≪教化作戦≫スケープゴート
≪教化作戦≫スケープゴート



 ステンドグラスと「人」と言う文字を意匠化したレリーフが飾られた室内。
 黒に身を包んだ物々しい群衆が壇上に立つ人物を見詰めている。
 丁寧に整えられた白い髪に飾り気のない黒い神父服。装飾と呼べる物はレリーフと同じデザインのペンダントと、肩から垂らした文字を縫い取った布と言う簡素な姿だ。
 『新人類教会』宗主、石動 久遠(いするぎ くおん)。
 老年とは思えない強い光を宿す灰色の瞳が居並ぶ信者たちを前に演説を行っていた。
 黒の聖服にプロテクターを身に着け武器を手にした彼等は、新人類教会の中でも『新人類至上主義』を掲げ教会の思想に反する者には武力制圧や粛清を行う『過激派』である。
 活動は過激化の一途を辿り、覚者を敵視する憤怒者のみならず本来ならば崇拝の対象である覚者にすら思想に反すれば「間違った考えを正すための教化を行う」として牙を剥く。
「新人類に敵対する不心得者はすでに動き出しています。我等の巫女、『村瀬 幸来(むらせ ゆきこ)』も彼等によって拉致されました」
 宗主は一度目を伏せ、かっと音が聞こえそうなほどの勢いで目を開く。
「新人類を迫害する者達を許してはならない。教会は未来の平和のため自らの身命を賭して新人類の敵と戦うべし。これは新人類教会の使命です。
 新人類を否定する不心得者どもに私達の覚悟と力を示しなさい。ひたむきに使命を果たす姿は不心得者共を浄化し、新たな教会の使徒として目覚める者もいるでしょう」
 宗主が両腕を大きく広げる。
「今こそ新人類教会が先頭に立ち、新人類が導く未来の平和のために働く時。我等の身命を賭して使命を果たすのです!」
「平和のために!」
 戦闘員達は一糸乱れぬ動作で身に着けた新人類教会のシンボルを胸に当て、斉唱する。
 その光景を見つめる人工の瞳が一つ。

「本当にこんな時が来てしまうなんて……」
 数日後、木々に囲まれた教会の一室で『穏健派』の司祭達が記録された映像を見て俯いていた。
 彼ら『穏健派』は暴徒化が進む『過激派』に対して旧来の新人類教会の姿に戻るべきだと主張し続けていたが、リーダーであり教会の巫女と言う立場から強い発言権を持っていた村瀬幸来の失踪により危機に陥っていた。
 それは勢力の瓦解と言う意味だけでなく、彼等自身の生命の危機も意味していた。
「あの方はこれを見越していたのですね」
 失踪前からひどく思い悩む姿を見かけるようになった。
 彼女からは「その時が来たら話す」と、その時がこなければいいのにと言う思いが滲む答えが返ってくるのみ。
「あの方は何を知って何を悩んでいたのでしょう……」
「それは後にしましょう。今はこれから起きる争いの中で信者や教会施設にいる人々をどう守るか考えなければ」
 ほぼ非武装である穏健派には戦う術も襲われた時に対抗する手段もないに等しい。
 これまでは『過激派』とは言え同じ新人類教会として戦闘員達が警護にあたっていたりしたが、今の状況では頼りにしてよいものか……。
 悩む彼等の思考は突然起きた悲鳴と銃声によってかき消される。
「司祭様! じゅ、銃を持った連中が……!」
「表にいた人は……」
 襲撃者は新人類教会と抗争を続けていた憤怒者組織であった。
 穏健派はほとんどが非武装の非戦闘員。この場においても武器を持っている人間はいない。
 彼等にできる事はすでに包囲された教会で絶望的な籠城戦だけだった。

 その様子を離れた場所で伺っている者がいた。
 黒いフルフェイスのヘルメットに黒のライダースーツと言う出で立ち。
 森の木々の中に潜み、集まる憤怒者を見て舌打ちする。
「遅かったか……」


 『新人類教会』――――。
 表向きは覚者および覚者事件における被害者の保護を理念とし、その為に生活支援や養護施設の経営、関連企業への就職斡旋まで行っている。彼らは覚者を『新人類』と称して、手厚く保護する活動をしていた。
 構成員の多くは源素を使えない普通の人で、宗主の指導の元に幅広い活動を行う宗教団体だが、教会内は近年武装化を加速させ死傷者を出す事も厭わぬ『過激派』と旧来の非武装を支持する『穏健派』に分裂。
 今年一月某日、F.i.V.Eは新人類教会の内部告発者から依頼を受け、過激派によって幽閉されていた穏健派のリーダーである『村瀬幸来』の救出を行った。
 以降過激派は一旦活動を控え、F.i.V.Eも様々な事件のために奔走し、しばらくは音沙汰のない状態が続いた。
 しかし、五麟市の襲撃事件の後突然内部告発者からのメッセージが飛び込んで来たのだ。
『該当組織に陰謀あり。協力求む』
 送付されたメッセージには新人類教会の『過激派』が『穏健派』勢力を抑えて台頭するため村瀬幸来の失踪を敵対勢力の仕業と罪を擦り付けて戦闘員を動かした事、それを足掛かりに敵対勢力との全面戦争に突入する計画がある事を端的に伝えていた。
 計画には憤怒者までも利用されているらしい。
 これまでも新人類教会と抗争を繰り返していた憤怒者組織に『穏健派』の支部を餌として利用し、彼等の手で片付けさせた後に『過激派』が仲間の弔い合戦と言う形で憤怒者組織を潰す。
 実質穏健派に対する粛清であり、自作自演の戦争である。
 メッセージを送った告発者はターゲットになった穏健派の支部や人物など、出来る限りの情報を送ってきた。
 F.i.V.Eはこれを受けて新人類教会の暴挙と、彼等に利用される形となった憤怒者の襲撃を阻止するために召集を掛けた。


