残暑見舞いと熱暴走
●妖の仕業
8月の半ばも過ぎて、夏も後僅かとなった頃。それでも照りつける太陽は、まだまだその勢いを衰えさせる様子は無い。
今日も空の下を行く人達に滝のように汗を流させて、その人々から恨めしい視線を受けても平然としている。
「ぐあぁ、もう無理。やっぱ夏の現場は最悪だって」
五麟市の一角で、道路工事をしている若い作業員がそう言って根を上げる。近くのベンチに座り、何かを探すように手を彷徨わせる。
そんな青年に頭の上から、突然たっぷりの水が注ぎ込まれた。
「あぁ~、最高。生き返るー」
「だらしねぇなぁ。兄ちゃん、まだ1時間も経ってねーぞ」
ヤカンを片手にやれやれといった様子で肩をすくめる中年の男性、彼もツナギの格好を見るに同じ作業員なのだろう。
「何言ってるんですか。熱中症とか日射病とかで倒れたらそれこそコトでしょう? 何か今日はいつも以上に暑いですし」
「軟だねぇ。最近の若いのは変に知識をつけてそれを盾にするから好かんなっ」
中年のおっさんは嘆かわしいと一言言ってからヤカンを青年に渡すと、工事現場に戻るべく頭にヘルメットを被りなおす。
「ん? 何だありゃ?」
そこで初めて異変に気づいた。つい先ほど新しく舗装し直していた道路が、何故か赤くなっているのだ。それと一緒に何かが焦げる様な臭いも漂ってくる。
「どうしたんです、おっさん?」
「いや、何か道路の一部が変な色にな――」
その次の瞬間、小さな爆発音と共に赤く変色していた地面が弾け飛び、燃えるアスファルトの欠片が周囲に降り注いだ。
●F.i.V.E.ブリーフィングルーム
私立五麟学園内に用意された1室に、学園所属の数名の覚者が集められた。
「おっす! 皆、暑い中よく集まってくれたな」
そんな彼らを迎えたのは儚の因子を持つ覚者の1人、久方 相馬(nCL2000004)であった。
皆の前にさっさと資料を配って、相馬はまず最初からと言って説明を始める。
「俺の夢見の力でとある妖の存在が判明したんだ」
相馬の話によると、その妖が至るところで爆発事件を起こすようだ。
更に調べたところ、どうやら既に事件は起きていたようで、今日の昼前に市内のとある工事現場で爆発騒ぎが発生していた。吹き飛んだのはどうやら道路のすぐ下にあった配管のようで、始めはただの事故かと思われていたらしい。
しかし、事件の現場に居合わせた作業員の話から痕跡を改めて探ってみたところ、基準値以上の源素が発見されたのだ。
その為、その場所で起きた爆発事件もこの妖の仕業であることが判明したのである。
「それで、今回の妖については自然系の妖みたいなんだけど――」
更に詳しく言うなら自然系の『熱』と言うべきだろうか。夏の暑さに誘われるかのようにこの時期にはよく現れる類の妖だ。
ただ、今回の妖はちょっと厄介なことに、どうやら配管の中を通って移動する習性があるようだ。
道が限られていると言えば聞こえはいいが、人目の触れない地面の下に何百何千と張り巡らされている配管の中を動き回っているのであれば、発見はほぼ不可能に近い。
ただ、それもまた問題ない。それをどうにかするのが彼、相馬の役目なのだから。
「つーわけで、今夜の10時頃に今度は公園の地面を爆発させるつもりらしい」
相馬は広げた地図の中にある小さめの公園に丸印を書く。
妖の出現場所と時間は分かった。あとは、集まった覚者達の仕事だ。
「それじゃ、頑張ってな。冷たい飲み物準備して帰りを待ってるぜ!」
8月の半ばも過ぎて、夏も後僅かとなった頃。それでも照りつける太陽は、まだまだその勢いを衰えさせる様子は無い。
今日も空の下を行く人達に滝のように汗を流させて、その人々から恨めしい視線を受けても平然としている。
「ぐあぁ、もう無理。やっぱ夏の現場は最悪だって」
五麟市の一角で、道路工事をしている若い作業員がそう言って根を上げる。近くのベンチに座り、何かを探すように手を彷徨わせる。
そんな青年に頭の上から、突然たっぷりの水が注ぎ込まれた。
「あぁ~、最高。生き返るー」
「だらしねぇなぁ。兄ちゃん、まだ1時間も経ってねーぞ」
ヤカンを片手にやれやれといった様子で肩をすくめる中年の男性、彼もツナギの格好を見るに同じ作業員なのだろう。
「何言ってるんですか。熱中症とか日射病とかで倒れたらそれこそコトでしょう? 何か今日はいつも以上に暑いですし」
「軟だねぇ。最近の若いのは変に知識をつけてそれを盾にするから好かんなっ」
中年のおっさんは嘆かわしいと一言言ってからヤカンを青年に渡すと、工事現場に戻るべく頭にヘルメットを被りなおす。
「ん? 何だありゃ?」
そこで初めて異変に気づいた。つい先ほど新しく舗装し直していた道路が、何故か赤くなっているのだ。それと一緒に何かが焦げる様な臭いも漂ってくる。
「どうしたんです、おっさん?」
「いや、何か道路の一部が変な色にな――」
その次の瞬間、小さな爆発音と共に赤く変色していた地面が弾け飛び、燃えるアスファルトの欠片が周囲に降り注いだ。
●F.i.V.E.ブリーフィングルーム
私立五麟学園内に用意された1室に、学園所属の数名の覚者が集められた。
「おっす! 皆、暑い中よく集まってくれたな」
