春の厄介者
●
さわさわと木々を揺らして風が吹く。
春の訪れを感じるあたたかな風は喜びと共に厄介な物も運んでくる。
「うう……目がかゆい……」
「毎年毎年カンベンしてほしい……」
風が吹いた後あちらこちらで目をこすったりくしゃみをしたりと花粉に悩まされる通行人の不平不満が聞こえて来る。
山からの風の通り道となっているこの町のいやな風物詩である。
今年も通りのドラッグストアはいい売り上げを叩き出すだろう。
目をこすりながら益体もない事を考えていた通行人の一人が憂鬱な気持ちで目を開く。
「あれ……?」
歩き出そうとした足が動かない。
何が起きたのかと驚いていると、急に突風が吹いて近くの街路樹に叩きつけられた。
一体何が起きたのか理解できないまま、その通行人は意識を失う。
その周りでは他の通行人も次々と苦しみ出して倒れて行く。
通りを吹き抜ける風が倒れた通行人の間で渦巻いた。
●
「皆さん、花粉症は大丈夫でしょうか?」
久方 真由美(nCL2000003)の問い掛けに、どこかでくしゃみが起きる。
いつの間にか会議室に置かれていた空気清浄機が全開で稼働していた。
「山が見える町に妖が発生するようです。渦巻く風の形をした自然系の妖です」
山から吹き下ろす風が通るその町は、夏場であれば涼しい風が、冬場ならば骨身に染みるほど冷たい風が、そして春先は花粉をたっぷり含んだ風が吹く。
住民は毎年のように悩まされていたが、今回の風は人の命まで奪う危険な妖であった。
「妖の数は三体。状態異常を引き起こす風で攻撃して来るようです」
攻撃手段は風の攻撃のみであるが、範囲は広く状態異常を重ねられると厄介だ。
「妖はまず町の公園に出現します。その場で少しの間留まってから通りに沿って移動して行くようです」
出現する時間帯は昼時であり、通りには外食のために出てきた会社員などで通行人が増え、車通りも多くなってくる。妖を公園の外に出せば一般人にも被害が出るだろう。
「公園内に留めておく事に成功すれば、近くを通りかかった通行人の方から異常を察して離れてくれるでしょう。妖の方も目の前に誰かがいればその場を離れる事はないようです」
ただでさえ花粉を運んでくる風に悩む時期である。
妖が巻き起こす風まで加わるなど迷惑どころの騒ぎではない。
「そうでした。蛇足になりますが、外で戦う事になるので花粉症の方は気を付けて下さいね」
会議室にくしゃみの音が響いた。
さわさわと木々を揺らして風が吹く。
春の訪れを感じるあたたかな風は喜びと共に厄介な物も運んでくる。
「うう……目がかゆい……」
「毎年毎年カンベンしてほしい……」
風が吹いた後あちらこちらで目をこすったりくしゃみをしたりと花粉に悩まされる通行人の不平不満が聞こえて来る。
山からの風の通り道となっているこの町のいやな風物詩である。
今年も通りのドラッグストアはいい売り上げを叩き出すだろう。
目をこすりながら益体もない事を考えていた通行人の一人が憂鬱な気持ちで目を開く。
「あれ……?」
歩き出そうとした足が動かない。
何が起きたのかと驚いていると、急に突風が吹いて近くの街路樹に叩きつけられた。
一体何が起きたのか理解できないまま、その通行人は意識を失う。
その周りでは他の通行人も次々と苦しみ出して倒れて行く。
通りを吹き抜ける風が倒れた通行人の間で渦巻いた。
●
「皆さん、花粉症は大丈夫でしょうか?」
久方 真由美(nCL2000003)の問い掛けに、どこかでくしゃみが起きる。
いつの間にか会議室に置かれていた空気清浄機が全開で稼働していた。
「山が見える町に妖が発生するようです。渦巻く風の形をした自然系の妖です」
山から吹き下ろす風が通るその町は、夏場であれば涼しい風が、冬場ならば骨身に染みるほど冷たい風が、そして春先は花粉をたっぷり含んだ風が吹く。
住民は毎年のように悩まされていたが、今回の風は人の命まで奪う危険な妖であった。
「妖の数は三体。状態異常を引き起こす風で攻撃して来るようです」
攻撃手段は風の攻撃のみであるが、範囲は広く状態異常を重ねられると厄介だ。
「妖はまず町の公園に出現します。その場で少しの間留まってから通りに沿って移動して行くようです」