■シナリオ詳細
種別:通常(EX)
難易度:普通
担当ST:
■成功条件
1.憤怒者の撃破
2.新人類教会の司祭たちの救出
3.なし
 皆様こんにちは、禾(のぎ)と申します。
 新人類教会vs憤怒者。
 しかし新人類教会側には対抗手段がなく、虐殺が起きるのも時間の問題でしょう。

●場所
 とある山中にある新人類教会の支部の建物。
 建物周辺は意図的に残された木々に囲まれていますが、視界を遮る程ではありません。

外:
 木々の間には車が走れる道が通っており、道の先が教会の駐車場、その後ろが役4mほどの前庭。
 前庭を通り過ぎれば塀もなく教会の建物に入れます。

建物の内部:
 人が集まる講堂の向かって右側に扉があり、一本道の廊下の左右に部屋がありますが、司祭達は最初の襲撃から逃げてきた信者と共に廊下にある防火シャッターを閉めて物置になっている部屋に立て籠もっています。
 防火シャッターを突破されたらあっさり発見されるでしょう。

●人物
・正体不明の人物/一般人?
 【思想の毒】で協力者として登場した人物。黒いフルフェイスのヘルメットとライダースーツに機械音声と言う怪しい風体。
 どうやら教会の司祭と接触しようとしていたらしく、憤怒者に包囲されている状況に強行突破を試みるかどうか迷っています。
 説得次第では共闘できますが、あまり正体を探るような真似をすると立ち去ります。
この人物と接触があった相手であれば多少は信用されやすいかもしれません。

・新人類教会の司祭、信者/一般人
 『穏健派』の司祭が四名、信者が二名の下は二十代、上は四十代の計六人。
 全員非武装の非戦闘員であり、実際に人が殺され危機的状況に陥ってパニックになっています。
 逃げ場が塞がれているためいずれ見つかると分かっていても物置に立て籠もるしかない状態。

・「民間警備隊」/憤怒者
 警備会社兼憤怒者組織「民間警備隊」に所属している憤怒者。
 新人類教会の『過激派』とは何度も争いを繰り返しており、互いに死傷者を出しています。
 教会に『穏健派』と『過激派』の違いがある事は分かっていませんが、非武装の人間がいる事は知っており、この場を狙ったのはつい最近犠牲になった仲間達の報復のため。

●能力
・「民間警備隊」/憤怒者×15人
 日常的にトレーニングを行っています。練度はけして低くありません。
 銃器や爆薬を装備しており、持っている爆薬を集めれば防火シャッターも壊せます。
 憤怒者なので覚者と見れば最優先で襲い掛かってきます。
 建物の正面、側面、裏口側に分散していますが、騒ぎを聞きつければ集まってきます。

建物正面:
・前衛×3
 アサルトライフル(遠単/物理ダメージ)
 スタンガン(近単/物理ダメージ+痺れ)

・中衛×2
 アサルトライフル(遠単/物理ダメージ)
 手榴弾(敵全/物理ダメージ)

建物側面、向かって右側:
・前衛×3
 アサルトライフル(遠単/物理ダメージ)
 スタンガン(近単/物理ダメージ+痺れ)

建物側面、向かって左側:
・前衛×3
 アサルトライフル(遠単/物理ダメージ)
 手榴弾(敵全/物理ダメージ)

建物裏口側:
・前衛×2
 アサルトライフル(遠単/物理ダメージ)
 スタンガン(近単/物理ダメージ+痺れ)

・中衛×2
 アサルトライフル(遠単/物理ダメージ)
 手榴弾(敵全/物理ダメージ)


・正体不明の人物/一般人?/前衛
 装備/日本刀
 刀と体術を使い、能力値は憤怒者と比べるとかなりの高さになります。
 ただし15人もの憤怒者に囲まれれば非常に危険なため、強行突破を躊躇っています。

・スキル
 日本刀(近単/物理ダメージ)
 飛燕(近単/物理ダメージ+二連)
 疾風斬り(近列/物理ダメージ)


 情報は以上となります
 皆様のご参加お待ちしております
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
150LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2016年05月11日

■メイン参加者 8人■

『獣の一矢』
鳴神 零(CL2000669)
『星唄う魔女』
秋津洲 いのり(CL2000268)
『赤き炎のラガッツァ』
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)
『花守人』
三島 柾(CL2001148)
『天を舞う雷電の鳳』
麻弓 紡(CL2000623)
『在る様は水の如し』
香月 凜音(CL2000495)
『水の祝福』
神城 アニス(CL2000023)


