命を乗っ取る毒の針
【闇黒蜂】命を乗っ取る毒の針



 一日目は、胸に赤いできものができていた。触れてもいないのに棚から皿が落ちて、怪我をした。
 二日目は、赤いできものが広がっていた。今日は何もない場所で転んだ。
 三日目は、赤いできものが痒い。車が突っ込んできて危うく死にそうになった。
 四日目は、更に痒みが増した。今日は頭上から鉢植えが落ちてきた。
 五日目は、更に更に痒みが増す。病院へ行く途中、階段で転びそうに。
 六日目は、痒い、痒い、痒い、痒い、痒い。掻き毟る、血が出ても、皮膚が爛れても。
 七日目は、

 ……そこで手記は途絶えていた。

 手記を書いた人物は、既に葬式を終え、墓の下で眠っている。
 だが、縁者は或る日彼を見た。
 紛れもなく彼の姿であった。
 もしかしたら、それは彼の幻であるかもしれない。
 もしかしたら、それは彼とは別のものであるかもしれない。
 もしかしたら、妖怪の悪戯であるかもしれない。
 けれど、何故だろう―――名前を呼んでしまったのは。
 未だ、彼の家の電話にかけてみれば、彼が電話に出るような気がする。そんな、死が実感できていない時期であるからだろうか。
 振り返った彼。
 いつもの笑顔で、挨拶を返してくれた。
 照れ気味になると、首の後ろを掻く癖までぴたりと一致していた。
 何より、こちらの名前をも呼んでくれた。彼しか呼ばないあだ名で。
 紛れもない、これは彼である。
 だとしたら、あの葬式は夢であったのか。我々は何の葬式をし、悲しんでいたのか。
 全部、悪い夢であったのだろう。

 彼に近寄ったその刹那、彼は縁者の首を食いちぎった。


 久方 相馬(nCL2000004)は険しい顔をして立っていた。
「七日間、『不幸』が起きて。
 七日目で、『必ず死亡』する。
 最近……かな、そんな噂が日本中で広まってんだ。
 最初はそんなのあるもんか!! って、俺も思ったんだけど。
 同じ症例の被害者が必ず七日目には死んでいる。全員同じ『発疹』と、『痒み』と、『不幸』らしい出来事があった……らしい。他にも色々と共通点はあるんだぜ。例えば、能力者では無い人間ばかりとか、死んだ後に死んだ人物を見たとか。
 今はまだ、原因は不明だ。
 医療機関とかも色々と調べ始めているらしいことも聞いた。同じく能力者の視点からも調べたほうがいいかもって思う。もしかしたら、他の組織も調べ始めてるかもしれないけど!
 だから、FiVEもそれを調べていこうと思う!」
 噂なら、噂。
 それ以上でも以下でも無く。
 只、何も無い偶然の産物であるのなら、笑い話で終えられるのだが。
「日本中が、それで『恐怖』してんだ。なんとか、解決してやらないとな!」
 険しい顔から、笑顔になった相馬が一度サムズアップ。
「そこで、だ! 俺、誉められてもいいかもしれないぜ!
 ある手記を残した被害者と瓜二つの人間が、別の人間を襲っているのを夢で見た。
 まずは、そこから辿って行こう。
 ドッペルゲンガーってやつかな、ってくらいには、瓜二つなんだ。
 でもその人、既に火葬されているそうだから、歩いていることは絶対におかしいことだ。今はまだ、妖か、古妖の仕業か、それとも別かは不明だ。
 可能なだけ、調べてきて欲しい。宜しく頼むぜ。
 ……ん? 今、そこに氷雨がいたような気がするぜ……気のせい、だったかな」


 七星剣、とある幹部の妹である逢魔ヶ時氷雨は、会議室から逃げるようにして足を動かしていた。
「七日で死ぬ、痒み、発疹……悪い冗談だよ、ほんっと!! 悪い……冗談……」
 氷雨は指先を見た。
 赤い液体が指先から垂れて、地に点々と跡を残す。
 爪と指の間には、掻き毟った肉片がつまっていた。
 ぼろぼろに傷ついた首を服で隠し、服の上からまた掻いた。
 掻いた、掻いて、掻いても、痒い。
「冗談だよね」
 三日前からであった。

