父思い、娘は静かに耐え忍ぶ
●父と娘
「どうしてメシを作ってないんだ! 俺はお前の親だぞ!」
「ご、ごめんなさい……!」
それはどこにでもありそうな光景だった。
父一人娘一人の父子家庭。そして父親が娘に対して暴力を振るう。それはどこにでもありそうな光景。
違いがあるとすれば、娘の腰から生えた茶色の尾。申の獣憑の証だ。そう、娘は覚者だった。
「まったく。勝手に覚者なんかになりやがって。しかもサルかよ! 見た目が可愛ければ写真でも撮って売れるんだがなぁ」
それが因子発現した娘を見た父の声である。それ以降、娘にとって覚者の力は醜く汚いイメージで塗りつぶされる。それ以降一度も覚醒することはなかった。
「覚者は頑丈だから強く殴っても大丈夫なんだよ!」
隣のおばちゃんが怒鳴り込んできた時に父はそう返した。そうか、頑丈なのはいいことなのか。それから娘は痛みを我慢することを覚えた。
働くことなく保護金を受け取りギャンブルで生活している父が、借金で破滅していくのは自明の理だった。借金は膨れ上がり、その取立人が家に直接やってくる。
「さて、返すもの返してもらいましょうか?」
「待ってくれ! 次のレースで一発当てれば返せるから!」
「……典型的なクズだな、お前は」
父の言葉にあきれるように取立人が胸ぐらをつかんだ。暴力を振るうつもりはない。少し脅せば、怯えて少しはマシになるだろう。何もなければそうなるはずだった。
「お父さんをいじめないで!」
それを見た娘が、突然取立人に掴みかかったのだ。だがこの取立人も覚者。年端もいかない相手に後れを取るつもりはない――つもりだった。
「なんだこの力……!?」
サルの尻尾でつかまれ、投げ飛ばされる取立人。そのままかなわないとばかりに逃げだしていった。
「はは……なんだよ、役に立つじゃねぇか!」
父は娘の行動を褒める。そうか、こうすればよかったのか。娘は微笑み、覚醒した手を握る。お父さんのために。目的を見つけ、世界が輝いて見えた。
だが、力が娘の体を蝕んでいることに、彼女は気づいていなかった。
●夢見
「みんなお仕事だよっ!」
集まった覚者を前に久方 万里(nCL2000005)が元気よく迎える。軽快な口調で説明するが、その内容は決して軽いものではなかった。
「父親を守るために力を使った覚者が『破綻者』になったの。暴走しかかっている力を放置すると、彼女自身が壊れちゃうから早く助けてあげて」
万里から詳細を聞いた覚者たちは、渋い顔を見せた。父を守る娘。だがその父親が原因ではないか。そう言いたげに。
「今回皆にやってもらいたいことは、この破綻者の無効化。御崎さんの話だと、まだ元に戻せるんだって」
破綻者は端的に言えば源素の暴走だ。度が過ぎれば力に飲み込まれるが、早い段階だと治療が可能である。だがそのためには一度破綻者を倒しさなければならない。迅速に無力化し、治療する必要がある。治療のための器具や設備を乗せた車は、スタンバイ済みだ。
「注意する部分は一緒にいる父親かな。破綻者は父親を守ろうとしている。そしてその父親は、自分を守ってくれる娘を手放すつもりはないみたい」
つまり、父は娘の暴走を癒されては困るのだ。そのために邪魔をすることもある。そして父親を排除しようとすれば、破綻者は怒り狂うだろう。
どうしたものかと首をひねりながら、覚者は会議室を出た。
「どうしてメシを作ってないんだ! 俺はお前の親だぞ!」
「ご、ごめんなさい……!」
それはどこにでもありそうな光景だった。
父一人娘一人の父子家庭。そして父親が娘に対して暴力を振るう。それはどこにでもありそうな光景。
違いがあるとすれば、娘の腰から生えた茶色の尾。申の獣憑の証だ。そう、娘は覚者だった。
「まったく。勝手に覚者なんかになりやがって。しかもサルかよ! 見た目が可愛ければ写真でも撮って売れるんだがなぁ」
それが因子発現した娘を見た父の声である。それ以降、娘にとって覚者の力は醜く汚いイメージで塗りつぶされる。それ以降一度も覚醒することはなかった。
「覚者は頑丈だから強く殴っても大丈夫なんだよ!」
隣のおばちゃんが怒鳴り込んできた時に父はそう返した。そうか、頑丈なのはいいことなのか。それから娘は痛みを我慢することを覚えた。
働くことなく保護金を受け取りギャンブルで生活している父が、借金で破滅していくのは自明の理だった。借金は膨れ上がり、その取立人が家に直接やってくる。
「さて、返すもの返してもらいましょうか?」
「待ってくれ! 次のレースで一発当てれば返せるから!」
「……典型的なクズだな、お前は」
父の言葉にあきれるように取立人が胸ぐらをつかんだ。暴力を振るうつもりはない。少し脅せば、怯えて少しはマシになるだろう。何もなければそうなるはずだった。
「お父さんをいじめないで!」
それを見た娘が、突然取立人に掴みかかったのだ。だがこの取立人も覚者。年端もいかない相手に後れを取るつもりはない――つもりだった。
「なんだこの力……!?」
サルの尻尾でつかまれ、投げ飛ばされる取立人。そのままかなわないとばかりに逃げだしていった。
「はは……なんだよ、役に立つじゃねぇか!」