出現する時間帯は昼時であり、通りには外食のために出てきた会社員などで通行人が増え、車通りも多くなってくる。妖を公園の外に出せば一般人にも被害が出るだろう。
「公園内に留めておく事に成功すれば、近くを通りかかった通行人の方から異常を察して離れてくれるでしょう。妖の方も目の前に誰かがいればその場を離れる事はないようです」
ただでさえ花粉を運んでくる風に悩む時期である。
妖が巻き起こす風まで加わるなど迷惑どころの騒ぎではない。
「そうでした。蛇足になりますが、外で戦う事になるので花粉症の方は気を付けて下さいね」
会議室にくしゃみの音が響いた。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖三体の撃破
2.一般人に死傷者を出さない
3.なし
2.一般人に死傷者を出さない
3.なし
花粉症の時期は窓を開けるのが怖いです。
そんな時に厄介な妖が現れました。
屋外での戦闘になりますので、花粉症の方は頑張って下さい。
●場所
山が見える町にある公園。他の時期なら東屋やベンチなどでお昼を楽しむ人もいるのですが、この時期は人気がありません。
公園と言うより広い芝生がある広場と言った場所で、戦闘の邪魔になるような遊具はありません。
公園の前の道はあまり人が通りませんが、その道を行った先の大通りは通行量が一気に増えます。
●敵能力
三体とも(特攻/ダメージ+BS)効果を持つ攻撃が一種類のみ。
物理攻撃は効果が薄く、特攻ダメージによる攻撃の方が効果が高くなります。
・黄風/自然系ランク2
三体の内黄色っぽく見える渦巻き。
敵全体に痺れBSを付与する風を使います。
・灰風/自然系ランク2
三体の内灰色っぽく見える渦巻き。
この一体の攻撃のみ効果範囲が(遠/列)になります。
敵一列をノックバックする突風を使います。
・白風/自然系ランク2
三体の内白っぽく見える渦巻き。
他の二体に比べ攻撃能力が高く、敵全体に凍傷BSを引き起こす風を使います。
情報は以上となります。
皆様のご参加お待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年03月25日
2016年03月25日
■メイン参加者 8人■

●
昼。空は快晴、遠くに見える山の緑がよく映える。
「あ、山だ山! キレーだなー。桜咲いてる?」
「桜ってもうちょっと先じゃないか?」
新咎 罪次(CL2001224)と成瀬 翔(CL2000063)が町中から見える山にはしゃいでいる。
「……あそこから花粉運ばれてくんのかー」
くしゅん! くしゅん!
罪次がぽつりと呟くと後ろからくしゃみが聞こえて来た。
「ぁぅぅ……おめめが、痒いの……くしゃみも、出るのぉ」
坂上 御羽(CL2001318)は風が運んできた花粉によるくしゃみと目の痒みに涙目である。
「辛い依頼かも知れないけど……頑張ろうね。薬……いる……?」
「うぅ……ありがとう……」
鈴白 秋人(CL2000565)が差し出した薬を受け取ろうとした御羽だったが、また痒みに襲われたらしい。
「おめめ取り出して丸洗いしたいよっ」
目を擦りながら怖いことを言い出した。
「この時期の花粉症は辛いとよく聞くけど、本当に辛そうね」
三島 椿(CL2000061)は花粉症に縁がないようで、御羽を気の毒そうに見ている。
「この季節は地獄ってニュースで言ってた! オレは平気だけどなー」
こちらも元気一杯。平気な顔をしている罪次にうんうんと頷く翔。
「ヒーローが花粉症なんてかっこつかねーし!」
彼の中のヒーロー道は花粉症が許されないようだ。
「……辛そうだのぉ。そのような病が流行っているとは、都会は恐ろしい場所だな」
御羽を気の毒そうに見る由比 久永(CL2000540)は平気そうにしているが、阿久津 ほのか(CL2001276)は少々怪しい。
「ん~……これって花粉でしょうかぁ~……うぅ~…花粉症になりたくない~……」
「あまり擦るな……目薬あるんだろ」
阿久津 亮平(CL2000328)がほら。とほのかの荷物から目薬を出してやり渡す。
「あ……ありがと~兄ィ」
「ん……」
これだけのやりとりなのに兄妹である二人はどこかぎこちない。
