下水から白いアイツがやってくる
下水から白いアイツがやってくる


●都市伝説との遭遇
『下水にはペットとして飼われていたけど捨てられたワニがいる』

 よくある都市伝説の一つである。都市伝説と言うことは噂なのだから、下水にワニがいるはずがない。
 そもそも下水が如何に地下で暖かいとはいえ、ワニは亜熱帯に住む爬虫類。20℃以下になれば冬眠してしまう変温動物が、下水で生活できるはずがない。
 そもそも食べ物はどうするのか、肉食であろうワニが満足できる程度の肉が定期的に下水に流れているのだろうか? ありえないありえない。
 だから下水にワニが住むなんて都市伝説だ。

 なら今、マンホールの蓋から飛び出てきたこの爬虫類は何なのだろうか? 大きく口を開けて私を飲み込もうとしているこれは――

●FiVE
「みんなお仕事だよっ!」
 集まった覚者を前に久方 万里(nCL2000005)が元気よく迎える。軽快な口調で説明するが、その内容は決して軽いものではなかった。
「下水に捨てられて死んだワニが心霊系妖になって徘徊していたみたい。結構大きくなって、地上に出てくるからそれを倒してほしいの」
 万里の説明に、渋い顔をする。ある意味都市伝説は正しかったと言えよう。
「長い間下水で力を蓄えていたみたいで、かなりの強さみたい。口と尻尾でこちらを攻撃してくるから気を付けてね。あと自分を捨てた人間に対する恨みが強くて、がおーって叫んで脅かしてくるの」
 捨てられたペットの恨み。今まで親と思っていた相手に、日も当たらない世界に捨てられたのだ。その恨みは相当な物だろう。
「このままだとかなりの犠牲が出るの。だから頑張って止めてきてね」
 数は一体。だが相手は高ランクの妖だ。しかも元は相手は人間に対しかなりの恨みを持つ存在。知性がないとはいえ、その残虐性は資料からも十分に伝わってくる。
 こと妖が人と相容れないのは今更語ることではないが、今回の件は大元をたどれば人間の所業。如何に妖とはいえ、同情の余地はある。
 勿論見過ごすわけにはいかない。ここでFiVEが立たなければ、多くの犠牲者が出るのだから。
 覚者達は顔を見合わせ、会議室を出た。



■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:難
担当ST:どくどく
■成功条件
1.妖一体の討伐
2.なし
3.なし
 どくどくです。
 ワニは下水では生活できない。だからこそのホラー。
 気の抜けたシチュエーションですが、依頼自体は難依頼です。ご注意を。

●敵情報
・ワニ(×1)
 心霊系妖ランク3。物理攻撃に強く、特殊攻撃に弱いタイプです。
 ペットブームで購入されたワニが下水に捨てられ、死亡しました。その怨霊が妖化して、マンホールから地上に現れます。体長四メートルを超す大きさを持ち、人を見れば襲い掛かってきます。
 知性のようなものはほとんどありませんが、狩りの経験から効率よく敵を倒す為の戦術は持ち合わせています。

 攻撃方法
 噛み付き 物近単 大きく口を開けて、噛み付いてきます。〔流血〕〔致命〕
 尻尾   物近列 丸太程の太さの尻尾を振るい、殴打します。〔二連〕
 雄叫び  特近貫3 恨みを込めた叫びをあげ、委縮させます。〔弱体〕[100%、50%、25%]
 霊体    P  既に死亡しており、血液がありません。[出血無]
 人間への恨み P 深い執念を持っています。体力が0になった時、〔必殺〕を無視して一度だけHP三割の状態で復活します。

●場所情報
 京都の地方都市。そこにある住宅街。そこにあるマンホールから妖は出てきます。マンホールを封鎖すると、次は何処に出るのかわからないのでその作戦は禁止です。
 時刻は昼。明るさ、足場、広さなどは戦闘に支障なし。戦闘開始から三分(一八ターン)後にOPに出た犠牲者がやってきます。それ以外にも状況次第で人が来る可能性はあります。
 事前付与は一度だけ可能とします。