父は娘の行動を褒める。そうか、こうすればよかったのか。娘は微笑み、覚醒した手を握る。お父さんのために。目的を見つけ、世界が輝いて見えた。
だが、力が娘の体を蝕んでいることに、彼女は気づいていなかった。
●夢見
「みんなお仕事だよっ!」
集まった覚者を前に久方 万里(nCL2000005)が元気よく迎える。軽快な口調で説明するが、その内容は決して軽いものではなかった。
「父親を守るために力を使った覚者が『破綻者』になったの。暴走しかかっている力を放置すると、彼女自身が壊れちゃうから早く助けてあげて」
万里から詳細を聞いた覚者たちは、渋い顔を見せた。父を守る娘。だがその父親が原因ではないか。そう言いたげに。
「今回皆にやってもらいたいことは、この破綻者の無効化。御崎さんの話だと、まだ元に戻せるんだって」
破綻者は端的に言えば源素の暴走だ。度が過ぎれば力に飲み込まれるが、早い段階だと治療が可能である。だがそのためには一度破綻者を倒しさなければならない。迅速に無力化し、治療する必要がある。治療のための器具や設備を乗せた車は、スタンバイ済みだ。
「注意する部分は一緒にいる父親かな。破綻者は父親を守ろうとしている。そしてその父親は、自分を守ってくれる娘を手放すつもりはないみたい」
つまり、父は娘の暴走を癒されては困るのだ。そのために邪魔をすることもある。そして父親を排除しようとすれば、破綻者は怒り狂うだろう。
どうしたものかと首をひねりながら、覚者は会議室を出た。
■シナリオ詳細
■成功条件
1.東 千鶴(破綻者)の打破。
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
いつの世も、親が子を虐げる話はあるもので。
心情中心になるでしょう。難易度的にも戦闘のプレイングは最低限で問題ありません。あなたの思いを書き込んでください。
敵情報
・東 千鶴
破綻者。深度1。10歳女性。元は土の獣憑(申)です。
早くして母を亡くし、父と二人で生きてきました。今まで醜いと思って押さえこんでいた源素の力を感情のままに開放し、暴走しています。本来なら過剰な力に戸惑いを感じるのですが、覚醒に慣れていない彼女はその差異に気づきません。
父を大事に思っています。なので父親が拒めば、彼女も拒みます。スキルもしくは技能などで父に何かをすれば、それを察して攻撃してくるでしょう。
破綻者になったことで、身体能力が強化されています。HPが0以下になっても死亡せず、根性判定なしで戦闘不能になります。
攻撃方法
猛の一撃 物近単 同名の因子スキル参照。
蔵王 自 同名の土属性スキル参照。
念弾 物遠単 同名の体術スキル参照。
・東 清彦
一般人。36歳男性。無職。
過労で妻を亡くし、自暴自棄になっています。人生がうまくいかない原因を他人に転嫁し、いつかうまくいくと信じて日々賭け事に逃げています。
戦闘中は喚き散らしたり、覚者の腰にまとわりつくなど邪魔をしてきます。戦場にいるだけで集中が乱れるため近接・遠距離の命中にマイナス修正がかかるでしょう。
特に戦闘能力もなく無力化することは簡単です。
・取立人
逃亡済みです。この場にいません。
●場所情報
東家。一軒家の客室。
広さは六人入れば手いっぱいです。六人を超えた数に応じて、命中と回避ににマイナス修正が付きます。便宜上、前衛(敵味方含む)が客室、味方後衛が客室前の廊下とします。この戦場に中衛は存在しません。明るさや足場は問題なし。
幸か不幸か娘がよく殴られる為、戦闘音で誰かがやってくることはありません。
急いで行けばOP直後。ちょうど取立人が逃げた後に登場できます。何らかの準備をするのなら、それなりに時間は経過します。携帯電話が使用できない為、移動しながらの検索や調査はできないことに注意してください。
破綻者治療班は家の前で控えています。また戦闘終了後、総務班(後処理係)に頼むことで、無理のない範囲で東父娘の処遇を決めることができます(要望が複数あったときはSTが適切と思われる処遇を判断します)。
戦闘開始時、前衛(客間)に『千鶴』『清彦』がいます。皆様の初期配置はお好きにどうぞ。
皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年09月06日
2015年09月06日
■メイン参加者 8人■
●
「ひどいです……大の大人が子供を……道具みたいに利用して……」
怒りで言葉がない、とばかりに『女子高生訓練中』神城 アニス(CL2000023)は眉を顰める。暴力の毎日ですり減っていく娘の心。それも破綻者になった要因かもしれないのだ。そう思うとやるせなくなる。
(……これは仕事これは仕事、あまり私情を持ちこまないように、冷静に……)
仕事の内容を思い返しながら、宝生 初花(CL2000102)は無言で自分に言い聞かせる。娘につらく当たる父親。ケースこそ違えど、初花と境遇は似ている。あるいは第三者から見れば、自分もこうだったのだろうか? そこまで思い、気持ちを戻す。これは仕事。
「まったく……胸糞悪い」
