愛の揺蕩ふ場所
愛の揺蕩ふ場所


「そうか……泣いてたのか……」
 関東地方のとある山。
 その麓に住む老人・木村与平は、F.i.V.E.の覚者達がしてくれた古妖・哀の迷ひ家に関する報告を聞くとそう呟き、目を閉じた。
「山で行き倒れた奴等が酷く怪我してるのは俺が体験したのと同じ、愛する相手の幻体が殺そうとしてくるから。そして殺してと、頼んでくるから。迷ひ家がそんな事をするのは、理不尽に相手を殺さなくてはいけない状況で、己ではどうしようもないその状況で、どうすれば相手を助けられたかを模索してたって訳か」
 ――家も泣くんだなぁ。
 切なげに呟いて、与平は愛しむような瞳で山を見上げた。
「家はいつだって、住人を護ってくれる存在だ。俺達が安心して眠れる場所だ。そうであって欲しいし、あっちもそうでありたいんだろうなぁ」
 申し訳ないが、と言う。
「F.i.V.E.の覚者さん方。今一度、俺の我儘を聞いちゃくれねぇか。どなたか俺と一緒に山に入って、迷ひ家を助けてやって欲しいんだ。迷ひ家が囚われてる炎を、なんとかしてやって欲しい。強いあんた等ならと、迷ひ家も思ってる筈だ。迷ひ家の『思い』を聞けたのは、あんた達だけだろうからな。迷ひ家はすぐには現れてはくれねぇだろうが、俺も呼びかけてみるから」
 もう1度会いてぇんだ。そしてあの家が、暖ったけぇ場所になる瞬間を見てみたい――。
「俺の足腰がまだ山歩きに耐えられるうちに、頼むよ」
 頭を下げた与平は、顔を上げるともう1度山を見上げた。

「出て来るんだ迷ひ家! 頼ったんなら、心、少しでも見せていいと思ったんなら、最後まで頼んな! 一緒に来てくれたから、覚者の人達、居てくれてるから! 今、出て来なくてどうすんだ!」
 与平の声が、夕暮れの山に木霊する。
 何度目かの叫びの先、木々の向こう側にようやく立派な日本家屋が――哀の迷ひ家が、その姿を現した。
 広い家屋内に入って、変わらず手入れの行き届いた部屋を見て回る。
 囲炉裏で燃える火、質素だが大切にされているだろう家具達。変色はしているが、丁寧に掃除されていると判る板の廊下と部屋の畳。
 懐かしむように見ていく与平と共に、人の気配がしない部屋を進んで広い座敷で足を止めた。
「迷ひ家、あんたにゃ、炎はどんな風に見えてんだ? 独りで勝てねぇなら、囚われてんなら、覚者さん達の力を借りな! 見せてくれ。あんたが囚われてる炎は、どんなのだ?」
 どうして勝てないと決め付けてんだ。
「――見せてくれ」
「助けたかったんだろう? 自分を大切にしてくれた住人達を」
 覚者達の声に、床が揺れる。
 一瞬の闇の後、夕焼けを映していた障子が揺らめく。与平を背後に庇った覚者達が、勢い良く障子を両側へと開けた。
 目の前には、一面の炎。
 ゴウッ! と鳴った炎から火弾が飛んでくる。そして津波のように巨大化した炎が、全員を飲み込んだ。
 衝撃を堪え、炎に立ち向かうように縁側から庭へと降りた――途端。
 一面の炎は消え、光に包まれた。

 目を開けると、庭の景色は夕焼けに戻っていた。
 違うのは――。
「あれ? だぁれ?」
 子供の声に視線を落とせば、着物姿の少女が見上げてきている。
「ははうえ!」
 少女の背後から着物姿の男の子が駆け出して、竹の竿から洗濯物を取り込む母親の元へと走って行った。
「なぁに? これが済んだら夕餉の支度をしますからね。もう少し待っ――」
 こちらを見た瞳が、見開かれる。
「――……どなたかしら?」
 僅かに警戒を含む声が、かけられた。

