恋情
恋情



 さて、なんと自己紹介したものか。
 百戦錬磨のモテ男、もとい女たらしの高校生――それが俺だ。
 
 だが、世の中わからねえ。
 
 綺麗な女をいっぱい知ってるはずの俺が気になっちまったのは、なんと人類史上最大級の地味子――相坂桜(あいさか・さくら)。
 
 しかも、指輪までプレゼントすることになるなんて、な。
 あれだよ、まったく世の中分からねぇモンだ。
 
 ああ、そうそう。
 偶然手に入れたその指輪ってのが妙な指輪でな。
 これを好きな相手に渡すと、自分が死んだ後もその相手を守ってやれるらしい。
 もっとも、それはどうやら期限付きで、五年経ったら手放さないといけねぇらしいが。
 ……いろいろと縁起でもねえハナシだよな。
 けど、ちょうどその頃の俺は持ち合わせがなかったもんで、その指輪以外にはプレゼントするものがなかったっつーか……。
 桜を連れ歩くようになってから、ヒモとか金づるにしてた女との付き合いも全部ヤメちまったんで、な――。


 4月某日 某時刻 FiVE

「今回の事件についてですが――」
 そう言いながら、久方 真由美(nCL2000003)は集まった覚者たち一人一人を見つめる。
 
 夢見がもたらした情報はこうだ。
 
 とある休日の昼下がり。
 人の気配もろくにない住宅街の路地を歩くのは一人の若い女性。
 顔には笑みを、手には結婚式場のパンフレットを抱き、彼女は一人歩いている。
 
 彼女が首から下げていたペンダント――もとい指輪。
 指輪はひとりでに宙へと浮き上がり、ボールチェーンを引きちぎるようにして飛んだ。
 転がった指輪から突如として薄いモヤのようなものが立ち上る。
 そのモヤはすぐに人に似た形を取ると、腕……にあたるであろう部位を伸ばす。
 モヤの腕はそのまま『腕』は彼女の胸の中へと入り込んでいく。
 そしてほどなくした後、彼女は糸の切れた人形のように脱力し、そのまま動かなくなった。
 
「その女性というのは相坂桜さん。この人自体はごく普通の一般人です。問題はこの指輪……調査の結果、この指輪が古妖であると判明しました。『つのりぎ』という妖怪で、存在自体は昔から確認されていたみたいです。本来は無害な妖怪で、人間とちょっと変わった方法で共生する……という性質があります。女性が身につけてくれそうな装飾品の姿に化けて、何らかの理由でそれを手に入れた男性と『契約』するんです。化ける姿は時代によって変わるみたいで、昔はかんざしとかだったみたいですが。『契約』した男性が好きな女性に『つのりぎ』をプレゼントすると、死後もその女性を守り続けることができるそうです」
 疑問と興味が入り交じる視線を受け、真由美は一度ゆっくりと頷いた。
「そう。それが『つのりぎ』の力です。この妖怪は人間の霊魂を体内で保護して、半実体化するだけの力を貸すこともできるんですよ。代わりに『つのりぎ』は人が人を想う心――感情のエネルギーを分けてもらって糧とする。そういう共生関係なんです」
 何か言いにくそうにした後、真由美は二の句を継いだ。

「桜さんって、その……こう言ってはなんですけど。彼女、二十代後半なのに男性に免疫が殆どなくて、しかも純粋過ぎるから、もし『つのりぎ』がなかったら、軽く十回は悪い男に騙されてひどい目あっててもおかしくないんです。でも――『つのりぎ』……正確にはそれと契約した人のおかげで無事に過ごしてこれたみたいです。そして、今度ちゃんと誠実な人と結婚するらしくて」
 これだけ聞けばただの良い話だ。
 だが、この話がこれで終わりではないことは皆わかっている。
「『つのりぎ』の『契約』には条件があるんです。受け取ったプレゼントを持っていていいのは五年間。その期限を過ぎて持ち続けると、『つのりぎ』の中でくすぶってしまった霊魂が変異してしまうんです。まるで血の巡りや空気が淀んでしまうように。そうなったら中の霊魂は怨霊のようになってしまう――それと……ただ単に怨霊と化してしまった霊魂を退治すればいいものでもなさそうなんです」

