怪盗フォックスからの予告状
●
「怪盗フォックスだ、怪盗フォックスが現れたぞ!」
「やられた! 金庫の中は空っぽだ!」
「探せ探せ探せ! 今なら、まだ遠くには行っていないはずだ!」
その日の夜は騒がしかった。
大勢の警官が叫びながら、混乱の渦のなかにある。鉄壁を誇る大銀行の金庫が、破られてしまったのだ。
「くそ、怪盗フォックスめ! どこに逃げた!?」
ここの警備の担当者。
狸川警部が、懸命に指揮を執る。大勢の警官での警備から、常人が逃げられるはずはないのだが……
「はっはっはっは! 予告通り、お宝は頂いていくよ」
警官の一人が突如、高らかな笑い声をあげ。
制服を脱ぎ捨てる。
完璧な変装を解いた姿。
そこには、仮面をつけた一人の隔者――怪盗フォックスが悠々と逃げおおせる姿があった。
「ま、待て! 怪盗フォックス!」
「狸川警部、また私の勝ちのようだね。それでは、ご機嫌よう」
怪盗フォックス。
最近、華麗に盗みを続ける盗賊だった。
此度も、まんまと狙った獲物を盗み出した隔者は、夜の街へと消えていってしまう。煮え湯を飲まされた警察は、地団駄を踏むしかない。
「今日も絶好調ね、フォックス」
「ああ、ココ。君に教わった変装術のおかげさ」
散歩でも楽しむように、逃げ続ける怪盗の隔者。
その肩に、化け狐の古妖がちょんと乗っていた。彼女は、怪盗フォックスの相棒である、狐のココという。
変装術の類を怪盗に授けたのは、この古妖だった。
「しかし、少し張り合いがないかな。こうも簡単ではね」
「気を抜いていると、足をすくわれるわよ?」
ココがするりとジャンプする。
すると、ぽんと煙がたち。一人の可愛らしい女の子が現れた。
「いつもながら、お見事な変身だね」
「ありがとう。で? 次は何を盗むつもりなのかしら?」
悪戯っぽい表情を浮かべる相棒に。
怪盗を名乗る隔者は、薄く笑って月夜を眺めた。
「そうだね、次は――」
●
「怪盗フォックスという盗賊が、近頃活発に活動して話題になっています」
久方 真由美(nCL2000003)は覚者達に説明を始める。
怪盗フォックス。
わざわざ予告状を送りつけ、盗みを働くという行為を繰り返す隔者であり。その被害額は、相当なものになってしまっているという。
「警察も、懸命な捜査を行っていますが。その正体すらも、判明していない相手です」
その怪盗から、また予告状が届いたのだ。
標的は、ある高名な博物館だ。
「こちらが、その予告状の内容なのですが……」
真由美が覚者達に、文面を示す。
そこには、こう記されていた。
『予告状
今宵、幽霊達が寝 静まった頃。こちら の博物館の逸品を一つい ただきます。私は
手応えのあるゲームが為 なら、何でもするのだが ね。そうそう、最近面白い夢を見た
天使と女神と悪魔だ
※そろそろお尻に火がついたかな、狸川警部……いやタヌキ君。後ろには気を付けたまえ。
怪盗フォックス』
「……予告状に書かれている逸品ですが。天使と女神と悪魔と書かれていることから、それに関連したどれかの品だと警察は考えているようです」
天使のルビー。
女神のサファイア。
悪魔のダイヤモンド。
この博物館が所有する三つの宝石は、天文学的な価値がある。怪盗フォックスは、三つのうちどれか一つを盗むつもりのようだ。
「現在、博物館は警察が厳重な警備を敷いて三つの品を守ろうしています。ですが、相手は隔者です。今回は、FiVEとしても協力することになりました」
今までことごとく予告通り、品物を盗み出してきた相手だ。
このままでは、また犯行を防げない可能性が高い。それを阻止して欲しいというのが、本件の依頼だった。
「皆さんには警察と協力してもらい、問題の博物館で待ち構えて宝石が盗まれないように。怪盗フォックスを撃退してもらうことになります」
問題の現場の話だが。
三つの宝石は、別々の部屋で展示されているらしい。
それぞれ鍵をかけられた一室に透明なケースにおさめられている。これを動かすことは、博物館側の意向で禁止されているとのこと。その部屋の前と、博物館の中では警官が配置されている。
「怪盗フォックスは、どうやら古妖の協力者を得ているようです。その古妖から教わった変装術は、まさに名人芸です」
変装や盗賊としてのスキルに注意し、物を守り。
遭遇した場合には、戦闘を行い撃退する必要がある。基本的には、宝石のある各部屋付近で覚者達も警備につくのが確実であるが。
「せめて、三つのうちどれが狙われているか分かれば……警備するのも少しは楽になると思うのですが」
真由美は予告状の文面をもう一度眺める。
どうも、引っ掛かる部分があったのだ。
「たぬき……ですか」
「怪盗フォックスだ、怪盗フォックスが現れたぞ!」
「やられた! 金庫の中は空っぽだ!」
「探せ探せ探せ! 今なら、まだ遠くには行っていないはずだ!」
その日の夜は騒がしかった。
大勢の警官が叫びながら、混乱の渦のなかにある。鉄壁を誇る大銀行の金庫が、破られてしまったのだ。
「くそ、怪盗フォックスめ! どこに逃げた!?」
ここの警備の担当者。
狸川警部が、懸命に指揮を執る。大勢の警官での警備から、常人が逃げられるはずはないのだが……
「はっはっはっは! 予告通り、お宝は頂いていくよ」
警官の一人が突如、高らかな笑い声をあげ。
制服を脱ぎ捨てる。
完璧な変装を解いた姿。
そこには、仮面をつけた一人の隔者――怪盗フォックスが悠々と逃げおおせる姿があった。
「ま、待て! 怪盗フォックス!」
「狸川警部、また私の勝ちのようだね。それでは、ご機嫌よう」
怪盗フォックス。
最近、華麗に盗みを続ける盗賊だった。
此度も、まんまと狙った獲物を盗み出した隔者は、夜の街へと消えていってしまう。煮え湯を飲まされた警察は、地団駄を踏むしかない。
「今日も絶好調ね、フォックス」
「ああ、ココ。君に教わった変装術のおかげさ」
散歩でも楽しむように、逃げ続ける怪盗の隔者。
その肩に、化け狐の古妖がちょんと乗っていた。彼女は、怪盗フォックスの相棒である、狐のココという。
変装術の類を怪盗に授けたのは、この古妖だった。
「しかし、少し張り合いがないかな。こうも簡単ではね」
「気を抜いていると、足をすくわれるわよ?」
ココがするりとジャンプする。
すると、ぽんと煙がたち。一人の可愛らしい女の子が現れた。
「いつもながら、お見事な変身だね」
「ありがとう。で? 次は何を盗むつもりなのかしら?」
悪戯っぽい表情を浮かべる相棒に。
怪盗を名乗る隔者は、薄く笑って月夜を眺めた。
「そうだね、次は――」
●
「怪盗フォックスという盗賊が、近頃活発に活動して話題になっています」
久方 真由美(nCL2000003)は覚者達に説明を始める。
怪盗フォックス。
わざわざ予告状を送りつけ、盗みを働くという行為を繰り返す隔者であり。その被害額は、相当なものになってしまっているという。
「警察も、懸命な捜査を行っていますが。その正体すらも、判明していない相手です」
その怪盗から、また予告状が届いたのだ。
標的は、ある高名な博物館だ。
「こちらが、その予告状の内容なのですが……」
真由美が覚者達に、文面を示す。
そこには、こう記されていた。
『予告状
今宵、幽霊達が寝 静まった頃。こちら の博物館の逸品を一つい ただきます。私は
手応えのあるゲームが為 なら、何でもするのだが ね。そうそう、最近面白い夢を見た
天使と女神と悪魔だ
※そろそろお尻に火がついたかな、狸川警部……いやタヌキ君。後ろには気を付けたまえ。
怪盗フォックス』
「……予告状に書かれている逸品ですが。天使と女神と悪魔と書かれていることから、それに関連したどれかの品だと警察は考えているようです」
天使のルビー。
女神のサファイア。
悪魔のダイヤモンド。
この博物館が所有する三つの宝石は、天文学的な価値がある。怪盗フォックスは、三つのうちどれか一つを盗むつもりのようだ。
「現在、博物館は警察が厳重な警備を敷いて三つの品を守ろうしています。ですが、相手は隔者です。今回は、FiVEとしても協力することになりました」
今までことごとく予告通り、品物を盗み出してきた相手だ。
このままでは、また犯行を防げない可能性が高い。それを阻止して欲しいというのが、本件の依頼だった。
「皆さんには警察と協力してもらい、問題の博物館で待ち構えて宝石が盗まれないように。怪盗フォックスを撃退してもらうことになります」
問題の現場の話だが。
三つの宝石は、別々の部屋で展示されているらしい。
それぞれ鍵をかけられた一室に透明なケースにおさめられている。これを動かすことは、博物館側の意向で禁止されているとのこと。その部屋の前と、博物館の中では警官が配置されている。
「怪盗フォックスは、どうやら古妖の協力者を得ているようです。その古妖から教わった変装術は、まさに名人芸です」
変装や盗賊としてのスキルに注意し、物を守り。
遭遇した場合には、戦闘を行い撃退する必要がある。基本的には、宝石のある各部屋付近で覚者達も警備につくのが確実であるが。