そんな彼らを迎えたのは儚の因子を持つ覚者の1人、久方 相馬(nCL2000004)であった。
皆の前にさっさと資料を配って、相馬はまず最初からと言って説明を始める。
「俺の夢見の力でとある妖の存在が判明したんだ」
相馬の話によると、その妖が至るところで爆発事件を起こすようだ。
更に調べたところ、どうやら既に事件は起きていたようで、今日の昼前に市内のとある工事現場で爆発騒ぎが発生していた。吹き飛んだのはどうやら道路のすぐ下にあった配管のようで、始めはただの事故かと思われていたらしい。
しかし、事件の現場に居合わせた作業員の話から痕跡を改めて探ってみたところ、基準値以上の源素が発見されたのだ。
その為、その場所で起きた爆発事件もこの妖の仕業であることが判明したのである。
「それで、今回の妖については自然系の妖みたいなんだけど――」
更に詳しく言うなら自然系の『熱』と言うべきだろうか。夏の暑さに誘われるかのようにこの時期にはよく現れる類の妖だ。
ただ、今回の妖はちょっと厄介なことに、どうやら配管の中を通って移動する習性があるようだ。
道が限られていると言えば聞こえはいいが、人目の触れない地面の下に何百何千と張り巡らされている配管の中を動き回っているのであれば、発見はほぼ不可能に近い。
ただ、それもまた問題ない。それをどうにかするのが彼、相馬の役目なのだから。
「つーわけで、今夜の10時頃に今度は公園の地面を爆発させるつもりらしい」
相馬は広げた地図の中にある小さめの公園に丸印を書く。
妖の出現場所と時間は分かった。あとは、集まった覚者達の仕事だ。
「それじゃ、頑張ってな。冷たい飲み物準備して帰りを待ってるぜ!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.全ての妖を退治する
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
妖を退治する
●戦闘区域
市内の小さめの公園。
ざっと見たところ、縦横30mほどの広さ。
公園内には遊具スペースと砂場スペースが東側に、西側には休憩用スペースとあとは林が広がっている。
中央は特に何もない広場となっており、相馬の予知によるとここのど真ん中で爆発が起こるらしい。
●敵情報
妖 4匹
ランク1、自然系の『熱』の妖でその姿は赤い蜃気楼のような姿をしている。直接触れるととても熱い。
攻撃方法は対象を包み込むことによって熱でローストにしてきたり、熱気を噴きつけてきたりする。
別の個体と接触しあうと温度が上がるらしく、結果小規模の爆発を起こすことが予知の結果で分かっている。
●STより
皆さん初めまして、そうと申します。
まずは小手調べ的な妖との戦闘依頼です。
少し頭を使って、仲間のことを意識すれば、あとは思うように戦って問題ないでしょう。
では、宜しければご参加をお願いします。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年09月03日
2015年09月03日
■メイン参加者 8人■

●PM9:00
「これでよし、っと」
夜の公園の入り口にフェンスを設置した守衛野 鈴鳴(CL2000222)は額を拭う仕草をしながら一息吐いた。
今回の妖の出現予想場所である公園は住宅地のど真ん中である。夜も更けたこんな時間に一般人が来るはずもないが、念には念をと思っての対策だ。
「守衛野くん、そちらも済んだだろうか?」
そう鈴鳴の背中に声をかけたのは伊弉冉 紅玉(CL2000690)だ。彼女も鈴鳴とは別の出入口にフェンスを設置してきて、他の場所も無事完了したかを確認しにきたのだ。
「はい。これで一先ず誰かが入ってくることはないですね」
「さて、そうだといいのですけど」
と、そこで話しかけてきたのは紅崎・誡女(CL2000750)だった。
「どういうことかな?」
「いえ、人の性とでも言うべきでしょうか。駄目と言われるほど、こぞって覗きたがるのが人間ですから」
紅玉の問いに、誡女は少し肩を竦めてみせた。それは彼女が研究者という人種故の考え方の所為なのか、専門外ではあるが人という種のお約束的な部分に関しては多少は詳しかった。
「うぅ、そう言われるとちょっと心配になってきました」
言われて見ればと鈴鳴も思うところがあるようで、途端に不安そうな表情を浮べる。
だが、そんな彼女に目掛けて、突然何かが飛んできた。不意討ちに近いそれに鈴鳴は回避する間もなく、それが顔に直撃する。
「わっ! 冷たい!? えっ、何?」
鈴鳴は顔にかかったそれが、すぐに水だと気付いた。そしてそれが飛んできたほうを見ると、指を差すようにしてこちらに向けて笑っている清衣 冥(CL2000373)の姿があった。
「どう? 落ち着いた? もう鈴鳴は心配しすぎよ」
「冥ちゃん……でも――」
「でももかかしもないよ! 安心して、私がついてるじゃない」
「……ふふっ、うん。そうですね」
ドンッとまでは鳴らないが自分の胸を叩いてさらに胸を張る冥に、鈴鳴は小さく笑って頷いた。
そんな様子を窺っていた三間坂 雪緒(CL2000412)は上手く纏った様子を見て微笑ましいと笑みを浮べていた。