 豊かな緑の葉を繁らせた木々の間を走る覚者達。
 神城 アニス(CL2000023)の長い黒髪を撫でる風には火薬の臭いが混じっていた。
「どうして……どうしてなんです? 同じ人同士なのに、どうして武器を持って誰かが誰かを傷つけたり傷つけあわなければいけないのです?」
 憤怒者と新人類教会の対立のみならず、この事件の裏にある新人類教会内での『穏健派』と『過激派』の対立もアニスの心を痛める要因となっていた。
「信仰心という耳あたりのいい言葉に惑わされて、結果傍から見るとただの暴徒というのはよくある話で」
 普段から物事を一歩離れた場所から見ている節のある香月 凜音(CL2000495)はこの事件の裏にある新人類教会の事も冷めた目で見ていた。
「行き過ぎてしまえば迷惑でしかない。何事も程々が一番ってこった」
「人が集まれば意見の相違という物は生まれる物かもしれませんが、自分の主張を通す為に人の命や憎しみを利用するなど許せるものではありませんわ!」
 秋津洲 いのり(CL2000268)にとって、力で自分の意に沿わぬものを排除して行く行為は許せるものではなかった。
「きっといのり達が救い出して見せますわ!
 遠かった憤怒者達の声がはっきり聞こえてくる。
 屋根しか見えなかった教会の建物も、『人』と言う字をモチーフにした壁飾りが見えるようになった。
 「新人類ね……」
 モチーフを見た鳴神 零(CL2000669)は新人類教会が主張する思想を記憶から引っ張り出す。
「興味ないわ、新人類なんて。私はこんな力持ったって、特別何て感じたことはない」
 新人類教会が選ばれし者として信仰する『新人類の力』は、彼女にとっての祝福にはならなかった。
 覚者でなければ年相応の少女として、ごく普通の生活を送っていたかも知れないのに。
「ま、戦闘できるのなら文句は言わないわ。楽しくなさそうな戦いだけど……ね」
 胸中に湧き出る物を戦闘意欲に切り替えて黒いお面で顔を隠す。
「同じ教会の民同士で争っている上に別のガラ悪い民まで巻き込むなんて、ニポンの民は最近イライラし過ぎじゃない?」
 金髪に水色の垂れ目に身に纏うのは染み一つない白い服。
 見た目は王子、実際王子、しかし中身に難ありと言うプリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)をも思う所があるらしい。
「武器も持ってない相手に復讐するのはちょっと、ね」
 麻弓 紡(CL2000623)の伏目がちな垂れ目は面倒くさがりな性格もあってか、一見するとやる気がなさそうにも見える。
 しかし背にある鮮やかな色合いの翼が逸るように小さく羽ばたいていた。
「まずは穏健派の方々の安全確保が先決ですね……」
 ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)が風に乗って聞こえて来る憤怒者達の声から状況を判断する。
 彼等は新人類教会の『過激派』に殺された仲間の復讐を叫んでいる。
 ラーラは非武装の人間を標的にした憤怒者に対しても思う所はあったが、彼等を利用し同じ教会の仲間であるはずの『穏健派』を生贄にした『過激派』に対しても怒りを覚えていた。
「過激派の方々の好きにはさせません……!」
 身に宿す炎の如く、青い瞳が強い決意を示して光る。
「まずは建物の四方に散っている憤怒者を抑えないとな」
 三島 柾(CL2001148)はいつも通りシャツの襟元とネクタイを緩めたスーツスタイルだったが、眼鏡を外して任務に入った彼の気さくそうな雰囲気は成りを潜め、雰囲気もがらりと変わっていた。
 教会にある程度近付いた所で立ち止まり、勾玉と名付けられた守護使役を空に放ち偵察能力で建物の周囲を探る。
「更紗、出番だ。頼むな」
 柾と同じく凜音も守護使役の更紗に偵察を任せる。
 二つの『目』が周辺の状況と憤怒者の配置を確認して行く。
 林になっている周囲と違い教会の建物の周辺には上空からの視界を遮るような物はなく、四方を囲んだ憤怒者の姿がよく見えた。
「まだ内部には侵入していないが……」
 柾と凜音の目に地面に倒れている人間が見えた。
 血の海に沈みぴくりとも動かない。
 内心舌打ちしながらも偵察を続けていると、柾が周囲の林の中に人が潜んでいる事に気付いた。
「殿、フルフェイス氏がいたよ」
 二人と同じく守護使役のトゥーリで偵察を行っていた紡も『殿』と呼んで面倒を見ているプリンスに声を掛けた。
「俺達以外の闖入者がいるようだな」
 柾も同じ人物を発見していた。以前は『協力者』として接触した事を他の覚者達にも伝える。
 覚者達は下手に刺激をしないよう、ゆっくりとその人物に近付いて行く。


