≪嘘夢語≫二つの物語
●
『あなた』達が普段歩き慣れた煉瓦の町並みを歩いていると、建物の角から少年が飛び出して来る。
「わッ!?」
勢い良くぶつかってきて、鼻を押さえる少年の両肩に手を置いた。
「大丈夫?」
問いかければ、何故か手を振り払い逃げようとする。
「どうした?」
その原因は、すぐに判った。
棒や箒を持った人達が、少年を追いかけ角を曲がってきたから。
「だんな方、よくぞ捕まえてくれやした!」
「盗っ人ですよ、この子は!」
市場じゃ何度も被害に遭ってる、と口々に訴えてくる。
しがみ付くように自分達の背後に隠れる少年を見て、人々に伝えた。
「この子が盗んだ品物の値段は、おいくらでしょうか?」
「2度とそのような事はせぬよう、私達がきっちり教えておきます」
「今日のところはそれで、お許し頂けますか?」
これで足りますか? と伝え金貨を支払えば、人々は戻っていった。
ベーッと町人達の背中に舌を出している少年に呆れて、溜め息を吐きながら事情を尋ねる。
自分は捨て子だという事。
一緒に捨てられた兄がいて、空腹がどうしようもなくて2人で盗みを働いていた事。
自分を逃がす為に兄は彼等に捕まった事。
それらを語った少年は、レイ、と名乗った。
●
頭も痛いし、口の中も切れて痛い。
頬や唇の端が腫れて切れているのは、自分では見えずとも感覚で判る。
弟を追いかけて行った町人達が戻って来るのを見遣れば、彼等は笑っていた。
「おいっ! 俺の弟はどうした!」
彼等の顔を見れば、レイを取り逃がしたとは思えない。
それどころか、自分の手首を縛っていた縄まで解いてくれる。
「もう2度とするなよ」
「えっ? ちょっと待ってよ、弟は?」
「親切な旦那方が引き取ってくれたよ。今までお前等が盗んだ分の金も払ってな」
町人が見せたのは、自分達が手にした事もないような金貨。
「弟を、売りやがったのか!」
「あぁ?」
怪訝に眉を寄せた町人の手を振り払って、駆け出す。
レイの名を呼びながら、人ごみの中を走り回った。
弟の特徴を言って町の人々に聞いても、皆一様に首を傾げるばかり。
みすぼらしい自分の姿を、汚ない物でも見るように一瞥だけをくれる者もいた。
見かけたという人の言葉を頼りに捜しても、見つからない。見かけたのが本当にレイなのかも、判らない。
「あいつらの所為だ! レイを、売りやがって……」
●
『きみ』達が町中を歩いていると、見えてきた少年。
血が出る程、地面に拳を叩きつけている。
「許さねぇ! 許さねぇ! あいつら、ゼッテー! あいつら……」
再び叩きつけようとする拳を、掴んで止めた。
「どうした?」
問いかければ、何があったのかを少年が話す。
「そうか……私達も、捜すのを手伝おう」
けれども結局、レイを見つける事は出来なかった。
「あんたらはきっと、そんな考え方はやめろって言うだろうけど。俺はどうしても町の奴等を許せねぇ……」
拳を強く握る少年を、見つめる。
「いや、そんな事はない」
言えば、「えっ?」と少年が顔を上げた。
「私もその気持ち、解るぞ」
「だが今の状態では、また捕まりボコボコにされるだけだろう」
ギリッと歯を食い縛る少年のうつ向く顔から、ポタリと滴が落ちる。
「くやしい……」
その言葉に、仲間達と顔を見合わせた。
「まずは強くなれ。今度は誰も、手放さず済むように」
「10年経ってまだその気持ち、変わらぬ時は。――思いを果たせばいい」
「私達が、力を貸すから」
皆でそう言えば、少年は強き瞳で見上げ、頭を下げた。
「俺は、ジン。よろしくお願いします」
●
『あなた』達が、レイが盗みをしたという店のテント前に戻っても、レイの兄は見つからなかった。
さっきレイを追いかけていた町人を見つけ尋ねれば、「突然走り出して行ったきり見かけていない」との事だった。その後、レイと一緒に捜してみたが、見つからない。
「どうする?」
問えば、少年は「兄ちゃんを捜す」と唇を噛んだ。
「なら、見つかるまで私達の処にいればいい」
こちらの袖を掴んだレイが、見上げてくる。
「ありがとう。あと、僕に戦い方を教えて。今度は兄ちゃんが、殴られたりしないように」
武器に視線を向けて、真っ直ぐと言った。
町外れにある森の先、洞窟に住むはぐれ者達が町に攻めて来る。
そんな噂が流れ始めるのは、10年後の事だった。
『あなた』達が普段歩き慣れた煉瓦の町並みを歩いていると、建物の角から少年が飛び出して来る。
「わッ!?」
勢い良くぶつかってきて、鼻を押さえる少年の両肩に手を置いた。
「大丈夫?」
問いかければ、何故か手を振り払い逃げようとする。
「どうした?」
その原因は、すぐに判った。
棒や箒を持った人達が、少年を追いかけ角を曲がってきたから。
「だんな方、よくぞ捕まえてくれやした!」
「盗っ人ですよ、この子は!」
市場じゃ何度も被害に遭ってる、と口々に訴えてくる。
しがみ付くように自分達の背後に隠れる少年を見て、人々に伝えた。
「この子が盗んだ品物の値段は、おいくらでしょうか?」
「2度とそのような事はせぬよう、私達がきっちり教えておきます」
「今日のところはそれで、お許し頂けますか?」
これで足りますか? と伝え金貨を支払えば、人々は戻っていった。
ベーッと町人達の背中に舌を出している少年に呆れて、溜め息を吐きながら事情を尋ねる。
自分は捨て子だという事。
一緒に捨てられた兄がいて、空腹がどうしようもなくて2人で盗みを働いていた事。
自分を逃がす為に兄は彼等に捕まった事。
それらを語った少年は、レイ、と名乗った。
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頭も痛いし、口の中も切れて痛い。
頬や唇の端が腫れて切れているのは、自分では見えずとも感覚で判る。
