見越し入道の悪戯。或いは、小さな部屋の決死行。
●小さな世界
昼過ぎまで寝て、起きて、テレビを見て、時々大学やバイトに行って、そしてまた眠る。そんな生活を繰り返していた大学生(秋道 俊夫)の目覚めは、その日に限って違っていた。
今日は大学に顔を出さないとならない。そう思い、重たい身体を起き上がらせた彼の目に映ったのは、見渡す限りの布だった。
夢を見ているのか、とそう思ったが、どうやら違う。頬を抓っても、目をこすっても、視界に映る布の野原はそのままだった。
『夢じゃないとすれば……なんだこれ』
驚きすぎて、かえって冷静になった彼は、理解した。
視界に広がる布の野原は、昨夜自分が被った布団である。ならばここはベッドの上か。どうやら自分の身長は、10センチほどにまで縮んでしまっているらしい。
何故? が脳裏を埋め尽くす。自問自答。答えは出ない。
代わりに……。
『そりゃお前、この部屋は俺には小さすぎるからな。見越してもらおうと思って、お前に小さくなってもらったんよ』
そう答える声があった。しわがれた老人の声だ。
いつからそいつはそこに居たのか。ベッドの上の俊夫を見下ろす、背の高い入道が笑っている。僧服に身を包んだ老人だ。
『あ……ぁ』
『驚きすぎて声も出んか? その反応を待っていたが、いっそ気絶でもした方が良かったかもしらんぞ? 俺が見たいのは、恐怖に歪んだお前の顔だからの』
くっくと肩を揺らして、入道は笑う。
その手には、部屋の隅に置かれていた殺虫剤が握られていた。
●見越し入道の悪戯
モニターに映っていたのは、殺虫剤を振りかけられ、泣き喚きながら身悶える俊夫の姿だった。それを見ながら「うぇ」と、奇妙な声を漏らした久方 万里(nCL2000005)は、ふと我に返って、こほんと小さく咳払い。
「えっと。今回のターゲットは古妖(見越し入道)だね。本当は、夜道で人を脅かす大男なんだけど、今回は少し様子が違うみたい」
恐らく一種の結界だろう、と万里は言う。
俊夫の部屋の中の生物や物のうち、見越し入道が許可していないものは全て、本来の大きさよりも小さくなるようだ。
平均的な身長の人間で、10センチほど。弾丸などは数ミリにまで小さくなる。
部屋に入った段階でその効果は適用されるようだ。
「部屋の広さは6畳くらいだね。ロフトもあるし、部屋のあちこちには本とかペットボトルが散乱してるよ。あまり綺麗とは言い難い部屋だね」
そう言って、万里はモニターの映像を切りかえる。次に映しだされたのは部屋の見取り図であった。入口から入って、狭い通路と冷蔵庫やコンロ、浴室が並んでいる。その先には6畳ほどの部屋。一番奥の窓際にベッドが置かれていた。
ベッドの脇から、ロフトへと続く梯子がある。
「見越し入道自体は、あまり強くはないみたいね。ただ、背の高い見越し入道は6畳の室内ではあまり自由に身動きできないみたい」
このまま部屋の中で戦うか、それとも見越し入道を部屋から追い出し外で戦うか。
外に出れば、見越し入道は最大で10メートルほどにまでその身を巨大化させることができる。
「見越し入道の攻撃は、単調な殴る、払うといったものばかりだね。大きいから、驚異といえば驚異だけど……。それより問題なのは、その手に持っている殺虫剤かな」
通常であれば、武器として機能しない程度のものだ。
だが、サイズが小さくなっているとすればどうだろう。その殺虫剤は[毒][麻痺]の状態異常をこちらに付与するものとなる。
「通常の攻撃に付与された[ノックバック]にも気をつけてね。まずは俊夫君を助け出すこと。それから、見越し入道を追い払うなり、討伐するなりすることね。それじゃあ、行ってらっしゃい」
そう言って、万里は仲間達を送り出す。
小さな部屋で、小さくなって、巨大な古妖と一戦交える、戦場へ。
昼過ぎまで寝て、起きて、テレビを見て、時々大学やバイトに行って、そしてまた眠る。そんな生活を繰り返していた大学生(秋道 俊夫)の目覚めは、その日に限って違っていた。
今日は大学に顔を出さないとならない。そう思い、重たい身体を起き上がらせた彼の目に映ったのは、見渡す限りの布だった。
夢を見ているのか、とそう思ったが、どうやら違う。頬を抓っても、目をこすっても、視界に映る布の野原はそのままだった。
『夢じゃないとすれば……なんだこれ』
驚きすぎて、かえって冷静になった彼は、理解した。
視界に広がる布の野原は、昨夜自分が被った布団である。ならばここはベッドの上か。どうやら自分の身長は、10センチほどにまで縮んでしまっているらしい。
何故? が脳裏を埋め尽くす。自問自答。答えは出ない。
代わりに……。
『そりゃお前、この部屋は俺には小さすぎるからな。見越してもらおうと思って、お前に小さくなってもらったんよ』
そう答える声があった。しわがれた老人の声だ。
いつからそいつはそこに居たのか。ベッドの上の俊夫を見下ろす、背の高い入道が笑っている。僧服に身を包んだ老人だ。
『あ……ぁ』