「せめて、三つのうちどれが狙われているか分かれば……警備するのも少しは楽になると思うのですが」
真由美は予告状の文面をもう一度眺める。
どうも、引っ掛かる部分があったのだ。
「たぬき……ですか」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.怪盗フォックスが予告した品が盗まれるのを阻止する
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
■怪盗フォックス
正体不明。隔者の怪盗です。
翼の因子:天行の使い手。
守護使役:猫系
予告状を出し、華麗に盗みを続けています。数多くの高価な美術品、あるいは汚職政治家の隠し財産などが次々と狙われては、被害にあっています。その被害額は、相当なものとなっています。
警察はこの隔者を逮捕しようと躍起になっていますが、ことごとく逃げられています。
この怪盗が、何を目的としていて盗みを続けているのか。その生い立ちや真意などは、全て謎に包まれています。
ただし、一般市民を標的にすることはほとんどなく。義賊扱いするファンも相当います。
変装の名人であり。盗賊としての能力やスキルは、決して侮れません。
戦闘能力も高レベルです。
■ココ
怪盗フォックスの相棒でもある、レベルの高い化け狐の古妖です。
怪盗フォックスとは長い付き合いであり。変装能力を、怪盗に仕込んだ本人でもあります。自身も、さまざまなものに変身します。可愛い女の子の姿がお気に入り。自分のみならず、他人の姿を変えることも可能。
イタズラ好きですが、殺生は嫌い。
気に入った相手には、敵味方関係なく好意的な接し方をするようです。
(主な戦闘方法)
狐火 A:特遠列 【火傷】【不殺】
変身して攻撃 A:特近単 【ノックB】【不殺】
他者を強制変身 A:特遠列 【呪怨】【不殺】
■狸川警部
怪盗フォックス担当の一般人の警部です。
大勢の部下を従えて、指揮しています。
正義感が強く、怪盗フォックスの逮捕に燃えていますが、ことごとく逃げられています。宝物の部屋の鍵は全て彼が持っています。覚者達には協力的であり、納得できる提案であれば聞いてくれます。
■博物館
大きな博物館です。三つの宝石は、密室となった部屋にそれぞれ保管されています。厚い扉には錠が掛けられていて、鍵を持っているのは警備責任者の狸川警部のみ。部屋の中央、透明なケースに宝石は入っており。ケースに触れれば警報装置が鳴る仕掛け。
部屋の前や、博物館内には大勢の警官が警備を行っています。
宝石のあるそれぞれの部屋は、かなり離れており。他の現場に移動するには、十分以上時間がかかります。宝石の移動は禁止されています。
■予告状
怪盗フォックスの洒落っ気で、盗むものを示す暗号になっています。暗号を解かなければ、即失敗というわけではありませんが。何を盗むつもりなのか、分かればそこに警備を集中して、より守りを固めることができるでしょう。
ちなみに、怪盗フォックス達と戦闘になった場合。隔者も古妖も高レベルな使い手であり、バラけての戦いは相当不利になります。
それでは、プレイングをお待ちしております。よろしくお願いします。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
150LP[+予約50LP]
150LP[+予約50LP]
参加人数
8/10
8/10
公開日
2016年05月09日
2016年05月09日
■メイン参加者 8人■

●
「学習雑誌とかの付録になぞなぞの本がついてるときがあったじゃないですか?その中に「た」ぬき言葉っていうのがありましたけど、これもそうなんだと思うんですよ」
博物館に向かう道すがら、『中学生』菊坂 結鹿(CL2000432)は、クラスメイトで探偵見習いの『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)に自分の考えを話して確認してみていた。
「だって、わざわざ予告状の中で警部のことをタヌキって言いなおしてます」
「……それで?」
「それに後ろに気をつけろですから……そこから考えるに……『狙いは女神だ』という解釈であってますか?」
結鹿は恐る恐る尋ねた。
すると、仲間の言葉を黙って聞いていた奏空は徐にポーズをとった。
「じっちゃんはいつも一人! じゃない! なんだっけ決め台詞! まぁ、いいや!」
せっかくの決め台詞なのに。
いいらしい。
「と、とにかく予告状の謎は解けた。お尻に火が付く。つまり文面の区切られた部分の最後の文字を拾う。すると「ね ら い は め が た だ」になる。しかし……タヌキという事で「た」を抜くと「み」になる。つまり、「ねらいはめがみだ」そう、怪盗の狙いは女神のサファイアだ!」
自分の推測が同じことに結鹿は、「よしっ!」って小さくガッツポーズ。
『花屋装甲擲弾兵』田場 義高(CL2001151)と『正位置の愚者』トール・T・シュミット(CL2000025)も頷いた。
「なるほどタヌキ言葉ね……そういや娘の雑誌付録にもそんなのあったっけな」
「敵の狙いは女神のサファイア。それを守るのが、今回の任務だな」
怪盗からの予告状から、狙いを絞りこんだ覚者達。
あとは耳打ちで変装対策の確認をしておく。大きな声では、もしかしたら隠れている怪盗に聞かれてしまうかも知れない。念には念をだ。
現場は警察が忙しなく動き回っており、恰幅の良い警官が皆を出迎えた。
「ああ、君達がF.i.V.E.からの覚者か。私が現場責任者の狸川だ。今回は、協力を感謝する。怪盗フォックスの逮捕に、是非力を貸して欲しい」
帽子を脱いで、狸川警部は覚者達に一礼する。
その目には大きなクマができており、苦労していそうな雰囲気が滲んでいた。
「ずっと追い続けているのね。すごいわ」
「おほっ! 俺たぬきときつねなら狸の方が好きなんだよね! だってぽんぽこだし! 揚げ物美味しいからね!」
三島 椿(CL2000061)と不死川 苦役(CL2000720)の弁に、警部は苦笑した。
「言い換えれば、ずっと逃がし続けているわけだがね。それと、私も揚げ物の方が好きだ。ちなみに油揚げは、あの怪盗気取りを逮捕するまで見たくもないがね」
「怪盗って聞こえは良いけど、結局は泥棒だよね」
葉柳・白露(CL2001329)は、話を合わせながらも頭の中では――
(狸刑事、「奴はとんでもないものを盗んでいきました。あなたの心です」とか言ってくれないかな……勿論ボク以外に)
などと。
第六感を働かせて怪しい者が居ないか注意しつつも、考えていた。見つけたら、それとなく仲間だけには伝えるつもりだった。
「怪盗なんて自称していますが、やってる事はただの連続窃盗です。予告すれば良いって物じゃありません。捕まえてなんでこんな事をしてるのか問い詰めてやりましょう」
『蒼炎の道標』七海 灯(CL2000579)は、そう言いつつも狸川警部の後ろが気になっていた。だって、本当にお尻に火を付けられたりしちゃうかも知れないし。
「うむ。頼りにさせてもらおう。我々に出来ることがあったら言ってくれ」
「それなら、覚者である私たちを部屋の中に入れてほしい」
椿の言葉に、警部は腕組みをして眉を寄せた。
「私たちが中で待ち伏せる。覚者に技能で対抗できるのは覚者。戦闘になったら貴方の部下が傷ついてしまう。部屋の周囲に多くの警官が居ては、彼らの中にまじって怪盗に逃げられてしまう」
「ふむ……なるほど。だが、盗まれる可能性のある品は三つ。君達だけで、手は足りるのかね?」
狸川警部の疑問に、覚者達は自分達の解答をぶつける。
トールが、まず口火を切った。
「予告状は、妙な空白部分の最後と、文末を繋げてくんだよ」
「……文末?」
「ひらがなに直し「た」を取り除き、不自然に区切られた文章の一番最後の言葉を繋げて読むと
「ねらいはめがみだ」になります、狙いは女神のサファイアですね。犯行時間は「幽霊達が寝静まった頃」つまり丑三つ時の後、でしょうか」
予告状を手にした現場責任者に、灯が丁寧に解説する。
狸川警部は、ほうと唸った。
「なるほど。断言は出来んが、その可能性は高そうだな」
「怪盗の変身の力で偽物が部屋に近寄らないよう、警官達は該当部屋以外で警備してもらいたいんです」
奏空は、更に作戦上了承を得たい部分を伝える。
怪盗が物質透過を持っている可能性を危惧して該当部屋の天井にワイヤーを張る事。それでも侵入された時の為を考え部屋内部の警備はF.i.V.E.メンバーのみ。
そして、警部は鍵を持って外で警備して貰う。
「敢えて、人数をかけず……か。これは、賭けだな」
「これも怪盗捕縛と宝石の死守の為です」
警部は奏空の目をじっと確かめ、それから覚者達一人一人を見渡し。
重々しく頷いた。
「……良かろう。君達に賭けることにする」
言葉ほどに簡単な決断ではなかったろう。
そのことは、相手の苦い表情から覚者達が一番に察するところだった。