弟を追いかけて行った町人達が戻って来るのを見遣れば、彼等は笑っていた。
「おいっ! 俺の弟はどうした!」
彼等の顔を見れば、レイを取り逃がしたとは思えない。
それどころか、自分の手首を縛っていた縄まで解いてくれる。
「もう2度とするなよ」
「えっ? ちょっと待ってよ、弟は?」
「親切な旦那方が引き取ってくれたよ。今までお前等が盗んだ分の金も払ってな」
町人が見せたのは、自分達が手にした事もないような金貨。
「弟を、売りやがったのか!」
「あぁ?」
怪訝に眉を寄せた町人の手を振り払って、駆け出す。
レイの名を呼びながら、人ごみの中を走り回った。
弟の特徴を言って町の人々に聞いても、皆一様に首を傾げるばかり。
みすぼらしい自分の姿を、汚ない物でも見るように一瞥だけをくれる者もいた。
見かけたという人の言葉を頼りに捜しても、見つからない。見かけたのが本当にレイなのかも、判らない。
「あいつらの所為だ! レイを、売りやがって……」
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『きみ』達が町中を歩いていると、見えてきた少年。
血が出る程、地面に拳を叩きつけている。
「許さねぇ! 許さねぇ! あいつら、ゼッテー! あいつら……」
再び叩きつけようとする拳を、掴んで止めた。
「どうした?」
問いかければ、何があったのかを少年が話す。
「そうか……私達も、捜すのを手伝おう」
けれども結局、レイを見つける事は出来なかった。
「あんたらはきっと、そんな考え方はやめろって言うだろうけど。俺はどうしても町の奴等を許せねぇ……」
拳を強く握る少年を、見つめる。
「いや、そんな事はない」
言えば、「えっ?」と少年が顔を上げた。
「私もその気持ち、解るぞ」
「だが今の状態では、また捕まりボコボコにされるだけだろう」
ギリッと歯を食い縛る少年のうつ向く顔から、ポタリと滴が落ちる。
「くやしい……」
その言葉に、仲間達と顔を見合わせた。
「まずは強くなれ。今度は誰も、手放さず済むように」
「10年経ってまだその気持ち、変わらぬ時は。――思いを果たせばいい」
「私達が、力を貸すから」
皆でそう言えば、少年は強き瞳で見上げ、頭を下げた。
「俺は、ジン。よろしくお願いします」
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『あなた』達が、レイが盗みをしたという店のテント前に戻っても、レイの兄は見つからなかった。
さっきレイを追いかけていた町人を見つけ尋ねれば、「突然走り出して行ったきり見かけていない」との事だった。その後、レイと一緒に捜してみたが、見つからない。
「どうする?」
問えば、少年は「兄ちゃんを捜す」と唇を噛んだ。
「なら、見つかるまで私達の処にいればいい」
こちらの袖を掴んだレイが、見上げてくる。
「ありがとう。あと、僕に戦い方を教えて。今度は兄ちゃんが、殴られたりしないように」
武器に視線を向けて、真っ直ぐと言った。
町外れにある森の先、洞窟に住むはぐれ者達が町に攻めて来る。
そんな噂が流れ始めるのは、10年後の事だった。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.引き取った子を育てる事
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
今回は「エイプリルフール依頼」です。
夢の中、ほんの小さなすれ違いから始まりました。
以下の説明をよくお読みの上でのご参加、よろしくお願いします。
■エイプリルフール依頼について
この依頼は参加者全員が見ている同じ夢の中での出来事となります。
その為世界観に沿わない設定、起こりえない情況での依頼となっている可能性が
ありますが全て夢ですので情況を楽しんでしまいしょう。
またこの依頼での出来事は全て夢のため、現実世界には一切染み出す事はありません。
※要約すると夢の世界で盛大な嘘を思いっきり楽しんじゃえ!です。
■当シナリオの遊び方
舞台は、ファンタジーの世界、建物や風景は中世のヨーロッパなイメージです。
『レイ側』・『ジン側』に別れて、それぞれ引き取った少年を10年間育てて頂きます。
・夢の中の話なので、装備しているもの以外も持ち込む事が出来ます。
・今回は、ご自身が依頼出発時に活性化しているスキルを、それぞれ引き取った少年達に教え、習得させる事が出来ます。
但し、教える方法によって、上手く習得出来るか、いまいちな習得結果になるかが変化します。
(例えば『火行』のスキルを教える時などは、どんなイメージを思い浮かべる事で火を出現させるのか、という処から教えてあげる必要があります。マッチを擦って火を起こしてから~などというのも可能ですが、マッチを擦るのを失敗する可能性もあるので、かえってロスになる事も考えられます)
・複数で一緒にスキルを教える事も可能です。その場合は、複数のスキルが合体したような技が習得可能です。
但し、教える側がイメージした通りの技になるかどうかは不明です。違う技となる可能性もあります。
・教えられるのは、スキルだけではありません。
料理や生き方、優しさ、心の強さ、信念の貫き方、その他モロモロです。
良い事も、悪い事も、教える事が出来ます。
(あまりに過激な場合は、マスタリング対象となる事があります)
・夢の中なので、参加PCも、『アラタナル』での設定とは別の設定にする事が出来ます。(名前と称号以外)
本来は友人同士ですが家族となったり、本来は兄弟姉妹ですが友人や恋人となったり。(家族なのに苗字が違う、などの細かな事は気にしない方向で!)
