恋する隔者
●
窓から外を眺めていた。視線の先には1人の青年。
つい先日、妖に襲われた時に助けられたのだ。
たったそれだけ。たったそれだけの事で、恋に落ちてしまった。あまりに典型的すぎた。
彼は覚者で、決して強いとは言えなかったけれど。必死に戦って、私を守ってくれたんだ。
でも私は隔者。
散々好き勝手やってきたんだ。犯罪まがいの事だって躊躇なくやってきた。
この力で他人を守るだなんて考えたこともなかった。あの時の彼みたいな行動は、私には絶対に取れない。同じ状況に置かれたら、まず間違いなく、私は他人なんて見捨てる自信がある。
告白なんて出来るわけはなかった。私と彼とじゃ見ている世界が違うんだ。
「……うん、やっぱり忘れよう」
まだ、まばらに人がいる教室で、私は自分にそう言い聞かせる。
卒業したらもう会う事もないだろうし。
そうして時間が過ぎていけば、忘れられると思うんだ。
●
「隔者の少女が、覚者を1人、手にかけようとしています」
会議室のメンバーを見渡し、久方 真由美(nCL2000003)が口を開く。
「水原紗也、高校2年生。彼女が狙うのは、同い年の覚者の少女」
●
あれから2週間くらい経った。
彼に、彼女が出来たと噂で聞いた。
羨ましいな、と素直に思った。
私はまた、ガラス越しに彼の姿を追っていた。
窓の外、視線の先の彼は、翼の生えた女の子と仲睦まじく手を繋いで下校するところだった。
なんであの子、あの場所にいるんだろう。
私が彼の隣にいられないのはしょうがない。
だけど、誰かが彼の隣にいるのは嫌。
許せない。
窓から外を眺めていた。視線の先には1人の青年。
つい先日、妖に襲われた時に助けられたのだ。
たったそれだけ。たったそれだけの事で、恋に落ちてしまった。あまりに典型的すぎた。
彼は覚者で、決して強いとは言えなかったけれど。必死に戦って、私を守ってくれたんだ。
でも私は隔者。
散々好き勝手やってきたんだ。犯罪まがいの事だって躊躇なくやってきた。
この力で他人を守るだなんて考えたこともなかった。あの時の彼みたいな行動は、私には絶対に取れない。同じ状況に置かれたら、まず間違いなく、私は他人なんて見捨てる自信がある。
告白なんて出来るわけはなかった。私と彼とじゃ見ている世界が違うんだ。
「……うん、やっぱり忘れよう」
まだ、まばらに人がいる教室で、私は自分にそう言い聞かせる。
卒業したらもう会う事もないだろうし。
そうして時間が過ぎていけば、忘れられると思うんだ。
●
「隔者の少女が、覚者を1人、手にかけようとしています」
会議室のメンバーを見渡し、久方 真由美(nCL2000003)が口を開く。
「水原紗也、高校2年生。彼女が狙うのは、同い年の覚者の少女」
●
あれから2週間くらい経った。
彼に、彼女が出来たと噂で聞いた。
羨ましいな、と素直に思った。
私はまた、ガラス越しに彼の姿を追っていた。
窓の外、視線の先の彼は、翼の生えた女の子と仲睦まじく手を繋いで下校するところだった。
なんであの子、あの場所にいるんだろう。
私が彼の隣にいられないのはしょうがない。
だけど、誰かが彼の隣にいるのは嫌。
許せない。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.水原紗也に誰も殺害させない事
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
1本目の依頼になります。
●舞台
とある高校。
下校途中の高校生2名のうち1名が命を狙われています。
目的はこれを阻止する事ですが、手段は問いません。
水原紗也には、最速で、校門を出る時点で接触できます。
●水原紗也
隔者の少女。水行、暦。守護使役は竜です。
使用武器はナイフ。実力はF.i.V.E.の平均程度。
使用する術式は壱式のみ。体術は疾風斬りと閂通しを使用します。
●その他
覚者の青年は械の因子。
少女は翼の因子。
実力はどちらもF.i.V.E.平均以下です。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
相談日数
5日
5日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2016年03月11日
2016年03月11日
■メイン参加者 6人■

●
(聞こえますか?)
