《緊急依頼》黎明から黄昏へ
●
まだ肌寒い夜、街の一角で突然炎が上がった。
照らし出されたのは黒いレースとフリルをあしらったゴスロリ服の少女。
何事かと見に来た人間が数名殴り倒され、突然喉をかきむしって苦しみ出す。
「これで何人か出て来てくれるかしら」
こっちから学園に入ると袋叩きにされそうだものね。
嘯きながら金髪から飛び出た猫耳を動かす少女に、青年がため息を吐く。
「話し合いから始めたかったんだけどな」
「そんな事言って、あんた校舎に毒ばら撒く気だったじゃない」
「まともにやり合いたくなかったんだよ」
青年のため息は深い。少女とは形の違う犬科の耳と尾が揺れた。
「F.i.V.E.って夢見たくさんいるんでしょ? わざわざ騒ぎ起こす必要あったの?」
「馬鹿ね。何もしなかったらそもそも夢見にひっかからないし、F.i.V.E.も動かないわよ」
「でもさあ。外でやるより君らのどっちかが中に入れてくれればよかったんじゃない?」
「止めなさい。今更グダグダ言ってどうするんです」
中年に差し掛かるかどうかと言った外見の男が子供のような口調で文句を言えば、隣にいた厳しい雰囲気の女性が咎める。
「命令は一つ。それ以外は好きにしろと言われただろう」
毒をばら撒き数人を行動不能にした青年、日向 夏樹(ひゅうが なつき)はこれ以上文句を言えば叩きつけてやろうとした緑の鞭を仕舞う。
それが分かっていて止めた厳しい雰囲気の女性はひそかに胸を撫で下ろしていた。
作戦中に仲間内でギスギスするのは御免である。
機嫌を損ねれば仲間でも容赦しない猫と滅多に仲間に近寄らず一人でふらふらしてるために掴み所のない犬が相手だ。下手な事はしたくない。
「珍しくやる気ね。あんたそんなキャラだった?」
ゴスロリ服の少女……実は少年である御村 朔弥(みむら さくや)は、巻き込まれ体質で常に受け身だったはずの同僚の攻撃的な様子に首を傾げる。
「そっちこそ真っ先に飛び込まないのは珍しいな」
夏樹は思うがままに突撃して行くタイプの朔弥に言い返したが、朔弥は肩を竦めた。
「言ったでしょ、学園に飛び込んで袋叩きに遭うのはごめんなの」
夏樹と朔弥は自分達の目で見て来たF.i.V.Eの力を過小評価はしない。
自分達は仲間内ではせいぜい中堅。一対多数になれば勝てない事は考えなくても分かる。
だからこそわざわざ市内で騒ぎを起こしたのだ。
「でもさ、本当に来るの?」
子供のように喋る男は、いやもう一人の女性もそうだが、二人は直接F.i.V.Eを見た事がなく、報告された情報に対して懐疑的な部分がある。
「来る」
「必ずね」
夏樹と朔弥は端的に答え、F.i.V.Eが来るのを待ち構える。
『強い奴は攫え、弱い奴は殺せ』
下された命令を実行するために。
●
「皆、心して聞いてくれ」
硬い表情の久方 相馬(nCL2000004)は一呼吸置いてから口を開いた。
「黎明の覚者が市内にある商店街で騒ぎを起こす。負傷者は多数だ」
どう言う事かと騒めく覚者達。
「百鬼は知ってるな? 黎明の正体は百鬼だ。F.i.V.Eの内情を探るためのスパイだったんだ」
それが発覚したのはF.i.V.Eから幾人もの覚者が血雨討伐に向かった後。
何人もの夢見が黎明の裏切りを、黎明の正体を予知で見た。
相馬はその事実に衝撃を受ける覚者達の心情を慮るように表情を曇らせるが、すぐに持ってきた地図をスクリーンに拡大する。
「黎明の正体が分かった以上、こちらも静観はできない。特に今は血雨討伐のために何人もの覚者が出払っているんだ。残った人員で対処するしかない」
拡大された地図は五麟市内の商店街。アーケードになっており、道の左右には昔からある老舗の菓子屋からゲームセンターやお洒落なカフェまで、様々な店が立ち並んでいる。
事件が起こる時間帯はそれなりに人が多く、混乱の中で多くの負傷者が出てしまう。
「隔者の人数は四。変化が一人、前世持ちが一人、獣憑きが二人。この獣憑き二人には気を付けてくれ。これまでF.i.V.Eに潜入していたスパイだ。こちらの能力の事を知っている」
この二人が関わった事件の報告書を見るに、少なくともF.i.V.Eの覚者が弐式の力を発見した事と夢見が複数存在している事は知られている。油断はしないだろう。
「百鬼がいるのはアーケード中央。広場のようになっているんだが、動けない負傷者が何人かいる。戦う前に負傷者を保護してくれ」
南北を貫くアーケードの中央は直径7m程の円形の空間だ。
そこで待ち構える百鬼の周囲には「餌」として置かれたままの負傷者が倒れている。
「奴らは最初からF.i.V.Eが来る事を想定している。市内で騒ぎを起こしたのもこちらを誘い出すためだろう。皆、気を引き締めて向かってくれ」
まだ肌寒い夜、街の一角で突然炎が上がった。
照らし出されたのは黒いレースとフリルをあしらったゴスロリ服の少女。
何事かと見に来た人間が数名殴り倒され、突然喉をかきむしって苦しみ出す。
「これで何人か出て来てくれるかしら」
こっちから学園に入ると袋叩きにされそうだものね。
嘯きながら金髪から飛び出た猫耳を動かす少女に、青年がため息を吐く。
「話し合いから始めたかったんだけどな」
「そんな事言って、あんた校舎に毒ばら撒く気だったじゃない」
「まともにやり合いたくなかったんだよ」
青年のため息は深い。少女とは形の違う犬科の耳と尾が揺れた。
「F.i.V.E.って夢見たくさんいるんでしょ? わざわざ騒ぎ起こす必要あったの?」
「馬鹿ね。何もしなかったらそもそも夢見にひっかからないし、F.i.V.E.も動かないわよ」
「でもさあ。外でやるより君らのどっちかが中に入れてくれればよかったんじゃない?」
「止めなさい。今更グダグダ言ってどうするんです」
中年に差し掛かるかどうかと言った外見の男が子供のような口調で文句を言えば、隣にいた厳しい雰囲気の女性が咎める。
「命令は一つ。それ以外は好きにしろと言われただろう」
毒をばら撒き数人を行動不能にした青年、日向 夏樹(ひゅうが なつき)はこれ以上文句を言えば叩きつけてやろうとした緑の鞭を仕舞う。