 皆様のプレイングをお待ちしています。

状態
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2016年03月13日

■メイン参加者 8人■

『花屋の装甲擲弾兵』
田場 義高(CL2001151)
『淡雪の歌姫』
鈴駆・ありす(CL2001269)
『花守人』
三島 柾(CL2001148)
『偽弱者(はすらー)』
橡・槐(CL2000732)
『F.i.V.E.の抹殺者』
春野 桜(CL2000257)
『ゆるゆるふああ』
鼎 飛鳥(CL2000093)


「現実化した都市伝説を被害が出る前に対峙する! と言うと、外国のテレビ番組みたいな感じなのですが……」
 それが白いワニと言うのはさすがに、と『偽弱者(はすらー)』橡・槐(CL2000732)は肩をすくめた。何はともあれ相手は妖だ。それが人を襲う以上、同情も容赦も不用とばかりにナイフを構える。
「亡くなったワニの妖か。可哀想だとは思うが、関係ない人間に被害が及んでも困るしな」
 捨てるならペットなんか買わなければいいのに、と人の身勝手さに嘆くのは『百合の追憶』三島 柾(CL2001148)だ。どういう経緯であれ、それが人に襲い掛かるというのならそれは止めなくてはいけない。
「うぅ……ワニさんがそうなってしまったお話も、切なくなるお話ですね」
 柾の言葉に嘆くように阿久津 ほのか(CL2001276)が胸に手を当てる。柾とほのかの兄とは知り合いで、その関係でほのかも柾と交友があった。通行止めのテープを貼り終えて、マンホールの近くにやってくる。
「発生理由から討つのは心苦しいですが、妖である以上は討たねばなりません」
 物憂げに瞑目する望月・夢(CL2001307)。ワニが死んだ理由は間違いなく人間の所業である。それが人を襲うというのは因果応報か。あまり動かない表情の中に多くの思いを抱きながらも、戦う決意を示すように神具を構えた。
「全く、人間ってホント自分勝手。命を扱っているって自覚がないんじゃない?」
 辛辣に『溶けない炎』鈴駆・ありす(CL2001269)が言い放つ。出生の経緯などから、ありすは人間自体にいい感情を抱いていない。なんで自分がこんなことを、と呟きながら左手の指を開いて閉じる。不満はあるが、拒否はしない。
「全く。やるせない話だぜ」
 斧と手に肩をすくめる『家内安全』田場 義高(CL2001151)。二メートル近くの巨躯にスキンヘッド。赤銅色の肌に顎鬚。そんないかつい義高だが、その心は妖の経緯を聞いて同情するほどに優しい。
「でもクズな飼い主を喰い殺すだけならまだしも恨みを無関係の人に向けちゃダメよね」
 笑みを浮かべながら春野 桜(CL2000257)は頷く。それはここに集まった覚者全員が分かっていることだった。哀れみはあるが、だからと言って人を襲うことを赦しはしない。優しい桜の笑みの中には黒く深い闇色の瞳があった。
「結界貼り終わりましたー」
 人避けの結界を展開していた『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)。右手を挙げて、皆に完了の報告をする。ゆるふわした笑みを浮かべてはいるが、妖発生の経緯には心を痛めている。それを表情に出すことなく、飛鳥は元気よく歩く。
 ガタガタとマンホールが揺れる。そろそろか、と覚者達は神具を構え各々の位置に布陣する。
「ガアアアアアアアアァァァァァァァ!」
 響く叫び声。それは妖の咆哮か、それとも人への怨嗟か。それは誰にもわからない。
 わかることはただ一つ。ここで妖を討たねば、犠牲者が増えるということ。それだけは許されない。
 覚者達は不幸な未来を回避すべく、妖に向かって神具を向けた。