そんな雪緒の傍に阿僧祇 ミズゼリ(CL2001067)は近寄ってきて、すっと1本のペットボトルを渡してくる。
「夜トハ言え、まだ暑いデスからね。水分補給は大切デス」
どこか片言というか独特の発音で喋るミズゼリではあったが、自分より随分と年若い容姿の少女からの厚意に対して雪緒はやはり紳士的に対応する。
「ありがとう、阿僧祇君。助かるよ」
「イエ、コレも看護師の仕事ですカラ」
微笑むミズゼリから受け取ったペットボトルの蓋を開け、雪緒はそれに口を付ける。
自分でも思っていたより喉が渇いていたようで、雪緒は喉を2回ほど鳴らしてからペットボトルから口を放す。
「うん、美味しい」
「ソレは良かった。離宮院サマも、如何デス?」
「ボクの分もあるんですか? それなら頂きますっ」
差し出されたペットボトルに、離宮院・太郎丸(CL2000131)は笑顔でそれを受け取った。
「彼方達、随分と寛いでるね」
そんな3人に少し呆れた様子で美錠 紅(CL2000176)が言葉を零す。
「あっ、でもまだ予知の時間まで時間がありますし。それに前準備も大事ですよっ」
ちょっと慌てながら太郎丸はそう言葉を返す。
「気を抜いているわけではないから安心していいよ。ただ少し、肩の力を抜いているだけさ」
そう雪緒も続ける。
紅が自分の腕時計を確認すると、予知の時間まではあと45分ほど時間がある。もしものことは考えられるが、予知はほぼ100%外れることはないことも知っている。
「……ま、そうね。なら私も一本貰える?」
「エエ、どウゾ。冷えてイテ美味しイデすよ」
紅がミズゼリから受け取ったペットボトルは確かに冷たくて、口にすると少し塩っぽい美味しさが喉を通っていった。
●熱暴走、開始
予知の時刻1分前。覚者達は既にそれぞれの位置についてその時を待つ。
「本当なら爆発なんて見過ごしたくはないんだけれど」
「今回ばかりは仕方がない。それより、どうやら時間のようだ」
紅の言葉に紅玉がそう返したところで、紅玉の視界に異変が訪れた。
一瞬地面が盛り上がったかと思うと、次の瞬間にはその地面が赤く光始め、それはすぐさま眩い閃光と肌を焼く熱線へと変わり、耳を劈くような爆音と共に炎となって噴出してきた。
「さあ、戦いの時間だ」
その言葉がスイッチであったかのように紅玉の体に変化が生まれる。金糸のような輝く髪は瞬く間に黒へと変色し、透き通った青い瞳も今目にした炎が宿ったかのような赤へと変化していた。
さらに彼女が地面を足で一つ叩くと、そこにあった部分が小さなブロックの形を保ちながら分解され、飛び上がったそれは紅玉の纏うセーラー服の上からプロテクターのようにその身を守る鎧を構築していく。
「さて、まずは引き離すのだったな」
準備が整ったのばかりに紅玉は駆け、1体の熱妖に向けて身の丈を越える鉄塊に近い大剣を横薙ぎに叩きつけた。
「これは効くかしら?」
そう口にしたのは灰白色の髪をした大人の女性だった。先ほどまでこの場にいなかったように思える彼女は、その面影と服装を見るに冥が覚醒した姿であった。
冥は手にしたバケツを振りかぶり、熱妖に対してその中身をぶちまけた。その瞬間、じゅうっという音と共に爆発的に白い水蒸気が周囲に拡散する。
「わわっ、熱っ! 清衣さんやっぱそれは駄目みたいですっ」
「どうやらそのようです」
丁度その熱妖に近づいていた太郎丸がその水蒸気に巻き込まれていて、思わず悲鳴を上げる。
そして彼の言う通り、冥から見ても熱妖は対して堪えた様子もなく、やはりただ水をかけるだけでは意味がないようだ。
「気を取り直して、君はこっちですっ!」
太郎丸の手の甲にある空色の刺青が輝きだし、かざした熱妖の頭上に黒い雷雲を作り出す。
そして太郎丸がその手を下へと振り下ろせば、雷雲から雷が落ち熱妖の蜃気楼のような体を裂くように貫いていく。
すると熱妖はその攻撃に引かれるようにして太郎丸の方向へとゆらゆらと移動を始める。
「どうやらある程度攻撃すれば引きつけられるようだね」
そう言いながら雪緒は蛇のような縦割れの瞳を大きく見開き、そこに映る熱妖へ向けてハンドガンの引き金を引いた。
鉛で出来た弾丸は熱妖の体を貫き、そのまま後ろにある林へと抜けていく。だがその体を弾丸が通過する度にその体が微かに震えるところを見ると、物理攻撃も無駄ではないようだ。
そして雪緒の読み通り、その熱妖も攻撃してきた雪緒に向けてゆっくりと近づいていく。
「これなら分断は問題なさそうですね。では、次の段階に移りましょう」
誡女はその言葉と共に機械化した腕を熱妖達に向ける。すると彼女の腕から白い霧が噴き出し、それが熱妖達の体に纏わりつく。
それはじゅうっと音を立てながら徐々に消えていくが、僅かに熱妖の動きが鈍ったように感じられた。
「各個撃破で行くよ。まずは紅玉担当の妖から!」
猫のようにしなやかに体のバネを活かして紅は地を這うようにして熱妖に接近。そこから掬い上げるようにして片手剣を跳ね上げ、熱妖の体を縦に切り裂いてから更に横薙ぎの一閃でその体を十字に切り裂く。
熱妖の体一瞬4つに分かれるが、じわじわとその体は繋がっていくところを見るにやはり致命傷には遠いようだ。
「フム、ではこレハどうデシょう?」
