桜並木の戦い
●悪意の風
春、桜の季節が来た。
人々は休日に束の間の安らぎを得るためにこぞって花見を楽しむ。
その街の桜並木はその時期だけ道路を封鎖し、人々に解放されていた。
道沿いにシートが並び、出店が並び、そして人々の歓声が響き渡る中、自然もそれに釣られたかのように風を吹かす。
春の温かな気候を運ぶそよ風は、時に桜吹雪を巻き起こす強い風を生む。
空に舞う桜の花びらに、人々は一抹の寂しさを得ながらも楽しむ。
だが運命は、その安らぎすら奪い去るのだ。
風が吹き抜けた後、人々の中から歓声ではなく悲鳴が起こった。
桜吹雪に混じって、人々の血飛沫が舞った。
誰かが言う。
風が襲ってきたのだと。
風が鳥の姿をとって、自分達を切り裂いていくのだと。
そう口を開いた誰かもまた、吹き抜ける風の通った後に何も喋らなくなった。
風は、この桜並木が己の物であるかのように、その場でいつまでも吹き続けていた。
●守れ、憩いの場!
「大変大変大変だって!! 皆の楽しいお花見がめちゃめちゃにされちゃう!」
たいそう慌てた様子で夢見の少女、久方 万里(nCL2000005)は覚者達の元へと姿を現した。
「休日に皆がお花見してる桜の名所に、春の風に混じって妖が入り込んで来るんだよ!」
余程慌てているのかグッと拳を握って力んだ様子で覚者達へと自身の意識を伝達してくる。
そこには風に混じって宙を舞う空気の塊の姿があった。注力すれば、それが鳥の姿を模しているのが分かる。
「大急ぎで向かって、何とか妖が現れるよりちょっと前に現場に到着できるくらい。迎え撃つ準備はまず出来ないと思って」
彼女が急がせる理由は明瞭だ。今この一分一秒が惜しい。
「そいつらランク的には1の、自然系って奴だと思う。とにかく自分達のやりたいように暴れ回るつもりみたい」
彼女の説明を纏めると、その数は5体。桜並木に花見へ来た客を狙っており、手段は風の体を使った切り裂き攻撃と、周囲の風を悪意で操作する攻撃を行ってくるらしい。風という掴みどころのない敵ではあるが、桜並木を自分の縄張りにでもしたいのか、そこから逃走を図るようなことはないのだという。
「幸いそれぞれが勝手に暴れ回る感じで連携らしい連携をしてくる訳じゃないみたいだけど、とにかく素早いし飛んでるから気をつけて!」
どうにかこうにか説明を終えた万里は、息も絶え絶えに、けれど真剣な目で覚者達を見る。
「それと、もう一つ! これは個人的なお願いなんだけど……戦いが終わった後、皆に大丈夫だよって教えることも兼ねて、お花見をしてきて欲しいの」
妖が出たという風聞は、今後その街の人々の生活に大きな影響を及ぼしてしまう。それも最大限避けられるなら避けたいものなのは確かだ。
「せっかくの花見の名所なのに、人が集まらなくなったら綺麗に咲いてる桜も可哀想だと思うの、だから」
大立ち回りを繰り広げた者が現場に留まるのはあまりよろしくはないかもしれない。が、それでも覚者達ならと万里は期待の目を向ける。
「妖のせいで桜まで怖いなんて悲しいから、そんな人達の心も、救ってくれる?」
妖を退治し人々を守ることは出来るのか、万里の期待に応えることができるのか。
それらは全て、覚者の両肩に掛かっていた。
春、桜の季節が来た。
人々は休日に束の間の安らぎを得るためにこぞって花見を楽しむ。
その街の桜並木はその時期だけ道路を封鎖し、人々に解放されていた。
道沿いにシートが並び、出店が並び、そして人々の歓声が響き渡る中、自然もそれに釣られたかのように風を吹かす。
春の温かな気候を運ぶそよ風は、時に桜吹雪を巻き起こす強い風を生む。
空に舞う桜の花びらに、人々は一抹の寂しさを得ながらも楽しむ。
だが運命は、その安らぎすら奪い去るのだ。
風が吹き抜けた後、人々の中から歓声ではなく悲鳴が起こった。
桜吹雪に混じって、人々の血飛沫が舞った。
誰かが言う。
風が襲ってきたのだと。
風が鳥の姿をとって、自分達を切り裂いていくのだと。
そう口を開いた誰かもまた、吹き抜ける風の通った後に何も喋らなくなった。
風は、この桜並木が己の物であるかのように、その場でいつまでも吹き続けていた。
●守れ、憩いの場!
