十字架に『正義は何処?』と問いかける
●十年前の惨劇
――目の前でお母さんが弾け飛んだ。
十年前のことだ。覚者同士の抗争に巻き込まれ、私の母は上半身を吹き飛ばされた。当時五歳だった私は、ただその光景を眺めるしかできなかった。その惨劇は私の網膜に、そして脳に深く深く刻まれる。
覚者が憎い。覚者が憎い。母を奪った覚者が憎い。
私が反覚者組織のことを知り、そこに身を寄せるのに時間はかからなかった。長い長い訓練の末、私はその尖兵として十分に戦える知識と技術を得る。
そして私は母を奪った覚者の情報を得る。彼は殺人の罪を問われることなく逃亡したようだ。法的に彼を裁く手段はないという。証拠といえる凶器は覚者の忌まわしい能力で隠され、返り血すらその能力で消し去った。当時の警察やAAAに、組織だった覚者組織を追い詰めるだけの捜査能力はなかった。
だが私には確信できる。記憶の中にあるあの男。十年の時を得て、彼は家庭を築いていた。母と、そして娘。娘の年齢は、皮肉なことに五歳。あの時の私と同じ。
ああ、これは神が与えた祝福に違いない。
私達のような子供を生み出すなという啓示。そして、あの男に私達と同じ『家族を奪われる苦しみ』を与えるチャンス。
母と娘を拉致し、あの男を呼び出し捕らえ、そしてその目の前で母子を殺す。その苦しみを味わわせたのち、苦しめて殺す。
「――その魂、神の元に。神は罪を赦し、穢れた肉体を清め給う」
紺色のシスター服に身を包み、私達は神罰を行使する。
●FiVE
「みなさ~ん。おはようございます~」
集まった覚者を前に、間延びした口調で久方 真由美(nCL2000003)が出迎える。人数分の粗茶とお茶請け。それが置かれたテーブルに全員が座ったことを確認し、真由美は説明を開始した。
「憤怒者達が一般人を誘拐して、ある覚者を殺そうとします。その覚者と、そして一般人を助けてください」
真由美は十年前の新聞のコピーを覚者に見せる。覚者組織同士の抗争。それにより十数名の一般人が巻き込まれて死亡したというものだ。新聞の片隅にある小さな記事。当時の世情からすれば、それほど大きく取り上げられない事件。
「この事件により親を失った子供達が、事件を起こした覚者に復讐をします。覚者の母子をさらい、覚者の目の前で殺して絶望を与える方法です。その後、覚者をじわじわと殺すという流れです」
淡々と説明する真由美。その光景を夢で見ているのだが、気丈に平静を保っていた。ここで予知を伝えることが、彼女の戦い。膝を折るわけにはいかない。
「憤怒者は宗教服に身を包み、ホームセンターにある工具を改造したものを武器としています」
斧やスコップ、安全靴。高濃度の消毒剤や引火性ガススプレーによる火炎放射。警察に質問されても、工具と言い張ればどうにか誤魔化すことができるだろう装備品である。守護使役の無い憤怒者は、こういう工夫で武装を輸送しているのだ。
「憤怒者の数は十名。……皆、事件の被害者が生んだ孤児です」
それは、と覚者達は口を紡ぐ。重い空気が場を支配した。
復讐を認めるつもりはないが、かといってそれだけの不幸を生み出した男を守らなくてはいけないのは色々思うところがある。
確実に言えることは、憤怒者が行おうとしているのは殺人だ。それを看過するわけにはいかない。家族を殺されたからと言って、誰かの家族を殺していい理由にはならないのだ。
――そんなことは、きっと彼らも心のどこかで理解しているのに。
「急げば目標の覚者が来る前に戦闘に移行できます。憤怒者の目的はあくまで『覚者への復讐』の為、目的の覚者が来るまでは母子は殺しません。
早期決着が望ましいでしょう」
銃器で装備しているわけでは無いため戦闘力は高くなく、覚者としての術を使えば不意打ちも難しくないだろう状況。戦闘自体はそれほど難しくはないだろう。
だが、真に悩むべきはその後だろう。鎮圧した憤怒者をどう扱うか――
●祈る復讐者
ごめんなさい。覚者でない貴方達。覚者を殺す為に、貴方達を殺します。せめて痛くないように、一撃で。それだけは約束します。
これが非道な事と理解していても、それでもあの男を許すことはできません。力無きものは生きるに値しないと、笑いながら私の母を殺したあの男。思い出すだけで、私の視界はあの日のように赤く染まる。
きっと私の魂は地獄に落ちるでしょう。それともそんな私でも、神は赦していただけるのでしょうか? この復讐は正しい、と。
十字架を握り、私は言葉なく祈る。
――目の前でお母さんが弾け飛んだ。
十年前のことだ。覚者同士の抗争に巻き込まれ、私の母は上半身を吹き飛ばされた。当時五歳だった私は、ただその光景を眺めるしかできなかった。その惨劇は私の網膜に、そして脳に深く深く刻まれる。
覚者が憎い。覚者が憎い。母を奪った覚者が憎い。
私が反覚者組織のことを知り、そこに身を寄せるのに時間はかからなかった。長い長い訓練の末、私はその尖兵として十分に戦える知識と技術を得る。
そして私は母を奪った覚者の情報を得る。彼は殺人の罪を問われることなく逃亡したようだ。法的に彼を裁く手段はないという。証拠といえる凶器は覚者の忌まわしい能力で隠され、返り血すらその能力で消し去った。当時の警察やAAAに、組織だった覚者組織を追い詰めるだけの捜査能力はなかった。
だが私には確信できる。記憶の中にあるあの男。十年の時を得て、彼は家庭を築いていた。母と、そして娘。娘の年齢は、皮肉なことに五歳。あの時の私と同じ。
ああ、これは神が与えた祝福に違いない。
私達のような子供を生み出すなという啓示。そして、あの男に私達と同じ『家族を奪われる苦しみ』を与えるチャンス。
母と娘を拉致し、あの男を呼び出し捕らえ、そしてその目の前で母子を殺す。その苦しみを味わわせたのち、苦しめて殺す。
「――その魂、神の元に。神は罪を赦し、穢れた肉体を清め給う」
