高速道路の星
●
――side a fellow passenger――
「こんなにトンネルが多いと、耳がおかしくなりそー」
フロントにぶら下がった人形を指でつつきながら、女は隣でハンドルを握っている男に話しかけた。
定期的に話しかけないと、この男はすぐに舟を漕いでしまうのだ。
「山が多いからね。もう三十分くらいでトンネル地帯は抜けられるから、それまで辛抱してくれ」
三十分かー、と背中を座席に預け、女は金に染めた髪をくるくるといじり始める。
じっとしていると落ち着かない性質は、女のいいところでもあり、悪いところでもあった。
車はトンネルを抜け、山間の道をひた走る。
「そういえば、この辺だったかな」
おもむろに男が口を開いた。
二人の会話はほとんどの場合において女から始まるため、女は少し意外そうな表情を浮かべる。
「トンネルとトンネルの間に“ひとだま”が出るって話。それを見た人は必ず事故るとか何とか」
嬉しそうに話す男を見て、女は少々呆れたような顔をした。
思えばこの男、大学時代はオカルト研に属していたほどの超常現象フェチである。
自分から話しかけるときはまず間違いなくこの手の話題だと、先に気づくべきだった。
まったく、どうしてこんな男を好きになったのか――と、女は自分の頭を心配する。
「アレじゃないの? 見た人がみーんな事故ってるなら誰が噂を広めたんだ、とかゆー……」
「事故を起こしたからといって、みんな必ず死んでしまうわけじゃないさ」
あそっか、と女は一瞬で論破された。
道は緩やかなカーブを描き、次のトンネルは未だ見えない。
女は怪談話が妙に気になって、男のズボンの裾をそっと掴んだ。
先ほどから同一車線上はおろか、対向車線を走る車さえも全然いないのだから、ちょっとばかり心細くなるのは当然である。
だが、暗い車内でも男が苦笑しているのがわかり、女は頬を膨らませた。
数瞬の静寂。
緩やかなカーブが終わりを告げ、遠くトンネルから、対向車が二つのライトを光らせ出てくるのが見える。
「よかったね、どうやらひとだまは出なかったみたいだ」
バカにして、と女は右手を離した。
対向車はどんどん近づき、やがてすれ違――。
「……うそ」
――女は目を疑う。
男もまた、恐ろしいものを見たような顔で硬直していた。
「バイク……」
やっとの思いで女は声を振り絞る。
「バイク、だったよね……今の……」
男は答えない。
だが、女は確かに見たのだ。
二つのライトのうち、片方はバイクのもので、もう片方は――。
「見ちゃった、ひとだま……どうしよ……」
女の呼びかけに、男は今なお沈黙しか返さない。
「ねえ、聞いてるの……?」
「……ブレーキが、利かないんだ」
これまで見たこともないほど深刻な表情。
男の伸びきった左脚は、それが嘘でないことを如実に物語っていた。
●
――side You――
「山曜自動車道で相次いでいる単独事故だが、このたび生存者の主張に一貫性があることが判明した」
中恭介(nCL2000002)は資料に目を落としながら、淡々とした口調で概要を話す。
「ここ数ヶ月の単独事故にのみ焦点を当てたところ、全員が事故の直前、“ひとだま”を見たとの証言が得られた」
ひとだま――よく墓石や幽霊の周囲を飛んでいるアレだろうか、と“あなた”は考えた。
「この証言が見られ始める少し前、バイクの走り屋がひとり、これも単独事故で亡くなっている。F.i.V.E.はまだ深く捜査できていないのが現状だが、この走り屋が一枚噛んでいることはほぼ間違いないだろう」
手元の資料に当該人物のプロフィールが纏められていた。
二十六歳没の女性で、普段はサイクルショップの看板娘だった、とある。
「全身打撲で即死だったらしい。同行していた走り屋仲間は、二ヶ月以上経過した現在もショックから立ち直れず引きこもり状態。スタッフが控えめにアプローチを続けているが、踏み込んだ話をすることは難しいかもしれん」
なるほど――目の前で仲間が死んでしまうというのは、想像を絶する苦痛なのだろう。
「あまり憶測でものを言うべきではないかもしれないが、走り屋の無念が妖化している可能性も考えられる。諸君には速やかに“ひとだま”の処理をお願いしたい」
――side a fellow passenger――
「こんなにトンネルが多いと、耳がおかしくなりそー」
フロントにぶら下がった人形を指でつつきながら、女は隣でハンドルを握っている男に話しかけた。
定期的に話しかけないと、この男はすぐに舟を漕いでしまうのだ。
「山が多いからね。もう三十分くらいでトンネル地帯は抜けられるから、それまで辛抱してくれ」
三十分かー、と背中を座席に預け、女は金に染めた髪をくるくるといじり始める。
じっとしていると落ち着かない性質は、女のいいところでもあり、悪いところでもあった。
車はトンネルを抜け、山間の道をひた走る。
「そういえば、この辺だったかな」
おもむろに男が口を開いた。