頭の中に直接響く声に、反射的に青年は片手をこめかみの辺りへ持っていく。学生服の袖から覗く球体関節が、覚者である事を示していた。
(はじめまして。俺はF.i.V.E.に身を置いている、工藤奏空って言います)
語りかけたのは『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955) だ。
青年は歩みを止めて、ちょっと待って、と隣にいる翼のある少女へ言うと、少女は不思議そうに首を傾げながら、同じく歩みを止めた。
(F.i.V.E.ってあの、覚者の組織だっていう?)
(そうです。実は、あなたに協力してもらいたいことがありまして。水原紗也さん、知ってますよね?)
(C組の水原さん? 覚者の?)
以前青年が救った少女が覚者であることは、守護使役を連れていたことから分かっていた。
それなら話が早いと思いつつ、奏空は流れるままに語り掛ける。その力を間違った方向に使うと、F.i.V.E.の夢見からの予知があった事を。そして、恩を感じている貴方の協力があれば、それを未然に防げるのではないかと思った事を。
(間違った方向っていうのは?)
(それは、ちょっと……あんまり、気分のいい話じゃないですし……)
言葉を濁す。悪い未来の話で、彼女の悪い部分の話なのだ。知らないなら知らないままでいい。
青年は、そうですね……、と呟くように返すと、言葉を続けた。
(それで僕は、何をしたらいいですか?)
「協力してくれるそうです」
「すんなりいったんですか? あの男の人、人がいいんですね」
交渉を行っていた奏空の隣。『サイレントファイア』松原・華怜(CL2000441) はそう言うと、手にした缶コーヒーを一口すする。
「本当に。でも話が早くて助かりました。紗也さんはまだ来てません?」
2人が空を仰ぐと、1羽の鳥が視界に入る。のびのびと羽ばたいていたそれは、華怜の守護使役、イエロだ。
「まだ来ないですね。引き続きイエロに探してもらいます」
「お願いします」
(しかし、ここまで大掛かりな作戦になるとは)
もっと簡単な依頼内容だと思っていた華怜は、予想外の作戦に正直驚いていた。ここまでやるのか、と。
しかし、見てみようと思ったのだ。新人なりに。先輩たちのやり方を、学ばせてもらおうと思ったのだ。
●
奏空が青年に話を始めたのと同時刻。
靴を履き替えた水原紗也は、昇降口を後にすると足早に校門を目指す。と、校門を出たところで、飛び出してきた人影に、とんっ、とぶつかった。
「ご、ごめんなさいっ! 前を見てなくて!」
この学校の制服に身を包んだ、天野 澄香(CL2000194)だ。
「先輩、怪我ないですか?」
「あ、うん。大丈夫。あなたこそ大丈夫?」
「はい、大丈夫ですっ」
明るい声でそう返すと、澄香はぱたぱたと、乱れたスカートを直した。
「いきなり飛び出したら危ないよ。じゃあね」
バイバイ、と言うかのように手を振ってから、澄香の横をするりと抜けていく紗也。
「ま、待ってくださいっ」
言って、澄香は紗也の制服の裾をきゅ、っと掴む。
何だろう、と振り返る紗也。
「えーと……時間あります? 良かったら勉強教えてもらいたいなぁ、って」
図々しくても何でも良かった。奏空の話が終わるまでの時間を稼ぎたかった。
「ごめん、今日は用事があるんだ。他を当たって」
「え、えぇー」
「えー、じゃなくてさ」
困ったように空を仰ぐ紗也。
いっそ、行動を起こすのは明日でもいいかとすら思ったその時、学校には似つかわしくない姿の女性が、2人の前に姿を現した。
スタイルの良い身体を、紅色のボンデージに身を包んだその女性は、覚醒した姿の『誇り高き姫君』秋津洲 いのり(CL2000268) だ。現の因子であるいのりは、本来小学生であるその身体を、成長した未来の姿へと転じたのだ。
「貴方達、覚者ね?」
澄香と紗也の足下にいる、2体の守護使役を一瞥した後、そう2人に声をかけた。
下校時間、まばらに下校してくる生徒達が、思わずいのりを横目に見ながら校門を出ていく。恥ずかしくて堪らないが、声にも表情にも出ないよう平静を装いながら言葉を続けた。