 これは――。
 炎で家が崩れ落ちてしまうより以前の刻、そして住人達、なのか……。
 覚者達と与平は顔を見合わせ、迷ひ家の願いを思い出す。

『助けたかった。死なせたくなかった。……子供達を、護りたかった……』

(住人達を助けてくれと、言っているのか)
 ――たとえ、幻であっても。
 その願いを叶える為には、この住人達と友好的になる必要があるだろう。
 出火はこの庭側からだった。炎が現れる前に一瞬闇となった事から、日没から日の出までの間に炎は上がると考えられた。
 それまでに家族と仲良くなっておいた方が――出来るならば信頼を得ていた方が、彼等に指示を出し、護りやすいだろう。
 父親は特に、子供達を護ろうと炎に立ち向かおうとするかもしれない。
 炎が上がるのは、きっと今夜。

 ならば手始めに。
 今晩泊めてもらえるような、怪しまれぬ理由を考えなくてはならない……。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:巳上倖愛襟
■成功条件
1.『炎』の討伐。
2.木村与平と家族4人を死なせない。
3.家族4人を警戒させない。
皆様こんにちは、巳上倖愛襟です。
宜しくお願いします。

今回は、夜の時間帯いつ起きるか不明な出火に備えた上で、『炎』の討伐と家族を護って頂きます。

●追加説明
皆様が入ったのは多種ある『迷ひ家』の内の1つ。古妖です。『哀の迷ひ家』の名は、与平がそう呼んだ事からきています。
皆様の前に現れている家族は、迷ひ家が見せている幻体です。過去へと飛んだ訳ではありません。
家族の者も含め、家の敷地より外には出られず、塀の向こうには山の木々だけが見えています。(実際にこの家族が住んでいた時の状況ではありません)


●哀の迷ひ家の使用技
シナリオ『愛が迷ふ場所』の結果、この哀の迷ひ家の使用する技が幾つかある事が判っています。
今回使用してきているのは、『幻体』です。

幻体…質量のある幻体を作り出し、生きているように喋らせ動かす事ができます。
盲信…一定時間、任意の対象に目の前に現れた人物を本物と思い込ませる事が出来ます。
記憶把捉…任意の対象の記憶を読みとる事が出来ます。
記憶封印…一定時間、任意の対象の記憶の一部を封印する事が出来ます。


●迷ひ家
火事が原因で崩れ、自分を大切にしてくれた住人達を殺してしまった古妖。
食べ物など、喋ったり動いたりしないものも、幻体で出しています。食べる事も触る事も出来ますが、迷ひ家が許した物以外は持ち帰る事は出来ません(迷ひ家と共に消えます)。
シナリオ『愛の紕ふ場所』により、迷ひ家の願いは、「家族を死なせたくなかった、子供達を護りたかった」事だと判明しています。

●迷ひ家からの脱出方法
『炎』との戦闘が終了した時点で脱出でき、迷ひ家・住人の4人は姿を消します。
(住人が死亡したり戦闘に敗北しても脱出は出来ますが、依頼は失敗、となります)

●住人達
・父(長瀬真正) 見た目年齢30代前半。着流し姿。今は室内で太刀と小太刀の手入れをしています。
・母(長瀬佳子) 見た目年齢30代前半。小袖姿。洗濯物を取り込んだ後は、夕餉の用意をしようとしています。(ちなみにおかずは、芋の煮物と焼き魚、漬物、豆腐の味噌汁)
・娘(長瀬美賀子) 見た目年齢10歳。
・息子(長瀬孝久) 見た目年齢7歳。

※シナリオ『愛の紕ふ場所』にて、家の中には住人達の思念は残っていない事が判明しています。
現れた住人達は迷ひ家の記憶が作り出した幻体です。迷ひ家の知り得ぬ事を質問しても答えません。彼等は迷ひ家の記憶にある住人達と同じ性格をしていますので、怪しまれたり、不審な行動や言動をし過ぎれば、警戒され追い出されます。(誰かが追い出された場合、迷ひ家と住人達は消えます)

●木村与平 65歳
子供の頃に迷ひ家と出遭った事のある老人。その時は兄の幻体が現れ、重傷を負いました。
迷ひ家が出現する山の麓に住み、時折重傷を負って倒れている人達も自分と同じ体験をしたのでは、と気に掛けていました。
F.i.V.E.の覚者達のお陰で真相を知る事が出来ましたので、無茶でない限り指示には従います。何かある場合はプレイングにお願いします。(なくても邪魔をする事はありません)

