神様なんて信じます?
●
「神様っていると思います?」
昼休み、お弁当箱の中の半分をお腹に入れた頃、向かい合って食べていたエミコが、そう切り出した。
「んー、いるかもね? でも、妖も神様も同じようなものじゃん?」
いると思う、とも強くは言えない。いてもおかしくないんじゃないの、程度の答えだ。
「別に否定はしないけどね……」
「では、肯定という事で」
「話を聞いてほしい」
あたしは水筒の麦茶をコップに注いで、口にする。
ごくり、と喉を鳴らして飲み干し、コップの中身を空にした。いつもの調子のエミコに、いつものようにあたしは問いかける。
「つまり何が言いたいわけ?」
「キリ、神様に会いにいきましょう」
●
「廃教会に神様が現れるって噂がある」
久方 相馬(nCL2000004)がそう切り出した。
「ま、正体は古妖なんだが……そっちは無害だ。まず、出てくるかどうかが怪しいものだけど」
問題になるのは、数頭の犬の妖だ。教会の周りにいた野犬が妖化する。
そして間の悪い事に、そのタイミングで一般人の女の子が2人、その場に現れて犠牲になる。
「先んじて妖の捜索と撃破を行ってもらいたい」
それじゃ、あとは頼むよ、と。そう言って相馬は君達を見送った。
「神様っていると思います?」
昼休み、お弁当箱の中の半分をお腹に入れた頃、向かい合って食べていたエミコが、そう切り出した。
「んー、いるかもね? でも、妖も神様も同じようなものじゃん?」
いると思う、とも強くは言えない。いてもおかしくないんじゃないの、程度の答えだ。
「別に否定はしないけどね……」
「では、肯定という事で」
「話を聞いてほしい」
あたしは水筒の麦茶をコップに注いで、口にする。
ごくり、と喉を鳴らして飲み干し、コップの中身を空にした。いつもの調子のエミコに、いつものようにあたしは問いかける。
「つまり何が言いたいわけ?」
「キリ、神様に会いにいきましょう」
●
「廃教会に神様が現れるって噂がある」
久方 相馬(nCL2000004)がそう切り出した。
「ま、正体は古妖なんだが……そっちは無害だ。まず、出てくるかどうかが怪しいものだけど」
問題になるのは、数頭の犬の妖だ。教会の周りにいた野犬が妖化する。
そして間の悪い事に、そのタイミングで一般人の女の子が2人、その場に現れて犠牲になる。
「先んじて妖の捜索と撃破を行ってもらいたい」
それじゃ、あとは頼むよ、と。そう言って相馬は君達を見送った。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖の討伐
2.一般人2名の生存
3.なし
2.一般人2名の生存
3.なし
意識しないと人間ばかり扱ってしまうので、妖も扱ってみようかと。
日常で思いついた事が書かれたメモ帳には、妖の『あ』の字も見当たらない事に気づいた時、戦々恐々としました。
●状況
時間は19時、足場は良好。
廃協会は郊外の坂の上にあり、周辺に民家等はありません。
20時にはエミコとキリが廃教会に現れます。
●犬の妖 4頭 ランク2 生物系
ひっかき 物近単【負荷】
噛みつき 物近単【出血】
●一般人
エミコとキリ。高校生の女の子。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2016年05月05日
2016年05月05日
■メイン参加者 6人■

●
「妖化、か……ここに古妖がいるって事とインガカンケーはあるのかしら……」
手にした懐中電灯を、器用に紐で腕に括りつけながら『デブリフロウズ』那須川・夏実(CL2000197) が廃教会の扉を開けた。
「カミサマ、見当たりませんね?」
同じく、腕に懐中電灯を括りつけたカソック姿の『猪突妄信』キリエ・E・トロープス(CL2000372) は、扉を抜けると、左から右へと視線を巡らせる。
廃教会に辿り着いた6人は、まず廃教会へ踏み入った。妖化した野犬が入り込んでいないか調べる意味合いもあるが、古妖にも興味があったからだ。が、妖も古妖も見当たらない。
「ここには何もいそうにないですね」
