隔者の妖狩り
隔者の妖狩り


●砕かれた平穏
「姉さん、どうしよう! いきなりあんな覚者に襲われるなんて!」
「とにかく、逃げるしかないわ。いくら覚者といっても、相手は人間。夜目はそんなに利かないはずなんだから、逃げ切れるはずよ!」
 二人の女性が人の気配のない大通りを走る。既に夜の十一時を過ぎており、ただの人間は普通ならば外を出歩かない。そのため、昼間なら人通りの多いアーケードも沈黙している。
「ちっ、逃げ足だけは速いやつらだぜ。おい、お前なら臭いでわかるだろ? あいつら、どっちに逃げやがった?」
「ど、どうやら、二手に分かれたようです。片方……姉の方っすかね。そっちはこの道をずっと直進したところに。もう片方の妹は、どんどん奥まった方に逃げてるみたいです」
 その一分後、今度は二人組の男が同じ大通りに現れた。片方は筋肉質な大柄の男で、パンクファッションに身を包んでいる。もう片方の気弱そうな男は、どこにでもいる大学生のような、やや野暮ったい服装だ。
「けっ、妖の分際で、人間サマを撒けるつもりでいるのかよ。おい、お前は弱っちそうな姉の方を追え。俺は妹をやってやる」
「えっ、姉の方が弱いんすか?」
「お前、最近まで学生だったくせに、算数の一つもできねぇのか? ゼロに何をかけてもゼロだろ。どの道、あんな小物の妖の強さの違いなんて、ゼロとおんなじだ。でも、妹の方が反抗の意思がある感じだっただろ? その方が潰しがいあるじゃねぇか」
「そ、そうっすか。なるほど……」
 兄貴分の言葉をまだ今ひとつ信じられていないが、頷いておく。妖――正しくは古妖、ろくろ首のあの姉妹の強さは、確かに問題ではなさそうだが、この兄貴分は間違いなく自分よりも強いので、反抗することなんてできない。
「しくじるなよ? ……これがお前の初仕事だ。いきなり能力に目覚めて、暴走させちまっていたお前を助けてやったのはこの俺サマなんだ。恩返しだと思って、死ぬ気でやれよ? 女のバケモン一匹やれないようなグズ、捨ててやってもいいんだからな?」
「わ、わかってます! 兄貴にはホント、感謝してますから!」
 数分後、二体の古妖が無残な最期を遂げることになる。妖と古妖の違いもよくわかっていない隔者による、ストレス発散のための「妖狩り」の犠牲になったのだった。
 姉は体を切り裂かれ、妹は残骸もほとんど残らないほど、その体を焼かれていた。


「とにかく悪いのは、この隔者なんだよ! この格好、自分では似合ってると思ってるのかな?」
 久方万里(nCL2000005)は集まった覚者たちに、自身が見た夢の内容を説明した後、ホワイトボードに書いたパンクファッションのリジェクターの容姿をとことんけなしまくっていた。
 覚者たちは苦笑して見守るが、古妖とはいえ、若い女性の姿をした者が二名も殺されたのだ。万里にとってショッキングな夢だったということは予想できるので、あえて何も口出しはしない。
「やってもらいたいことはもちろん、古妖たちを守ること! 地図のこの辺りにあった廃屋で暮らしてたみたいだけど、そこを焼き出されちゃったみたい。そこまで人間に好意的じゃないけど、みんなが隔者と敵対してるってわかれば、襲ってはこないはずだし、そもそもそんなに戦う力はないみたい」
「それでね、お姉さんの方はここの路地裏でやられちゃってて、妹さんはこっちの公園。時間的な余裕はあんまりないから、二手に分かれてもらうしかないかなぁ」
 ボードに貼られた地図の二点がマークされる。姉妹はかなり離れた地点で襲われたようだ。
「こんな隔者、がつーんとやっつけちゃってね! 遠慮はいらないからねー!」
 覚者たちは大きく頷き、すぐに現場へと向かった。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:今生康宏
■成功条件
1.古妖の姉妹の救助
2.隔者二人の撃破
3.なし
OPをご覧いただき、ありがとうございます。今生康宏です。
今回の任務は、追われる古妖を隔者から救い出し、かつその隔者を取り押さえるというものです。