『驚きすぎて声も出んか? その反応を待っていたが、いっそ気絶でもした方が良かったかもしらんぞ? 俺が見たいのは、恐怖に歪んだお前の顔だからの』
くっくと肩を揺らして、入道は笑う。
その手には、部屋の隅に置かれていた殺虫剤が握られていた。
●見越し入道の悪戯
モニターに映っていたのは、殺虫剤を振りかけられ、泣き喚きながら身悶える俊夫の姿だった。それを見ながら「うぇ」と、奇妙な声を漏らした久方 万里(nCL2000005)は、ふと我に返って、こほんと小さく咳払い。
「えっと。今回のターゲットは古妖(見越し入道)だね。本当は、夜道で人を脅かす大男なんだけど、今回は少し様子が違うみたい」
恐らく一種の結界だろう、と万里は言う。
俊夫の部屋の中の生物や物のうち、見越し入道が許可していないものは全て、本来の大きさよりも小さくなるようだ。
平均的な身長の人間で、10センチほど。弾丸などは数ミリにまで小さくなる。
部屋に入った段階でその効果は適用されるようだ。
「部屋の広さは6畳くらいだね。ロフトもあるし、部屋のあちこちには本とかペットボトルが散乱してるよ。あまり綺麗とは言い難い部屋だね」
そう言って、万里はモニターの映像を切りかえる。次に映しだされたのは部屋の見取り図であった。入口から入って、狭い通路と冷蔵庫やコンロ、浴室が並んでいる。その先には6畳ほどの部屋。一番奥の窓際にベッドが置かれていた。
ベッドの脇から、ロフトへと続く梯子がある。
「見越し入道自体は、あまり強くはないみたいね。ただ、背の高い見越し入道は6畳の室内ではあまり自由に身動きできないみたい」
このまま部屋の中で戦うか、それとも見越し入道を部屋から追い出し外で戦うか。
外に出れば、見越し入道は最大で10メートルほどにまでその身を巨大化させることができる。
「見越し入道の攻撃は、単調な殴る、払うといったものばかりだね。大きいから、驚異といえば驚異だけど……。それより問題なのは、その手に持っている殺虫剤かな」
通常であれば、武器として機能しない程度のものだ。
だが、サイズが小さくなっているとすればどうだろう。その殺虫剤は[毒][麻痺]の状態異常をこちらに付与するものとなる。
「通常の攻撃に付与された[ノックバック]にも気をつけてね。まずは俊夫君を助け出すこと。それから、見越し入道を追い払うなり、討伐するなりすることね。それじゃあ、行ってらっしゃい」
そう言って、万里は仲間達を送り出す。
小さな部屋で、小さくなって、巨大な古妖と一戦交える、戦場へ。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.秋道 俊夫の救出
2.見越し入道の撃退
3.なし
2.見越し入道の撃退
3.なし
今回の戦場は6畳ほどの狭い部屋です。小さくなって戦うことになります。
それでは以下詳細。
●場所
秋道 俊夫の部屋。
6畳ほどの小さな部屋。ロフトがある。
床には本やペットボトルが散らかっている。お世辞にも綺麗とは言い難い部屋。
俊夫は現在ベッドの上で悶えているので、救助する必要がある。
殺虫剤を浴びせられ、自分の意思では身動きなど取れないようだ。
●ターゲット
古妖(見越し入道)
2メートル以上の長身に、僧服を身に纏った老人。俊夫の部屋を結界として、中にいる人や物を小さくしている。
部屋の中では、これ以上大きくなることはないが、部屋から出れば最大10メートルほどにまで巨大化する。
さほど強い古妖ではない。人を脅かすことを生き甲斐としている。脅かす過程で、人が死んでも仕方ない、とそう思っているようだ。
【殺虫剤】→特近列[毒][麻痺]
殺虫剤を吹きかける。室内でのみ使用。
【打撃】→物近単[ノックB]
殴る、薙ぎ払うなどの攻撃。巨体にものをいわせた単純な力技。
以上になります。
それでは、皆さんのご参加お待ちしています。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年02月28日
2016年02月28日
■メイン参加者 8人■

●見越し入道
六畳ほどの小さな部屋だ。床にはゴミや漫画本が散らばっている。お世辞にも綺麗とは言い難い部屋の中、ベッドの傍らには2メートル超えの大男が立っていた。禿頭が、蛍光灯の灯を反射し、つるりと光る。
いひひ、と気味の悪い笑い声を上げる僧服の老人の名は(見越し入道)。自身の身長を巨大化させ、また他者の身長を縮小させる能力を持った古妖である。
見越し入道の片手には、なんの変哲もない殺虫剤が握られていた。ノズルの先端は、ベッドの上でのたうちまわる、小さな青年へと向けられている。
『苦しいか? 辛いだろ? いっそ死んでしまいたいと思ってるんじゃないか?』
なんて、意地の悪い問い。青年(秋道 俊夫)は、咳き込み、涙と鼻水、唾液でぐちゃぐちゃになった顔を歪め、悶えていた。