仲が悪いわけではない。むしろ良い方なのだが、同じ依頼に兄妹揃っての参加がどうも気恥ずかしいようだ。
(あ~う~、これはどっからどう見ても、授業参観に慌てて飛び込んで教室を間違えた父兄みたいな雰囲気だよ、兄ィ)
ブリーフィングにふらっと入ってきた亮平の姿を思い出したのか、もじもじと落ち着かないほのか。
(……あ。ほのかが気まずそうにしてる)
亮平の方も寝ぼけて指令室に入り気付いたらブリーフィングに参加していたと言う自分の行動を思い出し、意味もなく帽子のつばをいじってみたり。
「公園はもう少し先だったわね。妖と戦う前にする事もあるし、早く行きましょう」
そんな二人にとってクールな椿の一声が助け船になった。
「花粉症で大変なのにそこに加えて妖だからな。とっとと退治してやろうぜ」
「苦しいのヤだもんな、早くやっつけて帰ろうぜー」
翔と罪次がごそごそと自分の荷物を漁りながら言った所で気分を切り替えたようで、亮平とほのかもう頷いて荷物を漁るとある物を取り出した。
●
「ふむ。テープはこの電灯から伸ばした方がいいか?」
もがもがと少しくぐもった声で久永が秋人に聞くと、秋人の方もくぐもった声を返して頷く。
「後はもう一本を交差するように貼れば完成ですね」
作業中ずれた眼鏡を治し、秋人はもう一つ黄色いキープアウトテープを取り出す。
「坂上さんは大丈夫?」
「はっ! はいっ、大丈夫です!」
時々目をこすりつつも楽し気に近くの木にテープを巻いていた御羽が、不必要に大きな声で返事した。かと思ったら先程までの楽し気な様子とは打って変わってしんと黙り込んで作業を再開する。
(よ、よく考えたら知らない人たちの中でお仕事……お兄ちゃんもいない……)
どうやら花粉症の症状が少し落ち着いた事で人見知りがぶり返したようだ。
秋人と久永は目を合わせ、逆に優し気な目で御羽と一緒に作業を続ける。
「お~い、向こうの方終わったよ~」
「しっかり立ち入り禁止テープ貼まくってきたぜ!」
粗方作業が終わった所でほのかと罪次と椿の三人が戻って来た。
三人ともこことは別の出入り口に立ち入り禁止を示す黄色に黒のテープを貼って来たのだ。
『今の所公園に近付いて来る人はいないようだ』
『公園の中にも誰もいなかったぜ。妖もまだ出て来てないみてーだ』
丁度その時亮平と翔から送受心による連絡が入って来た。
守護使役の偵察能力を使い、公園内に人がいないか、また近くに寄って来る者はいないか確認していたのだ。
「妖はまだいないようだけど、早めに来てほしいわ」
二人の報告を聞いた椿が仲間を見回し、自分もつけている花粉症対策眼鏡やゴーグルにマスクの一団と言うこの上なく怪しい有様にくすりと笑う。
「見た目、結構不審な一団よね」
速めに済ませて帰らないと彼かが見たら通報されるかもしれないと半分本気で考えた。
『皆来てくれ、妖が現れた!』
全員に届く翔の報告。
マスクと眼鏡の怪しい集団が公園の一角を目指して走り出した。
「アレが今日の敵かあ……痛いか反応返してくんのかな?」
公園の芝生の上で風を巻き起こす妖に対し、罪次は妙な事を気にしている。
しかしさもありなん。
「本当に渦巻きなんだな」
亮平と翔も加えた怪しい八人と相対するのは、灰色、黄色白の渦巻きが三つ。
「町の人に被害が出ない内に片付けるぞ」
三体の妖はすべて同じ隊列に位置しており、亮平が放った雷は三体を直撃する。
「皆でさっさと倒してやろうぜ!」
「花粉症の仲間の為にも、早々に決着をつけてやるとするか」
翔が味方の能力を引き上げる風を起こし、力を得た久永の雷獣が晴天の空から地上の妖へ襲い掛かる。
「いまひとつ負傷の程度が分からんな」
激しく帯電するだけで形も崩れず声も聞こえない渦巻きの妖。
その三体が同時に動き出した。
黄風が巻き起こす風が体を痺れさせ、白風の凍える風があたたかな日だと言うのに凍傷を与えて行く。
続いて動いた灰風の突風は前衛に立つ味方を軒並み吹き飛ばした。
「三体連続はきついわね……」
凍傷の痛みに眉をひそめ、椿は急いで水衣を使う。
おそらく三体の反応速度はほぼ同じ。味方が割り込む間もなく三体が連続で行動するとなれば驚異は更に増す。
「これは気を引き締めて行かないとね」
跳ね飛ばされた秋人は炎の力を活性化させ、体を蝕む冷気も消し去る。