それが分かっていて止めた厳しい雰囲気の女性はひそかに胸を撫で下ろしていた。
作戦中に仲間内でギスギスするのは御免である。
機嫌を損ねれば仲間でも容赦しない猫と滅多に仲間に近寄らず一人でふらふらしてるために掴み所のない犬が相手だ。下手な事はしたくない。
「珍しくやる気ね。あんたそんなキャラだった?」
ゴスロリ服の少女……実は少年である御村 朔弥(みむら さくや)は、巻き込まれ体質で常に受け身だったはずの同僚の攻撃的な様子に首を傾げる。
「そっちこそ真っ先に飛び込まないのは珍しいな」
夏樹は思うがままに突撃して行くタイプの朔弥に言い返したが、朔弥は肩を竦めた。
「言ったでしょ、学園に飛び込んで袋叩きに遭うのはごめんなの」
夏樹と朔弥は自分達の目で見て来たF.i.V.Eの力を過小評価はしない。
自分達は仲間内ではせいぜい中堅。一対多数になれば勝てない事は考えなくても分かる。
だからこそわざわざ市内で騒ぎを起こしたのだ。
「でもさ、本当に来るの?」
子供のように喋る男は、いやもう一人の女性もそうだが、二人は直接F.i.V.Eを見た事がなく、報告された情報に対して懐疑的な部分がある。
「来る」
「必ずね」
夏樹と朔弥は端的に答え、F.i.V.Eが来るのを待ち構える。
『強い奴は攫え、弱い奴は殺せ』
下された命令を実行するために。
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「皆、心して聞いてくれ」
硬い表情の久方 相馬(nCL2000004)は一呼吸置いてから口を開いた。
「黎明の覚者が市内にある商店街で騒ぎを起こす。負傷者は多数だ」
どう言う事かと騒めく覚者達。
「百鬼は知ってるな? 黎明の正体は百鬼だ。F.i.V.Eの内情を探るためのスパイだったんだ」
それが発覚したのはF.i.V.Eから幾人もの覚者が血雨討伐に向かった後。
何人もの夢見が黎明の裏切りを、黎明の正体を予知で見た。
相馬はその事実に衝撃を受ける覚者達の心情を慮るように表情を曇らせるが、すぐに持ってきた地図をスクリーンに拡大する。
「黎明の正体が分かった以上、こちらも静観はできない。特に今は血雨討伐のために何人もの覚者が出払っているんだ。残った人員で対処するしかない」
拡大された地図は五麟市内の商店街。アーケードになっており、道の左右には昔からある老舗の菓子屋からゲームセンターやお洒落なカフェまで、様々な店が立ち並んでいる。
事件が起こる時間帯はそれなりに人が多く、混乱の中で多くの負傷者が出てしまう。
「隔者の人数は四。変化が一人、前世持ちが一人、獣憑きが二人。この獣憑き二人には気を付けてくれ。これまでF.i.V.Eに潜入していたスパイだ。こちらの能力の事を知っている」
この二人が関わった事件の報告書を見るに、少なくともF.i.V.Eの覚者が弐式の力を発見した事と夢見が複数存在している事は知られている。油断はしないだろう。
「百鬼がいるのはアーケード中央。広場のようになっているんだが、動けない負傷者が何人かいる。戦う前に負傷者を保護してくれ」
南北を貫くアーケードの中央は直径7m程の円形の空間だ。
そこで待ち構える百鬼の周囲には「餌」として置かれたままの負傷者が倒れている。
「奴らは最初からF.i.V.Eが来る事を想定している。市内で騒ぎを起こしたのもこちらを誘い出すためだろう。皆、気を引き締めて向かってくれ」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.負傷者の救助
2.百鬼と元黎明の撃破または撃退
3.なし
2.百鬼と元黎明の撃破または撃退
3.なし
血雨討伐隊が出払った隙を狙い、百鬼が五麟市に現れました。
迅速な対処をお願いします。
●注意!!
・【緊急依頼】タグ依頼は、全てが同時進行となる為、PCが同タグに参加できる数は一依頼のみとなります。
重複して参加した場合、重複した依頼の参加資格を剥奪し、LP返却は行われない為、注意して下さい。
・決戦【血ノ雨ノ夜】に参加しているPCは、【緊急依頼】タグの依頼には参加できません。参加した場合は依頼の参加資格を剥奪し、LP返却は行われない為、注意して下さい。
・【緊急依頼】の戦況結果により、本戦でペナルティが発生する恐れがあります
●場所
市内にある南北に伸びるアーケード。遊びに来た子供から散歩に来た老人、通勤通学のため通る学生、サラリーマンまで様々な人が行き交う場所です。
主な戦闘場所はアーケードの中央広場。直径7mほどの円形になっています。
左側は大手のファッションビル、右側は二階建ての雑貨屋があります。
どちらも店内の窓から広場を見渡せる状態ですが、窓から覗く野次馬はいません。
百鬼が起こした騒ぎで負傷者以外は近くの店内やアーケードの外に逃げており、広場に残っているのは自力で動けない負傷者だけです。
●人物
・負傷者/一般人
百鬼がアーケードで暴れた際に巻き込まれ負傷。
命に別状はありませんが、自力で動けない程の怪我を負っています。
中央広場全体に六人が点在しており、北寄りにカップル二人、学生一人。
南寄りにお年寄りが一人。
西側ファッションビル前に女性二人です。
・日向 夏樹(ひゅうが なつき)/男/18歳/隔者
『黎明』を名乗っていた百鬼。見た目はクールそうですが、昔から何度も厄介事に巻き込まれており、それを見込まれ黎明として活動していた模様。
意図せずしてF.i.V.E.の覚者に何度も救われています。
本来は消極的な砲ですが、制裁を非常に恐れ命令が下った以上は動き出しました。
・御村 朔弥(みむら さくや)/男/年齢不詳/隔者
『黎明』を名乗っていた百鬼。金髪ツインテールと言うよりツインドリルにゴスロリ服。見た目は十代半ばの少女。
物事をあまり深く考えず自分の好きな事を好きなようにやるタイプですが、周りに指示を出す者がいればその通りに動く事もできます。
・拓也(たくや)/男/17歳/隔者