紺色のシスター服に身を包み、私達は神罰を行使する。
●FiVE
「みなさ~ん。おはようございます~」
集まった覚者を前に、間延びした口調で久方 真由美(nCL2000003)が出迎える。人数分の粗茶とお茶請け。それが置かれたテーブルに全員が座ったことを確認し、真由美は説明を開始した。
「憤怒者達が一般人を誘拐して、ある覚者を殺そうとします。その覚者と、そして一般人を助けてください」
真由美は十年前の新聞のコピーを覚者に見せる。覚者組織同士の抗争。それにより十数名の一般人が巻き込まれて死亡したというものだ。新聞の片隅にある小さな記事。当時の世情からすれば、それほど大きく取り上げられない事件。
「この事件により親を失った子供達が、事件を起こした覚者に復讐をします。覚者の母子をさらい、覚者の目の前で殺して絶望を与える方法です。その後、覚者をじわじわと殺すという流れです」
淡々と説明する真由美。その光景を夢で見ているのだが、気丈に平静を保っていた。ここで予知を伝えることが、彼女の戦い。膝を折るわけにはいかない。
「憤怒者は宗教服に身を包み、ホームセンターにある工具を改造したものを武器としています」
斧やスコップ、安全靴。高濃度の消毒剤や引火性ガススプレーによる火炎放射。警察に質問されても、工具と言い張ればどうにか誤魔化すことができるだろう装備品である。守護使役の無い憤怒者は、こういう工夫で武装を輸送しているのだ。
「憤怒者の数は十名。……皆、事件の被害者が生んだ孤児です」
それは、と覚者達は口を紡ぐ。重い空気が場を支配した。
復讐を認めるつもりはないが、かといってそれだけの不幸を生み出した男を守らなくてはいけないのは色々思うところがある。
確実に言えることは、憤怒者が行おうとしているのは殺人だ。それを看過するわけにはいかない。家族を殺されたからと言って、誰かの家族を殺していい理由にはならないのだ。
――そんなことは、きっと彼らも心のどこかで理解しているのに。
「急げば目標の覚者が来る前に戦闘に移行できます。憤怒者の目的はあくまで『覚者への復讐』の為、目的の覚者が来るまでは母子は殺しません。
早期決着が望ましいでしょう」
銃器で装備しているわけでは無いため戦闘力は高くなく、覚者としての術を使えば不意打ちも難しくないだろう状況。戦闘自体はそれほど難しくはないだろう。
だが、真に悩むべきはその後だろう。鎮圧した憤怒者をどう扱うか――
●祈る復讐者
ごめんなさい。覚者でない貴方達。覚者を殺す為に、貴方達を殺します。せめて痛くないように、一撃で。それだけは約束します。
これが非道な事と理解していても、それでもあの男を許すことはできません。力無きものは生きるに値しないと、笑いながら私の母を殺したあの男。思い出すだけで、私の視界はあの日のように赤く染まる。
きっと私の魂は地獄に落ちるでしょう。それともそんな私でも、神は赦していただけるのでしょうか? この復讐は正しい、と。
十字架を握り、私は言葉なく祈る。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.憤怒者十名の戦闘不能
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
正義や法では救えない何かの物語です。
●敵情報
・憤怒者(×10)
神父服&修道女服に身を包んだ十四から十七歳の男女です。男六人女性四人。
薬物を服用しているのかそういう洗脳を受けているのかは不明ですが、魔眼などの精神操作系技能に一定の耐性があります。彼らから大元の組織につながる情報は、得ることができないと思ってください。
個としての戦闘力は覚者に劣ります。覚者を前に逃げるという選択肢はありません。
拙作『その罪を、神は赦して清めよう』に出ている者と同グループの存在ですが、それ以上の関連性はありません。倒すべき相手、の認識で問題ありません。
リーダー(×1)
修道女。OPの『私』です。大量の斧を腰につけています。
攻撃方法
斧一閃 物近単 消火斧を振りかぶってきます。〔致命〕
斧投擲 物遠単 投擲用の斧を投げつけてきます。〔出血〕
復讐の炎 P HPが0になったときに発動。行動順などを無視し、一度だけ行動します。その後、戦闘不能になります。
神父服(×6)
安全靴 物近単 ブーツ型の安全靴で蹴ってきます。
ガス液 特遠貫2 高濃度の消毒液をつめた水鉄砲を撃ちます。刺激臭と肌を焼く痛みで戦意を奪います。〔弱体〕
復讐の炎 P HPが0になったときに発動。行動順などを無視し、一度だけ行動します。その後、戦闘不能になります。
修道服(×3)
攻撃方法
スコップ 物近単 スコップで突いてきます。
火炎放射 特近列 ライターとスプレー缶で炎を浴びせてきます。〔火傷〕
復讐の炎 P HPが0になったときに発動。行動順などを無視し、一度だけ行動します。その後、戦闘不能になります。
●NPC
・覚者
名前は田川・礼一。十年前にとある隔者組織に所属し、戦闘員として活躍してきました。その際、多くの一般人を殺した経緯があります。証拠は自ら隠蔽し、法的に彼を追い詰めることは不可能です。
その組織も今はなく、逃げるように地方に。そこで出会った女性と結婚し、家庭を築きました。家族への愛はそれなりにあります。
性格は十年前と変わらず、無抵抗な『殺していい相手』がいればその残虐性が出るでしょう。例えば戦闘不能の憤怒者などは格好の相手です。逆に言えば、その程度の実力しかありません。
戦闘終了後、姿を現します。
・母子
前述『覚者』の妻と子供。共に一般人。手錠などで拘束されており、動くことはできません。
その目的上、憤怒者は彼らを人質に取ることも攻撃目標にするとともありません。
●場所情報