「人の身勝手さに付き合わされた身には同情するわ」
 最初に動いたのは桜だった。右手に包丁を左手に斧を持ち、ゆっくりと妖に近づいていく。人間に捨てられたペット。その経緯は同情の余地がある。愛する人に捨てられて暗い地下に追いやられる。それがどれほどの悲しみか余人には分らないだろう。
 だが、殺していいのは捨てた人間だけだ。それ以外を巻き込もうとする時点でそれは害獣だ。害獣は駆除しないと狩らないと殺さないといけないわそうよ殺しましょう殺しましょう害獣は狩り殺しましょう。守護使役を意識しながら、桜は包丁を振るう。
「私達の為にも早く早く早く早く早く早く死ね死んで彼の糧になれ」
「どうあれ、生かしておけないのは事実だ」
 両手にナックルを嵌め、柾が構えを取る。妖に近づきすぎず、しかし遠すぎず。そんな距離を保ちながら体内の炎を活性化させた。熱く熱く、もっと熱く。体内で燃え盛る炎の熱が体中を駆け巡る。その爆発的なエネルギーを呼気により整えた。
 婚約していた女性を妖により殺された柾は、その経緯ゆえに妖の跋扈を許せない。たとえ目の前の妖が同情すべきものであっても、だ。拳に炎を纏わせ、妖の動きに合わせて打撃を放つ。リズミカルな火拳が妖を燃やし、その霊体を削っていく。
「……倒した後に、小さな墓でもつくってやるかな」
「死んだ場所は下水の中でしょうがね」
 戦車の主装甲をはがして作った盾を手に、槐がため息をついた。流石にそんな場所に墓を立てに行くのではないだろうが、とりあえず言ってみる。土の加護を身に纏い、盾を前面に出しながらナイフの神具を構えた。
 ナイフで妖をけん制しながら、槐は状況を判断する。誰かを守るのが必要か、気力の回復が必要か、妖をかく乱するのが必要か。相手を傷つけることだけが戦いではない。相手を満足に行動させず、味方に十全を尽くさせる。その為に槐は立ち回る。
「恨みが有ろうが無かろうが、妖の時点で消えるまで殴るだけなのです」
「重いけど……よいしょっと」
祈るようにほのかが妖を見る。妖が這いあがってきたマンホールずりずりと引っ張って、封鎖する。自分達や予知で見た一般人が落ちたり、ワニが逃げたりしないようにと言う処置だ。しっかりはめ込み、一息ついてから戦いに赴く。
 土の加護を身に纏い、手の甲を妖に向けるほのか。そこに開眼する第三の瞳。人と古妖の絆が生んだ怪の因子。開いた瞳から放たれる光線が、妖を穿つ。不可視の何かが妖に纏わりつき、その動きを一時封じた。
「せめて魂だけでも……故郷に帰れますように」
「そうね。徹底的に燃やし尽くしてあげる」
 体内に炎を宿し、ありすが妖を睨む。妖の図体は大きい。人間の三倍はあるだろう巨体は、さぞ燃やし甲斐があるのだろう。イメージする炎は生まれ育った故郷の火山。大地から吹き上がり、天をも焦がす激しい炎を心に描く。
 右手を妖に向けて突き出すありす。思うだけで操れる炎。それを意図して手の平に大量に集める。集まった炎を拳大に凝縮し、その密度を増す。そのまま足を踏み出し、肩の力を使って炎の球を妖に投げつけた。妖の白肌が赤く燃え上がる。