ミズゼリは取り出した術符をぐっと握りこむ。すると術符はその形を変え、一瞬のうちに小さな種子の形をとった。
それを殴りこむようにして熱妖の内部に叩き込む。すると種子は弾ける様にして如何にも毒々しい黒い液体を撒き散らすが、熱妖は僅かにそれを嫌がる素振りを見せたもののその黒い毒を蒸発させてゆき、あっという間にそれを体外へと排出してしまう。
「次は私達です。行きますよ、鈴鳴」
「任せてください!」
冥はその手の中に水球を作り出し、鈴鳴が手にする水色と白のコントラストをした戦旗を振るうとその場に風が集束してゆき一つの弾丸を作り上げる。
放たれた水と風の一撃は熱妖の体を直撃し、その蜃気楼のような体の半分近くを吹き飛ばした。
だがそれでも活動停止には追い込めていないようで、揺らめいたその体から突如凄まじい熱気を冥と鈴鳴に向けて吹き付けてくる。
「そうはさせない」
だが、それが後衛に届く前に紅玉がその射線に割り込み、その大剣を盾に熱息を防ぐ。かなりの熱さに黒い大剣の一部が赤熱化するが、紅玉は表情一つ変えずにそれを防いで最後には剣を振るい熱妖を退ける。
「やっぱり一筋縄には行かないようだ」
熱妖の意外なタフさに雪緒はそんな感想を零す。そうしてる間に受け持っていた熱妖が急接近して来るが、雪緒は盾を構えてそれを受け止める。
盾は一瞬のうちに高温になり、雪緒はこのままでは盾が持たないと判断して一歩飛び退る。
だが、その雪緒がその動きを見せたところで熱妖は突然標的を変えたのかふらふらと別の方向へと移動を始める。
それに呼応するかのようにして、集中攻撃を受けている熱妖以外の2体も同じ方向へと動き出した。
「っ! これは不味い」
雪緒が再度攻撃するが、それには全く反応を示さない。他の2体も同じ様子だ。
そしてそのまま3体の熱妖達が1箇所に集い、急速にその熱量を増大さえてゆく。
「皆さん、爆発がきますよっ!」
太郎丸の警告の声が届くとほぼ同時に、熱妖達のいる場所から紅蓮の炎が噴き出した。
肌を叩きつけるような空気の波動が覚者達を襲い、常人では火傷では済まない熱線がばら撒かれる。
「やってくれましたね。盾がなければ熱いじゃすみませんでした」
咄嗟に盾を構えて爆発を凌いだ誡女だったが、その盾の熱に晒された正面の部分は赤熱化し、表面部分が僅かに溶けてしまっている。
「二回目をやらせる訳にはいかないね」
「けほっ。防御してるだけじゃなくて、積極的に攻撃もしないと駄目みたいですっ」
同じく近距離で爆発を受けたものの、盾で被害を抑えていた雪緒と太郎丸は各々の武器を取り出して構え直した。
●残暑
「これでぇ、二匹目!」
紅のその宣言と共に1匹の熱妖が十字を描くように切り裂かれ、かなり小さくなっていたその体が空気に溶けるようにして霧散していく。
「やれやれ、蛇の丸焼けにはならずに済んだようだね」
やや皮肉交じりの自虐を口にしながら自分が担当していた熱妖の消滅を雪緒は見送った。
熱妖を抑えている間に腕の部分を焼かれてしまい、焼け焦げた服の下に赤くなった蛇の鱗を纏う肌が露出している。
「三間坂さん、大丈夫ですか? すぐに治療します」
そんな雪緒の腕を取って、鈴鳴はそっとその火傷に手を添えた。その指先からぽつぽつと水滴が零れたかと思うと、その水は雪緒の体に吸い込まれるようにして消えてゆき、赤く腫れていたその肌を元の色へと戻していく。
「ありがとう、守衛野君。さて、傷が癒えたならば前線に戻らないとね」
残り2体となった熱妖だが、やはりそのタフさは厄介なもので。特に物理攻撃の通りが悪いのが辛いところだ。
「氣力が半分を切ってしまいました。皆さん、大丈夫です?」
強い力を使うには相応の消費がある。冥も思っていた以上にスキルを使った為、このまま行くと全てを倒しきる前に力を使い果たしてしまいそうだった。
どうやら他の仲間達も同じようで、体力的なところはまだしも、今までのペースで攻撃に力を注ぎ込むのは難しい状態だ。
「けど今手を緩める訳にはいきませんね。また妖同士が接触して爆発されたら溜まりませんから」
誡女はそういって鞭を振るい、熱妖の体へと打ちつける。彼女の言う通り、ここでもう一度爆発をされたら形勢が逆転されてしまうかもしれない。
それだけならいいが、もしかしたらその隙に熱妖に逃げられてしまう可能性もある。それだけはさせるわけにはいかない。
「ならば諸君。今こそ己の正義を貫く時だ」
それすなわち、全力をもって攻撃するということである。
それを示すべく紅玉はその大剣で地面を叩く。すると地面は砕け、その割れた地面から鋭い石槍が伸び熱妖の体を貫いた。
一度霧散した熱妖の体が再構築を始めるが、そこに間髪いれずに空色をした球状の砲弾が襲い掛かる。
「伊弉冉さんの言う通りです。ここは一気に畳み掛けてしまいましょうっ!」
「ソウですね。陸上に住まう者の都合で申し訳無い限リデすが、悪い妖ニハここで消エテ貰いマス」
ミズゼリもそれに同意し、作り出した種子を投げつける。急成長した種は一瞬で巨大な棘へと変わり熱妖の体を地面に縫いとめるようにして突き刺さる。
「いい加減しつこいのです。そろそろ、消えてください!」