この部屋、それ自体が、現在見越し入道の領域と化している。部屋の中では、見越し入道以外の生物は、10センチほどにまで身長が縮んでしまうのだ。その結果、普段なら少々苦しい程度で済む殺虫剤を浴びせられ、彼は今にも死にそうなほどに苦しんでいる。
苦しみもがく俊夫を見降ろし、見越し入道は殺虫剤のトリガーへと指をかけた。それを見た俊夫は、悲鳴をあげて後退る。
しかし、既に身体は麻痺し、満足に動くこともできないのか、俊夫は芋虫のようにベッドの上を僅かばあり這いずるだけだ。
『俺はな、お前ら人間の、恐怖に歪んだ顔が見たかったんよ』
笑いながらそう告げて、見越し入道は俊夫の頭上へと殺虫剤を近づける。
その時だ。
コトン、と小さな音がした。
見越し入道が動きを止める。音がしたのは玄関の方向か。見れば、入口のドアが僅かばかり開いているように見える。
『はて? 扉はしめた筈だがの。建て付けが悪いのか、この部屋は?』
まぁいいか、と気を取り直し見越し入道は視線をベッドの上の俊夫へと向けた。
『泣いて喚いて、いい顔になったの。あぁ、小さな身体は不便だろ? なに、精一杯泣き喚けば、その分早く楽になれるぞ』
俊夫の意識は朦朧としているのか、返事はない。ただ、意味をなさない呻き声を上げ続けるだけだ。
だが……。
「つまり? 自分が大きくないとイジメもできませんって事?」
バチン、と小さな、しかし鋭い音が響いた。見越し入道が視線を下げると、そこいたのは、頭部から角を生やした性別不明の人間だった。痩せた身体に炎のような闘気を纏い、手には刀を下げている。腰から伸びたハ虫類染みた尾が、不機嫌そうに床を打つ。
「ボク様見下されるの好きじゃないなあ」
葉柳・白露(CL2001329)は不機嫌だった。全力で振りかぶった刀を、見越し入道の足首目がけて叩きつける。『おっと!』と、突然の乱入者に目を丸くしながらも見越し入道はそれを回避。白露は、小さく舌打ちを零し、そのままベッドの下へと逃げこんで行った。
●大きな部屋と小さな身体
ベッドの下へと逃げこんだ白露を追って、見越し入道が腰をかがめた、その刹那。
「見越し入道、あなたを……見越しました!」
本棚の影から跳び出した納屋 タヱ子(CL2000019)が、見越し入道の背へと跳び乗った。韋駄天足で強化した脚力で、その広い背を駆け抜ける。
咄嗟に身を起こし、タヱ子の身体を払い退けた見越し入道の足元には、いつの間にか数名の人影。宙へと投げだされたタヱ子は、くるりと宙返りをして、床に脱ぎ散らかされていたコートの上へと着地した。
『なんだ、お前らは? ただの人間じゃないな、えぇ?』
統率のとれた動きを見て、見越し入道は侵入者たちが只者ではないと判断したようだ。
咄嗟に足元に居た数名から距離を取ろうと後退する見越し入道。
だが、遅い。
「古くから存在する妖とはいえ、少々やりすぎておるのぅ。全力で戦い、この部屋から撃退してやろうぞ」
「一寸法師じゃねぇっすけど、針より強烈な一撃みまってやるっす」
見越し入道の脚に激痛が走る。『樹の娘』檜山 樹香(CL2000141)の薙刀と、『決意の鉄』松葉・隆五(CL2001291)の大剣が、同時に左右の脚を打つ。
身長差もあって、ダメージ自体はそれほどでもないが、2人の放った鋭い斬撃は見越し入道の思考を乱すには十分だった。
「とっても大きいことが、そのまま強いだなんて思わない方が良いよ。私たちは、小さくてもすごく強いからね!」
声が聞こえたのは、背後から。
振り返った見越し入道の足元へ、本棚の上から飛び降りた、『罪なき人々の盾』鐡之蔵 禊(CL2000029)が着地した。炎を纏った鋭い足刀を、見越し入道の足の小指へと叩きこむ。ギシ、と骨の軋む音。痛みに顔をしかめた見越し入道の眼前に、水蓮寺 静護(CL2000471)が姿を現した。
床に落ちた辞書を足場とし、広げた掌を見越し入道へと向けている。掌の周囲に、空気中の水分が収束。小さな水の弾丸を形成した。
「一度限りの勝負だ、しっかり決めてやる!」
放たれた水弾は、見越し入道の右手へと命中。乾燥した手の甲に、小さな穴を穿つ。殺虫剤を狙った一撃。ぽたぽたと血が垂れ床を汚す。しかし、見越し入道は殺虫剤を握ったままだ。
見越し入道は、静護を踏みつけるべく、大きく足を踏み出した。
しかし、見越し入道の足は、何かに阻まれ床を踏みつけることは叶わない。
『なに?』
見越し入道の踏みつけを阻んだのは、辞書の影から跳び出した信道 聖子(CL2000593)だ。土の鎧を身に纏い、防護シールドを展開した彼女が、見越し入道の踏みつけをガードしたのである。
見越し入道が足に力を入れると、防護シールドが砕け、土の鎧に亀裂が走る。
『このまま、虫のようにぺちゃんこにしてやろう』
「できるかしらね? 乙女の意地と本気を見せてやるわよ……覚悟しなさい!」
ギシギシ、と聖子の身体が悲鳴をあげた。限界を超えた負荷に耐えきれず、聖子の唇からは血が零れる。
にたり、と笑う見越し入道。あと少し。あと少しで、目の前の邪魔者を踏みつぶせるとそう判断したのだろう。
だが、しかし……。