体には痺れが走っていたが、動きを止めるほどではない。
「坂上御羽! がっ、がんばります!!」
体に走る痺れも凍傷の痛みもこらえて御羽が声を上げる。
八人の中で最も体力の低い彼女は今の攻撃だけでごっそりと削られていた。
「それでも……!」
右の掌に浮かんだ瞳が強い光を宿し、頭上に雷雲が発生する。
「小さくたって、御羽の身体で出来る事はあるんだっ。御羽は守るよ、仲間を、世界も!」
渾身の力と決意を込めた雷が落ちる。
悪意の風はその決意をなぎ倒さんと激しく吹き荒れた。
「その意気だ」
「は、はいっ!」
御羽への攻撃を受け止めた亮平から声を掛けられ、御羽の目が強さを増す。
何度も危険な状態に陥りながらも、味方の助けを受けて必死で戦い続ける。
妖の方も一歩も引かない。味方を癒す霧と風が回復を促せば、黄風と白風はそれを押し退ける勢いで風を巻き起こし、灰風の突風が安定した陣形を乱す。
「この、程度……!」
「ヒーローがこの程度で負けるかよ!」
痺れを跳ね除けた亮平の舞衣が味方の状態異常を回復させる。
体が痺れから解放された翔は久永に目を向ける。
視線で互いに動ける事を確認した二人が立て続けに放つ雷獣が晴れた公園の芝生を更に明るく照らす。
「今度は私が先ね」
先程は妖に先行された椿がエアブリットで黄風を撃つ。
「さっきの分は少し返させてもらうよ」
雷獣に勝るとも劣らぬ水の龍が牙を剥き、三体の妖を飲み込んだ。
貫かれ水に飲まれてもすぐさま元の形状に戻った三体がまた立て続けに攻撃を開始する。
黄風と白風の攻撃は再び八人の間を荒れ狂い、その風は御羽を打ち倒す。
「やりやがったな!」
怒りを込めた隆槍が黄風に突き刺さる。
「反応薄いなー。ちゃんと痛いとかわかんねーとつまらねーだろ」
すぐに元の形に戻る妖に舌打ちする罪次。
「やられた分はお返し~」
ほのかの無頼が渦巻きの動きを鈍らせた。
そこに召雷が落ちる。
「動ける間は全身全霊でぶつかるよっ!」
命数を燃やし立ち上がった御羽が叫ぶ。
妖がその叫びに対抗するかのように激しく渦を巻く。
●
状態異常と回復のイタチごっこの様相を呈している戦闘は、一つ間違えれば一気に体力を削られる緊迫感が付いて回った。
八人全員を巻き込む黄風と白風の攻撃は回復が遅れた者や抵抗に失敗した者に徐々に積み重なって行き、行動不能に陥らせ体力を削る。
白風の攻撃をまともに食らって倒れたのは罪次だった。
「痛ってぇ……最初は心配したけど、ちゃんと楽しませてくれんじゃねーか!」
膝を折るも再び立ち上がった罪次は楽し気に笑う。
「にしても……攻撃通ってんだろうな?」
妖が血も流さず体の形状に変化もないため攻撃した者が思わず首を傾げてしまうような有様だったが、攻撃は確実に効いていた。
しかし、それ以上に覚者達へのダメージが大きい。
「駄目だ、動けない……!」
「私が!」
痺れが回って動けなくなった秋人に代わり椿が味方を癒す。
「今度は俺の番だぜ!」
「私もズドンと一発~」
罪次の隆槍とほのかの鉄甲掌が黄風に強烈なダメージを与える。
風に手応えと言うのもおかしいが、二人は確かにその手ごたえを感じて思わず拳を握る。
「よし……!」
今だと亮平が呼び出した雷雲から生まれた雷光と雷獣が妖の体を引き裂く。
その残光が消えない内に、久永が次の雷獣を呼び出した。
「慣れぬますくとごーぐるは邪魔でのぉ。早く倒れておくれ」
引き裂かれて散ってすぐ妖の体はまた元に戻ろうとしたが、渦巻きの形状を取り戻す事ができたのは灰風と白風の二体のみ。
「一番厄介なものは倒れたね……。あともう一息かな……」
癒しの霧で仲間を癒した秋人が少しだけ表情を和らげたが、安堵するにはまだ早かった。
白風の冷たく身を切り裂くような風に御羽が力尽きたのだ。
「ぅぅ……ご、ごめん……ね……」
倒れ込んだ御羽の前に立ち、椿が武器を握り締める。
「やったわね……!」
椿の演舞・舞音で黄風の名残である痺れが全て消え去った。
白風の凍傷も時に体の自由を奪うものだったが、黄風の存在が無くなれば驚異は下がる。
「女の子に冷えは禁物やよ~」
だから早く倒れろとでも言いたげに、ほのかの無頼漢がダメージを与え、動きを鈍らせる。