町から離れた倉庫内。明かりや広さは戦闘をするのに支障なし。人が来る可能性は皆無。便宜上、広さは横10×縦30メートルとします。
身を隠せる障害物なども多く、適切なプレイングや技能次第では不意打ちも可能です。
戦闘開始時、敵前衛に『神父服(×6)』が。敵後衛に『修道服(×3)』『リーダー』がいます。母子は敵後衛に居ます。
覚者の初期配置は、プレイングに準拠します。プレイング次第では、敵後衛にも配置可能です。
事前付与などは一度だけ可能です。
皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年02月27日
2016年02月27日
■メイン参加者 8人■

●
力こそ正義である。
それ故に、源素と言う力を持たない憤怒者達は武装する。
「大切なものを奪われる苦しみ、哀しみ、絶望、怒り。えぇ、どれもよくわかるわ」
憤怒者の行動を首肯する春野 桜(CL2000257)。彼女は過去、大事な人を隔者に殺されている。だから彼らの気持ちはよく理解できるし、本懐を果たそうとする憤怒者を祝福してもいい。だが、関係ない人間を巻き込んでいい理由はない。
「ちょうどあれくらいの時にあたしは発現したんだっけか……」
資料の内容を頭の中で反芻しながら、『戦場を舞う猫』鳴海 蕾花(CL2001006)は過去の自分を思う。憤怒者に捕らわれ、復讐の為に殺されようとしている幼子。それと自分を重ねていた。その父親は許せないが、それでも親なのだ。
「どうしてもこの田川を許せそうにありません……すみません、忘れてください」
言って口を結ぶのは『カワイコちゃん』飛騨・沙織(CL2001262)だ。沙織は隔者に家族を奪われ、憤怒者として活動していたことがある。それゆえ今回の憤怒者よりも、それを生み出した田川という男に怒りを感じてしまう。首を振って、冷静さを取り戻す。
「逃げないわ、例えこの結末に救いがなくとも」
全てを救う事などできない。それを理解しながら『凛の雫花』宇賀神・慈雨(CL2000259)は歩を進める。慈雨は憤怒者に家族や友人を殺された。憤怒者が憎い気持ちは確かにある。だけどそれをしてしまえば……心に澱んだ何かを、ため息とともに吐き出した。
「神は、都合の良い言い訳ではないですね」
分厚い本を手に『猪突妄信』キリエ・E・トロープス(CL2000372)は静かに告げる。それはまるで静謐に祈るように厳かに。神に祈ろうとも彼らがやろうとしていることは、殺人だ。神に依って行っていいことではない。
「祈りですべてが赦されるならば、憎しみ自体も生れはしないだろう」
ため息と共に『落涙朱華』志賀 行成(CL2000352)は呟く。何か重いものを吐き出すように。戦い自体は楽観はできないが苦労もしないだろう。だが、真に難しいのはその後だ。なにをどうしても報われない者が生まれる。
「全部殺せば憎しみも恨みも何もかも無くなると思いますがねぇ。憤怒者も覚者も母も子も平等に」
『名も無きエキストラ』エヌ・ノウ・ネイム(CL2000446)は冗談ですよ、と笑みを浮かべる。芝居かかったセリフと笑みは、演技かはたまた本音か。半分言われた銀の仮面で隠した顔からは、その判断はできなかった。
「…………」
それらすべての会話を聞くつもりも答えるつもりはないと『鴟梟』谷崎・結唯(CL2000305)は無言で進む。やるべきことは憤怒者の制圧。重要なのはそれだけだ、とばかりに冷静な心で状況を確認する。物陰に隠れ、憤怒者の姿を確認した。
倉庫の中には修道服や神父服に身を包んだ憤怒者達。そして拘束された母と子。
「あ、僕は壁を透過して背後から攻めますので」
「わたし、かくれながら、いくです」
エヌは倉庫の壁をすり抜け、キリエは彩因子の能力を駆使して物陰に隠れて移動する。他の覚者は能動的に不意を突く気はないらしく、そこに留まる。
(3……2……1……行くぞ!)
八人の覚者は時間を合わせ、同時に踏み込んだ。
●
力こそ正義である。
だから力無い親子は捕らわれ、そして殺されようとしている。
「あたしだって憤怒者に家族を失った」
真っ先に動いたのは蕾花だった。体をかがめ、倒れるように体重を前に掛けながら疾駆する。それはしなやかに歩む猫のように。両手に苦無を握りしめ、修道服を着た女性にその切っ先を向ける。慌てて応対する憤怒者だが、遅い。
蕾花は体内で源素の炎を燃やし、熱で加速するように体を動かす。右手の苦無を振るうと同時に足を動かして、重心を移動させる。足の動きが流れるように上に伝わり、その力を殺すことなく左の苦無を振るう。刹那の攻防で二度血しぶきが飛んだ。
「殺したいほど憎いけど上から『殺すな』って言われてんだ。こんな時代におかしいと思わない?」
「ああ、おかしいね。お前たち覚者は時代なんて関係なく殺すんだろうが!」
「そうね。時代なんて関係ないわ」
優しくほほ笑みながら桜が歩を進める。包丁と斧。それを両手に一つずつ握り、憤怒者の意見に同意する。人が死ぬのに時代など関係ない。人を殺すクズは何処にでもいるのだと無言で告げていた。笑みを浮かべ、深い黒の瞳で。
木の源素を活性化させ、毒性の植物の力を得る。足りない。クズを殺すにはまだ足りない。もっともっと強い毒を。桜の思いと共に毒は凝縮され、毒の雫が手にした包丁に注がれる。それを何の躊躇もなく憤怒者達に振るい、毒をばらまいた。
「ねえ辛いの苦しいの殺したいのあなたたちならわかるわよね死ねあはは」
「ころすころすころす! 覚者は殺す!」
「…………」
無言で敵に接近する結唯。憤怒者の復讐に関して、是非を問う気はない。やるなら勝手にやればいい。だが武器を持って人を殺そうとする以上は、死ぬ覚悟もあるべきだ。武器にあるのは、ただの『殺す手段』なのだから。