「予想通り、それほど俊敏じゃないようね」
「油断はできないぞ。爬虫類は瞬発的な動きは速いからな」
 妖を油断なく見ながら義高が神具を構える。間合いを測りながら、踏み込んでは斧を振るい、相手の僅かな動きに反応して一歩引く。都会の下水と言う環境ではあるが、だからこそ発生する狩りの手法を義高は感じていた。
 四肢を踏ん張る動作をする妖。来る、と思った瞬間には目の前に大きな口が開いていた。避けるには時間が足りない。ならばと振るった斧が妖の顎に当たり、その攻撃を止める。流れる汗をぬぐいながら、義高は挑発するように妖を手招きする。
「そう簡単に当たりやしないよ。どんどん攻めてきな」
「当たったら飛鳥が治しますからね」
 勿論怪我しないのが一番ですよ、と飛鳥が付け足す。だが、怪我せずに解決できるとは、誰も思っていない。飛鳥本人もだ。だからこそ飛鳥は状況をよく見て、回復に立ちまわる。ふわふわした小学生に見えて、このパーティのキモを握っていた。
 妖の攻撃で一番傷ついている人を判断し、その覚者に視線を向ける。飛鳥が手にするのは青い石のついたステッキ。その石に水の源素を集め、笑顔とともに振るった。広がる水は滴となり、覚者の傷に注がれる。傷の灼熱を冷やすように、その水は傷を癒していく。
「ワニさん、マンホールの中に戻ったりしないかのかな?」
「おそらくですが、元々の修正は失われているのでは。人間への恨みだけで動いていると思います」
 飛鳥の疑問に推測を返す夢。根拠はないが、妖の経緯を考えればありうる話だ。妖の習性など、御影所長ですら掴み兼ねるのだから仕方ない。戦闘に心を移行すると同時に、第三の目を開く夢。白く細い指でナイフを握りながら、呼吸を整える。
 自分が非力であることは、夢自身自覚している。だが、攻撃力で劣ることが戦闘で役に立たないということではない。ナイフで印を切り、源素を込めた霧を発生させる。それは妖の視界を奪い、四肢に絡みついて動きを制限させる。相手を弱らせること、味方を守ること。それが夢の戦い。
「攻め手として非力は承知。ならば非力でも出来る事をするまでです」
 物理に強く、術式に弱い心霊系妖。故に覚者達は術式を中心に攻め立てる。
 同時に尻尾の殴打等の広範囲攻撃を警戒してか、ダメージを受けた者は入れ替わったりしていた。流動的に立ち位置を変えることで、集中攻撃を避けようとする動きだ。
 だがそれを察する知性があったのか、それとも野生の本能か。妖はある程度傷ついた覚者に向けて大きく口を開き、噛みついてくる。強く鋭い一撃は激しい出血を伴い、その傷は術式では癒しにくいものだ。それによりダメージを蓄積していく。
「ぐ……っ、流石にやるな」
「まだです……」
「痛いわね……!」
 妖の真正面に立つ義高と体力的に優れない夢とありすが、妖の攻撃で命数を削られるほどの傷を受ける。
「ガアアアアアァァァァァァァ!」
 吠える妖。覚者により傷ついているとはいえ、その勢いは留まるところを知らない。
 だが、それに怯む覚者はいない。巨躯なワニを前に恐れることなく刃を振るう。