「大変大変大変だって!! 皆の楽しいお花見がめちゃめちゃにされちゃう!」
たいそう慌てた様子で夢見の少女、久方 万里(nCL2000005)は覚者達の元へと姿を現した。
「休日に皆がお花見してる桜の名所に、春の風に混じって妖が入り込んで来るんだよ!」
余程慌てているのかグッと拳を握って力んだ様子で覚者達へと自身の意識を伝達してくる。
そこには風に混じって宙を舞う空気の塊の姿があった。注力すれば、それが鳥の姿を模しているのが分かる。
「大急ぎで向かって、何とか妖が現れるよりちょっと前に現場に到着できるくらい。迎え撃つ準備はまず出来ないと思って」
彼女が急がせる理由は明瞭だ。今この一分一秒が惜しい。
「そいつらランク的には1の、自然系って奴だと思う。とにかく自分達のやりたいように暴れ回るつもりみたい」
彼女の説明を纏めると、その数は5体。桜並木に花見へ来た客を狙っており、手段は風の体を使った切り裂き攻撃と、周囲の風を悪意で操作する攻撃を行ってくるらしい。風という掴みどころのない敵ではあるが、桜並木を自分の縄張りにでもしたいのか、そこから逃走を図るようなことはないのだという。
「幸いそれぞれが勝手に暴れ回る感じで連携らしい連携をしてくる訳じゃないみたいだけど、とにかく素早いし飛んでるから気をつけて!」
どうにかこうにか説明を終えた万里は、息も絶え絶えに、けれど真剣な目で覚者達を見る。
「それと、もう一つ! これは個人的なお願いなんだけど……戦いが終わった後、皆に大丈夫だよって教えることも兼ねて、お花見をしてきて欲しいの」
妖が出たという風聞は、今後その街の人々の生活に大きな影響を及ぼしてしまう。それも最大限避けられるなら避けたいものなのは確かだ。
「せっかくの花見の名所なのに、人が集まらなくなったら綺麗に咲いてる桜も可哀想だと思うの、だから」
大立ち回りを繰り広げた者が現場に留まるのはあまりよろしくはないかもしれない。が、それでも覚者達ならと万里は期待の目を向ける。
「妖のせいで桜まで怖いなんて悲しいから、そんな人達の心も、救ってくれる?」
妖を退治し人々を守ることは出来るのか、万里の期待に応えることができるのか。
それらは全て、覚者の両肩に掛かっていた。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖の殲滅
2.花見を盛り上げる
3.なし
2.花見を盛り上げる
3.なし
みちびきいなりと申します。
今回は花見客を襲う害意を討伐し、人々の心の平穏を守る依頼です。
妖を討伐するだけに留まらず、その土地に残る遺恨を少しでも減らせるかどうかが大切になるでしょう。
●舞台
桜の名所と言われるとある桜並木。この時期は歩行者天国になっており多数の花見客で賑わっています。
等間隔に植えられた立派な桜が2列、その間に煉瓦敷きの大きな道がある、そんな現代風情に満ちた景色が広がっています。
時刻は昼前、天候は晴れです。
●敵について
ランク1の自然型に属する妖――『風切鳥』。その数5体。風が悪意を持ち鳥の姿を模した妖です。
5体に連携の概念はないのか、それぞれが無陣の状態で好き放題に暴れています。その分、敵意には敏感でしょう。
以下はその攻撃手段です。
『風切鳥』
・切々舞
[攻撃]A:特近単・対象の周囲を掠り飛び、真空の刃で切り裂き中ダメージを与えます。【出血】
・暴風
[攻撃]A:特遠列・暴風を巻き起こし、対象を巻き上げ小ダメージを与えます。
・風の化生
[強化]P:自・速度小UP。回避小UP。【飛行】
●一般人について
現場に到着した時点で老若男女大勢の花見客が居ることが想定されます。
彼らに対して即応することで、妖出現前に一手打つことは可能でしょう。
●戦闘後について
万里からのお願いで、花見をして現場を盛り上げて欲しいとの要望があります。
楽しいことをしてみせたり、恐怖を感じる人々の心に何らかの癒しを与えることが有効でしょう。
いっそ、戦っている時から……?
妖との戦い。今回はただ倒せばいいだけとは言えないかもしれません。
この状況、如何にして解くか。覚者の皆様、よろしくお願いします。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/8
6/8
公開日
2016年04月27日
2016年04月27日
■メイン参加者 6人■

●花見場の闖入者
その日は休日で、見頃の桜は性別、年頃を問わず多くの人々を呼び寄せていた。
各々に場所を取り、桜を肴に飲み食いし、楽しげに歌い、騒ぐ。その後に起こる騒動など知る由もない。
「………」
この場に新たに現れた6名を除いては。
「これから怖い妖が出るから、皆少しの間だけ離れて欲しいんだぞ!」
金色の髪を二つに纏めた愛らしい少女が声を張る。右手は口元に音を良く通すために添えられ、左手は隣の青年の服の裾を掴んでいた。
突然の大声に、幾人かの花見客がいぶかしげな視線を彼女『天衣無縫』神楽坂 椿花(CL2000059)と隣の青年へ向ける。
「怪我したくなけりゃ少し離れてろ」
集まる視線を感じながら、香月 凜音(CL2000495)はそれに戸惑う事無くハキハキとした声で注意を促した。
凜音と椿花、兄妹のような二人の真摯な声掛けは、酒に酔っていない家族客などに微かな警戒心を呼び起こしていく。
その一方、別の場所では。
「今から妖が出るの。危ないから少しだけ下がってほしいの」
「ああ? ワケわかんないこと言ってないで、こっちきてお酌してくれないか? お嬢ちゃん!」