意識を集中させ、周囲の強い感情を探る『誰が為に復讐を為す』恩田・縁(CL2001356) 。
「カミサマもいないですか」
「この辺りにはいませんね。もしくは、あまり強い感情を抱いていないか、ですが」
「それじゃ、予定通りシューヘンを探しましょ」
ひとまず外に出て、廃教会を外からぐるりと一周する事にした。
「それで釣れるかなー?」
「お腹空いてたら、きっと寄ってくる思います」
『調停者』九段 笹雪(CL2000517) がキリエの手元を覗き込んだ。キリエが手にしている包み紙。それを広げるとハンバーガーが姿を現す。妖をおびき出すための罠のつもりだ。
「お腹空いてなかったら?」
「わたくしが食べますです!」
「妖は食事をするのだろうか」
『白い人』由比 久永(CL2000540)がそう口にしながら歩みを進める。野犬と、野犬を元にした妖とでは、意味合いが随分と異なって来る気がするのだ。
「食べないですか」
「どうかなぁ。生態系はよく分かってないしな」
食べるものも、食べないものもいるかもしれない。けれどいくら調べても分からないかもしれない。それは調べてみないと分からないけれど、F.i.V.E.としての今後の課題であるかもしれない。
「そういう事の研究も、神秘を解明するという事になりますよね」
『エピファニアの魔女』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080) が懐中電灯を手に、そう口にした。
妖を知るという事は、妖の扱う力を知る事にも繋がる。それは妖の扱う力すらも求めるラーラの力の研鑽であるから、必要な事だと思うのだ。
「ここの神がどんな者なのか気になるな」
久永はかつて、ただアルビノであるというだけで忌み嫌われ、長い時間を生きて歳を重ね、けれど姿の変わる事はなかったが故に畏怖された。人ではなく、神と呼ばれて生きていた。
だから自分と同じ、神ではなく、されど神と呼ばれる存在に、親近感を覚えた。
「神様、ですか」
「そなたも神に興味が?
「興味は別にないのですけど」
復讐の女神達にその身を捧げる縁には、割とどうでもいい話だったのだ。
「けど、無辜の少女達の命が奪われる。そういう事態は避けたい」
一応神父ですからね、私。と最後にそう言った。そのあり方は、神父らしいというよりは、人間らしい気がした。
しばらく歩いた頃、久永が足を止めた。そして、一点へ視線を向ける。
「この音……来たんじゃない?」
「きっちり4体、足音がするよね。あたし達の右側」
聴覚を鋭敏にさせる、神秘の一種を用いていた2人、久永と笹雪が頷き合う。
「ハンバーガー狙ってきましたか!」
「飢餓ではなくて、敵意ですね、これは」
「じゃあ、しまっておくです!」
「どこに布陣します?」
「そうだな……下手に動くよりここで良いと思う。下手に背を見せたくないし、視界や足場はどこもそう変わらないだろう」
久永の返答にラーラは頷いた。
「聖なるかな、こころのともしびよ――」
キリエが両手を組み重ね、祝詞を紡ぐと、胸の内に火が灯った。それは自身の攻撃性を強める火の術式。熱を持たない熱い炎だ。
「向こうから来てくれるのは助かるわね」
夏実は軽く地面を蹴ると、後ろに下がった。同時に、赤茶けた髪と灰色の瞳が黒く染まる。キリエのそれとは違う、因子に起因した神秘の1つ。前世の自分という不確定な何かの力で、自身の攻撃性を跳ね上げる。
ラーラも夏実と同様に前世の自分の力で、自身の在り方をそのままに、姿と性質を変化させる。長い黒髪は白銀に。海のような青い瞳は、揺らぐ炎のような、神秘性をたたえた赤に。
「来ますよ!」
そして縁が叫んだ。
●
パチッ、という乾いた音。刹那、空から轟音とともに光が降る。
「保健所じゃないけどF.i.V.E.だよー!」
機先を制した笹雪の紡いだその雷の束が、処分させてもらうねとばかりに妖の群れを撃つ。
その傍らには、卵の殻に半身を隠した、小さな竜の守護使役。それが、辺りを支配する薄闇を、生み出した光で吹き晴らしていた。
「焼き清めよ、燔祭のほのお――」
神に供物を捧げる儀式のように、笹雪の雷に追従する形で、キリエが起こした炎の渦が妖を飲み込んでいく。