二人の会話はほとんどの場合において女から始まるため、女は少し意外そうな表情を浮かべる。
「トンネルとトンネルの間に“ひとだま”が出るって話。それを見た人は必ず事故るとか何とか」
嬉しそうに話す男を見て、女は少々呆れたような顔をした。
思えばこの男、大学時代はオカルト研に属していたほどの超常現象フェチである。
自分から話しかけるときはまず間違いなくこの手の話題だと、先に気づくべきだった。
まったく、どうしてこんな男を好きになったのか――と、女は自分の頭を心配する。
「アレじゃないの? 見た人がみーんな事故ってるなら誰が噂を広めたんだ、とかゆー……」
「事故を起こしたからといって、みんな必ず死んでしまうわけじゃないさ」
あそっか、と女は一瞬で論破された。
道は緩やかなカーブを描き、次のトンネルは未だ見えない。
女は怪談話が妙に気になって、男のズボンの裾をそっと掴んだ。
先ほどから同一車線上はおろか、対向車線を走る車さえも全然いないのだから、ちょっとばかり心細くなるのは当然である。
だが、暗い車内でも男が苦笑しているのがわかり、女は頬を膨らませた。
数瞬の静寂。
緩やかなカーブが終わりを告げ、遠くトンネルから、対向車が二つのライトを光らせ出てくるのが見える。
「よかったね、どうやらひとだまは出なかったみたいだ」
バカにして、と女は右手を離した。
対向車はどんどん近づき、やがてすれ違――。
「……うそ」
――女は目を疑う。
男もまた、恐ろしいものを見たような顔で硬直していた。
「バイク……」
やっとの思いで女は声を振り絞る。
「バイク、だったよね……今の……」
男は答えない。
だが、女は確かに見たのだ。
二つのライトのうち、片方はバイクのもので、もう片方は――。
「見ちゃった、ひとだま……どうしよ……」
女の呼びかけに、男は今なお沈黙しか返さない。
「ねえ、聞いてるの……?」
「……ブレーキが、利かないんだ」
これまで見たこともないほど深刻な表情。
男の伸びきった左脚は、それが嘘でないことを如実に物語っていた。
●
――side You――
「山曜自動車道で相次いでいる単独事故だが、このたび生存者の主張に一貫性があることが判明した」
中恭介(nCL2000002)は資料に目を落としながら、淡々とした口調で概要を話す。
「ここ数ヶ月の単独事故にのみ焦点を当てたところ、全員が事故の直前、“ひとだま”を見たとの証言が得られた」
ひとだま――よく墓石や幽霊の周囲を飛んでいるアレだろうか、と“あなた”は考えた。
「この証言が見られ始める少し前、バイクの走り屋がひとり、これも単独事故で亡くなっている。F.i.V.E.はまだ深く捜査できていないのが現状だが、この走り屋が一枚噛んでいることはほぼ間違いないだろう」
手元の資料に当該人物のプロフィールが纏められていた。
二十六歳没の女性で、普段はサイクルショップの看板娘だった、とある。
「全身打撲で即死だったらしい。同行していた走り屋仲間は、二ヶ月以上経過した現在もショックから立ち直れず引きこもり状態。スタッフが控えめにアプローチを続けているが、踏み込んだ話をすることは難しいかもしれん」
なるほど――目の前で仲間が死んでしまうというのは、想像を絶する苦痛なのだろう。
「あまり憶測でものを言うべきではないかもしれないが、走り屋の無念が妖化している可能性も考えられる。諸君には速やかに“ひとだま”の処理をお願いしたい」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖の討伐
2.ミッション中、事故を起こさない
3.なし
2.ミッション中、事故を起こさない
3.なし
今回はハイなウェイのスターっぽい依頼です。妖というよりは環境が最大の敵。
●敵情報
①ひとだま(ランク2・心霊系)
高速道路のとあるトンネルとトンネルの間に出現し、複数の事故を誘発したとみられる。
多くの証言において“バイクの横を並走するように飛んでおり、最初は車のライトと勘違いした”とされる。
パッシブ【飛行】持ち。
・過去、走……物近単[貫2:前100後50]【ノックバック】
・現在、飛……特遠単
・未来、無……自付 攻+50【混乱】
●環境情報
【高速道路】
・出動は夜中、車は平均して毎分二台ほど通ります。トラックなど大型の車が多めです。
・片側二車線の広々とした高速道路です。深い山間部のため、路面以外に余裕を持って戦えるスペースはありません。
・時間帯は夜中ですが、路上の明るさは道路交通法の規定により、昼ほどではないまでもかなり明るいです。
・反対に、道路以外の場所は鬱蒼と茂った針葉樹林であり、非常に暗く足場も不安定です。
【調査関係】
・今回は昼に招集があったため、現場に向かう前に多少の時間的猶予があります。調査などをする場合はこの時間でどうぞ。
・死亡した走り屋の同行者は基本的に引きこもっていますが、事故に関することを直接は話せないというだけで、スキルなどを最大限活用すれば有力な情報を得ることも可能かもしれません。