●敵 『炎』1体
迷ひ家が家族を死なせる原因となった、火事の炎が幻体化したもの。迷ひ家が勝てないと思い込んでいる敵です。
時間が経てば経つほど段々と大きくなっていき、家全体を燃やします。
早期に倒す事が出来れば、家族も家も護れます。

・『火爆』 特近列【火傷】 炎の中で火を破裂させ、複数の敵に飛ばします。
・『炎波』 特遠全【火傷】 炎を津波のよに大きくさせ、敵全体を飲み込みます。
・『炎弾』 特遠単【炎傷】 高速で炎の弾を飛ばし、敵に強力な一撃を与えます。

●戦場
最初は庭。時間が経過するにつれ、家の中へと追い込まれてしまいます。

●戦闘シーンのリプレイでの割合は1/4~1/3くらいを想定していますが、皆様のプレイング次第となります。

以上です。
それでは、皆様とご縁があります事、楽しみにしております。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
7/7
公開日
2016年03月14日

■メイン参加者 7人■

『聖夜のパティシエール』
菊坂 結鹿(CL2000432)
『赤き炎のラガッツァ』
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)
『感情探究の道化師』
葛野 泰葉(CL2001242)
『清純派の可能性を秘めしもの』
神々楽 黄泉(CL2001332)
『涼風豊四季』
鈴白 秋人(CL2000565)


「すみません、此処はどの辺りでしょうか?」
 警戒を滲ませる母へと、イスラ・メレト・アルナイル(CL2001310)はそう尋ねながら困ったような表情を向ける。
 永倉 祝(CL2000103)が続き、言葉を添えた。
「連れの1人が体調を悪くしてしまって……。休ませては頂けませんか」
「私達は諸国を巡る旅の一座。この容姿は職業柄、人目を引く必要がありまして……」
 『エピファニアの魔女』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)も、母の後ろに隠れた孝久へも微笑みかけながら伝える。
「暗くなる前にと宿探しをしていますが、他に寄る辺がなく……」
「彼は前団長のご隠居で――我々にとっては大切なお方。休ませてあげたいのです」
 言った『感情探究の道化師』葛野 泰葉(CL2001242)の隣で、木村与平も「すいやせん」と皆に合わせ体調の悪い振りをした。
 見上げてくる美賀子に、泰葉は喜の仮面を僅かに持ち上げる。
「ちなみに俺は、道化師でね」
 まぁ、と母親は同情の籠もる瞳を与平に向けた。
 土下座も覚悟していたイスラであったが、その必要はないらしい。これまでの言葉で、泊めても良いと思うだけの同情を得られたようだった。
「お回り頂けますか? 美賀子、父上に伝えてきてくれますか」
 姉が縁側から上がり走って行けば、弟は追いかけようかといった素振りを見せる。けれども覚者達が気になる様子で、母へとしがみついたままその場に留まった。
「お礼と言っては何ですが……俺達が一芸披露致します」
 孝久の様子に微笑し、鈴白 秋人(CL2000565)がそう提案する。
「あら……嬉しいわね、孝久」
 母に頭を撫でられて、子は覚者達を見上げた。にっこり笑って、また恥ずかしそうに母の着物に顔を埋める。
「さぁどうぞお上がり下さい」
 式台付玄関に案内してそう伝えた佳子に、覚者達は頭を下げる。
「申し訳ありません。よろしくお願いします」
 接触時の言葉は仲間達へと託していた菊坂 結鹿(CL2000432)が、家に入る時にそう挨拶した。
「ゆるりと旅の疲れをお取りいただくようにって」
 パタパタと戻ってきた美賀子が、「後でご挨拶にまいりますと父上が」と伝える。
「いや、俺達の方からお伺いしよう。それが筋というもの。ですよね、ご隠居?」
 泰葉の言葉に、「お、おう、勿論だ」と与平も応じた。
 焦る様子にニヤリ口角を上げた泰葉と与平が主人の部屋へと向かえば、結鹿は子供達の前に屈む。
「初めまして、わたしは結鹿といいます。お2人はなんという名前なのですか?」
「美賀子!」
「たかひさ」
 人懐っこい姉と、人見知りらしい弟が答えた。
 続き全員の自己紹介が終わると、「どんな事して、遊んでる、の?」と神々楽 黄泉(CL2001332)が尋ねる。
「こっち!」
 10歳の少女から明らかに同年代と思われている事に、思わず黄泉の眉が寄っていた。
「あ、お手玉あるんだ。俺、得意だよ」
 笑んだ秋人が、孝久から受け取って披露する。真似ようとする孝久に、優しく教えた。
「手毬もあるの」
 やりたがる美賀子に、結鹿が開いたままの障子の向こうを見遣る。
「だいぶ陽が沈んできてますから、家の中で遊びましょう」
 ――他にも何かありますか?
 そう問えば、「あ」と嬉しそうに紙風船を持ってきた。
 結鹿とラーラ、美賀子が息を吹き込み、紙風船を膨らます。
「私、あまり知らない、教えてくれ、る?」
 黄泉の言葉に、「知らないの?」と美賀子が不思議そうな顔をした。
「うん、だって、私――」
 おっと、と秋人の手から零れたお手玉が、美賀子の足元へと転がる。
「ごめんね、取ってくれたら嬉しいな」
 もう1つふやして、と孝久からせがまれている秋人を見て、黄泉は「ありがとう」と心の中で礼を伝える。
 演技や嘘が下手な自分が口を滑らせそうになったらと、頼んでいた事を実行してくれたのだと判った。