 覚者たちは真由美へと目を向ける。
「長いこと連れ歩いていたせいか、『つのりぎ』は桜さんとも繋がりができたみたいで……桜さんの感情のエネルギーも得ているようなんです……。なのでたとえ退治しても桜さんが自分から『つのりぎ』を手放さない限り、桜さんから得たエネルギーで『つのりぎ』は霊魂を再生してしまうようなんです。当の桜さんも受け取る時に五年の期限を知らされていたらしいんですけど、自分を陰ながら守ってくれていたのが誰なのかに薄々気づいているみたいで……。きっと、純粋な人だから」
 
 おおよその事情を理解できた覚者たちは、各々頷く。
 そんな彼等に向けて、真由美は言った。
「桜さんを放っておくわけにはいきません。皆さんの力を貸してください」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:常盤イツキ
■成功条件
1.“俺”の撃破。
2.桜がつのりぎを自らの意思で手放すよう説得する。
3.なし
 こんにちは。久しぶりに帰ってきました常盤イツキです。
 今回もひとつよろしくお願いします。

●情報まとめ
 舞台は関東某所にある遊歩道。
 敵は一体。
 
 敵のスペックとスキルは以下の通り。

・スペック

『“俺”』
 怨霊と化してしまった霊魂にして『つのりぎ』の契約者です。
 理性は吹き飛んでしまっているため、強く意識していた相手である桜を襲おうとします。
 強いて分類するなら古妖ですが、強さの参考値としては『妖:心霊系 ランク2』と同程度。
 半実体の身体をしていますが、物理攻撃が効かないことはありませんのでご安心ください。
 また、そうした身体を活かした攻撃を行います。
 生前の性格を反映してか、女の子をイチコロにすることにちなんでカッコつけた技が多いですが、威力は本物です。
 
・スキル
 
『飛針』
 物遠全
 生前の彼なら「彼女のハートを撃ち抜く技」と言ったであろう攻撃。
 自分の小骨を変化させた針を飛ばします。
 弾速もあり、機銃のような面射撃も可能と優秀ですが、牽制技のため威力は小さめ。
 ただし、相手が至近距離にいる場合のみ、攻撃モーションが専用のもの変化します。
 専用モーションの場合は、飛針を投げずに相手の延髄に直接刺します。
 直接刺す場合は標的は単体のみとなりますがその分威力が上がります。
 
『骨外し』
 物近単
 生前の彼なら「彼女を骨抜きにする技」と言ったであろう攻撃。
 実体化を解いた状態で手を相手の体内に差し入れ、その後に半実体化させて骨を掴んで外す攻撃です。
 体内から直接攻撃する関係上、威力は侮れません。
 また、一定確率で麻痺のBSが発生します。
 実体化の度合いを上げる必要がある以上、攻撃の瞬間にカウンターを受けると……

『心臓掴み』
 物近単
 生前の彼なら「彼女のハートをガッチリ掴む技」と言ったであろう攻撃。
 実体化を解いた状態で手を相手の体内に差し入れ、その後に半実体化させて心臓を締め付ける攻撃です。
 体内から直接攻撃する関係上、威力は侮れません。
 また、一定確率で麻痺のBSが発生します。
 実体化の度合いを上げる必要がある以上、攻撃の瞬間にカウンターを受けると……
 

・スペック

『古妖つのりぎ』
 漢字で書くと『募り気』。人間と共生する古妖です。
 基本的には無害な古妖かつ自分では動かないので抵抗もしません。
 戦闘終了後は『保護』してFiVEに連れて行けば、後の処遇はよろしくやってもらえます。

・スキル

『恋情再生』
 任意発動(A)単
 桜から感情エネルギーを補給し、“俺”の氣力と体力を大回復します。使用限度回数3回。
 発動時に桜や“俺”との距離が離れていても使用可能です。
 桜が自らの意思で『つのりぎ』を手放した場合、このスキルは使用できなくなります。