「兄ィ、あとよろしく~」
始めのぎこちなさはどこかへいったらしい。
ほのかに頷きを返した亮平の目が白風と灰風を見据える。
相変わらず負傷しているのかいないのかよく分からない渦巻き状の体だったが、心なしか渦巻きの勢いが弱まっているような気がした。
「これで最後か……?」
自分を含めた味方の方も消耗を続けており、これ以上の長期戦となればあと一人二人は倒れるだろう。
「最後にしてやろうぜ! 仲間の借りはきっちり返す!」
味方の回復か、攻撃か、一瞬迷った亮平の台詞に翔が力強く言う。
亮平が頷く。
白風と灰風が二人の闘志を察したかどうか分からないが、これまで以上に激しく渦巻きを回転させる。
相対しているだけで感じる強い向かい風を切り裂いて、亮平と翔が駆ける。
「散れ!」
亮平の召雷が妖を貫き芝生まで抉る。
風と落雷の衝撃で巻き上げられた土の欠片も気にせずに翔が叫ぶ。
「最後を決めるのはヒーローの必殺技だ!」
響き渡る轟音と雷光。
おさまった後には妖の影すら残っておらず、遠くから平和な日常を謳歌する町の喧騒が聞こえて来た。
●
「……あれ……?」
「気が付いた? よかった~」
目を開けた御羽の視界には安堵するほのかと椿の顔。
そっと体を起こされると、近くで様子を窺っていたらしい他の仲間達の顔も見えた。
「えと……御羽は……ここ、公園ですか?」
「そうよ。妖は倒したわ」
少し混乱していた御羽だったが、仲間達に話を聞いて状況を把握する事が出来た。
「傷の方は安静にしていれば治るよ」
「妖にはきっちり倍返ししといたからな!」
「仲間の借りは返さないとな!」
穏やかに笑う秋人に、にやりと物騒に笑う罪次と翔。
「ところで、花粉症はどうなったかのう?」
「あ、それは……」
興味深そうに聞いて来る久永に応えようとすると、くしゃん! と大きなくしゃみが御羽から飛び出した。
「あわわ、大丈夫? 回復かけてもらう?」
慌てるほのかの頭に落ち着けと手を置く亮平。
「くしゃみは治せないから。手当も済んでいるし、安静にしておけばいい」
「は、はい。みなさんありがとうございます!」
ぺこんと頭を下げる御羽。
案外元気そうな様子を見た亮平が時計を確認する。
「お腹は空いてないか? 良かったらうちの店でお昼ご飯でも食べる?」
真っ先に反応したのは翔と罪次だ。
「亮平さん、オレハンバーグセット!」
「ミネストローネ! でもうどんもスキだしー……卵もイイなー」
「ふむ、卵なら余は親子丼が食べたい。ふわふわでとろとろのやつだぞ」
久永は親子丼にふわとろ指定までして来た。拘りがあるようだ。
「兄ィ、私も翔君と同じハンバーグ食べたい~」
「分かった。目玉焼きものっけよう」
このおまけはハンバーグ勢に歓声を上げさせた。
が、とんでもないリクエストも呼ぶ。
「じゃあオレ、ミネストローネうどんゆで卵のせ! 最強!」
罪次発案、新たなミネストローネの誕生である。
「私は梅のおにぎりと卵焼きがあれば幸せね」
「俺はその日のおすすめを食べたいかな……」
秋人と椿は至極真っ当なリクエストである。
亮平がそれに安堵したかどうかは帽子と襟に隠れて分からなかったが、快く頷き皆を自分の店に案内する。
御羽も皆に気遣われながら、傷よりもどちらかと言えば花粉症の方が気になるらしくまた眼鏡とマスクを装着していた。
「やれやれ、この有様ではもしや花見も碌に出来ぬのか……? 難儀なものだな、現代人と言うのは」
見た目は若くとも三桁近い歳の久永がそんな事を言ったが、不意に言葉を切ったかと思うとくしゃみをする。
「あれ? 由比もくしゃみ……」
振り返った罪次もくしゃみを一つ。
花粉症仲間かとぱっと振り向いた御羽に違うと言う二人。
少々しまらないなと思いつつ、椿はふと風に乗って流れて来た花の香りに気付いた。
「いつの間にか、もう春ね」
厄介者が去った後、町に吹くのはほんのり香る春の風。
昼。空は快晴、遠くに見える山の緑がよく映える。
「あ、山だ山! キレーだなー。桜咲いてる?」
「桜ってもうちょっと先じゃないか?」
新咎 罪次(CL2001224)と成瀬 翔(CL2000063)が町中から見える山にはしゃいでいる。
「……あそこから花粉運ばれてくんのかー」
くしゅん! くしゅん!