・ちなみに、“ひとだま”の隣を走っていたバイクのライダー(OPに登場した人物も含む)に可能なかぎりコンタクトを取ったところ、誰も“ひとだま”の存在には気づいていなかったとのことです(当然、バイク乗りの方は事故を起こしていません)。
【その他】
・“ひとだま”にエンカウントするためには、バイクの乗り手をひとり用意すると確実性が増すと思われます。
・周囲の環境を著しく損壊するようなプレイングは、F.i.V.E.のコンプライアンス上できません。
・間接的、直接的の別を問わず、走行中の車を一台でも事故に遭わせた場合、即失敗判定となります。
では、よろしくお願いいたします。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年05月14日
2016年05月14日
■メイン参加者 8人■

●
――side Yusuke Kazamatsuri――
「車に轢き逃げされた走り屋の無念が妖に……? そんな単純な話じゃねえだろ、これは」
何ともきな臭い事件だ――と、『ゴシップ記者』風祭・誘輔(CL2001092)は短くなった煙草を車内用の灰皿に押しつけた。
新たな煙草をケースから取り出し、愛用のライターで手早く火を点ける。
胸一杯に煙を吸い込むと、冴え冴えとした頭で誘助は情報を整理した。
「問題の娘が仏になった事故は記事を読むかぎり単独……轢き逃げの線はおろか、同行者すらも関係ねえ……」
信号が赤に変わり、誘助は交差点を左折する。
「単独でも死に至る事故はあるんですのね。心が痛みますわ……」
『二兎の救い手』秋津洲 いのり(CL2000268)が憂いの言葉を口にした。
「意外かも知れないが、死亡事故の二割は単独だったりするんだぜ。原因はまちまちだけどよ」
誘助は仕事柄、多方面の数字や統計に明るい。
そんな彼の勘が、今回の一件は少々込み入った事情がありそうだと告げていた。
「さて、そろそろ奴さんのお宅だ。頼んだぜ、お嬢ちゃん」
「ええ……心を開いてくださればよいのですが。こればかりは、お顔を窺ってみないことには何とも言えませんわね」
●
――side Rei Narukami――
六時間後、午後九時――煌々と明かりの灯る二十四時間営業のパーキングエリアにて。
大型車両の他は数えるほどしか車のない広大な駐車場で、八人の覚者は最後の情報共有に勤しんでいた。
「鳴神ちゃんからは以上。ざっと纏めるなら、こちら側の走行車線確保と、トンネル間の一時的な徐行表示だね」
『裏切者』鳴神 零(CL2000669)の成果報告に、少しばかり希望が見えたような空気が場に流れた。
「警察に掛け合ってもらって正解だったな。F.i.V.E.の権限のみではそこまでの措置は難しかった」
『百合の追憶』三島 柾(CL2001148)が言う。
「で、私と一緒に署まで来たけど、完全に別行動だった不死川さんは?」
「え、俺?」
零に水を向けられた不死川 苦役(CL2000720)は、指で器用に弄んでいたペットボトルをぽろりと取り落とす。
「あー、警察屋さんは善良な市民アレルギーなんだよ、きっと。たぶん、お仲間屋さんのところに行った二人の方が詳しいんじゃね?」
渡されたマイクをそのまま受け流すような不死川の態度に、零は呆れたような顔をした。
しかし、亡くなった女性の同行者から直接情報を聞き出せているとすれば、それが最も貴重な証言であることも事実。
自然、皆の目は誘助といのりの方へ集まることとなる。
「俺が話すか?」
「いえ、いのりからお話させてください――」
いのりは小さな咳払いを前置きに、昼の出来事を話し始める。
「――結論から言えば、お話を伺うことはできましたわ。でも、いのりの想像していた反応とは、少し違いましたの……」
●
――side Raicho Kazamatsuri――
情報共有と、それを基にした簡単な打ち合わせを終え、一同は現地へ向かうため各々の乗り物に散開した。
「レッツタンデム! 密着するバディアンドバディ、そしてパフューム! 俺の天国はここにあったんだ!」
『史上最速』風祭・雷鳥(CL2000909)の単車に指をわきわきさせながら同乗し、不死川はいつも通りの軽口を叩く。
「で、きみ本当はどこまで分かってんの?」
しかし、雷鳥は至って冷静に切り返した――不死川苦役という人物が警察から何ら情報を得ることなく大人しく引き下がるという絵面が、彼女には想像できないのだ。
フルフェイスヘルメットに阻まれミラー越しにも表情は覗えないが、不死川の纏う雰囲気が少しだけ変化したことは確実だった。
「ポニーちゃん、馬だけど鹿じゃないねぇ。でも残念、時間切れ」
「なに意味わからんないこと言って……」
「そろそろ出発だ、ふたりとも! 徐行表示は午後十時まで、あまり余裕はない――」
大型バンの運転席から赤坂・仁(CL2000426)が顔を覗かせる。
「なるほど……じゃあ、わたし流のやり方で吐いてもらうとしようかな」