『犬小屋の野獣』藤堂 仁(CL2000921)は拳を握って東父娘の境遇の感想を口にする。父親を一発殴ってやりたいが、それは後だ。最優先で助けなければならないのは娘の方。迅速な処置が求められるのだ。憤りを胸の奥にしまい、今は走る。
「父親がどういう人物か、手に取るようにわかりますわ」
夢見の説明とレポートから、藤 咲(CL2000280)は父親の性格を見抜いていた。内弁慶で無計画。場当たり的に生活し、自分は悪くないと逃げる臆病者。ならば、と問題解決のためにどう言えばいいかを考え、そして頷いた。
「転がり落ちる前はいい父親だったのかもしれませんね」
『アイティオトミア』氷門・有為(CL2000042)は一縷の望みにすがるように父親を擁護する。妻を失い、転がり落ちる人生。今の父が決していい親とは言えない。それでも更生の余地はあるのではないか。そんな希望を胸に抱く。
「こういうケースは児童相談所に相談し施設に保護して貰うのが一番なのだろう」
冷静に判断を下す『傭兵』しまむら ともや(CL2001077)。周囲の証言を照らし合わせれば、父娘を引き離すことは可能だ。だがそのためにはまずやらなければならないことがある。神秘の障害を廃止、娘を落ち着かせること。
「ミナサン、突入シマスヨオオオオオオオオ!」
片言でしゃべりながら『夢喰らいの怪道化』テイパー・ヘイト・ラーフ(CL2000354)が扉を勢いよく開ける。わざとなのかまっすぐ立つことのないテイパーだが、それでも他の覚者と変わりない速度で現場に向かう。その奇異さに、蜘蛛を連想させられる。
(破綻者の姿、確認)
『鴟梟』谷崎・結唯(CL2000305)は無表情に『敵』の姿を確認する。家庭の事情や不幸など知ったことではない。世間に負けたクズがどうなろうが、結唯には関わり合いのないことだ。即座に娘を伏し、そして治療班のもとに送る。それだけだ。
「なんだ……!? 借金取りの仲間か! 千鶴、あいつらもやっちまえ!」
突然の乱入者に慌てふためく父親。娘に命令し、追い出すように言う。娘は源素の力を振り絞り、覚者と相対した。過剰にあふれる源素の力。それが彼女の体を蝕んでいる。
開幕を告げる鐘は何だったのか。気が付けば覚者と破綻者はその力を振るい、激突していた。
●
「流れる水の衣よ……纏いて汝を守らん」
アニスは経典を開き、数多のページが宙を舞う。言葉や宙を舞うページともに源素を操るアニス。透明度の高い清らかな水。それを衣にして仲間に纏わせた。破綻者とはいえ、その衣を貫くことは容易ではないだろう。
初めての戦い。ピリピリした戦場の空気に気おされながら、しかし臆することなく立つアニス。負けてられない。源素の暴走に耐え、父の暴力に耐え。そんな千鶴を助ける為に負けるわけにはいかない。
「待っていてください、千鶴さん。今、助けてあげますから」
「……? 助けなんていらないよ。おねえちゃんもお父さんのことを悪く言う人なの?」
「お父さんは本当はいい人なんですよね、わかってますわ」
千鶴に向かい語り掛ける咲。だがその言葉はむしろ父親に向けて語られていた。父を褒められて笑顔を見せる千鶴と、自分の罪を抉られたように苦渋の表情を見せる父親。それを見て、咲は言葉をつづける。父親に向けて、一言。
「このままだと千鶴ちゃんが奥さんと同じようにいなくなってしまうけれどいいのかしら?」
「どういうことだ……!? まさかお前たち千鶴を誘拐……!」
「ふざけないで。自分でもわかってるんでしょう」
咲の一言に父親は泣きそうな顔をする。喪失に対する恐怖。本当にわかりやすい、と咲は心の中でため息をついた。
「パパ上ハ私ト遊ブンデェエスヨッ!」
両手両足を広げ、驚かすように父親に躍りかかるテイパー。覚醒し、両腕と両脚が刃物となる。蜘蛛のように壁を這うようにして迫り、常人ではありえないほどの手足の柔軟さを見せつけるようにしながら、父親に迫っていく。
腕の刃で近くのモノを切り裂きながら、父親に恐怖を刻み、刃を近づける。その体を機の因子の力により硬化させ、人ではない部分を見せつけるようにしながら、恐怖と暴力で父親を拉致しようとする。
「や、やめろ! お前たち何者なんだ!?」
「一緒ニ外デ遊ブンデスヨオオオオオ!」
「落ち着け。これじゃあ本当に誘拐だ」
過剰に驚かすテイパーを宥めるようにともやが口を挟む。銃とナイフは持っているが、それで父親を脅すつもりは毛頭ない。できるだけ穏便に決着をつけたいが、父親はパニックを起こして喚き続けているため、完全非暴力では難しいだろう。
自分の『前』の存在の力を借りて、身体を強化する。喚き続ける父親の瞳をじっと見た。無言の圧力。それは幾多の戦場を歩んできた傭兵の気迫。大声を出しても動かぬ大岩の如く。いつしか無力感を感じた父親は、少しずつ言葉数が少なくなる。
「破綻者の方は任せたぞ」
「お父さんを連れて行かないで!」
「悪いな千鶴ちゃん。今は止めさせてもらうよ」
テイパーとともやが父親を部屋の外に連れていくのを見て、悲痛な声をあげる千鶴。その前に立ちふさがるように仁が立つ。千鶴の姿に。兄の姿が重なる。破綻者となった覚者。強く拳を握り、まっすぐに千鶴を見た。まだ、間に合う。