また、一緒に参加された方がいる場合、レイ側とジン側に別れ、自分達も衝撃的な再会を果たす、なんて事も可能です。
(但しその場合、お互いに相手の名前と間柄の設定をお書き下さい。片方だけに書かれていた場合は、不採用、となる場合があります。)
・レイとジン、そしてそれぞれに分かれたPC達が再会するのは、必ず10年後です。
(夢なので、自分の見た目が10年間変わらないまま、逆に10年分歳を取ってこんな感じ、という指定も可能です)
・片方にだけに参加者が偏った場合は、もう片方の少年はそういうNPC達が育てた、という感じで育っていますので、必ず二手に分かれなければいけない、という事はありません。
・10年後に目指すのは、最初は互いに気付かぬままの再会(町人達はいません)。森の前で、対決。
戦いの中で互いに気付き、最終的に和解。
ですが、結果は皆様のプレイング次第となりますので、私も楽しみにしております。
・10年後に一緒に戦うかどうかは、どちらでもお好きにお決め下さい。
■ジン 11歳(引き取られた時の年齢)
親に捨てられた少年。町外れの森の洞窟に住むPC達に引き取られ、育ちます。
町人に恨みを持つのを理解してくれているPC達に育てられます。たまに町に来て弟を捜しますが、見つけられずに年月が過ぎます。
基本的には10年後も恨みを忘れておらず、町を攻める為に洞窟を出ます。
■レイ 8歳(引き取られた時の年齢)
親に捨てられた少年。町の中に住むPC達に引き取られ、育ちます。
町で兄を捜しながら、町人達との仲も良好に育ちます。
「洞窟に住むはぐれ者達が町に攻めて来る」の噂を聞いて、町人達の為に立ち上がり、森の前で向かい討とうとします。
以上です。
それでは、皆様とご縁があります事、楽しみにしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2016年04月19日
2016年04月19日
■メイン参加者 6人■

●
「復讐すればいいんです。悔しいなら、思いっきりやりかえせばいいですよ」
『鉄仮面の乙女』風織 紡(CL2000764)の言葉に、ジンは唇を引き結んだままで頷く。そうして強く、拳を握った。
「うん。……必ず」
自分より3つ年下だと言うこの少年に、『隔者狩りの復讐鬼』飛騨・沙織(CL2001262)は流行り病で亡くした弟の事を思い出す。
自分達も、捨て子だった。更に町の人達に見捨てられ、弟は死んだ。
だから町の人達への恨みはきっと、誰よりも――。
「ジンよ、力とは何も武力に限った事ではない。財力、教養……それらも力と呼ぶに相応しい」
町外れにある森へと向かいながら、『誰が為に復讐を為す』恩田・縁(CL2001356)はそう教える。見上げてくる少年の頭に手を乗せ、優しく撫でた。
「我々に財力は見込めない……だからこそ、ジンよ。教養を身につけろ。敵を知り己を知る……それこそが復讐の第一歩だ」
黒き衣も幾らかほつれている貧乏神父は、出会ったばかりの少年の未来を考える。
いつか復讐を果たした後にも苦労しないよう――幸せを、掴めるよう。
元は孤児院を開いていた男だからこそ、ジンにもかつての子供達と同じように教え導く道を選ぶ。貴族社会にも通用する高い教養を、身につけさせようとしていた。
町の有力者による立ち退き。それを拒否した為に孤児院を、孤児達を、事故に見せかけ焼かれた。
復讐は、ジンだけのものではない。
「あたしも、弟がいたはずなんですけど」
……会いたいです。
そう落とした紡に、少年が顔を向ける。少年を見返しカラリと笑って、バシリとジンの背中を叩いた。
「あたしに出会ったんですから、幸せと思わない奴は馬鹿ですよ!」
弱い所は見せない。
自信満々に笑う紡を見て笑顔を浮かべたジンは、しかし次には辛く顔を俯けた。
己を責める少年に、それでも彼等の存在は希望を与えてくれる。
「あの森の中にあたし達の住む洞窟があるんですよ」
指差した紡は、「今日からジンの家です」と笑った。
「おう、レイ……俺もお前と同じなんだ」
笑顔で言った坂上・恭弥(CL2001321)に、少年は顔を見上げる。
「親に捨てられ、家族同然の奴等と引き離され……1人ぼっちになっちまった口だ。――だけどな、レイ。どれだけ理不尽や辛い事があっても……腐っちゃいけねェ。心に揺るがない信念を持て。他人に慈愛を持って接しろ」
「そうしたら、強くなれる?」
真剣なレイの問いかけに、恭弥が笑った。
「そうすれば周りはお前を愛し、助けてくれる。情けは人の為ならずって言うがそうやって皆の助けを借りれば兄貴とも絶対会えるさ……俺はそう信じてるぜ」
コクンと頷いて、彼等の家に着いた少年は驚く。
家にたくさんある本たち。自分の背丈では到底届かぬほど高くまである本棚を、首が痛くなるまで見上げた。
彼へと望月・夢(CL2001307)が本棚から持ってきたのは、神代の話や土地神等の不思議な存在について記された本。
「教材と言うには微妙ですが……」
少年の前で本を広げ、読み聞かせた。
こういった話には、教訓になる事も多い。それに加えて、神々や自然に対する敬意も少しは芽生えてくれる筈。
興味深そうに本を覗き込む少年へと、占い師はゆっくりと神々の話を紡いでいった。
夜になりベッドへと入ったレイは、シーツの中からじっと窓の外を見つめる。
「……眠れないのですか?」
様子を見に来た西荻 つばめ(CL2001243)は、傍らへとランプを置いてベッドの隅に腰掛けた。
「レイは芯の強い子だと思いますわ」
ランプの灯りがぼんやりと照らす子の頭を撫でて、静かに語りかける。
「ですが、兄を探す為、生きる為にも 更に力をつけなくては」
あまり食事をとらなかった事、こうして夜寝ない事。
それらは全て、兄を心配するあまりであろう。
「『兄を探す』と決めた以上、その心が風化しない様、そして、其れを貫ける様に――先ずはしっかりと食べる事。そして、しっかりと休む事」
見上てくるレイに、金色の瞳が細められた。
「食べなくては頭も体も働きませんし、休まなければ健全な心も保てませんもの。それから体を鍛える事。『健全な魂は、健全な体に宿る』と言いますでしょう?」
知性、心持ち、行動する為の体作り。
其の全てを叶えてやっと、自身のしたい事を守り、貫く事が出来る。