「人が襲われるって情報が入って駆けつけたんだけど、私1人じゃ手が足りないの。手伝って!」
一瞬、沈黙が下りる。無意識に紗也を見つめたいのりは、その沈黙に縫い付けるようにさらに言葉を紡ぐ。
「覚者の2人組みたいなんだけど」
「いや、私はそんなのどうでも――」
「械の男の子と、翼の女の子らしいの」
どうでもいいし、と口にしようとした紗也の、言葉が途切れる。
「――――え?」
だって、それは。
「先輩、どうしましょう?」
それは、想いを寄せたあの人の事かもしれないのだ。
けれど体が――いや、頭が動かない。人を救うなんて、どうでもよかったのだ。
「先輩?」
澄香が、少しだけ背の高い紗也の顔を覗き込む。
「一緒に行きましょう!」
澄香が意を決して、額面通りの意味で紗也の背中を押した。
「え、ちょっと」
「考える時間がもったいないですよ!」
今までなら、見て見ぬフリをして終わりだった。考える時間などなかったのだ。だけど今回は違う。思考が止まった。だからこれは“救いたい気持ち”があるという事だと思った。
「分かったよ。いこう」
澄香の両手から、紗也に触れていた感触が消えた。紗也が一歩、踏み出したのだ。
●
「水原さん、来ましたよ。秋津洲さんと天野さんも一緒です」
缶コーヒーの中身がなくなった頃、目標をイエロが捉えた。
「西荻さん、飛騨さん、お願いしますね」
「ええ。では、馬に蹴られて何とやらを演らせて頂きますわ」
華怜の言葉を受けて、西荻 つばめ(CL2001243) と『隔者狩りの復讐鬼』飛騨・沙織(CL2001262) の2人の役者が、舞台袖に立つ。
「今回の敵は隔者……容赦はしないと思ったのに」
隔者に恨みを持つ沙織は、本来ならば隔者の命を奪うつもりだったのだ。だって、それで丸く収まる。現実的に物事を見るなら、それは十分に綺麗に終わる話だと言えた。だが、作戦としては、一芝居打つ流れになった。
隔者を救う話。
そんなもの、正直ぬるいと言わざるを得なかった。
けれど。けれどだ。隔者への嫉妬と憎悪を抱く沙織は、紗也に自分の心の闇と同じものを感じた。だからだろうか。この芝居で隔者役を立候補したのは。複雑というよりは、自分でも理解出来ないという様子だった。
その沙織の様子を見て、つばめが口を開く。
「こういう台本になったのは、皆さんが、隔者でも救いたいという気持ちがあったからです」
「分かってますよ」
今更、という感じで返す沙織。
6人の覚者が立てたのは、水原紗也を改心させる作戦。青年を襲撃し、水原紗也にそれを守らせる。
他人を救う事をどうでもいいと思っている少女に想い人を守らせる事で、そんな自分にだって誰かを救う事が出来るのだと思わせる作戦。
それが出来たならば、隔者である事から離れられる可能性があるからと。そういう結末を望んで立てた作戦。
「もちろん、わたくしにもです」
「分かってますよ」
苦笑する沙織。
「すみません。納得がいっていないように見えましたので」
「……そうですね。私は隔者を殺すと、そう誓いを立てて生きていますから」
そう口にしてから、溜息をひとつ。
「……何をやっているんでしょうね、私」
「良いじゃありませんか」
良いなんて事は無いと思うのだ。けれど、それを否定してしまえるなら、この作戦に反対すればいい話だった。それを受け入れてしまえた理由は、自分でも分からない。分からないまま、沙織は手にしていた仮面をつける。素顔を晒さないための仮面。正体を隠すための仮面。
「では、参りましょうか」
それは、自分を抑え込んで役になるために必要な仮面。心を隠すために必要な仮面。つばめにはそう見えた。
●
械の青年と翼の少女に、深緑色の蔦が絡みついた。仮面をつけた沙織の術式が、2人の動きを封じたのだ。
「くっ」
「な、何よあなた達!」
作戦は械の青年から翼の少女へ伝えてもらっている。芝居に付き合ってもらっているのだ。
拘束された青年へ、つばめがそっと距離を詰めると、両手を伸ばした。見る人間が見れば分かる。投げの構えだ。
「何してんのよ」
青年とつばめの間に割り込んだ、学生服の少女。水原紗也。