●
「私が知っているスキルでフォックスに使われると厄介なのは【物質透過】ですね……これのお陰で部屋の上下左右全体を警戒しなくてはなりません。なので、少しでも警戒する範囲を少なくする為に小細工しましょう」
灯の構想はこうだ。
ワイヤー等を天井付近に縦横無尽にケースの上付近を重点的に張り巡らせて、疑似的に天井の厚さを増設。下の階の部屋の天井も同様だ。
「これで、上下からの侵入の危険を少しでも減らす事が出来ると思います」
「それは、空を飛べる私がやるわね」
「なら、私はそのお手伝いをしますね」
椿がバックから準備した道具を取り出す。
灯の指示に従いながら飛行し、天井に布やワイヤー等をはりつけ天井の厚さを増す。終わったら物質透過で壁から部屋の外へと出た。
(えげつない罠だなー)
仲間がトラップ設置するのを見上げながら、白露そう思うが面白いので突っ込まない。逆に口に出したのは、以下の通り。
「いいぞ、もっとやれ。強い覚者なら問題ないだろうしね」
「ところで、ケースの宝石は本物だよな?」
義高は超直観を働かせて、ケース越しに問題の逸品を観察する。
覚者達は、女神のサファイアのケースのある部屋で警戒する予定だが……
(よくこの手の策の怪盗物だと、先に実際は盗まれていて、時間で騒ぎを起こして盗んだようにしているなんてトリックあったよな)
万が一、案内された時点で本物が失われていると気付いたなら、警部にその旨を話し。
「どうやら怪盗は恐れをなして、予告状を守らなかったらしい。口ほどにもない奴だったな。義賊なんて一部でいわれたそうだが、やっぱりこそ泥は所詮こそ泥でしかなったってことか」
とでも言ってやるつもりだったのだが。
……ここに入る鍵をもつ警部が怪しいと思うからだったが。
「見た限り、本物のようだな」
残念ながらというべきなのか。
大粒な見事なサファイアの神々しい輝きは、魔性ともいうべき輝きを放っていた。
(まあ良い。なら、ケースの上下から来ることも予想できる)
ここでも超直観を働かせて、ちょっとの異変、予兆も見逃さない……つもりだ。
トールは宝石の真上の部屋に、そこに警報空間を設置した。警官が他の部屋へ出払ったら、宝石部屋に通じる通路にも警報空間を。
三箇所目は、宝石ケース真上に展開。
「ルパンを気取ってるのか、ねずみ小僧か。義賊気取りなら、そろそろ、その天狗の鼻を折ってやる」
最後に警部へ制服を借りて、警官に扮装して部屋の前で警備する。停電に備えて、懐中電灯も忘れていない。
「ああ、「海」「ヒポポタマス」みたいなので合言葉してたら良いよ! あと3人以上で基本動いてね! あっとっはー。そーね、ブレーカー落とされない様にソッチにも手勢置いとくのと、基本は宝石部屋に警察屋さんは近づかないでね」
苦役は警察に指示に出し。
椿も怪盗の変装対策の為、警察官は三人グループ行動を依頼する。
「では、部屋を閉めるわ。鍵は警部が持っていて」
「分かった。任せてくれ」
「あと、警部も一人で行動しないよう注意して」
「最低でも三人組で動く……だな」
「一応俺も警官の格好してた方がいいかな」
不自然にならぬよう警察官のフリの為、警官服を椿や奏空も着る。
覚者達は二つのチームに分かれ。部屋の外と中に人数を割く。女神のサファイアが納められた部屋の扉は、内外の全員の目の前で確かに施錠された。
結鹿は女神のサファイアのケースの前で、ステルス状態で待機した。
(これで警察の方には察知されませんし、わたしに反応するのは仲間か怪盗たちだってわかりますね)
●
「犯行予測時間は幽霊達が寝静まった頃……つまり丑三つ時の後だね!」
びしぃ!
と、奏空がポーズを決め。覚者達は、油断なく警備を続ける。1時間が経ち、2時間が経ち……やがて。
草木も眠る丑三つ時。
緊張が走る博物館内は、騒然となった。
「警部、大変です!」
三人組の警官達が、慌ててこちらに駆けてくる。
狸川警部は、部下達を手で制した。
「待て。合言葉は?」
「彼の顔は食べられる? いやー、作りものだったらパクつけるかな、って」
苦役も不審に部屋に近づく者への対処、一般警察屋さんが魔眼や記憶操作を加えられた3人組である可能性がある事も警戒していた。
「海!」
「……ヒポポタマス。よし、何があった?」
どうやら、本物の警官。
そして、観察した限りは細工はされていないようだった。苦役は、透視して壁越しからの目視をする。こちらでも中の仲間達が、宝石を変わらず守っているのを確認できる。
「か、怪盗フォックスが、怪盗フォックスが……!」
「奴が、どうした!?」
「怪盗フォックスが現れて、天使のルビーと悪魔のダイヤモンドが盗まれた模様です!」
「何!?」
警部だけでなく、覚者達も息を呑む。
怪盗の狙いは、この部屋にある女神のサファイアではなかったのか。
「警備をしていた者達は、全員気絶しています。応援をお願いします!」
「分かったっ。すぐ行く!」
狸川警部が意気込む。
トールは室内の奏空へと、そっと連絡する。
「こちら扉前。警官が三人来た。他の二つの宝石の方に、隔者が現れたらしい」
「うん、大声だったからこちらまで聞こえてきたよ」
奏空が送受心・改で受けた報告に相槌をうつ。
部屋の中から透視していた白露も、その外の様子を眺めていた。
「警部は、そちらの方に行くみたいだ。ボク達は、どうする?」
「きっと陽動ですから、わたしはここにいます」
即答したのは、ケースの前に張り付いていた結鹿だ。
他の者達も、顔を見合わせて同意する。敵の意図は分からぬが、ここで持ち場を離れてはせっかくの準備が台無しになり得策ではない。
「こうしてはいられんっ。私は行ってくる。ここは頼む!」
「警部、こちらです!」
狸川警部は、部下達を引き連れて意外なほどの機敏さで廊下を疾走する。
その姿は、すぐに小さくなり角を曲がって消えた。
(……どういうこと?)
椿の疑問は、誰もが抱くものだった。
館内には人の大声が反響し合い、大混乱をきたしている。怪盗側に攪乱されているのは、認めざるを得ない。
「何かが来る……?」
通路に構築した警報空間が異常を知らせ。
トールは、いつの間にか周囲が煙に包まれ始めていることに気付く。コロコロとボール大の何かが転がってきたかと思うと、白煙が視界を埋め尽くすほどに充満する。
「はっはっはっは! 怪盗フォックス、華麗に参上!」
お互いすら認識できない白の世界。
どこからか、高笑いする隔者の声が耳をついた。
「フォックス……煙玉を使っている間に、大口開けると呼吸困難になるわよ」
古妖らしき呟きも、近くから聞こえる。
そして、煙が晴れると――そこには。
「お初にお眼にかかる、覚者の諸君」
顔には仮面。
洒落たスーツを着こなした、噂の怪盗が扉の前に佇む。
「怪盗フォックス、予告通り夢の逸品をいただきに参上した。ここを守っているということは、君達は暗号を解いてくれたということかな?」
「言葉のお尻をみればいいのね。そして最後は狸。答えは「ねらいはめがみ」……女神。時刻は丑三つ時の後」
慇懃無礼にかしこまる相手に、椿が注意深く相対する。
仮面の敵は、おどけた様子で手を叩いた。
「ご名答。ふふ、君達は狸川警部よりも楽しめませてくれそうだ」
「おー! ここを狙ってたんだな!! ……ぇ!? あ、うん! 知ってた! 超知ってたよ!! ほら、だって女神だし? 良いよね女神、だって女の子だし!」
色々と誤魔化すように。
苦役は戦闘を開始。治癒力を高める清廉香の匂いを撒く。
「怪盗フォックス。今日がお前の終わりだよ」
トールがB.O.T.で弾幕を張る。
波動弾が、敵へと降り注ぐが。あくまで不殺。大怪我はさせない。
「これは手荒い歓迎だね」
怪盗フォックスは、人間離れした動きで弾を避ける。
外套をひらめかせて、玩具じみた銃を構えて引き金を引く。すると――
「バン!」
「っ」
覚者達は、目に見えない力に押されたように。
後ろへと吹き飛ばされる。身体が、壁を叩きつけられ一瞬呼吸が止まる。
「『逮捕しちゃうわよ』と言えと言われたわ」
お返しとばかりに、椿はエアブリットを放つ。
高圧縮した空気の塊が、強烈な渦を巻いて轟くのを見て。怪盗フォックスは、ニヤリと笑った。
「ふふ。美人に捕まるのは、怪盗冥利に尽きるけどね」
●
扉の外で、覚者達が奮闘している一方。
実は内側でも、異変は起こっていた。
「急に、何が……」
室内にもモクモクとした煙がまみれる。
閉ざされた室内であるため白煙はなかなか引かず。しかも、身体が次第に重くなっていく。
「この煙を吸っちゃ駄目だ」
「眠らせて無力化を謀るつもりか」
覚者達は、注意して身構える。
不思議なガスの効果を、義高は集中して耐え。
「出てこい、出てこい怪盗フォックス♪ 出てくりゃあの世へ直行便♪ 地獄の魔女どもお待ちかね♪」
仲間を起こす意味を含めて、調子っぱずれに大声で歌って奮い立たせる。
視覚は真っ白、聴覚は仲間の歌声に覆われる中。白露の第六感に、何かが閃く。
(誰かが……入ってきた?)