仁を押しのけようとする千鶴の手。土に何かを突き刺すように、仁は腰を深く下した。大地の防護力を得て破綻者の攻撃に耐える。攻撃はしない。仲間を信じて守り抜く。傷ついていく千鶴に耐えかねて、仁は口を開いた。
「仕方ないとはいえ、つらいもんだな。一度倒さなきゃいけないなんて」
「子供を殴って誤った道から目を覚まさせるのは父親の役割、なんでしょうけどね」
仁の言葉に肩をすくめる初花。いろいろ思うことはあるが、今はそれを嘆く暇はない。迅速に千鶴の体力を奪うことが望まれるのなら、可能な限り攻撃を仕掛けたほうがいい。長引かせて得することは何もないのだ。初花はそう判断した。
腕を振るうと、その手には緑色の鞭。植物の蔓を源素の力で伸ばし、鞭状にしたのだ。しなやかで、それでいて頑丈なそれを千鶴に向かって振り下ろす。鞭は空気を切って飛び、千鶴の肩を打ち据える。
「ああもう、どこも父親ってのは似たようなものなのかね。勝手に子供の道を決めて」
(……別段珍しいことではない。ああいうクズはどの時代にでもいる)
無言で息を吐いて肺の中の空気を吐き出す結唯。社会の暗部を見ている結唯からすれば、もっとひどいケーズがあることも知っている。どうあれ東父娘の家庭の事情は結唯からすれば心に留めておくことではない。仕事をこなすのみ。冷徹に相手を追い詰める。
数多の龍を切ったとされる刀を抜く。サングラスの奥から千鶴を見据え、その動きを予測する。刀を肩に構え、体をひねるように力を込めた。突き出される刀と同時に『気』の塊が打ち出される。千鶴ごと貫くような、細く鋭い一撃。
「まだ動くかしぶといな」
「治療の為に無力化が必要って分かってはいるのですが、かなり精神に来ますね」
覚者の攻撃で傷つく千鶴を見て、有為は陰鬱な表情を浮かべる。心の中で炎を燃やし、その熱で体の動きを加速する。千鶴に攻撃をするのは気乗りしないが、それでもやらなければならないのは事実なのだ。
覚醒し脚部に誘導した『Ξ式弾斧「オルペウス」』が地を飛ぶ。低く低空で振るわれた刃は、跳ね上がるような軌跡で千鶴の体に傷をつけた。……傷つく千鶴の姿に、冷静であろうと有為は自らを律しようとする。
「手遅れになる前に、救わなくては」
それは暴走する破綻者の解除という意味もでもあり、ろくでなしの父から救うという意味でもある。
戦いは、それぞれの思いを込めて加速していく。
●
「人並ミ以下ナノニ王様気分、見苦シイデスヨゥ!」
テイパーは父親の心を折るために嗤いながら語り掛ける。自分がいかに惨めな存在であるかを突きつけ、笑い飛ばす。そうすることで父親に現実を直視させて、心を折ろうとする。
「だ、黙れ! お前らに何がわかる!」
テイパーの言葉ををかたくなに拒否する父親。そんなことはわかっている、とばかりに首を振った。
「東清彦、俺達はお前の味方ではない。お前が飢えようが借金の末に殺されようが知った事ではない」
ともやは静かに父親に言う。事実、ともやは彼がどうなろうがどうでもいい。
「だが、お前の娘は違う。例えお前が道を間違えたとしても、助けてくれるたった一人の味方みたいだぞ。でもどんなに強くたって、まだ十歳の子供だぞ」
「う……」
千鶴のことを出されると、父も思うところがあるのか押し黙る。その優しさに甘えている自覚はあるようだ。
千鶴の攻撃は父に向かっての移動を阻む前衛に集中する。
だがその攻撃は仁の土の壁やアニスの水の衣で阻まれ、致命的なダメージには至らない。積み重なったダメージもアニスが癒すため、覚者撃破には程遠い。
だが、覚者の心配は初めから戦闘の勝ち負けにはなかった。
千鶴をいかに救うか。彼らの心はそこに向けられていた。
「姿、醜くなんかないよ。その尻尾、可愛いじゃないさ」
初花は優しく千鶴に話しかける。父親に否定された自分。それが覚者の力を押さえ込むことになり、結果彼女は破綻者となった。それを解きほぐすように声をかける。
「痛かったんだろう? 苦しかったんだろう? お母さんがいなくなって、自分がお父さんを守らないとって思ってたんだろう?」
「……っ!」
初花の言葉に涙を流す千鶴。畳みかけるように有為が言葉をつづける。
「お父さんが、大事なんですね」
父のために耐え、父のために戦い。千鶴が父を大事に思っていることは明白だ。だからこそ、有為は決意する。
「だからといってお父さんの言う事だけ聞いていればいい訳ではありません。今のままでは、二人で孤立してしまいます」
だから変えてみせる。二人の関係が良くあるように。
「大丈夫ですよ千鶴ちゃん。きっとお父さんは少し疲れちゃってるんです」
アニスが仲間を回復させながら語りかける。父親の所業は許せることではないが、同情の余地はある。
「疲れてお腹がすいて心がとっても弱ってるのです。私たちがきっと助け出しますから……今はひと時眠ってください」
「お父さんも今、千鶴ちゃんみたいに自分の弱虫と戦っているの」
咲は優しくほほ笑み千鶴に言う。暴力に耐えるだけの子。暴力を振るう親。共に互いの心を理解しようとする心が疲弊している。その弱い心と相対しなくてはいけない。
(親の心子知らず。子の心親知らず。この二人は何を想うのかしら?)