百鬼の一人。子供っぽい口調同様、性格も年齢より子供っぽく感情的になりやすい。
自分の力量に自惚れもおり、F.i.V.E.の覚者の能力に懐疑的。F.i.V.Eを警戒している夏樹と朔弥の態度を面白く思っていない。
・鹿村 美代(かむら みよ)/女/20歳/隔者
百鬼の一人。厳しい雰囲気の女性。実際は真面目で苦労性。
F.i.V.Eの能力には懐疑的な所があるものの、甘くは見ていない。
●能力
・日向 夏樹/隔者/後衛
獣の因子(戌)/木行
特攻能力が物理より高め。どちらかと言えば防御寄りの能力値。
BSで敵を弱らせてから倒すのが常套手段。味方がいればサポートも行います。
・スキル
弐式以外の木行スキル
・御村 朔弥/隔者/前衛
獣の因子(猫)/火行
体術を得手としており、動きが素早く攻撃能力も高い。
攻撃主として動きます。
・スキル
炎撃(近単/特攻ダメージ+火傷)
鋭刃脚(近単/物理ダメージ)
貫殺撃(近単/貫通2、100%、50%/物理ダメージ)
・拓也/隔者/前衛
現の因子/火行
三十絡みの男の姿に変化。物理能力に偏り特攻能力は低め。攻撃力より体力が高い。
朔弥ほど攻撃的ではありませんが、攻撃手として動きます。
・スキル
弐式以外の火行スキル
・鹿村 美代/隔者/後衛
暦の因子/天行
どの能力値が特化していると言う物はないバランスタイプ。
味方のサポートを重視して動きます。
・スキル
弐式以外の天行スキル
情報は以上となります
皆様のご参加お待ちしております
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
5日
5日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2016年03月04日
2016年03月04日
■メイン参加者 6人■

●
「荒らされてるな……」
周囲を見回した指崎 心琴(CL2001195)はそれだけしか言えなかった。
踏み入ったアーケード。立ち並ぶ店舗は被害に遭っていない店を見付けるのが難しい程で、店の前に飾られていただろうオブジェや看板が焼け落ちる音、アーケードから逃げる人の悲鳴や足音が響いている。
「オイラまんまと騙されてたんだな、ちきしょう……!」
鯨塚 百(CL2000332)が怪我をした我が子を抱えて走って行く親を見て歯噛みする。
F.i.V.Eに保護を求めた事を切っ掛けに交流を持ち、時には共に戦う事もあった彼ら、『黎明』の正体は『百鬼』だった。
正体を現した彼らは血雨討伐のため手薄になった所を狙い、他の『百鬼』と共に五麟市を襲撃している。
「知らず、敵を引き入れたって聞いたときは冗談だろ? って思ったが」
香月 凜音(CL2000495)の思いはここにいる者も含めてF.i.V.Eの多くが感じただろう。まして、彼らはF.i.V.Eだけでなく無関係の人間も含む五麟市を狙って来たのだ。
F.i.V.Eの本部があるからと言って、市内の全員が関係者ではない。覚者が多いと言っても市内全域をカバーできるような人数でもない。瞬く間に被害は広がり、五麟市は襲撃の炎に巻かれようとしていた。
「さて、さて、このような結末になるとは」
普段ならへらり笑うエヌ・ノウ・ネイム(CL2000446)の声音にも抑え難いものが滲む。
裏切りですら彼の心を楽しませる物ではあるが、自身が当事者となれば話は別らしい。
が、口元の笑みを見るにどうも悲劇に陥った者の表情とは思えない。
「目的の為なら無関係の者を巻き込んでもよいという、その考え方が気に食わん」
眉をひそめた由比 久永(CL2000540)の肩口まで火の粉が飛んで来た。
店の前に可燃性の高い物を置いていたのだろう。焼けて崩れ落ちると同時に大量の火の粉を撒き散らしていた。
「怪我人がいるらしいからね。早めに救助した方がいい」
気を取り直すように言った凜音に、 鈴白 秋人(CL2000565)が頷く。
百鬼は四人。彼らはF.i.V.Eの覚者を誘き寄せるため、わざと動けない負傷者を自分達の周りに『餌』として放置しているらしい。
「呆けてる暇はねーな」
「おう! これ以上好きにさせないぜ!」
気を取り直すような凜音の一言に、百がぐぐっと拳を握る。
彼らが自分達を誘き寄せるためにした事だと言うなら、向かう以外にない。
無関係の人々を、町を、これ以上傷付けないために百鬼を倒す。
アーケード中央には事前の情報通り、四人の百鬼らしき男女と周囲に倒れている者が六人。
遮る物もなく身を隠さずに来た六人は大分前から百鬼の視界に入っていただろうが、攻撃や人質を取ると言った行動は見られなかった。
「はて……? 何らかの策を講じてくるかと思っていたが」
久永が訝し気に呟く。
四人の内二人がF.i.V.E側の能力を知っている。怪我人を餌とするだけと言う単純な行動で終わるまいと警戒しているのだが、今の所そういった様子は見られない。
「それならそれで救助がやりやすい」
「救助の間、百鬼の方は任せる」
秋人と凜音は自分達が救助に向かう負傷者の位置を確認しながら言うと、近くにいたエヌが笑みを深くする。
「勿論です。まずは顔見知りにご挨拶と行きましょう」
四人の百鬼と六人の覚者が燃えるアーケードの中で相対する。
●
「待ってたか? 来てやったぜ」
百が広場に集まった四人の百鬼を睨み付ける。
その視線を受けた百鬼の方も、拓也が睨み返していた。
「信頼を裏切られる展開は非常に劇的で好ましいのですが、僕にさえスポットライトが当たるとは思いませんでしたよ」
「よりによって君らが来たのか……」
エヌの台詞に思わずと言った風に漏らしたのは、黎明としてF.i.V.Eの覚者と接触があった日向夏樹だった。
幾度も夏樹の危機に立ち合って手助けして来た心琴の表情が曇る。
「なあ、夏樹。お前が死を覚悟して誰かを助けようとしたこともそれも全部嘘(えんぎ)だったのか? それとも夢見の力を試すためにわざとトラブルに巻き込まれていたのか? どんな話し合いをするつもりだった?」