 あと、四日。


 新たに、こんな噂が日本を徘徊していた。
『七日で必ず死ぬ病』
『血が抜かれた死体』
『死者が蘇る薬』

 これはその、『七日で必ず死ぬ病』の物語である。


■シナリオ詳細
種別:シリーズ
難易度:普通
担当ST:工藤狂斎
■成功条件
1.情報を何かひとつでも持って帰る
2.縁者の生存
3.なし
 僕が行っているシリーズシナリオ【緋色蜘蛛】とは別視点のシナリオになります
 二つのシリーズは何かしら共通点があります
 最終的には緋色蜘蛛に合流することがあるかもしれませんが、無いかもしれません
 その為、緋色蜘蛛の内容を知らなくても全く問題はありません!
 完全独立したシナリオは展開されていきます

 当シリーズシナリオ【闇黒蜂】は、シリーズがひとつ進むごとに一日経過します
 現在、(氷雨の)四日目です
 次回、五日目になります。七日目になったら察してください

●状況
・七日目で必ず死ぬ病が発生している。
 本当にそれは病なのか。色々な場所が原因を探している。
 FiVEでもそれを探そうと思う。まずは、七日目で死んだ男が起こす事件から調査だ

 おや、氷雨の様子がおかしい。

●彼×1
・破綻者か能力者か妖か古妖か呪具か、はたまた別の何かか不明
 彼は、OP内で手記を書いた『生前の彼』と同じ容姿と記憶を有しております
 攻撃性が高く、人に仇を成す存在であり、何故だか身体能力は人間の比を超えております
 言語は理解できるようです。話も可能ですが、会話が成立するかは分かりません

 攻撃方法は、食いちぎる、他、一切不明、武具の類は無し
 単体敵として、それなりに強いです

●縁者×1
・生前の彼の縁者です。彼の名前を呼び、近づいていきます
 男です、一応覚者ではあるようです。
 彩の因子の紋があります

●逢魔ヶ時氷雨
・元イレブン憤怒者、七星剣幹部逢魔ヶ時紫雨の実妹
 女子中学生ですが、連射式の銃を使う事と、事件現場の隠蔽を行う程度が可能です、使えるかどうかは別

 今回は、こっそり後ろからついてきております
 近くに寄ると『不幸』が発生します

●場所
・深夜、大通り
 人気無し、戦闘にペナルティは無し

 それではご縁がありましたら、よろしくお願いします
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2016年05月18日

■メイン参加者 6人■

『星唄う魔女』
秋津洲 いのり(CL2000268)
『花守人』
三島 柾(CL2001148)
『Queue』
クー・ルルーヴ(CL2000403)
『アイティオトミア』
氷門・有為(CL2000042)


「誰だ?」
 五月にしては肌寒く、透き通る空間に声が響いた。
 『百合の追憶』三島 柾(CL2001148)の声だ。彼は振り向く事無く背後の気配へと呼びかけたとき、気配の主は一瞬身体を揺らしてから脇道へ姿を隠した。
 そしてまた、そろっと顔を出しては『天使の卵』栗落花 渚(CL2001360)と目線が合い。再び逃げるように壁へと姿を隠した。
 彼女は。
「氷雨さん」
 渚は名を呼びながら、出かけたため息を飲み込んだ。
「こっちに来ちゃダメだよ。良くないことが起こるかもなんだ」
「えっ、あぁ………たまたまそこらへんに用事が」
「こんな夜中にですか」
「うう」
 ついに観念したように氷雨は大通りへ姿を現してから、弁解の理由を考えているのか手が右往左往していた。
 納屋 タヱ子(CL2000019)はそんな氷雨の姿に驚いたように足が止まり、しかしすぐに氷雨へ向かって歩き出す。
「氷雨さん、何故こんな所に……」
「ええーっとそれはだから、用事が!」
 という所で見覚えがある人物が七人の隣を駆け抜けていった。あれは確か、縁者と呼ばれた人物であろうか。何かに気を取られているのか、覚者や氷雨が世界に存在していないように夢中になって走っていたのだ。
 放っておいてはまずいことは、この場の誰もが理解している。
「護衛対象を発見しました。これより戦闘体勢へと入ります」
 『Queue』クー・ルルーヴ(CL2000403)の両腕両膝の先が逆毛立ち、デファンスが空中にふわりと浮かんだのを掴む。
「ちょっと待った」
 『アイティオトミア』氷門・有為(CL2000042)の細長い五指が、縁者の服を掴んで進行を止め、そして訳も分からず振り向いてから左右をみた縁者が「ひい!?」と声を出した。
 『二兎の救い手』秋津洲 いのり(CL2000268)の持つ懐中電灯の光が、何者かの足を灯した。まあるい光の中で、足は一歩ずつこちらへ歩み。
 そして、男の甘い顔が笑った。


