枯れ尾花は散らない
枯れ尾花は散らない


●飢餓
 その裏山には鬱蒼と茂る雑木林の他に何もなかった。
 何もないはずだった。しかしその物々しい雰囲気ゆえに、一つの噂が根付くことになった。
 幽霊が出る、と。
 肝試しに最適のスポットとして広まるのは、自然な成り行きであった。
 その夜も、十代の少年達がその裏山を訪れていた。
「それじゃ、一人ずつ往復な!」
 ルールは単純で、昼の間に置いておいたマッチ棒を取ってくるというものだ。
「へっ、幽霊なんかいるかよ」
 調子よく出発した少年だったが、山道を進んでいくうちに、次第に恐怖心が芽生え始めた。
「いるわけないっての……」
 懐中電灯の他に明かりはなく、四方の陰から今にも物の怪が飛び出してきそうな気配があった。枝葉のざわめきもどことなく不気味に聴こえる。疑心暗鬼だと頭では分かっていても、薄ら寒い空気に触れている肌の感覚が理性的な思考を許してくれなかった。
 それでも何とか中盤まで辿り着いた時。
 かしゃりと、どこかで物音がした。
 少年は驚き、ライトを手当たり次第に向ける。
「な、なんだ。おどかすなよ」
 胸を撫で下ろす。いたのは、小さな野兎だった。
 ただ、発見してすぐは気付かなかった。そこに紛れた異常に。
 安堵で取り戻した平常心が、皮肉にも彼を苛める。
 野兎の足元には拉げた枯れ草が転がっていた。奇怪なのはその周囲に穴が穿たれていること、そして、鮮血が散っていることだ。
 次の瞬間。
 黒円は野兎をその内側に収めて、縦に折り重なって閉じた。それは、獣が獲物の肉を噛み千切るのと、全く同じ挙動だった。
「う、ああっ……!」
 少年の指から懐中電灯が零れ落ちた。
 野兎が無慈悲に喰われている。これは穴ではなく、何者かの口だ。
「はぁ、はぁは、はっ……!」
 息が荒くなる。怖い。恐ろしい。動悸が止まらない。逃げよう、逃げよう。この場にはいられない。
 意を決して走り出す。足がもつれて何度も転び、その度に立ち上がり、逃げ惑う小鹿のような姿勢で走る。
 走る。
 走って――
 
 かしゃり。

 少年はその音を、自分のすぐ真下で聴いた。

●花弁
「この山、聞いたことあるだろ? ほら、肝試しで有名な。ここに妖の気配があるんだ。幽霊なんかよりよっぽど厄介な話だぜ」
 久方 相馬(nCL2000004)は『念写』を用いてスクリーン上に投影した夢の内容を、覚者達に見せながら言った。
「だけどまあ心霊系の妖だから、ある意味幽霊で合ってるかもな。こういうの嘘から出た真って言うんだっけか」
 夢見は続ける。
「心霊といっても、人とかじゃなくて、なんと枯れた花の霊。残留思念ってやつ」
 相馬が全容を念写してみせる。妖は口だけが特出した形態をしていて、一般的に連想される幽霊とはかなり意趣が異なる。無論、咲き誇る花の美しい姿とも。
「普段は地中に潜っていて、夜誰かが枯れ草を踏むとそれを察知して襲いかかるんだけど、ただの草じゃなくて、『元々霊魂が収まっていた枯れ草』が踏まれた時にしか反応しない……というより、出来ないらしくてさ」
 要は切り離された死骸である。それを踏むと現れるとのことだ。とはいえ大量に植物片の転がる山道、狙って踏むことは難儀だろう。
「表に出てこないことには始まらないから、まずは誘い出す必要があるんだが、歩き回るしかないかな……地道に」
 うんうん唸る相馬。頭脳労働はあまり得意ではない。
「とにかく、皆の力で解決してきて欲しいんだ。頼んだぜ!」
 親指を立てて仲間の健闘を祈る相馬。
 それから最後に、ふと思い出したように。
「そういやこの山、本当は進入禁止なんだぜ? 自然保護区域だって。だのに人がほいほい出入りしてたら、そりゃあ、踏みにじられて枯れる花も出てくるよな――」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:深鷹
■成功条件
1.妖の全滅
2.なし
3.なし
 OPを御覧頂きありがとうございます。
 以下が詳細になります。