停電対策として時間前に点けておいた懐中電灯の光に、一瞬だけ何かが照らされた気がする。
『こちら扉外。怪盗フォックスが、外側に現れた』
トールから奏空へと、連絡が入る。
同時に。彼の感情探査にも何かが引っ掛かる。
(この感情は、圧倒的な余裕と自信……それに……)
だが、まだうかつに動くことができず。
ようやく、煙の勢いが落ち着いたと思ったら。覚者達は、信じられないものを目撃した。
「俺が……二人?」
「俺が……二人?」
全く同じ姿。
全く同じ声。
全く同じ守護使役。
二人の工藤奏空が、そこにはいた。
「変装した偽者だなっ」
「変装した偽者だなっ」
仕草や、話し方まで完璧に同じ。
示し合せたひようなタイミングで互いを指差す。
「じっちゃの名にかけて絶対捕まえる! 俺にじっちゃんはいないけど」
「じっちゃの名にかけて絶対捕まえる! 俺にじっちゃんはいないけど」
二人の奏空は、寸分違わず。
同じポーズで決め台詞を、ハモらせて合唱した。
「まさか……ここまで」
「そっくりに化けるとは」
仲間達は、二人になった奏空を半ば呆れたように見やる。
普通に考えれば、どちらかが変装した偽者だろう。普通に見た分には、見分けなどつきそうもない。それほど、完璧な変装ぶり……なのだが。
「俺には分かる。偽者はお前だ」
義高が自信を込めて、片方の奏空を偽者と断じる。
超直観による観察眼が、普通では気付かぬ僅かな違和感を見抜いたのだ。
「な、ちょっと待ってくれ。俺が本物の工藤奏空だ。仲間だ」
「任務中ですから」
指摘を受けた方の奏空が、慌てて無実を訴えるが。
ケースの前に近づくのが仲間の姿であろうと、結鹿は刀を構える。
「ゴメンなさい。わたしは怪盗の変装を見破るすべがないから、警戒するほかに手段がないんです」
決して警戒は解かない。
それは、どちらの奏空が近付いてこようとも同様だ。
「……七海さん、確かめてもらっていいかな?」
弁明する方と異なり。
もう一方の奏空は、落ち着いて仲間に視線を送る。灯は頷くと、まず全身から光を発する。
(フォックスも盗みに不必要なスキルなどは用意していないでしょう。【発光】は目立ちますし【暗視】があれば事足ります)
なので、自分が本人である証明としては発光で光っておけば良い。
灯は光に包まれた身を、皆に充分に晒してから送受心・改で二人の奏空に呼びかける。
曰く。
『苦役は?』
これは、覚者達の間だけで決めておいた合言葉。
問いかける人を灯一人に絞る事で、フォックスへの答えの流出を防ぎ。また、他の者が問いかけをしたら敵の可能性があるという罠も兼ねていた。
「苦役……? 苦役は……扉の前に……」
一方の奏空が不思議そうに首を傾げ。
もう一方の奏空は――
『イケメン』
と送信して返す。
これで、どちらが本物でどちらが偽者か。誰の目にも明らかだった。
「……やれやれ」
観念したように、奏空は。
いや、奏空の姿をしたそれは両手を挙げた。
「せっかく騒ぎを起こして狸川警部から鍵を盗み出して。守護使役までココに変装させてもらったというのに。まさか、こんな手に引っ掛かるとはね。超直観持ちがいたのも、痛かったかなー」
バッと衣服に手を掛ける。
すると次の瞬間には覚者達の目の前には、仮面をつけた隔者。怪盗フォックスが現れた。その手には警部が持っていたはずの、この部屋の鍵が握られている。
「本当、油断していると足をすくわれるね。外で私の振りをしてもらっているココに、これじゃあ怒られてしまうな」
怪盗フォックスは肩をすくめる。
どうやら、部屋の外で戦っているのは隔者に変身した古妖であるらしい。
「ゲームオーバーです、フォックス」
正体を現した敵へと。
灯が飛燕を振るう。目にも止まらぬスピードの二連撃を、隔者はかいくぐって扉へと指を向けた。
「いや、もう少しゲームを続けさせてもらうとするよ。お嬢さん」
フォックスが手袋越しの指を鳴らす。
パチンという音と共に、雷撃が走り。部屋の厚いドアを粉々に砕く。外で争っていた面子と、内で争っている面子が顔を合わせた。
「あら、フォックス」
「やあ、ココ」
同じ顔をした隔者と古妖が、呑気に手を振り合う。
やはり、妙な光景だった。
「お目当ての物は、手に入れられたの?」
ココがくるりんと、宙で一回転すると隔者の姿から可愛らしい少女の姿へと変わる。フォックスは、両腕で大きくバッテンを作ってみせた。
「いやいや、見事に失敗したよ。この覚者君達は予想以上にやり手なようだ」
「はん、たまには良い薬ね」
「耳が痛いね……でも、このまま引き下がるのもあれだからさ」
「最後は力尽くってわけ? そういうの、嫌いじゃなかった?」
「まあ、言葉を返すなら……たまには良いんじゃないかな」
隔者と古妖。
二人は背中合わせになって、覚者達に対する。
「悪戯が過ぎるんだよお前ら。ココもフォックスも二人共軽く拳骨だ」
トールが呪符を飛ばす。
敵の狙いは宝石だろうから、宝石へ近づけないことを意識。引っ掴んででも止める。最初の狙いは古妖の方だ。
「痛いのは嫌い。拳骨するなら、フォックスだけにして」
「おいおい、ココ。簡単に相棒を売らないでくれ」
覚者達に囲まれるような形で、攻撃を受けているにもかかわらず。
怪盗コンビは的確に砲火をいなし。口を動かしながらも互いをフォロー。攻守ともに抜群の連携を発揮して見せた。
「おぉ! ちょっと格好良いかなって思っちゃった俺の少年心を古妖と一緒ということで爆破したヤローに理不尽な怒りをぶつけてやるぜ! 良いか! 怪盗は一人でやるから怪盗なんだよ! 分かってない! 分かってないよ!!!」
苦役は錬覇法で強化した後。
近接して指捻撃。離れたら棘一閃を振るう。その叫びには、何か念がこもっていた。
「ふふふふふ。甘い、甘いね、覚者君。怪盗には、頼もしい仲間がつきものなのだよ。君こそ、分かっていないね!」
「……どっちも、私には似た者同士に見えるけどね」
妙にムキになって張り合うフォックスに。
ココは微妙な視線を送った。しかも、自分を狙ってくる攻撃に対しては、さりげなく相棒の影に隠れて盾にしていた。隙を狙っては、狐火の炎を浴びせてくるので気を抜けない。
「へー、良い毛並み。自分でセットしてんの? それともアイツ?」
醒の炎を使っておいた白露は、敵の火に炎撃で対抗した。
討伐ではなく行動不能くらいで、深追いはせず無理と判断したら持久戦の構えだ。
「獣姿のときも、人間姿のときも、毛づくろいはフォックスの役目よ」
「ふうん、仲良いんだね。付き合い長いんだ」
戦闘しつつ、それとなく会話をふって情報を聞き出す。
猛の一撃、飛燕を見舞うと。
「まあ、付き合いだけは長いわね。最近調子に乗っているから、ちょっと心配だけど」
ココはまた宙返りした。
ぽん、と煙を立てて巨大な獅子の姿に変身する。
「そういう意味で言うと、あなた達には少し感謝しているわ。あの子をやり込めてくれて」
(ある意味古妖と上手く付き合ってるケースなんだろね、やってる事はまああれだけど)
巨碗が覚者達を吹き飛ばす。
奏空は錬覇法の後に、迷霧を発生させて弱体化を図った。
(ガラスケースを守る事を第一に!)
雷獣で雷を射ち放ち。
飛燕の刃で必死になって、怪盗達を近付けまいと奮戦する。
(怪盗をもし捕らえるか追いつめるところまでいけたなら、なぜ盗みをするのか問いただしたいところだな。もしかすると、今後のわれわれの行動にも関わるかもしれないからな)
義高は醒の炎、蔵王、蒼鋼壁をフル装備。
(それとココの処遇だが、ファイヴに任せるしかないな。ただ、娘への土産でもいいな。といって、怪盗に仕込まれちゃ困るんだが。おとなしくいたずら好きのペットとして飼われてくれるんであれば、それでもいいのかもしれんな。ま、ここでの話だがね)
胸中で苦笑してから。
五織の彩で、心を込めて殴りかかる。変身した古妖の腕を、勢いよく弾き返した。
(ケース前から離れたくないですね)
結鹿は遠めから氷巖華を繰り出す。
併せて、肉体の活性化させ岩の鎧で身体を纏い。霧を展開して、敵二人を少しでも弱らせるように努めた。
「行かせませんよ」
「いや、行かせてもらうよ」
灯が地烈で、連撃を放てば。フォックスは、エアブリッドで迎撃する。覚者達と隔者達の戦いは、一進一退で押しつ押されつを繰り返した。
「……貴方はどうして泥棒をしているの。何か理由があるのかしら。貴方の盗みを続ける理由を私は知りたい」
椿は潤しの滴、潤しの雨を使って味方を癒し。
薄氷で足止めを行いながら、相手が突破を仕掛けてきたら全力で防御し――疑問をぶつけた。
「はは、理由ねえ。そうだね、正しいだけでは救えないものがあるから、かな」
フォックスは愉快そうに、答えて雷を鳴らす。
その様子を、ココは興味深そうに見守っていた。
「へえ。どうやら、フォックスはあなた達のことを気に入ったようね。じゃあ、私もそれなりのおもてなしをさせてもらいましょうか」
徐に古妖は、指先で光る陣を描く。
覚者達の身体を、妖しい光が包み込んだ。
「フォックスも、実際に喰らって変装術のコツを掴んだからね。運が良ければ、あなた達も開眼できるかも」
ココが柏手を叩く。
刹那、前衛にいた覚者達の姿が――小さな子供の姿に変わった。
「な!」
「さて、どんどんいくわよ」
強制変身の術。
ココが手を打つたびに、覚者達は老人から若人へ。男から女へ。人間から動物へと。次々に変わっていってしまう。呪いの力なのか身体も上手く動かず。こうなると、もう戦うどころではない。
「前衛と中衛は交代して」
「回復させるよ」
椿は深想水で、奏空は演舞・舞音でリカバーを施し。
隊列を整えて、何とか戦線を支える。
「基本は殺す気満々で! だったけどねえ」
だって向こうは手加減してくれるんでしょ?
