≪友ヶ島2016≫深蛇大王と音楽の夕べ
●ただいま会場準備中
覚者たちの活躍で出没していた妖は退治された。山積していたゴミもきれいに取り除かれて、深蛇池は元の景観を取り戻している。刻一刻と深みを増していく夏の夜、葦を揺らす風が心地よい。
妖退治でやってきた覚者ら第一陣のあと、様々な雑用をこなすために島にやってきたファイヴ福利厚生課の職員たちが、急遽開催が決まった音楽祭の会場づくりのため忙しく働いていた。
「出てくるかな?」
「どうだろうな。出ても、役行者小角との約束で自由に動き回れないんだったけ?」
「文献によるとそうらしいね。でなきゃ、ここで音楽祭なんて上の許可がとれなかったと思うよ」
池を分断する人工の渡し道が演奏の舞台になる。観客は南の池に広がる葦の原の手前で鑑賞だ。湿地帯植物群落を損なわないように、また誤って池ポチャしないようにロープが張られているため、会場は決して広くはない。
「池を汚し、お騒がせした人間たちに代わって、深蛇大王にお詫びしようっていう趣旨だからな。そんなに人も来ないだろう。それより、ゴミ箱どこに置こうか?」
●島に渡る連絡船の甲板にて
「うちのデビュー戦が台無しになったっちゃ!」
「いや、デビューしなくていいから……」
ぷぅ、と頬を膨らませた雷虫の子、雷子・光・ライラは古妖である。
とある事件後、わけあってファイヴの職員宅で保護されていた。その間、二度の脱皮を経て、現在は人間でいうと十四歳前後の外見となっている。本来の姿は本人曰く「はずかしいっちゃ」、ということでまだ誰にも見せていない。
「悪い妖をやっつけたかったちゃよ……」
「だからダメだって。雷子ちゃんが危なくなったら上でゴロゴロ音出している叔父さんだか、叔母さんだかが出てきちゃうでしょ? 妖怪大戦争勃発で街がパニックになるでしょ?」
そう、引き取るわけでもなく、見放すわけでもなく。定期的に五麟市に親族らしき古妖が訪れていたため、何が起こるかわからず、ファイヴと縁の深い古妖の村へ移住させられなかったのである。
ちなみに、雷子・光・ライラの「――ちゃ」と言う語尾は、保護者のファイヴ職員が某マンガの大ファンだったことによる。本棚に某鬼っ子マンガの単行本とビデオ全巻、それにプロレス関連の書籍……モロに影響を受けて育ったらしい。
「無人島なら問題ないちゃ」
「島には主の古妖と、さらに役行者小角に封じられた深蛇大王という悪い古妖がいるんだ。ご挨拶なしに雷子ちゃんが島で暴れると、いろいろマズイことが、ね。わかってよ。お願いだから」
「……悪い古妖?」
雷子・光・ライラはぱっと顔を輝かせた。
「うちが退治するっちゃ!」
あー、と保護者であるファイヴの職員は頭を抱えた。
●石の下で
そわそわ……。そわそわ……。
覚者たちの活躍で出没していた妖は退治された。山積していたゴミもきれいに取り除かれて、深蛇池は元の景観を取り戻している。刻一刻と深みを増していく夏の夜、葦を揺らす風が心地よい。
妖退治でやってきた覚者ら第一陣のあと、様々な雑用をこなすために島にやってきたファイヴ福利厚生課の職員たちが、急遽開催が決まった音楽祭の会場づくりのため忙しく働いていた。
「出てくるかな?」
「どうだろうな。出ても、役行者小角との約束で自由に動き回れないんだったけ?」
「文献によるとそうらしいね。でなきゃ、ここで音楽祭なんて上の許可がとれなかったと思うよ」
池を分断する人工の渡し道が演奏の舞台になる。観客は南の池に広がる葦の原の手前で鑑賞だ。湿地帯植物群落を損なわないように、また誤って池ポチャしないようにロープが張られているため、会場は決して広くはない。
「池を汚し、お騒がせした人間たちに代わって、深蛇大王にお詫びしようっていう趣旨だからな。そんなに人も来ないだろう。それより、ゴミ箱どこに置こうか?」
●島に渡る連絡船の甲板にて
「うちのデビュー戦が台無しになったっちゃ!」
「いや、デビューしなくていいから……」
ぷぅ、と頬を膨らませた雷虫の子、雷子・光・ライラは古妖である。
とある事件後、わけあってファイヴの職員宅で保護されていた。その間、二度の脱皮を経て、現在は人間でいうと十四歳前後の外見となっている。本来の姿は本人曰く「はずかしいっちゃ」、ということでまだ誰にも見せていない。