罪次がぽつりと呟くと後ろからくしゃみが聞こえて来た。
「ぁぅぅ……おめめが、痒いの……くしゃみも、出るのぉ」
坂上 御羽(CL2001318)は風が運んできた花粉によるくしゃみと目の痒みに涙目である。
「辛い依頼かも知れないけど……頑張ろうね。薬……いる……?」
「うぅ……ありがとう……」
鈴白 秋人(CL2000565)が差し出した薬を受け取ろうとした御羽だったが、また痒みに襲われたらしい。
「おめめ取り出して丸洗いしたいよっ」
目を擦りながら怖いことを言い出した。
「この時期の花粉症は辛いとよく聞くけど、本当に辛そうね」
三島 椿(CL2000061)は花粉症に縁がないようで、御羽を気の毒そうに見ている。
「この季節は地獄ってニュースで言ってた! オレは平気だけどなー」
こちらも元気一杯。平気な顔をしている罪次にうんうんと頷く翔。
「ヒーローが花粉症なんてかっこつかねーし!」
彼の中のヒーロー道は花粉症が許されないようだ。
「……辛そうだのぉ。そのような病が流行っているとは、都会は恐ろしい場所だな」
御羽を気の毒そうに見る由比 久永(CL2000540)は平気そうにしているが、阿久津 ほのか(CL2001276)は少々怪しい。
「ん~……これって花粉でしょうかぁ~……うぅ~…花粉症になりたくない~……」
「あまり擦るな……目薬あるんだろ」
阿久津 亮平(CL2000328)がほら。とほのかの荷物から目薬を出してやり渡す。
「あ……ありがと~兄ィ」
「ん……」
これだけのやりとりなのに兄妹である二人はどこかぎこちない。
仲が悪いわけではない。むしろ良い方なのだが、同じ依頼に兄妹揃っての参加がどうも気恥ずかしいようだ。
(あ~う~、これはどっからどう見ても、授業参観に慌てて飛び込んで教室を間違えた父兄みたいな雰囲気だよ、兄ィ)
ブリーフィングにふらっと入ってきた亮平の姿を思い出したのか、もじもじと落ち着かないほのか。
(……あ。ほのかが気まずそうにしてる)
亮平の方も寝ぼけて指令室に入り気付いたらブリーフィングに参加していたと言う自分の行動を思い出し、意味もなく帽子のつばをいじってみたり。
「公園はもう少し先だったわね。妖と戦う前にする事もあるし、早く行きましょう」
そんな二人にとってクールな椿の一声が助け船になった。
「花粉症で大変なのにそこに加えて妖だからな。とっとと退治してやろうぜ」
「苦しいのヤだもんな、早くやっつけて帰ろうぜー」
翔と罪次がごそごそと自分の荷物を漁りながら言った所で気分を切り替えたようで、亮平とほのかもう頷いて荷物を漁るとある物を取り出した。
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「ふむ。テープはこの電灯から伸ばした方がいいか?」
もがもがと少しくぐもった声で久永が秋人に聞くと、秋人の方もくぐもった声を返して頷く。
「後はもう一本を交差するように貼れば完成ですね」
作業中ずれた眼鏡を治し、秋人はもう一つ黄色いキープアウトテープを取り出す。
「坂上さんは大丈夫?」
「はっ! はいっ、大丈夫です!」
時々目をこすりつつも楽し気に近くの木にテープを巻いていた御羽が、不必要に大きな声で返事した。かと思ったら先程までの楽し気な様子とは打って変わってしんと黙り込んで作業を再開する。
(よ、よく考えたら知らない人たちの中でお仕事……お兄ちゃんもいない……)
どうやら花粉症の症状が少し落ち着いた事で人見知りがぶり返したようだ。
秋人と久永は目を合わせ、逆に優し気な目で御羽と一緒に作業を続ける。
「お~い、向こうの方終わったよ~」
「しっかり立ち入り禁止テープ貼まくってきたぜ!」
粗方作業が終わった所でほのかと罪次と椿の三人が戻って来た。
三人ともこことは別の出入り口に立ち入り禁止を示す黄色に黒のテープを貼って来たのだ。
『今の所公園に近付いて来る人はいないようだ』
『公園の中にも誰もいなかったぜ。妖もまだ出て来てないみてーだ』
丁度その時亮平と翔から送受心による連絡が入って来た。
守護使役の偵察能力を使い、公園内に人がいないか、また近くに寄って来る者はいないか確認していたのだ。
「妖はまだいないようだけど、早めに来てほしいわ」
二人の報告を聞いた椿が仲間を見回し、自分もつけている花粉症対策眼鏡やゴーグルにマスクの一団と言うこの上なく怪しい有様にくすりと笑う。
「見た目、結構不審な一団よね」
速めに済ませて帰らないと彼かが見たら通報されるかもしれないと半分本気で考えた。
『皆来てくれ、妖が現れた!』
全員に届く翔の報告。
マスクと眼鏡の怪しい集団が公園の一角を目指して走り出した。