雷鳥は不死川の言葉を挑戦と受け止め、即座に愛車のエンジンをふかしてクラッチを繋ぐ。
「ふふ、この不死川さんを脅そうったってそうは……って、ちょ、速い速い速い速ぁああああああ――」
無茶はしないと決めてきたが――同乗者がご希望とあらば仕方ない、そう仕方ない。
雷鳥はヘルメットの内側で不敵に微笑み、高速道路を駆け抜ける一迅の風となった。
●
――side Amata Shisui――
「ちょ、ちょっと……あの二人、もう見えなくなるわよ」
前方を走るバイクがあまりにも加速するため、『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)は開いた口が塞がらなかった。
「問題ない。こちらは六人乗せているが、エンジンの出力は圧倒的だ」
仁はギアを滑らせるように五速へ入れ、顔色ひとつ変えずにアクセルをべったりと踏み込む。
「なんか趣旨変わってない!? 峠を攻めにきたんじゃないのよ!」
「まあまあ、男ってやつは誰でもスピード狂なんだ。赤坂の運転技術は本物だし、ここは楽しんだもん勝ちだろ」
柾のフォローは全然フォローになっていなかった。
「に、にーさま助けてぇ……」
「ところで酒々井様。打ち合わせの際はあまり発言されませんでしたが――何かご存知のことはございませんか?」
やけに落ち着いた調子のいのりに質問され、数多は年上として威厳を示さざるを得ない。
「ん……私はひとだまを見たっていう人たちにちやほや……じゃない、話を聞いてきたんだけど。それこそ“ひとだまを見た”っていうこと以外に共通点はなかったわ。年齢も同乗者数も車種も色もメーカーも、一貫性はなし。手がかりらしいことは何も掴めなかったから、敢えて何にも言わなかったのよ」
それを聞いて、誘助はぴくりと反応した。
「おいおい嬢ちゃん、そりゃお手柄じゃねえか」
「え、なんで……?」
「一貫性の欠如ってのは、場合によっちゃ半端な一貫性より役立つ情報になるんだよ。これでようやく――ピースが繋がったな」
●
――side Inori Akitsushima――
昼間の出来事を、いのりは反芻する。
訪れたいのりたちを――いや、もっと別の何かを、同行者の“彼”は畏怖していた。
彼がしきりに口にしたことは、自責と悔恨と謝罪の言葉。
許しを請うようでいて、あれは許しを得るための道から最もかけ離れている――いわば、自身に対する呪詛に近い。
それは同時に、死亡した“彼女”をも現世に縛りつけかねない負の想いだ。
死者が最も憂うこと――それは恐らく“遺された者の枷となること”ではないかと、いのりは考える。
「問題のトンネルを確認。これより減速する」
業務的に言うと、仁はトンネルの手前の少し拓けた空間にバンを停めた。
「よし、走るぞ! 予定通り俺と酒々井は先行、後の者は順次参戦してくれ!」
柾の号令を受け、車を降りた面々が駆け出す。
いのりは十七歳の姿となり、他の覚者に負けないようトンネルの端を急いだ。
「高速道路のトンネルにも路側帯はあるんですのね」
いのりはこれまで気にしたこともなかったが、万が一車が動かなくなった際などに使うのかもしれない。
この世は知らないことに満ちている――。
トンネルを抜け、またしばし走ると、警察が配置したと思しき車線変更を促す誘導灯、電光掲示板などが見えてきた。
その更に先、四人の覚者とひとだまが、既に戦闘を開始している。
「敵影発見。交通事故の原因を確実に排除する」
「さて、特ダネゲットなるか――」
「なんだ、上手いこといったんじゃない。キッド、林の方まで灯りを! 死角はない方がいいわよね」
いのりと共に走る三人は、各々臨戦態勢に入った。
どんな経緯があろうとも、妖は倒す以外に道はない――いのりもまた形見の杖を構え、戦線に加わった。
●
――side Kueki Shinazugawa――
「槍刺して止まるとか正気かな!?」
エキセントリックすぎる減速方法に、苦役は本気で死ぬかと思った。
「しかも急に“ハンドル任せた”とか言って手ェ離すか普通! 危うく本当に天国行くかと思ったぜ……」
「ふうん、やっぱ“見ちゃうと”ブレーキ利かなくなるんだな。バイクの連中はたまたま誰も振り返らなかっただけってことか」
「パーフェクト無視!」
「さ、話す気になった? “後ろのやつ”と戦いながらでよければ聞くよ」
いつの間にか三肢を馬と為した雷鳥の言葉に振り向くと、もの凄い速度でひとだまが接近していた。
「っぶね……あーあー、借りができちゃったじゃん」
すんでのところで回避すると、苦役は瞳を紅く染めて臨戦態勢に入る。
「言っとくけど、ぜんぶ俺の妄想だかんね。時間を稼ぐ間の余興だと思ってよ」
最初、苦役は警察が嘘を吐いているのではないかと疑った。
それほどまでに、一連の事故には一貫性がない――“一連”と呼ぶことさえ不自然なほどに。
しかし、苦役は逆に考えた。
もしやこの一件、犯人などいないのではないか、と。
「犯人がいない――?」