「全く、ずいぶんとまぁ……やりづらいことで。サイズの差は……外でも中でも変わらないか」
いつの間にそこに居たのだろうか。
長い黒髪を靡かせた、長身の女性、飛鷹 葉(CL2001186)だ。守護使役(ティル)の能力で足音を消し、接近した彼女は、面接着を使用し、見越し入道の肩の上に張り付くように立っていた。コツコツと手にしたトンファーで肩を叩いてリズムを刻み、見越し入道を見据えている。
葉の足が、見越し入道の肩を蹴る。跳躍した葉は、まっすぐ見越し入道の顔めがけて空を舞う。手にしたトンファーが、炎を纏って、激しく唸る。
「悪いけど……手痛い一撃、受けてもらうわよ?」
高速で回転するトンファーが、見越し入道の右目へと叩きこまれた。炎が爆ぜるような轟音。衝撃と耐えがたい痛みが、見越し入道の眼球を貫く。
振り回された見越し入道の腕が、葉の身体を打ち払う。
『あ、が……。あ、ぎゃあああああああ!』
悲鳴を上げ、見越し入道はその場に尻もちをついて倒れ込んだ。押さえた右目からは、ボタボタと血が零れている。悶絶する見越し入道の頭の上を、タヱ子はまっすぐ、ベッドへ向かって駆け抜けて行った。
「居たっ! それにしても、お部屋が汚い……。カサカサ動くあの虫だとかいませんよね……」
ベッドの上に放置された、充電器やゲーム機、雑誌の間を潜り抜けタヱ子は俊夫のもとへと駆け寄った。意識の朦朧としている俊夫の身体を引き摺って、ベッドの端へと移動していく。
『ちぃっ! 逃がしゃあせんぞ!』
眼を押さえ、苦悶の表情を浮かべながら見越し入道が手を伸ばす。長身の見越し入道にとっては、ベッドの中央だろうが端だろうが、手を伸ばせば簡単に届く距離にかわりない。
苛立ち紛れに、見越し入道は大きくベッドの上を薙ぎ払う。
見越し入道の攻撃が、タヱ子の身体を打ちのめす寸前、ギリギリのタイミングで聖子が間へと跳び込んだ。剣を投げ捨て、両手で盾を構えた聖子は、持てる限りの力を持って見越し入道の攻撃を受け止めた。
「図体ばかり大きくしたって私には勝てないわ、仲間には指一本触れさせない」
体格差もあり、稼げた時間は僅か数秒。その数秒で、タヱ子は俊夫の身体を布団の影へと押し込んだ。聖子の全身を襲う激しい痛み。筋繊維の切れる音が聞こえるようだ。毛細血管が切れでもしたのか、目の前が真っ赤に染まる錯覚。
一瞬、意識が遠のいた瞬間、聖子の身体は宙を舞った。
壁に激突し、聖子は力なくベッドの上へと落下する。
ベッドの上に駆けあがった静護は、落下してきた聖子の身体を受け止める。意識のない聖子をベッドの上に寝かせ、静護は素早く踵を返す。
タヱ子を狙う見越し入道の腕を狙って、水弾を撃ち込んだ。
「なる程、サイズ差による戦闘とはこうも感触が違うのか」
見越し入道は、小さな舌打ちを零し手を引くことで水弾を回避。直後、見越し入道の脛に痛みが走る。
「ちょっと痛い目見てもらうっす」
渾身の力を込めた、大剣による、隆五の斬撃。隙だらけだった見越し入道は、バランスを崩す。
踏鞴を踏みながらも見越し入道は、足を振り上げた。
「うっ……!」
見越し入道に蹴り上げられ隆五の身体が宙を舞う。上下する視界の隅に、にやけた笑みと、殺虫剤のノズルを見た。
「いたずら程度でこれ以上痛い目に遭いたくないなら、降参してほしいっす」
殺虫剤のノズル目がけて、隆五は大剣を振り下ろす。
不安定な姿勢から放たれた隆五の斬撃とほぼ同時、殺虫剤が噴射された。隆五の刃は、ノズルの先端を切り落とし、殺虫剤は隆五の身体を吹き飛ばす。
蒼鋼壁に反射された殺虫剤が、見越し入道の顔に吹きかかる。意識を失った隆五の身体が、ベッドの上に落下した。
殺虫剤を浴び、もがき苦しむ見越し入道が手足をめちゃくちゃに振り回した。ベッドの上を叩く見越し入道の手が、タヱ子と俊夫の隠れ場所へと叩きつけられる。
振り下ろした手に、走る激痛。
見越し入道の手の甲に、剣が突き刺さる。悲鳴をあげる見越し入道の耳に、声が届いた。
「私が相手よ。死にゆく者を救いあげる覚者としての力、見せてあげる……!」
見越し入道の攻撃を受け止めたのは、聖子だった。顔を血で濡らした聖子は、荒い呼吸を繰り返す。その身はすでに限界で、それでもなお、仲間のために命を賭ける。
「手当はわたしが! 皆さんは見越し入道を!」
布団の影から顔を出し、タヱ子が叫んだ。淡く輝く燐光が、彼女の周囲を舞っている。深想水。状態異常を回復させる神秘の力だ。
燐光が、俊夫の身体を侵す状態異常を癒していく。
「任されよう。しかし、見れば見るほど、大男じゃのぅ、まったく」
溜め息混じりにそう呟いて、樹香は素早く見越し入道の腕を駆け上がる。見越し入道の腕を、薙刀で切りつけ、宙返り。反撃を受ける前に、ベッドの上へと離脱する。
「油断は禁物。気を抜けば一撃でやられかねぬ状況じゃからの」
パチン、と小さく指を鳴らす。見越し入道の腕を、棘の生えた蔦が覆う。先ほど、薙刀で切りつけた際に植え付けた種が発芽したのだ。伸びた蔦が、見越し入道の腕をベッドの上に固定する。