『双舞刀・絶影』の柄を握り、敵陣に向かって迫る結唯。敵と交差する瞬間に鯉口を切り、抜刀する。その動き、影すら見えぬほど。無駄のない動きで抜刀し、憤怒者を切り、そして納刀する。サングラスの奥から冷たく敵を見下ろしていた。
「……覚者が憎い、か。くだらん」
「いやいや、素晴らしいですよ。いい『声』です」
憤怒者の背後から現れるエヌ。倉庫の荷物の間を透過して背後に回り、タイミングを見計らって、注意が完全にそれたのを確認して現れたのだ。人の悲鳴や怒声、そして怨嗟。そういった『声』を聴くのがエヌの楽しみ。その為に、今は彼らを制圧しよう。
精巧な手甲の用意鳴った左腕で口元を押さえながら、エヌは神具を振るう。天の源素が体内で渦巻き、振るわれた神具の軌跡を追うように霧が発生する。司会を奪い、眠気を誘う雲。それが憤怒者を包みこむ。
「僕は僕なりの仕事をさせて頂きましょうとも。皆様の悲鳴や声がきければ、それに越したことはありません」
「……そうだな。与えられた任務はこなさなくては」
重く口を開く行成。与えられた任務は憤怒者の無力化。それだけは確実にこなさなくてはいけない。だが難しいところは戦闘が終わってから。だが気を抜けば憤怒者の攻撃に手傷を負いかねない。
薙刀を手にして、神父服の前に立つ。相手もそれなりに手慣れが動きをするが、行成からすれば隙が多かった。前世の記憶を追うように薙刀を振るい、そして払う。その様はまさに竜巻。回転する薙刀の舞が、打撃斬撃となって憤怒者を吹き飛ばす。
「どんな組織かは分からぬが、被害者に付け込んでいるだけじゃないか……」
「その犠牲者を生み出しているのは誰だ! お前たち覚者じゃないか!」
「そうね。でも貴方達も今犠牲者を生もうとしている」
憤怒者の怒りの声を受け止め、そして言葉を返す慈雨。理不尽に覚者を、そして仲間を責め立てられて怒りを感じないわけでは無い。だが、この言葉は受け止めなくてはいけない。彼らを止めるために。
感情を制御する。荒れ狂う波ではなく、凪ぐ湖面のように静かに。穏やかな心のままに慈雨は水の力を振るう。優しい霧が覚者の傷口に触れるや否や、痛みと熱が霧に吸われるように消えていく。慈愛の心をもって仲間を癒す。それが自分の役目。
「私が立ち塞がる理由は二つだけ。罪なき母子を守るため。貴方達を止めるため」
「……私達に泣き寝入りしろと。お母さんを殺されて、我慢して堪えろと!」
「してしまった罪、ゆるします。ですが、これから犯す罪、それはゆるされません」
初めからそこに居たように、キリエが現れる。倉庫の箱に隠れ、視線が向きそうになれば彩因子の力を使い風景に溶け込み。そうして相手の背後を突いた。彼らの動きを止めたのは、不意を突かれたからかそれともキリエの言葉に心を揺さぶられたからか。
祈るように両手を合わせ、あごを引く。同時に爆ぜる炎の柱。炎は倉庫の天井まで届き、そして憤怒者を焼いていく。これは憤怒者達の罪を焼く贖罪の炎ではない。その悪心を焼き、神に捧げる燔祭の炎。その為にキリエは祈る。
「わたくしの神の名、みだりに言の葉にできぬその名において。あなた達を止めましょう、その行いを阻みましょう」
「くそ……覚者め……!」
呻きをあげる憤怒者。
戦いは覚者が圧倒していた。不意を突き、そしてその勢いを崩すことなく憤怒者を攻め続ける。反撃の隙を与えない攻めに、憤怒者は一人また一人と倒れていき――
「やああああああ!」
倒れる寸前に手近の覚者に襲い掛かる憤怒者。復讐の炎に取り憑かれた彼らは、肉体が限界を迎えてもその炎で無理やりに一撃を加えてくる。
だがそれを加味しても、憤怒者が押されているのは間違いなかった。そこに、
「クズは死んで死んでよ殺す死ね」
「おっと。手が滑ったか」
倒れ伏した憤怒者。そこに向けて桜と結唯の一撃が放たれる。避けることすらできずに、そのまま絶命する憤怒者。
「な……!」
憤怒者を戦闘不能で留めようとしていた覚者達は、仲間のその行為に驚く。その動きには明確な殺意があった。桜は薄く笑いながら、結唯は冷静な表情を崩すことなく命を奪う。
「あはははは……え?」
「……っ」
驚きの声をあげる桜と結唯。斧やスコップが振り上げられ、二人に集中して振り下ろされたのだ。家族を覚者に奪われた彼らにとって、仲間の命を奪った覚者の姿はそのトラウマを想起させた。爆発した感情の矛先は、二人に集中する。命数を削って起き上がっても、なお殺そうと。
「わああああああああああ!」
それでもなお狂ったように武装を振るう憤怒者。立て続けに振るわれる暴力に、桜と結唯は意識を失う。それでもなお、二人に対する憤怒者の攻撃は止まらなかった。このままでは仲間が殺されると、覚者達は必死に押さえようとする。神具を振るい、戦闘力を奪うために。
「お前たちが……お前たちがいるから!」
口角から血を流しながら、リーダーの修道女が斧を振るう。最後に残った憤怒者の一人。その前に行成が立ちふさがる。
「不幸とは思う。だが、止めさせてもらおう」
跳んでくる斧を剥ぎ鉈で弾き、行成が踏み込む。斧を弾いた薙刀を翻し。そのまま振り下ろす。まるで燕が舞うように軽やかに。そして稲妻のように鋭く。
「すまんな」
振り下ろされた薙刀の一撃。それが戦いの終わりを告げた。
●
力こそ正義である。
その証拠に、田川は多くの命を奪ってもなお平和を享受している。
「すみませんが、あなたたちは、こちらで」
「これ以上手を出されては困るのでな」
キリエと行成が、倒れている憤怒者から傷ついた桜と結唯を遠ざける。これ以上憤怒者を殺させるわけにはいかない、という判断からだ。
「彼らは無関係ない人間を巻き込んだクズだから殺さないとこれ以上悲劇が起こらぬよう殺しましょうクズに慈悲などいらぬ殺す皆殺しにしてしまいましょう」
どうすれば効率よく数多く憤怒者を殺せるか。遠ざけられながら、桜はそれを考えながら笑っていた。