「アレが今日の敵かあ……痛いか反応返してくんのかな?」
公園の芝生の上で風を巻き起こす妖に対し、罪次は妙な事を気にしている。
しかしさもありなん。
「本当に渦巻きなんだな」
亮平と翔も加えた怪しい八人と相対するのは、灰色、黄色白の渦巻きが三つ。
「町の人に被害が出ない内に片付けるぞ」
三体の妖はすべて同じ隊列に位置しており、亮平が放った雷は三体を直撃する。
「皆でさっさと倒してやろうぜ!」
「花粉症の仲間の為にも、早々に決着をつけてやるとするか」
翔が味方の能力を引き上げる風を起こし、力を得た久永の雷獣が晴天の空から地上の妖へ襲い掛かる。
「いまひとつ負傷の程度が分からんな」
激しく帯電するだけで形も崩れず声も聞こえない渦巻きの妖。
その三体が同時に動き出した。
黄風が巻き起こす風が体を痺れさせ、白風の凍える風があたたかな日だと言うのに凍傷を与えて行く。
続いて動いた灰風の突風は前衛に立つ味方を軒並み吹き飛ばした。
「三体連続はきついわね……」
凍傷の痛みに眉をひそめ、椿は急いで水衣を使う。
おそらく三体の反応速度はほぼ同じ。味方が割り込む間もなく三体が連続で行動するとなれば驚異は更に増す。
「これは気を引き締めて行かないとね」
跳ね飛ばされた秋人は炎の力を活性化させ、体を蝕む冷気も消し去る。
体には痺れが走っていたが、動きを止めるほどではない。
「坂上御羽! がっ、がんばります!!」
体に走る痺れも凍傷の痛みもこらえて御羽が声を上げる。
八人の中で最も体力の低い彼女は今の攻撃だけでごっそりと削られていた。
「それでも……!」
右の掌に浮かんだ瞳が強い光を宿し、頭上に雷雲が発生する。
「小さくたって、御羽の身体で出来る事はあるんだっ。御羽は守るよ、仲間を、世界も!」
渾身の力と決意を込めた雷が落ちる。
悪意の風はその決意をなぎ倒さんと激しく吹き荒れた。
「その意気だ」
「は、はいっ!」
御羽への攻撃を受け止めた亮平から声を掛けられ、御羽の目が強さを増す。
何度も危険な状態に陥りながらも、味方の助けを受けて必死で戦い続ける。
妖の方も一歩も引かない。味方を癒す霧と風が回復を促せば、黄風と白風はそれを押し退ける勢いで風を巻き起こし、灰風の突風が安定した陣形を乱す。
「この、程度……!」
「ヒーローがこの程度で負けるかよ!」
痺れを跳ね除けた亮平の舞衣が味方の状態異常を回復させる。
体が痺れから解放された翔は久永に目を向ける。
視線で互いに動ける事を確認した二人が立て続けに放つ雷獣が晴れた公園の芝生を更に明るく照らす。
「今度は私が先ね」
先程は妖に先行された椿がエアブリットで黄風を撃つ。
「さっきの分は少し返させてもらうよ」
雷獣に勝るとも劣らぬ水の龍が牙を剥き、三体の妖を飲み込んだ。
貫かれ水に飲まれてもすぐさま元の形状に戻った三体がまた立て続けに攻撃を開始する。
黄風と白風の攻撃は再び八人の間を荒れ狂い、その風は御羽を打ち倒す。
「やりやがったな!」
怒りを込めた隆槍が黄風に突き刺さる。
「反応薄いなー。ちゃんと痛いとかわかんねーとつまらねーだろ」
すぐに元の形に戻る妖に舌打ちする罪次。
「やられた分はお返し~」
ほのかの無頼が渦巻きの動きを鈍らせた。
そこに召雷が落ちる。
「動ける間は全身全霊でぶつかるよっ!」
命数を燃やし立ち上がった御羽が叫ぶ。
妖がその叫びに対抗するかのように激しく渦を巻く。
●
状態異常と回復のイタチごっこの様相を呈している戦闘は、一つ間違えれば一気に体力を削られる緊迫感が付いて回った。
八人全員を巻き込む黄風と白風の攻撃は回復が遅れた者や抵抗に失敗した者に徐々に積み重なって行き、行動不能に陥らせ体力を削る。
白風の攻撃をまともに食らって倒れたのは罪次だった。
「痛ってぇ……最初は心配したけど、ちゃんと楽しませてくれんじゃねーか!」
膝を折るも再び立ち上がった罪次は楽し気に笑う。
「にしても……攻撃通ってんだろうな?」
妖が血も流さず体の形状に変化もないため攻撃した者が思わず首を傾げてしまうような有様だったが、攻撃は確実に効いていた。
しかし、それ以上に覚者達へのダメージが大きい。
「駄目だ、動けない……!」
「私が!」
痺れが回って動けなくなった秋人に代わり椿が味方を癒す。
「今度は俺の番だぜ!」
「私もズドンと一発~」
罪次の隆槍とほのかの鉄甲掌が黄風に強烈なダメージを与える。
風に手応えと言うのもおかしいが、二人は確かにその手ごたえを感じて思わず拳を握る。
「よし……!」
今だと亮平が呼び出した雷雲から生まれた雷光と雷獣が妖の体を引き裂く。
その残光が消えない内に、久永が次の雷獣を呼び出した。
「慣れぬますくとごーぐるは邪魔でのぉ。早く倒れておくれ」