冥が手を広げてその熱妖へと向ける。放たれるのは槍のように敵を貫く為の波動。空気を切り裂きながら進んだそれは、熱妖の頭部と思わしき場所を捉えると、その部分を弾き飛ばした。
その一撃を受け、熱妖の体が一瞬震えたかと思うとこれまでの別の熱妖と同じように空気に溶けるようにして消え始める。
そして残った1匹の熱妖はすぐさま覚者達によって取り囲まれる。
「さあ、こいつで最後の1匹。ここまできたら後は畳み掛けるのみ!」
紅の声と共に、皆が最後の力を振り絞って攻撃に注力する。
斬撃、刺突、衝撃、波動。物理と特殊の力を持って、一つの妖を殲滅せんとその力が殺到する。
「これでおしまい! 旗よ、風を巻き起こせ……妖祓の風をっ!」
最後に鈴鳴が力強く旗を振るった。ひらめく旗から放たれた風の弾丸は熱妖の体を貫いて、ついに形を保てなくなった熱妖はその姿をゆっくりとその場で溶かして消えて行く。
暫しの静寂が訪れ、覚者達は暫しそのまま熱妖が消えていった空間を見つめる。
「これで終わり、でしょうか。無事妖退治完了ですね」
誡女の言葉を受けて、覚者達はそれぞれが手にしていた武器を下ろした。
●PM10:54
覚者達は公園の平穏を取り戻す仕事を完了させ、FiVEの別動班に連絡も入れたのでもう暫くすれば迎えがくるはずである。
「サテ、伊弉冉サマ。傷を見せテクださい」
「問題ない。掠り傷だ」
「イエ、小さな怪我デモ慢心はいケマせん」
その待ち時間の間に覚者達はそれぞれの後片付けを始める。
因みに治療をしようとするミズゼリと、それを拒む紅玉の押し問答はつい先ほどから3回目のことであった。
「けど本当に今の戦い、1時間もなかったんですね。2~3時間は戦ってる気分でした」
そう感想を零したのは太郎丸だった。
「確かに危ないところもあったからね。妖達が突然こちらを無視して集まって爆発した時は肝が冷えたよ」
雪緒もそう口にして太郎丸の言葉に頷いてみせる。
今振り返ってみればよく咄嗟に体が動いたなと自分を褒めたい場面も幾つかあった。やはり、日頃の鍛錬は大切である。
「そういえば爆発した後処理ってどうするんだろう。公園だし、役所に連絡したほうがいいのかな?」
「うーん。今回は妖絡みでもあったし、FiVEの調査班とか総務班が何とかしてくれるんじゃない?」
爆発して出来たちょっとした大穴を覗き込みながら、紅はそう口にした。
そしてそれに戦いが終わってすっかり元の少女の姿に戻った冥は少し首を捻った後に、そんな返事を返した。
「とりあえずガス管など重要なものが爆発した様子はないし、少なくとも今は急ぐことはなさそうですね」
爆発跡に関しては誡女の言葉の通りで、何れにせよ後処理に関してはFiVEの専門の班に任せれば問題ないだろう。
そしてそんな彼や彼女達から少し離れた遊具の上で、鈴鳴は戦旗を立てて風に吹かせながら空を見つめていた。
「どうかしたのか、鈴鳴」
そんな彼女に声をかけたのは、ミズゼリから漸く解放された紅玉だった。その腕に包帯が巻かれているのを見ると、根負けしたか、無理矢理治療されたようだ。
「紅玉ちゃん。うん、ちゃんと精一杯頑張れたかなって」
鈴鳴は少し照れくさそうにはにかんでそう応える。それと友達の前でかっこ悪いとこ見せなかったかも、と言う気持ちは心の中に仕舞っておいて。
「公園の被害は中央広場の地面のみ。一般人に被害は無く、仲間も全員無事だ。誰も文句はないだろう」
「そうかな?」
「そうだ」
それでも問うてきた鈴鳴に、紅玉は即答で返す。
「もー、鈴鳴は本当に真面目さんよね。ほら、もっと喜ぶのよ!」
と、そこでこっそり聞いていたのか冥がひょっこり顔をだした。
「皆、どうやら迎えがきたようだよ」
そこで公園の入り口の方から雪緒の言葉も聞こえてきた。
「さっ、帰るよ。おいしい飲み物が待ってるはずよ」
「うん、帰ろっか。飲み物、どんなのが準備されてるかな」
ニッと笑みを浮べた冥は鈴鳴に手を差しだす。鈴鳴もそれに頷いて返し、公園の出口へと一緒に向かった。
最後に残った紅玉が戦場となった公園の広場を一度見やり、一言だけ呟いた。
「次の戦場は何処になるだろうか」
その言葉に続く達観と希望の言葉をそれぞれ飲み込み、彼女もまた夜の公園に背を向けた。
「これでよし、っと」
夜の公園の入り口にフェンスを設置した守衛野 鈴鳴(CL2000222)は額を拭う仕草をしながら一息吐いた。
今回の妖の出現予想場所である公園は住宅地のど真ん中である。夜も更けたこんな時間に一般人が来るはずもないが、念には念をと思っての対策だ。
「守衛野くん、そちらも済んだだろうか?」
そう鈴鳴の背中に声をかけたのは伊弉冉 紅玉(CL2000690)だ。彼女も鈴鳴とは別の出入口にフェンスを設置してきて、他の場所も無事完了したかを確認しにきたのだ。
「はい。これで一先ず誰かが入ってくることはないですね」
「さて、そうだといいのですけど」
と、そこで話しかけてきたのは紅崎・誡女(CL2000750)だった。
「どういうことかな?」
「いえ、人の性とでも言うべきでしょうか。駄目と言われるほど、こぞって覗きたがるのが人間ですから」
紅玉の問いに、誡女は少し肩を竦めてみせた。それは彼女が研究者という人種故の考え方の所為なのか、専門外ではあるが人という種のお約束的な部分に関しては多少は詳しかった。