「安心しろ。仕事は終わってるから手は出さん」
結唯はそれを押しのけ、憤怒者達に声をかける。
「我々もお前達も変わらんよ。力を持てばそれを振りかざしたがる。それが異能だろうが武器だろうが関係ない」
「ああ、そうだな。お前たちがしたように、俺達も力を振るう。それの何が悪い!」
「別に。お前達が死んだのは因果応報だ。力を持ち、それを振るったからだ」
「だったらお前達も同じだ! いつかその報いを受けるがいい!」
加熱する憤怒者。冷たく受け流す結唯。同じ結論を論じながら、意見は永遠に交わらない。
「幸子! 友恵!」
そんな中、息を切らせて田川が倉庫に入ってくる。だが、既に事態が終了していることを悟ったようだ。そして母子を誘拐した憤怒者を見つけ、そちらに近づいていく。神具を取り出し、それを突き立てようとする。
「力のない雑魚共が。覚者様に逆らおうなんて百年早いんだよ――って何だよあんたら。覚者の味方じゃないのか?」
「全部あんたが撒いた種じゃない。それなのに詫びもないわけ?」
「な、何の話だ……」
「あなた、昔たくさん殺しました。この人たち、あなたが殺した人の、こどもです」
田川の間に割って入る蕾花。動揺する彼に、キリエが告げた。たどたどしい説明だが、それだけで田川には伝わったようだ。過去の罪を突きつけられ、彼は――
「はっ。ならなおのこと殺さないとな! 俺にはこいつらを殺す理由があるんだ!」
むしろ火が付いたように喋りだす。土の槍を放とうとする田川の足元に、慈雨が水の弾丸を放った。静かに、だけど鋭く言葉を放つ。
「貴方は何の憂いもなく生きるには殺し過ぎたわ」
「なんだよ……力のない雑魚をどれだけ殺そうが構わないだろう」
「駄目だ。誰も死なせない。生きていなければ、罪は償えない」
眼鏡の奥から鋭く睨む行成。それが自分の我儘だとわかっている。だがそれでも、命を奪うことは間違っている。そう信じて。
「…………」
無言で田川の前に立ちはだかる沙織。小太刀を構え、凶行は許さぬと自らの意思を示す。
蕾花、キリエ、慈雨、行成、沙織の五人の覚者に威圧され、渋々神具をしまう田川。目の前に居るのは歴戦の覚者。たとえ一人相手でも田川に勝てる見込みはないのだ。
「……私達をどうするつもりなのですか?」
「捕縛してあたしたちの組織に連行する。……法の裁きに意味なんてないと思うけど」
不満げな口調で蕾花は憤怒者達に応える。法に何の意味がある、と言外に告げて。彼らは法で救えない。この介入に意味はない。全ての人間が救われるなんて奇跡は起きやしない。
「罪は生きて償ってもらう。……あの世で再会したとしても、今の君達を見ておそらく親は泣き叫ぶだろう」
行成は何かを押さえるように告げる。恋人を妖に殺された行成は、恋人に恥じぬように生きていこうと誓った。胸を張って会えるように。彼らにもそういう人がいたのなら、そうあってほしいと思ってしまう。
「……私の我儘でしかないがな」
「私は貴方達のような人たちに家族を、友達を殺されたわ。殺しても飽き足りない、同じ苦痛を何度受けさせても足りない。でも私はそれをしないでしょう。
復讐をしてしまえば、後を追いたくなるから」
憂いを含んだ表情で慈雨は告げる。青と赤の瞳で憤怒者を見る。その中にどれだけの感情が渦巻いているのか余人には理解できない。
「そうしたら、誰が弔うの。天国があるかも、死の後があるかも分からないのに」
「わたくしはあなた達を『殺さない』。わたくしの神は、それをみとめない」
キリエは告げる。自分の言葉を、神の意志を。人は罪を犯す。決して罪は消えないけど、それでもそれを赦されることもある。死ぬことが贖罪ではない。殺すことが浄化ではない。
「分かり合えぬこと、あるのを、わたくしは知っています。だから」
だから、の後は告げられなかった。答えはキリエの心の中に。
そんな様子をエヌは静かにほほ笑みながら見ていた。
決してそこに関わらろうとせず、しかし彼らの『声』を一言一句逃さぬように。
その中には様々な感情があった。覚者に対する怒り。憤怒者に対する怒り。それを前面に出す者。控える者。命は大事と主張する者。田川を許せず、しかし手を出さぬ者。
それら全てがエヌにとって最大の報酬だった。舞台の上で踊った役者たちに心の中で拍手を送る。
●
力こそ正義である。
――本当に?
後日談として、幾つか。
まず誘拐された田川の母子だが、一連の騒動で田川の過去を知る。その後関係が変化したようだが、詳細は不明である。
田川本人は過去の事件を一切認めようとはしなかった。証拠もないため、法的な追及は不可能である。だが状況がすべてを語っていることもあり、また自分の居場所を特定されたという恐怖も手伝い、怯える生活を送ることとなった。
生存した憤怒者達六名は洗脳を解くための療養施設に護送される。時間はかかるが、いずれ心の傷も癒えるかもしれない。復讐を忘れ、親の敵を討たず、平和に暮らす。それが幸せかどうかは、誰にも決めつけることはできない。
そして件の憤怒者集団に関しては、僅かだが分かったことがある。憤怒者組織最大のイレブン内の武闘派であることと、彼らがFiVEの存在を意識していること。いずれまた交わるのだろうか。
覚者とそうでない者の差。犠牲になる弱者。能力犯罪と司法の遅れ。そして復讐の連鎖。
この事件は、覚者が発生した社会の縮図と言えよう。
力に対して力で抗しようとする限り、永遠に回る殺戮の歯車。その歯車は片方が死に絶えるまで、ぐるぐると回り続けるだろう。だが復讐の連鎖はむなしいと手を止めれば、無抵抗と見なされてさらに暴力を振るわれる。
力こそ正義であるならば、この連鎖は当然の帰結。力在る者が全てを制し、力無き者を支配する。それが正しい世界の在り方。力を振るい殺し続けて、弱者の血の上に立つ城こそが勝者の住処。
『あなた』はそれを善しとするのだろうか?