傍に漂う人魂など酔った目には映ってないのか、『愛求める独眼鬼』瀬織津・鈴鹿(CL2001285)が注意を促した中年の男は彼女に酒を注ぐように要求する。
「あらあら、おイタはダメよん?」
男の手をするりと横入りして受け止めたのは、着物を着崩した格好の女性『ドキドキお姉さん』魂行 輪廻(CL2000534)だ。
豊満な肢体を大胆に晒した格好に男の鼻の舌が伸びる。対して輪廻は柔らかな微笑を浮かべ、持参した陶器の酒瓶から流れるような動作で男の猪口に酒を満たしていく。
「今から妖が出るの」
輪廻のフォローを受けながら、鈴鹿は花見客へ退避を促していく。初めはいぶかしげだった客達も、ある者はその熱意に、ある者はその魅力に少しずつ絆されていく。
その手応えを鈴鹿は笑みに変え同じく依頼に従事する一人の青年へと向けたのだが、肝心のその人物は……
「あらあら、とっても綺麗な顔してるわねぇ!」
「ねぇね、お歌を一緒に歌いましょう? ね?」
「いや……待て………」
「あーら! 髪の毛綺麗ー! 服も何だかお洒落だわぁ」
「人の話を聞け」
「いやーん、クール!」
多数のおば様方に囲まれ難儀していた。
「妖が来る。危険なので離れていてくれ」
おば様方に囲まれていたのは『雷麒麟』天明 両慈(CL2000603)だ。言葉少なに、けれど凄みを込めての彼の説得は……
「きゃー!」
黄色い声を受けながら、大うけのおば様方以外にはあまり伝わっていないようだった。
「……」
両慈の救いを求める視線が鈴鹿と輪廻に届く。それを受けた輪廻は胸を持ち上げるように腕組みをして。
「じゃ、鈴鹿ちゃん。戦う準備に入らないとねん♪」
「!?」
見事にスルーした。
「……やれやれ」
見捨てられる形になった両慈は、それでもため息一つで気持ちを切り替え目の前の難事に相対していく。
(後輩君はもっと力を抜いて砕けたらいいのよん、鈴鹿ちゃんをちょっと見習ってみなさい♪)
彼にはいい薬だと笑う輪廻の意図が彼に正しく伝わったのかは、甚だ疑わしかった。
覚者達の分散した声掛けにより、花見の現場の雰囲気が変わる。
何かが起こる。そんな漠然とした不安と警戒が花見客へと浸透していた。
「……ふむ」
その流れを背の高い桜の枝先に立ち眺めていた『天狗の娘』鞍馬・翔子(CL2001349)は感心したように頷いた。
「これが花見か。わざわざ食べにくい木の下に布を敷き、群がり、乱痴気騒ぎをするその意義はやはり分からないが……」
彼女の鷹の目は、視線を巡らすことで広く、遠くを見通す。
「騒いでいる連中の顔が綻んでいるのはよく分かった」
その目が、確かにそれの来訪を捉える。
「さておき、妖退治だな」
手で、他の覚者達へとそれの襲来を伝える。
「風情とやらは知らんが、楽しみをジャマする奴は無粋というのは良く知っている」
頭に被った赤い天狗の面の鼻先を弾く。少し強くなった風が、彼女の鴉色の翼をはためかせた。
風に乗り、飛ぶ。
直後、並木道の桜の花を無理筋に吹き散らす強い突風が、その場にいた全員の身を擦る。
その風に乗り、荒くれ者はやってくる。
「無粋な輩は……風に還ってもらおうか!」
戦いの始まりを告げたのは、翔子の奮起の声と風の弾丸だった。
●荒風退治
風がぶつかる。翔子の放った弾丸は確か吹きつける突風の中で確かに何かを穿った。
風が向きを変え、空へと舞い上がっていく。それは透明ながら鳥の形をしていた。
「くっ」
打ち返せなかった分の風の鳥が、翔子の敵意を感知して彼女へ殺到する。連続する接近は連続する引き裂きを生み、翔子の体を切り裂いていく。
その様子に花見客達から悲鳴が上がった。ここに来てようやく状況の変化を理解したのだ。
「怪我したくなけりゃ少し離れてろって言ったろ。そういうこった!」
パニックを起こし始める花見客へ、凜音が率先して音頭を取り避難誘導していく。
彼らの逃走経路を守るのは、彼の妹分だ。
「皆お花見を楽しみにしてきてるのに、それを邪魔するなんてとんでもないんだぞ!」
身の内に炎の燃焼を感じながら、思い切りよく風を切りつける。熱量のぶつかりによって生じた新たな風が、彼女の長い髪を大きく揺らした。
避難している客の中に、その鮮やかさに足を止める者達が出始める。状況としてはあまりよろしくないのだが、そこは刺激に飢えた花見客の性分というものだろう。
「ふふ」
その手の心の機微をよく理解しているのか、輪廻が動く。
「はーい、ここはまだ危ないから下がってねん。でも戦闘は見学してたら、もしかしたら良い事あるかもよん?」
しなを作っての忠告に、彼女が狙いにした客層の人々は皆導かれるように従っていく。人の流れが出来てしまえばそれに倣う習性があるのか、他の花見客への誘導もスムーズに進行した。
「それじゃ、楽しみにしててねん♪」
笑顔を振りまき輪廻もまた戦線へと飛び込んでいく。はためく着物は既に多くの視線を集めていた。
「両慈お兄ちゃん」
「ああ」
吹き荒れる風の妖に新たに対峙するのは鈴鹿と両慈だ。それぞれに水気、天気を収束させ力に変える。
鈴鹿の視線が離れた所でこちらを不安そうに見つめる家族客を捉える。
(大丈夫、私達が守るから……!)
決意を新たに、力を戦場に展開する。力は霧となり、暴れる風を弱らせる枷となっていく。
と、同時に両慈の放つ清涼な天の気が、仲間を鼓舞する加護になった。
「――!!」
新たな敵の出現に、風切鳥達は一斉に加速する。吹き荒れる風そのままに、自らを凶器に変えて飛びまわる。
通常の風では成し得ない変則的な軌道を描き、一体が椿花の死角をとった。
「わわっ?!」