「やぁそこの民、ヘルメットどこで買ったの?しまむら?」
 真っ先に声を掛けて来たのはプリンスの少々軽い第一声だった。
 普通に町を歩いていても少々浮きそうな服装となれなれしいほどの軽い口調に、声を掛けられた相手は油断なく柄に手を掛けたまま様子を見ている。
 黒いフルフェイスのヘルメットと黒いライダースーツ。加えてスーツに巻いたベルトに差した日本刀。
 いかにも怪しげな姿だが、初めて新人類教会と関わった事件では『協力者』として行動していた人物だ。
「また会ったな」
 柾が声を掛けると、黒ずくめの人物は柄にかけた手から少し力を抜いた。
「お前達か」
 機械で加工された声が響き、襲撃を受けている教会を見る。
 携えた日本刀と滲み出る雰囲気から戦うつもりであった事が分かる。
「分かっているなら話は早い。一人で強行突破を試みるより、俺達と一緒に行動しないか?」
 柾の提案にフルフェイスが少し俯く。
 司祭たちの救助が目的であれば願ってもいない提案のはずだが、迷っているのか返事がない。
 ラーラといのりが柾を後押しするように説得を試みる。
「この場は多勢に無勢、この場限りでも構いませんのでお力添えいただけませんか?」
 沈黙したまま柄を握り締める反応に、いのりがきっと顔を上げる。
「いのりは自分の力を救いを求める誰かの為に使いたい」
 黒いバイザーで見えない相手の目を見通すように、まっすぐ視線を向ける。
「もし貴方に力がお有りなら、その力をいのり達と共にあの教会の中で救いを求めている方々の為に振るってはいただけないでしょうか?」
 あまり物事に深く首を突っ込まず熱く語るようなたちでもない凜音も、この場では説得に加わった。
「あー。俺は特に主義主張も信仰心もない。但し、武力も持たない無抵抗な連中が虐殺されるのを見てられるほど『できた』人間でもねー。中にいる奴に用事あるなら、あいつらを片づける間だけでも力を貸してくれねーか?」
 フルフェイスの黒いヘルメットはいのり、凜音と視線を動かし、まだ喋っていない面子へと向けられた。
「助けたい、それだけ。それしか興味ないよ」
 紡の答えは簡潔である。
 自分がやるべき事は司祭達の救助だ。正体不明の人物であれなんであれ、特に構わなかった。
「意地張らずに一緒にやろうよ。余、貴公のプライドはあんまり助けない系の王家だけど、民は俄然助けまくる王家だよ。それとも女子いないとやる気でないタイプ?」
 まくしたてるプリンスの袖を紡が引っ張る。背後で苛立っている気配を感じていたのだ。
「おい、そこのお前! なんだか知らないけど、今はあなたと言い争っている場合じゃないわ。手伝いなさい! じゃないと一緒に攻撃するわよ!」
 唐突に話がずれたプリンスの台詞を遮る零。
 時間がかかりそうな交渉テーブルを跳ね除けて指をフルフェイスに突きつける。
「取引よ。手伝うのなら、司祭とも会わすわ。お互い平和に、そして敵を作りたくないのは同じでしょ!!」
 自分でも脅迫のようだと思っていたが、悠長に交渉している場合ではないのも確かなのだ。肯定以外は認めないとばかりに睨め付ける。
「いいだろう」
「よし決まり!」
 フルフェイスを加え九人での行動が開始される事となった。
 柾は飛び入り参加となったフルフェイスに対する説明も兼ねてか改めて班行動を確認する。
「ここから先は班ごとに別れて行動するぞ。正面は俺と鳴神、秋津洲、ビスコッティ、香月、神城だ」
「余とツム姫は裏口から潜入だね。陽動は任せたよ!」
 プリンスがそう言うと、彼に「ツム姫」と呼ばれた紡が鮮やかな色をした翼を広げた。
「殿、ボクは先に屋根の方に移動するから合図はよろしくね」
 偵察能力で憤怒者達の様子を注意深く窺いながら林の木立から屋根へと飛ぶ。
「それじゃあヘルメット民は余とツム姫と一緒に裏口に行かない? あの中の民と仲良しなら、こっちの方が早く助けられると思うよ?」
 紡が先行して教会の屋根に離れた今、軽いプリンスと今だ名前すら名乗らないフルフェイスと言う組み合わせとなった二人組に幾人かが不安そうな顔をする。
 しかし今はこれ以上話をしている猶予はないとそのまま裏口の組み合わせが決定した。
「まずは陽動からだ。行くぞ」
 プリンスとフルフェイスの二人をその場に残し、六人は教会に向かう。
 林を抜けて駐車場と前庭に出ると、生々しい血と火薬の臭いが六人を出迎える。
「駄目だ。防火シャッターが下りて先に進めない」
 教会の出入り口付近。『民間警備隊』と縫い取られたワッペンをつけた制服に身を包み、アサルトライフルを携えた憤怒者達がいまだ潜入を果たせない事に苛立ちを見せていた。
「爆弾を集めて破ってみるか?」
「そうだな。仇討ちにきて成果がこれだけじゃ死んだ連中に合わせる顔がない」
