言った。
「人間寄生型古妖が出現しました。放置すれば他者へ感染の恐れあり。これを攻撃し、殺害してください。説明は以上です」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.古妖の殺害
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
古妖の特徴は以下の通りです。
・人間の精神に寄生して増殖する古妖。今回のケースは末期状態のため人間の回収は不可能。
・八つに分裂した『影』が自律して動いています。
それぞれがユニット一個体づつとして存在します。影の形を歪めて強力な近接攻撃、ないしは低威力の遠距離列攻撃を行ないます。これらには≪不安≫の効果がかかります。
これらはいわゆる寄生の初期状態ですが、BS回復や戦闘終了後の休憩などで完全に回復します。
・古妖の中央に『肉』が一体出現します。この個体は攻撃や防御などの動作をしません。
ただしこの『肉』が死亡した時点で動作中の『影』が全て消滅し、妖討伐条件が達成されます。
なお、『影』は『肉』を一切庇わず、ブロックも行ないません。
『肉』には寄生された人間の精神が表面的に維持されています。
古妖の出現地点は都会の大通りですが、事前に道路封鎖を行なったため一般市民の立ち入りはありません。
補足は以上です。
あなたは、彼らをどうしたいですか?
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年08月09日
2016年08月09日
■メイン参加者 8人■

●『僕は悪いことなんてしてない。責められるのは納得がいかない。アンタは、僕を馬鹿な悪者に見立てて好き放題に罵った! スッキリしただろうさ、きっと仕事や家庭で嫌なことがあったんだろう!? その鬱憤を晴らせたんだろう!? 僕にそれを押しつけて! 僕に押しつけてだ!』
正午、スクランブル交差点。
非現実的なまでの静寂。
目的地へと歩く集団の中。
『鬼籍あるいは奇跡』御影・きせき(CL2001110)は近くの仲間に問いかけた。
「被害者さん、変な古妖にとりつかれちゃって可哀想だね」
問いかけられたのは『研究所職員』紅崎・誡女(CL2000750)だった。
合成音アプリケーションにかけた指を、おろして、かすれ声で言った。
「……そうですね」
「つらくならないように送ってあげたいな。気持ちだけでも、救ってあげたいよ」
「……」
感情を乗せないように返答することに、誡女は苦労した。
アプリケーションの手を借りることも考えたが、小さなため息によって諦めた。
ただきせきの頭に手を乗せて、撫でるでもなく。小さく頷いた。
交差点を見下ろすテナントビル。その外付け階段の縁に腰掛けて、『異世界からの轟雷』天城 聖(CL2001170)は露骨に顔をしかめた。
静かなスクランブル交差点の中央。
八つの影がゆらめき。
囲まれた黒い人型の物体がただ静かに佇んでいる。
まるでつらい仕事を辞めた会社員。
いじめられ登校拒否をした中学生。
離婚して元夫との会話をしなくなった主婦。
動きから連想するのはそんなところだ。
膝に肘をつけ、ほおづえを突く。
「あれ、守られてるわけじゃないんだよね。動かない的とか? まさかそんなワケないよね……っと」
まるで一メートル下に地面があるかのように飛び降りる。
高度は目測で20メートル。
聖は翼を広げ、別のビルへと飛び移った。
発見のハンドジェスチャーを受け、『スピードスター』柳 燐花(CL2000695)は電柱から飛び降りた。
聖ほどではないにしろ結構な高所だが、自販機や自動車をステップにして器用に駆け下りてくる。
「一度転落してしまえば、元の場所に戻ることも叶わず、落ち続けるしかない」
重力は人の心すら引くのか。