 覚者達は前衛にダメージが集中し、倒れる人が増えるのを懸念してか前衛のローテーションを行っていた。これにより個人にダメージが集中するということはなく、頭数低下による戦力減少を避ける。
 だがそれは、逆を返せば全員がまんべんなくダメージを受けるということである。飛鳥の回復は確かに覚者を支えているが、それ以上の傷を与えてくるのだ。
「殺すわすぐに殺すわ待っててねその腸を引きずり出して殺す殺す殺す」
「まだ倒れるわけにはいかない!」
 妖の猛攻の前に桜と柾が深手を負う。命数を燃やして何とか意識を保っていた。
「私が傷を癒します。皆さんは攻撃の方を」
 夢が涼風を吹かせて、仲間の出血や畏縮する心を癒していく。自分一人ではどこまでやれるかはわからない。だが、攻勢に出なければ押し切られるのは、覚者全員が肌で感じていた。
「そんなに恨めしそうな目をしなさんな。土は土に、灰は灰にってね」
 妖の視線を受け止め、義高は言う。『土は土に、灰は灰に、塵は塵に』……有名な祈祷書の一節だ。死者の魂を天に帰すための文言。当然だが、祈りで妖は消え去らない。だから、義高は神具を振るうのだ。祈るように、魂を成仏させるように。
「せーの、よいしょ!」
 傷ついた味方に変わり、前に出たほのか。妖を威圧して、プレッシャーを与えながら土の槍で穿つ。その動きはお世辞にも俊敏とはいいがたいが、土の加護で身を固めて、致命傷を避けていた。
「あ、そろそろ下がるですよ。庇ってるんで回復してもらいましょう」
 槐は倒れそうな仲間を敵いながら、声をかけてローテーションの指示を出していた。手に固定した盾で妖の攻撃を受け止めながら、隙を見て気力を回復させる。仲間を守りながら、覚者の術式攻撃を支えていた。
「気力の回復ありがとうなの。飛鳥、がんばるの!」
 槐に気力を回復してもらい、ぐっと拳を握る飛鳥。槐が術式の支えなら、飛鳥は生命の支え。休む余裕なく水の源素を振りまき、仲間を癒していく。その役割上飛鳥は最優先で守られていおり、だからこそその傷を癒そうと必死になって術を放つ。
「すまなかったな、人間の身勝手さで辛い思いをさせて」
 消え去った体内の灼熱を再燃し、柾は妖に立ち向かう。捨てられてさ迷う動物の心霊。人間の身勝手な行動から生まれた犠牲者ともいえる。だが、それを放置はできないのだ。強く拳を握り、柾は真っ直ぐに炎の拳を振るう。
「もっともっと殺せば貴方は早く帰って来るかしら殺すコロスあはは」
 理不尽な力により、恋人を奪われた桜。故に誰かから何かを奪う輩は許せない。そういった輩をすべて殺せば恋人は帰ってくる。そう信じているそうに決まっているだから殺そう全部殺そうあの人のために。桜の笑顔の裏にあるのは狂気。だがその正体は、深い愛。
「炎の申し子たるアタシの炎で、こんがりと丸焼きにしてあげるわ」
 言葉と共にありすの炎が妖を焼く。炎の申し子と自分で言うだけあってその威力は折り紙付きだ。かなり堪えたのか、悶えるように妖は暴れまわる。相手がランク3、しかもタフネスに優れている妖でないのなら既に力尽きていただろう。
「きゃあ!」
「しぶといですね。まだ倒れませんか」
 ほのかと槐が度重なる攻撃で命数を削られる一撃を受ける。だが妖もかなりのダメージを受けている。ボロボロの霊体が覚者を睨み、威圧する。
「これで決める!」
 柾の一撃が妖の芯を捕らえる。確かな手ごたえに妖は力尽き――
「ルァアアアアアアア!」
 だが、人への強い恨みで戦意を保つ。幾分か体力を取り戻した妖が覚者に、そして人間に対して己の存在を示すように咆哮をあげた。
「しぶといわね……もうひと息よ!」
「ええ。ですが……」
 肩で呼吸をしながらありすが喝を入れるように叫び、夢が冷静に現状を分析する。覚者もかなり疲弊している。彼我の攻撃力を鑑みれば、かなりの手傷を覚悟しなければならない。一手攻めを誤れば一気に瓦解してしまうだろう。
 慎重に――そう思う覚者達。だがその中で一人だけ真正面から妖に挑む者がいた。
「恨めしい気持ちはわからんでもないが、しつこすぎるともてないぜ」
 軽口を叩きながら神具を構える義高。それは滅ぼすべき相手への恐怖ではない。親しい家族への窘めに似た口調。
「お前にギュスターブって名前を送ってやるよ」
 名付け。それは個人を認識するための最初の儀式。生命が最初に与えられる、かけがえのないプレゼント。
 義高は不幸な生い立ちの心霊系妖を『倒すべき敵』と認識しながら、しかし一つの生命として尊重し、名付け、個として認める。義高のその行為が、そしてその意思が伝わったのだろうか。
「オオオオオオォォォォォォ……!」
 ワニの声は恨みを含んだ咆哮ではなく、哀しみを含んだ泣き声のように変わっていた。
「もう十分だろう。ゆっくり眠りな」
 義高が振り上げられた斧は真っ直ぐにワニに振り下ろされる。
 ワニはその一撃を受け入れるように動かず、そして消えていった。