「悪い妖をやっつけたかったちゃよ……」
「だからダメだって。雷子ちゃんが危なくなったら上でゴロゴロ音出している叔父さんだか、叔母さんだかが出てきちゃうでしょ? 妖怪大戦争勃発で街がパニックになるでしょ?」
そう、引き取るわけでもなく、見放すわけでもなく。定期的に五麟市に親族らしき古妖が訪れていたため、何が起こるかわからず、ファイヴと縁の深い古妖の村へ移住させられなかったのである。
ちなみに、雷子・光・ライラの「――ちゃ」と言う語尾は、保護者のファイヴ職員が某マンガの大ファンだったことによる。本棚に某鬼っ子マンガの単行本とビデオ全巻、それにプロレス関連の書籍……モロに影響を受けて育ったらしい。
「無人島なら問題ないちゃ」
「島には主の古妖と、さらに役行者小角に封じられた深蛇大王という悪い古妖がいるんだ。ご挨拶なしに雷子ちゃんが島で暴れると、いろいろマズイことが、ね。わかってよ。お願いだから」
「……悪い古妖?」
雷子・光・ライラはぱっと顔を輝かせた。
「うちが退治するっちゃ!」
あー、と保護者であるファイヴの職員は頭を抱えた。
●石の下で
そわそわ……。そわそわ……。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.深蛇池で音楽を奏でて、あるいは鑑賞して楽しく過ごす。
2.戦闘を発生させない!
3.ゴミは持ち帰る!
2.戦闘を発生させない!
3.ゴミは持ち帰る!
イベシナです。イベシナです。
戦闘は発生しませんし、起こしてもいけません。
●参加項目
【1、演奏】
演奏する曲目(リプレイでは曲目そのものは伏せます)と楽器をご記入ください。
ラジカセで音楽を流して歌うもOK。
道は広くありません。グループの場合、横一列に並んで演奏することになります。
池全体がライトアップされています。
暗くて演奏者が見えないということはありませんのでご安心を。
【2、鑑賞】
演奏される音楽を木のベンチに座って鑑賞します。
たこ焼き&イカ焼き、かき氷&ソフトクリームの屋台が2つだけですが出ています。
参加者全員に線香花火がプレゼントされます。
【3、警備】
会場の警備をします。
ゴミを捨てる人がいたら厳重注意を。いないと思いますが。
警備についた人は、音楽祭最後の打ち上げ花火の実行もお願いいたします。
●書式
一行目:同行者、またはグループ名。一人の場合は絡みOKかNGかを記入
二行目:1~3の参加項目のうちいずれかを記入
以下、自由。
※イベシナなので、リプレイは一人頭平均三百文字ほどです。
あれこれ欲張っても描写が薄くなるだけですよ~。
●NPC:雷子・光・ライラ
某事件でファイヴの覚者たちに助けられた古妖。
呼び名は「雷子」「光」「ライラ」「雷子・光・ライラ」……ご自由に。
保護者のファイヴ職員がちょっと目を離したすきに、姿を消してしまいました。
ひとりで深蛇池に来ているようです。
人の姿を取っていますが、覚者であればすぐ古妖とわかります。
なお育ち盛りです。なによりも食欲優先……。
●NPC:古妖・飛龍『深蛇大王』
その昔、役行者小角に「少彦名命の神剣」を持ってして深蛇池に封じられた古妖。
封印の際、「夜、笛を吹くときだけは出てきて良い」と約束されたらしい。
※出てこれても深蛇池から離れることはできないようです。
●その他
星がとってもキレイな夜になりました。
ただ一点、北の方角にポツンと小さな雨雲が……。
あと、蚊がいます。デカいです。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:1枚
金:0枚 銀:0枚 銅:1枚
相談日数
6日
6日
参加費
50LP
50LP
参加人数
12/30
12/30
公開日
2016年09月11日
2016年09月11日
■メイン参加者 12人■

●
星々がきらめく夏の夜空。下にあるのは神話と伝説に満ちた池。風が吹き、星が囁けば、時を超えて現れし飛龍とあなただけの物語が始まる――かもしれない。