ならそれに甘えたーい、と思っていた苦役は子供の姿になってしまい一旦中衛に下がる。
「ま、アレだよアレ。俺は自分より格上である相手に不殺を心がけて行けるほどテクってない! みたいな? ま、俺より弱かったら不殺目指すけど!」
ただし、どんな姿であろうとも芯の部分は変わらず。
香仇花の独特な匂いで、ダメージを与えるように促した。
「娘と同じような歳になるとはな」
義高も身体が思うように動かないなかで回復を受け。
懸命にギュスターブを振るう。自分の武器が、ここまで重く感じるのは初めてだった。
(観察だ、観察するんだ)
トールは癒しの滴、癒しの霧でカバーしバッドステータスに耐え。
よくよく相手を観察する。
「はい、あなたは……そうね。覚醒状態のまま、元の年齢に戻ってみる?」
ココがトールに対し手を叩く。
十歳から二十六歳へ。普段とは逆の変化を味わいながら。それでも観察を続ける。怪盗達を捕まえ、掛けたい言葉があった。
(盗品の返還は必須として、ファイヴでその力、活かしてみないか?)
それだけの力があると、七星剣やら、悪い奴らも寄ってきそうだ。
古妖のココも、それは嫌なはずだろう。あと、ついでに汚職リストがあれば警部に渡してほしい。司法取引ってやつだ。
(罪を償う代わりにどうだ。こっちも、怪盗をやる位には楽しいとこだぞ)
そんな思いを胸に。
彼の中で、何かが静かに開眼し始めていた。
「……ほう」
ココは面白そうに、覚者を見て微笑んだ。
それは、教師が生徒を褒めるような表情だった。
「ココの悪い癖が出始めたか……こいつは、万一のため急ぐかな」
フォックスが呟いて、部屋の中の宝石へと迫る。
今の覚者達の状況ならば、充分に賞賛があるという計算だったのだろうが。
「甘いね」
中衛に下がっていた白露が、宝石に手を掛けられる寸前に火柱で妨害する。燃え盛る炎の柱が、焦った隔者に直撃した。
「あつっ! ……下手すればサファイアにも当たるところだよ」
「まあ、溶かしたりしないから大丈夫だよ。多少熱いかもしれないけど」
フォックスが、下がったところに。
奏空が追い撃つ。
「俺は工藤奏空! 探偵見習いだよ! 覚えておけ!」
「探偵見習い君か。なるほど、私にとっては天敵というわけだ」
双刀を喰らい。
それでも、宝石の方へと意識を向ける怪盗へと。
「悪の栄えたためしはありません、大人しく縄についてください」
ケースの前で、ずっと守護を続けていた砦。
結鹿が渾身の力をもって太刀を一閃。怒涛の勢いで白刃が煌めき、隔者は今度こそ本格的な後退を余儀なくされる。
「くっ!」
「フォックス!」
傷を負ってふらつく隔者を、慌てて古妖が支える。
敵の集中力が乱れたせいか、強制変身させられていた覚者達の姿が一斉に元に戻った。
「しっかりして、大丈夫?」
「……どうやら、熱くなり過ぎたらしい」
隔者は平気だと言わんばかりに、肩の埃を払う。
仮面越しに、盛大なため息をついたのが分かる。深々とした吐息だった。
「今日はここまでにしておこうか。連勝記録が、ここで止まってしまって残念だが……探偵見習い君、これを」
フォックスが何かを投げ、奏空が反射的にそれをキャッチする。
手に収まったのは、大粒のダイヤモンドとルビー。
「それは、私が今宵盗んだ天使のルビーと悪魔のダイヤモンド……の偽物だ」
「……どういうこと?」
覚者の質問に。
隔者は口笛を吹いて応じた。
「ここの館長は、不正に博物館内の品物を横流ししていてね。代わりに偽物を本物と偽って展示しているんだよ。その二つも調べてみたが。本物は闇マーケットに流れてしまっているみたいでね」
「……確かに、これは偽物のようだな」
義高が超直観で、二つの宝石が本物ではないと見抜く。
フォックスの言葉は、真実のようだった。
「その女神のサファイアも、近々闇マーケットに流れてしまうという情報を掴んでね。何とかしようと思ったが……まあ、それは君達に任せるとしようか」
怪盗が古妖と共に身を翻す。
白露はその背中に――
「ねえ、キミにとって怪盗業ってどういうものなの? スリル? 愉快? 正義? 悪党? それとも全部?」
「……その全部であって、そのどれでもないってところかな」
「あ、そうだ。どうせならサイン頂戴、なんか記念になりそうだし。駄目なら良いけど」
「はは、それはまた今度ということで。それでは、失礼するよ――覚者の諸君」
「待ちなさい」
灯が逃げる相手に鎖分銅の麻痺を与えようとするが。
一歩遅く。隔者達の姿は闇へと消えていった。耳に残る高笑いを残しながら――
その後。
合流した狸川警部に全ての事情を話し。
博物館を徹底的に調査したところ、横流しの事実が発覚。館長以下多くの職員が緊急逮捕された。怪盗の弁は全面的に正しかったらしい。
また。
「ちゃんと見張っていますから、ケースから離れてください」
「いや、でも……」
「離れないのは怪盗だからだと判断しますね」
まだ油断はできないと。
宝石に近付こうとする警官に、結鹿は刀を向け続けて騒がしい夜は朝を迎えるのだった。
「学習雑誌とかの付録になぞなぞの本がついてるときがあったじゃないですか?その中に「た」ぬき言葉っていうのがありましたけど、これもそうなんだと思うんですよ」
博物館に向かう道すがら、『中学生』菊坂 結鹿(CL2000432)は、クラスメイトで探偵見習いの『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)に自分の考えを話して確認してみていた。
「だって、わざわざ予告状の中で警部のことをタヌキって言いなおしてます」
「……それで?」
「それに後ろに気をつけろですから……そこから考えるに……『狙いは女神だ』という解釈であってますか?」
結鹿は恐る恐る尋ねた。
すると、仲間の言葉を黙って聞いていた奏空は徐にポーズをとった。
「じっちゃんはいつも一人! じゃない! なんだっけ決め台詞! まぁ、いいや!」
せっかくの決め台詞なのに。
いいらしい。
「と、とにかく予告状の謎は解けた。お尻に火が付く。つまり文面の区切られた部分の最後の文字を拾う。すると「ね ら い は め が た だ」になる。しかし……タヌキという事で「た」を抜くと「み」になる。つまり、「ねらいはめがみだ」そう、怪盗の狙いは女神のサファイアだ!」
自分の推測が同じことに結鹿は、「よしっ!」って小さくガッツポーズ。
『花屋装甲擲弾兵』田場 義高(CL2001151)と『正位置の愚者』トール・T・シュミット(CL2000025)も頷いた。
「なるほどタヌキ言葉ね……そういや娘の雑誌付録にもそんなのあったっけな」
「敵の狙いは女神のサファイア。それを守るのが、今回の任務だな」
怪盗からの予告状から、狙いを絞りこんだ覚者達。
あとは耳打ちで変装対策の確認をしておく。大きな声では、もしかしたら隠れている怪盗に聞かれてしまうかも知れない。念には念をだ。
現場は警察が忙しなく動き回っており、恰幅の良い警官が皆を出迎えた。
「ああ、君達がF.i.V.E.からの覚者か。私が現場責任者の狸川だ。今回は、協力を感謝する。怪盗フォックスの逮捕に、是非力を貸して欲しい」
帽子を脱いで、狸川警部は覚者達に一礼する。
その目には大きなクマができており、苦労していそうな雰囲気が滲んでいた。
「ずっと追い続けているのね。すごいわ」
「おほっ! 俺たぬきときつねなら狸の方が好きなんだよね! だってぽんぽこだし! 揚げ物美味しいからね!」
三島 椿(CL2000061)と不死川 苦役(CL2000720)の弁に、警部は苦笑した。
「言い換えれば、ずっと逃がし続けているわけだがね。それと、私も揚げ物の方が好きだ。ちなみに油揚げは、あの怪盗気取りを逮捕するまで見たくもないがね」
「怪盗って聞こえは良いけど、結局は泥棒だよね」
葉柳・白露(CL2001329)は、話を合わせながらも頭の中では――
(狸刑事、「奴はとんでもないものを盗んでいきました。あなたの心です」とか言ってくれないかな……勿論ボク以外に)
などと。
第六感を働かせて怪しい者が居ないか注意しつつも、考えていた。見つけたら、それとなく仲間だけには伝えるつもりだった。