それが社会のルールだとでも。
「高いところから落ちたら人は死ぬのよ」
自販機そばのくずかごに空き缶を投げ入れ、『おっぱい天使』シルフィア・カレード(CL2000215)は口元をぬぐった。
「最後の手段としての、落下」
それ以外に助かる道が無いのであれば、人は落下すらも受け入れる。
何者も追求できない最後にして絶対の逃げ道だ。
「死にたいときに死ねる。賛否あるとは思いますが、自分の終わりを自分で決めるのは、悪いことだとは思いませんね」
「でも、それすら……」
「はい。最後の尊厳を踏みにじる古妖の存在は、見過ごせませんね」
赤坂・仁(CL2000426)と『鴟梟』谷崎・結唯(CL2000305)が歩くさまは、どこかファイヴというよりAAAの作業風景を彷彿とさせる。
実際にAAAに所属していた仁はともかくとして二人にたいした共通点はないが、ひどくクレバーな精神性が二人の間でシンパシーのようにつながっていた。
(人間も古妖も妖も、そして覚者も、遅かれ早かれいずれは死ぬ。それが誰の故意であっても同じだ。壊してやるよ、何もかも)
(古妖の思考は理解できない。だが、任務を受けた以上は遂行する)
彼らの背を眺める『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)。
刀を二本腰にさげ、俯きながら歩いている。
探査能力から感情が伝わってくる。強い感情しかヒットしない筈だ。そこかしこから仲間の気持ちが伝わるようだった。
そしてなにより強く感じたのは、自らの感情だ。
「古妖と人が解り合って、共存できる世の中に……」
(そんなことを願っていても、世の中にはいい人も悪い人もいる。古妖だってそうなんだ)
刀に手をかけ、握り込んだ。
「『悪性腫瘍の外科手術的除去』。俺の役目は、きっとそれなんだ」
角を曲がればすぐに見える。
スクランブル交差点の中央でゆらめく、肉と影。
肉は空を眺めたまま背伸びをして。
影は一斉にこちらを向いてニッコリと笑った。
●『みんなやってる? そうさみんなやってる! いじめも無くならないしホームレスも消えないし、きっとマスコミも人の不幸で金を稼ぐだろう! けれど、お前がやっていい理由にはならないぞ! お前は人をゆっくり殺しているんだ! 自分がスッキリするためだけに! ふざけるなああああああああああああ!』
三階建ての狭いテナントビル。
聖は屋上の手すりに腰掛け、指先を舌で舐めた。
風に晒して風向きをはかると、錫杖を膝に置く。
(ゴミはゴミらしくさっさと片付けないとね。あっても邪魔なだけだよ)
どこからともなく霧が発生し、スクランブル交差点を埋めていく。
影や肉が霧に呑まれていく。
自らを攻撃する意図を察したのだろう、周囲を探るように見回し、影の一体が聖を発見した。
馬鹿ではないのだ。固定タレットのように手すりに座っているつもりはない。
聖は屋上の手すりを飛び越えると、錫杖を掲げた。
魔方陣が天空に広がり、巨大な天蓋と化した魔方陣から無数の光弾が降り注ぐ。
影がほうぼうへ散るようにかわしはじめるが、聖が注目しているのはあくまで肉だ。
肉は慌てふためき、逃げるように走り出す。
「あっちの方角は入り組んでるなあ……ま、いっか」
聖は翼を広げ、肉の追跡を始めた。
聖の迷霧を確認した誡女は味方にハンドサインを送った。
クリップボードを翳し、目をこらす。
戦術的な役割は回復と補助。
総合的な役割は、観察と分析だ。
(エネミースキャンとラーニングはあくまで戦闘能力の観察とスキルハック。ディープリーディングやプロファイリングには向きませんが、そこは自力でなんとかしましょう)
こちらを認識した影のうち数体が駆け寄ってくる。
ただ。
「なんだ、こいつ……っ!」
奏空は露骨に顔をしかめた。
影たちはまるで友達と遊ぶように楽しげに、手を振りながら駆け寄ってくるのだ。