彼女が気配に気づいた時にはもう遅い。疾風の切り裂きは放たれ、椿花の体が衝撃に揺れる。
状況を見守っている人々の顔が驚愕に染まる。
「っだぁ!」
バランスを崩した椿花の体は凜音が支えた。追撃を掛けようとする妖へ牽制の水礫を放つ。
攻撃は当たりはしなかったが、タイミングを外した敵の攻撃もまた凜音の体を軽く打つ程度になった。
「椿花、頑張るのはいいが、無茶すんなよ?」
「無茶じゃないんだぞ! 椿花だって、上手に戦えるんだぞ!」
二人の元気なやりとりに、驚き震えていた人々もホッと胸を撫でおろす。そんな彼らのやきもきを尻目に、体勢を立て直した椿花は再び元気に刀を振り回し始めた。
「お返しだぞ!」
再び風を切りつける少女の刃は、返す動きで二撃を加えた。
「手は足りてるかしらん?」
「猫の手も借りたい所だ」
桜の木の枝を蹴り高度を得た輪廻が、空中での戦いを一手に引き受けている翔子へ声を掛ける。
翔子の返事に、凜音の守護使役がピクリと反応を返した。
「それじゃ、お貸しするわね。ね・こ・の・て♪」
飛び込んでくる妖に、タイミングを揃えた輪廻の蹴りがカウンター気味に打ち込まれる。
ゴゥ、と吹き抜ける風の音と共に、彼女の髪が、着物の裾が、桜の花びらと共にヒラヒラとはためいた。
「そう、れ!」
蹴った力を利用して、空中で器用に身を翻して二度目の攻撃。大きく足を振り上げてからのかかと落としだ。
「………!!」
どこよりも目立つ空中での舞踏。それも艶やかな美女の物ともなれば、数多の視線が集中する。
二撃目のかかと落としが放たれる時には、息を飲む声と、逃げるのを忘れた男達の歓声があがる。
(なるほど、これが噂に聞くヒーローショーとやらの実践か。確かに人の目を惹くな)
ショーを意識した輪廻の立ち回りに翔子は深く感心しながら、ならばと自分も中空に舞う。
「裂けろ!」
棘一閃。木行の術式を展開すれば、風に巻き込まれた種が爆発的に茨を作り出し、妖を傷つける。
確かな手応えに、翔子は実感を得た。残心する動きも少し派手さを意識する。
「お見事」
「後背は私に任せろ。あなたは……務めを果たすんだ」
「はーい♪」
ふわりふわりと地に降りるその姿すら人目を惹く美女は、天空に威風堂々と立つ少女に笑みを返しながら次の敵を追う。
「輪廻お姉ちゃん、すごい。わたしもやる……!」
「待て鈴鹿、お前の場合色々と翻ったらまずい」
姉と慕う者の活躍に鈴鹿も倣おうとするが、そこは両慈のストップが掛かる。暴れ回るには鈴鹿の格好は、色々と際どかった。
「俺に合わせてくれ。出来るな?」
「……! うん、できるの」
話を逸らすべく振った言葉に、鈴鹿は目を輝かせて頷いた。その様子に少しだけホッとした両慈は、後で輪廻とまとめて苦言を呈そうと心に決めてから敵に身構え直す。
「まとめた!もう逃げ場はないんだぞ!」
戦局は、椿花や輪廻、後衛を翔子と凜音が固めた布陣が完成し、敵を追いつめていた。
「汝、悪しき存在よ。我が双刀の力を以て祓い清めん……!」
「一気に仕留める……!」
祓いの刀を構える鈴鹿が地を蹴る。雷雲を天の気で作り上げた両慈が集中する。
「いっぱーつ!」
切り上げた椿花の斬撃が風切鳥を打ち倒す。堪らず展開しようと動く他の敵に、逃げ場はない。
「―――ッ!」
鈴鹿が切り抜けた。刃鳴りの音が少し後に響く。
「終わりだ!」
二人の少女が付けた爪痕に、両慈の放った雷が青天の霹靂の如く轟音を打ち鳴らす。
パラパラと、パチパチと、空気の弾ける音がして。
「お仕事完了、だな」
戦局を見通した凜音の言葉が、戦いの締めの言葉となった。
●もう一つの任務
荒ぶる風が落ち着いた桜並木には、穏やかな風の音と、荒れた宴会会場とが残った。
「さて」
終わりの音頭をとった凜音が周囲を見回せば、距離をとり行く末を見守っていた花見客が居る。
一度頷き、花見客の元へと凜音は行く。灰色の髪をゆっくりと元の茶髪へと戻しながら。
「もう安心だぜ」
彼の言葉に、しかし花見客達は困惑した様子を見せた。
戦いは終わった。けれど花見をするような空気ではないと、彼らの目が訴えていた。
さてどうしたもんかと凜音が頭を掻いた時、後方から元気な声が聞こえてきた。
「凜音ちゃん凜音ちゃん!」
椿花だ。先程まで刀を持っていた手に、大きな大きな包みを持っている。
「これ!」
凜音の元までやって来た彼女が、得意気に包みを開いていく。
大きく握ったおにぎりが、沢山沢山、詰め込まれていた。
「お母さんにも上手って褒めてもらったの!」
無邪気に笑う少女は胸を張り、鼻高々に褒めてと訴えていた。
「……ああ、頑張ったな」
そんな少女の頭を、ぽんっと撫でてやる。二人では到底食べきれないおにぎりを見つめ、
「皆に食べて貰おうな?」
そう言って、彼は再び花見客を見た。その視線の動きに釣られるように椿花も彼らを見て。
その無邪気な視線が、花見客達の心を打った。
「花見というのは、そんなしょぼくれた顔でするものではないのだろう?」
修験道めいた衣装から、古風なセーラー服に姿を変えた翔子もまた、花見客を前にして、
「先程観察させて貰ったが、皆一様に顔が綻んでいた」
花見客の一人らしい老婆の傍へと歩み寄る。その手はそっと緊張する彼女の頬を撫で。
「ならば、何を遠慮する必要がある? 害意は祓った。残るは美しい自然だけだ。存分に楽しめ」
笑った。年に似合わぬ達観と、威風堂々とした態度の少女が見せる力強い笑み。
「……ふふ、そうだねぇ。ほら、皆。お花見の続きをしましょう」
それは確かに伝わり、老婆の言葉を皮切りに膨らんだ気持ちが動き出す。