矢継ぎ早の問い掛けは心琴の気持ちが乱れているためだろうか。
夏樹の内面までも問いかけるような台詞に不審な顔をしたのはF.i.V.Eとは接触のなかった拓也と鹿村美代の二人だけ。
夏樹と同じく黎明としてF.i.V.Eの覚者と接触した事があり、夏樹と早くから情報共有していた御村朔弥は平然としている。
「夢見はそう言う所まで分かるのか……」
夏樹の答えはひどく苦々しいものを滲ませた苦笑だった。
「俺は百鬼だ。いずれこうなるだろうとは思っていたよ」
答えをはぐらかし、夏樹が軽く後ろに下がる。
「まずはあたしからね!」
代わりに飛び出して来たのは今か今かと構えていた朔弥だった。
朔弥自身は相手が誰であろうと自分が楽しければ何でもいい。百鬼でいるのも好きにさせてくれるからだ。
心琴を狙った貫殺撃には一切の躊躇いがなかった。
「二人とも、怪我人が巻き込まれない内に早く!」
攻撃を受けた者の背後にまで威力を発揮する技。
心琴は自分のダメージよりも周囲への影響を気にかけて秋人と凜音に叫ぶ。
反応したのは二人だけでなく、百鬼の拓也も動く。
「そいつらはお前らF.i.V.E.を呼ぶ餌なんだよ。勝手に片付けないでよね」
子供が拗ねるような口調で救助に向かう二人を狙うが、その前に百が立ち塞がった。
「どうした? オイラみたいなチビが相手じゃ不満か?」
「不満だね。チビはどっかいけよ!」
拓也の炎撃が百の肌を焼く。
「オイラ今の今まで騙されてたバカだけど、腕っ節にはちょっと自信があるんだぜ」
対する百は力を込め、パイルバンカーのように変化した腕で正拳を叩き込む。
「避難の邪魔はさせない!」
心琴の艶舞・慟哭は味方のサポートに入ろうとしていた鹿村美代がまともに受けたようだ。
「術式を封じられた? そんな馬鹿な!」
「だから言ったろう。彼らは一段上だ。油断してるとこっちが負ける」
驚く美代に夏樹がため息混じりに言いながらその効果を打ち消した。
「ふむ。そやつは不勉強のようだのう」
ならば身をもって味わわせてやろうと言うのか、久永が放つ雷獣が拓也だけでなく、朔弥にも襲い掛かった。
「これが弐式の力と言うことね」
直に目にしたことで一層警戒を強めたか、美代の纏霧が覚者達を包む。
その霧を受けつつも、一直線に倒れた負傷者の元に向かうのは秋人と凜音。
「助けに来たぞ。分かるか?」
カップルの男性は出血も多く目の焦点も怪しかったが、凜音の呼び掛けに僅かに頷く。
「さ……先に、こいつ……を」
「少し待ってろ」
抱きかかえた恋人を託そうとする男性の傷と、毒を受けた女性と学生の状態を改める。
学生と女性は全く意識がない。先に使っておいた癒しの霧の効果があったのか、男性の傷は出血が止まっている。
「建物の中に運ぶが、出て来るなよ。怪我はちゃんと誰かに見てもらえ」
凜音が重症に見える方から抱えて移動する。
秋人もショッピングセンター前で倒れている二人の女性と老人の対処に当たっていた。
「傷の具合はどうかな? 動けそうなら建物の奥に逃げるんだ」
秋人も凜音と同じように癒しの霧を使っており、女性二人はよろめきながらも自分で動けると言った。
実際にお互いで支え合って歩く二人に避難場所を指示して、もう一人の負傷者である老人もとへと向かう。
「怪我もあって足が立たないようですね。背負っていくのでしっかり掴まって」
壊れた杖はなんともし難いが、避難する事が最優先だ。
年が年だけにこのまま死を覚悟していた老人は何度も礼を言った。
●
救助の間も百鬼の攻撃はあったが、救助の妨害になるほどではなかった。
朔弥は心琴が、拓也は百が張り付くように妨害しながら攻撃を受け止め、久永の雷獣が百鬼の前衛を狙う。
「日向君の『声』はとてつもなくそそられるものがあると常々思っていたんですよ」
エヌの声が楽しげに弾んでいる。
放たれた雷獣は久永が前衛を狙うのに対して後衛を狙っていたが、美代は自分が単なる「ついで」でダメージ受けてしまっているだけだと知ったらどう思うか。
「……さァ。存分に、命の限り、この僕を、愉しませてくださいよ? 僕自身の手で思う存分その『声』を奏でて差し上げましょう!」
「本当にブレないな!」
夏樹が度々目にしたエヌのおかしな趣味は今日も全開である。
毒や出血を駆使して戦う夏樹であったが、心琴と久永が回復手段を持っているため効果は今一つであり、エヌに狙われながら味方のサポートを行うのもなかなか難しい。
「いいですねえ、その表情です! 次はもっと声を聞かせていただきますよ」
「なにあれ。気持ちわるっ」
「へ、変態?」
裏切った事に対して怒り罵倒されるなら分かるが、どう見ても楽しげなエヌの様子は彼と初遭遇の拓也と美代をおおいに気味悪がらせた。
「怖いんだったら逃げてもいいんだぜ!」
「あの仮面はともかくお前みたいなチビ、誰が怖がるか!」
百の挑発にあっさり乗る拓也。
「拓也、調子に乗って突っ込んでは危険です! 朔弥と協力して……」
「うるさい!」
一人突撃しては手痛いしっぺ返しを食らう拓也に美代から注意が飛ぶが、逆に怒鳴り返す。
百鬼の四人は覚者がマークをしていると言う事もあったが、明らかに意思の疎通が出来ていない。
「どうやら寄せ集めのようだのう。策が稚拙であるのも仕方ないのかもしれぬな」
「あら、言われちゃったわね。これは私もキレるべき?」
「どちらでも構わぬよ」
鋭い蹴りで心琴を蹴り倒した朔弥に対しても悠々とした態度を取る久永。
羽扇を揺らし、周囲に無数の光の粒を発生させる。
「不謹慎だが、一度使ってみたかったのだ」
脣星落霜が雨霰のように前衛後衛の区別なく百鬼の四人に降り注ぐ。
「くっ! そんな大技、周囲の人間が……」
「避難は終わっているよ」
美代の台詞に秋人の報告がかぶる。
「応急処置も終わってる。あとはこいつらをどうにかするだけだな」
と言ってもやる事は決まってるけどな。
呟く凜音と秋人がそれぞれ味方の傷を癒して行く。
「日向は、俺の顔覚えてるよな? 馬鹿じゃなけりゃさ」
夏樹が自分達を騙した挙句襲撃してきた事は凛音にも少なからず衝撃を与えた。