そして感情探査によって影の感情をサーチしていた奏空には、それが本当に、そして強く楽しんでいることが分かっていた。
あんな人たちを、奏空だって見たことがある。
不倫報道で俳優を追いかけ回すテレビ記者。
皮膚病持ちの女子をばい菌扱いして遊ぶクラスメイト。
相手などなんでもいい。人を無料のオモチャにして遊んで壊す連中だ。
「紅崎さんっ、こいつら……!」
(話は後です。そちらの仕事を)
誡女が回復を準備する間、奏空は歯を食いしばって刀を抜いた。
「この野郎……!」
影たちへと飛びかかり、切りつける奏空。
タイミングを同じくして、紫鋼塞で防御を固めた結唯が突撃。
生み出した術式性岩石塊を頭上で破裂させ、影へと降り注がせる。
「前中二列構造だ。前から潰す」
「分かってる!」
影が飛びかかってくる。
素早く割り込んだ燐花がクナイを抜くのとほぼ同時に、影が伸びて燐花に巻き付いた。
声にならないような声で燐花の耳元で囁いたかと思うと、耳から滑り込もうと身体を細く鋭く捻り始めた。
握って止め、振り払う燐花。
そして反射的に片耳を押さえると、彼女にしては珍しく目を見開いた。
「どうしたの?」
「わかりません。とにかく――っ」
振り払った影が笑いながらバックステップ。燐花は後退速度よりも早く詰め寄ると、影の顔面にクナイを突き刺した。
引き裂くように千切る。
複数の影たちが腕を伸ばして燐花へ迫り、声なき声で囁き始める。
「集中攻撃されてるよっ! 回復してあげて!」
きせきは誡女とシルフィアにそう呼びかけると、近くの植木から草をむしり取った。
草が手の中で長く頑丈な鞭へと変化する。きせきはそれを影の足下へ発射。
影はジャンプでそれを回避するが、続けて発射した鞭が影の首や腕へと巻き付いていく。
さらには地面から無数の草が生え、影たちに巻き付いていく。
「よーし、影をやっつけるよ!」
きせきは刀を抜いて、そしてふと燐花の方を見た。
「ねえ、なにか恐いことあった?」
「……いえ」
燐花は汗をぬぐって、深く息を吐いた。
500mlペットボトルを取り出すシルフィア。
「まずは回復よ。できるだけ早くしましょ」
シルフィアは頭上にペットボトルを投げると、術を流し込んで破裂させた。
周囲に飛び散る治癒効果をもつ水が仲間にだけふりかかり、皮膚から浸透していく。
シルフィアは周囲を見回して、肉がそばにいないことを察した。
角を曲がって走っていく仁の後ろ姿が見える。
「……私、あっちに行くわ。ここをお願い」
シルフィアは地面を蹴ると、仁を追って飛行を始めた。
聖がそうであるように、仁の目的は肉の撃破である。
影の残存体力に関わらず肉が死ねば影は消滅する。
なら肉を徹底的に攻撃し、早々に消滅させるのが任務完遂の近道だ。
(見つけた)
路地を走って行く肉の背中を発見。仁はグレネードランチャーに弾をこめると、肉めがけて発射した。
わずかな放物線を描いて飛んだグレネードが壁に接触。
反射して肉のすぐそばに転がり、その直後に爆発した。
「ああっ!」
悲鳴をあげて転倒する肉。
転がるようにじたばたと逃げながら、手を翳した。
「やめてください! 僕は人間です! 妖じゃない!」
「……」
仁はグレネードランチャーを構えた。弾を込めて撃つ。
爆発。
肉の腕が千切れ、おびただしい血ふき広がった。
「助けてください! お願いです、助けてください!」
「……」
仁はグレネードランチャーを構えた。弾を込めて撃つ。
爆発。
足が千切れて飛ぶ。
「なぜ僕を撃つんですか……やめてください……お願いします……やめて……」
「……」
仁はグレネードランチャーを構えた。弾を込める。