「ですが、其れ等に捉われ過ぎるのも考えもの。趣味を持ち、其れを極めるのも良いかも知れませんわね」
彼女の提案は、一緒に本を読んだり書を嗜んでみては如何かしらというもの。
「1冊、持ってきたのです」
素直に瞼を閉じたレイに読み聞かせるのは、若き勇者の物語。
旅の中で成長し、大事な人を守り抜く――そんな物語。
●
「いいか? 復讐とは昏き炎だ」
縁の教えに、真剣な瞳をジンが向ける。
「誰彼かまわず向ける物ではない。……常に向ける相手を間違えるな。理由や信念無き復讐は、唾棄すべきものだ。恩讐の果てにこそ人の本質が見える」
――ゆめゆめ忘れるなよ。
そう語るは、ジンと同じく復讐に囚われし者。
しかしだからこそ、縁は少年の復讐心を支えられる。間違った方向へと行こうとするならば、正してやれる。
「あたしは本能で使ってるから、こまけーことはわからんですけど……」
森の中で紡が教えるのは、貫殺撃。
「とりあえず相手を必ず殺す、倒す、相手の弱点を確実に狙うようにする、ですか」
ポキポキと指を鳴らした紡が、次の瞬間、眼の前にある木を手で貫き穴を開ける。
木が相手だとやり難いでしょう、と紡自らが相手となった。
防がれる事もある、避けられる事も。そして貫こうとする武器や手が遅ければ、それを逆手に取られ、窮地に追い込まれる事さえも。
何度も貫こうと挑戦するジンの手を捻り倒れさせた紡は、少年の心臓を貫かんとする手を寸前の処で止めた。
「クッ」
顔を歪める少年に、手を差し延べる。
「失敗しても何度も練習すればいいんです。やればやるほど強くなります、あたしが保証します。……悔しかったら何度でも相手しますよ」
「望むところだ!」
ガッと、ジンが紡の手を握り身を起こした。
森の一角に植えた種が成長する過程を、ジンは沙織と共に観察する。
毎日毎日観察して、どういう風に芽が伸び育ってゆくのかを見て学んだ。
「これを元に想像して、種に成長しろと念じるんだ」
棘一閃。
そうしてもう1つ。
香仇花の匂いを、ジンに吸わせた。
膝を付き倒れ込んだ少年に、それでも沙織は教え続ける。
「この香りに耐性がつくまで吸い続けて、逆にこの香りを体から出せるように想像するんだ。――いいかい、ジン。どんな事でもまず想像することから始めるんだ。想像出来ない事は対処出来ない……だから知ることが大事なんだよ」
ピクリと動いた指が、力を失う。
気絶した少年を背負って、沙織は洞窟へと戻って行った。
冷たい額の感触に目を覚ませば、傍らに座り自分を見下ろす沙織の姿。
「俺……こんなんじゃ……」
目を片腕で覆った少年に、彼の額から落ちた布を再び濡らして額に乗せる。
身を震わせるジンの手を、「焦らなくていい」と沙織は強く握り続けていた。
つばめが手を叩くのを合図に、レイが駆け出す。木を人に見立て、その間を通り抜けるように駆け回らせた。
日数をかけ何度も何度も走らせて、コツを掴んできた頃合でつばめはレイへと木の棒を渡す。
「よく出来ましたわ。次は通り抜けた木に棒を叩き込んでゆきましょう」
それが形を成してくれば、更に棒を叩き込ませながらの移動を繰り返させた。
彼女が伝授するのは、疾風斬り。
「あっ!」
すり抜けながらの攻撃は中々難しいらしく、棒を弾かせすぐに手から離れてしまう。
「何故出来ないと思いますか?」
「えと、叩き込む角度かな?」
「そうですわね。今度はそれに気を付けて試してみましょう」
褒める事も自分で考える事も、大事だと思う。アドバイスも交えながら、教えていった。
「自分の中に燃え盛る炎を……」
そこまで説明した恭弥は、自分を見上げたままで首を傾げるレイに笑いを吐く。
「ハハッ、まあたき火でもいい。それを取り込み全身に行渡らせ掌握するイメージをしろ。そうすればそれはお前の力になる」
恭弥が教えるのは、火纏と威風。
「自分の知ってる強者……それを思い浮かべながら自分がその存在だと暗示をかけるんだ」
これは、かなり困難なようだった。
それでも年月が経ち成長するにつれて、威風も発する事が出来るようになっていく。
「漢たる者、弱きを助け、強きを挫く……そういう漢になれよ!」
レイが恭也に教えられ、習得出来たもの。
料理や絵などもそうだが、女性への接し方も、町に住んでいる事もあり急激な成長を見せてゆく。
身近にいる2人の女性。
特に彼女達には紳士であれるよう誠意をもって接する。町で交流のある女性達の噂になるくらいには、甘い笑顔を浮かべエスコート出来るようになっていた。
夢からの教えは、戦いを司る神々を心の底から讃え戦之祝詞を口にすれば、神々の恩寵が得られるやもというもの。
「戦う術を覚えたのなら、戦いを司る神々への祝詞、戦之祝詞も覚えなくては」
洗濯や炊事を一緒にしながら、『知る事と変わる事』についても教えた。
「占いで未来の事を知っても次の瞬間にはその未来が変化している時があります」
手を止めて、見つめてきたレイの瞳を受け留めながら微笑む。
「それは未来を知る事で新たな考えや道が得られた故に、知る前に定まった未来以外へ歩んだ結果なのです。何かを知ればそれが何かしらの糧となる」
――故にレイにはより多くの事を知る事を望みます。
彼女の言葉に、「そんな事をしたら」とレイが夢の腕に触れた。
「兄さんの知ってる僕じゃなくなってしまうんじゃないの。兄さんとの未来が……変わってしまうんじゃ」
「今まで通りに居られない事を恐れてはなりません。――人は常に成長と言う名の変化をします」
自分達に出会った事で、レイが、彼の未来が、その姿を変えてゆく。
『兄ちゃん』が『兄さん』に変わっているように。彼自身それには気付いていないようだったが、確実に変化を刻んでいた。
「変化を恐れてはなりません」
穏やかな夢の言葉に頷いて、「僕を変えるのは夢、あなたなの?」と問いかけた。
「いいえ。未来を知った事でそれを変えられるのは、レイ自身ですよ」
●
10年の歳月は、紡のピンク色の髪を腰まで伸ばす。煙草と酒を嗜むナイスボディのお姉さんは、しかし精神年齢はジンと出会った頃のままであるようだった。
賭け事に負けてジンに取られてしまった晩御飯の肉を、恨めしげに見遣る。
「明日は負けねーですよ!」
それにはチロリと視線を返して、これ見よがしにジンが肉を頬張った。