つばめは、闖入者の姿に3歩身を引く。邪魔をするならあなたから狙います、とでも言うかのように、紗也との間合いを測った。
「あんた達、何?」
敵意というよりは、単純に疑問だった。なぜ狙われるのか。
沙織が、仮面越しの、少しくぐもった声で答えた。
「幸せそうだったから」
絶句した。だってこの2人は、嫉妬しているだけ。たったそれだけの理由で人を襲ったのだ。
あぁ、だからこの2人は――
「幸せになりたかった……」
自分を重ねて、つい言葉がこぼれた。
「――ぅ、ぁ」
言葉だけではない。涙がこぼれてしまった。
「う、あぁぁぁ……」
ボロボロと涙を流した。止まらなかった。
襲撃者を演じたつばめと沙織が。翼の少女をかばうように位置取ったいのりと澄香が。そして械の青年と翼の少女が。その場の全員が呆気にとられた。
どうします? と、つばめが沙織を見やる。戦いを続けられる雰囲気ではなかった。毒気を抜かれてしまった。
(えーと……撤退でもいいんじゃないでしょうか)
奏空の声が、沙織に届く。
(犯行を諦めさせてませんけど、いいのでしょうか)
(どの道、その状態じゃ無理だと思いますし……)
(分かりました。念のため、秋津洲さんと天野さんへ、護衛の件、気を抜かないよう連絡お願いします)
(了解です)
「興をそがれましたね。今回は退くわ」
つばめを見ながら、沙織はそう口にして踵を返す。
「そうですね。今回は見逃してあげましょう」
戦意を喪失したという様子で、紗也に向けて言った言葉であったが、肝心の紗也の耳には届いているか怪しいものだった。
つばめも、沙織に続いてその場を後にする。
紗也はそのまま30分、子供のようにただただ泣き続けた。
●
「……はぁ」
翌日の下校時間。校門から出たところで、紗也は遠くを見ていた。
恋心を抱いた青年と、その隣にいる少女の背中を。
「こんにちは」
聞き覚えのある声に振り返れば、私服の澄香と、紅色のボンデージに身を包んだいのりがそこにいた。
「彼の事、好きなのね」
「……うん」
「で、彼女の事は嫌い?」
「嫌いだったけど……もう、どうでもいいや」
いのりの言葉に、素直に返す紗也。
「ね、あなたは本当に学校の人?」
そして、澄香にそう問いかけた。
「いいえ。実はF.i.V.E.なんです」
あぁ、そういう事か、と。理解した。
「私を止める気だったら、力ずくで良かったじゃん」
甘さと生ぬるさに、自然と頬が緩む。
「紗也ちゃん、こっち側に来ない?」
「それは嫌」
「うーん、そっかぁ」
即答する紗也に、心底残念そうに言う澄香。
「それじゃあ、私とお友達になる所から始めてみませんか?」
「それも嫌」
「えーっ」
隔者の少女は、年相応の少女として笑った。
そのやり取りを、華怜、つばめ、奏空、沙織がこっそり眺めていた。
「……難儀なものですね」
華怜がため息交じりにそう言った。
「何がです?」
「神秘との向き合い方も、人付き合いもですよ」
「耳に痛いですね」
自分の後ろ暗い部分に指を差された気がして、沙織は素直にそう返した。
「これで丸く収まったんですか?」
「えぇ、ひとまずは大丈夫かと」
奏空の問いかけに、つばめが答える。
「俺、よく分かんないです」
「雨上がりの空って綺麗じゃないですか」
奏空が首を傾げる。
「あの子は本気で泣いたんです。だから、心が少しだけ綺麗になったんです」
「そういうものですか」
「幸せになれないから人を妬むのも、幸せになりたいから前を向くのも、どちらも人間です」
そして、後者の思いが強くなったから、もう大丈夫ですよ。と、つばめはそう付け足した。
「私、幸せになりたいな」
「なれますよ」
「はい、紗也ちゃんならなれます」
「適当言っちゃって、まぁ」
2人の言葉は、決してその場限りのいい加減な言葉ではない。幸せになってもらいたい願いだ。
紗也は2人に背を向け、家路に就く。
怒りも、妬みも、痛みも、心の底に沈殿してしまったのだろうか。もう、想い人の隣に誰がいてもいい気がしていた。
想い人の幸せを願えるような、綺麗な人間じゃないけれど。
自分の事の方が大切な、身勝手な人間ではあるけれど。
自分のあり方が、少し変わった気がした。
(聞こえますか?)