●目的
 ★妖4体の討伐

●地理について
 ★五麟市外、裏山
 おどろおどろしい雰囲気のある林間地帯です。
 一応道らしきものはあり、そこが肝試しスポットとして評判になっているようです。全長は300mほど。道幅は3mと狭いです。
 その中間部、距離にして約60mの範囲に渡って妖の出現が確認されています。
 雑草を踏み締めて出来た獣道のような場所を歩いていくため、足場はよろしくないです。命中回避に若干のマイナス修正が掛かります。ただし飛行する場合はその限りではありません。
 脇の雑木林の中に入ることも可能ですが、命中回避のマイナスは大きくなります。
 妖は夜間にのみ地表に出てくるため、作戦実行は夜が深まってから(21:00~3:00)となります。
 その時間帯でも肝試し目当てに一般人が来る可能性はあります。

●敵について
 ★妖(心霊系) ×4
 枯れてしまった草花の怨念が生命力を妖となったものです。
 あるのは頭部だけで胴体を持ちません。極端に発達した口を除いた感覚器官は非常に小さく、ぱっと見の外観はハエトリグサのような形状です。
 霊魂がベースですので物理属性の攻撃を半減します。
 総じてランク1。

 ※注釈
 妖は行動で『移動』を選択した際にランダムで出現します。飛行中はこの判定が行われません。
 『移動』のみ選択時は他の行動を交えた場合よりも高い確率で出現させられます。
 妖は出現と同時に一度だけ特殊な判定の攻撃を行います。具体的に言うと通常の回避判定の他、一部非戦スキルの使い方次第で回避することが出来ます。
 ただし、この時の攻撃は味方ガードの対象になりませんので、ご注意ください。

 『かじりつき』 (物/近/単)
 『奇襲』 (物/近/単/出血) ※出現時限定



 それではご参加お待ちしております。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(3モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2015年09月05日

■メイン参加者 8人■

『風に舞う花』
風織 紡(CL2000764)
『時の賢者』
小矢尻 トメ(CL2000264)
『獣の一矢』
鳴神 零(CL2000669)
『研究所職員』
紅崎・誡女(CL2000750)
『偽弱者(はすらー)』
橡・槐(CL2000732)

●さざめきの林野
 日を浴びた葉の影が草叢に点々と落ちていた。
 照りつけるような灼熱の日差しも、この地には満足に届かない。生い茂る葉の天然の城砦に遮られ、仄暗い斑模様の影が浮かんでいる。昼間だというのに雑木林内の独特の物々しさは健在であった。
 踏み締めた草地を少年達が意気揚々と歩んでいる。
 誰が一番度胸があるか、決めよう。
 それは他愛もない思いつきだった。浅慮であるとの自覚もなく。そこには少年らしい無邪気さと、そして、後先を省みない危うさが同居していた。
 夜の本番に備えて準備に出掛けていた彼らであったが、ふと、道すがら人影を見かけた。
「ゆ、幽霊?」
 一人がぎょっとした声を上げたが、それにしてはやけにはっきりとした輪郭を持った、鬼の仮面を被った女性であった。背格好だけ見れば自分達と然程変わらない年頃に見えたが、その面妖な出で立ちゆえに神妙な威圧感があった。自然と足を止め、緊張した面持ちになる。
「マッチ一本で山火事になるよ」
 女はさりげない一言を伝えた。しかしその忠告は彼らの心理を抉るには十分な一刺しだった。何故マッチを持参していることを知っているのだろう?
「そうなったら、学生のあんたたちにどう責任が取れるのかな」
 内申書にも響くね、と酷く現実的な嫌味も添えて、鬼女は仮面の奥でくすりと笑った。
「な、なんだよ。お前には関係ないだろ!」
 少年の一人が反駁した瞬間に、草木が一斉に揺れ始めた。がさがさと鳴り渡る葉擦れ音に少年達は驚き、そして得体の知れない恐怖を覚える。大地が怒りに震えているように思えた。アニミズムを信じていた訳ではなかったが、この状況に直面している今となってはそれが絵空事には思えなかった。
 ――悪童どもよ。
 どこからか重々しい声が聴こえた。
 明らかに幻聴ではない。鼓膜を大きく揺るがされた。地鳴りのように腹に沈む声音である。
 ――二度と山に立ち入るな、さもなくば命はない。
 冷徹な響きの警告に、誰かがひっ、と息を呑む声を漏らす。畏怖の念の率直な発露であった。脅しつけられた少年達は最早威勢を失い、皆して怯えた表情を浮かべている。
「うわあっ!」
 一人が堪らず背を向けると、置いてきぼりは嫌だとばかりに連鎖して次々と逃げ出していった。
 あらゆる雑音が絶えた。
 さざめきは止み、緩やかに静寂が広がる。
 平穏を取り戻した林道では、幾つもの木々の狭間で、鬼の仮面の女がくすくすと笑むのみであった。
 