炎の渦から勢いよく飛び出した妖をいなしながら、久永が術式を展開すると、生み出された霧が妖の身体に纏わりついた。
そして妖が1体、炎を抜け霧を抜け、そして前衛を抜けて、縁目がけて飛びかかってきた。
「ぐっ……!」
大口を開けて噛みつかれたその腕を振るうと、妖が地面に叩きつけられる――かと思うと、受け身を取る。
「大丈夫? すぐ治すわ」
「助かります」
夏実が縁の後方から水滴を飛ばすと、傷口に浸透していく。傷が癒えた事を確認し終える前に、縁が腕を突き出すと、霧が広がっていった。それは久永の生み出した霧と交わり合い、妖の動きを抑制し、攻撃性を低下させる。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を――」
言葉とともに、妖の足下が紅蓮に染まる。明らかな危険に妖が飛び退こうとするが、“それ”の完成の方が幾分か早い。
「――イオ・ブルチャーレ!」
足下から夜空に向かって炎が立ち昇った。それは空を焼き焦がすかのように放たれた、ラーラの得意とする炎の魔法だ。
火に焼かれながら、雷に撃たれながら、それでも妖は足を止めない。戦意の衰える気配もなく、牙を剥き、爪を振るうのだ。
「結構タフよね」
夏実が、戦況を見て、久永の傷を癒した。
「余も回復役に回るか」
「ううん、まだダイジョーブよ」
「分かった」
片手を突き出す。それを合図にするかのように、眩しい光の雨が戦場に降り注ぐ。それは驟雨のように、4体の妖に痛みを与えると、地面に溶けるようにして消えていく。
「まだまだいくです!」
キリエの炎が戦場を舐める。2体がそれに焼かれたが、もう1体はそれを躱してみせた。が、それを見越したかのように、避けた先に火炎の奔流が生まれた。ラーラの組み上げた魔法が、妖を飲み込んだのだ。
「時間の余裕はあるようですが、なるべく早く倒してしまわないと」
「いくよ!」
雷が一条、空より降る。妖を1体撃つと、弾けるようにして2体目を撃った。戦場を跳ね回るかのようにしたそれが、前衛に張り付いている妖の、3体目も撃ち貫いた。
「……ぐっ」
振るわれた爪が、深々と縁の足に突き刺さった。
自称神父である縁がその手に携えたそれは、重量のある巨大な十字架。反撃とばかりに1度妖を打ち据え、そしてその隙をついて2度目を振るった。
「もう、ランク2が4体とか本気で物騒!」
便宜的に割り振られたランクの問題だけではない。妖すべてが物理的に攻めてくるため、本来前衛向きではないメンバーが前衛を務めている現状、被害を抑えきれない。さらに、キリエと縁は、噛みつかれた部分から、とめどなく血が流れ続けている。
とはいえ、つまりは後衛向きなのだ。火力は十二分。受ける被害は大きいが、与える被害も大きいのだ。
「みんな、合わせて!」
「分かりました」
「了解だ」
「いくです!」
「はい」
笹雪の言葉に、回復役である夏実以外が応える。
夜空を塗りつぶさんばかりの閃光が渦を巻いて、雷が降り注いだ。炎が躍り、覚者と妖の間隙という間隙に、赤という赤が押し込まれる。業火と電光によって生まれた膨大な量の光が、周囲を満たした。
光が薄れていく。視界が晴れていく。倒れ伏して動かぬ妖の姿。今にも消えかかっている光の波が、4つの命をさらっていった。
そして最後に、夜風に炎が溶けて消えた。
●
「マンシンソーイね。ひとまず治しちゃいましょ」
「余も手伝おう」
夏実と久永とで、全員の傷を癒していく。縁は腕時計に視線を落とす。
「ふむ……40分を過ぎたくらいですね」
「結構ヨユーあるわね」
「まずは、この子達を埋葬してあげるです。そのあとにカミサマ探しましょう!」
「ワタシはスコップ持ってきたわ」
「助かるです!」
「治療が終わってから手伝うわね」
「こっちは余がやっておくから、いってきたらどうだ?」
「あ、助かるわ。じゃあお願いね」
久永の言葉に甘えて、キリエと夏実が少し離れたところに穴を掘り始めた。
傷を癒し、妖と化した野犬を埋葬し終えて合流する6人。
「では、古妖を探しにいきましょうか」