・スペック
 
『相坂桜』
 28歳女性。一般人。当然ながら戦闘能力はありません。『つのりぎ』をペンダントとして身につけています。
 スキルは戦闘用・非戦用ともに有していません。

 
●シナリオ解説
 今回の任務は『“俺”』を倒すこと……だけではないようです。
 今回のシナリオは、成功条件が一つではありません。
 ただし、然るべきことをすればちゃんとクリアできますので、頑張ってみてください。
 リプレイを面白くしてくれるアイディアは大歓迎ですので、積極的に出してください。一緒にリプレイを面白くしましょう!
 皆様に楽しんでいただけるよう、私も力一杯頑張ります。
 それでは、プレイングにてお会いしましょう。
 
 常盤イツキ
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
5/6
公開日
2016年04月30日

■メイン参加者 5人■

『F.i.V.E.の抹殺者』
春野 桜(CL2000257)
『赤ずきん』
坂上・御羽(CL2001318)
『ロンゴミアント』
和歌那 若草(CL2000121)


「――ってことなんだ。まあ、いきなり言われても信じられないとは思うが」
「そういうことなのです!」

 時は4月。
 とある春の休日。
 その昼下がりに、住宅街の路地を歩く一人の若い女性――相坂桜。
『赤ずきん』坂上・御羽(CL2001318)と『正位置の愚者』トール・T・シュミット(CL2000025)は桜へと話しかけ、自己紹介をしつつ事情を説明していた。
 ほどなくして御羽とトールが説明を終えると、桜は指輪をぎゅっと握りしめる。
「薄々、そんな気がしてはいました……もしかしたら、彼がずっと見ててくれたんじゃないかと――」
 意外な返答に御羽とトールは少しばかり面食らう。
 だが、すぐに二人は気を取り直す。
「オーケイ。なら話は早い、とっととその指輪を――」
 トールが言うのに合わせて、御羽が杯の形に合わせた両手を差し出す。
 桜は困ったような顔をしながら、ひとまず握った手をほどくが……
「……ッ! そう簡単にはいかねぇか!」
 一瞬だけ歯噛みすると、トールは咄嗟の判断で御羽の肩を掴む。
 そのまま一気に引き寄せると、いきなりのことでよろめく彼女をそのまま背中にかばう。
「……あわわ!?」
 泡を食う御羽。
 その眼前では桜の指輪がひとりでに浮き上がり、ボールチェーンを引きちぎってその場に転がる。
 間髪入れず、指輪からは黒ずんだ靄が溢れ出してきた。
 靄は瞬く間に一箇所へと集まり、人間の姿を取る。
「騎士さんのおでましか。けどよ、あいにく俺はナンパ目的じゃないんでね」
 靄――敵に軽口を叩きつつ、御羽をより確実にかばえるよう身体の向きを直すトール。
 その胸板に向けて、敵は飛針を振りかぶる。
「……」
 だが、敵が飛針を投じるよりも早く、振りかぶった手首に蔦が巻き付いた。
 そのまま鞭のように振るわれた蔦を引っ張ることで敵の体勢を崩しつつ、その反動を利用して春野 桜(CL2000257)が敵の眼前へと躍り出る。
「……」
 心なしか敵の表情……といっても濃淡が見える程度のそれを歪めた。
 そんな敵に桜は不思議な匂いを放って追撃する。
 特殊な花より発するそれも、彼女の術だ。
 独特の匂いに敵が怯んでいる間に、不死川 苦役(CL2000720)が桜へと続く。
 彼はもう一人の桜へと素早く駆け寄ると、一連の現象のショックで気絶している彼女を担いで退避する。
 少し離れた所にあるベンチへと寝かせると、苦役は取り出したペットボトルを開け、躊躇なく彼女の顔に水をかけた。
「……っ!?」
 思わず飛び起きた桜。
 その表情は驚愕と恐怖の色に染まっている。
「うはー、起きた。おはようちゃーん! 元気してる?」
「ひっ……」
「だいじょぶ。俺は味方。でもって、さっき二人から説明を受けたと思うけど、まあ、見ての通りの状況なわけだ」
「……」
「というかさー、純情なのは良いけどさ。今度結婚するんだろ? なら駄目だぜー、前カレ? か知んねーけど、他の男から貰った指輪とかしてたら男萎えちゃうわ。感謝感謝っていうならさ、ほら、アレにありがとーしてぽいっちょしたら? もう会えないなら猶更さ」
 早口で一気に言い切る苦役。
 あくまで軽い調子の苦役に対し、桜の表情は重い。
「どした?」
「わかっています……わかっては……いるんです」
 桜はすぐ目の前に転がった指輪を拾うと、まるで守るように握りしめる。
 そうしている間にも敵は自らの体内へと手を差し入れた。
 次の瞬間、敵の両手には何本もの針が握られている。
「……させないのですっ!」
 咄嗟に御羽は第三の眼を開眼し、怪光線を放つ。
 怪光線は敵の肩を撃ち抜き、その動きを止める。
 だが、敵は針を握りしめたまま御羽に向き直り、そのまますべての針を投げつける。
「あうっ……!」
 何本もの針が刺さり、御羽はその場に倒れる。
 だが、それでも顔を上げ、桜に語りかけた。
「さっきおはなししたことは本当なのです。この状況が証拠なの、その指輪は悪い指輪で、長く持っていると大変なことがおきるのです!」
「……」
「桜さんには幸せに、そして健康に生きて欲しいって相手の男性も思うはずです」
「でも……」
「愛って物じゃなくて。愛って形じゃなくて。もっと、形にならないものが大切だって思うのです!!」
 叫び続ける御羽を尻目に、敵は再び大量の針を両手の指に挟み、その両腕を振りかぶる。
 対する御羽は今度は敵を振り返る。
「昔の彼氏さんもです! 一度は好いた女を、怨霊になったからといって手にかけるなんて男の風上にもおけない馬の骨なのです!! そんなので、桜さんやみうたちを殺したり、ハート射抜いたりだと片腹痛いのですよ!! 男なら好いた女くらい最期まで守って見せろ、なのです!!」
 叫ぶとともに再び怪光線を放つ御羽。
 同時に飛針も放たれ、二人は相打ちになる。
 薙ぎ払われるように放たれた怪光線は敵の左腕を切り落としたが、もとより実体があるようでない身体。
 敵は左半身を更におぼろげにしてから再度固形化して、すぐに再構成する。
 一方、御羽は再び大量の針を身体にくらって重傷だ。