●討伐対象:隔者・兄貴分(暦の因子・火行)
 パンクファッションの筋肉質な大男です。普段は黒髪でこげ茶色の瞳ですが、覚醒時は金髪、金眼に変化します。
自分の力に自信を持っていますが、正規の訓練を受けた覚者や、強力な妖には敵わないということを自覚しているので、一般人や弱い妖・古妖ばかりを狙っている小さい男です。しかし、駆けつけたファイヴのメンバーには若者や女性も多いということで、舐めてかかっている様子……

 使用スキル
 ・炎撃(A:特近単)……拳に炎をまとわせて殴ってきます。火傷をする可能性があります。
 ・火柱(A:特近列)……地面に炎の柱を出現させ、範囲を焼き払います。

 他にも、さすがにケンカ慣れしているため、単純な物理攻撃にも少し注意が必要です。また、自信家なくせに卑怯で狡猾な男なので、追い詰められると何をするかわかりません。

 討伐対象:隔者・弟分(械の因子・土行)
 兄貴分に振り回される、元は善良で、しかし気弱な大学生です。覚醒時は右腕の肘から先が大きな剣に変化します。能力に目覚めた直後は、右腕を制御できず、周りの人を殺すほどはいかなくても傷つけてしまったため、もう社会には戻れないと思い込み、兄貴分に忠誠を誓っています。

 使用スキル
 ・蔵王(A:自)……土の鎧をまとい、防御力を上げます。
 ・蒼鋼壁(A:味単)……特殊攻撃に対して反撃を行うシールドを貼ります。
 ・猟犬(P:自)……技能スキル。非常に鼻が利くため、覚者の接近にもすぐに勘づくことでしょう。

 自分の守りを固めた後、右手の剣で近接攻撃をしかけてきます。未だにやや暴走気味のため、狙いは甘いですが威力はあり、接近戦は危険が伴います。

 救助対象:ろくろ首・姉(古妖)
 やや気弱ですが、聡明なろくろ首姉妹の姉です。かつては日本髪を結っていたこともあるようですが、現代に適用するために髪は普通に下ろしていますが、着物姿なので、ひと目でただ者ではないとわかります。
 ちなみに、姉妹揃って首が抜けるタイプのろくろ首です。
 戦闘能力は低く、彼女自身も戦うのは好きではないため、隔者を撃退できるまで守り抜くか、折を見て逃してやる必要があります。

 救助対象:ろくろ首・妹(古妖)
 気丈で度胸もありますが、パニックには弱いろくろ首姉妹の妹です。今は髪を下ろしているものの、着物姿なのは姉と同様です。
 やはり戦闘能力は低いですが、隔者に対して攻撃を行う意思はあるため、救助後は安全を確保してやれさえすれば、援護を期待できます。もちろん、彼女がやられる訳にはいかないので、戦闘参加させるかは慎重に検討するべきでしょう。

 使用スキル
 ・炎舌(A:特近列)……手元から鞭のような炎を伸ばし、広範囲をなぎ払います。
 ・足噛(A:特遠単)……自分の頭蓋骨を模した力の塊を飛ばして、対象の足に噛み付かせることで動きを鈍化させます。


 兄貴分とは開けた公園、弟分とは狭い路地裏での戦闘となります。二点は大きく離れているため、早く終わった方がもう片方に合流、というのは厳しいでしょう。
 兄貴分は範囲攻撃が可能、弟分は単体攻撃に特化、という特徴と地形を念頭に置いた上で、作戦を立てていただければ幸いです。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2015年09月06日

■メイン参加者 6人■


●凶刃を導け
「ふぅ、ようやく追い詰めたぜ……おい! お前をやれないと、今度は俺が兄貴に何されるかわからないんだ。黙ってやられてくれるよな?」
 右手の肘から先が巨大な一本の剣と化す。あの日から、男を苦しめ続け、今もまた彼を追い詰めている、忌むべき体の一部だった。
「どうして、私たちを襲うの? 私たちが何かあなたたちに――」
「何もしてなくても、お前らは化け物なんだ。怪物は人間に倒される、大昔から繰り返されて来たことだろ? それが今度は、俺とお前の間で起きるだけなんだ……」
 半分は自分に言い聞かせるようにしながら、剣を振り被る。そこで、彼の鋭い嗅覚が新たな数人の人間の接近を感じ取った。兄貴分ではない。かといって、こんな時間に出歩く一般人はいないだろう。――自分の知らない仲間か?
 男は臭いの方向へと向き直る。気にせずに剣を振り下ろしていれば、彼の使命は果たされただろう。しかし、そんな大胆不敵な行動を取れるほど彼はまだ、無法者としての生き方に染まりきってはいない。
 路地の角に光が見える。それも、普通の電灯が放つようなものとは異なる、明らかに彼と「同類」の者が放つような光だ。そして、光の主たちは迷うことなく、初めから男と古妖の場所がわかっていたかのように、素早く接近してくる。
「な、仲間じゃないよな。クソッ、俺の獲物を横取りにでもきたのか?」
 ほとんど反射的に蔵王を用いて、自身の防御力を向上させる。右手には立派な武器があるというのに、あえてそれで先制攻撃を仕掛けるのではなく、守りを固める。そこに彼の本質が見えるようだった。