正義は何処に? 十字架(かみ)は何も答えない。
答えは各々の心の中に――
力こそ正義である。
それ故に、源素と言う力を持たない憤怒者達は武装する。
「大切なものを奪われる苦しみ、哀しみ、絶望、怒り。えぇ、どれもよくわかるわ」
憤怒者の行動を首肯する春野 桜(CL2000257)。彼女は過去、大事な人を隔者に殺されている。だから彼らの気持ちはよく理解できるし、本懐を果たそうとする憤怒者を祝福してもいい。だが、関係ない人間を巻き込んでいい理由はない。
「ちょうどあれくらいの時にあたしは発現したんだっけか……」
資料の内容を頭の中で反芻しながら、『戦場を舞う猫』鳴海 蕾花(CL2001006)は過去の自分を思う。憤怒者に捕らわれ、復讐の為に殺されようとしている幼子。それと自分を重ねていた。その父親は許せないが、それでも親なのだ。
「どうしてもこの田川を許せそうにありません……すみません、忘れてください」
言って口を結ぶのは『カワイコちゃん』飛騨・沙織(CL2001262)だ。沙織は隔者に家族を奪われ、憤怒者として活動していたことがある。それゆえ今回の憤怒者よりも、それを生み出した田川という男に怒りを感じてしまう。首を振って、冷静さを取り戻す。
「逃げないわ、例えこの結末に救いがなくとも」
全てを救う事などできない。それを理解しながら『凛の雫花』宇賀神・慈雨(CL2000259)は歩を進める。慈雨は憤怒者に家族や友人を殺された。憤怒者が憎い気持ちは確かにある。だけどそれをしてしまえば……心に澱んだ何かを、ため息とともに吐き出した。
「神は、都合の良い言い訳ではないですね」
分厚い本を手に『猪突妄信』キリエ・E・トロープス(CL2000372)は静かに告げる。それはまるで静謐に祈るように厳かに。神に祈ろうとも彼らがやろうとしていることは、殺人だ。神に依って行っていいことではない。
「祈りですべてが赦されるならば、憎しみ自体も生れはしないだろう」
ため息と共に『落涙朱華』志賀 行成(CL2000352)は呟く。何か重いものを吐き出すように。戦い自体は楽観はできないが苦労もしないだろう。だが、真に難しいのはその後だ。なにをどうしても報われない者が生まれる。
「全部殺せば憎しみも恨みも何もかも無くなると思いますがねぇ。憤怒者も覚者も母も子も平等に」
『名も無きエキストラ』エヌ・ノウ・ネイム(CL2000446)は冗談ですよ、と笑みを浮かべる。芝居かかったセリフと笑みは、演技かはたまた本音か。半分言われた銀の仮面で隠した顔からは、その判断はできなかった。
「…………」
それらすべての会話を聞くつもりも答えるつもりはないと『鴟梟』谷崎・結唯(CL2000305)は無言で進む。やるべきことは憤怒者の制圧。重要なのはそれだけだ、とばかりに冷静な心で状況を確認する。物陰に隠れ、憤怒者の姿を確認した。
倉庫の中には修道服や神父服に身を包んだ憤怒者達。そして拘束された母と子。
「あ、僕は壁を透過して背後から攻めますので」
「わたし、かくれながら、いくです」
エヌは倉庫の壁をすり抜け、キリエは彩因子の能力を駆使して物陰に隠れて移動する。他の覚者は能動的に不意を突く気はないらしく、そこに留まる。
(3……2……1……行くぞ!)
八人の覚者は時間を合わせ、同時に踏み込んだ。
●
力こそ正義である。
だから力無い親子は捕らわれ、そして殺されようとしている。
「あたしだって憤怒者に家族を失った」
真っ先に動いたのは蕾花だった。体をかがめ、倒れるように体重を前に掛けながら疾駆する。それはしなやかに歩む猫のように。両手に苦無を握りしめ、修道服を着た女性にその切っ先を向ける。慌てて応対する憤怒者だが、遅い。
蕾花は体内で源素の炎を燃やし、熱で加速するように体を動かす。右手の苦無を振るうと同時に足を動かして、重心を移動させる。足の動きが流れるように上に伝わり、その力を殺すことなく左の苦無を振るう。刹那の攻防で二度血しぶきが飛んだ。
「殺したいほど憎いけど上から『殺すな』って言われてんだ。こんな時代におかしいと思わない?」
「ああ、おかしいね。お前たち覚者は時代なんて関係なく殺すんだろうが!」
「そうね。時代なんて関係ないわ」
優しくほほ笑みながら桜が歩を進める。包丁と斧。それを両手に一つずつ握り、憤怒者の意見に同意する。人が死ぬのに時代など関係ない。人を殺すクズは何処にでもいるのだと無言で告げていた。笑みを浮かべ、深い黒の瞳で。
木の源素を活性化させ、毒性の植物の力を得る。足りない。クズを殺すにはまだ足りない。もっともっと強い毒を。桜の思いと共に毒は凝縮され、毒の雫が手にした包丁に注がれる。それを何の躊躇もなく憤怒者達に振るい、毒をばらまいた。
「ねえ辛いの苦しいの殺したいのあなたたちならわかるわよね死ねあはは」
「ころすころすころす! 覚者は殺す!」
「…………」
無言で敵に接近する結唯。憤怒者の復讐に関して、是非を問う気はない。やるなら勝手にやればいい。だが武器を持って人を殺そうとする以上は、死ぬ覚悟もあるべきだ。武器にあるのは、ただの『殺す手段』なのだから。
『双舞刀・絶影』の柄を握り、敵陣に向かって迫る結唯。敵と交差する瞬間に鯉口を切り、抜刀する。その動き、影すら見えぬほど。無駄のない動きで抜刀し、憤怒者を切り、そして納刀する。サングラスの奥から冷たく敵を見下ろしていた。
「……覚者が憎い、か。くだらん」
「いやいや、素晴らしいですよ。いい『声』です」
憤怒者の背後から現れるエヌ。倉庫の荷物の間を透過して背後に回り、タイミングを見計らって、注意が完全にそれたのを確認して現れたのだ。人の悲鳴や怒声、そして怨嗟。そういった『声』を聴くのがエヌの楽しみ。その為に、今は彼らを制圧しよう。
精巧な手甲の用意鳴った左腕で口元を押さえながら、エヌは神具を振るう。天の源素が体内で渦巻き、振るわれた神具の軌跡を追うように霧が発生する。司会を奪い、眠気を誘う雲。それが憤怒者を包みこむ。