「この度は見ず知らずの我々を泊めてくださり誠にありがとうございます。このご恩は忘れませぬ。必ずお返しいたします」
 手入れしていた太刀を置いた長瀬真正に、仮面を外した泰葉が与平と共に頭を下げる。
「しかし……優しく素敵な良いご家族ですね」
 ご機嫌取りをするため家族を褒めた泰葉だったが、真正は静かに首を振った。
「いいえ、お困りの方をお泊めするのは当然の事。お気になさらずで」
 おや、と思う。
(ご機嫌取りは、彼にはあまり役に立たないかもしれないね)


 佳子の手伝いを申し出たイスラと祝に、「いえそんな」と女は遠慮し首を振る。
「私、力仕事得意ですから」
 火を起こす為の薪が必要だろうと祝は運び、なるべく重いものは己が担当した。お米を研ぐのも受け持って、合計12人分の米を洗う。
「ご隠居様、大丈夫かしら」
「ありがとうございます、休めばきっと大丈夫です」
 イスラは佳子と並び立って手伝い、料理を褒めながら日々のストレスを抜く事を心がけ話しかけた。
「お手伝い下さったから、とても早く出来ましたわ」
 手伝いに来ていたラーラと共に、座敷へと膳を運んでゆく。
「あの、佳子さん」
 料理を全て運び終えれば、イスラが母親を呼び止め手を取った。
「家族を支える素敵な手ですね、異国の品なのですが良ければ使って下さい」
 装備していた化粧品からハンドクリームを取り出し塗ってから、渡した。
 有難うございます、と伝えて。佳子は胸元から貝殻を取り出す。
「紅です。きっとあなたに似合いますわ」