「今が好機! 蹴り飛ばす! どんだけ大きくとも、ぶつけると痛いところは同じだからね」
床を、見越し入道の足を、壁を、と蹴って跳んで、禊はベッドの上へと着地。強化された脚力による加速を乗せた足刀が、見越し入道の手首を蹴り抜く。
骨の軋む音。炎に包まれる見越し入道の手から殺虫剤が零れ落ちた。
「一気に決めないとマズイな」
ベッドの上を転がる殺虫剤の傍へ、静護が駆け寄る。刀の背で、殺虫剤を打ち払った。カン、と小気味の良い音が鳴り、殺虫剤はベッドの下へと落ちて行った。
『小賢しい!!』
見越し入道の薙ぎ払いが、静護の身体を弾き飛ばす。ブチブチと音をたて、腕を拘束していた蔦が引き千切られた。見越し入道は、腕を大きく頭上へ掲げる。
『そこかっ!』
「わっ!」
ベッドの突き刺さる見越し入道の拳が、禊の頭部と肩を掠めた。体格差によるものか、たったそれだけの接触でも、禊の身体に衝撃が走る。弾き飛ばされた禊はベッドの隅へと転がって行く。
目の見えない状態で、見越し入道は滅多やたらと腕を振り回す。ベッドの上を駆けまわり、それを回避する樹香と、タヱ子達を守るべく盾を構える聖子の姿。
目から血を流し、怒りに顔を真っ赤に染めて、見越し入道は笑い続ける。
●恐怖を見越して
「巨人と闘うとか、ちょっと夢あるよね? 絶対上位に居ると思ってる奴を引きずり落としたいなあ!!」
見越し入道の足元で、ちょこまかと動きまわっていた白露は、落下してきた殺虫剤をスライディングキックでベッドの下へと蹴り込んだ。
これで、見越し入道は殺虫剤を使えない。
さらに、暴れまわる見越し入道の足元へとペットボトルやゴミを蹴り飛ばしていく。そのまま素早く床を駆け抜け、ベッドの真下、見越し入道の正面へ。
『うおっ!』
見越し入道がペットボトルを踏んで姿勢を崩したその瞬間。
「前方に小人、御注意を! なんてな」
雄叫びと共に、刀を振り上げ全力疾走。猛り狂う獣の一撃を、見越し入道の脛へと叩きこんだ。
大きく抉れた見越し入道の脛からは、夥しい量の血が溢れている。
もはや立ってはいられまい。床に膝を付いた見越し入道の正面、ベッドの上には葉の姿がある。額から血を流し、顔を真っ赤に染めていた。先ほど、払いのけられた際に傷を負ったのだろう。
それでも笑みは絶やさずに、トンファーで肩を叩いてリズムを刻む。
「小さい相手……油断してるんじゃないわよ!」
タン、と小さな音が鳴る。
ベッドを蹴って、駆け出した。
見越し入道は、霞んだ視界に高速回転するトンファーを捉えた。
脳裏によぎる“慢心”の二文字。次いで、恐怖が背筋を駆ける。巨大な身体と、強靭な肉体。恐怖は常に与える側だった。自身が恐怖を感じるなど、今までにない経験だ。
あぁ、恐ろしい。
恐ろしくて、涙が零れる。
『ぁァァァぁァぁああァァッぁ!』
悲鳴を上げる。葉目がけて拳を叩きつける。
振り下ろされた拳が、葉の身体を打ちのめす。ベッドの上に倒れた葉は、しかしすぐさま起き上がる。内臓がダメージを受けたのか、その唇から血が零れていた。
「はっ、甘いって言ってんの。この程度で……倒れられないのよっ!」
加速した葉は、ベッドの上を疾駆する。ベッドを蹴って、葉は宙へと身を躍らせた。トンファーに炎を纏わり付かせ、見越し入道の胸へと着地。面接着を用いて、その身体を駆け上がる。
自分の身体ごと、葉を攻撃することはできない。
悲鳴をあげる見越し入道の顎を、葉のトンファーが打ち抜いた。
『あ、……がぁぁ!』
床に倒れた見越し入道は、顎を押さえて悶えていた。血の溢れる脚を引き摺って、見越し入道は部屋の出口へと這って行く。
「これはこれで中々いい訓練だった。見越し入道には感謝をせねばならんな」
そう呟いたのは、静護であった。
既に結界を維持するだけの力は残っていないのか、いつの間にか部屋に居た者全員の身長は、元のサイズへと戻っていた。
見越し入道の敗走を見送って、タヱ子はもそもそと布団から這い出した。
布団の中には、意識を失った俊夫が寝ている。
「彼は無事かの?」
「おーい、生きてる? 大丈夫?」
と、そう問うたのは樹香と白露である。
タヱ子は簡単に俊夫の容体を確認すると「平気そうです」と答えを返した。
禊はゆっくりと俊夫に歩み寄り、その額を指で弾く。
「一個だけおせっかい。女の子にモテたいなら、もうちょっと片付けた方が良いよ?」
禊の声は、俊夫の耳に届いただろうか。
簡単に、戦闘の痕跡を掃除して彼女たちは部屋を後にした。
六畳ほどの小さな部屋だ。床にはゴミや漫画本が散らばっている。お世辞にも綺麗とは言い難い部屋の中、ベッドの傍らには2メートル超えの大男が立っていた。禿頭が、蛍光灯の灯を反射し、つるりと光る。
いひひ、と気味の悪い笑い声を上げる僧服の老人の名は(見越し入道)。自身の身長を巨大化させ、また他者の身長を縮小させる能力を持った古妖である。
見越し入道の片手には、なんの変哲もない殺虫剤が握られていた。ノズルの先端は、ベッドの上でのたうちまわる、小さな青年へと向けられている。