「七海嬢、ありがとうございます。この暗闇、懐中電灯があるとはいえ、君の“発光”がなければ見通すことは困難だったでしょう」
 軍服を身にまとった少年、『狗吠』時任・千陽(CL2000014)は突入の直前ではあるが落ち着き払って、ここまで路地を照らしてくれていた仲間に声をかける。
「いいえ、暗闇を照らし、人々を導くのは私の役目ですから」
 『蒼炎の道標』七海 灯(CL2000579)は柔らかく微笑んで、仲間の言葉に応える。彼女の体は夜の暗闇の中で輝き、周囲一体だけは昼間のように視界が開けている。
「さて、あまり悠長に構えてもいられまい? 守るべき相手に倒れられる前にゆこうぞ」
 小柄ながらも、風格たっぷりに『神具狩り』深緋・恋呪郎(CL2000237)が言い、二人もそれに頷いた。まずは千陽が先陣を切る。
 既に隔者の弟分は右手を剣へと変じさせ、いつでもそれで戦う準備ができているというのに、彼のすぐ傍にまで歩み寄るその姿には、一欠片の恐れも迷いも感じられない。
「だ、誰だ! 俺とやり合おうってのか?」
「待て、そう慌てるな。我々は古妖のご婦人を保護しにきた。君と戦いにきたわけではない」
 弟分は剣を千陽に向けながら、不信感を顕にする。
「こちらの情報によると君はその力に振り回されているだけだと聞く。その力を行使続ければいつか人を殺めることになるだろう。そうなったら終わりだ。次は君が『狩られる』立場になる。それは君も理解していることだろう」
「な、なんでそのことを……。お、お前らには関係ないことだろ! 俺はどうせもう、普通の生活には戻れないんだ!」
 相手は完全に千陽の方にばかり気が回っている。他の覚者の存在ぐらいには気づいているだろうが、そちらを気にする余裕はない。そうしている内に、恋呪郎が狙われていた古妖、ろくろ首姉妹の姉の保護を終えていた。
「力の使い方がわかっておらん小僧に出くわして、災難じゃったな。しかし、儂らが来たからには安心じゃ。ヌシのことは絶対に守ってやるから、折を見て逃げるがよい」
 同じ頃、灯は言葉ではなく、送心によって姉に語りかける。
『深緋さんが仰っている通り、私たちは覚者ですが、あなたを助けに来ました。あの男性の説得をこれから行いますが、上手くいかず戦闘になるかもしれません。その場合は私たちの後ろへと下がって、隙を見て逃げてもらえますか? 妹さんの方へも、別の仲間が向かっていますので、安心してください』
「事情はわかったわ。……確かに、あなたたちはあの人たちとは違うみたいだし、信用できる。でも、本当に大丈夫? 彼もその兄貴分も、能力はかなり高いわ」
「なに、いくら力があろうと、所詮は素人よ。儂らは鍛え方が違うわ」
 恋呪郎は不敵に笑い、姉を安心させようとする。小柄な彼女が長身である姉を守るという、少しあべこべな構図だが、覚者たちを信じると決意した姉は不安げな表情を打ち払い、尚も説得を続ける千陽の方を見た。
「我々は君たちより訓練されている。戦うとなればこちらに分がある。今なら、投降すれば悪いようにはしない。人道的に君も君の兄貴分も保護される環境を約束しよう」
「な、なんだよ、お前ら……。俺なんかにそんなことまでする義理はないだろ? どうせ、何か裏があるんだ……」
「裏なんてありません。私たちは本当に純粋な気持ちで、あなたに手を差し伸べているんですよ? こんな暗い夜の世界へ一歩踏み出すよりも、勇気を出して光の方へ一歩踏み出してみませんか?」
 送心を終えた灯も、説得に加わる。弟分は二人の言葉をゆっくりと咀嚼するように、左の拳を固めて立ち尽くしていた。