●『私は皆を喜ばせようとした。ある人がこれは違うと言った。やり方を変えた。別の人がそれが気に入らないと言った。やり方を変えた。また別の人がそれは迷惑だと言った。やり方を変えた。最初の人が話を聞けと言った。私は聞いていた。ずっとずっと聞いていた。みんな聞いていた。私はあなただけの奴隷じゃない。いい加減にしろ!』
戦いは続いていた。
影はどうやら集中攻撃が好きなようで、燐花やきせきが簡単に陥落しないと分かるとシルフィアを追いかけて攻撃をし始めた。
それをカバーするのは奏空の役目だ。
影が飛ばしてくる不思議な色の影を自分の身で受けていく。
燐花と結唯はそうして集中攻撃で遊ぶ影を一つまた一つと潰していき、集中攻撃に苦しむ奏空の回復にきせきも参加するといった状態にシフトしていた。
「大丈夫? 顔色悪いよ」
緑色の飴を投げて渡すきせき。
それを口でキャッチして、奏空は顔をしかめた。
「わかんない。けどモヤモヤするんだ。誰かに責められてるような気がして。悪いこと、何もしてないのに」
「そういうバットステータスだったっけ、『不安』って」
『いいえ』
誡女が音声合成アプリで語り始めた。
『バットステータスはあくまで自然治癒半減効果のみです。攻撃効果の他に、きわめて悪質な精神作用があるようですね。念のため、治癒しておきましょう』
同じ理由で燐花の治癒を済ませていた誡女は奏空にも癒力活性を施した。
影を切り捨て、振り返る結唯。
その一方では燐花が影の首から腹までを切り裂いて消滅させていた。
「そろそろこちらに余裕ができます。先生のほうへ」
「わ、わかった!」
奏空はシルフィアを追って走り出した。
その背を見送り、誡女は深く息をつく。
(肉は今集中攻撃を受けているはず。けれど影に変化は無い。より長く苦しめるなら、回復しながら痛めつけるはずなのに……影の狙いは一体なんだというのでしょう)
影が奏空を追いかけるように走り出す。
それを見て、誡女の脳裏に嫌なアイデアが浮かんだ。
(人々を苦しめる古妖の払い方が対象者の殺処分だとすれば、誰でもそう行動するはず。それが狙いだとしたら……)
確証は無い。けれどやっておくに超したことはない。
幸いにも、今は戦力の殆どをこっちに割いている。
『皆さん。回復をやめて攻撃に集中してください。一刻も早く全滅させましょう。肉が死亡する前に』
何発目のグレネードだろうか。
地面へうつぶせになった肉が爆風に煽られて転がり、仰向けになってひくひくとけいれんしている。仁は次の弾を込める。
「へえ、本当に動かない的なんじゃん」
聖はやや距離をとりつつ、小刻みにエアブリットを打ち込んでいた。
「やめて……ください……やめて……」
肉が命乞いをしてくる。
聖や仁にとって、肉は人間ではない。人の声を出すオウムか何かだ。
生き物としても認識しづらいので、誰かの合成音声を鳴らす人形とすら思える。
「そろそろ死ぬ頃かな」
次の弾を撃とうとした所で、シルフィアが割り込んだ。
「やめて、充分よ」
「……あっそ」
賛同するわけではないが、邪魔するつもりもない。そういう風に、聖は背を向ける。
仁もランチャーを構えたままではあるが、それ以上の攻撃はしないというサインを出していた。
頷いて肉へ近づくシルフィア。
動く体力もないのだろう。仰向けに倒れたまま、肉はか細く呻いていた。
抱え起こす。
「意味の無い人生かもしれない。でも、その死は無意味じゃないわ」
「――――」
肉がか細く何かを言った。
首を振るシルフィア。
「あなたは苦しみから解放される。それだけで意味はあるわ」
「――」
「死ぬまでは、恐くて辛くて、苦しいわね。でも信じて。必ずあなたを死なせてあげる。それが救いになるって、信じてるから」
「――」
「あなたは頑張った。何も残せず、なにも出来なかったかもしれないけれど、それでも」
「――」
「もう楽になりましょう。力を抜いて、さあ」
肉がか細く言った。
「もう聞こえない。よかった」
奏空が駆けつけた時には、肉は消滅していた。