「雷子いなくなったって? ちょっと捜してみるか」
「みたいだな。オレも出番までちょっと辺りを見回ってくるぜ」
狩衣に烏帽子姿の奥州 一悟(CL2000076)を見送って、成瀬 翔(CL2000063)は腕を組んだ。
音楽会はもう間もなく始まる。深蛇池に集まったのは観客、演奏者、それに運営スタッフを合わせて三十名ほどだ。簡易照明の届かない池の周辺は深い青色に沈んでいたが、それでも女の子一人を探し出すのにそう手間はかからないだろう。
「空丸、ちょっと上から見てきてくれ」
守護使役の空丸が肩の上から飛び立つと、翔はひとまず観客席に戻った。
人工道の端で、鼎 飛鳥(CL2000093)は手にリコーダーとインスタントコーヒーの瓶を持って待機していた。
司会者が声のトーンを上げ、張り切って飛鳥の名を紹介する。
その言葉を合図に、飛鳥は舞台の袖からにこやかな顔をして舞台の中央まで進み出た。観客席から上がる拍手を背に受けながら、まずは深蛇大王が封じられている石碑に向かって一礼する。それから池の向こうの観客席に向き直り、もう一度礼をした。
「深蛇さんも演奏を楽しんでほしいのよ。聞いてください」
拍手がおさまるのを待って、飛鳥はマイクの前でインスタントコーヒーの瓶の蓋を開けた。スピーカーからカバっと小気味よい音が聞こえた。
飛鳥を除く全員が、いまのはなんだ、と訝しんだ。
一拍置いて、リコーダーの優しい音色が、牧歌的な曲調になって池全体に響き渡る。どことなく神秘的で切ない旋律に、観客やスタッフのほとんどが「あ、これ」と顔をほころばせた。
飛鳥が演じたのは、違いの分かる~でお馴染みのCM曲だった。
「目覚めに相応しい曲なのよ」
……と、深蛇大王が思ったかどうかは分らないが、ともかくこの演奏により「夜」「笛が吹かれる」という一時的な封印解除の条件は満たされた。
●
石碑が光を放ち、一筋の柱が立ち上がる。
――ぅ、くぁぁぁ~
夜空に浮かぶ月の上に、体を丸めた巨大な飛龍がいた。本当に、本当に久しぶりの出現なのだろう。ずいぶんと……体がぽっちゃりして、丸くなっている。飛龍という言葉のイメージからは程遠い、可愛らしい姿だ。夜気に肢体を震わせながら伸ばすしぐさは、なんだか猫を思わせる。
「恐ろしい古妖やって聞いてたけど、なんや……その、ずいぶんアレやな」
拍子抜けしたわ、とつぶやく光邑 研吾(CL2000032)の脇腹を、光邑 リサ(CL2000053)がつねった。
「シンゴったら、大王さまに失礼でショ? ワタシはいまの姿の方が素敵だと思うワ。ね、遥クン」
白枝 遥(CL2000500)もまた、あっけにとられて月の上の飛龍を見上げていたひとりだったが、 リサに振られてあわてて「そうですね」、と笑顔を作った。
「そやけど、ムリ言うて悪いなぁ。急なことやし、いややったらええんやで?」
「ううん、大丈夫だよ。一緒にやらせてください」
せっかくのことだしみんなで演奏したい、と遥は言った。光邑夫妻が予備で持ってきていた烏帽子に白衣、水色の袴に着替え、竜笛を手にしている。
「それよりも一悟君は?」
「ここだぜ。空丸が雷子を見つけてくれたんで、みんなの所へつれていってたんだ。――と、それより出番だぜ」
舞台と言っても、池を分断するように作られた人口の道に、照明とマイク、スピーカーを設置しただけに過ぎない。舞台の前の緞帳や引き幕はなく、大道具はこれがすべてだ。したがって、舞台装置の転換など派手な演出はない。
「しようがねえ。ぶっつけ本番だ。下手な舞だけど深蛇大王が喜んでくれればいいな」
少しでも緊張を和らげようと、遥はマイナスイオンを発した。
「では、いきましょう。失敗して元々。愛嬌でカバーよ♪」
光邑一家と遥が、深蛇大王に奉納するのは神楽『塩祓』。四人揃って四方を収める神々へ一礼し、位置につく。
遥の竜笛が主旋律を奏で、リサが銅拍手でリズムを刻む。研吾が小太鼓を叩きながら歌い、一悟が幣(へい)と扇を持って舞った。大太鼓はラジカセに吹き込んだ録音だ。
――ちはやふる、玉の御すだれ巻き上げて、神楽の声をきくぞうれしき
深蛇大王が目を細め、くるると喉を鳴らして嬉しさを表す。