花見客は己の本懐を思い出し、皆少しずつ騒々しさを、日常を取り戻し始めたのだ。
「いよっ! 姉ちゃん日本一!」
「鈴鹿ちゃん! 頑張れー!」
どんちゃん騒ぎが帰って来た。
輪廻と鈴鹿の二人が、急ごしらえの舞台の上で舞い踊る。
片や扇子を、片や刀を手にした舞踏は、先程の戦いをなぞる様に展開する。
「………!」
「来るぞ……!」
流麗な舞は多くの花見客の視線を集めているのだが、とくに前列には多くの男性客が居た。
そのお目当ては。
「―――!」
「ハッ!」
水平に振られた鈴鹿の刀のみねの部分へ、輪廻が一撃を避けるように飛び乗る。そのままくるりと中空でバク転を行なえば、美しい軌道を描き再び舞台の上へと舞い降りる。
その動きの美しさもさることながら、ちらりと見えそうで見えない絶妙な加減に肌蹴た衣装が、何よりも酒で理性を削った男達にとって最上のサービスとなった。
「見え……ない!」
「ちくしょーーーー! 完璧だぁ!」
舞台は大いに盛り上がっていた。
その一方、桜を楽しむ花見客達の中にもFiVEの覚者の姿があった。
「塩むすびと、おかかと、あと鮭があるんだぞ!」
年の頃の近い子供達とその親とに囲まれながら、椿花は自分の作ったおにぎりを一つ手に取る。
「はい!」
「!? う、うん。ありがとう」
満面の笑みで差し出されたおにぎりを受け取った少年は、頬を赤らめながら礼を言った。
「花見弁当と、甘味を持ってきている。味は悪くないはずだ」
「……! 凜音ちゃんのお弁当!」
その隣で凜音が持ってきた弁当を振る舞う。が、誰より先に手を出したのは椿花だった。
「おい……」
美味しそうに弁当のおかずを頬張る椿花の姿にため息をつく凜音。その様子を見ていた他の花見客に新しい笑顔の花が咲く。
誰よりも今を楽しんでいるように見える椿花と、それを見守る凜音。その姿は他の家族連れに負けないくらいに仲睦まじかった。
「翔子ちゃん。はい、これ」
「はーい、お兄さん。これも食べて!」
そのすぐ近く、翔子と両慈は多数の花見客、それも特定の層にそれぞれ囲まれていた。
「お兄さんお兄さん。さっきの銀髪姿、とっても痺れたわぁ」
「お酒飲める? ほろ酔いする姿も見てみたいのー」
「………」
両慈は再び妙齢のご婦人方の襲撃を受けていた。
うっかり混ぜてくれと言ったのが運の尽き、どこからともなく群がってくる彼女らから逃れる機会を彼は失ってしまった。
「………」
彼の視線は舞台上の二人に向けられる。舞い踊るのはともかくあの衣装はやはり目のやり場に困るのだ。意識的にしている輪廻はともかく、鈴鹿の尖った無邪気さはそのまま無防備さに繋がる。
正直気が気ではない。
「はーい、こっち見てー!」
「なっ」
そんな彼の心配をよそに、ご婦人方は今日の白馬の王子様を持て囃す。彼の女難の時間は、舞を終えて輪廻と鈴鹿が戻ってきて更に加速するのだが、それを彼はまだ知らない。
一方、
「どんどん食べて大きくなるんだよ?」
「小さくはない」
「はい、お茶」
「うむ」
「ありがたやありがたや……」
翔子の周りを囲むのはお年寄りだ。彼女に何かと世話を焼き飯を与え可愛がる。元より自信家の彼女にとって持て囃されることは嫌がるものではないと受け入れるのが、この状況に拍車をかけていた。
「お花見、楽しいかい?」
最初に翔子が声を掛けた老婆の問いかけに、彼女は視線を桜へと向けた。
自然とは楽しむものではなく、畏敬を抱くべきもの。それが彼女の自論であるが、整然と並ぶ花道の人の手を加えることで生み出される美しさもまた、彼女には理解できた。
「見世物として楽しむという風習はよく分からぬ。が、歩み寄りあってこその進歩であり発展だ」
都会という新たな場所での大きな一歩だ。彼女は老婆を見て、再び笑う。
「さぁ、どう楽しもうか」
●宴終わって
「……凜音ちゃん、大好きなんだぞ………」
ことを終えた帰り道、椿花は凜音に背負われ夢の中だ。
「………」
不意を打つ言葉に、凜音はどう答えたものかと視線を泳がせる。
「お花見……もっとするの………」
その視線の先に捉えたのは、同じく力尽きるまでお花見を堪能した鈴鹿とそれを背負う両慈だ。
「お疲れさん」
「……ああ」
同じ苦労を共有したか、二人の兄貴分は小さく笑みを交わし合う。
ぎゅうと鈴鹿が抱きしめる手に力を入れたのと、椿花が顔を背中に擦りつけたのは同時だった。
「あらあら、まあまあ」
そんな様子を楽しげに見守る輪廻の隣、翔子は土産に渡された包みを見ていた。
お礼だと言われて渡された、潰した梅の入ったおにぎり。
遠目に桜並木を振りかえれば、少しだけ強い風が吹き、桜は花びらを空へ散らしていた。
春の嵐が来た。
妖の邪な風ではない、自然が作り出す季節の風。
桜の季節が終わるのだと知らせる風。
「……ん」
花の見頃は短くて、だからこそ美しい。
季節を確かに胸に刻みながら、彼らは帰途につくのだった。
その日は休日で、見頃の桜は性別、年頃を問わず多くの人々を呼び寄せていた。
各々に場所を取り、桜を肴に飲み食いし、楽しげに歌い、騒ぐ。その後に起こる騒動など知る由もない。
「………」
この場に新たに現れた6名を除いては。
「これから怖い妖が出るから、皆少しの間だけ離れて欲しいんだぞ!」
金色の髪を二つに纏めた愛らしい少女が声を張る。右手は口元に音を良く通すために添えられ、左手は隣の青年の服の裾を掴んでいた。
突然の大声に、幾人かの花見客がいぶかしげな視線を彼女『天衣無縫』神楽坂 椿花(CL2000059)と隣の青年へ向ける。
「怪我したくなけりゃ少し離れてろ」