「うぅ、そう言われるとちょっと心配になってきました」
言われて見ればと鈴鳴も思うところがあるようで、途端に不安そうな表情を浮べる。
だが、そんな彼女に目掛けて、突然何かが飛んできた。不意討ちに近いそれに鈴鳴は回避する間もなく、それが顔に直撃する。
「わっ! 冷たい!? えっ、何?」
鈴鳴は顔にかかったそれが、すぐに水だと気付いた。そしてそれが飛んできたほうを見ると、指を差すようにしてこちらに向けて笑っている清衣 冥(CL2000373)の姿があった。
「どう? 落ち着いた? もう鈴鳴は心配しすぎよ」
「冥ちゃん……でも――」
「でももかかしもないよ! 安心して、私がついてるじゃない」
「……ふふっ、うん。そうですね」
ドンッとまでは鳴らないが自分の胸を叩いてさらに胸を張る冥に、鈴鳴は小さく笑って頷いた。
そんな様子を窺っていた三間坂 雪緒(CL2000412)は上手く纏った様子を見て微笑ましいと笑みを浮べていた。
そんな雪緒の傍に阿僧祇 ミズゼリ(CL2001067)は近寄ってきて、すっと1本のペットボトルを渡してくる。
「夜トハ言え、まだ暑いデスからね。水分補給は大切デス」
どこか片言というか独特の発音で喋るミズゼリではあったが、自分より随分と年若い容姿の少女からの厚意に対して雪緒はやはり紳士的に対応する。
「ありがとう、阿僧祇君。助かるよ」
「イエ、コレも看護師の仕事ですカラ」
微笑むミズゼリから受け取ったペットボトルの蓋を開け、雪緒はそれに口を付ける。
自分でも思っていたより喉が渇いていたようで、雪緒は喉を2回ほど鳴らしてからペットボトルから口を放す。
「うん、美味しい」
「ソレは良かった。離宮院サマも、如何デス?」
「ボクの分もあるんですか? それなら頂きますっ」
差し出されたペットボトルに、離宮院・太郎丸(CL2000131)は笑顔でそれを受け取った。
「彼方達、随分と寛いでるね」
そんな3人に少し呆れた様子で美錠 紅(CL2000176)が言葉を零す。
「あっ、でもまだ予知の時間まで時間がありますし。それに前準備も大事ですよっ」
ちょっと慌てながら太郎丸はそう言葉を返す。
「気を抜いているわけではないから安心していいよ。ただ少し、肩の力を抜いているだけさ」
そう雪緒も続ける。
紅が自分の腕時計を確認すると、予知の時間まではあと45分ほど時間がある。もしものことは考えられるが、予知はほぼ100%外れることはないことも知っている。
「……ま、そうね。なら私も一本貰える?」
「エエ、どウゾ。冷えてイテ美味しイデすよ」
紅がミズゼリから受け取ったペットボトルは確かに冷たくて、口にすると少し塩っぽい美味しさが喉を通っていった。
●熱暴走、開始
予知の時刻1分前。覚者達は既にそれぞれの位置についてその時を待つ。
「本当なら爆発なんて見過ごしたくはないんだけれど」
「今回ばかりは仕方がない。それより、どうやら時間のようだ」
紅の言葉に紅玉がそう返したところで、紅玉の視界に異変が訪れた。
一瞬地面が盛り上がったかと思うと、次の瞬間にはその地面が赤く光始め、それはすぐさま眩い閃光と肌を焼く熱線へと変わり、耳を劈くような爆音と共に炎となって噴出してきた。
「さあ、戦いの時間だ」
その言葉がスイッチであったかのように紅玉の体に変化が生まれる。金糸のような輝く髪は瞬く間に黒へと変色し、透き通った青い瞳も今目にした炎が宿ったかのような赤へと変化していた。
さらに彼女が地面を足で一つ叩くと、そこにあった部分が小さなブロックの形を保ちながら分解され、飛び上がったそれは紅玉の纏うセーラー服の上からプロテクターのようにその身を守る鎧を構築していく。
「さて、まずは引き離すのだったな」
準備が整ったのばかりに紅玉は駆け、1体の熱妖に向けて身の丈を越える鉄塊に近い大剣を横薙ぎに叩きつけた。
「これは効くかしら?」
そう口にしたのは灰白色の髪をした大人の女性だった。先ほどまでこの場にいなかったように思える彼女は、その面影と服装を見るに冥が覚醒した姿であった。
冥は手にしたバケツを振りかぶり、熱妖に対してその中身をぶちまけた。その瞬間、じゅうっという音と共に爆発的に白い水蒸気が周囲に拡散する。
「わわっ、熱っ! 清衣さんやっぱそれは駄目みたいですっ」
「どうやらそのようです」
丁度その熱妖に近づいていた太郎丸がその水蒸気に巻き込まれていて、思わず悲鳴を上げる。
そして彼の言う通り、冥から見ても熱妖は対して堪えた様子もなく、やはりただ水をかけるだけでは意味がないようだ。
「気を取り直して、君はこっちですっ!」
太郎丸の手の甲にある空色の刺青が輝きだし、かざした熱妖の頭上に黒い雷雲を作り出す。
そして太郎丸がその手を下へと振り下ろせば、雷雲から雷が落ち熱妖の蜃気楼のような体を裂くように貫いていく。
すると熱妖はその攻撃に引かれるようにして太郎丸の方向へとゆらゆらと移動を始める。
「どうやらある程度攻撃すれば引きつけられるようだね」
そう言いながら雪緒は蛇のような縦割れの瞳を大きく見開き、そこに映る熱妖へ向けてハンドガンの引き金を引いた。