「あんたたち、一体なんなんだ! 離せ!」
 縁者を掴む有為の手が緩むことは無い。無表情であれど、有為は縁者を巻き込ませられないと守りの意志をむけていた。
 彼は裏側の世界とは縁の無い縁者に過ぎない。その縁者という言葉も、間抜けな呼び方になっているだろう。
「そっちは何も、行動しないんですか?」
 有為は睨むように彼を見た。
 有為という知らぬ人物に捕まる縁者をみても、眉ひとつ変えない『彼』は明らかに不自然だ。
「氷雨」
「な、なによ……ちょっと、命令しないでよ、分かってるよ!」
 右手ひとつを後方へ振り、危ないから下がっていろと体言した柾に従い、渋々氷雨は後ろへと下がる。
「お前は……誰だ?」
 柾の質問に、『彼』は顔を斜めに傾けた。
『俺が誰かだって? そんなの、そっちの人間が知ってる』
「ああそうだ! そいつは俺の親戚で、つい先日死――んん?!」
 縁者は自分が何を言っているのかわからないという顔で、言葉を噛んだ。縁者も未だ、頭の中で本当は混乱しているのだ。
 有為は縁者から手を離したものの、縁者は縁者で彼に近づく素振りを見せない。
 渚は一応と、彼と縁者の間に割って入ってから、縁者を後方へと押した。
「この人の縁者さんだよね。この人、生前通りじゃないんだ。危ないから後ろに下がってて」
 続くようにタヱ子が大丈夫ですからと一言付け加えてから、
「我々は、夢見を擁する覚者組織、FiVEです」
 縁者はタヱ子たちの言葉を全て鵜呑みにした訳では無いが、確かに縁者が知っている彼が死んでいる事実と揺らいでいるようだ。不承不承ではあったが、少しずつ彼から離れていく、それでいいのだろう。
 その間、いのりは彼へ魔眼により探りを入れていた。
 命令事態は何でもいい。だがしかし、彼は顔色ひとつ変える気配が無い。
「手記を残されていますね。胸にできものが出来た日か、その前日に変わった事はありませんでしたか?」
『手記! ああ、あれは日課でね。変わったことねえ……そうだ、塩と砂糖をいれるビンが逆になっていた』
「知らない人や動物と接触したとか。何かを受け取り、開封したとか? 或いは、誰かの不幸に巻き込まれたとか?」
『愛犬がいてね、だが太り気味でダイエットさせないと。不幸? さあね、歩いていたらアイスを持った幼女とぶつかった――』
 彼は、確かに真実を語っている。だが、それはいのりたちが欲しい情報では無い。
 つまり。
「話さないということですね」
『察しのいい子で助かるよ。まあいい! この俺が人間無いのは上がってしまってるようだ、その部分は観念しよう』
 肩をすくめてから、参ったと両手を上げた彼。
「お前!!」
 縁者は噛みつくように前へ出ようとしたのを、タヱ子は止めつつ顔を横に振った。彼女のまっすぐな目線に一度歯噛みしてから、縁者は叫ぶように言葉を選ぶ。
「あんた、……死んだ、あいつじゃ、ないのか」
『いや? あいつだよ』
「もうぜんっぜんわかんないよ!」
「落ち着いてください! アレはもう、貴方の知ってる人では無いかと思いますので」
「畜生! ならなんでそんな姿してやがる!!」
 今にも飛び出しそうな縁者を、タヱ子は抑え続けたものの。ここにきて縁者は足から崩れた。
 けれど、タヱ子は呼びかける。縁者の知っている本当の彼の魂をここに降ろして。
「あ……」
 縁者は見上げた。
 本当は、タヱ子にしか見えない『本当の彼』の魂が、一瞬だけ縁者にも見えたように。
「畜生、先々週一緒に飲んだのが最後だなんて、早すぎんだよ!!」
 縁者が叫んだとき、タヱ子には申し訳なさそうに笑った本当の彼が見えていた。
 ――柾は続けた。
「お前は、俺達が介入しなければそこの人物を殺すつもりだったようだが、何か目的があっての事か?」
『俺らに「殺すな」というほうが無理だ。けど俺はまだマシな方だよ、蜘蛛を見てみろ、最早手あたり次第だ』
「……妖がそんな思考だったな」
『おいおい止めてくれよ。こんな悠長に喋るんだ、言語さえ知らぬ獣と一緒にしないでくれ』
 確かに、妖は本能的かつ言葉が通じ合わないものたちが多い。
 一部言語を知りながら思考している妖がいるとすれば、それはかなりの高ランクの存在となる。
 目の前の彼はどうだ。確かに思考しながら、悠長に喋りつつ、覚者との会話を躱す思考能力を持っている。
 クーは続けた。
「発疹や痒みはもう無いのですか? お腹は空いていますか?」
『そうだね、もう無い。腹は、それなりには空いているよ。君たちが――餌になってくれるのかな」
 タヱ子は放つ、神秘の領域を。呼応し、弾かれた彼。
「それはどうでしょう、貴方に私が噛みちぎれたのなら認めてもいいですよ」
『憎らしいねえ』