『苦しいか? 辛いだろ? いっそ死んでしまいたいと思ってるんじゃないか?』
なんて、意地の悪い問い。青年(秋道 俊夫)は、咳き込み、涙と鼻水、唾液でぐちゃぐちゃになった顔を歪め、悶えていた。
この部屋、それ自体が、現在見越し入道の領域と化している。部屋の中では、見越し入道以外の生物は、10センチほどにまで身長が縮んでしまうのだ。その結果、普段なら少々苦しい程度で済む殺虫剤を浴びせられ、彼は今にも死にそうなほどに苦しんでいる。
苦しみもがく俊夫を見降ろし、見越し入道は殺虫剤のトリガーへと指をかけた。それを見た俊夫は、悲鳴をあげて後退る。
しかし、既に身体は麻痺し、満足に動くこともできないのか、俊夫は芋虫のようにベッドの上を僅かばあり這いずるだけだ。
『俺はな、お前ら人間の、恐怖に歪んだ顔が見たかったんよ』
笑いながらそう告げて、見越し入道は俊夫の頭上へと殺虫剤を近づける。
その時だ。
コトン、と小さな音がした。
見越し入道が動きを止める。音がしたのは玄関の方向か。見れば、入口のドアが僅かばかり開いているように見える。
『はて? 扉はしめた筈だがの。建て付けが悪いのか、この部屋は?』
まぁいいか、と気を取り直し見越し入道は視線をベッドの上の俊夫へと向けた。
『泣いて喚いて、いい顔になったの。あぁ、小さな身体は不便だろ? なに、精一杯泣き喚けば、その分早く楽になれるぞ』
俊夫の意識は朦朧としているのか、返事はない。ただ、意味をなさない呻き声を上げ続けるだけだ。
だが……。
「つまり? 自分が大きくないとイジメもできませんって事?」
バチン、と小さな、しかし鋭い音が響いた。見越し入道が視線を下げると、そこいたのは、頭部から角を生やした性別不明の人間だった。痩せた身体に炎のような闘気を纏い、手には刀を下げている。腰から伸びたハ虫類染みた尾が、不機嫌そうに床を打つ。
「ボク様見下されるの好きじゃないなあ」
葉柳・白露(CL2001329)は不機嫌だった。全力で振りかぶった刀を、見越し入道の足首目がけて叩きつける。『おっと!』と、突然の乱入者に目を丸くしながらも見越し入道はそれを回避。白露は、小さく舌打ちを零し、そのままベッドの下へと逃げこんで行った。
●大きな部屋と小さな身体
ベッドの下へと逃げこんだ白露を追って、見越し入道が腰をかがめた、その刹那。
「見越し入道、あなたを……見越しました!」
本棚の影から跳び出した納屋 タヱ子(CL2000019)が、見越し入道の背へと跳び乗った。韋駄天足で強化した脚力で、その広い背を駆け抜ける。
咄嗟に身を起こし、タヱ子の身体を払い退けた見越し入道の足元には、いつの間にか数名の人影。宙へと投げだされたタヱ子は、くるりと宙返りをして、床に脱ぎ散らかされていたコートの上へと着地した。
『なんだ、お前らは? ただの人間じゃないな、えぇ?』
統率のとれた動きを見て、見越し入道は侵入者たちが只者ではないと判断したようだ。
咄嗟に足元に居た数名から距離を取ろうと後退する見越し入道。
だが、遅い。
「古くから存在する妖とはいえ、少々やりすぎておるのぅ。全力で戦い、この部屋から撃退してやろうぞ」
「一寸法師じゃねぇっすけど、針より強烈な一撃みまってやるっす」
見越し入道の脚に激痛が走る。『樹の娘』檜山 樹香(CL2000141)の薙刀と、『決意の鉄』松葉・隆五(CL2001291)の大剣が、同時に左右の脚を打つ。
身長差もあって、ダメージ自体はそれほどでもないが、2人の放った鋭い斬撃は見越し入道の思考を乱すには十分だった。
「とっても大きいことが、そのまま強いだなんて思わない方が良いよ。私たちは、小さくてもすごく強いからね!」
声が聞こえたのは、背後から。
振り返った見越し入道の足元へ、本棚の上から飛び降りた、『罪なき人々の盾』鐡之蔵 禊(CL2000029)が着地した。炎を纏った鋭い足刀を、見越し入道の足の小指へと叩きこむ。ギシ、と骨の軋む音。痛みに顔をしかめた見越し入道の眼前に、水蓮寺 静護(CL2000471)が姿を現した。
床に落ちた辞書を足場とし、広げた掌を見越し入道へと向けている。掌の周囲に、空気中の水分が収束。小さな水の弾丸を形成した。
「一度限りの勝負だ、しっかり決めてやる!」
放たれた水弾は、見越し入道の右手へと命中。乾燥した手の甲に、小さな穴を穿つ。殺虫剤を狙った一撃。ぽたぽたと血が垂れ床を汚す。しかし、見越し入道は殺虫剤を握ったままだ。
見越し入道は、静護を踏みつけるべく、大きく足を踏み出した。
しかし、見越し入道の足は、何かに阻まれ床を踏みつけることは叶わない。
『なに?』
見越し入道の踏みつけを阻んだのは、辞書の影から跳び出した信道 聖子(CL2000593)だ。土の鎧を身に纏い、防護シールドを展開した彼女が、見越し入道の踏みつけをガードしたのである。
見越し入道が足に力を入れると、防護シールドが砕け、土の鎧に亀裂が走る。