「ちょいと、やりすぎだったかも知れねーです」
 一目散に裏山から避難していく少年達の後姿を見送った『鉄仮面の乙女』風織 紡(CL2000764)は少しだけ彼らに共感を覚えつつも、ざくり、と立て看板を獣道前に突き刺した。
「でも迷惑になっちゃいかんです。肝試し、ムギも好きですけどTPOってやつがあるのです」
 看板にはでかでかと『熊出没注意』の文字。
「こういうのは厳しめにやってあげたほうがいいのよ。甘やかしたらその子のためにもならないもの」
 ドレスに付いた雑草を払いながら道奥から出てきた『時の賢者』小矢尻 トメ(CL2000264)は紡の待つ入り口まで辿り着くと、小さな身体をうんと伸ばした。草木を揺らすために長時間物陰に潜んでいたので、こうして背伸びをすると気持ちが良かった。
「おお、そうだとも。きつい灸が必要じゃ。好奇心は猫のみならず、この土地まで殺しかねないからの」
 少し遅れて『木暮坂のご隠居』木暮坂 夜司(CL2000644)が顔を見せる。先程まで現の因子を以て山の神に扮していたのは他ならぬこの御老体である。今では少年の集団を圧倒していた威厳溢れる声色ではなく、軽やかな嗄れ声に戻っている。
「木暮坂さんお疲れ様。ふふ、迫真の演技だったわね」
「こちらこそご助力感謝しますぞ。トメさんの臨場感作りも中々であった」
 昼下がりの縁側といった雰囲気の年長者二人の会話の合間を縫うように、最後に『研究所職員』紅崎・誡女(CL2000750)が山道から戻ってきた。
「皆様お疲れ様です。調査報告をさせていただいてもよろしいでしょうか」
 彼女の周りをぱたぱたと飛ぶズィムィリクと意思を交わしながら続ける。
「守護使役の偵察によれば脇道は複数個所から伸びているそうですが、極度に足場が悪いため外部から不意の侵入が起きる恐れはなさそうです。無論、退路としても使えないということですが」
「ふむ。やはり妖には件の一本道で臨むしかないということかのう。水入りの心配はないというのはありがたいことじゃが」
 顎を摩る夜司。
「そうなりますね。とはいえ、皆無という保障もありませんので、念のため各方面を封鎖しておきました」
「それじゃ、ひとまず夜まで待機ね。お茶でも飲んで待ちましょ♪」
 トメは持参のティーセットを広げた。
 時間は緩やかに流れる。
「男同士で肝試しとか寂しい連中ですね。吊り橋効果の無駄遣いですよ。女連れのリア充集団だったらそれはそれでイラっときますけど」
 皮肉っぽい口振りの橡・槐(CL2000732)は手持ち無沙汰な様子で退屈そうにその場を車椅子で旋回していた。まだ陽は高い。妖討伐を決行する夜になるまでたっぷりと暇がある。ここからひたすら待つのも億劫だが、仕方あるまい、仕事だし、といったふうな顔をしている。
「仕方あるまい、仕事だし」
「いや声に出てるです」
「私は甘い蜜を啜るナマケモノとしてこの世に生を受けたというのに」
 車輪を空回りさせて暇を潰す槐。
「休むことも大事だよ。しかも休んでても仕事の一環だからお咎めなし。今こうしてだらだらやっている間にもあたしたちの時給は発生している。素晴らしいことじゃないか」
 一役終えた『お察しエンジェル』シャロン・ステイシー(CL2000736)は鬼の面を外し、その下に隠していた幼さの残る細面を覗かせている。彼女にとってはこれが覚者としての初仕事だが、感覚としては経験してきた派遣のアルバイトとそう変わらないようだった。
「そう言えば槐さん、山道に入っていった時より荷物減ってねーですか?」
「いやいやお気になさらず。色々と捗りそうでしたので」
 不思議がる紡に対して槐はくく、と不適な笑みを浮かべた。彼女しか知りえぬ愉悦があるらしい。

