血ノ雨ノ夜・参の陣
●
……縁結び しぐれの晴れ間 望む暁。
暁は訪れない。
龍は鳴いた。
今日、血雨が起こる。血雨は、なにも血雨だけが作るものじゃない。
短い間だったけれど、楽しかったよ五麟。
●
「視えた―――ッ!!」
久方相馬(nCL2000004)は大声を上げて飛び上がる。
あの厄災を直接視る事はできなかったが、次に血雨と化した場所が予知できた。
今はまだ、その場所で血雨が発生した一報を受けていない。
ならば。
今宵初めて、血雨の発生を食い止められた、初の組織になる為に。
「血雨の討伐を依頼する!!」
相馬は集まった覚者達へ説明を開始した。
「けど、あの厄災だ!! 十分に警戒はしていくつもりだぜ。
あれは、血雨は、逢魔ヶ時智雨っていう破綻者(ランク4)と八尺っていう呪具の融合体だ。
片方だけでも厄介だけどさ、両方一緒だと今の俺達じゃキツイ。だから、3班編成でなんとかする!!」
相馬が示した作戦はこうだ。
まず、壱の陣が血雨とぶつかり、壱の陣が負傷したら後退、次の弐の陣が血雨と戦い、負傷したら後退、次に参の陣が血雨に接触する。その間、出ていない班は回復と、入れ替わる時の支援を務め、ローテーションで戦う事となった。
「もちろんだけど、いけると思ったら総攻撃を仕掛けても良いんだぜ。ただ、相手も滅茶苦茶強いから、根気よく、な!
なら、最初から総攻撃すれば……っていうのはそうなんだが、血雨の能力がなかなか厄介なんだ。範囲的に攻撃してくる可能性が高いし、なによりあいつは八尺にはえてる目でも視界を補助してくる。死角が無いのはそうだけど、攻撃も360度から行って来るから、気を付けてくれ。
そんでもって、異常性と呼べる程に、一撃一撃が重い。
ほんと、それは気を付けて……俺も、手伝えるのがここまでで、ごめんな。
でもローテーション以外でも、作戦があればそっちを優先して行動してくれてもいいんだぜ、あくまでローテーションなのは、俺が考えた最良の作戦!! ってやつだし……皆の方が現場の経験も長いしさ。
逢魔ヶ時紫雨もいるみたいだし……大丈夫なのか、あの二重人格者と一緒で」
●
太陽が山の奥に飲み込まれるとき。
「よっ、新興組織! 俺は血雨に近づけねえ、勘弁してな!」
隔者組織七星剣幹部、逢魔ヶ時紫雨は立ち上がる。
「さーて、始めるかァ。上手く行き過ぎて、一生分の運使い果たした気がすっけど!!」
もう笑ってもいい頃だろう。
奇声を上げながら笑う、大笑する。
「なぁ、智雨ェ……今日で死の? 俺様、姉ちゃんの事一生忘れないわーーー、さ、楽になれ死ね死ね死ね死ね、今日から俺様がその役割果たしてやるから死のうぜぇぇ!! あははははははははは!!!」
紫雨は両手に刃を持つ。龍は鳴く、そしてFiVEの長い壱日は始まった。
●
逢魔ヶ時智雨は、弟を護る為に呪具『八尺』を手に取った。
だが八尺を智雨が操る事は不可能だった。
力に飲まれ、八尺の一部と化した逢魔ヶ時智雨は、人の血肉を喰らう化け物と化す。
肉体を飲み込み血を撒き散らす厄災は、人々に血雨と呼ばれて恐れられた。
そして今、その厄災は京都を脅かす。
破綻者×呪具の、最悪の協奏曲は響き渡る。
(2016.2.19追加)
●
「ヘイ! 鬼火ちゃん、出番だっぜ!!」
紫雨が指を鳴らす刹那、血雨と数十人のFiVE覚者達の周囲を大きく囲う様にして炎が舞い上がった。
冬という時期を感じさせぬ、夏よりも灼熱の小さな世界。
それはまるで煉獄の炎よりも深紅に染まる檻である。まるで此処から逃がさないと言わんばかりの。
「楽しくやろうぜッ! 俺様とお前等は暫くこの閉鎖された空間で、ランデブー。なぁーんちゃって!!
……ま、教えてやる義理はねぇが。教えてやった方が、楽しそうだから特別サービス。
俺様がFiVEを内側から破壊できると言ったのは、既に百鬼を潜り込ませてあるからで。
お前等とした約束通り、『血雨も。俺様も。五麟に襲撃しなかった』ぜ?
あとは察しろよ。 ギャハハハハハハハ!!
そう怒んなよ、血雨を倒したらきちんと解放してやるから安心しなよ。ね、可愛いFiVEちゃん?」
……縁結び しぐれの晴れ間 望む暁。
暁は訪れない。
龍は鳴いた。
今日、血雨が起こる。血雨は、なにも血雨だけが作るものじゃない。
短い間だったけれど、楽しかったよ五麟。
●
「視えた―――ッ!!」
久方相馬(nCL2000004)は大声を上げて飛び上がる。
あの厄災を直接視る事はできなかったが、次に血雨と化した場所が予知できた。
今はまだ、その場所で血雨が発生した一報を受けていない。
ならば。
今宵初めて、血雨の発生を食い止められた、初の組織になる為に。
「血雨の討伐を依頼する!!」
相馬は集まった覚者達へ説明を開始した。
「けど、あの厄災だ!! 十分に警戒はしていくつもりだぜ。
あれは、血雨は、逢魔ヶ時智雨っていう破綻者(ランク4)と八尺っていう呪具の融合体だ。
片方だけでも厄介だけどさ、両方一緒だと今の俺達じゃキツイ。だから、3班編成でなんとかする!!」
相馬が示した作戦はこうだ。
まず、壱の陣が血雨とぶつかり、壱の陣が負傷したら後退、次の弐の陣が血雨と戦い、負傷したら後退、次に参の陣が血雨に接触する。その間、出ていない班は回復と、入れ替わる時の支援を務め、ローテーションで戦う事となった。
「もちろんだけど、いけると思ったら総攻撃を仕掛けても良いんだぜ。ただ、相手も滅茶苦茶強いから、根気よく、な!
なら、最初から総攻撃すれば……っていうのはそうなんだが、血雨の能力がなかなか厄介なんだ。範囲的に攻撃してくる可能性が高いし、なによりあいつは八尺にはえてる目でも視界を補助してくる。死角が無いのはそうだけど、攻撃も360度から行って来るから、気を付けてくれ。
そんでもって、異常性と呼べる程に、一撃一撃が重い。
ほんと、それは気を付けて……俺も、手伝えるのがここまでで、ごめんな。
でもローテーション以外でも、作戦があればそっちを優先して行動してくれてもいいんだぜ、あくまでローテーションなのは、俺が考えた最良の作戦!! ってやつだし……皆の方が現場の経験も長いしさ。
逢魔ヶ時紫雨もいるみたいだし……大丈夫なのか、あの二重人格者と一緒で」
●
太陽が山の奥に飲み込まれるとき。
「よっ、新興組織! 俺は血雨に近づけねえ、勘弁してな!」
隔者組織七星剣幹部、逢魔ヶ時紫雨は立ち上がる。
「さーて、始めるかァ。上手く行き過ぎて、一生分の運使い果たした気がすっけど!!」
もう笑ってもいい頃だろう。
奇声を上げながら笑う、大笑する。
「なぁ、智雨ェ……今日で死の? 俺様、姉ちゃんの事一生忘れないわーーー、さ、楽になれ死ね死ね死ね死ね、今日から俺様がその役割果たしてやるから死のうぜぇぇ!! あははははははははは!!!」
紫雨は両手に刃を持つ。龍は鳴く、そしてFiVEの長い壱日は始まった。
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逢魔ヶ時智雨は、弟を護る為に呪具『八尺』を手に取った。
だが八尺を智雨が操る事は不可能だった。
力に飲まれ、八尺の一部と化した逢魔ヶ時智雨は、人の血肉を喰らう化け物と化す。
肉体を飲み込み血を撒き散らす厄災は、人々に血雨と呼ばれて恐れられた。
そして今、その厄災は京都を脅かす。
破綻者×呪具の、最悪の協奏曲は響き渡る。
(2016.2.19追加)
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「ヘイ! 鬼火ちゃん、出番だっぜ!!」
紫雨が指を鳴らす刹那、血雨と数十人のFiVE覚者達の周囲を大きく囲う様にして炎が舞い上がった。
冬という時期を感じさせぬ、夏よりも灼熱の小さな世界。
それはまるで煉獄の炎よりも深紅に染まる檻である。まるで此処から逃がさないと言わんばかりの。
「楽しくやろうぜッ! 俺様とお前等は暫くこの閉鎖された空間で、ランデブー。なぁーんちゃって!!
……ま、教えてやる義理はねぇが。教えてやった方が、楽しそうだから特別サービス。
俺様がFiVEを内側から破壊できると言ったのは、既に百鬼を潜り込ませてあるからで。
お前等とした約束通り、『血雨も。俺様も。五麟に襲撃しなかった』ぜ?
あとは察しろよ。 ギャハハハハハハハ!!