「僕は僕なりの仕事をさせて頂きましょうとも。皆様の悲鳴や声がきければ、それに越したことはありません」
「……そうだな。与えられた任務はこなさなくては」
重く口を開く行成。与えられた任務は憤怒者の無力化。それだけは確実にこなさなくてはいけない。だが難しいところは戦闘が終わってから。だが気を抜けば憤怒者の攻撃に手傷を負いかねない。
薙刀を手にして、神父服の前に立つ。相手もそれなりに手慣れが動きをするが、行成からすれば隙が多かった。前世の記憶を追うように薙刀を振るい、そして払う。その様はまさに竜巻。回転する薙刀の舞が、打撃斬撃となって憤怒者を吹き飛ばす。
「どんな組織かは分からぬが、被害者に付け込んでいるだけじゃないか……」
「その犠牲者を生み出しているのは誰だ! お前たち覚者じゃないか!」
「そうね。でも貴方達も今犠牲者を生もうとしている」
憤怒者の怒りの声を受け止め、そして言葉を返す慈雨。理不尽に覚者を、そして仲間を責め立てられて怒りを感じないわけでは無い。だが、この言葉は受け止めなくてはいけない。彼らを止めるために。
感情を制御する。荒れ狂う波ではなく、凪ぐ湖面のように静かに。穏やかな心のままに慈雨は水の力を振るう。優しい霧が覚者の傷口に触れるや否や、痛みと熱が霧に吸われるように消えていく。慈愛の心をもって仲間を癒す。それが自分の役目。
「私が立ち塞がる理由は二つだけ。罪なき母子を守るため。貴方達を止めるため」
「……私達に泣き寝入りしろと。お母さんを殺されて、我慢して堪えろと!」
「してしまった罪、ゆるします。ですが、これから犯す罪、それはゆるされません」
初めからそこに居たように、キリエが現れる。倉庫の箱に隠れ、視線が向きそうになれば彩因子の力を使い風景に溶け込み。そうして相手の背後を突いた。彼らの動きを止めたのは、不意を突かれたからかそれともキリエの言葉に心を揺さぶられたからか。
祈るように両手を合わせ、あごを引く。同時に爆ぜる炎の柱。炎は倉庫の天井まで届き、そして憤怒者を焼いていく。これは憤怒者達の罪を焼く贖罪の炎ではない。その悪心を焼き、神に捧げる燔祭の炎。その為にキリエは祈る。
「わたくしの神の名、みだりに言の葉にできぬその名において。あなた達を止めましょう、その行いを阻みましょう」
「くそ……覚者め……!」
呻きをあげる憤怒者。
戦いは覚者が圧倒していた。不意を突き、そしてその勢いを崩すことなく憤怒者を攻め続ける。反撃の隙を与えない攻めに、憤怒者は一人また一人と倒れていき――
「やああああああ!」
倒れる寸前に手近の覚者に襲い掛かる憤怒者。復讐の炎に取り憑かれた彼らは、肉体が限界を迎えてもその炎で無理やりに一撃を加えてくる。
だがそれを加味しても、憤怒者が押されているのは間違いなかった。そこに、
「クズは死んで死んでよ殺す死ね」
「おっと。手が滑ったか」
倒れ伏した憤怒者。そこに向けて桜と結唯の一撃が放たれる。避けることすらできずに、そのまま絶命する憤怒者。
「な……!」
憤怒者を戦闘不能で留めようとしていた覚者達は、仲間のその行為に驚く。その動きには明確な殺意があった。桜は薄く笑いながら、結唯は冷静な表情を崩すことなく命を奪う。
「あはははは……え?」
「……っ」
驚きの声をあげる桜と結唯。斧やスコップが振り上げられ、二人に集中して振り下ろされたのだ。家族を覚者に奪われた彼らにとって、仲間の命を奪った覚者の姿はそのトラウマを想起させた。爆発した感情の矛先は、二人に集中する。命数を削って起き上がっても、なお殺そうと。
「わああああああああああ!」
それでもなお狂ったように武装を振るう憤怒者。立て続けに振るわれる暴力に、桜と結唯は意識を失う。それでもなお、二人に対する憤怒者の攻撃は止まらなかった。このままでは仲間が殺されると、覚者達は必死に押さえようとする。神具を振るい、戦闘力を奪うために。
「お前たちが……お前たちがいるから!」
口角から血を流しながら、リーダーの修道女が斧を振るう。最後に残った憤怒者の一人。その前に行成が立ちふさがる。
「不幸とは思う。だが、止めさせてもらおう」
跳んでくる斧を剥ぎ鉈で弾き、行成が踏み込む。斧を弾いた薙刀を翻し。そのまま振り下ろす。まるで燕が舞うように軽やかに。そして稲妻のように鋭く。
「すまんな」
振り下ろされた薙刀の一撃。それが戦いの終わりを告げた。
●
力こそ正義である。
その証拠に、田川は多くの命を奪ってもなお平和を享受している。
「すみませんが、あなたたちは、こちらで」
「これ以上手を出されては困るのでな」
キリエと行成が、倒れている憤怒者から傷ついた桜と結唯を遠ざける。これ以上憤怒者を殺させるわけにはいかない、という判断からだ。
「彼らは無関係ない人間を巻き込んだクズだから殺さないとこれ以上悲劇が起こらぬよう殺しましょうクズに慈悲などいらぬ殺す皆殺しにしてしまいましょう」
どうすれば効率よく数多く憤怒者を殺せるか。遠ざけられながら、桜はそれを考えながら笑っていた。
「安心しろ。仕事は終わってるから手は出さん」
結唯はそれを押しのけ、憤怒者達に声をかける。
「我々もお前達も変わらんよ。力を持てばそれを振りかざしたがる。それが異能だろうが武器だろうが関係ない」
「ああ、そうだな。お前たちがしたように、俺達も力を振るう。それの何が悪い!」
「別に。お前達が死んだのは因果応報だ。力を持ち、それを振るったからだ」
「だったらお前達も同じだ! いつかその報いを受けるがいい!」
加熱する憤怒者。冷たく受け流す結唯。同じ結論を論じながら、意見は永遠に交わらない。
「幸子! 友恵!」
そんな中、息を切らせて田川が倉庫に入ってくる。だが、既に事態が終了していることを悟ったようだ。そして母子を誘拐した憤怒者を見つけ、そちらに近づいていく。神具を取り出し、それを突き立てようとする。
「力のない雑魚共が。覚者様に逆らおうなんて百年早いんだよ――って何だよあんたら。覚者の味方じゃないのか?」