『このまま、虫のようにぺちゃんこにしてやろう』
「できるかしらね? 乙女の意地と本気を見せてやるわよ……覚悟しなさい!」
ギシギシ、と聖子の身体が悲鳴をあげた。限界を超えた負荷に耐えきれず、聖子の唇からは血が零れる。
にたり、と笑う見越し入道。あと少し。あと少しで、目の前の邪魔者を踏みつぶせるとそう判断したのだろう。
だが、しかし……。
「全く、ずいぶんとまぁ……やりづらいことで。サイズの差は……外でも中でも変わらないか」
いつの間にそこに居たのだろうか。
長い黒髪を靡かせた、長身の女性、飛鷹 葉(CL2001186)だ。守護使役(ティル)の能力で足音を消し、接近した彼女は、面接着を使用し、見越し入道の肩の上に張り付くように立っていた。コツコツと手にしたトンファーで肩を叩いてリズムを刻み、見越し入道を見据えている。
葉の足が、見越し入道の肩を蹴る。跳躍した葉は、まっすぐ見越し入道の顔めがけて空を舞う。手にしたトンファーが、炎を纏って、激しく唸る。
「悪いけど……手痛い一撃、受けてもらうわよ?」
高速で回転するトンファーが、見越し入道の右目へと叩きこまれた。炎が爆ぜるような轟音。衝撃と耐えがたい痛みが、見越し入道の眼球を貫く。
振り回された見越し入道の腕が、葉の身体を打ち払う。
『あ、が……。あ、ぎゃあああああああ!』
悲鳴を上げ、見越し入道はその場に尻もちをついて倒れ込んだ。押さえた右目からは、ボタボタと血が零れている。悶絶する見越し入道の頭の上を、タヱ子はまっすぐ、ベッドへ向かって駆け抜けて行った。
「居たっ! それにしても、お部屋が汚い……。カサカサ動くあの虫だとかいませんよね……」
ベッドの上に放置された、充電器やゲーム機、雑誌の間を潜り抜けタヱ子は俊夫のもとへと駆け寄った。意識の朦朧としている俊夫の身体を引き摺って、ベッドの端へと移動していく。
『ちぃっ! 逃がしゃあせんぞ!』
眼を押さえ、苦悶の表情を浮かべながら見越し入道が手を伸ばす。長身の見越し入道にとっては、ベッドの中央だろうが端だろうが、手を伸ばせば簡単に届く距離にかわりない。
苛立ち紛れに、見越し入道は大きくベッドの上を薙ぎ払う。
見越し入道の攻撃が、タヱ子の身体を打ちのめす寸前、ギリギリのタイミングで聖子が間へと跳び込んだ。剣を投げ捨て、両手で盾を構えた聖子は、持てる限りの力を持って見越し入道の攻撃を受け止めた。
「図体ばかり大きくしたって私には勝てないわ、仲間には指一本触れさせない」
体格差もあり、稼げた時間は僅か数秒。その数秒で、タヱ子は俊夫の身体を布団の影へと押し込んだ。聖子の全身を襲う激しい痛み。筋繊維の切れる音が聞こえるようだ。毛細血管が切れでもしたのか、目の前が真っ赤に染まる錯覚。
一瞬、意識が遠のいた瞬間、聖子の身体は宙を舞った。
壁に激突し、聖子は力なくベッドの上へと落下する。
ベッドの上に駆けあがった静護は、落下してきた聖子の身体を受け止める。意識のない聖子をベッドの上に寝かせ、静護は素早く踵を返す。
タヱ子を狙う見越し入道の腕を狙って、水弾を撃ち込んだ。
「なる程、サイズ差による戦闘とはこうも感触が違うのか」
見越し入道は、小さな舌打ちを零し手を引くことで水弾を回避。直後、見越し入道の脛に痛みが走る。
「ちょっと痛い目見てもらうっす」
渾身の力を込めた、大剣による、隆五の斬撃。隙だらけだった見越し入道は、バランスを崩す。
踏鞴を踏みながらも見越し入道は、足を振り上げた。
「うっ……!」
見越し入道に蹴り上げられ隆五の身体が宙を舞う。上下する視界の隅に、にやけた笑みと、殺虫剤のノズルを見た。
「いたずら程度でこれ以上痛い目に遭いたくないなら、降参してほしいっす」
殺虫剤のノズル目がけて、隆五は大剣を振り下ろす。
不安定な姿勢から放たれた隆五の斬撃とほぼ同時、殺虫剤が噴射された。隆五の刃は、ノズルの先端を切り落とし、殺虫剤は隆五の身体を吹き飛ばす。
蒼鋼壁に反射された殺虫剤が、見越し入道の顔に吹きかかる。意識を失った隆五の身体が、ベッドの上に落下した。
殺虫剤を浴び、もがき苦しむ見越し入道が手足をめちゃくちゃに振り回した。ベッドの上を叩く見越し入道の手が、タヱ子と俊夫の隠れ場所へと叩きつけられる。
振り下ろした手に、走る激痛。
見越し入道の手の甲に、剣が突き刺さる。悲鳴をあげる見越し入道の耳に、声が届いた。
「私が相手よ。死にゆく者を救いあげる覚者としての力、見せてあげる……!」
見越し入道の攻撃を受け止めたのは、聖子だった。顔を血で濡らした聖子は、荒い呼吸を繰り返す。その身はすでに限界で、それでもなお、仲間のために命を賭ける。
「手当はわたしが! 皆さんは見越し入道を!」
布団の影から顔を出し、タヱ子が叫んだ。淡く輝く燐光が、彼女の周囲を舞っている。深想水。状態異常を回復させる神秘の力だ。
燐光が、俊夫の身体を侵す状態異常を癒していく。
「任されよう。しかし、見れば見るほど、大男じゃのぅ、まったく」