「怪盗なんて自称していますが、やってる事はただの連続窃盗です。予告すれば良いって物じゃありません。捕まえてなんでこんな事をしてるのか問い詰めてやりましょう」
『蒼炎の道標』七海 灯(CL2000579)は、そう言いつつも狸川警部の後ろが気になっていた。だって、本当にお尻に火を付けられたりしちゃうかも知れないし。
「うむ。頼りにさせてもらおう。我々に出来ることがあったら言ってくれ」
「それなら、覚者である私たちを部屋の中に入れてほしい」
椿の言葉に、警部は腕組みをして眉を寄せた。
「私たちが中で待ち伏せる。覚者に技能で対抗できるのは覚者。戦闘になったら貴方の部下が傷ついてしまう。部屋の周囲に多くの警官が居ては、彼らの中にまじって怪盗に逃げられてしまう」
「ふむ……なるほど。だが、盗まれる可能性のある品は三つ。君達だけで、手は足りるのかね?」
狸川警部の疑問に、覚者達は自分達の解答をぶつける。
トールが、まず口火を切った。
「予告状は、妙な空白部分の最後と、文末を繋げてくんだよ」
「……文末?」
「ひらがなに直し「た」を取り除き、不自然に区切られた文章の一番最後の言葉を繋げて読むと
「ねらいはめがみだ」になります、狙いは女神のサファイアですね。犯行時間は「幽霊達が寝静まった頃」つまり丑三つ時の後、でしょうか」
予告状を手にした現場責任者に、灯が丁寧に解説する。
狸川警部は、ほうと唸った。
「なるほど。断言は出来んが、その可能性は高そうだな」
「怪盗の変身の力で偽物が部屋に近寄らないよう、警官達は該当部屋以外で警備してもらいたいんです」
奏空は、更に作戦上了承を得たい部分を伝える。
怪盗が物質透過を持っている可能性を危惧して該当部屋の天井にワイヤーを張る事。それでも侵入された時の為を考え部屋内部の警備はF.i.V.E.メンバーのみ。
そして、警部は鍵を持って外で警備して貰う。
「敢えて、人数をかけず……か。これは、賭けだな」
「これも怪盗捕縛と宝石の死守の為です」
警部は奏空の目をじっと確かめ、それから覚者達一人一人を見渡し。
重々しく頷いた。
「……良かろう。君達に賭けることにする」
言葉ほどに簡単な決断ではなかったろう。
そのことは、相手の苦い表情から覚者達が一番に察するところだった。
●
「私が知っているスキルでフォックスに使われると厄介なのは【物質透過】ですね……これのお陰で部屋の上下左右全体を警戒しなくてはなりません。なので、少しでも警戒する範囲を少なくする為に小細工しましょう」
灯の構想はこうだ。
ワイヤー等を天井付近に縦横無尽にケースの上付近を重点的に張り巡らせて、疑似的に天井の厚さを増設。下の階の部屋の天井も同様だ。
「これで、上下からの侵入の危険を少しでも減らす事が出来ると思います」
「それは、空を飛べる私がやるわね」
「なら、私はそのお手伝いをしますね」
椿がバックから準備した道具を取り出す。
灯の指示に従いながら飛行し、天井に布やワイヤー等をはりつけ天井の厚さを増す。終わったら物質透過で壁から部屋の外へと出た。
(えげつない罠だなー)
仲間がトラップ設置するのを見上げながら、白露そう思うが面白いので突っ込まない。逆に口に出したのは、以下の通り。
「いいぞ、もっとやれ。強い覚者なら問題ないだろうしね」
「ところで、ケースの宝石は本物だよな?」
義高は超直観を働かせて、ケース越しに問題の逸品を観察する。
覚者達は、女神のサファイアのケースのある部屋で警戒する予定だが……
(よくこの手の策の怪盗物だと、先に実際は盗まれていて、時間で騒ぎを起こして盗んだようにしているなんてトリックあったよな)
万が一、案内された時点で本物が失われていると気付いたなら、警部にその旨を話し。
「どうやら怪盗は恐れをなして、予告状を守らなかったらしい。口ほどにもない奴だったな。義賊なんて一部でいわれたそうだが、やっぱりこそ泥は所詮こそ泥でしかなったってことか」
とでも言ってやるつもりだったのだが。
……ここに入る鍵をもつ警部が怪しいと思うからだったが。
「見た限り、本物のようだな」
残念ながらというべきなのか。
大粒な見事なサファイアの神々しい輝きは、魔性ともいうべき輝きを放っていた。
(まあ良い。なら、ケースの上下から来ることも予想できる)
ここでも超直観を働かせて、ちょっとの異変、予兆も見逃さない……つもりだ。
トールは宝石の真上の部屋に、そこに警報空間を設置した。警官が他の部屋へ出払ったら、宝石部屋に通じる通路にも警報空間を。
三箇所目は、宝石ケース真上に展開。
「ルパンを気取ってるのか、ねずみ小僧か。義賊気取りなら、そろそろ、その天狗の鼻を折ってやる」
最後に警部へ制服を借りて、警官に扮装して部屋の前で警備する。停電に備えて、懐中電灯も忘れていない。
「ああ、「海」「ヒポポタマス」みたいなので合言葉してたら良いよ! あと3人以上で基本動いてね! あっとっはー。そーね、ブレーカー落とされない様にソッチにも手勢置いとくのと、基本は宝石部屋に警察屋さんは近づかないでね」
苦役は警察に指示に出し。
椿も怪盗の変装対策の為、警察官は三人グループ行動を依頼する。
「では、部屋を閉めるわ。鍵は警部が持っていて」
「分かった。任せてくれ」
「あと、警部も一人で行動しないよう注意して」
「最低でも三人組で動く……だな」
「一応俺も警官の格好してた方がいいかな」
不自然にならぬよう警察官のフリの為、警官服を椿や奏空も着る。
覚者達は二つのチームに分かれ。部屋の外と中に人数を割く。女神のサファイアが納められた部屋の扉は、内外の全員の目の前で確かに施錠された。
結鹿は女神のサファイアのケースの前で、ステルス状態で待機した。
(これで警察の方には察知されませんし、わたしに反応するのは仲間か怪盗たちだってわかりますね)
●
「犯行予測時間は幽霊達が寝静まった頃……つまり丑三つ時の後だね!」
びしぃ!
と、奏空がポーズを決め。覚者達は、油断なく警備を続ける。1時間が経ち、2時間が経ち……やがて。
草木も眠る丑三つ時。
緊張が走る博物館内は、騒然となった。
「警部、大変です!」
三人組の警官達が、慌ててこちらに駆けてくる。
狸川警部は、部下達を手で制した。
「待て。合言葉は?」
「彼の顔は食べられる? いやー、作りものだったらパクつけるかな、って」
苦役も不審に部屋に近づく者への対処、一般警察屋さんが魔眼や記憶操作を加えられた3人組である可能性がある事も警戒していた。
「海!」
「……ヒポポタマス。よし、何があった?」
どうやら、本物の警官。
そして、観察した限りは細工はされていないようだった。苦役は、透視して壁越しからの目視をする。こちらでも中の仲間達が、宝石を変わらず守っているのを確認できる。
「か、怪盗フォックスが、怪盗フォックスが……!」
「奴が、どうした!?」
「怪盗フォックスが現れて、天使のルビーと悪魔のダイヤモンドが盗まれた模様です!」
「何!?」
警部だけでなく、覚者達も息を呑む。
怪盗の狙いは、この部屋にある女神のサファイアではなかったのか。
「警備をしていた者達は、全員気絶しています。応援をお願いします!」
「分かったっ。すぐ行く!」
狸川警部が意気込む。
トールは室内の奏空へと、そっと連絡する。
「こちら扉前。警官が三人来た。他の二つの宝石の方に、隔者が現れたらしい」
「うん、大声だったからこちらまで聞こえてきたよ」
奏空が送受心・改で受けた報告に相槌をうつ。
部屋の中から透視していた白露も、その外の様子を眺めていた。
「警部は、そちらの方に行くみたいだ。ボク達は、どうする?」
「きっと陽動ですから、わたしはここにいます」
即答したのは、ケースの前に張り付いていた結鹿だ。
他の者達も、顔を見合わせて同意する。敵の意図は分からぬが、ここで持ち場を離れてはせっかくの準備が台無しになり得策ではない。
「こうしてはいられんっ。私は行ってくる。ここは頼む!」
「警部、こちらです!」
狸川警部は、部下達を引き連れて意外なほどの機敏さで廊下を疾走する。
その姿は、すぐに小さくなり角を曲がって消えた。
(……どういうこと?)