鉛で出来た弾丸は熱妖の体を貫き、そのまま後ろにある林へと抜けていく。だがその体を弾丸が通過する度にその体が微かに震えるところを見ると、物理攻撃も無駄ではないようだ。
そして雪緒の読み通り、その熱妖も攻撃してきた雪緒に向けてゆっくりと近づいていく。
「これなら分断は問題なさそうですね。では、次の段階に移りましょう」
誡女はその言葉と共に機械化した腕を熱妖達に向ける。すると彼女の腕から白い霧が噴き出し、それが熱妖達の体に纏わりつく。
それはじゅうっと音を立てながら徐々に消えていくが、僅かに熱妖の動きが鈍ったように感じられた。
「各個撃破で行くよ。まずは紅玉担当の妖から!」
猫のようにしなやかに体のバネを活かして紅は地を這うようにして熱妖に接近。そこから掬い上げるようにして片手剣を跳ね上げ、熱妖の体を縦に切り裂いてから更に横薙ぎの一閃でその体を十字に切り裂く。
熱妖の体一瞬4つに分かれるが、じわじわとその体は繋がっていくところを見るにやはり致命傷には遠いようだ。
「フム、ではこレハどうデシょう?」
ミズゼリは取り出した術符をぐっと握りこむ。すると術符はその形を変え、一瞬のうちに小さな種子の形をとった。
それを殴りこむようにして熱妖の内部に叩き込む。すると種子は弾ける様にして如何にも毒々しい黒い液体を撒き散らすが、熱妖は僅かにそれを嫌がる素振りを見せたもののその黒い毒を蒸発させてゆき、あっという間にそれを体外へと排出してしまう。
「次は私達です。行きますよ、鈴鳴」
「任せてください!」
冥はその手の中に水球を作り出し、鈴鳴が手にする水色と白のコントラストをした戦旗を振るうとその場に風が集束してゆき一つの弾丸を作り上げる。
放たれた水と風の一撃は熱妖の体を直撃し、その蜃気楼のような体の半分近くを吹き飛ばした。
だがそれでも活動停止には追い込めていないようで、揺らめいたその体から突如凄まじい熱気を冥と鈴鳴に向けて吹き付けてくる。
「そうはさせない」
だが、それが後衛に届く前に紅玉がその射線に割り込み、その大剣を盾に熱息を防ぐ。かなりの熱さに黒い大剣の一部が赤熱化するが、紅玉は表情一つ変えずにそれを防いで最後には剣を振るい熱妖を退ける。
「やっぱり一筋縄には行かないようだ」
熱妖の意外なタフさに雪緒はそんな感想を零す。そうしてる間に受け持っていた熱妖が急接近して来るが、雪緒は盾を構えてそれを受け止める。
盾は一瞬のうちに高温になり、雪緒はこのままでは盾が持たないと判断して一歩飛び退る。
だが、その雪緒がその動きを見せたところで熱妖は突然標的を変えたのかふらふらと別の方向へと移動を始める。
それに呼応するかのようにして、集中攻撃を受けている熱妖以外の2体も同じ方向へと動き出した。
「っ! これは不味い」
雪緒が再度攻撃するが、それには全く反応を示さない。他の2体も同じ様子だ。
そしてそのまま3体の熱妖達が1箇所に集い、急速にその熱量を増大さえてゆく。
「皆さん、爆発がきますよっ!」
太郎丸の警告の声が届くとほぼ同時に、熱妖達のいる場所から紅蓮の炎が噴き出した。
肌を叩きつけるような空気の波動が覚者達を襲い、常人では火傷では済まない熱線がばら撒かれる。
「やってくれましたね。盾がなければ熱いじゃすみませんでした」
咄嗟に盾を構えて爆発を凌いだ誡女だったが、その盾の熱に晒された正面の部分は赤熱化し、表面部分が僅かに溶けてしまっている。
「二回目をやらせる訳にはいかないね」
「けほっ。防御してるだけじゃなくて、積極的に攻撃もしないと駄目みたいですっ」
同じく近距離で爆発を受けたものの、盾で被害を抑えていた雪緒と太郎丸は各々の武器を取り出して構え直した。
●残暑
「これでぇ、二匹目!」
紅のその宣言と共に1匹の熱妖が十字を描くように切り裂かれ、かなり小さくなっていたその体が空気に溶けるようにして霧散していく。
「やれやれ、蛇の丸焼けにはならずに済んだようだね」
やや皮肉交じりの自虐を口にしながら自分が担当していた熱妖の消滅を雪緒は見送った。
熱妖を抑えている間に腕の部分を焼かれてしまい、焼け焦げた服の下に赤くなった蛇の鱗を纏う肌が露出している。
「三間坂さん、大丈夫ですか? すぐに治療します」
そんな雪緒の腕を取って、鈴鳴はそっとその火傷に手を添えた。その指先からぽつぽつと水滴が零れたかと思うと、その水は雪緒の体に吸い込まれるようにして消えてゆき、赤く腫れていたその肌を元の色へと戻していく。
「ありがとう、守衛野君。さて、傷が癒えたならば前線に戻らないとね」
残り2体となった熱妖だが、やはりそのタフさは厄介なもので。特に物理攻撃の通りが悪いのが辛いところだ。
「氣力が半分を切ってしまいました。皆さん、大丈夫です?」
強い力を使うには相応の消費がある。冥も思っていた以上にスキルを使った為、このまま行くと全てを倒しきる前に力を使い果たしてしまいそうだった。
どうやら他の仲間達も同じようで、体力的なところはまだしも、今までのペースで攻撃に力を注ぎ込むのは難しい状態だ。
「けど今手を緩める訳にはいきませんね。また妖同士が接触して爆発されたら溜まりませんから」
誡女はそういって鞭を振るい、熱妖の体へと打ちつける。彼女の言う通り、ここでもう一度爆発をされたら形勢が逆転されてしまうかもしれない。
それだけならいいが、もしかしたらその隙に熱妖に逃げられてしまう可能性もある。それだけはさせるわけにはいかない。
「ならば諸君。今こそ己の正義を貫く時だ」
それすなわち、全力をもって攻撃するということである。
それを示すべく紅玉はその大剣で地面を叩く。すると地面は砕け、その割れた地面から鋭い石槍が伸び熱妖の体を貫いた。
一度霧散した熱妖の体が再構築を始めるが、そこに間髪いれずに空色をした球状の砲弾が襲い掛かる。
「伊弉冉さんの言う通りです。ここは一気に畳み掛けてしまいましょうっ!」
「ソウですね。陸上に住まう者の都合で申し訳無い限リデすが、悪い妖ニハここで消エテ貰いマス」
ミズゼリもそれに同意し、作り出した種子を投げつける。急成長した種は一瞬で巨大な棘へと変わり熱妖の体を地面に縫いとめるようにして突き刺さる。
「いい加減しつこいのです。そろそろ、消えてください!」
冥が手を広げてその熱妖へと向ける。放たれるのは槍のように敵を貫く為の波動。空気を切り裂きながら進んだそれは、熱妖の頭部と思わしき場所を捉えると、その部分を弾き飛ばした。
その一撃を受け、熱妖の体が一瞬震えたかと思うとこれまでの別の熱妖と同じように空気に溶けるようにして消え始める。
そして残った1匹の熱妖はすぐさま覚者達によって取り囲まれる。
「さあ、こいつで最後の1匹。ここまできたら後は畳み掛けるのみ!」
紅の声と共に、皆が最後の力を振り絞って攻撃に注力する。
斬撃、刺突、衝撃、波動。物理と特殊の力を持って、一つの妖を殲滅せんとその力が殺到する。
「これでおしまい! 旗よ、風を巻き起こせ……妖祓の風をっ!」
最後に鈴鳴が力強く旗を振るった。ひらめく旗から放たれた風の弾丸は熱妖の体を貫いて、ついに形を保てなくなった熱妖はその姿をゆっくりとその場で溶かして消えて行く。
暫しの静寂が訪れ、覚者達は暫しそのまま熱妖が消えていった空間を見つめる。
「これで終わり、でしょうか。無事妖退治完了ですね」
誡女の言葉を受けて、覚者達はそれぞれが手にしていた武器を下ろした。
●PM10:54
覚者達は公園の平穏を取り戻す仕事を完了させ、FiVEの別動班に連絡も入れたのでもう暫くすれば迎えがくるはずである。
「サテ、伊弉冉サマ。傷を見せテクださい」
「問題ない。掠り傷だ」
「イエ、小さな怪我デモ慢心はいケマせん」
その待ち時間の間に覚者達はそれぞれの後片付けを始める。
因みに治療をしようとするミズゼリと、それを拒む紅玉の押し問答はつい先ほどから3回目のことであった。
「けど本当に今の戦い、1時間もなかったんですね。2~3時間は戦ってる気分でした」
そう感想を零したのは太郎丸だった。
「確かに危ないところもあったからね。妖達が突然こちらを無視して集まって爆発した時は肝が冷えたよ」
雪緒もそう口にして太郎丸の言葉に頷いてみせる。
今振り返ってみればよく咄嗟に体が動いたなと自分を褒めたい場面も幾つかあった。やはり、日頃の鍛錬は大切である。
「そういえば爆発した後処理ってどうするんだろう。公園だし、役所に連絡したほうがいいのかな?」
「うーん。今回は妖絡みでもあったし、FiVEの調査班とか総務班が何とかしてくれるんじゃない?」
爆発して出来たちょっとした大穴を覗き込みながら、紅はそう口にした。
そしてそれに戦いが終わってすっかり元の少女の姿に戻った冥は少し首を捻った後に、そんな返事を返した。
「とりあえずガス管など重要なものが爆発した様子はないし、少なくとも今は急ぐことはなさそうですね」
爆発跡に関しては誡女の言葉の通りで、何れにせよ後処理に関してはFiVEの専門の班に任せれば問題ないだろう。
そしてそんな彼や彼女達から少し離れた遊具の上で、鈴鳴は戦旗を立てて風に吹かせながら空を見つめていた。
「どうかしたのか、鈴鳴」
そんな彼女に声をかけたのは、ミズゼリから漸く解放された紅玉だった。その腕に包帯が巻かれているのを見ると、根負けしたか、無理矢理治療されたようだ。
「紅玉ちゃん。うん、ちゃんと精一杯頑張れたかなって」
鈴鳴は少し照れくさそうにはにかんでそう応える。それと友達の前でかっこ悪いとこ見せなかったかも、と言う気持ちは心の中に仕舞っておいて。
「公園の被害は中央広場の地面のみ。一般人に被害は無く、仲間も全員無事だ。誰も文句はないだろう」
「そうかな?」
「そうだ」
それでも問うてきた鈴鳴に、紅玉は即答で返す。
「もー、鈴鳴は本当に真面目さんよね。ほら、もっと喜ぶのよ!」
と、そこでこっそり聞いていたのか冥がひょっこり顔をだした。
「皆、どうやら迎えがきたようだよ」
そこで公園の入り口の方から雪緒の言葉も聞こえてきた。
「さっ、帰るよ。おいしい飲み物が待ってるはずよ」
「うん、帰ろっか。飲み物、どんなのが準備されてるかな」
ニッと笑みを浮べた冥は鈴鳴に手を差しだす。鈴鳴もそれに頷いて返し、公園の出口へと一緒に向かった。
最後に残った紅玉が戦場となった公園の広場を一度見やり、一言だけ呟いた。
「次の戦場は何処になるだろうか」
その言葉に続く達観と希望の言葉をそれぞれ飲み込み、彼女もまた夜の公園に背を向けた。