膝をはたいて立ち上がるシルフィア。
「あっちは……もう、片付いたって、送受心で」
「工藤くん」
教師のように呼ぶと、シルフィアは手を広げた。
「おいで」
言われて、奏空は自分が泣いていることに気づいた。
●『 。 。 、 』
古妖の消滅を確認。
その後の精密な検査の後、安全を確認して交差点の封鎖は解かれた。
入り乱れる雑踏をカフェのカウンター席から見下ろして、八人の男女は黙っていた。
沈黙をやぶるように、きせきが言う。
「被害者さんが死にたいって思ったのも、きっと古妖のせいだよね」
燐花は口を僅かに開いて、閉じた。
手に持っていたラテのカップをテーブルに置いて息を吸う。
「これが、最良の結末だった筈」
シルフィアが最後に聞いた。
『もう聞こえない』。
あれがどういう意味だったのか、考えてみて分かった。
「どうか、安らかに」
交差点の足音がやまない。
正午、スクランブル交差点。
非現実的なまでの静寂。
目的地へと歩く集団の中。
『鬼籍あるいは奇跡』御影・きせき(CL2001110)は近くの仲間に問いかけた。
「被害者さん、変な古妖にとりつかれちゃって可哀想だね」
問いかけられたのは『研究所職員』紅崎・誡女(CL2000750)だった。
合成音アプリケーションにかけた指を、おろして、かすれ声で言った。
「……そうですね」
「つらくならないように送ってあげたいな。気持ちだけでも、救ってあげたいよ」
「……」
感情を乗せないように返答することに、誡女は苦労した。
アプリケーションの手を借りることも考えたが、小さなため息によって諦めた。
ただきせきの頭に手を乗せて、撫でるでもなく。小さく頷いた。
交差点を見下ろすテナントビル。その外付け階段の縁に腰掛けて、『異世界からの轟雷』天城 聖(CL2001170)は露骨に顔をしかめた。
静かなスクランブル交差点の中央。
八つの影がゆらめき。
囲まれた黒い人型の物体がただ静かに佇んでいる。
まるでつらい仕事を辞めた会社員。
いじめられ登校拒否をした中学生。
離婚して元夫との会話をしなくなった主婦。
動きから連想するのはそんなところだ。
膝に肘をつけ、ほおづえを突く。
「あれ、守られてるわけじゃないんだよね。動かない的とか? まさかそんなワケないよね……っと」
まるで一メートル下に地面があるかのように飛び降りる。
高度は目測で20メートル。
聖は翼を広げ、別のビルへと飛び移った。
発見のハンドジェスチャーを受け、『スピードスター』柳 燐花(CL2000695)は電柱から飛び降りた。
聖ほどではないにしろ結構な高所だが、自販機や自動車をステップにして器用に駆け下りてくる。
「一度転落してしまえば、元の場所に戻ることも叶わず、落ち続けるしかない」
重力は人の心すら引くのか。
それが社会のルールだとでも。
「高いところから落ちたら人は死ぬのよ」
自販機そばのくずかごに空き缶を投げ入れ、『おっぱい天使』シルフィア・カレード(CL2000215)は口元をぬぐった。
「最後の手段としての、落下」
それ以外に助かる道が無いのであれば、人は落下すらも受け入れる。
何者も追求できない最後にして絶対の逃げ道だ。
「死にたいときに死ねる。賛否あるとは思いますが、自分の終わりを自分で決めるのは、悪いことだとは思いませんね」
「でも、それすら……」
「はい。最後の尊厳を踏みにじる古妖の存在は、見過ごせませんね」
赤坂・仁(CL2000426)と『鴟梟』谷崎・結唯(CL2000305)が歩くさまは、どこかファイヴというよりAAAの作業風景を彷彿とさせる。
実際にAAAに所属していた仁はともかくとして二人にたいした共通点はないが、ひどくクレバーな精神性が二人の間でシンパシーのようにつながっていた。
(人間も古妖も妖も、そして覚者も、遅かれ早かれいずれは死ぬ。それが誰の故意であっても同じだ。壊してやるよ、何もかも)