ラーラが、さっき出てきた時に開けたままにしていた廃教会の扉を見遣る。光で照らされていないからこそ、そこにいる真っ白なそれは目立っていた。
「みなさん、あれ」
懐中電灯を向けるが、光がそこまで届かない。それでもそこに何かがいることを示すために、懐中電灯を手にした手をぐっと前に伸ばした。
全員が視線を向ける。
そこに1頭の、真っ白い猿がいた。
●
「風が冷たくなってきました。中でお話を聞きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「……何を聞くというのか」
縁の言葉に対し、廃教会の中へと入っていく白い猿。
「別にヒテーはされなかったわね」
「ならば、ついてこい、という事でしょうか」
猿に続き廃教会へ踏み入る6人。
「アナタが神様?」
まずは夏実が口火を切る。
「そう呼ばれているが……そんな綺麗なものではないよ」
「私たちはF.i.V.E.よ。ソシキの名前ね。あなたのお名前は?」
「忘れたな……長い間、誰からも名を呼ばれなくなった。好きに呼ぶといい」
それは古妖になり果て、長い年月を生きた1頭の猿。
あえて神という概念を用いるのならば、神格化した猿だった。
「では、ひとまず白猿と。名前ではないですが」
「構わぬよ」
縁に頷く古妖。
「あなたは神様じゃないのですね……わたくしのカミサマがどこにおられるか、知りませんか?」
「分からぬ。そもそも、そういう概念は理解しているが、それだけでな」
古くから人間と関わってきたから、この古妖には、神や信仰といった概念に理解はあった。けれど肝心の信仰心がないから、人間と同じ視点で神という存在に目を向けた事がない。
白猿の言葉にしょんぼりとするキリエ。
「人間には使えない超常の力を使って人間を助け、そして明らかに人間ではないもの。ただそれだけの事でワタシは神と呼ばれた」
「教会に住み着いたから神様なのかな? って思ってました」
「成程。それもあるかもしれぬな」
それは盲点だった、と。そう言うかのように、笹雪の言葉に笑って見せた。
「人を助けていたのか?」
「常に、ではないがな」
「先ほどの余達の戦いは分かっていたのか?」
「分かってはいたが、手助けは要らぬだろう」
白猿は人間を救う事で神と呼ばれたが、手を差し伸べ続けていたら人間が成長しない。少なくとも、虐げられているだけの人間でないならば、白猿は手を貸したりはしない。
「どうしてここに居つくようになったのだろう」
「適度に人里から離れている。ただそれだけだ」
そう言って、久永とのやり取りを終えた。
●
ふと、笹雪の視界に光の筋が入った。後方から照らされたであろうその光を追って振りむけば、扉の隙間から、懐中電灯を向けながら様子をうかがう2人の少女がいる。
「え、あれ? 人がいるよ」
「どなたでしょうね」
小声で話しているのが耳に入った。
「こんばんは」
声をかけてみた。
顔を見合わせ、おずおずとこちらに歩いてくる、2人の女の子。年の頃は、笹雪と同じくらいか。
「こんばんは。あなた達が、神様?」
「ちょっと、エミコ」
「違う違うっ。神様は――」
白猿を手のひらで指し示そうとして、振り向く。
「あれ?」
影も形もなくなっていた。そこに何かがいたという、埃が示した足跡だけがある。白猿は、力を持たない人間に、つまり手を差し伸べるべき相手に姿を見せない。自分を救ってくれる姿を明確にしてしまえば、それに依存してしまう可能性が高いからだ。白猿は、過去から現在に至るまで、脅威に立ち向かう意志を自ら奪ったりはしない。だからこそ、超常の力を使う猿ではなく神様という噂だけが広まったのだ。
「あたしたちも、神様探してるんだ」
困った笹雪が一呼吸置いた後、笑顔を向けてそう言った。
「妖化、か……ここに古妖がいるって事とインガカンケーはあるのかしら……」
手にした懐中電灯を、器用に紐で腕に括りつけながら『デブリフロウズ』那須川・夏実(CL2000197) が廃教会の扉を開けた。
「カミサマ、見当たりませんね?」
同じく、腕に懐中電灯を括りつけたカソック姿の『猪突妄信』キリエ・E・トロープス(CL2000372) は、扉を抜けると、左から右へと視線を巡らせる。