●狂炎を断ち切れ
「さーて、そろそろ追いかけっこも終わりだぜ、嬢ちゃん。ま、つってもバケモンの女には興味ないんだけどな」
 隔者の男、兄貴分が投げやりに火柱を発生させる。それはろくろ首の妹の目の前に立ち上るだけで、彼女の身を焼きはしない。ただ、目の前に発生した炎を彼女が恐れる姿を見る。そのためだけにしたことだった。
「きゃっ!」
「おーおー、いい声出してくれるぜ。やっぱり、どうせやるなら、抵抗する意思のあるやつの心をへし折りつつ、だよな」
 男は上機嫌に笑いながら、次の炎を発生させようとする。そこに夜の闇を切り裂くような、鋭い声が響いた。
「ちょっと待った! 古妖だからって意味もなく襲うような酷いこと、あたしが絶対に許さない!」
「あぁん? 誰だ!」
 『蹴撃系女子』鐡之蔵 禊(CL2000029)が飛び出し、いきなり強烈な蹴りを男に放つ。すんでのところで相手は飛び退って避けたが、ろくろ首の妹と男の距離が離れることになった。
「弱い者いじめなんてさせないんだから! 大丈夫だった?アタシたちが来たからには、もう安心だからね」
 その隙に辻倉 カノエ(CL2000252)が妹を保護し、手を引いて男から更に距離を取る。妹は突然の出来事に困惑しながらも、少なくとも彼女たちが危害を加えようとはしていないことを悟り、それに従う。
「私が傍で守るから、離れないで。悔しいだろうし、戦えるなら協力してくれていいけど、目立ち過ぎないようにね……」
 更に永倉 祝(CL2000103)が妹の護衛につき、弓を構えて男へと向ける。体勢を整えた男は、拳を固めて覚者たちと対峙した。
「クソッ、舐めやがって。見たところ覚者みたいだが、みんな女じゃねぇか。言っとくが、そいつは妖の女なんだぞ。んなもんかばっても仕方ねぇだろ?」
「妖じゃなくて、古妖! あなた、そんな違いもわからなくて恥ずかしくないの?」
「なっ、こいつ……! どいつも傷めつけるには惜しい見た目してるが、覚者ならちょっとぐらいやってもいいだろ。容赦しねぇからな!」
 男は振り被った拳で、炎撃を放つ。避けきれずに炎が禊の体を撫でるが、怯まずに反撃の鋭刃脚を叩き込む。肉体派な見た目通り、男は大して意に介さない様子だ。
「禊さん、大丈夫!? アタシがサポートするから!」
 二人が肉弾戦を繰り広げている内に、カノエが男の後ろを取る。相手は今でこそ自分の優位を確信しているが、ロクな訓練を積んでいない隔者と、ファイヴに所属する覚者三人の戦いだ。自分の不利を悟れば、逃げ出す可能性がある。それを防ぐためにも、挟み撃ちの形は有効だ。
「ありがと! そらっ、これでどう?」
 禊は蹴りを同じ方向からばかり放つ。単調な攻撃は見切られてしまい、虚しく空を切るが、そこにこそ狙いがある。
「避けたところを、狙い撃つ……」
 男が禊の陰から外れたところを、祝がコンパウンドボウで狙うが、これもすんでのところで避けられてしまう。弱い者狙いが主だったとはいえ、それなりに経験は積んできているだけはある。
「なんだなんだ、わかりやすい攻撃ばっかり仕掛けてきやがって。覚者とはいえ、ただのオコサマばっかりって訳か?」
「あれー、まだ気づいてなかったの? ちょっと勘が鈍すぎるんじゃない、オジサン!」
「なっ、誰がおじさんだと! 俺はまだ二十代だ!」
 前衛二人への強化を終えたカノエが、隆槍を放つ。また男はこれを避けるために飛び退き、そこで危うく「鉄の柱」にぶつかりそうになり、慌てて前へと飛び出した。そこに禊の蹴りがクリーンヒットする。
「ぐっ、なんだこれ、滑り台か? くそっ、運が悪いぜ」
「運? 違うよ、あたしたちはここにあなたを誘導したくて、わざと単調な攻撃を仕掛けてたんだから!」
「目先のことばかり気にしているから、足元が疎かになる。あなたの生き方そっくり……」