互いの心を知れば、関係も変わるかもしれない。
「千鶴ちゃん、偉いね。この力でお父さん護ろうとしたんだよな」
仁が千鶴の攻撃を受けながら千鶴を褒める。土行の術を使い暴力を振るう父を攻撃するのではなく、防御の術を得た千鶴。その心を褒めてやらなくては。だが、
「だからこそ……その力の使い方を間違えちゃ駄目だ。このままじゃ君は止まらなくなる。君が君でなくなってしまう……」
「その力はお前自身だ」
暴走する破綻者の力を前に、結唯が告げる。父を愛し、言いなりになる千鶴。それではだめだ。自ら力を制御しなければ。
「力に怯えるな。落ち着いて自分を見つめる事だ」
結唯の『小龍影光』が千鶴に振るわれる。刀の軌跡のままに斬撃が飛んだ。乱戦の隙を縫うように斬撃は飛び、千鶴の肩をを打ち据える。その一撃、数多の龍を葬った一筋の光也。結果など見るまでもない、とばかりに結唯は刀を鞘に納める。
「……あ」
納刀の音が収まると同時。人形の糸が切れたかのように、千鶴は地面に倒れ伏した。
●
気を失った千鶴を、外で待たせてある治療班の元に搬送する。問題ない、という治療班の言葉に安堵し、力を抜く覚者たち。
さて後は、と覚者達は父親の方を振り向いた。そもそもの原因はこの男の家庭内暴力である。ここをどうにかしないと元の木阿弥だ。
真っ先に却下されたのは、父親に仕事を紹介しようとした結唯だ。
「どんな仕事かだと? 知らない方がいい」
とりあえず真っ当な仕事ではなさそうなので、何も聞かずに却下した。
「ココデパパ上ノ命ヲ絶ッタ方ガ、解決ニナルト思イマスガネェ!」
刃物を構えて言うテイパーの意見も、却下された。隙あらば父親の首を刎ねようとチラチラ視線を向けるのは、演技なのか本気なのか。
「流石に殺すのは反対だが、これぐらいはさせてもらうぜ!」
仁が父親の顔に拳を叩きこむ。源素を乗せないただの拳。その一撃でしりもちをつく父親に怒りの言葉を告げる仁。
「血を分けた家族を……娘を道具扱いしてんじゃねぇよ! あの子が最後なんじゃないのかよ。アンタにとっての家族は、アンタに愛を向けてくれてるのは」
「清彦さん、本当に娘さんが大事ではないのですか? 奥様より賜ったただ一つの命なのに。千鶴さんはあなたに好かれる為に、自分は傷ついてもいいとさえ思ってるのに……」
手こそ出さないが、アニスも父親に向けて怒りの言葉を投げかける。拳の一撃よりも、その言葉一つ一つの方が痛い、とばかりに顔を歪める父親。
「貴方にその気があるのなら、千鶴ちゃんを五十万円で買取ますよ。あんな役にも立たない化物をこれからも養っていけるのですか?」
倒れている父親に囁く咲。五十万円というお金自体には心動いたが、流石に首を縦に振ることはなかった。腐っていても、そこは手放せないのか。
(共依存ですわね)
咲は東父娘をそう判断する。娘は唯一の親に依存し、父は慕う娘に依存する。この距離を一度崩す必要はある。
「現実的な問題として、父親の収入がありますね。東家には後がない」
反省する父親を見て、ともやは腕を組む。借金取りが迫ってくる生活は、確実に千鶴の心の負担になる。父親が経済的に自立できればいいのだが、さしあたっての資金は必要になるだろう。少なくとも借金取りを納得させる程度には。
「FiVEの多くの人のように彼女に手伝ってもらい、当面の生活面の工面をするというのはどうでしょうか?」
一時的な収益として有為が提案する。確認を取ったところ、FiVEとしても破綻者だった者のデータが取れる為、千鶴がFiVEに来るのは問題ないようだ。父親の収入が安定すれば、千鶴も家に戻ってもいいだろう。
その辺りが落としどころか、と覚者たちは頷いた。破綻者の治療のと研究という名目で千鶴をFiVEに入れる。そこで得た補助金を東家の一時的な生活費に充てる。就職後に給与から補助金を分割で返還する形となった。
あくまで一時的、そして返金の目途があるからできることだ。FiVEの財布事情を考えれば、多用はできない。
「わかって入ると思いますが、仕事に就かずに賭け事に走ったのなら、この援助は打ち切ります。保護の意味も含めて、千鶴さんはこちらで引き取りますので」
念を押すともやの言葉に必死で頷く父親。自分の所業が原因で娘が暴走した、といわれたのだ。さすがに生活を改めるだろう。
かくして破綻者の治療も兼ねて、千鶴はいったんFiVEで預かることとなった。流石に父親にFiVEのことをいうわけにはいかないので、治療先は誤魔化してはいるが。
「頑張った。アンタはよく頑張った。偉い偉い。でも、頑張るのは、もう終わり。
言ってみな? 本当はお父さんに……どうしてほしい?」
「お父さんと一緒に……動物園に行きたい。お猿さんも可愛いって……」
治療中の千鶴に初花が問いかける。帰ってきた答えは、年齢相応の望みだった。
後に東父娘を動物園で見ることになるが、それは別の話――
「ひどいです……大の大人が子供を……道具みたいに利用して……」
怒りで言葉がない、とばかりに『女子高生訓練中』神城 アニス(CL2000023)は眉を顰める。暴力の毎日ですり減っていく娘の心。それも破綻者になった要因かもしれないのだ。そう思うとやるせなくなる。
(……これは仕事これは仕事、あまり私情を持ちこまないように、冷静に……)