 笑い声とともに、彼は『人』という形を諦めた。作り替えられるように肥大しだ腕は、黒く、そして虫の足のように硬く尖る。
 即座に反応した有為がオルペウスを横から振り上げ、彼の頬に傷を残す。だが、そこから血は流れない。
「全く。不幸ですか……。情報を見る限り襲っているのは不運です」
『へえ? 襲っていると、よくわかったね?』
 有為がぽろりと零した言葉に、彼は反応した。核心はついていないが、なかなか答えに近いものを言っていた。
 一先ず、反発するように離れた有為と彼。彼の背後に廻った柾は、首の紋から炎色を灯しながら、同じ色を纏わせる両腕を右・左と連打し彼の背を突いた。
 氷雨が銃を構えたが、
「後ろへ下がってください! 相手の正体がわかっていません!」
 タヱ子が言葉で制したことで、氷雨は銃を抱いて夜道を走った。
『ああ、あのお嬢さんも、その内、こちらのものになる』
「なぜです」
 いのりは冥王の杖を掲げ、風を纏わせる。どこからか、霧を運んでは彼の身体をそれで多いながら自由を奪わんと。
『さあ。……若い女はいい。夜が捗るだろ?』
 三日月のように避けた口、そして振られた彼の腕が伸び、鞭のようにしなった。狙われたのは、縁者を守るタヱ子だ。だがタヱ子は撓った敵の腕をシールドで弾き、身体には赤い線がついただけ。
 驚いたように、されど称賛したように戻した腕で拍手喝采。彼は、殺しあっている状況をわかっていないのか、余裕だ。
『おや、計算違いか。硬いね?』
「これが、守るべき力の意味ですから」
 覚者の力は、他の誰かを守る力。過去は知らぬが、未来を見据えた少女の身体と意志は、石よりも鋼よりも堅く君臨しているのだ。

 クーは指の中で懐中電灯をくるりと廻し、彼の上を照らす。だがそこには糸のようなものは映ってはいない。
 蜘蛛を倒した班が見たもの『糸づたいに敵が操られていた』ことだが、目の前の彼はそういうものでは無いようだ。
『ああ、俺は何かを操ることはしないんだ。俺は、俺しか信用していないからね』
 見透かされたように、彼はクーに話しかけてきた。
 鞭のように柔らかく、そして硬質化した腕を上から落とされデファンスで受け止める。衝撃に、クーの足下のコンクリートがいくらか凹み、彼女の腕をも軋んだ。
「妖が、しかも低ランクの妖が、よく喋りますね」
 クーはエネミースキャンで解析を行っていた。この彼という男、妖のランクとしてはたったの二。
 つまり、このように喋ることや思考することは、普通あり得ないこと。
『俺はね、人間は嫌いでは無いんだ。人間が俺を育ててくれて、たくさんの情報を与えてくれる』
 クーは飛び出し、デファンスを握りなおしてから衝撃を叩き込む。同時に黄金に輝く瞳から圧力を発し、彼の動きを鈍らせた。
『だからこうやって。殺した身としては、懺悔を示していて。悲しみ帯びる縁者に会いに来て、安らぎを与えていたんだけどね』
「死者は蘇りません。死者を真似るのは、冒涜行為です。そして、食い殺すことに何が懺悔ですか」
 人型だと思わないで戦闘しようと思っていた有為の考えは当たっていた。
 変幻自在と言えばいいのか、手足伸ばしつつ、茨のトゲのような四肢が横から降り注ぐ雨のように展開されていく。
 試されているのか。有為は僅かな攻撃の隙間を縫っては、棘を身体に掠めつつもオルペウスを握った。棘ごと振り切り、そして指が一本消えた彼はきょとんとしていた。痛覚は無いのか。