頭の中に直接響く声に、反射的に青年は片手をこめかみの辺りへ持っていく。学生服の袖から覗く球体関節が、覚者である事を示していた。
(はじめまして。俺はF.i.V.E.に身を置いている、工藤奏空って言います)
語りかけたのは『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955) だ。
青年は歩みを止めて、ちょっと待って、と隣にいる翼のある少女へ言うと、少女は不思議そうに首を傾げながら、同じく歩みを止めた。
(F.i.V.E.ってあの、覚者の組織だっていう?)
(そうです。実は、あなたに協力してもらいたいことがありまして。水原紗也さん、知ってますよね?)
(C組の水原さん? 覚者の?)
以前青年が救った少女が覚者であることは、守護使役を連れていたことから分かっていた。
それなら話が早いと思いつつ、奏空は流れるままに語り掛ける。その力を間違った方向に使うと、F.i.V.E.の夢見からの予知があった事を。そして、恩を感じている貴方の協力があれば、それを未然に防げるのではないかと思った事を。
(間違った方向っていうのは?)
(それは、ちょっと……あんまり、気分のいい話じゃないですし……)
言葉を濁す。悪い未来の話で、彼女の悪い部分の話なのだ。知らないなら知らないままでいい。
青年は、そうですね……、と呟くように返すと、言葉を続けた。
(それで僕は、何をしたらいいですか?)
「協力してくれるそうです」
「すんなりいったんですか? あの男の人、人がいいんですね」
交渉を行っていた奏空の隣。『サイレントファイア』松原・華怜(CL2000441) はそう言うと、手にした缶コーヒーを一口すする。
「本当に。でも話が早くて助かりました。紗也さんはまだ来てません?」
2人が空を仰ぐと、1羽の鳥が視界に入る。のびのびと羽ばたいていたそれは、華怜の守護使役、イエロだ。
「まだ来ないですね。引き続きイエロに探してもらいます」
「お願いします」
(しかし、ここまで大掛かりな作戦になるとは)
もっと簡単な依頼内容だと思っていた華怜は、予想外の作戦に正直驚いていた。ここまでやるのか、と。
しかし、見てみようと思ったのだ。新人なりに。先輩たちのやり方を、学ばせてもらおうと思ったのだ。
●
奏空が青年に話を始めたのと同時刻。
靴を履き替えた水原紗也は、昇降口を後にすると足早に校門を目指す。と、校門を出たところで、飛び出してきた人影に、とんっ、とぶつかった。
「ご、ごめんなさいっ! 前を見てなくて!」
この学校の制服に身を包んだ、天野 澄香(CL2000194)だ。
「先輩、怪我ないですか?」
「あ、うん。大丈夫。あなたこそ大丈夫?」
「はい、大丈夫ですっ」
明るい声でそう返すと、澄香はぱたぱたと、乱れたスカートを直した。
「いきなり飛び出したら危ないよ。じゃあね」
バイバイ、と言うかのように手を振ってから、澄香の横をするりと抜けていく紗也。
「ま、待ってくださいっ」
言って、澄香は紗也の制服の裾をきゅ、っと掴む。
何だろう、と振り返る紗也。
「えーと……時間あります? 良かったら勉強教えてもらいたいなぁ、って」
図々しくても何でも良かった。奏空の話が終わるまでの時間を稼ぎたかった。
「ごめん、今日は用事があるんだ。他を当たって」
「え、えぇー」
「えー、じゃなくてさ」
困ったように空を仰ぐ紗也。
いっそ、行動を起こすのは明日でもいいかとすら思ったその時、学校には似つかわしくない姿の女性が、2人の前に姿を現した。
スタイルの良い身体を、紅色のボンデージに身を包んだその女性は、覚醒した姿の『誇り高き姫君』秋津洲 いのり(CL2000268) だ。現の因子であるいのりは、本来小学生であるその身体を、成長した未来の姿へと転じたのだ。
「貴方達、覚者ね?」
澄香と紗也の足下にいる、2体の守護使役を一瞥した後、そう2人に声をかけた。
下校時間、まばらに下校してくる生徒達が、思わずいのりを横目に見ながら校門を出ていく。恥ずかしくて堪らないが、声にも表情にも出ないよう平静を装いながら言葉を続けた。
「人が襲われるって情報が入って駆けつけたんだけど、私1人じゃ手が足りないの。手伝って!」