「受けて立つ――と、言いたい処だけど。……明日の夜はどうなってるか判んねぇな」
その言葉で、明日がその時かと3人が察する。
「早かったですね」
紡の呟きが、皆で生活した洞窟へと染み込んでいった。
「足手纏いだという自覚はある」
翌日。既に齢40となっている縁はそう伝える。
「……だが、お前は俺の弟子であり、息子の様なモノ……それを心配せずにはいられないというものだ。……故にこれを託そう……」
血痕が付着したそれは、縁の戦ってきた軌跡。
巨大な十字架を両手で受け取ったジンは、「ありがとう」と真っ直ぐと縁を見返した。
「心強い。俺の『親父』は、足手纏いなんかじゃないけどさ」
ふっ、と笑ってジンの肩を叩いた縁は、「外で待つ」と洞窟から出て行く。
振り返ったジンの前には、沙織が立っていた。
「ジン……君は私の最愛の弟のようなものだ」
今では自分よりも背の高くなったジンを、沙織が見上げる。
「だからこそ私はジンの復讐を手助けしたい……幸い、復讐相手は同じみたいだしね」
少しの沈黙の後、提案した。
「復讐が終わったら改めて……家族にならないか? 私は不甲斐ない姉だけど……それでもこの長い人生共に歩めるなら私は嬉しい……」
「それは……凄ぇ魅力的」
喜びも悲しみも、分かち合った日々。己の恨みは、ジンと過ごすうちに小さくなっていた。
町外れの森から出てきた、4人の男女。
彼等を正面で迎えたレイは一歩も引かず、『威風』を纏う。
彼が思い浮かべる強者は、「俺もお前と同じなんだ」と言ってくれた身近な漢。
4人の中心にいる青年を真っ直ぐに見つめ、言い放った。
「もし、町の人達を傷つけるつもりなら、止めて下さい」
それに動じぬ青年もまた、真っ直ぐとレイを見返し低く返してきた。
「止めねぇ」
簡潔な言葉は、彼の決意を表す。
「説得しても、無駄みてェだな」
レイの隣で血痕の付いた籠手をはめる恭弥が、火を纏っていた。
「けど、女性が2人も……!」
戦いを躊躇するレイに、恭弥が視線を向ける。
「敬意をもってぶつかるしかねェ。手を抜くのは、却って失礼ってもんだぜ」
その言葉を肯定するように、沙織の手の動きに合わせた蔓が3人の足に絡み、紡の発生させた雷がレイと恭弥に落ちた。
「つばめは前に出ないで」
真っ先に彼女の心配をしたレイが、背後へと掌を突き出す。つばめは火を纏いゆく青年に頷いて、その戦い方を見つめていた。
●
後衛にいる縁が敵達へと絡みつく霧を発生させれば、ジンが己の体から独特な花の匂いを滲ませる。
「辛いだろ? 俺も経験済みでさ」
受けたレイと恭弥に、ニヤリと笑った。
そのジンの両側から、紡と沙織が飛び出す。突剣を構えた紡が恭弥を貫き、木の力を顕現した沙織がレイを攻撃した。
つばめの付着させた棘が切り裂く紡の脇を抜け、恭弥が狙うは中心の青年。
目にも止まらぬ籠手の攻撃がジンを襲い、間髪入れずにもう一撃を繰り出した。
間近で見据えた赤き瞳が、ジンの背後を見て見開かれる。と同時に相手もまた、恭弥に気付いたようだった。
「なんで……」
呟きに、縁が目を細める。
義弟とも思っていた男へと、縁は静かに応じた。
「そうか……恭弥、立派になったね。だが……今は敵だ」
縁により集められた浄化物質が、恭弥の前でジン達に舞い降りる。
ギュッと強く憤怒の十字架を握ったジンが、もう一方の手で恭弥へと種を付着させる。ジンの念じるままに急成長した棘が、恭弥を裂いた。
痛みに屈する事もなく、縁を見つめ続ける。その恭弥へと、レイが戦之祝詞を念じた。
見返す恭弥に、頷いてみせる。
「あの人を止められるのは、きっと恭弥だけだよ。だから、神々の恩寵を」
――己で思考できなければ、何事も自分で成し得ません。
そう信じ育ててきたつばめは、レイの出した答えに頷く。
仲間を守る為に前に出て、自分より仲間に力を与える事を優先する。
小さかった少年は、そんな青年へと成長していた。
「道を開けてくれ」
縁の言葉に、前の3人が振り返る。
驚き見ていたジンが唇を噛み横へとずれると、すぐさま恭弥が踏み込んだ。
「なんであんたがそんな事してんだよ!」
籠手の攻撃を恭弥の思いごと受け入れながら、しかし縁は己を変えない。
敵の真っ只中に突っ込んだ恭弥に、レイも急ぎ剣を振るう。
前衛に立つ3人へと、駆け抜けながら斬りつけていた。
いち早く気付いたのは、第六感を活性化していた沙織。刃がジンを斬り裂くのを、身を呈し庇っていた。
「ジンを……私の最愛の人を傷つけるな!」
ハッとしたジンが、「くそっ」とレイの腹部を貫く。
「兄……さん?」
敵のその言葉に、思わず目を剝いた。沙織が名を呼んだ事で、レイは彼が兄だと気付いていた。
え? と声を洩らすジンの前で、レイが両膝を付く。
「僕……だよ……」
「まさか……」
そんな筈――とジンが後退る。その前で、弟は地へと崩れていた。
「レイ!」
振り返り駆け寄ろうとする恭弥の胸倉を、縁が掴む。グイと引き寄せ、低く告げた。
「首謀者は俺だ。だから少しでいい……こいつらの罪を軽くしてやってくれ」
あいつはもう戦えない、と眉根を寄せる。
「……変わってねェな、あんたは」
全然変わってねェ、と恭弥が相手の胸に力籠もらぬ拳をあてた。
「弟を……レイを……そんなッ!」
身を震わせるジンを、紡が受け留める。
「彼は、死んじゃいねーですよ、ジン。最初に思ったこと、忘れちゃダメです。弟に会ったら、守るんですよ」
ジンの両腕を掴んで揺さぶる紡に、「けど俺、どうすりゃ」と縋るように見返してきた。
「ばかですね。ごめんなさいすればいいんです」
簡単な事、と強く笑う。
「間違ったことしたら謝るんです。許されるまで。……ジン、大丈夫ですよ」
「ジン……」
呟いた沙織が、抑えていた己の傷口から手を離す。その手が凝縮した樹の雫を、レイへと与えた。
「沙織!」
どうして、と問うジンに、ふらつきながら手を伸ばした。
「だって、私はジンのお姉ちゃんで……ジンの事大好きだもの。愛してるよ、ジン……誰よりも。だから、幸せになって……ね」
その手を取って、ジンが引き寄せる。
「ひと言忘れてる。一緒に、だろ」
つばめに抱き起こされたレイが、彼女に「見て」とジンを差す。
「僕の、兄さん。幸せそうで、良かった……」
レイの未来を占いながら静かに待っていた夢は、ふと手を止める。微かに聞こえてきた声に、立ち上がった。