廃教会に辿り着いた6人は、まず廃教会へ踏み入った。妖化した野犬が入り込んでいないか調べる意味合いもあるが、古妖にも興味があったからだ。が、妖も古妖も見当たらない。
「ここには何もいそうにないですね」
意識を集中させ、周囲の強い感情を探る『誰が為に復讐を為す』恩田・縁(CL2001356) 。
「カミサマもいないですか」
「この辺りにはいませんね。もしくは、あまり強い感情を抱いていないか、ですが」
「それじゃ、予定通りシューヘンを探しましょ」
ひとまず外に出て、廃教会を外からぐるりと一周する事にした。
「それで釣れるかなー?」
「お腹空いてたら、きっと寄ってくる思います」
『調停者』九段 笹雪(CL2000517) がキリエの手元を覗き込んだ。キリエが手にしている包み紙。それを広げるとハンバーガーが姿を現す。妖をおびき出すための罠のつもりだ。
「お腹空いてなかったら?」
「わたくしが食べますです!」
「妖は食事をするのだろうか」
『白い人』由比 久永(CL2000540)がそう口にしながら歩みを進める。野犬と、野犬を元にした妖とでは、意味合いが随分と異なって来る気がするのだ。
「食べないですか」
「どうかなぁ。生態系はよく分かってないしな」
食べるものも、食べないものもいるかもしれない。けれどいくら調べても分からないかもしれない。それは調べてみないと分からないけれど、F.i.V.E.としての今後の課題であるかもしれない。
「そういう事の研究も、神秘を解明するという事になりますよね」
『エピファニアの魔女』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080) が懐中電灯を手に、そう口にした。
妖を知るという事は、妖の扱う力を知る事にも繋がる。それは妖の扱う力すらも求めるラーラの力の研鑽であるから、必要な事だと思うのだ。
「ここの神がどんな者なのか気になるな」
久永はかつて、ただアルビノであるというだけで忌み嫌われ、長い時間を生きて歳を重ね、けれど姿の変わる事はなかったが故に畏怖された。人ではなく、神と呼ばれて生きていた。
だから自分と同じ、神ではなく、されど神と呼ばれる存在に、親近感を覚えた。
「神様、ですか」
「そなたも神に興味が?
「興味は別にないのですけど」
復讐の女神達にその身を捧げる縁には、割とどうでもいい話だったのだ。
「けど、無辜の少女達の命が奪われる。そういう事態は避けたい」
一応神父ですからね、私。と最後にそう言った。そのあり方は、神父らしいというよりは、人間らしい気がした。
しばらく歩いた頃、久永が足を止めた。そして、一点へ視線を向ける。
「この音……来たんじゃない?」
「きっちり4体、足音がするよね。あたし達の右側」
聴覚を鋭敏にさせる、神秘の一種を用いていた2人、久永と笹雪が頷き合う。
「ハンバーガー狙ってきましたか!」
「飢餓ではなくて、敵意ですね、これは」
「じゃあ、しまっておくです!」
「どこに布陣します?」
「そうだな……下手に動くよりここで良いと思う。下手に背を見せたくないし、視界や足場はどこもそう変わらないだろう」
久永の返答にラーラは頷いた。
「聖なるかな、こころのともしびよ――」
キリエが両手を組み重ね、祝詞を紡ぐと、胸の内に火が灯った。それは自身の攻撃性を強める火の術式。熱を持たない熱い炎だ。
「向こうから来てくれるのは助かるわね」
夏実は軽く地面を蹴ると、後ろに下がった。同時に、赤茶けた髪と灰色の瞳が黒く染まる。キリエのそれとは違う、因子に起因した神秘の1つ。前世の自分という不確定な何かの力で、自身の攻撃性を跳ね上げる。
ラーラも夏実と同様に前世の自分の力で、自身の在り方をそのままに、姿と性質を変化させる。長い黒髪は白銀に。海のような青い瞳は、揺らぐ炎のような、神秘性をたたえた赤に。
「来ますよ!」
そして縁が叫んだ。
●
パチッ、という乾いた音。刹那、空から轟音とともに光が降る。
「保健所じゃないけどF.i.V.E.だよー!」
機先を制した笹雪の紡いだその雷の束が、処分させてもらうねとばかりに妖の群れを撃つ。