●夜の葬列
 日没を迎えてからの裏山はがらりとその様相を変えていた。
 昼の間はある種の神秘性と自然の秩序が感じられたが、そういった一切は深い夜闇と冷気に飲み込まれ、後には戦々恐々とした寒々しい気配だけが沈殿していた。
「どうして昼じゃないのぉぉ、どうして夜にこんな山道なのぉぉ!」
 連れている守護使役が灯す暖かみのある明かりを頼りに進む『裏切者』鳴神 零(CL2000669)の足取りは慎重も慎重だった。飯綱の面で表情は読み取れないが、相当に怖がっているらしい。自分の周囲を照らす守護使役、キッドの灯火のおかげでかろうじて平静を保てている。
「ああん、もう、キッドだけが癒しなんだからっ。キッドちゃんらぶ」
 時折頬擦りしながら進む。
「もち、しっかり辺りを照らすですよ」
 同じく竜系の守護使役を従える紡は、懐中電灯で自分自身でも光源を確保している。性格もあるのだろうが、随分と余裕のある様子だ。
「ええと確か、あの辺りだっけか」
 灰羽を広げ飛行するシャロンが懐中電灯で照らし出した暗路を見て、一同は足を止める。
「ここから先、六十メートルが件の妖が出現する範囲ですね。日中一通り歩いて目処を付けておきましたから見落としはないと思いますが」
 誡女が下見した限りではこの箇所で間違いない。妖が現れる――と改めて言い直されると、ただでさえおどろおどろしさに満ちているのに、一層気味悪く感じられる。風で揺れる枯れ草の音ひとつひとつが緊迫感を煽っているように聴こえた。
「地雷原で度胸試し、とは些か趣味がよろしくありませんよ」
 やれやれといった感じの槐の呟き。
「だが、遂行せぬ訳にはいくまい」
 一歩前に出たのは『星狩り』一色・満月(CL2000044)である。真紅の紋様を輝かせながら抜いた刀の鞘からは、闇よりも尚暗いエボニーの焔が走った。臨戦態勢は整っていると言わんばかりだ。
「行くぞ、囮の皆。十天が一、一色満月。推して参る」
 果断して移動を始めた。そこに躊躇いはない。
「じゅじゅじゅってんが一、鳴神。おばけこわいです……」
 震える声ながら意を決して零が並び。
「後の者も警戒されよ」
 夜司がそれに次いだ。心身ともに充足した少年期の、剣の才覚に満ち溢れていた時代の姿へと覚醒している。彼もまた火花散る戦闘の気配に身構えている。
 十秒。最初の十メートルを歩いた時点では妖の襲撃は受けなかった。囮役の三人が残した足跡をなぞり、他の者も続く。奇襲の手から逃れられる空中からは、翼を持つシャロンと、守護使役の力を借りて浮遊する槐。
「このブロックは……大丈夫のようです」
 逸早く危機を察知すべく、細心の注意を払う誡女。
 二十秒。一歩ごとに緊張が増す。仕掛けられた罠の存在を知っている分、精神を削られる心地だ。
 三十秒。
 かしゃり。
 それは満月の足元で鳴った。
「ッ!」
 地面に穴が穿たれ、勢いよく閉じた。満月の足に喰らいつくとともに、妖の全容が明らかになった。
 それは霊魂と呼ぶにはあまりにも有機的なフォルムをしていた。飛来してきた昆虫を貪る食虫植物のような姿ではあるが、根や茎の類はない。目立つのは獣の顎を想起させる大口だけだ。