心琴も言っていたが、凜音自身も夏樹の行動すべてが演技だとは思えなかったのかも知れない。
しかし――――。
「組織に属する以上、組織の決定には従わなきゃならねー」
事はもう起きてしまったのだ。
「だから、ここで俺たちがお前を倒そうがどうしようが……恨むなよ?」
「そっちこそ恨みっこなしよ!」
「ぐだぐだ喋りやがって!」
割り込んできたのは朔弥と拓也の攻撃を伴う叫び声だ。
二人とも目の前にいる心琴と百ばかりに目を向けていたせいで他からやられ放題と言った有様だ。夏樹と美代のサポートが全く追い付いていないばかりか、無駄な消耗を強いている。
美代の方はそれを指摘してはいるものの、全く耳を貸さない。
「避難も終わったし、思いっきりぶち抜いてやるぜ!」
朔弥の炎撃と百の正拳がクロスカウンター気味に互いに決まる。
「その一撃じゃ足りないわよ!」
百の方がダメージが大きかったのか、朔弥はよろける百ににんまり笑う。
「足りぬと言うなら余がくれてやろう」
朔弥の笑みが一瞬で激しい雷撃に覆われる。
視界を奪うような眩い雷は近くにいた拓也も巻き込み、ただでさえ回復が間に合っていない二人の体力を奪って行く。
「日向さん、二人の回復を……!」
ぐらりと倒れかける二人を見た美代は咄嗟に夏樹に声を掛けようとするが、それは叶わなかった。
エヌの気力を惜しまぬ雷獣の衝撃に美代の喉が塞がる。
「おやおや、そちらの女性は少々根性が足りませんね」
「君の基準で考えないでやってくれ」
痛みと雷の衝撃で耳が遠くなっていたが、呑気とすら思える夏樹とエヌのやりとりは聞こえた。
「な、なにを呑気に……!」
怒りに任せた美代の召雷だったが、凜音の癒しの霧が他の仲間と一緒に回復させる。
夏樹の攻撃による出血や毒も、元より心琴と久永の回復があったために効果が発揮しきれていない。
秋人と凜音が合流してからは尚更だ。
「こちらの能力を知っておったようだが、この程度で何をするつもりだったのかのう?」
「この程度、だと……!」
体力が高い分まだ余裕があったのか、拓也が久永を睨む。
「大した策もなく、簡単に挑発に乗っては無駄にやられ連携も取れていない。そんな有様で俺達は倒せないよ」
空を切り裂く音がして、拓也の体を秋人のB.O.T.が貫く。
「これで残るは君とそちらの女性だけですね」
エヌの言葉に震えたのは美代だった。
元々この四人組での作戦に不安を抱えていたものの、ここまでの惨憺たる結果は流石に考えていなかった。
「日向さん……」
撤退しましょう。
そう言おうとした時、美代は夏樹が笑っているのを見た。
「やっぱり強いな。俺達ではどうしようもないか……」
夏樹は笑みを浮かべたままで、エヌの雷獣により裂傷と火傷を負った手で緑の鞭を振る。
鞭の一撃は心琴傷付けるが、元より攻撃能力は先に倒れた朔弥と拓也に比べて低い。それが分かっていても、夏樹は攻撃を選んだ。
「鹿村、撤退しても制裁を受けるだけだ。やれ!」
「ひっ!」
夏樹の「制裁」の一言に美代の顔が青ざめた。
「せ、制裁を受けるくらいなら、ここで死んでやるわ!」
及び腰になっていた美代が死に物狂いで召雷を放ち始める。
連携ができない味方をそれでもサポートしようとしていた彼女の気力はすでに大分消耗しており、乱発すればすぐ気力が尽きるだろう。
「俺も制裁はお断りなんだよ!」
夏樹も美代と似たような状態だったが、気力を振り絞るように攻撃を続けた。
その絶望的な足掻きにも覚者達は手を緩めずに戦った。
「窮鼠猫を噛むと言うからな。手心は加えぬぞ」
久永の雷獣が迎え撃つ。
電灯がいくつか焼け落ち薄暗くなったアーケードを照らす雷光の中、百が拳を握る。
「百鬼どもめ、このバンカーバスターでぶち抜いてやるぜ!」
小さな拳に似つかわしくない無骨な杭が美代の体を打ち、よろめかせる。
「あっはっはっはっは!! 楽しいですねぇ、実に愉快ですねぇ!! ほぉら声を上げましょうよ、苦痛と苦悩で板挟みになる、その声を!」
アーケードに響き渡る哄笑。
エヌの意志を受けた雷獣は夏樹の体を吹き飛ばし、ショッピングモールのドアに叩きつけた。
ガラスが砕ける音と破片を伴って、夏樹の体が床を滑る。
「夏樹、もう終わりだ」
起き上がろうとした夏樹の前に、心琴が立つ。
「……そう、らしいな」
満身創痍の夏樹は、起き上がるのを止めた。
●
「さて、随分と好き放題やってくれましたね」
がすっ! とエヌの足元から鈍い音がした。
「失礼。躓いてしまいました」
「……やると、思った……」
思い切り爪先を食らった夏樹が渇いた笑みを浮かべ、その反応にエヌが満面の笑みを返した。
「彼もこれ以上戦えないだろう。後は捕縛して、処遇はF.i.V.Eに任せよう」
「そうだな。ロープに使える物さがしてくるぜ」
秋人が言うと、百が心得たとばかりに捕縛に使える物を捜しに行く。
「まあ、それが妥当だな」
凜音も同意して自分も捕縛に使える物がないかと周囲を物色し始めた。
「強い奴は攫え、弱い奴は殺せと言うたか……逆に捕まってしもうたのう?」
特に揶揄うつもりもないが、久永に対して夏樹は苦笑するしかない。
「どうしてこんな真似をしたんだ?」
心琴は動かない夏樹を注意深く見ながら気になっていた事を口にする。
「命令だというのは分かっている。そんなに、逢魔ヶ時紫雨は怖いのか?」
「そうだな」
あっさりと言う夏樹。
こんな状況になってはもう仕方ないかと諦めているのか、随分口が軽い。
「なら……逢魔ヶ時紫雨僕らが倒してやるといったらお前はどうする? 夏樹」
これにはすぐに答えが返ってこなかった。
夏樹は横に倒れたままなのが辛いのか、わずかに身じろぎして痛む傷の一つに手を当てた。
「もし倒せるなら……そうだな……」
ちらりと動いた視線を何気なく追った先で、動く者がいた。
「まだ動けたのか!」
「指崎さん!」
咄嗟に外に向かおうとした心琴に、秋人が警告を発する。
「悪いな」
一番深い傷を癒した夏樹が起き上がり、先程動いた人影が合わせて走り出した。