「よし、それじゃまずはそこの二人。手榴弾を……」
「お止めなさい!」
 突然鋭い声が割り込む。
 煽情的な赤い衣装を身に纏った妙齢の女性、変化したいのりが林から飛び出して来た。
 それに目を剥く間もなく駆け付けて来る覚者達に憤怒者の一人が叫ぶ。
「敵襲!」
 咄嗟に銃の引き金に手を掛けた憤怒者を、零の鋭い二連撃が切り裂く。
 騒然とする憤怒者に向けて身の丈程もある大太刀を突きつけた。
「私たちを殺してでも止めたいのならいいわ。そうじゃないのなら、立ち去りなさい」
「その腕……おい、覚者だ! 全員集まれ!」
 零の目にもとまらぬ斬撃よりもその腕を見た憤怒者達は即座に隊列を組む。
 言葉で言われずともその行動だけで充分な答えであった。
「こちらも派手にやるとしよう」
 柾の首にある刺青が赤く輝き、身に宿す炎の力を灼滅化させる。
 覚者達は正面に六人、裏口に二人に別れている。これは正面での戦闘で側面の敵も呼ぶ事を前提とした作戦であった。
 万が一裏口の二人に増援が行けば厄介な事になる。敵を引き付けるためにも出し惜しみは無しだ。
「これ以上犠牲は出させませんわ」
 倒れている信者の亡骸に唇を噛み、いのりが作った密度が高く粘りつくような霧が憤怒者達の体に虚弱と言う枷を掛けて行った。
「こちらの門を通していただけないのなら、仕方ありません。全力でお相手させていただきます」
 ラーラが呼び出した火は瞬く間に勢いを増す。変化した赤い瞳をさらに赤く輝かせ、銀の髪が熱波になびく。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
 凛と響く声をかき消さんばかりにごうと燃え上がる炎の柱が憤怒者達を襲った。
 先ほどまでの攻撃とは見た目も受けた時のインパクトが強く、憤怒者達が浮足立つ。
「仲間の仇討ちのために、こんな事を……」
 憤怒者達は新人類教会『過激派』との争いで仲間を亡くし、その仇討ちのために襲撃を行ったと言う。
 だからと言って復讐のために非武装の『穏健派』であった彼等を殺していいわけがない。
 仲間を殺された事に怒り嘆く憤怒者達の気持ちも分かるが、このままでは不毛な殺し合いを続けるだけだろう。
「だからこそ……私はどちらも助けたい……」
 今は戦うしかないのが辛くとも、これ以上の殺戮を止めるために力を振るう。
 アニスの超純粋が仲間に癒しの力を与えて行く。
「信仰を盾に暴れる過激派もだが、復讐だなんだと躊躇いなく虐殺に出て来るこいつらも大概だな」
 錬覇法で力を高めた凜音の呆れ声はいつもと変わらずどこか面倒そうである。
 それに怒ったわけでもないだろうが、直後憤怒者達の銃が一斉に火を噴いた。
 銃弾が覚者達の体に突き刺さり、いくらか逸れた弾がそこらの石か何かに当たったのか鋭い音を立てた。
「側面の連中は!」
「侵入していなければすぐに!」
 銃声に混じって聞こえる憤怒者達のやりとりは側面にいる仲間達がいつ合流できるかと言う意味だろう。
「手榴弾とスタンガン、どっちに行こうか」
 銃撃が止み、零が次の狙いを定めようとする。
「スタンガンの方だな」
 柾は答えと同時にスタンガンを携行している憤怒者に飛燕を食らわせた。
「了解!」
 柾が食らわせた傷と交差するように、零の大太刀が閃く。
 深手を負った仲間を庇って身を乗り出した憤怒者の後ろで、たて続けに誰かが倒れる。
 庇った仲間はまだ銃を構えているのが見える。では誰が?
「眠ったのは二人だけですわね」
 偶然にも憤怒者の疑問に答える形になったいのりが寂夜をかけたのだ。
 いのりは次の手のために改めて力を練る。
 そこに手榴弾が投げ込まれ、全員を巻き込む爆発を起こした。
「物騒なもの持ってんじゃねーの、こいつら。後で回収しねーとな」
 凜音は癒しの霧を使って味方をまとめて回復させる。
「報復は何も生みません……武装してる人がいるならまだしも……何にも戦いの道具を持ってない方までも……どうして傷つけあわないといけないんですか!」
 アニスの波動弾が前衛の敵諸共手榴弾を使った憤怒者を撃つ。
「本当は貴方達もお助けしたい……ですが今は……ごめんなさい!」
 復讐の為ならば武器も持たず戦う術すら知らない相手も躊躇いなく殺す憤怒者達を前に、アニスは痛む心を押し殺すしかなかった。
 二人が眠り、深手を負った一人を含んだ三人だけになった憤怒者達を、人数も勝る覚者達は一気に制圧しに掛かる。
「……側面の敵が動いたか」
 順調に戦いを進める中、柾の鋭敏化させた聴力が近付いて来る複数の足音と装備が擦れる音を捉えた。
「左右で一気に来たな」
 柾の台詞に再び上空からの偵察を行った凜音は、建物の側面にいた憤怒者達が揃って正面に向かってくるのを見た。