 満月は不思議と、牙を突き立てられる感触は受けなかった。だが口腔を蹴り飛ばしてその拘束から逃れた時、足には歯形と出血の跡が見られた。『口』であるという概念がそうさせているのか。
「成程、ならば心霊現象に相違なし」
 間近に出現した妖には目もくれず満月は移動を続行する。一体を相手取っている間に他の個体から奇襲を受けようものなら致命傷になりかねない。まずは全ての妖を掘り当てなければ。
「まったくもって世話が焼けるですよ」
 槐が浄化物質を凝縮させて傷を塞ぎ、それを補助する。
「すまぬな」
「仕事ですし」
 妖は遠ざかる満月を攻撃対象から外し、次なる獲物を狙うべく品定めを始める。前衛の三人は先へ先へと進んでいくため、自然と後ろの覚者へとその矛先は向く。
「行かせはしませんよ。小矢尻さんは我々の生命線ですからね」
 立ち塞がったのは誡女である。本来は支援を得意とする彼女だが、回復を担うトメが倒れない限りは戦線が大崩れすることもないだろう――そう考えての壁役だ。鋼鉄の腕で鞭を構え、妖を威嚇する。
 ややあって、また枯れ草が拉げる音が上がった。
 今度は夜司の足元である。
「おおっと!」
 だが、枯れ草を踏む寸前で妖の気配を感じ取っていたおかげで、大きな被害を伴う奇襲からは何とか逃れられた。空を切った顎の風圧から、その威力は存分に計り知れる。
「勘も中々に役に立つわい」
 現れた妖から急ぎ数メートルほど離れ、一息吐こうとした時。
「あっ! そ、そこ、出るかも!」
 零から大声が上がった。その声は枯れ草を踏む音が立つよりも早く夜司の耳に届いた。
 降ろした足を即座にどけて、出し抜けに噛り付いてくる妖を回避する。
「ひぃいい! って、呑気に驚いてる場合じゃなかった! 満月くんも、その先の道、危ないよ!」
 満月は足を一度止める。
 まだ移動していない範囲は十メートルほど。残る妖は一体。導き出される答えはひとつだ。幸い、危険予知技能を持つ零から警戒を強めるよう伝達があった。狼狽する必要はない――
 かしゃり。
「……やはりか!」
 聴覚を研ぎ澄ませ、枯れ草の拉げる音と同時に満月は横に飛ぶ。自分がコンマ数秒前までいた位置には予測通り、攻撃を空振り力の行き場をなくした妖の姿があった。
「有益な助言だったぞ」
「さっき怪我してたでしょっ。もう誰も傷ついて欲しくないんだからね!」
 恐々とではあったが零は確かな口調でそう答えた。そして自らの獲物の太刀を抜き、今度は妖に戦闘の意志を示した。それは殺意とでも呼ぶべき鋭さを宿していた。
 四体の妖が唸りを上げる。さながら餓えた野犬のように。
「おっ、全員お出ましみたいだ。報・連・相、ちゃんと出来てると仕事も順調だねえ。さてと」
 シャロンが数度羽ばたくと、粘着質の霧が辺りを広範囲に渡って覆った。細かい蒸気の一粒一粒が妖の身体に絡みつき、その自由を奪う。
「奇襲さえ凌げればそんなに大した敵じゃなさそうだ。さあて、デビュー戦頑張りますか」
 翼人は血流が沸き立つのをはっきりと知覚した。