 敵は次こそ桜を手に掛けようと、飛針を手に彼女へと迫る。
 だが、今度はもう一人の桜がその前に立ちはだかる。
 油断なく敵と睨み合いながら、彼女は後ろを振り返らずにもう一人の桜へと語りかける。
「借り物の力じゃ限界なのよ。このままじゃ彼は歪んでしまう。彼が想いを貫き通す為には貴女の想いは邪魔なの。新しい伴侶との未来もあるのでしょう? その為にもそれを捨ててくれないかしら」
「……」
 振り返らない桜には背後の光景が見えはしない。
 だが、不思議ともう一人の桜が指輪をより一層強く握りしめる様子が伝わってくるのが感じられた。
「――そう。捨てては、くれないのね」
 呟くと、桜は愛用の包丁――綿貫を敵へと突き立てる。
 しかし、やはり敵は実体のない身体。
 綿貫の持ち手は、あってないような感触を伝えてくるのみ。
 そして、敵はというとカウンター気味に手を伸ばす。
 そのまま実体化を解いた両手を桜の両腕にそれぞれ差し入れ、再度実体化を行う。
「っ……!」
 桜が声にならない声を上げると同時、彼女の両腕の骨がことごとく外される。
 だらりと垂れ下がる桜の両腕。
 もはや、綿貫を僅かばかり振るうだけの動きもできそうにない。
 無抵抗となった桜。
 敵はとどめとばかりに飛針を掴み、それを桜の延髄へと振り下ろす。
 針が延髄を貫く直前、桜は意趣返しとばかりに綿貫を放つ。