そう怒んなよ、血雨を倒したらきちんと解放してやるから安心しなよ。ね、可愛いFiVEちゃん?」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.血雨の討伐
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
●状況
ついにあの厄災が姿を現した。
場所は京都、事前に発見できた今、一般人避難は全終了している
破綻者と呪具の合わせ技になっている厄災を今、この場で倒すのだ
●特殊ルール
壱の陣→弐の陣→参の陣(当依頼)→再び壱の陣→弐の陣→参の陣
上記の形で血雨を討伐作戦を開始する
血雨とぶつかっていない班は、血雨より40m以上範囲外にいるとする。範囲外にいる時はファイヴNPCがHPMP回復をかけてくれます。回復の度合いはターン数に比例します。このNPCは戦闘には参加しない支援型のモブNPCとなります
班交代の際、逃げ遅れるPCが発生する場合もあります
また、30人規模が入り乱れる可能性がある為、回復や支援スキルは基本的に自分の依頼の参加者に優先的に使用されるというルールを課します。切羽詰まった状況だと、例外はあります。そこらへん意地悪はしないので大丈夫です
描写は基本的に自身の参加した依頼の参加者が主ですが、情況により他の陣の参加者名が出る事もあります
●血雨
一晩にして、村を巨大な血だまりに変えたり、人を行方不明にしたりと恐れられる厄災。
正体は、破綻者と呪具の融合体。今までのどんな敵よりも強い為、注意
逢魔ヶ時智雨(破綻者)と、八尺は移動のみを同じくする別個体です
その為、智雨の攻撃手番と、八尺の攻撃手番は別であり、BSスキルや体力計算も、個体別計算になります
・逢魔ヶ時智雨
破綻者(ランク4)、覚者の際は火行×彩でした
特攻撃威力が高い為、注意
灼熱化のようなもの
双撃のようなもの
火柱のようなもの
豪炎撃のようなものを主に使用します
智雨の手番にて、10m以内を自由に瞬間移動します
またこれにはブロックや移動妨害などに捕らわれる事はありません
・八尺
人の命をたらふく食った呪具、自由に変型し、無数の目と、ひとつ大きな口があります
食べれば食べる程強さを増し、PCを戦闘不能にした場合は倍の数強化します
出血を伴うダメージを与えた場合、与えたダメージ総数の二分の一を、八尺は回復します
物理攻撃威力が高い為、注意
攻撃は、斬撃、槌、捕食等等ありますが、基本的に列貫通スキルが多彩です
特に、捕食は防御を貫通し、PCに与えたダメージだけ回復します
シネルトオモウナヨ……(八尺の特殊能力。智雨に体力を分け与えます)
ニゲラレルトオモウナヨ……(八尺の特殊能力。手番開始にて、八尺から10m~20m範囲に適用。BS麻痺封印を付与します)
●黒札
当依頼には黒札というアイテムが使用可能です
枚数は全部で12枚あり、参加者の誰もが使用できますが、同じ条件下での使用においては過去の依頼にて取得に関わったPCが優先されます
また、壱~参通して12枚となります。(なお、一枚は紫雨が所有している為、彼から貰わない限りFiVEが使用できるのは11枚までです)
使用する場合、プレイングもしくはEXプレイングに黒札使用の四文字を下さい(ですが、必ず使用できる訳ではありません、血雨は必ず妨害します)
使用するには、八尺の近接にて、八尺に直に貼りつける事
黒札使用時点での、残っている気力(MP)の量に比例して、八尺の動きが鈍って行きます。使用者は使用時点で気力(MP)が完全に無くなる為注意してください
黒札を使う、使わないで紫雨の行動が分岐します
●逢魔ヶ時紫雨
七星剣幹部、禍時の百鬼を率いる隔者、記憶共有の二重人格
唯一血雨に狙われないようで、智雨討伐に関しては超協力的。智雨は、紫雨が敵に回っていても紫雨に攻撃する事は絶対にありません
紫雨は、味方ではありません、何かしら機を伺っているふしはあります
また、紫雨がFiVEの敵になる可能性も高いです
血雨の能力により、本来の力が発揮できない状態となっております
配置は中衛、本来前衛
獣憑×火行
武器は刀、二刀流。速度特化、速度を威力に変える神具持ち
その他神具二種、眼鏡(正体不明)とピアス(影法師)
体術スキル ???
技能スキル 龍心 (鉄心の上位版のような効果)
●場所
・京都市街、時刻は逢魔時。視界へのペナルティ無し
一般人無し
●注意
・血ノ雨ノ夜は壱~参の陣まで全て同時刻、同じ場所で行われる依頼です。
その為、PCが同タグに参加できるのはひとつだけとなっております。重複して参加した場合は、両方の参加資格を剥奪し、LP返却は行われないので注意してください。
それではご縁がありましたら、宜しくお願いします
(2016.2.19追加)
●追加情報
・『血ノ雨ノ夜』参加者は『緊急依頼』には参加できません。
・FiVE覚者たちを大きく囲う炎の檻が発生しました。これを超えて離脱する場合、かなりの重傷を負う事となります。唯一、飛行離脱は認められます。
また、炎に近づかなければ戦場でのペナルティはありません。
鬼火の本体は紫雨の持つランタンの中に存在しております。倒せない事は無いです。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
150LP[+予約50LP]
150LP[+予約50LP]
参加人数
10/10
10/10
公開日
2016年03月04日
2016年03月04日
■メイン参加者 10人■

●参陣/壱
「ま、お前等が綴る夢物語は、俺様にとっちゃ喜劇だがな。光はある――だが、希望はねェ」
「イラつくわー!!」
『柔剛自在』榊原 時雨(CL2000418)の足が紫雨の頭にヒットした。
お待たせしました、参陣の皆々様。
逢魔ヶ時紫雨は床で寝そべって御菓子食ってる姿からスタートです。
「参陣ちゃんいらっしゃーい。俺様は近づけないから輪をかけて暇だよ、そして蹴られて頭痛いから休んでる」
「なんでそんなやる気無いんだよ! お前敵だろ!! 敵の中でもボスクラスだろ!! ボスクラスの中でも一声で数百人規模の部下が動かせるボスだろ!!」
覚醒した『デジタル陰陽師』成瀬 翔(CL2000063)が紫雨を叩き起こして、肩を掴んで揺らす。
「だぁって、弐つの陣営みたところ八尺から倒すって作戦臭いし、ポテチはコンソメ味が好きだし、俺様は智雨を倒して欲しいし、俺様は俺様に構ってくれる奴が好きだし。それって俺様が協力してあげる理由になる? 弟よ、御菓子食べる?」
「頼むから区切って喋ってくれ!!」
紫雨は透けた飴玉を通して翔の姿を見る。翔は『彼誰行灯』麻弓 紡(CL2000623)に頭をぽんと叩かれてから。
「かっこよくキメちゃいな、翔」
と彼が秘めた怒りを理解しながら、それを宥める声色で笑顔を送った。
瞬時。紫雨が言う。
「厄災を倒せるのか! 見ものだよね」
翔の背後。巨大な鉈が唸る――。
「危ない、紡さん!!」
翔が紡の身体を押し倒して、上空をチェーンソーのように唸るものが通り過ぎた。
「あれが、血雨か」
紡は挨拶代わりに打たれた一刃を睨む。
最早荒れ果てた大地となった、街であった現場。
だが八尺よりも先に動けたのは、『イノセントドール』柳 燐花(CL2000695)だ。
只、平和に暮らしたい少女の願いは呆気なく崩れ去っていくというのか。燐花は無表情だが、心の奥では膨れる煉獄の炎が沸き上がっていた。
「こっち――」
瞳の色と、同じ色の炎が拳の中から吹き荒れた。苦無に力を乗せ、言葉に思いを込め、智雨の喉に刃を突き立てる。
既に、智雨の首元に切り傷があるのを燐花は見た。痛ましい傷を、それでも押し広げるように刃を横へ、横へと、首を切断する勢いで引いた。
ゾクリ、燐花の毛並が逆立った。いやな予感とはこの事か。
『発言します。愛らしい餌が、飛び込んで来てくれたわ』
智雨が八尺を振りかぶっていた。次の瞬間、耳の鼓膜が破れるかと思える程の轟音が地を揺らす。
燐花はそうだが、『独善者』月歌 浅葱(CL2000915)の身体が三島 椿(CL2000061)の居る場所まで跳ね飛ばされる。燐花も、浅葱も、身体の四分の壱を失ってもがいた。
断面は明らかに食われていた。
「食いしん坊なんだから……ッ!! 皆!!」
即座に椿は、術式を展開。
同じく、紡は、回復に徹する形となった。
そんな中、『エピファニアの魔女』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)の術式が展開。利き手に炎を纏わせ、足下から火花を発した。そして心に暗い影を落とすのは、五麟の事だ。
「五麟市の方もちょっと心配ですが……今は目の前の敵です。自分の使命を果たしましょう」
「FIVEに帰る前に、お前等が終わりを迎えちゃうかもね!」
紫雨はさも楽しそうに傍観。
「諦めない……」
椿は言う。
「ファイブは大丈夫。だって私達がいなくても、兄や頼もしい人達がいる。私は今、自分が出来る事を精一杯やるわ」
「椿ちゃんに大丈夫って言われると無性にぶっ壊したくなるのはなんでだろうな!」
「いつか絶対、グーパンするんだから」
「おお、おいで。幽霊になっても歓迎するよ」
身体中に紫電を纏わせ、『雷麒麟』天明 両慈(CL2000603)は術式の発動を促す。
「百鬼の事は心配するな、それより俺達は今は目の前の敵を倒す。俺を信じろ」
彼の言葉は力を秘める。仲間がくじけないように、今後彼はムードメーカーとして編成を支えていく。皮肉にも両慈こそ、繋がりのある者達が心配では無い訳では無いだろう。しかし、信頼していない訳でも無い。
破壊すべき八尺へ放電の弾丸が撃ち込まれる前に、智雨の妨害が弾丸を切り砕く。
「チッ!! あれは、どうにかならんのか!!」
光を放つ銀髪が風に揺れ、紫電の色の染まりながら苛立った。単純な力量の差ならばまだ諦めがつくだろう、けれど小手先の狡猾さで遅れを取っているのは歯痒い事このうえなく。
先陣も同じことを思っただろうが、智雨が八尺を庇わない理由というものは無い。
八尺は『単体でも十分に動ける変幻自在伸縮自在の呪具』ではあるが、何故身体を欲したかといえば現時点の智雨の行動が全てを物語っているのだろう。
では例えばどうだ。
八尺への攻撃から智雨へ攻撃対象をズラしてみるか。
いやいや、智雨が消えた瞬間に紫雨が行動を起こすのは目に見えている結果だ。
ならばこのまま八尺に黒札が貼れないまま、庇われ続け、回復され続ける智雨に攻撃が吸い込まれていくか。
「こりゃあ詰みかぁ?」
「心外やわ!!」
時雨の薙刀が紫雨の手前に落され、紫雨はそれを白刃取りした。
「随分愉快に楽しくエンジョイしてキレてるけど俺様なんかしたかにゃー!」
「あの炎なんやねん!! うちらが逃げるとでも思ったん!!?」
「思うわ!! お前等みたいな強固で鋼鉄で爪痕さえつかない心持った奴ばっかりじゃねえわ!!」
「まぁ、えぇわ。何でもかんでも、自分の思い通りにはならんって、思い知らせてやらんとやね」
時雨の刃は今度は八尺へと向く。
炎で囲われたのなら祓うまで。血雨を倒せと言われたのなら倒すまで。単純にして絶大な意志に、希望と呼べる恍惚を孕んでいた。
まずはその、うっとおしい厄災を消すまで。
時雨が横薙ぎにした刃で、だが矢張り結果は同じだ。智雨に吸い込まれ、智雨の首が飛び、片手で受け止めた首なしの智雨。片手には八尺を、片手には頭を。最早『人』という領域をとっくに超えている。
こんな、こんな事って。賀茂 たまき(CL2000994)は見るに耐えない姿の『美人』を瞳に映してから、顔を両手で覆った。
彼女は本当は家族思いの優しい『姉』だった。
本当は全部を助ける為に八尺を持った『人』だった。
なのにもう。あの真っ白であったドレスも今や紅に染まり果てている。
天へと昇る炎の柱の発生に、紫雨は「お」と言葉を漏らした。
「炎帝木暮坂夜司の出陣とくと見よ!」
小さき身体に老成せし心を携えた『炎帝』木暮坂 夜司(CL2000644)が抜刀しつつ智雨の腕を斬る。切られた腕は、空中で紅蓮に燃えて灰へとなっていく。
そして智雨の切った断面から触手が飛び出し、消えた腕が戻りながら智雨が言う。
『発言します。おや、忌々しい白蛇のご友人とお見受け致します』
「そういう事も、あったのう」
多くの命を喰らい尽くしていく八尺が横に振りかぶられた――。
「ほい、回復っ」
紡が高速で印を組んでから、放つ。
絢爛豪華なこの会場、護りたい一心で踊る紡。三日月を模した杖は、茜色から黒へ飲み込まれていく空に掲げられた。
「ついでにもういっちょ」
軽く二回回復を行った紡の威力とやらはお墨付きである。
●参/壱/続
厄災退治のお時間だ。
浅葱は楽しそうに戦いをする子だ。
常に笑顔で、常に楽しそうに。今日も今日とて――、目の前を刃が通過した。浅葱の頬が斬れ、血が滴り、身体は道路の上を跳ねていた。
八尺で打たれたか、勢いよく立ち上がった浅葱。視界の中で、椿の無事を確認できただけで役得だ。
即座に元の場所へと戻るも、右足に力が入らない。おや、右足が無い。
「ふっ、右足一本くらいなら安いものです!」
「すぐ治すから!」
椿の声に、ハイ、とひとしきり返事をした浅葱であった。
駆けた刃を警戒し、ラーラが迂回をしながら炎を纏わせる。次に繋げるように、蓄積されたダメージがいつか破壊を産む事を希望として。
「悪い子には、お仕置きを――ッ!!」
ラーラを取り巻く世界は、焼き菓子のように甘いものでは無い。故に、魔女は祈るように術式を放つのだ。
炎を操り、闇を切り裂く。智雨の身体を燃やし、猛烈な温度を周囲にもたらした。そしてまた、造られては終焉を迎える術式をまた再構築して放つのだ。
今更言うが、先程の八尺の攻撃により隣のビルは本格的に崩れて、余波だけで折れて。
両慈は上を見上げた。
『総員退避!!』
参陣、全員の脳内に響いた両慈の声。馬鹿でかい爆音と、崩壊と、40m50m離れた場所の仲間にまで瓦礫が飛んでいくくらいには、激しい衝撃が訪れた。夜司だけは、降りしきる瓦礫を全て切り伏せて回避。紫雨は夜司の足下で、瓦礫の雨宿り。
「ありがとねおじいちゃん」
「……覚えておるか、あの時の句を。あれは辞世の句などでは断じてない。奇縁に導かれ今生で結んだ縁、千切らせてなるものか!」
言いながら夜司は血雨へと飛び込んでいく。
血雨の真隣、刃を音も無く振り切れば炸裂した撃から、血雨の身体が瓦礫の中へと消えていく。
「厄災というか、天災レベルだ」
冗談じゃない。両慈は、瓦礫を退けながら足下を確保。と思えば足下直下から八尺が鋏状に飛び出し、彼の身体を二つにしようとして来る。
飛び退き、天明は腕に紫電を止める。生える様にして出て来た八尺にそのまま直下で雷を落とした。
瓦礫を蹴飛ばした時雨。
「なんやねんアホか!」
薙いで周囲の瓦礫をぶった切ってから、時雨は八尺を、智雨を目指す。地を迸る、怒りにも似た猛威。
紫雨も、血雨も、五麟襲撃も、時雨の武器の精度を上げるスパイスのようなものだ。烈風を纏わせながら、撓る程曲がった薙刀が駆ける。
その頃、翔は八尺へ貫通を放ってから、紫雨に手を差し出した。
「なあに」
「なあ、斗真」
「紫雨な?」
「斗真のさ」
「意地でも紫雨って言わない気だなオイ!!」
「斗真の持ってる黒札、オレらで使ってやるから貸せよ。どうせお前智雨に近づけねーだろ、オレらだって一刻も早く血雨倒して街へ戻りてーんだ」
「さっきも緑軍服狗に言われたけど却下。は~? なんでさぁ、黒札の無駄遣いする君等にこれ渡すの」
翔の頭上に怒りマークがついた。
だが、抑えろ。拳はとっくに怒りで爪で皮を抉って血塗れになった状態で、震えている。
「そんなにさあ、キレてるなら。俺様の事、殺しちゃえばいいじゃん。喧嘩上等、何時の時代も争いで歴史は作られてんぜ」
翔は血雨へ飛び込み、黒札を伸ばす。静かな怒りに、敏感に反応した智雨は黒札を払う。
「そこまでっ」
紡の杖が、紫雨の喉元につけられた。
「あの子を、玩具にしないで」
「……あいつ闇落ちしたら楽しそうじゃん。それじゃあ、『狗』の方を玩具にしようかぁ? あいつは面白ぜ、なんせ――」
杖が雷帯び、放電する。
「あの子も、駄目」
紡にしては珍しく、低い声が発せられた。
「駄目って言って俺様が引くタチかよ。よく手綱は握っておくんだな、アイツ、下手すりゃぽっくり死ぬタチだぜ」
たまきが言う。
「紫雨さんは、兄妹はどう思うのですか」
「俺? うーん、嫌いじゃないよ、むしろ好き。
嫌われてるから手出しできないだけだし? 姉貴は……もう、『アレ』は姉貴の残骸だし。姉貴だったもの?」
「残骸、ですか……?」
「そ。八尺は人間の欲望を助長させる。姉貴は俺様を守りたかったのは知ってると思うけど、それが異常に歪んだ結果。世界中の人間を殺して俺だけにするのが血雨って化け物だ。
アンタにも兄弟がいるならさ。化け物になった兄弟は速やかに殺してやるだろ、違う?」
椿が回復の印を記し始めていく。
回復を止める事は叶わぬ。仲間の血塗れはさておき、少し目線を横に送れば紫雨は傍観に徹していたのが見える。さっき食べてたポテチ吐いてるのはいっそ気にしない。智雨に近づくからいけない。
「椿ちゃんもあれか。暁はどこ? って感じ?」
「それは……」
「言わなくても分る、顔に書いてあるぜ」
全て諦めている顔をしていた彼へ。いなくなってしまった、FiVEから消えてしまった暁へ。
「彼は」
「いるんだろうが、いないんだろうなあ」
けらけら笑う紫雨に、椿はムっとした。逢魔ヶ時は色濃く、だが夜明けは毎日必ず来るのだから。
「『俺様たち』はなぁ、好きっていう感情が欠損している訳じゃあねえーんだ。
ただ、好きとか良いなって思ったからといって、護ろうって思考に至る事が無いだけでなぁ。
確かに、俺様と斗真は椿ちゃんたちと遊んで楽しいって思ったのは事実だが。それが逢魔ヶ時紫雨として邪魔だから潰さない理由になる訳じゃねーんだ。
家族だから、友達だから、仲間だから、護るお前等とは相容れねえ。
俺様は自分の駒を守ってるだけ。
意味がわかったら、諦めな。暁は、訪れない。お前等が思っている暁は、俺様の黒幕な訳よ」
詠唱を重ねたたまき。身体を硬質化させて、そして撃を食らわす。智雨が繰り出したたまきの腕を弾いて、そして己で受けた。何故、そっちを攻撃したい訳では無いのだが、唇を噛んだたまき。
助けたい。思えば思うだけ、たまきは攻撃すればするほど智雨を傷つける。それが、まるで自分の首を絞めているかのような気分だ。
「オイ」
背後の遠くから、紫雨の声が聞こえた。
「智雨を元に戻したい。なんて考えているのなら、やめておくべきだぜ」
「何故――」
「顔に書いてあるし。俺様、そんな悲しい顔で戦う奴って、なんかこう、わかんねーけどなんかやだよね」
俺様が仕掛けた戦いだけど、と紫雨は付け足した。
「智雨さんは優しい人で」
「知ってる……別に、戻してくれんならいっけど。お前等、すぐに命懸けるから。まあ、姉貴の事思ってくれて、嬉しいんだけどさ」
何故だか不思議と会話が成立していた。
空が陰る。
八尺が落される。
それだけで夜司の身体が道を挟むビルの残骸の中へ消えた。炎を撒き起こし、己を奮い立たせ。戻ってきた彼の左肩は消えている。
今更腕の一本二本無くなった所でどうとも無いが、根性で立ち上がる分の命は消えたか。止まない雨は無いと、だが破綻者を目の前にここは崖っぷち。
いつでも死という闇は彼を取り巻いている事だろう。
振り払い、せめてもう会えぬ家族の為に生きるのだ。夜司の瞳は、消える前の灯火では無い。
そして、最速。
燐花の番が廻ってくる。脳裏の隅っこ、表情が、あの人の顔がずっとチラつく。
それは拭おうとも、払おうとも、今そういう事考えている場合じゃないと拒絶する事も無く。自然と受け入れて思い浮かべていた。それは少女にとって成長の証であったのかもしれない。
胸の奥底がくすぶり、温かい。何故か、負ける気もしなかった。
「邪魔をするのなら、私は、貴方を破壊するのを止めません」
燐花の瞳は美しく、純粋だ。青色の両目。けれど、その奥ではいつも炎が絶えず燃えている。
もう一度。
立ち上がれる少女は、圧倒的な厄災を前にぶつかる事を選択。そして猛激を試みる。
燐花の一歩一歩に、炎が巻き上がった。また、同じくラーラの炎が彼女の背中を押す。
赤い、赤い攻撃であった。そんな赤に愛された、燐花とラーラの一撃に血雨が再度叫ぶ。夜空の星さえ、赤く染まる程に。
天空へ舞う身軽な夜司の身体。天井より振り落した一撃に、重力と引力と体重をかけた。
肩から、下まで、一気に削げた智雨の身体。思うに、体力もついてきていないのか、本来傷つければ出る血の量も減ってきている。
ここで初めて、智雨の身体に炎が巻き付かれた。黒い、黒い炎だ、腕を振り切った刹那、火柱が足下より巻き上がる。焼かれた夜司の命数は削げる、だがその黒炎さえ従えた夜司は瞳を細くし、再び攻撃へと転化する。
継いで、時雨は薙刀を回転させてから構える。
色濃く魅せて来た疲労に、時雨の視界がブレるも。まだ役目を果たしていないこの場で、倒れる訳にはいかない。
煙に巻かれた視界で、焦らず研ぎ澄ますのは集中力。血雨が八尺を振りかぶるその一瞬、開眼し意識を覚醒させ、そして刃は智雨の胸に突き刺さる。
冷静に、なれ。翔は言い聞かせながら、拳を開く。
ただれ、赤みがかり、腫れたのは強く握り過ぎた証拠だ。
紫雨は翔さえ、裏切り、今後も欺いていくだろう。それが許せないのは、それさえ分ってさえ彼を理解しえる事ができなかったからか。貫通の衝撃が智雨に、八尺に。攻撃の手は緩めないのだが、ブレていた。
「危ない!!」
夜司の声が聞こえた刹那、翔は黒札ごと片腕を喰われていた。
横薙ぎ。
音で聞き取れる気配だ、八尺の剣筋というものは。
だが、それでさえ避けきれない脅威。浅葱も、来るとわかっていたとしても、背中で瀕死寸前の夜司を庇うので精一杯だ。
守らねば気が済まない。今日は攻撃よりも防御に徹しているのは分っている。浅葱の身体も何度も引き千切れ、壊れ、そしてまた繋がり再生を繰り返しながらここに立つのだ。
「なんでだ」
紫雨は言う。
「オマエ絶望とかしなさそうだな」
「ふっ」
「楽しくやるやつぁ、俺様は好きだ」
僅かな勇気に、全てを託す。折れないのは、何度も痛みを覚えても笑っていられるのはきっと――それが、浅葱という少女であるからこそなのだ。
斬撃に浅葱の上半身と下半身がぶち切れ、空中で回った。強烈なメリーゴーランドに怯む隙も無く、浅葱は背で夜司が無事を確認すれば良かったと言えるのだ。それで、命数を飛ばしたとしても。
「今すぐ――回復するから!」
紡が声を荒げた。加速的で、それでいて時間をかければかける程強くなる八尺を相手に、参陣の消耗は著しく激しいものだ。
紡の焦りを催すのは、血雨の存在ではない。
己だ。
猛威と脅威を怯むのは、何も黒札を貼るのが失敗したからでは無い。回復が追いつかなくなる、そんな悪夢が紡の焦りを引き出していた。
しかしそんなときに感じたのは、瞳の中、勇敢にも戦う仲間の姿と。後ろを振り返れば、遥か遠くなのに『彼』の姿が近くに見える。
「そうだよね、こんな所で、立ち止まってたらいけないよね」
肺の中、溜めこんだ空気を一度入れ替える。紡は再度、三日月を天に掲げた。仲間にこの祈りが届きますように、彼等に思いが届きますように。そうして、全てが上手くいくように。
浅葱の上と下を担いだ燐花。
道中、浅葱はすいませんなんて笑うものだから、燐花はご自愛くださいと言う。
そんな土壇場。ここで八尺のもう一撃が、発生した。今度は翔を狙っていた。浅葱は彼を庇わんと身体を上げ、上と下をくっつけて走って行った。
攻撃した後の振りかぶり、巨大な鉈を持つ彼女の速度は早いとは言えない。
速度を制する燐花は、振り切られた八尺の上に足を置いた。
「速やかに、死んでください」
「あぶなああああい!!」
苦無を突き刺す――手前で、時雨は燐花を抱きかかえてダッシュ。背中の服を一部剥ぎられながら、口を開けた八尺が瓦礫を吹き飛ばしつつ着地した。
爆風、投げられた燐花と時雨は紫雨の手前まで来た。
「私は、貴方達の事を詳しく知りません。だからお伺いします。『貴方』の望みは何ですか?」
「えー、全部」
「全て……?」
「おう」
「漠然とし過ぎでは?」
「世界が欲しい!! 世界の全て俺様のもの!! 腐った日本から世の果てまで。あわよくば地獄も天国も手に入れる」
「えっと」
「かっこいいだろ!!」
「え、えっと」
「ただのあほやん」
紫雨の望みは至極単純で、子供っぽい。
「そんな理由だけで、学園を、あの街を、壊すというのですか?」
ラーラは魔力を高めつつ、精神力を補いながら言った。
「そうだねえ、結構単純な理由で壊そうかなって思ってる。でももし、投降するなら全然殺さないよ、これマジで」
「FiVEが負けを認めると思いますか?」
「まー、思わないね、あいた!」
ラーラは、溜息混じりに召雷を紫雨に落した。
「ひどい! ラーラちゃんが俺様ちゃんいじめるう!!」
「ええい、纏わりつくなうっとおしい!!」
紫雨は両慈の胴体に捕まりながら、抗議していた。
首根っこ掴んで、紫雨を遠くへ投げる両慈。
「悪は去れ!」
「鬼、悪魔!」
むぎゃーと叫ぶ紫雨は放っておき、両慈は癒しが周囲を解きほぐす。
状況は至って、芳しくない。むしろ、強化された八尺は初動よりも、幾らか威力を増している。この期に及んで未だ成長を続ける武器とは、脅威か。
●総攻撃
弐陣の途中ですが、総攻撃の合図が発生。
だが参陣のみ全員の体力を9割に戻してからの制約を課していた。それは陣営としては大きいが、他陣営への負担は大きい。
という訳でちょっと時間が経った所で。
「総攻撃開始だ!! いくぞ!!」
両慈の声が響く。
「八尺だ! 八尺を狙え!」
智雨の庇うは解除されていた。誰のもか、黒札も貼られている。
が、八尺は留まる事を知らない。もう強化はそこまで進んだのか。
三陣全ての覚者達が攻撃を開始する。
三陣は総攻撃に制約を敷いていた。この陣営はどの陣営よりも少し遅れて参加だ。
燐花がまず苦無を智雨に突き刺し、翔の貫通が地を抉りながら迸った。容赦無いそれに、叫び声は上がる。
浅葱が到達、よく馴染むナックルを更にいつもより数倍キツめに握った。
「ふっ、災厄上等ですよっ。厄災と驕り高ぶるならば、犠牲出さないことで意趣返しとしましょうかっ」
絶望とか、無縁に笑う浅葱は微笑を浮かべた。正義のヒーローのように、誰かを、知らない誰をも救えるよう、またたくマフラーに理想を込めた少女の弐撃。
まず壱打、八尺の身体がくの字に曲がる程に衝撃が。そして弐撃、無数の電撃と風を従え、雷風の拳が瞳を穿つ。
爆炎の中から夜司が飛び出る。炎を刀に纏わせて、炎帝は手足のように使いこなす。
赤い燕尾服のように血で染まった彼の姿に、更に赤が足されていく。
「受けてみよ」
回転し、跳躍し、遠心力と重力を。刃に乗せた力は――、奇跡さえ起こした炎也。燃ゆる八尺から断末魔が発生。
続く両慈。
「誰一人とて倒れるなよ……行くぞっ!!」
彼がこの場で行うのは、回復だ。周囲を、参陣では無く、崩壊しかけている弐陣、参陣の為。十分に動ける両慈の回復はまさに三十人の中心とも呼べる存在だ。
「参ります」
ラーラが利き手の指を前へと向けた。腕には炎を、そして静電気を。足下に魔法陣が浮かび上がり、そして包まれていく。
同じタイミングで両慈も動いた。
「持って行け、選別だ」
「助かります」
ラーラの攻撃、そして天明の攻撃が入り混じった。
天明の髪が舞い、彼女の服が風に舞い、そして打ち落とされた雷撃。痺れる雷撃ならまだ可愛いものだ。彼、そして彼女の雷撃は、槌を落としたように足下を割るのだから。
やらねば。
焦る燐花の手元。すれば――。
「守ると決めたら、最後まで守らんか。たわけ。独りで無理だというなら手伝ってやろう。女は根性じゃぞ?」
『――――きゃああああああ!!』
突如叫び声をあげたのは智雨だ。頭を押さえ、目が白目になるほど上向き。
「亮平さん!!」
「ああ!!」
椿の声が戦場に響いた。亮平と、椿。二人が魂を燃やす。
狙いは、ただひとつ――八尺。椿が矢を放ち、そしてそれに合わせて亮平の身体が矢と共に地面を滑っていく。
更にここで行成が魂を発動させた。
地を揺るがし、そして願うのは。全ての攻撃を己へと課す事。
彼が思惑した通り、八尺の矛先は行成へと向いた。消して目立つような奇跡では無かったが、使い所を見極めれば確実に有効な一手である。
亮平の得物が到達したのは――八尺のもと。混乱を強いられている、嫌、己を取り戻しながら情報収集に躍起になる智雨という破綻者は今、庇うと言う行動を強いられていない。
故に、椿と亮平の攻撃は八尺へ到達した。
――諦めたくない。
未来を。明日を。
大切な人、大切な仲間。炎天にされて赤月の下、全ての命が食い散らかされたビジョンを嘘にするために。
椿は振るう、己が力を。黒札を、そして力を叩きこむ。これが懇親の、誰かを護りたいという願いの力だ。
だが。
たったそれだけの。
椿と、亮平たちの魂と黒札だけで、壊れる程。
八尺は。
そう八尺は強化され過ぎていた。蓄積されたダメージも薄かった。
「アハハハハハハハハハハハハハ!!」
紫雨が両刃構える。
「ゲームオーバーだ、覚者共」
「寝言は寝て言え」
蕾花が魂を燃やす。彼女が地面に紫雨を縫い付けている間。
「させへんよ!!」
時雨が魂を燃やす。
「結局、紫雨は八尺が目的なん? 今度は自身が血雨にでもなるつもりなん? 八尺を得て何かをするつもりやったら……そんな『思い通り』にはさせへん!!」
時雨は八尺に手を伸ばした。柄を掴み、魂を犠牲に、制御をせんと。
まるで多くの罵詈雑言と意識が入り乱れて耳奥で、そして直接脳内に言葉を強制インプットさせられている。ウイルスのように、果ては、麻薬のような刺激に時雨は唇を噛んだ。
だが時雨は八尺を引きずった。負けぬ、こんな趣味の悪い濁流に屈してはならぬ。
「根性はいいがよ。やめとけ、マジで」
血塗れた蕾花を引きずった紫雨が瓦礫の上に立つ。
時雨の力で八尺は彼女の手元に、だがそれもいつまで持つかは知れない。
「彼女は」
たまきは言う。
「智雨さんは……智雨さんの本来の目的は『大切な人を守りたい…』という事」
それがこんなにも歪んでしまったのは不幸である事には変わりは無い。
それでもまだ、全てが遅かったなんて、たまきは認めたくないのだろう。
たまきにも兄弟がいて、それだからこそよく分る事がある。
だから、自分が誰かさえ分からないままに死ぬだなんて、あんまりだ。
「だから今、途切れかけようとしている繋がりを、縁を、太く、途切れさせない様に。今まで奪ってきた人の命、魂を、智雨さんを返して頂きます!!」
たまきの足下から風と光が舞い上がった。小さな光だが、絶大な意志の力とも言えよう。
紡がたまきを支え、そうして――いのりの魂の叫びも相乗した。
『――――』
ゆらり、揺らめく智雨の身体。
だが彼女のランクは4である。
意識は最早消え、八尺の制御が無くなった今。ただの、『力という物体』と化した彼女に今更意識などある訳がない。
キツイ現実を突きつけてしまうが、ランク4を戻そうとしても、一度人間を止めてしまった智雨が、本来の姿へと戻る事は不可能だ。良くて、廃人である。
精々、その魂は空振り三振。
智雨(ランク4破綻者)は所詮、殺すしかない。
そう終わる――はずだったのだが、僅かに、智雨は数歩歩いてから、言ったのだ。
「――殺して」
「ああ」
刀嗣の刃が彼女を射抜く。
「アアアアアアアアアアアアアア!!!」
紫雨は髪の毛をばりばりばりばりばり掻いてから、後ろへ倒れる。
「やーっちゃったよ……君達、ほんと……殺しちゃうとはね……、ふ、ふふふっアーーーーーーーーアハハハハハハハ!!!」
智雨が消えた結果、紫雨は本来の力を取り戻した。こめかみを抑えながら、笑う。
「ここらへんの頭痛が消えた!! なら、それ、帰して貰おうか」
「斗真ぁぁ!! てめぇぇ!!」
翔は紫雨の胸倉を掴んでから、頬を懇親の力で殴りつけた。暫く殴られたままに顔を背けたまま、血が紛れた唾を吐いた紫雨。
「満足したかよ?」
「何を……!!」
「ハッ! 一発殴ったら、満足したか? って聞いてんだよ」
「斗真!! お前、分ってんのか!!」
「っせーな、末弟。お怒りはごもっともだ。帰る場所をぶち壊されて挙句俺様のお手てにコロコロされて、キレねえやつぁそうそういねェよ。
で? 殴ったらスッキリしたか?
なんならもう一発ヤってみっか?
いいぜ、暴力で解決は悪かねえ、俺の心臓はここだぜ?
やられたから、やり返す。結局、俺様もてめぇもなんも変わんねェよ。気に入らなければ、殺す。翔、てめえはこれからこんな簡単な理由で殺すだろ、俺も、俺以外も、な?」
「勘違いすんな!! 斗真は、友達だから」
「ああ、そういう設定らしいな。確かに斗真はてめーらと遊んだし、そこに僅かにも楽しいと思ったのは事実だ。
けどな、思い出と野望を天秤に掛けた所で、俺様が友情を選ぶ奴だと本気で思ったか?」
「そこまでじゃ、紫雨」
「なんだよ、じいさん」
夜司は紫雨を制止させた。
「斗真。紫雨」
「また斗真かよ」
「おぬしは姉想い、そして妹想いな少年じゃ。そして何より家族想いじゃ。やまない雨はなく晴れない空もない。儂はそう信じておる」
「……へえ? だがなぁ、止まれねえんだよ俺様って人間はな!!」
紫雨は進軍する、八尺奪還の為に――。
「させませんよ」
「お、感情に乏しいと思えばキレるんだぁお前も」
燐花はきょとんとした。いつもの無表情が少し、強張っている。
紫雨は逆手に構えた。両手、両刃。左手の刃は霧がかっているかのように、見えないけれども――。
刹那、紫雨の手元が一瞬ブレた。刹那、燐花の腹部が裂け倒れていく。しかし、紫雨は顔を傾けた。
「やるじゃん」
放たれたのは弐靭。傷がひとつしか無い時点で、燐花は一瞬、刃を受けきった。
「いいな、お前欲しいわ――さーて、八尺はっと」
「渡さへん……」
「粘ったなあ、けど、お疲れ様。俺はオマエ嫌いじゃねえから善意で言ってやる。
破綻者になる前に、返しな。
龍心携えてから出直して来い。そしたら考えてやる」
刃を構えた、時雨は八尺を。紫雨は清光と血吸を。
そして。
智雨は死亡、刀嗣が骸を抱えていた。
八尺は紫雨に。黒札が貼られ、紫雨は満足とは違う顔をしていた。
「五麟で待ってるね」
暁の声が、戦場に響く。
「五麟へ」
ラーラは仲間に呼びかけながら、帰り道を探した。
最終戦は近い。
「ま、お前等が綴る夢物語は、俺様にとっちゃ喜劇だがな。光はある――だが、希望はねェ」
「イラつくわー!!」
『柔剛自在』榊原 時雨(CL2000418)の足が紫雨の頭にヒットした。
お待たせしました、参陣の皆々様。
逢魔ヶ時紫雨は床で寝そべって御菓子食ってる姿からスタートです。
「参陣ちゃんいらっしゃーい。俺様は近づけないから輪をかけて暇だよ、そして蹴られて頭痛いから休んでる」
「なんでそんなやる気無いんだよ! お前敵だろ!! 敵の中でもボスクラスだろ!! ボスクラスの中でも一声で数百人規模の部下が動かせるボスだろ!!」
覚醒した『デジタル陰陽師』成瀬 翔(CL2000063)が紫雨を叩き起こして、肩を掴んで揺らす。
「だぁって、弐つの陣営みたところ八尺から倒すって作戦臭いし、ポテチはコンソメ味が好きだし、俺様は智雨を倒して欲しいし、俺様は俺様に構ってくれる奴が好きだし。それって俺様が協力してあげる理由になる? 弟よ、御菓子食べる?」
「頼むから区切って喋ってくれ!!」
紫雨は透けた飴玉を通して翔の姿を見る。翔は『彼誰行灯』麻弓 紡(CL2000623)に頭をぽんと叩かれてから。
「かっこよくキメちゃいな、翔」
と彼が秘めた怒りを理解しながら、それを宥める声色で笑顔を送った。
瞬時。紫雨が言う。
「厄災を倒せるのか! 見ものだよね」
翔の背後。巨大な鉈が唸る――。
「危ない、紡さん!!」
翔が紡の身体を押し倒して、上空をチェーンソーのように唸るものが通り過ぎた。
「あれが、血雨か」
紡は挨拶代わりに打たれた一刃を睨む。
最早荒れ果てた大地となった、街であった現場。
だが八尺よりも先に動けたのは、『イノセントドール』柳 燐花(CL2000695)だ。
只、平和に暮らしたい少女の願いは呆気なく崩れ去っていくというのか。燐花は無表情だが、心の奥では膨れる煉獄の炎が沸き上がっていた。
「こっち――」
瞳の色と、同じ色の炎が拳の中から吹き荒れた。苦無に力を乗せ、言葉に思いを込め、智雨の喉に刃を突き立てる。
既に、智雨の首元に切り傷があるのを燐花は見た。痛ましい傷を、それでも押し広げるように刃を横へ、横へと、首を切断する勢いで引いた。
ゾクリ、燐花の毛並が逆立った。いやな予感とはこの事か。
『発言します。愛らしい餌が、飛び込んで来てくれたわ』
智雨が八尺を振りかぶっていた。次の瞬間、耳の鼓膜が破れるかと思える程の轟音が地を揺らす。
燐花はそうだが、『独善者』月歌 浅葱(CL2000915)の身体が三島 椿(CL2000061)の居る場所まで跳ね飛ばされる。燐花も、浅葱も、身体の四分の壱を失ってもがいた。
断面は明らかに食われていた。
「食いしん坊なんだから……ッ!! 皆!!」
即座に椿は、術式を展開。
同じく、紡は、回復に徹する形となった。
そんな中、『エピファニアの魔女』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)の術式が展開。利き手に炎を纏わせ、足下から火花を発した。そして心に暗い影を落とすのは、五麟の事だ。
「五麟市の方もちょっと心配ですが……今は目の前の敵です。自分の使命を果たしましょう」
「FIVEに帰る前に、お前等が終わりを迎えちゃうかもね!」
紫雨はさも楽しそうに傍観。
「諦めない……」
椿は言う。
「ファイブは大丈夫。だって私達がいなくても、兄や頼もしい人達がいる。私は今、自分が出来る事を精一杯やるわ」
「椿ちゃんに大丈夫って言われると無性にぶっ壊したくなるのはなんでだろうな!」
「いつか絶対、グーパンするんだから」
「おお、おいで。幽霊になっても歓迎するよ」
身体中に紫電を纏わせ、『雷麒麟』天明 両慈(CL2000603)は術式の発動を促す。
「百鬼の事は心配するな、それより俺達は今は目の前の敵を倒す。俺を信じろ」
彼の言葉は力を秘める。仲間がくじけないように、今後彼はムードメーカーとして編成を支えていく。皮肉にも両慈こそ、繋がりのある者達が心配では無い訳では無いだろう。しかし、信頼していない訳でも無い。
破壊すべき八尺へ放電の弾丸が撃ち込まれる前に、智雨の妨害が弾丸を切り砕く。
「チッ!! あれは、どうにかならんのか!!」
光を放つ銀髪が風に揺れ、紫電の色の染まりながら苛立った。単純な力量の差ならばまだ諦めがつくだろう、けれど小手先の狡猾さで遅れを取っているのは歯痒い事このうえなく。
先陣も同じことを思っただろうが、智雨が八尺を庇わない理由というものは無い。
八尺は『単体でも十分に動ける変幻自在伸縮自在の呪具』ではあるが、何故身体を欲したかといえば現時点の智雨の行動が全てを物語っているのだろう。
では例えばどうだ。
八尺への攻撃から智雨へ攻撃対象をズラしてみるか。
いやいや、智雨が消えた瞬間に紫雨が行動を起こすのは目に見えている結果だ。
ならばこのまま八尺に黒札が貼れないまま、庇われ続け、回復され続ける智雨に攻撃が吸い込まれていくか。
「こりゃあ詰みかぁ?」
「心外やわ!!」
時雨の薙刀が紫雨の手前に落され、紫雨はそれを白刃取りした。
「随分愉快に楽しくエンジョイしてキレてるけど俺様なんかしたかにゃー!」
「あの炎なんやねん!! うちらが逃げるとでも思ったん!!?」
「思うわ!! お前等みたいな強固で鋼鉄で爪痕さえつかない心持った奴ばっかりじゃねえわ!!」
「まぁ、えぇわ。何でもかんでも、自分の思い通りにはならんって、思い知らせてやらんとやね」
時雨の刃は今度は八尺へと向く。
炎で囲われたのなら祓うまで。血雨を倒せと言われたのなら倒すまで。単純にして絶大な意志に、希望と呼べる恍惚を孕んでいた。
まずはその、うっとおしい厄災を消すまで。
時雨が横薙ぎにした刃で、だが矢張り結果は同じだ。智雨に吸い込まれ、智雨の首が飛び、片手で受け止めた首なしの智雨。片手には八尺を、片手には頭を。最早『人』という領域をとっくに超えている。
こんな、こんな事って。賀茂 たまき(CL2000994)は見るに耐えない姿の『美人』を瞳に映してから、顔を両手で覆った。
彼女は本当は家族思いの優しい『姉』だった。
本当は全部を助ける為に八尺を持った『人』だった。
なのにもう。あの真っ白であったドレスも今や紅に染まり果てている。
天へと昇る炎の柱の発生に、紫雨は「お」と言葉を漏らした。
「炎帝木暮坂夜司の出陣とくと見よ!」
小さき身体に老成せし心を携えた『炎帝』木暮坂 夜司(CL2000644)が抜刀しつつ智雨の腕を斬る。切られた腕は、空中で紅蓮に燃えて灰へとなっていく。
そして智雨の切った断面から触手が飛び出し、消えた腕が戻りながら智雨が言う。
『発言します。おや、忌々しい白蛇のご友人とお見受け致します』
「そういう事も、あったのう」
多くの命を喰らい尽くしていく八尺が横に振りかぶられた――。
「ほい、回復っ」
紡が高速で印を組んでから、放つ。
絢爛豪華なこの会場、護りたい一心で踊る紡。三日月を模した杖は、茜色から黒へ飲み込まれていく空に掲げられた。
「ついでにもういっちょ」
軽く二回回復を行った紡の威力とやらはお墨付きである。
●参/壱/続
厄災退治のお時間だ。
浅葱は楽しそうに戦いをする子だ。
常に笑顔で、常に楽しそうに。今日も今日とて――、目の前を刃が通過した。浅葱の頬が斬れ、血が滴り、身体は道路の上を跳ねていた。
八尺で打たれたか、勢いよく立ち上がった浅葱。視界の中で、椿の無事を確認できただけで役得だ。
即座に元の場所へと戻るも、右足に力が入らない。おや、右足が無い。
「ふっ、右足一本くらいなら安いものです!」
「すぐ治すから!」
椿の声に、ハイ、とひとしきり返事をした浅葱であった。
駆けた刃を警戒し、ラーラが迂回をしながら炎を纏わせる。次に繋げるように、蓄積されたダメージがいつか破壊を産む事を希望として。
「悪い子には、お仕置きを――ッ!!」
ラーラを取り巻く世界は、焼き菓子のように甘いものでは無い。故に、魔女は祈るように術式を放つのだ。
炎を操り、闇を切り裂く。智雨の身体を燃やし、猛烈な温度を周囲にもたらした。そしてまた、造られては終焉を迎える術式をまた再構築して放つのだ。
今更言うが、先程の八尺の攻撃により隣のビルは本格的に崩れて、余波だけで折れて。
両慈は上を見上げた。
『総員退避!!』
参陣、全員の脳内に響いた両慈の声。馬鹿でかい爆音と、崩壊と、40m50m離れた場所の仲間にまで瓦礫が飛んでいくくらいには、激しい衝撃が訪れた。夜司だけは、降りしきる瓦礫を全て切り伏せて回避。紫雨は夜司の足下で、瓦礫の雨宿り。
「ありがとねおじいちゃん」
「……覚えておるか、あの時の句を。あれは辞世の句などでは断じてない。奇縁に導かれ今生で結んだ縁、千切らせてなるものか!」
言いながら夜司は血雨へと飛び込んでいく。
血雨の真隣、刃を音も無く振り切れば炸裂した撃から、血雨の身体が瓦礫の中へと消えていく。
「厄災というか、天災レベルだ」
冗談じゃない。両慈は、瓦礫を退けながら足下を確保。と思えば足下直下から八尺が鋏状に飛び出し、彼の身体を二つにしようとして来る。
飛び退き、天明は腕に紫電を止める。生える様にして出て来た八尺にそのまま直下で雷を落とした。
瓦礫を蹴飛ばした時雨。
「なんやねんアホか!」
薙いで周囲の瓦礫をぶった切ってから、時雨は八尺を、智雨を目指す。地を迸る、怒りにも似た猛威。
紫雨も、血雨も、五麟襲撃も、時雨の武器の精度を上げるスパイスのようなものだ。烈風を纏わせながら、撓る程曲がった薙刀が駆ける。
その頃、翔は八尺へ貫通を放ってから、紫雨に手を差し出した。
「なあに」
「なあ、斗真」
「紫雨な?」
「斗真のさ」
「意地でも紫雨って言わない気だなオイ!!」
「斗真の持ってる黒札、オレらで使ってやるから貸せよ。どうせお前智雨に近づけねーだろ、オレらだって一刻も早く血雨倒して街へ戻りてーんだ」
「さっきも緑軍服狗に言われたけど却下。は~? なんでさぁ、黒札の無駄遣いする君等にこれ渡すの」
翔の頭上に怒りマークがついた。
だが、抑えろ。拳はとっくに怒りで爪で皮を抉って血塗れになった状態で、震えている。
「そんなにさあ、キレてるなら。俺様の事、殺しちゃえばいいじゃん。喧嘩上等、何時の時代も争いで歴史は作られてんぜ」
翔は血雨へ飛び込み、黒札を伸ばす。静かな怒りに、敏感に反応した智雨は黒札を払う。
「そこまでっ」
紡の杖が、紫雨の喉元につけられた。
「あの子を、玩具にしないで」
「……あいつ闇落ちしたら楽しそうじゃん。それじゃあ、『狗』の方を玩具にしようかぁ? あいつは面白ぜ、なんせ――」
杖が雷帯び、放電する。
「あの子も、駄目」
紡にしては珍しく、低い声が発せられた。
「駄目って言って俺様が引くタチかよ。よく手綱は握っておくんだな、アイツ、下手すりゃぽっくり死ぬタチだぜ」
たまきが言う。
「紫雨さんは、兄妹はどう思うのですか」
「俺? うーん、嫌いじゃないよ、むしろ好き。
嫌われてるから手出しできないだけだし? 姉貴は……もう、『アレ』は姉貴の残骸だし。姉貴だったもの?」
「残骸、ですか……?」
「そ。八尺は人間の欲望を助長させる。姉貴は俺様を守りたかったのは知ってると思うけど、それが異常に歪んだ結果。世界中の人間を殺して俺だけにするのが血雨って化け物だ。
アンタにも兄弟がいるならさ。化け物になった兄弟は速やかに殺してやるだろ、違う?」
椿が回復の印を記し始めていく。
回復を止める事は叶わぬ。仲間の血塗れはさておき、少し目線を横に送れば紫雨は傍観に徹していたのが見える。さっき食べてたポテチ吐いてるのはいっそ気にしない。智雨に近づくからいけない。
「椿ちゃんもあれか。暁はどこ? って感じ?」
「それは……」
「言わなくても分る、顔に書いてあるぜ」
全て諦めている顔をしていた彼へ。いなくなってしまった、FiVEから消えてしまった暁へ。
「彼は」
「いるんだろうが、いないんだろうなあ」
けらけら笑う紫雨に、椿はムっとした。逢魔ヶ時は色濃く、だが夜明けは毎日必ず来るのだから。
「『俺様たち』はなぁ、好きっていう感情が欠損している訳じゃあねえーんだ。
ただ、好きとか良いなって思ったからといって、護ろうって思考に至る事が無いだけでなぁ。
確かに、俺様と斗真は椿ちゃんたちと遊んで楽しいって思ったのは事実だが。それが逢魔ヶ時紫雨として邪魔だから潰さない理由になる訳じゃねーんだ。
家族だから、友達だから、仲間だから、護るお前等とは相容れねえ。
俺様は自分の駒を守ってるだけ。
意味がわかったら、諦めな。暁は、訪れない。お前等が思っている暁は、俺様の黒幕な訳よ」
詠唱を重ねたたまき。身体を硬質化させて、そして撃を食らわす。智雨が繰り出したたまきの腕を弾いて、そして己で受けた。何故、そっちを攻撃したい訳では無いのだが、唇を噛んだたまき。
助けたい。思えば思うだけ、たまきは攻撃すればするほど智雨を傷つける。それが、まるで自分の首を絞めているかのような気分だ。
「オイ」
背後の遠くから、紫雨の声が聞こえた。
「智雨を元に戻したい。なんて考えているのなら、やめておくべきだぜ」
「何故――」
「顔に書いてあるし。俺様、そんな悲しい顔で戦う奴って、なんかこう、わかんねーけどなんかやだよね」
俺様が仕掛けた戦いだけど、と紫雨は付け足した。
「智雨さんは優しい人で」
「知ってる……別に、戻してくれんならいっけど。お前等、すぐに命懸けるから。まあ、姉貴の事思ってくれて、嬉しいんだけどさ」
何故だか不思議と会話が成立していた。
空が陰る。
八尺が落される。
それだけで夜司の身体が道を挟むビルの残骸の中へ消えた。炎を撒き起こし、己を奮い立たせ。戻ってきた彼の左肩は消えている。
今更腕の一本二本無くなった所でどうとも無いが、根性で立ち上がる分の命は消えたか。止まない雨は無いと、だが破綻者を目の前にここは崖っぷち。
いつでも死という闇は彼を取り巻いている事だろう。
振り払い、せめてもう会えぬ家族の為に生きるのだ。夜司の瞳は、消える前の灯火では無い。
そして、最速。
燐花の番が廻ってくる。脳裏の隅っこ、表情が、あの人の顔がずっとチラつく。
それは拭おうとも、払おうとも、今そういう事考えている場合じゃないと拒絶する事も無く。自然と受け入れて思い浮かべていた。それは少女にとって成長の証であったのかもしれない。
胸の奥底がくすぶり、温かい。何故か、負ける気もしなかった。
「邪魔をするのなら、私は、貴方を破壊するのを止めません」
燐花の瞳は美しく、純粋だ。青色の両目。けれど、その奥ではいつも炎が絶えず燃えている。
もう一度。
立ち上がれる少女は、圧倒的な厄災を前にぶつかる事を選択。そして猛激を試みる。
燐花の一歩一歩に、炎が巻き上がった。また、同じくラーラの炎が彼女の背中を押す。
赤い、赤い攻撃であった。そんな赤に愛された、燐花とラーラの一撃に血雨が再度叫ぶ。夜空の星さえ、赤く染まる程に。
天空へ舞う身軽な夜司の身体。天井より振り落した一撃に、重力と引力と体重をかけた。
肩から、下まで、一気に削げた智雨の身体。思うに、体力もついてきていないのか、本来傷つければ出る血の量も減ってきている。
ここで初めて、智雨の身体に炎が巻き付かれた。黒い、黒い炎だ、腕を振り切った刹那、火柱が足下より巻き上がる。焼かれた夜司の命数は削げる、だがその黒炎さえ従えた夜司は瞳を細くし、再び攻撃へと転化する。
継いで、時雨は薙刀を回転させてから構える。
色濃く魅せて来た疲労に、時雨の視界がブレるも。まだ役目を果たしていないこの場で、倒れる訳にはいかない。
煙に巻かれた視界で、焦らず研ぎ澄ますのは集中力。血雨が八尺を振りかぶるその一瞬、開眼し意識を覚醒させ、そして刃は智雨の胸に突き刺さる。
冷静に、なれ。翔は言い聞かせながら、拳を開く。
ただれ、赤みがかり、腫れたのは強く握り過ぎた証拠だ。
紫雨は翔さえ、裏切り、今後も欺いていくだろう。それが許せないのは、それさえ分ってさえ彼を理解しえる事ができなかったからか。貫通の衝撃が智雨に、八尺に。攻撃の手は緩めないのだが、ブレていた。
「危ない!!」
夜司の声が聞こえた刹那、翔は黒札ごと片腕を喰われていた。
横薙ぎ。
音で聞き取れる気配だ、八尺の剣筋というものは。
だが、それでさえ避けきれない脅威。浅葱も、来るとわかっていたとしても、背中で瀕死寸前の夜司を庇うので精一杯だ。
守らねば気が済まない。今日は攻撃よりも防御に徹しているのは分っている。浅葱の身体も何度も引き千切れ、壊れ、そしてまた繋がり再生を繰り返しながらここに立つのだ。
「なんでだ」
紫雨は言う。
「オマエ絶望とかしなさそうだな」
「ふっ」
「楽しくやるやつぁ、俺様は好きだ」
僅かな勇気に、全てを託す。折れないのは、何度も痛みを覚えても笑っていられるのはきっと――それが、浅葱という少女であるからこそなのだ。
斬撃に浅葱の上半身と下半身がぶち切れ、空中で回った。強烈なメリーゴーランドに怯む隙も無く、浅葱は背で夜司が無事を確認すれば良かったと言えるのだ。それで、命数を飛ばしたとしても。
「今すぐ――回復するから!」
紡が声を荒げた。加速的で、それでいて時間をかければかける程強くなる八尺を相手に、参陣の消耗は著しく激しいものだ。
紡の焦りを催すのは、血雨の存在ではない。
己だ。
猛威と脅威を怯むのは、何も黒札を貼るのが失敗したからでは無い。回復が追いつかなくなる、そんな悪夢が紡の焦りを引き出していた。
しかしそんなときに感じたのは、瞳の中、勇敢にも戦う仲間の姿と。後ろを振り返れば、遥か遠くなのに『彼』の姿が近くに見える。
「そうだよね、こんな所で、立ち止まってたらいけないよね」
肺の中、溜めこんだ空気を一度入れ替える。紡は再度、三日月を天に掲げた。仲間にこの祈りが届きますように、彼等に思いが届きますように。そうして、全てが上手くいくように。
浅葱の上と下を担いだ燐花。
道中、浅葱はすいませんなんて笑うものだから、燐花はご自愛くださいと言う。
そんな土壇場。ここで八尺のもう一撃が、発生した。今度は翔を狙っていた。浅葱は彼を庇わんと身体を上げ、上と下をくっつけて走って行った。
攻撃した後の振りかぶり、巨大な鉈を持つ彼女の速度は早いとは言えない。
速度を制する燐花は、振り切られた八尺の上に足を置いた。
「速やかに、死んでください」
「あぶなああああい!!」
苦無を突き刺す――手前で、時雨は燐花を抱きかかえてダッシュ。背中の服を一部剥ぎられながら、口を開けた八尺が瓦礫を吹き飛ばしつつ着地した。
爆風、投げられた燐花と時雨は紫雨の手前まで来た。
「私は、貴方達の事を詳しく知りません。だからお伺いします。『貴方』の望みは何ですか?」
「えー、全部」
「全て……?」
「おう」
「漠然とし過ぎでは?」
「世界が欲しい!! 世界の全て俺様のもの!! 腐った日本から世の果てまで。あわよくば地獄も天国も手に入れる」
「えっと」
「かっこいいだろ!!」
「え、えっと」
「ただのあほやん」
紫雨の望みは至極単純で、子供っぽい。
「そんな理由だけで、学園を、あの街を、壊すというのですか?」
ラーラは魔力を高めつつ、精神力を補いながら言った。
「そうだねえ、結構単純な理由で壊そうかなって思ってる。でももし、投降するなら全然殺さないよ、これマジで」
「FiVEが負けを認めると思いますか?」
「まー、思わないね、あいた!」
ラーラは、溜息混じりに召雷を紫雨に落した。
「ひどい! ラーラちゃんが俺様ちゃんいじめるう!!」
「ええい、纏わりつくなうっとおしい!!」
紫雨は両慈の胴体に捕まりながら、抗議していた。
首根っこ掴んで、紫雨を遠くへ投げる両慈。
「悪は去れ!」
「鬼、悪魔!」
むぎゃーと叫ぶ紫雨は放っておき、両慈は癒しが周囲を解きほぐす。
状況は至って、芳しくない。むしろ、強化された八尺は初動よりも、幾らか威力を増している。この期に及んで未だ成長を続ける武器とは、脅威か。
●総攻撃
弐陣の途中ですが、総攻撃の合図が発生。
だが参陣のみ全員の体力を9割に戻してからの制約を課していた。それは陣営としては大きいが、他陣営への負担は大きい。
という訳でちょっと時間が経った所で。
「総攻撃開始だ!! いくぞ!!」
両慈の声が響く。
「八尺だ! 八尺を狙え!」
智雨の庇うは解除されていた。誰のもか、黒札も貼られている。
が、八尺は留まる事を知らない。もう強化はそこまで進んだのか。
三陣全ての覚者達が攻撃を開始する。
三陣は総攻撃に制約を敷いていた。この陣営はどの陣営よりも少し遅れて参加だ。
燐花がまず苦無を智雨に突き刺し、翔の貫通が地を抉りながら迸った。容赦無いそれに、叫び声は上がる。
浅葱が到達、よく馴染むナックルを更にいつもより数倍キツめに握った。
「ふっ、災厄上等ですよっ。厄災と驕り高ぶるならば、犠牲出さないことで意趣返しとしましょうかっ」
絶望とか、無縁に笑う浅葱は微笑を浮かべた。正義のヒーローのように、誰かを、知らない誰をも救えるよう、またたくマフラーに理想を込めた少女の弐撃。
まず壱打、八尺の身体がくの字に曲がる程に衝撃が。そして弐撃、無数の電撃と風を従え、雷風の拳が瞳を穿つ。
爆炎の中から夜司が飛び出る。炎を刀に纏わせて、炎帝は手足のように使いこなす。
赤い燕尾服のように血で染まった彼の姿に、更に赤が足されていく。
「受けてみよ」
回転し、跳躍し、遠心力と重力を。刃に乗せた力は――、奇跡さえ起こした炎也。燃ゆる八尺から断末魔が発生。
続く両慈。
「誰一人とて倒れるなよ……行くぞっ!!」
彼がこの場で行うのは、回復だ。周囲を、参陣では無く、崩壊しかけている弐陣、参陣の為。十分に動ける両慈の回復はまさに三十人の中心とも呼べる存在だ。
「参ります」
ラーラが利き手の指を前へと向けた。腕には炎を、そして静電気を。足下に魔法陣が浮かび上がり、そして包まれていく。
同じタイミングで両慈も動いた。
「持って行け、選別だ」
「助かります」
ラーラの攻撃、そして天明の攻撃が入り混じった。
天明の髪が舞い、彼女の服が風に舞い、そして打ち落とされた雷撃。痺れる雷撃ならまだ可愛いものだ。彼、そして彼女の雷撃は、槌を落としたように足下を割るのだから。
やらねば。
焦る燐花の手元。すれば――。
「守ると決めたら、最後まで守らんか。たわけ。独りで無理だというなら手伝ってやろう。女は根性じゃぞ?」
『――――きゃああああああ!!』
突如叫び声をあげたのは智雨だ。頭を押さえ、目が白目になるほど上向き。
「亮平さん!!」
「ああ!!」
椿の声が戦場に響いた。亮平と、椿。二人が魂を燃やす。
狙いは、ただひとつ――八尺。椿が矢を放ち、そしてそれに合わせて亮平の身体が矢と共に地面を滑っていく。
更にここで行成が魂を発動させた。
地を揺るがし、そして願うのは。全ての攻撃を己へと課す事。
彼が思惑した通り、八尺の矛先は行成へと向いた。消して目立つような奇跡では無かったが、使い所を見極めれば確実に有効な一手である。
亮平の得物が到達したのは――八尺のもと。混乱を強いられている、嫌、己を取り戻しながら情報収集に躍起になる智雨という破綻者は今、庇うと言う行動を強いられていない。
故に、椿と亮平の攻撃は八尺へ到達した。
――諦めたくない。
未来を。明日を。
大切な人、大切な仲間。炎天にされて赤月の下、全ての命が食い散らかされたビジョンを嘘にするために。
椿は振るう、己が力を。黒札を、そして力を叩きこむ。これが懇親の、誰かを護りたいという願いの力だ。
だが。
たったそれだけの。
椿と、亮平たちの魂と黒札だけで、壊れる程。
八尺は。
そう八尺は強化され過ぎていた。蓄積されたダメージも薄かった。
「アハハハハハハハハハハハハハ!!」
紫雨が両刃構える。
「ゲームオーバーだ、覚者共」
「寝言は寝て言え」
蕾花が魂を燃やす。彼女が地面に紫雨を縫い付けている間。
「させへんよ!!」
時雨が魂を燃やす。
「結局、紫雨は八尺が目的なん? 今度は自身が血雨にでもなるつもりなん? 八尺を得て何かをするつもりやったら……そんな『思い通り』にはさせへん!!」
時雨は八尺に手を伸ばした。柄を掴み、魂を犠牲に、制御をせんと。
まるで多くの罵詈雑言と意識が入り乱れて耳奥で、そして直接脳内に言葉を強制インプットさせられている。ウイルスのように、果ては、麻薬のような刺激に時雨は唇を噛んだ。
だが時雨は八尺を引きずった。負けぬ、こんな趣味の悪い濁流に屈してはならぬ。
「根性はいいがよ。やめとけ、マジで」
血塗れた蕾花を引きずった紫雨が瓦礫の上に立つ。
時雨の力で八尺は彼女の手元に、だがそれもいつまで持つかは知れない。
「彼女は」
たまきは言う。
「智雨さんは……智雨さんの本来の目的は『大切な人を守りたい…』という事」
それがこんなにも歪んでしまったのは不幸である事には変わりは無い。
それでもまだ、全てが遅かったなんて、たまきは認めたくないのだろう。
たまきにも兄弟がいて、それだからこそよく分る事がある。
だから、自分が誰かさえ分からないままに死ぬだなんて、あんまりだ。
「だから今、途切れかけようとしている繋がりを、縁を、太く、途切れさせない様に。今まで奪ってきた人の命、魂を、智雨さんを返して頂きます!!」
たまきの足下から風と光が舞い上がった。小さな光だが、絶大な意志の力とも言えよう。
紡がたまきを支え、そうして――いのりの魂の叫びも相乗した。
『――――』
ゆらり、揺らめく智雨の身体。
だが彼女のランクは4である。
意識は最早消え、八尺の制御が無くなった今。ただの、『力という物体』と化した彼女に今更意識などある訳がない。
キツイ現実を突きつけてしまうが、ランク4を戻そうとしても、一度人間を止めてしまった智雨が、本来の姿へと戻る事は不可能だ。良くて、廃人である。
精々、その魂は空振り三振。
智雨(ランク4破綻者)は所詮、殺すしかない。
そう終わる――はずだったのだが、僅かに、智雨は数歩歩いてから、言ったのだ。
「――殺して」
「ああ」
刀嗣の刃が彼女を射抜く。
「アアアアアアアアアアアアアア!!!」
紫雨は髪の毛をばりばりばりばりばり掻いてから、後ろへ倒れる。
「やーっちゃったよ……君達、ほんと……殺しちゃうとはね……、ふ、ふふふっアーーーーーーーーアハハハハハハハ!!!」
智雨が消えた結果、紫雨は本来の力を取り戻した。こめかみを抑えながら、笑う。
「ここらへんの頭痛が消えた!! なら、それ、帰して貰おうか」
「斗真ぁぁ!! てめぇぇ!!」
翔は紫雨の胸倉を掴んでから、頬を懇親の力で殴りつけた。暫く殴られたままに顔を背けたまま、血が紛れた唾を吐いた紫雨。
「満足したかよ?」
「何を……!!」
「ハッ! 一発殴ったら、満足したか? って聞いてんだよ」
「斗真!! お前、分ってんのか!!」
「っせーな、末弟。お怒りはごもっともだ。帰る場所をぶち壊されて挙句俺様のお手てにコロコロされて、キレねえやつぁそうそういねェよ。
で? 殴ったらスッキリしたか?
なんならもう一発ヤってみっか?
いいぜ、暴力で解決は悪かねえ、俺の心臓はここだぜ?
やられたから、やり返す。結局、俺様もてめぇもなんも変わんねェよ。気に入らなければ、殺す。翔、てめえはこれからこんな簡単な理由で殺すだろ、俺も、俺以外も、な?」
「勘違いすんな!! 斗真は、友達だから」
「ああ、そういう設定らしいな。確かに斗真はてめーらと遊んだし、そこに僅かにも楽しいと思ったのは事実だ。
けどな、思い出と野望を天秤に掛けた所で、俺様が友情を選ぶ奴だと本気で思ったか?」
「そこまでじゃ、紫雨」
「なんだよ、じいさん」
夜司は紫雨を制止させた。
「斗真。紫雨」
「また斗真かよ」
「おぬしは姉想い、そして妹想いな少年じゃ。そして何より家族想いじゃ。やまない雨はなく晴れない空もない。儂はそう信じておる」
「……へえ? だがなぁ、止まれねえんだよ俺様って人間はな!!」
紫雨は進軍する、八尺奪還の為に――。
「させませんよ」
「お、感情に乏しいと思えばキレるんだぁお前も」
燐花はきょとんとした。いつもの無表情が少し、強張っている。
紫雨は逆手に構えた。両手、両刃。左手の刃は霧がかっているかのように、見えないけれども――。
刹那、紫雨の手元が一瞬ブレた。刹那、燐花の腹部が裂け倒れていく。しかし、紫雨は顔を傾けた。
「やるじゃん」
放たれたのは弐靭。傷がひとつしか無い時点で、燐花は一瞬、刃を受けきった。
「いいな、お前欲しいわ――さーて、八尺はっと」
「渡さへん……」
「粘ったなあ、けど、お疲れ様。俺はオマエ嫌いじゃねえから善意で言ってやる。
破綻者になる前に、返しな。
龍心携えてから出直して来い。そしたら考えてやる」
刃を構えた、時雨は八尺を。紫雨は清光と血吸を。
そして。
智雨は死亡、刀嗣が骸を抱えていた。
八尺は紫雨に。黒札が貼られ、紫雨は満足とは違う顔をしていた。
「五麟で待ってるね」
暁の声が、戦場に響く。
「五麟へ」
ラーラは仲間に呼びかけながら、帰り道を探した。
最終戦は近い。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