 よく辺りを見回すと、近くには滑り台と、更にジャングルジムがある。最近は安全のために撤去されていることも多い遊具だが、ここのものは生き残っていたようだ。そこに祝と、ろくろ首の妹が陣取っていた。高所からなら弓による狙撃がしやすいし、妹も安全に遠距離攻撃をすることができる。
「妹さん! そこから攻撃しちゃって! 怖い思いをしたんだから、復讐しちゃえ!」
 カノエは妹にそう言いつつ、自身も隆槍による攻撃を加える。今度は誘導のためではなく、滑り台を利用し、確実に当てるために。
 狙い通りに、滑板が、支柱が、ステップが大きな障害となり、相手は思うように回避行動が取れない。逃げ出しそうになれば、禊かカノエのどちらかがそれを抑えられる形になっていた。
「舐めやがって……てめぇら全員、焼き殺してやる!」
 激情のままに、火柱を発生させる。前衛同士の距離が近かったせいで、炎に二人とも巻き込まれてしまう。有利な状況を作り出せたとはいえ、それまでの誘導のために二人は消耗しているし、相手の攻撃能力も高い。体力の回復ができる味方がいないということもあり、長引かせる訳にはいかない戦いだ。
 炎で打ち払った後、そちらの方が守りが薄いと判断したのか、カノエに対して男が踏み込みながら拳を打ち込もうとする。しかし、その足を止める者がいた。
「さっきはよくも、私と姉さんを追い回してくれたわね!」
 男の太ももには、頭蓋骨……のような、気の塊が食らいついている。戦いを得意とはしないろくろ首の姉妹だが、安全を確保され、落ち着いた今ならば足止めをすることぐらいはできる。さっきまでの恨みも込めた一撃は、そのまま男のももを食いちぎらんばかりに強く噛み付いていた。
「く、くそっ、なんでこの俺がこんな目に遭わないといけねぇんだ……」
「簡単だよ、そんなの。今まであなたは、古妖や一般人を理不尽な目に遭わせてきた。それが自分に返ってきただけでしょ?」
 禊は冷たく言い放つ。
「今まであなたが他人に与えてきた恐怖……それをまとめて今、受けるといい」
 ジャングルジムの上から祝が弓を引き絞って言う。
「そういうこと。しっかり反省してね? オジサン!」
 カノエと禊の攻撃が男を吹き飛ばし、更に追い打ちの矢が降る。男は倒れて、そのまま動かなくなった。
「これで一件落着、か。お姉さんの方に向かったみんなも上手くやれてるかな」
「きっと大丈夫だよ! それにしても、オジサンって言っちゃってたけど、思ったよりもタフだったよね」
「自称だけど二十代みたいだし……」
 覚者たちは集まり、互いの健闘を讃え合い始めた。その後ろで、黒い影がうごめいた。他ならない、さっき倒したはずの男だった!
「せめて……せめて、てめぇだけは殺ってやる!」
 男は上半身だけ起き上がらせ、どこから取り出したのか、右手に握っていた拳銃の引き金を引く。苦し紛れの、ロクに狙いもついていない銃撃のはずだが、不思議なほど奇麗に銃弾はろくろ首の妹を狙って宙を進んでいった。
「っ! ……はぁ、なーんか、ヤな予感はしてたんだけど、的中だったね、当たって欲しくはなかったんだけど」
 少女が凶弾に倒れる。しかし、それは古妖ではなく、覚者だった。
「辻倉っ! 大丈夫!? しっかりして!」
「まだ、動ける体力があったなんて……」
 禊は慌ててカノエに駆け寄り、反対に祝は男を完全に倒そうと弓を向ける。しかし、既に男は意識を失っていた。
「平気だよー。禊さんが戦闘では攻撃を惹きつけてくれてたし、アタシは体力余ってたから」
「ご、ごめんなさい! 私のために……」
 すぐに妹もカノエに駆け寄って頭を下げた。
「アタシたち覚者って、これぐらいの怪我はしょっちゅうだし、明日にはもう治ってるから大丈夫だって。それより、こういう時はごめんなさいより、ありがとうって言ってもらいたいなー、とか思っちゃったり」
「あっ、えっと……ありがとう、ございます」
 カノエを始め、覚者たちは妹に優しく笑いかけて、夜は終わりを迎える。