『プリンス、側面にいた連中は全員こっちに来る。裏口の方は任せたぞ』
 裏口への移動を始めていたプリンスの送受心が凜音からのメッセージを受け取る。
『じゃあそっちのガラ悪い民はよろしくね。と言う訳でツム姫、そろそろ着くよ。準備はいいかな?』
 凜音に返事を返しつつ、屋根で待機している紡に連絡を取る。
『裏口の憤怒者を確認したよ。合図はお願い』
 屋根に待機しながら偵察を行っていた紡からの返答を待ち、プリンスは物陰からそっと裏口を窺う。
「手榴弾のセットはできたか?」
「大丈夫だ。あとは火を点ければいい」
 四人の憤怒者の会話を聞いたフルフェイスが「まずい」と呟き、プリンスも状況を悟る。
 憤怒者が懐からライターを取り出してしゃがみこむと、建物の中から外まで続いていた液体に火を点ける。
 液体は燃え上がり、あっと言う間に建物の中へと入って行った。
「ヘルメット民は戦えるよね? カタナ持ってるし、何か流派とかある?余は」
 憤怒者に仕掛ける前にくるりと振り向いたプリンスの言葉を遮り爆音が響く。
 シャッターの前に細工をした手榴弾を仕掛けていたのだろう。爆音を聞いたフルフェイスが日本刀の鯉口を切る。
「ニポンの民はせっかちだね」
 のってこない相手にやれやれといった顔をしてから、プリンスは裏口の憤怒者の前に飛び出して行く。
「こんにちはガラ悪い民! あとおやすみ」
 にっこりと笑う金髪碧眼白い服の王子スタイル。
 一瞬あっけにとられた憤怒者達の内、一人が突然崩れ落ちた。
「なっ、おいどうした! いやその前に誰だ!」
 慌てる憤怒者の前に黒い影が迫り、血飛沫が舞う。
 斬り付けて来たフルフェイスに銃を向けた憤怒者が、プリンスの横殴りの大槌に殴り飛ばされた。
「眠らなかった悪い子な民がいるね」
「ちょっと痛い思いさせるかも」
 ごめんねと頭上からの声が聞こえ、はっとして見上げた憤怒者は鮮やかな色の翼を持った紡の姿と自分達に纏わりつく霧に気付いた。
「表の騒ぎは覚者か!」
「教会の連中も覚者もまとめて殺せ!」
 銃撃が白い衣服と黒いライダースーツを汚す。
 しかし三人に減った憤怒者の攻撃は標的がばらけた事もあってさほど大きなダメージを与えずに終わった。
 対する反撃は黒ずくめの疾風斬り。続いて動いた紡は手榴弾持ちの憤怒者を狙う。
 それを見たプリンスも同じ敵を狙って大槌インフレブリンガーを振るう。
 並の人間には自在に扱えない重量をものともせず、叩きつけられる槌に早くも体力を削られる憤怒者。
「クソッ! 他の奴は……」
「表でボクらの仲間が相手してるからね。こっちには来れないと思うよ」
 紡が告げたのは憤怒者達にとっては敗北宣言に等しい。
 しかし怯む事はなく、ならば死ぬまで戦ってやると覚悟を決めたようだった。
 ありったけの銃撃と手榴弾を叩き込んで来る憤怒者達に対し、三人も苦戦を強いられる事になる。
「集中攻撃だ! 一人でも多く道連れにしろ!」
 前衛に立つプリンスと黒ずくめの人物を無視して紡攻撃が集中する。
「そう簡単にはいかないよ」
 演舞・清爽で身体能力を上げつつ、回復能力で銃弾に耐える紡。
 もし一対三であれば紡一人は倒せただろうが、プリンスともう一人がいると言うのに好き放題に攻撃させるわけがない。
 斬られ、撲り飛ばされ、一人が膝を突く。
「た、ただで……やられるか!」
 投げられた手榴弾が炸裂し三人を巻き込む。
「最後までお疲れ様」
 爆発で舞い上がった土と火薬臭い煙の中から紡の声が聞こえた。
 癒しの霧は手榴弾で抉られた傷を治し、煙を押し退けて飛び出したプリンスがとどめの一撃を振るう。
 インフレブリンガーに施された金色に輝くイイ笑顔が憤怒者にめり込み昏倒させた。
「覚者め! 覚者に味方する人類の裏切り者め! 俺達が倒れても仲間が必ずお前達を……!」
 一人残った憤怒者はがむしゃらに銃を乱射したが、その叫びも紡のエアブリットに断たれて沈黙する。