(古妖の思考は理解できない。だが、任務を受けた以上は遂行する)
彼らの背を眺める『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)。
刀を二本腰にさげ、俯きながら歩いている。
探査能力から感情が伝わってくる。強い感情しかヒットしない筈だ。そこかしこから仲間の気持ちが伝わるようだった。
そしてなにより強く感じたのは、自らの感情だ。
「古妖と人が解り合って、共存できる世の中に……」
(そんなことを願っていても、世の中にはいい人も悪い人もいる。古妖だってそうなんだ)
刀に手をかけ、握り込んだ。
「『悪性腫瘍の外科手術的除去』。俺の役目は、きっとそれなんだ」
角を曲がればすぐに見える。
スクランブル交差点の中央でゆらめく、肉と影。
肉は空を眺めたまま背伸びをして。
影は一斉にこちらを向いてニッコリと笑った。
●『みんなやってる? そうさみんなやってる! いじめも無くならないしホームレスも消えないし、きっとマスコミも人の不幸で金を稼ぐだろう! けれど、お前がやっていい理由にはならないぞ! お前は人をゆっくり殺しているんだ! 自分がスッキリするためだけに! ふざけるなああああああああああああ!』
三階建ての狭いテナントビル。
聖は屋上の手すりに腰掛け、指先を舌で舐めた。
風に晒して風向きをはかると、錫杖を膝に置く。
(ゴミはゴミらしくさっさと片付けないとね。あっても邪魔なだけだよ)
どこからともなく霧が発生し、スクランブル交差点を埋めていく。
影や肉が霧に呑まれていく。
自らを攻撃する意図を察したのだろう、周囲を探るように見回し、影の一体が聖を発見した。
馬鹿ではないのだ。固定タレットのように手すりに座っているつもりはない。
聖は屋上の手すりを飛び越えると、錫杖を掲げた。
魔方陣が天空に広がり、巨大な天蓋と化した魔方陣から無数の光弾が降り注ぐ。
影がほうぼうへ散るようにかわしはじめるが、聖が注目しているのはあくまで肉だ。
肉は慌てふためき、逃げるように走り出す。
「あっちの方角は入り組んでるなあ……ま、いっか」
聖は翼を広げ、肉の追跡を始めた。
聖の迷霧を確認した誡女は味方にハンドサインを送った。
クリップボードを翳し、目をこらす。
戦術的な役割は回復と補助。
総合的な役割は、観察と分析だ。
(エネミースキャンとラーニングはあくまで戦闘能力の観察とスキルハック。ディープリーディングやプロファイリングには向きませんが、そこは自力でなんとかしましょう)
こちらを認識した影のうち数体が駆け寄ってくる。
ただ。
「なんだ、こいつ……っ!」
奏空は露骨に顔をしかめた。
影たちはまるで友達と遊ぶように楽しげに、手を振りながら駆け寄ってくるのだ。
そして感情探査によって影の感情をサーチしていた奏空には、それが本当に、そして強く楽しんでいることが分かっていた。
あんな人たちを、奏空だって見たことがある。
不倫報道で俳優を追いかけ回すテレビ記者。
皮膚病持ちの女子をばい菌扱いして遊ぶクラスメイト。
相手などなんでもいい。人を無料のオモチャにして遊んで壊す連中だ。
「紅崎さんっ、こいつら……!」
(話は後です。そちらの仕事を)
誡女が回復を準備する間、奏空は歯を食いしばって刀を抜いた。
「この野郎……!」
影たちへと飛びかかり、切りつける奏空。
タイミングを同じくして、紫鋼塞で防御を固めた結唯が突撃。
生み出した術式性岩石塊を頭上で破裂させ、影へと降り注がせる。
「前中二列構造だ。前から潰す」
「分かってる!」
影が飛びかかってくる。
素早く割り込んだ燐花がクナイを抜くのとほぼ同時に、影が伸びて燐花に巻き付いた。
声にならないような声で燐花の耳元で囁いたかと思うと、耳から滑り込もうと身体を細く鋭く捻り始めた。