その傍らには、卵の殻に半身を隠した、小さな竜の守護使役。それが、辺りを支配する薄闇を、生み出した光で吹き晴らしていた。
「焼き清めよ、燔祭のほのお――」
神に供物を捧げる儀式のように、笹雪の雷に追従する形で、キリエが起こした炎の渦が妖を飲み込んでいく。
炎の渦から勢いよく飛び出した妖をいなしながら、久永が術式を展開すると、生み出された霧が妖の身体に纏わりついた。
そして妖が1体、炎を抜け霧を抜け、そして前衛を抜けて、縁目がけて飛びかかってきた。
「ぐっ……!」
大口を開けて噛みつかれたその腕を振るうと、妖が地面に叩きつけられる――かと思うと、受け身を取る。
「大丈夫? すぐ治すわ」
「助かります」
夏実が縁の後方から水滴を飛ばすと、傷口に浸透していく。傷が癒えた事を確認し終える前に、縁が腕を突き出すと、霧が広がっていった。それは久永の生み出した霧と交わり合い、妖の動きを抑制し、攻撃性を低下させる。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を――」
言葉とともに、妖の足下が紅蓮に染まる。明らかな危険に妖が飛び退こうとするが、“それ”の完成の方が幾分か早い。
「――イオ・ブルチャーレ!」
足下から夜空に向かって炎が立ち昇った。それは空を焼き焦がすかのように放たれた、ラーラの得意とする炎の魔法だ。
火に焼かれながら、雷に撃たれながら、それでも妖は足を止めない。戦意の衰える気配もなく、牙を剥き、爪を振るうのだ。
「結構タフよね」
夏実が、戦況を見て、久永の傷を癒した。
「余も回復役に回るか」
「ううん、まだダイジョーブよ」
「分かった」
片手を突き出す。それを合図にするかのように、眩しい光の雨が戦場に降り注ぐ。それは驟雨のように、4体の妖に痛みを与えると、地面に溶けるようにして消えていく。
「まだまだいくです!」
キリエの炎が戦場を舐める。2体がそれに焼かれたが、もう1体はそれを躱してみせた。が、それを見越したかのように、避けた先に火炎の奔流が生まれた。ラーラの組み上げた魔法が、妖を飲み込んだのだ。
「時間の余裕はあるようですが、なるべく早く倒してしまわないと」
「いくよ!」
雷が一条、空より降る。妖を1体撃つと、弾けるようにして2体目を撃った。戦場を跳ね回るかのようにしたそれが、前衛に張り付いている妖の、3体目も撃ち貫いた。
「……ぐっ」
振るわれた爪が、深々と縁の足に突き刺さった。
自称神父である縁がその手に携えたそれは、重量のある巨大な十字架。反撃とばかりに1度妖を打ち据え、そしてその隙をついて2度目を振るった。
「もう、ランク2が4体とか本気で物騒!」
便宜的に割り振られたランクの問題だけではない。妖すべてが物理的に攻めてくるため、本来前衛向きではないメンバーが前衛を務めている現状、被害を抑えきれない。さらに、キリエと縁は、噛みつかれた部分から、とめどなく血が流れ続けている。
とはいえ、つまりは後衛向きなのだ。火力は十二分。受ける被害は大きいが、与える被害も大きいのだ。
「みんな、合わせて!」
「分かりました」
「了解だ」
「いくです!」
「はい」
笹雪の言葉に、回復役である夏実以外が応える。
夜空を塗りつぶさんばかりの閃光が渦を巻いて、雷が降り注いだ。炎が躍り、覚者と妖の間隙という間隙に、赤という赤が押し込まれる。業火と電光によって生まれた膨大な量の光が、周囲を満たした。
光が薄れていく。視界が晴れていく。倒れ伏して動かぬ妖の姿。今にも消えかかっている光の波が、4つの命をさらっていった。
そして最後に、夜風に炎が溶けて消えた。
●
「マンシンソーイね。ひとまず治しちゃいましょ」
「余も手伝おう」
夏実と久永とで、全員の傷を癒していく。縁は腕時計に視線を落とす。
「ふむ……40分を過ぎたくらいですね」
「結構ヨユーあるわね」
「まずは、この子達を埋葬してあげるです。そのあとにカミサマ探しましょう!」
「ワタシはスコップ持ってきたわ」
「助かるです!」
「治療が終わってから手伝うわね」
「こっちは余がやっておくから、いってきたらどうだ?」