回避に専念しつつ、雷鳥は苦役に疑問を返す。
「いや、ぶっちゃけ勘よ? ただなんか、明確な恨みの対象があるって感じじゃない。今回の件からは意志が感じられない」
意志――言葉を変えるなら指標、指向性。
“こんな奴が許せない”という、心霊現象の必須項目が欠落しているのだ。
「なるほどね。それがあんたの推理ってわけだ――わたしも昼にここへ来て、全く同じことを思ったよ」
「丸パクリかな!? まあいいけどさ……」
韋駄天のごとく迫る二人が遠くに確認できる――あと二十秒かそこらで合流できるだろう。
「さて、それじゃあそろそろお口にチャック。神様んとこへの片道切符、俺が切ってやるよ――」
●
――side Jin Akasaka――
仁は真相の解明に興味がある人間ではない。
今回の件も裏に色々と複雑な事情が渦巻いていることは理解している。
だが、それと任務の遂行とは全く関係がないことだ。
「戦線形成完了。走行車両に最大の注意を払い、ただちに目標を処理する」
敵はランク2に位置づけられた妖が一体のみ――油断さえしなければ、こちらの戦力が圧倒的である。
仁は即座に内なる炎を目覚めさせ、身体能力を跳ね上げた。
誘助の機関銃と息を合わせ、大口径のリボルバーから自らの精神力で生成した弾丸を撃ち放つ。
いのりの撒いた霧が立ち込める中、柾の炎、雷鳥の雷、数多の真空波、苦役の棘が容赦なく追い打ちをかける。
零が変形した腕で刀を二度振るうと、ひとだまは絶叫を上げてその炎を強めた。
「なに、この子――自分から混乱して……」
ひとだまの在り方に違和感を覚えたのか、零は一旦攻撃の手を休め相手の動向を窺う素振りを見せた。
「気をつけて、鳴神ちゃん。この敵からは“意志”が感じられない――」
「それ俺の推理!」
雷鳥と苦役が口を挟む。
「へえ、不死川もそこまで辿り着いてたってわけか。ゴシップ向いてんじゃねえの?」
誘助が茶々を入れたところで、敵は自分でも理解できていなさそうな挙動で隊列に突っ込んできた。
「させない――っ」
前列の数多が身を呈し、中列の仁がそれを受け止める。
後列のいのりまで巻き込むことは避けられたが――。
――複雑な軌道で接触したためか、ふたりは隊列から弾き出され、数多は追い越し車線まで体の一部が出てしまった。
「まずい、トラックが来るぞ!」
柾の匂玉と数多のわんわんがほぼ同時に車を探知する――徐行しているはずだとはいえ、その質量は脅威だ。
「呼ばれて飛び出て苦役シールドかっこ物理!」
苦役が身を挺して数多を走行車線に連れ戻す。
トラックのクラクションと同時に、苦役もまた中央分離帯を蹴って隊列に舞い戻った。
多くの覚者が苦役の動向に意識を奪われる中、仁はひとだまから目を離していない。
覚者の隊列を大きく乱して宙へと旋回したひとだまは――さらに煌々と燃え上がり、ますます深い混乱へと陥っていた。
●
――side Masaki Mishima――
あまりにも哀れなひとだまの暴走に、柾の心は軋んだ。
「なあ、風祭……兄。教えてくれ、こいつは一体なんなんだよ」
煙草の煙を吐き出しつつ、誘助は答える。
「何も難しいことはないぜ。こいつは既に妖で、倒すしか方法は――」
「それは分かってる!」
「――ただ、こいつは自分が持つ負の感情で妖になったわけじゃねえ。もともとは仲間の“あいつは恨んでいるに違いない”という強い思い込みでこの世に縛りつけられた地縛霊だ」
地縛霊――仲間の負の感情によって成仏できず彷徨っていたところを付け込まれ、妖になったということか。
柾は膨れ上がったひとだまを見て、得も言われぬ気持ちになる。
妖は妖、倒す他に道はない――だがこの結末は、少し悲しすぎるのではないか。
「もう、そこまで――」
と、数多が自らの内で増幅させた火行の力を、二筋の剣戟に換えて妖に刻んだ。
「――死んだらそこでおしまいなの。誰も貴女を縛るべきじゃないし、そんなことはさせない」
「確かに貴女の未来はもうない――」
さらに零が刀を構え、抱擁するかのごとく妖を刺し貫く。
「――でも、だからこそ。貴女がここに縛られ続ける道理はない……そうでしょ、“ひとえ”さん」
零の一撃が決定打になったのか、それとも別の要因があったのかは定かではない。
いずれにせよ、ひとだまは破裂するように消えてなくなると、後には煌めく粒子だけが残留した。
「解放、されたんだな――彼女は」
柾は天を仰ぎ、全てが終わったことを実感する。
まだ若い女性の悲劇――仲間のこと、ショップのこと、これからの人生のこと。
遺してきたものは多いだろう。
だが、仲間や家族、触れ合った沢山の人々――そして、覚者の心にも。
彼女の記憶は残り続ける。
やがて時間が彼らの傷を癒やしたとて、痕跡が全て消失するわけではない。
「朝がきたら、星は消えるんだ」
誰かが呟いた。
「それなら、夜の間は余韻に浸ってもいいわけだな」
柾はそう応えると、掌に乗った光の粒子を強く握り締めた。
――Mission cleared.