握って止め、振り払う燐花。
そして反射的に片耳を押さえると、彼女にしては珍しく目を見開いた。
「どうしたの?」
「わかりません。とにかく――っ」
振り払った影が笑いながらバックステップ。燐花は後退速度よりも早く詰め寄ると、影の顔面にクナイを突き刺した。
引き裂くように千切る。
複数の影たちが腕を伸ばして燐花へ迫り、声なき声で囁き始める。
「集中攻撃されてるよっ! 回復してあげて!」
きせきは誡女とシルフィアにそう呼びかけると、近くの植木から草をむしり取った。
草が手の中で長く頑丈な鞭へと変化する。きせきはそれを影の足下へ発射。
影はジャンプでそれを回避するが、続けて発射した鞭が影の首や腕へと巻き付いていく。
さらには地面から無数の草が生え、影たちに巻き付いていく。
「よーし、影をやっつけるよ!」
きせきは刀を抜いて、そしてふと燐花の方を見た。
「ねえ、なにか恐いことあった?」
「……いえ」
燐花は汗をぬぐって、深く息を吐いた。
500mlペットボトルを取り出すシルフィア。
「まずは回復よ。できるだけ早くしましょ」
シルフィアは頭上にペットボトルを投げると、術を流し込んで破裂させた。
周囲に飛び散る治癒効果をもつ水が仲間にだけふりかかり、皮膚から浸透していく。
シルフィアは周囲を見回して、肉がそばにいないことを察した。
角を曲がって走っていく仁の後ろ姿が見える。
「……私、あっちに行くわ。ここをお願い」
シルフィアは地面を蹴ると、仁を追って飛行を始めた。
聖がそうであるように、仁の目的は肉の撃破である。
影の残存体力に関わらず肉が死ねば影は消滅する。
なら肉を徹底的に攻撃し、早々に消滅させるのが任務完遂の近道だ。
(見つけた)
路地を走って行く肉の背中を発見。仁はグレネードランチャーに弾をこめると、肉めがけて発射した。
わずかな放物線を描いて飛んだグレネードが壁に接触。
反射して肉のすぐそばに転がり、その直後に爆発した。
「ああっ!」
悲鳴をあげて転倒する肉。
転がるようにじたばたと逃げながら、手を翳した。
「やめてください! 僕は人間です! 妖じゃない!」
「……」
仁はグレネードランチャーを構えた。弾を込めて撃つ。
爆発。
肉の腕が千切れ、おびただしい血ふき広がった。
「助けてください! お願いです、助けてください!」
「……」
仁はグレネードランチャーを構えた。弾を込めて撃つ。
爆発。
足が千切れて飛ぶ。
「なぜ僕を撃つんですか……やめてください……お願いします……やめて……」
「……」
仁はグレネードランチャーを構えた。弾を込める。
●『私は皆を喜ばせようとした。ある人がこれは違うと言った。やり方を変えた。別の人がそれが気に入らないと言った。やり方を変えた。また別の人がそれは迷惑だと言った。やり方を変えた。最初の人が話を聞けと言った。私は聞いていた。ずっとずっと聞いていた。みんな聞いていた。私はあなただけの奴隷じゃない。いい加減にしろ!』
戦いは続いていた。
影はどうやら集中攻撃が好きなようで、燐花やきせきが簡単に陥落しないと分かるとシルフィアを追いかけて攻撃をし始めた。
それをカバーするのは奏空の役目だ。
影が飛ばしてくる不思議な色の影を自分の身で受けていく。
燐花と結唯はそうして集中攻撃で遊ぶ影を一つまた一つと潰していき、集中攻撃に苦しむ奏空の回復にきせきも参加するといった状態にシフトしていた。
「大丈夫? 顔色悪いよ」
緑色の飴を投げて渡すきせき。
それを口でキャッチして、奏空は顔をしかめた。
「わかんない。けどモヤモヤするんだ。誰かに責められてるような気がして。悪いこと、何もしてないのに」
「そういうバットステータスだったっけ、『不安』って」
『いいえ』
誡女が音声合成アプリで語り始めた。