 深々と斬り裂かれ、敵はまさしく靄のように消えていく。
 ……かと思われた敵は突如として急速に再生を開始すると、そのまま桜の身体に針を突き立てる。
「これで終わ――くっ……かはっ……」
 血を吐いてうずくまる桜。
 倒れそうになるのを耐えながら、彼女はもう一人の桜を見やる。
 責められたかのようにびくりとする彼女の目の前で、敵はまるで何事もなかったかのように再生を完全に終えている。
 敵はそのまま桜の息の根を止めようとするが、それよりも早く振るわれた刃――棄灰之刑が半実体の腕を斬り飛ばす。
「おいおいおい、重い男は嫌われるぜモテ男。ちゃっちゃと成仏してくれや」
 気を吐くや否や、苦役は二の太刀を叩き込む。
 一の太刀で斬り飛ばされた右腕に次いで、二の太刀によって斬り飛ばされる左腕。
 更に、ガラ空きになった胴体を渾身の刺突が貫く。
「なにより! モテ男の存在は俺一人で十分だ!!!」
 切っ先が敵を貫くと同時に、叩きつけるように言い放つ苦役。
 直後、敵の身体は薄靄となって崩れていく。
 これほどの致命打を三連発でもらっては当然だろう。
 だがしかし、次の瞬間には即座に再生を完了した敵は、苦役が反応するよりも早く彼の胸へと手を差し入れる。
「……ぐえっ……やっぱし、ぽいっちょしてくれないのかー……」
 ちらりと桜を一瞥し、呟く苦役。
 そして苦役は心臓を鷲掴みにされ、その場に倒れる。
 御羽と桜に続いて苦役も倒れた。
 敵は既にある程度の明確な形を取り戻し、更には飛針を握って、かつての恋人へと迫る。
「……悪いな。お前の気持ちもわからんでもないが、ここは通せねえよ」
 敵の前へと立ちはだかるトール。
 傷を負った仲間たちを庇いながら、彼は癒やしの霧を放つ。
 そのおかげか仲間の傷が少しずつ癒え、彼等が活力を取り戻し始める。
「……!」
 しかし、敵もそれが何であるかを本能的に理解したのだろう。
 このまま全快させはしまいと、敵はトールに襲いかかる。
「ぐっ……!」
 敵が振り下ろした飛針を肩口に受けるトール。
 だが、彼は癒やしの霧を出し続けることも、そして桜を庇い立つこともやめない。
 そうしている間にも敵は一本、また一本と飛針を彼に突き立てていく。
 されどトールは怯まず、背後の桜を振り返る。
「大事なものってのはわかってるけど、捨てろって言ってるんじゃない。もう、お前は一人でも大丈夫だろ? 未練も何も置いて、アイツを自由にしてやろうぜ」
「でも……これを捨てたら……もう彼と……」
「なんども守ってもらって、今度こそ、幸せを掴むんだろ? だったら、次はアイツの番だ。送り出してやろうぜ。生まれ変わって、次の生を」
 頑なに指輪を握りしめたままの桜に向けて、トールは辛抱強く語りかける。
「あとはさ、惚れた女が別の男と幸せになるのをずっと見守ってれる聖人君子ってのは、なかなか居ないだろうしな」
 苦笑しながら言って見せるトール。
 だが、敵はそれには構わず、彼へと更に針を突き立てていく。
 ついにはトールの足取りもおぼつかなくなってきた所で、敵は彼の身体へと手を差し入れ心臓を鷲掴みにする。
「……! カ……ハッ……! ……クソッ。力が、入らねぇ」
 遂にはトールも倒れ、その光景を見せつけられても、なお桜は指輪を掴んだままだ。
 そして敵は今度こそ彼女をその手にかけようと――
「……ごめんなさい。でも、あなたに相坂さんを手にかけさせはしない」
 間一髪、敵の前に若草が立ちはだかる。 
 指輪を握ったまま震える桜をかばうように立ちながら、若草は敵をはっきりと見据える。
「あなたにとって相坂さんが特別な人なのはよくわかる。だって、指輪をあげるほどだものね――」
 その間にも、トールがしたのと同じように若草は癒やしの霧を放つ。