溜め息混じりにそう呟いて、樹香は素早く見越し入道の腕を駆け上がる。見越し入道の腕を、薙刀で切りつけ、宙返り。反撃を受ける前に、ベッドの上へと離脱する。
「油断は禁物。気を抜けば一撃でやられかねぬ状況じゃからの」
パチン、と小さく指を鳴らす。見越し入道の腕を、棘の生えた蔦が覆う。先ほど、薙刀で切りつけた際に植え付けた種が発芽したのだ。伸びた蔦が、見越し入道の腕をベッドの上に固定する。
「今が好機! 蹴り飛ばす! どんだけ大きくとも、ぶつけると痛いところは同じだからね」
床を、見越し入道の足を、壁を、と蹴って跳んで、禊はベッドの上へと着地。強化された脚力による加速を乗せた足刀が、見越し入道の手首を蹴り抜く。
骨の軋む音。炎に包まれる見越し入道の手から殺虫剤が零れ落ちた。
「一気に決めないとマズイな」
ベッドの上を転がる殺虫剤の傍へ、静護が駆け寄る。刀の背で、殺虫剤を打ち払った。カン、と小気味の良い音が鳴り、殺虫剤はベッドの下へと落ちて行った。
『小賢しい!!』
見越し入道の薙ぎ払いが、静護の身体を弾き飛ばす。ブチブチと音をたて、腕を拘束していた蔦が引き千切られた。見越し入道は、腕を大きく頭上へ掲げる。
『そこかっ!』
「わっ!」
ベッドの突き刺さる見越し入道の拳が、禊の頭部と肩を掠めた。体格差によるものか、たったそれだけの接触でも、禊の身体に衝撃が走る。弾き飛ばされた禊はベッドの隅へと転がって行く。
目の見えない状態で、見越し入道は滅多やたらと腕を振り回す。ベッドの上を駆けまわり、それを回避する樹香と、タヱ子達を守るべく盾を構える聖子の姿。
目から血を流し、怒りに顔を真っ赤に染めて、見越し入道は笑い続ける。
●恐怖を見越して
「巨人と闘うとか、ちょっと夢あるよね? 絶対上位に居ると思ってる奴を引きずり落としたいなあ!!」
見越し入道の足元で、ちょこまかと動きまわっていた白露は、落下してきた殺虫剤をスライディングキックでベッドの下へと蹴り込んだ。
これで、見越し入道は殺虫剤を使えない。
さらに、暴れまわる見越し入道の足元へとペットボトルやゴミを蹴り飛ばしていく。そのまま素早く床を駆け抜け、ベッドの真下、見越し入道の正面へ。
『うおっ!』
見越し入道がペットボトルを踏んで姿勢を崩したその瞬間。
「前方に小人、御注意を! なんてな」
雄叫びと共に、刀を振り上げ全力疾走。猛り狂う獣の一撃を、見越し入道の脛へと叩きこんだ。
大きく抉れた見越し入道の脛からは、夥しい量の血が溢れている。
もはや立ってはいられまい。床に膝を付いた見越し入道の正面、ベッドの上には葉の姿がある。額から血を流し、顔を真っ赤に染めていた。先ほど、払いのけられた際に傷を負ったのだろう。
それでも笑みは絶やさずに、トンファーで肩を叩いてリズムを刻む。
「小さい相手……油断してるんじゃないわよ!」
タン、と小さな音が鳴る。
ベッドを蹴って、駆け出した。
見越し入道は、霞んだ視界に高速回転するトンファーを捉えた。
脳裏によぎる“慢心”の二文字。次いで、恐怖が背筋を駆ける。巨大な身体と、強靭な肉体。恐怖は常に与える側だった。自身が恐怖を感じるなど、今までにない経験だ。
あぁ、恐ろしい。
恐ろしくて、涙が零れる。
『ぁァァァぁァぁああァァッぁ!』
悲鳴を上げる。葉目がけて拳を叩きつける。
振り下ろされた拳が、葉の身体を打ちのめす。ベッドの上に倒れた葉は、しかしすぐさま起き上がる。内臓がダメージを受けたのか、その唇から血が零れていた。
「はっ、甘いって言ってんの。この程度で……倒れられないのよっ!」
加速した葉は、ベッドの上を疾駆する。ベッドを蹴って、葉は宙へと身を躍らせた。トンファーに炎を纏わり付かせ、見越し入道の胸へと着地。面接着を用いて、その身体を駆け上がる。
自分の身体ごと、葉を攻撃することはできない。
悲鳴をあげる見越し入道の顎を、葉のトンファーが打ち抜いた。
『あ、……がぁぁ!』
床に倒れた見越し入道は、顎を押さえて悶えていた。血の溢れる脚を引き摺って、見越し入道は部屋の出口へと這って行く。
「これはこれで中々いい訓練だった。見越し入道には感謝をせねばならんな」
そう呟いたのは、静護であった。
既に結界を維持するだけの力は残っていないのか、いつの間にか部屋に居た者全員の身長は、元のサイズへと戻っていた。
見越し入道の敗走を見送って、タヱ子はもそもそと布団から這い出した。
布団の中には、意識を失った俊夫が寝ている。
「彼は無事かの?」
「おーい、生きてる? 大丈夫?」
と、そう問うたのは樹香と白露である。
タヱ子は簡単に俊夫の容体を確認すると「平気そうです」と答えを返した。
禊はゆっくりと俊夫に歩み寄り、その額を指で弾く。
「一個だけおせっかい。女の子にモテたいなら、もうちょっと片付けた方が良いよ?」
禊の声は、俊夫の耳に届いただろうか。
簡単に、戦闘の痕跡を掃除して彼女たちは部屋を後にした。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