遥は翼を広げると、竜笛を吹きながら空へ上がり、深蛇大王の周りを飛びながら演奏をつづけた。
下で、一悟がややぎこちないながらも神卸しの舞を無事に演じ終えた。
最後に、遥はそっと腕を伸ばして飛龍の翼に触れた。手のひらに微かなぬくもりを感じ、ゆっくりと、優しく撫でる。
(「不法投棄とか、マナーの悪い人間が多くて……ごめんなさい」)
返事の代わりか、深蛇大王は鼻からゆっくりと息を吹きだした。
●
舞台から演奏中の音が聞こえてくる。向日葵 御菓子(CL2000429)は深く吸った息をふうっと吐くと、タラサ(ヴィオラ)を手に持った。
間もなく出番だ。どんなに場数を踏もうと、どんなに小さな舞台であっても、やはり袖から舞台へあがときは緊張する。
演目が終わり、四人が戻ってきた。
がんばってネ、とすれ違いざまにリサが声をかけてきた。
「あっちでみんなと聞かせてもらうワ♪」
「知っている曲があれば、よかったらみなさん一緒に歌ってください。アニメの主題歌からJーPOP、クラッシックまで幅広いジャンルの曲目をメドレーで演奏します」
「いいわネ。雷子ちゃんと一緒に歌いたいワ。ちゃんとワタシとケンゴを紹介して頂戴ネ、イチゴ」
仲の良い家族と、遥を笑顔で見送った。舞台の準備が整うまで、しばし待つ。
(「行くわよ、カンタ」)
守護使役のカンタが先に舞台へ飛び出て、観客の拍手を誘った。
「出だしの曲は夏らしく明るい曲から。みんな、全身で音楽を楽しんでください」
出だしから弦の上を弓が軽快に跳ね踊る。
メロディはくるみ割り人形のそれ。でも、おなじみのメロディが豪快かつ親しみやすいロック調の演奏に変わっている。
のりのりのリズムに飛龍もご機嫌で、月の上で体を揺らし、タップを踏む。
御菓子もカンタと一緒に踊り回りながら、楽しんでタラサを演奏した。
「わたし、深蛇大王さんの無聊を慰めようだなんておこがましいことは思いません。ただ、あなたと純粋に音を楽しみたいと思ってるんです♪ では、続いて……」
誰もが知っているアニメ映画の主題歌が演奏されると、観客もスタッフも一緒になって歌いだした。
●
「あ~、楽しかった。歌ってのどが渇いたぜ、雷子も何か飲むか? ……って、なんかデカくなったな、お前!?」
翔は雷子に炭酸ジュースを渡しながら嘆息した。翔の身長は現在142cm。久しぶりに会った雷子は、拳一つ分ほど翔よりも高かく成長していた。ちょっと前は、雷子の頭のつむじが見下ろせていたのに……。
「で、でも、兄ちゃんはオレだからな!」
「ん? 翔お兄ちゃんはずっと雷子・光・ライラのお兄ちゃんだっちゃよ?」
どうしたの、と聞き返されて翔は言葉に詰まった。慌てて話題を変える。
「あ、あのさ、今日は友達も一緒なんだ。な、亮平さん」
「うん。友達の奏空くんを雷子に紹介するよ」
阿久津 亮平(CL2000328)は尻をずらして一人分、席を開けると、後ろにいた工藤・奏空(CL2000955)を呼んだ。
「あ、さっきイカ焼きおごってくれた『いい』人だっちゃ!」
「あはは。あらためて、初めまして。工藤・奏空っていうんだ。よろしくね、雷子ちゃん。亮平さんや翔から話を聞いていたから、会うの楽しみにしてたんだよ」
意外にも、雷子はベンチから立ち上がって名を名乗り、きちんと奏空に頭を下げた。
(「いい子に育っているな」)
亮平は、雷子に会えたらだっこしてやるつもりだった。だが、いざ再会してみると、前あった時よりもずいぶん大きくなっていて、喋りも変わっていたのでビックリした。
(「とにかく元気そうで何よりだ」)
大きくなっていても、娘のように思う気持ちは変わらない。いや、まだ独身で子供どころか妻もいないのだが、まだタマゴだった雷子を抱いて炎のビルを仲間とともに脱出したときから、亮平は雷子に強いきずなを感じていた。
(「ともかく今夜は、頭をいっぱい撫でて、食べたいものをたくさん奢ろう」)
「あ、オレ、アイスクリームが食べたい」
「オレも♪ ゴチになります!」
えっと驚く亮平に構わず、翔と奏空は雷子に好みのアイスを聞き出し、アイスを買いに行ってしまった。
空いた席に桂木・日那乃(CL2000941)がするりと入り込む。
「雷子、たこ焼き、食べる?」