 そして若草は背後の桜をちらりと見やる。
「――相坂さん」
 敵が更に迫るも、決して桜の前を動かず若草は語りかけ続ける。
「私にも高校生の頃は付き合ってた人がいたんだけど、夏祭りの出店でその人からおもちゃの指輪をもらったの」
「え……?」
「子供じゃないんだからー、とか言って笑い合ったけれど、本当はあの人なりにドキドキしながらくれたのかも」
 癒しの霧を出し続ける若草だが、仲間たちが回復するよりも早く敵は飛針を若草に振り下ろす。
 咄嗟に身をかわして急所こそ避けたが、針は深々と突き刺さる。
「く……ぅ……」
 だがそれでも若草は癒しの霧を、そして、桜への語りかけをやめない。
「指輪って特別なのよ。だからその男の子にとって、指輪をあげる女の子も特別なの」
「特別……」
「そう。思い出だから手放せない……その気持はよくわかるわ。けれど、彼がそれを相坂さんに渡したのは、守りたかったから。それをちゃんと、分かってもらいたいの」
「でも……でも……」
 未だ踏ん切りが付かず、指輪を握りしめる桜。
 そんな彼女に向け、若草はあえて語気を強める。
「あなたにそれを手放してもらいたいのは、彼が、あなたに幸せになってほしいという願いを込めたからよ! あなたがそれを手放さないで不幸になったら、彼が悲しむからよ!」
 桜を、そして、敵となってしまった『彼』を順繰りに見つめ、若草は諭すように言う。
「あなたを苦しめるために、それをプレゼントしたんじゃないもの。だからお願い。彼のためにも……ううん、彼のために、それを手放してあげて」
「彼の……ために……」
「ええ。あなたは、彼に大切にされているのだもの。あなたを大切に想ってくれている。その気持ちを、あなたが大切にしてあげてほしいの。あなたが彼を、大切に想っているのなら」
 その言葉が決め手となったようだ。
 桜は頑なに握りしめていた手を開き、指輪が足元に落ちる。
「相坂さん――」
 微笑む若草。
 だが、敵はなおも変わらず新たな飛針を振り上げ、それを若草に振り下ろし――
「……! トールさん!」
 振り下ろされた飛針は若草にも、もちろん桜に触れることもなく止まった。
 ギリギリの所で立ち上がったトールが敵の手ごと左手で受け止め、掴んでいたからだ。
 針はトールの手のひらを貫通しており、今も彼の左手からは血が滴っている。
 しかし、そのおかげで敵の手を包むようにして捕まえられたのは大きい。
 渾身の力で敵を押さえつけたまま、トールは敵へと語りかけていく。
「よう、騎士さんよ。惚れた女を死んでも守るなんて、格好いいじゃねぇか。だからこそ、だ」
 言いながら左手の締め付けを強めていくトール。
 心なしか、敵に動揺が走ったようにも見える。
「お前、こんな形で終わっていいのか? 自分を取り戻せよ。男だったら、惚れた女の前くらい、最後まで格好つけてみせろ!」
 その気迫に押されたのか、どこか怯んだような素振りを一瞬だけ見せた後、敵は空いている右手をトールの胸へと突き出す。
 こうなったら力任せに押しのけていくつもりらしい。
 実体化を殆ど解いた腕が自分の胸に差し入れられた瞬間、トールは右拳を握る。
 ただの拳ならば空を切るだけだろう。
 しかし、今の彼は握った拳に波動を握り込んでいる。
 ――『B.O.T.』。
 本来ならば弾丸として撃ち出す波動を拳に込め、トールは敵の横っ面へと叩きつけた。
「男なら、惚れた女の幸せを邪魔すんじゃねぇ!」
 心からの叫び声とともに繰り出された右拳。
 トールの心臓を掴むべく実体化を強めていたこと、そして、トールの右拳に波動が込められていたこと。
 その二つが相まったこともあり、トールは靄のような敵を豪快に殴り飛ばした。
 横っ面にトールの鉄拳を受け、敵は後方へと盛大に吹っ飛ばされる。
 