――side Yusuke Kazamatsuri――
「車に轢き逃げされた走り屋の無念が妖に……? そんな単純な話じゃねえだろ、これは」
何ともきな臭い事件だ――と、『ゴシップ記者』風祭・誘輔(CL2001092)は短くなった煙草を車内用の灰皿に押しつけた。
新たな煙草をケースから取り出し、愛用のライターで手早く火を点ける。
胸一杯に煙を吸い込むと、冴え冴えとした頭で誘助は情報を整理した。
「問題の娘が仏になった事故は記事を読むかぎり単独……轢き逃げの線はおろか、同行者すらも関係ねえ……」
信号が赤に変わり、誘助は交差点を左折する。
「単独でも死に至る事故はあるんですのね。心が痛みますわ……」
『二兎の救い手』秋津洲 いのり(CL2000268)が憂いの言葉を口にした。
「意外かも知れないが、死亡事故の二割は単独だったりするんだぜ。原因はまちまちだけどよ」
誘助は仕事柄、多方面の数字や統計に明るい。
そんな彼の勘が、今回の一件は少々込み入った事情がありそうだと告げていた。
「さて、そろそろ奴さんのお宅だ。頼んだぜ、お嬢ちゃん」
「ええ……心を開いてくださればよいのですが。こればかりは、お顔を窺ってみないことには何とも言えませんわね」
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――side Rei Narukami――
六時間後、午後九時――煌々と明かりの灯る二十四時間営業のパーキングエリアにて。
大型車両の他は数えるほどしか車のない広大な駐車場で、八人の覚者は最後の情報共有に勤しんでいた。
「鳴神ちゃんからは以上。ざっと纏めるなら、こちら側の走行車線確保と、トンネル間の一時的な徐行表示だね」
『裏切者』鳴神 零(CL2000669)の成果報告に、少しばかり希望が見えたような空気が場に流れた。
「警察に掛け合ってもらって正解だったな。F.i.V.E.の権限のみではそこまでの措置は難しかった」
『百合の追憶』三島 柾(CL2001148)が言う。
「で、私と一緒に署まで来たけど、完全に別行動だった不死川さんは?」
「え、俺?」
零に水を向けられた不死川 苦役(CL2000720)は、指で器用に弄んでいたペットボトルをぽろりと取り落とす。
「あー、警察屋さんは善良な市民アレルギーなんだよ、きっと。たぶん、お仲間屋さんのところに行った二人の方が詳しいんじゃね?」
渡されたマイクをそのまま受け流すような不死川の態度に、零は呆れたような顔をした。
しかし、亡くなった女性の同行者から直接情報を聞き出せているとすれば、それが最も貴重な証言であることも事実。
自然、皆の目は誘助といのりの方へ集まることとなる。
「俺が話すか?」
「いえ、いのりからお話させてください――」
いのりは小さな咳払いを前置きに、昼の出来事を話し始める。
「――結論から言えば、お話を伺うことはできましたわ。でも、いのりの想像していた反応とは、少し違いましたの……」
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――side Raicho Kazamatsuri――
情報共有と、それを基にした簡単な打ち合わせを終え、一同は現地へ向かうため各々の乗り物に散開した。
「レッツタンデム! 密着するバディアンドバディ、そしてパフューム! 俺の天国はここにあったんだ!」
『史上最速』風祭・雷鳥(CL2000909)の単車に指をわきわきさせながら同乗し、不死川はいつも通りの軽口を叩く。
「で、きみ本当はどこまで分かってんの?」
しかし、雷鳥は至って冷静に切り返した――不死川苦役という人物が警察から何ら情報を得ることなく大人しく引き下がるという絵面が、彼女には想像できないのだ。
フルフェイスヘルメットに阻まれミラー越しにも表情は覗えないが、不死川の纏う雰囲気が少しだけ変化したことは確実だった。
「ポニーちゃん、馬だけど鹿じゃないねぇ。でも残念、時間切れ」
「なに意味わからんないこと言って……」
「そろそろ出発だ、ふたりとも! 徐行表示は午後十時まで、あまり余裕はない――」
大型バンの運転席から赤坂・仁(CL2000426)が顔を覗かせる。
「なるほど……じゃあ、わたし流のやり方で吐いてもらうとしようかな」
雷鳥は不死川の言葉を挑戦と受け止め、即座に愛車のエンジンをふかしてクラッチを繋ぐ。
「ふふ、この不死川さんを脅そうったってそうは……って、ちょ、速い速い速い速ぁああああああ――」
無茶はしないと決めてきたが――同乗者がご希望とあらば仕方ない、そう仕方ない。
雷鳥はヘルメットの内側で不敵に微笑み、高速道路を駆け抜ける一迅の風となった。
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――side Amata Shisui――
「ちょ、ちょっと……あの二人、もう見えなくなるわよ」
前方を走るバイクがあまりにも加速するため、『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)は開いた口が塞がらなかった。
「問題ない。こちらは六人乗せているが、エンジンの出力は圧倒的だ」
仁はギアを滑らせるように五速へ入れ、顔色ひとつ変えずにアクセルをべったりと踏み込む。
「なんか趣旨変わってない!? 峠を攻めにきたんじゃないのよ!」