三つある包のうち一つをといて、たこ焼きの乗った舟をだし、雷子に手渡した。もう一つ開いて、守護使役のマリンと仲良くたこ焼きを食べ始める。
「う~ん、美味しいっちゃ。日那乃お姉ちゃん、それは? 食べないならうちがもらうっちゃよ」
日那乃はたこやきの一つを楊枝に突き刺すと、雷子の口へ運んだ。
「これは、ダメ。深蛇大王の、分なの。ずっと封印されてたなら、おなかすいてるかもしれないし」
あとで「どうして笛を吹く時だけでてきていいってことになった、の?」と聞きに行くつもりだった。
「あ、そうだ! 忘れてたっちゃ。うちの挑戦を受けてもらわないと、だっちゃ!」
この発言に慌てたのは、横で二人のやり取りをほほえましく見守っていた亮平だ。
「雷子ダメだよ。あ、ほら、藤さんの歌が始まる。座って聞かなきゃだめだよ」
翔と奏空も帰ってきて、雷子にアイスクリームを差し出した。
「座って。いい子にしていたら、このたこ焼き、あげるから」
食べ物に囲まれてご機嫌になった雷子は、大人しくベンチに腰を下ろした。
●
今あふれている拍手は、これまでの演奏に対するものと、いよいよ歌われる藤 壱縷(CL2001386)の曲に対するものだ。舞台の上では壱縷が、拍手の静まるのを待っている。
歓声がおさまり、会場がしんとなったところで、壱縷は池の上に特別にしつらえられたピアノの前に腰を下ろした。
静かにそっと、盤の上に指が降ろされると、優しさに満ち溢れた音が夏の夜空に弾けた。
去りゆく夏の夜を惜しむような、壱縷のしっとりとした歌声がさざ波となって押し寄せ、聞く者たちの心を震わせる。
月に浮かんだ飛龍も目蓋を閉じて聞き入った。
藤 零士(CL2001445)は頬を熱い涙が伝い落ちて行くのを感じた。
(「やっと……姉様を見つけた。姉様の……歌? なんて……透き通るような囁く声なんだろう」)
テレビで見聞きしたことはある。何度も何度も繰り返しCDを聞いた。でも、直接聞く姉の生の歌声はそれらと比べ物にならないほど素敵だ。感動のあまり、鳥肌が立つ。
テレビに映る憧れの人が実は姉だった。祖母に聞いて初めて知ったことだった。
ずっと聞いていたい。そう思っていたのに――。
「聴いて下さった皆様、今日は本当にありがとう御座いました!」
演奏を終えて、割れんばかりの拍手に包まれながらながら、壱縷は深々と体を折った。
体を起こしたタイミングで、打ち上げ花火が打ち上げられた。
色鮮やかに、大輪の花が夜空いっぱいに咲き乱れる。
(「なんてキレイなのかしら」)
壱縷は打ち上げ花火をゆっくり楽しもうと、観客席へ向かった。
道の途中、観客席のあるほうから歩いてきた少年が、壱縷の姿を見てはっとしたように立ち止まり、くるりと背を向けた。
「あの……!」
振り返ったその姿を見て一目で気づいた。ゆっくりと振り返った少年は、お婆様から譲り受けた家族 写真に写る少年、弟にそっくりだった。
「あなたは……零士様、ですね」
「えっ……」
壱縷は小走りになって零士に近づくと、しゃがんで彼の目線より下を見つめながら、泣き笑いの顔になった。
「零士様、ですね」
どんどん、と大きな花火の打ち上げ音が響く。まだらに降り注ぐ色の破片で顔を染めながら、零士は覚悟を決めた。
「……はい。ずっと、探してました」
●
打ち上げ花火が終わると、全員でゴミを拾い集めた。
「どうして笛を吹く時だけでてきていいってことになった、の? ……笛が、すき、だから?」
日那乃は、屋台が片付けられる前に追加で買い込んだたこ焼きを、深蛇大王に両手で差し出した。
(「……さて? 役行者小角さまも閉じ込めたままではあまりに哀れと思うたか……真偽はご本人に聞かねば分らぬ。しかし、今宵は楽しかった」)
細い舞台の上に、音楽会にやってきたすべての人たちが並んだ。
「また、会える?」
(「また、会いに来てくれ。ここで待っている。いつまでも」)
――さようなら、さようなら、また会う日まで。
煌々と輝く満月の下、最後は全員で歌って石碑の下に再び封じられる深蛇大王を見送った。
星々がきらめく夏の夜空。下にあるのは神話と伝説に満ちた池。風が吹き、星が囁けば、時を超えて現れし飛龍とあなただけの物語が始まる――かもしれない。