扉を開ければ、差し込んできたのは眩しい光。
その先に、ボロボロな彼等が見えてくる。
行く時よりも人数が増え、傷だらけなのに笑っていた。
夢に気付いたレイが、大きく手を振る。
それに応え、夢も微笑を浮かべ手をあげた。
「復讐すればいいんです。悔しいなら、思いっきりやりかえせばいいですよ」
『鉄仮面の乙女』風織 紡(CL2000764)の言葉に、ジンは唇を引き結んだままで頷く。そうして強く、拳を握った。
「うん。……必ず」
自分より3つ年下だと言うこの少年に、『隔者狩りの復讐鬼』飛騨・沙織(CL2001262)は流行り病で亡くした弟の事を思い出す。
自分達も、捨て子だった。更に町の人達に見捨てられ、弟は死んだ。
だから町の人達への恨みはきっと、誰よりも――。
「ジンよ、力とは何も武力に限った事ではない。財力、教養……それらも力と呼ぶに相応しい」
町外れにある森へと向かいながら、『誰が為に復讐を為す』恩田・縁(CL2001356)はそう教える。見上げてくる少年の頭に手を乗せ、優しく撫でた。
「我々に財力は見込めない……だからこそ、ジンよ。教養を身につけろ。敵を知り己を知る……それこそが復讐の第一歩だ」
黒き衣も幾らかほつれている貧乏神父は、出会ったばかりの少年の未来を考える。
いつか復讐を果たした後にも苦労しないよう――幸せを、掴めるよう。
元は孤児院を開いていた男だからこそ、ジンにもかつての子供達と同じように教え導く道を選ぶ。貴族社会にも通用する高い教養を、身につけさせようとしていた。
町の有力者による立ち退き。それを拒否した為に孤児院を、孤児達を、事故に見せかけ焼かれた。
復讐は、ジンだけのものではない。
「あたしも、弟がいたはずなんですけど」
……会いたいです。
そう落とした紡に、少年が顔を向ける。少年を見返しカラリと笑って、バシリとジンの背中を叩いた。
「あたしに出会ったんですから、幸せと思わない奴は馬鹿ですよ!」
弱い所は見せない。
自信満々に笑う紡を見て笑顔を浮かべたジンは、しかし次には辛く顔を俯けた。
己を責める少年に、それでも彼等の存在は希望を与えてくれる。
「あの森の中にあたし達の住む洞窟があるんですよ」
指差した紡は、「今日からジンの家です」と笑った。
「おう、レイ……俺もお前と同じなんだ」
笑顔で言った坂上・恭弥(CL2001321)に、少年は顔を見上げる。
「親に捨てられ、家族同然の奴等と引き離され……1人ぼっちになっちまった口だ。――だけどな、レイ。どれだけ理不尽や辛い事があっても……腐っちゃいけねェ。心に揺るがない信念を持て。他人に慈愛を持って接しろ」
「そうしたら、強くなれる?」
真剣なレイの問いかけに、恭弥が笑った。
「そうすれば周りはお前を愛し、助けてくれる。情けは人の為ならずって言うがそうやって皆の助けを借りれば兄貴とも絶対会えるさ……俺はそう信じてるぜ」
コクンと頷いて、彼等の家に着いた少年は驚く。
家にたくさんある本たち。自分の背丈では到底届かぬほど高くまである本棚を、首が痛くなるまで見上げた。
彼へと望月・夢(CL2001307)が本棚から持ってきたのは、神代の話や土地神等の不思議な存在について記された本。
「教材と言うには微妙ですが……」
少年の前で本を広げ、読み聞かせた。
こういった話には、教訓になる事も多い。それに加えて、神々や自然に対する敬意も少しは芽生えてくれる筈。
興味深そうに本を覗き込む少年へと、占い師はゆっくりと神々の話を紡いでいった。
夜になりベッドへと入ったレイは、シーツの中からじっと窓の外を見つめる。
「……眠れないのですか?」
様子を見に来た西荻 つばめ(CL2001243)は、傍らへとランプを置いてベッドの隅に腰掛けた。
「レイは芯の強い子だと思いますわ」
ランプの灯りがぼんやりと照らす子の頭を撫でて、静かに語りかける。
「ですが、兄を探す為、生きる為にも 更に力をつけなくては」
あまり食事をとらなかった事、こうして夜寝ない事。
それらは全て、兄を心配するあまりであろう。
「『兄を探す』と決めた以上、その心が風化しない様、そして、其れを貫ける様に――先ずはしっかりと食べる事。そして、しっかりと休む事」
見上てくるレイに、金色の瞳が細められた。
「食べなくては頭も体も働きませんし、休まなければ健全な心も保てませんもの。それから体を鍛える事。『健全な魂は、健全な体に宿る』と言いますでしょう?」
知性、心持ち、行動する為の体作り。
其の全てを叶えてやっと、自身のしたい事を守り、貫く事が出来る。
「ですが、其れ等に捉われ過ぎるのも考えもの。趣味を持ち、其れを極めるのも良いかも知れませんわね」
彼女の提案は、一緒に本を読んだり書を嗜んでみては如何かしらというもの。
「1冊、持ってきたのです」
素直に瞼を閉じたレイに読み聞かせるのは、若き勇者の物語。
旅の中で成長し、大事な人を守り抜く――そんな物語。
●
「いいか? 復讐とは昏き炎だ」
縁の教えに、真剣な瞳をジンが向ける。
「誰彼かまわず向ける物ではない。……常に向ける相手を間違えるな。理由や信念無き復讐は、唾棄すべきものだ。恩讐の果てにこそ人の本質が見える」
――ゆめゆめ忘れるなよ。
そう語るは、ジンと同じく復讐に囚われし者。
しかしだからこそ、縁は少年の復讐心を支えられる。間違った方向へと行こうとするならば、正してやれる。
「あたしは本能で使ってるから、こまけーことはわからんですけど……」
森の中で紡が教えるのは、貫殺撃。
「とりあえず相手を必ず殺す、倒す、相手の弱点を確実に狙うようにする、ですか」
ポキポキと指を鳴らした紡が、次の瞬間、眼の前にある木を手で貫き穴を開ける。
木が相手だとやり難いでしょう、と紡自らが相手となった。
防がれる事もある、避けられる事も。そして貫こうとする武器や手が遅ければ、それを逆手に取られ、窮地に追い込まれる事さえも。
何度も貫こうと挑戦するジンの手を捻り倒れさせた紡は、少年の心臓を貫かんとする手を寸前の処で止めた。
「クッ」
顔を歪める少年に、手を差し延べる。
「失敗しても何度も練習すればいいんです。やればやるほど強くなります、あたしが保証します。……悔しかったら何度でも相手しますよ」