 最後の一人が倒れてすぐ三人は次の行動に移る。
『余だよ。今から奥に隠れてる民を助けに行くよ』
 作業が終わるとプリンスは送受心を使って正面で戦っている仲間達に報告する。
『こっちはもう少しかかりそうだ。先に救助に行ってくれ』
 返ってきたのは凜音からのメッセージだった。
『わかったよ。余もツム姫もヘルメット民も元気だからね、すぐに向かおう』
 連絡を終えたプリンスは交信の間待っていた二人と一緒に教会の裏口に入って行く。道筋は火を点けられた液体の焦げ跡が教えてくれた。
「うわー。めちゃくちゃ……」
「どれだけ仕掛けたんだろうね、これ」
 爆破された防火シャッターは見る影もなくひしゃげて大穴が空き、周辺の床や壁も被害を受けていた。
「民のみんな元気ー? 裏のガラ悪い民はやっつけたからもう大丈夫だよー」
 三人は散らばった破片を除けて先に進み、呼びかけを行いながら廊下に並ぶ扉を順番に開けて行く。
 すると、少し離れた場所にある扉から物音が聞こえた。
 反応を見るために紡が声を掛ける。
「貴方達は穏健派だよね? 村瀬ちゃんも無事だから、貴方達も無事に此処から逃げなきゃ」
「ゆ、幸来様はご無事なんですね?!」
 裏でつっかえ棒かバリケードでもしていたのか、騒々しく物が退けられる音がしてから勢いよく扉が開く。
 中から出てきたのは救助対象として指定されていた六人の男女だ。
 扉の前にいたプリンスと紡の血と土埃で汚れた有様を見て息を飲みフルフェイスの怪しい風体に顔を強張らせたものの、三十代くらいの男性が歩み出て頭を下げる。モノクルに着けたチェーンが小さく鳴った。
「新人類の皆様に救って頂けるとは望外の喜びです。ありがとうございました」
 黒一色のロングコートのような詰襟の服に、腰に巻いた紐と飾られた新人類教会のシンボル。新人類教会の司祭である。
 見ればモノクルの司祭と同じように周りの五人も深く頭を下げている。
「礼儀正しい民は嫌いじゃないよ。けどちょっとおんもで遊んでてほしいかな」
 プリンスの笑顔にどう言う事かと顔を上げた司祭達に、紡が軽く状況を説明した。
 まだ表の方で戦闘が続いている事を知って何人かが不安そうにする。
「今、ボクらの仲間が頑張ってるから大丈夫。だいじょーぶ。ボクらが守るし」
 そうだよねと話を振られたプリンスは輝く笑顔でもちろんと請け負った。
 が、フルフェイスはいきなりモノクルの司祭に向かって言う。
「”預かりもの”を受け取りに来た」
「えっ?」
 モノクルの司祭の表情が一瞬呆気にとられたが、構わず腰につけていたポーチから封筒を取り出す。
 何の変哲もない茶封筒を訝し気に受け取り、中に入っていた手紙を読んだ司祭の目が見開かれる。
 その反応に戸惑ったのは周囲の穏健派も同じだったが、プリンスは逆に好奇心を刺激されたらしい。
「え、なになにラブレター? 余も見ていい?」
「駄目だ」
「えーいいじゃん、折角だからもっとロイヤルトークしようよー。そして余のこと敬愛しようよー。ヘルメットトークでもいいよ?」
「黙れ」
 プリンスに大分慣れたらしいフルフェイスが押し問答をしている間にそれを読み終わったのか、モノクルの司祭は慎重な手つきで封筒の中身を元の通りしまった。
「”預かりもの”は確かに私が持っております。しかし、幸来様はそれがなんであるかも答えて下さいませんでしたが」
 悩まし気に表情を曇らせながら、モノクルの司祭は懐から小さな鍵を取り出した。
「この先の左の扉が私の私室です。預かりものはこの鍵が合う金庫の中に。私は皆を連れて行きます」
「ボクらが一緒に行くよ」
「いいえ。皆様はどうかお仲間の所へ。これ以上お手を煩わせるわけにはいきません」
 全員に頭を下げられたプリンスと紡は、せめて裏口までは護衛すると言ってお互いに妥協する。
 フルフェイスの方も一旦受け取った鍵をしまった所を見る限り、まだ行動を共にする気があるようだ。
 プリンスが殿につき、一行は足早に裏口へと向かう。