引き裂かれて散ってすぐ妖の体はまた元に戻ろうとしたが、渦巻きの形状を取り戻す事ができたのは灰風と白風の二体のみ。
「一番厄介なものは倒れたね……。あともう一息かな……」
癒しの霧で仲間を癒した秋人が少しだけ表情を和らげたが、安堵するにはまだ早かった。
白風の冷たく身を切り裂くような風に御羽が力尽きたのだ。
「ぅぅ……ご、ごめん……ね……」
倒れ込んだ御羽の前に立ち、椿が武器を握り締める。
「やったわね……!」
椿の演舞・舞音で黄風の名残である痺れが全て消え去った。
白風の凍傷も時に体の自由を奪うものだったが、黄風の存在が無くなれば驚異は下がる。
「女の子に冷えは禁物やよ~」
だから早く倒れろとでも言いたげに、ほのかの無頼漢がダメージを与え、動きを鈍らせる。
「兄ィ、あとよろしく~」
始めのぎこちなさはどこかへいったらしい。
ほのかに頷きを返した亮平の目が白風と灰風を見据える。
相変わらず負傷しているのかいないのかよく分からない渦巻き状の体だったが、心なしか渦巻きの勢いが弱まっているような気がした。
「これで最後か……?」
自分を含めた味方の方も消耗を続けており、これ以上の長期戦となればあと一人二人は倒れるだろう。
「最後にしてやろうぜ! 仲間の借りはきっちり返す!」
味方の回復か、攻撃か、一瞬迷った亮平の台詞に翔が力強く言う。
亮平が頷く。
白風と灰風が二人の闘志を察したかどうか分からないが、これまで以上に激しく渦巻きを回転させる。
相対しているだけで感じる強い向かい風を切り裂いて、亮平と翔が駆ける。
「散れ!」
亮平の召雷が妖を貫き芝生まで抉る。
風と落雷の衝撃で巻き上げられた土の欠片も気にせずに翔が叫ぶ。
「最後を決めるのはヒーローの必殺技だ!」
響き渡る轟音と雷光。
おさまった後には妖の影すら残っておらず、遠くから平和な日常を謳歌する町の喧騒が聞こえて来た。
●
「……あれ……?」
「気が付いた? よかった~」
目を開けた御羽の視界には安堵するほのかと椿の顔。
そっと体を起こされると、近くで様子を窺っていたらしい他の仲間達の顔も見えた。
「えと……御羽は……ここ、公園ですか?」
「そうよ。妖は倒したわ」
少し混乱していた御羽だったが、仲間達に話を聞いて状況を把握する事が出来た。
「傷の方は安静にしていれば治るよ」
「妖にはきっちり倍返ししといたからな!」
「仲間の借りは返さないとな!」
穏やかに笑う秋人に、にやりと物騒に笑う罪次と翔。
「ところで、花粉症はどうなったかのう?」
「あ、それは……」
興味深そうに聞いて来る久永に応えようとすると、くしゃん! と大きなくしゃみが御羽から飛び出した。
「あわわ、大丈夫? 回復かけてもらう?」
慌てるほのかの頭に落ち着けと手を置く亮平。
「くしゃみは治せないから。手当も済んでいるし、安静にしておけばいい」
「は、はい。みなさんありがとうございます!」
ぺこんと頭を下げる御羽。
案外元気そうな様子を見た亮平が時計を確認する。
「お腹は空いてないか? 良かったらうちの店でお昼ご飯でも食べる?」
真っ先に反応したのは翔と罪次だ。
「亮平さん、オレハンバーグセット!」
「ミネストローネ! でもうどんもスキだしー……卵もイイなー」
「ふむ、卵なら余は親子丼が食べたい。ふわふわでとろとろのやつだぞ」
久永は親子丼にふわとろ指定までして来た。拘りがあるようだ。
「兄ィ、私も翔君と同じハンバーグ食べたい~」
「分かった。目玉焼きものっけよう」
このおまけはハンバーグ勢に歓声を上げさせた。
が、とんでもないリクエストも呼ぶ。
「じゃあオレ、ミネストローネうどんゆで卵のせ! 最強!」
罪次発案、新たなミネストローネの誕生である。
「私は梅のおにぎりと卵焼きがあれば幸せね」
「俺はその日のおすすめを食べたいかな……」
秋人と椿は至極真っ当なリクエストである。
亮平がそれに安堵したかどうかは帽子と襟に隠れて分からなかったが、快く頷き皆を自分の店に案内する。
御羽も皆に気遣われながら、傷よりもどちらかと言えば花粉症の方が気になるらしくまた眼鏡とマスクを装着していた。
「やれやれ、この有様ではもしや花見も碌に出来ぬのか……? 難儀なものだな、現代人と言うのは」
見た目は若くとも三桁近い歳の久永がそんな事を言ったが、不意に言葉を切ったかと思うとくしゃみをする。
「あれ? 由比もくしゃみ……」
振り返った罪次もくしゃみを一つ。
花粉症仲間かとぱっと振り向いた御羽に違うと言う二人。
少々しまらないなと思いつつ、椿はふと風に乗って流れて来た花の香りに気付いた。
「いつの間にか、もう春ね」
厄介者が去った後、町に吹くのはほんのり香る春の風。