人影が走った後にレースのついたリボンが千切れて落ちる。
「夏樹!」
「百鬼はまだいる。君らが戦い抜けるか分からない。悠長に捕まったまま制裁を待つわけにはいかないんだよ」
二人は放たれた寂夜の効果をくぐり抜け、アーケードの奥へ走り去った。
「逃げてしまいましたか。それにしても最後まで足掻いてくれますね」
まだまだ追い詰め足りなかったのでしょうかと嘯くエヌに対し、気を許しかけた心琴や捕縛しようとして叶わなかった百と凜音は複雑な表情だ。
「逃げたものは仕方あるまいが、こちらにはまだ二人残っておる」
「二人だけでも捕縛しておこう」
久永と秋人が示す広場には倒れたままの百鬼がまだ二人いた。
「百鬼はまだいると言っていた。まだ終わりじゃない」
その言葉通り、どこか遠くから新たな喧騒が聞こえて来る。
五麟市を焼く襲撃の炎は、まだ広がり続けているのだ。
「荒らされてるな……」
周囲を見回した指崎 心琴(CL2001195)はそれだけしか言えなかった。
踏み入ったアーケード。立ち並ぶ店舗は被害に遭っていない店を見付けるのが難しい程で、店の前に飾られていただろうオブジェや看板が焼け落ちる音、アーケードから逃げる人の悲鳴や足音が響いている。
「オイラまんまと騙されてたんだな、ちきしょう……!」
鯨塚 百(CL2000332)が怪我をした我が子を抱えて走って行く親を見て歯噛みする。
F.i.V.Eに保護を求めた事を切っ掛けに交流を持ち、時には共に戦う事もあった彼ら、『黎明』の正体は『百鬼』だった。
正体を現した彼らは血雨討伐のため手薄になった所を狙い、他の『百鬼』と共に五麟市を襲撃している。
「知らず、敵を引き入れたって聞いたときは冗談だろ? って思ったが」
香月 凜音(CL2000495)の思いはここにいる者も含めてF.i.V.Eの多くが感じただろう。まして、彼らはF.i.V.Eだけでなく無関係の人間も含む五麟市を狙って来たのだ。
F.i.V.Eの本部があるからと言って、市内の全員が関係者ではない。覚者が多いと言っても市内全域をカバーできるような人数でもない。瞬く間に被害は広がり、五麟市は襲撃の炎に巻かれようとしていた。
「さて、さて、このような結末になるとは」
普段ならへらり笑うエヌ・ノウ・ネイム(CL2000446)の声音にも抑え難いものが滲む。
裏切りですら彼の心を楽しませる物ではあるが、自身が当事者となれば話は別らしい。
が、口元の笑みを見るにどうも悲劇に陥った者の表情とは思えない。
「目的の為なら無関係の者を巻き込んでもよいという、その考え方が気に食わん」
眉をひそめた由比 久永(CL2000540)の肩口まで火の粉が飛んで来た。
店の前に可燃性の高い物を置いていたのだろう。焼けて崩れ落ちると同時に大量の火の粉を撒き散らしていた。
「怪我人がいるらしいからね。早めに救助した方がいい」
気を取り直すように言った凜音に、 鈴白 秋人(CL2000565)が頷く。
百鬼は四人。彼らはF.i.V.Eの覚者を誘き寄せるため、わざと動けない負傷者を自分達の周りに『餌』として放置しているらしい。
「呆けてる暇はねーな」
「おう! これ以上好きにさせないぜ!」
気を取り直すような凜音の一言に、百がぐぐっと拳を握る。
彼らが自分達を誘き寄せるためにした事だと言うなら、向かう以外にない。
無関係の人々を、町を、これ以上傷付けないために百鬼を倒す。
アーケード中央には事前の情報通り、四人の百鬼らしき男女と周囲に倒れている者が六人。
遮る物もなく身を隠さずに来た六人は大分前から百鬼の視界に入っていただろうが、攻撃や人質を取ると言った行動は見られなかった。
「はて……? 何らかの策を講じてくるかと思っていたが」
久永が訝し気に呟く。
四人の内二人がF.i.V.E側の能力を知っている。怪我人を餌とするだけと言う単純な行動で終わるまいと警戒しているのだが、今の所そういった様子は見られない。
「それならそれで救助がやりやすい」
「救助の間、百鬼の方は任せる」
秋人と凜音は自分達が救助に向かう負傷者の位置を確認しながら言うと、近くにいたエヌが笑みを深くする。
「勿論です。まずは顔見知りにご挨拶と行きましょう」
四人の百鬼と六人の覚者が燃えるアーケードの中で相対する。
●
「待ってたか? 来てやったぜ」
百が広場に集まった四人の百鬼を睨み付ける。
その視線を受けた百鬼の方も、拓也が睨み返していた。
「信頼を裏切られる展開は非常に劇的で好ましいのですが、僕にさえスポットライトが当たるとは思いませんでしたよ」
「よりによって君らが来たのか……」
エヌの台詞に思わずと言った風に漏らしたのは、黎明としてF.i.V.Eの覚者と接触があった日向夏樹だった。
幾度も夏樹の危機に立ち合って手助けして来た心琴の表情が曇る。
「なあ、夏樹。お前が死を覚悟して誰かを助けようとしたこともそれも全部嘘(えんぎ)だったのか? それとも夢見の力を試すためにわざとトラブルに巻き込まれていたのか? どんな話し合いをするつもりだった?」
矢継ぎ早の問い掛けは心琴の気持ちが乱れているためだろうか。
夏樹の内面までも問いかけるような台詞に不審な顔をしたのはF.i.V.Eとは接触のなかった拓也と鹿村美代の二人だけ。
夏樹と同じく黎明としてF.i.V.Eの覚者と接触した事があり、夏樹と早くから情報共有していた御村朔弥は平然としている。
「夢見はそう言う所まで分かるのか……」
夏樹の答えはひどく苦々しいものを滲ませた苦笑だった。
「俺は百鬼だ。いずれこうなるだろうとは思っていたよ」
答えをはぐらかし、夏樹が軽く後ろに下がる。
「まずはあたしからね!」
代わりに飛び出して来たのは今か今かと構えていた朔弥だった。
朔弥自身は相手が誰であろうと自分が楽しければ何でもいい。百鬼でいるのも好きにさせてくれるからだ。
心琴を狙った貫殺撃には一切の躊躇いがなかった。
「二人とも、怪我人が巻き込まれない内に早く!」
攻撃を受けた者の背後にまで威力を発揮する技。