「まあまあ、男ってやつは誰でもスピード狂なんだ。赤坂の運転技術は本物だし、ここは楽しんだもん勝ちだろ」
柾のフォローは全然フォローになっていなかった。
「に、にーさま助けてぇ……」
「ところで酒々井様。打ち合わせの際はあまり発言されませんでしたが――何かご存知のことはございませんか?」
やけに落ち着いた調子のいのりに質問され、数多は年上として威厳を示さざるを得ない。
「ん……私はひとだまを見たっていう人たちにちやほや……じゃない、話を聞いてきたんだけど。それこそ“ひとだまを見た”っていうこと以外に共通点はなかったわ。年齢も同乗者数も車種も色もメーカーも、一貫性はなし。手がかりらしいことは何も掴めなかったから、敢えて何にも言わなかったのよ」
それを聞いて、誘助はぴくりと反応した。
「おいおい嬢ちゃん、そりゃお手柄じゃねえか」
「え、なんで……?」
「一貫性の欠如ってのは、場合によっちゃ半端な一貫性より役立つ情報になるんだよ。これでようやく――ピースが繋がったな」
●
――side Inori Akitsushima――
昼間の出来事を、いのりは反芻する。
訪れたいのりたちを――いや、もっと別の何かを、同行者の“彼”は畏怖していた。
彼がしきりに口にしたことは、自責と悔恨と謝罪の言葉。
許しを請うようでいて、あれは許しを得るための道から最もかけ離れている――いわば、自身に対する呪詛に近い。
それは同時に、死亡した“彼女”をも現世に縛りつけかねない負の想いだ。
死者が最も憂うこと――それは恐らく“遺された者の枷となること”ではないかと、いのりは考える。
「問題のトンネルを確認。これより減速する」
業務的に言うと、仁はトンネルの手前の少し拓けた空間にバンを停めた。
「よし、走るぞ! 予定通り俺と酒々井は先行、後の者は順次参戦してくれ!」
柾の号令を受け、車を降りた面々が駆け出す。
いのりは十七歳の姿となり、他の覚者に負けないようトンネルの端を急いだ。
「高速道路のトンネルにも路側帯はあるんですのね」
いのりはこれまで気にしたこともなかったが、万が一車が動かなくなった際などに使うのかもしれない。
この世は知らないことに満ちている――。
トンネルを抜け、またしばし走ると、警察が配置したと思しき車線変更を促す誘導灯、電光掲示板などが見えてきた。
その更に先、四人の覚者とひとだまが、既に戦闘を開始している。
「敵影発見。交通事故の原因を確実に排除する」
「さて、特ダネゲットなるか――」
「なんだ、上手いこといったんじゃない。キッド、林の方まで灯りを! 死角はない方がいいわよね」
いのりと共に走る三人は、各々臨戦態勢に入った。
どんな経緯があろうとも、妖は倒す以外に道はない――いのりもまた形見の杖を構え、戦線に加わった。
●
――side Kueki Shinazugawa――
「槍刺して止まるとか正気かな!?」
エキセントリックすぎる減速方法に、苦役は本気で死ぬかと思った。
「しかも急に“ハンドル任せた”とか言って手ェ離すか普通! 危うく本当に天国行くかと思ったぜ……」
「ふうん、やっぱ“見ちゃうと”ブレーキ利かなくなるんだな。バイクの連中はたまたま誰も振り返らなかっただけってことか」
「パーフェクト無視!」
「さ、話す気になった? “後ろのやつ”と戦いながらでよければ聞くよ」
いつの間にか三肢を馬と為した雷鳥の言葉に振り向くと、もの凄い速度でひとだまが接近していた。
「っぶね……あーあー、借りができちゃったじゃん」
すんでのところで回避すると、苦役は瞳を紅く染めて臨戦態勢に入る。
「言っとくけど、ぜんぶ俺の妄想だかんね。時間を稼ぐ間の余興だと思ってよ」
最初、苦役は警察が嘘を吐いているのではないかと疑った。
それほどまでに、一連の事故には一貫性がない――“一連”と呼ぶことさえ不自然なほどに。
しかし、苦役は逆に考えた。
もしやこの一件、犯人などいないのではないか、と。
「犯人がいない――?」
回避に専念しつつ、雷鳥は苦役に疑問を返す。
「いや、ぶっちゃけ勘よ? ただなんか、明確な恨みの対象があるって感じじゃない。今回の件からは意志が感じられない」
意志――言葉を変えるなら指標、指向性。
“こんな奴が許せない”という、心霊現象の必須項目が欠落しているのだ。
「なるほどね。それがあんたの推理ってわけだ――わたしも昼にここへ来て、全く同じことを思ったよ」
「丸パクリかな!? まあいいけどさ……」
韋駄天のごとく迫る二人が遠くに確認できる――あと二十秒かそこらで合流できるだろう。
「さて、それじゃあそろそろお口にチャック。神様んとこへの片道切符、俺が切ってやるよ――」
●
――side Jin Akasaka――
仁は真相の解明に興味がある人間ではない。
今回の件も裏に色々と複雑な事情が渦巻いていることは理解している。
だが、それと任務の遂行とは全く関係がないことだ。
「戦線形成完了。走行車両に最大の注意を払い、ただちに目標を処理する」
敵はランク2に位置づけられた妖が一体のみ――油断さえしなければ、こちらの戦力が圧倒的である。
仁は即座に内なる炎を目覚めさせ、身体能力を跳ね上げた。
誘助の機関銃と息を合わせ、大口径のリボルバーから自らの精神力で生成した弾丸を撃ち放つ。
いのりの撒いた霧が立ち込める中、柾の炎、雷鳥の雷、数多の真空波、苦役の棘が容赦なく追い打ちをかける。