仕事の内容を思い返しながら、宝生 初花(CL2000102)は無言で自分に言い聞かせる。娘につらく当たる父親。ケースこそ違えど、初花と境遇は似ている。あるいは第三者から見れば、自分もこうだったのだろうか? そこまで思い、気持ちを戻す。これは仕事。
「まったく……胸糞悪い」
『犬小屋の野獣』藤堂 仁(CL2000921)は拳を握って東父娘の境遇の感想を口にする。父親を一発殴ってやりたいが、それは後だ。最優先で助けなければならないのは娘の方。迅速な処置が求められるのだ。憤りを胸の奥にしまい、今は走る。
「父親がどういう人物か、手に取るようにわかりますわ」
夢見の説明とレポートから、藤 咲(CL2000280)は父親の性格を見抜いていた。内弁慶で無計画。場当たり的に生活し、自分は悪くないと逃げる臆病者。ならば、と問題解決のためにどう言えばいいかを考え、そして頷いた。
「転がり落ちる前はいい父親だったのかもしれませんね」
『アイティオトミア』氷門・有為(CL2000042)は一縷の望みにすがるように父親を擁護する。妻を失い、転がり落ちる人生。今の父が決していい親とは言えない。それでも更生の余地はあるのではないか。そんな希望を胸に抱く。
「こういうケースは児童相談所に相談し施設に保護して貰うのが一番なのだろう」
冷静に判断を下す『傭兵』しまむら ともや(CL2001077)。周囲の証言を照らし合わせれば、父娘を引き離すことは可能だ。だがそのためにはまずやらなければならないことがある。神秘の障害を廃止、娘を落ち着かせること。
「ミナサン、突入シマスヨオオオオオオオオ!」
片言でしゃべりながら『夢喰らいの怪道化』テイパー・ヘイト・ラーフ(CL2000354)が扉を勢いよく開ける。わざとなのかまっすぐ立つことのないテイパーだが、それでも他の覚者と変わりない速度で現場に向かう。その奇異さに、蜘蛛を連想させられる。
(破綻者の姿、確認)
『鴟梟』谷崎・結唯(CL2000305)は無表情に『敵』の姿を確認する。家庭の事情や不幸など知ったことではない。世間に負けたクズがどうなろうが、結唯には関わり合いのないことだ。即座に娘を伏し、そして治療班のもとに送る。それだけだ。
「なんだ……!? 借金取りの仲間か! 千鶴、あいつらもやっちまえ!」
突然の乱入者に慌てふためく父親。娘に命令し、追い出すように言う。娘は源素の力を振り絞り、覚者と相対した。過剰にあふれる源素の力。それが彼女の体を蝕んでいる。
開幕を告げる鐘は何だったのか。気が付けば覚者と破綻者はその力を振るい、激突していた。
●
「流れる水の衣よ……纏いて汝を守らん」
アニスは経典を開き、数多のページが宙を舞う。言葉や宙を舞うページともに源素を操るアニス。透明度の高い清らかな水。それを衣にして仲間に纏わせた。破綻者とはいえ、その衣を貫くことは容易ではないだろう。
初めての戦い。ピリピリした戦場の空気に気おされながら、しかし臆することなく立つアニス。負けてられない。源素の暴走に耐え、父の暴力に耐え。そんな千鶴を助ける為に負けるわけにはいかない。
「待っていてください、千鶴さん。今、助けてあげますから」
「……? 助けなんていらないよ。おねえちゃんもお父さんのことを悪く言う人なの?」
「お父さんは本当はいい人なんですよね、わかってますわ」
千鶴に向かい語り掛ける咲。だがその言葉はむしろ父親に向けて語られていた。父を褒められて笑顔を見せる千鶴と、自分の罪を抉られたように苦渋の表情を見せる父親。それを見て、咲は言葉をつづける。父親に向けて、一言。
「このままだと千鶴ちゃんが奥さんと同じようにいなくなってしまうけれどいいのかしら?」
「どういうことだ……!? まさかお前たち千鶴を誘拐……!」
「ふざけないで。自分でもわかってるんでしょう」
咲の一言に父親は泣きそうな顔をする。喪失に対する恐怖。本当にわかりやすい、と咲は心の中でため息をついた。
「パパ上ハ私ト遊ブンデェエスヨッ!」
両手両足を広げ、驚かすように父親に躍りかかるテイパー。覚醒し、両腕と両脚が刃物となる。蜘蛛のように壁を這うようにして迫り、常人ではありえないほどの手足の柔軟さを見せつけるようにしながら、父親に迫っていく。
腕の刃で近くのモノを切り裂きながら、父親に恐怖を刻み、刃を近づける。その体を機の因子の力により硬化させ、人ではない部分を見せつけるようにしながら、恐怖と暴力で父親を拉致しようとする。
「や、やめろ! お前たち何者なんだ!?」
「一緒ニ外デ遊ブンデスヨオオオオオ!」
「落ち着け。これじゃあ本当に誘拐だ」
過剰に驚かすテイパーを宥めるようにともやが口を挟む。銃とナイフは持っているが、それで父親を脅すつもりは毛頭ない。できるだけ穏便に決着をつけたいが、父親はパニックを起こして喚き続けているため、完全非暴力では難しいだろう。
自分の『前』の存在の力を借りて、身体を強化する。喚き続ける父親の瞳をじっと見た。無言の圧力。それは幾多の戦場を歩んできた傭兵の気迫。大声を出しても動かぬ大岩の如く。いつしか無力感を感じた父親は、少しずつ言葉数が少なくなる。
「破綻者の方は任せたぞ」
「お父さんを連れて行かないで!」
「悪いな千鶴ちゃん。今は止めさせてもらうよ」