「雷子いなくなったって? ちょっと捜してみるか」
「みたいだな。オレも出番までちょっと辺りを見回ってくるぜ」
狩衣に烏帽子姿の奥州 一悟(CL2000076)を見送って、成瀬 翔(CL2000063)は腕を組んだ。
音楽会はもう間もなく始まる。深蛇池に集まったのは観客、演奏者、それに運営スタッフを合わせて三十名ほどだ。簡易照明の届かない池の周辺は深い青色に沈んでいたが、それでも女の子一人を探し出すのにそう手間はかからないだろう。
「空丸、ちょっと上から見てきてくれ」
守護使役の空丸が肩の上から飛び立つと、翔はひとまず観客席に戻った。
人工道の端で、鼎 飛鳥(CL2000093)は手にリコーダーとインスタントコーヒーの瓶を持って待機していた。
司会者が声のトーンを上げ、張り切って飛鳥の名を紹介する。
その言葉を合図に、飛鳥は舞台の袖からにこやかな顔をして舞台の中央まで進み出た。観客席から上がる拍手を背に受けながら、まずは深蛇大王が封じられている石碑に向かって一礼する。それから池の向こうの観客席に向き直り、もう一度礼をした。
「深蛇さんも演奏を楽しんでほしいのよ。聞いてください」
拍手がおさまるのを待って、飛鳥はマイクの前でインスタントコーヒーの瓶の蓋を開けた。スピーカーからカバっと小気味よい音が聞こえた。
飛鳥を除く全員が、いまのはなんだ、と訝しんだ。
一拍置いて、リコーダーの優しい音色が、牧歌的な曲調になって池全体に響き渡る。どことなく神秘的で切ない旋律に、観客やスタッフのほとんどが「あ、これ」と顔をほころばせた。
飛鳥が演じたのは、違いの分かる~でお馴染みのCM曲だった。
「目覚めに相応しい曲なのよ」
……と、深蛇大王が思ったかどうかは分らないが、ともかくこの演奏により「夜」「笛が吹かれる」という一時的な封印解除の条件は満たされた。
●
石碑が光を放ち、一筋の柱が立ち上がる。
――ぅ、くぁぁぁ~
夜空に浮かぶ月の上に、体を丸めた巨大な飛龍がいた。本当に、本当に久しぶりの出現なのだろう。ずいぶんと……体がぽっちゃりして、丸くなっている。飛龍という言葉のイメージからは程遠い、可愛らしい姿だ。夜気に肢体を震わせながら伸ばすしぐさは、なんだか猫を思わせる。
「恐ろしい古妖やって聞いてたけど、なんや……その、ずいぶんアレやな」
拍子抜けしたわ、とつぶやく光邑 研吾(CL2000032)の脇腹を、光邑 リサ(CL2000053)がつねった。
「シンゴったら、大王さまに失礼でショ? ワタシはいまの姿の方が素敵だと思うワ。ね、遥クン」
白枝 遥(CL2000500)もまた、あっけにとられて月の上の飛龍を見上げていたひとりだったが、 リサに振られてあわてて「そうですね」、と笑顔を作った。
「そやけど、ムリ言うて悪いなぁ。急なことやし、いややったらええんやで?」
「ううん、大丈夫だよ。一緒にやらせてください」
せっかくのことだしみんなで演奏したい、と遥は言った。光邑夫妻が予備で持ってきていた烏帽子に白衣、水色の袴に着替え、竜笛を手にしている。
「それよりも一悟君は?」
「ここだぜ。空丸が雷子を見つけてくれたんで、みんなの所へつれていってたんだ。――と、それより出番だぜ」
舞台と言っても、池を分断するように作られた人口の道に、照明とマイク、スピーカーを設置しただけに過ぎない。舞台の前の緞帳や引き幕はなく、大道具はこれがすべてだ。したがって、舞台装置の転換など派手な演出はない。
「しようがねえ。ぶっつけ本番だ。下手な舞だけど深蛇大王が喜んでくれればいいな」
少しでも緊張を和らげようと、遥はマイナスイオンを発した。
「では、いきましょう。失敗して元々。愛嬌でカバーよ♪」
光邑一家と遥が、深蛇大王に奉納するのは神楽『塩祓』。四人揃って四方を収める神々へ一礼し、位置につく。
遥の竜笛が主旋律を奏で、リサが銅拍手でリズムを刻む。研吾が小太鼓を叩きながら歌い、一悟が幣(へい)と扇を持って舞った。大太鼓はラジカセに吹き込んだ録音だ。
――ちはやふる、玉の御すだれ巻き上げて、神楽の声をきくぞうれしき
深蛇大王が目を細め、くるると喉を鳴らして嬉しさを表す。