一瞬、沈黙が下りる。無意識に紗也を見つめたいのりは、その沈黙に縫い付けるようにさらに言葉を紡ぐ。
「覚者の2人組みたいなんだけど」
「いや、私はそんなのどうでも――」
「械の男の子と、翼の女の子らしいの」
どうでもいいし、と口にしようとした紗也の、言葉が途切れる。
「――――え?」
だって、それは。
「先輩、どうしましょう?」
それは、想いを寄せたあの人の事かもしれないのだ。
けれど体が――いや、頭が動かない。人を救うなんて、どうでもよかったのだ。
「先輩?」
澄香が、少しだけ背の高い紗也の顔を覗き込む。
「一緒に行きましょう!」
澄香が意を決して、額面通りの意味で紗也の背中を押した。
「え、ちょっと」
「考える時間がもったいないですよ!」
今までなら、見て見ぬフリをして終わりだった。考える時間などなかったのだ。だけど今回は違う。思考が止まった。だからこれは“救いたい気持ち”があるという事だと思った。
「分かったよ。いこう」
澄香の両手から、紗也に触れていた感触が消えた。紗也が一歩、踏み出したのだ。
●
「水原さん、来ましたよ。秋津洲さんと天野さんも一緒です」
缶コーヒーの中身がなくなった頃、目標をイエロが捉えた。
「西荻さん、飛騨さん、お願いしますね」
「ええ。では、馬に蹴られて何とやらを演らせて頂きますわ」
華怜の言葉を受けて、西荻 つばめ(CL2001243) と『隔者狩りの復讐鬼』飛騨・沙織(CL2001262) の2人の役者が、舞台袖に立つ。
「今回の敵は隔者……容赦はしないと思ったのに」
隔者に恨みを持つ沙織は、本来ならば隔者の命を奪うつもりだったのだ。だって、それで丸く収まる。現実的に物事を見るなら、それは十分に綺麗に終わる話だと言えた。だが、作戦としては、一芝居打つ流れになった。
隔者を救う話。
そんなもの、正直ぬるいと言わざるを得なかった。
けれど。けれどだ。隔者への嫉妬と憎悪を抱く沙織は、紗也に自分の心の闇と同じものを感じた。だからだろうか。この芝居で隔者役を立候補したのは。複雑というよりは、自分でも理解出来ないという様子だった。
その沙織の様子を見て、つばめが口を開く。
「こういう台本になったのは、皆さんが、隔者でも救いたいという気持ちがあったからです」
「分かってますよ」
今更、という感じで返す沙織。
6人の覚者が立てたのは、水原紗也を改心させる作戦。青年を襲撃し、水原紗也にそれを守らせる。
他人を救う事をどうでもいいと思っている少女に想い人を守らせる事で、そんな自分にだって誰かを救う事が出来るのだと思わせる作戦。
それが出来たならば、隔者である事から離れられる可能性があるからと。そういう結末を望んで立てた作戦。
「もちろん、わたくしにもです」
「分かってますよ」
苦笑する沙織。
「すみません。納得がいっていないように見えましたので」
「……そうですね。私は隔者を殺すと、そう誓いを立てて生きていますから」
そう口にしてから、溜息をひとつ。
「……何をやっているんでしょうね、私」
「良いじゃありませんか」
良いなんて事は無いと思うのだ。けれど、それを否定してしまえるなら、この作戦に反対すればいい話だった。それを受け入れてしまえた理由は、自分でも分からない。分からないまま、沙織は手にしていた仮面をつける。素顔を晒さないための仮面。正体を隠すための仮面。
「では、参りましょうか」
それは、自分を抑え込んで役になるために必要な仮面。心を隠すために必要な仮面。つばめにはそう見えた。
●
械の青年と翼の少女に、深緑色の蔦が絡みついた。仮面をつけた沙織の術式が、2人の動きを封じたのだ。
「くっ」
「な、何よあなた達!」
作戦は械の青年から翼の少女へ伝えてもらっている。芝居に付き合ってもらっているのだ。
拘束された青年へ、つばめがそっと距離を詰めると、両手を伸ばした。見る人間が見れば分かる。投げの構えだ。
「何してんのよ」
青年とつばめの間に割り込んだ、学生服の少女。水原紗也。
つばめは、闖入者の姿に3歩身を引く。邪魔をするならあなたから狙います、とでも言うかのように、紗也との間合いを測った。
「あんた達、何?」