テイパーとともやが父親を部屋の外に連れていくのを見て、悲痛な声をあげる千鶴。その前に立ちふさがるように仁が立つ。千鶴の姿に。兄の姿が重なる。破綻者となった覚者。強く拳を握り、まっすぐに千鶴を見た。まだ、間に合う。
仁を押しのけようとする千鶴の手。土に何かを突き刺すように、仁は腰を深く下した。大地の防護力を得て破綻者の攻撃に耐える。攻撃はしない。仲間を信じて守り抜く。傷ついていく千鶴に耐えかねて、仁は口を開いた。
「仕方ないとはいえ、つらいもんだな。一度倒さなきゃいけないなんて」
「子供を殴って誤った道から目を覚まさせるのは父親の役割、なんでしょうけどね」
仁の言葉に肩をすくめる初花。いろいろ思うことはあるが、今はそれを嘆く暇はない。迅速に千鶴の体力を奪うことが望まれるのなら、可能な限り攻撃を仕掛けたほうがいい。長引かせて得することは何もないのだ。初花はそう判断した。
腕を振るうと、その手には緑色の鞭。植物の蔓を源素の力で伸ばし、鞭状にしたのだ。しなやかで、それでいて頑丈なそれを千鶴に向かって振り下ろす。鞭は空気を切って飛び、千鶴の肩を打ち据える。
「ああもう、どこも父親ってのは似たようなものなのかね。勝手に子供の道を決めて」
(……別段珍しいことではない。ああいうクズはどの時代にでもいる)
無言で息を吐いて肺の中の空気を吐き出す結唯。社会の暗部を見ている結唯からすれば、もっとひどいケーズがあることも知っている。どうあれ東父娘の家庭の事情は結唯からすれば心に留めておくことではない。仕事をこなすのみ。冷徹に相手を追い詰める。
数多の龍を切ったとされる刀を抜く。サングラスの奥から千鶴を見据え、その動きを予測する。刀を肩に構え、体をひねるように力を込めた。突き出される刀と同時に『気』の塊が打ち出される。千鶴ごと貫くような、細く鋭い一撃。
「まだ動くかしぶといな」
「治療の為に無力化が必要って分かってはいるのですが、かなり精神に来ますね」
覚者の攻撃で傷つく千鶴を見て、有為は陰鬱な表情を浮かべる。心の中で炎を燃やし、その熱で体の動きを加速する。千鶴に攻撃をするのは気乗りしないが、それでもやらなければならないのは事実なのだ。
覚醒し脚部に誘導した『Ξ式弾斧「オルペウス」』が地を飛ぶ。低く低空で振るわれた刃は、跳ね上がるような軌跡で千鶴の体に傷をつけた。……傷つく千鶴の姿に、冷静であろうと有為は自らを律しようとする。
「手遅れになる前に、救わなくては」
それは暴走する破綻者の解除という意味もでもあり、ろくでなしの父から救うという意味でもある。
戦いは、それぞれの思いを込めて加速していく。
●
「人並ミ以下ナノニ王様気分、見苦シイデスヨゥ!」
テイパーは父親の心を折るために嗤いながら語り掛ける。自分がいかに惨めな存在であるかを突きつけ、笑い飛ばす。そうすることで父親に現実を直視させて、心を折ろうとする。
「だ、黙れ! お前らに何がわかる!」
テイパーの言葉ををかたくなに拒否する父親。そんなことはわかっている、とばかりに首を振った。
「東清彦、俺達はお前の味方ではない。お前が飢えようが借金の末に殺されようが知った事ではない」
ともやは静かに父親に言う。事実、ともやは彼がどうなろうがどうでもいい。
「だが、お前の娘は違う。例えお前が道を間違えたとしても、助けてくれるたった一人の味方みたいだぞ。でもどんなに強くたって、まだ十歳の子供だぞ」
「う……」
千鶴のことを出されると、父も思うところがあるのか押し黙る。その優しさに甘えている自覚はあるようだ。
千鶴の攻撃は父に向かっての移動を阻む前衛に集中する。
だがその攻撃は仁の土の壁やアニスの水の衣で阻まれ、致命的なダメージには至らない。積み重なったダメージもアニスが癒すため、覚者撃破には程遠い。
だが、覚者の心配は初めから戦闘の勝ち負けにはなかった。
千鶴をいかに救うか。彼らの心はそこに向けられていた。
「姿、醜くなんかないよ。その尻尾、可愛いじゃないさ」
初花は優しく千鶴に話しかける。父親に否定された自分。それが覚者の力を押さえ込むことになり、結果彼女は破綻者となった。それを解きほぐすように声をかける。
「痛かったんだろう? 苦しかったんだろう? お母さんがいなくなって、自分がお父さんを守らないとって思ってたんだろう?」
「……っ!」
初花の言葉に涙を流す千鶴。畳みかけるように有為が言葉をつづける。
「お父さんが、大事なんですね」
父のために耐え、父のために戦い。千鶴が父を大事に思っていることは明白だ。だからこそ、有為は決意する。
「だからといってお父さんの言う事だけ聞いていればいい訳ではありません。今のままでは、二人で孤立してしまいます」
だから変えてみせる。二人の関係が良くあるように。
「大丈夫ですよ千鶴ちゃん。きっとお父さんは少し疲れちゃってるんです」
アニスが仲間を回復させながら語りかける。父親の所業は許せることではないが、同情の余地はある。
「疲れてお腹がすいて心がとっても弱ってるのです。私たちがきっと助け出しますから……今はひと時眠ってください」
「お父さんも今、千鶴ちゃんみたいに自分の弱虫と戦っているの」
咲は優しくほほ笑み千鶴に言う。暴力に耐えるだけの子。暴力を振るう親。共に互いの心を理解しようとする心が疲弊している。その弱い心と相対しなくてはいけない。
(親の心子知らず。子の心親知らず。この二人は何を想うのかしら?)