 柾が仕掛けたとき、彼は一瞬別の方向を見る。
 大通りに面していた店の看板をだ。何故そんなものを、柾は思うが刹那異様な音をたてて看板は元居た場所を離れて、柾の身体へと一直線へ。そして吹き飛ばした。
『いやな不幸だ』
「サイコキネシスか!!」
 引きちぎれるように割れた看板の間から這い出たところで、彼の傷は渚が受け持つ。
 回復を手繰りに構築しながらも、渚の目線は彼を舐めるように見ていた。生前の手記のことが正しいのならば、不幸の際にできた傷があってもいい。
 だがしかし、そのような類のものは一切見当たらない。彼は、生き写しではあれど、写された男の身体そのものでは無い。
 彼は周囲に存在する看板や柵、果ては標識や自動販売機を浮かせた。
『はは、これじゃあ……町が迷惑だね』
 恐らくあのサイコキネシスにより浮かせた物物をぶつけてくる、そんな力押しの戦法に切り替えたようだ。
 再び、いのりは冥王の杖へ力を送り込んだ。彼と同じく、七日で死んだ人間の悲しみや辛さを思えば、いのりは手を止める訳にはいかなかった。そして訴えかけるように、気持ちよりも先に言葉が出る。
「これ以上、罪もない人々を巻き込むのは許しませんよ!!」
『それは人間側の都合だねえ』
 妖とは分かり合えないものか、思考レベルで食い違う。
 一点へ気を集中させ、いのりが呼び出した波動が地面を蛇のように駆けてから、彼の片腕を飛ばした。
『おや、これは油断したね。少女と思い、油断したよ』
「これでも一七歳の姿です」
『俺より年上だ』

 投げ込まれた自動販売機や、鋭くねじ切れられた標識が飛び、背中で震えながら足を竦ませた縁者を守る為にタヱ子は物理の暴風を薙ぎ払い続けた。
 盾は割れることは無いけれども、タヱ子の両腕や、盾を持つ部位は青黒く肌が変色しつつある。
『なかなか、壊れないのも素晴らしいね』
「縁者さんとの記憶があるのなら、縁者だけでも見逃す心も覚えているのではないのですか」
『人間が決めた言葉にはめて欲しくないけど。妖に、そう言われてもね』
 ひしゃげた自動販売機の角がタヱ子の身体をビリヤードのように弾く。縁者は何かを叫んでいたが、タヱ子の耳には聞き辛い。
「もうやめてくれよ」
 と縁者は言っていたのだが、彼は、
『はは』
 と冷たい笑みを零すばかりだ。
 その時であった、遥か方向。氷雨のほうより不気味な音が聞こえる。何かが割れて、何かが軋む音。
 氷雨は見上げた。ビルに繋がっていた非常階段が崩れながら、氷雨めがけて落ちてきていた。
「そんなことある!?」
「氷雨!!」
 柾は氷雨の方向へと走り始め、渚は冷静に問う。
「あれも、貴方のサイコキネシスですか?」
『そうであって、そうじゃないねえ。俺という「厄病神」が起こした不幸では無いね』
 飛び出した、クーと有為。そこへ渚の気の弾丸に、いのりの衝撃破が加わり、攻勢の包囲が仕上がった。
「このまま、クーたちと来てもらいます」
『それは、いやだね』
 衝撃に空気が振動し、遥か後ろでは階段の崩れる轟音が響く。