「望むところだ!」
ガッと、ジンが紡の手を握り身を起こした。
森の一角に植えた種が成長する過程を、ジンは沙織と共に観察する。
毎日毎日観察して、どういう風に芽が伸び育ってゆくのかを見て学んだ。
「これを元に想像して、種に成長しろと念じるんだ」
棘一閃。
そうしてもう1つ。
香仇花の匂いを、ジンに吸わせた。
膝を付き倒れ込んだ少年に、それでも沙織は教え続ける。
「この香りに耐性がつくまで吸い続けて、逆にこの香りを体から出せるように想像するんだ。――いいかい、ジン。どんな事でもまず想像することから始めるんだ。想像出来ない事は対処出来ない……だから知ることが大事なんだよ」
ピクリと動いた指が、力を失う。
気絶した少年を背負って、沙織は洞窟へと戻って行った。
冷たい額の感触に目を覚ませば、傍らに座り自分を見下ろす沙織の姿。
「俺……こんなんじゃ……」
目を片腕で覆った少年に、彼の額から落ちた布を再び濡らして額に乗せる。
身を震わせるジンの手を、「焦らなくていい」と沙織は強く握り続けていた。
つばめが手を叩くのを合図に、レイが駆け出す。木を人に見立て、その間を通り抜けるように駆け回らせた。
日数をかけ何度も何度も走らせて、コツを掴んできた頃合でつばめはレイへと木の棒を渡す。
「よく出来ましたわ。次は通り抜けた木に棒を叩き込んでゆきましょう」
それが形を成してくれば、更に棒を叩き込ませながらの移動を繰り返させた。
彼女が伝授するのは、疾風斬り。
「あっ!」
すり抜けながらの攻撃は中々難しいらしく、棒を弾かせすぐに手から離れてしまう。
「何故出来ないと思いますか?」
「えと、叩き込む角度かな?」
「そうですわね。今度はそれに気を付けて試してみましょう」
褒める事も自分で考える事も、大事だと思う。アドバイスも交えながら、教えていった。
「自分の中に燃え盛る炎を……」
そこまで説明した恭弥は、自分を見上げたままで首を傾げるレイに笑いを吐く。
「ハハッ、まあたき火でもいい。それを取り込み全身に行渡らせ掌握するイメージをしろ。そうすればそれはお前の力になる」
恭弥が教えるのは、火纏と威風。
「自分の知ってる強者……それを思い浮かべながら自分がその存在だと暗示をかけるんだ」
これは、かなり困難なようだった。
それでも年月が経ち成長するにつれて、威風も発する事が出来るようになっていく。
「漢たる者、弱きを助け、強きを挫く……そういう漢になれよ!」
レイが恭也に教えられ、習得出来たもの。
料理や絵などもそうだが、女性への接し方も、町に住んでいる事もあり急激な成長を見せてゆく。
身近にいる2人の女性。
特に彼女達には紳士であれるよう誠意をもって接する。町で交流のある女性達の噂になるくらいには、甘い笑顔を浮かべエスコート出来るようになっていた。
夢からの教えは、戦いを司る神々を心の底から讃え戦之祝詞を口にすれば、神々の恩寵が得られるやもというもの。
「戦う術を覚えたのなら、戦いを司る神々への祝詞、戦之祝詞も覚えなくては」
洗濯や炊事を一緒にしながら、『知る事と変わる事』についても教えた。
「占いで未来の事を知っても次の瞬間にはその未来が変化している時があります」
手を止めて、見つめてきたレイの瞳を受け留めながら微笑む。
「それは未来を知る事で新たな考えや道が得られた故に、知る前に定まった未来以外へ歩んだ結果なのです。何かを知ればそれが何かしらの糧となる」
――故にレイにはより多くの事を知る事を望みます。
彼女の言葉に、「そんな事をしたら」とレイが夢の腕に触れた。
「兄さんの知ってる僕じゃなくなってしまうんじゃないの。兄さんとの未来が……変わってしまうんじゃ」
「今まで通りに居られない事を恐れてはなりません。――人は常に成長と言う名の変化をします」
自分達に出会った事で、レイが、彼の未来が、その姿を変えてゆく。
『兄ちゃん』が『兄さん』に変わっているように。彼自身それには気付いていないようだったが、確実に変化を刻んでいた。
「変化を恐れてはなりません」
穏やかな夢の言葉に頷いて、「僕を変えるのは夢、あなたなの?」と問いかけた。
「いいえ。未来を知った事でそれを変えられるのは、レイ自身ですよ」
●
10年の歳月は、紡のピンク色の髪を腰まで伸ばす。煙草と酒を嗜むナイスボディのお姉さんは、しかし精神年齢はジンと出会った頃のままであるようだった。
賭け事に負けてジンに取られてしまった晩御飯の肉を、恨めしげに見遣る。
「明日は負けねーですよ!」
それにはチロリと視線を返して、これ見よがしにジンが肉を頬張った。
「受けて立つ――と、言いたい処だけど。……明日の夜はどうなってるか判んねぇな」
その言葉で、明日がその時かと3人が察する。
「早かったですね」
紡の呟きが、皆で生活した洞窟へと染み込んでいった。
「足手纏いだという自覚はある」
翌日。既に齢40となっている縁はそう伝える。
「……だが、お前は俺の弟子であり、息子の様なモノ……それを心配せずにはいられないというものだ。……故にこれを託そう……」
血痕が付着したそれは、縁の戦ってきた軌跡。
巨大な十字架を両手で受け取ったジンは、「ありがとう」と真っ直ぐと縁を見返した。
「心強い。俺の『親父』は、足手纏いなんかじゃないけどさ」
ふっ、と笑ってジンの肩を叩いた縁は、「外で待つ」と洞窟から出て行く。
振り返ったジンの前には、沙織が立っていた。
「ジン……君は私の最愛の弟のようなものだ」
今では自分よりも背の高くなったジンを、沙織が見上げる。
「だからこそ私はジンの復讐を手助けしたい……幸い、復讐相手は同じみたいだしね」
少しの沈黙の後、提案した。
「復讐が終わったら改めて……家族にならないか? 私は不甲斐ない姉だけど……それでもこの長い人生共に歩めるなら私は嬉しい……」
「それは……凄ぇ魅力的」
喜びも悲しみも、分かち合った日々。己の恨みは、ジンと過ごすうちに小さくなっていた。
町外れの森から出てきた、4人の男女。
彼等を正面で迎えたレイは一歩も引かず、『威風』を纏う。
彼が思い浮かべる強者は、「俺もお前と同じなんだ」と言ってくれた身近な漢。
4人の中心にいる青年を真っ直ぐに見つめ、言い放った。
「もし、町の人達を傷つけるつもりなら、止めて下さい」