集まる視線を感じながら、香月 凜音(CL2000495)はそれに戸惑う事無くハキハキとした声で注意を促した。
凜音と椿花、兄妹のような二人の真摯な声掛けは、酒に酔っていない家族客などに微かな警戒心を呼び起こしていく。
その一方、別の場所では。
「今から妖が出るの。危ないから少しだけ下がってほしいの」
「ああ? ワケわかんないこと言ってないで、こっちきてお酌してくれないか? お嬢ちゃん!」
傍に漂う人魂など酔った目には映ってないのか、『愛求める独眼鬼』瀬織津・鈴鹿(CL2001285)が注意を促した中年の男は彼女に酒を注ぐように要求する。
「あらあら、おイタはダメよん?」
男の手をするりと横入りして受け止めたのは、着物を着崩した格好の女性『ドキドキお姉さん』魂行 輪廻(CL2000534)だ。
豊満な肢体を大胆に晒した格好に男の鼻の舌が伸びる。対して輪廻は柔らかな微笑を浮かべ、持参した陶器の酒瓶から流れるような動作で男の猪口に酒を満たしていく。
「今から妖が出るの」
輪廻のフォローを受けながら、鈴鹿は花見客へ退避を促していく。初めはいぶかしげだった客達も、ある者はその熱意に、ある者はその魅力に少しずつ絆されていく。
その手応えを鈴鹿は笑みに変え同じく依頼に従事する一人の青年へと向けたのだが、肝心のその人物は……
「あらあら、とっても綺麗な顔してるわねぇ!」
「ねぇね、お歌を一緒に歌いましょう? ね?」
「いや……待て………」
「あーら! 髪の毛綺麗ー! 服も何だかお洒落だわぁ」
「人の話を聞け」
「いやーん、クール!」
多数のおば様方に囲まれ難儀していた。
「妖が来る。危険なので離れていてくれ」
おば様方に囲まれていたのは『雷麒麟』天明 両慈(CL2000603)だ。言葉少なに、けれど凄みを込めての彼の説得は……
「きゃー!」
黄色い声を受けながら、大うけのおば様方以外にはあまり伝わっていないようだった。
「……」
両慈の救いを求める視線が鈴鹿と輪廻に届く。それを受けた輪廻は胸を持ち上げるように腕組みをして。
「じゃ、鈴鹿ちゃん。戦う準備に入らないとねん♪」
「!?」
見事にスルーした。
「……やれやれ」
見捨てられる形になった両慈は、それでもため息一つで気持ちを切り替え目の前の難事に相対していく。
(後輩君はもっと力を抜いて砕けたらいいのよん、鈴鹿ちゃんをちょっと見習ってみなさい♪)
彼にはいい薬だと笑う輪廻の意図が彼に正しく伝わったのかは、甚だ疑わしかった。
覚者達の分散した声掛けにより、花見の現場の雰囲気が変わる。
何かが起こる。そんな漠然とした不安と警戒が花見客へと浸透していた。
「……ふむ」
その流れを背の高い桜の枝先に立ち眺めていた『天狗の娘』鞍馬・翔子(CL2001349)は感心したように頷いた。
「これが花見か。わざわざ食べにくい木の下に布を敷き、群がり、乱痴気騒ぎをするその意義はやはり分からないが……」
彼女の鷹の目は、視線を巡らすことで広く、遠くを見通す。
「騒いでいる連中の顔が綻んでいるのはよく分かった」
その目が、確かにそれの来訪を捉える。
「さておき、妖退治だな」
手で、他の覚者達へとそれの襲来を伝える。
「風情とやらは知らんが、楽しみをジャマする奴は無粋というのは良く知っている」
頭に被った赤い天狗の面の鼻先を弾く。少し強くなった風が、彼女の鴉色の翼をはためかせた。
風に乗り、飛ぶ。
直後、並木道の桜の花を無理筋に吹き散らす強い突風が、その場にいた全員の身を擦る。
その風に乗り、荒くれ者はやってくる。
「無粋な輩は……風に還ってもらおうか!」
戦いの始まりを告げたのは、翔子の奮起の声と風の弾丸だった。
●荒風退治
風がぶつかる。翔子の放った弾丸は確か吹きつける突風の中で確かに何かを穿った。
風が向きを変え、空へと舞い上がっていく。それは透明ながら鳥の形をしていた。
「くっ」
打ち返せなかった分の風の鳥が、翔子の敵意を感知して彼女へ殺到する。連続する接近は連続する引き裂きを生み、翔子の体を切り裂いていく。
その様子に花見客達から悲鳴が上がった。ここに来てようやく状況の変化を理解したのだ。
「怪我したくなけりゃ少し離れてろって言ったろ。そういうこった!」
パニックを起こし始める花見客へ、凜音が率先して音頭を取り避難誘導していく。
彼らの逃走経路を守るのは、彼の妹分だ。
「皆お花見を楽しみにしてきてるのに、それを邪魔するなんてとんでもないんだぞ!」
身の内に炎の燃焼を感じながら、思い切りよく風を切りつける。熱量のぶつかりによって生じた新たな風が、彼女の長い髪を大きく揺らした。
避難している客の中に、その鮮やかさに足を止める者達が出始める。状況としてはあまりよろしくないのだが、そこは刺激に飢えた花見客の性分というものだろう。
「ふふ」
その手の心の機微をよく理解しているのか、輪廻が動く。
「はーい、ここはまだ危ないから下がってねん。でも戦闘は見学してたら、もしかしたら良い事あるかもよん?」
しなを作っての忠告に、彼女が狙いにした客層の人々は皆導かれるように従っていく。人の流れが出来てしまえばそれに倣う習性があるのか、他の花見客への誘導もスムーズに進行した。
「それじゃ、楽しみにしててねん♪」
笑顔を振りまき輪廻もまた戦線へと飛び込んでいく。はためく着物は既に多くの視線を集めていた。
「両慈お兄ちゃん」
「ああ」
吹き荒れる風の妖に新たに対峙するのは鈴鹿と両慈だ。それぞれに水気、天気を収束させ力に変える。
鈴鹿の視線が離れた所でこちらを不安そうに見つめる家族客を捉える。
(大丈夫、私達が守るから……!)