互いの心を知れば、関係も変わるかもしれない。
「千鶴ちゃん、偉いね。この力でお父さん護ろうとしたんだよな」
仁が千鶴の攻撃を受けながら千鶴を褒める。土行の術を使い暴力を振るう父を攻撃するのではなく、防御の術を得た千鶴。その心を褒めてやらなくては。だが、
「だからこそ……その力の使い方を間違えちゃ駄目だ。このままじゃ君は止まらなくなる。君が君でなくなってしまう……」
「その力はお前自身だ」
暴走する破綻者の力を前に、結唯が告げる。父を愛し、言いなりになる千鶴。それではだめだ。自ら力を制御しなければ。
「力に怯えるな。落ち着いて自分を見つめる事だ」
結唯の『小龍影光』が千鶴に振るわれる。刀の軌跡のままに斬撃が飛んだ。乱戦の隙を縫うように斬撃は飛び、千鶴の肩をを打ち据える。その一撃、数多の龍を葬った一筋の光也。結果など見るまでもない、とばかりに結唯は刀を鞘に納める。
「……あ」
納刀の音が収まると同時。人形の糸が切れたかのように、千鶴は地面に倒れ伏した。
●
気を失った千鶴を、外で待たせてある治療班の元に搬送する。問題ない、という治療班の言葉に安堵し、力を抜く覚者たち。
さて後は、と覚者達は父親の方を振り向いた。そもそもの原因はこの男の家庭内暴力である。ここをどうにかしないと元の木阿弥だ。
真っ先に却下されたのは、父親に仕事を紹介しようとした結唯だ。
「どんな仕事かだと? 知らない方がいい」
とりあえず真っ当な仕事ではなさそうなので、何も聞かずに却下した。
「ココデパパ上ノ命ヲ絶ッタ方ガ、解決ニナルト思イマスガネェ!」
刃物を構えて言うテイパーの意見も、却下された。隙あらば父親の首を刎ねようとチラチラ視線を向けるのは、演技なのか本気なのか。
「流石に殺すのは反対だが、これぐらいはさせてもらうぜ!」
仁が父親の顔に拳を叩きこむ。源素を乗せないただの拳。その一撃でしりもちをつく父親に怒りの言葉を告げる仁。
「血を分けた家族を……娘を道具扱いしてんじゃねぇよ! あの子が最後なんじゃないのかよ。アンタにとっての家族は、アンタに愛を向けてくれてるのは」
「清彦さん、本当に娘さんが大事ではないのですか? 奥様より賜ったただ一つの命なのに。千鶴さんはあなたに好かれる為に、自分は傷ついてもいいとさえ思ってるのに……」
手こそ出さないが、アニスも父親に向けて怒りの言葉を投げかける。拳の一撃よりも、その言葉一つ一つの方が痛い、とばかりに顔を歪める父親。
「貴方にその気があるのなら、千鶴ちゃんを五十万円で買取ますよ。あんな役にも立たない化物をこれからも養っていけるのですか?」
倒れている父親に囁く咲。五十万円というお金自体には心動いたが、流石に首を縦に振ることはなかった。腐っていても、そこは手放せないのか。
(共依存ですわね)
咲は東父娘をそう判断する。娘は唯一の親に依存し、父は慕う娘に依存する。この距離を一度崩す必要はある。
「現実的な問題として、父親の収入がありますね。東家には後がない」
反省する父親を見て、ともやは腕を組む。借金取りが迫ってくる生活は、確実に千鶴の心の負担になる。父親が経済的に自立できればいいのだが、さしあたっての資金は必要になるだろう。少なくとも借金取りを納得させる程度には。
「FiVEの多くの人のように彼女に手伝ってもらい、当面の生活面の工面をするというのはどうでしょうか?」
一時的な収益として有為が提案する。確認を取ったところ、FiVEとしても破綻者だった者のデータが取れる為、千鶴がFiVEに来るのは問題ないようだ。父親の収入が安定すれば、千鶴も家に戻ってもいいだろう。
その辺りが落としどころか、と覚者たちは頷いた。破綻者の治療のと研究という名目で千鶴をFiVEに入れる。そこで得た補助金を東家の一時的な生活費に充てる。就職後に給与から補助金を分割で返還する形となった。
あくまで一時的、そして返金の目途があるからできることだ。FiVEの財布事情を考えれば、多用はできない。
「わかって入ると思いますが、仕事に就かずに賭け事に走ったのなら、この援助は打ち切ります。保護の意味も含めて、千鶴さんはこちらで引き取りますので」
念を押すともやの言葉に必死で頷く父親。自分の所業が原因で娘が暴走した、といわれたのだ。さすがに生活を改めるだろう。
かくして破綻者の治療も兼ねて、千鶴はいったんFiVEで預かることとなった。流石に父親にFiVEのことをいうわけにはいかないので、治療先は誤魔化してはいるが。
「頑張った。アンタはよく頑張った。偉い偉い。でも、頑張るのは、もう終わり。
言ってみな? 本当はお父さんに……どうしてほしい?」
「お父さんと一緒に……動物園に行きたい。お猿さんも可愛いって……」
治療中の千鶴に初花が問いかける。帰ってきた答えは、年齢相応の望みだった。
後に東父娘を動物園で見ることになるが、それは別の話――
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし








