バンク・ロバーズ
●力
五麟市の外れにある小さな銀行。そろそろ眠気が訪れて来るような、午後の時間帯。人の姿はまばらな待合室。そこで待つ人は備え付けのテレビや新聞、雑誌をぼんやりと眺め、受付の女性も人目を盗んで欠伸を噛み殺す、そんな日常だった。
自動ドアが開く。入って来た二人の出で立ちは、その空気を乱す奇妙な出で立ちだった。一人は、アロハシャツ。ぼさぼさの茶髪に無精ひげ。彼は待合室の人々に視線を巡らせている。その手に抱えられているものは、空っぽのボストンバッグ。
もう一人は、さらに奇抜だった。革製のジャケットを直接素肌の上から羽織っている。オールバックにして撫でつけられた髪は金色。サングラスで目許は分からないが、口許は俺の立派な歯並びを見せてやろうと言わんばかりの笑みが浮かんでいる。 金髪は茶髪に目配せをした。
「わーったよ、あにき」
どこか芝居がかった返事をして茶髪は受付の女性に近付いて行く。
「申し訳ございません。整理券をお取りに――」
そう言った女性の言葉は、目の前にどんと置かれたボストンバッグ。そして蛍光灯の光で煌めく大きな狩猟用のボウイナイフに遮られた。
「ねーちゃん。ドラマとか、見てるよね。俺たちが何者かって、分かるでしょ?」
「は、はい……」
「ここに、詰め込めるだけ詰め込んでよ。お金。できるっしょ?」
ナイフが窓口の机に深々と刺さる。そのナイフには、煌々とした炎が宿っていた。同時に、頬を何かが掠めていき、受付の女性は反射的にうずくまる。
「次はおねーさんがこうなるからね。警報とか、止めてよ? 血って、なかなか落ちないからさ」
女性は、頷くしか無かった。助けを求めて後ろにいる上司に視線を動かせば、彼も流しながら身じろぎひとつしないでいる。その視線の先には革ジャケットの男。両手に握られた、二挺の拳銃。音も無く発射された衝撃波が、男の真横に、小さな穴を穿っていた。
「しばらくの間大人しくすれば、危害は加えないことを保証しよう」
茶髪以上に気取った、金髪の言葉。声音まで、映画の吹き替えの様な声音だった。人を容易く殺すことの出来る道具を持ち合わせ、加えて未知の異能の力を用いる彼らを前に、誰も歯向かおうとしないことは、ある意味幸運であった。その二人も、ひっそりと汗をかいていたことも。
●責任
「為我井(いがい)大輔と、馬越(まごし)明」
久方 真由美(nCL2000003)は、覚者たちを前に、怒りを滲ませながら手元の資料に視線を落とした。情報に加えて、二枚の写真が貼り付けてあった。
「茶髪の男が為我井。金髪の男が馬越です。以前から無軌道な行動を繰り返していたはぐれ者の隔者(リジェクター)の二人組です」
真由美はそこで一度言葉を区切り、小さくため息をついた。隔者――因子の力を持ちながらその力を私欲のままに濫用する、薄氷の秩序を破らんとする者。
「第伍支店で彼らは銀行強盗に出るようです。人の少なく、それなりに収入が入る閉店間際を狙っての襲撃になります。為我井が脅し、馬越が行動を見張る。単純ですが、因子の力が加われば話は別です。皆さんには二人の無力化をお願いします」
真由美は言葉を区切り覚者たちを見渡す。
「彼らは力に絶対の自信を持っていますが、同時に臆病者です。勘付かれれば、周囲の被害を気に掛けないでしょう。極力人のいる場所での戦闘は避けて下さい。口惜しいですが、強盗を止めるよりも、それを終えた彼らを追う、待ち伏せして無力化する方が結果として被害は少なくなるでしょう」
そこまで言って、真由美は小さく、微笑を浮かべた。しかし、そこに普段とは異なる種類の感情が滲む。
「ならず者に、目に物見せて上げましょう」
五麟市の外れにある小さな銀行。そろそろ眠気が訪れて来るような、午後の時間帯。人の姿はまばらな待合室。そこで待つ人は備え付けのテレビや新聞、雑誌をぼんやりと眺め、受付の女性も人目を盗んで欠伸を噛み殺す、そんな日常だった。
自動ドアが開く。入って来た二人の出で立ちは、その空気を乱す奇妙な出で立ちだった。一人は、アロハシャツ。ぼさぼさの茶髪に無精ひげ。彼は待合室の人々に視線を巡らせている。その手に抱えられているものは、空っぽのボストンバッグ。
もう一人は、さらに奇抜だった。革製のジャケットを直接素肌の上から羽織っている。オールバックにして撫でつけられた髪は金色。サングラスで目許は分からないが、口許は俺の立派な歯並びを見せてやろうと言わんばかりの笑みが浮かんでいる。 金髪は茶髪に目配せをした。
「わーったよ、あにき」
どこか芝居がかった返事をして茶髪は受付の女性に近付いて行く。
「申し訳ございません。整理券をお取りに――」
そう言った女性の言葉は、目の前にどんと置かれたボストンバッグ。そして蛍光灯の光で煌めく大きな狩猟用のボウイナイフに遮られた。
「ねーちゃん。ドラマとか、見てるよね。俺たちが何者かって、分かるでしょ?」
「は、はい……」
「ここに、詰め込めるだけ詰め込んでよ。お金。できるっしょ?」
ナイフが窓口の机に深々と刺さる。そのナイフには、煌々とした炎が宿っていた。同時に、頬を何かが掠めていき、受付の女性は反射的にうずくまる。
「次はおねーさんがこうなるからね。警報とか、止めてよ? 血って、なかなか落ちないからさ」
女性は、頷くしか無かった。助けを求めて後ろにいる上司に視線を動かせば、彼も流しながら身じろぎひとつしないでいる。その視線の先には革ジャケットの男。両手に握られた、二挺の拳銃。音も無く発射された衝撃波が、男の真横に、小さな穴を穿っていた。
「しばらくの間大人しくすれば、危害は加えないことを保証しよう」
茶髪以上に気取った、金髪の言葉。声音まで、映画の吹き替えの様な声音だった。人を容易く殺すことの出来る道具を持ち合わせ、加えて未知の異能の力を用いる彼らを前に、誰も歯向かおうとしないことは、ある意味幸運であった。その二人も、ひっそりと汗をかいていたことも。
●責任
「為我井(いがい)大輔と、馬越(まごし)明」
久方 真由美(nCL2000003)は、覚者たちを前に、怒りを滲ませながら手元の資料に視線を落とした。情報に加えて、二枚の写真が貼り付けてあった。
「茶髪の男が為我井。金髪の男が馬越です。以前から無軌道な行動を繰り返していたはぐれ者の隔者(リジェクター)の二人組です」
真由美はそこで一度言葉を区切り、小さくため息をついた。隔者――因子の力を持ちながらその力を私欲のままに濫用する、薄氷の秩序を破らんとする者。
「第伍支店で彼らは銀行強盗に出るようです。人の少なく、それなりに収入が入る閉店間際を狙っての襲撃になります。為我井が脅し、馬越が行動を見張る。単純ですが、因子の力が加われば話は別です。皆さんには二人の無力化をお願いします」
真由美は言葉を区切り覚者たちを見渡す。
「彼らは力に絶対の自信を持っていますが、同時に臆病者です。勘付かれれば、周囲の被害を気に掛けないでしょう。極力人のいる場所での戦闘は避けて下さい。口惜しいですが、強盗を止めるよりも、それを終えた彼らを追う、待ち伏せして無力化する方が結果として被害は少なくなるでしょう」
そこまで言って、真由美は小さく、微笑を浮かべた。しかし、そこに普段とは異なる種類の感情が滲む。
「ならず者に、目に物見せて上げましょう」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.隔者二名の無力化
2.市民への被害を最小限にとどめる
3.なし
2.市民への被害を最小限にとどめる
3.なし
通常任務ということで今回は皆様と同じく因子の力を持ちながら悪しきこと、私利私欲のままに力を使う「隔者」との戦いです。映画のヴィラン気取りの連中の鼻っ柱をへし折ってやってください。
能力も皆様と似通った力を操ってきます。
為我井:彩の因子
・炎撃(特近単、格闘。炎を纏わせて攻撃。バッドステータス火傷を与える)
・飛燕(物理近単。ナイフで素早い二回攻撃)
・疾風切り(物理近列。ナイフを振り回し攻撃。威力もそれなりに高いが、使用者への負担も大きい)
馬越:現の因子
・B.O.T(特遠単。銃から貫通する衝撃波を発射。貫通するごとにダメージ低下)
・癒しの雫(特遠単。味方に回復効果のある水を詰めたカプセル弾を発射する)
・薄氷(物遠列。二挺の銃で氷の弾丸を放つ。バッドステータス凍傷)
為我井が前に出て暴れ、馬越が援護をする。そんないやらしいコンビネーションを潰してしまいましょう。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年09月02日
2015年09月02日
■メイン参加者 8人■

●プレリュード
「……徒歩だったか。なーんだ。借りて来たこいつも無駄になっちまった」
通りを歩いて来たパンクな衣装の二人組――今回の標的が銀行に入って行く様子を見て、『だく足の雷鳥』風祭・雷鳥(CL2000909)は、少しだけ残念そうにステアリングを指先で叩いた。
「まあまあ、小細工のプロセスが一つ消えたわけだ。そう考えればラッキーですよ」
後部座席で足を組む『便利屋』橘 誠二郎(CL2000665)は飄々と答える。糸のように細められた眼ではあるが、その視線は鋭く、銀行の入り口を睨んでいる。
「因子の力を、こんなつまらないことに使うなんて……」
「一番きらいなタイプだよ。今すぐにとっちめてやりたいくらい」
そう言いながら、雷鳥の乗るワゴンカーの影へと集まる少女が数人。そのうちの並外れた視力を持つ二人、賀茂 たまき(CL2000994)と九段 笹雪(CL2000517)は、憤懣やるかたないといった様子で銀行の中のならず者二人に視線を送っていた。手元には彼女らの身体にはいくらか大きな工事中の看板。
「全く、不甲斐ない男達ですこと」
「力を手に入れて、大きくなっちゃって。素人みたいだよ」
たまきと笹雪らと異なる方からやってきたのは張 麗虎(CL2000806)と鳳 結衣の二人だった。(CL2000914)彼女らが滲ませているものは怒りというよりも、呆れだった。持った力には責任が伴う。厳しい鍛錬を潜った彼女らにとって、そうした私欲のままに力を扱うことなどは、論外であった。
「素人なんでしょ。おもちゃをもらってはしゃいでいるんじゃない? くだらない」
さらにやってくる少女が二人。どこかクールぶって言うのは『嘘吐きビター』雛見 玻璃(CL2000865)だ。喪服のような黒いヴェールに包まれてはいるが、その乳白色の肌は僅かに紅潮している。雷鳥や誠二郎は気付いたものの、指摘しない。背伸びする少女を見る、大人の振る舞いだ。
「……玻璃も、許せないんだね。みんな同じだ」
しかし十一 零(CL2000001)にそうした概念は存在しなかった。覚醒しているにも関わらず、まだ少しばかり眠たそうな表情で、こくりと頷いた。
「そ、そりゃそうに決まってんジャン! あーゆーのが蔓延ると、こっちも迷惑が来るんだから」
不要な場所で力が振るわれ、無辜の人が傷つくことが許せない。そう素直に表現しないでよいのが、思春期の特権だった。束の間玻璃へと流れる、優しい空気。
「おーおー、元気が良い。その様子だと、封鎖作戦は順調みたいだね」
「そ、そりゃもちろん!」
「この周辺の地理は全て把握しましたから」
雷鳥の言葉に、玻璃が大仰に頷いた。その隣でたまきははにかむ。力に酔いしれたものには出来ない、素直な表情だった。
「おや。出て来たようですね」
誠二郎の視線の先に、二人の男の姿が映る。髪型などに多少の差異はあったが、茶髪のアロハシャツの男――為我井大輔の背中に背負った大きなボストンバッグ。その重さを感じさせない、俊敏な身のこなし。
「さて、ここからが本番ですね」
誠二郎と雷鳥がワゴンから降りる。
「それじゃあ、行こうか。おもいっきり、とっちめちゃおう」
笹雪が柔和な笑みを浮かべる。覚者達は、力強く頷いた。
●ライク・ア・トラッシュ・ムービースター
「へへっ、ちょろいもんだぜ、なぁ兄貴?」
「ああ。俺たちにかかればこんなもんさ」
黄色の工事看板を見て、時折進路を変えながら、為我井と馬越は路地を駆ける。喋り方はどこか気取っていて、仕草もどこか大仰だ。
ハリウッド映画のタフガイ、飄々とした悪役(ヴィラン)を気取り、あたかも自分がそうであるかのように振る舞う手合いが彼らだった。馬越に至っては、有名な吹き替え声優の声音を真似ている。
「しかし、兄貴よう。下見んとき、こんなに工事なんかあったか?」
「知ったことか。こうやって逃げれてるんだ。問題は無いってもんさ」
「それはどうだろうね」
為我井の足元に、ちょこんと少女の脚が突き出て来た。為我井は前につんのめり、辛うじて体勢を立て直す。為我井が振り返ると、その足が、身体が、壁を透過して零が姿を現す。
「正義の味方参上! ……初仕事だけど」
「家に帰るまでが銀行強盗、だよね。気付かなかったの?」
馬越の、二人の移動先を封じるようにして結衣がビルから飛び降りて着地する。脚が止まってしまえば、これ以上こそこそとする必要は無かった。
「あんなに余裕綽綽だったのに、気付かなかったのかしら?」
張が微笑を貼り付け、頭上を指差す。彼女の使役する守護使役がぱたぱたと覚者たちの頭上を飛んでいた。
「テメェら! つけてやがったのか!」
「だから言ったじゃないですか……」
為我井が今までの軽い調子をかなぐり捨て、怒鳴る。それを見て、たまきは呆気に取られる。この男達、話を聞こうともしない。
「ちっ! 他にも同族がいたとは運が悪い。逃げるぞ!」
馬越は為我井に比べ、いくらか冷静だった。サングラスのズレを直し、銃を構える。その足元に走る火花と銃声。玻璃のライフルから、仄かに硝煙の香りがした。
「お仲間扱いは勘弁してよ。次は当てるから」
現の因子のためか。大人びた彼女は不敵に笑う――映画の人物気取りと自分が同一視されたことへの微かな怒りを余裕の仮面で覆い隠した。
「さて、映画のボス気取りはそこまでですよ。ヴィランは最後に倒れるもの……それが相場ですから」
「気張って来て見りゃ、チンピラじゃねーか。マジで。よくもまあ、ここまでするタマがあったもんだね」
追い打ちとばかりに来る、誠二郎と雷鳥の、さながら映画のようなセリフ回し。一切の気取りの無い、為我井たちのそれとは根本から異なるもの。
「あなた方が状況を把握する必要はないよ」
ずいと包囲の輪を狭め、零は言った。その身体に、静かに力が込められてゆく。
「落ち着けよ相棒。見ればガキと女ばかりだ。俺たちの敵じゃない」
自分達の外見を棚に上げて、馬越は笑う。その言葉に為我井は頷き、ボウイナイフを引き抜いた。馬越も同じく、二丁拳銃を構える。
「ああ、その通りだ。ガキどもに大人のケンカを教えて――
言い終える前に、一陣の風が吹いた。しなやかな馬の筋肉のばね。それを全力で活かした槍の突撃。人間砲弾と化した彼女の攻撃を、為我井は身を捻ってダメージを殺す。
「大人のケンカのしかたが、なんだって?」
「……こンの、クソアマァ!」
雷鳥の挑発に、為我井が激昂する。しかし、動作は冷静だった。ボストンバッグを捨てて引き抜いたナイフを逆手に構え、隔者の持つ脚力のままに地面を蹴る。時間にすればほんの数秒。しかし、その短時間で、前衛に立つ雷鳥、張、誠二郎、結衣へとカマイタチを思わせる鋭い斬撃を浴びせかけた。
「ッ……なかなか、良い攻撃ね! 勿体ないじゃない。こんなことに力を使って!」
その中でも、とりわけダメージが大きいのは結衣だった珠の肌にぷっつりと赤い線が走り、タンクトップに血が滲む。それにも関わらず、結衣は上気した顔で頬を伝う血の雫を、赤い舌でちろりと舐め取った。唾液と血がまざり、彼女の唇をしめらせる。微かに眼が潤む。
「切られて、笑ってやがるぜあのガキ……」
「この距離では難しい……なら!」
為我井も馬越も、しばし呆気に取られた。その隙を見逃さない張では無い。木行の力を解放した剣を、為我井へと叩き付ける。為我井も短気ではあったが、戦闘に関して無能では無い。炎の宿したナイフで勢いを殺し、ダメージを軽減する。
「よーっし。こんどはあたしの番だかんね」
陶酔と冷静さが入り混じった表情で、結衣もまた腰を落とす。恍惚の中に滲んだ殺気が静かに膨れ上がってゆく。
「よそ見してる場合じゃ、ないと思うよ?」
夕暮れの如く煌々と輝く金の目が馬越を見つめた。笹雪が動く。手にした人型の札が宙を舞い、その視線を辿るように馬越へと殺到した。わずかに馬越が怯む。
「その通り。ヴィラン気取りなら、油断大敵ですよ!」
張と雷鳥のマークする為我井に誠二郎が畳みかける。杖を一閃。そこから飛ぶ小さな種子が為我井のコートに付着する。杖がカツンと地面を叩いた瞬間だった。急成長を遂げた植物は茨となって馬越の身体を引き裂く。
「チィッ! どうした兄弟(ブロゥ)! もっと暴れて注意を牽き付けろよ!」
「やってるよ、兄貴ももっと援護してくれ!」
お互いに怒鳴り合いながら、馬越はバックステップを踏みながら銃を連射。放たれるのは鉛では無く、術式によって生み出された氷の弾丸。
氷のシャワーが前に立つ覚者へと襲い掛かる。攻撃を受けるなか、誠二郎は帽子を深々とお辞儀をした。その頭上を通過した弾丸が、壁に無数の穴を開けた。
「失礼。これでも眼は良いんですよ」
気取った仕草。これが彼らに最も効く挑発だと理解した上で静かに彼は笑う。
●仕草はクール(気取って)、おつむはフール(マヌケ)
「前で暴れて、後ろが仕留める。悪くは無いけど、連携の方はどうかな」
ライフルの照準機器を覗き込みながら、玻璃は小さく呟いた。膝立ちの姿勢のまま、戦場から少し距離を置いた場所で隙を伺っている。彼女はこの中で最も戦場を知り、最も外にいた。
「なんとかして後ろの銃をやっつけないと」
たまきはそう言いながら術式に集中する。水行相手に、彼女の因子は相性が良い方だった。
「お粗末な連携ならば、やりようもあるってことだね」
「ッ、クソ!」
零は放り出されたボストンバッグへと駆ける。馬越と為我井もすぐに気付くが為我井は雷鳥らにマークされて身動きが取れず、馬越も外してボストンバッグを撃ってしまうことを恐れ、引き金を引くことを躊躇した。
「だから、そこが粗末だと言ってるで御座る」
おどけながら、振り向きざまに零は飛苦無を馬越へと放つ。一瞬の躊躇のせいで反応が遅れ、苦無が腕へ突き刺さる。呻き声をあげて馬越は拳銃を取り落とした。
「畜生、この馬女! 邪魔すんな!」
「すっトロいんだよ、何から何までね、悔しかったら、わたしよく疾く動きな!」
為我井の怒りをいなし、雷鳥は馬の脚を鋭く振り上げる。ナイフの振り下ろしに合わせたその蹴りは腕を正確に捉える。ナイフこそ取り落とさなかったが、為我井は大きく動きを崩す。彼には馬越の制止も意味を為さない。
「この野郎!」
「闇雲な攻撃が、わたしに当たるものかよ!」
無理やりな体勢から、炎を宿したナイフが振り下ろされる。しかし、そうした無理のある攻撃が当たるはずも無い。蹄の音を高らかに、雷鳥は攻撃をいなす。
「これでがら空きです!」
張が、為我井の壁が消えた瞬間に、剣を鋭く振るい、種子を飛ばす。コートに付着したそれが棘となって為我井の胸元を浅く切り裂いた。その後ろで、どこか呼吸を荒くした結衣は剣を構え、そこに炎を宿す。
「はぁ、はぁ……しょうがないよね、こうなった責任、取ってもらうんだから!」
怪我人のそれとは思えぬ、どこか艶のある息づかいに応じるように炎が吹き上がる。細い脚のどこにそんな力があるのか、地面を蹴った少女は一気に為我井へと肉薄。剣の刃ではなく、腹を当てるようにして思い切りスイング。術式による強化と、ホルモン的な何かによる勢いの一撃は肉厚とはいえ、ナイフで御せるものではなかった。
ナイフを砕き、強力な一撃が為我井の胸を思い切りたたき、引っ張るようにして吹き飛ばす。壁に激突し、白目を剥いた為我井は、そのまま戦意を喪失した。
「あとは、あなただけです!」
「さて、残るは……そう、馬越明さんでしたっけ?」
笹雪が穏やかな顔にキッとした表情を貼り付け、誠二郎が普段通りの微笑を浮かべながら馬越を見た。
「笹雪の方はともかく、誠二郎サンの方はまるで悪役みたいかも」
玻璃の呟きは、届いたのかどうか分からなかった。
●カーテンコールの無い終幕
じりじりと覚者たちは半円状に取り囲むようにして馬越へと近づいてゆく。助けを求めようにも相棒(いがい)は既に気を失っている。唯一の救いは覚者が殺しまでしないだろうということのみ。しばしの沈黙の後、馬越の顔に笑みと余裕が戻る。覚者達が身構えた。馬越は両手を軽く上げ、ニヒルに笑う。その頬に伝う汗。
「……ああ、もちろん。アンタらの目的は分かってる。半分だ……いや、四分の三でどうだ?」
「交渉のネタ、私が持っているんだけれど」
零がちいさく笑い、馬越を真似て両手を軽く掲げた。その手にあるものは、ずっしりとしたボストンバッグ。
「じゃ、じゃあこうしよう。俺たちに百万ずつ、後は残りを全部くれてやる。どうだ、破格じゃないか」
その言葉にニコリを笑みを浮かべ、誠二郎は一歩前に出る。
「交渉事にはコツがあります。一つは相手を納得させるための材料があること。そして、相手を多かれ少なかれ楽しませること……いかがです?」
「あいにく、現ナマは間に合っているね。ポップコーン持ってスクリーン越しなら、チケット代を払ったかもしれないけれど」
誠二郎は覚者達に振り向いた。雷鳥がやれやれとかぶりを振った。全員がそれに納得していた。
「ち、ちくしょう!」
「逃がしません!」
「って、言ったはずだよね……言ったっけ? ま、分かり切ったことだし」
ほとんどヤケクソのようにして、馬越は拳銃を構えた。それよりも速く、たまきが地面に手をかざした。轟と地面が唸りを上げ、馬越を縫い止めるようにして盛り上がる。玻璃の放ったライフル弾が飛ぶ。銃口に飛び込んだそれは、パンと軽い爆発を起こし、銃身が割れて黒い花を咲かせた。
身じろぎひとつ出来ず、頼りの得物を失った馬越は、そこでようやく全てを諦めたように眼を臥せた。
「ちくしょう……バカじゃねえの、お前ら。折角デカいこと出来るんなら、やらなきゃ損じゃねえか。何の力を持たない奴にへえこらして、楽しいのかよ……」
冷たい地面に横たわり朦朧としながら、意識を取り戻した為我井がほとんど呟くように言った。そこには何かへの怨嗟があるのかもしれない。
「言いたいことは分からなくもないけど、デカいことの内容を考えろって話だよ……」
「伯父さまへの手紙。今度ばかりは書けそうにありません……情けない」
結衣が呆れたと言わんばかりに手を額に当てた。たまきは小さな手を白くなるほど握りしめた。
「この世界は、映画じゃないんです。犯罪を成功させておしまいとはいきません!」
強く断言した彼女を、隔者ふたりはどこか呆けたように見ていた。
「事件に巻き込まれた人はあなた達を恐れ、憎むかもしれない。そして、それはあなた達だけじゃない、力を持つ人全てを憎むようになる……その意味、分かるよね?」
笹雪はそう言って、言葉を止めた。馬越も為我井も、自分のしたことの大きさに気が付いたのか、身に着けた力が身の丈に合わないものであると初めて気づいたようにうなだれている。言い過ぎとは思わないが、一度言葉を切った。
「あなた達のバックに何かいたりとか、するの?」
「……クライム映画の主人公になるような犯罪者は、常に少数が決まりだろう?」
馬越は声帯変化を止め、自分の声で語った。自嘲気味の声は少なくとも気取った演技はどこにも無かった。
「笹雪。後は私たちの仕事じゃない。コイツを返して帰ろう」
零がボストンバッグを軽く掲げる。笹雪は軽く頷き、踵を返す。
「もっと自分を磨いて、出直してきなよ。私が言えた義理じゃないケド」
玻璃がぽつりとつぶやいた。覚者達が立ち去った後、為我井と馬越は回収されるまでずっと、彼女らが去った方を見ていた。
覚者たちの後ろ姿が、彼らには随分と眩しく感じられたのだ。
「……徒歩だったか。なーんだ。借りて来たこいつも無駄になっちまった」
通りを歩いて来たパンクな衣装の二人組――今回の標的が銀行に入って行く様子を見て、『だく足の雷鳥』風祭・雷鳥(CL2000909)は、少しだけ残念そうにステアリングを指先で叩いた。
「まあまあ、小細工のプロセスが一つ消えたわけだ。そう考えればラッキーですよ」
後部座席で足を組む『便利屋』橘 誠二郎(CL2000665)は飄々と答える。糸のように細められた眼ではあるが、その視線は鋭く、銀行の入り口を睨んでいる。
「因子の力を、こんなつまらないことに使うなんて……」
「一番きらいなタイプだよ。今すぐにとっちめてやりたいくらい」
そう言いながら、雷鳥の乗るワゴンカーの影へと集まる少女が数人。そのうちの並外れた視力を持つ二人、賀茂 たまき(CL2000994)と九段 笹雪(CL2000517)は、憤懣やるかたないといった様子で銀行の中のならず者二人に視線を送っていた。手元には彼女らの身体にはいくらか大きな工事中の看板。
「全く、不甲斐ない男達ですこと」
「力を手に入れて、大きくなっちゃって。素人みたいだよ」
たまきと笹雪らと異なる方からやってきたのは張 麗虎(CL2000806)と鳳 結衣の二人だった。(CL2000914)彼女らが滲ませているものは怒りというよりも、呆れだった。持った力には責任が伴う。厳しい鍛錬を潜った彼女らにとって、そうした私欲のままに力を扱うことなどは、論外であった。
「素人なんでしょ。おもちゃをもらってはしゃいでいるんじゃない? くだらない」
さらにやってくる少女が二人。どこかクールぶって言うのは『嘘吐きビター』雛見 玻璃(CL2000865)だ。喪服のような黒いヴェールに包まれてはいるが、その乳白色の肌は僅かに紅潮している。雷鳥や誠二郎は気付いたものの、指摘しない。背伸びする少女を見る、大人の振る舞いだ。
「……玻璃も、許せないんだね。みんな同じだ」
しかし十一 零(CL2000001)にそうした概念は存在しなかった。覚醒しているにも関わらず、まだ少しばかり眠たそうな表情で、こくりと頷いた。
「そ、そりゃそうに決まってんジャン! あーゆーのが蔓延ると、こっちも迷惑が来るんだから」
不要な場所で力が振るわれ、無辜の人が傷つくことが許せない。そう素直に表現しないでよいのが、思春期の特権だった。束の間玻璃へと流れる、優しい空気。
「おーおー、元気が良い。その様子だと、封鎖作戦は順調みたいだね」
「そ、そりゃもちろん!」
「この周辺の地理は全て把握しましたから」
雷鳥の言葉に、玻璃が大仰に頷いた。その隣でたまきははにかむ。力に酔いしれたものには出来ない、素直な表情だった。
「おや。出て来たようですね」
誠二郎の視線の先に、二人の男の姿が映る。髪型などに多少の差異はあったが、茶髪のアロハシャツの男――為我井大輔の背中に背負った大きなボストンバッグ。その重さを感じさせない、俊敏な身のこなし。
「さて、ここからが本番ですね」
誠二郎と雷鳥がワゴンから降りる。
「それじゃあ、行こうか。おもいっきり、とっちめちゃおう」
笹雪が柔和な笑みを浮かべる。覚者達は、力強く頷いた。
●ライク・ア・トラッシュ・ムービースター
「へへっ、ちょろいもんだぜ、なぁ兄貴?」
「ああ。俺たちにかかればこんなもんさ」
黄色の工事看板を見て、時折進路を変えながら、為我井と馬越は路地を駆ける。喋り方はどこか気取っていて、仕草もどこか大仰だ。
ハリウッド映画のタフガイ、飄々とした悪役(ヴィラン)を気取り、あたかも自分がそうであるかのように振る舞う手合いが彼らだった。馬越に至っては、有名な吹き替え声優の声音を真似ている。
「しかし、兄貴よう。下見んとき、こんなに工事なんかあったか?」
「知ったことか。こうやって逃げれてるんだ。問題は無いってもんさ」
「それはどうだろうね」
為我井の足元に、ちょこんと少女の脚が突き出て来た。為我井は前につんのめり、辛うじて体勢を立て直す。為我井が振り返ると、その足が、身体が、壁を透過して零が姿を現す。
「正義の味方参上! ……初仕事だけど」
「家に帰るまでが銀行強盗、だよね。気付かなかったの?」
馬越の、二人の移動先を封じるようにして結衣がビルから飛び降りて着地する。脚が止まってしまえば、これ以上こそこそとする必要は無かった。
「あんなに余裕綽綽だったのに、気付かなかったのかしら?」
張が微笑を貼り付け、頭上を指差す。彼女の使役する守護使役がぱたぱたと覚者たちの頭上を飛んでいた。
「テメェら! つけてやがったのか!」
「だから言ったじゃないですか……」
為我井が今までの軽い調子をかなぐり捨て、怒鳴る。それを見て、たまきは呆気に取られる。この男達、話を聞こうともしない。
「ちっ! 他にも同族がいたとは運が悪い。逃げるぞ!」
馬越は為我井に比べ、いくらか冷静だった。サングラスのズレを直し、銃を構える。その足元に走る火花と銃声。玻璃のライフルから、仄かに硝煙の香りがした。
「お仲間扱いは勘弁してよ。次は当てるから」
現の因子のためか。大人びた彼女は不敵に笑う――映画の人物気取りと自分が同一視されたことへの微かな怒りを余裕の仮面で覆い隠した。
「さて、映画のボス気取りはそこまでですよ。ヴィランは最後に倒れるもの……それが相場ですから」
「気張って来て見りゃ、チンピラじゃねーか。マジで。よくもまあ、ここまでするタマがあったもんだね」
追い打ちとばかりに来る、誠二郎と雷鳥の、さながら映画のようなセリフ回し。一切の気取りの無い、為我井たちのそれとは根本から異なるもの。
「あなた方が状況を把握する必要はないよ」
ずいと包囲の輪を狭め、零は言った。その身体に、静かに力が込められてゆく。
「落ち着けよ相棒。見ればガキと女ばかりだ。俺たちの敵じゃない」
自分達の外見を棚に上げて、馬越は笑う。その言葉に為我井は頷き、ボウイナイフを引き抜いた。馬越も同じく、二丁拳銃を構える。
「ああ、その通りだ。ガキどもに大人のケンカを教えて――
言い終える前に、一陣の風が吹いた。しなやかな馬の筋肉のばね。それを全力で活かした槍の突撃。人間砲弾と化した彼女の攻撃を、為我井は身を捻ってダメージを殺す。
「大人のケンカのしかたが、なんだって?」
「……こンの、クソアマァ!」
雷鳥の挑発に、為我井が激昂する。しかし、動作は冷静だった。ボストンバッグを捨てて引き抜いたナイフを逆手に構え、隔者の持つ脚力のままに地面を蹴る。時間にすればほんの数秒。しかし、その短時間で、前衛に立つ雷鳥、張、誠二郎、結衣へとカマイタチを思わせる鋭い斬撃を浴びせかけた。
「ッ……なかなか、良い攻撃ね! 勿体ないじゃない。こんなことに力を使って!」
その中でも、とりわけダメージが大きいのは結衣だった珠の肌にぷっつりと赤い線が走り、タンクトップに血が滲む。それにも関わらず、結衣は上気した顔で頬を伝う血の雫を、赤い舌でちろりと舐め取った。唾液と血がまざり、彼女の唇をしめらせる。微かに眼が潤む。
「切られて、笑ってやがるぜあのガキ……」
「この距離では難しい……なら!」
為我井も馬越も、しばし呆気に取られた。その隙を見逃さない張では無い。木行の力を解放した剣を、為我井へと叩き付ける。為我井も短気ではあったが、戦闘に関して無能では無い。炎の宿したナイフで勢いを殺し、ダメージを軽減する。
「よーっし。こんどはあたしの番だかんね」
陶酔と冷静さが入り混じった表情で、結衣もまた腰を落とす。恍惚の中に滲んだ殺気が静かに膨れ上がってゆく。
「よそ見してる場合じゃ、ないと思うよ?」
夕暮れの如く煌々と輝く金の目が馬越を見つめた。笹雪が動く。手にした人型の札が宙を舞い、その視線を辿るように馬越へと殺到した。わずかに馬越が怯む。
「その通り。ヴィラン気取りなら、油断大敵ですよ!」
張と雷鳥のマークする為我井に誠二郎が畳みかける。杖を一閃。そこから飛ぶ小さな種子が為我井のコートに付着する。杖がカツンと地面を叩いた瞬間だった。急成長を遂げた植物は茨となって馬越の身体を引き裂く。
「チィッ! どうした兄弟(ブロゥ)! もっと暴れて注意を牽き付けろよ!」
「やってるよ、兄貴ももっと援護してくれ!」
お互いに怒鳴り合いながら、馬越はバックステップを踏みながら銃を連射。放たれるのは鉛では無く、術式によって生み出された氷の弾丸。
氷のシャワーが前に立つ覚者へと襲い掛かる。攻撃を受けるなか、誠二郎は帽子を深々とお辞儀をした。その頭上を通過した弾丸が、壁に無数の穴を開けた。
「失礼。これでも眼は良いんですよ」
気取った仕草。これが彼らに最も効く挑発だと理解した上で静かに彼は笑う。
●仕草はクール(気取って)、おつむはフール(マヌケ)
「前で暴れて、後ろが仕留める。悪くは無いけど、連携の方はどうかな」
ライフルの照準機器を覗き込みながら、玻璃は小さく呟いた。膝立ちの姿勢のまま、戦場から少し距離を置いた場所で隙を伺っている。彼女はこの中で最も戦場を知り、最も外にいた。
「なんとかして後ろの銃をやっつけないと」
たまきはそう言いながら術式に集中する。水行相手に、彼女の因子は相性が良い方だった。
「お粗末な連携ならば、やりようもあるってことだね」
「ッ、クソ!」
零は放り出されたボストンバッグへと駆ける。馬越と為我井もすぐに気付くが為我井は雷鳥らにマークされて身動きが取れず、馬越も外してボストンバッグを撃ってしまうことを恐れ、引き金を引くことを躊躇した。
「だから、そこが粗末だと言ってるで御座る」
おどけながら、振り向きざまに零は飛苦無を馬越へと放つ。一瞬の躊躇のせいで反応が遅れ、苦無が腕へ突き刺さる。呻き声をあげて馬越は拳銃を取り落とした。
「畜生、この馬女! 邪魔すんな!」
「すっトロいんだよ、何から何までね、悔しかったら、わたしよく疾く動きな!」
為我井の怒りをいなし、雷鳥は馬の脚を鋭く振り上げる。ナイフの振り下ろしに合わせたその蹴りは腕を正確に捉える。ナイフこそ取り落とさなかったが、為我井は大きく動きを崩す。彼には馬越の制止も意味を為さない。
「この野郎!」
「闇雲な攻撃が、わたしに当たるものかよ!」
無理やりな体勢から、炎を宿したナイフが振り下ろされる。しかし、そうした無理のある攻撃が当たるはずも無い。蹄の音を高らかに、雷鳥は攻撃をいなす。
「これでがら空きです!」