「全部あんたが撒いた種じゃない。それなのに詫びもないわけ?」
「な、何の話だ……」
「あなた、昔たくさん殺しました。この人たち、あなたが殺した人の、こどもです」
田川の間に割って入る蕾花。動揺する彼に、キリエが告げた。たどたどしい説明だが、それだけで田川には伝わったようだ。過去の罪を突きつけられ、彼は――
「はっ。ならなおのこと殺さないとな! 俺にはこいつらを殺す理由があるんだ!」
むしろ火が付いたように喋りだす。土の槍を放とうとする田川の足元に、慈雨が水の弾丸を放った。静かに、だけど鋭く言葉を放つ。
「貴方は何の憂いもなく生きるには殺し過ぎたわ」
「なんだよ……力のない雑魚をどれだけ殺そうが構わないだろう」
「駄目だ。誰も死なせない。生きていなければ、罪は償えない」
眼鏡の奥から鋭く睨む行成。それが自分の我儘だとわかっている。だがそれでも、命を奪うことは間違っている。そう信じて。
「…………」
無言で田川の前に立ちはだかる沙織。小太刀を構え、凶行は許さぬと自らの意思を示す。
蕾花、キリエ、慈雨、行成、沙織の五人の覚者に威圧され、渋々神具をしまう田川。目の前に居るのは歴戦の覚者。たとえ一人相手でも田川に勝てる見込みはないのだ。
「……私達をどうするつもりなのですか?」
「捕縛してあたしたちの組織に連行する。……法の裁きに意味なんてないと思うけど」
不満げな口調で蕾花は憤怒者達に応える。法に何の意味がある、と言外に告げて。彼らは法で救えない。この介入に意味はない。全ての人間が救われるなんて奇跡は起きやしない。
「罪は生きて償ってもらう。……あの世で再会したとしても、今の君達を見ておそらく親は泣き叫ぶだろう」
行成は何かを押さえるように告げる。恋人を妖に殺された行成は、恋人に恥じぬように生きていこうと誓った。胸を張って会えるように。彼らにもそういう人がいたのなら、そうあってほしいと思ってしまう。
「……私の我儘でしかないがな」
「私は貴方達のような人たちに家族を、友達を殺されたわ。殺しても飽き足りない、同じ苦痛を何度受けさせても足りない。でも私はそれをしないでしょう。
復讐をしてしまえば、後を追いたくなるから」
憂いを含んだ表情で慈雨は告げる。青と赤の瞳で憤怒者を見る。その中にどれだけの感情が渦巻いているのか余人には理解できない。
「そうしたら、誰が弔うの。天国があるかも、死の後があるかも分からないのに」
「わたくしはあなた達を『殺さない』。わたくしの神は、それをみとめない」
キリエは告げる。自分の言葉を、神の意志を。人は罪を犯す。決して罪は消えないけど、それでもそれを赦されることもある。死ぬことが贖罪ではない。殺すことが浄化ではない。
「分かり合えぬこと、あるのを、わたくしは知っています。だから」
だから、の後は告げられなかった。答えはキリエの心の中に。
そんな様子をエヌは静かにほほ笑みながら見ていた。
決してそこに関わらろうとせず、しかし彼らの『声』を一言一句逃さぬように。
その中には様々な感情があった。覚者に対する怒り。憤怒者に対する怒り。それを前面に出す者。控える者。命は大事と主張する者。田川を許せず、しかし手を出さぬ者。
それら全てがエヌにとって最大の報酬だった。舞台の上で踊った役者たちに心の中で拍手を送る。
●
力こそ正義である。
――本当に?
後日談として、幾つか。
まず誘拐された田川の母子だが、一連の騒動で田川の過去を知る。その後関係が変化したようだが、詳細は不明である。
田川本人は過去の事件を一切認めようとはしなかった。証拠もないため、法的な追及は不可能である。だが状況がすべてを語っていることもあり、また自分の居場所を特定されたという恐怖も手伝い、怯える生活を送ることとなった。
生存した憤怒者達六名は洗脳を解くための療養施設に護送される。時間はかかるが、いずれ心の傷も癒えるかもしれない。復讐を忘れ、親の敵を討たず、平和に暮らす。それが幸せかどうかは、誰にも決めつけることはできない。
そして件の憤怒者集団に関しては、僅かだが分かったことがある。憤怒者組織最大のイレブン内の武闘派であることと、彼らがFiVEの存在を意識していること。いずれまた交わるのだろうか。
覚者とそうでない者の差。犠牲になる弱者。能力犯罪と司法の遅れ。そして復讐の連鎖。
この事件は、覚者が発生した社会の縮図と言えよう。
力に対して力で抗しようとする限り、永遠に回る殺戮の歯車。その歯車は片方が死に絶えるまで、ぐるぐると回り続けるだろう。だが復讐の連鎖はむなしいと手を止めれば、無抵抗と見なされてさらに暴力を振るわれる。
力こそ正義であるならば、この連鎖は当然の帰結。力在る者が全てを制し、力無き者を支配する。それが正しい世界の在り方。力を振るい殺し続けて、弱者の血の上に立つ城こそが勝者の住処。
『あなた』はそれを善しとするのだろうか?
正義は何処に? 十字架(かみ)は何も答えない。
答えは各々の心の中に――
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし

■あとがき■
どくどくです。
心情重視はスイスイ書ける酷い系STです。
憤怒者の数をもう少し減らして、心情重視の方がよかったかな? と書いた後に思いました。
正義というテーマは永遠に付きまとうテーマなのではないでしょうか。
この依頼が皆様のキャラに何かしらの影響を与えたのなら、物書きとして冥利に尽きます。
ともあれお疲れ様です。ゆっくり傷を癒してください。
それではまた、五麟市で。
心情重視はスイスイ書ける酷い系STです。
憤怒者の数をもう少し減らして、心情重視の方がよかったかな? と書いた後に思いました。
正義というテーマは永遠に付きまとうテーマなのではないでしょうか。
この依頼が皆様のキャラに何かしらの影響を与えたのなら、物書きとして冥利に尽きます。
ともあれお疲れ様です。ゆっくり傷を癒してください。
それではまた、五麟市で。