それに動じぬ青年もまた、真っ直ぐとレイを見返し低く返してきた。
「止めねぇ」
簡潔な言葉は、彼の決意を表す。
「説得しても、無駄みてェだな」
レイの隣で血痕の付いた籠手をはめる恭弥が、火を纏っていた。
「けど、女性が2人も……!」
戦いを躊躇するレイに、恭弥が視線を向ける。
「敬意をもってぶつかるしかねェ。手を抜くのは、却って失礼ってもんだぜ」
その言葉を肯定するように、沙織の手の動きに合わせた蔓が3人の足に絡み、紡の発生させた雷がレイと恭弥に落ちた。
「つばめは前に出ないで」
真っ先に彼女の心配をしたレイが、背後へと掌を突き出す。つばめは火を纏いゆく青年に頷いて、その戦い方を見つめていた。
●
後衛にいる縁が敵達へと絡みつく霧を発生させれば、ジンが己の体から独特な花の匂いを滲ませる。
「辛いだろ? 俺も経験済みでさ」
受けたレイと恭弥に、ニヤリと笑った。
そのジンの両側から、紡と沙織が飛び出す。突剣を構えた紡が恭弥を貫き、木の力を顕現した沙織がレイを攻撃した。
つばめの付着させた棘が切り裂く紡の脇を抜け、恭弥が狙うは中心の青年。
目にも止まらぬ籠手の攻撃がジンを襲い、間髪入れずにもう一撃を繰り出した。
間近で見据えた赤き瞳が、ジンの背後を見て見開かれる。と同時に相手もまた、恭弥に気付いたようだった。
「なんで……」
呟きに、縁が目を細める。
義弟とも思っていた男へと、縁は静かに応じた。
「そうか……恭弥、立派になったね。だが……今は敵だ」
縁により集められた浄化物質が、恭弥の前でジン達に舞い降りる。
ギュッと強く憤怒の十字架を握ったジンが、もう一方の手で恭弥へと種を付着させる。ジンの念じるままに急成長した棘が、恭弥を裂いた。
痛みに屈する事もなく、縁を見つめ続ける。その恭弥へと、レイが戦之祝詞を念じた。
見返す恭弥に、頷いてみせる。
「あの人を止められるのは、きっと恭弥だけだよ。だから、神々の恩寵を」
――己で思考できなければ、何事も自分で成し得ません。
そう信じ育ててきたつばめは、レイの出した答えに頷く。
仲間を守る為に前に出て、自分より仲間に力を与える事を優先する。
小さかった少年は、そんな青年へと成長していた。
「道を開けてくれ」
縁の言葉に、前の3人が振り返る。
驚き見ていたジンが唇を噛み横へとずれると、すぐさま恭弥が踏み込んだ。
「なんであんたがそんな事してんだよ!」
籠手の攻撃を恭弥の思いごと受け入れながら、しかし縁は己を変えない。
敵の真っ只中に突っ込んだ恭弥に、レイも急ぎ剣を振るう。
前衛に立つ3人へと、駆け抜けながら斬りつけていた。
いち早く気付いたのは、第六感を活性化していた沙織。刃がジンを斬り裂くのを、身を呈し庇っていた。
「ジンを……私の最愛の人を傷つけるな!」
ハッとしたジンが、「くそっ」とレイの腹部を貫く。
「兄……さん?」
敵のその言葉に、思わず目を剝いた。沙織が名を呼んだ事で、レイは彼が兄だと気付いていた。
え? と声を洩らすジンの前で、レイが両膝を付く。
「僕……だよ……」
「まさか……」
そんな筈――とジンが後退る。その前で、弟は地へと崩れていた。
「レイ!」
振り返り駆け寄ろうとする恭弥の胸倉を、縁が掴む。グイと引き寄せ、低く告げた。
「首謀者は俺だ。だから少しでいい……こいつらの罪を軽くしてやってくれ」
あいつはもう戦えない、と眉根を寄せる。
「……変わってねェな、あんたは」
全然変わってねェ、と恭弥が相手の胸に力籠もらぬ拳をあてた。
「弟を……レイを……そんなッ!」
身を震わせるジンを、紡が受け留める。
「彼は、死んじゃいねーですよ、ジン。最初に思ったこと、忘れちゃダメです。弟に会ったら、守るんですよ」
ジンの両腕を掴んで揺さぶる紡に、「けど俺、どうすりゃ」と縋るように見返してきた。
「ばかですね。ごめんなさいすればいいんです」
簡単な事、と強く笑う。
「間違ったことしたら謝るんです。許されるまで。……ジン、大丈夫ですよ」
「ジン……」
呟いた沙織が、抑えていた己の傷口から手を離す。その手が凝縮した樹の雫を、レイへと与えた。
「沙織!」
どうして、と問うジンに、ふらつきながら手を伸ばした。
「だって、私はジンのお姉ちゃんで……ジンの事大好きだもの。愛してるよ、ジン……誰よりも。だから、幸せになって……ね」
その手を取って、ジンが引き寄せる。
「ひと言忘れてる。一緒に、だろ」
つばめに抱き起こされたレイが、彼女に「見て」とジンを差す。
「僕の、兄さん。幸せそうで、良かった……」
レイの未来を占いながら静かに待っていた夢は、ふと手を止める。微かに聞こえてきた声に、立ち上がった。
扉を開ければ、差し込んできたのは眩しい光。
その先に、ボロボロな彼等が見えてくる。
行く時よりも人数が増え、傷だらけなのに笑っていた。
夢に気付いたレイが、大きく手を振る。
それに応え、夢も微笑を浮かべ手をあげた。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『復讐の神士』
取得者:恩田・縁(CL2001356)
『優麗なる乙女』
取得者:西荻 つばめ(CL2001243)
『強面のプレイボーイ』
取得者:坂上・恭弥(CL2001321)
『ナイスボディな頼もしき姉御』
取得者:風織 紡(CL2000764)
『仁の最愛』
取得者:飛騨・沙織(CL2001262)
『神詞の語り部』
取得者:望月・夢(CL2001307)
取得者:恩田・縁(CL2001356)
『優麗なる乙女』
取得者:西荻 つばめ(CL2001243)
『強面のプレイボーイ』
取得者:坂上・恭弥(CL2001321)
『ナイスボディな頼もしき姉御』
取得者:風織 紡(CL2000764)
『仁の最愛』
取得者:飛騨・沙織(CL2001262)
『神詞の語り部』
取得者:望月・夢(CL2001307)
特殊成果
なし

■あとがき■
大変お待たせを致しました。
称号は、ジンとレイより。
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
称号は、ジンとレイより。
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