「『魂』の奇跡……」
 誰かがそんなことを呟いた。覚者の中にある『何か』を削り、奇跡を起こす力。それは絶望的な戦力をひっくり返すこともあれば、数多の命を救う光となる。
 その奇跡が、人に捨てられ荒れ狂う霊魂の恨みを晴らしたのだ。
 無為に『何か』を削ったところで、この奇跡は起きなかっただろう。覚者達の心に反応し、それに応じた奇跡が起きたのだ。この奇跡は、彼らの心の表れともいえる。
「満足して成仏したんだろうか」
「そうだといいですね」
 柾とほのかが小さな墓を作り、祈りを捧げる。生まれた経緯は確かに不幸だが、最後は救われて消えていったと信じたい。消えていった命を弔い、瞑目する。
「全く……誰がワニなんか捨てたんだか」
「ワニなんて買えるのはかなりの金持ちか、そういう業者でしょうね」
 怒りがこもったありすの質問に、槐が答えた。推測でしかないが、大きく外れてはいない予想。流石に捜索するのは骨だろうが。
「ワニさんが奇麗に旅立ててよかったです」
「そうね。これで誰も犠牲にならずにすんだわ」
 飛鳥が満足したとばかりに頷き、桜が同意するように告げる。飛鳥は純粋にハッピーエンドを喜び、桜は害獣が一つなくなったことを喜んでいた。
「あの……ここ通っていいですか?」
 戦い終わって忘我する覚者の耳に、見知らぬ誰かの声が聞こえる。おそらく夢見の余地で襲われる予定だった一般人だろう。結界やテープなどの影響で足止めされていたようだ。それがなければ戦闘中にやってきていたかもしれない。
「ええ。もう終わりましたので」
 夢がその一般人を誘導し、未知の反対側に案内する。もう妖のワニはいない。ホラーだとここで最後の力を振り絞って蘇ったり、あるいはもう一匹いたりするのだが、そんなことはないと誰もが断言できる。
「これはギュスターブ……なのか?」
 義高は妖を倒した半月斧を見た。いつの間にか刻まれた鱗のような紋様と、キザギザの刃。神具がワニを想起させる形に変化していた。これは『魂』が起こした奇跡の余波だろうか。それとも天に帰したワニが、自分を救ってくれたお礼に、その鱗と歯を残してくれたのだろうか。
 問うても答えは返ってこない。妖は滅び、ワニは成仏したのだから。

 そして事件は終わる。白いワニが人を襲うということはなく、都市伝説は都市伝説のまま、静かに風化していくだろう。
 だがそれでいい、と覚者は思う。人が死なず、話題として楽しめるホラーであることがどれだけ幸せか。身をもってそれを知っているのだから。
 角を曲がり、視界から消える一般人。それを見送ってから、覚者達も帰路についた。


■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし



■あとがき■

 どくどくです。
 そりゃ列二連持ってれば、警戒しますよねー。

 と言うわけで都市伝説ネタでした。このアラタナル世界にこんな都市伝説があるかはともかく。
 幽霊の正体見たり枯れ尾花、ではありませんが正体を知ってしまえば恐ろしくはなくなります。むしろ現実的に、どう処理するかを考えてしまうのが人間のサガ。
 そういう意味では、分からないまま恐れて近づかない方がいいのかもしれません。

 ともあれお疲れさまでした。先ずは傷を癒してください。
 それではまた、五麟市で。

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レアドロップ!

取得者:田場 義高(CL2001151)
武具:ギュスターブ




 
ここはミラーサイトです