椿の疑問は、誰もが抱くものだった。
館内には人の大声が反響し合い、大混乱をきたしている。怪盗側に攪乱されているのは、認めざるを得ない。
「何かが来る……?」
通路に構築した警報空間が異常を知らせ。
トールは、いつの間にか周囲が煙に包まれ始めていることに気付く。コロコロとボール大の何かが転がってきたかと思うと、白煙が視界を埋め尽くすほどに充満する。
「はっはっはっは! 怪盗フォックス、華麗に参上!」
お互いすら認識できない白の世界。
どこからか、高笑いする隔者の声が耳をついた。
「フォックス……煙玉を使っている間に、大口開けると呼吸困難になるわよ」
古妖らしき呟きも、近くから聞こえる。
そして、煙が晴れると――そこには。
「お初にお眼にかかる、覚者の諸君」
顔には仮面。
洒落たスーツを着こなした、噂の怪盗が扉の前に佇む。
「怪盗フォックス、予告通り夢の逸品をいただきに参上した。ここを守っているということは、君達は暗号を解いてくれたということかな?」
「言葉のお尻をみればいいのね。そして最後は狸。答えは「ねらいはめがみ」……女神。時刻は丑三つ時の後」
慇懃無礼にかしこまる相手に、椿が注意深く相対する。
仮面の敵は、おどけた様子で手を叩いた。
「ご名答。ふふ、君達は狸川警部よりも楽しめませてくれそうだ」
「おー! ここを狙ってたんだな!! ……ぇ!? あ、うん! 知ってた! 超知ってたよ!! ほら、だって女神だし? 良いよね女神、だって女の子だし!」
色々と誤魔化すように。
苦役は戦闘を開始。治癒力を高める清廉香の匂いを撒く。
「怪盗フォックス。今日がお前の終わりだよ」
トールがB.O.T.で弾幕を張る。
波動弾が、敵へと降り注ぐが。あくまで不殺。大怪我はさせない。
「これは手荒い歓迎だね」
怪盗フォックスは、人間離れした動きで弾を避ける。
外套をひらめかせて、玩具じみた銃を構えて引き金を引く。すると――
「バン!」
「っ」
覚者達は、目に見えない力に押されたように。
後ろへと吹き飛ばされる。身体が、壁を叩きつけられ一瞬呼吸が止まる。
「『逮捕しちゃうわよ』と言えと言われたわ」
お返しとばかりに、椿はエアブリットを放つ。
高圧縮した空気の塊が、強烈な渦を巻いて轟くのを見て。怪盗フォックスは、ニヤリと笑った。
「ふふ。美人に捕まるのは、怪盗冥利に尽きるけどね」
●
扉の外で、覚者達が奮闘している一方。
実は内側でも、異変は起こっていた。
「急に、何が……」
室内にもモクモクとした煙がまみれる。
閉ざされた室内であるため白煙はなかなか引かず。しかも、身体が次第に重くなっていく。
「この煙を吸っちゃ駄目だ」
「眠らせて無力化を謀るつもりか」
覚者達は、注意して身構える。
不思議なガスの効果を、義高は集中して耐え。
「出てこい、出てこい怪盗フォックス♪ 出てくりゃあの世へ直行便♪ 地獄の魔女どもお待ちかね♪」
仲間を起こす意味を含めて、調子っぱずれに大声で歌って奮い立たせる。
視覚は真っ白、聴覚は仲間の歌声に覆われる中。白露の第六感に、何かが閃く。
(誰かが……入ってきた?)
停電対策として時間前に点けておいた懐中電灯の光に、一瞬だけ何かが照らされた気がする。
『こちら扉外。怪盗フォックスが、外側に現れた』
トールから奏空へと、連絡が入る。
同時に。彼の感情探査にも何かが引っ掛かる。
(この感情は、圧倒的な余裕と自信……それに……)
だが、まだうかつに動くことができず。
ようやく、煙の勢いが落ち着いたと思ったら。覚者達は、信じられないものを目撃した。
「俺が……二人?」
「俺が……二人?」
全く同じ姿。
全く同じ声。
全く同じ守護使役。
二人の工藤奏空が、そこにはいた。
「変装した偽者だなっ」
「変装した偽者だなっ」
仕草や、話し方まで完璧に同じ。
示し合せたひようなタイミングで互いを指差す。
「じっちゃの名にかけて絶対捕まえる! 俺にじっちゃんはいないけど」
「じっちゃの名にかけて絶対捕まえる! 俺にじっちゃんはいないけど」
二人の奏空は、寸分違わず。
同じポーズで決め台詞を、ハモらせて合唱した。
「まさか……ここまで」
「そっくりに化けるとは」
仲間達は、二人になった奏空を半ば呆れたように見やる。
普通に考えれば、どちらかが変装した偽者だろう。普通に見た分には、見分けなどつきそうもない。それほど、完璧な変装ぶり……なのだが。
「俺には分かる。偽者はお前だ」
義高が自信を込めて、片方の奏空を偽者と断じる。
超直観による観察眼が、普通では気付かぬ僅かな違和感を見抜いたのだ。
「な、ちょっと待ってくれ。俺が本物の工藤奏空だ。仲間だ」
「任務中ですから」
指摘を受けた方の奏空が、慌てて無実を訴えるが。
ケースの前に近づくのが仲間の姿であろうと、結鹿は刀を構える。
「ゴメンなさい。わたしは怪盗の変装を見破るすべがないから、警戒するほかに手段がないんです」
決して警戒は解かない。
それは、どちらの奏空が近付いてこようとも同様だ。
「……七海さん、確かめてもらっていいかな?」
弁明する方と異なり。
もう一方の奏空は、落ち着いて仲間に視線を送る。灯は頷くと、まず全身から光を発する。
(フォックスも盗みに不必要なスキルなどは用意していないでしょう。【発光】は目立ちますし【暗視】があれば事足ります)
なので、自分が本人である証明としては発光で光っておけば良い。
灯は光に包まれた身を、皆に充分に晒してから送受心・改で二人の奏空に呼びかける。
曰く。
『苦役は?』
これは、覚者達の間だけで決めておいた合言葉。
問いかける人を灯一人に絞る事で、フォックスへの答えの流出を防ぎ。また、他の者が問いかけをしたら敵の可能性があるという罠も兼ねていた。
「苦役……? 苦役は……扉の前に……」
一方の奏空が不思議そうに首を傾げ。
もう一方の奏空は――
『イケメン』
と送信して返す。
これで、どちらが本物でどちらが偽者か。誰の目にも明らかだった。
「……やれやれ」
観念したように、奏空は。
いや、奏空の姿をしたそれは両手を挙げた。
「せっかく騒ぎを起こして狸川警部から鍵を盗み出して。守護使役までココに変装させてもらったというのに。まさか、こんな手に引っ掛かるとはね。超直観持ちがいたのも、痛かったかなー」
バッと衣服に手を掛ける。
すると次の瞬間には覚者達の目の前には、仮面をつけた隔者。怪盗フォックスが現れた。その手には警部が持っていたはずの、この部屋の鍵が握られている。
「本当、油断していると足をすくわれるね。外で私の振りをしてもらっているココに、これじゃあ怒られてしまうな」
怪盗フォックスは肩をすくめる。
どうやら、部屋の外で戦っているのは隔者に変身した古妖であるらしい。
「ゲームオーバーです、フォックス」
正体を現した敵へと。
灯が飛燕を振るう。目にも止まらぬスピードの二連撃を、隔者はかいくぐって扉へと指を向けた。
「いや、もう少しゲームを続けさせてもらうとするよ。お嬢さん」
フォックスが手袋越しの指を鳴らす。
パチンという音と共に、雷撃が走り。部屋の厚いドアを粉々に砕く。外で争っていた面子と、内で争っている面子が顔を合わせた。
「あら、フォックス」
「やあ、ココ」
同じ顔をした隔者と古妖が、呑気に手を振り合う。
やはり、妙な光景だった。
「お目当ての物は、手に入れられたの?」
ココがくるりんと、宙で一回転すると隔者の姿から可愛らしい少女の姿へと変わる。フォックスは、両腕で大きくバッテンを作ってみせた。
「いやいや、見事に失敗したよ。この覚者君達は予想以上にやり手なようだ」
「はん、たまには良い薬ね」
「耳が痛いね……でも、このまま引き下がるのもあれだからさ」
「最後は力尽くってわけ? そういうの、嫌いじゃなかった?」
「まあ、言葉を返すなら……たまには良いんじゃないかな」
隔者と古妖。
二人は背中合わせになって、覚者達に対する。
「悪戯が過ぎるんだよお前ら。ココもフォックスも二人共軽く拳骨だ」
トールが呪符を飛ばす。
敵の狙いは宝石だろうから、宝石へ近づけないことを意識。引っ掴んででも止める。最初の狙いは古妖の方だ。
「痛いのは嫌い。拳骨するなら、フォックスだけにして」
「おいおい、ココ。簡単に相棒を売らないでくれ」
覚者達に囲まれるような形で、攻撃を受けているにもかかわらず。
怪盗コンビは的確に砲火をいなし。口を動かしながらも互いをフォロー。攻守ともに抜群の連携を発揮して見せた。
「おぉ! ちょっと格好良いかなって思っちゃった俺の少年心を古妖と一緒ということで爆破したヤローに理不尽な怒りをぶつけてやるぜ! 良いか! 怪盗は一人でやるから怪盗なんだよ! 分かってない! 分かってないよ!!!」
苦役は錬覇法で強化した後。
近接して指捻撃。離れたら棘一閃を振るう。その叫びには、何か念がこもっていた。
「ふふふふふ。甘い、甘いね、覚者君。怪盗には、頼もしい仲間がつきものなのだよ。君こそ、分かっていないね!」
「……どっちも、私には似た者同士に見えるけどね」
妙にムキになって張り合うフォックスに。
ココは微妙な視線を送った。しかも、自分を狙ってくる攻撃に対しては、さりげなく相棒の影に隠れて盾にしていた。隙を狙っては、狐火の炎を浴びせてくるので気を抜けない。
「へー、良い毛並み。自分でセットしてんの? それともアイツ?」
醒の炎を使っておいた白露は、敵の火に炎撃で対抗した。
討伐ではなく行動不能くらいで、深追いはせず無理と判断したら持久戦の構えだ。
「獣姿のときも、人間姿のときも、毛づくろいはフォックスの役目よ」
「ふうん、仲良いんだね。付き合い長いんだ」
戦闘しつつ、それとなく会話をふって情報を聞き出す。
猛の一撃、飛燕を見舞うと。
「まあ、付き合いだけは長いわね。最近調子に乗っているから、ちょっと心配だけど」
ココはまた宙返りした。
ぽん、と煙を立てて巨大な獅子の姿に変身する。
「そういう意味で言うと、あなた達には少し感謝しているわ。あの子をやり込めてくれて」
(ある意味古妖と上手く付き合ってるケースなんだろね、やってる事はまああれだけど)
巨碗が覚者達を吹き飛ばす。
奏空は錬覇法の後に、迷霧を発生させて弱体化を図った。
(ガラスケースを守る事を第一に!)