 子供達は、賑やかな食事にそわそわと落ち着かない。
 結鹿は同年代の友人との出会いが嬉しくてといった様子で、楽しく子供達と会話をしながら食事をする。
 祝は旅の話をして、それには真正も耳を傾けた。
「普段は野宿することもあり、交代で安全確保にあたっています。今夜も――」
 習慣なのでと伝えたラーラは、夜見張りをする事の承諾を父から得る。
 月や星にまつわる話をした秋人が、さり気なく子供達を誘っていた。
「後で一緒に見ようか?」
「うん!」
 2人の元気な声が返る。
「とても美味しいですね」
 褒める事を忘れない泰葉の言葉に、佳子は「ふふっ」と笑って。
「今夜は力作ですのよ」
 ね、と手伝ってくれた3人に微笑んだ。
 マイナスイオンの効果も利用し、けれどもどうしてもぎこちなく話す黄泉に、美賀子が笑いかける。
「ねぇねぇ、黄泉ちゃんや結鹿ちゃんも見張りをするの?」
 子供なのに危ないよぉ、という言葉にビミョーな空気が流れた。
 黄泉が口を滑らせてしまう前にと、イスラが笑顔で立ち上がる。
「食事のお礼に、踊りを披露させて頂きますわ」
 子供達も加わりなんだか良く判らない踊りとなったが、途中からは子供達の踊りに合わせイスラは歌う事に専念した。
 食事が終われば、「私も何か……」と祝が芸を披露する。
 『瞬間記憶』を用いて一瞬だけ見た子供達のらくがきを真似して描けば、家族が感心した。
「次は俺も加わって、ご披露させて頂こうか」
 喜の仮面を付けた泰葉が「どうぞ皆さま庭の方へ」と恭しく案内する。
 塀へと立てかけた薪を的にして祝がコンパウンドボウで矢を射れば、その上へと泰葉の苦無が飛び刺さる。それを互いに繰り返し、矢と苦無が1本の薪に幾つも刺さっていった。
 喜ぶ子供達に、泰葉は「何なら」と尻尾をふりふりと揺らす。
「触ってもいいぜ?」
 わぁ、と小さな手たちが触って撫でて、その毛並みを楽しんだ。
「星や空の状態を見て明日向かう方角を決めたり、天気を見る為に日課になっているんです」
 両親と共に縁側に座り、秋人はそう話す。継いでイスラが「此処は星が綺麗ね」と夜空を見上げた。
 2人が星の話をすれば、子供達も両親も、静かにその話に耳を傾ける。
「――かなり夜も更けてきたわね。私達が星見をしておくわ」
「ですから皆さんはお休み下さい」
 母の膝でうとうととし始めた子等に僅かに目を細めたラーラも、見張りに立ちそう言った。