『バットステータスはあくまで自然治癒半減効果のみです。攻撃効果の他に、きわめて悪質な精神作用があるようですね。念のため、治癒しておきましょう』
同じ理由で燐花の治癒を済ませていた誡女は奏空にも癒力活性を施した。
影を切り捨て、振り返る結唯。
その一方では燐花が影の首から腹までを切り裂いて消滅させていた。
「そろそろこちらに余裕ができます。先生のほうへ」
「わ、わかった!」
奏空はシルフィアを追って走り出した。
その背を見送り、誡女は深く息をつく。
(肉は今集中攻撃を受けているはず。けれど影に変化は無い。より長く苦しめるなら、回復しながら痛めつけるはずなのに……影の狙いは一体なんだというのでしょう)
影が奏空を追いかけるように走り出す。
それを見て、誡女の脳裏に嫌なアイデアが浮かんだ。
(人々を苦しめる古妖の払い方が対象者の殺処分だとすれば、誰でもそう行動するはず。それが狙いだとしたら……)
確証は無い。けれどやっておくに超したことはない。
幸いにも、今は戦力の殆どをこっちに割いている。
『皆さん。回復をやめて攻撃に集中してください。一刻も早く全滅させましょう。肉が死亡する前に』
何発目のグレネードだろうか。
地面へうつぶせになった肉が爆風に煽られて転がり、仰向けになってひくひくとけいれんしている。仁は次の弾を込める。
「へえ、本当に動かない的なんじゃん」
聖はやや距離をとりつつ、小刻みにエアブリットを打ち込んでいた。
「やめて……ください……やめて……」
肉が命乞いをしてくる。
聖や仁にとって、肉は人間ではない。人の声を出すオウムか何かだ。
生き物としても認識しづらいので、誰かの合成音声を鳴らす人形とすら思える。
「そろそろ死ぬ頃かな」
次の弾を撃とうとした所で、シルフィアが割り込んだ。
「やめて、充分よ」
「……あっそ」
賛同するわけではないが、邪魔するつもりもない。そういう風に、聖は背を向ける。
仁もランチャーを構えたままではあるが、それ以上の攻撃はしないというサインを出していた。
頷いて肉へ近づくシルフィア。
動く体力もないのだろう。仰向けに倒れたまま、肉はか細く呻いていた。
抱え起こす。
「意味の無い人生かもしれない。でも、その死は無意味じゃないわ」
「――――」
肉がか細く何かを言った。
首を振るシルフィア。
「あなたは苦しみから解放される。それだけで意味はあるわ」
「――」
「死ぬまでは、恐くて辛くて、苦しいわね。でも信じて。必ずあなたを死なせてあげる。それが救いになるって、信じてるから」
「――」
「あなたは頑張った。何も残せず、なにも出来なかったかもしれないけれど、それでも」
「――」
「もう楽になりましょう。力を抜いて、さあ」
肉がか細く言った。
「もう聞こえない。よかった」
奏空が駆けつけた時には、肉は消滅していた。
膝をはたいて立ち上がるシルフィア。
「あっちは……もう、片付いたって、送受心で」
「工藤くん」
教師のように呼ぶと、シルフィアは手を広げた。
「おいで」
言われて、奏空は自分が泣いていることに気づいた。
●『 。 。 、 』
古妖の消滅を確認。
その後の精密な検査の後、安全を確認して交差点の封鎖は解かれた。
入り乱れる雑踏をカフェのカウンター席から見下ろして、八人の男女は黙っていた。
沈黙をやぶるように、きせきが言う。
「被害者さんが死にたいって思ったのも、きっと古妖のせいだよね」
燐花は口を僅かに開いて、閉じた。
手に持っていたラテのカップをテーブルに置いて息を吸う。
「これが、最良の結末だった筈」
シルフィアが最後に聞いた。
『もう聞こえない』。
あれがどういう意味だったのか、考えてみて分かった。
「どうか、安らかに」
交差点の足音がやまない。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