 敵はかろうじて起き上がる。
 だが、既にその左右には全快した桜と苦役が回り込んでいる。
「言ったでしょう? 後悔する前に大人しく死んでよ」
「そういうことで、ちゃっちゃと成仏してくれや」
「……もう、いいのです!」
 左から桜の、右から苦役の刃がそれぞれ袈裟懸けに敵を切り裂く。
 そして、正中線をなぞるように御羽の怪光線が縦薙ぎに放たれる。
 
「……」
 これだけの攻撃を受けては、さしもの敵も姿形を留めてはいられないようだ。
 まるで吹き散らされるかのようにその姿は加速度的におぼろげになっていく。
 
 しかしながら、それでも敵は崩れた身体をかき集め、姿形を再構成しようとする。
 もう感情のエネルギーも残ってはいないだろう。
 桜が指輪を手放したのだから尚更だ。
 それでも敵は、姿形を再構成しようとし、その度に崩れていく。
 もはや崩れるために身体をかき集めているに等しい。
 哀愁を誘うその光景を目の当たりにして、トールたちは勝負が決したのを悟った。
 
 なおも再構成しては崩れるを繰り返す敵。
 桜は涙を流しながら彼へと駆け寄り、両手で抱きしめようとする。
 彼女の両手は靄である彼の身体をすり抜けていくが、構わず彼女は語りかけていく。
「ずっと守ってくれて……ありがとう……! でも、もうだいじょうぶ……私はもう……だいじょうぶ、だから!」
 彼の身体はもう既に薄靄だ。
 殆ど消えかかっているのかもしれない。
 だが、今までの黒ずんだ靄とは違い、白く透き通った靄だ。
 完全にかき消えるその寸前、不意に靄が集まり、彼の身体が再構成される。
 その姿は彼の生前のものと思しきもので、相変わらずの靄だが、誰だかがわかるほどには鮮明だ。
「……!」
 驚く桜に向け、彼は言う。
「随分とイイ女になったじゃねぇか。ったく、イイ女になった途端に他の男に渡しちまうなんてマジでシャクだが、よ――」
 そして、彼は桜の頭を撫で、言った。
「――幸せに、なれよ」
 その言葉を贈ると、彼は完全に消えていった。
 
「桜さん……」
 ややあって若草は桜の肩を叩く。
「だいじょうぶ……もう、だいじょうぶですから」
 涙をこぼしてはいるものの、その表情は晴れやかで清々しい。
 そんな彼女に桜は微笑みを向ける。
「少し早いけど、結婚おめでとう。新しい道を歩むあなたに幸せがありますように」
 桜から桜への祝福の言葉。
 それを受け取り、桜はもとより晴れやかな顔を笑みで彩る。
 微笑ましげにその光景を見ながら、若草は呟いた。
「彼女、幸せになれるといいわね。誠実な人と結婚……ちょっと羨ましいわね」
 直後、仲間たちからの視線に気づく若草。
「あ、私はまだ結婚する気はないわよ。同居人を放っておくわけにもいかないし。まぁそもそも、今は相手もいないけれどね」
 満開の桜の下、春風が優しく撫でた髪をそっと押さえながら、若草は微笑んだ。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし



■あとがき■

 このたびはご参加いただき、ありがとうございました。
 リプレイをお待たせいたしまして、誠に申し訳ございません。
 ご迷惑をおかけいたしましたことを深くお詫び申し上げます。
 誠に申し訳ございませんでした。
 
 今回のMVPですが、「説得の際に高校生の頃の、指輪に関するエピソードを盛り込んでくださった」和歌那 若草さんに決定いたします。
 
 改めまして、このたびはご参加ありがとうございました。
 
 常盤イツキ




 
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