張が、為我井の壁が消えた瞬間に、剣を鋭く振るい、種子を飛ばす。コートに付着したそれが棘となって為我井の胸元を浅く切り裂いた。その後ろで、どこか呼吸を荒くした結衣は剣を構え、そこに炎を宿す。
「はぁ、はぁ……しょうがないよね、こうなった責任、取ってもらうんだから!」
怪我人のそれとは思えぬ、どこか艶のある息づかいに応じるように炎が吹き上がる。細い脚のどこにそんな力があるのか、地面を蹴った少女は一気に為我井へと肉薄。剣の刃ではなく、腹を当てるようにして思い切りスイング。術式による強化と、ホルモン的な何かによる勢いの一撃は肉厚とはいえ、ナイフで御せるものではなかった。
ナイフを砕き、強力な一撃が為我井の胸を思い切りたたき、引っ張るようにして吹き飛ばす。壁に激突し、白目を剥いた為我井は、そのまま戦意を喪失した。
「あとは、あなただけです!」
「さて、残るは……そう、馬越明さんでしたっけ?」
笹雪が穏やかな顔にキッとした表情を貼り付け、誠二郎が普段通りの微笑を浮かべながら馬越を見た。
「笹雪の方はともかく、誠二郎サンの方はまるで悪役みたいかも」
玻璃の呟きは、届いたのかどうか分からなかった。
●カーテンコールの無い終幕
じりじりと覚者たちは半円状に取り囲むようにして馬越へと近づいてゆく。助けを求めようにも相棒(いがい)は既に気を失っている。唯一の救いは覚者が殺しまでしないだろうということのみ。しばしの沈黙の後、馬越の顔に笑みと余裕が戻る。覚者達が身構えた。馬越は両手を軽く上げ、ニヒルに笑う。その頬に伝う汗。
「……ああ、もちろん。アンタらの目的は分かってる。半分だ……いや、四分の三でどうだ?」
「交渉のネタ、私が持っているんだけれど」
零がちいさく笑い、馬越を真似て両手を軽く掲げた。その手にあるものは、ずっしりとしたボストンバッグ。
「じゃ、じゃあこうしよう。俺たちに百万ずつ、後は残りを全部くれてやる。どうだ、破格じゃないか」
その言葉にニコリを笑みを浮かべ、誠二郎は一歩前に出る。
「交渉事にはコツがあります。一つは相手を納得させるための材料があること。そして、相手を多かれ少なかれ楽しませること……いかがです?」
「あいにく、現ナマは間に合っているね。ポップコーン持ってスクリーン越しなら、チケット代を払ったかもしれないけれど」
誠二郎は覚者達に振り向いた。雷鳥がやれやれとかぶりを振った。全員がそれに納得していた。
「ち、ちくしょう!」
「逃がしません!」
「って、言ったはずだよね……言ったっけ? ま、分かり切ったことだし」
ほとんどヤケクソのようにして、馬越は拳銃を構えた。それよりも速く、たまきが地面に手をかざした。轟と地面が唸りを上げ、馬越を縫い止めるようにして盛り上がる。玻璃の放ったライフル弾が飛ぶ。銃口に飛び込んだそれは、パンと軽い爆発を起こし、銃身が割れて黒い花を咲かせた。
身じろぎひとつ出来ず、頼りの得物を失った馬越は、そこでようやく全てを諦めたように眼を臥せた。
「ちくしょう……バカじゃねえの、お前ら。折角デカいこと出来るんなら、やらなきゃ損じゃねえか。何の力を持たない奴にへえこらして、楽しいのかよ……」
冷たい地面に横たわり朦朧としながら、意識を取り戻した為我井がほとんど呟くように言った。そこには何かへの怨嗟があるのかもしれない。
「言いたいことは分からなくもないけど、デカいことの内容を考えろって話だよ……」
「伯父さまへの手紙。今度ばかりは書けそうにありません……情けない」
結衣が呆れたと言わんばかりに手を額に当てた。たまきは小さな手を白くなるほど握りしめた。
「この世界は、映画じゃないんです。犯罪を成功させておしまいとはいきません!」
強く断言した彼女を、隔者ふたりはどこか呆けたように見ていた。
「事件に巻き込まれた人はあなた達を恐れ、憎むかもしれない。そして、それはあなた達だけじゃない、力を持つ人全てを憎むようになる……その意味、分かるよね?」
笹雪はそう言って、言葉を止めた。馬越も為我井も、自分のしたことの大きさに気が付いたのか、身に着けた力が身の丈に合わないものであると初めて気づいたようにうなだれている。言い過ぎとは思わないが、一度言葉を切った。
「あなた達のバックに何かいたりとか、するの?」
「……クライム映画の主人公になるような犯罪者は、常に少数が決まりだろう?」
馬越は声帯変化を止め、自分の声で語った。自嘲気味の声は少なくとも気取った演技はどこにも無かった。
「笹雪。後は私たちの仕事じゃない。コイツを返して帰ろう」
零がボストンバッグを軽く掲げる。笹雪は軽く頷き、踵を返す。
「もっと自分を磨いて、出直してきなよ。私が言えた義理じゃないケド」
玻璃がぽつりとつぶやいた。覚者達が立ち去った後、為我井と馬越は回収されるまでずっと、彼女らが去った方を見ていた。
覚者たちの後ろ姿が、彼らには随分と眩しく感じられたのだ。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