遥は翼を広げると、竜笛を吹きながら空へ上がり、深蛇大王の周りを飛びながら演奏をつづけた。
下で、一悟がややぎこちないながらも神卸しの舞を無事に演じ終えた。
最後に、遥はそっと腕を伸ばして飛龍の翼に触れた。手のひらに微かなぬくもりを感じ、ゆっくりと、優しく撫でる。
(「不法投棄とか、マナーの悪い人間が多くて……ごめんなさい」)
返事の代わりか、深蛇大王は鼻からゆっくりと息を吹きだした。
●
舞台から演奏中の音が聞こえてくる。向日葵 御菓子(CL2000429)は深く吸った息をふうっと吐くと、タラサ(ヴィオラ)を手に持った。
間もなく出番だ。どんなに場数を踏もうと、どんなに小さな舞台であっても、やはり袖から舞台へあがときは緊張する。
演目が終わり、四人が戻ってきた。
がんばってネ、とすれ違いざまにリサが声をかけてきた。
「あっちでみんなと聞かせてもらうワ♪」
「知っている曲があれば、よかったらみなさん一緒に歌ってください。アニメの主題歌からJーPOP、クラッシックまで幅広いジャンルの曲目をメドレーで演奏します」
「いいわネ。雷子ちゃんと一緒に歌いたいワ。ちゃんとワタシとケンゴを紹介して頂戴ネ、イチゴ」
仲の良い家族と、遥を笑顔で見送った。舞台の準備が整うまで、しばし待つ。
(「行くわよ、カンタ」)
守護使役のカンタが先に舞台へ飛び出て、観客の拍手を誘った。
「出だしの曲は夏らしく明るい曲から。みんな、全身で音楽を楽しんでください」
出だしから弦の上を弓が軽快に跳ね踊る。
メロディはくるみ割り人形のそれ。でも、おなじみのメロディが豪快かつ親しみやすいロック調の演奏に変わっている。
のりのりのリズムに飛龍もご機嫌で、月の上で体を揺らし、タップを踏む。
御菓子もカンタと一緒に踊り回りながら、楽しんでタラサを演奏した。
「わたし、深蛇大王さんの無聊を慰めようだなんておこがましいことは思いません。ただ、あなたと純粋に音を楽しみたいと思ってるんです♪ では、続いて……」
誰もが知っているアニメ映画の主題歌が演奏されると、観客もスタッフも一緒になって歌いだした。
●
「あ~、楽しかった。歌ってのどが渇いたぜ、雷子も何か飲むか? ……って、なんかデカくなったな、お前!?」
翔は雷子に炭酸ジュースを渡しながら嘆息した。翔の身長は現在142cm。久しぶりに会った雷子は、拳一つ分ほど翔よりも高かく成長していた。ちょっと前は、雷子の頭のつむじが見下ろせていたのに……。
「で、でも、兄ちゃんはオレだからな!」
「ん? 翔お兄ちゃんはずっと雷子・光・ライラのお兄ちゃんだっちゃよ?」
どうしたの、と聞き返されて翔は言葉に詰まった。慌てて話題を変える。
「あ、あのさ、今日は友達も一緒なんだ。な、亮平さん」
「うん。友達の奏空くんを雷子に紹介するよ」
阿久津 亮平(CL2000328)は尻をずらして一人分、席を開けると、後ろにいた工藤・奏空(CL2000955)を呼んだ。
「あ、さっきイカ焼きおごってくれた『いい』人だっちゃ!」
「あはは。あらためて、初めまして。工藤・奏空っていうんだ。よろしくね、雷子ちゃん。亮平さんや翔から話を聞いていたから、会うの楽しみにしてたんだよ」
意外にも、雷子はベンチから立ち上がって名を名乗り、きちんと奏空に頭を下げた。
(「いい子に育っているな」)
亮平は、雷子に会えたらだっこしてやるつもりだった。だが、いざ再会してみると、前あった時よりもずいぶん大きくなっていて、喋りも変わっていたのでビックリした。
(「とにかく元気そうで何よりだ」)
大きくなっていても、娘のように思う気持ちは変わらない。いや、まだ独身で子供どころか妻もいないのだが、まだタマゴだった雷子を抱いて炎のビルを仲間とともに脱出したときから、亮平は雷子に強いきずなを感じていた。
(「ともかく今夜は、頭をいっぱい撫でて、食べたいものをたくさん奢ろう」)
「あ、オレ、アイスクリームが食べたい」
「オレも♪ ゴチになります!」
えっと驚く亮平に構わず、翔と奏空は雷子に好みのアイスを聞き出し、アイスを買いに行ってしまった。
空いた席に桂木・日那乃(CL2000941)がするりと入り込む。
「雷子、たこ焼き、食べる?」