『覚えておけ。
 俺は九頭竜所属、「厄病神」。到底、あんた達には倒せない。そ、俺は神だからね――』

 膝から崩れた彼を捕縛せんと、渚が手を出したとき。彼は己の首を断った。


 砂煙が舞い上がり、割れ、折れ、ひしゃげる鉄骨が散乱。その僅かな隙間で柾は氷雨を抱えていた。
「無事か?」
「……私のこと、守らなくていいよ」
 悲しい顔をした氷雨の頭を、柾はぽんぽんと撫でた。そこに、必ず守ると強固な約束を残して。
「大丈夫ですか!」
「ああ、なんとか……」
 後衛にいたいのりが滑り込むように走ってきており、更にその後ろを仲間が追ってきている。
「直接お会いするのは初めてですが、智雨様の妹でいらっしゃるのですね」
「うん。お姉ちゃんのこと、知ってるんだ?」
「ええ、まあ……。それで、いきなり話が変わってしますのですが」
「うん。これの事かな」
 氷雨は首に巻いていた布を取り、掻き毟った痕を晒した。指先が若干赤く染まり、肉片が詰まっていることに柾は暗い表情を落とす。
「お前も同じ病にかかっているんだな。生きたいと言っていたのに」
 いのりは氷雨の手を握り、祈るように。
「変わった事はありませんでしたか?」
「無いなあ。ああ、でも、動物じゃないけど黒い蜂が飛んでたのを叩き落とそうとしたくらいかな」
「黒い蜂ですか?」
「うん。ちょっとおっきめの蝿みたいなの。部屋に入ってきたから、殺そうとした。それが……いつの間にか、いなくなっちゃったんだよね」
 黒い蜂。
 やはりアレルギー反応のようなものであろうか。虫と言われて、そう思う者も多いだろう。
 タヱ子は氷雨に深想水をかけながら言う。
「黒い蜂ですか。さっきの本当の彼に、交霊術で聞いてみたんですが、同じように虫がいたと言っておりました。痒みが出たのは、その次の日だそうで。
 大変言いにくいですが……死ぬ瞬間は、よく、覚えていないそうです。
 あ、深想水でも駄目そうですね」
「助けようとしてくれてありがとう」 
 素直に感謝されたことに。いや、タヱ子としては、助けるという言葉に胸を刺されたようであった。
「こんな所で言う事じゃないんですけど……智雨さんの事、その……私は」
「……またお姉ちゃんの話聞かせてね」

 クーは縁者の方へ振り返った。
 縁者は、また葬式しねえとな、なんて冗談を言いながら辛そうに、そしてどこか怒りに震えていた。
「生前の彼は、様子が変わったところはありましたか?」
「それが、彼とは中々会っていなくてね」
「彼が書いた手記は、ありますか?」
「確か、遺品整理のときにあったかな、今度、FiVEに送ればいいか?」
 クーは彼の死体をみたとき。そこには彼の死体が消えていた。
 代わりに、頭が外れた黒い小さな虫が転がっていた。
「これは……」

 ちりん、と鈴の音のような音が響く。

『それは、芽殖孤虫ですが』

 有為はオルペウスを持ち切っ先を向けた。
「お前は、蜘蛛を狩った奴らが言っていた古妖か」
『蜘蛛にも多種多様存在してまして、果たしてどの蜘蛛か知りえませんが。薬売りと、申します』
 顔は隠しながらも、明らかに人間では無い装束がいつの間にか紛れていたのだ。
「ここで何をしようとしていた。返答次第では」
 渚こそ、構えつつ薬売りを警戒する。
『……二つの命を、一つの身体で共有する人間を多く目撃しておりますが』
 薬売りは、氷雨を指さした。
『一つの器に、命は一つが限界ですが。弱い人間は、『七日かけて殺される』様をよく見かけますが』
 クーは言う。
「さっきの、芽殖孤虫とは?」
『人間が知る現実のものとは別種ですが。先程、倒した男は成虫の姿ですが』
「厄病神ですか?」
『神とはよくいったもの。集合体は、全て同じ意識の下で生きている不可思議な妖ですが』
 薬売りの指が氷雨を指した。
『体内の芽殖孤虫を殺す薬の生成法を教える代わりに、「血雨」の遺骸を要求しますが……?
 さあ、どうします、人間』
 顔を隠した裏では、きっと笑っていたことだろう。

 一人、ついていけていない縁者は、焦ったように、
「と、とりあえず、助けてくれて、ありがとうな……?」
 おろおろしていた。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
ここはミラーサイトです