敵意というよりは、単純に疑問だった。なぜ狙われるのか。
沙織が、仮面越しの、少しくぐもった声で答えた。
「幸せそうだったから」
絶句した。だってこの2人は、嫉妬しているだけ。たったそれだけの理由で人を襲ったのだ。
あぁ、だからこの2人は――
「幸せになりたかった……」
自分を重ねて、つい言葉がこぼれた。
「――ぅ、ぁ」
言葉だけではない。涙がこぼれてしまった。
「う、あぁぁぁ……」
ボロボロと涙を流した。止まらなかった。
襲撃者を演じたつばめと沙織が。翼の少女をかばうように位置取ったいのりと澄香が。そして械の青年と翼の少女が。その場の全員が呆気にとられた。
どうします? と、つばめが沙織を見やる。戦いを続けられる雰囲気ではなかった。毒気を抜かれてしまった。
(えーと……撤退でもいいんじゃないでしょうか)
奏空の声が、沙織に届く。
(犯行を諦めさせてませんけど、いいのでしょうか)
(どの道、その状態じゃ無理だと思いますし……)
(分かりました。念のため、秋津洲さんと天野さんへ、護衛の件、気を抜かないよう連絡お願いします)
(了解です)
「興をそがれましたね。今回は退くわ」
つばめを見ながら、沙織はそう口にして踵を返す。
「そうですね。今回は見逃してあげましょう」
戦意を喪失したという様子で、紗也に向けて言った言葉であったが、肝心の紗也の耳には届いているか怪しいものだった。
つばめも、沙織に続いてその場を後にする。
紗也はそのまま30分、子供のようにただただ泣き続けた。
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「……はぁ」
翌日の下校時間。校門から出たところで、紗也は遠くを見ていた。
恋心を抱いた青年と、その隣にいる少女の背中を。
「こんにちは」
聞き覚えのある声に振り返れば、私服の澄香と、紅色のボンデージに身を包んだいのりがそこにいた。
「彼の事、好きなのね」
「……うん」
「で、彼女の事は嫌い?」
「嫌いだったけど……もう、どうでもいいや」
いのりの言葉に、素直に返す紗也。
「ね、あなたは本当に学校の人?」
そして、澄香にそう問いかけた。
「いいえ。実はF.i.V.E.なんです」
あぁ、そういう事か、と。理解した。
「私を止める気だったら、力ずくで良かったじゃん」
甘さと生ぬるさに、自然と頬が緩む。
「紗也ちゃん、こっち側に来ない?」
「それは嫌」
「うーん、そっかぁ」
即答する紗也に、心底残念そうに言う澄香。
「それじゃあ、私とお友達になる所から始めてみませんか?」
「それも嫌」
「えーっ」
隔者の少女は、年相応の少女として笑った。
そのやり取りを、華怜、つばめ、奏空、沙織がこっそり眺めていた。
「……難儀なものですね」
華怜がため息交じりにそう言った。
「何がです?」
「神秘との向き合い方も、人付き合いもですよ」
「耳に痛いですね」
自分の後ろ暗い部分に指を差された気がして、沙織は素直にそう返した。
「これで丸く収まったんですか?」
「えぇ、ひとまずは大丈夫かと」
奏空の問いかけに、つばめが答える。
「俺、よく分かんないです」
「雨上がりの空って綺麗じゃないですか」
奏空が首を傾げる。
「あの子は本気で泣いたんです。だから、心が少しだけ綺麗になったんです」
「そういうものですか」
「幸せになれないから人を妬むのも、幸せになりたいから前を向くのも、どちらも人間です」
そして、後者の思いが強くなったから、もう大丈夫ですよ。と、つばめはそう付け足した。
「私、幸せになりたいな」
「なれますよ」
「はい、紗也ちゃんならなれます」
「適当言っちゃって、まぁ」
2人の言葉は、決してその場限りのいい加減な言葉ではない。幸せになってもらいたい願いだ。
紗也は2人に背を向け、家路に就く。
怒りも、妬みも、痛みも、心の底に沈殿してしまったのだろうか。もう、想い人の隣に誰がいてもいい気がしていた。
想い人の幸せを願えるような、綺麗な人間じゃないけれど。
自分の事の方が大切な、身勝手な人間ではあるけれど。
自分のあり方が、少し変わった気がした。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