零が変形した腕で刀を二度振るうと、ひとだまは絶叫を上げてその炎を強めた。
「なに、この子――自分から混乱して……」
ひとだまの在り方に違和感を覚えたのか、零は一旦攻撃の手を休め相手の動向を窺う素振りを見せた。
「気をつけて、鳴神ちゃん。この敵からは“意志”が感じられない――」
「それ俺の推理!」
雷鳥と苦役が口を挟む。
「へえ、不死川もそこまで辿り着いてたってわけか。ゴシップ向いてんじゃねえの?」
誘助が茶々を入れたところで、敵は自分でも理解できていなさそうな挙動で隊列に突っ込んできた。
「させない――っ」
前列の数多が身を呈し、中列の仁がそれを受け止める。
後列のいのりまで巻き込むことは避けられたが――。
――複雑な軌道で接触したためか、ふたりは隊列から弾き出され、数多は追い越し車線まで体の一部が出てしまった。
「まずい、トラックが来るぞ!」
柾の匂玉と数多のわんわんがほぼ同時に車を探知する――徐行しているはずだとはいえ、その質量は脅威だ。
「呼ばれて飛び出て苦役シールドかっこ物理!」
苦役が身を挺して数多を走行車線に連れ戻す。
トラックのクラクションと同時に、苦役もまた中央分離帯を蹴って隊列に舞い戻った。
多くの覚者が苦役の動向に意識を奪われる中、仁はひとだまから目を離していない。
覚者の隊列を大きく乱して宙へと旋回したひとだまは――さらに煌々と燃え上がり、ますます深い混乱へと陥っていた。
●
――side Masaki Mishima――
あまりにも哀れなひとだまの暴走に、柾の心は軋んだ。
「なあ、風祭……兄。教えてくれ、こいつは一体なんなんだよ」
煙草の煙を吐き出しつつ、誘助は答える。
「何も難しいことはないぜ。こいつは既に妖で、倒すしか方法は――」
「それは分かってる!」
「――ただ、こいつは自分が持つ負の感情で妖になったわけじゃねえ。もともとは仲間の“あいつは恨んでいるに違いない”という強い思い込みでこの世に縛りつけられた地縛霊だ」
地縛霊――仲間の負の感情によって成仏できず彷徨っていたところを付け込まれ、妖になったということか。
柾は膨れ上がったひとだまを見て、得も言われぬ気持ちになる。
妖は妖、倒す他に道はない――だがこの結末は、少し悲しすぎるのではないか。
「もう、そこまで――」
と、数多が自らの内で増幅させた火行の力を、二筋の剣戟に換えて妖に刻んだ。
「――死んだらそこでおしまいなの。誰も貴女を縛るべきじゃないし、そんなことはさせない」
「確かに貴女の未来はもうない――」
さらに零が刀を構え、抱擁するかのごとく妖を刺し貫く。
「――でも、だからこそ。貴女がここに縛られ続ける道理はない……そうでしょ、“ひとえ”さん」
零の一撃が決定打になったのか、それとも別の要因があったのかは定かではない。
いずれにせよ、ひとだまは破裂するように消えてなくなると、後には煌めく粒子だけが残留した。
「解放、されたんだな――彼女は」
柾は天を仰ぎ、全てが終わったことを実感する。
まだ若い女性の悲劇――仲間のこと、ショップのこと、これからの人生のこと。
遺してきたものは多いだろう。
だが、仲間や家族、触れ合った沢山の人々――そして、覚者の心にも。
彼女の記憶は残り続ける。
やがて時間が彼らの傷を癒やしたとて、痕跡が全て消失するわけではない。
「朝がきたら、星は消えるんだ」
誰かが呟いた。
「それなら、夜の間は余韻に浸ってもいいわけだな」
柾はそう応えると、掌に乗った光の粒子を強く握り締めた。
――Mission cleared.
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『意志を継ぐ者』
取得者:三島 柾(CL2001148)
『慈愛の令嬢』
取得者:秋津洲 いのり(CL2000268)
『高速道路の星』
取得者:風祭・雷鳥(CL2000909)
『アイドル探偵』
取得者:酒々井 数多(CL2000149)
『仕事人』
取得者:赤坂・仁(CL2000426)
『ゴシップ探偵』
取得者:風祭・誘輔(CL2001092)
『介錯人』
取得者:鳴神 零(CL2000669)
『シリアスアレルギー』
取得者:不死川 苦役(CL2000720)
取得者:三島 柾(CL2001148)
『慈愛の令嬢』
取得者:秋津洲 いのり(CL2000268)
『高速道路の星』
取得者:風祭・雷鳥(CL2000909)
『アイドル探偵』
取得者:酒々井 数多(CL2000149)
『仕事人』
取得者:赤坂・仁(CL2000426)
『ゴシップ探偵』
取得者:風祭・誘輔(CL2001092)
『介錯人』
取得者:鳴神 零(CL2000669)
『シリアスアレルギー』
取得者:不死川 苦役(CL2000720)
特殊成果
なし

■あとがき■
今回もお疲れ様でした。
妖は撃破され、核となった走り屋の魂は皆様の活躍で成仏したものと思われます。
余談ですが、自分でOPを読み返していて男が左足でブレーキを踏んでいるという不思議な状況を発見し、何かの伏線に使おうかと画策しましたが無理でした(凡ミス)。
妖は撃破され、核となった走り屋の魂は皆様の活躍で成仏したものと思われます。
余談ですが、自分でOPを読み返していて男が左足でブレーキを踏んでいるという不思議な状況を発見し、何かの伏線に使おうかと画策しましたが無理でした(凡ミス)。