心琴は自分のダメージよりも周囲への影響を気にかけて秋人と凜音に叫ぶ。
反応したのは二人だけでなく、百鬼の拓也も動く。
「そいつらはお前らF.i.V.E.を呼ぶ餌なんだよ。勝手に片付けないでよね」
子供が拗ねるような口調で救助に向かう二人を狙うが、その前に百が立ち塞がった。
「どうした? オイラみたいなチビが相手じゃ不満か?」
「不満だね。チビはどっかいけよ!」
拓也の炎撃が百の肌を焼く。
「オイラ今の今まで騙されてたバカだけど、腕っ節にはちょっと自信があるんだぜ」
対する百は力を込め、パイルバンカーのように変化した腕で正拳を叩き込む。
「避難の邪魔はさせない!」
心琴の艶舞・慟哭は味方のサポートに入ろうとしていた鹿村美代がまともに受けたようだ。
「術式を封じられた? そんな馬鹿な!」
「だから言ったろう。彼らは一段上だ。油断してるとこっちが負ける」
驚く美代に夏樹がため息混じりに言いながらその効果を打ち消した。
「ふむ。そやつは不勉強のようだのう」
ならば身をもって味わわせてやろうと言うのか、久永が放つ雷獣が拓也だけでなく、朔弥にも襲い掛かった。
「これが弐式の力と言うことね」
直に目にしたことで一層警戒を強めたか、美代の纏霧が覚者達を包む。
その霧を受けつつも、一直線に倒れた負傷者の元に向かうのは秋人と凜音。
「助けに来たぞ。分かるか?」
カップルの男性は出血も多く目の焦点も怪しかったが、凜音の呼び掛けに僅かに頷く。
「さ……先に、こいつ……を」
「少し待ってろ」
抱きかかえた恋人を託そうとする男性の傷と、毒を受けた女性と学生の状態を改める。
学生と女性は全く意識がない。先に使っておいた癒しの霧の効果があったのか、男性の傷は出血が止まっている。
「建物の中に運ぶが、出て来るなよ。怪我はちゃんと誰かに見てもらえ」
凜音が重症に見える方から抱えて移動する。
秋人もショッピングセンター前で倒れている二人の女性と老人の対処に当たっていた。
「傷の具合はどうかな? 動けそうなら建物の奥に逃げるんだ」
秋人も凜音と同じように癒しの霧を使っており、女性二人はよろめきながらも自分で動けると言った。
実際にお互いで支え合って歩く二人に避難場所を指示して、もう一人の負傷者である老人もとへと向かう。
「怪我もあって足が立たないようですね。背負っていくのでしっかり掴まって」
壊れた杖はなんともし難いが、避難する事が最優先だ。
年が年だけにこのまま死を覚悟していた老人は何度も礼を言った。
●
救助の間も百鬼の攻撃はあったが、救助の妨害になるほどではなかった。
朔弥は心琴が、拓也は百が張り付くように妨害しながら攻撃を受け止め、久永の雷獣が百鬼の前衛を狙う。
「日向君の『声』はとてつもなくそそられるものがあると常々思っていたんですよ」
エヌの声が楽しげに弾んでいる。
放たれた雷獣は久永が前衛を狙うのに対して後衛を狙っていたが、美代は自分が単なる「ついで」でダメージ受けてしまっているだけだと知ったらどう思うか。
「……さァ。存分に、命の限り、この僕を、愉しませてくださいよ? 僕自身の手で思う存分その『声』を奏でて差し上げましょう!」
「本当にブレないな!」
夏樹が度々目にしたエヌのおかしな趣味は今日も全開である。
毒や出血を駆使して戦う夏樹であったが、心琴と久永が回復手段を持っているため効果は今一つであり、エヌに狙われながら味方のサポートを行うのもなかなか難しい。
「いいですねえ、その表情です! 次はもっと声を聞かせていただきますよ」
「なにあれ。気持ちわるっ」
「へ、変態?」
裏切った事に対して怒り罵倒されるなら分かるが、どう見ても楽しげなエヌの様子は彼と初遭遇の拓也と美代をおおいに気味悪がらせた。
「怖いんだったら逃げてもいいんだぜ!」
「あの仮面はともかくお前みたいなチビ、誰が怖がるか!」
百の挑発にあっさり乗る拓也。
「拓也、調子に乗って突っ込んでは危険です! 朔弥と協力して……」
「うるさい!」
一人突撃しては手痛いしっぺ返しを食らう拓也に美代から注意が飛ぶが、逆に怒鳴り返す。
百鬼の四人は覚者がマークをしていると言う事もあったが、明らかに意思の疎通が出来ていない。
「どうやら寄せ集めのようだのう。策が稚拙であるのも仕方ないのかもしれぬな」
「あら、言われちゃったわね。これは私もキレるべき?」
「どちらでも構わぬよ」
鋭い蹴りで心琴を蹴り倒した朔弥に対しても悠々とした態度を取る久永。
羽扇を揺らし、周囲に無数の光の粒を発生させる。
「不謹慎だが、一度使ってみたかったのだ」
脣星落霜が雨霰のように前衛後衛の区別なく百鬼の四人に降り注ぐ。
「くっ! そんな大技、周囲の人間が……」
「避難は終わっているよ」
美代の台詞に秋人の報告がかぶる。
「応急処置も終わってる。あとはこいつらをどうにかするだけだな」
と言ってもやる事は決まってるけどな。
呟く凜音と秋人がそれぞれ味方の傷を癒して行く。
「日向は、俺の顔覚えてるよな? 馬鹿じゃなけりゃさ」
夏樹が自分達を騙した挙句襲撃してきた事は凛音にも少なからず衝撃を与えた。
心琴も言っていたが、凜音自身も夏樹の行動すべてが演技だとは思えなかったのかも知れない。
しかし――――。
「組織に属する以上、組織の決定には従わなきゃならねー」
事はもう起きてしまったのだ。
「だから、ここで俺たちがお前を倒そうがどうしようが……恨むなよ?」
「そっちこそ恨みっこなしよ!」
「ぐだぐだ喋りやがって!」
割り込んできたのは朔弥と拓也の攻撃を伴う叫び声だ。
二人とも目の前にいる心琴と百ばかりに目を向けていたせいで他からやられ放題と言った有様だ。夏樹と美代のサポートが全く追い付いていないばかりか、無駄な消耗を強いている。
美代の方はそれを指摘してはいるものの、全く耳を貸さない。
「避難も終わったし、思いっきりぶち抜いてやるぜ!」
朔弥の炎撃と百の正拳がクロスカウンター気味に互いに決まる。
「その一撃じゃ足りないわよ!」
百の方がダメージが大きかったのか、朔弥はよろける百ににんまり笑う。