 一方、建物正面の戦闘は峠を越え収束に向かっていた。
 正面の敵を早めに減らしていた分、側面の敵が到着した後もさほど混乱はなく戦いは進んだ。
 憤怒者達はスタンガンを持っていた仲間が真っ先に倒されて行くのを見て、接近戦を挑まずもっぱらアサルトライフルと手榴弾での攻撃に切り替えた。
 しかし後から駆けつけて来た憤怒者達の中にいた手榴弾持ちは全員が前衛に立っていた事もあり、零と柾の烈波が、ラーラの火柱が猛威を振るった。
 状態異常攻撃が中心だったいのりが脣星落霜に切り替え、更に攻撃性を高めた覚者達の攻勢に憤怒者達が倒れて行く。
 覚者側の負傷と消耗も蓄積していたが、凜音とアニスの二人が回復役として十分に働き味方を支えた。
「ああもう、あとちょっとって所でしぶといわね」
 深手を負いながらも膝を突くのをこらえた憤怒者に零が苛立たし気に愚痴る。
「それももうすぐ終わりだ」
 零が仕留め損ねた憤怒者に柾の飛燕が決まり、その意識を刈り取った。
 プリンスの送受心で状況を聞いていたため、裏口が無事片付いたと分かっている。
 司祭達を救助するため無理に焦る必要がなくなった事も覚者達の戦闘に余裕をもたらした。
「無事穏健派の方を救助できたら、幸来様がご無事だと言う事もお伝えしたいですわ」
「あとあのフルフェイス! 洗いざらい話させる。返答次第では無理矢理連れ帰って尋問してやる!」
 いのりが光の粒を振らせる中で言うと、零から殺気すら含んだ言葉が飛び出した。
「気持ちは分からないでもないが落ち着けって。あんまり無茶するとこっちが怒られるぞ」
 癒しの霧を使った凜音のため息には疲れが滲む。
 遠慮なく投げられる手榴弾と乱射したかと思えば一人に集中攻撃が始まる憤怒者の攻撃。
 アニスと二人がかりで回復役をしていたとは言え、流石に気力が減って来ていた。
「惨劇はもう起こりません。後はこの人達を止めるだけ……!」
 アニスがあと一息だと回復から攻撃に切り替えた。
 波動弾の後を追うように走るのはラーラが呼び出した火柱だ。
「これで最後です!」
 わずかに残っていた憤怒者達が火柱に包まれ、残りの体力を全て削られた。
 火柱が消えた後に立っている者は一人もいない。
「一応爆薬回収しとくか。ほっといて何かあったら面倒だし」
 凜音が提案すると、他の面子もそれに同意して慎重に手榴弾を回収して行く。それが終われば次は捕縛作業である。
「あ、終わってる」
「やあ民のみんな、無事だったみたいだね」
 講堂の方から現れたプリンスと紡の姿と表情を確認し、正面で戦っていた覚者達は救助任務の成功を悟る。
「グレイブル、麻弓……と、ヘルメットの。お前も大丈夫か」
 憤怒者全員が戦闘不能になった事を確認して捕縛作業に入っていた柾が三人を出迎えた。
「余は見ての通りだよ。大分汚れてしまったね」
「大丈夫。怪我もすぐ治るよ」
 二人の返答に安心した周囲の視線は自然残りの黒ずくめの人物に注目する。
 二人と一緒に戦っていた事は所々が裂けて血と土埃で汚れたライダースーツとひびが入ったヘルメットを見れば分かる。
 しかし、普通の人間が銃弾を受け手榴弾で爆破されて無事でいられるわけがない。
「傷の方は問題ないか」
「ああ」
 柾はフルフェイスが覚者である事を悟っていた。
 しかし、わざわざ突っ込んで聞くまでもないとそれ以上は言わないでおく。
「憤怒者が片付いた所で、聞きたいことがある。あなたは敵? 味方? いい加減、ハッキリしておきましょう?」
 突然、零が抜いたままでいた大太刀の切っ先を黒いフルフェイスに向ける。
 他の覚者達の間に緊張が走ったが、向けられた方は身構えることなく零の方を見返す。
「これ以上、何かしら吐いていないことや、争いの種があるのなら見過ごせない。洗いざらい吐きなさい」
 零の追及は続く。
「こりごりよ。あなたの思惑の手のひらに転がされるのは。私たちは便利屋じゃないのよ」
「確かに、そちらの目的もわからないまま動くのはあまり気持ちのいいもんじゃないな」
 そう言った凜音も含めてこの場にいるほぼ全員が零ほど過激な行動に出ないまでも、同じような思いを抱いている。
 フルフェイスの機械音声がため息を発した。
「俺の目的は新人類教会の謎を探る事だ」
 フルフェイスは先程モノクルの司祭から受け取った鍵を取り出した。
「ここの司祭は村瀬幸来が幽閉される前にある”預かりもの”を受け取った」
「あの……幸来様がご無事な事を穏健派の皆様にはお伝えしたのでしょうか?」
 いのりが気がかりだった事を聞くと、プリンスと紡の二人が頷く。
「穏健派の民は裏口から脱出したよ」
「村瀬ちゃんが無事だって事を他の仲間にも早く伝えたいって言ってた」
「まあ余達が穏健派の味方だって思われちゃったみたいだけど」
 プリンスの表情に珍しく苦みを感じるものが浮かぶ。
 別れ際にも恭しく拝まれた事を話すと、いのりも表情を曇らせた。
「いのりは崇められたい等と思っておりません。ただ楽しい時も辛い時も、同じ人間として共に在りたい、そう願っているのですわ」
「崇められても嬉しくもないわ。だから片付く事ならさっさと片付けたいの」
 対処するために必要な情報は足りず、情報源であるフルフェイスやこの厄介事を持って来た新人類教会の内部告発者は自分の正体すら明かさず、持ってくる情報もかゆい所に手が届かない有様だ。
「以前、情報提供して下さった時も必要な事はお聞きする事ができませんでした。教えて頂きたい事はたくさんあります」
「こうして情報提供や共闘をすると言う事はある程度、俺達の力を信用してはいるんだろう?」
 成り行きを見ていたラーラと柾も話に加わる。
「あの、先程はご挨拶ができませんでいた。はじめまして……私は神城アニスと申します。よろしくお願いいたします」
 丁寧に挨拶をし、アニスもフルフェイスに訴える。
「新人類教会の暴徒化が続けば、今回のような事件はもっと増えて来ると思います……私は、その惨劇を食い止めたいのです……」
 集まって来る視線に、フルフェイスが少し俯く。
「俺個人の裁量では限界がある。だが、これから分かった情報はできる限り提供すると約束する」
「それじゃ、まずはその”預かりもの”から教えてもらいましょうか」
 零がようやく大太刀を鞘に納める。
 フルフェイスは零が一応落ち着いたのを見て、”預かりもの”がある部屋へ全員を連れて行く事にした。
「……村瀬幸来が幽閉される前、不審な行動がいくつか見られた。それを調査したのが俺と協力している内部の人間だ。お前達には『告発者』と言った方がいいか」
 廊下を歩きながらフルフェイスが語ったのはこんな内容であった。
 穏健派のリーダーであり教会の祭事を務める『巫女』である村瀬幸来は、過激派の間では『教化』と呼ばれる行為が『洗脳』である事は知らなった。
 しかしいつ勘付いたのか、洗脳について探りを入れていた節がある。
 そして何かを発見したはずなのだが、それを表沙汰にする事なく証拠の品として確保した物も隠した。
 彼女はそれを自分の手元に置いたままにはせず、彼女が信頼する片腕の司祭に預けた。
 モノクルの司祭の私室は非常に簡素であり、目的の金庫はすぐに見付かる。
 中にあったのは鍵付きの箱だったが、フルフェイスは躊躇いなく鍵を壊して開く。
「メモリーカード?」
 中に入っていたのはいくつかのメモリーカードであった。
 これが、F.i.V.E.を新人類教会の深部へと巻き込む決定的な第一歩となる。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『第二種接近遭遇』
取得者:鳴神 零(CL2000669)
『第二種接近遭遇』
取得者:秋津洲 いのり(CL2000268)
『第二種接近遭遇』
取得者:ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)
『第二種接近遭遇』
取得者:三島 柾(CL2001148)
『第二種接近遭遇』
取得者:プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)
『第二種接近遭遇』
取得者:麻弓 紡(CL2000623)
『第二種接近遭遇』
取得者:香月 凜音(CL2000495)
『第二種接近遭遇』
取得者:神城 アニス(CL2000023)
特殊成果
なし




 
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