三つある包のうち一つをといて、たこ焼きの乗った舟をだし、雷子に手渡した。もう一つ開いて、守護使役のマリンと仲良くたこ焼きを食べ始める。
「う~ん、美味しいっちゃ。日那乃お姉ちゃん、それは? 食べないならうちがもらうっちゃよ」
日那乃はたこやきの一つを楊枝に突き刺すと、雷子の口へ運んだ。
「これは、ダメ。深蛇大王の、分なの。ずっと封印されてたなら、おなかすいてるかもしれないし」
あとで「どうして笛を吹く時だけでてきていいってことになった、の?」と聞きに行くつもりだった。
「あ、そうだ! 忘れてたっちゃ。うちの挑戦を受けてもらわないと、だっちゃ!」
この発言に慌てたのは、横で二人のやり取りをほほえましく見守っていた亮平だ。
「雷子ダメだよ。あ、ほら、藤さんの歌が始まる。座って聞かなきゃだめだよ」
翔と奏空も帰ってきて、雷子にアイスクリームを差し出した。
「座って。いい子にしていたら、このたこ焼き、あげるから」
食べ物に囲まれてご機嫌になった雷子は、大人しくベンチに腰を下ろした。
●
今あふれている拍手は、これまでの演奏に対するものと、いよいよ歌われる藤 壱縷(CL2001386)の曲に対するものだ。舞台の上では壱縷が、拍手の静まるのを待っている。
歓声がおさまり、会場がしんとなったところで、壱縷は池の上に特別にしつらえられたピアノの前に腰を下ろした。
静かにそっと、盤の上に指が降ろされると、優しさに満ち溢れた音が夏の夜空に弾けた。
去りゆく夏の夜を惜しむような、壱縷のしっとりとした歌声がさざ波となって押し寄せ、聞く者たちの心を震わせる。
月に浮かんだ飛龍も目蓋を閉じて聞き入った。
藤 零士(CL2001445)は頬を熱い涙が伝い落ちて行くのを感じた。
(「やっと……姉様を見つけた。姉様の……歌? なんて……透き通るような囁く声なんだろう」)
テレビで見聞きしたことはある。何度も何度も繰り返しCDを聞いた。でも、直接聞く姉の生の歌声はそれらと比べ物にならないほど素敵だ。感動のあまり、鳥肌が立つ。
テレビに映る憧れの人が実は姉だった。祖母に聞いて初めて知ったことだった。
ずっと聞いていたい。そう思っていたのに――。
「聴いて下さった皆様、今日は本当にありがとう御座いました!」
演奏を終えて、割れんばかりの拍手に包まれながらながら、壱縷は深々と体を折った。
体を起こしたタイミングで、打ち上げ花火が打ち上げられた。
色鮮やかに、大輪の花が夜空いっぱいに咲き乱れる。
(「なんてキレイなのかしら」)
壱縷は打ち上げ花火をゆっくり楽しもうと、観客席へ向かった。
道の途中、観客席のあるほうから歩いてきた少年が、壱縷の姿を見てはっとしたように立ち止まり、くるりと背を向けた。
「あの……!」
振り返ったその姿を見て一目で気づいた。ゆっくりと振り返った少年は、お婆様から譲り受けた家族 写真に写る少年、弟にそっくりだった。
「あなたは……零士様、ですね」
「えっ……」
壱縷は小走りになって零士に近づくと、しゃがんで彼の目線より下を見つめながら、泣き笑いの顔になった。
「零士様、ですね」
どんどん、と大きな花火の打ち上げ音が響く。まだらに降り注ぐ色の破片で顔を染めながら、零士は覚悟を決めた。
「……はい。ずっと、探してました」
●
打ち上げ花火が終わると、全員でゴミを拾い集めた。
「どうして笛を吹く時だけでてきていいってことになった、の? ……笛が、すき、だから?」
日那乃は、屋台が片付けられる前に追加で買い込んだたこ焼きを、深蛇大王に両手で差し出した。
(「……さて? 役行者小角さまも閉じ込めたままではあまりに哀れと思うたか……真偽はご本人に聞かねば分らぬ。しかし、今宵は楽しかった」)
細い舞台の上に、音楽会にやってきたすべての人たちが並んだ。
「また、会える?」
(「また、会いに来てくれ。ここで待っている。いつまでも」)
――さようなら、さようなら、また会う日まで。
煌々と輝く満月の下、最後は全員で歌って石碑の下に再び封じられる深蛇大王を見送った。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