決意を新たに、力を戦場に展開する。力は霧となり、暴れる風を弱らせる枷となっていく。
と、同時に両慈の放つ清涼な天の気が、仲間を鼓舞する加護になった。
「――!!」
新たな敵の出現に、風切鳥達は一斉に加速する。吹き荒れる風そのままに、自らを凶器に変えて飛びまわる。
通常の風では成し得ない変則的な軌道を描き、一体が椿花の死角をとった。
「わわっ?!」
彼女が気配に気づいた時にはもう遅い。疾風の切り裂きは放たれ、椿花の体が衝撃に揺れる。
状況を見守っている人々の顔が驚愕に染まる。
「っだぁ!」
バランスを崩した椿花の体は凜音が支えた。追撃を掛けようとする妖へ牽制の水礫を放つ。
攻撃は当たりはしなかったが、タイミングを外した敵の攻撃もまた凜音の体を軽く打つ程度になった。
「椿花、頑張るのはいいが、無茶すんなよ?」
「無茶じゃないんだぞ! 椿花だって、上手に戦えるんだぞ!」
二人の元気なやりとりに、驚き震えていた人々もホッと胸を撫でおろす。そんな彼らのやきもきを尻目に、体勢を立て直した椿花は再び元気に刀を振り回し始めた。
「お返しだぞ!」
再び風を切りつける少女の刃は、返す動きで二撃を加えた。
「手は足りてるかしらん?」
「猫の手も借りたい所だ」
桜の木の枝を蹴り高度を得た輪廻が、空中での戦いを一手に引き受けている翔子へ声を掛ける。
翔子の返事に、凜音の守護使役がピクリと反応を返した。
「それじゃ、お貸しするわね。ね・こ・の・て♪」
飛び込んでくる妖に、タイミングを揃えた輪廻の蹴りがカウンター気味に打ち込まれる。
ゴゥ、と吹き抜ける風の音と共に、彼女の髪が、着物の裾が、桜の花びらと共にヒラヒラとはためいた。
「そう、れ!」
蹴った力を利用して、空中で器用に身を翻して二度目の攻撃。大きく足を振り上げてからのかかと落としだ。
「………!!」
どこよりも目立つ空中での舞踏。それも艶やかな美女の物ともなれば、数多の視線が集中する。
二撃目のかかと落としが放たれる時には、息を飲む声と、逃げるのを忘れた男達の歓声があがる。
(なるほど、これが噂に聞くヒーローショーとやらの実践か。確かに人の目を惹くな)
ショーを意識した輪廻の立ち回りに翔子は深く感心しながら、ならばと自分も中空に舞う。
「裂けろ!」
棘一閃。木行の術式を展開すれば、風に巻き込まれた種が爆発的に茨を作り出し、妖を傷つける。
確かな手応えに、翔子は実感を得た。残心する動きも少し派手さを意識する。
「お見事」
「後背は私に任せろ。あなたは……務めを果たすんだ」
「はーい♪」
ふわりふわりと地に降りるその姿すら人目を惹く美女は、天空に威風堂々と立つ少女に笑みを返しながら次の敵を追う。
「輪廻お姉ちゃん、すごい。わたしもやる……!」
「待て鈴鹿、お前の場合色々と翻ったらまずい」
姉と慕う者の活躍に鈴鹿も倣おうとするが、そこは両慈のストップが掛かる。暴れ回るには鈴鹿の格好は、色々と際どかった。
「俺に合わせてくれ。出来るな?」
「……! うん、できるの」
話を逸らすべく振った言葉に、鈴鹿は目を輝かせて頷いた。その様子に少しだけホッとした両慈は、後で輪廻とまとめて苦言を呈そうと心に決めてから敵に身構え直す。
「まとめた!もう逃げ場はないんだぞ!」
戦局は、椿花や輪廻、後衛を翔子と凜音が固めた布陣が完成し、敵を追いつめていた。
「汝、悪しき存在よ。我が双刀の力を以て祓い清めん……!」
「一気に仕留める……!」
祓いの刀を構える鈴鹿が地を蹴る。雷雲を天の気で作り上げた両慈が集中する。
「いっぱーつ!」
切り上げた椿花の斬撃が風切鳥を打ち倒す。堪らず展開しようと動く他の敵に、逃げ場はない。
「―――ッ!」
鈴鹿が切り抜けた。刃鳴りの音が少し後に響く。
「終わりだ!」
二人の少女が付けた爪痕に、両慈の放った雷が青天の霹靂の如く轟音を打ち鳴らす。
パラパラと、パチパチと、空気の弾ける音がして。
「お仕事完了、だな」
戦局を見通した凜音の言葉が、戦いの締めの言葉となった。
●もう一つの任務
荒ぶる風が落ち着いた桜並木には、穏やかな風の音と、荒れた宴会会場とが残った。
「さて」
終わりの音頭をとった凜音が周囲を見回せば、距離をとり行く末を見守っていた花見客が居る。
一度頷き、花見客の元へと凜音は行く。灰色の髪をゆっくりと元の茶髪へと戻しながら。
「もう安心だぜ」
彼の言葉に、しかし花見客達は困惑した様子を見せた。
戦いは終わった。けれど花見をするような空気ではないと、彼らの目が訴えていた。
さてどうしたもんかと凜音が頭を掻いた時、後方から元気な声が聞こえてきた。
「凜音ちゃん凜音ちゃん!」
椿花だ。先程まで刀を持っていた手に、大きな大きな包みを持っている。
「これ!」
凜音の元までやって来た彼女が、得意気に包みを開いていく。
大きく握ったおにぎりが、沢山沢山、詰め込まれていた。
「お母さんにも上手って褒めてもらったの!」
無邪気に笑う少女は胸を張り、鼻高々に褒めてと訴えていた。
「……ああ、頑張ったな」
そんな少女の頭を、ぽんっと撫でてやる。二人では到底食べきれないおにぎりを見つめ、
「皆に食べて貰おうな?」
そう言って、彼は再び花見客を見た。その視線の動きに釣られるように椿花も彼らを見て。
その無邪気な視線が、花見客達の心を打った。
「花見というのは、そんなしょぼくれた顔でするものではないのだろう?」
修験道めいた衣装から、古風なセーラー服に姿を変えた翔子もまた、花見客を前にして、
「先程観察させて貰ったが、皆一様に顔が綻んでいた」
花見客の一人らしい老婆の傍へと歩み寄る。その手はそっと緊張する彼女の頬を撫で。
「ならば、何を遠慮する必要がある? 害意は祓った。残るは美しい自然だけだ。存分に楽しめ」
笑った。年に似合わぬ達観と、威風堂々とした態度の少女が見せる力強い笑み。
「……ふふ、そうだねぇ。ほら、皆。お花見の続きをしましょう」
それは確かに伝わり、老婆の言葉を皮切りに膨らんだ気持ちが動き出す。
花見客は己の本懐を思い出し、皆少しずつ騒々しさを、日常を取り戻し始めたのだ。
「いよっ! 姉ちゃん日本一!」
「鈴鹿ちゃん! 頑張れー!」
どんちゃん騒ぎが帰って来た。
輪廻と鈴鹿の二人が、急ごしらえの舞台の上で舞い踊る。
片や扇子を、片や刀を手にした舞踏は、先程の戦いをなぞる様に展開する。
「………!」
「来るぞ……!」
流麗な舞は多くの花見客の視線を集めているのだが、とくに前列には多くの男性客が居た。
そのお目当ては。
「―――!」
「ハッ!」
水平に振られた鈴鹿の刀のみねの部分へ、輪廻が一撃を避けるように飛び乗る。そのままくるりと中空でバク転を行なえば、美しい軌道を描き再び舞台の上へと舞い降りる。
その動きの美しさもさることながら、ちらりと見えそうで見えない絶妙な加減に肌蹴た衣装が、何よりも酒で理性を削った男達にとって最上のサービスとなった。
「見え……ない!」
「ちくしょーーーー! 完璧だぁ!」
舞台は大いに盛り上がっていた。
その一方、桜を楽しむ花見客達の中にもFiVEの覚者の姿があった。
「塩むすびと、おかかと、あと鮭があるんだぞ!」
年の頃の近い子供達とその親とに囲まれながら、椿花は自分の作ったおにぎりを一つ手に取る。
「はい!」
「!? う、うん。ありがとう」
満面の笑みで差し出されたおにぎりを受け取った少年は、頬を赤らめながら礼を言った。
「花見弁当と、甘味を持ってきている。味は悪くないはずだ」
「……! 凜音ちゃんのお弁当!」
その隣で凜音が持ってきた弁当を振る舞う。が、誰より先に手を出したのは椿花だった。
「おい……」
美味しそうに弁当のおかずを頬張る椿花の姿にため息をつく凜音。その様子を見ていた他の花見客に新しい笑顔の花が咲く。
誰よりも今を楽しんでいるように見える椿花と、それを見守る凜音。その姿は他の家族連れに負けないくらいに仲睦まじかった。
「翔子ちゃん。はい、これ」
「はーい、お兄さん。これも食べて!」
そのすぐ近く、翔子と両慈は多数の花見客、それも特定の層にそれぞれ囲まれていた。
「お兄さんお兄さん。さっきの銀髪姿、とっても痺れたわぁ」
「お酒飲める? ほろ酔いする姿も見てみたいのー」
「………」
両慈は再び妙齢のご婦人方の襲撃を受けていた。
うっかり混ぜてくれと言ったのが運の尽き、どこからともなく群がってくる彼女らから逃れる機会を彼は失ってしまった。
「………」
彼の視線は舞台上の二人に向けられる。舞い踊るのはともかくあの衣装はやはり目のやり場に困るのだ。意識的にしている輪廻はともかく、鈴鹿の尖った無邪気さはそのまま無防備さに繋がる。
正直気が気ではない。
「はーい、こっち見てー!」
「なっ」
そんな彼の心配をよそに、ご婦人方は今日の白馬の王子様を持て囃す。彼の女難の時間は、舞を終えて輪廻と鈴鹿が戻ってきて更に加速するのだが、それを彼はまだ知らない。
一方、
「どんどん食べて大きくなるんだよ?」
「小さくはない」
「はい、お茶」
「うむ」
「ありがたやありがたや……」
翔子の周りを囲むのはお年寄りだ。彼女に何かと世話を焼き飯を与え可愛がる。元より自信家の彼女にとって持て囃されることは嫌がるものではないと受け入れるのが、この状況に拍車をかけていた。
「お花見、楽しいかい?」
最初に翔子が声を掛けた老婆の問いかけに、彼女は視線を桜へと向けた。
自然とは楽しむものではなく、畏敬を抱くべきもの。それが彼女の自論であるが、整然と並ぶ花道の人の手を加えることで生み出される美しさもまた、彼女には理解できた。
「見世物として楽しむという風習はよく分からぬ。が、歩み寄りあってこその進歩であり発展だ」
都会という新たな場所での大きな一歩だ。彼女は老婆を見て、再び笑う。
「さぁ、どう楽しもうか」
●宴終わって
「……凜音ちゃん、大好きなんだぞ………」
ことを終えた帰り道、椿花は凜音に背負われ夢の中だ。
「………」
不意を打つ言葉に、凜音はどう答えたものかと視線を泳がせる。
「お花見……もっとするの………」
その視線の先に捉えたのは、同じく力尽きるまでお花見を堪能した鈴鹿とそれを背負う両慈だ。
「お疲れさん」
「……ああ」
同じ苦労を共有したか、二人の兄貴分は小さく笑みを交わし合う。
ぎゅうと鈴鹿が抱きしめる手に力を入れたのと、椿花が顔を背中に擦りつけたのは同時だった。
「あらあら、まあまあ」
そんな様子を楽しげに見守る輪廻の隣、翔子は土産に渡された包みを見ていた。
お礼だと言われて渡された、潰した梅の入ったおにぎり。
遠目に桜並木を振りかえれば、少しだけ強い風が吹き、桜は花びらを空へ散らしていた。
春の嵐が来た。
妖の邪な風ではない、自然が作り出す季節の風。
桜の季節が終わるのだと知らせる風。
「……ん」
花の見頃は短くて、だからこそ美しい。
季節を確かに胸に刻みながら、彼らは帰途につくのだった。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし

■あとがき■
依頼完了。覚者の皆様はお疲れ様でした。
美しい桜並木は守られ、花見客もその思い出を楽しい物として残すことが出来ました。
この場所は今後も人々に親しまれる花見の名所として存続していくことになるでしょう。
季節の物語、楽しんでいただけましたら何よりです。
また機会ございましたらよろしくお願いします。
美しい桜並木は守られ、花見客もその思い出を楽しい物として残すことが出来ました。
この場所は今後も人々に親しまれる花見の名所として存続していくことになるでしょう。
季節の物語、楽しんでいただけましたら何よりです。
また機会ございましたらよろしくお願いします。