 それは、チリ、という小さな音から始まった。
 見張りをしていたラーラとイスラが目を向けた途端、小さかった炎が破裂し2人を襲う。
「火事よ!」
 イスラが叫び、ラーラは錬覇法で攻撃力を高めた。
「……火が、大きくなってるわ」
 超直観で炎を観察して、イスラが呟く。攻撃した直後に、大きさを増したようだった。
 更に巨大化した炎が波となり、2人を飲み込んだ。
 子供達と一緒に寝ていた結鹿と黄泉は、寝たふりをしていた寝床から飛び起きる。
 寝惚け眼の子供達を2人で起こし、結鹿が「お母様のところへ!」とその部屋の方角を指差した。
 子等が向かうより早く、勢い良く襖が開く。
 与平と共に現れた両親へと子等が駆け寄り、2人が無事な事に安堵の息を吐いた父はすぐさま庭を目指し次の襖を開けた。
「待っ、て!」
「お父様は奥様とお子様を守ってあげてください! お父様以外に守ってあげられる方はいないのですから」
 黄泉と結鹿の制止の声も聞かず、次の襖を開ける。
「ここは私達の家だ。家や、妻と子を、守る為に向かっている」
 用心の為だろう太刀を手にしている一家の主は、炎を確認するまで納得しないだろう。強き意思を、その瞳に映していた。
 真っ先に庭へと駆けつけていたのは、韋駄天足を用いた秋人。
 その時点で既に体力のほとんどを削られ片膝を付くイスラに、急ぎ癒しの滴を生成した。
 続き戦場へと足を踏み入れたのは、祝と泰葉。
 泰葉は火纏で肉体を強化し、祝はその場にいる味方達へと演舞・舞衣で状態異常の回復を促す。
 イスラが纏霧で炎を弱らせたそのすぐ背後で、障子が開いた。
 背に妻と子を庇うようにして立つ、真正の姿。
 これは……と目を剝いた真正に、肩越しに瞳を向けたラーラが前に向き直り伝える。
「真正様、あの不自然な明滅、人を選んでは攻撃する振る舞い、全うな炎ではありません。恐らくは妖の仕業。旅の一座とは、世を忍ぶ仮の姿、本当は諸国を巡って妖を討つ退治屋なのです。一宿の恩、ここは専門家の私達に任せてご家族とともに炎の遠くへ」
 それでも動かぬ真正に、炎弾が飛ぶ。
 戦場に踏み込むと同時に家族の前へと出ていた黄泉が、真正をガードし攻撃を受けた。
「黄泉ちゃん!!」
 悲鳴のような美賀子と泣き続ける孝久の声を聞きながら、ラーラが火焔を飛ばす。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
「――ごめん、私、嘘吐いてた」
 炎傷を受けた胸を押さえて覚醒し、黄泉は背中に第三の目を開眼させる。ぼんやりと映る家族を見ながら、言葉を続けた。
「だからここからは、本音。……今日、この火が起きるの、知ってた、頼まれて、守りに来た、だから安心、して」
「……お前達、奥にいっていなさい。なるべくここから、離れていなさい」
 妻と子供達だけを退がらせた真正に、イスラが目を剝く。
「本当に大事なものは家族の命でしょう? 貴方達の家は私達が守るわ! だから貴方は優先すべきものを守りなさい!」
 一喝したイスラには、強き視線を返した。
「悪いが。あれが普通の炎ではないのは判った。だがいきなり任せろと言われて、そうですかと退く訳にはいかない。的を射れるのは見せてもらったが、戦うとなった場合、貴方達がどれ程の腕前なのかも知らない。その貴方達に全てを――家を、延いては私達家族の命運をも、任せる訳にはいかない」
 太刀を抜く父に「……これは参ったね」と泰葉は掌に空気を集める。
「夕方のうちに手合わせでもしておくんだったかな」
 言いながら踏み込み、圧撃で炎を弾いた。
 ――自分達の手合わせする姿を見せるだけでもいい。己よりこちらの方が強いと知る事が出来ていれば、おそらく素直に自分達へと任せたのではないだろうか。
 弾いた炎はそして、すぐ背後にある塀で止まる。
 斬りかかろうと庭へと降りた真正に、秋人が水衣を纏わせた。
「旦那!」
 背後で叫んだ与平には「家の中の子供達を守っていてくれ」と秋人が伝える。
 真正が駆け出せば、結鹿も同じく庭へと降りて蔵王・戒で岩を鎧の如く己の身に纏っていた。
 斬りかかったその手応えで、己の刃では炎にダメージを与えられていないと気付いただろう。
 力を見せるため祝が攻撃を優先し、炎の上空へと雲を発生させ雷を落とす。揺れた炎が大きな波となり、真正を含む覚者達を襲った。
 避けられたのは、泰葉と秋人。
 水衣を纏っていたとは言え、覚者ではない者にはその衝撃は相当なものであったろう。
 膝を折った真正は、悔しげに炎を見返していた。
 ――次の攻撃で、炎は庭全体に広がってしまう。
 結鹿の作り出した薄氷が、炎を貫く。続いて目にも止まらぬスピードで泰葉のナックルが炎にめり込んだ。間髪入れずに、もう一撃。
「一宿一飯の恩を返すときは今です。貴方様はご家族を護る為にも一緒に逃げて下さい。大丈夫。我々が守ります」
 真正を含む仲間の頭上から、潤しの雨を秋人が降り注がせる。励ますような温かい雨に、真正が顔を上げた。
「さぁ、家族の許へ」
「すまない……」
 よろめきながら立ち上がった真正が、家に戻って行く。
 それと擦れ違うように、黄泉が炎へと飛燕で迫り半月斧を振るっていた。
 速攻で行かないと、皆、火に巻き込まれてしまう。
「それ、駄目」
(まだ慣れない、けど、今の私、これしか、無い……)
 高速の炎弾が、黄泉を貫いた。
 1度力無く倒れた体が、命数を使い立ち上がる。
 ――全力で、どんどん行く。
 金の瞳が、決意を籠め炎を映した。
 大きくなった炎が、家にまで達する。祝は祈るように、大気中の浄化物質を周囲に集めていた。
(迷い家の哀しみが晴れますように……)
 約束したんだ。家族の許まで、炎は届かせないと――。
 第三の目から、イスラが破眼光を放つ。
 避けた炎を静かに見つめる瞳は、秘めた想いを宿らせていた。
 炎波のラーニングを狙うラーラは、火焔連弾を敵へと放つ。
 術の再現には瞬間的に炎を強化する灼熱化と、押し寄せる波のように連続して炎を放出する火焔連弾が活かせるのでは、と考えていた。
 しかし何度か受けた炎波は、何度も押し寄せるような波ではなく、大津波。
 何か違いますね、と解析を続けていた。
「迷ひ家さん、見てなさい! あなたが捕らわれている楔から今解き放ちます」
 蒼龍を抜き放った結鹿は、構えた切先を真っ直ぐ炎へと据える。
「やまない雨がないように、消せない炎などないのですから」
 薄氷を纏った刃が、敵を貫いた。
(わたしが迷ひ家で母の幻を越えたように、炎を越えさせてみせます)
 泰葉がこの家で被り続けるは、喜の仮面。
「さぁて、悲劇を喜劇に変えようか」
 喜劇には、この仮面が相応しい。
「――仮初でも幸せな結末を見せよう」
 猛りの一撃を、迷ひ家が囚われる敵へと力一杯叩き込んだ。
 再び巨大化した炎が波となり、覚者達を飲み込む。
 波が引けば、倒れているイスラの姿。しかし命数を使い、立ち上がった。
 燃える部屋の中で、イスラは炎を見据える。
 召喚した雲が落とす雷は、まるで彼女の怒りを表しているようだった。
 祝の放つ矢が、召雷を纏い炎を射抜く。そしてラーラの放つ火焔が連続で炎へと飛んでいった。
「あなたの炎波、大切な誰かを護る為に、今度は役立ててみせましょう」
 残り少ない体力で、黄泉は突撃を続ける。
 今度、倒れるまで幾らでも。動ける間は何度でも。
 こんな感情は、今まで知らない。――迷ひ家の願い、解らなかった。でも叶えてあげたいって、思ってた。
「……多分、これ、守りたい、と言うの?」
 秋人はボロボロになっても向かってゆく黄泉へと、癒しの滴を生成し浴びせていた。