雷獣で雷を射ち放ち。
飛燕の刃で必死になって、怪盗達を近付けまいと奮戦する。
(怪盗をもし捕らえるか追いつめるところまでいけたなら、なぜ盗みをするのか問いただしたいところだな。もしかすると、今後のわれわれの行動にも関わるかもしれないからな)
義高は醒の炎、蔵王、蒼鋼壁をフル装備。
(それとココの処遇だが、ファイヴに任せるしかないな。ただ、娘への土産でもいいな。といって、怪盗に仕込まれちゃ困るんだが。おとなしくいたずら好きのペットとして飼われてくれるんであれば、それでもいいのかもしれんな。ま、ここでの話だがね)
胸中で苦笑してから。
五織の彩で、心を込めて殴りかかる。変身した古妖の腕を、勢いよく弾き返した。
(ケース前から離れたくないですね)
結鹿は遠めから氷巖華を繰り出す。
併せて、肉体の活性化させ岩の鎧で身体を纏い。霧を展開して、敵二人を少しでも弱らせるように努めた。
「行かせませんよ」
「いや、行かせてもらうよ」
灯が地烈で、連撃を放てば。フォックスは、エアブリッドで迎撃する。覚者達と隔者達の戦いは、一進一退で押しつ押されつを繰り返した。
「……貴方はどうして泥棒をしているの。何か理由があるのかしら。貴方の盗みを続ける理由を私は知りたい」
椿は潤しの滴、潤しの雨を使って味方を癒し。
薄氷で足止めを行いながら、相手が突破を仕掛けてきたら全力で防御し――疑問をぶつけた。
「はは、理由ねえ。そうだね、正しいだけでは救えないものがあるから、かな」
フォックスは愉快そうに、答えて雷を鳴らす。
その様子を、ココは興味深そうに見守っていた。
「へえ。どうやら、フォックスはあなた達のことを気に入ったようね。じゃあ、私もそれなりのおもてなしをさせてもらいましょうか」
徐に古妖は、指先で光る陣を描く。
覚者達の身体を、妖しい光が包み込んだ。
「フォックスも、実際に喰らって変装術のコツを掴んだからね。運が良ければ、あなた達も開眼できるかも」
ココが柏手を叩く。
刹那、前衛にいた覚者達の姿が――小さな子供の姿に変わった。
「な!」
「さて、どんどんいくわよ」
強制変身の術。
ココが手を打つたびに、覚者達は老人から若人へ。男から女へ。人間から動物へと。次々に変わっていってしまう。呪いの力なのか身体も上手く動かず。こうなると、もう戦うどころではない。
「前衛と中衛は交代して」
「回復させるよ」
椿は深想水で、奏空は演舞・舞音でリカバーを施し。
隊列を整えて、何とか戦線を支える。
「基本は殺す気満々で! だったけどねえ」
だって向こうは手加減してくれるんでしょ?
ならそれに甘えたーい、と思っていた苦役は子供の姿になってしまい一旦中衛に下がる。
「ま、アレだよアレ。俺は自分より格上である相手に不殺を心がけて行けるほどテクってない! みたいな? ま、俺より弱かったら不殺目指すけど!」
ただし、どんな姿であろうとも芯の部分は変わらず。
香仇花の独特な匂いで、ダメージを与えるように促した。
「娘と同じような歳になるとはな」
義高も身体が思うように動かないなかで回復を受け。
懸命にギュスターブを振るう。自分の武器が、ここまで重く感じるのは初めてだった。
(観察だ、観察するんだ)
トールは癒しの滴、癒しの霧でカバーしバッドステータスに耐え。
よくよく相手を観察する。
「はい、あなたは……そうね。覚醒状態のまま、元の年齢に戻ってみる?」
ココがトールに対し手を叩く。
十歳から二十六歳へ。普段とは逆の変化を味わいながら。それでも観察を続ける。怪盗達を捕まえ、掛けたい言葉があった。
(盗品の返還は必須として、ファイヴでその力、活かしてみないか?)
それだけの力があると、七星剣やら、悪い奴らも寄ってきそうだ。
古妖のココも、それは嫌なはずだろう。あと、ついでに汚職リストがあれば警部に渡してほしい。司法取引ってやつだ。
(罪を償う代わりにどうだ。こっちも、怪盗をやる位には楽しいとこだぞ)
そんな思いを胸に。
彼の中で、何かが静かに開眼し始めていた。
「……ほう」
ココは面白そうに、覚者を見て微笑んだ。
それは、教師が生徒を褒めるような表情だった。
「ココの悪い癖が出始めたか……こいつは、万一のため急ぐかな」
フォックスが呟いて、部屋の中の宝石へと迫る。
今の覚者達の状況ならば、充分に賞賛があるという計算だったのだろうが。
「甘いね」
中衛に下がっていた白露が、宝石に手を掛けられる寸前に火柱で妨害する。燃え盛る炎の柱が、焦った隔者に直撃した。
「あつっ! ……下手すればサファイアにも当たるところだよ」
「まあ、溶かしたりしないから大丈夫だよ。多少熱いかもしれないけど」
フォックスが、下がったところに。
奏空が追い撃つ。
「俺は工藤奏空! 探偵見習いだよ! 覚えておけ!」
「探偵見習い君か。なるほど、私にとっては天敵というわけだ」
双刀を喰らい。
それでも、宝石の方へと意識を向ける怪盗へと。
「悪の栄えたためしはありません、大人しく縄についてください」
ケースの前で、ずっと守護を続けていた砦。
結鹿が渾身の力をもって太刀を一閃。怒涛の勢いで白刃が煌めき、隔者は今度こそ本格的な後退を余儀なくされる。
「くっ!」
「フォックス!」
傷を負ってふらつく隔者を、慌てて古妖が支える。
敵の集中力が乱れたせいか、強制変身させられていた覚者達の姿が一斉に元に戻った。
「しっかりして、大丈夫?」
「……どうやら、熱くなり過ぎたらしい」
隔者は平気だと言わんばかりに、肩の埃を払う。
仮面越しに、盛大なため息をついたのが分かる。深々とした吐息だった。
「今日はここまでにしておこうか。連勝記録が、ここで止まってしまって残念だが……探偵見習い君、これを」
フォックスが何かを投げ、奏空が反射的にそれをキャッチする。
手に収まったのは、大粒のダイヤモンドとルビー。
「それは、私が今宵盗んだ天使のルビーと悪魔のダイヤモンド……の偽物だ」
「……どういうこと?」
覚者の質問に。
隔者は口笛を吹いて応じた。
「ここの館長は、不正に博物館内の品物を横流ししていてね。代わりに偽物を本物と偽って展示しているんだよ。その二つも調べてみたが。本物は闇マーケットに流れてしまっているみたいでね」
「……確かに、これは偽物のようだな」
義高が超直観で、二つの宝石が本物ではないと見抜く。
フォックスの言葉は、真実のようだった。
「その女神のサファイアも、近々闇マーケットに流れてしまうという情報を掴んでね。何とかしようと思ったが……まあ、それは君達に任せるとしようか」
怪盗が古妖と共に身を翻す。
白露はその背中に――
「ねえ、キミにとって怪盗業ってどういうものなの? スリル? 愉快? 正義? 悪党? それとも全部?」
「……その全部であって、そのどれでもないってところかな」
「あ、そうだ。どうせならサイン頂戴、なんか記念になりそうだし。駄目なら良いけど」
「はは、それはまた今度ということで。それでは、失礼するよ――覚者の諸君」
「待ちなさい」
灯が逃げる相手に鎖分銅の麻痺を与えようとするが。
一歩遅く。隔者達の姿は闇へと消えていった。耳に残る高笑いを残しながら――
その後。
合流した狸川警部に全ての事情を話し。
博物館を徹底的に調査したところ、横流しの事実が発覚。館長以下多くの職員が緊急逮捕された。怪盗の弁は全面的に正しかったらしい。
また。
「ちゃんと見張っていますから、ケースから離れてください」
「いや、でも……」
「離れないのは怪盗だからだと判断しますね」
まだ油断はできないと。
宝石に近付こうとする警官に、結鹿は刀を向け続けて騒がしい夜は朝を迎えるのだった。

■あとがき■
今回のシナリオの結果は、予告された宝石は無事に死守。
怪盗フォックス達は、初めて盗みに失敗という結末になりました。また、チームの頑張りもあり、変装の達人というスキルの取得にも成功です。おめでとうございます。
それでは、ご参加ありがとうございました。
ラーニング成功!!
取得者:トール・T・シュミット(CL2000025)
取得技:変装の達人
怪盗フォックス達は、初めて盗みに失敗という結末になりました。また、チームの頑張りもあり、変装の達人というスキルの取得にも成功です。おめでとうございます。
それでは、ご参加ありがとうございました。
ラーニング成功!!
取得者:トール・T・シュミット(CL2000025)
取得技:変装の達人