●花は葉となりて
「みんな、無茶はしないでね!」
 後方から淑女へと容姿を変えたトメがエールを送る。確かに、最も脅威と考えていた不意打ちは既に捌き切った。妖は近接攻撃手段しか持たないため、前衛四人が戦闘不能に陥らない限りは、後衛が受ける被害に対する懸念はない。
 ゆえにトメは回復に専念する。
「小矢尻さんこそ無茶をなさってはなりませんよ」
 更には付き添う誡女のサポートもあり、気力は充実している。
 つまり、ほぼ万全。だからといって軽んじられる相手ではない。一瞬の油断を掬われようものなら、味方の誰かが大きな怪我を負いかねない。トメにしてみればそれだけは絶対に避けたかった。 
「体力が一番無さそうなやつから先に狙うと良いぞ」
 満月が前線で指揮を飛ばす。攻撃対象を揃えることで着実に片付ける算段だ。
 言われるがままにシャロンは圧縮空気の弾丸を発射。
「おお、いい感じだねこりゃ」
 術による攻撃を得意とするだけあって、彼女は此度の妖相手では自軍でトップクラスの攻撃力を有していた。そこに紡が加勢し、電撃を落として僅かに残っていた体力を刈り取る。
 物理の効き目が悪いとのことで、零は渋々得手ではない落雷の術を行ってみるが。
「なんか違うなぁ、これ」
 範囲は十分だったものの期待していたほどの威力でないのか、しっくりきていない。
 それはレイピアを翳す紡も感じていることだった。
「うーん、雷は消耗がでけーです」
 防御面はともかく、攻撃面はそれほど順調とは言えなかった。そこが心霊系妖の厄介なところだ。虎の子の二発目の『召雷』を放つ紡だったが、後は効きの悪い物理攻撃を行うだけの気力しかない。
「まあいいです。ざくざくやるです」
 構わず剣で攻撃する紡。手応えは薄いが、積み重なるダメージは無ではない。
「そう! それ、鳴神も賛成! やっぱり力押しだよ! 幽霊なんて、怖くない、怖くない!」
 零は勢いよく妖に飛び掛ると、見舞うは神速の一閃、そして返す刀でまた一閃。一撃の威力には欠けるが、手数でそれを補う。感情の昂ぶりが太刀筋を加速させる。銀刃を振るっているうちに、零の中で恐怖心よりも上回り始めていた。
 両者の波状攻撃が二体目の妖も組み伏せる。
「自分から体力減らす人達のお守りも楽じゃないですよ。これは貸しにしておきますか」
 両手に盾を携えて立ち回る槐が交互に二人のガードを行う。守衛に適した人材と客観的に判断しているからこその献身だが、あくまで天邪鬼に徹している。自分のペースでやれないのは好きじゃない。
「守れずして、何が男か」
 同じく防護に当たっていた満月がいよいよ攻勢に転じる。
「よく聞け、枯れ尾花。雑草は踏まれて尚強くなる。アンタらにだって出来ないことじゃなかったはずだ」
 刀の切っ先をひらりと返す。その所作のひとつひとつに黒炎が吹き荒ぶ。
「力が無かっただけのことだ。過ぎたことを嘆いて叫んで、他者を呪って、何の益があるというだ? ……そんなに辛いなら全力でぶつかってこい。だが俺らは更に上をいく!」
 想いを乗せた飛燕の太刀は、妖の肉体を二度切り拓いた。流れる血も、慈悲もない。そこにあるのは迸る情念の火だけだった。
「そなたらの無念、察して余りある」
 夜司は澄んだ純粋な瞳で、妖の醜悪な姿を見やっていた。人波に揉まれ朽ち果てた草花に、自らの人生を重ね合わせているようであった。
「じゃが、葉桜はやがて咲き、萎れ花も種を残す。儂はこうして枯れてしまった今も生きておる。生きてこその命ぞ」
 毅然と刀を構える。
「括目せよ、枯れ尾花の矜持、その眼に焼き付けるがよい!」
 炎を纏わせた刀身を妖の口腔へと突き刺し、内部から激しく焼く。そしてその刃を水平に薙ぎ、大きく切り裂いた。溢れ出た火炎が闇夜に一瞬の煌きを浮かべた。
「安らかに召されよ。南無」
 合掌する夜司。草木を焦がす荘厳な炎は、次第に勢力を弱め、ふとした瞬間に消えた。命が灰になるまで焼き尽くされた証左である。その光景はどこか儚げで、火葬を連想させた。

「徒花の散り様、とくと目に焼きつけたぞい。あっぱれじゃった」
 シャロンと誡女が戦闘後の記帳を行っている傍らで、生命力を失い、ただの枯れ草となった妖の死骸を夜司は悼んだ。植物のいくつかは誡女が研究のサンプルとして持ち帰るらしいが、それもまた供養となるだろう。後世の礎として、この世界で生きた意味を残すのだから。
「ごめんね、もっと、生きたかったんだよね。立派な花を、咲かせたかったんだよね 」
 零は屈みこみ、千切れた枯れ草を見つめる。彼女の靴底に、押し潰れた花弁は一枚も張り付いていなかった。無益に花を踏むことはしなかった。トメもまた両手を合わし、花の生涯に祈りを捧げた。
 風が舞い、木々の枝葉が鳴く声が聴こえた。
 泣き叫ぶような響きだった。


■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
ここはミラーサイトです