≪禍時の百鬼≫百鬼と炎獣
●
「はあ。F.i.V.E.の襲撃は結局失敗かー。やっぱり、悪いことってのはなかなか成功しないもんだねー」
百鬼の一員である隔者。
アルカは先日の、逢魔ヶ時紫雨による五麟市への強襲を思い起こす。彼女はそこに百鬼として参加した者の一人であり、そして何とか逃げ延びたという経緯の持ち主である。
「我らがボスも無事だったから良かったけど。どこまで上の方々に絞られることやら」
見事な赤毛を揺らして、肩を竦める。
人を騙した罰が当たったかなー、と思わないでもない。日ノ丸事変の時にも、一芝居打ったアルカにとって色々感慨が深いものがあった。
「アルカさーん、ちょっと」
「ちょっと、待って下さいよ」
「うーん、何?」
険しい山中にて。
先行するアルカが振り返る。後ろには、その部下達がリーダーに置いて行かれまいと必死に追い縋っていた。
「本当にやるんですかー? 例の妖の討伐」
「何をいまさら」
部下の一人が恐る恐る手を挙げる。
アルカ達は、とある村の人々のため農作物を荒らす怪物を狩りにいく途中だった。山から恐ろしい獣が度々降りてきては、村に大きな被害を及ぼして困っているのだという。それが、どうやら妖らしかった。
「あの村の人達には、世話になったじゃん」
「それは……そうですが」
「見ず知らずの私達が、空腹で彷徨っていたらお腹いっぱいご馳走してくれたやん」
「それも、まあ、そうですが」
「なら、自発的に妖退治くらいしても、良いじゃない」
アルカの言い様に、部下達は顔を見合わせて苦笑いした。
仕方がないな、この人はという顔である。
しかし。
それから歩き回ることしばし。隔者達は、笑ってもいられない状況に陥ることになる。
「グルルルルル!」
立ち昇る陽炎。
身体に業火の炎を立ち昇らせた巨大な狼な妖と、アルカ達は相対していた。これが、件の獣であることは間違いない。
「……アルカさん、これは」
「あちゃー、思った以上の獲物だった」
一目見て、敵がランク3の妖だとアルカは見抜く。
しかも、それが……二体一緒。完全に、当初の目論みが甘かったことを悟らざるを得ない。
「はあ。こいつは、どうしたものかな」
隔者と妖。
双方ともに、一触即発の状態で睨み合う。
●
「皆さん、先日の百鬼達の一部の動きが予知できました」
記憶に新しい禍時の百鬼。
久方 真由美(nCL2000003)が、覚者達に今回の依頼の内容を説明する。
「とある山中にて、ランク3の妖二体と戦闘に入ろうとしているようです。皆さんには、その現場に向かってもらうことになります」
このランク3の妖は、近くの村に降りてくる危険な存在なのでF.i.V.E.としても放っておくわけにはいかない。
これを機会に、討伐しておく必要があるのは間違いない。
ただ、隔者のアルカ達の扱いが問題だ。
「今回の場合、まずいつ戦いに参戦するかが重要です」
隔者と妖。
この二方が対面するところに、先回りすることができそうなのだが。先手をとって、最初から積極的に戦いに入るか。対応が遅れるかもしれないが、両者の戦闘をしばし観察するか。
あるいは……
「また、どのように戦闘で立ち回るかも大切です」
何せ最悪の場合、両者ともに相手どることになりかねない。
此度の標的は、あくまでも妖。これとどう戦い、アルカ達にどう対応するのかは現場の判断に任される。
「妖だけでも、非常に強力な相手です。そこに、百鬼まで絡んできて難しい戦況になります。皆さん、どうかお気をつけて。健闘を祈ります」
「はあ。F.i.V.E.の襲撃は結局失敗かー。やっぱり、悪いことってのはなかなか成功しないもんだねー」
百鬼の一員である隔者。
アルカは先日の、逢魔ヶ時紫雨による五麟市への強襲を思い起こす。彼女はそこに百鬼として参加した者の一人であり、そして何とか逃げ延びたという経緯の持ち主である。
「我らがボスも無事だったから良かったけど。どこまで上の方々に絞られることやら」
見事な赤毛を揺らして、肩を竦める。
人を騙した罰が当たったかなー、と思わないでもない。日ノ丸事変の時にも、一芝居打ったアルカにとって色々感慨が深いものがあった。
「アルカさーん、ちょっと」
「ちょっと、待って下さいよ」
「うーん、何?」
険しい山中にて。
先行するアルカが振り返る。後ろには、その部下達がリーダーに置いて行かれまいと必死に追い縋っていた。
「本当にやるんですかー? 例の妖の討伐」
「何をいまさら」
部下の一人が恐る恐る手を挙げる。
アルカ達は、とある村の人々のため農作物を荒らす怪物を狩りにいく途中だった。山から恐ろしい獣が度々降りてきては、村に大きな被害を及ぼして困っているのだという。それが、どうやら妖らしかった。
「あの村の人達には、世話になったじゃん」
「それは……そうですが」
「見ず知らずの私達が、空腹で彷徨っていたらお腹いっぱいご馳走してくれたやん」
「それも、まあ、そうですが」
「なら、自発的に妖退治くらいしても、良いじゃない」
アルカの言い様に、部下達は顔を見合わせて苦笑いした。
仕方がないな、この人はという顔である。
しかし。
それから歩き回ることしばし。隔者達は、笑ってもいられない状況に陥ることになる。
「グルルルルル!」
立ち昇る陽炎。
身体に業火の炎を立ち昇らせた巨大な狼な妖と、アルカ達は相対していた。これが、件の獣であることは間違いない。
「……アルカさん、これは」
「あちゃー、思った以上の獲物だった」
一目見て、敵がランク3の妖だとアルカは見抜く。
しかも、それが……二体一緒。完全に、当初の目論みが甘かったことを悟らざるを得ない。
「はあ。こいつは、どうしたものかな」
隔者と妖。
双方ともに、一触即発の状態で睨み合う。
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「皆さん、先日の百鬼達の一部の動きが予知できました」
記憶に新しい禍時の百鬼。
久方 真由美(nCL2000003)が、覚者達に今回の依頼の内容を説明する。
「とある山中にて、ランク3の妖二体と戦闘に入ろうとしているようです。皆さんには、その現場に向かってもらうことになります」
このランク3の妖は、近くの村に降りてくる危険な存在なのでF.i.V.E.としても放っておくわけにはいかない。
これを機会に、討伐しておく必要があるのは間違いない。
ただ、隔者のアルカ達の扱いが問題だ。
「今回の場合、まずいつ戦いに参戦するかが重要です」
隔者と妖。
この二方が対面するところに、先回りすることができそうなのだが。先手をとって、最初から積極的に戦いに入るか。対応が遅れるかもしれないが、両者の戦闘をしばし観察するか。
あるいは……
「また、どのように戦闘で立ち回るかも大切です」
何せ最悪の場合、両者ともに相手どることになりかねない。
此度の標的は、あくまでも妖。これとどう戦い、アルカ達にどう対応するのかは現場の判断に任される。
「妖だけでも、非常に強力な相手です。そこに、百鬼まで絡んできて難しい戦況になります。皆さん、どうかお気をつけて。健闘を祈ります」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖二体の撃退
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
■炎の獣の妖二体
ランク3の生物系の妖。
炎をまとった、巨大な狼の妖です。相手が隔者だろうが、覚者だろうが関係なく襲ってきます。放っておくと、人里を危険にさらす可能性が高く。撃退しておく必要があります。
(主な戦闘方法)
炎の牙 A:特近単 《格闘》【火傷】
炎の吐息 A:特遠列 【火傷】
炎の活性化 回避+ 速度+ 物攻+ 特攻+ 効果継続:12ターン HPチャージ
■禍時の百鬼アルカ達
アルカとその部下が四人。【日ノ丸事変】黎明たる選択、《紅蓮ノ五麟》選択の結末で以前に登場しています。全員が彩の因子、火行の使い手。今回は、妖を退治するために山に入っています。こちらの交渉と対応次第では、共闘する可能性も敵対する可能性もあります。
■現場
人気のない深い山中。近くに、アルカ達が世話になったという人里があります。時刻は、昼間。アルカ達と妖二体が相対するのは、充分に開けた場所です。先回りして、待ち伏せすることが可能。どのタイミングで、介入するかは自由です。
よろしく、お願いします。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
150LP[+予約50LP]
150LP[+予約50LP]
参加人数
10/10
10/10
公開日
2016年04月16日
2016年04月16日
■メイン参加者 10人■

●
(ほんとは戦闘開始前に共闘を持ちかけるのがいいんだろうって思うけど、信じ切れないって仲間の気持ちも判るから。アルカ達が本当に妖退治にきたのか確認するまで少し我慢だ)
覚者達は、アルカ達より少し早めに戦闘場所の少し手前の物陰に隠れる。
『デジタル陰陽師』成瀬 翔(CL2000063)は空丸を真上へ飛ばしてていさつさせた。
「待ち伏せ、隠れようぜ! 隠れんぼの不死川と言われた実力を今こそ!」
「一宿一飯の恩、大きい。恩返し、大事。盾護達、恩返し、お手伝い?」
遠過ぎず、近過ぎず。
不死川 苦役(CL2000720)と岩倉・盾護(CL2000549)も身を潜めた。
(来た、アルカ達だ)
翔が送受心・改で仲間に連絡。
透視して自分の目でも確かめれば、アルカの赤毛がはっきりと見える。
「……アルカさん、これは」
「あちゃー、思った以上の獲物だった」
アルカ達と妖二匹は今まさに、向かい合い。
一触即発に睨み合う。
「はあ。こいつは、どうしたものかな」
「グルルル!」
狼の妖は、巨体の炎を激しくたゆらせる。
戦意と殺意は、覚者達まで伝わってくるかのようだ。
(すぐにでも駆けつけたいが……こればかりは私のわがままだ、ならば万全を期すために使わせてもらおう)
時を無駄にするわけにもいかない。
『落涙朱華』志賀 行成(CL2000352)は、様子を見ながら錬覇法と水衣を自身に付与する。『BCM店長』阿久津 亮平(CL2000328)は演舞・清風をその傍らで行い、送受心・改を使えるようにしおく。
(俺はアルカ達とは面識はないけど……前々から行成君がアルカの事を気に掛けていたので、ちゃんと話が出来るようにしたい……と、その前に妖の討伐を頑張らないといけないな)
亮平は妖とアルカ達の様子を見る為、守護使役のていさつと鷹の目をこらす。
ていさつ中の守護使役は木に隠れさせて、妖とアルカ達に見つからないよう注意。何か気付いた事があれば、すぐ皆に知らせる構えだ。
(少しの間、気づかれないように隠れていないとだ)
(アルカ達は――)
『百合の追憶』三島 柾(CL2001148)も天駆で自分の細胞を活性化させた。『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は、錬覇法を自分にかけて仲間達と一緒に様子を窺う。そんな彼に、盾護は蒼鋼壁を施した。自分には機化硬を使っている。
「アルカさん、どうします?」
「ここは撤退も考えた方が、いいかと」
覚者達の視線の向こう。アルカの部下達がリーダーの指示を仰いでいた。
当のアルカは、頬をかいて嘆息する。
「一匹ずつ集中して、確実にいこうか……もし、逃げたい人がいるなら無理に付き合う必要はないから」
アルカの言葉に、部下達は頷いて全員が戦闘態勢をとる。
赤毛の少女は薄く笑った。
「サンキュー、皆。じゃあ、始めようか」
「ガアアアアア!」
隔者達が炎弾を撃ち出すのと、妖が炎の吐息を吹きつけるのはほぼ同時だった。
けたたましい爆音が轟き、周囲の温度が一挙に上がる。
「始まったようだ」
「移動を始めましょう」
守護使役からの情報を亮平が、皆に伝える。
『エピファニアの魔女』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)も、戦闘開始の音を把握。錬覇法を使用後、現場へと移動を開始する。
「アルカさん、前に出過ぎです! もっと下がって下さい!」
「あー、いいのいいの。囮やるから、後ろから援護をよろー」
「ふふ……あの子たち、ホントにいい子よねえ。百鬼に居るのが惜しいくらいに……さあ、頃合いよ。介入しましょうか、色々と」
妖と隔者が高らかに激突する。
海衣と錬覇法を使って、『女帝』エメレンツィア・フォン・フラウベルク(CL2000496)は微笑を浮かべた。
「天楼院聖華、助太刀するぜ!」
一番乗りしたのは『想い受け継ぎ‘最強’を目指す者』天楼院・聖華(CL2000348)だ。錬覇法は既に使用済み。疾風斬りが駆け抜けて、二体の妖へと鋭い斬撃が飛ぶ。
「あれ? あなたは……」
「久しぶりだな、アルカ。元気にしてたかー?」
「ああ、うん……久しぶり。元気は、元気かなー……?」
突然のことにアルカは、きょとんとして。
聖華と顔を合わせる。
「ヒーロー参上だぜ! 助けはいるか? アルカ!」
翔も勢いよく飛び出し、雷獣を妖に一発お見舞いする。
激しい雷が鳴った。
「また、懐かしい顔が……」
「アルカさん、覚者です!」
「あ、うん……いや、意外なところで意外な人達に会ったものだから驚いちゃった」
アルカの反応は、どちらかというと顔見知りに会ったような態である。
「……どうやら、また縁があったようだな」
「Hi、アルカ。久しぶりね?」
「あ……お二方とも、どうも」
行成は癒しの滴で、エメレンツィアは癒しの霧でアルカ達の負傷を癒す。
赤毛の隔者は、ひどく恐縮した。
「オレらも妖退治に来たんだ。どうせなら一緒に戦おうぜ! まあ、助けなんていらねーって言われても、勝手に助けるけどな!」
「ん? 妖退治?」
「どうやら先客がいらしたようですね」
翔の言に隔者は首を傾げ。
ラーラ達は戦いながら、アルカ達の交渉に入る。
「実は私たちもこちらの妖を何とかしたいと思ってこちらを目指していたのですが、その途中で大きな音がしたので急いで駆けつけたんです」
「……」
「状況を見る限り、私達の利害って一致してると思うんです。一時休戦して一緒に戦いませんか? それとも、こういうのはどうでしょう。どちらが妖の撃破に貢献できるか……競争しましょう」
「……ふーん、標的は私達じゃないと?」
「妖はどっちにしても倒さねーとなんねーし! 別にアルカ達と戦う気はねーから安心しろよ! 遅れて出てきた理由? んなもん、お前らがちゃんと妖退治する気があるのか確認してたに決まってるだろ!」
「昨日の敵は今日の友って言うだろ? こいつらを倒す間だけ、共同戦線といこーぜ!」
爆炎が舞う戦場にて。
アルカは覚者達をじっと見やる。隔者達は、彼女の一挙手一投足に注目した。
「ガァアア!」
その時、妖の一体が牙を剥く。
後ろから攻撃される危険性を覚悟して、盾護は体当たりして妖同士の間に割り込んだ。
「連携される、危ない。だから分断」
遠くにいた方の妖を引き受け。
盾護は炎の牙を、他の者に届かせないように果敢に立ち回る。
「盾護達、妖退治、来た。
今回、禍時の百鬼、対象外。
ランク3、2匹、荷が重い。
FiVE、禍時の百鬼、別々に戦う、勝率低そう。
アルカ達、盾護達、倒れた後戦う、勝てる?
妖、傷深かったら逃げそう。
敵同じ、盾護達とアルカ達、今日だけ共闘。
妖、逃がさない、倒す、一番可能性高い」
こちらからことを構えず、共闘の希望。
それは、柾も同じだ。
「人助けのためにここにいるらしいから、今回は敵対するつもりはない。俺達だけだと荷が重い、あんたらだけでも荷が重い。なら協力してもいいんじゃないか? お互い足をひっぱりあって、この妖に隙をつかれたらたまらない。この妖を倒す間だけ休戦しよう」
柾は言葉をかけ、アルカ達が対処していないもう一体の炎獣の対応に向かう。
飛燕の目にも止まらぬ二連撃を繰り出す。
「俺達の主な目的も妖の討伐だから、共闘して倒したい」
亮平はアルカとアルカの部下に敵意無く接する。
が、油断してもいない。
(報告書の様子からしてアルカの部下は警戒心が強く、こっちの意向を信じない可能性もある。念の為こっちへ攻撃が来ないよう気を配り……もしも危険なら仲間を守る)
さまざまな思惑が、戦場で絡み合う。
「あんた達の行動はお見通しだよ。助けに来たなんて思わなくていいから」
奏空は、負傷していたアルカらに癒しのスキルを使用して。
隔者へ語る。
「でもさ、アルカ。恩を感じて妖退治を言い出したのなら最後までやってくれると俺は思ってる。悪いとは思ったけど少しだけ様子は見せて貰ったよ。おあいこでしょ?」
「……おあいこ、ね」
「それにランク3の妖は見過ごす訳にもいかないし。ここは共闘作戦といかない?」
「……うーん」
アルカが目線を外した先には、錬覇法を事前に使った苦役が前衛で戦っていて。
不意に目が合う。
(今回の事? ははは。いやいや、立場があろうとなかろうと、人情があろうとなかろうと、自分の意思でパンピー襲撃するような悪い事したら悪い奴に決まってんじゃん。というか俺の会社に飛び火して大変だったんだぜ? つーか仕事になんないし。不良がちょっと良い事したくらいで良い奴呼ばわりしてたらさ、真面目に生きてる奴等は何よ。女神様? 神様? 随分と神様量産するんすね! 良い奴、悪い奴じゃない奴っていうのはさ。そもそも不良にならない訳。おーけー? ま、今回は手が回らないし、仕方ないから見逃す方向でも良いんだけど!)
苦役の心情を精確に読み取ったわけでもないだろうが。
隔者はふっと目を細めた。
「ふふ、相変わらず頭でっかちね。一人くらいは消火係入れないと、アナタの部下達が火傷しちゃうわよ?」
そんなアルカにエメレンツィアは微笑みかける。
会話中に割り込んでくる妖には水礫をお見舞いした。
「グガァアア!?」
「全く、無粋な獣ね。少しは待ちなさいよ……アナタが本気を出せば手助けなんていらないでしょうけど。でも、アナタの部下達はそうじゃないでしょう?」
以前、アルカの変貌ぶりを経験したエメレンツィアだ。
(それに、大事な部下を殴り飛ばすくらいには見境なくなるんだもの、そのまま村の方に行ったら……ね)
まあ、それでもあの時部下を守りに出たアナタなら大丈夫だとは思うけど。
と胸中だけで呟く。
どうせ、素直に助けてとは言わないだろうが。
「だから、ここはお互い不可侵で。どう?」
「……」
「すべてが終わってからだ、でないと全員やられるぞ」
相手が揺れているのを見取って。
行成は叫ぶ。
「アルカさん、これは罠の可能性があります」
「タイミングが、あまりにも良すぎます」
「覚者達に気を許すのは危険かと」
部下達は覚者の言葉に、あくまでも慎重な姿勢だ。
その間にも、戦火は広がっていく。
「――ふぅ」
そこで、アルカは。
肩を震わせ。
「……まったく、黙って聞いてれば、どいつもこいつも、勝手なことばかりピーチクパーチクほざきやがって」
「アルカさん?」
「共闘? 不可侵? 競争? はっ、上等だよ!?」
激しい炎が浮かび上がり。
隔者は不敵に笑った。
「ギャハハハハハ! いいぜいいぜ、面白え! その話、オレ様が乗ってやる! ただし、後悔するなよ、覚者共!?」
雰囲気が変わったアルカは、腹をかかえて哄笑。
部下に荒々しく向き直る。
「お前ら! 今から、覚者の連中と妖狩りだ! 文句あるか、あん!?」
胸元の刺青を禍々しく光り輝かせる暴君に。
隔者達は、両手を挙げた。
「まあ、なくはないですが」
「その状態のアルカさんに」
「何を言っても無駄なことは」
「分かっていますので、はい」
●
アルカも本気となり。
これから、苛烈な妖退治が始まる――と誰もが思ったら。
「ギャハハハ! ……ハハ……うん。じゃあ、皆さん。不束者ですが、よろしく」
アルカの炎は、すぐに鎮静化してしまい。
礼儀正しくぺこりとお辞儀する。
「あれ? アルカさん?」
「そのまま行かないんですか?」
部下達も意外そうだが。
あっけらかんと、リーダーは答えた。
「せっかくこれだけ人数がいるんだから、最初から無理する必要はないでしょ。それに、後のために余力は残しておかないと……ねえ?」
意味深げにアルカは流し目を送る。
妖退治までは共闘するが、その後のことは分からない……そんな目。
(アルカはファイヴを襲った敵だけど、なんか憎めないんだよなー。仲間を大事にするところとか、村を守ろうとするところとかさ。だから話は単純なんだ。俺が助けたいから、助ける! 後のことはなるよーになるさ!)
聖華は、後のことは文字通り後回しにし。
敵の能力を隔者達に伝える。狼の妖は、身体の炎を今まさに滾らせている。
「炎の活性化はやべーから、双撃で解除を頼むぜ!」
「オーケイ。パワーアップさせないようにすれば、良いわけね」
「溜めてる間の隙は俺が敵の気を引いてやるぜ!」
補助解除の双撃を放つには時間がかかる。
聖華はその間に、巨大な獣へブレードを向ける。敵の攻撃は牙とブレス。口に注意しての戦闘。大きく息を吸い込むようならブレスに備える。
「ガアアアアア!」
「やらせるかってーの! 俺が相手だぜ!」
隔者の方へと、妖が牙を剥く。
躊躇なく、聖華は飛燕の二閃。そして、横から溜めを終えた隔者達が一斉に双撃を打ち込んだ。
「全員、打てっ」
「はい!」
「了解!」
アルカの号令に、火の力を増幅した二連撃が次々と叩き込まれる。
前から覚者、横から隔者と、さすがの妖も炎の勢いが眼に見えて弱まった。悪くないコンビネーションだ。
(……こういう相手が、一番敵として戦いにくいものだ……)
行成は、そんなアルカ達を見て考える。
(想うところはある、襲撃の際は怒りも覚えた。家を失ったものもいる、家族を巻き込まれたものもいる)
なので……皆が何か言ったり一発殴ろうとするのは止める気はない。
(だが……私は君たちをどうも憎みきれない、死んでほしくないと思ってしまった)
なので殺そうとする人がいれば止める。
(私は、誰かへの恩の為に動けるものは嫌いにはなれない)
隔者と共同し、狼の妖達へと薙刀を振るい。
相手が前後に並ぶなら、貫殺撃で貫く。炎を活性化させる兆しには、集中し、より鋭い一撃を打ち込めるように備え。
そして。
「オオオオオオオ!」
「くっ!」
隔者が、炎で傷を負えば。
味方……アルカ達も含めて……の体力を見て、行成は癒しの滴で回復する。
「ありがたいけど……どういうつもり?」
「戦力が減る方が今はまずいだろう、私の勝手で回復をしているだけだ。色々想うことがあるのならば……妖にぶつけてくれ」
「まあ、今のところはそうしましょうか」
アルカは肩をすくめて、最前線で隔者達を指揮する。
整然として迅速に、部下達は敵の強化を遮った。
「俺犬って嫌いなんだよね! 懐かないし!」
「グルルルル!」
苦役は前に出て指捻撃と、直刀の斬撃で出血を狙う。
炎を操る獣がこちらの喉元をかみ切ろうと飛びかかってきたのを、間一髪躱してカウンターで刃を差し込む。
それでも、敵の強靭な皮膚はなかなか貫けない。
(癪だけど標的をランク3に絞って弱体付与と)
特殊な花より発する匂いを、散布して敵へと送る。
狼の妖らしく鼻が良いのか、特にこの攻撃を相手は嫌がった。確実に弱体化の効果は現れ始める。
「効いているな。相手の知性もあるだろし、前衛後衛でガードしてくるなら――」
閂通し。
合気の神髄ともいうべき技を、苦役はタイミングよく繰り出し。
前方の狼への一撃から、後ろの狙うべき敵に重点して貫通のダメージを入れた。
「ギャ!?」
起きたことが理解できないように、貫通した衝撃に後方にいた妖は目を白黒させる。
この手の技は、人の研鑽によるものだ。
ただの獣には真似できぬ所業だろう。
「……一つ聞きたいんだけど。何で助けてくれたの?」
「何で助けるのか、って。それは当然、私がアルカ達の事を好きだからよ」
戦闘中の、アルカの何気ない問いに。
後衛のエメレンツィアは即答した。癒しの滴と癒しの霧を使って、彼女は分け隔てなく回復を行う。
「もちろん、私達を謀った百鬼は許せないわ。それに、本気を出した状態のアルカは脅威に値する敵よ」
「……それは、どうも」
「それでも、勝利よりも部下の身を想うその姿勢と、一宿一飯の恩を忘れないところとか、とても可愛いじゃない。私が助ける理由なんてそれだけで十分だわ」
「むう」
覚者の偽りなき言葉に、アルカはそっぽを向く。ただ、その頬は……ほんの少しだけ赤くなっているようにも見えた。
「ふふ、清濁併せ呑むのには慣れているのよ、こちらも」
エメレンツィアは余裕の笑みをひらめかせて、伊邪波を起こす。空気中の水分を集めた荒波は、炎の獣達を押し流す。その際は、もちろん百鬼たちは巻き込まないように気を遣った。
(裏切られて、あんなことされましたけど、もしかしたら悪いだけの方達ではないのかも……そういうのは希望的観測って言うんでしょうか)
ラーラはアルカ達と一緒に仲間の回復を受けながら、そんなことを考え。
今は戦闘に集中せんと、気持ちを切り替える。
相手が攻撃してくる場合には、捕縛等も視野において応戦するが。そうでないなら、敢えて攻撃する必要もない。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
後衛から、力ある言葉を口遊み。
その手に紅蓮の火球が生成。火焔連弾による、炎の塊が超高速に連射されて対象を捉える。紅蓮の炎が、雄叫びをあげた。
「ガアアアアアア!」
「グルルルルルル!」
強力な炎の妖達は、徐々に覚者達によって消耗を強いられる。
そして、当初は固まってなかなか離れようとしなかった二匹の距離は次第に開いていく。戦いはチームに分かれた様相を見せた。
(これなら……)
足場の悪さはハイバランサーでカバー。
中衛から迷霧を降り注がせ。
雷獣で遠列攻撃をしかけていた奏空は、アルカ達とは隊列を組まず別隊として明確に動く。
「奏空にぃっ、一緒に」
「ああ、合わせる」
「!」
聖華と奏空は同時に飛燕で集中攻撃を開始した。
目にも止まらぬ四連撃。片方の妖が、たまらず後退してまた二体は孤立を深める。
「盾護、お前、抑える役目」
盾護はアルカ達から敵の一体を離し、それを押さえ込むのに尽力した。機化硬と蒼鋼壁を何度も掛け直して、敵が合流しないように決死のブロックを続ける。
「グオオオオオオオオ!」
「向こうの手助け、絶対させない」
恐るべき炎に立ち向かい、妨害目的で両腕のシールドを思い切り繰り出して牽制。そのうち、自分へと敵の目が向き始めたら全力防御で耐え凌ぐ。
まさに、命を削る作業だった。
「可能なら弱った妖を早めに倒せるように……」
亮平も受け持った敵へと、ハンドガンとナイフで集中攻撃。
盾護が妖を引き付ける間に、精確に弾丸を浴びせ続け。隙あらば猛の一撃で敵の体力を削り取る。回復が途切れないようにも、気を配った。攻守のバランスを、状況を見て調整する。
「こっちの方を抑える役目は、きちんとこなすぜ!」
翔は雷獣で激しい雷を次々と落す。
離れた妖二体が、自分から見て縦に並んだ瞬間にはB.O.T.使って狙い撃った。波動弾が目の前の狼と、離れたもう一体にまで届き。その先には、アルカ達が奮戦する姿が見える。
(そいえば、アルカとは黎明助けた時以来か? 部下にも慕われてたし、そんな悪い奴に見えなかったんだけど)
不意に翔は、紫雨と戦った時の事が思い出されてぎゅっと胸が締め付けられる。
聞けるならアルカに聞いてみたい、一つの質問が浮かんだ。
だが、敵の方は悠長に待ってはくれない。
「オオ……オオオオオ!」
(まるで「灼熱化」と「天駆」をあわせた技みたいだな)
狼が自分の炎を活性化させるのを、柾は注意深く観察する。
一層激しくなった炎を回避して双撃を振るった後は、敵の技をイメージし直した。
(俺が持つ二つの技を同時に行うようにやれば俺でも出来る)
炎の心を使いつつ自分の体内にある炎を灼熱化させ、そして自分の身体全体の細胞を活性化させる事で使用している技……自分自身を強くする技。
己を信じて実践。
自身の細胞を活性化させ、そして体内の炎を灼熱化させる。
身体が沸き立つ。
新たなる感覚に包まれ――
「ガァアア!」
「!」
迫る狼の牙に、集中を妨げられ。
力が四散する。この死闘の中、敵対するランク3の妖からラーニングを成功させるのは、至難過ぎる業だった。
●
火行の近列スキルである火柱や特遠全スキルの召炎波のノウハウを活かして、遠距離の一定範囲を対象とした攻撃は再現が可能なのではないか。
そう考えて、炎の吐息を対象としてラーニングをしようとしていたラーラも大苦戦していた。
「ブオオオオ!!」
ゆっくりと分析しようとも、相手の攻撃は苛烈を極める。
少しでも気を抜けば、全てを焼き払わんとする炎の吐息によって全身が消し墨になりかねない。
「……すごい熱です」
填気でMPを回復して、錬覇法を何度も使用。
負けじと炎を撃ち返す。息が苦しい。炎を受けて膝をつき、それでも命数を振り絞って立ち上がり。少しでも弾幕を張って射ち負けないように専心した。
「回復を……お願いします」
「分かったわ」
相当な手傷を負ったラーラの要請に、エメレンツィアは即座に応じる。
立っているだけで汗が噴き出すほど戦場には、火が渦巻いており。その意味でも水行の技は貴重だった。
「……ここまでとは」
「予想以上だね」
「延焼には注意しないとな」
行成は火傷を負った腕に、超純水と癒しの滴を施し体勢を立て直す。奏空は演舞・舞音でバッドステータスを、癒しの滴で傷を治癒。
苦役も樹の雫で、自身の体力を回復させるが……
「おお! 傷口舐められるかディープキスされても良いなら味方に使ってやっけどな!!」
灼熱の状況において。
苦役節を如何なく炸裂させる。
「ふーん? じゃあ、舐められる方で頼める?」
「言ったろう、味方だけだって。そちら側はお断りだ」
「あっそ。それは残念」
アルカが面白そうに提案するが、苦役はすっぱりと振る。
隔者の少女は、パチンと指を鳴らした。
「さて……頃合いですかね」
覚者達の様子。
妖達の様子。
部下達の様子。
全てを眺めた上で――ニヤリとアルカは笑い。その目に狂気の火がつく。
「そろそろ、犬死ねや! 犬コロ共がああああああー!!」
ビクリと。
妖が猛烈な殺気に押されたように、毛を逆立てる。その顔面に隔者の拳が浴びせられたかと思うと、たちまち大火力による大爆発が起こった。
(前は見境いがなかったけど……今回は?)
奏空はそんなアルカと距離を置き、様子見に入った。
アルカの部下達も心得たもので、遠巻きになっている。
「ギャハハハハ!」
「グオオオオオ!」
思わぬ不意打ちに怒り狂ったように、妖が炎の牙を振るう。だが、隔者は闘牛士のように全てをかいくぐり、大笑いしながら炎の拳で相手を殴って殴って殴り続ける。
アルカの拳も、敵の肉体も原形を留めず。
血と火傷まみれとなる。
「援護するぜ! そんなヤツ、ぶっ飛ばしてやれ!」
そこに聖華も後衛に下がって、癒力活性で皆を回復に専念した。皆と言うのは、もちろんアルカ達を含めてだ。
「ハッ!」
妖が大口を開け、炎の吐息を吹きつける。
だが、業火にアルカは逆に飛び込み、狼の口内に片腕を突っこむ。
「リクエストにはお応えしないとなあ!!」
「!」
次の瞬間。
一点に集中した最大火力。目もくらむ閃光。炎の妖は内部からの起爆によって、頭を粉々に吹き飛ばされて弾けた。
「一丁上がりー。まず競争は、こっちの勝ちと……さーて、次は!」
たった今、仕留めた相手には目もくれず。
アルカは、もう一つの獲物へと駆ける。覚者達も置いていかれまいと、仲間の元へと合流を急いだ。
「あちらは、片付いたか」
「別に厄介そうなのが、いるみたいだが」
五織の彩で妖を相手取りながら、柾は横目で確認する。
暴走状態になったアルカに巻きこれないように、亮平はそっと道を開けて填気と癒しの滴によるサポートを行う。
「クク、潰れろ潰れろ!!」
まさしく矢のごとく。
アルカは敵に近付いては炎撃で横殴りし。次には、遠のいて火炎球を射ちまくる。どっちが怪物か分からぬ有様だが。
「一緒に戦ってるうちは味方だろ。相手はランク3だし、万全で戦えるのがいいしな!」
翔は演舞・舞音でアルカ達と味方達の火傷を癒す。
見事な舞は誰をも鼓舞するように。大気の浄化作用の凝縮を促した。
「立ち回り、切り替え」
何度も何度も、死の危険を乗り越え。
無数の傷を負い。それでも命を燃やし立ち続け、盾護は見事に耐え忍んだ。
妖が攻撃し易い位置を確保しつつ、戦之祝詞を物理攻撃を行う味方に順に配っていく。加えて蒼鋼壁で、防御を上げることも怠らない。
「加勢に入る」
「遅くなったね」
アルカの勢いに巻かれないように留意して。
駆けつけた行成は、水礫で支援。味方に重大な飛び火がきそうなら、いつでもガードに入れるようにした。奏空は仲間を癒しながら、錬覇法を使って戦列に加わる。
「オオオオオオ!」
続々と四方を囲まれながら、妖は激しく暴れ続ける。
炎を怒らせて牙を喰い込めせ、業火の炎を吐き出す。だが、隔者達は絶え間なく活性化を解除し。聖華が攻撃に回復に奔走。苦役の直刀に、獣は血を流した。
「今度こそ」
ラーラは精神を集中。
敵の技をイメージし、それを現実へと形作る。
「これで――」
炎が舞う。
火柱と召炎波。
いや、そのどちらでもない。巨大な火の塊が渦巻き覆い尽くす。炎の妖も、苦しみの呻きを上げる――が。
(違います……後一歩、掴み切れませんでした)
心の中で、ラーラは首を横に振る。
頭に描いたものと一致しない。技を物とした感覚が欠けていた。だが、好機を作り出したのには違いない。
「これで終わりだ!!」
敵が怯んだ隙。
柾が飛びかかる。気力を振り絞った渾身の、起死回生のストレート。それを、何度も灼熱化させた肉体が後押しする。
炎の活性化の習得は、不完全であったが。
ボロボロになった身体に。
今、この瞬間だけは、通常以上の力が溢れ出す。
「――!」
必殺。
タツヒサの直撃に、音を上げる暇もなく。
巨体を彼方まで吹き飛ばされた妖は、そのまま起き上がる気配もなく永遠に沈黙した。
「さてさてさてー。こっちは無事に片付いて、悪党の恩返しも済んだところでー」
二体の妖を撃破したのを見届け。
アルカは拳を鳴らして、覚者達へと更なる敵意を振りまく。
「じゃあ、第二ラウンドを始めるかー? オレ様は、まだまだギンギンだぜ!?」
両手には殺気を圧縮させた極大の炎。
奏空を始めとして、覚者達も思わず身構える。
「お世話になった村に恩を感じたのなら……五麟の街の皆はどうなのかな……? 知ってる? あんた達が街を襲った為に街の皆が苦しんでいるんだぞ……」
相手の目を覚ますため、雷獣を奏空が放とうとした。
まさに、その瞬間。
「アルカさん、ストップ!」
「ハウス! ハウスです!」
「これ以上、無用な戦闘は避けましょう!」
「それに、まず前を隠して下さい、前を!」
アルカの部下達が、リーダーに群がって止めに入って。
上着を急いで掛ける。
「……前だ、と?」
前線で敵の炎をものともせずに、一番に飛び回っていたアルカは。
その服もぼろぼろで……何というか、うら若き乙女のあれこれが色々と飛び出ていた。
「……どうも、色々と恥ずかしいものをお見せしました」
白けたように、アルカの顔から険しさが消える。
炎も立ち消えた。
「お疲れー。お互い無事で良かったぜ」
「あ、うん。戦闘中はありがとう」
聖華の言葉にも、アルカはごく自然に礼を返す。落ち着いたのは間違いない。
「はいこれ、俺の連絡先な。困ったら呼べよー」
「……何で?」
「何でそんな事するかって? 決まってるじゃん」
出来れば仲良く、和やかな雰囲気でいきたい。
それが、聖華の願いだから。
「戦って芽生える友情ってやつさ! 友達に理屈はいらないぜ。いえーい!」
「い、いえーい……」
何となくノリに釣られたような反応。
案外、押しに弱いのかもしれない。
「お互い疲れているし、出来れば俺達はこれ以上戦いたくない。お前たちもだろう? 今回は引いてくれ」
「盾護、エネルギー切れ。今日、戦闘、もう勘弁」
柾と盾護が戦いの意志はないことを示すと、アルカは仲間達を顧みた後。
これにもあっさりと頷く。
「ええ……そうした方が良さそうね」
「村への恩返しなんて結構律儀なんだな。だがこれで村は安心だな。ひとつ聞いても良いか?」
「……どうぞ」
「もしこの村を紫雨に襲えと言われたらお前たちは襲うのか? 恩も返しているしな」
この柾の質問に。
アルカは一瞬だけ壮絶な笑みを浮かべ。
「そんなのは……決まっている、だろ?」
とだけ、答えた。
続きを口にするつもりは、ないらしい。
「問わせてくれ。君は、私たちにとっての敵か? それとも……仕事としての一対象に過ぎないか?」
「それに、オレらと一緒にいた時間、ほんとに何も感じなかったのか? なあ、アルカ。逃げるより、オレらと一緒にこねーか?」
良い機会だと行成と翔も、気になっていたことをぶつける。
亮平は、それをじっと見守った。
「……まあ、敵だし仕事の一対象だし……何も感じなかったわけじゃないけどね……」
「悪役やるならフラフラするな。前にも言ったけど……自分が本当にやりたい事やれよ。紅蓮に染まった心で自分を騙すな。もう一回聞くよ……あんたのやりたい事はなんだよ!」
奏空の熱のこもった台詞に。
アルカは困ったように苦笑した。
「私の立場は何も変わってないわ。FiVEに来る意思があるなら、水に流して全員受け入れるつもりはある。選択をするのはアナタ達。どうするかしら?」
エメレンツィアにも言い募られて。
赤毛の少女は、伸びをしながら背を向ける。
「じゃあ、まあ。今回は真面目に答えようか……私のやりたいことは、とりあえず……自分の仲間だけは裏切らないこと、かな」
それから、隔者達は歩き出す。
覚者達には戦う余力が身心ともにほとんどない。その後ろ姿を見送るしかない。
「じゃーなー! 次遇った時はちゃんと首貰うからー! うっは、怒った。いっそげー!」
苦役が投げかけた一声に。
罵声を浴びせられたほうが、気が楽だとばかりに。アルカは無邪気に笑って、思い切り舌を出して見せた。
(ほんとは戦闘開始前に共闘を持ちかけるのがいいんだろうって思うけど、信じ切れないって仲間の気持ちも判るから。アルカ達が本当に妖退治にきたのか確認するまで少し我慢だ)
覚者達は、アルカ達より少し早めに戦闘場所の少し手前の物陰に隠れる。
『デジタル陰陽師』成瀬 翔(CL2000063)は空丸を真上へ飛ばしてていさつさせた。
「待ち伏せ、隠れようぜ! 隠れんぼの不死川と言われた実力を今こそ!」
「一宿一飯の恩、大きい。恩返し、大事。盾護達、恩返し、お手伝い?」
遠過ぎず、近過ぎず。
不死川 苦役(CL2000720)と岩倉・盾護(CL2000549)も身を潜めた。
(来た、アルカ達だ)
翔が送受心・改で仲間に連絡。
透視して自分の目でも確かめれば、アルカの赤毛がはっきりと見える。
「……アルカさん、これは」
「あちゃー、思った以上の獲物だった」
アルカ達と妖二匹は今まさに、向かい合い。
一触即発に睨み合う。
「はあ。こいつは、どうしたものかな」
「グルルル!」
狼の妖は、巨体の炎を激しくたゆらせる。
戦意と殺意は、覚者達まで伝わってくるかのようだ。
(すぐにでも駆けつけたいが……こればかりは私のわがままだ、ならば万全を期すために使わせてもらおう)
時を無駄にするわけにもいかない。
『落涙朱華』志賀 行成(CL2000352)は、様子を見ながら錬覇法と水衣を自身に付与する。『BCM店長』阿久津 亮平(CL2000328)は演舞・清風をその傍らで行い、送受心・改を使えるようにしおく。
(俺はアルカ達とは面識はないけど……前々から行成君がアルカの事を気に掛けていたので、ちゃんと話が出来るようにしたい……と、その前に妖の討伐を頑張らないといけないな)
亮平は妖とアルカ達の様子を見る為、守護使役のていさつと鷹の目をこらす。
ていさつ中の守護使役は木に隠れさせて、妖とアルカ達に見つからないよう注意。何か気付いた事があれば、すぐ皆に知らせる構えだ。
(少しの間、気づかれないように隠れていないとだ)
(アルカ達は――)
『百合の追憶』三島 柾(CL2001148)も天駆で自分の細胞を活性化させた。『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は、錬覇法を自分にかけて仲間達と一緒に様子を窺う。そんな彼に、盾護は蒼鋼壁を施した。自分には機化硬を使っている。
「アルカさん、どうします?」
「ここは撤退も考えた方が、いいかと」
覚者達の視線の向こう。アルカの部下達がリーダーの指示を仰いでいた。
当のアルカは、頬をかいて嘆息する。
「一匹ずつ集中して、確実にいこうか……もし、逃げたい人がいるなら無理に付き合う必要はないから」
アルカの言葉に、部下達は頷いて全員が戦闘態勢をとる。
赤毛の少女は薄く笑った。
「サンキュー、皆。じゃあ、始めようか」
「ガアアアアア!」
隔者達が炎弾を撃ち出すのと、妖が炎の吐息を吹きつけるのはほぼ同時だった。
けたたましい爆音が轟き、周囲の温度が一挙に上がる。
「始まったようだ」
「移動を始めましょう」
守護使役からの情報を亮平が、皆に伝える。
『エピファニアの魔女』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)も、戦闘開始の音を把握。錬覇法を使用後、現場へと移動を開始する。
「アルカさん、前に出過ぎです! もっと下がって下さい!」
「あー、いいのいいの。囮やるから、後ろから援護をよろー」
「ふふ……あの子たち、ホントにいい子よねえ。百鬼に居るのが惜しいくらいに……さあ、頃合いよ。介入しましょうか、色々と」
妖と隔者が高らかに激突する。
海衣と錬覇法を使って、『女帝』エメレンツィア・フォン・フラウベルク(CL2000496)は微笑を浮かべた。
「天楼院聖華、助太刀するぜ!」
一番乗りしたのは『想い受け継ぎ‘最強’を目指す者』天楼院・聖華(CL2000348)だ。錬覇法は既に使用済み。疾風斬りが駆け抜けて、二体の妖へと鋭い斬撃が飛ぶ。
「あれ? あなたは……」
「久しぶりだな、アルカ。元気にしてたかー?」
「ああ、うん……久しぶり。元気は、元気かなー……?」
突然のことにアルカは、きょとんとして。
聖華と顔を合わせる。
「ヒーロー参上だぜ! 助けはいるか? アルカ!」
翔も勢いよく飛び出し、雷獣を妖に一発お見舞いする。
激しい雷が鳴った。
「また、懐かしい顔が……」
「アルカさん、覚者です!」
「あ、うん……いや、意外なところで意外な人達に会ったものだから驚いちゃった」
アルカの反応は、どちらかというと顔見知りに会ったような態である。
「……どうやら、また縁があったようだな」
「Hi、アルカ。久しぶりね?」
「あ……お二方とも、どうも」
行成は癒しの滴で、エメレンツィアは癒しの霧でアルカ達の負傷を癒す。
赤毛の隔者は、ひどく恐縮した。
「オレらも妖退治に来たんだ。どうせなら一緒に戦おうぜ! まあ、助けなんていらねーって言われても、勝手に助けるけどな!」
「ん? 妖退治?」
「どうやら先客がいらしたようですね」
翔の言に隔者は首を傾げ。
ラーラ達は戦いながら、アルカ達の交渉に入る。
「実は私たちもこちらの妖を何とかしたいと思ってこちらを目指していたのですが、その途中で大きな音がしたので急いで駆けつけたんです」
「……」
「状況を見る限り、私達の利害って一致してると思うんです。一時休戦して一緒に戦いませんか? それとも、こういうのはどうでしょう。どちらが妖の撃破に貢献できるか……競争しましょう」
「……ふーん、標的は私達じゃないと?」
「妖はどっちにしても倒さねーとなんねーし! 別にアルカ達と戦う気はねーから安心しろよ! 遅れて出てきた理由? んなもん、お前らがちゃんと妖退治する気があるのか確認してたに決まってるだろ!」
「昨日の敵は今日の友って言うだろ? こいつらを倒す間だけ、共同戦線といこーぜ!」
爆炎が舞う戦場にて。
アルカは覚者達をじっと見やる。隔者達は、彼女の一挙手一投足に注目した。
「ガァアア!」
その時、妖の一体が牙を剥く。
後ろから攻撃される危険性を覚悟して、盾護は体当たりして妖同士の間に割り込んだ。
「連携される、危ない。だから分断」
遠くにいた方の妖を引き受け。
盾護は炎の牙を、他の者に届かせないように果敢に立ち回る。
「盾護達、妖退治、来た。
今回、禍時の百鬼、対象外。
ランク3、2匹、荷が重い。
FiVE、禍時の百鬼、別々に戦う、勝率低そう。
アルカ達、盾護達、倒れた後戦う、勝てる?
妖、傷深かったら逃げそう。
敵同じ、盾護達とアルカ達、今日だけ共闘。
妖、逃がさない、倒す、一番可能性高い」
こちらからことを構えず、共闘の希望。
それは、柾も同じだ。
「人助けのためにここにいるらしいから、今回は敵対するつもりはない。俺達だけだと荷が重い、あんたらだけでも荷が重い。なら協力してもいいんじゃないか? お互い足をひっぱりあって、この妖に隙をつかれたらたまらない。この妖を倒す間だけ休戦しよう」
柾は言葉をかけ、アルカ達が対処していないもう一体の炎獣の対応に向かう。
飛燕の目にも止まらぬ二連撃を繰り出す。
「俺達の主な目的も妖の討伐だから、共闘して倒したい」
亮平はアルカとアルカの部下に敵意無く接する。
が、油断してもいない。
(報告書の様子からしてアルカの部下は警戒心が強く、こっちの意向を信じない可能性もある。念の為こっちへ攻撃が来ないよう気を配り……もしも危険なら仲間を守る)
さまざまな思惑が、戦場で絡み合う。
「あんた達の行動はお見通しだよ。助けに来たなんて思わなくていいから」
奏空は、負傷していたアルカらに癒しのスキルを使用して。
隔者へ語る。
「でもさ、アルカ。恩を感じて妖退治を言い出したのなら最後までやってくれると俺は思ってる。悪いとは思ったけど少しだけ様子は見せて貰ったよ。おあいこでしょ?」
「……おあいこ、ね」
「それにランク3の妖は見過ごす訳にもいかないし。ここは共闘作戦といかない?」
「……うーん」
アルカが目線を外した先には、錬覇法を事前に使った苦役が前衛で戦っていて。
不意に目が合う。
(今回の事? ははは。いやいや、立場があろうとなかろうと、人情があろうとなかろうと、自分の意思でパンピー襲撃するような悪い事したら悪い奴に決まってんじゃん。というか俺の会社に飛び火して大変だったんだぜ? つーか仕事になんないし。不良がちょっと良い事したくらいで良い奴呼ばわりしてたらさ、真面目に生きてる奴等は何よ。女神様? 神様? 随分と神様量産するんすね! 良い奴、悪い奴じゃない奴っていうのはさ。そもそも不良にならない訳。おーけー? ま、今回は手が回らないし、仕方ないから見逃す方向でも良いんだけど!)
苦役の心情を精確に読み取ったわけでもないだろうが。
隔者はふっと目を細めた。
「ふふ、相変わらず頭でっかちね。一人くらいは消火係入れないと、アナタの部下達が火傷しちゃうわよ?」
そんなアルカにエメレンツィアは微笑みかける。
会話中に割り込んでくる妖には水礫をお見舞いした。
「グガァアア!?」
「全く、無粋な獣ね。少しは待ちなさいよ……アナタが本気を出せば手助けなんていらないでしょうけど。でも、アナタの部下達はそうじゃないでしょう?」
以前、アルカの変貌ぶりを経験したエメレンツィアだ。
(それに、大事な部下を殴り飛ばすくらいには見境なくなるんだもの、そのまま村の方に行ったら……ね)
まあ、それでもあの時部下を守りに出たアナタなら大丈夫だとは思うけど。
と胸中だけで呟く。
どうせ、素直に助けてとは言わないだろうが。
「だから、ここはお互い不可侵で。どう?」
「……」
「すべてが終わってからだ、でないと全員やられるぞ」
相手が揺れているのを見取って。
行成は叫ぶ。
「アルカさん、これは罠の可能性があります」
「タイミングが、あまりにも良すぎます」
「覚者達に気を許すのは危険かと」
部下達は覚者の言葉に、あくまでも慎重な姿勢だ。
その間にも、戦火は広がっていく。
「――ふぅ」
そこで、アルカは。
肩を震わせ。
「……まったく、黙って聞いてれば、どいつもこいつも、勝手なことばかりピーチクパーチクほざきやがって」
「アルカさん?」
「共闘? 不可侵? 競争? はっ、上等だよ!?」
激しい炎が浮かび上がり。
隔者は不敵に笑った。
「ギャハハハハハ! いいぜいいぜ、面白え! その話、オレ様が乗ってやる! ただし、後悔するなよ、覚者共!?」
雰囲気が変わったアルカは、腹をかかえて哄笑。
部下に荒々しく向き直る。
「お前ら! 今から、覚者の連中と妖狩りだ! 文句あるか、あん!?」
胸元の刺青を禍々しく光り輝かせる暴君に。
隔者達は、両手を挙げた。
「まあ、なくはないですが」
「その状態のアルカさんに」
「何を言っても無駄なことは」
「分かっていますので、はい」
●
アルカも本気となり。
これから、苛烈な妖退治が始まる――と誰もが思ったら。
「ギャハハハ! ……ハハ……うん。じゃあ、皆さん。不束者ですが、よろしく」
アルカの炎は、すぐに鎮静化してしまい。
礼儀正しくぺこりとお辞儀する。
「あれ? アルカさん?」
「そのまま行かないんですか?」
部下達も意外そうだが。
あっけらかんと、リーダーは答えた。
「せっかくこれだけ人数がいるんだから、最初から無理する必要はないでしょ。それに、後のために余力は残しておかないと……ねえ?」
意味深げにアルカは流し目を送る。
妖退治までは共闘するが、その後のことは分からない……そんな目。
(アルカはファイヴを襲った敵だけど、なんか憎めないんだよなー。仲間を大事にするところとか、村を守ろうとするところとかさ。だから話は単純なんだ。俺が助けたいから、助ける! 後のことはなるよーになるさ!)
聖華は、後のことは文字通り後回しにし。
敵の能力を隔者達に伝える。狼の妖は、身体の炎を今まさに滾らせている。
「炎の活性化はやべーから、双撃で解除を頼むぜ!」
「オーケイ。パワーアップさせないようにすれば、良いわけね」
「溜めてる間の隙は俺が敵の気を引いてやるぜ!」
補助解除の双撃を放つには時間がかかる。
聖華はその間に、巨大な獣へブレードを向ける。敵の攻撃は牙とブレス。口に注意しての戦闘。大きく息を吸い込むようならブレスに備える。
「ガアアアアア!」
「やらせるかってーの! 俺が相手だぜ!」
隔者の方へと、妖が牙を剥く。
躊躇なく、聖華は飛燕の二閃。そして、横から溜めを終えた隔者達が一斉に双撃を打ち込んだ。
「全員、打てっ」
「はい!」
「了解!」
アルカの号令に、火の力を増幅した二連撃が次々と叩き込まれる。
前から覚者、横から隔者と、さすがの妖も炎の勢いが眼に見えて弱まった。悪くないコンビネーションだ。
(……こういう相手が、一番敵として戦いにくいものだ……)
行成は、そんなアルカ達を見て考える。
(想うところはある、襲撃の際は怒りも覚えた。家を失ったものもいる、家族を巻き込まれたものもいる)
なので……皆が何か言ったり一発殴ろうとするのは止める気はない。
(だが……私は君たちをどうも憎みきれない、死んでほしくないと思ってしまった)
なので殺そうとする人がいれば止める。
(私は、誰かへの恩の為に動けるものは嫌いにはなれない)
隔者と共同し、狼の妖達へと薙刀を振るい。
相手が前後に並ぶなら、貫殺撃で貫く。炎を活性化させる兆しには、集中し、より鋭い一撃を打ち込めるように備え。
そして。
「オオオオオオオ!」
「くっ!」
隔者が、炎で傷を負えば。
味方……アルカ達も含めて……の体力を見て、行成は癒しの滴で回復する。
「ありがたいけど……どういうつもり?」
「戦力が減る方が今はまずいだろう、私の勝手で回復をしているだけだ。色々想うことがあるのならば……妖にぶつけてくれ」
「まあ、今のところはそうしましょうか」
アルカは肩をすくめて、最前線で隔者達を指揮する。
整然として迅速に、部下達は敵の強化を遮った。
「俺犬って嫌いなんだよね! 懐かないし!」
「グルルルル!」
苦役は前に出て指捻撃と、直刀の斬撃で出血を狙う。
炎を操る獣がこちらの喉元をかみ切ろうと飛びかかってきたのを、間一髪躱してカウンターで刃を差し込む。
それでも、敵の強靭な皮膚はなかなか貫けない。
(癪だけど標的をランク3に絞って弱体付与と)
特殊な花より発する匂いを、散布して敵へと送る。
狼の妖らしく鼻が良いのか、特にこの攻撃を相手は嫌がった。確実に弱体化の効果は現れ始める。
「効いているな。相手の知性もあるだろし、前衛後衛でガードしてくるなら――」
閂通し。
合気の神髄ともいうべき技を、苦役はタイミングよく繰り出し。
前方の狼への一撃から、後ろの狙うべき敵に重点して貫通のダメージを入れた。
「ギャ!?」
起きたことが理解できないように、貫通した衝撃に後方にいた妖は目を白黒させる。
この手の技は、人の研鑽によるものだ。
ただの獣には真似できぬ所業だろう。
「……一つ聞きたいんだけど。何で助けてくれたの?」
「何で助けるのか、って。それは当然、私がアルカ達の事を好きだからよ」
戦闘中の、アルカの何気ない問いに。
後衛のエメレンツィアは即答した。癒しの滴と癒しの霧を使って、彼女は分け隔てなく回復を行う。
「もちろん、私達を謀った百鬼は許せないわ。それに、本気を出した状態のアルカは脅威に値する敵よ」
「……それは、どうも」
「それでも、勝利よりも部下の身を想うその姿勢と、一宿一飯の恩を忘れないところとか、とても可愛いじゃない。私が助ける理由なんてそれだけで十分だわ」
「むう」
覚者の偽りなき言葉に、アルカはそっぽを向く。ただ、その頬は……ほんの少しだけ赤くなっているようにも見えた。
「ふふ、清濁併せ呑むのには慣れているのよ、こちらも」
エメレンツィアは余裕の笑みをひらめかせて、伊邪波を起こす。空気中の水分を集めた荒波は、炎の獣達を押し流す。その際は、もちろん百鬼たちは巻き込まないように気を遣った。
(裏切られて、あんなことされましたけど、もしかしたら悪いだけの方達ではないのかも……そういうのは希望的観測って言うんでしょうか)
ラーラはアルカ達と一緒に仲間の回復を受けながら、そんなことを考え。
今は戦闘に集中せんと、気持ちを切り替える。
相手が攻撃してくる場合には、捕縛等も視野において応戦するが。そうでないなら、敢えて攻撃する必要もない。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
後衛から、力ある言葉を口遊み。
その手に紅蓮の火球が生成。火焔連弾による、炎の塊が超高速に連射されて対象を捉える。紅蓮の炎が、雄叫びをあげた。
「ガアアアアアア!」
「グルルルルルル!」
強力な炎の妖達は、徐々に覚者達によって消耗を強いられる。
そして、当初は固まってなかなか離れようとしなかった二匹の距離は次第に開いていく。戦いはチームに分かれた様相を見せた。
(これなら……)
足場の悪さはハイバランサーでカバー。
中衛から迷霧を降り注がせ。
雷獣で遠列攻撃をしかけていた奏空は、アルカ達とは隊列を組まず別隊として明確に動く。
「奏空にぃっ、一緒に」
「ああ、合わせる」
「!」
聖華と奏空は同時に飛燕で集中攻撃を開始した。
目にも止まらぬ四連撃。片方の妖が、たまらず後退してまた二体は孤立を深める。
「盾護、お前、抑える役目」
盾護はアルカ達から敵の一体を離し、それを押さえ込むのに尽力した。機化硬と蒼鋼壁を何度も掛け直して、敵が合流しないように決死のブロックを続ける。
「グオオオオオオオオ!」
「向こうの手助け、絶対させない」
恐るべき炎に立ち向かい、妨害目的で両腕のシールドを思い切り繰り出して牽制。そのうち、自分へと敵の目が向き始めたら全力防御で耐え凌ぐ。
まさに、命を削る作業だった。
「可能なら弱った妖を早めに倒せるように……」
亮平も受け持った敵へと、ハンドガンとナイフで集中攻撃。
盾護が妖を引き付ける間に、精確に弾丸を浴びせ続け。隙あらば猛の一撃で敵の体力を削り取る。回復が途切れないようにも、気を配った。攻守のバランスを、状況を見て調整する。
「こっちの方を抑える役目は、きちんとこなすぜ!」
翔は雷獣で激しい雷を次々と落す。
離れた妖二体が、自分から見て縦に並んだ瞬間にはB.O.T.使って狙い撃った。波動弾が目の前の狼と、離れたもう一体にまで届き。その先には、アルカ達が奮戦する姿が見える。
(そいえば、アルカとは黎明助けた時以来か? 部下にも慕われてたし、そんな悪い奴に見えなかったんだけど)
不意に翔は、紫雨と戦った時の事が思い出されてぎゅっと胸が締め付けられる。
聞けるならアルカに聞いてみたい、一つの質問が浮かんだ。
だが、敵の方は悠長に待ってはくれない。
「オオ……オオオオオ!」
(まるで「灼熱化」と「天駆」をあわせた技みたいだな)
狼が自分の炎を活性化させるのを、柾は注意深く観察する。
一層激しくなった炎を回避して双撃を振るった後は、敵の技をイメージし直した。
(俺が持つ二つの技を同時に行うようにやれば俺でも出来る)
炎の心を使いつつ自分の体内にある炎を灼熱化させ、そして自分の身体全体の細胞を活性化させる事で使用している技……自分自身を強くする技。
己を信じて実践。
自身の細胞を活性化させ、そして体内の炎を灼熱化させる。
身体が沸き立つ。
新たなる感覚に包まれ――
「ガァアア!」
「!」
迫る狼の牙に、集中を妨げられ。
力が四散する。この死闘の中、敵対するランク3の妖からラーニングを成功させるのは、至難過ぎる業だった。
●
火行の近列スキルである火柱や特遠全スキルの召炎波のノウハウを活かして、遠距離の一定範囲を対象とした攻撃は再現が可能なのではないか。
そう考えて、炎の吐息を対象としてラーニングをしようとしていたラーラも大苦戦していた。
「ブオオオオ!!」
ゆっくりと分析しようとも、相手の攻撃は苛烈を極める。
少しでも気を抜けば、全てを焼き払わんとする炎の吐息によって全身が消し墨になりかねない。
「……すごい熱です」
填気でMPを回復して、錬覇法を何度も使用。
負けじと炎を撃ち返す。息が苦しい。炎を受けて膝をつき、それでも命数を振り絞って立ち上がり。少しでも弾幕を張って射ち負けないように専心した。
「回復を……お願いします」
「分かったわ」
相当な手傷を負ったラーラの要請に、エメレンツィアは即座に応じる。
立っているだけで汗が噴き出すほど戦場には、火が渦巻いており。その意味でも水行の技は貴重だった。
「……ここまでとは」
「予想以上だね」
「延焼には注意しないとな」
行成は火傷を負った腕に、超純水と癒しの滴を施し体勢を立て直す。奏空は演舞・舞音でバッドステータスを、癒しの滴で傷を治癒。
苦役も樹の雫で、自身の体力を回復させるが……
「おお! 傷口舐められるかディープキスされても良いなら味方に使ってやっけどな!!」
灼熱の状況において。
苦役節を如何なく炸裂させる。
「ふーん? じゃあ、舐められる方で頼める?」
「言ったろう、味方だけだって。そちら側はお断りだ」
「あっそ。それは残念」
アルカが面白そうに提案するが、苦役はすっぱりと振る。
隔者の少女は、パチンと指を鳴らした。
「さて……頃合いですかね」
覚者達の様子。
妖達の様子。
部下達の様子。
全てを眺めた上で――ニヤリとアルカは笑い。その目に狂気の火がつく。
「そろそろ、犬死ねや! 犬コロ共がああああああー!!」
ビクリと。
妖が猛烈な殺気に押されたように、毛を逆立てる。その顔面に隔者の拳が浴びせられたかと思うと、たちまち大火力による大爆発が起こった。
(前は見境いがなかったけど……今回は?)
奏空はそんなアルカと距離を置き、様子見に入った。
アルカの部下達も心得たもので、遠巻きになっている。
「ギャハハハハ!」
「グオオオオオ!」
思わぬ不意打ちに怒り狂ったように、妖が炎の牙を振るう。だが、隔者は闘牛士のように全てをかいくぐり、大笑いしながら炎の拳で相手を殴って殴って殴り続ける。
アルカの拳も、敵の肉体も原形を留めず。
血と火傷まみれとなる。
「援護するぜ! そんなヤツ、ぶっ飛ばしてやれ!」
そこに聖華も後衛に下がって、癒力活性で皆を回復に専念した。皆と言うのは、もちろんアルカ達を含めてだ。
「ハッ!」
妖が大口を開け、炎の吐息を吹きつける。
だが、業火にアルカは逆に飛び込み、狼の口内に片腕を突っこむ。
「リクエストにはお応えしないとなあ!!」
「!」
次の瞬間。
一点に集中した最大火力。目もくらむ閃光。炎の妖は内部からの起爆によって、頭を粉々に吹き飛ばされて弾けた。
「一丁上がりー。まず競争は、こっちの勝ちと……さーて、次は!」
たった今、仕留めた相手には目もくれず。
アルカは、もう一つの獲物へと駆ける。覚者達も置いていかれまいと、仲間の元へと合流を急いだ。
「あちらは、片付いたか」
「別に厄介そうなのが、いるみたいだが」
五織の彩で妖を相手取りながら、柾は横目で確認する。
暴走状態になったアルカに巻きこれないように、亮平はそっと道を開けて填気と癒しの滴によるサポートを行う。
「クク、潰れろ潰れろ!!」
まさしく矢のごとく。
アルカは敵に近付いては炎撃で横殴りし。次には、遠のいて火炎球を射ちまくる。どっちが怪物か分からぬ有様だが。
「一緒に戦ってるうちは味方だろ。相手はランク3だし、万全で戦えるのがいいしな!」
翔は演舞・舞音でアルカ達と味方達の火傷を癒す。
見事な舞は誰をも鼓舞するように。大気の浄化作用の凝縮を促した。
「立ち回り、切り替え」
何度も何度も、死の危険を乗り越え。
無数の傷を負い。それでも命を燃やし立ち続け、盾護は見事に耐え忍んだ。
妖が攻撃し易い位置を確保しつつ、戦之祝詞を物理攻撃を行う味方に順に配っていく。加えて蒼鋼壁で、防御を上げることも怠らない。
「加勢に入る」
「遅くなったね」
アルカの勢いに巻かれないように留意して。
駆けつけた行成は、水礫で支援。味方に重大な飛び火がきそうなら、いつでもガードに入れるようにした。奏空は仲間を癒しながら、錬覇法を使って戦列に加わる。
「オオオオオオ!」
続々と四方を囲まれながら、妖は激しく暴れ続ける。
炎を怒らせて牙を喰い込めせ、業火の炎を吐き出す。だが、隔者達は絶え間なく活性化を解除し。聖華が攻撃に回復に奔走。苦役の直刀に、獣は血を流した。
「今度こそ」
ラーラは精神を集中。
敵の技をイメージし、それを現実へと形作る。
「これで――」
炎が舞う。
火柱と召炎波。
いや、そのどちらでもない。巨大な火の塊が渦巻き覆い尽くす。炎の妖も、苦しみの呻きを上げる――が。
(違います……後一歩、掴み切れませんでした)
心の中で、ラーラは首を横に振る。
頭に描いたものと一致しない。技を物とした感覚が欠けていた。だが、好機を作り出したのには違いない。
「これで終わりだ!!」
敵が怯んだ隙。
柾が飛びかかる。気力を振り絞った渾身の、起死回生のストレート。それを、何度も灼熱化させた肉体が後押しする。
炎の活性化の習得は、不完全であったが。
ボロボロになった身体に。
今、この瞬間だけは、通常以上の力が溢れ出す。
「――!」
必殺。
タツヒサの直撃に、音を上げる暇もなく。
巨体を彼方まで吹き飛ばされた妖は、そのまま起き上がる気配もなく永遠に沈黙した。
「さてさてさてー。こっちは無事に片付いて、悪党の恩返しも済んだところでー」
二体の妖を撃破したのを見届け。
アルカは拳を鳴らして、覚者達へと更なる敵意を振りまく。
「じゃあ、第二ラウンドを始めるかー? オレ様は、まだまだギンギンだぜ!?」
両手には殺気を圧縮させた極大の炎。
奏空を始めとして、覚者達も思わず身構える。
「お世話になった村に恩を感じたのなら……五麟の街の皆はどうなのかな……? 知ってる? あんた達が街を襲った為に街の皆が苦しんでいるんだぞ……」
相手の目を覚ますため、雷獣を奏空が放とうとした。
まさに、その瞬間。
「アルカさん、ストップ!」
「ハウス! ハウスです!」
「これ以上、無用な戦闘は避けましょう!」
「それに、まず前を隠して下さい、前を!」
アルカの部下達が、リーダーに群がって止めに入って。
上着を急いで掛ける。
「……前だ、と?」
前線で敵の炎をものともせずに、一番に飛び回っていたアルカは。
その服もぼろぼろで……何というか、うら若き乙女のあれこれが色々と飛び出ていた。
「……どうも、色々と恥ずかしいものをお見せしました」
白けたように、アルカの顔から険しさが消える。
炎も立ち消えた。
「お疲れー。お互い無事で良かったぜ」
「あ、うん。戦闘中はありがとう」
聖華の言葉にも、アルカはごく自然に礼を返す。落ち着いたのは間違いない。
「はいこれ、俺の連絡先な。困ったら呼べよー」
「……何で?」
「何でそんな事するかって? 決まってるじゃん」
出来れば仲良く、和やかな雰囲気でいきたい。
それが、聖華の願いだから。
「戦って芽生える友情ってやつさ! 友達に理屈はいらないぜ。いえーい!」
「い、いえーい……」
何となくノリに釣られたような反応。
案外、押しに弱いのかもしれない。
「お互い疲れているし、出来れば俺達はこれ以上戦いたくない。お前たちもだろう? 今回は引いてくれ」
「盾護、エネルギー切れ。今日、戦闘、もう勘弁」
柾と盾護が戦いの意志はないことを示すと、アルカは仲間達を顧みた後。
これにもあっさりと頷く。
「ええ……そうした方が良さそうね」
「村への恩返しなんて結構律儀なんだな。だがこれで村は安心だな。ひとつ聞いても良いか?」
「……どうぞ」
「もしこの村を紫雨に襲えと言われたらお前たちは襲うのか? 恩も返しているしな」
この柾の質問に。
アルカは一瞬だけ壮絶な笑みを浮かべ。
「そんなのは……決まっている、だろ?」
とだけ、答えた。
続きを口にするつもりは、ないらしい。
「問わせてくれ。君は、私たちにとっての敵か? それとも……仕事としての一対象に過ぎないか?」
「それに、オレらと一緒にいた時間、ほんとに何も感じなかったのか? なあ、アルカ。逃げるより、オレらと一緒にこねーか?」
良い機会だと行成と翔も、気になっていたことをぶつける。
亮平は、それをじっと見守った。
「……まあ、敵だし仕事の一対象だし……何も感じなかったわけじゃないけどね……」
「悪役やるならフラフラするな。前にも言ったけど……自分が本当にやりたい事やれよ。紅蓮に染まった心で自分を騙すな。もう一回聞くよ……あんたのやりたい事はなんだよ!」
奏空の熱のこもった台詞に。
アルカは困ったように苦笑した。
「私の立場は何も変わってないわ。FiVEに来る意思があるなら、水に流して全員受け入れるつもりはある。選択をするのはアナタ達。どうするかしら?」
エメレンツィアにも言い募られて。
赤毛の少女は、伸びをしながら背を向ける。
「じゃあ、まあ。今回は真面目に答えようか……私のやりたいことは、とりあえず……自分の仲間だけは裏切らないこと、かな」
それから、隔者達は歩き出す。
覚者達には戦う余力が身心ともにほとんどない。その後ろ姿を見送るしかない。
「じゃーなー! 次遇った時はちゃんと首貰うからー! うっは、怒った。いっそげー!」
苦役が投げかけた一声に。
罵声を浴びせられたほうが、気が楽だとばかりに。アルカは無邪気に笑って、思い切り舌を出して見せた。

■あとがき■
ご参加ありがとうございました。
本依頼の結果は、妖は無事撃破。アルカ達とは共闘と非戦闘でした。
ちなみにプレイングにもよりましたが、先手を打って妖と戦った場合はアルカ達は警戒して参戦せず。長時間様子を見た場合は、アルカ達は一体妖を倒すが、もう一体は人里へ逃げる予定でした。
被害を受けた人も多い依頼でしたが、皆さんの奮戦を楽しんでいたたければ幸いです。
本依頼の結果は、妖は無事撃破。アルカ達とは共闘と非戦闘でした。
ちなみにプレイングにもよりましたが、先手を打って妖と戦った場合はアルカ達は警戒して参戦せず。長時間様子を見た場合は、アルカ達は一体妖を倒すが、もう一体は人里へ逃げる予定でした。
被害を受けた人も多い依頼でしたが、皆さんの奮戦を楽しんでいたたければ幸いです。