●夜明け
「結局、戦いは避けられなかったか」
 弟分の説得は、成功したように思えた。しかし、よほど兄貴分が彼にとっては恐ろしい存在だったのだろう。今まで与えられてきた恐怖を、そのまま覚者たちにぶつけるように弟分はその剣を振るってきた。
「少し付き合ってやれば、気が済むことじゃろう。どれ、儂がひとつ稽古をつけてやろう」
 弟分は右腕を闇雲に振るい、覚者たちに襲いかかる。狙いは悪いが、閉所で長い剣を振るうものだから、回避は中々難しい。しかし、千陽がかけた無頼による鈍化が利いたところに、恋呪郎が飛燕による攻撃を与えて流れを制する。
 攻撃を加えていくと、目に見えて弟分の動きは消極的になっていった。元来は小心者なため、ファイヴの覚者との実力差に気圧されてしまったのだろう。
「ち、ちくしょう。でも、せめてあの妖だけでもやらないと、今度は俺が兄貴に――」
 剣を振り回し、弟分がろくろ首の姉へと向かう。しかし、覚者たちはいずれも前衛に立ち、その行く手を阻む。相手は防御面に優れた能力を持つとはいえ、ほとんど状況は決していた。
「貴方も、本当はこんなこと、やめにしたいのでしょう? 心の優しい人だということは、戦っていてもわかります」
「そうだ、君も本当に今のままでいいと思っている訳ではあるまい。今ならまだ間に合う、闇に飲まれる前の今ならば」
 隙を見て、尚も説得を試みようと灯が訴えかける。千陽も油断なく武器を向けつつ、救いの手を差し伸べた。
「でも、こんな腕でまともに生きていくことなんて……俺は俺自身が怖いんだ! あんな口ばっかりのやつよりも!」
「何を恐れることがあるというのじゃ。その腕、多少見てくれが変わった処でヌシの腕じゃろう。それを受け入れ、今までと同じように、自分の体の一部として当たり前に振るえばよい」
 振り下ろされる剣を受け止め、恋呪郎が諭す。それまで狂ったように動いていた彼の腕は、動きを緩やかにしていき、やがて完全に沈黙する。
「そして、その腕で掴みましょう。明るい、未来を……」
 弟分は崩れ落ちた。そして、震えながら涙を流す。
「俺なんかに、未来はあるのかな……? 今も、あんたたちを傷つけてしまった。今までも、何人も傷つけてしまった。こんな俺が、許されるのか?」
「何をつまらんことを言っておるのじゃ。己の力を上手く扱えない覚者など世の中にごまんとおるわ。これから慣らしていけばよい」
「それに、自分らは訓練された覚者です。戦うことに覚悟は出来ているものばかりです。あなたが無法者の言いなりから抜け出せるのであれば、この程度の怪我など物の数に入りません」
「こんなの、ただちょっと転んでしまったぐらいですよ。あなたが今までに傷つけてしまった人たちも、これからあなたが覚者の力を正しく、人のために使ってくださるのであれば、許してくれますよ」
「そうかな……。いや、そうだよな。きちんと罰を受けた後、この力の使い道を探してみるよ」
「これからしかるべき相手に連絡をしましょう。それまではここで我々と待機を」
 弟分――いや、一人の覚者の青年は、憑き物が落ちたような表情で、球体関節の腕に戻った右手を見つめていた。
「お姉さんも、怪我はなかったみたいですね」
「ええ、ありがとう。……ところで、あなたたちは? 見たところ、ただの通りすがりには思えないけど」
「すまんが、詮索は勘弁願おう。ヌシは助かり、ヌシを襲っていた小僧も助かった。それでよいではないか」
「え、ええ……」
「ご婦人を一人にしてしまうのは気が引けますが、我々はこの後も役目があります。もうお一人で大丈夫でしょうか」
「ええ、大丈夫。妹も無事みたい。姉妹だし、なんとなくわかるわ」
 姉が闇に消えるのを見届け、覚者たちは一息つく。今夜の任務は、古妖だけではなく、一人の隔者の青年をも救う成果を上げた。決して小さくはない成果に、後ほど合流した覚者たちは喜び合ったという。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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