 戦いが終わって、覚者達は息を吐く。
 家を傷付けず、守る事は出来なかったけれど。
 庭沿いの3部屋を燃やした炎は、迷ひ家が愛する家族のいる部屋までは到達出来ずに消滅した。
「ありがとう!」
 飛びついて来た孝久を受け留めて、結鹿は子の頭を撫でる。
「怪我はありませんか?」
 うん! と見上げてきた子に微笑んだ。
「大丈夫?」
 仲間達より怪我の多い黄泉には、美賀子が心配そうに顔を覗き込む。
「大丈夫……それと、私、18歳」
 内心気にしてた、と告白する黄泉に、美賀子はきょとんとしてから笑った。
「じゃあ、黄泉姉様だね」
 父親の傷が大丈夫そうな事に祝は安堵の息を僅かに零し、ラーラは微笑みを浮かべる。
「無事そうで何よりだよ」
 母親と与平が無傷な事に、泰葉も喜の仮面のままでいた。
 そしてイスラは、燃えた部屋の片隅に両膝をつく。
 ――これで、アナタへの答えになったかしら。
「苦しくなったら私達を呼びなさい、何度だって家族を救ってあげる。アナタの苦しみの炎が消えるまで」
 でも、と優しく零して、涙石を燃えた畳の上に置いた。
「……本当に消せるのはきっとアナタ自身よ」
(家は家族を守り、愛を育む場所でもあるから、迷い家は余計に苦しかったんだろう……)
 秋人はそう思い、燃えても堪え立っている柱を撫でる。
 でも、もう迷わなくてもいい。
 自分が壊れるまで家族を守って、愛情を持って、家族にとって『大事な場所』で在り続けたんだから――。
「また遊ぼうね」
「またきてね」
 薄く光に包まれていく家の中で、親子は微笑む。
 そうして子供達は、一緒に遊んだ玩具を覚者達の手に乗せた。
「ありがとう」
「ありがとう」
 消えゆく中で何度も繰り返される感謝の言葉と、手を振り笑顔を浮かべる住人達。
 その中で――。

『ありがとう』

 共に感謝を伝える迷ひ家の声を、確かに覚者達と与平は聞いていた。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
『手毬』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:菊坂 結鹿(CL2000432)
『紙風船』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)
『紅』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:イスラ・メレト・アルナイル(CL2001310)
『手毬』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:永倉 祝(CL2000103)
『お手玉』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:葛野 泰葉(CL2001242)
『紙風船』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:神々楽 黄泉(CL2001332)
『お手玉』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:鈴白 秋人(CL2000565)



■あとがき■

ラーニング成功!!

取得キャラクター:ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)
取得スキル:召炎波




 
ここはミラーサイトです