「足りぬと言うなら余がくれてやろう」
朔弥の笑みが一瞬で激しい雷撃に覆われる。
視界を奪うような眩い雷は近くにいた拓也も巻き込み、ただでさえ回復が間に合っていない二人の体力を奪って行く。
「日向さん、二人の回復を……!」
ぐらりと倒れかける二人を見た美代は咄嗟に夏樹に声を掛けようとするが、それは叶わなかった。
エヌの気力を惜しまぬ雷獣の衝撃に美代の喉が塞がる。
「おやおや、そちらの女性は少々根性が足りませんね」
「君の基準で考えないでやってくれ」
痛みと雷の衝撃で耳が遠くなっていたが、呑気とすら思える夏樹とエヌのやりとりは聞こえた。
「な、なにを呑気に……!」
怒りに任せた美代の召雷だったが、凜音の癒しの霧が他の仲間と一緒に回復させる。
夏樹の攻撃による出血や毒も、元より心琴と久永の回復があったために効果が発揮しきれていない。
秋人と凜音が合流してからは尚更だ。
「こちらの能力を知っておったようだが、この程度で何をするつもりだったのかのう?」
「この程度、だと……!」
体力が高い分まだ余裕があったのか、拓也が久永を睨む。
「大した策もなく、簡単に挑発に乗っては無駄にやられ連携も取れていない。そんな有様で俺達は倒せないよ」
空を切り裂く音がして、拓也の体を秋人のB.O.T.が貫く。
「これで残るは君とそちらの女性だけですね」
エヌの言葉に震えたのは美代だった。
元々この四人組での作戦に不安を抱えていたものの、ここまでの惨憺たる結果は流石に考えていなかった。
「日向さん……」
撤退しましょう。
そう言おうとした時、美代は夏樹が笑っているのを見た。
「やっぱり強いな。俺達ではどうしようもないか……」
夏樹は笑みを浮かべたままで、エヌの雷獣により裂傷と火傷を負った手で緑の鞭を振る。
鞭の一撃は心琴傷付けるが、元より攻撃能力は先に倒れた朔弥と拓也に比べて低い。それが分かっていても、夏樹は攻撃を選んだ。
「鹿村、撤退しても制裁を受けるだけだ。やれ!」
「ひっ!」
夏樹の「制裁」の一言に美代の顔が青ざめた。
「せ、制裁を受けるくらいなら、ここで死んでやるわ!」
及び腰になっていた美代が死に物狂いで召雷を放ち始める。
連携ができない味方をそれでもサポートしようとしていた彼女の気力はすでに大分消耗しており、乱発すればすぐ気力が尽きるだろう。
「俺も制裁はお断りなんだよ!」
夏樹も美代と似たような状態だったが、気力を振り絞るように攻撃を続けた。
その絶望的な足掻きにも覚者達は手を緩めずに戦った。
「窮鼠猫を噛むと言うからな。手心は加えぬぞ」
久永の雷獣が迎え撃つ。
電灯がいくつか焼け落ち薄暗くなったアーケードを照らす雷光の中、百が拳を握る。
「百鬼どもめ、このバンカーバスターでぶち抜いてやるぜ!」
小さな拳に似つかわしくない無骨な杭が美代の体を打ち、よろめかせる。
「あっはっはっはっは!! 楽しいですねぇ、実に愉快ですねぇ!! ほぉら声を上げましょうよ、苦痛と苦悩で板挟みになる、その声を!」
アーケードに響き渡る哄笑。
エヌの意志を受けた雷獣は夏樹の体を吹き飛ばし、ショッピングモールのドアに叩きつけた。
ガラスが砕ける音と破片を伴って、夏樹の体が床を滑る。
「夏樹、もう終わりだ」
起き上がろうとした夏樹の前に、心琴が立つ。
「……そう、らしいな」
満身創痍の夏樹は、起き上がるのを止めた。
●
「さて、随分と好き放題やってくれましたね」
がすっ! とエヌの足元から鈍い音がした。
「失礼。躓いてしまいました」
「……やると、思った……」
思い切り爪先を食らった夏樹が渇いた笑みを浮かべ、その反応にエヌが満面の笑みを返した。
「彼もこれ以上戦えないだろう。後は捕縛して、処遇はF.i.V.Eに任せよう」
「そうだな。ロープに使える物さがしてくるぜ」
秋人が言うと、百が心得たとばかりに捕縛に使える物を捜しに行く。
「まあ、それが妥当だな」
凜音も同意して自分も捕縛に使える物がないかと周囲を物色し始めた。
「強い奴は攫え、弱い奴は殺せと言うたか……逆に捕まってしもうたのう?」
特に揶揄うつもりもないが、久永に対して夏樹は苦笑するしかない。
「どうしてこんな真似をしたんだ?」
心琴は動かない夏樹を注意深く見ながら気になっていた事を口にする。
「命令だというのは分かっている。そんなに、逢魔ヶ時紫雨は怖いのか?」
「そうだな」
あっさりと言う夏樹。
こんな状況になってはもう仕方ないかと諦めているのか、随分口が軽い。
「なら……逢魔ヶ時紫雨僕らが倒してやるといったらお前はどうする? 夏樹」
これにはすぐに答えが返ってこなかった。
夏樹は横に倒れたままなのが辛いのか、わずかに身じろぎして痛む傷の一つに手を当てた。
「もし倒せるなら……そうだな……」
ちらりと動いた視線を何気なく追った先で、動く者がいた。
「まだ動けたのか!」
「指崎さん!」
咄嗟に外に向かおうとした心琴に、秋人が警告を発する。
「悪いな」
一番深い傷を癒した夏樹が起き上がり、先程動いた人影が合わせて走り出した。
人影が走った後にレースのついたリボンが千切れて落ちる。
「夏樹!」
「百鬼はまだいる。君らが戦い抜けるか分からない。悠長に捕まったまま制裁を待つわけにはいかないんだよ」
二人は放たれた寂夜の効果をくぐり抜け、アーケードの奥へ走り去った。
「逃げてしまいましたか。それにしても最後まで足掻いてくれますね」
まだまだ追い詰め足りなかったのでしょうかと嘯くエヌに対し、気を許しかけた心琴や捕縛しようとして叶わなかった百と凜音は複雑な表情だ。
「逃げたものは仕方あるまいが、こちらにはまだ二人残っておる」
「二人だけでも捕縛しておこう」
久永と秋人が示す広場には倒れたままの百鬼がまだ二人いた。
「百鬼はまだいると言っていた。まだ終わりじゃない」
その言葉通り、どこか遠くから新たな喧騒が聞こえて来る。
五麟市を焼く襲撃の炎は、まだ広がり続けているのだ。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