「あ、助かるわ。じゃあお願いね」
久永の言葉に甘えて、キリエと夏実が少し離れたところに穴を掘り始めた。
傷を癒し、妖と化した野犬を埋葬し終えて合流する6人。
「では、古妖を探しにいきましょうか」
ラーラが、さっき出てきた時に開けたままにしていた廃教会の扉を見遣る。光で照らされていないからこそ、そこにいる真っ白なそれは目立っていた。
「みなさん、あれ」
懐中電灯を向けるが、光がそこまで届かない。それでもそこに何かがいることを示すために、懐中電灯を手にした手をぐっと前に伸ばした。
全員が視線を向ける。
そこに1頭の、真っ白い猿がいた。
●
「風が冷たくなってきました。中でお話を聞きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「……何を聞くというのか」
縁の言葉に対し、廃教会の中へと入っていく白い猿。
「別にヒテーはされなかったわね」
「ならば、ついてこい、という事でしょうか」
猿に続き廃教会へ踏み入る6人。
「アナタが神様?」
まずは夏実が口火を切る。
「そう呼ばれているが……そんな綺麗なものではないよ」
「私たちはF.i.V.E.よ。ソシキの名前ね。あなたのお名前は?」
「忘れたな……長い間、誰からも名を呼ばれなくなった。好きに呼ぶといい」
それは古妖になり果て、長い年月を生きた1頭の猿。
あえて神という概念を用いるのならば、神格化した猿だった。
「では、ひとまず白猿と。名前ではないですが」
「構わぬよ」
縁に頷く古妖。
「あなたは神様じゃないのですね……わたくしのカミサマがどこにおられるか、知りませんか?」
「分からぬ。そもそも、そういう概念は理解しているが、それだけでな」
古くから人間と関わってきたから、この古妖には、神や信仰といった概念に理解はあった。けれど肝心の信仰心がないから、人間と同じ視点で神という存在に目を向けた事がない。
白猿の言葉にしょんぼりとするキリエ。
「人間には使えない超常の力を使って人間を助け、そして明らかに人間ではないもの。ただそれだけの事でワタシは神と呼ばれた」
「教会に住み着いたから神様なのかな? って思ってました」
「成程。それもあるかもしれぬな」
それは盲点だった、と。そう言うかのように、笹雪の言葉に笑って見せた。
「人を助けていたのか?」
「常に、ではないがな」
「先ほどの余達の戦いは分かっていたのか?」
「分かってはいたが、手助けは要らぬだろう」
白猿は人間を救う事で神と呼ばれたが、手を差し伸べ続けていたら人間が成長しない。少なくとも、虐げられているだけの人間でないならば、白猿は手を貸したりはしない。
「どうしてここに居つくようになったのだろう」
「適度に人里から離れている。ただそれだけだ」
そう言って、久永とのやり取りを終えた。
●
ふと、笹雪の視界に光の筋が入った。後方から照らされたであろうその光を追って振りむけば、扉の隙間から、懐中電灯を向けながら様子をうかがう2人の少女がいる。
「え、あれ? 人がいるよ」
「どなたでしょうね」
小声で話しているのが耳に入った。
「こんばんは」
声をかけてみた。
顔を見合わせ、おずおずとこちらに歩いてくる、2人の女の子。年の頃は、笹雪と同じくらいか。
「こんばんは。あなた達が、神様?」
「ちょっと、エミコ」
「違う違うっ。神様は――」
白猿を手のひらで指し示そうとして、振り向く。
「あれ?」
影も形もなくなっていた。そこに何かがいたという、埃が示した足跡だけがある。白猿は、力を持たない人間に、つまり手を差し伸べるべき相手に姿を見せない。自分を救ってくれる姿を明確にしてしまえば、それに依存してしまう可能性が高いからだ。白猿は、過去から現在に至るまで、脅威に立ち向かう意志を自ら奪ったりはしない。だからこそ、超常の力を使う猿ではなく神様という噂だけが広まったのだ。
「あたしたちも、神様探してるんだ」
困った笹雪が一呼吸置いた後、笑顔を向けてそう言った。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
